「ブックレット」カテゴリーアーカイブ

めんこいしょ/鳥居一頼

『めんこいしょ』(原詩)

ぐずって 泣きそう 
泣き顔がはじけ 泣き声が発せられるこの一瞬
顔を崩して こぼれる涙顔
めんこいしょ

つぶらな瞳と にらめっこ
ジッと顔を見てて 泣くかなと思ったこの一瞬 
ニコッと まさかのほほえみ返し
めんこいしょ

おいでをすると ためらいがちに
ゆっくり両手を伸ばして からだを預けたこの一瞬
やわらかな 匂い立つ顔
めんこいしょ

スプーンを自分で持つと 強情(ごうじょう)はって
口のまわりに たくさん散らかすこの一瞬
してやったりと にたり顔 
めんこいしょ

ことばにならない 声を出し
指さす方に 目を向かせ
おぼしきおもちゃを 差し出すこの一瞬
いやいやと かぶりをふる不満顔
めんこいしょ

素っ裸 湯船で
お湯と戯れて おいたをするこの一瞬 
満面の笑みをうかべる 赤ら顔
めんこいしょ

めんこくて めんこくて
ただただ めんこくて
包み込まれる いのちのぬくもり
めんこくて めんこくて
ただただ ありがとう
包み込む 二人の深い慈しみ 

いのちの限り 共に歩まん

保坂美保子『めんけなぁ』

ぐずめで べっちょかいで
なぎべっちょかいで はちけるときのこの一瞬
つらっこくずして こぼれてくる涙のつらっこ
めんけなぁ

まんまるっこい目ど にらめっこ
ジッとつらっこ見てて あや なぐべがと思ったこの一瞬
ニコッと まさがのほほえみ返し
めんこいすべ

「こ」ってへば どしたもんだべがって
ゆ~っくり両方の手っこ伸ばして 抱がさってきたこの一瞬
やわらけえ かまりっこのするつらっこ
めんけなぁ

匙(しゃじ)自分でたなぐどって じょっぱって
口のまわりさ いっぺちらがすこの一瞬
おらもでぎるんでと にったり
めんこいすべ

ことばではねんども 声っこだして
指さすほうを みれってしゃべる
これだが?って おもちゃっこやるこの一瞬
んでねんでねって 首っこふってふぐれっつら
めんけなぁ

はだがっこで 湯船さはいって
湯のながで遊んで いたずらっこするこの一瞬
ほれがおもしぇどってわらって 赤(あげ)ぇつらっこして
めんこいすべ

めんけくて めんけくて
たんだたんだ めんけくて
包み込まれる いのちのぬぐもり
めんこいすべ めんこいすべ
ただたんだ ありがでぇ
包み込む 二人の深い慈しみ

いのちのあるかぎり 共に歩いていぐべし

〔秋田県大館市比内町在住の共同研究者保坂美保子さん(一般財団法人大館市文教振興事業団大館市立栗盛記念図書館館長)〕 

金澤昌子『めんけべしゃ』

ぐずって 泣ぐどご
泣き顔っこはじけで 泣き声出でくるこの一瞬
顔っこ崩れで こぼれだ涙っこ
めんけべしゃ

大きなま(・)な(・)ぐ(・)ど にらめっこ
ジッと顔見で 泣くべがと思ったこの一瞬
ニコッと まさがのほほえみ返し
めんけべしゃ

おいでってへば どだべがど
ゆっくり手っこ伸ばして 抱がさってきた この一瞬
ぽわぽわど あまいかまりの顔っこ
めんけべしゃ

匙(しゃんじ)たなぐどって 強順(ごんじょ)ぱって
顔っこ カマネゴになるこの一瞬
得意満足で にったり笑う
めんけべしゃ

ことばにならねばって 声だして
あっち見れって 手っこのべて
これがっておもちゃを とってやれば
いやいや ほれでねって頭っこふって ふくれがお
めんけべしゃ

裸っこになって 湯さ入れで
ちゃぽちゃぽ イタズラこの一瞬
にっこにこの 赤(あげ)え顔っこ
めんけべしゃ

めごくて めごくて
ただただ めごくて
包み込まれる いのちのぬくもり
めごくて めごくて
ただただ ありがとう
包み込む 二人の慈しみ

命の限り 共に行くべし

※カマネゴ:顔に食べ物をいっぱい付けた状態。地域でもほとんど使われていない様子。
※「めんこいしょ」を「めんけべしゃ」「めごいごどだなぁ」「めんこいすべ」と地域でのバリエーションも多彩。替えるとニュアンスも変わるかと(金澤)

〔秋田県大館市在住の金澤昌子(かねざわしょうこ)さん(一般財団法人大館市文教振興事業団大館市立栗盛記念図書館館司書)〕

棟方梢『めごいべぇ』

ぐずって 泣ぐべが
泣ぎそうなつらっこがら 泣ぎ声ででくるこの一瞬
つらっこくずいでまって 涙っここぼれでくる涙顔
めごいべぇ

でったらなまなぐど にらめっこ
じたっとつらばみでで 泣くべがど思ったこの一瞬
ニコッと まさがのほほえみ返し
めごいべぇ

おいでってへば どんだべがって
ゆったらど両手ば伸ばして 抱がさってきた この一瞬
やわらけぇ かまりっこするつらっこ
めごいべぇ

しゃんじばじぶんでもずって じょっぱりはって
つらっこのまわりさ いっぺつけでまるこの一瞬
すげえべぇって にたっとしたつらっこ 
めごいべぇ

こどばさなねばって 声さだして
あじだって むがへで
こいだべがって思うおもちゃば とってやるこの一瞬
ちがうって あだまばふって不満だつらっこ
めごいべぇ

裸さなって 風呂っこで
湯っこで遊んで いだずらするこの一瞬
にたらっと笑っう あげえつらっこ
めごいべぇ

めごくて めごくて
たんだたんだ めごくて
包み込まいる いのちのあったかさ
めごくて めごくて
たんだたんだ ありがでな
包み込まいる 二人の深ゖ慈しみ

命の限り 一緒に行くべし

(共同研究者の青森明の星短期大学棟方梢先生。ちなみに、先生の出身地は青森県五所川原金木町、太宰治の故郷です〕

野間晴美『かいらしおすやろ?』

ぐずぐずゆうて 泣かはりまっせ
顔がはじけて 泣き声ではる とおもたとたん
顔を崩して こぼれる涙
かいらしおすやろ

つぶらなお目めと にらめっこ
じーっと顔見て 泣くやろか とおもたとたん
ニコッと まさかのほほえみ返し
かいらしぃなあ

おいないすると ちょっとためろうて
ゆっくり両のてえのばして からだをあずけはった とおもたとたん
やらかい におい立つお顔
かいらしおすやろ

スプーンをもつんやて ごんたゆうて
口のまわりに ぎょうさん散らかさはるわ とおもたとたん
ほれやったったと にたり顔
かいらしぃなあ

ことばにならへん 声だして
指さす方に 目を向かせ
おぼしきおもちゃを さしだそう とおもたとたん
ちゃうちゃうと かぶりをふって ふくれっつら
かいらしおすやろ

素っ裸 湯船で
お湯とほたえて てんごしゃはるとおもたとたん
満面の笑みをうかべる 赤ら顔
かいらしぃなあ

かいらしぃて かいらしぃて
ただただ かいらしぃて
包み込まれる いのちのぬくもり
かいらしぃて かいらしぃて
ただただ おおきにどす
包み込む 二人の深い慈しみ

いのちの限り 共に歩まん

〔共同研究者京都華頂短期大学名賀亨先生が依頼した、華頂短期大学附属幼稚園教頭野間晴美先生の作品〕

『や~らしかやろー』(佐賀弁)

ぐずー ぐずーいうて 泣くとやろうか
泣き面(つら)のうっかんげて 泣きじゃーた そん時
つらば よんごひんぐになゃーて こぼらかす涙のつらは
や~らしかやろー

こまーか めんこんたんと にらめっこ
ジーとつらば 見よっぎんた 泣くかにゃーと思うた そん時
ニコって ほほえみばかえすこんなんてん
や~らしかやろー

きんしゃい きんしゃいばすっぎ ちゃーがつかごとして
ゆっくらーと両手ばのばゃーて ごちゃあば なんかけた その時
やわらかか においのしてくっつら
や~らしかやろー

スプーンば自分で持っぎんた 強かふいして
くちんまわりい どっさい散らきゃーて そん時
どうじゃって ニタッてすっつら
や~らしかやろー

ことばにならん 声ばじゃーて
指ばさすとこば 見んしゃいて
こいかにゃーて思うごたっおもちゃば さい出す そん時
いんにゃ いんにゃ かんぶいかんぶいすっ ぶっちょうずら
や~らしかやろー

すっぱだきゃーで ふろんなかで
お湯とぞうぐいして いたずらばすっ そん時
つら中笑うたごとなって まっきゃきゃのつら
や~らしかやろー。

や~らしゅうして や~らしゅうして
ほんなごて や~らしゅうして
ひっこまるっごと いのちのぬっかった
や~らしゅうして や~らしゅうして
ほんなごってー ありがとうない!
だっこだっこすっ ふちゃあのふかーか やさしさ
いのちのあっかぎい いっしょに歩こうない!

〔友人の佐賀市社協桑原直子さんが依頼した、佐賀弁で演劇をしている方の作品〕

須々田秀美『めごいなぁ』

えへで 泣ぐんたな
泣き顔(つら)くぁして 泣ぎ声(ごえ)ば出すこのいっとぎ
顔(つら)こひしゃげで 流す涙顔(つら)こ
めごいなぁ

ちっちぇーまなごど にらめあい
じへっど顔(つら)こ見でれば 泣ぐべがど思(おも)たこのいっとぎ
にまらっと わいはのほほえみけし
めごいなぁ

こちゃこいってへば どすべがど
ゆったど両手ば伸ばし 抱(だが)さってきたこのいっとぎ
やっこして 香(かま)りっこえー顔(つら)っこ
めごいなぁ

さじば自分(ふとり)で持づど ごんぼほって
口(くぢ)のまわりば のったど散(ち)らがすこのいっとぎ
どだばど にったどして
めごいなぁ

何(なだ)がさわがね 声っこ出して
指(ゆび)っこさす方(ほ)さ 目っこ向かせ
こいだなっておもちゃば 取(と)てやたこのいっとぎ
んでねんでねって 頭(あだま)っこふるふぐれっ顔(つら)っこ
めごいなぁ

裸(はだが)っこで 湯(ゆ)こさ入って
湯(ゆ)こかまして 悪(わる)さばするこのいっとぎ
にまにまど笑う 赤(あげ)ぇ顔(つら)っこ
めごいなぁ

めごくて めごくて
たんだたんだ めごくて
包(つづ)みこまれる 命このぬぐだまり
めごくて めごくて
たんだたんだ ありがてなぁ
包(つづ)みこむ 二人(ふだり)の深(ふけ)ぇ慈しみ
命こあるうじ 一緒(いしょ)じに行くべ

〔白神山地ブナ林再生事業に取り組む日本山岳会青森支部の須々田秀美氏は、青森県平川市に在し弘前弁で表現する〕

宮城葉子『肝愛(チムガナ)さぬ』(ウチナーグチ)

肝(チム)ぬままならん 泣ちがーたー
泣顔(ナチガウ)ぬ にじら らん
泣(ナ)ち声(グィー)ーぬ出(ン)じたる
くぬ はっとぅま
顔(カウ) わじゃまち
涙(ナダ)落(ウ)とぅちゃる 顔(カウ)
肝愛(チムガナ)さぬ

目(ミ)ーまってん 目(ミ)ーぐゎーとぅ
みぃーくぅーめぇー
みぃーちきてぃ 顔(チラ)ぐゎー見(ン)ーちょうてぃ
くぬ はっとぅま
ニコッんでぃち まさかぬ
見(ミ)ーぐゎー笑(ワレェ)ー返(ゲェ)ーし
肝愛(チムガナ)さぬ

