「鳥居一頼の世語り」カテゴリーアーカイブ

煎じ薬

処方箋を ようやくいただいた
出世欲 大さじ三杯半
これがそもそもないと 効用ゼロ できるだけ強くすること
ワル知恵 大さじ二杯
頭をフルに働かせ 敵の裏をかくスキルをアップすること
心づけ 世間並みを装って 大さじ一杯
相手の懐に入る手土産だから 欲しいものを感知すること
おべんちゃらとおべっか たんまり
もうこれは天井なし 上司をいい気分にさせる最良の薬材
そうそう 忘れちゃいけないもの コネクション
小さくてもあることが一番 なければ何としてでも作ってください
これらを 清水で煎じて 熱いうちに呑んで下さい
清水のミネラルで調和され 即効性がアップします

服用の注意書きは よく読んでください
羞恥心は ゼロにすること
自尊心は 完全に放棄すること
相手より能力が上だと 決して悟られないこと
腰巾着のように ついてまわること
常に敵を貶めることに 集中すること
なお これは必須条件です
ひとつでも怠ると 効用はゼロないしマイナスです
時には リスクを生みますので 小心者は ご遠慮下さい

期待される効果です
上司に 気に入られる 
身分不相応な役職に就く
言い訳 立ち回りが 上手になる
敵愾心を押さえて 笑顔で張り倒すことができる
できないことは みんな部下に責任転化できる
同類が 手もみして集まってくる
大物らしき気分が 高揚してくる
結果は 追って知るべし

秘密裏に 煎じ薬『Kobirun』(コビルン)販売中
あなたの個人データ 診断します
分析して あなた好みの処方箋を おつくりします
なお 健康保険の対象外です
料金は あなたの出世欲の強さが バロメーターです
後日 直接ご相談いたします

あっ ちょっと お待ち下さい
誰かが 情報を漏らしたようです
「ヤバいぞ! すぐ切れ!」

「世渡り上手は 実力よりも 媚び方です」
『Kobirun』の煎じ薬を いまも探し求めています
入手ルート 誰か知ってる人 いませんか?

〔2019年10月12日書き下ろし。実力もないのにという、羨望の的になる人の努力を称賛したい。『Kobirun』を服用しなくても、実力で媚びる力を発揮しているのです〕

故郷に帰る

東京に発つ朝
少年は 玄関口で見送る人たちに
もう二度と ここに帰ってくることはありません
ありがとうございました
そう言い残して 旅立った

少年は 東京の専門学校に入学した
青年となった 2年後
念願のホテルマンになった
なりたい仕事に就けたことは
青年には 至上の喜びだった

4ヶ月後 児童養護施設の玄関口に立っていた
出迎えた人たちは 驚いた
啖呵を切って 出ていったのに どうして?
青年は すいませんでしたと 深々と頭を下げた

養護施設で育った青年は
2年前 その思い出を封印して
キッパリケジメをつけて 
夢に向かって 新しい世界へと旅立った

夢は叶った
仕事も楽しかった
でも こころが満たされなかった
日ごとに やりきれないむなしさが わき起こってきた
何が原因なのか よくわからなかった
都会の空は 何も答えてはくれなかった

休みをもらった
羽田から 北海道に飛んだ
施設の玄関口に立った
恥ずかしく 会わす顔がなくて 緊張もしていた
園長が お帰りなさい 
と笑顔で出迎えた
青年の目から 涙がこぼれた
ここが こころを満たしてくれるところだと
こころの底から 感じた瞬間だった

人は 自分の居場所を探し求める
施設での生活を 余儀なくされた少年時代
こころの痛みを 感じながら成長した
ここから逃げ出したいと 何度思ったことだろう
だから 高校卒業は 施設との縁切りの再出発の日だった 

しかし 東京の空の下
青年は 夢が叶った喜びを
ともに喜んでくれる人が 誰もいなかった
ひとりぼっちであることを 知らされた
だから ぽっかりと こころに穴があいたように 
むなしく生きていたのだと

