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阪野 貢/フィールドワークと「自前の思想」、そして「自前の学問」:時代と社会に「応答」すること ―清水展・飯嶋秀治編『自前の思想』のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、清水展・飯嶋秀治編『自前の思想―時代と社会に応答するフィールドワーク』(京都大学学術出版会、2020年10月。以下[1])という本がある。[1]は、これからフィールドワークとそれに基づいて発信しようとする人たちが、「かつてそれぞれの時代の喫緊課題に積極的に関わり、発言し、行動していったフィールドワークの先達」(18ページ)の人生と仕事ぶり(技法や作法など)を学ぶことを通して、「示唆や励ましを得ること」(1ページ)を目的に編まれたものである。
〇「取り上げる先人たちは、自身のフィールドワークでの体験や知見にもとづき、それをじっくりと熟成させながら自前の思想を紡ぎ出し」(1ページ)、時代と社会の現場と現実に関与し、応答し、さらには積極的に介入していった人たちである。中村哲(医師・土木技師)、波平恵美子(文化人類学・医療人類学)、本多勝一(新聞記者・ルポライター)、石牟礼道子(詩人・小説家)、鶴見良行(東南アジア海域世界研究)、中根千枝(社会人類学)、梅棹忠夫(生態学・民族学)、川喜田二郎(地理学・文化人類学)、宮本常一(日本民俗学)、岡正雄(民俗学)の10人がそれである。
〇[1]の編者のひとりである清水は、「はじめに―現場と社会のつなぎ方」において、「10人の先達」の略歴と業績を紹介する。そして、それぞれがフィールドワークから「自前の思想」を編み上げていった、その方法や意義について言及する。それを通して清水は、読者・フィールドワーカーに対して、「時代状況への介入を含めた過激な応答実践」(18ページ)を呼びかける。次の一節をメモっておくことにする(見出しは筆者)。

フィールドワークと「自前の思想」の編成
フィールドワークとは、人々の暮らしの営みやそこで生ずる諸問題を、暮らしの場(生活世界)のなかで理解し、逆に個々人の暮らしの営みを見つめ丁寧に描くことをとおして、その喜びや悲しみ、日々の生活の背景や基層にある意味世界、つまり文化というコンテクスト(社会的脈略・状況や背景)を明らかにしようとする企てと言えるでしょう。そして(本書で取り上げるフィールドワーカーたちは:阪野)その総体を丸ごと描き考察するために、欧米の偉大な思想家の言説や流行りの理論を安易に借用(乱用/誤用?)したりしませんでした。人々の生活の場に身を置き、腰を低くして同じ高さ(低さ)の目線で話し、その説明に謙虚に耳を傾け、彼らが生きる社会文化や政治経済のコンテクストに即して粘り強く考え続けました。けっして虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね)になろうとせず、かといって井の中の蛙(いのなかのかわず)になることも避けて身体と思索の運動を続け、具体的で手触りのある現場から的確な言葉を自ら紡ぎ出し、自前の思想を編みあげてゆきました。さらにその先には、人々の暮らしに直接に関わるような政治社会状況に積極的に関与し、問題の解決や状況の改善に寄与するために積極的な介入を行ったりしました。(17ページ)

思想―「応答」的行動を支える姿勢や信条
(本書でいう)思想とは、学術の理論や哲学というよりも、社会に対する身の処し方や律し方、広くは自らが生きる社会、狭くはフィールドワークでお世話になった人たちとの関係の作り方や応答の仕方などを支える姿勢や信条を意味しています。(1ページ)/下から・現地現場から社会の成り立ちを見据え理解し対応するための姿勢や信条とほぼ同義です。(2ページ)

〇もうひとりの編者である飯嶋は、「自前の思想」の本質を「時代と社会に応答する」3つの側面――「遭遇」「動員」「共鳴」からまとめている。それぞれの要点をメモっておくことにする(見出しは飯嶋)。

遭遇/自前の思想は遭遇したものへの応答から「はじまる」
人により、それがより劇的な場合と、より漸次的な場合との違いはありこそすれ、そののちインパクトをあたえる仕事が、自らの仕事の延長線上に出てくるという以上に、ある人物やある主題、ある状況に「遭遇」してしまい、そこから好むと好まざるとに関わらず、その状況に巻き込まれ、そのひとと仕事が大きく動いていくことになる。つまり自前の思想を生みだす応答は、こうした遭遇から「はじめる」というよりも「はじまる」のである。(422ページ)

動員/自前の思想の応答はあらゆるものを「資源化する
予期せぬ「遭遇」から始まってしまう自前の思想の応答は、それゆえにこそ、応答する者がもてる全てを動員してそれに応答せざるを得なくなる。遭遇した事態に対して出来合いの方法論や便利なアプローチ法があるわけではない。まずは徒手空拳(としゅくうけん)のまま向き合い、それから手持ちの札と技をなんとかやりくり活用して応答する。(中略)それはきれいごとではなく、応答が遭遇から「はじまってしま」ったら、あらゆる契機を「資源」として動員して臨まざるを得なくなるのである。(425~426ページ)

共鳴/自前の思想は「徒弟化しない」
喫緊の課題との「遭遇」に始まり、あらゆる契機を資源として「動員」する必要が生じた自前の思想は、「徒弟化しない」という点がきわめて特徴的である。徒弟的に見える面があったとしても、それは学問的な技法の習得に限られている。(426ページ)/遭遇する事態や人々が異なり、動員できる資源が異なっている私たちが、先人の方法だけを模倣することに意味があるはずもない。徒弟化せずに自前の思想でやるしかないのは、かつても今も変わらないであろう。(429ページ)/(本書で取り上げたひとびと・応答者たちは:阪野)それぞれの現場(フィールド)で、他の現場で応答するひとびとのあり方に励まされ、自らの糧ともしていったのである。なので、自前の思想の応答者は徒弟化しない。ただ異なる状況にある応答者同士で共鳴するのである。(430ページ)

〇筆者は人類学や民俗学については全くの門外漢である。「10人の先達」に関しても、石牟礼道子の『苦海浄土―わが水俣病』(講談社、1969年1月)、中根千枝の『タテ社会の人間関係―単一社会の理論』(講談社現代新書、1967年2月)、『タテ社会の力学』(講談社学術文庫、2009年7月)、『タテ社会と現代日本』(講談社現代新書、2019年11月)、梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書、1969年7月)、川喜田二郎の『発想法―創造性開発のために』(中公新書、1967年6月)、『続・発想法―KJ法の展開と応用』(中公新書、1970年2月)、宮本常一の『忘れられた日本人』(未来社、1960年1月。岩波文庫、1984年5月)、などのベストセラーとなっている本を読んだだけである。また、[1]に描かれている10人の人生と仕事については、スケールがあまりにも違いすぎ、想像だにできない。そんななかで、あるいはそれゆえに自分の浅学菲才さを恥じるのみであるが、「まちづくりと市民福祉教育」のフィールドワークに多少とも関わってきたものとして、[1]から認識を新たにする点は実に多い。
〇ここでは、宮本常一に関する次の一節だけをメモっておくことにする。そこには、「強い『地域主義』『反中央集権』『反官僚主義』の姿勢があり、(宮本は)現地と協働しながら生活改善と経済振興を図るという点でまさしく応答するフィールドワークの実践者」(11ページ)であった。

「外国の文化を受け入れるような素地を国の中へ作っていかなきゃならないんじゃないか。(中略)つまり外国の人たちがやってきて、安(やす)んじておられる場所だろう。それじゃあ、向こうの習俗をすてないで、日本人の生活の中に入り込み、ともに生活できるような場があったかっていうと、ないだろう。これが、やはり、君たちのやらなきゃならん仕事の一つだ。」
「僕の夢は、はっきり言うとね、地域主義なんだよ。それが昔から夢だったんだ。百姓のせがれだったからね。大事なことは、地域社会というのは立派に成長してゆかなければならないんだ。地域社会が充実してくると、世の中がにぎやかになるんだね。それぞれの地域社会が生き生きしてくることが、世の中で一番おもしろいんで、もういっぺん地方が中央に向かって、反乱をおこさなきゃいけないと思うんだ。世の中が変わってゆくのは、いつも、田舎侍が町に向かって反乱を起こすことなんだよね。」
「それが無くなったらね、国っていうのは滅びるんだろう。今はもう、完全な中央集権時代。しかしそれをもういっぺん、ぶっこわしてね、人間が生きるっていうことはどういうことなんだっていうことを問いつめていく。どうじゃろうそれを君たち、やってみないかね。なあ、やろうや。」(鼓童文化財団2011:62-63)(358ページ)

〇この一節にあるのは、「地域が大きなものの力に組み込まれ、それへの従属を余儀なくされ、自主性が削(そ)がれ挑戦へのエネルギーが失われていくことへの危機感であろう。こうした社会の動きに対して(宮本の)その姿勢は戦闘的であり、(中略)アナーキーさを感じさせる」(359ページ)。留意しておきたい。
〇また、宮本がいう「君たち」とは、若いフィールドワーカーのことである。宮本は、フィールド(現地・現場)でワーク(仕事・作業)する人に対して、「地域のよどみや人びとのしがらみに風穴をあけていく存在や力」(368ページ)として期待したのである。
〇なお、筆者の手もとに、佐高信・田中優子の対談本『池波正太郎「自前」の思想』(集英社新書、2012年5月。以下[2])という本がある。[2]は、「辛口評論家と江戸研究家の最強コンビが、『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』など池波正太郎のヒット作はもちろん、池波自身の人生をも読み解きながら、これからの日本人に相応しい生き方を共に考える」(カバーそで)本である。佐高と田中は次のようにいう。参考に供しておく。

自前の思想とは、つまり、迷ったり、遊んだりしながら、一人前になることをめざす思想ということである。(佐高、191ページ)

「自前」という言葉は「手前」と同様に空間を表現している。畳に手をついて頭を下げる。その手の身体側が自分、つまり自らの「分」であり、手前である。その自らの空間に全てを引き受けるのが、「自前で生きる」ことだ。(田中、192~193ページ)/自前の思想で重要なのは「他人と比較しない」ことなのである。比較するには比較の基準が必要だが、自前という空間には、共通の基準がない。(193ページ)/自前が、ありとあらゆることを引き受けつつ、社会における己の姿勢を練り上げていく楽屋空間(プライベートの空間:阪野)だとすると、そこは「あそび」の空間(童心にかえる、楽しい空間:阪野)でもあるはずなのだ。(193ページ)

〇筆者の手もとにもう一冊、伊藤幹治著『柳田国男と梅棹忠夫―自前の学問を求めて』(岩波書店、2011年5月。以下[3])という本がある。[3]は、「ミンゾク」学者で「一国民俗学」を構築した柳田国男と「比較文明学」を開拓した梅棹忠夫を比較しながら、ふたりの知の営み(業績とその特色など)を数々のエピソードをまじえて回想・整理した「柳田・梅棹論」である。「ふたりの知のスタイルは、幅広く多くの文献を参照しつつ、西洋の学問に依存するのではなく、自らの頭で仮説を構築して思考することだった」(カバーそで)。その点(「自前の学問」)をめぐって、次の一節をメモっておくことにする(抜き書きと要約)。

柳田国男と梅棹忠夫のふたりの知のあり方には共通した点がいくつかある。
ひとつは、柳田国男も梅棹忠夫も、欧米の学問をまるごと輸入し、その理論を日本の社会や文化の研究にそのままあてはめるのを忌避したことである。/ふたりは欧米からの借りものでない、「自前の学問」を構築しようとしていたのである。柳田が「明日の学問」とよんだ民間伝承論(一国民俗学)(中略)の特徴は、この国の農山漁村に埋もれているさまざまな民間の伝承を文字に記録し、その記録をとおして「自前の学問」を構築しようとした点にある。/梅棹もまた、(中略)柳田と同じように、自分の目で見、自分の耳で聴き、自分のからだで感じ、自分の頭でたしかめた経験的事実にもとづいて構築した「自前の学問」を高く評価したのである。そして、これを「土着の学」とよんでいた。/こうした「自前の学問」を求めた柳田と梅棹の一貫した姿勢は、いずれも揺るぎない実証的精神に支えられたものと思うが、このことはややもすれば欧米の人類諸科学の理論に魅せわれるわかい世代の研究者に警鐘を鳴らしているとみてよかろう。
いまひとつは、柳田国男も梅棹忠夫もひろい視野に立って「日本とはなにか」という重い課題と真摯(しんし)に向きあっていたことである。/柳田は一国民俗学を構築するために、他者としての世界の諸民族の文化を視野に入れ、自己としてのこの国の民俗文化(フォークロア)を手がかりにして、「日本とはなにか」という問い対する答え求めたが、梅棹もまた日本文明論を開拓するために、他者としての世界の諸文明と対比して自己としての日本文明を相対化し、「日本とはなにか」という問いに対する答えを求めている。/ふたりの日本研究は、(中略)視野のせまい「一国完結型」の日本研究に再考を迫っている。
もうひとつは、柳田が構築した一国民俗学も梅棹が開拓した日本文明論も、ひとしく仮説の構築を特徴としていることである。/梅棹が(は)科学には実証的事実の蓄積(実証性)、その内的関係をみやぶる洞察力、発想力(仮説性)、全体をおおう論理的体系化(体系性)という三つの要素があると述べ、柳田の学問には仮説の構築とその検証が繰り返されている。(中略)自分の学問を実証性と仮説性のまんなかに位置づけた。(中略)柳田が膨大なデータを駆使して綿密な実証と仮説の構築につとめたことはよく知られているが、梅棹もまた(中略)洞察力に富んださまざまな仮説を提出している。/興味深いのは、柳田も梅棹が提起した仮説のほとんどが、いずれも個々の短い論文のなかに提示されていることである。ふたりは仮説を提示するために、さまざまな論文を書きつづけていたことになる。(180~183ページ)

柳田国男と梅棹忠夫には、一国民俗学と日本文明論以外の知の営みにも共通した点がいくつかある。
ひとつは、柳田と梅棹が後進の研究者やわかものたちと積極的に交流し、自宅の一部を開放して彼らと自由に議論する「私的な場」を提供したことである。
いまひとつは、柳田も梅棹も後進の研究者やわかものと「対等な関係」を結んでいたことである。
もうひとつは、柳田も梅棹もわかりやすい文章を書くことに精力を傾注していたことである。(中略)(それを)ひとことでいえば読者と「密度のあるコミュニケーション」を大事にしたからであろう。
最後に、柳田国男と梅棹忠夫が国際共通語のエスペラントに関心を寄せていたことを指摘しておこう。(183~185ページ)

〇この一節ではとりわけ、①人々の生活はその人が生まれ育った時代と社会のなかで営まれ、生活の主体性はそれを生み出す歴史的背景や社会的・文化的基盤の枠内で形成される。借り物理論ではなく、「自前の理論」が重視されるべき根拠がここにある。②フィールド(現場)での実践的研究には仮説探索型の研究と仮説検証型のそれがあるが、この両者を循環的に組み合わせて相互作用を引き起こすことによって、研究の科学性を担保することができる。その実践が科学的であるかどうかはこの仮説性が重要となる、この2点を押さえておきたい。

