「大橋謙策の福祉教育論」カテゴリーアーカイブ

老爺心お節介情報/第22号(2021年3月2日)

「老爺心お節介情報」第22号

〇大変ご無沙汰しています。新型コロナウイルスへの感染予防に留意しつつ、再開された各地でのコミュニティソーシャルワーク研修等で時間に余裕がなく、今日になってしまいました。申し訳ありません。

 「シルバー産業新聞」に連載の「地域共生社会に向けた実践――自立生活支援とケアマネジメントの考え方」の第2回目の記事「救貧的福祉サービスからその人らしさの生活を支えるサービスへ」を添付します。

 日本社会福祉学会の「学会ニョーズレター」に寄稿した拙稿を添付します。名誉会員として若手研究者向けに、社会福祉学の研究方法について書いてほしいとの要請で書きました。

 社会福祉関係者は“数字に弱い”と言ってきました。できるだけ、数字を活用しながら、取り上げるニーズの推計とその問題解決方法を考えようと、今各地のコミュニティソーシャルワーク研修でそのシートを取り上げています。今回添付した「地域包括ケアに関する基本情報シート」は富山県CSW研修の中で作成したもので、富山県社会福祉協議会地域福祉部の魚住浩二さんが整理してくれました。これを参考に、各地でこのような情報シーートを作り、共有してほしいですね。

Ⅲ―2 社会福祉実践における数字の持つ意味ですが、障害者分野では「一人暮らし障害者」の実数、実態も十分把握されていません。障害者分野における「障害者の数」は実は「推計値」なのです。「厚生の指標」(2021年2月号、厚生労働統計協会)で、「障害者手帳所持者数はなぜ『推計』値か」という論文が掲載されています。面白く読ませてもらいました。

Ⅳ 厚生労働書の助成事業で、富士通総研が取り組んだ「災害福祉広域支援ネットワークの構築に向けた災害時の福祉的支援の在り方と標準化の調査研究事業」(2018年3月)の検討会の座長を務めましたが、その報告書に基づくDWATづくりが各県で取り組まれています。やや遅い感がありますが、富山県でもDWATが結成され、その内容が『福祉とやま』(2021年3月号、N0.456)で紹介されています。よくまとめられていますので、ご参照ください。

Ⅴ 「大橋塾」の再開
新型コロナウイルスに伴う「緊急事態宣言」を受けて、中断していました「大橋塾」を下記の通り再開します。
『大橋塾』3月例会
2021年3月20日 午後1時~4時30分 発表とコメント/午後4時30分~6時 交流会  場所/日本地域福祉研究所2階会議室
① 参加希望者は、事前に日本地域福祉研究所にメールで申し込んで下さい。/② 原則として、参加者は研究報告、実践報告を行うこと。/③ 発表に印刷物は各々20部印刷持参すること。

添付資料(1)
シルバー産業新聞連載記事第2回

「救貧的福祉サービスからその人らしさの生活を支えるサービスへ」

「戦後第3の節目」といわれる「地域共生社会政策」を具現化させていくためには、戦後培われてきた社会福祉の考え方や囚われてきた社会福祉観を改革しなければならない。それは3点ある。
第1は、1950年に制定された社会権的生存権を保障したといわれる現行生活保護法にみられる国民の「申請権」の“負の側面”の改善である。
国民の生活の困窮を救済するための法制は、戦前、国の公的扶助義務は認めるものの、国民が政府に対し救済を申し立てる権利という申請権は認めてこなかった。漸く、1950年に制定された現行生活保護法において、生活困窮者が国に対し生活保護を申請できるという国民の権利としての申請権を認め、ここに社会的生存権が認められたといわれている。昨年来の新型コロナウイルスの件で、厚生労働省は生活保護を申請するのは国民の権利であるから、生活困窮に陥った際には申請してほしいと異例の呼びかけまでしている。
ところが、この申請権の“負の側面”ともいえるもので、社会福祉行政に“待ちの姿勢”を創りあげてしまった。国民が有している権利なのだから、“申請してこないということは、必要性がないからなのだ”という考え方に基づき、積極的に生活のしづらさや困窮を抱えている人々に社会福祉行政がアプローチして、潜在化しているニーズを掘り起こすという姿勢に欠ける面があった。連載の第1回目で取り上げた「地域共生社会政策」に関わる文書において、厚生労働省は“行政は「待ちの姿勢」ではなく、対象者を早期に、積極的に、「アウトリーチ」という考え方に立って問題の把握に努める”ことの必要性を指摘したが、社会福祉行政は窓口に相談、申請に来た人にだけ対応するという“待ちの姿勢”が強かった。
第2には、その生活保護に代表されるように、福祉サービスの考え方、水準を“国民の最低限度の生活保障”に留めてしまった。福祉サービスを利用する人は“自助”ができず、国の“公助”に頼ることになるので、“公助”の負担をできる限り軽減するために、かつ“怠民養成”ではないという“一種のみせしめ”的に福祉サービスの水準を低く抑えるという“最低限度の生活保障”という福祉サービス観、救貧観を創り上げた。
第3には、生活困窮者を救済するのは、憲法第89条の規定(公の支配に属さない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し公金を支出してはならない)により、福祉サービスは行政がやるもの(もしくは行政から委託を受けた団体、組織)という認識を国民に定着させ、国民の行政依存体質を作り出してしまった。地域で自立生活を営もうとすれば、住民と行政との協働は不可欠であるが、その考え方が全面に出されるのは厚生労働省の文書では2008年の「地域における「新たな支えあい」を求めてーー住民と行政による新しい福祉―」という文書が出てからである。
このような状況の中、社会福祉サービス提供組織は、国により制度化されたサービスを、行政から委託を受けて、行政が認定したサービス利用者に対して制度の枠組みの中で提供すればいいという“受け身的な姿勢”になり、住民が抱えるニーズを積極的に把握し、かつそれを解決するための新しいサービスの開発や新しいシステムを創出するという姿勢が欠けることになった。
ところで、筆者は1960年代末から、社会権的生存権を巡って争われた朝日訴訟や障害者の学習・文化・レクリエーションの機会提供にかかわる実践を通じて、社会福祉は憲法第25条に基づく最低限度の生活保障だけではなく、憲法第13条の幸福追求権に基づく社会福祉の考え方、福祉サービスの提供を考えるべきではないかと考え、主張してきた。憲法第25条は、国民の生活を守る最後のセーフティネットとしての役割があり、評価するが、それ以上に必要なのは、“この世に生きとし生きるものの幸福追求であり、自己実現である”のではないかと考えた。戦後の社会福祉が囚われてきた「貧困観の貧困」、「人間観の貧困」、「生活観の貧困」を克服し、高齢者も障害者も自分らしく、自己実現できることを支援するのが社会福祉の目的、哲学にならなければいけないと考えたからである。
フランスの1789年の市民革命は身分制度を廃止し、この世に生まれてきたものは皆平等であり、自由であり、幸福を追求する権利があることを明らかにした。そのためには、“公の救済は社会の神聖な責務の一つである”として、「自由」、「平等」とともに「博愛」の重要性を理念として掲げた。
1995年の総理府社会保障制度審議会の勧告「社会保障の再構築」では、“1950年当時は、戦後の社会的・経済的混乱の中にあったので、当面、最低限の応急的対策に焦点を絞らざるを得なかった”が、“今日の社会保障体制は、すべての人々の生活に多面的にかかわり、その給付はもはや生活の最低限度ではなく、その時々の文化的、社会的水準を基準と考えるものとなっている”として、“広く国民に健やかに安心できる生活を保障することである”と考え方を変更した。それは、まさに憲法第25条の最低限度の生活保障ではなく、憲法第13条の幸福追求権に基づく、その人らしさの自己実現を支える福祉サービス、社会福祉への転換を求めたものである。
「地域共生社会政策」の実現には、社会福祉関係者の中に潜在化している戦後の社会福祉観を見直し、新たな視点、新たな姿勢に基づく実践が求められている。