出迎えた職員や子どもたちこそ
彼のこころの故郷であり ぬくもりだった

〔2019年10月11日書き下ろし。校長時代道内の児童養護施設の園長から電話がかかってきた。先生聞いてと。興奮気味に話す端端から喜びが伝わってきた。施設の職員にはなによりの贈り物だった。心傷ついた子どもを護る施設職員への感謝と激励を込めて記す〕

富山の薬売り

置き薬が袋に詰められ 居間にぶら下がっていた
紅い薬箱に替わったのは 
少し暮らしが グレードアップしたからか
頭痛や歯痛止め「ノーシン」のパッケージには 
歯や頭を押さえる絵が 描かれていた
それぞれの薬には 必ず絵が描かれていたのを覚えている
それは 文字の読めない人が 誤飲しないよう 配慮したという

年に数回 各家を回る
玄関口で 大きな風呂敷に包まれた 重そうな薬箱を広げる
世間話をしながら 道内や全国各地の 面白話を披露する
使った薬の精算と補充が済むと 子どもらに紙風船を手渡した
それがほしくて ずっと大人の話を聞きながら 待っていた
富山の薬売りは 情報通 話し上手で 民間健康管理人
いまでは ドラッグストアで 薬は簡単に手に入る
でも やっぱり 置き薬の商売は 廃(すた)らない
いまでも 富山の薬は 家庭の常備薬

民生委員は きっと富山の薬売り
かかわる人の 健康や暮らし向きを気遣い 訪問する
目がかすみ 文字が読めなくなった人もいる
話をしながら 情報提供 安否確認 困りごと相談 などなど
重たい薬箱のかわりに その人のおもいの薬箱を背負う
暮らしを良くする 老化を防ぐ 特効薬は 持ってはいない
でも 少しでもこころの負担が減ってほしい
そう念じながら
元気が出る薬を 処方する

今日も 私を待ってる人のもとへ 
こころの薬箱を背負って 会いに行く

〔2019年10月11日書き下ろし。民生委員児童委員の地域での役割が、一層重視されてきた。その苦労は並大抵ではない。それを承知で地域に生きる人たちへの尊敬の念を強く抱いて〕

次の人へ

台風19号で尊い命を奪われた方々のご冥福と、ご家族の皆様の深い悲嘆に、哀悼の意を表します。
被害に遭われた被災地の皆様の生活が一日も早く回復されますよう、迅速な復旧復興を心より強く願っております。

自動ドアでは ありません
ドアを開けて入るとき 何気なく後ろを振り返りませんか
もし次の人がいたら ドアを少し押さえて 
その人が ドアに手をかけるかかけないかのタイミングで離す
互いに黙礼をして 出入りしますよね
「どうも」「いいえ」という挨拶が 交わされることもあるでしょう
この風景に こころぬくもりませんか
普段から 普通にしていること
いちいちそんなこと 考えている暇なんかないよ
習慣化している所作 日常的でごくあれふれた風景
気負いのなく エチケットとしてなされていることに
見ず知らずの他人を気遣う 心構えと態度が 備わっている

台風は 大きな停電災害を起こして 去って行きます
停電すると スーパーやコンビニで ものを買うことが難しくなります
レジがストップするので 会計を手書きで 処理しなければならない
釣り銭も 銀行が業務停止すれば 在庫に頼るが 決して多くはない
お客がみんな おつりがないよう会計すれば 問題ない

若い子に 小銭を貯めてると 聞いて見た
十円以下の小銭なら 貯めています
そこが大事
災害時 コンビニ行くときには その貯金箱を持って行ってね
おつりをもらわぬ人が 一人でもいれば
次の人に おつりが出たとき 助からない
お店もお客も ちょっとした心遣いで 気持ちがぬくまることって きっとある
それに 備えておくことも 災害時の心得かもしれない

スーパーで 財布から小銭を出すのは 決まって年寄り
後ろに並ぶ次の人のイライラ感は 取り出す手間の分だけあるかもしれない
だから急ぎの時は すっと列を変える
決して差別ではなく 臨機応変に ただ動くだけ
でも 年寄りが 財布の小銭を取り出すのは 次の人への配慮だと
思う心のゆとりが 世間をあたためる