新美一志/「福祉教育」「まちづくり」「ふくし」のキャッチフレーズに関するメモ

〇「福祉教育」に関して、「社協活動は、福祉教育で始まり、福祉教育で終わる」「福祉まちづくりから福祉まちづくりへ」「ふくしは、だんの、らしの、あわせ」など、いろいろなキャッチフレーズがある。それらは、時に、「社協の先輩たちが語り継いできた言葉」「福祉教育実践の先人たちからのメッセージ」、あるいは「詠み人知らず」(作者不詳)として紹介され、引用されている。しかし、その短いフレーズには、その作者の理念や思想が込められており、また作成された時代や社会の様相が反映されているはずである。そう考えると、キャッチフレーズは、宣伝や広告のための「単なる」謳い文句として軽視することはできず、歴史的・社会的なキーワードとして重要な意味をもつものである。
〇「社協活動は、福祉教育で始まり、福祉教育で終わる」は、島根県瑞穂町(現邑南町おおなんちょう)社協の地域福祉環境や地域福祉実践に基づく言葉である。瑞穂町社協は、1980年前後以降、生涯学習の視点から、学校内外における子ども・青年の福祉教育実践や地域住民を対象にした社会福祉学習などに先駆的・総合的に取り組んできた。その中核を担ったのは日高政恵(元事務局長)であり、その取り組みを全面的・継続的に支援したのが大橋謙策である。日高は、「大橋先生から、福祉の町づくりなのか、福祉で町まちづくりなのか、とよく言われました」と述懐している。大橋が本格的に福祉教育やボランティア活動の実践に触れ、研究を展開するのは1980年前後からであるが、その当初から大橋は「福祉で町づくり」を説いていたのである(大橋謙策監修、澤田隆之・日高政恵著『安らぎの田舎(さと)への道標(みちしるべ)―島根県瑞穂町 未来家族ネットワークの創造―』万葉舎、2000年8月)。
〇この点を関して、コミュニティデザインの第一人者と評される山崎亮が、大橋へのインタビューを通して次のように述べている。「大橋さんの言葉を借りれば、福祉事業者や研究者の間で70年代からスローガンのようにいわれていた『福祉まちづくり』が、90年代から『福祉まちづくり』へと変わったのである。」「大橋さんは、2010年代は『福祉でまちづくり』から『福祉まちづくり』といわれる時代へと移行したと話していた」(山崎亮『縮充する日本―「参加」が創り出す人口減少社会の希望―』PHP新書、2016年11月、331、335ページ)。
〇「福祉」を平仮名の「ふくし」と表記したひとりに、木原孝久(住民流福祉総合研究所)がいる。木原は、1974年9月に「福祉教育研究会」を立ち上げ、ミニコミ誌「福祉教育」を創刊した。その後、誌名を「わかるふくし」(2003年4月「住民流福祉」に改題)に変更し、『わかるふくしの発想』(福祉教育研究会、1984年1月)と同名の『「わかるふくし」の発想』(ぶどう社、1995年6月)を上梓する。その頃の木原の関心は、住民が理解に苦しむ「福祉」から「それならわかる」と言ってくれるような「ふくし」、すなわち「わかるふくし」づくりを進めることにあった。その意識や姿勢は今日も変わらない。
〇先駆的に「ふくし」を「だんの、らしの、あわせ」を意味する言葉として使用したひとりは、阪野貢である。1990年代中頃からであり、およそ30年前のことである。それは、「福祉」を広義に解釈し、子どもから大人まで親しみやすい言葉として使われ、しかもすべての人々が福祉社会の形成や福祉文化の創造に主体的に関わることを企図してのことであった。そこで阪野は、「ふくし」とは「ふだんの、くらしの、しあわせ」について「みんなで考え、みんなで汗をながすこと」であり、「しあわせ」とは「みんなが、満足していて楽しいこと」であるという。留意したい。なお、阪野によると、その表記の直接的なきっかけは、茨城県社協主催の福祉教育セミナーに参画したことにあるが、そこで学んだのは「ふくし」=「普通の、暮らしの、幸せ」であった、という。その後、阪野は、「まちづくりと市民福祉教育」について論究することになる。
〇日本福祉大学は、身近な生活から「福祉」を考えるために、2004年度に初めて発行した高校生向けの冊子(『はじめての福祉』)と2006年度の大学案内で、「福祉」を「ふくし」と表記した。それは、「つうの、らしの、あわせ」を意味するものであった。以後、日本福祉大学は、2009年度から「ふくしの総合大学」を標榜する。
〇大学図書出版が2008年10月に、日本福祉教育・ボランティア学習学会の監修のもとに全国誌『ふくしと教育』を創刊した。雑誌名に「ふくし」が使われた最初である。
〇その後、「ふだんの、くらしの、しあわせ」の「ふくし」については、原田正樹によって全国的な普及が図られている。そこでは常に、「貧困的な福祉観」の再生産が懸念される学校や地域における福祉教育実践に対する警鐘が鳴らされる。とともに、先進的で具体的な提言がなされ、確かで豊かな福祉教育実践の方向性が提示される。特筆されるべきところである(『共に生きること 共に学びあうこと―福祉教育が大切にしてきたメッセージ―』大学図書出版、2009年11月)。
〇「ふつうの、くらしの、しあわせ」の「ふくし」については、たとえば清水将一がその意味内容について言及している。清水はいう。「普通に暮らす幸せとは人それぞれで普遍的ではない。『普通って一人ひとりで違うもの あなたの普通を押しつけないで』(読み人知らず)という歌がある」(『ボランティアと福祉教育研究』風詠社、2021年6月)。

阪野 貢/まちづくり幻想:自覚と打開の道 ―木下斉著『まちづくり幻想』のワンポイントメモ―

僭越ながら、いま暮らす “まち” で「よそ者、若者、ばか者」の役割を多少とも果たそうとしてきた(している)。しかし、地域からはいまだに、「物言わぬよそ者」としての振る舞いが要求される。地元の“名士”が主役の地域活動や “あやふや” と “うやむや” が交錯する会議では、「梯子(はしご)を外される」(梯子はかかっていなかった)、「出る杭(くい)は打たれる」(出る杭は抜かれる)ことも二度三度。さすがに「あほらしくってやってらんねーよ」。いまだに「世間」の「空気」が読めない自分がいる。

〇筆者(阪野)の手もとに、内閣府の「地域活性化伝道師」(地域おこしの専門家。2022年4月現在、394人が登録されている)を務める木下斉(きのした・ひとし)の『まちづくり幻想―地域再生はなぜこれほど失敗するのか―』(SB新書、SBクリエイティブ、2021年3月。以下[1])という本がある。「地方創生」や「地域再生」が叫ばれて久しいが、「地方」や「地域」はますます衰退し、「創生」や「再生」は混迷の度を深めている。その原因のひとつは「まちづくり幻想」にある。その幻想を振り払い、打開するためには、まちづくりや地域再生に関する意識や思考の範囲を広げ、面倒なことに果敢に取り組み、一つひとつの事業・活動を地道に積み上げていくことしかない。一人の住民の覚悟と意識変革(「思考の土台」の再建)、地域人材の発掘と育成、地域循環経済による地域経営(稼ぎ)、そして仲間と「地域の未来」について語り合う、それがまちを変える。木下が主張するところである。
〇[1]から、まちづくりの「幻想」とその「打開策」に関する木下の論点や言説のいくつかを、限定的・恣意的になることを承知のうえで、メモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

人口さえ増加すれば地域が活性化するという幻想/人口減少と新たな経済的成長
▷地方が人口減少で衰退しており、それを解決すれば再生する考え方そのものは、大いなる「幻想」です。(40ページ)/地方の人口減少は衰退の原因ではなく、結果なのです。つまり、稼げる産業が少なくなり、国からの予算依存の経済となり、教育なども東京のヒエラルキーに組み込まれる状況を放置した結果、人口が流失したわけです。(41ページ)
▶一時的に移住定住の補助金をもらい、地域おこし協力隊などの限られた収入を3年ほど担保されただけの人口が、各自治体で数人、数十人増加しただけで構造的に変わるでしょうか。/人口論に支配された地方活性化論は、どこまだいっても無理が生じます。人口さえ増えればすべてが解決する、という幻想を捨て、先をみた思考が必要です。(43ページ)/できもしない方法に固執するのではなく、新たな付加価値の生み出し方と向き合う時代にきているのではないでしょうか。経済的成長を諦めるのではなく、今までとは異なるアプローチでの経済成長シナリオが必要なのです。(46ページ)

予算があれば地域は再生するという幻想/学び、動くヒトと組織が地域を変える
▷トップの仕事とは「人事」が9割を占めると言っても過言ではありません。「何をやるか」よりも「誰とやるか」「誰に任せるか」の方が圧倒的に重要です。/しかしながら、衰退地域のトップの多くは、「筋のよい事業に適切な予算を確保すれば成功する」という幻想に因(とら)われているのです。(62~63ページ)
▶どんなに筋のいい(見込みがある)事業で、適切な予算を確保できたとしても、どうしようもないチームでは絶対に失敗します。/内発的な力があるチームを作り出せるかどうかがすべての勝負の始まりです。だからこそトップの仕事は、事業のネタ探しでも、予算確保でもなく、よい人事なのです。(63ページ)/(意思決定層は、)組織の外で多様な接点を持ち、適切な学習時間を確保し、学び続ける必要があるのです。(64ページ)/自治体の意思決定者は、予算獲得の前に自分たちの地域がどのようなシナリオで再生するか、その戦略をつくる時間と人材を優先しなくてはなりません。そのことで適切な予算活用と事業の選択が可能になるのです。(67ページ)

成功事例を真似れば成功するという幻想/金太郎飴型からの脱却
▷意思決定層の傾向は、すぐに「答え」を求めがち。その定番は「成功事例を真似れば成功する」という幻想です。/毎年どこかの地域の「成功事例」を視察し、それをパクるための予算を行政に確保させ、取り組んでみる。うまくいかないと、次のネタをまた探し、行政の予算を確保させ‥‥‥という無限ループ(繰り返し)に陥っている地域は多くあります。(72ページ)
▶いつもこのように、ネタとカネを配って全国各地が一斉に真似をし、市場の崩壊を繰り返す。意思決定層は短絡的かつ適当なパクリをせず、自分たちの頭で考えるチームの養成に力をいれるべきなのです。国側も成功事例の横展開、水平展開の幻想から早く脱却することが必要です。(79ページ)

「うちの地域は大変な状況にある」という幻想/若者が地域の未来を豊かに語る
▷地方の意思決定層の抱える問題の一つは、地域の未来に対して非常に悲観的な人が多いことです。(96ページ)/(「うちの地域は大変な状況にある」という)ネガティブなプレゼンテーションは、その地域に関わろうとする人を減らしていく効果はあるでしょうが、プラスになることはありません。皆で「大変だよな」と言って、互いの傷をなめあったところで何も変わらないのです。(97ページ)
▶危機を乗り切る時に意思決定層の人たちが、20年、30年先に生きていないやつが意思決定をするべきではないと次の世代に席を譲り、それを支える立場に回ることは、まちづくりにおいて非常に重要です。(100ページ)/バトンを次世代に積極的に渡し、次なる世代を支え、未来に向けて動いていこうとする地域は、世代横断で変化を作り出しています。いつまでも長老たちが取り組んでいる地域は、どんどん若者はいなくなり、沈んでいきます。「誰がやるか=人」と向き合う必要があります。(101ページ)

すごい人に聞けば「答え」を教えてくれるという幻想/良いパートナーの発掘
▷(地域事業のチームメンバーを組織する際に)一番やってはいけないのは、単に「力ありそうだから」と目的も共有しないままえらい人や有名な人にチームに入ってもらうといったことです。(106ページ)/すごい人たちに聞けば「答え」を教えてくれるという幻想は捨てましょう。(108ページ)
▶(「答え」は、)自分たちで考え抜き、その上で共にプロと議論し、実践してこそ見えてくるものなのです。(108~109ページ)/「強烈な少人数チーム」(3~5人)を組織し、圧力をかわしながら、時に相手の力も借りながらプロジェクトを前に進めていくことが大切なのです。(105ページ)/地域事業の要は安易に思考を放棄せずに、自分たちでリスクをとって実践するチームなのです。税金で予算をつけた無料の研修では担い手なんて育ちません。そもそもそんなところで良いパートナーを「発掘」できるはずもないのです。(109ページ)

地域が衰退しているから誰がやっても失敗するという幻想/集団圧力からの解放
▷成功者は地域で妬(ねた)まれてしまう問題があります。(110ページ)/「悪くなるのも、よくなるのも全員一緒でなくてはならない」という、悪しき「横並び」幻想があります。足並みを乱すものは許さないという集団圧力こそが、成功者を潰し、次に続く挑戦者すら排除して、地域を衰退に至らしめることになるのです。(112ページ)。/「人口減少だ」とか、「経済が低迷している」とか環境要因のせいにして、「だから何をやっても失敗する」という幻想(に囚われている地元の事業者がいます)。(113ページ)
▶このような集団的な妬みによる状況を打破するためには、本当は意思決定者が地元の成功者を巻き込んだプロジェクトを立ち上げることが必要なのですが、なかなか難しいものです。/このような集団圧力が発生する中では、まず着実に投資して、事業を積み上げていくということに徹するのが大切です。(114~115ページ)/自らの事業を通じてまちを変えようと経営を続けられている方たちこそ、地元でより様々なシーンでの活躍が必要です。ただしその時には従来の民間と行政の関係ではなく、民間が投資、事業を開発する立場を貫くこと、そして行政もよからぬ組織心理で動かぬ、新たな公民連携のカタチが必須です。(118ページ)

集団が持つ無責任、他力本願、現状維持を正当化するための幻想/「挑戦者」「成功者」を活かす
▷集団が持つ幻想は無責任と他力本願と現状維持を正当化するために共有されているものが多くあります。(137ページ)/日本人は「みんなでやることは素晴らしい」という幻想が刷り込まれていて、それを美徳にしすぎています。/地域活性化でもよくいわれる「みんなで頑張ろう」とは、私は責任はとらないよ、という意味です。(126ページ)/地域で現状を打開し、変化させたいと思っている方であれば、それらの圧力をかわしながら、自らの動きを続けていく必要があるわけです。(137ページ)
▶(誰かの成功を)「ねたむ」「ねたまれ、疲弊する」ことによって地域は「新たな負の連鎖」に陥ります。(137ページ)/この問題の解決には2つの軸に分けて考える必要があります。地元の人々が「挑戦者・成功者を目の前にしたときにとるべき行動」と、「挑戦者・成功者側が意識すべきこと」の2軸です。(138ページ)/(前者については、)様子見などせず、最初の不安な時期にしっかりと具体的に応援すること。(後者については、)7~8人から反対されるうちに「仕事」を始め、地域での挑戦者を潰して回るのではなく、育て、投資すること、が重要です。(138~145ページ)/成功者を潰すのではなく、成功者を讃(たた)え、教えを乞い、そして褒められた成功者もオープンな姿勢で対応する。このような連携が発揮されたとき、地域に競争力のある大きな産業が生まれます。(146ページ)

「外の人」に手伝ってもらえば地域が豊かになるという幻想/「関係人口」との健全な関係
▷地域においては「よそ者」が地元を荒らす悪者の幻想を抱かれていることもあれば、有名なシンクタンクやコンサルタントを過剰に持ち上げる「よそ者」幻想に支配されているところもあるのです。(148ページ)/(関係人口については)「地元のファンが増加すれば地域がよくなる」という幻想を持ったものも多くあります。(161ページ)
▶地方に必要なのは単にゆるい関係をもつ人口(居住人口でもない、交流人口でもない、第三の人口としての関係人口)ではなく、明瞭に消費もしくは労働力となる人口を移住定住せずとも確保していくところに価値があるはずです。(162ページ)/関係人口という「外の人」に期待されるべき経済的役割としては2つがあります。(166ページ)/一つは、地元に住んだり訪れたりするだけではない「新たな消費」に貢献してくれるということです。/もう一つは、地元に不足する「付加価値の高い労働力」となってくれるという視点です。(166~167ページ)/漠然とした中で関係人口を募集するのではなく、「消費力」「労働力」という2軸をもとに地域に必要な関係人口をターゲティングし、そのような方々と意味のある関係を適切に築いていくことが重要です。(167ページ)

「わからないことは専門家に任せるもの」という幻想/外注依存の「毒抜き」
▷「わからないことは専門家に任せるもの」という幻想が、いまだはびこっています。/ハイエナのようなコンサルタントなども多くいるのも確かです。(171ページ)/地方のさまざまな業務の問題点は、計画するのも外注、開発するのも外注も、運営も外注、となんでもかんでも外注してしまうことにあります。(173ページ)
▶本来は、地元の人たちで計画を組み立て、事業を立ち上げ、産業を形成して動くのが基本です。(171ページ)/外注ばかりを続けると外注しかできなくなります。(173ページ)/地域の外注主義と、そこに群がるコンサルの構図が生み出す悪循環は、地域から3つの能力を奪います。➀執行能力がなくなり、自分たちで何もできなくなる、②判断能力がなくなる、③経済的自立能力が削がれ、カネの切れ目が縁の切れ目となる。(174~176ページ)/外注依存の「毒抜き」のためには、自前事業を一定割合で残し、外注よりも人材へ投資をする、です。当事者たる地元の人たちの知識や経験を積み上げて、独自の動きをとるのがなんといっても大切です。(176ページ)

「お金があるから事業が成功する」という幻想/事業を起こす際の4原則
▷地域で事業を起こすときに、「先立つものがない」という声が多く聞かれます。つまり「お金があるから事業が成功する」という幻想をもっていて、お金がないからできないというわけです。それは全くもって幻想、勘違いです。(189ページ)
▶(地域における初めての事業では、次の4つのポイントを意識して事業に取り組むことが大切です。)➀負債を伴う設備投資がないこと:借金したり投資家から資金を調達してまで、いきなり大規模な設備投資を伴う事業からスタートするのはリスクが高すぎます。②在庫がないこと:在庫を持つような特産品開発も、はっきり言ってナンセンです。③粗利(あらり、売上総利益)率が高いこと(8割程度):商売には、「最初は安く始め、後から高くしていく」という選択肢はありえません。製造工程から、自分にしかないスキルを提供することで付加価値を高め、粗利率が高い商売にしなければなりません。(190~192ページ)

〇木下は、以上のような「幻想」を打開する「プレイヤー」として、行政の意思決定者、行政の組織集団・自治体職員、民間の意思決定層、民間の集団・企業人、そして「外の人」を設定し、そのアクションについて言及する。その要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。一部見出しは筆者)。

