阪野 貢 のすべての投稿

二十歳の誕生日

逆らえない 人生の大涛(おおなみ)に 高く帆をあげ いざ出航
変わらぬ目標を ひとり追い求め続ける その気迫に 乾杯
愚直で 純朴な 若き者よ
智慧(ちえ)ある者こそ 幸せに生きよと 命名され
地に両足を 踏ん張って 踏ん張って立ち きょうまで生きてきた
海の青さ 空の青さに染まらず きみらしく 志を高くし いざ出航せよ
さらなる夢への飛躍を期し 夢への覚悟を決めて 果敢に生きよう

二十歳(はたち)を祝う 旅立ちの日 
社会人としての自覚を 強いられる日
夢への挑戦を 改めて決意する日
これからの人生行路は 苦難を乗り越える 生命力が試される
そのとき 
豊かな人間性が 培われることを
逞しい人間力が 鍛えられていくことを
さらに 夢の道が 切り拓かれていくことを
ただただ 老いし身で 祈ろう

〔2019年9月1日書き下ろし。9月7日、初孫が二十歳を迎える。前途多難な道を自ら決定し頑なに歩み続ける勇気ある若者たちへのエールでもある〕

十月 芝居の幕があく

夏も 沖縄 広島 長崎への 顔見せ興行
県知事 市長が 子どもが 平和への切実なおもいを宣言するなか
やること なすこと 1年前とさして変わらず 
日付を上書きしたような 心こもらぬ 台本を
来たくもない 顔を合わせたくもない ところで
しゃべるのも 億劫(おっくう)と 透けて見えるは 正直か
聞くだけ野暮といった風情が 画面越しから漂う式典
参列者は あきらめ顔で つきあった
つきあいきれない者は 見限った
だから いつもこの先に 希望は生まれてこなかった

数が正義とばかりに 不誠実な世界で演じられる ぐだぐだ続くむら芝居 
テレビも新聞も雑誌も 懲りもせずに垂れ流す 民のレベルのスキャンダル
そんな話題に民たちは 身分相応と 乾いた笑いをもらすだけ
 
政治に無関心な 民たち相手の 参議院選挙
どうやら 倦怠(けんたい)戦法が功を奏して またも勝つ
非力な野党を嘲笑(あざわら)い むら芝居の支度に取りかかる
座長は 帯に短し襷(たすき)に長しの役者から キャスティング
藤山寛美いわく 「芝居は人間性」
さてさて どんな人間性がにじみ出てくるやら 
いやいや 人間性という枠から すでに外れてるところの 
滑稽(こっけい)さを 味わおう

十月からの 消費税10%のアップ 
北朝鮮のミサイルへの危機感 なぜか 冷めた夏の日々 
北朝鮮拉致被害者家族のおもいは さらに遠のき 相互不信が積み上がる 
約束反故は当たり前の この世界
韓国のGSOMIA破棄やらで さらなる関係悪化を防ぐには
民の良識と友好な交流を信じ 外交努力を続けることしか 道はない 
北方領土返還は ロシアにおもねるばかりで なんの成果もあげてはいない
5日の日ロ首脳会談 返還なしの未来志向のくだりに 旧島民の落胆は深い 
どんな詭弁(きべん)を弄(ろう)して 外交問題を台本に盛るのか 
米のポンユー(朋友)との貿易交渉 
トウモロコシ以上に 国益を失う いかなる台本が用意されているのか
吉本にあやかる喜劇が 上演される秋の国会劇場
乞うご期待!