添付資料(2)

(2021年3月2日記)

【備考】
2021年3月13日、大橋謙策先生から「老爺心お節介情報」第1号(2020年5月28日)から第22号(2021年3月2日)を拝受する。
3月13日/第1号~第10号、3月14日/第11号、3月16日/第12号~第19号、3月17日/第20号~第22号をそれぞれアップする。

老爺心お節介情報/第21号(2021年1月18日)

「老爺心お節介情報」第21号

〇新年明けましておめでとうございます。
〇大学入試共通テストも終わり、地域福祉研究者は一息ついているのではないでしょうか。しかし、自分の大学の入試がこれからでしょうから、新型コロナウイルスの件でやきもきする日々かとお察しいたします。
〇社会福祉協議会関係者は、新型コロナウイルスの件で、社会福祉施設等でクラスターが発生し、対応に苦慮されているのではないでしょうか。また、生活福祉資金の「特例給付」が免除になるかどうか、その行方を固唾を飲んでみまもっていることでしょう。
〇皆様、くれぐれも新型コロナウイルスにご留意の上、ご活躍下さい。

「社会福祉実践における『実践仮説』と実践者の“ゆらぎ”」

「老爺心お節介情報」第21号は社会福祉実践の在り方についての意見である。
筆者は、ここ数年千葉県、富山県、香川県、佐賀県、大阪府、岩手県の社会福祉協議会において、CSW研修を体系化させようと取り組んできました。その際、感じることは、社会福祉関係者の活動には「実践仮説」をもって意識的に取り組むという姿勢が弱いと感じている。
筆者が、東京都三鷹市の勤労青年学級の講師として取り組み始めたのは1966年度からですが、その際、小川正美社会教育主事から強く求められたのは、①勤労青年という教育実践の対象になる「学習者理解」を深めること、②これらの青年に対し、どのような教育目標を設定し、どのような教材や教育方法を駆使して実践するのか、1年間の、あるいは中期の「実践仮説」をもって取り組むこと、③年度がおわったら、「実践仮説」に基づいた実践がどうであったかを総括、評価し、文章化することであった。当時、日本社会事業大学の学部4年生であった私にとっては、それはとても厳しい“注文”であったが、それを意識化して取り組んだことが筆者を育ててくれたと今では感謝している。
三鷹市の勤労青年学級だけではなく、教育学分野では、教師が「実践仮説」をもって、実践に取り組むということが必要だと教えられてきたが、1970年代、社会福祉分野において「実践仮説」という言葉を使うと、関係者はその用語は初めて聞いたとか、「実践仮説」とはどういうことですかとか、用語の使用が共有化できないことに驚いた記憶がある。ある意味、社会福祉分野は“制度の枠”の中で、“制度に基づくサービスを提供”していたので、「実践仮説」という考え方を持たなくても通用してきたのかなと思ったことがある。
しかしながら、これからは制度が十分でなければ、ニーズに対応する新しいサービスを開発する必要があるし、生活のしづらさを抱えている人への伴走的支援によるソーシャルワーク実践が求められてきている。そこでは、実践者の「実践仮説」が大いに問われるはずである。
添付したのは、筆者が、自閉症者への支援を全国でいち早く取り組み、先駆的実践を展開してきた社会福祉法人嬉泉の理事長であった石井哲夫先生に頼まれて、法人の機関紙『嬉泉の新聞』(No58、2005年7月)に寄稿したものである。
社会福祉関係者は、意識しないと、ついついパターナリズムになりがちである。そのことを踏まえて「実践仮説」をもつことと、実践の過程での“揺らぎ”(自省的省察)の必要性について書いたものである。
なお、ドナルド・ショーン著、佐藤学・秋田喜代美約の『専門家の知恵』(2001年、ゆみる出版)もぜひ読んでほしい。教育学の分野では、重要な文献の一つである。

追記
以前送信したCSW研修のプログラムに関しての資料として入れた「社会生活モデルに基づくアセスメントの視点と枠組みシート」並びに「問題解決プログラム企画立案書」を一部訂正したので、添付している。修正は、富山県社会福祉協議会の魚住浩二さんがしてくれた。
「問題解決プログラム企画立案書」の修正部分は、財源の項目について、より細目化させた。佐賀県での研修において、新しい企画の事業規模、事業予算とその算出根拠等についての認識が弱く、“財源”という項目についての記述が“共同募金の補助”とか、あまりにも一般的すぎるので、より細かく企画するように改善することにした。
「社会生活モデルに基づくアセスメントの視点と枠組みシート」では、ナラティブの項目で希望を入れたり、社会的活動をどう行ってきていたのかの項目、あるいは意思表明能力の状況等の項目について修正した。

添付資料

※お詫びとお問合せ
「『社会生活モデル』に基づくアセスメントの視点と枠組みシート」等は、大橋謙策先生のご了解を得て、編集上の都合で省略させていただきました。詳細につきましては、日本地域福祉研究所(本ブログの右カラム「Related Sites Links/関連リンク」参照)にお問い合わせ下さい。

(2021年1月18日記)

老爺心お節介情報/第20号(2021年1月2日)

「老爺心お節介情報」第20号

 介護支援専門員や介護保険サービス事業者が主な購読者であり、3万5千部ほどの発行部数である「シルバー産業新聞」に2021年の1月号から1年間連載を依頼されました。その原稿です。

