阪野 貢 のすべての投稿

ひと儲け

3年目 ボランティアセンター
名ばかりになってしまった部署にいた
配置されたときに
心躍った
でも すぐに折れそうになった

ボランティアの振興
福祉教育の推進
あてがい扶持の 衰退事業
ただ 上司に言われたまま こなすだけで良かった
異を唱えても 上司は真剣に取り合ってはくれない
仕事への憧れは いつの間にか しぼんでいった
意欲も気力も しぼんでいった
こんなものかと あきらめることが 保身となった

なぜボランティアなのか
なぜ福祉教育なのか
名ばかりの推進会議も 踊っていた
肩書きで語る先生方のご意見を 
拝聴するだけで 仕事は終わった
後は上司から 指示を待てばいい

3年目 何もしてない
そろそろ 自分にあきがきた
我慢の 限界が見えてきた
ミッションとモチベーションの失せた組織
民間企業なら 遠の昔に倒産するも おかしくない
社会福祉を担う看板は ほこりまみれになっていた
青春の刻は
抗うことも出来ず 
残酷にいのちの時間を削る 

疲れた 
何も考えたくない
思考停止の赤信号
無気力感が こころを支配する   
そのまま受け入れて 楽に生きたら
怠惰への 誘惑のつぶやき
虚しく こころを支配する

福祉教育の 衰退期のいましか知らない
だから こんなもんだと思っていた
ボラセンが輝いていた時代 
真剣に取り組んだ 先駆者たちの生の声を聴いた

その時 みんな躍動していた
教育的価値と実践の豊かさを 熱く論じ合った
異業種の先駆者たちを束ねる先輩も 思う存分力を注いだ
そこには 福祉教育のミッションが 明確に示されていた
だから 福祉教育への展望と希望が 共有された
ここに 先駆者の叡智が 結集された 
そして 先駆者たちは 自ら動いた
それは 地域に 学校に 大きな影響力を及ぼした

先駆者が イニシアティブを取った 
やっかみとしみったれた抵抗感
保身に走るつまらぬ面子の感情論 
社会的使命感に乏しい建前論 
推進の目的を置き去りにして  
福祉教育の根は いつしか断たれ 
社会的な問題も 露見し批判され 
組織の信頼性は 揺らぎ失い 
有能な人材は 失望し去った
それが 伝えられた事実
いまのいままで 
衰退の一因が 組織だったと知らなかった

子どもたちの人として育ち行く道を 閉ざしてはならない
福祉教育は 学ばねばならぬ人の道
その覚悟を持って 福祉教育の振興に生きてほしい
あなたがいて ひとがあつまり ひとは育てられ育っていく
そんなあなたなら 誰かがきっと手をのばしてくるはず 
「ひと儲け」こそが 3年目のあなたのテーマです

〔2019年11月25日書き下ろし。社協や施設で福祉を学び育てられた。推進機関が衰退していくことへの悲哀を語るよりも、そこで頑張る人を応援してほしいと切望した〕

こころざし

札幌で 学会があった
会員では すでにない
ゲストで 数年ぶりに参加した

分科会での発言を終えて
途中退席する大阪の友人を送って 廊下に出ようとした
その時
女性が 声をかけてきた
先生分かりますか?
分かるはずもない
彼女が学生時代 ボランティア活動をしていたという
師弟関係ではなく ボランティアの仲間だった
もう20年以上も昔のこと
面影を追うことは 無理だった

社会福祉士 精神保健福祉士 介護福祉士
福祉のプロフェッショナルになっていた
社協に勤めた
先生のように 大事なことを伝えたいと
一念発起して 大学の教員になっていた

福祉系の女学生だった子が
ボランティアの世界で育てられ
福祉の道を歩いた先に
自分が感化された ボランティアの心と活動を
次の世代につなぎたい
その強い「こころざし」を実現した
伝えたくて 伝えたくて 会いに来た

若者たちの道に 邪魔にならずにいたことに ホッとした
若者たちの道に ボランティアを学ばせたことは 間違えではなかった
若者たちの道に 蒔かれた志の種が結実したことの 深い感動をいただいた 

もう少し世の中で そんな若者たちの成長を見てみたい
独りよがりの願望が 静かに心を満たした 

〔2019年11月24日書き下ろし。人は逢うことが出来なくても、その志の中に生きていることの喜びを深く感じた再会だった〕

地域の子育て子守

下校時 十歳前後の男の子が すれ違うタイミングで
「こんにちは」ってあいさつしてくれた
嬉しくなって
「お帰り」って返してあげた
ただそれだけで 寒さで縮こまっていた身体が
急にぬくくなって 笑い顔になっていた