くぅーわっ! んでぃち さくとぅ
ちゃーすがやーんでぃち思(ウム)やがなー
ようーんなー たーちぬ手(ティー)
伸(ヌ)ばち 身体(ドゥー) あじきたる 
くぬ はっとぅま
やふぁってん ぐゎーとぅ
かばさ だちゅる顔(カウ)
肝愛(チムガナ)さぬ

サジ 自分(ドゥー)し 持(ム)っちゃくとぅ
がーはてぃ くちぬまんまーるや
いっぺー 散(チ)らかちゃる
くぬ はっとぅま
しーやんてぃ 目(ミ)ー笑(ワレェ)ー顔(ガウ)
肝愛(チムガナ)さぬ

くぅとぅばにならん 声(クィ)ー出(ン)じゃち
指(イービ)さする とぅくるんかい
目(ミ)ー向(ン)けぇーらしみてぃ
くりやんでぃ 思(ウ)まーりーる イーリムン
取(トゥ)らちゃる くぬはっま
ンパーンパーんでぃち
頭(チブル)ふる 肝(チム)ふがん顔(ガウ)
肝愛(チムガナ)さぬ

まる裸(ハラカ) 風呂(ユフル)桶(ウゥーキ)んじ
湯(ユー)とぅ がんまり遊(アシ)びし
痛(ヤマ)ちゃる 
くぬ はっとぅま
肝愛(チムガナ)さぬ

肝(チム)がなさぬ 肝(チム)がなさぬ
どぅく どぅく 肝(チム)がなさぬ
抱(だ)ちくだる
命(イヌチ)ぬ 温(ヌク)むい

肝(チム)がなさぬ 肝(チム)がなさぬ
いっぺー いっぺー ニフェードォー
抱(だ)ち込(ク)みたる 二人(タイ)ぬ母子(ファファクッ)ぬ
志情(シナサキ)ぬ深(フカ)さ 肝愛(チムガナ)さぬ
命(ヌチ)ぬあるかじり
いちまでぃん 共(トゥム)に 歩(アユ)まな

〔沖縄市在住の友人木下義宣氏の紹介で、童唄研究家の宮城葉子先生のウチナーグチ(沖縄語)での訳詩をいただいた。過去に「方言札」という「日本語の標準語激励の強硬手段としての罰札」により、貴重な言葉と文化を失った歴史があることを知った。先生は幼児教育の指導者教育に長年携わりながら、うるま市田場の古民家「沖縄のわらべ唄 民謡の里・田場ぬてぃーだぬ家-」を拠点に、現在も文化継承活動をされておられる〕

『かわえげな』(出雲弁)

ぐじって ほえそ
ほえがおがはじけ ほえごえがでてくー 
このえっしゅん
かおをめぐほど ぼろけるなんだがお
かわえげな

ちぶらな瞳と にらめっこ
じっと顔をみちょって ほえーかなと思った
このえっしゅん
ねこっと まさかのほほえんがえし
かわえげな

おいでをすーと こまったげに
ゆっくー両手をのばいて からだをあじけた
このえっしゅん
やおい ねおいたつ顔
かわえげな

さじをわでもつと えじはって
口のまわーね よーけちらかす
このえっしゅん
まいことやったと おれしげに
かわえげな 

ことばねならん 声だいて
指さす方に めーみかしぇ
おもったおもちゃを 差し出す
このえっしゅん
やだやだと あたまをふてぶー不満顔
かわえげな

まっぱだか いぶねで
おいとつばえて えけずすー
このえっしゅん
かおじーの笑みをうかべー まっかな顔
かわえげな

かわえげで かわえげで
ただただ かわえげで
つつんこまれー えのちのぬくもー
かわえげで かわえげで
ただただ だんだん
つつんこむ ふたーの深いえつくしん

えのちのかぎー えっしょにえかこい

〔共同研究者山本寿子先生が友人の出雲市在住の堀内クミさんに依頼し、さらに出雲弁の研究をされている方にお願いして訳していただいた〕

子らよ すこやかに/鳥居一頼

「子どもを粗末にしない共育」

ひとつ
子どものいのちを 粗末にしないこと
ふたつ
子どものこころを 粗末にしないこと
みっつ
子どものまなびを 粗末にしないこと

三つの粗末にしないことを 心にとめると きっと 
いま なにを 粗末にしてはならないのかが 見えてくる 
どうして 粗末にできないのかが 分かってくる
いかに 粗末にしないよう 考える
あとは 一人ひとりの子どもに添って 動くだけ

それが 共育


「小さな音」

世界で一番小さな音って?

アリが餌を巣に運んでいるときに
餌が地面を擦る音

ミツバチがホバリングしながら
花の蜜を吸う音

朝露に濡れた葉の雫(しずく)が
花心に落下していく音

貧しさに囚われし子らの涙が
世の風に舞い 大地に浸みてゆく音


「晴れ舞台」

歌う
こころを 思いっきり 開放する
声を張り上げ 怒鳴るように 歌詞を放つ
音程も バラバラ
だから 面白いハーモニーが そこに生まれる
3歳児も 4歳児も 歌うことを全身で楽しむ

演じる
台詞を忘れないよう 早口で話してホッとする
でも忘れてしまった子は 隣の子が耳打ちして
自信なげに 目配せしながら 台詞を吐く
一人ひとりが 親には主役  
3歳児も 4歳児も 演じることを全身で愉しむ

ゼロ歳児のお披露目
名前を呼ばれて 反応する子に 大きな拍手
大勢の観客を前にしても ぐずりもせず泣きもせず 席に座っている
遠目で小さい仕草に一喜一憂する観客 ただそれだけのこと
手遊び唄が流れても 観客を見ている つぶらな瞳
誰かを探しているのだろうか

母は ゼロ歳児に手を振る
乳飲み子は 気づくはずはない
それでも ここにいるよって 手を振りたい
母はいつでも そばにいたい
その成長を見ていたい
でも預けるしかなかった乳飲み子は
いま舞台の上で 保育士たちに見守られながら そこにいる
他人に預けた子が こうして舞台でおりこうさんに座っている
ちょっぴりの寂しさと ここまで育っている喜びが
複雑にシャッフルされた 感情のわき出るなかで
母は 無心に手を振った

手を振りながら 笑顔を見せながら
歌い踊る我が子に 
声援の手を振る 母たち
後ろには ビデオやスマホで撮る父が立ち並ぶ
我が子が一番 お目当ては逃さぬよう 真剣だ
演目の終わりは お決まりの出演者総出の記念写真
舞台の上には 母親たちの手作りの可愛い衣裳で並ぶ子ら
拍手喝采 幕が閉まる

子らの 1年の成長の早さに 圧倒されながら
子の成長の喜びと 保育士への感謝の 特別な時間が 終わった
保育所は 預けるところではない
親と保育士が 共に保育する場であることを
確かめ合う舞台となっていた   


「この子らに~2020年に願う」

この子らのつぶらな瞳が 曇らぬよう
世の中のあしきことを 吹き飛ばしたい
この子らのあふれる笑顔が 引きつらぬよう
世の中のあしき人を 改心させたい
この子らの育ちゆく道が 健やかなるよう
世の中のあしき心を 押しのけたい
この子らの夢ある未来が 揺らがぬよう
世の中のあしき仕組みを 変えていきたい

この子らが 生きる喜びを 豊かに感じるように
世の大人よ あしきものは 体を張って取り除こう
この子らが 生きる希望を 強く抱くように
世の大人よ 最善の努力を 惜しむことなかれ

ハグしてくれる子らの無垢なこころにうつる 世の正義が問われている
ハグしてくれる子らの澄んだ瞳にうつる 己の人生が問われている
この子らは 世の光 人類の希望 宇宙の一命
この子らこそは すべての大人が生きる存在理由

新しい年は この子らのためにあってほしい
新しい年に まだ生きながらえる者たちよ
いのちを張って 子どもらを護ろう
その気概を 今の世に満たさねば あの世には容易に旅立てぬ
いのちを張って 子どもらを慈しもう
その気概を 今の世に満たしてこそ 人生の価値が決まると心得よ


「ふくしとは」

「ふくし」とは
「ふだんの・くらしの・しあわせ」

冬休み 元気に過ごしているかな
給食がないけど 三食きちんと食べている
今日も 子どもだけでお留守番
お母さん 朝から晩まで頑張って働いているんだね
昼ご飯 一人で支度できるようになったんだ
下の子に ちゃんと食べさせなきゃね
偉いぞ

とても寒いね
暖かいかっこうしてるかな
寒い部屋にいないかな
風邪引いていない
えっ 咳してるの 熱はないかい
下の子熱があるから 氷枕で冷やしているのか
病院には 行ってないの
そうだよね 母さん仕事でいないから
お正月だし 病院にも連れて行けないんだね
風邪引いても 買い薬飲んで 我慢して寝るしかないのか
お母さんも心配で 辛いね
何かあったら 連絡できる人はいるのかい
そうか あんまり迷惑かけたくないか
暖かくして やわらかい温かいものと水分だけはとってね
看病してるって 偉いな

今年のお正月も どこも遊びに行けなかったんだね
お年玉を もらうこともなかったんだ
でもなに
お母さんが 新しい服を買ってくれたの
お正月の朝起きたら 枕元に置いてあって
前からほしかった服だから すごくうれしかった
よかったね
お母さん 喜んでくれることが 一番
また頑張って働こうって 元気がでるみたい
今度の休みにその服を着て みんなで買い物に行くって
お母さんと約束したんだ
だから 早く風邪を治してあげたいんだ
やっぱりきみは すごく偉いな

ただね
靴が小さくなって
歩くと少し痛い

ないものねだりせず
わがままもいわず
身を粉にして
いまのくらしを 子どもとまもる
「ふくし」とは 母と子の
「ふだんの・くらしの・しあわせ」づくり


「ペンギンさんのお通りだい!」

可愛いペンギン
冬の日差しを受けながら
でこぼこに一列つながって
朝の散歩に お出かけします
可愛いペンギン
ヨチヨチと 歩く姿はユーモラス
時々止まって 後から続く子を待ちます
目が合いました
幼いつぶらな瞳が 無造作に語りかけます
誘われたように おはようと声かけました

可愛いペンギン
キョトンとした表情を崩さずに
歩き出したそのとき 片手を振ってバイバイ返す
その立ち振る舞いこそ 今日一番の贈り物
こころは何だか 夢心地

可愛いペンギン
色とりどりの防寒具に身を包む 
ヨチヨチ歩く後ろ姿に
こころは無防備 ただただホッコリ 
スベりそうになりながら 元気な一歩踏みしめる
札幌のビルの谷間の風物詩
ペンギンさんのお通りだい!