歴史が語る悲哀は いつも民がこうむる
民よ 眠ったふりなんて してはいられない
この国と子どもの行く末に 真剣に目を向けよう
知らぬ間に 戦争のできる国に なっているかもしれないよ 
そんなこと あるわけないって 言い切れる?
そう信じている そう信じたい 根拠の薄い信頼性
ほんとに あんたら人がいい だからだまされやすいんだ
彼らは出任せを 信じさせることには 長(た)けている
口車に乗らぬよう 心して いざ観劇鑑賞

オレオレ詐欺は この舞台で上演される十八番(おはこ)の演目
見破れるかどうか そこが楽しむひと押しポイント
政官一丸となって 野党の追撃を鮮やかにかわす
民のいのちと未来を賭ける 迷演技にご注目
横浜に わざわざ誘致しなくても 
すでに賭場(とば)は 国会にあり

前座を務めた タレント気取りの結婚発表
おもてなしの舞台は すでに整った
国会劇場 開演です 拍手喝采!

〔2019年9月5日書き下ろし。横浜のIR誘致問題や近隣国との外交問題、アメリカとの貿易問題など、秋の国会劇場に注目。何がこれから起こるのか、安閑とはしていられない〕

うさぎとかめ

小さい頃に きっと誰かに 読み聞かせてもらった (とは言い切れないが) 
みんなが知ってる (と思う) お伽草子(おとぎぞうし)

うさぎはかめを挑発して 丘までの競争を仕かけた (からかい半分 悪ふざけか)
なぜ のろまなかめが 負けると分かっている競争 (固着観念かも?) に乗ったのか
バカにされるのは かめのプライドが許さなかったから (そのとおり)
それとも 闘争心が かめ一倍強かったから (そこも否定できない)
動機不明のまま (とはいっても うさぎはかめの性格を見抜いてあおり その気にさせたファシリテーターだ)
スタートの号砲 (そんなのあるはずない) が 鳴った
(競技はクロスカントリー 距離不明 この時代はみなそうだった)
うさぎは勢いよく飛び出し 圧倒的に優位に立ち 勝利を確信した
(スタートからつまずいたら お話にならない)
かめは 全力?で 四つ足を ゆったり動かし続けた
(起伏のある道は 厳しい!)
うさぎは 涼しい木陰で 一息ついた
(♫ 大きな栗の木の下で… 牧歌的なワンカット)
うとうとしているうさぎを尻目に かめは丘をめざした
(かめはうさぎなど 眼中になかったかもしれない)

うさぎは しまったと飛び起きて かめを追った
(そのスピードは 青函トンネルを走る 北海道新幹線の如く!)
タッチの差で かめが勝った
(何の根拠もなく 札幌競馬場での鼻の差のほうがリアリティと推理)
かめの快挙に 称賛の声で 丘は埋まった
(観客数は 札幌ドームほどでは きっとない)
うさぎは 慢心を攻められ 赤っ恥をかいた
(悔し涙で 目が赤くなったという異説も)

さて 勝ったかめは 最後まであきらめず 粘り強く 戦い抜いた
(そういうわけではなく ただひたすら歩き続けただけだったとおもうが 周りは勝手に勝者に加担し フェイクもどきを流すイマドキのSNS風戦評記)
負けたうさぎは なんと罵倒(ばとう)されるか 想像に難くない
(体験学習です! どんな汚いことばを投げつけられたのか やってみて)
勝つことだけが求められた上での 惨敗だった
(高慢ちきの奴が負けると 判官贔屓の日本人は 溜飲(りゅういん)を下げるのだ)

このお話を聞き終わった幼児が こう尋ねた
「どうしてかめさんは うさぎさんを起こさなかったの?」
「ううん…? うーん!」

さて あなたなら どう答えますか?

NHK朝ドラ「なつぞら」風に
「なつよ どうする 来週につづく」

※判官贔屓(ほうがんびいき):源義経を薄命な英雄として愛惜し同情したことが転じて、弱者に対する第三者の同情や特別に目をかけ力を添え助けることの意。

〔2019年8月24日書き下ろし。あなたなら、幼児にどのように答えますか? 小さな子どもの疑問は、物事の本質を鋭く突いてきます。私も一緒に Thinking Time Start!〕 

ことば遊び

厚かましさ
うそを真実と さもしく言いつくろい  平気でいる者
取りざたされれば さもしく誤解だと なかったことにする者
自分の発したことばに さもしさを忘れ いつも酔いしれる者