北の大都会 札幌の国道12号線
歩道でのちょっとした いい話
えっ そうだよね
学校は 知らない人と話してはいけません
きっと指導してるよね
でもその子は 顔が合った瞬間に
いつものように 反射的にあいさつしたんだよ
親の躾が行き届いていたからと 思ったよ

ねえ きみ
知らない人でも 知ってる人でも
あいさつって ほんとはいのちを守ることなんだ
もしも何かあったら 
顔見知りの人が近くにいると 安心だろう
子どものいのちを守る おとながそばにいるって

地域の子育て子守です
あいさつは 互いに交わす 愛ことば
地域の子育て子守です
あいさつは 互いを信じる 愛ことば
地域の子育て子守です
あいさつは 互いが元気になれる 愛ことば

地域の子育て子守こそ
地域がなすべき 人の道
地域の子育て子守こそ
先ゆく人の 人づくり
地域の子育て子守こそ
未来につなぐ 世直しそのもの

あいさつするときの
子どもの顔って いいなぁ  

〔2019年11月20日書き下ろし。散歩していたときに見知らぬ子からかけられた挨拶に思わず感動。緊張しながら挨拶する子どもの顔、いいなぁ〕

放課後児童クラブの指導員

午後3時30分 下校の時間となりました
放課後児童クラブの 子どもたちは一目散に
児童会館に向かいます
いつのも見慣れた 下校の風景
何の問題もありません

クラブで 子どもがおいたをします
なかなか言うことは 聞きません
泣かされた子を慰めて 謝るよう諭します
でも小馬鹿にするように 逃げていきました
危ない遊びと注意しても 何度も繰り返す子もいます
周りの子らも おもしろがって はやしてあおります
手に負えない やんちゃな子らを相手に
安全には ほんと気の遣い放しです
みんな帰すと どっと疲れが出てしまいます

迎えに来た親に話しても 
荒立てないでとばかりに 聞き耳は持ちません
そんなことしたの してはダメよと 優しい口調
子どもも甘えて聞き分けのいい子に 大変身
こうしてほしいと ないものねだりの毎日です

学校に行く機会がありました 
クラブの子の様子についての情報交換
かの子どもの様子を話すと
あの子はそんな子ではありませんとピシャリ
約束は守る 素直でいい子ですよ
さも泣かされた子に 非があるような口ぶりに
まるで告げ口をたしなめられたようなブルーな気分
私って 私たちって 何なんでしょう?

クラブで問題を起こす子どもは
先生や親の前では いい子ぶる
決して 本性出しません
たまったストレス 思いっきり発散するのも仕方なし
かの子らには ここが自己開放地帯です
抑圧されてる息苦しさを 毎日感じているのです
それが エネルギッシュな負の行動を誘発します
学校の道徳の教えは いっとき忘却の彼方です
生きるためのあがきです
小さき子らも 追い込まれているのです
だから 抱きしめてあげたいのです

先生でも親でもない ただのおばさん指導員
なめてかかって 手を焼かす
やりたい放題 言いたい放題 こんな愉快なことはない
しまいに放った一言で 唖然としました私たち
「子どもと遊んで お金もらっていい仕事だね」
子どもではありません
親が そう言わせているのです

放課後児童クラブの指導員
きょうも明るく元気に 子どもたちを守ります
何の権威も 社会的地位もありません
預けるのは当たり前だと 高飛車な親もいます
でも 子どもたちをほっておけないから
仕事とは 割り切れない仕事をしています

放課後児童クラブの指導員
きょうもめげずに手抜きせず 子どもたちを守ります
子らの不満を一手に引き受け 受けとめます 
たくさんの子らの笑顔と優しさをもらい
たくさんの親から感謝され やりがい感じて続けています

放課後児童クラブの指導員
働く親の しんどさを
甘えられない子の しんどさを
分かち合いましょう 親子の情愛
微力ながらも 子育てのお手伝い
これからも 明るく元気に続けます

全国でがんばっている人たちです
心が折れぬよう
応援してください

〔2019年11月19日書き下ろし。放課後児童クラブの指導員の実態を見るに連れ、親も学校もその地域のクラブで活動する指導員とのパイプを太くすることが喫緊の課題です。23日勤労感謝の日、指導員に慰労の言葉を。感謝の念は倫理です〕

親の徳

母と二人 農業をしている
今年も 秋の刈り取りが終わりホッとしている

三年前 父が突然亡くなった 
田植えと豆の植え付けを控えた時だった
長男坊だが まだまだ親父には 跡継ぎと認められていない半人前
呆然として 葬儀を終え
仏壇の前で 母と二人路頭に迷った