かく言う 年寄りの私も
五十円玉 百円玉 五百円玉 計?万円を
災害避難バッグに 入れている
これは 決してへそくりでは ない
だから 使えないで ときどき困っている

次の人が その次の人にバトンタッチしていく 小さな思いやり
その次の人が見えるつながり方が 災害からも いのちと暮らしを護る

〔2019年10月13日書き直し。台風19号の甚大な被害の報告を受けて、自民党の二階俊博幹事長は党の緊急役員会のあいさつで、「予測されて色々言われていたことから比べると、まずまずで収まったという感じだ」と語ったという。死者が20人を超え、行方不明者の捜索も続く中での、心ない発言。初動が遅いと指摘され、居直った偉いお方たちも問答無用です〕

道徳と教科書

道徳の時間に 教科書が できた
先生方は その教科書で 教える

それまでは 文科省が定めた指導要領にそって
道徳の価値項目を 教えなければならなかった
どんな教材を選び どのように教えるかは
学校や担任の 裁量の範囲だった
だから なぜその教材を選んだかを つねに自問自答した
でも 道徳の授業を真剣に考えていた ほんの一握りに過ぎなかった
多くは おざなりの授業で ごまかした
教師の 道徳性や倫理観を問われることを よしとはしなかったのだ

学生に よく道徳の授業の記憶を尋ねた
多くは 印象に残ってはいなかった
ただ道徳の時間 別なことに時間を潰したと
それが 黙認されてきた
そこに 道徳の時間への 小さな反抗心が ないこともなかった
もうひとつ 教科書がないので 教えることが出来なかった

だから 文科省は 道徳教育の強化を図った
検定をパスした 国公認の教科書ができた
教師自身の 道徳性や倫理観を 問われることがなくなった
ようやく長年のストレスから 開放されホッとした
教科書通りに教えることで 
上からも 保護者からも 誰にも文句は言われない
批判も干渉も受けることなく 教科書通り教える
余計なことを考えずに 指導できる 
指導書のマニュアルどおり 津々浦々で教えられていく
教科書は 免罪符となった

道徳教育の 機会均等の原則とその質は
教科書によって 保障された
教師は どんな価値項目も 抵抗なくこなすことができた
誰が教えても 同様の教育効果が期待できた
それが 教科書の教科書たるゆえんだった
常に教科書は 正しいことを教えることを旨とし
国民は 学校教育の中で 正しいことを教えられてきたのだ
正当な価値を持った教科書に だれも異論は唱えない
ぶれない公教育政策の 勝利である

だから 逸脱することなしに 丁寧に教え始める
小学校6年間 中学校3年間 計9年間
繰り返し 道徳的価値が 色々な教師によって教えられていく
この子らの 道徳的な資質が どのように育っていったのかは
これから10年後 20年後に きっと効果が可視化されるだろう

教師が 教科書を教えるという 当たり前の仕事
日本の公教育を担う教育公務員として その責務を果たしているだけ
道徳教育への思惑を感じつつも 無関心を装い批判せず 授業する
その態度こそ 自覚されない 愛国者なのかもしれない
自省することなく 愛国心を育てることに 加担する
子どもたちは 正しいこととして 心に刻み続け
期待通りに 情感的な愛国心を 自然と育んでいく
究極は 「国にその命を殉ずる人となれ」と 
露骨に牙をむいて のしてくる時がくるまで 続く

いまは そうなることを 前提にしてはいない
だから 不安は ない
教科書にそって ただ教えていただけ
教える教師には 責任は何もない
一人で教えてきたわけでは 決してない
みんな義務教育でつながって 仕事としてやっていること 
批判される覚えは 全くない
批判するお前こそ 何様なのだと激昂し 飲み込むことば
「非国民!」

戦前の教師たちも 同様だった
お国のために 敵を殺せと
戦地に 子どもを送った
それが 真の愛国者のあるべき姿だと
果たして 戦前に回帰しないと
誰が 断定できようか