シルバー産業新聞連載
「地域共生社会に向けた実践―自立生活支援とケアマネジメントの考え方」

第1回:「戦後第3の節目としての地域共生社会政策とその求められる背景」

厚生労働省は、戦後「第3の節目」とも位置付ける「地域共生社会政策」を現在推進している。周知のように、2020年6月5日に成立した法律名には「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律」というタイトルが付けられている。
この「地域共生社会政策」は、1961年の国民皆年金皆保険制度、、2000年の介護保険度に続く戦後「第3の節目」と位置づけられるほど、厚生労働省の政策において重視され、その“思い”が一括上程された法律名に表れている。
法律改正の趣旨は“地域共生社会の実現を図るため、地域住民の複雑化、複合化した支援ニーズに対応する包括的な福祉サービス提供体制を整備する視点から、市町村の包括的な支援体制の構築の支援、地域の特性に応じた認知症施策や介護サービス提供体制の整備等の推進、医療・介護のデータ基盤の整備の推進、介護人材確保及び業務効率化の取組の強化、社会福祉連携推進法人制度の創設等の所要の措置を講ずる”ことであるとされている。
この政策がなぜ「第3の節目」と言われるのかは、ⅰ)戦後の社会福祉行政が”社会福祉六法体制”と言われてきたように、属性分野ごとの縦割り行政であったことにより、ややもすると相談が行政窓口間で”たらい回し”にされがちであったこと、ⅱ)サービスの提供方法が、属性分野ごとの単身者に対応する入所型施設福祉サービス中心から、在宅福祉サービスの整備とともに地域での自立生活を支援する考え方に変ってくると、地域生活をしている住民は単身者ばかりではなく、複合的・複雑な多問題を抱える家族もおり、世帯全体への対応が求められるようになってきたこと、ⅲ)地域での自立生活支援を進めていくためには、行政の力だけでは対応ができないので、地域住民の福祉サービスを必要としている人への差別、蔑視を取り除き、かつそれらの人々を支えるインフォーマルケアを充実させていく必要があり、行政と住民の協働が求められるようになってきたこと、ⅳ)生活保護制度に代表されるように、住民が福祉サービスを利用するにあたって、それを行政に権利として申請できるという「申請主義」が戦後確立したために、住民が生活のしづらさを抱えているのなら申請してくるはずであるから、積極的に行政の側から生活支援のニーズを発見することなく”待っていればいい”という姿勢になりがちであったこと、ⅴ)戦後の社会保障・社会福祉は”救貧的な最低限度の生活保障”的になりがちであったが、1995年の社会保障制度審議会の勧告「社会保障の再構築」で示されたように、住民の幸福追求、自己実現を図っていくサービスの在り方に変えることが求められてきたこと、ⅵ)今日の生活のしづらさや生活困窮問題は、単なる”経済的貧困”だけでなく、生活技術能力や家政管理能力、社会関係能力等の脆弱化に伴う複合化した問題であるだけに、社会福祉士や精神保健福祉士等のソーシャルワーカーや介護福祉士等ケアワーカーの継続的”伴走的支援”が必要になってきていること等がこの政策が求められる背景の要因として挙げられ、戦後の社会福祉行政全般の再編成を伴う困難な改革であると位置づけられたからであろう。
これらの問題は、歴史的には1970年前後、1990年頃、2000年頃にも関係者間で指摘され、その解決が取り組まれてきた問題であった。直近では、2008年の厚生労働省社会・援護局の報告書である「地域における『新たな支えあい』を求めてーー住民と行政の協働による新しい福祉―」があり、その延長上に2015年に公表された厚生労働省の「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現―新たな時代に対応した福祉の提供ビジョンー」がある。この2015年の報告書が、現在推進されている「地域共生社会政策」の起点である。
今回の社会福祉法の改正は、これらのことを踏まえ、、①属性や世代を問わない相談の受け止め、多職種連携による対応ができるコーディネート、行政等の窓口で来談者を待つのではなく、積極的にアウトリーチして潜在的なニーズに接近し、対応するという包括的、かつ重層的な支援体制を整備すること、②社会的に排除され、孤立しがちな人や複合的かつ複雑なニーズであるが故に、既存の制度だけでは対応できない制度の狭間のニーズに対応して、福祉サービスを必要としている人の社会参加の機会の提供やその人らしさを発揮できる機会の提供等の活動の強化、③世代や属性を超えて住民同士が交流できる場や居場所の確保を行い、共に生きる地域づくりを一体的に行い、福祉サービスを必要としている人を地域から排除することなく、継続的な“伴奏的支援”を行える包括的・包摂的支援の構築を目指している。

(2021年1月2日記)

老爺心お節介情報/第19号(2020年12月27日)