近所の人が 忙しい中集まって
田植えと豆の植え付けの 段取りを決めた
田植え機4台 軽トラ10台が 一斉に動いた
その年の田植えと豆の植え付けは 無事終わった
じい様の代からの稲作農家だった
ご近所の お互い様という言葉に甘え
じい様と親父の徳に 感謝した

母は 地域のために何か出来ることはないかと
思っていた矢先に
体調を壊した人に 民生委員を頼まれた
冬を迎えて 一息ついたところで 
1年生の母は 地域周りに忙しい

オレは まだ28歳
助けられた感謝の気持ちを忘れぬよう
地域で 学ばにゃいけんことが たくさんある
おじさんたちが倒れたときに 助けなきゃいかんから
そのための力も たんとつけときゃならん
母にも そう励まされている

地域の温情は 
代々の親の徳の賜わりもの
だから 恥じぬよう心して
母子二人 ここで生きる

〔2019年11月16日書き下ろし。民生委員の研修会で出会った、他人様のために何か出来るように生きたいという元気なお母さん、無理せずに。この気持ち新任の方々にも伝えます〕

恋詩(こいうた)

恋詩(こいうた)

今 ひとりです
あの子はつかれて
この子は淋しぃ
雨の街を あなたを求めて歩きます
声をかけてくれたあなたの影を 求めて歩きます
あなたの恋する人が 別にいても 
あなたを求めて歩きます
ただ あなたからの一声をきくために
濡れた髪を 肩に垂らしたまま歩きます
今 ひとりです
《昭和43年5月19日17歳》

東京の雨空の下 あなたは何を見ていたのだろうか
中学を出てすぐ 東京の美容専門学校に通った
母の親戚の店で仕事しながら 学校に通った
あなたの心の空虚さを知らず 
ただただ あなたは雨の街角を彷徨する
ひとりぼっちの孤独感を知らず
ただただ 父はひとり寡黙に無事を祈っていた

二人して ふり返ってみよう
後ろに咲いていた 赤い花房を
雨の滴を口に含んだ 幼い昨日を
あの頃の二人
仲の良い かわいいちいさなキューピット
今も変わらず 赤い花房は
二人で探した道に あるかしら
幼い昨日
幼い昨日に
手を取り合って 二人で駆ける
なつかしい 幼い昨日
《「幼い昨日」昭和44年7月24日18歳》

幼い妹の可愛い笑顔が 彷彿します 
手を取り合ったのは 誰でしょう
ふるさとの街 その風景に溶け込む幼児二人
末の妹だったのかも しれません
仲の良かった弟かも しれません
チャーミングな優しいお姉ちゃんでした
世界が光り輝き やさしいぬくもりに包まれています
涙が モニターの画面をぼかします

暗い部屋でばかり過ごしてきたから
私は明るいのでしょうか
太陽を忘れて歩いてきたから
あなたに逢ったときの 私の驚きは
言葉では言えません
私の心の中に入って
私の心を隅から隅まで調べてください
あなたのことでいっぱいです
あなたという太陽で
私の心の中で
あなたは 何と明るいことでしょう
暗い部屋の中で過ごして歩くのは もう疲れました
私の手をとって 肩を抱いてください
早く昔の私に帰りたいから 
何も知らない私に帰りたいから
もう 疲れました
《「疲れてしまった私」昭和44年11月1日18歳、遺稿の一つ前の詩》

肉親だからと 言われても
肉親だからこそ 悲しみの淵は深いのです
十八歳の身空で 夢も恋も突然 なくした妹に
その悲しき残酷さを 恨みながら
ただただ悲嘆の思いを 閉じ込めて
五十年 生きてきました

父母との永久の別れは 覚悟の上での
看取り尽くした後の やりきれなさでした
でも 妹よ
あなたという存在が 
忘れてはならない存在として
いまも生きているのです

妹よ
言葉にならない言葉を越えて
意気地なさを 素直に表出できる存在として
いまも生きているのです

妹よ
浄土で あなたを最も愛しんだ 父や母と出会ったでしょうか
あなたは 五十年の刻を経て 輪廻転生します 
兄は もう二度とお会いできないのです
だから 父と母からあなたのことを尋ねましょう

妹 琴代よ
別れの刻が きたようです
あなたを忘れることは 決してありません
涙で言葉が かすれます

さようなら 妹よ
さようなら 琴代

〔2019年11月17日書き下ろし。11月21日五十回忌の命日、最期の別れとなりました〕

悲恋

雪降ることを 祈りました
雪が降って
私を洗い清めてくださるように 思えたから
けれど
雪が 今降ろうとしている空をみると
雪の降ることを 祈るのは
私にとって 最高のわがままだと 気づいたのです
私の心の中に住みつく 黒い影を取り除くには
歩む道を まちがえてしまったと 気づいたのだから
まちがえた道を
私の道として 私のものとして 雪にめぐり逢いたい
雪の降ることで 私は幸せになりたい
《遺稿「雪降る」昭和44年初冬、18歳》

