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大橋謙策「地域共生社会づくりとコミュニティソーシャルワーク」

謝辞
本稿は、2018年9月20日、関市・関市社会福祉協議会主催の「大橋謙策先生 講演会」の際に配布されたレジュメ・資料です(一部編集)。本ブログへのアップをご快諾いただいた大橋謙策先生と関市・関市社会福祉協議会に衷心より厚くお礼申し上げます。

大橋謙策「地域福祉実践の神髄―福祉教育・ニーズ対応型福祉サービスの開発・コミュニティソーシャルワーク―」

はじめに ―「我が事・丸ごと地域共生社会」の実現に向けての課題
〇厚生労働省は2016年7月に『「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部』を発足させ、2015年9月に発表した「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現―新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」(「以下「新しい福祉提供ビジョン」と略」)の具現化を推進させることになった。
〇それは、地域自立生活支援を展開する上で、①子ども、障害者、高齢者の全世代を一元的、一体的に受け止め、相談に応ずるワンストップサービスをシステム化すること、②福祉サービスを必要としながらサービス利用に繋がっていない人々をアウトリーチして発見し、支援することと、時には伴走型の継続的支援を行うこと、③福祉サービスを必要としている人々を地域から排除しない、新たな地域コミュニティづくりを進めること、④そのためにも子ども、障害者、高齢者の全世代が交流・利用できる地域における小さな拠点づくりが必要になること、⑤そして全世代支援、全世代交流を進めていくためには属性分野・機能別の縦割りの資格ではなく、各資格間の相互乗り入れが必要になること等を具体化、具現化させること等が課題としてあることを指摘している。
〇しかしながら、これらのことは“言うは易く、行うは難し”である。それらの理念、考え方の具現化、具体化においては少なくとも福祉教育の推進、ニーズ対応型福祉サービスの開発とそれを企画できる力量のある職員の養成、住民と行政の協働を成り立たせる触媒、媒介の機能をもったコミュニティソーシャルワーク機能とそれを実施できるシステムを整備しない限り難しい。これ以外にも、専門多職種連携の在り方とシステム等の検討課題があるが、今回は触れない。
〇筆者はそれら「地域福祉実践の真髄」ともいえるそれら3つの機能の具現化とその理論化を求めて50年間研究をしてきたといっても過言ではない。
〇その研究スタイルは「バッテリー型研究方法」ともいえるもので、実践家の実践を理論化、体系化するとともに、研究者の理論仮説を実践家に提起し、実践してもらい検証するという研究者と実践家とがあたかも投手、捕手のようにバッテリーを組んで行う方法であり、筆者の50年間の実践、研究はまさにその方法によるところが大きい。
〇四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの20年間の実践もまさにそうで、筆者が関わった他のセミナーも含めて、それらのセミナー等において「バッテリー型研究方法」で実践され、論議され、システム化され、地方自治体の政策を産み出してきた多くの実践が先に述べた厚生労働省の報告書にそれなりの影響を与えたと自負している。
〇地域福祉実践の方法として検討しなければならないことは多々あるが、今回は「我が事・丸ごと地域共生社会」実現上特に考えなければならないことと、四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの20年間の実践を通して考えてきたことに焦点化させることとし、本稿では、「地域福祉実践の真髄」ともいえるものの内、上記に挙げた3点を取り上げた。それを筆者がどのように考え、展開してきたのかを随想風に振り返りながら、四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの実践に対し、若干のコメントをすることとしたい。
〇本資料集に収録された四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの実践そのもののコメントは四国4県ごとに他の人が行っているので本稿では行わないこととする。

1. 地域福祉実践(社会福祉協議会活動)は“福祉教育に始まり、福祉教育に終わる”
〇全国社会福祉協議会が1979年から始め、1991年(12期生)まで続けた「地域福祉活動指導員養成課程」(設置された各教科目のテキストに基づき、レポートが課され、添削指導を受けた上で4泊5日の宿泊スクーリングがあり、修了論文の提出が課せられた)は、筆者の研究者的成長に大きな影響を与えると同時に、そこでの相互の学びの過程を通じての実践者との交流が「バッテリー型研究方法」の推進とその後の実践者の組織化に非常に大きな役割を果たしてくれた。
〇筆者はその第1期から「社会福祉教育論」という科目を担当した。それは多分、筆者が「社会教育と地域福祉」の学際的研究を行い、既に「月刊福祉」等の雑誌や著作で「社会教育と地域福祉」に関わる論文を執筆していたからお呼びがかかったのであろうと推察している。
〇筆者の社会福祉学研究、地域福祉論研究において福祉教育は大きな柱である。後に筆者は福祉教育の定義を「憲法第13条、第25条などに規定された基本的人権を前提にして成り立つ平和と民主主義社会を作りあげるために、歴史的にも、社会的にも疎外されてきた社会福祉問題を素材として学習することであり、それらとの切り結びを通して社会福祉制度、社会福祉活動への関心と理解を進め、自らの人間形成を図りつつ、社会福祉サービスを利用している人々を社会から、地域から疎外することなく、ともに手をたずさえて豊かに生きていく力、社会福祉問題を解決する実践力を身につけることを目的に行われる意図的な活動」(1982年)と定義した。
〇この定義を考えるにあたっては、戦前の社会問題対応策としての社会事業と社会教育との関係性、とりわけ内務省が推進した風化行政、地方改良運動、精神作興運動等の研究を踏まえて定義したものである。
〇この福祉教育の考え方と実践は市町村社会福祉協議会が住民主体の活動を展開する上で必要不可欠な活動であると筆者は位置付け、先の「地域福祉活動指導員養成課程」において、“社会福祉協議会の活動は福祉教育に始まり、福祉教育に終わる”ほど重要な活動であることを強調してきた。
〇島根県瑞穂町(現邑南町)社会福祉協議会の事務局長になった日高政恵さん(「地域福祉活動指導員養成課程」の修了者であり、1997年の第1回こんぴらセミナーのシンポジュウムの登壇者でもある)は、住民の生活実態に関する様々な調査を行い、それを踏まえて68の集落福祉委員会を基盤に、13のブロックでの「地域福祉デザイン教室」を行い、徹底的に住民による問題発見・問題解決型の共同学習を通じて、住民の社会福祉意識の変容、向上を図る地域福祉実践を展開した(『未来家族ネットワークの創造――安らぎの田舎への道標』万葉舎、2000年参照)。
〇瑞穂町の実践は、子どもの福祉教育、住民の社会福祉学習、介護福祉人材の養成等町全体で文字通りトータル的に福祉教育を行っており、日高政恵さん自身社会福祉協議会活動は“福祉教育に始まり、福祉教育に終わる”と述べてくれている。
〇福祉教育のより体系的実践としては1988~89年に策定された東京都狛江市社会福祉協議会の「あいとぴあ推進計画」で位置付けられた「あいとぴあカレッジ」がある。
〇それは1991年から実施された(「あいとぴあ推進計画」は狛江市社会福祉協議会の須崎武夫さん(「地域福祉活動指導員養成課程」の修了者であり、のちに事務局長)が東京都社会福祉協議会のモデル指定地区を受託し、社協中心の地域福祉計画づくりを行う。筆者はこの策定委員会の委員長で、委員には狛江市福祉事務所の所長にも入ってもらい、行政との整合性を持たせることを意図した。その後、狛江市は「あいとぴあ推進計画」と連動させた「あいとぴあレインボープラン」を行政計画として策定。狛江市では「あいとぴあレインボープラン」に基づき狛江市条例による「市民福祉委員会」を設置し、重要な社会福祉政策課題については「市民福祉委員会」で協議することを明記。筆者はその「市民福祉委員会」の委員長を15年勤〈務〉める)。
〇「あいとぴあ推進計画」に基づく「あいとぴあカレッジ」は、年間15回程度の本格的な市民福祉教育のカレッジとして実施された(『地域福祉計画策定の視点と実践――狛江市のあいとぴあへの挑戦』第一法規、1996年参照。あいとぴあカレッジを担当した阪野貢(当時宝仙学園短期大学、のちに中部学院大学教授)さんが「市民福祉教育研究所」を設立・主宰し、ブログも開設しているので参照されたい)。
〇また、体系的な福祉教育実践としては狛江市の実践よりも早く、筆者は山口県宇部市において1977年より「宇部市婦人ボランティアセミナー」を企画・実施している。
〇このセミナーは文部省(当時)の助成事業を活用しての実践であるが、社会福祉と社会教育との有機的連携を意識したもので、1年間に17回の座学(講義)と14回の体験、実習(朗読、点字、手話、配食サービス、老人の介護等)のプログラムが組まれた本格的な福祉教育の実践であった(『宇部市の生涯学習推進構想――いきがい発見のまち』東洋堂企画出版社、1999年6月、参照。筆者は17年間、毎年数回宇部市に通い、最後はセミナー(後に2年制のカレッジに改組)30周年記念までお付き合いをしてきた)。
〇このような実践は、上記以外でも、岩手県沢内村(現西和賀町)社会福祉協議会で地域福祉計画の策定とそれに基づく「コーリム大学」を1990年代初頭に実施した。
〇筆者の問題発見・問題解決型共同学習的福祉教育は、1973年の東京都稲城市(筆者の居住地)における「住みよい稲城を創る会」(代表幹事大橋謙策)が主催した集いが最初である。
〇プログラムは、初めに生活問題を抱えている人に実態報告をして頂き、その後分科会に分かれて討議をするというスタイルで行われた。第1回目の集いでは、「嫁」(息子の配偶者)の立場から同居している姑の介護問題の報告、父子家庭の単独世帯の子育ての困難さの報告、学校拒否児(当時の呼称)を抱える家族の悩みの3事例の話を頂いた。
〇東京都の「市」ではあっても、農村的風土が残っていた地域だっただけに、「集い」というオープンな場での発題者を探すのに大変苦労はしたが、発題者の問題提起は実に重要で、その実態の深刻さが浮き彫りになった。その当時、筆者は知らなかったが、既に市内(当時人口3万人)に多くの学校拒否児がいたようで、その親たち(15名)が学校拒否児の親の体験報告があるということで個々に集いに参加してきていた。当初、分科会としては設定していなかった学校拒否児に関する分科会を親たちの要望で急遽作ったことが昨日のように思い出される。いかに、“事実は小説よりも奇なり”で、我々がその実態をただ把握していないだけだということを痛感させられ、アウトリーチによる問題発見の重要性に気づかされた。
〇1997年に香川県琴平町で開催された第1回こんぴら地域福祉実践セミナーは、「ふれあいのまちづくり事業」の補助金による事業ということも考えて、単なる一過性の福祉講演会ではなく、福祉教育、住民の社会福祉学習の機会として、かつ継続することを意識して行われた。当時、人口約1万2,000人の町で、参加者が600人にのぼり、会場が立錐の余地がないほどの状況は驚きであった。考えてみれば、1986年に琴平町社会福祉協議会が受託した「ボラントピア事業」において、夏の暑い日に、冷房のない学校の体育館に並べた椅子と椅子の間の通路に氷柱を何本も立てて行われた講演会になんと1,000人が参加された歴史を持っていた(講演者・大橋謙策)。それらの仕掛けをした琴平町社会福祉協議会の越智和子(現琴平町社会福祉協議会常務理事)さんも20代末の若い時に、山口県笠戸島で「地域福祉活動指導員養成課程」を受講した一人である。
〇筆者は、このような地域福祉と社会教育の学際的研究と実践に関わるなかで、1979年、全国社会福祉協議会が設置した「ボランティア基本問題検討委員会」(委員長阿部志郎、作業委員長大橋謙策)において起草委員長として「ボランティア活動の性格と構造」をまとめさせて頂いた。それは①ボランティア活動と市民活動との関係性をどう整理するかという問題、②ボランティア活動の目的を“自立と連帯の社会・地域づくり”と考えること、③市民活動とボランティア活動を考える場合、その活動には3つの性格の活動があること。それは第1に近隣での日常的なふれあいのある地域づくりを行うこと、第2に地域内にある福祉サービスを必要としている人を発見し、その個別課題に対応する対人サービス活動を行うこと、第3に市町村における(地域)福祉計画づくりを行うことの3つの課題があり、それらを構造的に捉えて考え、実践することの重要性を提起した。
〇また、そのような市民活動とボランティア活動との関係を意識したのは、1970年前後のコミュニティ構想が“住民参加、住民の権利ということが担保されない、権限なきコミュニティにおいて、麗〈うるわ〉しき隣人愛に基づく活動、助け合い活動”を求めていたことへの反論であり、かつ地域住民の生活を守るためには国レベルの社会保険制度の整備と共に、居住する市町村自治体における福祉サービスの整備が必要であり、重要であると考えたからに他ならない。(全社協・ボランティア基本問題検討委員会報告書「ボランティアの基本理念とボランティアセンターの役割」1980年を参照)。
〇また、その頃、福祉教育の実践が求める目標として「4つの地域福祉の主体形成」(市町村地域福祉計画策定主体、地域福祉実践主体、福祉サービス利用主体、社会保険契約主体)の必要性をまとめ、提起している。
〇「我が事・丸ごと地域共生社会」の実現に向けて、市町村における行政と住民の協働のあり方や全世代支援を行えるワンストップサービスができるシステムの構築等を考え、実施できるようにするためにも、まずもって住民参画による市町村地域福祉計画づくりが重要になる。また、その計画策定主体の形成も含めて地域福祉の4つの主体形成がなされなければ実現は難しいことになる。
〇福祉教育を皮相的にとらえるのでなく、地域住民が社会福祉の学習を通じ、地域にある問題に目を開き、気づき、それを解決するためにどう行動するべきかを考える機会を提供する福祉教育こそ地域福祉実践の根幹であることを改めて認識して欲しい。

2. ニーズ対応型福祉サービスの開発と「福祉でまちづくり」
〇筆者は1990年まで、日本には事実上ソーシャルワーク実践はなかったということを日本社会事業学校連盟(現日本ソーシャルワーク教育学校連盟)の社会福祉教育セミナーの席上や日本社会福祉学会等の場において発言してきた。しかしながら、残念ながら反論はされなかった。それどころか、戦後日本のケースワーク研究を牽引し、国際社会事業学校連盟からも高く評価されていた仲村優一先生は、“まさに君(筆者)が言う通りである”とさえ言われ、逆に日本におけるソーシャルワーク実践の定着を図る研究をしっかり頼むと励まされる状況であった。
〇戦後日本では、アメリカの文化、社会福祉に関するシステムの中で育ったケースワーク、グループワーク、コミュニティオーガニゼーションといった方法論が紹介・解説され、社会福祉教育の場において教えられてきた。
〇そこでは、インテークという用語やクライエントという用語が使われ、福祉サービスを利用しようとして、あるいは生活上の様々な問題を抱えて相談機関に来談した人とのラポートづくりから実践が説き起こされてきた。
〇筆者のように、戦前の社会事業における精神性と物質性の関係性の研究、地域改良・居住者の生活改善・人格向上を目指すセツルメント運動等を研究してきたものにとって、それには非常な違和感があった。多くの“社会福祉研究者”は筆者(大橋謙策)に対し、社会福祉六法体制とケースワーク等の社会福祉方法論とを前提としている“社会福祉プロパーの研究者”として認めず、“社会福祉体系外の研究者”として位置付ける言動を投げかけていた。
〇1977年に上梓され、1980年に日本語に翻訳された『社会福祉実践方法の統合化』 (『Integrating Social Work Methods』ハリー・スペクト/アン・ヴィッケリー編)において、アメリカのシステム理論やイギリスの地方自治体社会サービス法に基づく実践を通して、1930年代にアメリカで確立された社会福祉方法論の3分類法を「ソーシャルワーク」に止揚するべきであるという問題提起がなされ、それが日本語に翻訳されて紹介されているにも拘わらず、日本では実質的に2000年まで社会福祉士養成のカリキュラムの中で社会福祉方法論の3分類法を堅持しつづけた。しかも、いまでも多くの研究者がインテーク、クライエントという用語を無自覚的に論文上でも使用している。
〇筆者は、1973年に東京都稲城市立公民館の建設に際し、1947年に制定された児童福祉法の国会審議に向けて厚生省(当時)が作成した予想問答集の考え方(保育所設置の目的は①働かざるを得ない母親の就労支援、②子どもの成長には集団保育が必要、③文化国家、民主国家を建設するには女性の社会参加、社会活動を促進する必要があるので子どもを預ける保育所が必要)に基づき、公民館に市の専任職員である保母(当時)を常駐させた公民館保育室の設置を社会教育委員として提案し、建設した。その公民館の機能として住民のたまり場、交流の場としての機能・空間ももたせた。また、同じように1975年には、児童館、老人福祉センター、公民館を合築する地区公民館の建物の構想を示し、建設した。
〇更には、1973年、貧困児童の就学援助を増進させるために、当時、文部省の基準は生活保護基準の1.5倍が就学奨励費支給の基準であったものを市と交渉し、1.6倍にまで引き上げてもらった。
〇このような実践を若い時(20代)からしてきたものにとって、「申請主義」に囚〈とら〉われた社会福祉実践・研究やカウンセリング的ケースワーク論は何とも理解しがたいものであった。そのような発想は、社会福祉方法論の分野のみならず、施設経営をする社会福祉法人も陥っていた呪縛であり、市町村社会福祉行政自体も囚われていた呪縛であった。
〇日本の社会福祉実践、研究は、1990年まで中央集権的機関委任事務体制で展開されてきたこと、また福祉サービスも行政もしくは行政に委託された社会福祉法人が運営する施設において提供されてきたために、法人・施設運営の視点はあったものの、経営の視点は脆弱であったし、市町村における社会福祉行政のアドミニストレーションに関する研究は実質的になかったと言わざるを得なかった。
〇ある意味、国が設計する制度に基づく“制度ビジネス”に“安住”しており、そこでは、一般に経済界で必要とされている“市場調査”としての“サービスニーズの把握”の視点や方法、あるいは“商品開発”に該当する“ニーズ対応型サービス開発”の意識は希薄であったことは否めない。
〇筆者は、戦後の社会福祉実践・研究は中根千枝先生の研究の「鍵」概念を借りれば、「場」(枠組み)である制度としての枠(社会福祉六法体制、中央集権的機関委任事務体制)の中で社会福祉実践・研究を考え、行われてきたと指摘してきた。
〇しかしながら、21世紀においては「資格」(機能)として求められているソーシャルワーク機能に基づき、潜在化しがちな国民のニーズの発見・キャッチが重要であり、かつそれに対応したサービス開発とその起業化・経営が必要であることを頓〈とみ〉に1990年以降指摘してきた(筆者は1978年の論文「施設の社会化と福祉実践」(『社会福祉学』19号所収)以降、ニーズ対応型のサービス開発のヒントは、入所型施設で提供しているサービスを細かく分節化させることや家庭機能を分節化させて、それをどういうシステムで提供するかを考えることにあると述べてきた。また、1990年以降「福祉でまちづくり」の必要性を提起してきた)。
〇21世紀に入り、急速に進められている規制緩和の時代にあっては、社会福祉分野といえどもニーズの把握、ニーズ対応型サービスの開発とその起業化に関する研究が社会福祉研究上求められている。それは、ソーシャルワーク機能そのものが問われていることでもある。それはまた、ソーシャルワークの楽しさ、醍醐味を味わう機会でもある。
〇ソーシャルワークの使命(ミッション)は、ニーズキャッチ・発見を基盤に、それらの問題解決に向けてのサービスの提供、サービスの開発であり、それこそソーシャルワークの価値であることを忘れてはならない。
〇筆者は、今、①高齢者分野の介護保険制度外のサービス開発と供給の方法に関する研究(株式会社などが入所型施設で提供してきているサービスを細かく分節化させて、必要時に即応できるサービスシステムの開発をし、サービスを介護保険制度外のサービスとして提供している。従来の地域福祉実践はこれらの制度外のニーズに対応できているのであろうか)、②介護保険制度外の福祉機器、介護ロボットの購入・利活用に関する研究(障害者分野の補装具や介護保険の福祉用具の利活用と一般市販される福祉機器との利活用がボーダーレスになってきており、その相談、利活用システムのあり方が問われている。既に、福祉機器・介護ロボットの利活用・相談センターが制度外で動き始めている)、③障害者総合支援制度外のニーズキャッチとその商品開発、及びそれに関わっての新たな障害者の雇用形態、就労形態のあり方を考えた「起業化」が行われており、それにふさわしい経営形態はどういう組織がいいのかに関する研究、④「限界集落」、「消滅市町村」における「高齢者の、障害者のための福祉のまちづくり」ではなく、高齢者も障害者も参画した「福祉でまちづくり」という新たな第8次産業(第6次産業+障害者・高齢者・子育て中の親の参画+商店街を構成する生活衛生同業者組合も参画した地産地消・循環型地域経済)を創出することに関する研究に関心を寄せて実践に関わっている(「福祉でまちづくり」という用語は、1990年の岩手県遠野市の地域福祉計画策定において使用したのが最初である。それは特に市議会議員の研修会でその必要性と重要性を指摘した)。
〇この④の研究、実践は、文字通り地域福祉実践そのものに関わる実践であり、これは地方創生や立地適正化計画(コンパクトシティ計画)、あるいは休耕田、空き家対策等とも関わるまちづくり、地域づくりそのものの課題であり、地域経済に関わる研究、実践でもある。
〇山形県鶴岡市の地域福祉計画策定において、新しく特別養護老人ホームを100床、ユニット型で建設する構想(社会福祉法人鶴岡市社会福祉協議会立特別養護老人ホームおおやま、2005年)に際し、地産地消型の視点を取り入れるべく、商工会に特別養護老人ホームへの食材等を納入する協同組合を新たしく設立頂き、地元の商工業者に参入頂いた。全国の約7,000ある介護老人福祉施設(特別養護老人福祉施設)及び全国に約4,000ある介護老人保健施設がこのような発想で「地産地消」の取り組みをすれば、地域経済に与えるえる影響は大きく、現在言われている社会福祉法人の地域貢献の実態よりもその影響は大きく、これこそ社会福祉法人の役割、責務ではないのだろうか。
〇先に述べた島根県瑞穂町の実践のスローガンは「未来家族ネットワークの創造」であったが、それはもう民法上の血縁家族に頼っていたのでは「中山間地域」という地域での地域自立生活が維持できなくなってきており、地域に居住している人々が血縁を超えて“地域の未来家族”として生活をしていこうとする願いでもあった。
〇一人暮らし高齢者のみならず、地域生活している単身の精神障害者や知的障害者、非婚の男性、女性が増えることを考えると、これからは「少子高齢社会」もさることながら、「単身生活者の時代」になり、単身生活者の生活支援が深刻な課題になる。そこでは、血縁家族機能へ期待することは幻想である。家族が居なくても、家族に頼ることもなく、人生を全うできるように、日常生活自立支援のシステム、成年後見制度のシステム、入退院支援のシステム、死後の対応としての葬儀・遺骨の取り扱いも含めての支援等、本人の意思の確認と尊重を踏まえた“自立生活支援”のシステムを地域ごとに構築していかなければならない。まさに、「未来家族ネットワークの創造」である。ここでも従来の地域福祉実践の枠組みを再検討しなければならない。
〇今や、社会福祉の制度の枠に縛られた実践、制度を改善することのみに行きがちな“制度ビジネス”的な実践、研究を脱皮し、新たな視点での実践と研究が求められている。
〇とすれば、地域福祉実践も従来の枠を超えて、「福祉でまちづくり」の視点を大胆に取り入れ、かつその実践組織も社会福祉協議会や施設経営の社会福祉法人だけでなく、NPO法人、株式会社も含めた多様な組織体による起業化が行われ、そのプラットホームの上に地域自立生活支援が成り立つという新たな地域福祉の展開の時代として、研究枠組みも実践の方法も考え直さなければならない。
〇四国・こんぴら地域福祉実践セミナーで取り上げられた徳島県のNPO法人どりーまぁサービスの山口浩志さんは在宅のALS患者や重症心身障害児者への24時間ケアサービスを提供しているが、その根源には住民からの相談を断らないという哲学がある。その相談こそが“ビジネスチャンス”であるという発想で、それに柔軟に対応するために、かつその実践の社会的評価を得るために、社会福祉法人という経営形態ではなく、かつ株式会社という経営形態でなく、NPO法人という経営形態を選択したと言っている。
〇同じく徳島県美馬市木屋平地区のNPO法人こやだいらの実践、高知県津野町の学校跡地を利用した「集落福祉としての『森の巣箱』」の実践、人口減に伴う利用者減による経営困難でJAさえも撤退した山間地域でのガソリンの供給から日常生活の買い物支援、全世代交流支援型のサービス提供等の多機能型の地域づくりを展開している地域の生活支援の中核的組織である「あったかふれあいセンター『いちいの郷』」の実践などは、従来の狭い地域福祉実践の枠を超えた地域づくりそのものであり、血縁家族を超えた、地域での住民の自立生活を支援する実践である。
〇徳島県美馬市木屋平地区(合併前の旧木屋平村)のNPO法人こやだいらの実践は、筆者が“ベッドサイドから診察室まで、スーパーから冷蔵庫までの実践”と勝手に命名したが、人口710人の集落(高齢化率58%)での、世帯単位ではなく、個人単位の加入による「集落福祉のNPO法人版」である。標高1,955メートルの剣山の中腹(標高800メートル、地区の集落は標高200~800メートルに散在)で、一面の雲海を下に見ながら、蝉しぐれの中で、住民座談会を開催し、木屋平地区の集落福祉をどう進めるかを論議し、NPO法人格を取得して行うしかないといった論議をしたことが昨日のように思い起こされる。
〇これからの地域福祉実践には「福祉でまちづくり」をスローガンに、基礎自治体を基盤にしつつも、共同性と土着性が強い稲作農耕によって作られた、自然発生的に形成された地域、自治会を超えて、一定の生活圏域ごとにより分権化(市町村からの地域組織への第3の分権化、東京都地方分権推進委員会及び東京都社会福祉審議会で、委員として筆者が提唱)させた新たな地域組織に再編成し、そこで地域の多様な生活課題を解決する多機能型地域組織を構築し、活動を推進していくことが求められる。
〇それはある意味、住民一人ひとりが「選択的土着民」(静岡県掛川市元市長榛村純一氏提唱)となって、地域づくりに関わることであり、それはある意味、住民総参加の直接的民主主義という、地域を“コミューン”にすることである。そこに「限界集落」、「消滅市町村」問題を乗り越える一つの鍵がある。NPO法人こやだいらや「ふれあいあったかセンター『いちいの郷』」の実践はその萌芽とも言える。