行政の意思決定者/「役所」ですべきこと、「地域」ですべきこと
アクション1 外注よりも職員育成
有名な外の人に任せればよいという幻想に囚われている限りは、成果が生まれないのです。/幻想に組織が侵されないために、可能な限り、行政は「自前主義」を取り戻し、委託事業などの予算を管理した上で、人材投資に切り替える必要があります。(207ページ)
アクション2 地域に向けても教育投資が必要
何より健全な意思決定を地域全体で民主的に行うためには、最低限の教育レベルが担保されることは不可欠です。行政のみならず、議会などがまともに機能するためには、地元有権者も含めて教育ラインを引き上げていかなければ、地域の問題を自分たちで考えることは困難になってしまいます。自治体こそ国任せにしない、独自の教育投資が求められる時代になっていると思います。(209~210ページ)
アクション3 役所ももらうだけでなく、稼ぐ仕掛けと新たな目的を作る
「役所が稼ぐのはよいことではない」というのも幻想です。/意思決定者たちこそ、経営者として目を覚ます時です。必要な資金を稼ぎ、公共として投資を続けていかなくてはなりません。/稼ぐのはあくまで手段なのです。(210ページ)/自治体の意思決定層こそ、経費のかかるものを購入する「貧乏父さん」の思想から、稼ぐ資産に投資していく「金持ち父さん」の思想に転換する必要があります。(211ページ)

行政の組織集団・自治体職員/「自分の顔を持ち、組織の仕事につなげる」
アクション4 役所の外に出て、自分の顔を持とう
組織内での信頼、行政組織としての制度などに対する知識が備わっていることは基本としつつも、やはりそこから先、何かを具現化する上では地域における様々な方々に協力してもらわなければ、予算があったとしても形になりません。/同時に予算も限られる昨今、自分が言えば協力してくれる地元内外仲間をしっかり持っていないと、大きな動きは作れません。(213~214ページ)/仕事は役所内で完結するという幻想を振り払うため、アクションを起こすことが大切です。//役所内完結幻想を振り払い、まちに出ていきましょう。(216ページ)
アクション5 役所内の「仕事」に外の力を使おう
行政に所属している一人として重要なのは「役所にしかできないこと」を通じた地域への貢献です。/小さな取り組みは大切ですし、個人として顔を持つことも重要ですが、これらはあくまで手段です。それらを役所内の仕事にどれだけつなげていけるか、が大切。(217ページ)

民間の意思決定層/「自分が柵(さく)を断ち切る勇気」と「多様寛容な仕事作り」
アクション6 既存組織で無理ならば、新たな組織を作るべし
集団意思決定は、時に大きな間違いを犯す集団浅慮(しゅうだんせんりょ)に陥ったり、異なる人を排除する側面を強くするものでもあります。(219ページ)/これを打開する方法は、異分子をいかに意識的に取り込むか、にあります。/地域の取り組みにおいても、地元のいつも同じのえらい人だけでなく、外の人を効果的に取り込む仕掛けを作れるかどうかが問われています。(220ページ)
アクション7 地域企業のトップが逃げずに地域の未来を作ろう
人口減少になったらもう地方経済は終わり、というのは幻想です。/地域意思決定者の中には、極端に悲観的な予測と、まちのことは民間ではなく行政の仕事だという幻想に支配されている人がいます。(222ページ)/一方で、地元に積極的に投資を続ける経営者もいます。/地方における基盤の一つは、民間企業の存在です。地域における民間企業経営者だからこそできる地域活性化は、事業を通じた貢献なのです。(223ページ)

民間の集団・企業人/「地元消費と投資、小さな一歩がまちを変える」
アクション8 バイローカルとインベストローカルを徹底しよう
民間側の様々な組織、企業に属する人たちは、実は地元で最も大きな構成員であり、この層がどう動くか、はとても重要なことです。(225ページ)/地域内消費を、近隣の地元資本のお店にいって普通に買い物する(バイローカル)だけでも、地域内に流れるお金は違います。/地域内では地元資本を持つ人たちがお金を出し合い、地元事業に投融資すること(インベストローカル)はとても大切な動きです。(226ページ)
アクション9 一住民が主体的にアクションを起こすと地域は変わる
まちが変化するのは、大きな開発が行われる時だけでなく、小さな拠点が一つできることから始まったりします。(227~228ページ)/消費にしても、投資にしても、自ら始める企画にしても、大きな事業である必要はないのです。小さな取り組みを積み重ねれば、大きな地域の変化につながる。積小為大(せきしょういだい)、小さな一歩をないがしろにしなければ、一人の住民がまちに影響を与えることは大いにあるのです。(228~229ページ)

外の人/地元ではない強みとスキルを生かし、リスクを共有しよう
アクション10 リスクを共有し、地元ではないからこそのポジションを持つ
まず外の人として、(プロジェクトは失敗することもありますので、)地域プロジェクトに対して一定のリスクを共有することです。(230ページ)/その上で、地元ではないからこそのポジション、つまり、時に憎まれ役になるようなことも必要です。(231ページ)
アクション11 場所を問わない手に職をつけよう
地域おこし協力隊のみならず、外の人は一定のプロフェッショナルとしての役割を持つことが大切です。地域に関わる時に何ができるのか。具体的なスキルを持ち、一定の提案ができる動き方ができないと、すでに地域にある仕事をそのまま引き受けるだけになってしまいます。/「手に職」というのは高度な技術だけではなく、地域に関わる「フック」(地域・住民の興味関心を引くもの)です。(232ページ)
アクション12 先駆者のいる地域にまずは関わろう
どんな地域に関わったらいいかについては、地域との相性や地域の受け入れ態勢や準備などから、外の人としては、2つの原則があります。一つはいきなり移住しないこと、もう一つは先行者がいるところをまずは選ぶこと、です。(233ページ)

〇筆者はこれまで、1990年前後から2015年頃にかけて複数の地域で、福祉によるまちづくりの代表的な実践である地域福祉(活動)計画の策定に関わってきた。そのいずれにおいても、基本的には住民の主体形成としての「まちづくりと市民福祉教育」に焦点を当ててきた。それは、まちづくりは一人の住民の意識変革と小さな一歩(行動)から始まる、と考えているからである。また筆者は、計画の策定は、地域・住民が自分たちの「未来(あす)の夢」を語ることである。「夢」は追い求めるものであり、育むものでもある、と言ってきた。その際には、計画(夢)が画餅に帰すことのないよう細心の注意を払ってきた。それは、計画に基づく事業・活動の実現可能性を担保するためである。そしてまた、計画策定後も何らかの形でそれぞれの地域に関わってきた。それは、「関係人口」としての自分自身のあり方を問うものでもある。
〇例えば、東京都狛江市社協の地域福祉活動計画『あいとぴあ推進計画』(1990年3月)に基づいて取り組んだ一般市民を対象にした「あいとぴあカレッジ」の開講や保育園・幼稚園児を対象にした福祉絵本(「幼児のあいとぴあ」)の作成・配布、岐阜県関市社協の地域福祉活動計画『みんなで創る福祉のまちプラン21』(2000年5月)に基づく「地域ふくし懇談会」の開催などは、とりわけ思い出深いものがある。
〇狛江市社協の取り組みでは、計画策定に関わったT氏の怒りに満ちた言葉を思い出す。「私は、タバコ販売でほそぼそと暮らしていて、普段もほとんど外出はしない。こんな会議に参加している暇なんかないんだ」。その後、彼は、カレッジで自分の障害や暮らしについて語り、福祉のまちづくりの必要性を訴える「物言う当事者(市民)」に変貌する。関市社協の取り組みでは計画策定後、16の支部(地区)社協主催の基幹事業(福祉教育事業)となる「ふくし」懇談会で、さまざまな人との出会いがあった。Y氏が、「この地域にはこんなに多くの障がい者がいる。この地域の恥だ。こんな資料を懇談会に出してもらいたくない」と強い口調で不満をぶちまけた。翌年に開催された懇談会には、地元に所在する福祉施設で暮らす知的障害の若者数人が、地元住民として参加した。「自己紹介をお願いします」「‥‥‥」「‥‥‥」。彼らを温かく見守る参加者のなかにY氏もいた。
〇こんな話は枚挙にいとまがないが、地域に住む一人の住民が変わり、一人の住民が仲間と共に地域を変える。「まちづくりと市民福祉教育」の醍醐味がここにある。まちづくり幻想を振り払いまちを変えるのは常に、「百人の合意より一人の覚悟」(235ページ)であり、地域を変えるには「夢」(97ページ)が必要である、という木下の言葉を思い起こしたい。
〇絶対的に地盤沈下しているその今日的状況のなかで、社協は地区社協(小・中学校区の圏域)を基盤に、専門多機関や多職種、そして何よりも一人ひとりの高齢者や障がい者、子どもから大人までの地域住民などが、「まちづくりと市民福祉教育」を通していかに連携し共働・共創するかが問われている。それは、社協の唯一の生き残り策であるとも言える。「地域福祉(社協活動)は福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」という言葉を改めて強く認識したい。

よくある話ですが、うちは閉鎖的だとか、出る杭は打たれるだとか、結局、言い訳なわけです。閉鎖的だろうと、出る杭は打たれるだろうと、やる人はやるわけです。/「自分の保身で怖いからやりたくないんです。絶対に損したくないし」といってくれればよいのですが、なぜか土地のせいにします。そもそもよそ者でなくても、若くなくても、バカなんて言われなくても、やればいいだけなのです。(129ページ)

付記
「関係人口」については、阪野 貢/「まちづくりと市民福祉教育」論の体系化に向けて―その本質に迫るいくつかの鍵概念に関する研究メモ― 7 関係人口/地域再生主体としての「新しいよそ者」/2022年10月30日投稿 を参照されたい。

阪野 貢/追補/「差別」再考―「共事者」と「当事者」に関するメモ―

〇本稿は、先の記事――<雑感>(168)「差別」再考―「差別はたいてい悪意のない人がする」「差別は思いやりでは解決しない」のワンポイントメモ―/2023年2月4日投稿 の追補である。
〇『人新世の「資本論」』(集英社新書、2020年9月)で知られる斎藤幸平の新著に、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA、2022年11月)がある。本書は、2020年4月から2022年3月にわたって毎日新聞に連載された「斎藤幸平の分岐点ニッポン」を書籍化したものである。行き詰まっている資本主義の現場から、23のテーマについて言及する。第3章の「偏見を見直し公正な社会へ」では、声をあげることが難しい「沈黙する(日本)社会」にあって、「外国人労働者」をはじめ「釜ヶ崎の野宿者」「東日本大震災の復興」「水俣病問題」「部落差別」「アイヌ」などに関する実相が抉(えぐ)り出される。
〇斎藤は、本書の「あとがき」で補足的に、マジョリティの特権集団に欠けている他者へのエンパシー(共感)や想像力について触れ、「一から学び直す」必要性を説く。また、誰もが加害者であり被害者でもある「事を共にする」ゆるい関りに根ざした「共事者(きょうじしゃ)」(いわき市在住の地域活動家、小松理虔の言葉)について言及する。
〇ここで、「共事者」とその類義語・関連語である「当事者」に関する斎藤の文章をメモっておくことにする(抜き書き)。

共事者は、一つの問題や正義に固執し、他の問題や自分の加害性に目を瞑(つぶ)るのではなく、さまざまな問題とのインターセクショナリティ(交差性)を見出し、さまざまな違いや矛盾を超えて、社会変革の大きな力として結集するための実践的態度である。/共事者になることは、これまでの「敵/味方」「被害者/加害者」というような単純な二元論的語りのなかで、排除・抑圧されてきた声を聞き取ることができるようになるための一歩である。(217ページ)

当事者とは誰か、本当の当事者探しをして、彼らの意見を絶対視して、尊重すべきことなのか? それは、当事者・非当事者という線引きのもとで分断を生むだけでない。結局、「真の当事者」として誰を優先するかを決定するにあたって、そこにもまた研究者や支援者の権力関係が入り込んでくる。自分にとっての都合のいい「真の当事者」の主張を探して、他の人々を黙らせることが一般化するだろう。それでは「当事者」も利用されているだけだ。それに、自らの正義に固執して、それに合致しないものを糾弾するような運動は、共感も生まない自己満足で終わる。/結果的に、「真の当事者」への語りを限定していくことが、多くの人にとって「自分には語る資格がない」と声どころか、考える能力さえも奪うことになる。その先に待っているのは、無関心と忘却である。それでは社会問題はまったく改善しない。「自分は当事者ではないから発言をするのを控えよう」というのは、一見するとマイノリティに配慮しているようで、単なるマジョリティの思考放棄である。それは、考えなくても済むマジョリティの甘えであり、特権なのだ。そのようなダイバーシティでは、差別もなくならない。(215~216ページ)

〇福祉教育ではしばしば、「当事者」や「当事者性」について議論される。その際の「当事者性」とは、「当事者」またはその問題との心理的・物理的な関係の深まりを示す度合いを意味する言葉である。その点において福祉教育は、その当事者性(すなわち当事者やその問題をどの程度 “ 我が事 ” として捉えるか)を高め深めることを支援することによって、問題意識や問題解決のための具体的な行動を得ようとする実践である、といえる(松岡廣路「福祉教育・ボランティア学習の新機軸―当事者性・エンパワメント―」『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』 VOL.11、万葉舎、2006年11月、18、19ページ)。付記しておきたい。

阪野 貢/「差別」再考―「差別はたいてい悪意のない人がする」「差別は思いやりでは解決しない」のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、「差別論」に関する本が2冊ある。キム・ジへ著/尹怡景(ユン・イキョン)訳『差別はたいてい悪意のない人がする―見えない排除に気づくための10章―』(大月書店、2021年8月。以下[1])と神谷悠一著『差別は思いやりでは解決しない―ジェンダーやLGBTQから考える―』(集英社新書、2022年8月。以下[2])がそれである。いずれも、ハッとするタイトルである。
〇[1]は、韓国で16万部超のベストセラーとなったキム・ジへ(김지혜、Kim Ji-hye)著『善良な差別主義者』(선량한 차별주의자、2019)の日本語訳版である。筆者の差別や人権についての稚拙な考えや思い・願いに変革を迫る、強烈なメッセージを発する本である。内容的には、事例を交えながら、女性や障がい者、セクシュアル・マイノリティ、移民などに対する差別や人権の諸問題が取り扱われる。
〇「本書が注目されたのは、差別に関する既存の考え方に新たな問いを投げかけたからと考えられる。一般に、差別に対する認識は、差別をする加害者と、それを受ける被害者という構造の中で議論される。本書でも指摘されているように、だれもが差別は悪いことだと思う一方、自分が持つ特権には気づかないので、みずからが加害者となる可能性は考えない傾向が強い。こうした考え方に、本書は『善良な』という表現を用いて、『私も差別に加担している』『私も加害者になりうる』という可能性に気づかせる。つまり、平凡な私たちは知らず知らず差別意識に染まっていて、いつでも意図せずに差別行為を犯しうるという、挑発的なメッセージを著者は投げかけている」(金美珍、[1]229~230ページ)。
〇[1]では「トークニズム」、「特権」、「優越理論」、「間接差別」、「差異の政治」などの理論に基づき、「多様性と普遍性」(「多様性をふくむ普遍性」)や「形式的平等と実質的平等」の観点から、また個人的レベルと構造的レベルの差別などをめぐって論究する。「差別禁止法」についての言及も注目される。それぞれの理論と差別禁止法に関する言説の一部をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

トークニズム―名ばかりの差別是正措置:お茶を濁す―
トークニズムtokenismとは、歴史的に排除された集団の構成員のうち、少数だけを受け入れる、名ばかりの差別是正措置をさす。/トークニズムは、被差別集団の構成員のごくわずかを受け入れるだけで、差別に対する怒りを和らげる効果があることが知られている。それによって、すべての人に機会が開かれているように見え、努力し能力を備えてさえいれば、だれもが成功できるという希望を与えるからである。結局、現実の状況は理想的な平等とは雲泥の差があるにもかかわらず、平等な社会がすでに達成されているかのような錯覚を引き起こす。(25ページ)

特権―「持てる者の余裕」:意識にのぼらない恩恵―
特権とは、一部の人だけが享受するものではない。特権とは、与えられた社会的条件が自分にとって有利であったために得られた、あらゆる恩恵のことをさす。/不平等と差別に関する研究が進むにつれ、学者たちは平凡な人が持つ特権を発見しはじめた。ここで「発見」という言葉を使ったのには理由がある。このように日常的に享受する特権の多くは、意識的に努力して得たものではなく、すでに備えている条件であるため、たいていの人は気づかない。特権というのは、いわば「持てる者の余裕」であり、自分が持てる側だという事実にさえ気づいていない、自然で穏やかな状態である。(30ページ)/自分には何の不便もない構造物や制度が、だれかにとっては障壁(バリア)になる瞬間、私たちは自分が享受する特権を発見する。(31ページ)/ほとんどの人は平等という大原則に共感しており、差別に反対している。(中略)しかし、相対的に特権を持った集団は、差別をあまり認識していないだけでなく、平等を実現するための措置に反対する理由や動機を持つようになる。(38ページ)