涙が流れます
封印してきた あなたの詩情
受けとめられなかった あなたの心の奥の声
まちがえた道を 私の道として歩むと決めて
天を仰いで 倖せを祈るあなたの姿
その青き苦悩に 寄り添うこともなく
その青き願望を 理解することもなく
いま 雪降る闇夜を仰ぎます

生まれてきたもの
一つの愛の物語
無数の愛の花開く 片恋の道 無数の道
その一つ一つが 少年の五体へ通じる 
意味のある旅人
好きになった少年の唇を そっとこの唇で触れたい
生まれてきたものへ 通じる恋の道
《「生まれてきたもの」昭和43年5月19日、17歳》

幼いとはいえない 恋心
叶わぬおもいを したためた
心残り 悔しさに
ただただ 涙が零れます
時に あなたは激情だった
だからこそ 生きていてほしかった

視界のきかない世界
それは 恋の地獄
もがきあえいで 
苦しみの果てに 花は散る
地獄の炎は 恋日記
全盲の壁を のりこえて 
叫び はいずり 狂い舞う
男は かかえる頭の重さを知らず
恋を捨てずに ノラ犬の如く這いまわる
女は 胸の痛みのとれぬままに 恋に捨てられ
ノラ犬の如く 男を探し求める
繰り返しの 恋日記
恋の地獄は さよなら地帯
もがき苦しみあえぎの果てに
青い焔が 一節詩う
さよなら地帯
《「さよなら地帯」昭和43年3月13日、17歳》

詩の中に 生身の女の子が 生きていた
それだけが 彼女の生の証
恋に身を焼く ヒロイン
求めてやまない恋情に
青の感性が 彩られていた
胸が 締め付けられています
いまも やるせないのです
どうしょうもなく やるせないのです

〔2019年11月17日書き下ろし。妹琴代との50年を超えての語らいです〕

夢詩(ゆめうた)

夢を見ました
あなたの夢です
手には届かない あなた
だから 夢で会うのです
あなたの笑う顔が 見たくって
私は いつも夢で会うのです
あなたのために 私は眠る
あなたに逢いたくて 私は眠るのです
私の夢は いつまで夢なのか
いつわりの愛に 目覚めたい
夢を抜け出して あなたの心に灯を ともしてみたいのです
あなたの夢を 今夜も見ましょう
そして 話しましょう 夢はいやだと
あなたの手の中に
あなたの心の片隅に
あなたの脳裏に私は住みたい
愛を知ったから
《「夢を抜けだして」昭和44年7月22日18歳》

白紙のままで 終わりたくない
このまま歩いてゆけば あなたとは平行線
交わることもなく 微笑むこともなく
差しのべてくれない 手の冷たさ
これが 恋なのか
恋は 私に苦しみを与えて 終わるのでしょうか
それは 恋とは呼べない
あなたに尽くし あなたに燃えて あなたの心の中で育つ
恋に恥じない 恋をしたい
白紙のままで 終わるなら
恋とは呼べない
恋とは呼べない
《「恋とは呼べない」昭和44年8月26日18歳》

叶えられることのない 恋ゆえに
この味を ただひとり噛みしめた
追いつくことも 追い抜くこともできない
《「片恋」昭和43年9月15日17歳》

妹よ
感傷的な世界に浸る あなたを知りました
片恋であり 失恋であり
告白前の夢恋を 知りました
憧れの恋を 知りました

妹よ
恋に 逃避した
恋に恋していたのは あなただった
それが 夢想の世界なのか 現実なのか
決して 答えてはくれない

妹よ
恋に苦しみながらも
青春を駆け抜けたという
その真実をさらけ出した 詩との出会いに
痛みを伴う 深い共感を抱いた
それは
あなたを理解する 唯一の手がかりとなった

妹よ
新しい旅立ちの日は 間近だ
だから 
あなたが残した 恋詩(こいうた)の一片を
あなたが残した 淡く切ない恋情のかけらを
いまこうして 書き残すことを
兄からのはなむけとして 受け取ってほしい
あなたのために なにもできなかった後悔と
あなたが 妹であったことへの 深い感謝を込めて

〔2019年11月16日書き下ろし。妹琴代の恋詩の紹介をさせていただいた。命日が近い〕

説明と言い訳

説明とは
「事柄の内容や意味を、よく分かるようにときあかす。記述が事実の確認にとどまるのに対し、事実が何故かくあるかの根拠を示すもの。科学的研究では因果法則によって把握すること」(以下「広辞苑」より引用)