3. 行政と住民の協働を触媒・媒介するコミュニティソーシャルワーク
〇イギリスのミヒャエル・ベイリイが提唱(1973年)した考えを基に地域福祉の考え方に関わる発展段階を整理すると① Care Out The Communityの時代、② Care In The Communityの時代、③ Care By The Communityの3つの発展の時期・時代がある。
〇筆者は、日本では1971年~1990年が①の時代で、1990年~2000年までが②の時代であり、2000年以降は③の時代に入り、社会福祉法制も社会福祉法への改称・改正で理念的にそれを求め、明確化したと述べてきた(地域におけるヴァルネラビリティの人々とその人々を排除しない地域のあり方を指摘した2000年12月の「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」の報告書が出された意味は大きい)。
〇ところで、コミュニティソーシャルワークという用語とその考え方は、1982年のイギリスでの「バークレイ報告」で提唱されたものであるが、イギリスではその考え方が実践的に必ずしも成功したとは言えない。
〇筆者は、日本的にコミュニティソーシャルワークがそれなりに定着できる状況になってきている要件として、(イ)まがりなりにも日常生活圏域における自治会等の地域組織機能があること、(ロ)全国の市町村に、地域を基盤として活動している社会福祉協議会が組織されていること、(ハ)全国の市町村に23万5千人の民生・児童委員と約5万人の保護司が設置されていることが大きいと考えている。
〇コミュニティソーシャルワークという考え方は、上記の③の時代には不可欠な考え方である。施設サービスから脱却し、地域での自立生活を支援していくためには、行政の力だけでは遂行できず、地域住民の参加、協働が欠かせない。そのためには先に述べた地域住民の4つの地域福祉の主体形成が求められる。
〇行政と住民との協働を促進し、住民の主体性を高め、住民自身が地域の問題を発見し、その問題に対し差別・偏見を持たず、地域から排除することなく、地域で問題解決を図る活動を推進するためには、住民の活動を活性化、促進させる触媒機能が重要であり、かつ行政と住民との協働を安定的に媒介させる機能が重要であり、それこそコミュニティソーシャルワーク機能である。
〇ところで、地域自立生活を支援するコミュニティソーシャルワーク機能の日本的発展段階には5つの段階があったと筆者は考えている。
〇第1の段階は、1979年にいち早く高齢化が進展していた秋田県が県単独事業として政策化させた在宅相談員制度である。一人暮らし高齢者を孤立させず、地域で見守ろうという実践で、社会福祉協議会と民生委員との協働の下に展開された。
〇筆者は、その初年度の在宅相談員の研修に招聘、参加させて頂いた。秋田県男鹿観光ホテルで行われた研修会では、従来の血縁的、地縁的見守りを昇華・発展させ、社会化させたシステムとして展開しようとする試みに社会福祉の新たな息吹と地域福祉実践の必要性を改めて認識させられた機会であった。そのもっとも優れた実践の一つは秋田県西仙北町社会福祉協議会の佐藤春子さん(「地域福祉活動指導員養成課程」修了者)の取り組みで、「一人ぼっちの不幸も見逃さない」という映画になり、その後“黄色いハンカチ運動”等に繋がっていく。社会福祉協議会と小地域とが協働して住民の孤立やゴミ出し等のちょっとしたお手伝いを行う事業は現在でも全国で行われており、富山県のケアネット事業等も県単で行われている。
〇第2の段階は、1990年に「生活支援地域福祉事業(仮称)の基本的考え方について」(平成2年8月、生活支援事業研究会中間報告、厚生省社会局保護課所管)と題する報告書がだされてからである。
〇筆者自身が、コミュニティソーシャルワークにより関心を寄せ、その政策化に関わるのは、この研究会の座長を仰せつかってからであり、日本におけるコミュニティソーシャルワーク機能が政策的に、実践的に意識された年である。
〇この報告書に基づき、1990年度にモデル事業として展開され、その成果を踏まえて政策化されたのが1991年度より始まる「ふれあいのまちづくり事業」という大型補助金事業である。モデル事業は福祉事務所、保健所、市町村社会福祉協議会で展開されたが、最も報告書の考え方を踏まえ実践してくれたのは富山県氷見市社会福祉協議会の中尾晶美さん(中尾さんも「地域福祉活動指導員養成課程」の修了者で、のちに事務局長を勤〈務〉める。筆者は氷見市社会福祉協議会へ約35年間通い、「バッテリー型研究方法」を展開。最後の頃は氷見市行政アドバイザーも勤〈務〉める)の実践だったこともあり、「ふれあいのまちづくり事業」は市町村社会福祉協議会で実施されることになった(このモデル事業の評価委員長は宮城孝現法政大学教授が担ってくれた)。
〇これが、実質的な意味での日本におけるコミュニティソーシャルワーク実践の始まりと言える。
〇この事業では、今日大きな問題となっている潜在的福祉サービスを必要としている人の発見、しっかりしたアセスメントによるケアマネジメントに基づく援助方針の立案、専門多職種によるチームアプローチ等が提唱された。また、制度の谷間の問題、多問題家族、多重債務者、在住外国人、核家族・単身者の入院時支援、家庭内暴力の問題等への対応の必要性と重要性を指摘している。
〇しかしながら、この「ふれあいのまちづくり事業」でコミュニティソーシャルワーク機能の具現化が図れたとはいいがたいと筆者は考えている。この補助事業が多くの市町村社会福祉協議会を活性化させる契機にはなったと思うが、コミュニティソーシャルワーク実践の具現化と先に述べた「生活支援地域福祉事業(仮称)」の具体化という点では筆者は必ずしも成功したとは考えていない。
〇第3の段階は、1993年から日本社会事業大学の社会福祉学部福祉計画学科の地域福祉コースの所属教員が研究会(研究代表大橋謙策)を立ち上げ、厚生省(当時)の老人保健健康増進等事業の助成を受けて全国のいくつかの市町村をフィールドにして「在宅福祉サービスにおける自己実現サービスの位置とコミュニティソーシャルワークに関する実践的研究」を始めてからである(その研究成果は毎年報告書として出されているが、それを基に2000年8月に『コミュニティソーシャルワークと自己実現サービス』(大橋謙策他編、万葉舎)が上梓されているので参照されたい)。
〇そのフィールド市町村の一つである岩手県湯田町(当時、現西和賀町)社会福祉協議会において、主任ホームヘルパーの菊池多美子さん(この人も「地域福祉活動指導員養成課程」の修了者で、全社協の「社会福祉主事養成課程」の修了者でもある。また、第1回こんぴら地域福祉実践セミナーのシンポジストとしても登壇。菊池多美子著『福祉の鐘を鳴らすまち―「うんだなーヘルパー」奮戦記』1998年、万葉舎参照)が実践していた事例に触れ、その実践こそがコミュニティソーシャルワーク機能を具現化させている実践であり、コミュニティソーシャルワーク機能の具現化を全国的に展開できると勇気づけられた実践であった。
〇その実践には、①アウトリーチも含めた問題発見、②フォーマルケアとインフォーマルケアとを有機化させて提供、③個別対応型支援ネットワーク会議の開催、④伴走型のソーシャルワーク、⑤ニーズ対応型サービス開発、⑥社会福祉協議会独自の新しい財源創出等の機能を濃淡含めて実践していた。その考え方に学び、実践を体系化すると同時に、新たな理論仮説を提起し実践もして頂いた。この実践に関わることにより、筆者はコミュニティソーシャルワーク機能の実践ができると確信がもてた。
〇ただ、その実践は必ずしも意図的な、自らの仮説をもって、検証し、見直すというPDCAサイクルの実践でなかったこと、組織的には容認され、実践されていたが必ずしも社会福祉協議会の計画的、組織的位置づけの下に行われていなかったこと、かつその実践はすぐれて個人的であり、システムとして構築されていたわけでなかったこと等の課題があった。
〇その後、これら湯田町の実践における課題を解決するためにはコミュニティソーシャルワークを展開できるシステムづくりが必要であると考え、それには市町村地域福祉計画の策定との関わりが不可欠との認識をより強めさせることになった。
〇筆者は1970年代から市町村の地域福祉計画の必要性を論文で書いてきたし、先に述べた「ボランィア活動の性格と構造」のなかでも(地域)福祉計画の必要性を述べている。また、全社協が設置した「地域福祉計画研究委員会」にも委員として参加し、その委員会の報告書として1984年に上梓されている『地域福祉計画――理論と方法』にも執筆している(筆者は、この研究会の論議を踏まえ、1985年に「地域福祉計画のパラダイム」という論文(『地域福祉研究』№.13所収、日本生命済生会福祉事業部刊)を書いているので参照)。

(註) 地域福祉計画策定委員長として1988年から取り組み、1990年に制定した東京都狛江市「あいとぴあ推進計画」(『地域福祉計画策定の視点と実践』大橋謙策著、第一法規、1996年参照)や東京都目黒区が1990年から取り組んだ「目黒区地域福祉計画(福祉事務所と保健所を合体させ、人口26万人の区内を5地区に分け、その各々に保健福祉サービス事務所を設置)、あるいは同じく1990年から取り組んだ「遠野市ハートフルプラン」(『21世紀型トータルケアシステムの創造』大橋謙策他編、2002年、万葉舎参照)等の計画策定の実践を行ってきた。
あるいは東京都児童福祉審議会(専門部会長大橋謙策)において、筆者が委員長としてまとめた1990年の東京都東大和市の地域福祉計画で構想したものを、東京都児童福祉審議会専門部会に部会長である筆者が提案し、具現化して1994年から創設された「子ども家庭支援センター」(センターに保健師、社会福祉士、保育士を配置し、各区市町村に設置、現在58か所)等の政策提言及びその具現化の政策化及び実践がある。

〇これら一連の地域福祉計画において政策提言したことと、先のコミュニティソーシャルワークの実践課題の解決とを結び付けて提案し、システム化させたのが2000年4月から始まった長野県茅野市の保健福祉サービスセンターの実践である。
〇コミュニティソーシャルワークの発展の第4段階は、地域包括ケアシステムとコミュニティソーシャルワークとの連携がシステムとして確立できた長野県茅野市の保健福祉サービスセンターのシステムであり、実践である(筆者は1998年から15年間茅野市福祉行政アドバイザーを担当)。
〇この時期は、厚生労働省も未だ地域包括ケアとか、地域包括ケアシステムという用語は使っていないし、政策化させていない時期であった(筆者は、1990年の岩手県遠野市の地域福祉計画づくりから「地域トータルケアシステム」という用語を使用してきた)。
〇長野県茅野市は、地域トータルケアシステムの拠点としての保健福祉サービスセンターを市内4か所に設置(当時人口5万7千人、中学校区9)し、市役所内にいた福祉事務所の職員、保健課の保健師を再編成して配属した。それに加えて市社会福祉協議会の職員も配属して、子ども、障害者、高齢者の全世代に対応するワンストップサービスを展開することにした。
〇基本的には、行政職員(ソーシャルワーカー)、保健師、社会福祉協議会職員(ソーシャルワーカー)が3人1組でチームアプローチをすることにした。それは、フォーマルサービスとインフォーマルサービスとを有機化させることとアウトリーチ型のニーズキャッチをやりやすくさせるためであった。ある年の社会福祉協議会の職員は年間280日も地域へ出張り、住民の相談とニーズキャッチに努めた。社会福祉協議会のソーシャルワーカーを配属したのは地域住民の福祉教育の促進や住民のインフォーマルケア力の向上と活用の促進を図るためでもあった。
〇その保健福祉サービスセンターでは、フォーマルな制度、サービスのコーディネート、家族、地域の支え合い及び新たな意図的なソーシャルサポートネットワークの構築とコーディネート、更には福祉サービスを必要としている人を発見、あるいは新たに必要な福祉サービスの開発等の機能を総合的、統合的に展開できるシステムとして構想された。
〇しかも、そのシステムは地域の各機関の機関長レベルの連絡調整ではなく、個別具体的な問題を個々に解決するためのチームアプローチを行う個別対応型支援ネットワーク会議を開催し、具体的支援をリードする拠点システムとしても構想された。
〇また、茅野市保健福祉サービスセンターには、内科クリニック、訪問看護、高齢者デイサービス、訪問介護、地域交流センターを併設し、更には、システムとして内科クリニックと諏訪中央病院との病診連携、「かかりつけ医」制度の促進を図ることなども組み込んだ(『福祉21ビーナスプランの挑戦』大橋謙策他編、中央法規、2003年参照)。
〇長野県茅野市の計画、実践において、筆者は保健、医療、福祉の連携のみならず、社会教育との連携を意識して取り組んだ(地域福祉計画づくりに社会教育との連携を意識的に組み込むのは1990年の遠野市の計画づくりからである)。
〇なぜ、社会教育との連携を意識化したかというと、福祉サービスを必要としている人を発見し、支えていく上で、地域住民の力はプラスに働く場合もあれば、ややもするとそれらの人々への偏見、蔑視が働き、排除の動きにもなる恐れがあるので、地域住民のこれらの問題への関心の醸成と理解の深化を図ること及び住民自身が福祉サービスを必要としている人の支援者になることへの変容が求められるので、そのためにも筆者は一貫して地域福祉実践には福祉教育が不可欠であると述べてきたし、その一翼を社会教育が担うべきであると考えてきたからである。
〇更には、「福祉でまちづくり」の考え方を実現していくためには、住民の問題発見・問題解決型の共同学習が必要不可欠であると考えたからでもある。
〇まさに、地域包括ケアの構築には住民の学習を推進する社会教育行政との連携が必要と考えたからに他ならない。
〇この茅野市の実践事例は、その後静岡県富士宮市、掛川市、千葉県鴨川市等へ波及していく。
〇茅野市のシステムと実践は、2006年に制度化された介護保険制度の地域包括支援センターのシステムとしてのモデルであり、かつコミュニティソーシャルワーク実践を展開できるシステムのモデルでもあった。
〇2016年7月からは、東京都世田谷区(人口91万人)の27地区に設置されている地域包括支援センター(あんしんすこやかセンター)で、子ども、障害者、高齢者の全世代支援型のワンストップサービスが始まっており、その地区ごとにコミュニティソーシャルワーク機能を担う社会福祉協議会の職員が1.5人ずつ配属されて活動している。
〇筆者が、この間、手がけてきた地域福祉実践の考え方が国の政策のあり方に最も反映されたものとして、2008年に発表された『地域における「新たな支え合い」を求めて―住民と行政の協働による新しい福祉』がある。この厚生労働省の研究会の座長を勤めさせて頂いたが、筆者が研究し、地方自治体で実践的に制度化、政策化させた考え方がほぼ反映されたと思っている。
〇しかも、その考え方は、2009年から始まる「安心生活創造事業」というモデル事業の創設により実証的に検証されることになる。そのモデル事業の市町村に指定された中に香川県琴平町があるし、筆者がアドバイザーとしてシステムづくりに関与している千葉県鴨川市も含まれている。
〇これらの地域福祉実践の積み重ねが、理論的にも、実践的にも可能性があるという判断がなされたのであろう、2015年9月に発表された厚生労働省の「新しい福祉提供ビジョン」にこれらの考え方が政策的に引き継がれていく。
〇コミュニティソーシャルワークの第5段階は、この「新しい福祉提供ビジョン」をどう具現化させるかという時代である。
〇その理念をより強固に具現化させるべく、2016年7月に「我が事・丸ごと地域共生社会」実現本部が設置された。
〇そこで求められる実践課題を筆者なりに改めて整理すると、①筆者のいう4つの地域福祉の主体形成と福祉教育の課題、②「福祉でまちづくり」を推進する上で必要なニーズ対応型サービスの開発というソーシャルワーク機能を発揮できる職員の養成とそれを展開できるシステムづくりの課題、③行政と住民の協働を触媒・媒介させるコミュニティソーシャルワーク機能とそれを展開できるシステムの課題がある。
〇ところで、これらのことを具体的に実施できるシステムの運営のあり方とその市町村毎のアドミニストレーションはどうあったらいいのか等は研究的にも、実践的にも未だ緒に就いたばかりであり、地域福祉研究的にはほとんど皆無の状況である。
〇ましてや、これらの活動の担い手をどう養成し、配属できるのか十分な展望を持てていない。筆者が理事長〈を〉しているNPO法人日本地域福祉研究所は、全国の県、市、県社会福祉協議会、市町村社会福祉協議会等と協働して、多数のコミュニティソーシャルワークの研修の機会を担ってきているが、果たしてその研修内容や方法も今のままでいいのか、かつての「地域福祉活動指導員養成課程」のようなe-ラーニングも含めたより体系的養成課程を行う方がいいのか、かつ全国の市町村においてコミュニティソーシャルワークの養成・研修を実施することへの対応の展望は見えていない。
〇イギリスでは、大きな制度改革が行われるときには、必ずといっていいほどその制度改革を担う人材の養成のあり方を連動させて取り組んできた。日本では、制度は制度、人材養成は別か、あるいは制度に必要な人材を制度ごとの研修で養成するという立ち位置で行われてきた。そろそろ、ソーシャルワーク機能、とりわけコミュニティソーシャルワーク機能を発揮できる人材の養成を抜本的に考える必要があるのではないか。今の社会福祉士の養成課程がこれから求められるソーシャルワーク機能を発揮できる人材の養成として相応しいとは必ずしも筆者には思えない。
〇それらのことも含めて、「我が事・丸ごと地域共生社会」の実現にはいろいろ難しさがある、そうであればあるほど、改めて、今求められているコミュニティソーシャルワーク機能とはを整理、確認しておきたい。それが常に意識されていないと、福祉サービスを必要としている人を発見し、その人々が抱える問題を“我が事”のように理解、共感し、その問題を行政と住民が協働して地域を挙げて解決することはできない。
〇そして、それを推進しようとすればするほど、行政と住民の協働を触媒・媒介するコミュニティソーシャルワーク機能が求められることを意識化しなければならないからである。
〇改めて、今求められているコミュニティソーシャルワーク機能とはを整理、確認すると、①地域に顕在的、潜在的に存在する生活上のニーズ(生活のしづらさ、困難)を把握(キャッチ)すること、②それら生活上の課題を抱えている人や家族との間にラポール(信頼関係)を築くこと、③時には、信頼、契約に基づき対面式(ファイス・ツー・フェイス)によるカウンセリング的対応も行う必要があること、④その人や家族の悩み、苦しみ、人生の見通し、希望等の個人的要因を大切にしつつ、それらの人々が抱えている問題がそれらの人々の生活環境、社会環境との関わりの中で、どこに問題があるのかという地域自立生活上必要な環境的要因に関しても分析、評価(アセスメント)すること、⑤その上で、それらの問題解決に関する方針と解決に必要な方策(ケアプラン)を本人の求め、希望と専門職が支援上必要と考える判断とを踏まえ、両者の合意の下で策定すること、⑥その際には、制度化されたフォーマルケアを有効に活用すること、⑦そのうえで、足りないサービスについてはインフォーマルケアを活用したり、新しくサービスを開発するなど創意工夫して問題解決を図ること、⑧問題解決には多様な関係者の個別対応型支援ネットワーク会議を開催したり、必要なサービスを統合的に提供するケアマネジメントの方法を手段とする個別援助過程を基本的に重視しなければならないこと、⑨と同時に、その個別援助を支える地域を構築するために、個別対応型の必要なインフォーマルケア、ソーシャルサポートネットワークの開発とコーディネートを行うこと、⑩地域での個別支援を可能ならしめる地域づくりに関する“ともに生きる”精神的環境醸成、ケアリングコミュニティづくりを行うこと、⑪個別生活支援の外在的要因である生活環境・住宅環境の整備等も行うことを同時並行的に、総合的に展開、推進していく活動、機能である。
〇これらのコミュニティソーシャルワーク機能が十分意識化されない皮相的な取り組みで「我が事・丸ごと地域共生社会」という政策が展開されることに、行政も社会福祉関係者も、住民も十分留意しなければならない。したがって、市町村においてコミュニティソーシャルワークを展開できるシステムがない中で、安易に、コミュニティソーシャルワーカーという名称だけが一人歩きすることには気を付けなければならない。

4. おわりに
〇四国・こんぴら地域福祉実践セミナーは20回続いているが、それは他の実践セミナー(日本地域福祉研究所主催の全国地域福祉実践研究セミナーが22回、房総地域福祉実践セミナーが14回、沖縄かりゆし地域福祉実践セミナーが8回等)と同様に、“継続こそが力なり”と思い、続けることを意識して、かつ参加してきた。この20回に亘る四国・こんぴら地域福祉実践セミナーのすべてに参加しているのは、筆者と越智和子さんだけであろうか。
〇ところで、このセミナーは原則的に県行政や県社協の力に頼らずに、開催地を中心に自分たちで実行委員会を作り運営してきた。また、このセミナーは県庁所在地ではなく、「限界集落」と呼ばれる中山間地で行うことを原則としてきた。それは、「草の根の地域福祉実践」を豊かにしたいという思いからであった。県庁所在地での開催は第17回セミナーの愛媛県松山市が初めてである。このような考え方も四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの特色の一つである。
〇高知県の足摺岬のある土佐清水市でのセミナーに539名が四国4県から集まり、討議をした光景には、正直鳥肌が立つ程の感動と感銘を覚えた。この土佐清水市のセミナーに参加して、中央集権的機関委任事務体質、行政依存的体質が大きく変わりつつあることを確信できた。
〇しかも、この四国・こんぴら地域福祉実践セミナーは、「地域福祉俳句会」は固より、ジャズを聴きながらの交流、あるいは徳島の阿波踊り、高知の「よさこい」踊りの体験等地域文化の野趣〈やしゅ、素朴な味わい〉に富んでおり、参加していてとても楽しい集いである。
〇本稿は『地域福祉の真髄』と題して3つの点に絞って述べてきたが、これ以外でもニーズキャッチの方法、福祉教育を実践する上での資料の作り方、市町村の地域福祉計画づくりの方法、コミュニティソーシャルワークを展開できるアドミニストレーションのあり方等も検討しなければ地域福祉実践は推進できないであろう。しかしながら、それらについては紙幅の関係もあり、後日に委ねたい。
〇また、四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの実践の中でも高知市の「こうちこどもファンド」の取り組みや香川県の「香川おもいやりネットワーク事業」(施設経営の社会福祉法人と市町村社会福祉協議会と民生・児童委員との3者がコラボレーションしての生活のしづらさ、生活の困窮者を地域で支える活動)、あるいは本資料には都合により収録できなかったが、愛媛県愛南町のNPO法人なんぐん市場が取り組んでいる、精神障害者の退院支援と地域定着、地域自立生活支援の取り組みの実践、更には想定される南海トラフ地震への対策も考えた災害時支援のソーシャルワーク実践のあり方等これからの地域福祉実践を考える上で大きな示唆を与えてくれる実践についても考察を深めなければならないし、かつそれに関わってこれからの地域福祉研究上の意義、あり方についても論述しなければならないが、これも後日に委ねたい。
〇最後になりましたが、20年間、四国・こんぴら地域福祉実践セミナーの開催にご尽力してくれた日開野博さん(「地域福祉活動指導員養成課程」修了者)、越智和子さん、白方雅博さん(「地域福祉活動指導員養成課程」修了者)、島崎義弘さん、佐和良佳さん、市川千香さん(「地域福祉活動指導員養成課程」修了者)、日下直和(「地域福祉活動指導員養成課程」修了者)さんをはじめ、お一人、お一人のお名前を挙げられないが、四国4県の市町村社会福祉協議会及び県社会福祉協議会の職員の方々、そして日夜、地域福祉実践に傾注されている方々、更には聖カタリナ大学、高知県立大学、松山大学、高知大学、四国学院大学の先生方等本当に多くの人々に支えられ、このセミナーが継続実施されてきたことにこの誌上を借りて改めて厚く御礼を申し上げるとともに、心より感謝を申し上げる次第である。

付記 本稿は2017年6月3~4日に、愛媛県松山市の松山大学で行われた日本地域福祉学会において、地元四国4県の地域福祉実践の発表の一環として編集刊行された『「地域福祉の遍路道」四国・こんぴら地域福祉セミナー資料集』に寄稿したものに一部加筆したものである。

謝辞
本稿は、一般財団法人社会福祉研究所『所報』第93号、2018年3月、1~17ページ所収の大橋謙策先生の玉稿です(行頭の丸印と山括弧内は阪野)。転載をご快諾いただいた大橋先生と社会福祉研究所に衷心より厚くお礼申し上げます。

「大橋福祉教育論」再考の視座と枠組み―新たな思考軸の構築をめざして―

福祉教育とは、「憲法13条、25条等に規定された人権を前提にして成り立つ平和と民主主義社会を作りあげるために、歴史的にも、社会的にも疎外されてきた社会福祉問題を素材として学習することであり、それらとの切り結びを通して社会福祉制度、活動への関心と理解をすすめ、自らの人間形成を図りつつ社会福祉サービスを受給している人々を、社会から、地域から疎外することなく、共に手をたずさえて豊かに生きていく力、社会福祉問題を解決する実践力を身につけることを目的に行われる意図的な活動」と規定することができる(「学校外における福祉教育のあり方と推進」全社協・全国ボランティア活動振興センター、1983年9月、15ページ)。