恥知らずさ
恥を感じぬ 鈍感なこころに安住する者
うそをついても 悔いることはありえない者
発したことばの責任を 決して取ろうとはしない者

薄っぺらさ
ことばを発するほどに みすぼらしさをさらけ出す者
ことばを発しても だれにも信じてもらえぬ者
ことばを発した自分を いつも信じられぬ者

悪しきさ
卑しきことばで 憎しみをばらまく者
巧みなことばで 人をおとしめる者
汚いことばで 人を脅し愉快になる者

やさしさ
嘘か誠よりも その者を信じようとする者
裏切られても 信じようとあがきもだえる者
信じ合うこころを 互いに打ち砕き合う者

むなしさ
自分と違うおもいを持つ者の ことばを封じる者
その空気を読み取り 従順に従おうとする者
批判を受け入れず “非国民”の復活を望む者

あわれさ
ことばに宿る “おのれ”という存在を 喪失した者
ことばに込められた “おのれ”の魂を 否定する者
ことばを無力にした “おのれ”の無能を 肯定する者

ことば遊びに飽きて この世を不毛なこころの砂漠へと導く者たち
ことば遊びに飽きて この世を不純なこころの堕落へと導く者たち

自らのことば遊びの浅ましさすら 自覚できぬ者たちが
精神世界の 破壊者を気取る

〔2019年8月21日書き下ろし。現代社会のことばの空虚さへの警鐘。非難中傷そして恐喝のことばで社会不安を引き起こす匿名者たち、政治家たちのひけらかす空手形のことば。なんと有害な“雑音”が充満している人間世界なのか〕

群来(くき)

この春 ニシンの大群が 
日本海オロロンライン(最北の稚内市から小樽市近郊までの沿岸線)に戻ってきた
海は 産卵に合わせた 大量の雄の精子が一斉に放たれ 白く濁った
「群来」が 出現したのだ
かつて 鰊御殿(にしんごてん)が 隆盛を誇り 浜は群来で活気づいた
そして 廃(すた)れ 語りぐさとなった
今春 ニシンの大群が 浜にやってきたのだ

海がしけると 漁には出られず
豊漁だと 値崩れを起こす
稚内で 漁師が ただで 鰊を近所に配った
油代にもならない 大漁の厄(わざわい)だった

釧路では サンマが不漁の夏だった
海流の異変がもたらす 漁業への影響は 
如実に 漁民の暮らしを 脅(おびや)かす
異変は 常態化する
豊漁は もう手中にするには ほど遠い過去となった

地球温暖化による天候の異変と 
南米の大規模な森林火災 開発による環境破壊
核ミサイル実験 失敗を隠蔽するロシア
食い止めねばならない堰(せき)を 
独善的な指導者らによって 破堤(はてい)された
言いたい放題 やりたい放題の輩を 咎(とが)める手立てもなく 
溷濁(こんだく)した世界に
無能な指導者が 輩化(やからか)する

異常事態が 常態化する恐怖が 
世界を 震撼(しんかん)させる日は 近い

〔2019年8月27日書き下ろし。黒潮の大蛇行は漁獲不振だけではなく、天候異変の脅威と化す。世界のリーダらは核兵器の開発にいまだ血眼になっている。現実を傍観する無能な者たちで占められていることこそ、人類滅亡の兆しである〕

付記
NHKBS1「国際報道2019」南米アマゾン・森林火災・収束目処立たず
南米アマゾンの森林火災を消火するため、ブラジルのボルソナロ大統領が軍など最大4万4000人を投入し、1回で1万2000リットルの水が撒ける消防用航空機などを投入して消火活動に当たっているが、収束の目処は立っていない。
ブラジルの国立宇宙研究所によると、今年今月25日までに、7万9000件の森林火災が発生し、去年と同じ時期の2倍近くに増えている。
ブラジルではこの時期、家畜の放牧地を広げる為に違法に森林火災を起こしていたが、今年は干ばつの影響などで火災が燃え広がっている。軍の関係者が厳しく監視するとしている。しかし広大な範囲で多数の火災が発生しているだけに、軍の派遣の効果には懐疑的な声も上がっている。(2019年8月26日)