「老爺心お節介情報」第19号

「コアプアのとらえ方とソーシャルワーク」

 1982年、筆者は三浦文夫先生とスウエーデン、ドイツ、フランス、イギリス等のヨーロッパ諸国における“行政とボランティア活動に関する調査研究”に出掛けてた。この調査研究は財団法人(当時)行政管理研究センターに委託を受けて行われた研究活動の一環であった。この調査研究は、1983年3月に『行政とボランティア活動に関する調査研究結果報告書』として刊行されている。
この調査研究で尋ねたフランスの「カトル・モンド」(Quatre Monde)という団体は、フランスの日本大使館から紹介されて尋ねた団体であったが、都市の下層社会に滞留する“コアプア”と呼ばれる人々への生活支援をしている団体であった。「カトル・モンド」とは、日本語に訳せば“第4世界”という意味である。当時、三浦先生と”第4世界“という用語は初めて聞く用語で、戸惑ったことを覚えてtいる。その際、団体の担当者から言われたことは、”あなたたちは、社会保障・社会福祉が整備されれば、貧困問題等は解決できると思っているだろう。我々が支援している人々は、制度では解決できない問題を抱えている人達で、今ヨーロッパ諸国はこれらの人々が都市に滞留し、大きな問題になっており、それを解決・支援するためにボランティア活動を行っている。そのボランティア活動は、生活技術を教えるとか、社会生活のマナーを教えるとか、子育ての仕方を教えるとか、社会関係の持ち方を教えるとかの活動をしている。したがって、ボランティアの中には教師や弁護士等も多くいるということであった。この話を聞いたとき、筆者は1970年頃の日本での「新しい貧困」の問題を思い浮かべた。
日本に帰国後、日本社会事業大学の吉田久一先生等にこれらの話をした際に、吉田久一先生から歴史的には“コアプア”と呼ばれる問題が昔からあったよと言われて、改めて社会福祉制度だけでは解決できない問題の重要性を認識させられた。
話は変わるが、筆者は添付ファイルのように「社会福祉学の性格と構造」を考え、それを2000年当時図式化した。
この図で、社会福祉学の研究や社会福祉実践を“社会福祉の制度”から始めるのではなく、かつ“制度に依拠するだけでなく”、そもそも社会福祉学や社会福祉実践は何を目的にするのか、どこに価値を置くのか、社会福祉の哲学は何なのかをきちんと踏まえたうえで考えないといけいないと常々考えてきて、この図になった。それは、自分自身、社会福祉の目的、理念を体系だって教えられてなく、いつも社会福祉制度から始める、考える研究や実践方法になじめなかったからである。
全国各地の研修の度に、社会福祉関係者の「人間観の貧困」、「貧困観の貧困」、「生活観の貧困」、「社会福祉観の貧困」の希薄さに接してきただけに、社会福祉関係者に常に自らの「人間観の貧困」、「貧困観の貧困」、「生活館の貧困」、「社会福祉観の貧困」の問い直しを促してきた。今月行われた岩手県のCSW研修でも、“事実は小説よりも奇なり”という複雑な、困難事例に対し、あるべき支援方針を立案する際に、参加者の「人間観の貧困」、「貧困観の貧困」、「生活館の貧困」、「社会福祉観の貧困」に驚き、ワークショップ中に、もっと“夢を語ろうよ”と言葉を投げかける場面があった。介護支援専門員や障害者相談支援員、社会福祉協議会職員の社会福祉実践の目的、哲学、価値はどういうように形成されてきているのであろうか。
そんな折、國友公司著『ルポ西成――78日間のドヤ街生活―』(彩図社)を読んだ。この本を読んで、私の社会福祉学や社会福祉実践の目的、価値、哲学は性善説に裏打ちされた“甘っちょろい”ものなのかと突き付けられた。学部学生時代、釜ヶ崎、山谷、寿町を訪ね、それなりに分かっていたつもりであったのはなんだったのだろうかと考えざるを得なかった。
それと対比する意味で、『獄窓紀』(ポプラ社)を書いた山本譲治著の『累犯障害者』(新潮社文庫)を読み直してみた。
地域生活定着支援センター等の制度を法務省や厚生労働省に働きかけて創設してきた山本譲治さんの人間観、障害者観と国友公司さんとの取り上げ方は違うにしても、その底流にあるのは、“人間が人間になる可能性をもって産まれてきた以降の幼少期にどのような生育過程を経ている”かが問題であり、それを十分理解し、その問題に対応するソーシャルワーク実践を考えないと“本来の救済にはならない”ということであろうか。
かつて、山口利勝著『中途失聴者と難聴者の世界』(一橋出版)を読んで、心身機能の障害から障害者のことを理解することの誤りに気付かされたが、今回の2冊の本でも同じことが言える。山本譲治さんが『累犯障害者』の中(P228)で“ほとんどのろうあ者は、手話で考え、手話で夢を見るそうだ”と書いているが、このことの意味は大きい。
『ヴァルネラビリティへの支援――ソーシャルワークを問い直す』を書いた沖縄大学の玉木千賀子さんの博士論文指導の中で、“ヴァルネラヴルな人々の生育過程における言語環境の重要性”に着目するようにと言い、ピアジェやヴィゴツキーの“言語と思考”の関係の本を読んで、深めるようにと指導したが、國友公司さんも山本譲治さんもまさにその重要性を指摘している。
筆者も含めて、社会福祉関係者は「ナラティブ」の重要性をここ30年ほど強調してきたが、自分自身どれだけ「ナラティブ」の問題を深め切れていたのかとこの2冊の本を読んで自戒させられた。
ここに挙げた本を機会を見て読んで、自らの「人間観の貧困」、「貧困観の貧困」、「生活観の貧困」、「社会福祉観の貧困」を問い直してほしい。

(2020年12月27日記)

【注】
「社会福祉学の性格と構造」図については、「老爺心お節介情報/第22号/2021年3月2日」の添付(Ⅱ)「社会福祉学研究方法と研究組織に関する小稿」中の図1をご参照下さい。

老爺心お節介情報/第18号(2020年12月24日)

「老爺心お節介情報」第18号

「CSW研修のプログラム・方法の構造化と体系化」

日本でのCSW(コミュニティソーシャルワーク)機能の必要性と重要性は、1990年の「生活支援地域福祉事業(仮称)の基本的考え方について(中間報告)」(座長大橋謙策)において指摘された。
それは、従来のCW(コミュニティワーク)、CO(コミュニティオーガニゼーシン)をより地域福祉の理念、考え方に引き付けて発展させたものであった。これ以降、CSWは用語としても、考え方としても、かつ社会実験的にも実証され、定着してきた。
日本社会事業大学の教員による共同研究を基にまとめた『コミュニティソーシャルワークと自己実現サービス』が2000年8月に上梓されたが、その本でほぼコミュニティソーシャルワークの考え方、機能は整理されたといえる。
しかも、コミュニティソーシャルワークを展開できるシステムとしては、東京都目黒区、東京都の子ども家庭支援センター等の先駆的試みを経て、2000年4月から開始された長野県茅野市の保健福祉サービスセンターのシステム(『福祉21ビーナスプランの挑戦』参照)において、その必要性と可能性も確認された。
これらの機能、考え方、システムの在り方は、現在厚生労働省により「地域共生社会政策」として推進されている。
しかしながら、これらコミュニティソーシャルワークのシステムや機能を具現化させる職員の養成、研修の在り方は必ずしも体系化、構造化されていなかった。
筆者は、ここ数年、大学業務に束縛されることが無くなり、時間的余裕もできたので、コミュニティソーシャルワークの研修を依頼された機会を活用して、コミュニティソーシャルワーク研修のプログラム・方法の構造化と体系化に心がけてきた。それは、まさに、現場の研修を担当している職員との「バッテリー型研修」であり、「コンサルタント的研修」を行うなかで、ほぼ“完成”に近い、納得できるCSW研修のプログラム・方法の構造化と体系化ができたと思っている。
この“社会的実装”に参加してくれた社会福祉協議会は、富山県社協、香川県社協、佐賀県社協、大阪府社協、千葉県社協、岩手県社協、東京都世田谷区社協(人口92万人)等である。この紙面を借りて、改めて関係者にお礼と敬意を表したい。
このコミュニティソーシャルワーク研修を全国に広め、定着させると同時に、社会福祉系大学の教育、演習の在り方を変えてもらうためにも、全国の関係者と共有し、次年度からの研修に活かしてほしいとの思いで「老爺心お節介情報」第18号を送信する。関係者は相互に連絡を取り合って、情報交換をし、各自が関わるところで研修を見直して頂きたい。
なお、研修プログラムの作成に当たっては、以下の点を考慮、配慮してほしい。