ここ10年ほどの福祉教育学界は、地域福祉の主流化が進むなかで、良しにつけ悪しきにつけ、その視座が「教育と福祉」から「地域福祉と福祉教育」に矮小化され、俯瞰的議論から遠ざかっているようである。また、実践を支える理論や思想・価値、歴史などへの関心は未だ低い。実践方法の原理・原則の探究が不十分であり、理論的枠組みも不明確な福祉教育実践論が展開されているようでもある。

1 福祉教育の概念規定
上記の福祉教育の概念規定は、30年以上も前に大橋謙策によってなされたものである。今日においてもしばしば引用される。この概念規定以外にも、「福祉教育とは何か」について論考したものは複数、捉え方によっては多数あるが、大橋のそれがよく援用される。それは、「人権」や「平和と民主主義」といった普遍的な理念や価値に基礎をおいた理念型の定義であり、また包括的で汎用性が高いことに起因するといってよい。具象的な定義はその解釈を狭くするが、抽象的定義はその抽象度によって解釈を広げ、読み手の洞察によって解釈を深めることができる。そうした点で、この定義は多くの人が「使える」、多くの人にとって「使いやすい」ものになっているのであろう。
周知のように、全社協・全国ボランティア活動振興センターが1980年9月、「福祉教育研究委員会」(委員長・大橋謙策)を設置し、翌1981年11月に「福祉教育の理念と実践の構造―福祉教育のあり方とその推進を考える―」について研究の中間成果を纏め、報告した。委員会の設置は、全国各地で福祉教育実践の進展が図られ、学校における福祉教育のあり方について一定の理論的整理が求められるようになってきたことへの対応であった。次いで、1982年9月に第2次の「福祉教育研究委員会」(委員長・大橋謙策)が設置され、翌1983年9月に「学校外における福祉教育のあり方と推進」と題する中間報告が行われた。大橋の福祉教育の定義は、第1次ではなく、「第2次福祉教育研究委員会」報告のなかで述べられている。そこではまた、次のように述べられている。「社会教育行政における福祉教育の促進には二つの視点が『車の両輪』としてなければならない。第一は、国民が社会福祉問題を学習し、それへの関心と理解を促進させる福祉教育活動の促進であり、第二には、今日の社会福祉問題の中心的課題を担っている障害者、高齢者の社会教育(学習、文化、スポーツ活動)の促進である」(15ページ)というのがそれである。後者(「第二」)に関してはさらに、「今日の社会福祉サービスの主たる対象である障害者、高齢者の学習、文化、スポーツ活動を豊かに促進させることが、国民の障害者観、老人観を変え、ひいては社会福祉観を変えて、ともに生きていく街づくりをすすめる上で重要」(16ページ)であるとされた。
ところで、大橋のこの定義は、全社協の「第2次福祉教育研究委員会」報告以前の1982年3月、神奈川県の「ともしび運動促進研究会」(委員長・大橋謙策)が編集し、「ともしび運動をすすめる県民会議」が発行した『ともしび運動促進研究会中間報告』で述べられている(4ページ)。「ともしび運動」は、長洲一二県知事の提唱によって、1976年10月から展開された行政・県民協働の福祉コミュニティづくり(自立と連帯のまちづくり)運動である。具体的には、「障害者の自立促進を」「おとしよりに生きがいを」「連帯感にあふれた地域社会づくり」などをその目標とし、「『ともしび運動』によってすすめられるべき課題の第一は“福祉教育の促進”である」(4ページ)とされた。
以上を要するに、大橋の福祉教育論については、一面では「子ども・青年の発達(の歪み)」を軸に体系化された教育論としても評価されるが、併せて高齢者や障がい者の「社会教育の促進」や「福祉コミュニティの形成」との関わりで福祉教育を捉える研究の視座に注目しないと、その定義や所説を読み解くことはできないということである。

2 福祉教育と「社会福祉問題」
先に記した大橋の福祉教育の定義についてその構成要素を弁別すると、次のようになる。(1)憲法第13条、第25条等に基づく人権思想をベースにする。(2)歴史的・社会的存在としての社会福祉問題を素材とする。(3)社会福祉問題との切り結びを通して、社会福祉制度や活動への関心と理解を進める。(4)社会福祉問題を解決する実践力を身につけるために、実践に基づく体験学習を重視する。(5)「自立と連帯の社会・地域づくり」の主体形成を図る、などがそれである。
大橋の定義における鍵概念のひとつは「社会福祉問題」である。大橋は、1981年2月に刊行された吉田久一編『社会福祉の形成と課題』(川島書店)所収の論文「高度成長と地域福祉問題―地域福祉の主体形成と住民参加―」(231~249ページ)で、高度経済成長期以降、「社会福祉問題の国民化と地域化」(大橋謙策『地域福祉の展開と福祉教育』全社協、1986年9月、3~11ページ)が進んでいるが、地域で福祉問題を解決するためには、それができる「住民の形成とネットワークづくり、とりわけそこにおける住民参加の問題」(238ページ)が重要であり、焦眉の課題であるとする。そのうえで、地域福祉の主体形成のための福祉教育の必要性と、福祉行政の「地方分権主義」への転換を図り、地方自治体が自律性をもって「地域社会福祉計画」を住民参加のもとに策定することの必要性を指摘している。
福祉教育が学習素材とする「社会福祉問題」、とりわけ高度経済成長期以降のそれは、大橋にあっては、「戦前の大河内一男の社会政策と社会事業という整理や戦後の孝橋正一の社会問題と社会的問題という整理でも、包含できない課題として創出されてきた」(231ページ)。公害・環境問題と外的な生活破戒、過疎問題と家庭破戒、過密問題と生活の共同的集団的再生産機能の弱まりと不安定化、合理化・機械化による生活リズムの破戒や老人福祉問題の深刻化などが、「従来の問題にくわえてあらわれてきた」ものである(232~234ページ)。
地域住民のこれらの具体的な生活破戒の“状況”については、簡潔明瞭にカテゴライズしても、他の領域や次元の“状況”で説明するだけではその本質に迫ることはできない。社会福祉問題の分析は、それを現代社会の仕組みと運動法則によって必然的に生み出される構造的な「社会問題」として、社会科学的に捉えることによってはじめて可能となる。そうした分析のうえで、その問題解決に向けて、批判的・論理的かつ創造的に思考・判断・実践する“力”の育成・向上をいかにして図るか。そのための福祉教育実践の具体的展開について検討することが求められる。
以下に、上記の論文中から、「福祉教育と地域福祉の主体形成」に関する叙述部分を記しておく。大橋の「福祉教育の理念と実践の構造」についての所説の基本的部分(特色)を概観・俯瞰することができる。

福祉教育は、国民が社会福祉を自らの課題として認識し、福祉問題の解決こそが社会・地域づくりの重要なバロメーターとして考え、共に生きるための福祉計画づくり、福祉活動への参加を促すことを目的に行なわれる教育活動である。したがって、福祉教育は少なくとも次の諸点を構成要件として意識的に行なわれてこそ意味がある。
第一は、差別、偏見を排除し、人間性に対する豊かな愛情と信頼をもち、人間をつねに“発達の視点”でとらえられる人間観の養成、第二に社会福祉のもつ劣等処遇観、スティグマ(恥辱)をなくすことが必要で、そのためには国民の文化観、生活観を豊かにすることに他ならないこと、第三に、人間は人々との豊かな交流の中で生きる以上、生活圏の狭い障害者等の社会福祉サービス受給者の生活がいかに非人間的であるかをコミュニケーションの手段も含めてとらえられること、第四に複雑な社会における歴史的、社会的存在としての福祉問題を分析できる社会科学的認識が必要なこと、第五に今日の福祉は、福祉行政の中でも細分化されているが、その解決には関連行政たる労働行政、教育行政、保健衛生行政などを含めて地域的課題を総体的にとらえる力が必要であること、の五つを基本に、情報の周知徹底、体験・交流などによって感覚として体得することなどが方法論的にも加味されて、はじめて福祉教育の実践といえる。
福祉教育は、住民の福祉意識を変え、福祉問題をトータルにとらえ、問題解決のための福祉計画づくり、具体的解決のための実践などを行なえる住民の形成であり、それこそ地域福祉の主体形成といえよう。(243ページ)

3 福祉教育と「地域福祉の主体形成」
大橋は、岡本栄一によって「住民の主体形成と参加志向の地域福祉論」と評されるように、「地域福祉の主体形成」を重視する。その点について、大橋は、前記の著書『地域福祉の展開と福祉教育』において、「地域福祉の主体形成のしかたと主体として形成されるべき力量には、次のような7つのことが考えられる」とした。(1)社会福祉に関する情報提供による関心と理解の深化、(2)地域福祉計画策定への参加と政策立案能力、(3)社会福祉行政のレイマンコントロール(政治や行政の一部を一般市民に委ねること:阪野)、(4)社会福祉施設運営への参加、(5)意図的、計画的な福祉教育の推進、(6)地域の社会福祉サービスへの参加(ボランティア活動)による体験化と感覚化、(7)社会福祉問題をかかえた当事者の組織化と当事者のピア(仲間、peer)としての援助、がそれである(46ページ)。その後、大橋は、この「地域福祉の主体形成」(「住民の主体形成」)の7つの「枠組み」を整理し、「『地域福祉の主体』形成には、4つの課題がある」として、4つの主体形成の枠組みを提示する。すなわち、(1)地域福祉計画策定主体の形成、(2)地域福祉実践主体の形成、(3)社会福祉サービス利用主体の形成、(4)社会保険制度契約主体の形成、である(大橋謙策『地域福祉論』放送大学教育振興会、1995年3月、75~82ページ)。それは同時に、福祉教育の課題でもある。
この大橋の4つの主体形成については、7つから4つに“綺麗”に整理・集約された故にか、4つの側面が並列的に理解されがちで、その内的・構造的な相互関連性の把握を困難なものにしている。主体としての「住民」は、基本的には労働主体と(労働以外の)生活主体の統一的存在であろうが、政治主体・経済主体・文化主体であり、また地域の自治主体や変革・創造主体でもある。「住民」はこれらの側面を重層構造的にもつ存在である。地域の自治主体や変革・創造主体に関していえば、住民主体の社会福祉問題の解決や「自立と連帯の社会・地域づくり」を推進するためには、個人的主体形成のみならず集合行為主体や運動主体の形成が必要かつ重要となる。こうしたことを踏まえたうえで、地域福祉(住民)の主体形成を促進する福祉教育実践の内容や方法について具体的に検討することが肝要となる。(運動主体の形成と福祉教育のあり方に関しては、拙稿「運動主体形成と市民福祉教育」阪野貢『市民福祉教育をめぐる断章―過去との対話―』大学図書出版、2011年1月、70~81ページを参照されたい。)

4 「大橋福祉教育論」に対する批判
以上が、「社会福祉問題」と「主体形成」の鍵概念を中心にみた「大橋福祉教育論」の概括である。こうした大橋の所説に対してこれまで、「地域福祉と福祉教育」を説く地域福祉研究者からの系統的な批判はあまりみられない。それは、大橋の所説が一定の理論体系を作り上げていることによるが、大橋のそれが「福祉教育原理論」として前提され、そのうえで立論されていることにもよるといってよい。そういうなかで、生涯学習やESD(持続可能な開発のための教育)の研究者である松岡廣路が、論文「福祉教育・ボランティア学習とESDの関係性」(『持続可能な社会をつくる福祉教育・ボランティア学習(日本福祉教育・ボランティア学習学会研究紀要)』第14号、2009年11月、8~23ページ)において、大橋の所説に批判的考察を加えている。
松岡の大橋批判は、大橋の福祉教育の定義は「汎用的であるがゆえに、同時に、脆弱性を併せもっている」。「脆弱性を項目化すると、<未分化な学習者像>、<社会福祉活動の内実の曖昧さ>、<楽観的な社会形成ビジョン>、<教育概念の曖昧さ>と約言できる」(13ページ)、というものである。そして、松岡は、「脆弱性の高い『福祉教育』の定義に基づいてしまうと、時代の大きな物語に押し流され、重要と思われる要素が外延化され、体制的要素を内包とする対象化(理論化)と実践化が、当然のごとく進んでいく。福祉教育が、現実と理想の拮抗関係の中に位置することを意識し、従来の枠組みを等閑視しないという批判的な姿勢を保つことが、今まさに重要である」(16ページ)として、「批判的創造性」の観点の必要性と重要性を説いている。松岡の批判は必ずしも、「大橋福祉教育論」をその理論的体系化の過程も視野に入れて、総合的・体系的に行うものにはなっていない。とはいえ、「社会的・福祉的課題の解決に不可欠な『批判的創造性』が、実践における学びの目標・内容(いわゆる『学びのベクトル』)から排除されている」(16ページ)という指摘は、首肯されるところである。(この点に関しては、例えば、拙稿「“いつか来た道” を憂う―「戦時厚生事業」の再考を求めて―」2014年4月1日投稿、などを参照されたい。)

5 「大橋福祉教育論」再考のための枠組み
ある理論や所説を、内在的にしろ外在的にしろ批判的に考察するためには、その枠組みを構造的に捉え、それを主体的に再構成することが求められる。その点において、「大橋福祉教育論」を超える新たな福祉教育論の理論的枠組みを構築し、新たな実践方法を創造するためには、先ずはいま一度「大橋福祉教育論」の理論的枠組みの構築化の過程を時系列的に把握するとともに、その枠組みの構造を総合的に理解する必要がある。そこで、以下では、そのためのひとつの方法として、大橋が行った福祉教育についての2つの「講演」からそのレジュメの枠組みと項目をみることにする。日本福祉教育・ボランティア学習学会の第2回大会と第10回大会での講演である。

(1)福祉教育・ボランティア学習の理論化と体系化の課題
(第2回大会・基調講演/1996年11月23日/日本社会事業大学)

地域づくりや地域福祉の主体「形成」は、福祉「教育」やボランティア活動(ボランティア「学習」)が推進されればそれで可能になるものではない。それは、子ども・青年や成人などの地域住民が、地域の社会福祉問題の本質を科学的に理解・分析し、変革的・創造的に問題解決を図ることのできる“力”を獲得し、しかもそれを具体的・現実的に行使することによって初めて可能となる。その主体形成ができなければ、福祉を学ぶことやボランティ活動は単なる「善行」にとどまり、無批判的で体制適応(順応)的な住民主体を形成することになる。福祉教育は「両刃の剣」になりかねない、といわれるところである。
そういう意味からも、上記の枠組みと項目のなかから、ここではとりわけ「形成と教育と学習」について留意しておきたい。それは、上述の松岡が、大橋の定義は「意図的な活動」と明記されていることからも「福祉教育が、ややもするとフォーマルな教育が中心であるとの理解(誤解)を許す脆弱性を有している」(15ページ)と指摘する点に関わることである。
大橋の指摘を俟つまでもなく、福祉教育を進めるにあたっては、その対象である子ども・青年あるいは成人などの「学習者」の発達特性や発達課題、学習者が置かれている状況などを理解すること(「学習者理解」)が重要となる。それは、「人格発達論」(「人間発達論」)にまで深められなければならない。そのうえで、子ども・青年や成人の、地域づくりや地域福祉の「形成」と「教育」と「学習」との関係を改めて考えてみる必要がある。
宮原誠一によると、「形成」は、人間の社会的生活における自然成長的な過程として捉えられる。それが豊かであることによってはじめて、組織的体系的な制度であり、目的意識的な過程としての「教育」が成り立つ。換言すれば、人間の「形成」の過程を、それぞれの時代の社会、政治、経済、文化の必要に基づいて「望ましい方向」に制御しようとする人間の努力が「教育」という営為である。宮原にあっては、広義の「教育」は「形成」と呼ばれるべきであり、学校教育や社会教育などの狭義の「教育」は「形成」を前提とする。すなわち、狭義の「教育」は、人間の「形成」のうちにあるひとつの営為であり、「形成」の過程に内包されるひとつの要因に過ぎない。
「形成」は、人間が社会的生活そのものによって“形づくられる”過程である。それは、第一次的には社会的・自然的環境によって行われる。とすれば、「形成」は「学習」なしには成り立たず、「学習」は「形成」に不可欠なものとして位置づけられる。そこから、「形成」と「教育」の関係は、「学習」と「教育」の関係になる。その関係について、勝田守一は、「学習のないところに教育はない」「教育は学習の指導である」という。勝田にあっては、「形成」にはその前提として「学習」があり、「形成」は自己の希望や意欲による目的意識的な営為である。従ってそれは、「自然成長的」(宮原)ではない(佐藤一子・ほか「宮原誠一教育論の現代的継承をめぐる諸問題」『東京大学大学院教育学研究科紀要』第37巻、東京大学、1997年12月、311~331ページ。宮崎隆志「教育本質論における宮原誠一と勝田守一の差異について」『北海道大学大学院教育学研究科紀要』第83号、北海道大学、2001年6月、1~24ページ、等参照)。
いずれにしても、宮原と勝田の「形成」「教育」「学習」などをめぐる「教育」の概念や本質についての再検討は、福祉教育やボランティア学習の概念把握や本質理解に対してひとつの視座やアプローチの仕方を与えてくれるであろう。地域づくりを担う子ども・青年や成人などの多様な実践・運動主体の育成・確保が求められ、市民活動や教育活動のあり方が厳しく問われている今日、その再検討の意義は大きいと考えられる。それは、宮原と勝田は、「連帯」の概念を基底に地域を捉え、勝田は「自立と連帯」の場として地域を理解する。そのうえで、“地域づくりと教育実践(地域教育計画)”について言及するからでもある。

(2)学会の新たなる10年に向けて~福祉教育・ボランティア学習学会の今後の課題―学会創設10年の総括~
(第10回大会・総括講演/2004年11月28日/神奈川県立保健福祉大学)

学校は、「学習者」(生徒)と「指導者」(教師)、その両者を媒介する「教材」(教育内容)によって構成される。そこでの教育活動は、教科活動と教科外活動(道徳、特別活動、総合的な学習の時間)、学習指導と生活指導という2つの領域や機能に分けられる。また、教科活動と教科外活動、学習指導と生活指導はともに、学校や教育活動の理念や目的・目標を達成するうえで重要な機能を果たすものであり、学校教育において重要な意義をもつ。教育の理念や目的・目標の明確化なくして、学習者の主体的・創造的な学習活動や指導者の意欲的・積極的な学習・生活指導は促進されず、教育の成果を期待することはできない。そこから、教育の「理念・目的・目標」は、学校や学校教育の構造を成す重要な内部要素であるといえる。そして、「理念・目的・目標」「学習者」「指導者」「教材」は、相互に作用・影響し合い、相乗効果を生み出すものとして存在する。
こうした認識に立って、以上の枠組みと項目から、ここでは「福祉教育の構造」に関する研究・実践課題について一言する。
管見によれば、福祉教育は、(1)理念・目的・目標、(2)学習者、(3)指導者・支援者、(4)素材・教材、(5)教育内容・方法(評価を含む)などによって構造化される(「福祉教育の構造」)。それらの構成要素のうち、例えば(1)については、福祉教育(「市民福祉教育」)は、「自立(independence)と自律(autonomy)、共働(coaction)と共生(symbiosis)」という理念のもとで、「福祉文化の創造や福祉によるまちづくりをめざして日常的な実践や運動に取り組む主体的・自律的な市民の育成を図る」ことを目的とする。福祉教育は、そのために、地域の「社会福祉問題」を発見・理解・解決するための横断的・重層的な実践プログラムを開発・編成し、地域を基盤とした総合的・複合的な「地域をつくる学び合い」(東京都生涯学習審議会答申「地域における『新しい公共』を生み出す生涯学習の推進~担い手としての中高年世代への期待~」2002年12月)の支援を行う教育営為である、といえる。
そう考えたとき、(2)に関しては、「子ども・青年」のみならず、「成人」(中高年世代)の状況について分析・理解すること(「学習者理解」)。(3)に関しては、求められる資質・能力や知識・技能とは何かを探究し、その育成・向上を図ること(「指導者・支援者育成」)。(4)に関しては、学習者の問題意識や学習意欲を喚起し、教育(学習)目標を達成するために、身近な地域・生活「素材」(具体的事象)を掘り起し、「教材」化すること(「教材開発」)。(5)に関しては、地域(「地元」)や「まちづくり」に焦点をあてたカリキュラムやプログラムを開発・編成し、実施・展開、評価すること(「プログラム編成」)、などが求められる。これらは、福祉教育における普遍的な課題でもあるが、人権侵害や立憲主義・民主主義・平和主義の後退、福祉や教育の改悪・切り捨てなどが激しく進行するいまこそ、福祉教育を体制内的な教育営為にしないためにも、自律的・批判的・創造的に取り組むことが求められる重要な研究・実践課題であるといえよう。
周知の通り、教育の形態は大きく次の3つに分類される。(1)定型教育(formal education:制度化された学校において、構造化されたカリキュラムに基づいて教師と生徒の関係によって展開される教育。学校教育など。)、(2)不定型教育(non-formal education:学校の教育課程として行われる教育の外部において、一定の学習者に対して、ある学習目的を達成するために意図的・組織的に行われる教育。社会教育など。)、(3)非定型教育(informal education:日常的な生活経験(体験)や環境によって、知識や技能などを習得する無意図的・非組織的な教育。家庭教育など。)、がそれである。
福祉教育はこれまで、学校における福祉教育を中心にしながらも、学校外における福祉教育、成人を対象とした社会教育における福祉教育等の多様な分野で実践展開が図られてきた。具体的には、家庭や学校をはじめ、社協や公民館、福祉施設、民生委員・児童委員、NPO・ボランティア団体、自治会・町内会、企業、その他の関連施設・組織・団体などが、多様な“機会”や“場”を設けて福祉教育に取り組んできている。これまでの経過や現状・実態を踏まえると、福祉教育は、子ども・青年や成人などの地域住民を対象に、フォーマル、ノンフォーマル、インフォーマルの3つの形態の教育活動を相互に媒介し、関連づけ、学校や地域などで展開される多様な教育活動として構造化されることになる。「福祉教育の構造」について検討し、その再構築を図るに際して、上述の5つの構成要素とともに留意すべき点である。(「追記」のマトリックス図を参照されたい。)

むすびにかえて
大橋は、「教育と福祉」に関する初期の著作『地域福祉の展開と福祉教育』のなかで、「本書は、学術論文というよりも実践的研究書という方があたっているかもしれない。筆者の問題関心は、教育と福祉における“問題としての事実”に学びつつ、問題、課題をどう実践的に解決するのかという点にある」(「まえがき」)と述べている。この「実践的研究」の姿勢は、その一貫性を保ちながら「大橋福祉教育論」を深化・体系化させていく。
いわれるように、「実践的研究」は、「実践を通しての研究」と「実践に関する研究」に大別される。前者は仮説探索型の研究であり、後者は仮説検証型のそれである。この両者を循環的に組み合わせ、相互作用を引き起こすことによって、実践性と科学性を備えた、さらにはそれらを統合した研究と理論構築が可能となる。「大橋福祉教育論」を再考し、新たな福祉教育論を展開するに際して留意すべきひとつの視点・視座である。
改めていうまでもなく、上記の大橋「講演」の枠組みは壮大である。同時にそれは、幅広く奥深い「大橋福祉教育論」再考に向けた多様な視点・視座とアプローチの方向性を示すものでもある。「理論」(所説)は新たな時代や現実によって不断に凌駕され、更新されていく。「大橋福祉教育論」が「福祉教育原理論」としてその普遍性と不変性を今後も保持し続けるか否かの評価についてはひとまず置くとして、「大橋福祉教育論」をいかに継承し、新しく展開するかは福祉教育の実践者や研究者に課せられた大きな課題である。


大橋謙策先生の「教育と福祉」に関する実践と研究の経歴や業績等については、例えば(1)「大橋地域福祉論―その発展と継承(そのⅠ~そのⅥ)」『コミュニティソーシャルワーク』創刊号~第7号、日本地域福祉研究所、2008年5月~2011年6月。(2)『大橋謙策学長最終講義』日本社会事業大学、2010年3月、が参考になる。

補遺
(1)大橋は、福祉教育とボランティア活動の関係性について、例えば次のように述べている。

ボランティア活動の契機・動機が(中略)自己満足的なもの、慈善的なものであったとしても、多くのボランティアはその活動を通して厳しいものの見方・考え方を修得していく。社会福祉一つとってみても単なる人のやさしさ、情熱だけでは解決できず、制度の確立と住民の協働がなければならない。ボランティアたちはそれらに関する意識を豊かにしはじめる。
社会福祉に関する意識は、知的理解のみではなかなか変容しない。社会福祉問題を抱えた人々との交流の中で、あるいはその問題解決の実践・体験の中で変容する。それだけにボランティア活動の推進は重要である。と同時に、福祉教育が求められる背景を解決するためにもボランティア活動を豊かなものにしなければならない。
(大橋謙策「福祉教育の構造と歴史的展開」一番ヶ瀬康子・小川利夫・木谷宜弘・大橋謙策編著『福祉教育の理論と展開』(シリーズ福祉教育1)光生館、1987年9月、74ページ。)

(2)福祉教育とその近似概念である「ボランティア学習」の関係性については、例えば長沼豊は次のように述べている。参考に供しておきたい。なお、長沼は、ボランティア学習は3つの構成要素から成るという。(1)ボランティア活動のための学習(目的としてのボランティア活動)、(2)ボランティア活動についての学習(対象としてのボランティア活動)、(3)ボランティア活動による学習(手段としてのボランティア活動)、がそれである。