「噴水に戯れる幼子」

札幌大通公園の噴水が 
夏の暑い日を浴びて
キラキラと 硝子のように屈折する
それを一瞬遮(さえぎ)るように
幼子(おさなご)二人が 影となる

嬉しそうに 池の中で はしゃぐ
風向きが変わり
煌めく飛沫を 顔に浴びて
屈託のない大きな笑い声をあげる
噴水の音は 一瞬に消され
光と水の世界に戯れる㓜子らを
冷たい飛沫が やさしく包み込む

さりげなく幼子のいる夏の風物詩
見守る者たちの 安らぎの時を刻む
風に踊る飛沫は
幼子らに キラキラ世界を夢見させる


「泣く子と寛容」

乳飲みが泣く
大きな声を張りあげて 懸命に泣く
不安の中で 母を呼ぶ
乳がほしくて 母を呼ぶ
おしめが濡れて 母を呼ぶ
かまわれたくて 母を呼ぶ

乳飲み子が泣く
しゃくりあげながら 懸命に訴える
母のぬくもりを探しあて
くしゃくしゃになった泣き顔が
目にいっぱい涙をためた泣き顔が
ほどけ緩んで 笑顔に変わったその一瞬
言葉にならぬ 愛らしい甘えた声に早変わる

周りを気にする若い母
冷たい視線を痛く感じつつ
身を縮めて 辛抱強くあやし続ける
ようやく 二人に安堵の一時が訪れた

コロナ禍で 乳飲み子を連れ歩かねばならぬ母
不要不急の外出自粛が要請されても
家に子どもを置いて 用を足すことなどありえない
コロナ禍で 乳飲み子を連れた母親に
世間は冷たく視線を注ぐ 
コロナ禍で やむにやまれずする外出に
強い不安と恐れをもって 我が子をギュッと抱きしめる

コロナ禍で そんな母子を守りたい
乳飲み子の泣き顔に 元気をもらおう
コロナ禍だからこそ 無事な成長を祈りたい
乳飲み子の泣き顔に 勇気をもらおう
コロナ禍に出会った 母子に言葉をかけよう
乳飲み子の泣き顔に ありがとうと

乳飲み子の泣き声こそが 懸命に生きている証
母子の明日の仕合わせが 約束された日となるように
乳飲み子の泣き顔を しっかりと目に焼き付けたい
コロナ禍に冒された社会に
乳飲み子の泣き顔が 寛容のこころを呼び起こす

この災難に立ち向かう あるべき人の道を指し示す
乳飲み子は 寛容のこころの拠り所
母子もまた 社会とともに
コロナ禍の時代に生きる力を 育てられて強くなる


「バイト漬け」

高校に入ってから
平日3日 土日もシフトをもらい
月3万円ほどの バイト代を稼いだ
楽しみは バイトが終わってから
友だちと携帯でおしゃべりすること
バイト代は 携帯代で消えた
目的は 携帯で友だちと夜遅くまで
おしゃべりすること?
なんだか可笑しい

高校は バイトが禁止されていた
でも 隠れてやった
帰宅部だから 遊ぶ金がほしかった
親には バイトしてることは内緒だった
適当に遊んで 適当に成績も取る
親には 進学すると言ってあるから
それなりに 金の工面もするはず?
それなりの 大学に入れるだろう
なんだか可笑しい

夜22時までしか 働けなかった
2年間 毎日バイトした
母の稼ぎでは 高校止まりだ
懸命に 進学資金を貯める
母には これ以上負担をかけたくない
下にはまだ幼いきょうだいもいる
中学では 部活はできなかった
母がフルタイムで働いていた
だから 保育所の迎えがあった
高校では バイトの合間に 
仲のいい友だちとだべるのが 唯一の楽しみだった

コロナ禍が 生活を一変した
バイトも ままならなくなった
進学資金を貯める計画も 危うい
無理なら卒業後に バイト漬けになって
死に物狂いで 進学資金を貯めよう
1年延びても 夢はあきらめない
夢がなければ 青春はゼロになる
そう腹をくくる


「18歳 躍動せよ!」

18歳 一人前になった?
18歳 ここが節目のスタートライン

盛んな世と人への好奇心を 廃(すた)らすことなかれ
可能性は 自らの夢の実現に向う思いの中にあることを 知るべし
愚直(ぐちょく)な男であることに 頭(こうべ)を垂(た)れることなかれ
ちぐはぐなことが起こっても 決して怯(ひる)むことなかれ
苦労は 自ら望んだがゆえに 乗り越えなければならぬ道と承知せよ
労多くして功少なしことも 覚悟せよ
向き合うは 己を信じる心と わきまえよ
善き行いを常に心がけ 人の痛みに共感する人間力を磨き続けよ
夢に向かうセンスこそ いまを生きる原動力であることを 強く知るべし
目力(めじから)を鍛えよ 見えるものだけを信じる事なかれ
大きな志(こころざし)は 小さな努力を積み重ねの先に叶うと信じよ
いまという刻(とき)を 決してつまらぬことで浪費してはならない
今日為すべき事が はっきり見えていることこそ いまを生きる証なり
世の中の 荒波に身をさらしても 決して卑屈にならず くじけずあきらめることなかれ
生まれたことの喜びと苦しみを 全身に受けとめながら 青春を躍動せよ

18歳 これからの失敗と挫折を 己の器量(うつわ)に入れて 肥(こえ)にしよう
18歳 子どもと大人の中途半端なときから 独り立ちの準備を始めよう
18歳 どうもがいても 避けられない人生の節目に おめでとう


「つながる つなぐ」

あなたとの関係(つながり)が 失われそう
あなたとの距離(あいだ)が 遠のきそう
あなたとの信頼(こころ)が 壊れていきそう
だから 希望という名の種を蒔きました

明日が 変わろうとしています
昨日の今日では ありません
今日も変わってゆく 〈いま〉なのです
でも 希望という名の芽が出てきました

いのちが おびやかされています
暮らしが 崩れそうです
仕事も なくなりました
それでも 希望という名の根を 枯らしてはなりません

あなたとつながること
あなたをつなげること
あなたがひとりぼっちにならぬよう
希望という名の蕾を 一緒に見たいのです

辛い絶望の先に見える 希望という名の花
あなたとあなた そしてあなたも
あきらめず くじけず 信じて
つながって つないで
希望という名の花を 咲かせましょう

生きたいというおもいの先にある 希望という名の花
あなたとあなた そしてあなたも 
明日がどんなに変わろうとも
つながって つないで 
希望という名の花を 咲かせましょう

必ずいつか 一人ひとりの人生(くらし)に
希望という名の花が 咲きほころぶ日がきます


「バラード/この子よい子だ」

この子泣くなよ
わが身がつらい
この子笑えば
救われる

この子よい子だ
泣きたいときは
涙ためながら
笑(え)み返す

この子のこころよ
ただすこやかに
貧しいながらも
母ごころ

この子と一緒に
歩いて行こう
運命(さだめ)に負けぬと
抱きしめる

この子よい子だ
こころやさしい
つぶらな瞳に
宿る意思

この子見る夢
叶えておくれ
境遇(さだめ)を乗り越え
咲く 明日


「バラード/男の子守唄」

母をなくした
この子が不憫(ふびん)
父の背中で
だはんこく(ぐずる)

この子よく泣く
なんとしようもない
母を慕いて
求め泣く

働き疲れて
子を抱しめる
今宵もまたかと
気が滅入る

ようやく寝付いた
かわいい寝顔
鼻水たらして
泣き疲れ

母の残り香
嗅ぐ子に添って
メロディーあやしき
子守唄


「バラード/夕餉(ゆうげ)」

下の子見ながら
夕餉の支度
今宵も遅いと
電話きた

疲れた身体を
引きずりながら
灯りし窓辺に
子を想う

待ちくたびれてた
二人の声に
応える「ただいま」
弾む声

この子の手料理
つたない味も
こころこめられて
舌鼓

下の子しつけも
この子のおかげ
泣かずに待ちます
お利口さん

小さな仕合わせ
味わうここは
ぬくもりあふれて
夢語る

食卓囲んで
おしゃべり弾む
寄り添い生きます
母と子と


「君だけのうた」

君だけの うたがある
哀しいときに
ふと口ずさむ うたがある
耐え忍ぶときに
嗚咽(おえつ)を堪(こら)える うたがある
懐かしむときに
涙枯れる うたがある

君だけに 響くうたがある
辛くて逃げ出したいときに
踏みとどまる うたがある
不安にかられたときに
払いのける うたがある
悔いるしかないときに
立ち上がり歩きだす うたがある

誰かと 歌えるうたがある
嬉しいときに
こころも踊る うたがある
愛を確かめるときに
勇気をもらう うたがある
仕合わせなときに
わかちあう うたがある

君にしかわからぬ うたがある
人生を噛みしめる 
苦くて甘い うたがある
人生の迷いを晴らす 
目覚めに誘(いざな)う うたがある
人生を彩る 
こころ模様が刻まれた うたがある
人生に希望をもたらす 
意気に感じて動く うたがある

君だけのうたとともに
君は 明日を生きる

現代政治ことわざ誤用集/鳥居一頼


【第1集】

〈親しき仲にも礼儀あり〉(したしきなかにもれいぎあり)
議員さんの誰とも親しくないので
このような「誤用集」を書いております

〈急がば回れ〉(いそがばまわれ)
スピード感をもってと言いながら
いつも遅きに失すること

〈二兎を追う者は一兎をも得ず〉(にとをおうものはいっとをもえず)
オリンピックと改憲
欲張ったツケは 国民が払う

〈柳の下の泥鰌〉(やなぎのしたのどじょう)
一度上手くいったからと 決めつけて
墓穴を掘った

〈猿も木から落ちる〉(さるもきからおちる)
コロナで 手痛いしっぺ返しを受けた

〈失敗は成功のもと〉(しっぱいはせいこうのもと)
失敗は 周りがみんな尻拭いした
みんなは あげた褒美(ほうび)をとても喜んだ
“失政は出世のもと”ともいう

〈好きこそ物の上手なれ〉(すきこそもののじょうずなれ)
野党をからかうのは大好き
どんどん話術も態度も上達しました

〈人の振り見て我が振り直せ〉(ひとのふりみてわがふりなおせ)
民が政治家の振り見て 考え直すこと

〈楽あれば苦あり〉
(らくあればくあり)
次の選挙は 落選の憂き目にあいます

〈出る杭は打たれる〉(でるくいはうたれる)
だから官僚は 従順に仕事をするのです

〈逃した魚は大きい〉(にがしたさかなはおおきい)
ツイッター壱千万件を無視したつけが 議員の首を絞める

〈取らぬ狸の皮算用〉(とらぬたぬきのかわざんよう)
非常事態宣言を解いて 経済回復を目論んだ途端に挫折すること

〈暖簾に腕押し〉(のれんにうでおし)
マスク配ります 支援金出しますって
頑張ったところで 大した手応えが返ってこない

〈鬼に金棒〉(おににかなぼう)
検察庁法の改正 やる気満々
後に続く者への置き土産

〈先んずれば人を制す〉(さきんずればひとをせいす)
先を越されて あわてて取り繕い
やってる感を 演出するのです

〈火の無い所に煙は立たぬ〉(ひのないところにけむりはたたぬ)
いつも消火器を用意して さっさと消し回ること
広島の河井克行・案里議員夫婦の件は
消しきれなかったことが悔やまれる

〈類は友を呼ぶ〉(るいはともをよぶ)
党という看板の下で 友だちごっこすること

〈雨降って地固まる〉(あめふってじかたまる)
コロナ禍で そう思いたいそうありたいと願う心境です

〈塵も積もれば山となる〉(ちりもつもればやまとなる)
7年もやってれば 掃除しきれない塵は出てくる
いまじゃふんぞり返った政治家が
塵どころか 生ゴミの山になっています

〈溺れる者は藁をもつかむ〉(おぼれるものはわらをもつかむ)
これから始まる党内の政権争い 大いに楽しませてほしい

〈大は小を兼ねる〉(だいはしょうをかねる)
政治家は小ばかりで大がいないから 兼ねられない
でも “山椒は小粒でもピリッと辛い”のは 大歓迎です

〈負けるが勝ち〉(まけるがかち)
と思った瞬間 その座から滑り落ちるので
決して負けを認めず
“真摯に丁寧に”を ひたすら繰り返すだけです

〈下手の考え休むに似たり〉(へたのかんがえやすむににたり)
リタイヤしてほしいと 多くの民は願いを込めています

〈喉元過ぎれば熱さを忘れる〉(のどもとすぎればあつさをわすれる)
“もりかけ”そばにして 喉越し良く飲み込もうとしても
次から次へと問題が起こって 忘れることができず嘆きが続く