優越理論―嘲弄(あざけり、からかうこと):他人の不幸は蜜の味―
プラトンやアリストテレスなど、古代ギリシアの哲学者たちは、人は他人の弱さ、不幸、欠点、不器用さを見ると喜ぶと述べた。笑いは、かれらに対する一種の嘲弄(ちょうろう)の表現だと考えたのだ。このような観点を優越理論superiority theoryという。トマス・ホッブズは、人は他人と比べて自分のほうが優れていると思うとき、プライドが高まり、気分がよくなって笑うようになると説明する。だれかを侮蔑(ぶべつ)するユーモアがおもしろい理由は、その対象より自分が優れているという優越感を感じられるからである。/優越理論によれば、自分の立ち位置によって、同じシーンでもおもしろいときと、そうでないときがある。そのシーンから自分の優越性を感じる際にはおもしろいけれど、逆に自分がけなされたと感じればおもしろくない。(92ページ)/集団間の関係においても、同じような現象があらわれてくる。人は自分を同一視する集団に優越感を持たせる冗談、すなわち自分とは同一視しない集団をこき下ろす冗談を楽しむ。もしも相手の集団に感情移入してしまうと、その冗談はもはやおもしろくなくなる。(中略)相手の集団に対してネガティブな偏見を持っている場合はどうだろうか。決して自分とは同一視せず、むしろ距離を置こうとする集団に対する侮蔑は、みずからの属する集団の優越性を確認できる、楽しい経験になる。(93ページ)

間接差別―一見の平等と実際の差別:同じようで違う―
だれに対しても同じ基準を適用することのほうが公正だと思われるかもしれないが、実際は、結果的に差別になる。司法書士試験で、問題用紙・答案用紙と試験時間をすべての人に同一に設定すれば、視覚障害者には不利になる。製菓・製パンの実技試験において、すべての参加者に同じように手話通訳を提供しない場合、聴覚障害者に不利である。公務員試験の筆記試験で、他の受験生と同様、代筆を許可しない場合、高次脳機能障害の人に不利である。これらは、全員に同一の基準を適用することが、だれかを不利にさせる間接差別indirect discriminationの例である。(117ページ)

差異の政治―多様性を含む普遍性:みんな違う、みんな同じ―
承認とは、たんに人であるという普遍性についての認定ではなく、人が多様性をもつ存在であること、すなわち、差異を受け入れることをふくむ。集団間の違いを無視する「中立」的なアプローチは、一部の集団に対する排除を持続させる。「中立」と見せかけている立場は、実は主流の集団を「正常」と想定し、他の集団を「逸脱」と規定して抑圧する、偏った基準であるからだ。アイリス・マリオン・ヤングが述べる「差異の政治politics of difference」は、このように「中立性」で隠蔽(いんぺい)された排除と抑圧のメカニズムに挑むために「差異」を強調する。(194ページ)/アイリス・ヤングは、抑圧的な意味を持つ「差異」という言葉を再定義する必要があると述べる。「主流集団を普遍的なものとみなし、非主流だけを『異なる』と表現するのではなく、違いを関係的に理解し相対化すること」である。女性が違うように、男性も違うことができ、障害者が違うように、非障害者も違うと見る、相対的な観点だ。したがって、差異とは本質的に固定されたものではなく、文脈によって流動的なものである。車いすに乗っている人が「つねに」異なるわけではなく、運動競技のような特定の文脈では差異があっても、他の脈略では差異がなくなるようなものだ。(196~197ページ)/私たちはみな同じであり、またみな異なる。私たちを本質的に分ける差異はないという点で、私たちは人間としての普遍性を共有するが、世の中に差別が存在するかぎり、差異は実在するため、私たちはその差異について話しあいつづけなければならない。(197ページ)

差別禁止法―平等を実現するための方策:文化の改善か、政治改革か―
私たちが生涯にわたって努力し磨かなければならない内容を、「差別されないための努力」から「差別しないための努力」に変えるのだ。これらすべての変化は、市民の自発的な努力によって、一種の文化的な革命としておこなうこともできる。平等な社会をつくる責任のある市民として生きる方法を、市民運動に学ぶのだ。しかし同時に、平等の価値を共同体の原則として明らかにし、新しい秩序を社会の随所に根づかせるための法律や制度も必要だ。日常における省察とともに、平等を実現するための法律や制度に関する議論が必要なのだ。(202ページ)/差別撤廃という目的には同意するが、国が介入する問題なのかという疑問を抱く人々もいる。かれらは、国が介入するかわりに、自発的な文化の改善を通じて社会の変化をつくりだせると考える。これは、たしかに理想的で望ましく、法の制定とは無関係に、根本的な社会変化のために必要なアプローチではある。しかし、すでに差別が蔓延している社会で、法律で定められた規範ないし実質的な変化を期待することは難しい。(208ページ)

〇以上に加えて、キム・ジヘの言説の理解を深めるために、文章のいくつかを抜き書きする。

●  私をとりまく社会を理解し、自己を省察しながら平等へのプロセスを歩みつづけることは、自分は差別をしていないという偽りの信仰よりも、はるかに貴重だということだけは明らかである。(プロローグ:13ページ)
●  私たちが権利や機会を要求するとき、結果として求めるのは、ただ楽な人生ではない。私たちは、施設に閉じ込められ、他人から与えられたものだけを食べて寝て、何の労働もせず生涯を送る人生を、人間らしい生き方とは思わない。(中略)不平等な立場にいる人が平等な権利と機会を求めるのは、他の人と同じように、リスクを覚悟して冒険し、自分なりの人生を生きていくための権利と機会という意味なのである。(1章:36ページ)
●  立ち位置が変われば、風景も変わる。/風景全体を眺(なが)めるためには、世の中から一歩外に出てみなければならない。(中略)私たちの社会がユートピアに到達したとは思えない。私たちはまだ、差別の存在を否定するのではなく、もっと差別を発見しなければならない時代を生きているのだ。(1章:41ページ)
● 固定観念は、自分の「頭の中にある絵」にすぎない。(中略)固定観念は、自分の価値体系をあらわす、ある種の自己告白になる。(51、52ページ)/固定観念は一種の錯覚だが、その影響力は相当強い。(中略)人々は、自分の固定観念に合致する事実にだけ注目し、そのような事実をより記憶し、結果的に、ますます固定観念を強固にしていくサイクルが作られる。一方で、固定観念に合致しない事実にはあまり注意を払わない。固定観念を覆すような事例を見かけたとしても、なかなか考えを変えようとしない。かわりに、その事例を典型的ではない特異なケースとみなし、例外として取りあつかうのである。(2章:52~53ページ)
●  差別を眺めるとき、性別や人種という軸に加えて国籍、宗教、出身国・地域、社会経済的地位などの軸を加えると、状況はさらに複雑になる。(62~63ページ)(中略)差別の経験をひとつの軸だけで説明することはできない(中略)。/さまざまな理由で幾重にも重なった差別を受ける人、差別を受ける集団の中でさらに差別を受ける人もいる。差別とは、二つの集団を比較する二分法に見えるが、その二分法を複数の次元に重ねて立体的に見てこそ、差別の現実を多少なりと理解することができるのだ。(2章:63ページ)
●  差別は私たちが思うよりも平凡で日常的なものである。固定観念を持つことも、他の集団に敵愾心(てきがいしん)を持つことも、きわめて容易なことだ。だれかを差別しない可能性なんて、実はほとんど存在しない。(2章:65ページ)
● (差別について)考察する時間を設けるようにしないかぎり、私たちは慣れ親しんだ社会秩序にただ無意識的に従い、差別に加担することになるだろう。何ごともそうであるように、平等もまた、ある日突然に実現されるわけではない。(3章:85ページ)
●  「からかってもいい」とされる特定の人々(中略)だけに同じようなこと(揶揄、蔑視)が集中してくりかえされる。私たちは、だれを踏みにじって笑っているのかと、真剣に問いかけるべきなのだ。(96ページ)/だれかを差別し嘲弄するような冗談に笑わないだけでも、「その行動は許されない」というメッセージを送れる。(中略)少なくとも無表情で、消極的な抵抗をしなければならないときがあるのだ。(4章:105~106ページ)
●   私たちはたちは教育を通じて、不公正な能力主義を学んでいるのではないだろうか。そのことによって、何ごとも不合理に区分しようとする、不平等な社会をつくっているのではないか。いまさらながら怖くなる。(5章:124ページ)
●  「差別は(中略)人種や肌の色を理由に、だれかを社会の構成員として受け入れないとするとき、その人が感じる侮蔑感、挫折感、羞恥心の問題である」。すなわち、人間の尊厳に関する問題なのである。(6章:143ページ)
●  民主主義が実現するには、基本的な前提として、社会のすべての構成員が平等な関係をもち、対等な立場で討論できなければならない。(中略)私たちは、同じ空間を共有しながら生きていくための倫理について考えなければならない。そうしてこそ、隠蔽された不平等を前提として平等を享受していた、古代ギリシアのポリスとは違う、真の民主主義をつくることができるだろう。(7章:162ページ)
●  正義とは、真に批判する相手がだれなのかを知ることである。だれが、または何が変わるべきなのかを正確に知る必要があるということだ。世界はまだ十分に正義に満ちあふれているわけではなく、社会の不正義を訴える人々の話は、依然として有効である。(8章:182ページ)
●  平等に向けた運動に参加できるのはだれだろうか。全員の賛同を期待することはできないだろう。歴史上、何の抵抗もなく達成された平等はなかったからだ。しかし同度に、一部の人々は、自分の立場や地位に関係なく、正義の側に立ち、マイノリティと連帯した。結局は、私たちだれもがマイノリティであり、「私たちはつながるほどに強くなる」という精神が世の中を変化させてきた。あなたがいる場所で、あなたはどんな選択をしたいだろうか。(9章:202~203ページ)
●   だれもが平等を望んでいるが、善良な心だけでは平等を実現することはできない。不平等な世界で「悪意なき差別主義者」にならないためには、慣れ親しんだ秩序の向こうの世界を想像しなければならない。そういう意味で、差別禁止法の制定は、私たちがどのような社会をつくりたいかを示す象徴であり宣言なのだ。(10章:219ページ)
●   閉鎖されたひとつの集団としての「私たち」ではなく、数多くの「私たち」たちが交差して出会う、連帯の関係としての「私たち」も可能ではないだろうか。だれかに近づき、「線を踏んだでしょう」「出て行け!」と叫ぶのではなく、みんなを歓迎し、一緒に生きる、開かれた共同体としての「私たち」をつくりたい。(エピローグ:224ページ)

〇[2]は、「差別」を「心の問題」として捉え、善意の「思いやり」や「優しさ」で解決しようとする「思いやり」万能主義からの脱却を説く。そして、権利保障と差別を解消・禁止するための法制度の整備や施策の推進の必要性と重要性について論究する。そこで取りあげる差別は、主に女性差別と性的少数者差別である。
〇神谷はこういう。「思いやり」はあくまでも、個人の資質や感情に基づくものである。その「思いやり」に基づかなくても人は守られる、というのが「人権」の考え方である。差別のひとつに「アンコンシャスバイアス」(無意識の偏見)があり、「思いやり」と同じ匂いがするフレーズに、現状の取り組みを是認する(新規性がない)意味の「周知を徹底する」や、他人事の象徴としての「何も気にしない」といったものがある。セクシュアルハラスメントに関して、「防止」法制(規定)はあるが「禁止」法制(規定)はない。また、男女の雇用機会の均等に関しても差別は禁止されているが、罰則の規定はない。ともに実効性が低く、「思いやり」に留まっているのが日本の現状である。
〇そこで神谷にあっては、制度や法律を整備することによって、一定の水準で権利を担保することが重要である。差別の防止・解消や禁止についての「啓発」の制度化や、差別禁止の法制度の導入が必要であり、「これが一番の近道」(93ページ)となる。
〇[2]における神谷の主張は要するに、「差別は権利の問題であり、思いやりは人権尊重の理念を持たない」、「差別は思いやりではなく、制度で解決すべきである」というものである。その言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換)。

●  人権問題、特に「ジェンダー」や「LGBTQ」の問題を考えたり語ったりする際に、突然「思いやり」が幅を利かせ始め、万能の力を持つかのように信奉されてしまう。(中略)何をするにしても「思いやり」が靄(もや)のように現れ、実際には何も進んでいないにもかかわらず、何かを「やった感」「やっている感」だけが残るというのが長年の日本の状況(である)。(4~5ページ)


●  「思いやり」は、個々人の「気に入る」「気に入らない」といった恣意性に左右されやすいものであり、不具合が起きてしまうものである。思いやりも人それぞれ、ということになると、そこで保障されることも人それぞれであろう。そんな普遍性のないものを「人権」と呼べるだろうか。(49ページ)
●  ジェンダー規範からの逸脱は、排除を引き起こし、差別やハラスメント、仲間外れや無視といった事象が、逸脱したマイノリティ(女性、性的マイノリティはもちろん、これらの人たちに限らない)自ら、自分を制約する方向に力を加える。それが差別に対する異議申し立てを封印し、「男らしさ」を優遇する。だから、性的マイノリティに対する個別の差別や暴力根絶とともに、大元の性差別撤廃(女性差別を含むが、より広い意味で)にも力を入れるべきだ、ということである。(112ページ)
●  思いやり「だけ」では、多岐にわたる複雑な問題を解決することはできない。仮に思いやる心があったとして、それを持続的に、習慣的に、社会的な背景や構造にアプローチできる何らかの方法で実行しない限り、社会はもとより、身の回りを変えることも難しいが実情である。/関心のない人も含めて、より多くの人がジェンダーの領域に一定程度の水準まで取り組みを進めるためには、オーダーメイド的な(職人的なと言ってもいいかもしれません)取り組みだけではなく、ある種の「量産型」的な、誰にでも取り組め、扱うことのできる手法(研修・講習による定期的な周知・啓発:筆者)も、同時に求められている。(133~134ページ)
●  「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」(略称「人権教育・啓発推進法」。2000年12 月 公布・施行)は、人権一般を扱うほとんど唯一の法律であるが、教育・啓発を実施するための行政の体制整備以外のことは規定がなく、実際の権利の保障には至っていないという致命的な課題がある。(52ページ)/この法制度に基づく取り組みは、「心がけとか思いやりとか、私人間の関係性のレベルにとどまっている」という指摘もある。(50ページ)
●  イギリスでは、「性別」や「障がい」など各分野の差別禁止法を統合したものを、通称「平等法」と呼び、両者はほぼ同じ内容として見られているようである。イギリスの場合、各分野の差別禁止法を統合した「平等法」のほうが、差別禁止法よりも積極的に平等を目指すために「公的機関の平等義務」などを規定しているとの指摘もある。(187ページ)

〇以上の言説を「福祉教育」に引き寄せて一言する(問う)。福祉教育(実践と研究)はこれまで、ジェンダーやLGBTQの問題について見て見ぬ振りを決め込んできたのではないか。また、福祉教育(実践と研究)はどれほどに、外国籍の子どもだけでなく外国人労働者や移民などの人権や差別について体系的に言及してきたか。厳しい差別や排除の現場に立ってその実態から気づき・学びを深める教育(体験学習)に積極的に取り組んできたか。差別の背景や構成要素(直接差別、間接差別、合理的配慮の否定など)について加害者と被害者を構造化して考えてきたか。不公正な能力主義や不合理な選別主義に対峙する批判的な福祉・教育理論の構築や実践に関心を払ってきたか。社会通念の変革とともに、差別を禁止・根絶するための政策の立案や関係法律・制度の改善・整備について思考し行動(運動)を起こしてきたか。そして何よりも、「思いやり」はこれらについての「思考停止」を促してきたのではないか。自責の念に駆られる。

新美一志/追記/書く:「論文の書き方」について―あなたへ―

〇本稿は、先の記事――<雑感>(165)新美一志/書く―あなたへ―/2022年12月12日投稿 の追記です。内容的には、「論文の書き方」についての基礎と基本(土台と中心、知識と認識)のあれこれを改めて考えようとするものです。叙述の形式(フォーム)については、他の記事との整合性を考慮して、阪野貢氏のそれに依ることにしました。