福祉教育とボランティア学習は、ある実践では領域接近的に、ある実践では融合形として、ある実践は福祉教育の発展として(結果として)ボランティア学習がある、というように、重層的、輻輳(ふくそう)的に領域や方法が重なり合っているといえるだろう。(長沼豊『新しいボランティア学習の創造』ミネルヴァ書房、2008年12月、135ページ。)

(3)また、福祉教育とボランティア学習の「違い」と「関係」について、全社協の『新 福祉教育実践ハンドブック』では次のように述べられている。

福祉教育とボランティア学習は、(中略)双方とも人権尊重・異文化理解をベースに、共生文化・市民社会の創造を大目標に掲げる実践です。(中略)しかし概念的には、学習素材・期待される成果・手法において若干の違いがあるともいえます。(中略)
ボランティア学習の概念の中心に位置づけられる、「ボランティア活動に組み込まれている学び」という発想は、(中略)リアル空間での学びを強調するものです。(中略)安易な疑似体験や講話的な福祉教育への警鐘としてボランティア学習をとらえることこそが重要なのです。(中略)
現在、福祉教育とボランティア学習は、ともすると、異なる文脈で実際の教育現場に導入されていますが、両者の特徴を総合することが求められています。理念的にも、福祉教育とボランティア学習は相補う関係にあります。
(上野谷加代子・原田正樹監修『新 福祉教育実践ハンドブック』全社協、2014年3月、32~33ページ。)

追記
「福祉教育の構造」をマトリックス図で示すと次のようになる。
11時30分

地域アイデンティティとまちづくり―自治基本条例と市民福祉教育(第3報)―

1 市民主権・市民自治の実現と「学ぶ権利」
関市では、2014年3月1日から31日の期間、「関市自治基本条例(素案)」についてのパブリック・コメント(Public Comment、以下「PC」と略す。)の募集が行われた。筆者(阪野)は、既述のように関市自治基本条例策定審議会委員の末席を汚したが、いい足りないこともあり、3月3日付で次のような管見を提出した。

関市自治基本条例(素案)の策定審議に関わられた策定審議会委員と市役所市民協働課等の皆様方に、先ずもって衷心より敬意と感謝の意を表させていただきます。
自治基本条例は「まちづくり条例」「市民参加・協働条例」等の基本的性格を有するものであるという認識のもとに、次の2点について管見を述べさせていただきます。ご検討願いたく存じます。

(1)独立条文として「学ぶ権利」保障の規定を設けるべきである。
市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まで全ての市民を対象にした、関市の「まち」に関する理解・診断と「まちづくり」に関する「意識」「知識」「スキル」の醸成・育成が必要かつ重要となります。
素案には、「4 市民の権利及び役割 (1)市民の権利 ②」に「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること。」という規定がありますが、この権利保障を担保する規定は必ずしも明文化されているわけではないと考えます。
ご案内のように、大垣市では2015年度から地元の歴史や文化、産業等を学ぶ「ふるさと大垣科」(仮称)が新設され、全小中学校で授業が開始されます。その内容等については不明であり、戦前の「郷土教育」が浅薄な愛国心の育成(「愛国心教育」)に繋がった“負の遺産”を持っていることには十二分に留意する必要があります。
その点を踏まえたうえで、次のような条文の加筆が求められると考えます。

4 市民の権利及び役割
(1)市民の権利
(2)学ぶ権利
1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。
2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。

このように考えると、整合性を保持するためには、「4 市民の権利及び役割 (1)市民の権利 ②」の規定は、「まちづくりに関して意見及び要望を提案できること。」という規定になろうかと考えます。
なお、「学ぶ権利」の規定を独立条文として設けている市町村条例は少なくありませんが、「市民主権・市民自治」を掲げる関市においては必要不可欠な条文であることを重ねて申し述べます。

(2)「(5)市民活動及び市民活動センター」は「(5)市民活動センター」とすべきである。
「市民活動」は、自治基本条例の全条文に通底するものであり、この見出しには違和感を持たざるをえません。「市民活動及び」は削除すべきであると考えます。
「(4)地域委員会」「(5)市民活動センター」「(6)まちづくり市民会議」の設置・運営に関する規定は、極めて高く評価することができます。そして、この三つの機関・組織について三位一体の運営が推進されれば、「市民主権・市民自治」の実現が図られるものと考えます。
逆に言えば、そうでなければ「市民主権・市民自治」は画塀に帰すといえます。その点からも、自主的・自律的な「学ぶ権利」の独立条文規定は極めて重要なものとなります。

2014年4月21日、関市のホームページに「関市自治基本条例(素案)に対する意見の概要と市の考え方」(以下「PCの結果」と略す。)がアップされた。そこでは、筆者の愚見が次のように整理され、市の考え方が提示されている。

〈意見内容〉
独立条文として「学ぶ権利」を保障の規定を設けるべきである。市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まで全ての市民がまちづくりについて学ぶ必要があります。素案には、「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること」が規定されていますが、「学ぶ権利」を保障することが明文化されている訳ではないと考えます。「(1)市民の権利」の次に、「(2)学ぶ権利」として、「1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。」を追加することを提案します。
〈市の考え方〉
市民の権利に、まちづくりに関して学習することを規定しており、別に「学ぶ権利」を追加して規定することは考えておりません。まちづくりに関して学習することは大切であると考えますので、ご意見は今後のまちづくりの参考にさせていただきます。
〈案の修正〉
なし

〈意見内容〉
「(5)市民活動及び市民活動センター」を「(5)市民活動センター」とすべきである。「市民活動」は、自治基本条例の全条文に通底するものであり、この見出しに違和感を持たざるをみません。見出しから「市民活動及び」を削除するべきである。
〈市の考え方〉
この項目は、市民活動センターだけでなく、市民活動についても定めているため、項目名を「市民活動及び市民活動センター」にしていますが、ご意見は今後の参考にさせていただきます。
〈案の修正〉
なし

周知のとおり、PCは、住民の行政参加の促進と住民自治の拡充、行政運営の公正さの確保と透明性の向上などを図るための手続きである。「PCの結果」をみると、「意見等提出者数」8人、「意見等の総数」18件を数えるが、自治基本条例の基本的性格や制定の背景、意義などを考えたとき、意見提出が低調である。提出意見の「原文を一部要約し、また分割して掲載」されており、全文が公表されていない。そして、何よりも提出意見に対する回答がすべて「案の修正『なし』」である、ことなどが気にかかる。そこから、PC制度そのものが十分に周知・活用されず、形式的で正確・公正さに欠け、結果的には行政が住民を「説得」するための単なる手続きで終わっている、といえそうである。それ以前に、「PCの結果」に、自治基本条例の制定そのものに疑義をはさむ提出意見が散見されることから、自治基本条例に関する住民への情報提起や意識啓発が必ずしも十分なものではなかったのではないか、と思われる。唐突であるが、ここで、「無関心は地域社会を荒廃させるもっとも危険な心情のひとつである」(岩崎正弥・高野孝子『場の教育―「土地に根ざす学び」の水脈』農山漁村文化協会、2010年、18~19ページ)という一文を引いておくこしにする。住民と行政ともども留意すべき点である。

2 地域アイデンティティの再構築と地域の再生・復興
上記の岩崎正弥(愛知大学)は、その著作『場の教育』において、明治以降の近現代日本の学校教育の基調は成績重視の、「地元を捨てさせる教育」であった。一方、「明治後期の学校教育批判に端を発する新教育運動から、大正自由教育運動、農村教育運動、郷土教育運動、デンマーク型教育運動など」に共通する土台は「土地に根ざした教育」(Place‐Based Education)であった、と説いている(70ページ)。そして、こうした歴史と現在の「地元を知り、地元を愛し、地元を育てる学び」の実践を架橋し、地域と教育が手を携えて地域を再生する「地域再生学としての<場の教育>」(29ページ)の理念や可能性について論述している。その際、岩崎が「場所」ではなくあえて「場」という言葉を用いるのは、それを「<開かれ、生み出し、包み込む>という特質をもつ空間」として捉えることによるものである。
岩崎の「場の教育」の所説についてはひとまず置くとして、ここでは、前述のPCにいう「まちづくりに関して学ぶ権利」と「郷土教育」をめぐって一言述べておくことにする。
周知のように、郷土教育運動は、1930年代・昭和初期に隆盛するが、戦時体制化が進み、国民精神総動員運動がはじまる1937年を境に、当初の、郷土を正しく認識・理解し郷土の再生をめざす実践的な教育運動から、郷土愛を愛国心、「尽忠報国ノ精神」にまで涵養・高揚させることを目的とする観念的な精神運動に変質する。そして、それは、日本のファシズム体制の確立を促すことになる。
こうした歴史的認識を踏まえたうえで、岩崎の以下の言説に留意しておくことにする。地域(地元=郷土)を知り、地域を愛し、地域を育てる「教育」について考える際のひとつの視点を見出すことができよう。

郷土愛が国家愛に直結しないことは、郷土教育運動のなかでも指摘されていた。郷土を掘り下げることで、国体論が示す時空間とは別の時空間に立つことも十分ありえた。(93ページ)

郷土愛(Patriotism)というと評判が悪いけれど、本質的には郷土愛と国家愛(Nationalism)とは異なるものである。同じ土地に暮らす人びとを大切にし、その土地の歴史と文化を尊重し、その土地の自然環境を守り育てることが郷土愛であるはずだ。郷土愛は身近な具体的事象(人を含む)を対象とし、国家愛は抽象的な理念が必ず介在する。だから郷土愛は、自地域への誇りにかかわる地域アイデンティティ(Local Identity、以下「LI」とする)といいかえてもよいだろう。‥‥‥
郷土を知ることは、LIへの転化を促すのであろうか。郷土研究を通して詳細に自地域を知るとき、私たちの郷土に対する思いは変わるだろうか。私の考えでは、自分とは無関係な知識をいくら蓄積してもLIには転化しない。しかし地域事象が私たちの生活にどう影響しているのか、その中身を具体的に知ることができれば、その事象の身近さ度に応じてLIが育まれるだろう。いいかえれば、各地域事象の意味づけを行ない、私たちがその意味を理解するとき、腑に落ちるという体験とともに、事象が映し出す光景は一変するだろう。ここに至らないと知識偏重という謗りを越えることができない。(98~99ページ)
 
土地に根ざした教育とは、地域に学び、学びの主体が変えられ、今度は地域づくりの広い意味での担い手として、地域に働きかけ地域を変える。そして変わった地域から再び学び、自分の認識の更新を通して、その思いが再び地域にはねかえる。こうしたフィードバック・システムが繰り返されるところに、土地に根ざした教育の特色がある。この土地に根ざした教育のプロセスが<場の教育>である。(134~135ページ)

周知のように、2006年12月に公布・施行された新教育基本法には、「我が国の伝統と文化」「愛国心・郷土愛」「公共の精神」が強調されている。この規定は、国家による一面的な道徳観や価値観が押し付けられることによって、偏狭で閉鎖的な人間が育成される心配がある。とともに、復古的な国家主義や全体主義を基盤にした国家への奉仕が強要される恐れなしとしない。この点に十分に留意しながら、市民主権・市民自治の実現とそれによる地域の「変革」や「再生」を図るための主体(市民)を形成する教育のあり方が、 “いま” 問われている。筆者が本稿でいいたいのはこの点である。
中央・地方の財政難を背景に行政能力の強化を目的とした「平成の大合併」によって、地域アイデンティティの喪失が進んだ。東日本大震災と原子力発電所事故によって、地域生活が根こそぎ壊滅され奪われた。こうした事態に多くの人々が直面している “いま” こそ、地域の「再生」や「復興」のための、地域(地元=郷土)に根ざした新たな教育の創造と展開が求められるのである。

付記
「地域アイデンティティ」という言葉は、都市社会学や都市計画の分野などで1990年代後半以降に登場するようになったといわれている。例えば、都市社会学の観点から、松本康(1986年)は、「地域帰属意識」という用語を用いて、「ある人間が一定の地域に居住しているという客観的状態すなわち住民性に加えて、その地域社会に帰属する成員であるという主観的状態を示すもの」として捉えている。都市計画の分野では、金俊豪・藤本信義・三橋伸夫(1996年)らが、「地域アイデンティティ」(Local Identity)という用語を用いて、「心理学用語であるアイデンティティという概念を人間集団としての地域やコミュニティにまで拡大し、『個性』、『らしさ』あるいは『あるべき姿』などを指示するもの」として定義している。また、遠藤亮・中井検裕・中西正彦(2004年)らが、「地域帰属意識」(Community Consciousness)という用語を用いて、「地域帰属意識とは、ある地域に居住していると自覚するとともに、地域の目標や規範・価値観を受け入れ、その地域のために活動したいという意欲のこと」と定義している(城月雅大・園田美保・大槻知史・呉宣児「『まちづくり心理学』の創出に向けた基礎理論の構築―計画論と環境心理学の橋渡しによる地域再生のために―」『名古屋外国語大学現代国際学部紀要』第9号、2013年、31~47ページ)。

まちづくりと市民活動を推進する組織・機関―自治基本条例と市民福祉教育(第2報)―

筆者(阪野)がその末席を汚した「関市自治基本条例策定審議会」が、去る2月4日、市長に対して「関市自治基本条例に関する答申書」を提出した。それを受けて市では、3月1日から31日の期間、「関市自治基本条例素案」(以下、「素案」と略す。)についてのパブリックコメントの募集を行っている。本稿では、素案における若干の条文内容の紹介とそれに関する一隅の管見を述べることにする。
先ず、地元新聞の2紙が報じた素案答申の記事を紹介する。

岐阜新聞/2014年2月6日(朝刊)
関市の自治基本条例/審議会が素案答申
関市の市自治基本条例策定審議会(会長・鈴木誠愛知大学地域政策学部教授)は4日、条例の素案を尾関健治市長に答申した。
市では市民主権・市民自治のまちづくりを目指そうと、条例制定を進め、2012年に審議会が発足。公募委員や団体代表ら28人が今年1月まで計13回の審議を行った。
素案は、▽子どもやお年寄り、障害者もまちづくりに参画できる権利を明記▽地域委員会、まちづくり市民会議、満足度調査、住民投票の実施を規定▽条例の進ちょく評価や見直しを市長に提言する推進委員会の設置―などを盛り込んだのが特徴。また、策定には広く市民の意見を求める―などの付帯意見も付けた。
市役所で行われた答申では、鈴木会長が尾関市長に答申書を手渡した後、尾関市長が審議会委員に「住民自治の理念を市民に理解してもらうことが大切。今後も見守ってほしい」とあいさつ。同席した委員からは、「将来地域を担う子どもたちに、まちづくりに参加してもらうための工夫が必要」などの意見が出された。
答申を受け市では3月に市民の意見を募集。また、住民説明会も開催し、市議会6月定例会への提出を目指す。

中日新聞/2014年2月8日(朝刊)
「市民が主役」前面に/関市の審議会 自治基本条例素案を答申
関市自治基本条例策定審議会は、市民自治の実現に向けた条例の素案を尾関健治市長に答申した。市民や議会、行政の役割や責務を明確にし「市のまちづくりに関して最も大切な理念」と定めた。
素案では、市民全員がまちづくりに参画できるよう子どもやお年寄り、障害者の役割を明記。議員や行政には市民の意見を反映するよう盛り込み「市民が主役のまちづくり」を前面に出した。
市長は市民が政策を提言する会議を開いたり、まちづくりの満足度調査を実施、公表したりする独自の参画案も採用。市民の意見を募るパブリックコメントや住民投票の手続きも記した。
審議会は学識経験者や公募の市民ら28人で構成。市は2012年末に諮問し、今年1月まで13回の審議を重ねた。
答申は市役所であり、審議会長で愛知大地域政策学部の鈴木誠会長尾関市長に答申書を手渡した。鈴木会長は「条例を平易な文にしたり、解説書を作成したりして市民に周知する必要がある」と強調した。
市は3月ごろにパブリックコメントを実施し、6月定例市議会に条例制定案を提出する予定。

以上からも分かるように、素案で注目されるのは、「地域委員会」「市民活動センター」「まちづくり市民会議」「まちづくりに関する満足度調査」についての条文である。この条文は、市民と行政が連携・協働してまちづくりを進めるための “仕組み” について明記した重要な規定であり、高く評価される。この仕組みについて、市のホームページにアップされている「関市自治基本条例素案の概要について」では、「関市の独自施策」であることが朱書きされている。以下がそれぞれの条文案である。

9 参画及び協働
(4)地域委員会
1 市民は、地域の課題を解決するため、小学校区を基本として、自治会、各種団体、事業者等の多様な団体及び個人で構成される地域委員会の設立に努めます。
2 市民は、誰もが参加できる地域委員会の運営に努めます。
3 市民は、地域委員会が取り組む活動方針及び事業を定める地域振興計画の策定に努めます。
4 行政は、地域委員会の設立及び活動を支援します。
5 地域委員会の支援に関し必要な事項は、別に定めます。
(5)市民活動及び市民活動センター
1 市民は、まちづくりに関する市民活動の意義を理解し、その活動の推進に努めます。
2 行政は、市民、市民活動団体等の主体性及び自律性を尊重し、協働して市民活動を推進します。
3 市長は、市民と行政との協働を推進するため、市民活動センターを設置します。
4 市民活動センターの運営に関し必要な事項は、別に定めます。
(6)まちづくり市民会議
1 市長は、市民とともにまちづくりを進めるため、市民が市政に関する施策を提言するまちづくり市民会議を開催します。
2 市民は、まちづくり市民会議に主体的に参加します。
3 行政は、まちづくり市民会議から提案のあった施策を尊重し、その実現に努めます。
(7)まちづくりに関する住民の満足度調査
1 市長は、まちづくりに関して住民の満足度調査を毎年実施します。
2 市長は、住民の満足度調査の結果を公表し、市政に反映します。

以上のうち、「地域委員会」は、住民自らが地域の課題を検討・解決し、地域の特性を生かした住民主体のまちづくりを進める組織である。概ね小学校区単位での設置が促進されている。市は、地域委員会の設立をはじめ、活動のための交付金の支給や職員の派遣などを行っている。既に、2013年度に1地区で「上之保ふれあいのまちづくり推進委員会」が設置され、武儀と田原の2地区で「地域委員会準備会」が立ち上がっている。
「市民活動センター」は、公益的な市民活動に関する総合相談・支援の窓口・拠点となる機関である。市では、2005年3月に「地域福祉計画」を策定し、「ボランティア・市民活動センター」(仮称)の創設や「ボランティア・市民活動センター設置検討委員会」(仮称)の設置が計画化されていた。それを受けて、2010年1月、市民による主体的・自律的なまちづくりを推進するために、相談・助言・コーディネート等の支援やNPO法人の設立支援などを行う「中間支援組織」として、市民活動センターが設置されている。その管理運営業務は、「まちづくりの推進を図る活動」(特定非営利活動促進法第2条第1項の別表)を行う市内のNPO法人に委託されている。そこでは、次の「運営方針の4つの柱」のもとに、市民活動(ボランティア、NPO法人、自治会等の地域の活動など)に対する「支援」が行われている。「(1)市民活動・ボランティアに対する、関市民へのすそ野を広げる。(2)NPO法人だけではなく、自治会町内会等、地域活動もサポートし、地域型コミュニティ、テーマ型コミュニティが協働して地域社会の活性化を目指す。(3)既存のボランティア活動支援との協働、行政との協働支援。(4)地域課題に対し、周りを巻き込みながら直接アプローチする」、がそれである。
「まちづくり市民会議」は、市政全般に関する問題点や課題を市民の視点から洗い出し、行政へ政策提言ができる、市民で構成する「会議体」である。類似の先行例のひとつに、愛知県新城市の自治基本条例(2013年4月施行)に規定されている「市民まちづくり集会」がある。「(市民まちづくり集会)第15条 市長又は議会は、まちづくりの担い手である市民、議会及び行政が、ともに力を合わせてより良い地域を創造していくことを目指して、意見を交換し情報及び意識の共有を図るため、3者が一堂に会する市民まちづくり集会を開催します。」というのがそれである。市長は特別な事情がない限り、年1回以上、「市民まちづくり集会」を開催しなければならないことになっている。ちなみに、2013年8月に「第1回市民まちづくり集会」が開催され、約400人 (総人口約50,000人の0.8%) の市民が参加している。関市にとって参考になろうか。
「まちづくりに関する満足度調査」は、市長が毎年、まちづくりに関する市民の意識調査を実施し、施策の改善や充実を図るためのものである。2013年1月に、18歳以上の市民3,000人を対象に実施された「平成24年度アンケート調査(まちづくり通信簿)」の結果が、同年3月に報告されている。
ところで、市長がマニフェストに掲げる「日本一しあわせなまち」をめざして、「市民主権・市民自治」によるまちづくりを確かで豊かなものにするためには、「地域委員会」「市民活動センター」「まちづくり市民会議」のそれぞれの機能が有機的・総合的に発揮され、三位一体の運営がなされることが必要不可欠となる。策定審議会や素案においては、この3つの組織・機関の連携・協働・相互補完に関して言及も規定もされていない。「関市自治基本条例の答申に関する附帯意見」として、次のような一文が付されているだけである。「5 協働施策の周知と推進/地域委員会、まちづくり市民会議などの協働施策について、広く市民に知られていないので、積極的な施策の周知に努めてください。また、市民活動センターは、自治会、福祉団体など多様な団体の参画のもとに運営されるよう望みます。」というのがそれである。
「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」といわれる。この考えに立って、以下に、「地域委員会」「市民活動センター」「まちづくり市民会議」と「日本一しあわせなまち」づくりのための主体形成を図る教育(「市民福祉教育」)の相互関係を図示することにする。
素案では、「住民」を「関市内に住む人」、「市民」を「住民、市内で働く人、市内で学ぶ人、事業者等」と定義づけている。筆者が作成した図 1では、「市民」(citizen)を、素案が規定する「市民」とは異にし、市民社会における主権者としての意識を自覚的に持ち、まちづくりに主体的・自律的に参画する、独立したひとりの理性的な人間として捉えている。また、「市民性形成」は、市民性(市民としての資質と能力)を育成するための教育(シティズンシップ教育)を意味する。「まちづくり学習」は、すべての住民の生命(生きる力)と生活、そして人生の質的向上の実現をめざし、多様な主体が連携・協働して、住民が抱える個別具体的な生活問題や地域の社会問題を解決するために主体的・自律的に行動する実践的な態度や資質、能力を育成する教育・学習活動をいう。図中の「市民」「市民性形成」「まちづくり学習」の用語について筆者は、とりあえずこのように考えている。
10月26日17時
図 2は、「市民活動センター」に関する管見を示したものである。それは、次のようなメモ書きとともに、2013年1月に開催された第13回策定審議会に個人的見解として提示したものである。
(1)市民活動センターは行政が設置し、その運営は行政、社会福祉協議会、自治会連合会、民生委員児童委員協議会、NPО・ボランティア団体、まちづくり協議会等による「協働運営方式」を採る。
(2)市民活動センターには、行政(福祉政策課、市民協働課、生涯学習課)と社会福祉協議会等の職員(コミュニティソーシャルワーカー、ボランティアコーディネーターなど)を配置する。
(3)市民活動センターに、自治会連合会や民生委員児童委員協議会等の事務局を置く。
(4)市民活動センターは、業務のひとつとして「地域委員会の設立と支援」「まちづくり市民会議の開催と運営」を所掌する。
(5)市民活動センターを、市民や行政等から具体的な生活課題や地域課題を持ち寄り、課題解決のための「プラットホーム」を設立し、市民や行政が連携・協働して課題解決にあたる、文字通りの、市民の・市民による・市民のためのセンター(市民活動の拠点)とする。
(6)およそ以上のような市民活動センターを構想・設置するとすれば、その場所は、例えば「わかくさ・プラザ」(学習情報館、総合福祉会館、総合体育館の3つの施設で構成される複合施設で、人々が行き交う「出会い」「ふれあい」の場、そして「生涯学習のまちづくり」の拠点となっている。)内に置くことが望まれる。
10月26日 図2
最後に、筆者が策定審議会で提案したもののうち、明確には素案に規定されなかった「学ぶ権利」について一言述べておきたい。
市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まですべての市民を対象にした、関市の「まち」に関する理解・診断と「まちづくり」に関する「意識」「知識」「スキル」の醸成・育成が必要かつ重要となる。素案には、「市民の権利」のひとつとして、「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること。」という規定がある。それについては、「市民は、まちづくりに関することを学び、意見や要望を自由に提案できます。これは、誰にも阻害されることはありません。」と「解説」されている。この解説をみるかぎり、「学ぶ権利」についての規定は必ずしも十分ではなく、曖昧なものにとどまっているといわざるを得ない。また、この権利保障を担保する規定も明文化(条文化)されているわけではない。そこで、「市民主権・市民自治」を画塀に帰させないためにも、主体的・自律的に「学ぶ権利」を独立条文として規定することが極めて重要となる。例えば、次のような規定が考えられよう。

(学ぶ権利)
1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。
2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。

なお、同じ岐阜県内の大垣市では、2015年度から地元の歴史や文化、産業等を学ぶ「ふるさと大垣科」(仮称)が新設され、すべての小・中学校で授業が開始される。その内容等については不明であるが、ここで、戦前の「郷土教育」が浅薄な愛国心の育成(「愛国心教育」)に繋がった “負の遺産” を持っていることには十二分に留意する必要があることを付記しておく。筆者がいう「学ぶ権利」は、ユネスコの「学習権宣言」(1985年3月)に基づくものであり、すべての市民が主体的・自律的に学習する権利である。強調しておきたい。

付記
2月20日付けで、関市長から筆者(策定審議会委員)に「関市自治基本条例素案の答申のお礼について」と題する文書が届いた。そのなかで、「今後は、条例素案のパブリック・コメントを実施し、より多くの市民から意見を求めるとともに、市民や議会に素案の内容を丁寧に説明し、条例を制定する上で最も大切である普及啓発に努めてまいります。」と記されている。「市長、議会及び行政」による今後の取り組みを見守りたい。