〈朱に交われば赤くなる〉(しゅにまじわればあかくなる)
小泉進次郎環境相です

〈口は災いの元〉(くちはわざわいのもと)
森まさこ法相です

〈思う念力岩をも通す〉(おもうねんりきいわをもとおす)
壱千万件のツイッターの声が集まった
政治の新しい流れが生まれる可能性を信じたい

〈蒔かぬ種は生えぬ〉(まかぬたねははえぬ)
政治家のスキャンダル
蒔いたから生えてきただけのこと

〈論より証拠〉(ろんよりしょうこ)
これで7年間 逃げおおせた名言

【第2集】

〈七転び八起き〉(ななころびやおき)
権力者が 民に要求することです
起きられない人 続出しています

〈花より団子〉(はなよりだんご)
桜を見る会のこと
どんな団子が与えられたのでしょうね

〈無理が通れば道理が引っ込む〉(むりがとおればどうりがひっみむ)
国会運営の手法です
無理を通して 道理はいとも易(やさ)しく潰され消されます

〈蛙の面に水〉(かえるのつらにみず)
スピード感をもった鈍足(どんそく)
真摯に丁寧にと使う枕詞(まくらことば)
慣れると何にも感じない

〈帯に短し襷に長し〉(おびにみじかしたすきにながし)
適材適所の要職に収まる議員が ほんとにいないんです

〈転ばぬ先の杖〉(ころばぬさきのつえ)
検察庁法の改正そのもの

〈船頭多くして船山に上る〉(せんどうおおくしてふねやまにのぼる)
コロナ後のどんぐりの背比べ
誰が船頭になるのやら 自民党議員の悩み深し
取り付く船頭で 大臣の椅子が決まるからね

〈棚からぼた餅〉(たなからぼたもち)
公明党の仕掛けた 手柄の横取りみたいなものです

〈蛙の子は蛙〉(かえるのこはかえる)
だから 2世3世議員がゴロゴロ
ゲロゲロ鳴いて 金集め

〈聞くのは一時の恥 聞かぬは一生の恥〉(きくはいっときのはじ きかぬはいっしょうのはじ)
専門家の意見を聞いてと たぶらかすこと

〈頭隠して尻隠さず〉(あたまかくしてしりかくさず)
妻の監督不行き届けです
この夫婦 きっと冷えていますね

〈仏の顔も三度〉(ほとけのかおもさんど)
信仰がないから 三度くらい許されても意味はない
だから何度悪さしても 懲(こ)りないのです

〈瓢箪から駒〉(ひょうたんからこま)
マスクで人気を取りましょう
えっ、やってしまった!

〈急いでは事をし損じる〉(いそいではことをしそんじる)
緊急事態宣言を解除した“いま”だよ!

〈情けは人のためならず〉(なさけはひとのためならず)
人に情けはかけてはならない
すべては自己責任です

〈知らぬが仏〉(しらぬがほとけ)
ヤバいのに 不安をあおらぬよう
緊急事態宣言の解除をすること

〈紺屋の白袴〉(こうやのしろばかま)
議員は 先に自分の袴(はかま)を染めてます

〈芸は身を助ける〉(げいはみをたすける)
議員の多くは 太鼓持ちかな

〈可愛い子には旅をさせる〉(かわいいこにはたびをさせる)
米国留学は 箔を付けることだっけ

〈親の心子知らず 子の心親知らず〉(おやのこころこしらず このこころおやしらず)
親子のコミュニケーション不足ではなく
政権と国民との関係のこと

〈弘法も筆の誤り〉(こうぼうもふでのあやまり)
間違っても 言い訳だけがうまくなる

〈岡目八目〉(おかめはちもく)
政権に 諫言(かんげん。いさめること)をしてくれる人がいない

〈縁の下の力持ち〉(えんのしたのちからもち)
国民です

〈能ある鷹は爪を隠す〉(のうあるたかはつめをかくす)
能がない鷹は バッチを爪にしています

〈一寸の虫にも五分の魂〉(いっすんのむしにもごぶのたましい)
壱千万件のツイッターも 一寸の虫扱いにすること

〈後の祭り〉(あとのまつり)
間に合わなければ 何の役にも立たない
予想される コロナ禍後のドタバタのこと

〈言うは易し行うは難し〉(いうはやすしおこなうはかたし)
緊急事態宣言解除後の自粛生活

〈笑う門には福来たる〉(わらうかどにはふくきたる)
その日が待ち遠しい
だから 笑顔を絶やさずにいよう
えっ マスクでわからない
だから 暗い世間です

〈身から出た錆〉(みからでたさび)
ボーとしていた議員が 首を洗って待つ日を数えること

〈早起きは三文の得〉(はやおきはさんもんのとく)
夜の宴会なくなって 資金繰りが難しい早寝の議員 
三文で我慢して

【第3集】

〈医者の不養生〉(いしゃのふようじょう)
コロナ感染者に向き合うドクターと看護師たち
養生する暇なんてない激務中
本当に感謝しかありません
難しいでしょうが 健康管理をお願いします

〈エビでタイを釣る〉(えびでたいをつる)
国会議員の処世術

〈烏合の衆〉(うごうのしゅう)
いまの国会議員の有り体
このままではヤバいと 戦々恐々に陥っている
これからの成り行きが 楽しみ

〈百聞は一見にしかず〉(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
視察です
議員さんご一行のお通りだ~い
道を開けて!

〈寝る子は育つ〉(ねるこはそだつ)
国会で居眠りするか 本読むか タブレット見るか
要は暇な国会議員
寝返りも 自由にできるってうらやましい

〈憎まれっ子世にはばかる〉(にくまれっこよにはばかる)
寝返りして 野党から出た議員さん
嫌なやつほど世渡り上手に成長します

〈山高きがゆえに尊からず〉(やまたかきがゆえにたっとからず)
地位が高いばかりが 能じゃない
仕事の中身が 人の値打ちを決める
さて 議員さんのお値打ちものは なんですか?

〈三度目の正直〉(さんどめのしょうじき)
なんどやっても ダメなものはダメ
いまの与党に 嘘ごまかしのない正直な結果なんて
望みようもない

〈柔よく剛を制す〉(じゅうよくごうをせいす)
論議なく多数決で押し切ってきたから
やわらかくてしなやかなことなんて できっこない
このギスギスした人間関係を作ったのは
他でもない与党議員だ
えっ 言われるがままそうしてきただけ
はいはいロボちゃん議員の面々
軍隊もどきの統制ご立派です

〈枯れ葉も山のにぎわい〉(かれはもやまのにぎわい)
失礼!ロボちゃんじゃなくて 枯れ葉でした
もう朽(く)ちるだけです
せめて 国の肥やしになってください

〈生兵法は大怪我のもと〉(なまびょうほうはおおけがのもと)
中途半端な知見をひけらかし 危機を呼び込む
取り巻きのなかに いたんですね
それでも まだふっついたまま離れない
コロナ禍後も 危ないぞ~

〈悪事千里を走る〉(あくじせんりをはしる)
内閣の支持率30%を切る
これが証明している
えっ!
喉元過ぎれば熱さを忘れる国民だから 大丈夫!
すごい自信家です

〈前門の虎後門の狼〉(ぜんもんのとらこうもんのおおかみ)
前に世論が大きく動き
後ろに席取り合戦に挑む輩(やから)が控えています
ありますか 白旗は

〈馬脚をあらわす〉(ぱきゃくをあらわす)
正体は とうの昔にバレているのに
いまさら取り繕っても 意味ないじゃん
何さま俺さま安倍さま 地に落ちました

〈過ぎたるは猶及ばざるが如し〉(すぎたるはなおおよばざるがごとし)
公務員法の改正と検察庁法の改正を
一緒くたにしたこと
だから 期待した公務員がバカを見た

〈贔屓の引き倒し〉(ひいきのひきたおし)
賭け麻雀 賭博罪に該当しても
黒川元検事長は かる~い訓告処分
依怙贔屓(えこひいき)の最たるもの
今度はだ~れ~にしようかな?
後任は 「テロ等準備罪」(2017年の改正組織犯罪処罰法)で
国会答弁に立った 野武士と称される林真琴氏
広島の河井克行・案里議員夫妻の事案
依怙贔屓には 目もくれず
きっちりと 検察の威信をかけて
けじめ付けてください

〈短気は損気〉(たんきはそんき)
内閣の終末期に陥った 数々の判断ミスの性格的要因

〈病は気から〉(やまいはきから)
小さいアベノマスクに 意固地症が見えています
内閣の終末期を迎え 依怙地(いこじ)症も進んでいます
お見舞い申し上げます

〈風前の灯〉(ふうぜんのともしび)
もうだれも相手にしないこと

〈犬も歩けば棒に当たる〉(いぬもあるけばぼうにあたる)
西村経済再生相が 緊急事態宣言解消後に出歩くと
自己責任だと 責任転嫁していること
でも出歩かないと 何も始まらない

〈渡りに船〉(わたりにふね)
幸運は 自分で掴(つか)む
すでに船頭を探し始めて 官僚たちは動き出す
どの船頭さんの船に乗るのか
高見の見物と洒落(しゃれ)こみましょう
花見の代わりになりそうな 政界官僚が織りなす人間模様
落ちた花びら 土に帰る無情を知るべし

〈遠くの親戚より近くの他人〉(とおくのしんせきよりちかくのたにん)
裏で石破(いしば)詣でが始まった様子
ようやく 出番も近しか

〈千里の道も一歩から〉(せんりのみちもいっぽから)
政治のスタンスは ビジョンを理解してもらい共有すること
コロナ禍後は 昨日と違う道標を付けることが急務
できるかな?
無理かも!
信頼されぬ方からの お願いコールは聞き飽きた

〈聞いて極楽見て地獄〉(きいてごくらくみてじごく)
コロナ禍後に始まる 安倍劇場
見る勇気ありますか
怖いから 劇場を封鎖して 役者は追放でいかがですか

〈おかに上がった河童〉(おかにあがったかっぱ)
早く見たい!

〈爪に火をともす〉(つめにひをともす)
庶民の その日暮らしを尻目に見て
心配のいらない議員さん
どんな暮らしっぷりなんでしょうか

〈天災は忘れた頃にやってくる〉(てんさいはわすれたころにやってくる)
これから始まる今年の天災
核の傘と鉄砲弾では 守れぬ国土防衛
大丈夫ですか?
あんたの内閣じゃ頼りにならない
不安より恐怖が先に来る

【第4集】

〈杞憂〉(きゆう。天が崩れ落ちるとひどく憂いた人がいた)
彼の人は 天の怒りに触れ 心配しきりです

〈天災は忘れた頃にやってくる〉(てんさいはわすれたころにやってくる)
梅雨です
もうそろそろ備えなくては…
また無駄な金かかるって あっそう(麻生)~

〈親バカ子バカ〉(おやばかこばか)
出来が悪くても しゃあないか
地盤(支援者の多い地域)看板(知名度)鞄(資金)継ぐのは
おまえしかいないから…議員になりました
質問? 文書にしてください
オフレコ? ダメ!
おつむの程度が すぐ分かります

〈木に縁りて魚を求む〉(きによりてうおをもとむ)
ユニークな発想も 人による
ただの変な人は 国会にゴロゴロいます

〈絵に描いた餅〉(えにかいたもち)
スローガンと 中身のない計画づくりは
コロナ禍で 底が知れた内閣府の仕事です

〈目は口ほどにものを言う〉(めはくちほどにものをいう)
最後にしてほしい記者会見
目が あっちに行ったり こっちに来たり
空前絶後の規模
世界最大の対策
だからどうしたんですか?