(1)清水幾太郎『論文の書き方』岩波新書、1959年3月(改版:2015年2月)
〇本書は、自身の経験に触れながら、「文章構成の基本的ルール」をエッセイ風に纏めたものである。それは、「Ⅰ 短文から始めよう」から始まり「Ⅱ 誰かの真似をしよう」がそれに続くが、いわゆる「ハウツーもの」ではない。文章を書く行為は人間にとって気高い精神の営みであることが詳述される。岩波新書のロングセラーであり、「古典的名著」と言われる所以でもある。
〇清水にあっては、文章・論文を書くというのは、「或る問題に答えることであり、或る問題を解くことである」(19ページ)、「観念や思いつきを大切にしなければいけない」(21ページ)、「言葉を使い、論理(ロゴス)を重んずるといことである」(108ページ)、「経験と抽象との間の往復交通を必要とする」(181ページ)、「思想に秩序を与えることである」(157ページ)、「思想を作ることであり、人間を作ることである」(229ページ)。
〇本書のうちから、留意したい言説のいくつかをメモっておく(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

書くことを通して本当を理解することができる
読むという働きより一段高い、書くという辛い働きを通して、読むという働きは漸(ようや)く完了するのである。即ち、書物を読むのは、これを理解するためであるけれども、これを本当に理解するのには、それを自分で書かねばならない。自分で書いて初めて書物は身につく。/読む人間から書く人間へ変るというのは、言ってみれば、受動性から能動性へ人間が身を翻(ひるがえ)すことである。書こうと身構えた時、精神の緊張は急に大きくなる。この大きな緊張の中で、人間は書物に記されている対象の奥へ深く突き進むことが出来る。しかも、同時に、自分の精神の奥へ深く入って行くことが出来る。対象と精神とがそれぞれの深いところで触れ合う。書くことを通して、私たちは本当に読むことが出来る。表現があって初めて本当の理解がある。(8~9ページ)

「が」に頼っていては文章は書けない
「‥‥‥が、‥‥‥」。相当に長い句が「が」という接続助詞で結びつけられている文章がある。(56ページ)/「が」の重要な用途を挙げてみると、第一に、「しかし」「けれども」「にも拘わらず」の意味があり、前の句と後の句との反対関係が「が」で示される。第二に、「それゆえ」「それから」の意味で用いられ、前の句と後の句との因果関係が「が」で示される。第三に、「そして」という程度の使い方があり、前の句と後の句との単なる並列乃至(ないし)無関係が「が」で示される。(57ページ、要約)/「が」は極めて便利な接続助詞なのであって、これを頻繁に使えば、誰でもあまり苦労せずに文章が書ける。(中略)眼の前の様子も自分の気持も、これを、分析したり、また、分析された諸要素間に具体的関係を設定したりせずに、ただ眼に入るもの、心に浮かぶものを便利な「が」で繋いで行けば、それなりに滑かな表現が生まれるもので、無規定的直接性の本質であるチグハグも曖昧も表面に出ずに、いかにも筋道の通っているような文章が書けるものである。(中略)それだけに、「が」の誘惑は常に私たちから離れないのである。(60~61ページ)/本当に文章を書くというのは、無規定的直接性(眼前や心中に現れているものをそのまま表現すること:阪野)を克服すること、モヤモヤの原始状態を抜け出ることである。(60ページ)

文章とは認識であり行為である。文章には個人性と社会性がある
文章とは、認識である。行為である。(60ページ)/(文章はそれを理解し認識することによって初めて意味をなすが:阪野)どうにでも受取れるような曖昧な表現は避けねばならない。主語がハッキリしていること、肯定か否定かがハッキリしていることが大切である。(81ページ)/(それは)書く本人が責任を負うということである。(46ページ)/言うまでもなく、文章を書くというのは自分を主張する行為である。与えられた現実を、自分というものを通して再構成する働きにほかならぬ。自分の、自分だけの行為である。文章には強く個人性の側面があると言わねばならない。しかし、その半面、特定の個人に宛てた手紙とは違って、文章は広く不定限の人々によって読まれるものである。それは社会生活の中へ出て行かねばならぬ。文章は社会生活の中で活動し、そこで評価を受けなければならない。(144ページ)

文章は自由であるが常に孤独である
話し言葉は協力者(話し相手)の群に囲まれていると同時に、紐つきである。これと反対に、書き言葉即ち文章は、孤軍奮闘、何処にも味方がいないと同時に、非常に自由である。しかし、自由は何も楽しいものとは限っていない。/文章においては、言葉は常に孤独である。それは全く言葉だけの世界であって、何処を眺めても、協力者はいない。会話において多くの協力者がやってくれた仕事を、一つ残らず、言葉が独力でやらなければならない。文章を勉強するには、何は措いても、このことを徹底的に頭に入れておく必要があると思う。この点で、書き言葉は話し言葉と全く条件が違うのである。文章を書く場合、具体的な人間が相手になっているのではないし、まして、相槌など打ってはくれない。具体的状況を相手と共有することもないから、これを当てにするという便宜も欠けている。言うまでもないことだが、表情や身ぶりも手伝ってはくれない。しかも、そういう協力者がいないというだけでなく、会話で協力者が果してくれた役割の一つ一つを、文字を使って自分で果して行かねばならないのである。(75~76ページ)

論文には説得力の広さと強さが求められる
論文は、誰にでも読んで貰える、誰にでも通用する、広い且つ強い説得力を持つべきものである。相手がいても、その相手に甘えたら、立派な論文は書けない。そういう広さや強さを身につけておいて、その上で特定の相手を考えるのが順序である。読む人の中には、さまざまの考え方の人がいるであろうが、文章は、考え方の相違を突破して行くだけの力を持たねばならない。しかし、力はただ烈しい形容詞などを用いても生れはしない。むしろ、大切なのは、静かな、しかし、誰でも認めずにいられぬような証明であろう。(77~78ページ)/文章を真面目に勉強している人なら、相手の著書や論文を本気で研究することから始めなければいけない。相手が言おうとしていることを、相手に代ってキチンと言えるくらいでなければいけない。(中略)著者の身代りになって表現出来るほどにマスターした書物や論文であってこそ、本当の批判を加えることが出来るのである。(中略)文章の修行は、ただ文章の修行ではなくなる。技術の勉強ではなく、内容の勉強に発展する。(中略)それから、もう一つ、批判の文章では、著者は確かに相手であるけれども、手紙でない限り、著者だけが読むのではない。著者以外の読者という相手がいること、そこから要求される説得力の広さと強さ、これを忘れてはならない。(78~79ページ)

日本語を客体として意識しなければならない
私たちは日本語に慣れ、日本語というものを意識していない。これは当り前のことである。しかし、その日本語で文章を書くという時は、この日本語への慣れを捨てなければいけない。日本語というものが意識されないのでは駄目である。話したり、聞いたりしている間はそれでよいが、文章を書くという段になると、日本語をハッキリ客体として意識しなければいけない。自分と日本語との融合関係を脱出して、日本語を自分の外の客体として意識せねば、これを道具として文章を書くことは出来ない。文章を書くというには、日本語を外国語として取扱わなければいけない。(87ページ)

文章を書くに当たって学説と現実的な問題に気を配る必要がある
当の問題について、既にいろいろな学説があるものである。主要な学説は、それを採用するか否かに関係なく、これを知っていなければいけないし、学説の間には相互に批判があるにきまっているから、それぞれの要点も知っていなければいけない。こういう方面で非常識であってはならない。仮に既存の学説をすべて拒否するにしても、その大体を知った上での拒否でなければならない。/社会には必ずアクチュアル(現実的)な問題がある。どういう時代にも、人々の関心を集めているアクチュアルな問題があって、それをめぐっていろいろの勢力や意見が戦い合っているものである。こういう状況はよく掴(つか)んでおいた方がよい。それは、世間の注目を集めている問題についてのみ発言せねばならぬという意味ではない。自分の文章がどんなにアクチュアルでなくても、結局はそこで読まれ、そこで或る役割を果すのであるから、こういう状況の構造は知っておく必要があるという意味である。(145ページ)

文章には攻める面と守る面とがある
文章には、攻める面と守る面とがある。文章を書く時、私たちは攻撃と守備という二つの活動をするのである。言うまでもなく、攻撃というのは、自分の意見や発見を主張する側面である。これは自分だけが社会に向かって行うものであり、自分だけが行うものであればこそ、文章を書くという張り合いがある。(中略)これに対して、守備というのは、自分の意見や発見が、学説の上と現実の上とで、社会的に孤立しないように、そこにしっかりと足場を固める作業である。これが不足だと、或いは、不足だと感じられると、社会に向って歩み出して行く自信が生まれてこない。攻める方が個人性の面であるとすれば、守る方は社会性の面である。(中略)文章を書く時、二つの側面があることを念頭に置かねばならぬ。自分は何処を攻めているのか。何処に自分の意見や発見があるのか。それを知っていなければいけない。というのは、うっかりすると、ただ守るばかりで、一向に攻めない文章を書いてしまうからである。(146~147ページ)

(2)小熊英二『基礎からわかる 論文の書き方』講談社現代新書、2022月5月
〇本書は、自身が担当する慶応義塾大学藤沢キャンパスでの「アカデミック・ライティング」の講義をもとに、学問分野を超えた共通の科学的な「論文の書き方」の「基礎」として、「論文とは何か」「科学とは何か」を提示する。そのうえで、「研究の進め方」「文章の書き方」などについて説述する。しかし、それは、「論文の書き方マニュアル」ではなく、また「文章指導」でもない。「論文の書き方」の「基礎」の「教養」(451ページ)である。
〇小熊にあっては、「基礎からわかる」とは、初歩ではなく、根本から理解することを意味する。そして、人間が論文を書くのは人間の不完全さに気づき、不完全な人間が進歩するためである(446ページ)。論文(アメリカ式の論文の型式)は、「自分の考えを根拠と論理をもって説明し、他人を説得する」(4ページ)型式であり、「必ずしも真実の探究の技法ではない」。すなわち、主題(問い)を提起し、論証し、再確認する(問いに答える)という型式(構成)で、たとえば「戦争をやろう」とも「戦争をやめよう」とも主張でき、「善用も悪用もできる技法」でもある(56ページ)。そして小熊はいう。学問は、意見・考えに対する批判と追検証による協同作業を通して発展し、みんなの共有財産(共有知識)になる(68ページ)。論文は、その「協同作業の一部」である(94ページ)。科学は、目や耳で経験的に観測できる対象を調査し、追検証できるような研究を求める(118ページ)。その実践(現実・事実の説明と因果関係の論証など)が論文の作成である。ここに、論文の社会的意義が見出され、著者の責任が問われることになる。
〇本書のうちから、留意したい言説のいくつかをメモっておく(抜き書きと要約。見出しは筆者。語尾変換)。

「論文の書き方」の基礎
「科学は進歩する」というのなら、科学は不完全だということ、もっといえば人間は不完全だということを、前提にしていることになる。(445ページ)/人間は不完全だから進歩するし、努力する。そして、人間が一人でやれることには限界がある。だから書いて、公表し、他人と対話する。それが「論文の書き方」の、いちばんの基礎にあたるものである。表面的な型式がいくらか変わったとしても、そこは変わらない。(446ページ)

「論文」の型式と「良い文章」の基準
「論文」は基本的には、①主題となる問いを提起し(序論introduction)、②証拠を挙げて論証して(本論body)、③問いに対する答えを述べる(結論conclusion)、という流れを構成する。(29ページ)/論文とは、論理で説得する技法である。/そのためには、意味が明快で、つながりが論理的であることが求められる。/それを実現するには、一つ一つの文がどういう内容を持っているのか、どういう論理的なつながりをもってその位置にあるのか、を意識することが必要である。一つの文が一つの内容を持ち、全体の主題を支えるように配置される。そのように意識するのが、論文の文章を書く一つのやり方である/。またもう一つ、学術的な論文に要求されるのは、典拠(てんきょ)が示されていることである。これがないと、読者が追検証できない。/これらから考えると、論文における「よい文章」の基準は、①意味が明確であること、②論理が追いやすいこと、③典拠が示されていること、の三つである。(376~377ページ)

「科学」の考え方と論文を書くことの意義
近代の「科学」は、論文を公表して、相互批判や追検証を行いながら発展してきた。(63ページ)/「科学」というのは、お互いに前提を共有して、論拠を確認しながら、論理的に対話していくことである。「これは科学的に証明されていることだ。反論は許さない」とかいったら、それは「科学に名を借りた権威主義」といっていい。(64ページ)/科学が権威になったら、それはもう科学ではない。不完全さに気づき続けることが科学である。/そして、それを実践するのが、論文を書くということである。(459ページ)/学んだ知識や理論を使って、自分の問いを立て、先人の不完全さを指摘し、自分で対象を選び、自分で設計した方法論methodology(調査設計:個別の方法methodを組み合わせて、調査の全体を設計していくこと。方法の体系・システム:阪野)で調べてみる。それによって、自分が立てた問いや、自分が設計した方法論が不完全であったことを、対象と向かいあうことによって知る。あるいは、先人の知恵と試行錯誤に畏敬(いけい)の念をもつ。そうした経験をすることが、論文を書くことの意義である。(460ページ)

(3)戸田山和久『最新版 論文の教室―レポートから卒論まで―』NHKブックス、2022年1月
〇本書は、「ロングセラーの論文指南書」などと評される『論文の教室―レポートから卒論まで―』の第3版にあたる(『初版』2002年11月、『新版』2012年8月)。そこでの基本的な主張は、論文は「問いと主張と論証」のある文章であり、「型にはまった」文章である。「論文はアウトラインを膨らませて書くもの」であり、「論文の命は論証にある」(15ページ)、ということである。
〇戸田山は本書で、「論文とは何か」に始まって、論文を書くときの心構えや気をつけるべきこと、論理的な文章を書くためのノウハウ(しきたり、作法)などをめぐって、36の[鉄則](必ず守らなければならない規則)を提示する。そして、具体例をあげたり練習問題を示しながら分かりやすく、ときにはユーモアを交えながら解説する。
〇「鉄則」は次の通りである。そこから、「論文とは何か」(論文の定義)については、[鉄則05]から、「明確な問いを立て、その問いに対する一つの明確な答えを主張し、その主張を論理的に裏づけるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する文章」となる。その際の「論証」とは、ある主張の説得力を論理的に高めるためになされる言語行為のことをいう(162ページ)そして、その論証を説得力の高いものにするためには、そこで使われている根拠が十分な裏付けをもち、併せて論証の仕方・形式が妥当なものでなければならない。とりわけ留意しておきたいところである。


(4)澤田昭夫『論文の書き方』講談社学術文庫、1977年6月
〇本書は、「いかに研究するか、それをいかに論文としてまとめあげるか」についての具体的な手引であり、上述の清水の理論書に対して、「実用中心のハウ・トゥーもの」である。その重点は、論文にまとめあげるまでの研究過程に置かれ、それに関する戦略知識を提示する(15、16ページ)。その点において「名著」と評され、ロングセラーとなっている。
〇澤田にあっては、論文はおよそ次のようなプロセスを経て作成される。①論文書きの時間の約三分の二は、資料集め(トピックの選択、文献・資料探し、資料研究)で占める。②資料探しは体系的・合理的に行い、大ざっぱに資料に目を通す(仮読みする)。③参考図書に目を通し、参照した文献・資料はすべて記録する(文献カードを作成する)。④資料の必要部分を熟読し、テーマごとに分類・整理する(研究カードを作成する)。⑤手に入れた資料の真正性や信頼性をテスト(資料批判)し、正確なデータを作る。⑥集まったデータを構造的に組み立て、論理的なアウトラインを作り、それを文章化し、肉づけする(「書く」の型式的操作)。⑦データの内容について時間的・論理的アプローチや5W1Hなどの方法を用いて説明・解釈する(「書く」の内容的操作)。⑧下書き、書き直し、総点検(論文全体が明瞭で、正確で、無駄なく整理され、淀みなく流れるようにでき上っているかをチェック)し、論理的で説得力のある論文に仕上げる。
〇澤田は、「書く」ことと「読む」ことについてこういう。「書くというのは何よりも構造を作ることで、論文書きにはそれが最も大切なこと」である(103ページ)。「『書く』というのは、内容的には、資料に即して確立された正確なデータを、データに即して構成した一般概念によって説明、解釈すること」である(140ページ)。「『読む』のは、感受性、想像性、思想を豊かにするために『読む』こと」を指す(166ページ)。「広く深く『読む』ことは、よく『書く』ことの大前提で、優れた論文や著作は、『読む』ことによって豊かにされた精神からのみ生まれて」くる(167ページ)。付記しておきたい。