佐賀県鹿島市における福祉教育の取り組み経過と課題

佐賀県鹿島市では、1995年9月22日、市議会において「福祉のまちづくり宣言」が決議された。翌1996年3月25日には、「鹿島市福祉教育に関する条例」(以下、「鹿島市福祉教育条例」と略す。)が公布された。爾来、鹿島市では、教育委員会が中心となって、すべての小・中学校を福祉教育推進校に指定し、「福祉のまちづくり」のための福祉教育が計画的・継続的に実施・展開されている。独立条例に基づく福祉教育の取り組みは、筆者(阪野)の知る限り、他に例がない。
今日、中央教育審議会などにおいて教育委員会の廃止論や不要論等、制度のあり方をめぐる議論がなされている。それは、教育の政治的中立性と継続性・安定性の確保を危うくする可能性をはらんでいる。福祉のまちづくりに関しては、地方分権改革や社会福祉制度改革の推進が図られるなかで、全国の地方自治体で行政主導による条例制定の取り組みがなされている。しかし、その条例の多くはいわゆる理念条例にとどまり、そこには一定の限界がみられる。福祉教育については、学校福祉教育から地域福祉教育への移行が叫ばれているが、その実態はいまだ学校における、疑似体験を中心にした「思いやりの心」の育成に偏りがちである。
こうしたなかで、鹿島市における福祉教育の取り組みの経過を跡づけることは、今後の学校福祉教育、とりわけ福祉の(による)まちづくりの主体形成を図るための学校福祉教育のあり方について検討する際の、ひとつの視座や視点を見出すことが期待される。そこで、本稿では、基礎的な作業としての資料紹介を中心に行い、それをめぐって若干の所見を述べることにする。
以下に、「福祉のまちづくり宣言」から今日までの福祉教育の取り組みの経過に関する資料を時系列順に紹介する。

「福祉のまちづくり宣言」決議/1995年9月22日
すべての市民が人間として尊重され、社会参加の機会を平等にもち、自立した生活を送られる社会を実現することは、私たちの願いであります。
こうした社会実現のためには、一人ひとりが人間として尊重されることを基本に等しく社会のサービスを受けることができ、意欲や能力に応じて社会参加の機会が平等に与えられなければなりません。
このため、私たちは高齢者や障害者等からこれらの機会が奪われがちなさまざまな妨げを取り除き、すべての人が自らの意思で自由に社会参加できる「福祉のまちづくり」を目指します。
このような自覚と認識にたち市民が安心して生活できる人にやさしい「福祉のまちづくり」に積極的に取り組むことを宣言します。
以上、宣言する。
平成7年9月22日
佐賀県鹿島市議会

「鹿島市福祉教育条例」制定についての市長の提案理由説明要旨/1996年3月4日
今後、行政・住民一体となって考えていかなければならないことの一つに福祉の問題があります。その一つの試みとして、平成8年度から福祉教育実践委嘱事業を始めます。予算的には小さな事業でありますが全国でも初めての取り組みだと思います。高福祉・高負担、このジレンマから抜け出るためにもボランティア活動の日常化を図る必要があり、小学生・中学生全員にボランティアの実体験を通して学習をするプログラムを組みました。いわば、義務教育内での必須科目的にボランティアを取り入れようということであります。長い時間がかかると思いますが、継続することによりやがて鹿島市が、福祉の心にあふれる人で一杯になることだろうと、私は今から胸を躍らせているわけです。
(『市議会定例会・平成8年度施政方針及び市長提案理由説明要旨』1996年3月、3ページ)

「鹿島市福祉教育条例」制定についての質疑、討論、採決/1996年3月14日
O議長(青木幸平君)
日程第1、議案第10号、鹿島市福祉教育に関する条例の制定についての審議に入ります。
O福祉事務所長(平野俊和君)
この条例は、9月22日に決議した「福祉のまちづくり宣言」の一環として、人づくりを基本とした豊かな福祉社会の実現を目指して制定するものである。
福祉のまちづくりについては、全体の施策が必要と思われるが、当面教育に限って制定するものである。
条例は7条から成るが、精神的なものを中心としている。第1条の目的については、すべての市民が福祉に関する理解や意識高揚を図り、福祉のまちづくりに結びつけたいということである。第2条は、市が市の責務として、福祉教育の推進についてあらゆる機会を提供するというものである。第3条は、直接かかわる福祉団体等における福祉教育の推進について規定したものである。第4条は、市民の福祉教育への参加について、端的には市民の責務という形で規定したものである。第5条は、学校における福祉教育、特に教育委員会なり各学校についての取り組みを規定したものである。第6条は、あらゆる階層から必要に応じて市民福祉推進委員会を設置し、調査、審議をするというものである。第7条は、この条例の施行に関して必要なものについては別に定めるという委任事項である。附則は、平成8年4月1日から施行するということである。
O市長(桑原允彦君)
この条例を教育委員会の方で担当するか福祉の方でするかという議論もした。将来的には教育現場に限ったことではないというスタンスをとるためにも、福祉事務所の方でこの条例を作成した。
子供たちが一生懸命福祉に対して頑張っている姿を大人が見れば、必ず我々もやらなければという気持ちになるだろう。そういう気運の中から全市民的な動きも出てきてくれればという期待を込めている。また、ぜひそうあらねばならない。9月の定例議会において福祉のまちづくり宣言を行ったが、それを受けた形になっている。そういう意味でも、将来的には全市民的な取り組みがぜひ必要である。
O教育長(迎 昭典君)
今日、生涯学習、生涯教育がいわれている。福祉もまさにそれに一致するものであり、福祉教育こそは学校教育を基盤としながらも、生涯にわたってやるだけの値打ちのあるものである。
予算については、福祉教育推進校に対して、小学校に5万円、中学校に10万円つけたい。社会福祉協議会からも予算がつく。
将来的には、学校教育だけでなく、生涯学習の一環として福祉教育を推進していくことになると、一層の予算の手だても必要になってくる。
O市長(桑原允彦君)
この条例は全市民的に波及するということを位置づけている。今回の計画に対して、霧の役目をまず子供たちにしてもらう。そこからこれを波及しようという手法を想定している。
O教育長(迎 昭典君)
当然、年間計画や指導計画、あるいは事後の評価報告は伴う。しかし、文部省や県教委が求めるような、あのような煩雑な報告は求めない。
学校の先生の負担は免れない。しかし、今心配なのは、各地区の方々の協力が得られるかどうかである。地域の方々の協力なしには、学校の先生の指導だけではできない。できるだけ子供を地域に返す、地域の実態に学ばせるという姿勢が根本にある。地域の方々の力添えを得ながらやっていきたい。
学校の過重負担にならないように十分気をつけていきたいし、いかなければならない。
O生涯学習課長(大串昭則君)
福祉教育に関し、今後は6地区公民館合わせて、事業の充実を図っていきたい。
O市長(桑原允彦君)
地方の時代の到来のためには地方が自立し、民と官が一体となって自分たちのまちづくりをやらなければならない。地方分権の究極は、国は助けてくれないということである。行政の一番大きな役割は、住民が乗ってくれるような、あるいは乗りやすいような仕組みづくりを、あるいは提案をいかにしていくかということが重要な仕事になってくる。今回の条例も、住民に対する提案であり、執行部の決意である。
O市長(桑原允彦君)
児童・生徒たちが認知症や寝たきりの老人と接する。そこから人間教育が始まる。
福祉の理念の中には、受ける側に感謝の気持ちを持てという要素は入れる必要はない。受け手側の人間性、道徳感、考え方の問題は、別に論じるべき問題である。
今回のことは簡単にできるとは思っていない。特に学校現場は大変だと思う。方向性や理念が確かであればとにかくやろう。現実的な課題や問題点は走りながら考えよう。このように思っている。
O福祉事務所長(平野俊和君)
福祉教育を大上段に振りかぶることなく、民生委員会や地域懇談会などいろいろな機会をとらえて、福祉教育についてのお願いや要請を今後もしていきたい。
O議長(青木幸平君)
起立全員であります。よって議案第10号は提案のとおり可決されました。
(『鹿島市議会定例会会議録』鹿島市議会事務局、1996年3月、306~320ページ)

「鹿島市福祉教育条例」公布/1996年3月25日
(目的)
第1条 この条例は、全ての市民が福祉に関する制度及び実情を正しく理解し、福祉意識を高めるとともに、市民自ら参加する福祉についての実践活動を行うことにより、福祉教育の推進を図り、もって福祉のまちづくりに寄与することを目的とする。
(市における福祉教育の推進)
第2条 市は、市民に対して生涯にわたる教育の場を通じて福祉教育の推進に努めるものとする。
(福祉団体等における福祉教育の推進)
第3条 市民福祉の向上を目的とする団体(以下「福祉団体」という。)及び福祉施設を経営する者は、その活動を通じて福祉教育を実施するよう努めるものとする。
2  福祉団体及び福祉施設を経営する者は、市及び教育委員会に対し、福祉教育に関する指導又は助言を求めることができる。
(市民の福祉教育への参加)
第4条 市民は、福祉の意義を理解し、福祉活動を実践するために、自主的に学習を行うとともに、福祉教育に積極的に参加するよう努めるものとする。
(学校における福祉教育)
第5条 教育委員会は、児童・生徒に対する福祉教育の充実推進を図るため、すべての小・中学校を福祉教育推進校に指定する。
2  福祉教育推進校は、児童・生徒に対し、計画的に福祉教育、活動の機会を設定し、福祉活動についての理解と関心を深めるよう努めるものとする。
(市民福祉推進委員会)
第6条 市は、福祉教育、活動について調査及び審議するため、市民福祉推進委員会を置くことができる。
(委任)
第7条 この条例の施行に関し必要な事項は、市長が別に定める。
附則
この条例は、平成8年4月1日から施行する。
(『平成10年度 福祉教育推進報告書』鹿島市教育委員会、1999年3月、37ページ)

鹿島市教育委員会における取り組みの経過/1995年度~2012年度
(1)平成7年度
桑原市長は、官と民が一体となった福祉のまちづくりの中で、特に福祉教育を重視した。鹿島市でも核家族化が進み、独居老人が多くなると同時に、祖父母と同居していない子どもが増加した。そのような子どもたちは、人間の情緒を育てる「生・老・病・死」に触れることもできない。そこで、お年寄りと接する機会を与えれば、その体験ができるのではないかと考え、教育委員会に提案した。教育長、市内校長会もこれに賛同した。市長、教育長、教育次長は、市内教職員へ福祉教育の意義の説明とその啓発のため、1月から3月にかけて市内全小中学校を訪問した。また、教育委員会は、関係諸機関とも連携をとった。
平成8年3月14日には、3月定例議会において「鹿島市福祉教育に関する条例」が可決成立し、正式に福祉教育の推進が決定された。
(2)平成8年度
平成8年4月から、全小中学校において教育課程の中に福祉教育が位置づけられた。特に、中学校2年生では「ふれあい活動」という高齢者との日常福祉実践活動が、民生委員の協力を得て開始された。1班6人程度でグループをつくって独居老人や老人のみの世帯を週1回~月1回程度訪問し、話し相手、肩もみ、草むしり、ごみ捨て、障子張り、網戸洗い、石運び等を行った。
初年度でいろいろな課題も出てきたが、交流、体験を通して小中学生が学んだものには計り知れない大きな成果があった。高齢者からも多くの感謝のお便りが届いた。
(3)平成9年度
福祉教育が2年目を迎え、各小中学校ともに特色ある取り組みが行われてきた。「ふれあい活動」では、中学生と高校生がごく普通にあいさつや声かけができるようになり、地域での温かい雰囲気ができてきたという民生委員からの報告もあった。また、この活動によって、将来の進路をヘルパー志望とする生徒の声もあった。一方、施設との交流も開始された。しかし、課題も多く出てきた。まず、時間の問題である。生徒たちの部活動や塾等の都合と高齢者の都合が合わず、計画がうまくできない。また、ナイフ事件で「中学生は怖いので辞退したい。」ということも出てきた。民生委員の方からは、多忙で負担が大きいという課題が出された。
(4)平成10年度
3年目を迎え、児童生徒に福祉の心が着実に育ってきた。中学生の殆どが高齢者と交流を希望し、自分の将来を考えた上で、何か手助けをしたいと考えている。これは、小学校1年生から実施している小中一貫の福祉教育の大きな成果である。特に、自発的に近所の高齢者との交流を考え、生徒自身から「何か手伝うことはありませんか。」と働きかけた。
(5)平成11年度
4年目を迎え、各学校とも地域の実態を考慮した取り組みが定着してきた。地域の高齢者、障がい者、ボランティアの人、施設の人等との交流をとおして、福祉に対する理解も広がってきた。しかしながら、「ふれあい活動」を希望してくださる高齢者の方々が減っており、お宅を訪問しての活動というものが難しくなってきた。そこで、地域のボランティアの方々が主催していらっしゃる「生き生きサロン」が増えたこともあり、そこで一緒に集団で活動させていただいた。
(6)平成12年度
5年目を迎え、小学校では学年ごとに行う実践活動が定着してきて、年間指導計画がしっかりしたものになってきた。また、手話教室や盲導犬教室も多くの学校で開かれるようになり、高齢者ばかりでなく障がい者へも対象が広がってきた。しかしながら、個別に交流を希望される高齢者世帯の方々が減少を続け、今後の「ふれあい活動」の実施について検討が必要になってきた。
(7)平成13年度
6年目を迎え、着実に児童生徒に福祉の心が育ってきたことが大きな成果であった。また、地域の中でも、小さいながらも子どもたちと高齢者等との温かい交流が生まれてきた。さらに、施設においても、受け入れの協力体制もでき、幅広い活動ができてきた。本年度は、中学生が行う「福祉ふれあい活動」の見直しを行った。まず、ふれあい希望者の減少という実態から、児童生徒が身近な活動相手を探すこととした。次に、活動の学年を学校行事等との関連から、1年生とした。これまでの教育委員会主導から、生徒自身の働きかけによる活動となり、総合的な学習とも関わらせながら理想的な福祉教育が定着してきた。
(8)平成14年度
新しい学習指導要領がスタートし、「総合的な学習の時間」が全面実施となった。その時間を活用して、活動ができるようになった。中学校1年生の活動では、生徒自身が「ふれあい活動」の協力者探しを行った。いろいろな問題にぶつかりながらも、たくさんのグループで有意義な活動ができた。小学校では、盲導犬コンサートを実施し、盲導犬や障害をもった方々とのふれあいができた。
(9)平成15年度
新学習指導要領の完全実施2年目にあたり、「総合的な学習の時間」の内容の充実と関連して各学校での福祉教育も時間を有効に使い、充実した内容になってきた。福祉講演、ふれあい活動、疑似体験等活動も多岐に広がりを見せている。また、地域のお年寄りとのふれあい活動は、どの学校でも定着してきており、日常的に交流する児童も見られるようになった。
(10)平成16年度
小学校では、新潟中越地震被災者の方への募金活動が広がった。また、3年間の地域指定を受けたエイズ(性)教育推進事業を通して「命の大切さ」や「生きることの喜び」について福祉と関連づけながら学ぶことができた。しかし、中学校では、高齢者の受け入れ先がここ数年減少しているなど今後再度検討が必要になってきた。
(11)平成17年度
市民の方から高齢者・障がい者疑似体験セットの寄贈により、小学校では疑似体験活動の広がりが見られた。10年目を迎え、福祉教育は各学校の地域性を生かした取り組みが定着している。個人情報保護条例の施行により、独居老人の住所等の情報の入手が困難になり、福祉行事の招待状や年賀状の発送が困難になってきた。情報収集から行うことも考えられるが、収集した個人情報の管理などの検討が必要になってきた。
(12)平成18年度
個人情報保護条例の施行から昨年度継続が途絶えた独居老人との交流が、地区の民生委員さんを通じて本人の承諾を得、再会できる学校が出てきた。高齢者・障がい者擬似体験セットを活用して実践する学校も多くなってきた。各教科や総合的な学習の時間との関連を図りながら中身の濃い実践ができるようになってきた。
(13)平成19年度
全校児童に呼び掛け、集めてきたプルタブで、車いすを1台購入し、プレゼントした学校が出てきた。2年以上かかったが、プレゼントできたことで「プルタブ集めを続けてきてよかった。」との感想を持つことができた。また、学校で施設や老人会と交流活動を行った後、自主的に活動を続ける意欲的な子どもたちも出てきた。
国語で盲導犬について学習し、総合の時間で実際に盲導犬を見て、また、国語でまとめの学習を行うなど、各教科や総合的な学習の時間との関連を図りながら、中身の濃い学習ができるようになってきた。
(14)平成20年度
老人会などの地域の方や福祉施設の方との交流が定着し、お年寄りの方から喜ばれている。また、子どもたちにお年寄りを思いやる身持ちが育ってきて、さらに交流を深めたいという声もあがっている。
高齢者・障がい者の疑似体験を小学校5校、中学校2校で実施し、日常生活でのたいへんさ等を身をもって学ぶことができた。
「福祉のつどい」において、中学校の「福祉ふれあい活動」の実践発表を行い、多くの市民の方々に、活動状況等を知ってもらうことができた。
(15)平成21年度
各学校では、福祉教育が計画的に実践されており、高齢者や障がい者等との交流を通して、子どもたちは自己有用感を感得し、次への意欲をもつことができた。
「福祉のつどい」において、中学校の「福祉ふれあい活動」の実践発表を今年度も実施し、活動状況等を広報した。
プルタブ回収をそれぞれの学校で行ってきたが、取組結果を子どもたちに還元できるように市全体での組織の構築が提案された。来年度、検討予定である。
(16)平成22年度
中学校の総合的な学習の時間が減少し、活動を見直す時期に来ている。これまでと同じ活動ではなく、学校教育全体でどのように福祉教育に取り組むのか検討が必要である。
長年各学校で取り組んできたプルタブ回収については、業者が回収を行わないという理由から、新たにペットボトルキャップを回収する「エコキャップ運動」に参加する学校が増えてきた。(ペットボトルのキャップを回収して再資源化事業者に販売することで得られる売却益の一部を開発途上国の子どもへのワクチン代として寄付する運動。)
(17)平成23年度
東日本大震災の被災者の方への支援活動が広がった。募金活動を行ったり支援物資を募ったり等、自分たちができることは何かを考え実践することができた。「鹿島市福祉のつどい」で鹿島小学校のファンタジーブラスバンド部がオープニングアトラクションとして演奏を披露し、皆さんに喜んでいただいた。中学校では、総合的な学習の時間が週1時間に減少したことで、前年度よりは活動時間に制限があったが、各学校の創意工夫で充実した活動ができた。
(18)平成24年度
古枝小学校、東部中学校が、ペットボトルのキャップを回収し世界の子どもたちへワクチンを届ける取組を行い、合わせてポリオワクチン100人分以上を回収することができた。「鹿島市福祉のつどい」では、北鹿島小学校の和太鼓クラブがオープニングアトラクションとして見事な演奏を披露した。鹿島小学校のボランティア委員会が青少年赤十字に加盟し、新たな取り組みを始めた。
(『平成24年度 福祉教育推進報告書』鹿島市教育委員会、2013年3月、1~3ページ)

福祉教育の成果と課題/2012年度
1 成果
(1)各教科、総合的な学習の時間をクロスさせての実践
生活科や総合的な学習の時間を利用して実践をしているが、各教科の学習と関連を図り、高齢者や園児との交流など児童生徒の発達段階に応じた活動ができた。
(2)主体的に考える力を育てる体験活動
疑似体験自体や点字や手話などの技術習得を目的とするのではなく、高齢者や障がいのある人が安心できるサポートとは何かを考えたり、視力や聴覚に障がいのある人が社会参加を図る際のサポートのあり方を考えたり、さらに当事者とのコミュニケーションを実際に図ったりすることで、子どもたちに主体的に考えさせ、その後の振り返りをしっかりと行う取組ができた。
(3)地域の方々との交流行事として定着
中学校では、例年は交流の受け入れ先が不足し、交流相手を見つけることが難しかったが、民生委員・児童委員の方や保護者のご協力で受け入れ先をご紹介いただき有意義な交流ができた。毎年の恒例行事として、お年寄りをはじめ地域の方々にも定着してきて、楽しみに待っていただいている。老人会などの団体や地域の方と更に連携を深めていきたい。
(4)ボランティア精神の高揚
ペットボトルのキャップで世界の子どもにワクチンを届ける取組を複数校が実施し、ポリオワクチン100人分以上となるキャップを回収することができた。子どもたちは、協力の輪が広がり成果を出せた達成感と人の役に立ったという充実感を味わうことができた。
福祉の学習をとおして、高齢者なとの交流相手に喜んでもらえたことで、自己有用感を感得し、また取り組みたいという意欲が出てきた。
さまざまな福祉体験活動を通して、児童・生徒の中にお年寄りや身近な家族を気遣う気持ちが育ってきた。
2 課題
(1)時間調整の難しさ
交流する相手方の時間と学校の生活科や総合的な学習の時間を合わせることが難しい。
(2)活動の見直し
地域の方は「このようなふれあい活動を長期的・継続的に実施してほしい」と願っておられる。その期待に応えつつ、マンネリ化しないように地域の方とともに活動を見直し、児童生徒の関心・意欲を高める工夫を重ねていく必要がある。
(3)単元計画の見直し
中学校では総合的な学習の時間が35時間に減少した。限られた時間内で目標が達成できるように福祉教育のカリキュラムの改善を毎年することが大切である。
福祉教育と各教科との関連を図った単元の工夫は、今後もさらに充実させていくことが必要である。
高学年の活動が授業やカリキュラムの関係で取りにくく、活動内容が限定されてしまいがちになるなど、学年間のかたよりもあるので、全学年で継続した取組がなされるよう計画する必要がある。
中学生1年生のふれあい活動が、何らかの形で2、3年生の活動につながれば、福祉教育が更に意義あるものになると思われる。
(『平成24年度 福祉教育推進報告書』鹿島市教育委員会、2013年3月、28ページ)

以上の諸資料をめぐって若干の所見を述べ、本稿のまとめにかえることにする。
(1)鹿島市福祉教育条例は、「福祉のまちづくり宣言」の一環として、豊かな福祉社会の実現をめざして制定されたものである。そのねらいは、すべての小・中学生を対象に、「義務教育内での必須科目的にボランティア」を取り入れ、ボランティア活動の日常化を図ろうとするところにある。そのためのツール(手段)として、中学校1年生全員(2000年度までは中学校2年生)に対し、1年間にわたり継続して地域の高齢者等とふれあう「ふれあい活動」が義務づけられている。それは「福祉教育の総まとめ」でもある(『平成24年度 福祉教育推進報告書』4ページ)。なお、鹿島市には現在、小学校が9校(本校7校、分校2校)、中学校が2校ある。
鹿島市では、福祉教育が福祉のまちづくりを進めるための小中一貫の教育活動として位置づけられていることは、高く評価することができる。しかし、実際には、「福祉教育」イコール「ボランティア活動」イコール「ふれあい活動」、と矮小化されて捉えられている感がある。小・中学生にとって、地域・社会の構成員や福祉のまちの形成主体としての役割は何か。その役割を遂行できる資質や能力を育成するための、福祉教育の本質的かつ具体的な方策は何か。それをいかに実施・展開すべきか、等々について検討する余地が多分に残されている。
鹿島市の福祉教育実践の中心である「ふれあい活動」は、その活動を通して思いやりの心や感謝の気持ちを経験的に学び取らせようとするものである。したがってそこから、“知識”よりも、「ふれあい活動」のための機能的な“技術”“技能”を育てることを重視することに結果している。「福祉」や「まちづくり」に関してどのような知識を身につけさせるかについては、明確には定まっていない。また、どのような価値観の獲得・育成を図るかは、さらに不明確である。
要するに、鹿島市の福祉教育には、「ふれあい活動」にとどまらず、子どもの発達段階に応じた地域・社会への参加や問題解決活動の取り組みを進める。それを通して、地域・社会に変化をもたらし、「福祉のまちづくり」に主体的・能動的に関わろうとする子どもの育成を図る。こうした福祉教育の展開に向けて、より一層の検討と創意工夫が求められる、といえよう。例えば、①福祉教育は、学校教育の「領域」ではなく「機能」として捉え、学校外の領域においても多元的・複層的に遂行されることが必要かつ重要となる。それを前提に、福祉教育を全教科・全領域に位置づけ、学校内外のあらゆる場面で取り組むための具体的な教育内容と方法、それに評価のあり方について検討する。②これまでいわれてきた地域参加・還元型学習や問題解決型学習としてのそれだけでなく、学校と地域、知識と体験などの往還型学習としての福祉教育の学習内容・方法やカリキュラムのあり方を問う。あるいは、③福祉教育を軸とした「総合的な学習の時間」の年間指導計画に基づいて、年間を通して系統的・継続的な福祉教育活動の展開を図る。④中学校学習指導要領にいう「その他特に必要な教科」として「福祉」や「まちづくり」に関連する教科を設置する、ことなどが考えられよう。
(2)18年間の、福祉教育の取り組みの経過を概観すると、活動の「計画化」や「体系化」、「地域化」などへの指向を読み取ることができる。例えば、次のような記述がそれである。これらはまた、福祉教育活動の拡大と深化の過程でもある。

「小学校では学年ごとに行う実践活動が定着してきて、年間指導計画がしっかりしたものになってきた」(2000年)。
「各教科や総合的な学習の時間との関連を図りながら中身の濃い実践ができるようになってきた」(2006年度)。
「『福祉のつどい』において、中学校の『福祉ふれあい活動』の実践発表を行い、多くの市民の方々に、活動状況等を知ってもらうことができた」(2008年度)。
「『エコキャップ運動』(ペットボトルのキャップを回収して再資源化事業者に販売することで得られる売却益の一部を開発途上国の子どもへのワクチン代として寄付する運動。)に参加する学校が増えてきた」(2010年度)。