言い訳とは
「物事の筋道を説明すること。転じて、過ちを謝するために事情・理由を説明すること。申しわけ。弁解。ことばの使いわけ」

さらに 類似する弁明とは
「説明して事理を明らかにすること。自分の立場や事情をはっきり述べること。弁解」

簡単です
要は 起こった事案について
ことの顛末を 包み隠さず説明し
自分の立場や事情を はっきりと述べる
それが求められる回答だったら 納得するだけのこと

では 納得とは
「承知すること。なるほどと認めること」
そこで 承知とは
「とがめずに見逃す。許す」
この意の場合は、打ち消しの意を伴います
「嘘をついたら承知しないぞ」

問題は ここにあるのです
いままで いいだけ嘘偽りを 聞かされてきたものですから
さもやんごとなく 記者会見での美しい弁明を拝聴して
簡単に 納得するわけにはいかないのです
丁寧な説明も いつもそうしないからこそ 余計に疑われるのです

あなたにふさわしい日本語を プレゼントします

「詭弁」
「道理に合わぬ弁論。理を非に言いまげる弁論。こじつけの議論。判断や推理に関する論理的反省に基づいて生じる、外見上はもっともらしい推論で、形式上や内容上の虚偽を含み、多くの場合相手をあざむいたり、こまらせることになる」

結論
「終局の議論。結局の議論。考えたり議論した末に下される判断や意見。推論において、既得または仮定された知識を前提として導き出した判断。断案。帰結」

結論を出すには まだ早いでしょうか
でも あなたの日本語を 信じられないのです
だから 咎めず見逃し許す なんて無理です

権力に群がる方たちは あおりを食らわぬように
すでにデータは 消去・焼却して 関係ないよう身繕う
でも 世の趨勢(すうせい)を読み違え
衰勢に身も心も委ね 衰世に加担してるのです
次は 酔醒したあなたが暴かれます
御身 お大事に

※衰勢(すいせい):おとろえた勢い。また勢いがおとろえている状態。
※衰世(すいせい):おとろえた世。道徳がすれた世。末世。
※酔醒(すいせい):酒に酔うこととさめること。

〔2019年11月17日書き下ろし。桜の花を愛でる会が、本心の探り合いという醜い様相を呈してきました。どこまで暴かれるのでしょうか〕

「住民主体」「行政参加」のまちづくりと「スマート自治体」「圏域連携」の自治体行政:「日本・ゼロ分のイチ村おこし運動」に関するメモ―寺谷篤志・他編著『創発的営み』を読む―

1996年6月に日本・ゼロ分のイチ村おこし運動の企画書と実施要領を策定し、京都の京阪ホテルで岡田憲夫先生と杉万俊夫先生の意見を聞いた。岡田先生は「これは議会が飛ぶ、夜明け前だ」、杉万先生は「ここまで強制しないと地域は動かないのか」と言われた。(寺谷篤志、2019年11月。「補遺(1)」参照)

(ゼロ分のイチ運動の「企画書」は)やや大げさに言えば、我が国の地域づくりにとって、記念碑的文書とも言える。(小田切徳美『農山村は消滅しない』岩波新書、2014年12月、60ページ)

(『創発的営み』は)智頭町という地域の「小さな記録」ではあるが、それを通じて日本社会の未来のあり方さえも展望する「大きな書」であることがわかる。(小田切徳美:下記『創発的営み』193ページ)

〇鳥取県智頭町(ちづちょう)は、鳥取県の東南に位置し、総面積の9割以上を山林が占め、人口6909人、高齢化率41.04%(2019年11月1日現在)のまちである。まちのキャッチコピーは、「みどりの風が吹く疎開のまち」である。「過疎のまち」でないことに注目したい。
〇智頭町では、一人の住民の発案によって、1988年5月に「智頭町活性化プロジェクト集団」(Chizu Creative Project Team、CCPT)が結成された。1996年8月に、住民主体・主導と行政参加・支援による「日本・ゼロ分のイチ村おこし運動」(早瀬集落。以下「ゼロイチ運動」)が始まった。その中心人物のひとりに、寺谷篤志(てらたに・あつし)がいた。その寺谷(敬称略)から先日、1冊の本のご恵贈を賜った。寺谷篤志・澤田廉路・平塚伸治編著、小田切徳美解題『地方創生へのしるべ―鳥取県智頭町発 創発的営み』(今井出版、2019年10月。以下[本書])がそれである。
〇筆者(阪野)の手もとにある智頭町のまちづくり運動に関する本は、6冊となった。