轍を決して踏まぬよう
子どもたちに 
世界中の人と 平和を築く 
まことの人間愛を
教えてください
あなたの 人生に禍根を残さぬよう
人間教師として 良心の中に生きてください

〔2019年10月10日書き下ろし。道徳を教える教師の無防備さそのものが愛国者ではないかと。教科書をバイブル化することの恐怖心がわき上がる〕

ぼくらの先生じゃない(その2)

しんちゃんの母親は 子どもの言葉をそのまま伝えた
「先生は ぼくらの先生じゃない」
一瞬 聞き間違えたかと思った
そうではなかった
確かに ぼくらの先生じゃない と言ったのだ
いつもニコニコして口数の少ない子が 
こんなことを言うとは 思いもしなかった
下げた頭は混乱し なかなか持ち上げることができなかった

ようやく決心がついて 面を上げた
正面に座っていた母親から 笑顔がもれていた
なんで? 
狐につままれたような気持ちだった
「先生 しんいちはね」と 切り出した
「先生は ぼくらの先生じゃなくて 北海道の先生なんだ」
震えが 止まらなかった
自慢げにこう話したと 母親は笑いながら話を続けた
子どもからいただいた 最上の評価だった

もう一つの 仕事があった
早朝 自宅のワープロから叩き出された原稿は 
福祉教育の推進資料として 道内の社協に配られた
学級をあけて 他の町で講演や 公開授業をした
福祉教育の普及啓発が もう一つの仕事になっていた
だから 交通アクセスのいい町の学校に 異動したのだ
札幌には 千歳まで車で30分 JRで40分
東京には 千歳空港から1時間半で 飛んで行けた
休みは 内地での仕事をこなした
それだけでは済まなくなって 平日も 道内や内地に飛んだ

だから 子どもたちには 自習を強いた
留守の間の授業の計画も 1ヶ月前からしておかないと
子どもたちに 迷惑がかかる
留守の間は 他の教員が補欠に入る
だから余計に 準備周到しなければ ならない
さらに 子どもたちの学習態度や 教科の進捗状況も つぶさに点検される
まさに 開かれた教室そのものなのだ

子どもたちは わきまえていた
留守番をするには どうしたらいいのか
見事に その期待に応えてくれた
一つも 事故がなかった
喧嘩もなかった
一致団結して クラスを守った
その心意気に甘えて 出歩く機会が多くなった
それでも 子どもたちは 応援してくれた
もちろん お土産も楽しみにしていた

その思いが しんちゃんのことばに 凝縮されていたのだった
「先生は北海道の先生だ」
そう誇らしげに語った息子に 母親は嬉しそうに頷(うなず)いた
「いい先生でよかったね」

これ以上 子どもたちに負担をかけることは できなくなっていた
そんな 自省の中にある私の背中を しんちゃんが押してくれた
だから 辞める決心をした
支えてくれたクラスのみんなの 信託に応えるために
北海道の先生になることを 決めた
いま動かなければ 北海道の福祉教育は頓挫する
思い上がった自負心
でもそこに 子どもたちの希望を見つけた

卒業 別れの時が来た
「先生は先生を辞めます 北海道の先生になります」
感謝を込めて 学担として最後の挨拶を終えた
たった18年間の 教職生活だった
未練はなかったが 授業ができなくなることが 寂しかった

〔2019年10月9日書き下ろし。なぜ私が小学校の教師を辞めたのか〕

ぼくらの先生じゃない(その1)

毎日が仕事に 忙殺されていた
朝4時から7時までの たった3時間が 自由な時間だった
授業研究や 授業実践のふりかえりも 地道に続けた

朝 玄関口に 子どもたちが待っていた
鍵を開けて 職員室に入る 
プリントの印刷が 朝一番の仕事
子どもらは 元気よく飛び出して 朝のランニング
おはようと声をかけ その大きな輪に加わる