(5)小笠原喜康『最新版 大学生のためのレポート・論文術』講談社現代新書、2018年10月
〇本書は、レポート・論文術のベストセラーである『大学生のためのレポート・論文術』の第3版にあたる(『初版』2002年4月、『新版』2009年11月)。「1.レポート・論文のあたりまえの基本」から始まり、「2.レポート・論文の基本ルール」「3.文献・資料の集め方(テーマを絞る)」「4.レポート作成の基本」という順に詳述される。「1」と「2」は「論文の書き方事典」(16ページ)である。
〇小笠原は本書で、論文を書くテクニックではなく、クリティカル(鋭敏)な論文につながる「あたりまえの基本ルール」を微細にわたって説明する。小笠原はいう。「論文を書くには、必要な情報を検索して、問題点を絞りこみ、筋道をたてて表現しなくてはならない。こうした、探求力、構想力、論理力、表現力を総合的に身につけられるのが論文を書く作業である」(5ページ)。「現実の論文作成は、もっと泥臭く、もっと逡巡(しゅんじゅん)し、もっと後悔的である。簡単ではない。自分との闘いである」。「その苦しさの中で、自分があらわれてくる。(中略)結果ではなく、過程である」(6ページ)。「論文は、自分物語を書き、自分の世界をつくるためにある。他の誰でもない自分が、自分をみすえて自分の世界を変えていく。それが自分になる」(231ページ)。論文指導や論文論(論文に関する論)の第一人者と評される小笠原の思想・哲学である。

―あなたへ―
〇「論文の書き方」に関する本や資料は山ほどあります。今回は、論文指導や論文論に関する本のなかから、叙述の抽象度の高・低と射程範囲の広・狭を軸に、さらには論文の書き方のノウハウ(技術、コツ)の詳細度を考慮して、とりあえず以上の5冊を取り上げました。それぞれの特徴や視角・視座について誤解を恐れずあえて一言でいえば、清水のそれは「理論、」小熊は「学問」、戸田山は「鉄則」、澤田は「過程」、小笠原は「指導」という言葉になるでしょうか。また、それぞれにあっては論文を書くことは、「人間が進歩するため」(小熊)であり、「思想を作り、人間を作る」(清水)、「自分をみつける」(小笠原)、「自分を高める」(戸田山)、「自分の思想をまとめて表現する」(澤田)ことであるとしています。そして、その点への言及には哲学的・理論的な考察が含まれています。そこには濃淡(濃い味、薄い味、隠し味)がありますが、それぞれの本が版を重ねている理由のひとつを見出すことができると思います。それは、単なる「ハウツーもの」「手引書」「実用書」ではない、ということです。
〇詳細は原典にあたっていただくとして、内容の一部でも「あなた」に伝わることを願っています。

阪野 貢/「開かれた学校」と市民福祉教育:その光と影―武井哲郎著『「開かれた学校」の功罪』のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、武井哲郎の『「開かれた学校」の功罪―ボランティアの参入と子どもの排除/包摂―』(明石書店、2017年2月。以下[1])という本がある。「開かれた学校」を「善」とする者にとって、またそれに対して懐疑的な者にとっても、「功」と「罪」、「排除」と「包摂」という両義的な言葉(キーワード)によって興味・関心が引き起こされる。
〇[1]では、教室での学習や生活から排除されがちなマイノリティの子どもと、教師と異なる立場にある学習支援ボランティア(「学びの場に参入するボランティア」)との関係性に着目する。そして、「授業に継続して携わるボランティアの存在が学びの場に及ぼす影響を功罪両面から明らかにする」(45ページ)。その際、3つのリサーチ・クエスチョン(RQ)を設定し、それに則(のっと)って4つの事例を分析する(インタビュー調査による質的研究)。3つのRQは次の通りである(RQ1~RQ3、47ページ)。それぞれ(検討課題)を具体的に別言すれば、以下のようになる(RQ(1)~RQ(3)、45~46ページ)。

RQ1:教師と異なる立場にあるボランティアの参入は、学びの場における子ども同士の関係性にどのような影響を及ぼすことになるのか。
RQ2:教室での学習や生活から排除されがちな子どもとの関係において、ボランティアはいかなる役割を担うことになるのか。
RQ3:授業に継続して携わるボランティアは、自身の存在や立場をどのように捉えているのか。

RQ(1):教室空間にボランティアが参入することによって、ニューカマーの子どもや障害のある子どもが学級内で劣位に置かれる構造を崩(くず)すことは可能なのだろうか。それとも逆に、ボランティアの参入は、ニューカマーの子どもや障害のある子どもに付与されるスティグマを維持・強化する結果を招くだけなのであろうか。
RQ(2):学びの場に参入したボランティアとは、学校の価値や規範を自明視し、それを一方的に子どもへと押し付ける〈指導〉的な役割を担う存在でしかないのか、それとも、個別性への配慮と応答に重きを置く〈支援〉的な役割まで担いうる存在なのだろうか。さらには、現状への異議申し立てをも厭(いと)わずにボランティアが子どもの意思を代弁しその権利を擁護すること、すなわちボランティアによる「アドボカシー」は実現可能なのか。
RQ(3):学びの場において多様な背景を有した子どもたちと出会うなかで、ボランティアを「する側」は自身の存在や立場をどのように捉えるようになるのか、そして、ボランティアが〈指導〉的な役割ではなく、〈支援〉的な役割を担うために何が重要となるのか。

〇[1]で取り上げられた事例の1つ目は、脳性麻痺による体幹機能障害と軽度の知的障害をもつシン君のB小学校での事例である。武井はいう。シン君に対する「介助ボランティア」(10名)による特別な配慮は、「同質性の前提」や「一斉共同体主義」(30ページ)によって成り立つ日本の学校文化において、「例外的な措置」としてみなされた。その結果、シン君に付与されたスティグマは軽減・解消されず(107ページ)、シン君の共同体からの周辺化は助長された。そのことを武井は、「差別や排除を生み出す学級構造の問題性を詳(つまび)らかにできないまま、結果的に、学校の持つ価値や規範を補完することになったボランティアは、〈支援〉的な役割ではなく、〈指導〉的な役割を担う存在であった」(109ページ)、と認識する。
〇2つ目の事例は、シン君とほぼ同じ障害をもつリンさんのB小学校での事例であるが、リンさんは高学年を迎えるとボランティアによる学習面への介助は不要になる。武井はいう。「同質性の前提」が揺らがない以上、障害のある子どもが「劣位に置かれる状況を変えるのは難しい」(147ページ)。ボランティア(8名)は〈支援〉的な役割を果たすが、その役割を担うためには「①子どもとの対等な関係性、②イニシアティブの移譲(介護のイニシアティブを子どもの側に委ねること)」(151ページ)の2つが重要であることが明らかとなった。とはいえ、「たとえボランティアの介入が合理的な配慮にあたるのだとしても、他の児童からは反発の声が上がることになる」。そこで武井は、「ボランティアが〈支援〉的な役割を担ったからといって、教室での学習や生活から排除されがちな子どもの包摂に繋がるかは定かでなく、ボランティアの手を借りることが原則的に許されないという学級の規範を崩すための方策を探らねばならない」(152ページ)、と指摘する。
〇3つ目の事例は、コミュニティ・スクール(保護者・地域住民等で構成する学校運営協議会を設置する学校)の指定を受けたC小学校の事例である。それは、特定の子どもの介助だけを行うのではなく、不特定多数の子どもに関わる(一対多の関係性をもつ)「個別支援ボランティア」(2名)の活動事例である。武井はいう。C小学校では、「子ども同士の関係性に序列がつくられないよう、ボランティア自身があえて授業で出された課題の内容を理解できずにいるかのように振る舞う異質な存在」(193ページ)を演じた。その「異質性の顕在化」によって、「日本の学校で暗黙に共有されている『同質性の前提』を崩すことこそ、学びの場から差別や排除の論理を駆逐するための契機となり得」(194ページ)る可能性を見出している。また、ボランティアが教室での学習や生活から排除されがちな子どもの意思を代弁する役割(アドボカシー)を担おうとする。しかし武井にあっては、「教師との間には上下の関係を認識し、その指示や意向にはできるだけ従おうとしていることからも、ボランティアの立場で学習指導や生活指導の在り方に異議を申し立てるのは難しい」(199ページ)。そこで、「ボランティアによる『アドボカシー』の困難性を乗り越えるための条件を検討すること」(200ページ)が今後の課題となる。
〇4つ目の事例は、脆弱な立場に置かれているボランティアによる「アドボカシー」の可否に関するB小学校の学習支援ボランティア(10名)の事例である。武井はいう。「専門性の侵害を忌避する教師を前にして、非専門家であるボランティアが授業の内容や展開にまで働きかけることはできず、両者が対等な関係を築くことは難しい」(208ページ)。B小学校では、「教室内で脆弱な立場に置かれているボランティア同士が、授業に携わるなかで生じる不安や懸念を共有しながら、独自のネットワークを構築している」(239ページ)。そこで武井は、「ボランティアという立場ゆえの限界を相互に確かめ合いながら判断することが可能な状況にあったからこそ、教室での学習や生活から排除されがちな子どもの意思を代弁し、その権利を擁護するべく、教師とのコンフリクト(意見の衝突、不一致)をも厭(いと)わずに現状への異議申し立てを行うことができた」(242ページ)、と分析する。
〇以上の事例分析を通して武井は、それが含意する(インプリケーション)次の3点を提示する(見出しは本文より引用)。

(1)保護者・地域住民による「教育活動への参加」がもたらす影響
ボランティアが「一斉共同体主義」とも称される日本の学校文化を無批判に受け入れて活動するだけなのであれば、教室での学習や生活から排除されがちな子どもたちを、より不利な立場に追い込むことにもなりかねない。通常の学級に在籍する児童・生徒の多様化が進むなかで、保護者・地域住民による「教育活動への参加」を過度に礼賛するべきではないだろう(258~259ページ)。
(2)教師の専門性に介入するボランティアの困難と意義
依って立つべき専門性を有していないボランティアが、教師の指示や判断に対抗できるかというと必ずしもそうではなく、学校組織に「ゆらぎ」を与えるのは容易でない(260~261ページ)。(しかし)依って立つべき専門性を有していない保護者・地域住民であっても、差別や排除を生む学びの場の構造を批判的に問い直し、現状に対するオルタナティブ(代替)を提起することは可能である(262~263ページ)。
(3)学校―家庭・地域が異質な価値をぶつけ合うことの重要性
子どもの最善の利益を保障するという目的に照らせば、学校―家庭・地域の間で異質な価値がぶつかり合うことそれ自体を排除するべきではなく、むしろ、困難を抱える子どもたちに向き合う責任を三者(教職員・保護者・地域住民)が分有する契機として積極的に評価する必要がある(264ページ)。(すなわち)家庭や地域とのコンフリクトを回避するべく、現状に対する異議申し立ての声を全て封じ込めようとすることなどあってはならない。なぜならば、保護者・地域住民から上がる異議申し立ての背後には、教室での学習や生活から排除されがちな子どもたちの声が潜んでいる可能性が捨てきれないからである(266ページ)。

〇以上が[1]における武井の論点や言説の骨子である。それを「まちづくりと市民福祉教育」に引き寄せて一言する。
〇学校における主要な福祉教育活動のひとつに、高齢者や障がい者が学校を訪問し子どもたちと交流する活動がある。その際の高齢者は元気で生き生きと暮らす高齢者であり、障がい者は障害を乗り越えて前向きに暮らす障がい者であることが多い。介護や介助を要する高齢者や障がい者との交流は福祉施設でのそれが多い。しかもその際は、学校(教師)と施設(職員)によって事前準備がなされ、定型化されたプログラムを無難にこなすことがよしとされる。そこでは、高齢者や障がい者の多様性や異質性、個別性は捨象される。そして、こうした訪問・交流活動のねらいは一様に、精神主義的・道徳主義的な「思いやりの心」「福祉の心」の育成に置かれる。
〇こうした高齢者・障がい者の訪問・交流活動を「開かれた学校」づくりの一環として捉え、「学習指導」の視点からRQ(問い、課題)を例示すると次のようになろうか(RQ10プラス1)。それは内容的には、高齢者・障がい者による「単発的な訪問・交流活動が学びの場に及ぼす影響、その光と影」である。それを誤解を恐れずに極言すれば、高齢者・障がい者を学校や教師にとって使い勝手の良いだけの存在にするか、あるいは高齢者・障がい者が学校教育や子ども・教師を揺さぶる存在になることを期待するか、ということになる。本稿のむすびにかえたい。

RQ①:「同質性の前提」や「一斉共同体主義」の学校文化が無批判に受け入れられるなかで、高齢者・障がい者によって異質な価値を持ち込み、ぶつけ合うことは可能か、それは学校文化や教育を揺さぶることになるか。
RQ②:点数学力の競争と序列化を基本としながら理念的に協調や共生が叫ばれる教室での学習や生活において、高齢者・障がい者による学習指導は特別で例外的な活動とされるのではないか。
RQ③:教室での学習や生活において高齢者・障がい者はどのような役割や機能を果たすべきか、高齢者・障がい者に過剰期待や過重負担をかけないか、そのためには、またそれを防ぐためにはどのような事前確認や準備が必要か。
RQ④:素人である、また多様で異質な高齢者・障がい者によって子どもの関心や意欲が喚起され、教師がもっていない情報や知識・技能が提供されることは果たして可能か、また学習指導のねらいが期待通り達成されるか。
RQ⑤:脆弱な高齢者・障がい者による学習指導への参入が、高齢者・障がい者の社会的弱者としての烙印(スティグマ)を強化しないか、あるいは教室内で脆弱な立場に置かれている子どもをより不利な立場に追い込むことにならないか。
RQ⑥:過去に、あるいは差別や排除のなかで学んだ高齢者・障がい者にあっては、学校文化や教育の現状はどのように映り、どのように認識されるか、あるいはその点の事実認識は追求せず、等閑視してよいか。
RQ⑦:高齢者・障がい者によって子ども・教師との関係性について、あるいは教室での学習や生活の現状について異議申し立てがなされた場合、教師や学校は高齢者・障がい者による学習指導に消極的にならないか。
RQ⑧:学習指導に参入する高齢者・障がい者は子ども・教師との関係において、あるいは高齢者・障がい者同士においていかなる苦悩や葛藤を抱くか、それを解決するための学校内外におけるネットワーク化は可能か。
RQ⑨:高齢者・障がい者による学習指導が高齢者・障がい者自身や子ども・教師たちの社会貢献や地域活動への関心・意欲・態度を生み出し、地域とともにある学校づくりや共生のまちづくりを志向することになるか。
RQ⑩:学習指導終了後、高齢者・障がい者、そして子ども・教師は学習指導の過程や状況をどのように評価するか、その評価は高齢者・障がい者や子ども・教師にどのようにフィードバックされ、活動の改善に役立てられるべきか。
<プラス1>
RQ⑪:高齢者・障がい者による学習指導以前に、子どもたちが多様性や異質性を認め合う授業や学級経営、そのための教師の力量形成などのあり方が問われるべきではないか、その課題や方策はなにか。
 
 
備考
1996年7月に答申された第15期中央教育審議会第1次答申(「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」)で、「開かれた学校」が提示された。その要旨はこうである。子どもの育成は、学校・家庭・地域社会との連携・協力なしにはなしえない。これからの学校は、社会に対して「開かれた学校」とならなければならない。そこで学校は、保護者や地域住民に自らの考えや教育活動の現状について率直に語る必要がある。とともに、保護者や地域住民、関係機関の意見を十分に聞くなどの努力を払う必要がある。また、学校がその教育活動を展開するに当たっては、地域の教育力を生かしたり、家庭や地域社会の支援を受けることに積極的であるべきである。例えば、非常勤講師として地域住民を採用したり、保護者や地域住民を学校ボランティアとして協力してもらうなどの努力をすべきである。さらに、学校は、地域社会の子どもや大人に対する学校施設の開放や学習機会の提供などを積極的に行い、地域社会の拠点としての様々な活動に取り組む必要がある。
文部科学省はその後、「開かれた学校」の制度化(学校評議員制度、学校運営協議会制度、学校支援地域本部事業など)を進める。しかし、学校の閉鎖性・画一性や教育の均質性・一斉性が容易に解消されず、また教師集団の凝集性が高いなかで、保護者や地域住民の学校への参加や支援の限界や形骸化が指摘されることになる。すなわち、「地域に開かれた学校」づくりや「地域とともにある学校」づくりは、言われるほどには進まず、それが企図するところも十全に果たされていない。

付記
本稿を草することにしたひとつのきっかけは、あることから筋ジストロフィーを患う中学生のことを思い出したことにある。彼は、教職員による全面的な支援を受けて、学校挙げての福祉教育に先駆的に取り組んでいた地元のA中学校に通った。地域の人たちにも理解があった。時が経つにつれて複数の生徒たちには、教師による学習支援や生活支援が「特別な扱い(えこひいき)」と映るようになっていった。そんななかで、彼に対するいじめや暴力が明るみになった。それは、学校における福祉教育のあり方を厳しく問うことになる。その後、彼は、「建築家になって大きなビルを建てたい」という夢を抱いて地元の高校に進学することを志望する。しかし、障害があるがゆえに入学は許されなかった。しばらくして彼は、懸命に生き、懸命に学んだ足跡を残して、若くして亡くなった。
子どもには残酷な一面がある。福祉教育は脆弱であり、共生を保障するとは限らないことを痛感した事例である。