(1)寺谷篤志・澤田廉路・平塚伸治編著、小田切徳美解題『地方創生へのしるべ―鳥取県智頭町発 創発的営み』今井出版、2019年10月
(2)寺谷篤志著『定年後、京都で始めた第二の人生―小さな事起こしのすすめ―』岩波書店、2016年5月
(3)寺谷篤志・平塚伸治著、鹿野和彦編著『「地方創生」から「地域経営」へ―まちづくりに求められる思考のデザイン―』仕事と暮らしの研究所、2015年3月
(4)熊谷京子・藤原由貴・長谷莱生写真、西村早栄子文章『鳥取県智頭町 森のようちえん まるたんぼう~空と大地と太陽と~』NPO法人 森のようちえん まるたんぼう、2014年8月
(5)渡邉格著『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」―タルマーリー発、新しい働き方と暮らし―』講談社、2013年9月、文庫版・2017年3月
(6)岡田憲夫・杉万俊夫・平塚伸治・河原利和著『地域からの挑戦―鳥取県・智頭町の「くに」おこし』(岩波ブックレットNo.520)岩波書店、2000年10月

〇本書は、智頭町におけるまち(地域)づくりを主動・先導してきた5人のキーパーソンに焦点を当て、ゼロイチ運動の前史から現在までにおける取り組み(「創発的営み」)の実践記録である。本書に添付された寺谷の書簡によると、「心血を注いだまちづくりは、一体どんな意味を持っていたのか」。「社会規範を意識して取り組んだまちづくりやゼロ分のイチ運動は、人々にどんな影響を与えているのか。そこにはエマージング(emerging、「創発」)現象が起こっているように思いました。その様子を編集しています」。
〇筆者はかつて、寺谷から貴重な資料の提供を受けて、本ブログの「ディスカッションルーム」に(61)地域経営実践者としての寺谷篤志の挑戦、その記録:鳥取県智頭町地域経営講座「杉下村塾」を中心に―資料紹介―/2016年6月28日投稿、(62)鳥取県智頭町「杉下村塾」10年の歩み:河原利和のレポート―資料紹介―/2016年7月3日投稿、をアップしている。
〇本稿では、それらに加えて、ゼロイチ運動について再確認・再認識するために、本書における言説のひとつの要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

「創発的営み」
創発的営みは、ある一人の発意やつぶやき的アイデアが活発な議論を巻き起こし、具体的な事業アイデアに昇華する協働作業の実践である。創発的営みとは、智頭町の地域づくり全般から受け取った表現である。小さな動きの一歩こそ価値がある。(平塚:9ページ)

「体系的な挑戦」
ゼロイチ運動の計画づくりの要諦とした、「住民自治」と「地域経営」と「交流・情報」の3本柱が規範形成の必要条件となる。この3本柱は地域を元気にするための基本的な考え方のエッセンス(地域を元気にするための秘訣)である(図1参照)。
住民自治とは、住民が地域をよくするために事業計画を立て共働で事業を行い、自分たちで地域づくりを達成していく考え方である。そのために、住民独自による地域づくりの検討会等を組織して、予算を確保し、専門家や行政の知恵を引き出し、積極的に実行していく運動である。
地域経営とは、その地に住むすべての人々が、主体的に地域を治めることである。地域に内在する、人、モノ、こと、技術、文化、社会システムなど、あらゆる資源を総動員して、地域資源の価値を最大限に引出し、宝(財)や誇りとする。さらに、それらが地域内で持続的に循環して機能する考え方である。
交流・情報とは、地域から地域づくりのノウハウやアイデアなどを、積極的に他地域に情報を発信することである。それによって、初めて他者との関係が生まれ、交流も生まれてくる。地域には自立自営の意識が生まれてくる。交流は地域に新しい風を吹き込み、新たな価値を創造するエンジンとなっていく。つまり、地域は外に開かれていなければならない。(平塚:11~12ページ)

「夢追い人」
(ヒヤリングした5人のみなさんに共通点がある。)それはまず「行動力」である。合わせて「レスポンス(反応)の速さ」や立てた「計画に対する執念」は半端ではない。そのことが多くの障害を乗り越える原動力となって、プロジェクトを実現させている。煎じ詰めれば、強い信念のもと「第一歩を踏み出す勇気」と、「実行力」が結果となって現れている。つまり、ちょっとした思いつきを行動力と執念によって現実にさせている。ヒヤリングした方々は、時代の魁(さきがけ)としての思いが強く、言い換えれば、夢を実現する「夢追い人」の挑戦であった。
なぜ智頭町にこれらの人々が集まったのか。それは、おそらく熱いところには熱い人々が、執念のあるところには執念のある人々が、人財は人財の結合によって磁場を形成するのではなかろうか。これが自然の理のように思えた。(澤田:177~178ページ)