子どもとのたわいないおしゃべり 家庭学習ノートの点検とコメント書き
学級通信は 毎日書いた
6時間の授業を終え 明日の授業の準備をする
休む間もなく 放課後は女子ジュニアバレーボール少年団の練習
シーズンの週末は 全道大会の予選や地域の大会が 目白押しだった
胆振管内でも 胆振東部地区でも トップクラスのチームだった
コーチの一般の人も わかりやすく優しく指導した
保護者のサポートも 協力的で熱心だった
バレーの基本技術と基礎体力の育成
スポーツすることの楽しさを学ばすことは
指導の基本中の基本であった
成長期の子どもには 一生を支える身体づくりこそ 
少年団活動のあり方だと 常に肝に銘じていた 
指導は 時に厳しかったが
子どもたちは 週3回の練習に集中した
だから 決して 弱くはなかった
 
活動を終え 学校の施錠をして 19時過ぎ帰宅の途につく
残った仕事があれば 教室に戻る
職員室には めったに立ち入らない
同僚に いつ足下をすくわれるかわからない
緊張を自らに強いた 組合員の多い学校だった
非組合員は ひとりだけ
やることすべてが 注視され
失敗すれば蔑まれ つけ込まれ つぶされる
 
校内の研究授業のふりかえりは 
個々の授業力を アップする意欲に欠け いたずらに褒め合うだけ
ダレた 馴れ合いの空気を吸うことは 拒否した
辛辣な授業分析をすることで 自らに対峙した
自己との闘いのステージは そこにもあった
教育実践の質を 自ら貶めるような 恥ずべき実践をしてはならない
「教師でもない」と罵倒された時から 常に戒めとしてきた
妥協を許さない 厳しい生き方を 自己に課し続けた

もちろん 管理職にカバーされなければ きっとへばっていた
いまもシステム手帳に 大事にしまわれている一枚のハガキ
前任校で出会った 当時教頭の水島享一が 
開校記念式典に参列し 校長に宛てた礼状を 後日いただいた

「 “小さい力で地球を持ち上げる” 強力な力となって、参列者の胸に熱くしっかりと受け止められていたのではないだろうか…。私はこのとき鳥居さんを想い、偉大な彼に胸をあつくし、その感動は今も持続しています。もちろん歴代の校長、教職員の貢献は高く評価したとしても、彼はまさにその中を一本貫く鋼鉄の支柱的存在だったと、思っています」

まだ教職十年にも満たない 若い教師が取り組んだ 
つたないボランティア学習への 最大の賛辞だった
このハガキが 最期のメッセージともなった
教職を退いてもなお 鼓舞し続ける“魂の矜持”である

異動が決まったときに 周りは なぜといぶかった 
東京と札幌が近くなる 交通アクセスだけが理由だった
そこには もう一つの仕事があった

4月 学級は持ち上がり 二年目をスタートさせた
家庭訪問週間が始まり 6年生になったしんちゃんの家にお邪魔した
開口一番 母親が告げた
「先生は ぼくらの先生じゃない」

〔2019年10月8日書き下ろし。重く深い意味を噛みしめた子どもからの一言だった。次回その真相を明らかにしたい〕

おこぼれ

三億円余もの おこぼれ
世の中に にぎわいをもたらした
おこぼれにあずかった 人たちは
バレなければ それはそれですまそうと もくろんだ
税務署のお手柄で 白日の下にさらされた

菓子折の下にも 大枚のおこぼれあった
会社に おこぼれを置いとけないから
家に持ち帰って いつか返そうと保管した

言い訳三昧
もらったのではなく あずかった
もらったのではなく 強引に手渡された
おこぼれは 社会通念上許される 儀礼の範疇
おこぼれは 誰でももらっているではないか
悪いことしたなんて これぽっちも思っていない
おこぼれは 心付け
おこぼれは おすそわけ
おこぼれは 賄賂ではない
渡した奴のせいで こんなことになってしまったと
死人に口なし 責任おっかぶせて 一件落着を試みる
関西電力トップの記者会見
詭弁を弄した会見原稿 書いた裏方 すごいの一言 
そのせこさ 見事です