(1)研修には、予算、期間の制約があり、この通りにはならないが、研修に盛り込むべき内容は同じである。
今回添付ファイルしたものは、富山県社協の地域福祉部(部長古野智也)と富山県福祉カレッジ(学長大橋謙策)とが共催で取り組んだ取組で、プログラムや参加者に課した課題の整理、あるいは演習で使用するシートを作成してくれたのは富山県社協の魚住浩二さんである。富山県社協の研修時間は残念ながら、現時点では約3時間足らない。期間としてはAM、9時30分~PM5時までの全日4日間はほしい。
なお、従来、「多問題家族のアセスメントシート」を使ってきたが、より「社会生活」をきちんとアセスメントするのがソーシャルワークであると考え、タイトルを「社会生活モデルに基づくアセスメントの視点と枠組シート」にタイトルを変えた。このシートのレイアウト作成には、世田谷区社協の山本学さんに協力を頂いた。

(2)研修参加者の主体性を高めるために、アクテブラーニングの考え方を取り入れ、小グループ編成によるワークショップだけでなく、演習の課題に即し、参加者各個人にレポートを課し、県社会福祉協議会職員と研修講師である筆者とがコメントし、さらに加筆修正をしてもらって提出するというサイクルを試みた。
最も、典型的に取り組んでくれた県社協は佐賀県社協の小松美佳さんである。その1例が多久市の北島暁さんの「問題解決プログラム企画立案書」である。これは、1月に行われる佐賀県市町村社協役職員研修で発表されるものなので、1月末までは取り扱いに注意してほしい。

(3)岩手県のCSW研修では、アウトリーチ型のロールプレイをビデオに収録し、その後それを再現して、検証した。これからは、ビデオ活用も考える必要がある。

(4)富山県では、小グループごとにパソコンとプロジェクターを用意し、グループ討議の内容をあらかじめ入力してあったシートに打ち込み、映し出して論議するという方法を取った。これからは、ICTを活用した研修を考える必要がある。

(5)今までの研修では、県内や市町村の社会福祉に関わるデータを無視して、一般的に論議し、研修をしていたが、研修を通じて県内、市町村ごとのデータを踏まえた論議と問題解決のプログラムを創る必要があるとの認識から、富山県、千葉県では県内の社会福祉に関するデータ、政策に関わる資料を収集し、ファイル化して使えるようにした。今では、上記に挙げた県社協はすべて資料集を作っている。
ただし、この資料集を十分に使った研修ができてない。時間の制約がどうしてもある。市町村社協職員は、行政に説明する場合なども考えて、この資料集を活用して“数字にも強い職員”にならないといけない。

(6)各県のCSW研修は、初学者、初任者でなく、国家資格や一定の経験を有している人を対象にしているので、座学はあまり時間はいらないと思っていたが、それなりに時間が必要である。
各県の研修では『コミュニティソーシャルワークの理論と方法』、『コミュニティソーシャルワークの新たな展開』を使っていただいているが、CSW研修用に、この2冊から必要な部分を選択し、アレンジして新たな教材を作る必要がある。それを座学で行うか、e―ラーニングで行うかは今後考える必要がある。

(7)事例検討の仕方は、最初に事例全体の報告をしてから行うのではなく、最初は事例の概要を報告してもらい、その報告された概要に基づき、どのようなアセスメント、聞き取りをしないと援助方針が立てられないかということを認識させる必要性から、報告された概要に基づき、確かめるべきアセスメント項目、聞き出すべきアセスメント項目を、まず参加者個人がポストイットに書いて書き出す。それを基にグループごとに類型化する。この作業を通じて、個々人のアセスメントの視点と枠組が偏っていることを認識させる。その際に、「社会生活モデルに基づくアセスメントの視点と枠組みシート」を使う。
その後、事例は具体的にどう展開したのかを報告してもらい、それでよかったのか、望ましい支援方針はどういうことが考えられるのか“夢のある支援方針”を立案してもらう。岩手県では、この部分に時間を割いたが、あまりにも参加者が制度の枠組みや固定観念に囚われて支援方針を考えていたので、“夢”を語ってほしいと述べた。
事例は、参加者が抱えている困難事例か、県内にある実際の困難事例を使う。できれば、事例報告者には事例に基づく演習が終わるまで参加してもらう。
具体的事例を扱うので、改めてプライバシー保護を徹底化させる。必要なら、事例は回収する。

(8)ソーシャルサポートネットワークづくりに関する演習の成果物で、これはというものは今のところ把握できていない。大阪府の社会福祉法人の地域貢献とコミュニティソーシャルワークの研修の中から、素晴らしいものがでてくる予感がしている。
今後深めないと意見兄分野で、住民の差別、偏見をなくす福祉教育なども視野に入れて取り組みたい。この部分こそが、「地域共生社会政策」の具現化の“象徴”である。

(9)本来、ここに情報提供しているプログラムや演習シートなどは、商標登録や著作権の対象となるものであるが、我々社会福祉関係者はお互いの資質、能力、力量が向上し、福祉サービスを必要としている人々の生活が改善されることを願って仕事をしているのであるから、そのような制約はかけない。その分、多くの関係者が努力していることに“思い”を馳せてほしい。

(10)演習の進め方については、演習の課題に即して、まず個人作業をすることが大切。個人作業を通じて、その課題に関する自らの認識、力量を自己覚知することが重要で、最初からグループ討議をしてしまうとその自己覚知の部分が確認できない。
その後、小グループごとに討議をするが、その過程で自分の作業と他の人の作業とを比較する中で、自分を見つめ直す機会とする。
小グループで演習課題に関する課題を完成させ、全体会で発表し、研修講師が座学で学んだことを事例、達成課題に引き付けてコメントする。

(2020年12月24日記)

老爺心お節介情報/第17号(2020年12月19日)

「老爺心お節介情報」第17号

Ⅰ 日本医事新報社が電子コンテンツで、日本社会事業大学専門職大学院の鶴岡浩樹教授の編集により、2018年度から「福祉発。拝啓、お医者さま。」を連載してきました。
私も執筆を求められ、最終回に「地域共生社会をめざす社会福祉―ケアリングコミュニティの形成」と題する拙稿をアップしました。その原稿です。
この連載には、日本社会事業大学の菱沼幹夫先生や日本社会事業大学専門職大学院の木戸宣子先生も執筆しています。
日本医事新報社が電子コンテンツは、下記のURLから会員登録をしますと、無料で閲覧できます。連載されたものも見れます。
https://www.jmedj.co.jp/premium/welfdoc/
是非、社会福祉関係者が医療関係者に何を発信したのか読んで下さい。

おわりに:地域共生社会をめざす社会福祉―ケアリングコミュニティの形成

登録日:2020-12-11最終更新日:2020-12-11
(公財)テクノエイド協会理事長
NPO法人日本地域福祉研究所 理事長
日本社会事業大学名誉教授
大橋謙策