「奥深い特徴」
ゼロイチ運動は3つの奥深い特徴を持っている。
1つ目は、「内発性」の重視である。これは、以前の、工場誘致やリゾート開発などの外来型開発ではなく、地域自らが一歩踏み出すことを重視しており、その「一歩」に無限大(=1/0)の価値があると捉えている。いっけん、奇妙な「ゼロ分のイチ」というネーミングには、ブレのない思想性を感じることができる。
2つ目は、「総合性・多様性」の重視である。これは、以前の単品型・画一的な地域活性化から、福祉や環境等を含めた総合型、地域の実情を踏まえた多様性に富んだ取り組みへの転換を意識している。この運動が、誘導すべきモデルを作らず、地域からの手上げ方式をとったのは、先の内発性を重視すると同時に、この総合性を目指し、多様性を認めようとする企画者の意志を示している。
3つ目は、「革新性(イノベーション)」の重視である。これは、以前の「男社会」(参加者の多くが年長の男性戸主)を刷新する仕組みとして、ゼロイチ運動では、集落そのものではなく、同じ地理的範囲で「振興協議会」を設立することを前提としている。女性の積極的参画が当然である地域づくりにとって、必要な革新的なシステム・チェンジであろう。(小田切:183~184ページ)

「にぎやかな過疎」
最近の農山村では、①開かれた地域づくりに取り組む地域住民、②地域で自ら「しごと」を作ろうとする移住者、③何か地域に関われないかと動く関係人口、④これらの動きをサポートするNPOや大学、そして⑤SDGs(Sustainable Development Goals〈持続可能な開発目標〉)により地域貢献活動を再度活発化しはじめた企業(智頭町では今後の課題)などの多様・多彩なプレイヤーが緩やかなネットワークでつながり、なんとなくワイワイ・ガヤガヤとした雰囲気を作りだしている(「にぎやかな過疎」)。その結果、人口減少下でも、地域にいつも新しい動きがあり、人が人を呼ぶ、しごとがしごとを作るという現象が、ここに生まれている(「人口減少下での人材増」)。(小田切:186、187、189ページ)