おこぼれに群がる 
利権をあさる人たちは
私利私欲の 権化たち
恥も外聞もなく 公然と正当性を主張する
おこぼれは 発覚しだいに返却すれば なかったことに
政界ルールが適用されて 問題なし
   
政界も経済界も おこぼれもらいに 日常茶飯事 列をなす
社会のルール遵守はあってない 横入りも許される
無法地帯化する一方の 国を挙げての おこぼれ争奪戦
民は 安いビール片手に 観戦するが
この勝負 ノーサイドの笛は 決して吹かれない 
かくある世界は 閻魔様でも裁けない ジャッジ不要の黄泉国

開催中のラグビーワールドカップ
ノーサイドの清々しさに 国民こぞって感動する
耳を掩(おお)い手鈴を盗んで おられる方々
そのおこぼれこそ 是非いただいてください
世界のラガーマンからの 慎ましいメッセージです

いま 届きました! 
関電トップ総辞任です
政界も 政府も 他人事にしてはなりません
お金だけの問題では ありません
未来を担う子らに恥じぬ 生き方を示してください
それが 宇宙一点に 今を生きる
私たちの一人ひとりの 
いのちを輝かす 真摯な生き様となるのです
 
※耳を掩い手鈴を盗む:自分の罪悪が人に知られないようにと思っても、すぐに知られてしまうことのたとえ。良心に背くことを知りつつあえてすることのたとえ。

〔2019年10月6日書き下ろすが、9日夕方の一報で追記。スポーツの嘘偽りのない真剣勝負は、深い感動をもたらす。私利私欲に憑かれた人間たちの臭気に満ちた世界に、爽快な風がいま吹いた!次は誰だ!〕

付記
関電、会長・社長ら幹部大量辞任へ 政府や株主の批判で
関西電力は9日、八木誠会長と岩根茂樹社長が辞任すると発表した。トップ2人を含む役員ら20人が、高浜原発がある福井県高浜町の元助役(故人)から多額の金品を受け取っていた問題の責任をとる。八木氏は同日付で辞任し、岩根氏は今回の問題に関する第三者委員会が年内に再調査の結果をまとめた段階で辞任する。
八木氏は同日午後に大阪市内で開いた記者会見の冒頭で「立地地域や社会の皆さまからの信頼を失墜し、誠に申し訳ない。経営責任を明確にするために辞任する」とおわびした。八木氏は関西経済連合会の副会長も辞任する意向。岩根氏は大手10社でつくる電気事業連合会の会長を同日付で辞任した。電事連会長の後任は、中部電力の勝野哲社長を軸に調整するとみられる。
トップ2人のほかに、約4千万円分を受け取っていた関電の原子力部門トップの森中郁雄副社長をはじめ、常務執行役員の右城望氏、鈴木聡氏、大塚茂樹氏も9日付で退く。豊松秀己元副社長は同日付で非常勤嘱託になる。
八木氏らは当初、続投に意欲を示していたが、政府や筆頭株主の大阪市などからの批判を受けて決断した。(朝日新聞デジタル版 2019年10月9日15時54分)