厚生労働省は,2015年9月に「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現―新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン―」を公表し,2016年7月に厚生労働大臣を本部長とする「地域共生社会実現本部」を立ち上げ,「地域共生社会政策」を推進している。厚生労働省によれば,この「地域共生社会政策」は1961年の「国民皆年金皆保険」,2000年の「介護保険制度」に匹敵する「戦後第3の節目」と位置付けられている。
その「地域共生社会政策」は,子ども,障害,高齢という従来の属性分野ごとの縦割り社会福祉行政を是正し,全世代交流・支援型のサービス提供システムによる地域での自立生活支援の促進である。ややもすると潜在化しがちな福祉サービスを必要としている人々をアウトリーチし,ニーズキャッチを行い,必要なら新たなサービスの開発や個別支援のソーシャルサポートネットワークをつくり,それらの人々の地域自立生活を支援する「重層的支援体制」を構築することをめざしている。と同時に,地域から孤立しがちな,時には蔑視,差別されがちな福祉サービスを必要としている人,家族の社会参加を促進し,地域で包摂できるように,コミュニティソーシャルワークの展開によるケアリングコミュニティの形成を目的としている。
戦後の社会福祉行政は,社会的生存権と位置付けられる憲法第25条に基づく「健康で文化的な最低限度の生活の保障」を標榜してきた。その規定の歴史的意味,位置付けは大変重要であるが,それは1995年の社会保障制度審議会勧告でも述べているように,戦後の社会福祉行政をややもすると救貧的な“最低生活の保障”にしがちであった。
筆者は,1960年代末から,社会福祉は国民のセーフィティネットとしての機能を明確化した憲法第25条とともに,憲法第13条に基づき,福祉サービスを必要としている人も含めた“生きとし生ける者”の自己実現を図る幸福追求権をも法源として位置付け,社会福祉のあり方を考えるべきであると指摘してきた。1995年の社会保障制度審議会の勧告「社会保障の再構築」は,まさにその点を謳ったものであった。
また,1970年頃から従来の労働経済学を軸とした古典的,経済的貧困への金銭的給付による支援のみでは解決できない「新しい貧困」問題が登場してくる。「新しい貧困」と呼ばれる生活問題を抱えている人,つまり何らかの事由により地域での自立生活が脅かされ,地域で孤立し,多様な生活のしづらさを抱えている人々を支援する方法は,国の生活保護制度等に代表されるような所得保障だけでは生活問題を解決できず,地方自治体レベルでの対人援助としての社会福祉(ソーシャルワーク機能)を展開できる地域福祉の具現化が必要であると考えられるようになってきた。1970年頃に,“地域福祉は社会福祉の新しい考え方”といわれたが,今,まさにその新しい考え方が「地域共生社会政策」として政策化され,具現化されようとしている。
イギリスが1970年に「地方自治体社会サービス法」を制定し,パーソナルサービス(対人援助)を地方自治体において全世代対応的に,属性分野を超えて総合的に展開したように,日本でも1960年代末から「新しい貧困」に対応する地方自治体レベルでの在宅福祉サービスの整備や地域福祉の展開が求められるようになった。
生活のしづらさを抱えている人々の地域での自立生活支援をしていく場合,それらの人々は単身者ばかりでなく,複合的な多問題を抱えている世帯も多い。とすれば,その支援のあり方は,病院や入所型施設での単身者への,いわば「医学モデル」と言われるアセスメントとは異なり,地域における社会生活を支援するという「社会生活モデル」に基づくアセスメントが必要になる。
しかも,従来の社会福祉は,これら生活のしづらさ等を抱えている人を“社会病理的”にとらえ,「医学モデル」により“治療”しようとする考え方が強くあった。そこには社会福祉の分野において労働経済学に影響を受けた“経済的自立と働くための身体的自立論”が底流にあった。それらに加えて,1981年に提唱されたICIDH(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps;国際障害分類)に大きな影響を受けて心身機能の障害を診断し,それを起点に支援を考えるというとらえ方が強く,本人の自己実現,幸福追求を図る地域での自立生活支援という「社会生活モデル」に基づく支援の視点,方法は十分でなかった。
憲法第13条に基づく支援のあり方を考えれば,地域生活支援には生活技術的・家政管理的自立支援や精神的・文化的自立支援としての学習,文化,レクリエーションの重要性などに当然気が付かなければならない。また,社会関係的・人間関係的自立がうまくできていない生活のしづらさ,障害のある人を地域がどれだけ“許容”し,排除することなく,それらの人々を日常的に地域で支えてくれる家族や親類以外のソーシャルサポートネットワークがなければ地域で生きていくことが困難である。
ようやく,世界保健機関(World Health Organization;WHO)により2001年にICF(International Classification of Functioning, Disability and Health;国際生活機能分類)の考え方が提唱されたことにより,環境因子の重要性は指摘された。しかしながら,いまだ社会福祉実践においては福祉サービスを必要としている人本人の意思を尊重し,意思を確認しつつ,時にはそれらの人びとの意思形成支援も含めてその人の生活環境を改善し,福祉機器の利活用を進め,社会参加,自己実現を図るという実践は必ずしも十分展開されているとは言い難い。
ところで,様々な生活のしづらさを抱えている人,家族を地域で支えていくためには,①従来の縦割り社会福祉行政では対応しにくい。子ども・障害・高齢者問題という全世代に対応できるワンストップの総合相談窓口が,身近なところに設置されているというシステムの問題(「福祉アクセシビリティ」),②あるいは福祉サービスを必要としている人,家族の“求め”と,専門職の視点から,専門職が地域自立生活に“必要である”と判断し,活用できる制度的サービスを組み合わせてつくられたケアプラン,その両者を突き合わせて福祉サービスを必要としている人と専門職との合意に基づき,総合的,統合的にサービスを提供するケアマネジメント機能(専門多職種連携によるチームアプローチ),③さらには,福祉サービスを必要としている人の生きる意欲,生きる希望,生きる力を支え,励まし,その人の生活者としての主体性を確立するための“伴走的”支援の展開,④それらの人々を地域から排除することなく,かつ孤立させず,それらの人々を支えるソーシャルサポートネットワークを,福祉サービスを必要としている人ごとに構築することが求められている。⑤地域自立生活支援においては,“点と点”をつなげるサービス提供だけでは,社会的孤立を産み出しかねず,孤立させないためには,地域住民によるインフォーマルなソーシャルサポートネットワークづくりとフォーマルな制度的サービスと有機的に結び付けて,統合的に提供できるコミュニティソーシャルワークを展開できるシステムを日常生活圏域ごとにつくることが重要になる。
ところで,日本は,現在人口減少社会に入ってきており,かつ全国に約1750ある市町村は“限界集落”,“消滅市町村”の危機に陥っている。
このような中,地域の医療,介護,福祉は従来の重厚長大的産業構造の時代には考えられないほどその位置の比重が増している。産業別従事者数においても,厚生年金や障害者基礎年金等の受給額,あるいは医療保険による給付額においても,医療,介護,福祉の分野は市町村において,大きな比重を占めている。
全国にある約10万カ所の社会福祉施設(介護保険施設も含む)で使用する食材を,学校給食における“地産地消”率と同じように考え,地元の農業,漁業,林業関係者を組織し,契約栽培し,その食材を活用すれば,地域経済は活性化する。
また,高齢化した農業従事者と就労の機会を得たい障害者との“ニーズ・シーズのマッチング”をすれば,新たな労働力の確保になり,「農福連携」が街づくりにつながる。
筆者は1990年から「福祉のまちづくり」ではなく,これらの比重を増した医療,介護,福祉を活かした「福祉でまちづくり」を標榜してきたが,まさに今それが求められている。医療,介護,福祉を基軸としたソーシャルイノベーション,ソーシャルビジネスこそが持続可能な社会目標(Sustainable Development Goals;SDGs)を達成できる。
このような地域自立生活支援のシステムづくりや「福祉でまちづくり」に取り組むことによって,従来「福祉国家」体制以降つくられてきた地域住民の社会福祉観を変え,社会福祉関係者や住民の行政依存的社会福祉体質を改め,住民と行政の協働による地域共生社会づくりが実現する。それこそが,市町村を基盤とした住民参加による,自律と博愛と連帯による社会システムとしての「ケアリングコミュニティ」の実現である。
そのためには,福祉サービスの適切な利用ができる主体形成,地域福祉を支えるボランティア活動を行う主体形成,市町村の地域福祉計画策定と進行管理に参画できる主体形成,そして対人援助としての社会福祉を介護保険や医療保険等の社会保険制度の面から支える社会保険契約主体の形成といった4つの地域福祉の主体形成を図ることが重要になる。そのためにも,自分の住む地域を愛し,地域を良くするために能動的に活動できる“選択的土着民”を増やすことが今喫緊の課題である。