周知の通り、福祉教育は、福祉文化の創造や福祉の(による)まちづくりをめざして日常的な実践活動に取り組む主体形成を図るための教育活動である。またそれは、歴史的・社会的存在としての地域の社会福祉問題を学習素材とし、その解決をめざして展開される意図的な教育活動である。それゆえに、福祉教育は、そもそも学校内で自己完結するものではなく、地域に出向き、地域に軸足を置いた取り組みが求められる。とともに、体験学習が重視されることになる。ここで留意すべきことのひとつは、福祉教育の体験活動が、単なるイベント的なそれにならないよう、また体験至上主義に陥ることのないようにすることである。福祉教育は、福祉のまちづくりに関して「学び」「気づき」「ふりかえり」、そして「変わり」、「動く」ことを導き出すことが求められ教育活動である。それをより確かなものにするためには、地域の社会資源の活用やそれとの連携、さらには新しい社会資源の開発が必要かつ重要となる。これは、前述の資料「福祉教育の成果と課題/2012年度」に指摘されている諸点に通底するものでもある。
(3)鹿島市と鹿島市社会福祉協議会は、協働して、2013年3月に「鹿島市地域福祉計画・地域福祉活動計画」を一体的に策定した。この計画の特徴のひとつは、計画策定にあたって、課題解決の方策として「自助、共助、公助」の視点が重視されたことにある。また、必ずしも十分であるとはいえないものの、地域福祉計画と地域福祉活動計画の「将来像や基本目標の共有化」が図られ、「地域福祉実現の両輪」「計画の連携・補完」などと、二つの計画の相互関係に注意が払われている。一体的策定の意義のひとつはここにある。しかし、内容的には両計画を合本製本したものにとどまり、その効果には疑問が残る。
そうしたなかで、地域福祉計画では、福祉教育の「具体的な取り組み」に関して次のように記述されている(『鹿島市地域福祉計画・地域福祉活動計画』鹿島市・鹿島市社会福祉協議会、2013年3月、62~63ページ)。

◎福祉教育の推進
現状と課題(略)
具体的な取り組みと役割
①家庭や地域での福祉に関する学習機会の提供
◆家庭において親から子へと地域福祉教育がなされるために、親を対象とした地域福祉に関する勉強会の実施を検討します。また、家庭内での実践を通して、親から子へ、子から孫へと福祉に関する教育が受け継がれるように意識啓発を進めます。
◆一人でも多くの人が福祉に関心を持ち、思いやりや助け合いの精神について理解し、自らが積極的に行動することができるよう、地域福祉について学習する機会を提供します。
②学校教育における福祉教育の推進
◆学校教育の中で課外活動の時間や総合的学習の時間を活用し、社会福祉協議会などと連携しながら、体験型の福祉教育を推進していきます。
③住民や児童・生徒と福祉施設等との交流の促進
◆地域においては、住民や児童・生徒と福祉施設などとの交流を促進します。
■住民・地域・市(行政)の目指すことや役割(略)

また、地域福祉活動計画では、福祉教育に関して次のような計画化が図られている(『鹿島市地域福祉計画・地域福祉活動計画』91ページ)。

◎福祉教育の推進
①学校等における福祉教育の推進
具体的な取り組み
◆学校での福祉教育の協力
子どもの頃から福祉に対する理解と関心を高め、「福祉のこころ」の育成や地域社会との連帯意識を育むことを目的として、市内の小中学校で行われる福祉教育やボランティア体験学習の実施に協力します。
◆福祉教育の推進・学校との連携の強化
子どもたちがボランティア活動へ関心を持ち、参加意識を高められるよう、福祉教育の推進を図ります。
◆地域での福祉教育の実施
子どもから大人まで福祉に対する理解と関心を高め、地域支え合いの意識の向上を図るため、地域福祉ボランティア講座等を開催するとともに、障がいについての理解を深め、誰もが暮らしやすい地域づくりを進めるため、地域の特別支援学校等と連携して事業を実施します。
主な事業
●学校等での福祉教育への支援

以上を一瞥すると、計画内容は新味がなく、具体性に欠けるものになっていると断ぜざるを得ない。地域福祉計画については、18年間にもおよぶ教育委員会による学校福祉教育の成果や課題が、十分に反映されているとはいえない。地域福祉活動計画に至っては、社会福祉協議会にありがちな、学校福祉教育への単なる支援や紹介・斡旋にとどまっている。
今日、福祉教育は、従来の学校を中心にした福祉理解・啓発の福祉教育から、地域を基盤とした、地域ぐるみの、福祉の(による)まちづくりを進めるための福祉教育(「市民福祉教育」)の推進を図る時期にある。鹿島市社会福祉協議会の地域福祉活動計画には、主体的・自律的な、魅力ある地域福祉を推進するための福祉教育の計画化が欠落している。「地域福祉は、福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」といわれる。社会福祉協議会には、地域福祉やその主体形成を促すための福祉教育の本質について再認識することが強く求められよう。
周知の通り、地方分権改革や社会福祉制度改革などの推進が図られるなかで、ここ10数年来、基礎自治体としての市町村では「福祉のまちづくり条例」を制定する動きが活発化している。鹿島市は、1995年9月、「市民が安心して生活できる人にやさしい『福祉のまちづくり』に積極的に取り組むこと」を宣言した。1996年3月、鹿島市福祉教育条例の制定に際して、当時の市長は、「長い時間がかかると思いますが、継続することによりやがて鹿島市が、福祉の心にあふれる人で一杯になることだろうと、私は今から胸を躍らせているわけです」。「将来的には全市民的な取り組みがぜひ必要である」、と語っている。また教育長は、「将来的には、学校教育だけでなく、生涯学習の一環として福祉教育を推進していくことになる」と述べている。
当時の市長や教育長の福祉・教育理念や“熱い思い”を想起するとき、福祉や教育を取り巻く状況が大きく変化しているなかで、鹿島市はいま、「福祉のまちづくり宣言」の次の段階(ステージ)として、「福祉のまちづくり条例」を制定する時期にあるといえるのではないか。その際、これまでの学校を中心とした福祉教育活動の積み重ねを基盤に、子どもをはじめ高齢者や障がい者、さらには外国籍住民など、各界各層の住民の参画を得て取り組むことが肝要となる。その過程はまた、地域ぐるみの福祉教育(住民の主体形成)の実践そのものでもある。地域ぐるみの福祉教育を如何に展開するかは、鹿島市やその小地域(行政区の単位を示す「部落」等)の歴史や特性、住民の生活実態や生活意識などに即して、多くの地域住民がその同一性と多様性・異質性を意識しながら、「福祉」や「まちづくり」について互いに学び合うことにかかっている。参加型・往還型、社会還元型・問題解決型の相互教育・学習活動としての「市民福祉教育」の展開が期待されるところである。

謝辞
本稿の諸資料を収集するにあたっては、鹿島市教育委員会教務総務課学校教育係のM女史にご高配を賜った。ここに記して衷心より感謝の意を表します。

福祉のまちづくり条例にみる「福祉教育」条文(Ⅱ)

3 福祉のまちづくりに関する市町村条例

市町村の「福祉のまちづくり条例」については、(1)木下聖がその論稿で扱っている38本の条例をベースに、(2)「福祉、まちづくり、条例」のキーワードでGoogleウェブ検索した条例を加え、そのうえで(3)市町村のウェブサイトに掲載されている条例・例規集から検索した条例を整理した50本の条例を検討対象とした。
その名称は多様であるが、ほとんどの条例で「福祉のまちづくり」などに関する「教育」「学習」「広報」「啓発」「情報提供」「意識の醸成」等の条・項文規定がある。それらのうちで、「福祉教育」について独立条文で規定する条例は次の18本(36%)である。神戸市(1977年1月10日公布、以下「公布」略。)、箕面市(1996年3月29日)、福岡市(1998年3月30日)、宇都宮市(2000年3月24日)、宮崎市(2000年12月20日)、金沢市(2001年3月23日)、若桜町(2001年3月30日)、新居浜市(2002年12月25日)、筑後市(2003年9月26日)、高浜市(2003年9月30日)、多治見市(2003年12月22日)、石狩市(2004年3月29日)、七尾市(2004年10月1日)、出雲市(2005年3月22日)、士別市(2005年9月1日)、都城市(2006年1月1日)、松江市(2008年6月26日)、志摩市(2008年6月30日)。
以上のうちから、代表的あるいは特徴的なものとして、「福祉教育」の条文とその前後の条文を8本紹介する。

(1)兵庫県神戸市/神戸市民の福祉をまもる条例/1977年1月10日公布
第4章 市民福祉の推進体制
第1節 福祉教育の推進
(福祉教育の理念)
第45条 福祉教育は、第2条に規定する市民福祉の基本理念並びに福祉に関する制度及び実情を正しく理解し、福祉意識を高めるとともに、市民みずから市民福祉を充実するための実践的な方法を身につけることをめざして推進されなければならない。
(市長等による福祉教育の推進)
第46条 市長及び教育委員会は、すべての市民に対し、生涯のあらゆる教育の場を通じて福祉教育を行うよう努めるものとする。
2 市民福祉の向上を目的とする団体(以下「福祉団体」という。)及び施設を経営する者は、その活動の場を通じて福祉教育を実施するよう努めなければならない。
3 市長及び教育委員会は、必要と認めるときは、福祉団体又は施設を経営する者の行う福祉教育に対し、助言又は専門技術的指導を行うことができる。
(市民の福祉学習及び福祉教育への参加)
第47条 市民は、福祉を理解し、及び福祉活動を実践するための自主的学習を行うとともに、福祉教育に積極的に参加するよう努めなければならない。

(2)大阪府箕面市/箕面市福祉のまち総合条例/1996年3月29日公布
(学習機会の確保)
第18条 市長は、障害者、高齢者等が地域社会でのあらゆる場面に参加し、それぞれの時期に応じた教育が受けられるよう学習機会の確保に努めなければならない。
(福祉教育の推進)
第19条 福祉教育は、市民自らが基本理念及び地域福祉に関する実情を理解し、地域福祉を充実することを目指し、主体的に推進するものとする。
2 市長は、学校教育、生涯学習等あらゆる機会を通じて福祉教育の推進に努めなければならない。
(福祉活動への支援)
第20条 市長は、自主的に地域において福祉活動を行う市民に対し、必要に応じて情報の提供、助言又は協働による支援を行うものとする。

(3)栃木県宇都宮市/宇都宮市やさしさをはぐくむ福祉のまちづくり条例/2000年3月24日公布
(意識の高揚)
第8条 市は、市民及び事業者が自主的に福祉のまちづくりに関する活動に取り組むよう意識の高揚に努めるものとする。
(福祉に関する教育の充実)
第9条 市は、高齢者、障害者等に対する思いやりのある福祉の心をはぐくむため、福祉に関する教育の充実に努めるものとする。
(生涯学習の機会の確保)
第10条 市は、高齢者、障害者等が生きがいを持って、豊かな生活を送ることができるよう生涯学習の機会の確保に努めるものとする。
(情報の提供)
第11条 市は、市民及び事業者の福祉のまちづくりに関する自主的な活動を促進するため、情報の提供に努めるものとする。
(ボランティア活動への参加及び支援)
第16条 市民及び事業者は、福祉のまちづくりに関するボランティア活動に積極的に参加するよう努めるものとする。
2 市は、市民及び事業者が行う福祉のまちづくりに関するボランティア活動を支援するため、必要な施策を講ずるものとする。

4)石川県金沢市/みんなで支え合う健康と福祉のまちづくりの推進に関する条例/2001年3月23日公布
(健康福祉教育の推進及び人材の育成)
第9条 市は、健やかで思いやりのある心を育むため、健康と福祉に関する教育を推進するとともに、必要な人材の育成に努めるものとする。
(ボランティア活動等の促進等)
第10条 市は、健康と福祉のまちづくりを推進するため、健康と福祉に関するボランティア活動その他の非営利活動(以下「ボランティア活動等」という。)への市民及び事業者の参加を促進するとともに、ボランティア活動等を支援するために必要な施策を講ずるものとする。
2 市は、市民が健康で心豊かな生活を営むことができるよう、生涯を通じての学習及び文化活動の機会を確保するなど、必要な支援に努めるものとする。
(情報の提供)
第12条 市及び事業者は、市民が健康と福祉について必要とする情報の提供に努めるものとする。
(普及活動の促進)
第14条 市長は、健康と福祉のまちづくりについての理解を深めるため、その普及活動に努めるものとする。

(5)愛媛県新居浜市/新居浜市みんなでつくる福祉のまちづくり条例/2002年12月25日公布
(社会参加への推進)
第8条 市は、すべての市民が等しく社会参加ができるよう、福祉のまちづくりにおけるさまざまな活動を支援するために必要な条件整備に努めます。
2 市は、移動手段の確保が困難な障害者、高齢者等の移動を容易にするための施策を推進します。
(福祉教育の推進)
第9条 市は、学校教育、生涯学習等のあらゆる機会を通じて福祉教育の推進に努めます。
(広報啓発活動の充実)
第10条 市は、福祉のまちづくりについて、市民及び事業者が理解を深め自主的に活動することを促進するため、広報啓発活動の充実を図り、適切な情報の提供に努めます。
(ボランティア活動等の推進)
第17条 市は、市民が社会に貢献する活動にいつでも自由に参加できるよう、ボランティア団体及び非営利活動団体等の育成や活動に対し、必要な支援策を推進します。

(6)岐阜県多治見市/多治見市福祉基本条例/2003年12月22日公布
(地域福祉の啓発)
第8条 市は、市民と事業者が地域福祉に関する正しい知識を深め、地域福祉活動に積極的に参加しようとする意欲を高めるために必要な施策を実施します。
(権利の尊重と擁護)
第9条 市民、事業者と市は、高齢者、障害者等の自己決定に関する権利を尊重します。
2 市は、高齢者、障害者等の自己決定に関する権利を擁護するため、社会福祉事業者や関係機関と連携しながら適切な援助を行います。
(福祉学習、教育の推進)
第10条 市民は、生涯にわたって福祉に対する正しい知識を得るよう、自主的な学習に努めます。
2 市は、市民が福祉に対する正しい知識を得るとともに、高齢者、障害者等をはじめ市民相互に対する理解と思いやりを持つことができるよう、社会福祉事業者、教育機関等と協力し、福祉教育の推進に努めます。
(ボランティア活動等への支援)
第18条 市民と事業者は、自らの意思に基づいて、地域福祉に関するボランティア活動(以下「ボランティア活動」といいます。)に参加します。
2 事業者は、雇用している人が、積極的にボランティア活動に参加することができるよう支援に努めます。
3 市は、市民と事業者によるボランティア活動その他の市民活動を促進するために、必要な支援を行います。

(7)北海道士別市/士別市福祉のまちづくり条例/2005年9月1日公布
(福祉の心の醸成)
第9条 市は、すべての市民がお互いの人権を尊重し合い、障害者、高齢者等を思いやり助け合う福祉の心及び社会奉仕の精神等の醸成が図られるよう努めるものとする。
(啓発活動、情報提供等)
第10条 市は、市民及び事業者の福祉のまちづくりに関する理解を深め、自主的な活動を促進するため、必要な啓発活動、情報の提供、助言及び指導を行うものとし、啓発活動及び情報の提供に当たっては、障害者、高齢者等の特性に応じた取組みを行うよう努めるものとする。
2 市は、障害者、高齢者等が情報を円滑に利用し、意思表示できるようにするため、必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(相談支援体制の充実)
第11条 市は、福祉のまちづくりや保健福祉に関する市民の相談に適切に対応することができるよう、必要な相談支援体制の充実に努めるものとする。
(福祉教育の充実)
第12条 市は、障害者、高齢者等に対する理解が深められるよう、福祉教育の充実及び学習機会の提供その他福祉の心の醸成を図るために必要な施策を講ずるものとする。
(ボランティア活動の振興)
第15条 市は、市民及び事業者が障害者、高齢者等の福祉に関するボランティア活動を実践できるよう、必要な施策を講ずるものとする。
2 市は、障害者、高齢者等が自らの状況に応じたボランティア活動を実践できるよう、環境の醸成に必要な施策を講ずるものとする。
(地域福祉活動の推進)
第16条 市は、市民の理解と協力のもと、住民参加による地域福祉活動を推進するよう、必要な施策を講ずるものとする。

(8)島根県松江市/松江市ひとにやさしいまちづくり条例/2008年6月26日公布
(情報の提供)
第8条 市は、市民、地域を構成する主体等及び事業者がひとにやさしいまちづくりを推進するために必要な情報の提供に努めるものとする。
(学習機会の提供と福祉教育の充実)
第9条 市は、市民、地域を構成する主体等及び事業者がひとにやさしいまちづくりを推進するために必要な学習ができるよう、その機会の提供に努めるものとする。
2 市は、将来を担うこどもたちをはじめ、すべての人が高齢者、障害者等に対する理解を深め、思いやりの心を養い、お互いに助け合える地域社会をつくるため、学校教育、社会教育等の場において、体験学習やボランティア活動を通じて、福祉教育が充実されるよう努めるものとする。
(啓発活動)
第10条 市、市民、地域を構成する主体等及び事業者は、ひとにやさしいまちづくりの推進に関する広報その他の啓発活動に努めるものとする。
(ボランティア活動への参加等)
第11条 市民、地域を構成する主体等及び事業者は、ボランティア活動に取り組むように努めるものとする。
2 事業者は、その雇用する者がボランティア活動に参加しようとするときは、必要な便宜を図るように努めるものとする。
3 市は、ボランティア活動を促進するため、関係機関と連携し、情報の提供並びに人材の育成及び活用その他必要な支援を行うよう努めるものとする。
(地域づくり)
第12条 市民、地域を構成する主体等及び事業者は、地域の課題を共有し、連携してその解決に努めるものとする。
2 市は、地域の課題解決に向けた市民、地域を構成する主体等及び事業者の取り組みに対し、必要な支援を行うよう努めるものとする。

「福祉教育」の文言が条・項文中にある条例は、「福祉教育」の条文見出しのある上記の条例を除いて、4本を数える。以下にその条・項文のみを紹介する。

(1)兵庫県尼崎市/尼崎市民の福祉に関する条例/1983年3月31日公布
(福祉活動)
第13条 市民は、市民福祉を理解し、福祉活動を実践するための福祉教育を通じて、福祉意識の高揚に努めるとともに、近隣、地域、職域等の地域生活を通じて、福祉活動に努めなければならない。
2 市長及び教育委員会は、市民の福祉活動の促進を図るため、次の各号に掲げる施策を行うものとする。
(1) コミユニテイ活動及びボランテイア活動の育成に関すること。
(2) 福祉教育に関すること。
(3) 福祉活動に必要な情報の提供等に関すること。
(4) 前各号に掲げるもののほか、市民の福祉活動の促進を図るため必要と認められること。

(2)東京都狛江市/狛江市福祉基本条例/1994年3月31日公布
(計画の策定)
第5条 市は、第3条に規定する基本理念を実現するため、市民の生活の視点から市民福祉に関する基本的かつ総合的な福祉のまちづくりを推進するための計画(以下「福祉計画」という。)を策定し、次に掲げる事項を基本とする施策を推進しなければならない。
(7) 福祉のまちづくりに対する市民の関心を高め、活動への参加を促すため、学校及び地域における福祉教育を推進すること。

(3)岡山県岡山市/岡山市くらしやすい福祉のまちづくり条例/2001年12月21日公布
(魅力と特色のある教育の推進)
第20条 市は、関係機関、団体などと連携して、国際化、情報化などに対応した教育を推進するとともに、郷土に愛着と誇りがもてる教育や福祉教育など、魅力と特色のある教育の推進に取り組みます。

(4)富山県高岡市/高岡市福祉のまちづくり条例/2005年11月1日公布
(福祉のこころの醸成)
第19条 市は、すべての市民がお互いの人間性を十分に尊重し、高齢者、障害者等に対する正しい理解を深め、温かい思いやりと助け合いのこころを高めるため、福祉教育の実践に努めるとともに、学校、家庭、地域社会において、人間愛の精神、福祉のこころ、社会奉仕の精神等の醸成が図られるよう必要な施策を講ずるものとする。
2 市は、福祉に対する市民の理解を高めるとともに、ノーマライゼーションの理念の普及を図るため、広報、啓発活動の展開、市民交流の促進その他の必要な施策の実施に努めるものとする。

なお、ボランティア活動について、その「促進」「推進」「振興」「支援」「参加」等の文言を用いて独立条文で規定する条例は50本中19本(38%)である。また、「ボランティア活動」の文言が条・項文中にある条例は6本(12%)を数える。公共的施設等のバリアフリー化を主な目的とする条例においては、ボランティア活動に関する規定はほとんど設けられていない。なお、「福祉ボランティア活動の推進」について規定する加古川市の条例については、その細部にわたる規定内容等の評価はともかくとして、留意しておきたい。以下がそれである。

兵庫県加古川市/加古川市福祉コミュニティ条例/1982年6月22日公布
第10節 福祉ボランティア活動の推進
(福祉ボランティア活動の推進)
第44条 福祉ボランテイア活動は、高齢者及び障害者の人権を尊重し、市民の相互扶助精神に基づく市民の自主的なものでなければならない。
(福祉ボランテイア活動の助長)
第45条 市長は、市民及び事業者の福祉ボランテイア活動を援助するため、情報の提供、助言、指導等必要な措置を講ずるものとする。
(福祉ボランテイア活動への参加)
第46条 市民は、一人ひとりがその日常生活を通じ、自らの持てる技能及び時間等の提供により、単独又は団体活動に参加することによって、高齢者及び障害者の日常生活の移動、介助等の援助を行い、第40条に定める在宅福祉施策の推進に協力するよう努めなければならない。
(福祉ボランテイア活動への便宜供与等)
第47条 事業者は、その雇用している勤労者が福祉ボランテイア活動に参加しようとするときは、業務に支障のない範囲において必要な便宜の供与に努めるとともに、自らも福祉ボランテイア活動に参加するよう努めなければならない。