マチの公務員の三原則

しない 
だって 適当にしたふりして
時間つぶせば 一日終わり
相談窓口は わたしの立ち入り禁止エリア
住民対応なんて 面倒くさくて したくない
休日も しっかり休めて 
誰にも 咎(とが)められない フリータイム
町内会の役員 無理無理 わたし辞退します

つくらない
仕事は 首長が変わったときだけ 忙しい
選挙で 余計な公約つくるから 
ああせいこうせいって 尻叩かれる
それもつかの間 時間がたてば 元にもどる
法や制度が変われば 対応するだけ
骨身を削って 住民のために 奉仕せよ 
そんなかったるいこと やってられない
新しい仕事 考えること わたし拒否します

ひきうけない
住民の要望 聞き流しておこう
だって 応えられないしょ
すぐに無理だって言えば 角が立つ 
時間を置いて 相手をクールダウンさせたところで
規則で出来ませんとか へ理屈並べて 断りゃいいのよ
仕事増やして どうするの
地域に出る 冗談じゃない
いいだけ いろんなこと言われてさ
しまいに 要望なんぞ出されたら 断り切れないしょ
行政説明会で お偉いさんが雁首(がんくび)並べて 形式的にやれば済む
集まる住民も 動員かけられ 員数あわせの 年中行事
出ていく幕はないから いつも わたし欠席です

公務員の仕事の 三つの原則
しない つくらない ふやさない
もう三つ 
見ない 聞かない 動かない
その結果 三つの安心
御身安泰 俸給安定 老後安楽

当てはまるマチ 
もう職員が 危険水域に達しましたよ~!
でも 解雇はできません
だから はびこって 頑張る人まで 危険に晒(さら)す

そんな公務員に 絶対なってほしくない!
職場の空気を読まず 心呼吸(しんこきゅう)してください!
子どもの未来を創るのは あなたたちの仕事です!
熱いおもいの枯れぬ 踏ん張る公務員 応援します!

〔2019年8月31日書き下し。春の地方統一選挙の首長の公約はどうなっているのか、この時期チェックしてみては。そして我がマチの公務員の働きぶりも。災害の時には頼りにします〕

夏の終わりに

はじめに 八月二十八日 北九州を襲った豪雨と人災によって 
被災された方々へ 心よりお見舞い申し上げます

お盆の頃に 突然発症した腰痛が 日常を狂わせた
やり残した 仕事の原稿書き
予定した期日まで 間に合わなかった
だから そっと思考停止しておこう
一昨日 古傷の椎間板ヘルニアだと 診断された 
快復までの闘いは これからも続く
避けられぬ 身体機能の疾患に 
備え耐えるための体験学習だと ふと気づいた

「鳥居一頼研究室」の 開設と投稿
七月から始まった 求められていない 一方的なメッセージ
阪野ファシリテーターの その気にさせる誘発力に脱帽 そして感謝 
眠っていたおもいが 刺激され 
思い浮かんだことばを ただただ書き続けた
文字が 愉快に踊り出し 毎日こころ遊ばせる
権力におもねる 無恥なる者たちへの 小さな憤怒(ふんど)
二学期の始まりに 心悩ます子らへの 親や教師への 心もとないお願い
それらが 腰痛に立ち向かう ペンの勢いだった
ただし 二人で交わすメールは シークレット