新美一志/書く―あなたへ―

あなたは自分の思考に使えるものを探し続けてきました
あなたは探し当てたあれこれを大事に扱ってきました
あなたはそれを心を砕(くだ)いて若い人に伝えてきました

あなたは長いあいだ文章を書いてきました
あなたは共に生きる豊かさを求めて書き続けてきました
書くことはあなたの存在証明のようでもありました

そんなあなたがもう書かないと言ってきました
それも突然にです
なんの説明もなくです

人は社会的にも不完全な存在です
人は何かを求め何かをめざして生きています
それゆえに人は書き続けます

書くことは人や社会とのつながりに基づく行為(デザイン)です
書くことは数え切れない人の思いや考えに基づく行為(アート)です
その営みは書くことを確かで豊かな学びに昇華させます

書くことの社会的な意義と責任のひとつはここにあります
それゆえに書くことには強い覚悟と厳しさが求められます
書くことに善意と誠意が問われる理由もここにあります

書くことはあなたがこれまで生きてきた証(あかし)です
書くことはあなたがこれからも生きてゆくための拠り所です
その証明が新しい潮流となって人の心や社会を揺さぶり動かします

書くことの醍醐味とやりがいがここにあります
書くことの苦しみとそれを乗り越える楽しさがここにあります
あなたが書かなければならない根拠(わけ)がここにあります

寒い冬の生活が始まります
でも春は必ず戻ってきます
その時にまたお会いしましょう
 
 
備考
デザイン=問題解決、社会性。 アート=自己表現、創造性。
醍醐味=物事の本当の面白さ。 やりがい=物事を行うときの価値。

 

阪野 貢/「地域教育経営」と住民「参加型評価」を考えるために―荻野亮吾・丹間康仁編著『地域教育経営論』のワンポイントメモ―

〇まず次のことを確認しておきたい。
●地域福祉における評価は、実践の成果や課題解決の側面から行われる「タスクゴール」(課題達成)、実践の過程や住民・関係主体の参加や連携・協働の側面から行われる「プロセスゴールス」(過程達成)、住民や行政などの関係性や地域の権力構造の側面から行われる「リレーションシップゴール」(関係力学変容)という視点が重視される(補遺(1) 参照)。
●学校教育における評価は、それがいつ行われるかによって、教育活動を始める前に行われる「診断的評価」、教育活動の途中で行われる「形成的評価」、教育活動が終了した後で行われる「総括的評価」に分けられる(補遺(2)参照)。
●問題・課題解決を図るための福祉・教育実践は、計画の立案・仮説の設定を行い(Plan)、計画・仮説を実行し(Do)、実行した結果に基づいて計画・仮説を評価・検証し(Check)、計画・仮説の改善・修正を行う(Action)、というプロセスを経る。そしてそれを、次の新たな取り組みに活かす。いわゆる「PDCAサイクル」である(仮の結論=仮説を設定して考える問題解決のための思考法を「仮説思考」という)。
●市民福祉教育の実践プログラムの企画・立案は、例えば、「学習者の設定・理解」、「学習要求と学習必要の把握」、「学習目標と内容・方法等の選定」、「実践プログラムの実施」、「学習評価とその共有」、「実践プログラムの改善・再計画」などの流れで行われる。
〇筆者の手もとに、荻野亮吾・丹間康仁編著『地域教育経営論』(大学教育出版、2022年10月。以下[1])がある。サブタイトルは「学び続けられる地域社会のデザイン」である。周知の通り、社会福祉では「我が事・丸ごと」地域共生社会の政策化が図られ、学校教育では新学習指導要領が提唱する「社会に開かれた教育課程」の具体化が志向されている(補遺(3)参照)。福祉教育では、共生社会の形成や多文化共生の実質化をめざした「地域を基盤とした福祉教育」の推進が要請されている。これらはいずれも、誰もが地域社会づくり(まちづくり)に参加し、安全で快適に「住み続けられる地域社会のデザイン」を企図している。その点において[1]は、一面では、時宜にかなったものであり、「まちづくりと市民福祉教育」について思考する筆者にとって興味をそそられる。
〇[1]では、地域社会を教育の基盤として位置づけ、学校教育と社会教育の双方の視点から、生涯学習を可能にする地域社会を総合的にデザインし、その運営について考える「地域教育経営」という枠組みを提示する(ⅰページ)。そして、「地域教育経営とは、学校の構成員や地域社会で暮らす人々を教育の当事者として位置づけ、それらの人々の間に『つながり』を紡ぐことで、学校運営協議会などの組織化された公的な意思決定の場面をはじめ、教育に関して『熟議』がなされる領域を日常的なさまざまな場面にも広げていこうとする実践、および、それを支える仕組みや制度に関する理論」である、と定義づける(17ページ)。
〇この定義では、地域教育経営を実現するための要素として、「つながり」と「熟議」が重視される。すなわち、地域住民をはじめ行政や企業、関係機関・組織などの「つながり」づくりが地域教育経営の基礎に位置づけられる。そして、「熟議」が、単なる話し合いではなく、地域社会を構成するさまざまな主体(関係主体)が連携・協働してまちづくりを推進し、地域社会に新たな「つながり」を紡ぐ実践として重要視される(18ページ)。定義でいう「学校運営協議会」は、教育委員会によって学校内に設置され、保護者や地域住民などが一定の権限を持って学校運営に参加する合議制の機関である。2004年9月の法定化以来、2021年5月現在で学校運営協議会を設置する学校(コミュニティ・スクール)は、全国の公立学校(幼稚園・小学校・中学校・義務教育学校・高等学校・中等教育学校・特別支援学校)の33.3%にあたる1万1,856校を数えている。
〇[1]は、地域教育経営の「見取り図」を示し、各地域の課題解決に向けた先進事例を紹介しながら「課題と展開」、「主体とパートナーシップ」、「デザインと評価」について議論する、入門・基礎レベルのテキストとして編まれている。筆者にとってはとりわけ、身近な地域社会での「つながり」と「熟議」をどのように組織化するか、地域教育経営の目標である「エンパワーメント」をどのように実現するか、そして住民主体の活動をどのように評価するか、などの論究(実践的方法論)が興味深い。
〇これらの点について、[1]における論点や言説のいくつかをメモっておく(抜き書きと要約。見出しは筆者。見出しの後の氏名は分担執筆者)。

コミュニティにおける話し合いの問題と対処法/佐藤智子
●古典的な意味でのコミュニティは、一定の地域的範囲(範域)をもつ「地域性」と、そこでの生活の「共同性」をその要素としている( R.M.マッキーバー)。現代におけるコミュニティは、一定地域に「常に在るもの」ではなく「失われつつあるもの」となり、ゆえに多くの場合、「新たにつくられるべきもの」ととらえられている。(162ページ)
●分断された社会に共生を取り戻し、包摂的なコミュニティを構築していく過程では、対話(話し合い)が欠かせない。話し合いの場では、①社会的な「上下関係」に起因した遠慮(反対意見を言いづらいなど)、②参加者間での前提の不一致や非共有(意見の前提にある情報や事実認識が異なるために話がかみ合わないなど)、③義務的な参加動機(話し合いに対してやる気がない、地域の問題に興味がないなど)、④発想の固定化(似通った意見しか出ないなど)、などの問題が生じやすい。(163、169~170ページ)
●こうした問題に対処するためには、①水平的な関係づくりを重視する(参加者の属性による区別も優遇もしないなど)、②情報やアイディアの提供(アウトプット)とともに吸収(インプット)を重視する(参加者が客観的な情報を吸収することができるなど)、③「楽しい」という感覚を優先する(参加者が意見表明や情報吸収に楽しさを感じるなど)、④問題解決や合意形成を目的としない(すべての参加者によって表明された意見やアイディア全体を総括し集約するなど)、などが有効である。(170~171ページ)

「まちの居場所」の種類とデザインの方法/荻野亮吾・高瀬麻以
●「まちの居場所」(たまり場)は、飲食店や自宅、公共スペースなどの場を開放して、交流やつながりづくりを重視するコミュニティカフェ型の居場所、高齢者・子ども・子育て支援などをテーマに、社会的課題の解決を目的とするコミュニティケア(community care)型の居場所、さまざまな人たちが出入りして独立した仕事を行うスペースだけでなく、属性の異なる利用者の交流や地域活動・市民活動を支援する場としてのコワーキングスペース(coworking space)型の居場所など、多種多様な形態をとる。(177~180ページ)
●それらは、既存の制度や施設の枠組みからこぼれおちたニーズ(隙間)に対応しようとするものであり、個々人が孤立せず他者と居合わすことができる場である。しかも、気軽に利用しやすい日常生活の場に根ざして設置され、地域の人々が中心になって運営される点に特徴がある。(175~176ページ)
●「まちの居場所」づくりは、それに関わる人それぞれが「想い」を出し合い・デザインし、誰もが気持ちよく参加することのできる空間・時間づくりや人間関係づくり(「空間」「時間」「人間(じんかん)」「隙間」の4つの「間」をデザインすること)を進め、ゆるやかな関係のなかで関わる人々がその「役割」を少しずつ担い・デザインしながら、自分たちの居場所を徐々に創出する「熟議」の過程が重要となる。(180~183、185ページ)

地域課題の解決とエンパワメント/菅原育子
●人々が、自分(たち)のもつ力や可能性を知り、自ら(地域の)課題解決に向けて行動したり、環境をより良くしようとすることや、そのための力を得たり力を発揮する過程は、「エンパワメント(empowerment)」という概念で説明される。エンパワメントとは、力を引き出す、力を与えるといった意味をもつ言葉である。(202ページ)
●地域社会におけるエンパワメントは、「専門家に頼るのではなく、住民自らが力をつけること」(住民個人のエンパワメント)とともに、組織や地域が「多様な個人を活かしながら地域の課題解決への力量形成をめざすこと」(組織・コミュニティのエンパワメント)と表現される。住民が中心となり、他者と協働して地域が抱えるさまざまな課題に向かって行動する地域づくりは、住民、住民主体の活動、そして地域全体のエンパワメントを推進することと同義である。(202ページ)
●エンパワメントは、住民と地域の関係性を理解し、住民主体の活動への支援を考えるうえで欠かせない概念である。そして、エンパワメントを推進する過程で不可欠となるのが、活動の評価である。評価とは、対象について、なぜそれをするのか、どのようにするのか、その結果どう変わったか、その変化は期待したものであったか、などの問いにこたえる行為である。(202ページ)

「住民参加型評価」とその流れ/菅原育子
●課題解決をめざす活動(「プログラム」)は一般的に、①ニーズや課題の把握、②企画と関係者の巻き込み、③具体的な実施体制の構築と実行計画の立案、④計画の実行と改善・修正、⑤最終的な振り返り、という流れで計画・実行されるが、評価(「プログラム評価」)はこの各段階で行われる。①の段階では状況把握のための「ニーズ評価」、②③の段階では活動の目標や計画が妥当かを評価する「セオリー評価」、④の段階では活動が計画通りに実行されているかを評価する「プロセス評価」や短期的な成果を評価する「アウトカム評価」、⑤の段階では長期的な成果を評価する「アウトカム評価」や活動の広範な影響を評価する「インパクト評価」が行われる。(204ページ。表1参照)
●住民をはじめとする当事者にとって、評価は活動を整理し、改善し、推進するのに役立つ。また、自分たちの置かれた状況を客観的に理解し、自分たちの強みや弱みを知り、関係者全員で課題を共有することや、活動の目的を共有することにつながる。さらに、活動展開中の評価は、活動の目的を関係者間で再確認し、自分たちの活動が期待していた成果に向かって進んでいるかを把握し、うまくいっていない時には活動内容を見直し改善することにつながる。また、うまくいっている時には、自信をもって活動を継続することに結びつく。(203ページ)
●(当事者である住民と評価の専門家が協働して行う住民「参加型評価」について)源由理子は、評価のプロセスを「評価の事前準備」および「評価の設計」「データの収集と分析」「データの価値づけと解釈」「評価情報の報告と共有」の4段階に分けたうえで、「参加型評価」の基本的な流れとして、各段階で当事者がどのように評価に参加し役割を担うかを設計する手順を示している。参加型評価においては、評価の4段階すべてにおいて、住民を含めた関係者が対話・討議を行い、合意形成を行いながら進めていくプロセスが重視される。多様な関係者が一同に介し(一堂に会し)、対話と討議を行う場として評価ワークショップ、または検討会と呼ばれる場を設ける手法が多く用いられる。参加型評価に関わる専門家には、これらの対話の場において多様で対等な意見の発散・構造化・収斂(しゅうれん)を導くファシリテーターとしての技能が求められる。(206~207ページ。図1、表2参照)

「エンパワメント評価」と地域のエンパワメントの実現/菅原育子
●参加型評価のなかでも、評価における当事者の参加と、参加を通したエンパワメントを強調するのが「エンパワメント評価」である。それは、当事者が主体的に評価を行い、その過程で評価に必要な技術を取得し、評価をもとに当事者自身が活動のすべてを決定することに重点を置く点で、徹底した当事者主体の評価手法である。(207ページ)
●評価は、当事者が自分たちのためのものであると実感でき、評価を通して活動の改善や深化が達成できるときに、(当事者個人や組織・コミュニティの)エンパワメントにつながる。評価の目的を関係者で共有し、適切な評価のデザインを協議しながら決めていくことが、(住民をはじめとする)当事者の主体性を高め、エンパワメント促進につながる評価の条件である。(211ページ)

〇ここで、上述の菅原が引用する源の言説(評価論)を引いておくことにする。表1の「プログラム評価の主な焦点」、図1の「参加型評価の流れ」、表2の「参加型評価の主な作業」がそれである(源由理子編著『参加型評価―改善と変革のための評価の実践―』晃洋書房、2016年11月)。

 

 

〇ところで、「まちづくりと市民福祉教育」実践では、福祉・教育関係機関・組織などが所在する地域を基盤に、子ども・青年や大人、高齢者や障がい者、行政や関係主体など多様な実践主体によって展開され、「つながり」と「熟議」を通じた合意形成と、実践(援助・支援、活動)や運動を通じた主体形成を図ることが必要かつ重要となる。
〇その際、地域の実態・実情やそれまでの実践・運動を分析し、それを通してどのような状態・到達目標を設定するか、それに対してどのような内容・方法が有効で、どのような状態・成果が期待できるか、などについて事前に体系的に検討することが肝要となる。いわゆる「実践仮説」の設定である。
〇そして、そこに求められるのは、多様な実践主体が参加して展開される住民「参加型」評価である。上述の源によると、対話による合意形成を前提とした参加型評価では、評価対象に対する帰属意識やプログラム(課題解決をめざす活動)に対する当事者意識が高まり、結果として評価情報の共有や活用の度合いが高まることが期待される。そして、「参加型評価をとおして民主的な市民参加の場を提供することが、社会の改善や変革に貢献する」(源『前述書』19ページ)ことになる。
〇以上を踏まえて、「まちづくりと市民福祉教育」に関する住民「参加型評価」について、ひとつの「評価指標の体系」を図2(試案)に示すことにする。

 

 

〇加えて、「まちづくりと市民福祉教育」に関する総括的評価の設問を例示しておく。以下の「この活動」についてはとりあえず、コミュニティソーシャルワークの代表的な実践である地域福祉(活動)計画の策定活動とその主体である地域住民(子ども・青年や大人、高齢者、障がい者など)を念頭に置いている。

ニーズ評価 × 学習者の設定・理解
・このまちはいま、どんな問題や課題を抱えていると思っていましたか
・この活動は、社会のニーズに合っていると思っていましたか
・この活動を通してまちづくりに参加しようと思った理由はなんでしたか
セオリー評価 × 学習要求と学習必要の把握 × 学習目標と内容・方法等の選定
・この活動の目的や取り組みの内容・方法等についてどう思いましたか
・この活動に参加するにあたってなにを学びたい・学ぶべきだと思いましたか
・この活動に関する学習の目標や内容・方法等についてどう思いましたか
プロセス評価 × 実践プログラムの実施
・この活動と学習は計画通り・期待していたように実施されたと思いますか
・この活動と学習を通して住民や関係機関等のつながりが深まり・広がったと思い          ますか
・この活動と学習について、あるいはそれを通して話し合いが深まり・広がったと           思いますか
アウトカム評価・インカム評価 × 学習評価とその共有
・この活動に参加する意欲や推進する能力は高まったと思いますか
・この活動に関する学習は活動を進めるうえで役立ったと思いますか
・この活動と学習を通してまちづくりについての認識は変わったと思いますか
費用対便益・費用対効果 × 実践プログラムの改善・再計画
・この活動と学習は効果的・効率的に取り組まれたと思いますか
・この活動と学習は見直し、改善・修正する必要があると思いますか
・この活動と学習は今後も継続あるいは拡大する必要があると思いますか