4 むすびにかえて

以上、基礎自治体と広域自治体の「福祉のまちづくり条例」に規定されている「福祉教育」の条文について整理・紹介した。最後に、それらを概観したうえでの問題点や課題をめぐって、若干の所見を述べたい。それをもって本稿の「むすびにかえて」おくことにする。
(1)「福祉教育」の独立条文のほとんどが、福祉教育を高齢者や障がい者に対する「理解」を深め、併せて「思いやりの心」を育むものとして規定している。その際、「理解」の視点や内容、方法については、一部を除いて必ずしも明確ではない。高齢者や障がい者を画一的・抽象的に(絶対的)「弱者」としてみるのか、個別具体的な「社会的弱者」としてみるのか。弱者に対する「強者」の側に立つ理解なのか、社会的弱者の側に立つ理解なのか。人権の実現・保障の視点や、社会的包摂の重要性を念頭においた理解なのか。先ずはこれらの点に留意すべきであろう。
「思いやりの心」は、あたかも福祉教育の接頭語のようである。また、その内容は不明瞭でもある。「思いやりの心」は、響きの良い言葉であるがゆえに、精神主義への偏向が促進されたり、人間の生き方という道徳面に力点が置かれたりする危険性なしとしない。「福祉のまちづくり」という名のもとで、社会や国家に尽くす従順で御しやすい人間づくりの福祉教育の推進が企図されないとも限らない。道徳の教科化や教育委員会の廃止などがもっともらしく、またかまびすしく語られる今日、こうした想いがするのは筆者だけであろうか。道徳の教科化は特定の価値(観)を小・中学生に強制的に注入し、教育委員会の廃止は教育行政の政治的中立性や継続性・安定性を脅かし侵害することにつながる。
(2)まちづくりには、「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」、加えて「ネットワーク」が必要である。そして、こうした地域・社会資源を総合的に整備・調整・開発・保全・再生し、効率的・効果的に組み合わせて住民の生活問題や地域の課題の解決を図ることが肝要となる。福祉のまちづくに関してはさらに、地域住民と専門職による協働(共働)的な地域診断(アセスメント)や、アウトリーチ(出前)活動による積極的なニーズの把握や新たなニーズの掘り起こしが求められる。
以上のうちから、福祉のまちづくりに関する専門的な知識および技能を有する「ヒト」(「人材」)についてみると、その「育成」「確保」「活用」等を独立条文で規定するのは、都道府県条例で10本(21%)、市町村条例では5本(福岡市、金沢市、多治見市、七尾市、高岡市。10%)と少ない。まちづくりは「人づくり」といわれるように、地域リーダーや専門職の育成・確保が重要であることは多言を要さない。福祉のまちづくりやそのための改革実践が画餅に帰すことのないようにするためにも、人材育成・確保の福祉教育システムの整備が強く求められる。
福祉のまちづくりに関する必要な「情報」についてみると、その「収集」「提供」「利用」等を独立条文で規定するのは、都道府県条例で36本(77%)、市町村条例では50本中32本(64%)を数える。それ以外の条例でもそのほとんどに、「情報提供」に係る文言が条・項文中に設けられている。それは、山形県金山町(1982年4月施行)や神奈川県(1983年4月施行)での条例化を嚆矢とするが、国(「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(通称;情報公開法)、2001年4月施行)に先駆けて数多くの地方自治体で情報公開の手続きに関する条例が制定されたことに起因するといってよい。ただし、住民の要請に応える受動的な情報提供では住民主体の福祉のまちづくりは進まない。行政による積極的で能動的な情報提供と、住民による情報の収集・選別・編集とネットワーク化、そして共有化、そのうえでの有効活用が厳しく問われることになる。これはまた「福祉教育」の内容や方法のあり方に通じる。
(3)地方分権の推進が図られ、市民主権や市民自治が叫ばれるなかで、住民による、住民のための、地域特性を生かした福祉のまちづくりが求められている。また、住民の地域・生活ニーズが高度化し、価値観やライフスタイルが多様化するなかで、行政だけではそれらに対して効率的に、きめ細かく、臨機応変に対応することが困難になってきている。その一方で、住民による福祉のまちづくりへの参加意欲が高まり、NPОやボランティアなどの市民活動が活発に展開されてきている。多くの地方自治体によって、地方自治条例である福祉のまちづくり条例が制定される要因や背景のひとつはここにある。
ところが、前述の木下が指摘するように、福祉のまちづくり条例は「そのほとんどが行政主導で規定されてきている。こうした状況から、条例が当該自治体の市民の間に、そのねらいを含めてどの程度浸透しているかは疑わしいと言わざるを得ない」(前記論文、70ページ)。とすれば、およそ半数の福祉のまちづくり条例がボランティア活動の促進や支援策について規定していることに、多少の不安要素があり、ある種の危険が伴うことを指摘せざるを得ない。ボランティア活動の官製化が進み、市民「参加・参画」という名の「動員」や、行政の「下請け」化、「補完」化を促すことに結果するのではないか。危惧を覚えるところである。
ボランティア活動をはじめNPО活動や自治会活動を中心とした地域活動などの「市民活動」は、総じて福祉のまちづくりを推進するための活動であり、広範で総合的な分野にわたる。また、それは、一人ひとりの、全ての市民の権利であり責務である。さらに、市民活動は、市民の主体性と自律性、活動の革新性と創造性が尊重されなければならない。そこに求められるのは、市民相互および市民と自治体(行政)との真に対等・協力の関係である。そして、お互いが認識を広め、相互理解を深めるための学習と熟議である。福祉のまちづくり条例が規定する「福祉教育」や「ボランティア活動」には、こうしたことが含意されているであろうか。筆者がかねてからいう「市民福祉教育」のレーゾンデートル(存在理由)のひとつがここにある。
(4)福祉のまちづくり条例といっても、条文とその内容の密度や比重は異なるものの、①バリアフリーのまちづくりについて定めた条例、②まちづくりの理念や原則について定めた条例、③まちづくりのための市民参加・協働について定めた条例、④福祉コミュニティの形成・発展について定めた条例、⑤これらのいずれかを総合的に定めた条例等々、その名称も含めて多種多様である。いうまでもなく、福祉のまちづくりは一人ではできない。複数の住民がそれぞれが抱える生活問題や地域の課題を共有化、それぞれの立場や属性、考え方などについての異質性や同一性、さらには共同性を認め合いながら、課題解決に向けた学習すなわち福祉教育(市民福祉教育)に取り組むことが必要かつ重要となる。福祉のまちづくり条例は、それがどのような内容を主にするものであっても、福祉教育の条文規定は欠かせない。
前述したように、福祉のまちづくり条例に類するものに自治基本条例や市民活動支援条例、市民参加・協働条例などがある。それらにはいずれも、広報・啓発、情報提供、学習・教育などに関する条文が規定されている。また、市町村地域福祉計画や都道府県地域福祉支援計画、さらには社会福祉協議会が策定する地域福祉活動計画などにも福祉教育に関する計画内容が盛り込まれている。これらの規定や計画と、福祉のまちづくり条例の「福祉教育」条文との相乗的な効果を生み出す工夫や新たな取り組みが求められる。
また、福祉のまちづくりの都道府県条例と市町村条例には、ほぼ同じ内容の福祉教育の条文規定がある。両者は、建前上は競合することはなく、併存する。都道府県条例では広域的観点から福祉教育に関する必要十分な条文を規定し、市町村条例では地域の実態や特性を十分に考慮した条文内容であることが求められる。ただし、福祉のまちづくりや福祉教育の理念や構造および内容、性格や特性などを考えたとき、市町村条例の方が都道府県条例よりは同等以上に効果的であり、市町村条例における「福祉教育」条文の質・量ともに充実した規定が求められよう。

付記(1)
市町村の「福祉のまちづくり条例」として検索し、検討対象としたのは、次の市町村の条例である。公布順に市町村名のみ記す。一番古いのは阿南市/阿南市社会福祉基本条例/1972年3月29日公布、一番新しいのは久喜市/久喜市総合福祉条例/2010年3月23日公布、である。
阿南市、神戸市、加古川市、尼崎市、町田市、狛江市、世田谷区、箕面市、仙台市、府中市、川崎市、小平市、調布市、横浜市、三鷹市、福岡市、池田市、札幌市、上越市、宇都宮市、宮崎市、金沢市、若桜町(鳥取県)、函館市、岡山市、板橋区、新居浜市、厚木市、筑後市、高浜市、豊中市、多治見市、美唄市、石狩市、茅野市、七尾市、出雲市、高山市、士別市、鶴岡市(旧藤島町)、高岡市、都城市、世田谷区、八戸市、西東京市、那覇市、松江市、志摩市、練馬区、久喜市。

付記(2)
茅野市では、2013年1月1日、「茅野市たくましく・やさしい・夢のある子どもを育む条例」(2012年12月27日公布)が施行された。次の条文規定に基づいて福祉教育の推進が図られているのであろう。なお、この条例は、例規集の「第1編 総規」中にある。紹介するとともに、留意しておきたい。
(子どもの社会参加の促進)
第14条 市は、子どもが社会の一員としての責任を果たせるように社会参加をする機会を拡充し、子どもの意見が適切に社会に反映される環境の整備に努めるものとする。
2 市は、子どもの個性を伸ばし、人間性を豊かにする文化的・社会的活動に子どもが参加し、体験することができる場を確保するように努めるものとする。
(福祉意識の醸成)
第15条 市は、子どもが全ての人を思いやる心を育むことができるように福祉意識の醸成に努めるものとする。

福祉のまちづくり条例にみる「福祉教育」条文(Ⅰ)

1 はじめに

1990年代後半以降、地方自治条例である「福祉のまちづくり条例」制定の取り組みが、広域自治体としての都道府県を中心に進められた。それは、「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(通称;ハートビル法)が1994年9月から施行されたことをひとつの契機とする。その後、1998年12月から特定非営利活動促進法(通称;NPO法)が施行され、市民の社会参加の促進とまちづくりの推進が図られた。また、「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(通称;地方分権一括法)が2000年4月から施行され、それに基づいて地方分権改革が進んだ。2000年5月には社会福祉事業法が社会福祉法へと改正・改称され、同年6月から施行された。そこでは、国や地方自治体における福祉政策の主要な柱に「地域福祉」が据えられることになり、地域福祉を新機軸とするこんにちの社会福祉の方向が示された。次いで、2000年11月から「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(通称;交通バリアフリー法)、2003年4月から改正ハートビル法、2006年12月からハートビル法と交通バリアフリー法を一体化した「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(通称;バリアフリー新法)がそれぞれ施行された。そして、2003年4月からは、社会福祉法が定める市町村地域福祉計画と都道府県地域福祉支援計画に係る規定が施行された。
こうした地方分権改革や社会福祉制度改革などを受けて、基礎自治体としての市町村において福祉のまちづくり条例を制定する動きが活発化することになる。その内容については、木下聖(埼玉県立大学)も指摘するように、当初は障がい者や高齢者に対する公共的施設等のバリアフリー化を主な目的とする条例であった。その後は、各自治体の福祉政策の基本方針や、すべての人を視野に入れた福祉のまちづくりを総合的に推進するための仕組みについて規定する条例へと変化していく(木下聖「地方分権下での基礎自治体における『福祉のまちづくり』条例の活用と福祉政策の展開―バリアフリー推進から福祉の総合的な展開へ―」『埼玉県立大学紀要』第11巻、2010年3月、63~70ページ)。
福祉のまちづくり条例については、いわゆる「自治基本条例」や「市民活動支援条例」「市民参加・協働条例」などと同様に、確立された考え方があるわけではない。また、それらの条例は、名称も内容も多様であり、必ずしも明確な共通性をもっているわけでもない。内容も、理念条例から手続条例まで多様である。
そこで、本稿では、「福祉のまちづくり条例」という名称の条例と福祉のまちづくりの推進を目的に掲げる条例を、とりあえず「福祉のまちづくり条例」として扱うことにする。条例の取捨選択については、明確な基準を設けてはいない。そうした限られた範囲内で収集した各条例のうちから、福祉のまちづくりの主体形成にとって重要な「福祉教育」に関する条文に焦点を当て、主として条文の紹介とそれをめぐる若干の考察を行うことにする。

2 福祉のまちづくりに関する都道府県条例

こんにち、福祉のまちづくり条例は全ての都道府県で制定されている。その制定に先鞭をつけたのは、兵庫県(福祉のまちづくり条例、1992年10月9日公布)である。それに次いで、大阪府(大阪府福祉のまちづくり条例、1992年10月28日)、山梨県(山梨県障害者幸住条例、1993年10月14日公布)、愛知県(人にやさしい街づくりの推進に関する条例、1994年6月14日)、滋賀県(だれもが住みたくなる福祉滋賀のまちづくり条例、1994年10月17日公布)がそれぞれ制定している。その後、2000年までに累計で43の都道府県において制定され、一番最後は徳島県(徳島県ユニバーサルデザインによるまちづくりの推進に関する条例/2007年3月20日公布)である。
「福祉教育」について独立条文で規定する条例は次の7本(15%)である。「福祉教育」とそれに関する条文(前後の条文)を紹介する。

(1)兵庫県/福祉のまちづくり条例/1992年10月9日公布
(福祉教育の推進)
第8条 県は、高齢者等に対する理解と思いやりのある児童を育成するための福祉教育を推進するものとする。
(県民の意識の高揚等)
第9条 県は、県民及び事業者に対し、福祉のまちづくりに関する意識の高揚及び知識の普及に努めるものとする。
2 県は、市町、県民及び事業者に対し、福祉のまちづくりに関する必要な情報の提供、指導又は助言を行うものとする。
(住民の意識の高揚等)
第10条 市町は、住民及び事業者に対し、当該地域の福祉のまちづくりに関する意識の高揚に努めるものとする。
2 市町は、住民及び事業者に対し、当該地域の福祉のまちづくりに関する必要な指導又は助言を行うものとする。

(2)愛媛県/人にやさしいまちづくり条例/1996年3月19日公布
(調査、研究及び情報の収集)
第9条 県は、人にやさしいまちづくりに関し、調査、研究及び情報の収集に努めるものとする。
(啓発及び情報の提供等)
第10条 県は、人にやさしいまちづくりに関し、事業者及び県民の理解を深めるよう啓発に努めるとともに、市町、事業者及び県民に対し、必要な情報の提供、指導及び助言を行うものとする。
(学習機会の充実及び福祉教育の推進)
第11条 県は、県民が生涯を通じて人にやさしいまちづくりに関し学習を進めることができるよう、その機会の充実に努めるものとする。
2 県は、高齢者、障害者等に対する理解と思いやりのある児童及び生徒を育成するため、福祉教育を推進するものとする。

(3)宮城県/だれもが住みよい福祉のまちづくり条例/1996年7月10日公布
(情報の提供)
第8条 県は、だれもが住みよい福祉のまちづくりに関し、県民及び事業者の理解を深め、自発的な活動を促進するため、適切な情報の提供を行うものとする。
(福祉教育の充実等)
第9条 県は、高齢者、障害者等に対する県民の理解を深め、思いやりのある心をはぐくむため、高齢者、障害者等の福祉に関する教育の充実及び学習の機会の提供に努めるものとする。
(ボランティア活動の促進)
第10条 県は、県民及び事業者が高齢者、障害者等の福祉に関するボランティア活動を実践できるよう必要な施策の推進に努めるものとする。

(4)島根県/島根県ひとにやさしいまちづくり条例/1998年6月30日公布
(学習機会の充実等)
第8条 県は、ひとにやさしいまちづくりの推進について、県民の主体的かつ積極的な取組の意欲が増進されるよう、学習機会の充実、啓発活動の推進その他必要な施策を講ずるものとする。
(福祉教育の充実)
第9条 県は、次代を担う子どもたちが高齢者、障害者等に対する理解を深め、思いやりの心を育むよう、体験学習の充実、ボランティア活動の促進その他必要な施策を講ずるものとする。

(5)鹿児島県/鹿児島県福祉のまちづくり条例/1999年3月26日公布
(啓発及び情報の提供等)
第9条 県は、福祉のまちづくりに関し、事業者及び県民の理解と関心を深めるため広報その他の啓発活動の推進に努めるとともに、必要な情報の収集及び提供に努めるものとする。
(調査及び研究)
第10条 県は、福祉のまちづくりを推進するため、必要な調査及び研究に努めるものとする。
(ボランティア活動の促進)
第11条 県は、県民の福祉のまちづくりに関するボランティア活動を促進するため、必要な施策の推進に努めるものとする。
(福祉教育の充実及び学習機会の提供)
第12条 県は、児童及び生徒が高齢者、障害者等についての理解を深め、思いやりのある心をはぐくむことができるよう、福祉教育の充実に努めるとともに、県民が福祉のまちづくりに関する学習に取り組むことができるよう、その機会の提供に努めるものとする。

(6)栃木県/栃木県ひとにやさしいまちづくり条例/1999年10月14日公布
(情報の提供)
第8条 県は、ひとにやさしいまちづくりに関し、県民及び事業者の理解を深め、自発的な活動を促進するため、適切な情報の提供に努めるものとする。
(福祉教育の充実等)
第9条 県は、高齢者、障害者等に対する県民の理解を深め、思いやりのある心をはぐくむため、高齢者、障害者等の福祉に関する教育の充実及び学習の機会の提供に努めるものとする。

(7)鳥取県/鳥取県福祉のまちづくり条例/2008年3月28日公布
(広報活動等の推進)
第7条 県は、福祉のまちづくりについて、事業者及び県民の理解を深めるとともに、その協力が得られるよう広報活動等を推進するものとする。
(福祉教育の推進)
第8条 県は、児童及び生徒が福祉のまちづくりについての理解を深め、高齢者、障害者等に対する思いやりの心をはぐくむよう、体験学習、ボランティア活動その他必要な教育活動を推進するものとする。
(情報の収集及び提供)
第9条 県は、高齢者、障害者等をはじめとするすべての県民が安全かつ快適に利用できる施設の整備の促進に資する技術その他の福祉のまちづくりに関する情報の収集及び提供に努めるものとする。
(調査及び研究)
第10条 県は、福祉のまちづくりを推進するため、必要な調査及び研究に努めるものとする。

福祉のまちづくに関する教育や学習の振興・充実・推進等について、条文見出しに「教育」や「学習」の文言を用いる条例は36本(77%)を数える。それ以外の、神奈川県(1995年3月14日公布)、広島県(1995年3月15日公布)、新潟県(1996年3月29日公布)、それに石川県(1997年3月22日公布)の条例ではそのいずれもが、「みんなのバリアフリー街づくり」(神奈川県)、「バリアフリー社会の推進」(石川県)、「福祉のまちづくり」(広島県、新潟県)について理解を深めたり、意識の高揚を図ることについて条文あるいは項文で規定している。
条文見出しに「教育」や「学習」の文言を用いる条文の一部を紹介する。

(1)大阪府/大阪府福祉のまちづくり条例/1992年10月18日公布
(啓発及び学習の促進等)
第7条 府は、事業者及び府民が福祉のまちづくりについて理解を深めるよう啓発するとともに、福祉に関する学習を促進するため必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
2 府は、高齢者、障害者等の自由な社会参加を促進するため、ボランティア活動の支援及び介助に係る人材の養成等に努めるものとする。
3 前二項に定めるもののほか、府は、事業者及び府民に対し、福祉のまちづくりに関する情報の提供、技術的指導その他必要な措置を講ずるものとする。

(2)大分県/大分県福祉のまちづくり条例/1995年3月15日公布
(教育の推進)
第9条 県及び市町村は、高齢者、障害者等に対する理解とやさしさのある児童及び生徒を育成するための教育を推進するものとする。
(県民の意識の高揚等)
第10条 県は、県民及び事業者に対し、福祉のまちづくりに関する意識の高揚及び知識の普及に努めるとともに、市町村、県民及び事業者に対し、必要な情報の提供、指導及び助言をするものとする。

(3)東京都/東京都福祉のまちづくり条例/1995年3月16日公布
(都民の責務)
第5条 都民は、福祉のまちづくりについて理解を深め、自ら福祉のまちづくりに努めるとともに、相互に協力して福祉のまちづくりを推進する責務を有する。
2 都民は、都がこの条例に基づき実施する福祉のまちづくりに関する施策に協力するよう努めなければならない。
3 都民は、高齢者や障害者を含めたすべての人の施設、物品又はサービスの円滑な利用を妨げないよう努めなければならない。
(教育及び学習の振興等)
第8条 都は、福祉のまちづくりに関する教育及び学習の振興並びに広報活動の充実により、福祉のまちづくりに関して、事業者及び都民が理解を深めるとともに、これらの者の自発的な活動が促進されるよう必要な措置を講ずるものとする。

(4)茨城県/茨城県ひとにやさしいまちづくり条例/1996年3月28日公布
(広報及び情報提供)
第9条 県は、事業者及び県民に対し、ひとにやさしいまちづくりに関し、必要な広報及び情報の提供を行うものとする。
(教育の充実)
第10条 県は、児童及び生徒に対し、ひとにやさしいまちづくりについての理解を深め、やさしさや思いやりの心を醸成するための教育の充実に努めるものとする。
(学習機会の充実)
第11条 県は、事業者及び県民に対し、ひとにやさしいまちづくりに関する学習機会の提供に努めるものとする。
2 県は、事業者及び県民がひとにやさしいまちづくりに関して行う学習について、必要な技術的指導その他の支援を行うものとする。

なお、ボランティア活動について、例えば以下のように「促進」「支援」等の文言を用いて独立条文で規定する条例は18本(38%)である。また、「ボランティア活動」の文言が条・項文中にある条例は、大阪府(1992年10月28日公布)、滋賀県(1994年10月17日公布)、石川県(1997年3月22日公布)、島根県(1998年6月30日公布)、秋田県(2002年3月29日公布)、それに鳥取県(2008年3月28日公布)の6本(13%)である。要は、半数(51%)の条例でボランティア活動に関する規定がある。

(1)山梨県/山梨県障害者幸住条例/1993年10月14日公布
(ボランティア活動)
第18条 県は、すべての県民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、障害者の福祉に関するボランティア活動を実践することができるような環境を醸成するよう努めなければならない。

(2)熊本県/熊本県高齢者、障害者等の自立と社会的活動への参加の促進に関する条例
(通称:やさしいまちづくり条例)/1995年3月16日公布

(ボランティア活動の促進)
第11条 県は、県民及び事業者が高齢者、障害者等の福祉に関するボランティア活動を実践できるよう必要な施策を講じなければならない。
2 県は、高齢者、障害者等がみずからその能力に応じ、ボランティア活動を実践できるよう必要な施策を講じなければならない。

(3)富山県/富山県民福祉条例/1996年9月27日公布
(ボランティア活動の支援)
第15条 県は、県民が行う福祉に関するボランティア活動を支援するため、活動基盤の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。

(4)三重県/三重県ユニバーサルデザインのまちづくり推進条例/1999年3月19日公布
(ボランティア活動等の促進)
第12条 県は、ユニバーサルデザインのまちづくりに関し、ボランティア活動を始めとする自由な社会貢献活動を促進するため、情報の提供、活動基盤の整備その他必要な施策を推進するものとする。

自治基本条例にみるまちづくり学習とその権利(Ⅱ)

(4)「生涯学習」を条文の見出しに表記している自治基本条例
①北海道厚沢部町/厚沢部町素敵な過疎のまちづくり基本条例/2009年4月1日
(学び、共に高める生涯学習)
第28条 町は、町民一人ひとりが生涯の各期において、自ら学び、楽しみ、仲間と共に高めることができるよう、ふさわしい学習機会の提供、施設の整備、指導者の育成、推進体制づくりを進めます。
②兵庫県朝来市/朝来市自治基本条例/2009年4月1日
(生涯学習の推進)
第17条 市民は、自らが生涯を通じてさまざまな学習を重ね、豊かな人間性を育むよう努めるものとする。
2 市長等は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保し、まちづくり活動への参加が促進されるよう努めなければならない。
③兵庫県養父市/養父市まちづくり基本条例/2009年7月1日
(生涯学習の推進によるまちづくり)
第18条 市民は、生涯学習に努めるとともに、自らの知識や能力をまちづくりに還元するよう努めます。
2 市は、市民の社会参加を促進するため生涯学習の機会を提供し、自主自立的なまちづくりの活動を支援しなければなりません。
④兵庫県丹波市/丹波市自治基本条例/2012年4月1日
(生涯学習)
第21条 市民は、豊かな人間性を育み、生活の充実や技術の向上などを図るとともに、市政やまちづくりに参画するための知識や考え方を学ぶため、生涯を通じてさまざまな学習を行う権利を持っています。
2 市長等は、市民の学習の機会を確保するとともに自主的な学習活動を支援するよう努めなければなりません。
3 市長等は、市民の学習権を保障するため、市民の参画のもとに生涯学習に関する計画を策定しなければなりません。

以上のほか、⑤静岡県川根本町/川根本町まちづくり基本条例/(生涯学習の推進)第12条 町は、町民自らが生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことができる地域社会の実現を図るよう努めます。/2012年7月1日、⑥兵庫県西脇市/西脇市自治基本条例/(生涯学習)第34条 市は、市民の多様な学習活動を支援し、市民主体のまちづくりを推進するため、生涯にわたって学習する機会を提供するよう努めるものとします。/2013年4月1日、⑦兵庫県佐用町/佐用町まちづくり基本条例/(生涯学習の推進)第17条 町民等は、自ら生涯を通じてさまざまな学習を重ね、豊かな人間性を育むよう努めるものとする。2 町長等は、町民等のまちづくりに繋がる学習の機会を提供し、まちづくり活動への参加を促すよう努めなければならない。/2013年4月1日、がある。
生涯学習について独立した条文で明確に規定するのは、以上の7例にとどまっている。いまひとつ、生涯学習という見出しではないが、独立条文で生涯学習について規定する条例に、⑧滋賀県野洲市/野洲市まちづくり基本条例/(学び合い)第7条 市民は、互いにふれあいやきずなを通し、生涯にわたって学び合い、知恵や力をはぐくみます。/2007年10月1日、がある。これを加えると、その数は8例となる。
以上の条文は、大雑把にいえば、①や④のように生涯学習を推進するための具体的な取り組みや計画策定などに多少なりとも踏み込んだ規定をするものと、⑧に代表されるように実質的には理念的・原則的な規定にとどまっているものがある。
周知のように、ユネスコの「学習権宣言」(1985年3月)は、「学習活動は(中略)、人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体にかえていくものである」と謳っている。生涯にわたる多様な学習活動は、住民自身が「なりゆきまかせ」の日常的・他律的な意識や行動から抜け出し、自己の側に地域を引き寄せ、地域と向き合い、対話(観察、考察、理解)することを促す。そして、まちづくりに主体的・自律的に取り組む過程を通して、自己変革、自己変容がもたらされる。それは、「自らの歴史をつくる主体」形成を促す過程である。その意味において、まちづくりにとって生涯学習の推進は極めて重要となる。留意すべきである。
今日では、いわゆる自己完結型の生涯学習から社会還元型のそれに移行するなかで、まちづくりに焦点化した地域還元型の生涯学習の展開が求められている。その際、行政サイドからまちづくりや市町村政への住民参加や住民との協働が強調されるあまり、学習主体としての地域住民という視点や住民の学習権保障が後景に押しやられる。また、前述の社会的弱者がより社会的周辺に追いやられたりする。こうしたバイアス(偏り)やリスク(危険性)がないとはいえない。自治基本条例の制定に際して強く留意すべき点である。

(5)学習機会の提供や学習支援について規定している自治基本条例
①兵庫県伊丹市/伊丹市まちづくり基本条例/2003年10月1日
(学習の機会の提供その他の支援)
第11条 市は、市民がまちづくりに関し理解を深めるために必要な学習の機会を設けるよう努めるものとする。
2 前項に掲げるもののほか、市は、市民のまちづくり活動を促進するため必要な助成その他の支援を行うよう努めるものとする。
②山形県白鷹町/白鷹町協働のまちづくり条例/2004年4月1日
(まちづくりの学習等)
第10条 町は、町民がまちづくりに関する情報を把握し学習できる機会を設けるよう努めなければならない。
2 町は、町民のまちづくりへの意識高揚を図るため、公益に関する教育の推進に努めなければならない。
③埼玉県草加市/草加市みんなでまちづくり自治基本条例/2004年10月1日
(人材の育成)
第18条 市は、パートナーシップによるまちづくりを進めるため、学習の機会を提供するとともに、専門家の派遣などの技術的な支援を行い人材を育成します。
2 市民は、パートナーシップによるまちづくりを進めるため、自らまちづくりに関する学習に努め、人材の育成に努めます。
3 市は、パートナーシップによるまちづくりに必要な能力を備えた市職員の育成に努めます。
④北海道白老町/白老町自治基本条例/2007年1月1日
(町民活動)
第14条 町民は、自ら行う町民活動が安定的かつ活発に行うことができるよう町民活動団体を組織することができます。
3 町は、学習機会の提供等により、町民活動団体の支援に努めます。