まだまだ 成長中のゴーヤー
今年も収穫は 十月か
トマトは 毎朝一個もいで 食べた
一坪農民の ささやかな歓びの ひととき

これくらいかな
誰にへつらうこともなく 
これくらいしか してこなかった 
非力だけど 欲をかかず 身の丈にあった
いまの暮らし方が ちょうどいい

〔2019年8月31日。夏の1ヶ月半をふりかえり、関わった方々への感謝を込めて〕

社会運動:「ふつう」を捨てて「わがまま」を言うこと―富永京子著『みんなの「わがまま」入門』読後メモ―

〇表1は、日本、韓国、ドイツの3か国における「社会運動」の各形態に対する許容度についてみたものである。「署名」や「請願・陳情」といった穏健で制度的な形態と、「デモ」や「座り込み」といった示威(じい。威力を示すこと)的なそれを取り上げている。日本では「署名」は83.8%、「請願・陳情」は65.6%、「デモ」は45.3%、「座り込み」は21.5%の人が肯定的に考えている。それに対して、ドイツでは、「デモ」(74.2%)、「請願・陳情」(77.9%)、「署名」(85.0%)ともに7~8割の人が支持している(山本英弘「社会運動を許容する政治文化の可能性―ブール代数分析を用いた国際比較による検討―」『山形大学紀要(社会科学)』第47巻第2号、山形大学、2017年2月、6ページ。山本の調査研究については、下記の[1]68~74ページに紹介されている)。

〇表2は、日本、韓国、ドイツの3か国における「社会運動」に対する態度についてみたものである。「代表性」、「有効性」、「秩序不安」を取り上げている。運動の「代表性」についての肯定的な回答(「そう思う」「まあそう思う」)はドイツで83.1%、日本は36.4%、「有効性」はドイツで79.3%、日本は51.8%、「秩序不安」についての否定的な回答(「そう思わない」「あまりそう思わない」)はドイツで64.1%、日本は38.3%である(山本、同上、6~7ページ)。

〇要するに、「社会運動」についてドイツでは許容度も評価も高いが、日本はともに低い、と考えられる。
〇筆者(阪野)の手もとに、「社会運動」の入門書が3冊ある(しかない)。(1)富永京子著『みんなの「わがまま」入門』(左右社、2019年4月。以下[1])、(2)大畑裕嗣・成元哲・道場親信・樋口直人編『社会運動の社会学』(有斐閣、2004年4月。以下[2])、(3)小熊英二著『社会を変えるには』(講談社、2012年8月。以下[3])がそれである。
〇[1]は、中高生を対象にした社会運動のガイドブックである。そこでは、「わがまま」(社会運動)を、「自分あるいは他人がよりよく生きるために、その場の制度やそこにいる人の認識を変えていく行動」(13ページ)として定義する。「わがまま」は、「権利や不満を主張すること」(66~67ページ)である、と言う。
〇[2]は、大学生を対象にした「日本初。社会運動論の体系的テキスト」(「帯」)である。そこでは、社会運動を、「①複数の人びとが集合的に、②社会のある側面を変革するために、③組織的に取り組み、その結果④敵手・競合者と多様な社会的な相互作用を展開する非制度的な手段をも用いる行為である」(4ページ)と定義づける。社会運動は、「社会を映し出す鏡」であり、「社会をつくる原動力」(2ページ)でもある、と言う。
〇[3]は、「社会を変える」ための基礎的なテキストブックである。そこでは、「社会を変える」ということについて「歴史的、社会構造的、あるいは思想的」(5ページ)に考える。小熊は言う(以下、語尾変換)。「運動のおもしろさは、自分たちで『作っていく』ことにある。楽しいこと、盛りあがることも、けっこう重要である」(497ページ)。「盛りあがりがあれば、『自己』を超えた『われわれ』が作れる。それができあがってくる感覚は楽しいものである」。「そういう盛りあがりがあると、社会を代表する効果が生まれ、人数の多さとは違う次元の説得力が生まれる」。「参加者みんなが生き生きとしていて、思わず参加したくなる『まつりごと』が、民主主義の原点である」(498ページ)。「社会を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと(である)」(502ページ)。「(運動に)『参加して何が変わるのか』といえば、参加できる社会、参加できる自分が生まれる」(517ページ)。
〇筆者はかつて、本ブログで、「福祉のまちづくり運動と市民福祉教育」(<まちづくりと市民福祉教育>(3)/2012年7月4日投稿)について管見を述べた。以下はその要点の一節である。