〈鉄は熱いうちに打て〉(てつはあついうちにうて)
鍛えようのない人ばかりです
鍛えられたくない人の集団を 与党といいます

〈大山鳴動して鼠一匹〉(たいざんめいどうしてねずみいっぴき)
ここが肝心
逃げ足の速い人だけに
後はネズミが尻拭(しりぬぐ)いをさせられる

〈君子危うきに近寄らず〉(くんしあやうきにちかよらず)
閉会後渡米も流れて 自宅でゆっくり妻と寛(くつろ)ぎます
どっこい 妻はマッタリできません
さっそく店を開いて 呑んでます
〈アベノツマ 危うきにすぐ近寄る〉

〈一難去ってまた一難〉(いちなんさってまたいちなん)
お疲れさま
次を避けるには お辞めになるのが一番

〈当たるも八卦当たらぬも八卦〉(あたるもはっけあたらぬもはっけ)
内閣総理大臣と 任命された大臣各位

〈目の上のこぶ〉(めのうえのこぶ)
目を離すと どこに飛んでいくのかわからない
あなたの伴侶です

〈李下に冠を正さず〉(りかにかんむりをたださず)
疑われるようなことをしでかして
いくらしてないっていっても 信じてもらえない
もりかけ そしてさくらの話
いや 歴史的緊急事態の議事録すら残さない
何をそんなに隠しておきたいのでしょう
後ろめたい人たちです

〈焼け石に水〉(やけいしにみず)
アベノマスクのようにならぬよう
倒産!
一家離散になる前に 支援せよ!

〈噂をすれば影がさす〉(うわさをすればかげがさす)
もう噂(うわさ)どころでなくなった
責任は誰にあるのか はっきりさせましょう

〈三人寄れば文殊の知恵〉(さんにんよればもんじゅのちえ)
内輪の三人だけで決めるから
コロナ禍失態・失政継続中
文殊さまも呆れておられる

〈自画自賛〉(じがじさん)
自分では気づかぬ 意固地なナルシスト
このタイプ 議員の特性かも

【第5集】

〈備えあれば憂いなし〉(そなえあればうれいなし)
次の選挙 1億5千万円は誰の手に?
もうもらって ばらまいているって!

〈後悔先に立たず〉(こうかいさきにたたず)
総理は1回でやめときゃよかった

〈火に油を注ぐ〉(ひにあぶらをそそぐ)
「略奪が始まれば銃撃も始まる」
米国は大統領からして怖い国だ
中国習近平も香港国家安全法を制定した
「分裂勢力や干渉勢力を震え上がさせる」と
中国軍香港駐留部隊の司令官は豪語する
ビッシとおかしいと言えないのは 臆病者か それとも同類か
大国の指導者と民を注視しよう

〈宝の持ち腐れ〉(たからのもちぐされ)
もう腐って使用不可です
なにがって?
議員になった 初心です

〈乗りかかった船〉(のりかかったふね)
このままいってまえでは 困ります
いつでも 止めてください
依怙地さが 国を迷走させるのです

〈親孝行したいときに親はなし〉(おやこうこうしたいときにおやはなし)
昔は50代、60代でなくなりましたが
長寿社会のいま
親孝行したくもないのに親がいる
嘆かわしい時代にしたのは誰かな?
薄っぺらな道徳教育に期待するって 本心ですか?
議員さん 福祉も教育も滞(とどこお)っているんですよ

〈笛吹けども踊らず〉(ふえふけどもおどらず)
踊り飽きました
いや自粛生活の反動ですかね
次は難しいですよ
10兆円の見せ金 使うことになるでしょう

〈隔靴掻痒〉(かっかそうよう)
靴の上から足のかゆいところをかくなんて できっこない
そのくらいもどかしい
いまの内閣のことです

〈看板に偽りなし〉(かんばんにいつわりなし)
政党の看板 見直してみて
ただのお飾りになってない

〈好事魔多し〉(こうじまおおし)
オリンピックも流れそう
改憲も潰(つぶ)れそう
折角の花道 コロナで台無し

〈火中の栗を拾う〉(かちゅうのくりをひろう)
いまの議員にはない気骨です
ドイツのメルケル首相は違います
政治家のモデルは 彼女です

〈地震 雷 火事 親父〉(じしん かみなり かじ おやじ)
怖いのは それだけですか?
暴風雪 堤防決壊 地滑り 洪水
新型コロナの罹患と病者への人権侵害 医療崩壊の危機
交通事故  殺人 虐待 自死
経済格差 教育格差 福祉格差
ジェンダー ネット上の中傷
賭博とご意見番(検察)
内閣支持率崩落
一番恐れるのは 戦争ではなく
議員バッチを 外すことかな

〈渡る世間に鬼は無し〉(わたるせけんにおにはなし)
だって鬼はそちらでしょ

〈亀の甲より年の功〉(かめのこうよりとしのこう)
政権のリーダーたちには 老害を感じています

〈三つ子の魂百まで〉(みつごのたましんひゃくまで)
小さいうちの親のしつけが
ボンボン議員には 見事に開花しています
人を見くびりおちょくる性格は 直しようがありません

〈月夜に提灯〉(つきよにちょうちん)
首相にアベノマスク

〈羮に懲りて膾を吹く〉(あつものにこりてなますをふく)
マスクやら10万円の支給やら
失策に懲りて 今度は慎重を期して
鈍足丁寧 いまだ行き渡らず

〈同病相憐れむ〉(どうびょうあいあわれむ)
トランプさんとは そうならないように
とても恥ずかしくて 自慢できません

〈転んでもただでは起きない〉(ころんでもただではおきない)
それが議員の真骨頂

〈袖振り合うも多生の縁〉(そでふりあうもたしょうのえん)
コロナ禍のソーシャルディスタンスでは無理
ましてやお偉い議員さんとは 縁など結ぶ縁もない

〈光陰矢の如し〉(こういんやのごとし)
政権の座

〈寝耳に水〉(ねみみにみず)
政権交代の速報 待ってます!

〈ぬかに釘〉(ぬかにくぎ)
この「誤用集」 議員さんには無駄なことと
笑われておしまいですかね
そこだけ 度量がある議員の不思議さ
要は 面の皮が厚いというだけのことです

〈衣食足りて礼節を知る〉(いしょくたりてれいせつをしる)
欲がないので 足りています
礼節を尽くすに値する 政治家がいません
でも一旦「誤用集」の筆納めをいたします
世相が動けば すぐに復活します
なにせ礼節をわきまえないので ご容赦ください

子どもを詩う/鳥居一頼

まっすぐな まなざし
 
まっすぐな まなざしを
まごころいっぱいの 
きみのこころに 思いっきりあつく向けよ

まっすぐな まなざしを
きみを愛(いと)しむ 
かけがいのないひとたちに ただひたむきに向けよ

まっすぐな まなざしを
この世界に生きる
すべてのいのちを やさしく抱きしめるように向けよ

まっすぐな まなざしを
時に くじけそうになり あきらめかける
きみの弱さや言いわけとの 静かな語らいに向けよ

まっすぐな まなざしを
こんなひとになりたい 
こんなことをしたい
そんな憧憬(あこがれ)に しなやかに向けよ

そして
まっすぐに
まなざしを
未来のきみに 向けよ
きみが生きる 未知なる世界に 
希望(のぞみ)高く したたかに向けよ


めんこいしょ

ぐずって 泣きそう 
泣き顔がはじけ 泣き声が発せられるこの一瞬
顔を崩して こぼれる涙顔
めんこいしょ

つぶらな瞳と にらめっこ
ジッと顔を見てて 泣くかなと思ったこの一瞬 
ニコッと まさかのほほえみ返し
めんこいしょ

おいでをすると ためらいがちに
ゆっくり両手を伸ばして からだを預けたこの一瞬
やわらかな 匂い立つ顔
めんこいしょ

スプーンを自分で持つと 強情(ごうじょう)はって
口のまわりに たくさん散らかすこの一瞬
してやったりと にたり顔 
めんこいしょ

ことばにならない 声を出し
指さす方に 目を向かせ
おぼしきおもちゃを 差し出すこの一瞬
いやいやと かぶりをふる不満顔
めんこいしょ

素っ裸 湯船で
お湯と戯れて おいたをするこの一瞬 
満面の笑みをうかべる 赤ら顔
めんこいしょ

めんこくて めんこくて
ただただ めんこくて
包み込まれる いのちのぬくもり
めんこくて めんこくて
ただただ ありがとう
包み込む 二人の深い慈しみ
 
いのちの限り 共に歩まん


ありがとう

“ありがとう”って 言うと
どうして こころが あったかくなるのかな
どうして うれしく なっちゃうのかな
どうして 笑顔に なっちゃうのかな
どうして しあわせな 気分になるのかな

“ありがとう”って 言われると
どうして こころが あったかくなるのかな
どうして うれしく なっちゃうのかな
どうして 笑顔に なっちゃうのかな
どうして しあわせな 気分になれるのかな

“ありがとう”
知らない人でも
知ってる人でも
だれもが 笑顔になれる 魔法の呪文(じゅもん)
二人の間に あっという間に しあわせの橋をかけてしまう

“ありがとう”
素直に言えたなら
ひとは 憎み合うこともない
ひとは ののしり合うこともない
ひとは 恨み合うこともない
ひとは 殴り合うことは 決してない

だれもが 小さな思い合いをする 魔法の呪文
二人の間に あっという間に いさかいのこころを消してしまう

“ありがとう”
感謝の気持ちを表すコトバ
それは
“わたし”が いまここに 生きている喜びを 表すコトバ
生まれてきて よかったと 誰かに伝える コトバ
これからも たくさんのあったかい手で たくさんの思い合いのこころで
“わたし”を支えて はげましてくれる コトバ

“ありがとう”
ただそれだけで 
ひとは こころ豊かに 生かされる
不思議な 不思議な 魔法の呪文


いい子ぶる

「ごめん」って ちゃんとあやまろう
わるいことしたんでしょう
「ごめん」って そんなあやまりかたなら
この子は 許してくれないよ
「ごめん」って そんなあやまりかたってあるの
ちゃんと頭さげて 
「ごめん」って そんななげやりな言い方あるの
ちっとも悪かったっていう気持ち伝わってこないよ
ねえ 「ごめん」って ちゃんとあやまっているから
許してあげてね
この子に もうしないって「やくそく」させるから
いつも“この子 助けてあげて”と 先生は目で訴える

おれさ 本当ははずかしいんだ
いつもさ わるさして あやまってばっかり
いいかげん じぶんでも はらが立つけど
それでも 「やっちゃった!」って
でもさ、いつもこんなふうにあやまって
許してもらうと かんたんに悪いことが 帳消しになってしまう
たまには 自分からあやまりを入れて
先生の点数稼ぎもしておかなくちゃいけないんだ
あやまるって たいしたことないんだよ
そのときだけ すこしだけがまんする
なにをって はずかしいって気持ちをさ がまんする
おれだって 笑われたらはずかしいし 
こんちくしょうって ときどき切れる

あやまって ゆるしてもらえば こっちのもんだ
またやっちゃうね
これぐらいじゃ ちっともこりないよ
おちょくるって けっこうおもしろい
あいつをおこらせて 
顔を真っ赤にしたり 泣いたり わめいたりさせるのって
ゆかいだね
だから なんどでも やってしまう
おれの楽しみのひとつを なくするわけにはいかない

おれ こんどのことだって 悪いことしたなんて これぽっちも感じていない
だから しぶしぶ あやまる 「ごめん」
それでも いままでみんな許してくれた
だから こんども大丈夫!
このくらいなら 親には告げ口されない
しんどいのは 親が知ってしまう前に
“いいわけ”を考えなきゃいけないこと
なんぼおれだって 親には“いい顔”していたいから

あんたのうそっぱっちの「ごめん」なんて もういらない
「またやる」って顔に書いてある
その目を見るのも もういや
先生も あやまればおしまいって顔しているから たよりにならない
だから さっさと済ませてしまいたい
ただそれだけ
「同じクラスの 友だちでしょう」っていわれても
ちっとも ピンとこない
きらいな人と 友だちになんかなれない
いじわるな人が 友だちっておかしいよね
大人は そんな人とは つきあわないでしょう
どうして 無理して“友だちごっこ”しなきゃいけないの