菓子箱から小判…なんの問題もない/政界地獄耳
▼ 関西電力の原発関連の役員らが福井県高浜町の元助役らから多額の金品を受け取っていた問題は、関電の中でも原発事業とは別の部門の幹部も受領していたことが分かった。また福井選出の自民党幹事長代理・稲田朋美や県警幹部などにも元助役はまんべんなく原発マネーを振る舞っていたことになる。慌てた東京電力など全国の電力各社は自社でも同様な案件はないか点検したといい、東京電力は役員らを対象に聞き取り調査をし、全員が「儀礼の範囲を超える金品は受け取っていない」と回答したという。
▼ おかしな話だ。関西電力も儀礼の範囲といい、菓子箱の下から小判が出て来たり、スーツのお仕立券50万円は受け取っている。関電の監査役会は「(金品受領に)不適切な部分はあるが、違法でないので、報告書はおおむね妥当」と結論づけ、取締役会に議題として諮ることはしなかったという。つまり不適切だが違法ではないという妙な理屈が電力会社全体を覆っているのか、原発マネーは儀礼の範囲内の金品どころではない。このくらいは儀礼として受け取ってもいいというコンプライアンスのなさは国策を推進しているのだから、いいことをしているのだから問題ないという理屈につながる。社会の常識や儀礼の意味をすでにはき違えているのではないか。
▼ 稲田は元助役が筆頭株主とされ取締役を務めていた警備会社「オーイング」と、その関連会社の「アイビックス」から献金を受けていた。政界関係者が言う。「『稲田の面倒を見てやってほしい』と同社側に頼んだのは福井選出の元参議院議長・山崎正昭だ」。稲田出馬に自民党全体が動いた結果だ。政治資金として適切に処理しているというのなら返金する必要はない。ところが自民党の最近のルールは「返せば問題ない」と、なかったことにできるというもの。稲田は前のめりに勇み足になって返金を口走り自爆した格好だ。「会ったこともない」「面識はない」は森友学園の時の逃げ口上と同じだ。でも安心してほしい。野党、ことに電力労組の支援を受ける国民民主党などは本気で追及などしない。やってる感は見せるが、自民党と組んでうまくうやむやにするし、野党共闘にも否定的なはずだ。「なんの問題もない」。(K)※敬称略(日刊スポーツ電子版 2019年10月7日)

人間ではない

新任で赴任したのは
洞爺湖畔の 壮瞥町仲洞爺小学校だった
秋 町内の先生方数人と 函館まで視察研修に参加した
学校視察を終えて 夕食は市内の居酒屋で呑んだ
新米はカウンターの隅に座り 先輩諸氏の話を聞いていた
酒の酔いもまわらぬうちに 初対面だった隣の教員が突然
「お前は教師でもない 人間でもない」
と 猛烈に非難し始めた
そばにいた 他校の校長も教員も
その暴言を止めることなく なすがままに放置した
さらに 追い打ちをかける 
「校長になりたいのか お前がなれるわけはない」

大学闘争も経験してきた 血気盛んな新米は 
卑劣な口撃に はらわたが煮えくり返り 怒り心頭に発した
しかし じっと我慢した
義憤を感じたこの瞬間 これからの我が道を 悟った
教員人生を 決定づけた場となった
だから 感謝しよう

朝 酔いが覚めた当の教員は 悪びれる様子はない 
謝罪する気はさらさらなく 平然としていた
酔ったが先の無礼講と 怒りをぶつけたことは明確だ
弁解無用 酩酊などしてはいなかった

なぜ そこまで罵倒されたのか
昭和40年代後半 待遇改善をスローガンに
北海道教職員組合は 全道で公然とストライキを打った
壮瞥町のスト参加率は 100%
一般教員のすべてが 参加していた
新卒ひとりが 組合に加入しなかったために
スト参加率は 落ちた
非組合員の存在そのものが 許せなかった
組合運動への 否定的な存在は 排除以外何ものでもなかった
北海道教職員組合の運動は 全国的にも過激だった
「3年で立派な組合員を育てる」
と豪語する先輩諸氏
「管理職は組合推薦がなければなれない」
圧倒的に非組合員が少ない時代 組合への誘い文句だった 
だから 加入しなかった

組織は 個人を統括する
教条主義的な運動論も 全体主義的な思想統制も
決して受け入れることは できなかった
学生運動で唯一学んだことは 個人の自己決定を尊重する生き方だった
集団の色に染められることへの 拒絶と回避
同質の考え方や団体行動を強要されることへの 徹底抗戦
仲間内の仲良しごっこ的不気味さからの 完全逃避
実力もなく寄らば大樹の陰的な生き方の 全面否定
空気を読み世渡りする卑屈さは 断固拒否

闘いは 峻烈だった
黙らせるには 実践を積み上げるしかなかった
1年目の成果は 結実する
翌年3月末 胆振教育局が 新規採用した教員へのレセプションに
一年先輩として挨拶するよう 招聘した
「子どもに好かれたいという 受け身の教師ではなく 
子どもを 積極的に愛する教師に なってほしい」
いまもそのおもいは 変わらない