市民運動は、人々に共通する焦眉の生活問題から生ずる。それは、建設的な批判と豊かな創造という視点・視座のもとに、具体的な運動(活動)展開を通して歴史的・社会的問題としての生活問題を解決することを第一義とする。そして、その問題解決の道筋を探り、問題解決をより確かなものにし、その成果(行動と結果)を実効あるものにするためには、市民運動は次のような属性をいかに保持するかが問われることになる。すなわち、運動そのものがもつミッション性や思想性、公共性や政治性、批判性や革新性をはじめ、運動を通して醸成される集合的アイデンティティ(われわれ意識)、その基で社会変革の実現をめざす取り組みの組織性、他の地域や運動との交流・連帯を視野に入れた開放性や普遍性、それに運動を展開するうえでの計画性や継続性、などがそれである。これらは、運動主体の育成を図る市民福祉教育の内容や方法などを規定することになる。

〇筆者は、福祉によるまちづくりのための「市民運動と市民福祉教育」について、その理解や思考を深めたいと願っている。本稿では、[1]において留意したい「社会運動」(「わがまま」)についての論点や言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

「ふつう」幻想が「わがまま」をネガティブにする
1970年代、「一億総中流」の「意識」が形成された時代には、ある程度固定化・共有化された、一般的・中流的な「ふつう」の生き方が存在していた。(41ページ。図1)
社会のグローバル化が進み、多様化・個人化したいまの時代にあっては、たとえば「高齢者」「障がい者」「女性」あるいは「貧困」などといった「共通の要素(属性)でくくる(ひとくくりにする)」ことや、それらの要素に「共通する利害」を共有(想定)することが難しくなっている。そのような現代社会において、同じ属性を持つ人々のなかでもその生き方や価値観は個人的で多様である。それゆえに、高齢者・障がい者・女性イコール「かわいそう」、と言えなく(見えなく)なっている。(48、50ページ)
しかし、人々は「ふつう」の幻想をいまも持ち続けており、「みんなふつう」という同質性や均質性を認め合っている。そんななかで人々は、自分の意見を主張することを「自己中」「自己満」「自分勝手」あるいは「他害行為」と感じたり、「わがまま」を言えずに我満(沈黙)することを選んでいる。(52、53ページ。図2)

「社会運動」をガチガチにではなく柔軟に考える
「わがまま」は、恵まれない立場や弱い立場を是正したり、救ったりするだけではなく、社会運動をすることで、古い価値観をこわし、新しい価値観をつくることを目的としているが(87ページ)‥‥‥
● 公の場で「わがまま」を言うことは、対立を生んだり嫌悪感を覚える人もいるが、それは、「やらなきゃいけない」とは言わないまでも、「やっていい」ことである。(81ページ)
● 「わがまま」は「社会の変化」や「根本的な改善」を促すための社会運動のきっかけ(端緒)づくりである。(94ページ)
● 社会運動の仕事は、あくまで「わがまま」を公の場に出して、隠れた願望や要求を形にして多くの人に伝えることであり(95ページ)、新聞や雑誌の「投稿欄」を使ったり、ホームページをつくるのも立派な「わがまま」である。(196ページ)
● 長期的に見ると社会は変わっており、社会運動の効果や意味を長い目で見ることが有効(重要)である。(104ページ)
● 「わがまま」は何かが大きく変わらなくても、行動する人やその周りの人にとって何か変化があれば、それはその人にとって社会運動をする意味になる。(103ページ)
● 過激な主張や表現をする人のなかにいると、過激な言葉や振る舞いが当然視・常識化され、次第に主張や表現の幅が狭くなってしまう。(134ページ)
● ただひとりの「わがまま」、ただひとつの社会運動だけで、そんなにやすやすと社会は変わらない。(215ページ)
● 「わがまま」を言い続けることは大変なことであるが、うまくいくまでやる必要はないし、それを自分がやる必要もない。(215ページ)
● 基本的に、自分がやらなくても、社会にとって大事なことなのだから誰かがやってくれるという思いを持ち続けることは、自分の心を守るうえでも役に立つ。(217ページ)
● 自分のための「わがまま」を通じて当事者感覚を広げていくとともに、それを他人のため(「よその世界」)の「わがまま」すなわち「おせっかい」(支援、応援)へと変えていくことも大事である。(239ページ-)