〇なお、社会福祉実践プログラムにおける「参加型評価」の適用をめぐって論究したものに、藤島薫『福祉実践プログラムにおける参加型評価の理論と実践』(みらい、2014年3月)がある。参照されたい。

 

補遺
(1)タスクゴール、プロセスゴール、リレーションシップゴール
タスク・ゴールは、目的達成面からの評価で、地域の福祉課題や生活問題を具体的にどの程度解決したか、福祉ニーズに対して社会資源の提供はどの程度活用されたか、問題解決に住民はどの程度満足しているか、などを量的・質的側面から評価する。
プロセス・ゴールは、課題達成に至るまでの諸過程、手続きを重視する側面からの評価で、住民(組織)が計画から実施の過程でどういう形で参加したか、参加を通じて問題解決能力をどれだけ身につけたか、住民組織や機関の協働促進はどう進展したか、また、その主体形成力はどう図られたかなどの評価である。
リレーションシップ・ゴールは、関係面からの評価で、地域住民や当事者の声及びニーズがどの程度活動に反映し、取り入れられたか、組織活動を通して地域の民主化は進展したか、当事者などの人権は擁護されたか、地域住民の連帯感は強まったか、などを評価する。これら3つの評価視点は業務分析に当たって総合的に活用してこそ有効である。
(日本地域福祉学会編集『地域福祉事典』中央法規出版、1997年12月、229ページ)

(2)診断的評価、形成的評価、総合的評価
事前的診断的評価は、新しい課程、学年、学期、単元、授業などに入る前に、指導の参考となる各種の事前的情報を収集する目的で行う評価である。例えば、新しい学習内容を習得するのに必要なレディネスの獲得状況(知識や経験、環境などの準備状態:筆者)、新しい学習内容の予習状況、あるいは習熟度・知能・性格・興味・適性などに関する情報が収集される。
形成的評価は、従業中・授業後・小単元終了時など、ある単元の指導を進める過程で、途中で学習者の学習状況(教育目標の達成状況)を確認し、教師と学習者の双方にフィードバックし、つまずきの早期発見・早期回復を行うことにより、学力形成に利用する目的で行う評価である。
総括的評価は、課程、学年、学期、単元の終了時などに、1つ以上の単元にまたがる広い範囲について、そこでの学習成果をまとめ、成績づけに利用する目的で行う評価である。すなわち、卒業(修了)試験、学年末試験、学期末試験などが総括的評価の手段である。
(辰野千壽・石田恒好・北尾倫彦監修『教育評価事典』図書文化社、2006年6月、62ページ)

(3)「社会に開かれた教育課程」
〇新学習指導要領(小学校は2020年度、中学校は2021年度から全面実施、高等学校は2022年度から年次進行で実施)は新たに設けられたその「前文」で、次のように述べている。「教育課程を通して、これからの時代に求められる教育を実現していくためには、よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と社会とが共有し、それぞれの学校において、必要な学習内容をどのように学び、どのような資質・ 能力を身に付けられるようにするのかを教育課程において明確にしながら、社会との連携及び協働によりその実現を図っていくという、社会に開かれた教育課程の実現が重要となる」。
〇すなわち、「社会に開かれた教育課程」の理念を実現するための要件として、①社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち、教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと。 ②これからの社会を創り出していく子供たちが、社会や世界に向き合い関わり合い、自分の人生を切り拓いていくために求められる資質・能力とは何かを、教育課程において明確化し育んでいくこと。 ③教育課程の実施に当たって、地域の人的・物的資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし、学校教育を学校内に閉じずに、その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること、の3つが重要であるとする(文部科学省)。
〇ちなみに、今回の学習指導要領改訂に向けての中央教育審議会答申(2016年12月)は、「社会に開かれた教育課程」の実現について次のように述べている。
●(前略)新しい学習指導要領等においては、教育課程を通じて、 子供たちが変化の激しい社会を生きるために必要な資質・能力とは何かを明確にし、教科等を学ぶ本質的な意義を大切にしつつ、教科等横断的な視点も持って育成を目指して いくこと、社会とのつながりを重視しながら学校の特色づくりを図っていくこと、現実の社会との関わりの中で子供たち一人一人の豊かな学びを実現していくことが課題となっている。
● これらの課題を乗り越え、子供たちの日々の充実した生活を実現し、未来の創造を目指していくためには、学校が社会や世界と接点を持ちつつ、多様な人々とつながりを保ちながら学ぶことのできる、開かれた環境となることが不可欠である。そして、学校が社会や地域とのつながりを意識し、社会の中の学校であるためには、学校教育の中核となる教育課程もまた社会とのつながりを大切にする必要がある。
●こうした社会とのつながりの中で学校教育を展開していくことは、我が国が社会的な課題を乗り越え、未来を切り拓ひらいていくための大きな原動力ともなる。特に、子供たち が、身近な地域を含めた社会とのつながりの中で学び、自らの人生や社会をよりよく変えていくことができるという実感を持つことは、困難を乗り越え、未来に向けて進む希望と力を与えることにつながるものである。
〇周知のように、1998年12月告示の学習指導要領に向けて1996年7月に答申された中央教育審議会第1次答申(「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」)で、「開かれた学校」が提示された。「社会に開かれた教育課程」は、その「開かれた学校」教育の延長線上にあるだけではない。学校・家庭・地域社会の連携にとどまらず、教育課程の目標やカリキュラム・マネジメント(学校が、教育目標の実現に向け、また子どもや地域の実態を踏まえて教育課程の編成・実施・評価・改善を計画的・組織的に進め、教育の質を高めること)のあり方にまで踏み込んでいる点が注目される。

阪野 貢/多様な考え方や価値観を持つ人たちとのコラボレーション ―アダム・カヘン著『敵とのコラボレーション』のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、「紛争解決」「変革」「世界的」ファシリテーターなどと評されるアダム・カヘン(Adam Kahane)の『敵とのコラボレーション』(小田理一郎監訳・東出顕子訳、英治出版、2018年10月。以下[1])という本がある。サブタイトルは「賛同できない人、好きでない人、信頼できない人と協働する方法」である。かつて『手ごわい問題は、対話で解決する』(ヒューマンバリュー訳、ヒューマンバリュー、2008年10月)を著したアダムが[1]で、「対話は最大の関心事ではない」(9ページ)、「対話が最善の選択肢ではない」(182ページ)という。「協働や対話の伝道師」とも評されてきてアダムのこの言葉に、驚きを禁じ得ない。
〇[1]でアダムは、多様化・複雑化、分断化・孤立化、それゆえに「敵化(enemyfying )」(自分ではなく相手に問題の原因や責任を求め、相手を自分の敵と見なす姿勢や態度)が進む現代社会にあって、(1)サブタイトルにあるように、賛同できない人・好きでない人・信頼できない人たちと如何に協働し問題解決を図るかを提起する。(2)問題解決に際して協働や対話が必ずしも最善の選択肢ではなく、それ以外にどのような選択肢があるか、協働やそれ以外の選択肢はどのようなときに有効に機能するかについて論述する。そして(3)従来型のそれを超える新たなコラボレーション(Collaboration、協働)、すなわち「ストレッチ・コラボレーション(Stretch Collaboration)」とその実践方法(手法)について提示する(188~189ページ)。
〇上記の(1)に関して、「従来型の窮屈なコラボレーション」をめぐるアダムの言説、その一部をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

これまでのコラボレーションの想定
従来のコラボレーションの解釈は、みんながみんな同じチームの一員となって、同じ方向をめざし、こうなるべきと合意して、必ずそうなるようにし、必要なことをみんなにさせるというものだ。つまり、コラボレーションは統制下に置けるものであり、そうしなければならないという想定がある。(24ページ)

これまでのコラボレーションの難題
コラボレーションの難しいところは、前に進むためには、賛同できない人、好きではない人、信頼できない人も含め、他者と協力しなければならないが、一方、背信行為をしないためには、そういう人々と協力してはいけないということだ。この難題はますます深刻になっている。(37ページ)
(コラボレーションにおける)上位の者が下位の者を変えるという根本的に階層制に根差した前提は、誰をも自己防衛に走らせてしまう。人は変化が嫌いなのではなく、変化させられるのが嫌いなのだ。(67ページ)
コラボレーションの困難は、一つの正しい答えがあるという前提をもつことから始まる。正しい答えを知っていると確信していると、他者の答えを受け入れる余地がほとんどなくなってしまうので、協力するのがいっそう難しくなる。(72ページ)

〇現代社会の個人主義化や多様化が進み、それに伴って変動性(Volatility)、 不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)が増すいわゆるVUCA(ブーカ)の時代にあるなかで、従来のコラボレーションの難しさ(難題)についてアダムはいう。「従来のコラボレーションの想定は間違っている。複雑な状況で多様な人々と一緒に仕事をする場合、コラボレーションはコントロールできるものではないし、そうする必要もない」(24ページ)。「従来のコラボレーションは時代遅れになってきている」(77ページ)。「慣れていて、安心感があるから、うまくいくと知っているからという理由で、従来型コラボレーションを採用してしまうと、むしろ敵化が増大し、状況をさらに手に負えなくしてしまう」(78ページ)。そこでアダムにあっては、非従来型のアプローチによるコラボレーション、すなわちコントロールせず、実験しながら共に学び前進する方法(「合意なき前進」を可能にする方法)を採用する必要がある。それは、「従来型コラボレーションを包含し、またそれを超えるストレッチ・コラボレーション」(92ページ)である。
〇上記の(2)に関して、「問題の複合する状況に対する4つの対処法」をめぐるアダムの言説、その一部をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

問題の複合する状況に対応する4つの選択肢
問題の複合する状況に直面しているときは常に、4通りの反応、すなわちコラボレーション、強制、適応、離脱の選択肢がある。常にこの4つの選択肢から選ぶ必要がある。(53ページ)
コラボレーションを試みるのは、置かれている状況を変えることを望み、かつ他者と協力して(多方向的に)変える以外に変化を実現する方法がないと考える場合だ。
コラボレーションのプラス面(チャンス)は、他者と協力して、より効果的な打開策を見つけ、今の状況にできるかぎり大きく、持続的な影響を及ぼす点にある。しかし、コラボレーションは特効薬ではない。そのマイナス面(リスク)は、実り少なく、遅々として進まない。大幅に妥協する、相手側に取り込まれる、自分たちにとって最も重要なことを裏切るという結果になることだ。(53~54ページ)
強制を試みるのは、今の状況を他者と協力せず(一方的に)変えるべき、あるいは変えられるかもかもしれないと考える場合だ。
強制のプラス面は、それが多くの人にとって自然で習慣的な考え方と一致するという点にある。マイナス面は、自分たちがなすべきだと考えていることを押し通そうとすれば、違う考えの人たちに押し返され、それによって意図する結果を達成できないことだ。(54、56ページ)
適応を試みるのは、今の状況を変えられないから、それに耐える方法を見つける必要があると考える場合だ。
適応のプラス面は、変えられないものを変えようとすることにエネルギーを費(つい)やさずに何とか生きていける点にある。マイナス面は、身を置いている状況が過酷だと適応できなくなり、生き残るだけで必死という事態になることだ。(56~57ページ)
離脱を試みるのは、今の状況を変えられず、もはやそれに耐える気もないという場合だ。離脱が簡単で気楽な場合もあれば、自分にとって重要な多くのことをあきらめなければならない場合もある。(57ページ)

〇アダムにあっては、複雑化・複合化した問題を解決する方法には、「コラボレーション」「強制」「適応」「離脱」の選択肢がある。多くの人は、人間が関係的・依存的存在であることから、コラボレーションを定番の・最善の選択と考えがちであるが、選択肢のひとつに過ぎない。コラボレーションの選択は、「力」という実用的な観点から言えば、「それが目標を達成する最善の方法である場合」に限られる。「一方的な選択である強制と適応と離脱が不可能で、受け入れ難い場合」に、多方向的な選択であるコラボレーションを選ぶことになる。「関係者の力が互角で、誰も意志を押しつけられない場合」のみコラボレーションが選択されるのである(58ページ)。
〇上記の(3)に関して、「ストレッチ・コラボレーション」をめぐるアダムの言説、その一部をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

新しいコラボレーションの方法―3つのストレッチ―
(これまでとは違ったコラボレーションの推進を図るためには)従来のコラボレーションの概念を引き伸ばし(視野の広い考え方を持ち)、根本的に取り組み方を変えること(「ストレッチ」)が求められる。
第1に、他の協働者(コラボレーター)との関係について、チーム内の共有目標と調和を重視するという狭い範囲に集中することから抜け出し、チーム内外の対立とつながりの両方を受け入れる方向に広げていかなければならない。
第2に、取り組みの進め方について、問題、解決策、計画に対する明確な合意があるべきと固執することから抜け出し、さまざまな観点や可能性を踏まえて体系的に実験する方向に広げていかなければならない。
第3に、状況にどう関与するか、すなわち私たち自身が果たす役割について、他者の行動を変えようとすることから抜け出し、自分も問題の一因であるという意識で状況に取り組み、自身を変えることを厭(いと)わない方向に広げていかなければならない。(25~26ページ)

「関わること(つながり)」と「主張すること(対立)」―その相補性―
調和のとれた(「愛」すなわち「統一の衝動」による)関わりは受け入れるが、調和しない(「力」すなわち「自己実現の衝動」による)主張(競争、論争、運動、訴訟など)は拒否する。これを続ければ最後には自分たちが問題解決に取り組んでいる社会システムを窒息させることになる。(106、110~111ページ)
従来型コラボレーションは関わることに重きを置き、そのために主張する余地がないから、コラボレーションが硬直化して弾力性を失い、壊れやすくなる。麻痺状態に陥り、行き詰まる。それとは対照的に、ストレッチ・コラボレーションは、関わることから主張することへ、またその逆へと生成的に循環し、社会システム――家族、組織、国家など――をより高いレベルへ進化させる。(119ページ)
関わることが屈服をもたらし、相手を操作する恐れがあるなら、主張を促進するときだ。主張することが抵抗をもたらし、相手に強要する恐れがあるなら、関わりを促進するときだ。大切なのは、静的なバランスの位置を保つのではなく、動的なアンバランスに気づき、それを修正することなのだ。(ストレッチ・コラボレーションに求められる)関わることと主張することの両方を使うスキルとは、注意を怠らず、勇気をもって必要なら逆方向に動けるようにすることだ。(121ページ)

〇「3つのストレッチ」は要するに、①「対立や偽りのない関係をオープンに受け入れること」(多様性を受け入れること)、②「うまくいかないかもしれない不慣れな新しい行動をやってみること」(試行錯誤すること)、③「現状に対する自分の役割と責任を引き受けること」(我が事にすること)、である(83ページ、丸括弧内は筆者)。換言すれば、①「多様な他者と協働するときは、一つの真実、答え、解決策への合意を要求できないし、要求してはならない」こと(同じ方向をめざす必要はない)、②コラボレーションの成功とは、参加者が互いに賛同するとか信頼するということではなく、「行き詰まりから脱して、次の一歩を踏み出すこと」(それぞれの解決策を試みる)、③誰かに、何かをさせるのではなく、「自分の役割と責任を見つめ、認めて、自分の仕事を進めていくこと」(共創者として自分にできることを行う)、となろう(76、135、161ページ、丸括弧内は筆者)。
〇以上のうち、第3のストレッチ(③)はアダムにあっては、「最大のストレッチ」である。その状況・事態(「舞台」)に自分の身を置き、行動すること(「ゲーム・フィールドに足を踏み入れること」)は、傍観者ではいられないし、他責にすることもできない。それは、「隔たりと行動の自由が減り、つながりと対立が増えるということであり、スリルや怖さを感じることにもなりえ」(153ページ)、「快適ではない」(81ページ)。そうしたなかで、ストレッチ・コラボレーションの参加者(共創者)には如何なる姿勢や態度が求められるか。アダムは次のようにいう(抜き書き)。

目標は、非の打ちどころのないコラボレーションをすることではなく――社会活動では、そんなことは不可能だろう――自分のしていること、自分が及ぼしている影響への自覚を高め、より迅速に行動修正し、学べるようになることだ。ストレッチを学ぶときに直面する第一の障害は、習慣的な物事のやり方の慣れ親しんだ快適さに打ち克つことだ。「こうあらねば」という平叙文から「こうもできそうだ」という仮定文に移行する必要がある。ストレッチ・コラボレーションでは、異質な他者(賛同できない人、好きでない人、信頼できない人)から遠ざかるのではなく、そういう人に向かっていくことが求められる。敵は最大の師になりうるのだ。(180、181ページ)

〇異質な他者と正面から向き合い、「関わること」と「主張すること」(「関与」と「敵対」、「愛」と「力」)はアダムにあっては、「複雑な問題を進展させるための手段として対立するものではなく、補完し合うもの、どちらも正当で必要なもの」(102ページ)である。アダムの主張の要点のひとつである。