〇ところで、総務省が、2017年10月、大臣主催の「自治体戦略2040構想研究会」(座長・清家篤。以下[研究会])を立ち上げている。そこでの検討内容は、(1)「2040年頃の自治体が抱える課題の整理」、(2)「住み働き、新たな価値を生み出す場である自治体の多様性を高める方策」、(3)「自治体の行政経営改革、圏域マネジメントのあり方」等(「運営要綱」)についてである。
〇研究会は、2018年4月、「第一次報告~人口減少下において満足度の高い人生と人間を尊重する社会をどう構築するか~」を公表した。そこではまず、「我が国は、少子化による急速な人口減少と高齢化という未曾有の危機に直面している」(2ページ)という。そして、自治体行政が2040年頃に抱える(1)「個別分野の課題」として、①子育て・教育、②医療・介護、③インフラ・公共施設,公共交通、④空間管理(空き家、空き地等)、治安・防災、⑤労働・産業・テクノロジー(ICT、ロボット、生命科学等)、(2)「自治体行政の課題」として①経営資源の変化、②圏域マネジメントと行政経営改革、等々について整理している。
〇そのうえで、報告書は、「2040年頃にかけて迫り来る我が国の内政上の危機とその対応」について、3つの柱に集約されるという。(1)「若者を吸収しながら老いていく東京圏と支え手を失う地方圏」、(2)「標準的な人生設計の消滅による雇用・教育の機能不全」、(3)「スポンジ化する都市と朽ち果てるインフラ」がそれである。そのなかで注目されるのは、「急速に人口減少が進み、特に小規模な自治体では人口の減少率が4~5割に迫る団体が数多く生じると見込まれる。そのような中では、個々の市町村が行政のフルセット主義を排し、圏域単位で、あるいは圏域を越えた都市・地方の自治体間で、有機的に連携することで都市機能等を維持確保する(中略)必要がある」。「都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じた行政の共通基盤の構築を進めていくことも必要になる」(50ページ)という指摘である。なお、都市の「スポンジ化」とは、「都市の大きさは変わらずに、ランダムに小さな空き家、空き地が生じて都市全体が低密度化する状態」をいう。行政の「フルセット主義」とは、個々の市町村が全分野の施策・行政サービスを提供することをいう。
〇研究会は、2018年7月、「第二次報告」を公表した。そこでは、(1)「スマート自治体への転換」、(2)「公共私によるくらしの維持」、(3)「圏域マネジメントと二層制の柔軟化」、(4)「東京圏のプラットホーム」の4点をめぐって、「新たな自治体行政の基本的考え方」を提示する。そのうちの(3)については、「地方圏の9割以上の市町村では、今後、人口減少が見込まれている」なかで、①「圏域単位での行政のスタンダード化」、すなわち「個々の市町村が行政のフルセット主義と他の市町村との勝者なき競争から脱却し、圏域単位での行政をスタンダードにし、戦略的に圏域内の都市機能等を守り抜かなければならない」(35ページ)と指摘する。とともに、②「都道府県・市町村の二層制の柔軟化」、すなわち「都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じ、都道府県と市町村の機能を結集した行政の共通基盤の構築を進めていくことが求められる」(36ページ)と指摘する。なお、「スマート自治体」とは、AIやロボットなどを活用し、自治体職員でなければできないより価値のある業務に注力する自治体のあり方をいう(「補遺(2)」参照)。
〇そして、報告書は、「圏域」について、「圏域単位で行政を進めることについて真正面から認める法律上の枠組みを設け、圏域の実体性を確立し、顕在化させ、中心都市のマネジメント力を高め、合意形成を容易にしていく方策が必要ではないか」(36ページ)という。「圏域の法制化」である。
〇以上を要するに、「2040年頃にかけて迫り来る我が国の内政上の危機」に対応するためには、隣接する自治体が連携・補完する「圏域」を法制化し、「圏域単位での行政のスタンダード化」を進めるための「地方行政体制」の見直しが必要となる、というのである。それは、国の地方自治への介入・統制の強化を進め、「地方自治の本旨」である「住民自治」と「団体自治」を破壊することにつながる恐れなしとしない。「自治の侵害と破壊」である。
〇別言すれば、「圏域」では、地方選挙(直接選挙)によって選ばれる首長と議員からなる「議会」をもたない。それゆえに、住民の具体的なニーズや意思が反映されず、責任が果たせず、国がその権限と財源によって政策遂行や行政事務を主導的・直接的におこなうことになる。それは、市町村の権限や財源を制限することにつながる。とりわけ「圏域」の中核都市以外の周辺市町村においては、その自治が弱体化・形骸化することになり、「住民主体・行政参加」のまちづくりは極めて困難になる。いつか見た光景であり、国家主義や全体主義への指向である。強く留意したい。
〇なお、ここで思い出すのは、日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座長・増田寛也)が2014年5月におこなった「成長を続ける21世紀のために 「ストップ少子化・地方元気戦略」」(「増田レポート」)の提言である。そこでは、「2040年までに全国の市町村の半数が消滅する可能性がある」とされた。危機を過剰に煽って、「事を成す」というやり方(常套手段)である。2014年9月から推進されている「地方創生」施策を見ても分かるように、政府は、「迫り来る危機」を強調し、画一的な施策を「上から」地方に押し付けている。「圏域」構想においても然(しか)りである。「圏域」構想は、行財政の効率化をめざした「平成の大合併」(1999年7月~2010年3月)と似た要素や側面を持っており、地方(地域)の個性や独自性を奪い、その疲弊・衰退を深刻化させる可能性が高い。「隠れた合併」の促進である。
〇下の記事は、筆者が住む地元新聞が報じた2019年11月7日付け朝刊の1面準トップ記事である。「平成の大合併」についての実証的な検証・分析なくして、「圏域」構想はあり得ない。

〇なお、総務省が2018年9月に設置した「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会(「スマート自治体研究会」)」(座長・國領二郎)が、2019年5月、「報告書~「Society 5.0時代の地方」を実現するスマート自治体への転換~」を公表した。総務省が2040年頃を見据えた「将来の地方自治体の姿」は、「スマート自治体」と「圏域連携」である。
〇「圏域連携」とは、複数の市町村で構成する行政組織「圏域」を新たな行政単位に位置づけるものである。そこでは、少子高齢化や労働力人口の減少、それによる地方財政のより一層の逼迫化を背景に、国が地方行政を主導的に管理・運営し、統制することになる。それは、それぞれの地域の生活実態に基づく基本的人権の保障や、参加型のボトムアップの(熟議)民主主義を危うくする。国や社会(財界)は、その地に住むすべての人々による、その地ならではの、泥臭いまちづくり(「創発的地域経営」)は「時代遅れ」、とでもいうのであろうか。「にぎやかな過疎」「人口減少下での人材増」の現実をどう見ているのか。問うてみたい。
〇「Society 5.0」とは、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指す。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会をいう(内閣府)。

補遺
(1)「集落版ゼロイチ運動」企画書(1996年6月)

(2)「圏域」構想―地方圏の圏域マネジメントと二層制の柔軟化―