「お前は教師でもない 人間でもない」
ここが 教師のスタートラインだった
いつの日か 敵愾心は自戒心へと 上書きされていった

〔2019年10月6日書き下ろし。この日は父の19回忌。一介の肉体労働者だった父の一途さは、DNAとして確かに引き継がれていた。それが素直に嬉しい〕

教員の劣化

世間で 子どものいじめが 後を絶たない
マスコミ報道 敏感にキャッチし
その対策に 目を光らせる
頑張って 
世間の応援 背に受けて
超勤めげずに 日々精進

頑張る教師を 尻目に懸けて
善悪の判断力を 崩壊した者たちが
年下の若い同僚に 矛先向けて
溜まり積もった ストレス解消
複数がいじめをしていた その事実に
愕然(がくぜん)とした
これから先は 何でもありの学校教育
居直る 開き直るしか 平常心は保てない 

子どもファースト こころに決めて
いじめのサインは 見逃さない
学習指導の教材研究 手抜きせず
生徒指導のグループ観察 注視する
緊張感 子どもが帰っても持続する
保護者の電話 時には恐怖 受信拒否は却下され
それでも 仲間と乗り切る毎日です

子どもファースト こころに決めて  
今日も いじめに耐え抜こう
彼らのストレス解消が 
子どもに スクハラしないよう
ただただ いじめに耐え抜こう
彼らも いつかは気づくだろう
やってることの 非情さを
無駄な希望と わかっていても すがりたい

子どもファースト こころに決めて
彼らのやり口 エスカレートする一方
30代40代の いい年こいて 
自律心は 未熟のままの形成不全
徒党を組んで 人格無視の 言いたい放題 やりたい放題
堪え忍んだが もう限界で 訴えた
多勢に無勢 隠蔽にはかるのは 学校の常套手段
薄ら笑いしながら ないことにして とはいかない話 
いのちとこころのダメージ 半端ない

子どもファースト こころに決めて
(そんな嘘 バレバレ)
彼らも 教壇に立っていた 
(だから 深刻なんだ)
歪なこころで 子どもに向き合う
(だと思う)
まともな仕事は そっちのけ
(まじめに やってるわけはない)
でも かばうしかない
(そこまでいうなら こうしよう)
真摯な教育者を 冒涜し続ける教員へのお願い 
強い口調で「やめなさい」
やさしく諭すように「やめてください」

へりくだって「どうぞおやめになってください」
(こんなやわな指導に 従うわけはないから)
教員ではありえない すごい人たち 奨励します
教員ではきっとできない すごい人たち 褒め称えます
教員では考えられない すごい人たち 称賛します

(こんなもんで いかがです)

こころある 教師たちよ 
子どもに恥じることなく 平然と身も心も汚し続ける者たちの
愚行を 決して軽視してはならない
非道を 決して見過ごしてはならない 
犯罪を 決して許してはならない
氷山の一角を いつまでも一角にしてきたことが 暴露されたのだ
これからは 隠そうとする悪しき慣習から 目を背けてはならない
そこで働く者たちの 無関心・無干渉から生まれた空気を
もう吸うのは やめにしよう

こころ痛めた 教師たちよ
またも 学校不信 教師不信という 心的負担を 背負わせてしまった
その不信を 払拭するには
自戒し 信頼に足る“ひと”であることを
全国の学校で 毅然として示すしか 道はない
決して対岸の火事ではないと こころしてほしい
こころ熱き 教師たちよ

こころ強き 校長よ
学校経営の責任を全うするには
子どもを 粗末にしない してはならない共育を 
職を辞す覚悟で 教職員共々 実践するしかない
信託に応えるには いま 何をなすべきか 
喫緊の経営課題が 一人ひとりに提起されたと こころしてほしい
こころ熱き 校長よ
     
〔2019年10月5日書き下ろし。兵庫県神戸市須磨区で発覚した教員の集団いじめ問題に触発され、そのイメージを描く。心ある先生への応援でもあってほしい〕