好きで同じ学年やクラスになったわけじゃない
わたしがあいつに 悪さをしたわけでもない
でも どうしてあいつの勝手気ままなわがままを がまんしなきゃいけないの
痛い目にあっても 「ごめん」の一言で どうして許さなければならないの
いつも「芝居」をさせられている気分
そこでは ものわかりのいい“いい子”になっているだけ
“いい子”にならないと わたしが“いけずな子”って思われる
おとなは 子どもの気持ちが知りたいっていうけど「無理!」
きょうもまたいやな思いをさせられても “いい子”ぶらなきゃいけない
だって そうしないと あいつと同じに見られてしまう

あいつはへらへら笑いながら こりずに同じことをしてくる
そんなの わかっていながら このくりかえし
やられたあとに あやまったって なにが変わるっていうの
いやな気持ちが その一言でふっきれて なくなってしまうとでもいうの
魔法の呪文(じゅもん)「ごめん」
もうなんの効力もない まっぴらごめん
自分の気持ちに うそつけない
もうあいつの「ごめん」なんか
こっちから「ごめん」だ

こんどやったら もう許さない
私だけじゃない あいつにやられて泣いてる子
たくさんいるんだから
ただ心配かけたくないって 
やられてもみんな口をつぐんでいるだけ
「そのくらいのこと なんでもない」
「あなたが がまんしなさい」
「いつか あの子もよくなるから」
おとなは 子どもに言い聞かせる
だけど いつになったら 正直に自分の気持ちをぶつけられるの
一度なら 「なんともない」ってふっきれるけど
何度もされたら がまんなんかできやしない
それでも おとなは さも私の痛みをわかったようなふりをしながら
「許してあげて」と やさしい声でせまってくる
その声に さからえない
でも わたしは こんなになやんで苦しんでいるんだよ
いい子だって 思われたいから
「いいよ」って 自分にうそをつく
こんなの もういやだ うんざりだ
これって わたしの悪いこころなの 
そうやって自分を責めて またいい子ぶる 
それをぬけぬけと
「あやまったから許される」なんて 単純に思い込んでいる
あいつもおとなも 許せない
そんな言葉や態度で すますことなんてできない
「いいよ」っていったけど
そうしないと なかなか帰してくれないから しかたなかった
こころの中は 怒りでいっぱい

こんどやったら もう許さない 許せない
わたしを 甘くみないで
平気な顔をしていたけれど 
おこれば あいつと同じになるからがまんした
いつまで このがまんが続くのだろう 
いやだ いやだ もういやだ
あいつの顔なんか 二度ともう見たくもない
わたしは悪くはないのに なんで“なみだ”が出てくるの
くやしい!
“なみだ”なんか見せたくない
わたし 弱虫じゃないもん

でも みんなにそう思われているあいつって 
たいへんだな
いっつも だれかに刃向かっていくエネルギー 
疲れることを知らない とほうもない反抗のエネルギー
わたしにはない 
そこはすごいと へんに感心する

でも なんであんなに こころがねじきれてしまっているのかな
ひとりぼっちに またなっちゃった
だあれも あいつのこころは わからない
だあれも あいつの苦しさは わからない
あいつが 一番自分のことが わからない 
だから よけいに苦しいのかも しれない
あいつは ああやって悪さを続けることしか
みんなの注目を集めることが できなくなった
こころもあたまも 悪さにしかまわらなくなった 

あいつを こころのかよった子にしたいという
みんなの思いは いつか むなしくしぼんでいく
いつも うらぎられるから
だから だあれも もう信じない
そして ひとりぼっちで 悲しい子になった
叫んでも だあれも こたえてくれない
だあれも もうあいつのそばにはいないから ひとりぼっち
暗闇に ぽつんと ただいるだけ
いつか みんなの記憶からも うすれていく
「あんな子 いたっけな」

そうならぬよう
あんた
すなおに 
こころから「ごめん」って
いってみて
そしたら すこしだけ 信じてあげてもいい


大丈夫だよ~こころを痛めた子どもたちへのメッセージ~

もうふりかえらない
ふりかえって そこに何があるというの
過ぎた時間の断片のかけらに
一体きみは 何を見つけ出そうというの

苦痛と悔しさ、そして悲しみのいっぱいつまった こころのアルバムに
顔を埋めているのは 自ら悲劇のヒロインを 演じているだけ
そこから 心躍る何かが 生まれるというの

いつまでも 過去を抱え込んでいるだけでは
この先に続く 長い未来を 捨てることになるんじゃないの
きみは 過去に固執(こだわる)ことで 
未来に 不安を引きずって生きるっていうの
でも 考えてみてよ 
たかだか 15年の人生
その ごくごく短い時間にこだわり続けることに 
どんな価値があるっていうの

今日 きっぱりと「さよなら」して
きみの明日に向かって しっかり顔を上げてみないかい
きみの そのこころと身体を支える足を 一歩前に踏み出してみようよ

大丈夫!
きみはひとりではない ひとりぼっちではない
ここには きみと同じように 辛い過去を背負った仲間もいる
その子らを 支え励まし続け 寄り添ってきた先生(おとな)もいる

大丈夫!
きみを慈しむ 家族がいる
きみが幸せになることを あったかく見守り願う家族がいる 

大丈夫!
きみの未来は きみの手の中にある
あきらめない めげない へこたれない
心の痛みのわかるきみだからこそ 本物のやさしさを 強さに変えられる
それが 未来を切り拓く 戦う力となる

大丈夫!
ひとりで悩むことはない
この学校は きみのとっておきの居場所 
きみが望めば きみ自身を自ら変えられる そう信じよう
今日からの新たな世界と時間は いまきみのものになる
だから“笑顔”で 仲間と一緒に前に進んでみないかい

きみなら きっとできる 
大丈夫 自分を信じて…
大丈夫 きみなら きっとできる


15歳、いまここに立つ~旅立ちの青春賛歌~

時は満ちた
真っ正面から 自らの持てる力で
困難に ぶつかっていくしかない
真っ直ぐな道が ここに開かれた
いま ここでたじろいでしまったら
後悔することは 自明の理

海を見よう あの広い海原の
遠くに続く 見果てぬ未来に 希望の旗を翻(ひるがえ)し
後ろを 決してふり向かず 勇気の帆を張ろう
しっかりと 心意気高く 風をつかまえよう
容赦(ようしゃ)なく 照りつける太陽に 身を焼きながらも じっと耐え
うねる大波には 逆らわずに 慌てず静かに 身を委ねる
偽言(ぎごん)や 悪口(あっこう)には 惑わされず ぶれない自分を見出すために
世の中という大海に 君の小舟を 漕ぎ出すしかないのだ

有為無常(ういむじょう)の この世であるからこそ
我を制し 世情の疎(うと)ましさを 笑顔いっぱいに引き受けながら
痛快に 人生の航海に挑む決意を示そう
昂然(こうぜん)として 勇気の帆を張ろう 
生まれた証しを この世に記すための 旅が いまここに始まる


福祉の授業の醍醐味

福祉の授業を終えて 校長室に戻った
校長は ソファに座ったまま 一言も発しなかった
沈黙が しばらく続く
耐えかねて 一緒に参観した教員が 口を開いた
「校長先生 そうですよね!」
校長は ただうなずいた
「どうしたんですか?」
「あの子らが 一人ひとり 自分の意見を発表するのを 初めて聞いたんです」

6年生45人との授業は 約束事が二つあった
ひとつは 
意見のある子は 挙手せず 必ず立つこと
自分の意見を聞いてほしいという 意思表示のカタチ
だから立つ
ふたつに ある子の発言を受けて 「同じです」という言葉を 禁句にしたこと
「同じです」と答えた子どもに 
「君の言葉で 言ってごらん」と促すと
少し意味が違った言葉が 返ってくる
「ほら 友だちとは少し違うね まったく同じではないね 
まったく同じには 決してならないんだ 
それが 人とは違う“きみ”である ということなんだよ」
子どもは 嬉しそうに 笑顔を見せた

そこから 子どもらは「自分の言葉」で 話さなくてはならなくなった
質問した
全員が立つまで 待った
見ている教員らは いぶかる
最後の一人が 不安げに立った

さあ 答えよう
順番に 自分の言葉で 答えていく
自分の番が終わると 緊張感から解放されてか ほっとため息を吐く
順番が進むにつれ 言葉につまりながらも 発言は続く 
前の子が何を言ったのかを 頭の中で反芻(はんすう)しながら 言い終える
残り十余人 山場を迎えた
「これから発表する子は 大変だね
だって みんなが言葉を 出し尽くしてしまった後に
どんな言葉を使ったらいいのか すごく悩んじゃうね
最初に考えていた 自分の言葉を使われてしまったら 
また別の言葉で 考えなくてはならない
今まで発表してきた子よりも 
頭の中のコンピュータが ものすごい勢いで高速回転して 
言葉を探しているんだ 
すごいだろう 
だから がんばれって 応援してあげて」

その瞬間 自分の番が終わって ホッとした子どもたちの 目の色が変わった
「自分の言葉で話す」 
その大変さと面白さを 教室のみんなで 初めて味わう喜び
もがきながらも 言葉を生み出す苦しみを 共有した瞬間だった
最後のひとりの発表が終わると
期せずして 歓喜の拍手が起こった
やり遂げたという 充実感と満足感が 笑顔になって 教室を満たした
 
「あの6年生は 自分の意見を 自分から進んで発表する子どもたちでは ないんです」
何度も うなずく校長
「一人ひとりが 真剣に言葉を探しながら 自分の意見を堂々と発表したんですね」
強く うなずく校長
「僕ら教員が 打ちのめされた授業だったんです」
下を向いて うなずくしかない校長

子どもたちは 「自分の意見を持てず 進んで発表できない子」だと
烙印(らくいん)を押されたまま 6年間 学校に通ってきた
そう勝手に思い込んだ 教員集団は 子どもたちを洗脳(せんのう)し 
“出来ない子”のイメージを 植え付けてきた
だから 自信なげに 誰かに追従し 周りに調子を合わせる  
みんなと“同じです”が いつも逃げ道となり 卒業のときを 迎えていた

きょうの日が 子ども自身も教員も 変えた
取り返しのつかない “思い違い”をしていたことを 初めて知らされたのだ
そこには 彼らが求めてきた“子ども”たちが 実在していたのだった
予想外の展開は 教員の思惑(おもわく)から外れ
“以外だ”と いままで片付けてきた 教員の思い上がりや思い違いに 
気づかせるのは 容易なことではない
でも 子どもらは いとも簡単に 集団でやってのけた
自分にも仲間にも そして教員にも ポジティブな言動で 
見事に 他人(ひと)とは違う“わたし”であることを 意思表示したのだ 

教室での同調圧力が 子どもを圧迫し 
どれだけ その成長を阻害(そがい)してきたことか
子どもを理解するチャンスを 
どれだけ 見逃してきたことか
教員も子どもも その思い込みを変える機会を 
どれだけ 放棄(ほうき)してきたことか
子どもが身につけた能力や態度を引き出すことに 
どれだけ 手抜きしてきたことか
子どもに 負のレッテルを貼って 貶(おとし)めてきたことへの 深い悔恨(かいこん)
それが 重い沈黙の理由だった 

教員が思い込む その頑(かたく)なさを 打破しなければ 
子どもは いつまでも 彼らの思惑の中でしか 生きられない
彼らこそが 意識を変えなければならない存在そのもの
子どもと向き合うということは 
子どもの多様な有り様を共に見て 理解し合うということ
そこに 陶冶(とうや)の正否が 問われるのだ

なぜ 一期一会の「福祉の授業」で 子どもらは 躍動したのか
授業は 子どもらのおもいを そのままただ受けとめただけ
そこに生まれたのは “信じ合う”という空気
だから 意思表示することが 素直に面白いと感じる
自己肯定感が 仲間と共有された結果
彼らの思考と判断と行動を縛ってきた“しがらみ”から 自らを解き放った 
授業という枠組みの中で機能してきた “評価される発言”という苦痛ではなく 
自由で豊かな発想を 自らの言葉で語る喜びを 彼らは深く味わったのだ 

もしも この機会がなかったら…
彼らは 誤解されたままの 子どもたちであったに違いない
学び合うことの喜びを知ることなく “生きる”ということは 
悲劇でしかない

福祉の授業の醍醐味(だいごみ)は 
人間教師としての 「共育への道」を 探求すること
それは 
子どもが魅了(みりょう)される 学びの世界へと導く 道程となる


きょうという日

にがてなこと
やりたくないこと
あきらめたこと

いやでにげだしたこと
とちゅうで なげだしたこと
あとでしようと ほったらかしたこと

それは みんな ほんとは しなきゃいけないこと
しなきゃいけないって おもっていたことばかり
きょう しなければならないことを
さきのばしに したことで
またきょうの日を むかえた
そして きょうの日も なにもしないで またすぎる

いつも いつでもやれるんだと
あんじを かけていた
いいわけだけが うまくなった
そして いつのまにか あたりまえに しなくなった
だから きのうも きょうも あしたも なんにもかわらない

なにもやっても むだだと
さもさも わかったようなふりをして
なんにもかんがえない なんにもしない なんにもかわらない 
“わたし”

このままずっと こうしていたら どうなるんだろう?
とつぜん そんな気もちに おそわれた
なんだか あたまも こころも からっぽになったような気分
それが 生きてるってこと?