以上のほか、⑤愛媛県四国中央市/四国中央市自治基本条例/(学ぶ機会)第9条 市は、市民が生涯にわたって学ぶ機会を提供するよう努めまする。/2007年7月1日、⑥埼玉県越谷市/越谷市自治基本条例/(協働による豊かな地域環境の創造)第9条 市民および市は、市民が主体的にかかわりあい、助けあい、学びあいながらいきいきと生活し、未来にわたって豊かな人間関係と、安全で安心な生活環境を受け継いでいけるまちづくりをすすめます。/2009年9月1日、⑦茨城県ひたちなか市/ひたちなか市自立と協働のまちづくり基本条例/(まちづくりの最高規範)第3条 この条例は、ひたちなか市のまちづくりの最高規範とします。5 市は、この条例が市内のあらゆる地域、あらゆる世代の市民に理解され、親しまれるための学習機会の確保に努めます。/2010年4月1日、⑧大阪府大坂狭山市/大坂狭山市自治基本条例/(学習機会の提供)第20条 市は、市民がまちづくりに関し理解を深めるため、必要な学習の機会の提供に努めるものとする。/2010年4月1日、がある。
住民のまちづくりに関する学習のニーズは、それが日常的で個別具体的な地域生活に基づくものであることから、広範かつ多岐にわたる。そこで、多様で総合的な学習機会と学習支援が、「いつでも、どこでも、だれにでも」提供されることが必要となる。それに応えるためには、学校や公民館などの教育機関・施設の有機的連携や、まちづくりをテーマにした地域懇談会や住民座談会、ワークショップなどの開催が求められる。そうした地域全体の学習環境の整備が図られることによって、子どもや高齢者、障がい者などを含めたすべての地域住民の、まちづくりや市町村政への理解や関心、参加を促すことになる。こうした点について規定する以下の自治基本条例に注目しておきたい。

①岩手県洋野町/洋野町まちづくり基本条例/2009年4月1日
(子どもの権利)
第12条 子ども(20歳未満の町民をいいます。)は、その年齢に応じて、まちづくりに参画する権利とまちづくりに関して教育を受ける権利を有します。
②福岡県嘉麻市/嘉麻市自治基本条例/2010年12月28日
(学校と地域との連携協力)
第31条 教育委員会は、地域と連携協力し、保護者、地域住民等の学校運営への参加を積極的に進めることにより、地域の力を活かし、創意工夫と特色ある学校づくりを行うものとする。
2 教育委員会は、地域及び市長と連携協力し、学校を核としたコミュニティづくりを進めるものとする。
③愛知県新城市/新城市自治基本条例/2013年4月1日
(市民まちづくり集会)
第15条 市長又は議会は、まちづくりの担い手である市民、議会及び行政が、ともに力を合わせてより良い地域を創造していくことを目指して、意見を交換し情報及び意識の共有を図るため、3者が一堂に会する市民まちづくり集会を開催します。
3 市長は、特別な事情がない限り年1回以上の市民まちづくり集会を開催します。
④北海道士別市/士別市まちづくり条例/2012年4月1日
(高齢者や障がい者等のまちづくりへの参加)
第27条 市民・議会・行政は、高齢者や障がいのある人などもまちづくりに参加できるよう、その環境づくりを進めます。
⑤山梨県富士河口湖町/富士河口湖町自治基本条例/2013年4月1日
(高齢者の役割と権利)
第8条 高齢者は、これまでに培った知恵と経験を活かし、その活動を通じて地域社会の発展に貢献しながら、いきいきと心豊かな生活を送り、まちづくりに参加及び参画することができます。
2 町民及び町は、高齢者がまちづくりに参加及び参画するための環境づくりに努めなければなりません。

①のまちづくりに関して教育を受ける子どもの権利と、②の学校を核としたコミュニティづくりの推進についての規定は、福祉によるまちづくりをめざす市民福祉教育(学校福祉教育)にとって注目に値する。③については、「市民まちづくり集会」が、地域が抱える課題の解決策を検討する課題解決型学習の場となることが特筆されよう。④については、その表現に多少違和感を覚えなくはないが、「障がい者」のまちづくりへの参加を条文見出しに表記しているのはこの自治基本条例のみである。①のように、「子ども」のまちづくりへの参加・参画に関しては、北海道ニセコ町まちづくり条例で「(満20歳未満の町民のまちづくりに参加する権利)第11条 満20歳未満のの青少年及び子どもは、それぞれの年齢にふさわしいまちづくりに参加する権利を有する。」と規定されて以来、その条・項文規定をしている自治基本条例は30例以上を数える。子どもは次代を担う存在として特に重視すべきである、という考え方に基づくのであろう。それに対して、⑤のような「高齢者」のまちづくりへの参加・参画に関する規定は、数例に過ぎない。なお、子どもや高齢者、障がい者を条文上で強調することは逆差別になりかねない、という議論もあるであろうことを付記しておく。

ここで、自治基本条例についての住民の主体的な学習と制定過程への住民参加について若干述べておきたい。
大多数の自治体では、自治基本条例を制定するに際して審議会や委員会を設置し、制定過程に住民参加による検討作業を組み入れている。それは、おおよそ行政主導型 住民主導型 行政と住民の協働型の3つに類型化されそうであるが、数名の公募委員と数回の会議で制定されたものから、住民による自主的な学習活動から始まり、制定委員会の委員の大多数が公募委員によって占められ、しかも制定会議や住民懇談会などの会議を100回以上も開催して熟議を重ねて制定されたものもあり、その格差は大きい。行政主導型では、時流に乗って制定した感があり、制定手順や条例の内容構成が標準的なものになりがちである。住民主導型では、制定過程を通して学習による住民の意識変革や合意形成が促され、それぞれの地域(自治体)に相応しいやり方で、地域の現状や課題を反映させた制定内容になっているものもある。
なお、行政主導型か住民主導型に関して付言すれば、条例の名称が「自治基本条例」か「まちづくり基本条例」か、「市」と「市民」の語順が「市及び市民」か「市民及び市」か、さらには市民の「権利と責務」についてその内容の差異や濃淡は勿論のこと、「権利」規定が多いか「責務」規定が多いか、等々をめぐって自治基本条例と条文について精査する必要があろう。ちなみに、「まちづくり基本条例」という名称の自治基本条例と「まち(むら)づくり」という文言をその名称に含む条例は、全部で123例(288例中の42.7%)を数える。北海道三笠市のそれは「三笠市未来づくり基本条例」(2009年4月1日)である。
住民主導型の一例として、埼玉県越谷市における自治基本条例の制定の取り組みから、特筆に値する点を項目的に簡単に紹介しておくことにする。(1)審議会委員が募集される前に、市民による自主的な自治基本条例に関する勉強会が全8回開催され、参加者は100名を数えた。(2)審議会は公募市民26名、学識経験者4名によって構成された。(3)審議会の開催が計89回、審議会による骨子案に関する懇談会や素案についての説明会の開催が計40回、参加者は延べ924名を数えた。(4)骨子案と素案に関するパブリックコメントがそれぞれ実施され、合わせて32名、88件の意見が寄せられた。(5)2009年4月に越谷市自治基本条例が施行されたのを受けて、翌2010年4月に自治基本条例推進会議が設置され、条例の適切な運用、普及、見直しに関する調査審議が行われている。2011年度では条例推進会議が9回開催され、答申が出された。以上のような取り組みは、住民の、住民による、住民のための自治基本条例制定のそれとして評価されよう。なお、越谷市自治基本条例の条文内容と制定過程におけるその変遷については、審議会会長として重要な役割を果たした櫻井慶一の論文が参考になる。櫻井慶一「逐条解説『越谷市自治基本条例』―制定過程の条文の変遷を中心に―」『生活科学研究』文教大学生活科学研究所、2011年3月、171~184ページ、がそれである。審議会における議論の様子が垣間見えて興味深い。
最後に、全国の自治体における自治基本条例の制定経過と施行状況に関する調査結果を纏めた次の論文を紹介しておくことにする。阿部昌樹「自治基本条例の制定経過および施行状況に関する自治体アンケート調査」『大阪市立大学法学雑誌』第59巻第4号、大阪市立大学法学会、2013年3月、588~642ページ、がそれである。阿部は、2011年10月現在で自治基本条例を制定している225の市区町村を対象にアンケート調査を実施し、143の自治体から回答(回収率63.6%)を得ている。その論文のなかで次のように述べている。

多くの自治体においては、自治基本条例を制定した後に、自治基本条例の制定を踏まえて、あるいは、自治基本条例に規定された事項を実施するために、新たに制定された条例がほとんどないことや(ほとんどなく:阪野)、自治基本条例の規定に基づいて、あるいは、自治基本条例の制定趣旨を踏まえて、新たに実施されるようになった施策も、それほど多くはない。(621ページ)
批判的な立場をとるならば、自治基本条例は、自治体の行財政運営や住民と自治体の行政組織との関係を大胆に変革することを企図して制定されているにも関わらず、そうした効果を発揮し得ていないという解釈も可能である。(620ページ)

阿部の調査によると、自治基本条例の制定および施行が自治体にどのようなインパクトをもたらしたかという点については、積極的評価を下すことはできず、むしろ消極的にしか評価し得ないといえそうである。また阿部は、「自治体としての施策の策定や実施に関与する人々の意識や行動の変化は、あるにはあるが、それほど顕著なものではない」(622ページ)という。住民のまちづくりに関する学習権を明確に位置づけ、それを保障するための方策と、まちづくりを推進する行政職員の育成を図るための方策を具体的に提起することが強く求められるところである。その方策のひとつに市民福祉教育がある。

付 記
大阪府箕面市が1997年4月1日から施行した箕面市市民参加条例(全9条)や1999年10月1日から施行した箕面市非営利公益市民活動促進条例(全14条)をひとつの契機に、2000年以降、自治基本条例や市民参加条例、市民活動支援条例等の市民参加・協働に関するさまざまな条例(「市民参加・協働条例」)が全国各地で制定されている。その現状と課題について、大久保規子は、それらの条例を次の8つに分類して分析・検討を加えている。(1)自治基本条例、まちづくり基本条例等、自治の基本原則を定めるもの(自治基本条例型)、(2)参加・協働の理念・原則を定めるもの(参加理念・原則型)、(3)ワークショップから、パブリック・コメント、審議会まで、多様な参加・協働手法の総合的な体系化を図るもの(参加総合型)、(4)パブリック・コメント等、個々の参加・協働手法の具体的しくみを定めるもの(参加個別型)、(5)市民・NPО活動の支援・促進に関するもの(支援型)、(6)参加・協働に関する規定とNPО活動の支援・促進に関する規定を1つにまとめたもの(参加・支援総合型)、(7)主にコミュニティ組織について定めるもの(コミュニティ型)、(8)環境保全、まちづくり、福祉等、個別分野における参加・協働のしくみを定めるもの、がそれである(大久保規子「市民参加・協働条例の現状と課題」『公共政策研究』第4号、日本公共政策学会、2005年1月、24~37ページ)。
また、大久保らは、2011年11月から12月にかけて、全国の1660自治体(岩手県・宮城県・福島県内の自治体を除く)を対象に、市民参加・協働条例に関する包括的な全国調査を実施し、約6割の自治体から回答を得ている。その結果の一部を以下に記し、参考に共することにする。まちづくりと市民福祉教育に関して留意しておきたいところでもある。
(1)市民参加・協働条例を制定済みの自治体は、自治基本条例を入れて全体の約3割。人口規模の大きい自治体ほど制定率が高い。制定を検討中の自治体が約2割を数える。条例の有無を問わず、参加・協働の必要性は共有されている。
(2)制定済みの自治体では、市民活動の活発化等の効果がみられるが、その反面、制度の認知度が低く、参加者の固定化や参加者層の偏り、市民と行政のニーズのミスマッチ等の課題も出ている。コーディネーターを含む人材育成や地域の実情に応じた細やかな仕組みの整備が必要である。
(3)制度の運用についてきめ細やかな工夫を行う自治体もある一方で、ほとんど制度の運用実績のない自治体もあり、制度の実効性について自治体間格差がみられる。

自治基本条例にみるまちづくり学習とその権利(Ⅰ)

「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」「福祉によるまちづくりの最大の問題は、住民の『学習権』保障とその一環としての市民福祉教育の推進である」。これは、特に目新しいものでもなく、新味に欠けることを承知しているうえでの、筆者(阪野)の管見のひとつである。なお、まちづくりの英訳については、学界や学者によってさまざまであり、確定されたものはなさそうであるが、とりあえず community planning を考えている。
まちづくりや自治に関する基本原則や、行政の基本ルールなどを明文化した条例に「自治基本条例」(総称)がある。それについては、確立された考え方やコンセンサス(合意)を得た定義が存在するわけではない。一般的には、地域の住民が抱える多様な生活課題や地域課題を解決し、安全・安心なまちづくりをめざして、住民(法人や団体を含む「市民」)と自治体職員、市区町村長、市区町村議会議員の4者の役割や責務、相互関係などを明らかにすることを目的として制定される、市区町村の最高規範ないし最高位条例であるといえる。例えば、総務省(「地方行財政検討会議」)は、2010年6月、「地方自治法抜本改正に向けての基本的な考え方」について纏めるが、そのなかで「通常の条例の上位に位置する基本条例(「自治憲章」)を考えることもでき」るとして、次のように述べている。いささか長きにわたるが引用しておくことにする。

人口減少・少子高齢化社会の到来、家族やコミュニティの機能の変容をはじめとする時代の潮流の中で、住民に身近な行政の果たすべき役割は従来に増して大きくなることが見込まれ、地方公共団体は、これまで以上に住民の負託に応えられる存在に進化を遂げなければならない。
一方、現実には、地方公共団体の行政運営に対する地域の住民の関心は都市部を中心として低いと言わざるを得ない。例えば、地方選挙の投票率は国政選挙より総じて低く、全体として見れば低下傾向にある。
このような状況を克服し、自らの暮らす地域のあり方について地域の住民一人ひとりが自ら考え、主体的に行動し、その行動と選択に責任を負うようにする改革が求められている。これは、一つには、住民に身近な行政は、地方公共団体が自主的かつ総合的に広く担うようにすることであり、もう一つには、地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにすることである。この2つの観点から地方自治法のあり方を抜本的に見直す必要がある。(2ページ)
地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにする観点からは、地方公共団体の組織及び運営や住民自治の仕組みについても、法律によって定められる基本的事項の枠組みの中で可能な限り選択肢を用意し、地域住民自身が選択できるような姿を目指すべきである。
この場合の選択の方法としては、通常の条例のほか、通常の条例の上位に位置する基本条例(「自治憲章」)を考えることもでき、また、住民投票制度の導入を構想することもできよう。 (4ページ)

自治基本条例の嚆矢は、北海道ニセコ町が2000年12月27日に制定し、翌2001年4月1日から施行した「まちづくり基本条例」であるといわれる。以来、NPО法人公共政策研究所のウェブサイトによると、2013年8月現在で288の自治体において自治基本条例が制定、施行されている。
さて、本稿のねらいは、住民(市民)主権や住民(市民)自治によるまちづくりを実質化するための「学習」や「学習権」が、自治基本条例のなかでどのように位置づけられているかを明らかにするために、若干の基礎的整理を行うことにある。そこで、とりあえずは、「学習」や「学ぶ権利」などの文言のある自治基本条例と条文を抽出することにする。ただし、紙幅の制約から、その整理作業は限られたものになる。以下では、自治基本条例を、多少煩雑な感じはするが、(1)まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして「学習」について規定しているもの、(2)「学習権」を条文の見出しに表記しているもの、(3)住民の権利や責務のひとつとして「学習権」について規定しているもの、(4)「生涯学習」を条文の見出しに表記しているもの、(5)学習機会の提供や学習支援について規定しているもの、という5つの枠組みを設けて整理する。また、条文はできる限り自治基本条例の制定順に記載することとし、それぞれに施行年月日を付す。なお、「人材育成」は「学習」を含意するが、「人材育成」の文言のある自治基本条例と条文については、今回は採りあげない。また、288の自治基本条例についてはひととおり目を通したが、見落としているものについてご指摘いただければ幸いである。

(1)まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして「学習」について規定している自治基本条例
①新潟県柏崎市/柏崎市市民参加のまちづくり基本条例/2003年10月1日
(まちづくりの目標)
第6条 市民と市は、まちづくりの基本理念に基づき、それぞれに協働し、次に掲げるまちづくりの推進に努めるものとする。
(2)すべての市民が学ぶ喜びを持ち、生涯にわたって学習できるまちづくり
②青森県五戸町/五戸町まちづくり基本条例/2004年7月1日
(まちづくりの基本理念)
第2条 まちづくりは、町民、自治会等、その他の団体(以下「町民等」という。)及び町が協働を基本とし、次に掲げる事項を重点的に守り育てることを目指して行うものとします。
(2)郷土の文化と学ぶ心
③福島県三春町/三春町町民自治基本条例/2005年10月1日
(学習と能力向上)
第7条 町民、議会及び町は、郷土の歴史、地方自治及び民主主義等について自ら学び、その能力の向上を図りながらまちづくりを進めることを原則とする。
④北海道登別市/登別市まちづくり基本条例/2005年12月21日
(まちづくりの基本理念)
第2条 まちづくりの基本理念は、次に掲げるものとし、市民及び市はこの理念に基づきまちづくりを推進しなければならない。
(1)市民は、市民自治を実現するために自ら学び、市民の権利を行使し、まちづくりに積極的に参画するよう努めること。

以上のほか、⑤広島県三次市/三次市まち・ゆめ基本条例/(まちづくりの目標)第6条(4) 歴史と伝統を継承するとともに、学ぶ喜びをもてるまちづくり/2006年4月1日、⑥北海道上富良野町/上富良野町自治基本条例/(基本理念)第3条(4) わたしたちは、学習や心身の健康づくりを惜しまず、自らを高めます。/2009年4月1日、⑦千葉県流山市/流山市自治基本条例/(目指すまちの姿)第5条(6) 生涯にわたって学ぶことができるまち/2009年4月1日、⑧岐阜県輪之内町/輪之内町まちづくり基本条例/(まちづくりの基本理念と基本施策)第三条四 生涯現役で生きがいの溢れる生涯学習を推進するまちづくり。/2010年4月1日、⑨北海道置戸町/置戸町まちづくり基本条例/(人を大切にするまちづくり)第5条 町民、議会及び町は、生涯学習などの学習活動がまちづくりにつながることを大切にして、子どもからお年寄りまで全ての町民が、互いを認め合い、健康でこころ豊かな人を育て、安心して暮らすことのできるまちづくりを行います。/2010年4月1日、がある。
以上のように、まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして学習が明文化されている。しかし、その数は9例と少ない。また、理念や目標、原則としての規定だけでは、住民の学習活動や自治体による学習機会の提供、学習活動の支援などが具体的に推進されるとは限らない。すなわち、総則的な理念規定だけではその具体的な推進は担保されない。そこで、総則的な規定の次に置かれる、条例の中心的・本体的な内容・部分をなす実体的事項に踏み込んだ規定を設ける必要がある。そもそも自治基本条例そのものがいわゆる理念条例に過ぎないが、②は全体でわずか14条と短く、文字通りの理念条例・規定にとどまっている。それに比して、⑥は40条、⑦は41条から構成されており、詳細な規定がなされている。なお、条文数の多寡によって、まちづくりやその学習、それらに関する諸権利の規定などに違いがあるであろうことは推測に難くない。

(2)「学習権」を条文の見出しに表記している自治基本条例
①滋賀県甲良町/甲良町まちづくり条例/2003年4月1日
(地域学習の原則)
第4条 町民および町は、ともに地域学習を重ねながら、まちづくりに関する情報を共有活用し、地域学習の成果に基づきまちづくりの意思決定を行う。
(学ぶ権利)
第7条 町民は、まちづくりに関し、自ら考え行動するために必要な情報や考え方を学習する機会を得る権利を有する。
②大分県九重町/九重町まちづくり基本条例/2005年2月1日
(地域学習の原則)
第4条 住民、議会及び行政は、共に地域学習を重ねながら、まちづくりに関する情報を共有、活用し、その成果でまちづくりの意思決定を行うことを基本とする。
(学ぶ権利)
第8条 住民は、まちづくりに関し、自ら考え行動するために、学習する権利を有する。
③北海道遠別町/遠別町自治基本条例/2006年4月1日
(学ぶ権利)
第11条 わたしたち町民は、生涯にわたり学習機会を選択して学ぶ権利を有する。
④福岡県うきは市/うきは市協働のまちづくり基本条例/2007年4月1日
(学習の権利)
第8条 すべての市民は、まちづくり関して自ら思考し行動するために、学習する権利を有する。

学習権を独立した条文で明確に規定するのは4例にすぎない。①と②には、学習権規定の前に「地域学習の原則」の規定があり、条文の語句や表現も類似している。まちづくりは先ず、住民の地域への関心とそれに基づく地域理解、地域診断から始まる。その点に関して、①と②の規定は条例の構成と条文の内容において評価できよう。

(3)住民の権利や責務のひとつとして「学習権」について規定している自治基本条例
①埼玉県富士見市/富士見市自治基本条例/2004年4月1日
(市民の権利)
第6条 市民は、まちづくりの主体であり、市政に参加する権利及び市政に関する情報を知る権利を有する。
2 市民は、自ら考え行動するために学ぶ権利を有する。
②岐阜県岐阜市/岐阜市住民自治基本条例/2007年4月1日
(市民の権利及び役割)
第6条 市民は、市政に関して知る権利を有するとともに、広くまちづくりに参画する権利を有する。
2 市民は、自らまちづくりに関して学ぶ権利を有する。
③埼玉県熊谷市/熊谷市自治基本条例/2007年10月1日
(市民の責務)
第7条 市民は、主体的にまちづくりに参加するよう努めます。
3 市民は、自ら考え行動するためにまちづくりについて学ぶよう努めます。
④岩手県花巻市/花巻市まちづくり基本条例/2008年4月1日
(市民の権利)
第6条 市民は、まちづくりに参画する権利を有します。この場合において、参画しないことによる不利益な扱いを受けないものとします。
3 市民は、生涯にわたり学ぶ権利を有します。

以上のほか、⑤岩手県宮古市/宮古市自治基本条例/(市民の権利)第6条4 市民は、生涯にわたり学ぶ権利を有する。/2008年7月1日、⑥青森県おいらせ町/おいらせ町自治基本条例/(生活に関する権利)第4条(5) 子どもから高齢者まで誰もが、生涯にわたり自由に学ぶ権利/2009年4月1日、⑦鳥取県日吉津村/日吉津村自治基本条例/(村民の権利)第8条3 村民は、生涯にわたり学ぶ権利を有します。/2009年4月1日、⑧北海道名寄市/名寄市自治基本条例/(市民の権利及び役割)第11条 市民は、まちづくりに参加する権利、知る権利及び学ぶ権利に基づいて、自らの意思により主体的にまちづくりに参加するものとする。/2010年4月1日、⑨高知県須崎市/須崎市自治基本条例/(市民の権利)第5条(5) 生涯にわたり学ぶ権利/2011年1月1日、⑩東京都新宿区/新宿区自治基本条例/(区民の権利)第5条4 区民は、区の自治の担い手として、生涯にわたり学ぶ権利を有する。/2011年4月1日、⑪新潟県燕市/燕市まちづくり基本条例/(市民の権利)第5条3 市民は、まちづくりに関して自ら考え、行動するために、学ぶ権利を有します。/2011年4月1日、⑫滋賀県長浜市/長浜市市民自治基本条例/(市民の権利及び責務)第5条 市民は、まちづくりに参画する権利及びまちづくりに関して必要な地域学習を選択して学ぶ権利を有する。/2011年4月1日、⑬埼玉県白岡市/白岡市自治基本条例/(市民の権利)第4条3 市民は、まちづくりに関し、自ら考え主体的に行動するために必要な事項を学習する権利を有する。/2011年10月1日、⑭岩手県西和賀町/西和賀町まちづくり基本条例/(町民の権利)第6条2 町民は、等しく学ぶ権利を有します。/2012年4月1日、⑮石川県七尾市/七尾市まちづくり基本条例/(市民の権利)第6条4 市民は、まちづくりに関し、生涯にわたって学ぶ権利を有する。/2012年9月1日、⑯兵庫県西脇市/西脇市自治基本条例/(市民の権利)第16条2 市民は、自ら考え行動するため、生涯にわたって学習する権利を有します。/2013年4月1日、がある。
以上の条例は、①のように住民をまちづくりに参加する権利主体として捉え、まちづくりに関して自ら考え、行動するための学習権について規定する条例と、⑥のように住民が有する権利(「生活に関する権利」)を並列的に列挙し、そのひとつとして生涯学習の権利を位置づけている条例とに大別される。前者は①、②、③、⑧、⑪、⑫、⑬、⑮、⑯の9例、後者は残りの7例である。
いうまでもなく、学習権の保障は、①や②にみるように、まちづくりや市町村政に参加する権利(住民参加)と、まちづくりや市町村政に関する情報を知る権利(情報公開)が伴っていなければならない。自治基本条例では、住民参加と情報公開を前提に、住民がまちづくりや市町村政について主体的・積極的に学習できる条件整備にまで立ち入って規定することが望まれるところである。
また、まちづくりに参加する権利は、そこに暮らす全ての住民が有する権利である。とりわけ子どもや高齢者、障がい者、生活困窮者、外国籍住民などの社会的弱者に対する生涯学習の権利保障は、ノーマライゼーションとソーシャル・インクルージョンの実現に向けた福祉によるまちづくりを推進するに当たって、特に重視されるべきである。しかし、そうした規定は皆無である。住民(市町村民)のなかに社会的弱者も包含されているのであろうが、高齢者や障がい者などがひとりの住民として、またセルフヘルプ活動・運動としてまちづくりに参加・参画する権利と、それを保障するための生涯学習の権利について特別規定する必要性と重要性は高い。高齢者や障がい者などが置かれている社会的困難・不利・孤立・排除等の実態をみるとき、多言を要さないであろう。