〇筆者の机の上にはいま、新刊本か2冊ある。(4)中條共子著『生活支援の社会運動―「助け合い活動」と福祉政策―』(青弓社、2019年8月。以下[4])、(5)村木厚子・今中博之著『かっこいい福祉』(左右社、2019年8月。以下[5]。)がそれである。
〇[4]は、「地域住民で『たたかう』ために生まれた『助け合い活動』の1970年代から現在までを追い、地域のグルーブ、有償ボランティア,NPOと移り変わった担い手の変容、苦悩や課題を描き出す。(そして)自助(自己責任)の強化に抗(あらが)い、政策とは別の互助の可能性を展望する」(「カバー」)。その際、社会運動を、「社会的状況の変革を企図する集合的な取り組みであり、制度的な政治空間の内外で多様な手段によって展開される活動」(18ページ)として捉える。とともに、「助け合い活動の変革的性格に焦点を当てた『運動論』のアプローチを継承しながら、その限界を克服しうる方途として、社会学の研究領域である『社会運動研究』の蓄積」(18ページ)に学ぶ。
〇[5]は、村木と今中の対談本である。村木は言う。「かっこいい福祉」とは「制度にない」を「制度にする」ことをめざすして、新しいサービスを生み出し、多くの人や分野が相互につながることをつねに試行錯誤し続けることである。その人やその取り組みは、「みんな面白い」(189~193ページ)。今中は言う(※)。「アトリエ インカーブ」(アートスタジオ)では、知的に障がいのあるアーティストとデザイナーであるスタッフが、「福祉の文化化と文化の福祉化」(一番ヶ瀬康子)を実践している。加えて、「市場性を意識した福祉文化」をつくっていく必要がある(20ページ)。「かっこいい」とは、わかりあえないと認めること。認めるために、理解できるまで話す、聞く。そうして紡(つむ)がれた幸せが「かっこいい福祉」である(197~198ページ)。

〇富永京子によると「わがままが『違い』をつなぐ」([1]「帯」)。すなわち、「わがまま」を言うことによって、生き方や価値観の違う人々が一緒になってみんなで社会をつくる。樋口直人によると「社会運動は未来の予言者」([2]27~29ページ)である。すなわち、社会運動は到来する社会を啓示し、さまざまな「予言」をしてきた(「予言者」としての役割を果たす)。小熊英二によると「運動とは、広い意味での、人間の表現行為」([3]516ページ)である。すなわち、仕事も、政治も、言論も、芸術も、人間の表現行為であり、社会をつくる行為である。付記しておきたい。

冬春夏秋そして冬~少年の気づき

老夫婦が 雪の朝 玄関口に出てみると
雪が きれいに寄せられていた
寒さの中 こころが暖まった
数日後の夜 雪が降っていた
もしかしてと 朝早めに起きて 玄関をあけると
一人の少年が 黙々と雪寄せをしていた
おはようございますという 挨拶も心地よかった
ご苦労様と お礼をいうと 照れくさそうに笑った

小学校に 電話がかかってきた
子どもの担任が 代わった
「雪の積もった日は 毎朝雪寄せをしてもらったんです」
子どもへの感謝と
こんな子がいることを きっと先生は知らないだろうと 教えてくれた
校長に 話した
小さな善意を 続けることの大切さと
それを寒い朝 早起きして実行した子を
校長は 全校朝会で 嬉しそうにして 褒めた
級友たちから 拍手が起こった
また 照れくさそうに笑った