そんな“わたし”に ようやくいやけがさしはじめた
するか しないか かんがえてきめるのは “わたし”
“ない ない ない”という 
こころのからを わらなきゃいけないって 気づいたら
むずかしくかんがえないで こころのままに ちょこっとうごいてみよう
いままでとは ちょっとちがった“こころの景色”が 見られるかも……
そこにきっと 信じられそうな“わたし”が 見つかるかも……しれない

えっ! だれかが“わたし”の手をにぎった!?

ふくしを詩う/鳥居一頼


ほころびを繕う

人は人によって 傷つく
ちょっとした 言葉のあやでも 
簡単に 傷つく

傷つきやすいのでは ない
人は 誰でも 傷つくのだ
傷つかないように 傷つけないように
絶えず 相手との距離をはかって 暮らす

小さなほころびは すぐに広がり 傷となる
だから ほころぶと 
すぐ繕(つくろ)わなければ 仕合わせは 続かない

気配り 心配り 目配り
その気配を察して 未然にほころびを防ぐ

なんという 気苦労か
なんという 徒労の連続か 
それが 世間に生きると いうことなのか
疲れ果て うとましく感じたそのとき はたと気づく

わたしもまた 鬱陶(うっとう)しく 煩(わずら)わしいという
世間の しがらみの中で
こころある人の
気配り 心配り 目配り によって
生かされていることを

逃げ出すことのできない 時空間に囚(とら)われた時代を
生きるしかないのなら
せめて こころのほころびを
慰藉(いしゃ)の手を持つ
あなたと
繕いながら 生きてみたい

 
群像~昭和・平成・令和を生きる人たち~

敗戦後 みんながみんな 貧しかった
北海道には 新しい住民もやってきた
樺太や満州からの引き揚げ者 親類を頼って身を寄せていた人もいた
厩に 家族身を寄せ合って 畑を手伝い わずかな食べ物をもらった
夏は ヤブ蚊にさいなまれ 冬は 身を切る寒さを耐えしのいだ
空襲で街を焼かれ いのちからがら 身一つで
新天地を求めて 来た人たちもいた
そこは 決して地味の良いところではない
開拓は 辛酸(しんさん)をなめる連続だった

北海道は 開拓以来 人はみな自然災害の脅威(きょうい)と闘い続けてきた
戦後も 貧しい暮らし向きは相変わらずだったが 
軍隊に 子どもをとられることはなくなった
兵隊も憲兵もいなくなり 
警察や役所が 思想や行動を弾圧・統制する力が弱まった
地域での お互いの監視や密告 ”非国民”となじりあうこともなくなった
平和が訪れたのだ

農家や漁師 炭鉱夫 工員は 強いきずなで結ばれ 厳しい労働にも耐えていた
あらゆる職場で 必死になって 男も女も 子どもも よく働いた
「からっぽやみ」(役立たず)と 大人に怒鳴られながら
仕事を要領よくこなすことを 子どもらは身をもって学んで育っていった

貧しいがゆえに 子だくさんでもあった
学校の教科書は 下の子はお下がり
上の子は下のきょうだいのために 汚さぬよう使わなければならない
だから 勉強しなかったと うそぶく
教室は 大勢の子どもでぎゅうぎゅう詰めだった
学校の勉強だけでいっぱいだったから 宿題は苦痛そのもの
日暮れまで 遊びほうけるのが 一番だった

近所も 子どもらで溢れていた
舗装(ほそう)されていない広い道路は 遊び場と化した
三角ベースボール 石蹴り かくれんぼ 鬼ごっこ 縄跳び パッチにビー玉 
だから余計に 雨の日は恨めしい 
狭い家で遊ぶのは つまらなかった
ただ 大相撲だけは ラジオから流れる中継に 一喜一憂した

裸電球が照らす下 丸いちゃぶ台を囲んだ
手垢(てあか)と鼻水で汚れた袖(そで)をまくって 
ひと皿に盛られたおかずの取り合いをする
笑い転げながら 喧嘩(けんか)しながら 子どもらは無性に明るい
叱りたしなめ、そして笑う母親の甲高い声が 狭い部屋に響く 
焼酎を美味そうに飲む 父親の満足そうな顔
ごくありふれた 家族団欒(かぞくだんらん)の風景だった
貧しさは それに抗(あらが)い立ち向かう 家族のきずなを強くした
卑劣で卑屈な自分を卑下する つまらないねたみ根性は 根絶やしにされていく
弱いがゆえに 助け合うことで生まれる 家族愛に包まれていた少年時代
ちいさな倖(しあわ)せを 分かちあう喜びで こころは満たされていった

子どもの成長が 親の生きがいだった
戦前戦中 学校に行きたくとも行けなかった親たちは 我が子の教育に 熱心だった
小学校では伸び伸びと遊んでいた子どもらも 中学ではテスト勉強に追われた
過酷な受験競争の まっただ中に放り込まれた
中学を卒業してすぐふるさとを出て 都会に集団就職する友だちを見送った
高校を卒業してすぐふるさとを出て 都会に就職する友だちを見送った
大学に進学するのは ほんの一握り 卒業後都会に出て行った
ふるさとに残った人たちが 踏ん張って 踏ん張って ふるさとを守り 育てた

高校や大学に進学した子どもらの 学費を稼ぐために 親たちはより働いた
景気がよくなり 暮らし向きも少しずつよくなっていった
子どもが いっちょ前(一人前)になっていくときに こう諭(さと)した
「親の面倒を見ることを考えずに 自分の好きなことに一生懸命頑張んなさい」
親もまだ若かった
親の言葉に背中を押された
高度経済成長という時代は 多くの若者を ふるさとから切り離し遠ざけていった
子どもらは かの地で家庭を持ち 住み暮らし 子育てした
そこが ふるさととなった

数十年後 老いた父母は 厳しい老後の暮らしを迎えていた
子どもらの多くは 父母のいるふるさとへ戻ることは なかった
子を送り出した 律儀(りちぎ)な父母たちは 
ふるさとを継承してきた 一人ひとりでもあった
決して 弱音を人前で吐くことはない
人の世話を焼いてきた人は 自分が人の世話になることを よしとはしない
子どもに迷惑をかけることは すまないと 自責の念にかられる
だから 倒れるまで 助けてとは 言わない 言えない
それが 貧しい時代を生き抜いてきた 父母の世代の生き方であり誇りだった 
最後の最後まで 生きることをあきらめない 生命力に溢れた世代でもあるのだ

ふるさとで懸命に働き 子育てして 社会に送り出した人たち
ふるさとの地で 老いてもなお暮らし続けることを覚悟した人たち
ふるさとの自然とひとのぬくもりを 大事に慈(いつく)しんできた人たち
ふるさとに 生きる希望と生きがいを 見出してきた人たち
ふるさとから 人生と愛郷心を 授けられた人たち
そして ふるさとで生きる覚悟をした 次世代の若き人たち
ふるさとの地で 子育てすることを選んだ かけがえのない若き人たち
さまざまな人が 出会いと別れを繰り返し 複雑に絡み合う
ふるさとの ”人生交差点”は いまだ往来(おうらい)が絶えない

いま ふるさとで 生き暮らした先代たちが 老いていく
当たり前の世代交代に 戸惑うことなく 先代の意志を継ぎ 
倒れそうな人を 支えていくことを決心した
一日でも長く ふるさとの我が家で暮らし続けるための手助けを そのおもいを
次の世代に手渡していくために ”ここで動く人”たち

いま ふるさとで 若き人たちが 子育てに奮闘する
子育てに悩み苦しんだ先に 咲きほころぶ喜びが 訪れることを願って
決してひとりぼっちには しない なってほしくない
そばに寄り添ってあげられるだけかもしれないけれど
でも 明日への夢を 希望にかえてあげたいと ”ここで動く人”たち

お節介かも知れない
けれど 手を握り返してくれたら 力を貸したい
だから「私の役目」を知り ただそうするだけ
困っている人を 助けてと声に出せない人を
そのままほっておくことは 私にはできない
「そんな薄情(はくじょう)な人間にはなりたくない!」 
私の中の ”わたし”が 叫ぶ

その声に突き動かされたように
同じおもいを持つ仲間に支えられ
きょうも 明るく笑顔で 心配事の「御用聞き」
私のボランタリーな活動が 始まる
   
いままでここで頑張ってきたんだから 
一人で悩まず 少し肩の力を抜いて 一緒に考えましょう
別れ際「ありがとう 頼むね」って 声がけする
「頼むね」って 一体なにを頼まれたの?
一瞬 戸惑うあなた
ただ人は何かを頼まれたことで 一方的な弱者の立場から 逃れられる
人は「からっぽやみ」になることを 恐れる
世間に顔向けできる 心くばりのキーワード「頼むね」 
その人にも 大事な「役目」を持って生きている証のことば

少し前向きに ”いま”を あなたと生きたい
それが このまちで生き暮らす 
わたしのちいさな願いなのだと 得心(とくしん)がいった 
だから 自分に「頼むね」って いつも声がけしながら
あなたと 向き合う

 
助かるわ

夫婦二人のところに
精米した新米が たんと送られてきた
すぐには食べきれんから ご近所さんに ちょっとお裾分け
「お米嬉しい 助かるわ」
「なんもさ うちも助かるんだから」

買い物の帰りに 町会の人の車に 乗っけてもらった
小雨がぱらついてきて 荷物もあったから
「助かったわ」
「なんもさ 雨の中 ほっとかれんからね」

家のもんが だれもいなくて ひとりでいたら
突然胸が苦しくなって 消防に電話した
「助けて!」
サイレンならして 救急車が飛んできた
したら 隣の奥さんが 駆けつけて来て
「大丈夫?」っていいながら 病院まで付き添ってくれた
「本当に助かったわ」って こころから感謝したら
「お互い様だよ」って 返ってきた

「助けて!」って 相手に負担をかけると 知っているから
なかなか 言いだせないことば
「助かるわ」って すぐに出てくる 感謝のことば

「助かるわ」「助かったわ」ということばは
他人(ひと)とのかかわりを 和ませる
そのかかわりの さりげなさが
いざというときに「助けて」って すぐに伝えることばに変わる

だから 「助かるわ」「助かったわ」は
お互いの助け合いや支え合いを 身近に感じることばとなる
そのこころは あなたを信じ 分かち合いから生まれ 育まれて さらに豊かになる

それは 一人ひとりに宿る こころの風景そのもの
わたしのまちの 「愛ことば」
「助かるわ」「助かったわ」「なんもさ」「お互い様」
愛ことばの往来が
わたしのまちを ぬくもりあるまちへと 突き動かす