(2020年12月19日記)

老爺心お節介情報/第16号(2020年12月9日)

「老爺心お節介情報」第16号

Ⅰ 先日、日本の公的扶助研究の杉村宏先生から、ご高著【生きるということー私家版・生きる意味を公的扶助ケースワーク論に問うー】(萌文社刊行)をご恵贈賜りました。
この本は、杉村宏先生の60年近くに及ぶ公的扶助実践と研究、まさにこの分野の“生き字引”である先生の論稿で、とても勉強になりました。杉村宏先生は、北海道大学名誉教授であり、法政大学名誉教授でもあります。また、日本社会福祉学会の名誉会員でもあります。
本書は、杉村先生が公的扶助研究会の機関誌「公的扶助研究」に連載されたものに加筆修正されてまとめられたものです。
生活困窮者支援に関わる人や生活福祉資金に関わる人にはぜひ読んでもらいたい本です。ぜひ購読して読んで下さい。
杉村先生は、日本社会事業大学での先輩であり、私の学部学生時代からいろいろな点で教えを頂いた先生ですが、ご恵贈賜ったものの礼儀として、読んで感想を述べることが必要かと思い、いくつか書かせていただきました。
その感想を皆さんと共有して、いろいろ考えていただければと思い、「老爺心お節介情報」として送信します。

①今日の生活困窮者支援や生活福祉資金の「特例給付」をみていて、改めて「貧困」とは何かを考えていますし、江口英一先生が指摘した“不安定就業層”の問題の重要性を認識しています。その際、P89のラウントリーの「生理的生存」と「生理的な能率」の問題やP91~95の消費自体を住民が“選択”できなくなっている「生活の社会化」の持つ意味を改めて考えなければ今日の貧困問題は分析できないと思っていましたので、意を強くすると同時に、その解決の難しさに思いが至ります。

②P117の人間観の転換と生存権保障のところでは、資本主義的、あるいは労働経済学的な視点での社会政策だけでなく、近代市民社会成立時に、フランスがなぜ「博愛」を取り入れたのか、社会思想史的研究の側面が必要かと思いました。
私自身、労働経済学的社会政策からだけでは分析が無理と考えて、1960年代にフランスの社会思想に“解”を求めたのですが、研究が深まっていません。廣澤孝之さんの【フランス「福祉国家」体制の形成】等が参考になるのかなと考えてきました。

③P142の4つの「貧困観」、「権利観」、「人間観」、「自立観」は全く同感で、これをどう醸成するかで私は日本福祉教育・ボランティア学習学会を創設し、その普及に取り組んできましたが、相模原事件といい、新型コロナウイルスの感染者への蔑視、排除を目の当たりにして“無力感”さえ覚えるこの頃でした。

④ソシャルケアサービス従事者研究協議会を2000年に立ち上げ、“ソーシャルワークの楽しさ・怖さ・醍醐味”を訴えてきましたが、P143の“生活保護制度によって生活困窮者を支援しようとする公的扶助CWと当事者の間には対立する関係など存在しないが、生活困窮者が直面する貧困と生活保護制度の間には乖離や対立が存在する。それは本来対立関係にないはずのケースワーカーと当事者の間に、往々にして対立を持ち込むことになることがある。”という指摘は、ソーシャルワーク機能を考える上で重要ですね。

⑤公的扶助ケースワーカーなので、“クライエント”という用語を使用するのは、あるいは妥当なのかも知れませんが、私は潜在化している福祉サービスを必要としている人(クライエントになりきれていない人)へのアウトリーチ的アプローチをするのがソーシャルワークだと考えていますので、“クライエント”、“ワーカビリティ”、“インテーク”という用語については疑義を呈しています。

Ⅱ 「聴覚障害者等の電話の利用の円滑化に関する法律」2020年6月12日公布。
手話通訳者が通訳オペレーターとなって手話又は文字と音声を通訳することにより、聴覚障碍者等とその他の者の意思疎通を仲介する仕組みー電話リレーサービス。
(「新ノーマリゼーション」2020年11月号参照・(公財)日本障害者リハビリテーション協会)

Ⅲ 法政大学の宮城孝先生から情報提供を頂きました。私はまだ読んでいませんが、皆さんと情報を共有したいと思います。
『仮説住宅 その10年』 宮城孝他編著、御茶の水書房、6500円

(2020年12月9日記)

老爺心お節介情報/第15号(2020年12月5日)