畑仕事が 好きだった老夫婦
今春は もう耕すことも億劫(おっくう)になっていた
少年は臆面(おくめん)もなく 小さな畑をスコップで耕した
いつも野菜を お裾分けしてもらった お礼だった
今年も 畑仕事できることを 素直に喜んだ

畑には いろいろな野菜や枝豆 芋が 次々と花を咲かせた
蜜を吸いに 蜂たちも 集まってくる
いつもの夏と 変わらない 農作業 
それが嬉しい
ニンニクは 春一番に芽を出し 長い葉を幾重(いくえ)にも広げた
その葉の間から芽が出て 長く茎が伸び巻き始る
それを切らねば 球根が育たない
ニンニクの茎は 年寄りには やさしい香りで 美味しくいただく
芋の茎が 枯れ出した
収穫の時を 告げる
最初のお裾分け 裏の少年の家に届けた

畑仕事も ひと段落を迎えた
少年は その畑の後始末に 半日かかった
さらに半日 畑をまたスコップで起こした
来春 夫婦で畑仕事する楽しみが 続く
ありがたいと 感謝した

雪が ちらついてきた
今冬 初めて積もりそうな 雪だった
翌朝少年は 朝起きをして きっとくるだろう
そんな期待を してしまうほど
少年の無垢な心と 無償の好意に 救われている
少年は 春がくると 小学校を卒業する
心をこめて 祝ってあげよう
喜んでもらえるには どうしよう
老夫婦の 嬉しくも楽しい悩みが ひと冬続く

〔2019年8月15日。少年は青少年赤十字(JRC)の一員だった。実話を元にアレンジした。その思いやりと行動は本物だった。ボランティア学習は、気づくことから始まることを心底教えられたエピソードである〕

秋冬春夏そして秋~店のない地区

食料品店が この地区から撤退して10年
8棟の市営団地も 今では老人団地
近くには 小さなコンビニ1店しかない
だから バスに乗って 買い物に出かける
車があればと ないものねだり
中秋 誕生日に 免許証は 返還した

厳冬 バスで町に出た
病院で診察と投薬 郵便局でお金を下ろして
ようやく 商業複合施設に行く
いろんな店が入っているから 買い物はここで済ます
帰りのバスは 2時間に1本しか走っていない
時間を持てあませば いつも飲食店で軽く食べる
あれこれ買って 重たくなった荷物
そうだ トイレットペーパー買い忘れ
急いで買い足し 滑る歩道を バス停へと向かう
ハアハアいいながら 家に辿り着く

早春 歩くのは健康にいいことばかりではない
重い荷物を持って運ぶという おまけ付き
気をつけていたにも関わらず 
家に戻ってきたところで 腰にきた
歩くことさえおぼつかない 這ってトイレに行く
買い出しに行ったおかげで 食べ物はなんとかなる
病院に行くことも出来ず
ひたすら 布団と仲良くしながら 快復を待つ
携帯電話が鳴った
離れている娘に 心配はかけられない
寝付いていることは告げずに 電話を切った
こんなこと 果たしていつまで続くやら
不安と腰の痛みを抱えながら テレビをつける  

初夏の浜風が ベランダに立つ頬にあたる
娘夫婦が 孫を連れてやってきた
婿と孫は 二人でどっかに遊びに行った
娘に 腰痛で寝込んだことがばれ 小言を聞かされる
娘は そろそろひとり暮らしをやめて
近くに 越してくるよう勧める
ここでの ひとり暮らしの限界を感じて
心配している娘のおもいが ひしひしと伝わる
この冬を越すには 体力に自信がなくなってきた
人生最後の 厳しい決断
この団地からの 我身の撤退
婿が戻ったら 三人で考えよう
まずは そう決めた 昼下がりだった

晩秋 我が家に 別れを告げた

〔2019年8月12日書き下ろし。父娘のいい関係が父の老後を担保する。婿もまた支援する。家族の根っこが腐らぬよう枯れぬよう、そう願わずにはいられない〕