 
義理を果たす

87歳のばーさまは 14、5年前に 連れ合いが死んでから
あの家で 気丈に独り暮らしをしていたんだよ。
子どもらは 村を出ていって 家さ帰ってくることは 滅多にない。
でも若いときから よく村のために尽くしてくれた夫婦だった。
お人好しで 何でも二つ返事で引き受けてくれたもんだよ。

身体が動いて元気なときは 若妻会だといって
サロンに 歩いてよく通ってきてた。
昔話に花を咲かせていたり ゲームや体操したりして
楽しそうに身体を動かしてさ みんなと笑っていたっけ。

小さな畑さこしらえて 一人ではもうこれっくらいが丁度いいって
毎日飽きずに 畑仕事をしていたっけ。
冬支度にかかる頃には 畑の始末も上手かったね。
裏山から薪さ背負ってきては まてい(丁寧)に軒下に積んでいた。
そうなんだ 灯油は 銭っこかかるっていってね
薪ストーブ焚いていたんだわ。
薪はそれでも 知り合いに頼んで割ってもらってたね。

年金だって 月たった3~4万円だったよ。
だから よく辛抱していたね。
明るい人だったから 愚痴ってるのを あんまり聞いたことなかったけど
一度 ぽつんと しゃべったことがあったわ。

「義理は欠けないね」
「どうしたの?」
「いやいや また世話になった人が 亡くなったって知らせがきて
 香典包まねばなんないのさ」
「物入りだね」
「うんだ。この歳になると 世話をかけた人がみんな先に死んでいく。
 じさまの葬式もみんなにお世話になって出させてもらったしね。
 じさまの親戚やわしの親戚 知り合いや隣近所にも ずいぶん世話になってきた。
 恩のある人もまだまだいる。
 だけど そろそろお迎えのくる歳に みんななってきたんだわ。
 わしより若く亡くなった人もいてね。長生きすればするほど、見送らねばなんない。
 知らせがくるたんびに 義理欠くわけにはいかないしょ」
「それは大変だね」
「浮世の義理さ欠いて あの世さ行ったときに じさまに会わせる顔がない。
 死んでまでも肩身の狭い思いさ かけたくないしょ。
 これがわしの最後のお勤めなんや」
と寂しげに笑った。

よほど やりくりが苦しかったのかも知れない。
年に十度ほど 香典を包むという。
葬儀には出ることは出来ないが 香典だけは欠かさない。
いままでお世話になった恩返しに 香典を包む。
義理を果たすことで 報われると信じている。
暮らし向きは厳しいけれども 自分が辛抱することで 義理を果たそうとする気概。
世間に後ろ指を指されぬよう じさまにあの世でよくやったと褒めてもらえるよう
世間の習わしのなかで 懸命に生きてきたのだ。

務めを終えた その安らかな表情に 南無阿弥陀仏と唱え 合掌した。
夫婦の今生での義理を欠くことなく 浄土へと旅立った。
村の会館での葬儀のおかげで みんな最期の別れもできた。

喪主の子も 老齢期を迎えていた。
母親が この村に残した人とのぬくもりを きっと感じていたであろう。
その義理を果たすことはできないと 親不孝を恥じ入るかもしれない。
失って初めて知らされる 母の温情と恩情が漂う しめやかな葬儀となった。

 
小さな希望のともしびをかかげてください

地域に住む ひとり暮らしの老婦人を 訪れた
若いときには みんなお世話になった
「何か変わったことはない?」
なにか言いかけて 飲み込まれることば
「なんかあった?」
「ううん」
息を吐くように もれた短いおと
「何か心配事?」
「何にもないよ、大丈夫!」
静かに微笑みながら きっぱり答えた
とりとめもないおしゃべりをしながら 
いつもの様子に安堵して おいとまをする
見送る気配を感じて 振り向いた
玄関口で 深くうなずきながら 手を振ってくれた

日々の暮らし向きは 決してゆるくはないはず
そのことを ひとつもこぼすさず 
微塵(みじん)にもみせず いつも毅然としていた
静かな佇(たたず)まいの中に 
ふと その人の存在の重さを感じた 

「大丈夫」
毎日 自分に言い聞かせるように
今日も地域で ひとりで暮らすことを確かめる 自問自答
きっと 
困っていること してほしいこと 不安なこと ばかりだろう
耳をそばだてても 躊躇(ちゅうちょ)して話さない
人に頼ることに 姑息(こそく)な自分を 恥じ入るのか
いま甘えたら 耐えていたものが
堰(せき)を切ったように 一斉に吹き出して
取り返しがつかなくなる
恐れているのは 依存心と無気力感
そして世間体
だから 誰にも迷惑をかけぬよう 
微笑みに 不安を閉じ込めて そこに生きる

厳しい世の中の 冷たい風が吹くたびに
こえぬよう ひたすら耐える
弱き者たちが いつの世でも 忍従を 強いられる
それが 長寿社会を謳(うた)ってきた 日本の末路となった
でも 屈しない 屈してはならない
気負わず したたかに 生きていく
それが 市井(ちまた)の「民の才覚力」だ

「おばちゃん 遠慮せず もう少し迷惑をかけてください」  
私のこれから行く道に 
おばちゃんが 世の中の風に翻弄(ほんろう)されながらも
かかげる小さな灯火(ともしび)が ゆるがない希望の道しるべとなるのだ
だから 明日もまた会いに行こう
「大丈夫?」 
「うん なんともないさ」
「がまんしないでね」
「あんたが 会いに来るから 大丈夫!」

 
わたしがここで暮らす理由(わけ)

いやな予感が 当たった
暴風雨の夜 
突然テレビの画面が消えて 真っ暗になった

停電は 
闇夜(やみよ)に ひとり放り出された気分
懐中電灯が もの悲しく 闇を射る

突然 どんどんどんと 強く戸を叩く音と 怒鳴り声
雨風の音に 逆らいながら
「おばちゃん、大丈夫かい! ここから逃げるぞ!」
慌てて戸を開ける
「どうした!」
「裏の川があふれるかもしんねえ。急いで逃げるぞ!」
手荷物を抱えて 降りしきる豪雨の中 車に乗った

眠れぬ朝が 静かに明けた
家は 無事だった
ほっとして 張り詰めていたこころが 緩(ゆる)んだ
「大丈夫?」と 隣の嫁さんが 声をかけてくれた

誰か彼かに 気遣ってもらいながら 今日も無事だった
仕合わせは きっと こんな暮らしの中にある
一人暮らしだけど ひとりぼっちではない

電気は まだ通じない
でも 
他人(ひと)との こころの通じ合いが 
わたしの暮らしを さりげなく 支える

だから 決めた
もう少し 甘えようと 
できれば ここで … いのち尽きたい
きっと おもいが叶うと信じて 
今日を生きる

 
看取る

86の男が この夏 老衰で逝った
死の宣告を受けて1年半 長らえた
医師は なにかの時は電話を寄こすよう 指示した
家族も 承知して 看取られた

ここは 知的障がい者の更正施設
老男は ここで 長年暮らしていた
老人施設に移すことも 考えた
環境の大きな変化は 老男の余命を縮める
医師と家族と相談し 施設で看取ると 覚悟を決めた

障がい者施設は 介護施設ではない
それでもなお かけがいのない存在として その人の尊厳性を護りたい
その人がその人らしく 暮らし 生きて 死ぬ
当たり前の人生を ここで全うすることを 優先した

地方の施設は 慢性的な人材不足に あえいでいる
ここも 職員不足は 深刻だった
さらに 50人の居住者の高齢化は 容赦ない
それでも 看取ることを決めた
予備軍は すでに二人いる
これからも 増えていくだろう
だからいま 看取りの体制とノウハウを 学ばなければならない

障がい者の 社会的自立が重視され
施設からの地域へと 国は奨励した
地域にグループホームをつくり 収容しただけのことだった
障がい者の雇用先は 地方であればあるほど 皆無なのだ
どんな自立が あるというのか
地域環境や就労保障を 未整備なままに捨て置いて 
霞ヶ関の美しい理念が 一人歩きする

仕事もなく ホームで暇を持てあます 怠惰な日々
施設にいれば 一員としてできることもあった
老いると グループホームから 追い出されるのか
特養ホームに入ることは できるのだろうか
課題 未解決のまま 積み上げられていくだけ
障がい者の家族も ともに老いていく
最期を 誰が看取るのか 
置いていく者 置かれていく者の 心配の種は尽きない

だから 看取りを決心した
最期まで 面倒をみることで 家族も安心した
厳しい職員体制のなか 職員の合意と協力を得なければならない
勤務内容は もっとしんどくなるはずだ
高齢者施設ではない
だから 介護するための設備はない
バリアのある暮らしに慣れているとはいえ 安全への対策には 限界がある
批判を承知で 取り組んだ
職員を 福祉人として さらには人間として成長させる
教育機会とも とらえ直した
一人体制の宿直 不安を抱えての巡視
日中は 職員の接遇が 優しさを育む

知的障がい者施設が 高齢者を抱え出しても 国は何も手当しない
介護保険のサービスを 施設が提供することはできない
デイサービスは 外部に依頼するしかない
高齢者を抱えていく 知的障がい者施設の
これからのビジョンを いま打ち立てなければ
路頭に迷う当事者と 家族が生まれる
経営の視点から 介護保険事業所を立ち上げ 
高齢者介護に対応することも 想定しなければならない
だから 職員の就労意欲を喚起し 
現場発信を尊重した 取り組みが求められる
出来ること 出来ないことを ふり分けしながら
まずは出来ることから していかなければ 前には進めない
覚悟を決めた男は そうつぶやいた

看取りは 課題提起の一里塚
看取った施設の 誇りとなった
老衰した男の葬儀は 施設でしめやかに執り行われた 

 
書く

文字を 小学校で習った以来
手紙すら書くこともなく
出す相手も いなかった わたし
勉強だって 好きじゃなかったから
本を読むのも 苦手だった
乳飲み子の妹をおぶって 通った学校
勉強に飽きたら
妹を泣かせて 校庭に退避した

年頃になり 口減らしで 隣村の貧しい農家に嫁いだ
山間の小さな村の 村はずれの小さな藁葺き土壁の家
朝から晩まで 野良仕事 子育てに追われる 毎日だった
そんな暮らしに こころがポカっと あいたまま ただ流された
誘われて 村の若妻会に ある晩顔を出した
農家の女も 自分のおもいを溜め込まないで
思ったことを 何でもいいから「書いてみれ」
そこに招かれた「女先生」に言われた

書くこと
考えた事もなかった
書くこと
ひらがなしか 書けなかった
書くこと
そったら時間なんか あるわけなかった

衝動が走った
「書きたい」
理由なんか ない
「書きたい」
暮らしの足しに なるはずない
「書きたい」
見返りなんか 期待もしない
「書きたい」
自分のいまのおもいを ぶつけたい

夜半 子どものちびた鉛筆を 手にした
おそるおそる 思い浮かぶコトバを 書きだした
小学校以来 初めて書いた綴り方
なんだか 嬉しくなった

この紙一枚の世界に 自分の書いたひらがなが 踊っていた
ただそれだけで こころが 休まるように 感じた
この紙一枚の世界に 自分の本音を 吐き出した
ただそれだけで こころが 落ち着いた
この紙一枚の世界に 嫁の過酷な苦しみから 一時(いっとき)逃れられた
ただそれだけで こころが満たされた

この一枚の世界だけが “わたし”という存在を明かす 自己の証明(しるし)
この一枚の世界だけが “わたし”に許された 思考の時間(とき)
この一枚の世界だけが “わたし”のこころを解放した 自由な空間(ばしょ)

「書く」ということ
文字を知った人間の 本質的な行動
それを 阻(はば)むことは 決して許されない
「書く」ということ
誰にも与えられた わき上がってくるおもいの表現方法
それを 拒(こば)むことは 決して許されない
「書く」ということ
社会的身分や血筋家柄 学歴や貧富を越えた 自由意志の世界
それを 否定する人は 
人間辞めなさい