「老爺心お節介情報」第15号

新型コロナウイルスの「第3波」が来ていますが、皆さんにはお変わりありませんか。
私は、今年の6月より、月1回石巻市に通っています。それは、日本医療社会福祉協会が石巻市からの委託を受けて、東日本大震災の被災者支援をしており、その支援者のケースが約1000件あることから、その分析をするというのでアドバイザーとして参加しているのです。
そんな“縁”もあり、来年1月に石巻市包括ケア推進室の招へいで研修に招かれたことを契機に、石巻市の関連計画書を送って頂き、石巻市の地域福祉・地域包括ケアシステムを考える基礎資料として整理したものです。あくまで基礎的な数字ですが、これを踏まえて私なりに石巻市の地域福祉・地域包括ケアシステムの在り方を考えてみたいと思っています。
今、地域福祉計画は“上位計画”として位置づけれるようになりましたが、各地の自治体の“上位計画”としての地域福祉計画策定に当たってはこのような基礎的データを把握し、関係者の情報として共有化することが重要になります。

「石巻市地域福祉・地域包括ケア関連資料」(2020年12月3日現在)

(2020年12月5日記)

老爺心お節介情報/第14号(2020年11月18日)

「老爺心お節介情報」第14号

Ⅰ 地域福祉計画における障害者の地域自立支援と障害者の地域移行問題

2005年の障害者自立支援法及びそれにより策定が義務付けられた障害者福祉計画で政策化された障害者の地域移行問題は、これからの“上位計画”としての地域福祉計画において重要な位置を占めている。しかしながら、地方自治体では一人暮らし障害者の実数さえ把握できていないのが実情である。
『月刊福祉』12月号の曽根論文「これからの社会福祉の展望――障害者の地域移行をどう推進するか」は、地域移行問題を理解するうえでとてもいい論文である。障害者のグループホームのあり方や日中活動の支援をグループホーム内で行う事が可能な「日中サービス支援型」の創設を始め、障害者の生活支援を総合的に、統合的に支援できるシステムづくりがこれからの地域福祉計画では重要な課題である。

Ⅱ 地域福祉の推進の要である地域包括ケアのシステムづくり

私は、地域福祉は社会福祉の新た恣意考え方であり、それを具現化でするためにはシステムを創ることが重要であるとかねがね述べてきた。そのために、市町村の自治体のアドバイザーとして、あるいは地域福祉計画の策定において、地域の実情を踏まえた様々なシステムやプログラムの提案をし、実現してきた。今求められている地域共生社会政策でも、このシステムづくり抜きにして具現化は出来ない。
旧聞ではあるが、雑誌『コミュニティソーシャルワーク』第25号(日本地域福祉研究所発行、中央法規発売)に掲載されている高田麗さんの論文「高齢者の諸課題に立ち向かう高齢者地域包括支援センターの挑戦――地域における包括的な支援の展開―」は、人口24万人の神奈川県茅ケ崎市において、包括的支援がどういうシステムで展開できているかがよくわかる論文である。ただ、私なりに言えば、このシステムが展開できる地域の力の一つに、茅ケ崎市が全国にも誇れる小学校区毎に設置されている公民館活動が住民主体で運営されてきていた歴史との関わりの分析、記述がないのが少し残念ではある。

Ⅲ 前号「「老爺心お節介情報」第13号の修正

前号の「国民生活基礎調査の概況」の中で、世帯数の単位を記載するのを忘れました。世帯数は全て「千世帯単位」です。お詫び申し上げます。以下に修正したものを再掲します。

65歳以上の高齢者のいる世帯
2019年 25584世帯(単位千世帯)――高齢者単独世帯7369世帯(単位千世帯)(28・8%)
高齢者世帯 14878世帯(単位千世帯・100%)――単独世帯7369世帯(単位千世帯、49・5%)
男性世帯 2577世帯(単位千世帯、17・3%)、
女性世帯4793世帯(単位千世帯、32・2%)

(2020年11月18日記)

老爺心お節介情報/第13号(2020年10月15日)

「老爺心お節介情報」第13号

社会福祉関係者、とりわけ社会福祉協議会職員の統計資料、行政資料を読む力、作成する力の無さに驚くことが多い(かくいう私も数字には決して強くはない)。
社会福祉実践、研究は自然科学とは異なり、数値化はなかなか難しい所があるが、しかしながら、市町村において既存の統計資料を繙き、数字の上でもどのような実態があるのか、どのような傾向があるのかを把握、理解する能力を高めないといけないと思っている。特に、行政との予算折衝や新たな企画提案をする際には欠かせない課題である。
私は、千葉県、富山県、香川県、佐賀県、大阪府等の府県社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーク研修では、府県社会福祉協議会独自に県内状況の資料集を作って貰い、日常の実践において、その資料集を“座右の書”として活用することを推奨している。
自然科学分野では、evidence based という場合、数字を根拠とするが、evidenceとは証拠、根拠という意味であるから、社会福祉分野ではすべてを必ずしも数値化出来ないが、きちんとしたアセスメントに基づく説明ができれば、それはそれで根拠の一つになりえる。社会福祉分野では、ナラティブ(生い立ち、思い、希望等)を大切にしつつ、活用できる数字や数値化できるものは数値化して実践、研究に活かす努力をしなければならない。

Ⅰ 2019年 国民生活基礎調査の概況(抜粋)―『厚生の指標』2020年10月号より―

#1 市町村毎に、一人暮らし障害者(障害種別別)の数字が殆ど把握されていない。「地域共生社会政策」を具現化する上で把握しておきたい数字である。
#2 要介護認定率は65歳以上全体では把握されているが、5歳年齢区分毎の要介護認定率を把握しておかないと介護保険事業計画や地域福祉計画において政策提言や対策が出来ない。できれば、日常生活圏域ごとに、その数字を出せれば、対策を立てやすい。

Ⅱ 「老爺心お節介情報」第12号に関し、山形県鶴岡市社会福祉協議会佐藤幸美さんから連絡頂きました。ありがとうございました。「農福連携」、施設の地産地消の現況です。

鶴岡市社会福祉協議会が経営している「高齢者福祉センターおおやま」では、米、大豆製品(豆腐・厚揚げ・がんもどき等)、卵、しょうゆ、味噌は全て100%の地産地消とのことです。
野菜、果物は季節により変動があるそうですが、50~60%が地産地消です。
その地産地消の食材納入を大山商工会が担ってくれていますが、その割合は12~18%、18社が参加してくれていて、地元の商店街の活性化に役立っています。
その他、いなほ作業所、自立相談支援センターの就労準備事業「したくホーム」の利用者等も「農福連携」で頑張っています。

Ⅲ 「月刊福祉」11月号の以下の論稿を読んで下さい。 

「生活福祉資金制度における支援の現状と課題」杉田健治論文(兵庫県社会福祉協議会事務局次長)
「コロナ禍で課題を抱える人への相談支援の実態――一人ひとりの相談に向き合う中で見えてきたことー」林星一論文(神奈川県座間市生活援護課長)

(2020年10月15日記)