「鳥居一頼の世語り」カテゴリーアーカイブ

春夏秋冬そして春~ラジオ体操

朝6時過ぎ 吐く息がまだ白い
駅前広場に ぼつりぼつりと 人が集まってきた
まだ歩道脇には 雪が残る 春4月
ラジオ体操の 始まりの日(あさ)だった

夏休みになると
年寄りたちは 張り切った
孫たちに 不細工(ぶさいく)な格好は 見せられない
化粧も おしゃれも少しして 集まってくる老女たち
子どもたちが 元気を与えてくれた
この体操が 朝の日課になって もう5年目の夏だった

鎮守(ちんじゅ)さんのお祭りは
ラジオ体操で集まった 男衆(おとこしゅう)から
子ども神輿(みこし)を復活しよう と声が上がった
若い母さんや父さんも
昔を思い出したのか 楽しそうに手伝った
ばさまと母さん 子どもらの衣裳(いしょう)と化粧の担当
じさまと父さん 古い神輿のリニュアール
当日 十数年ぶりに 祭りの楽しさを 子どもらに 引き渡した
振る舞い酒は 大人のこころに しみわたった

雪が降るまで続けようと みんな頑張った
今年も 終わりの時が 来たようだ
ラジオ体操は 健康のバロメーター
みんなが集まる機会は 春までクローズ
長い冬が 心も体も 閉ざさぬように
隣近所で 見守り声かけ 冬場が本番
さあみんな 冬こそ 町内の団結力を見せようぞ!
一人ひとりの 目配りが 
いのちを護る マチの防人(さきもり)となる

春の陽ざしが まばゆい朝
駅前広場は おはようの挨拶が あちこちで交わされていた

〔2019年8月12日書き下ろし。子どもが少ないと嘆くよりも、今いる子に引き継げるのは何かを考えたみたい。そして、人の命と暮らしを護る防人たちの姿も〕

お互い様の関係づくり

特定の人に偏(かたよ)る依存は、長続きしない。相手も疲弊(ひへい)し、共倒れの危険性が高い。老老介護はその典型で、介護している人が先に倒れる場合も起こりうる。
だから、助けてもらうときには、いろいろな人とのつながりを持っていると、お互いに気疲れなく、いい関係のまま続けていける。災害の時にも強い、そんな暮らす力をつけてみたい。

※ あきは居間でくつろいでいる。
はる 「あきさん、いたか」
あき 「はるさんかい、あがっておいで」
はる 「遠慮なくあがってきた。変わったことなかったかい」
あき 「なんもさ。あんたがお茶こ飲みに来るかと待ってたとこさ」

※ はるにお茶を入れ茶菓子をすすめるあき、そこに社協の神代(かみしろ)さん登場する。
神代 「あきさん、いたかい」
はる 「あの声は社協の神代さんじゃないの。いたよ。あがって来て」
神代 「あら、誰かと思ったらはるさんの声だった。あきさんずいぶん若返ったと思った。あきさんお邪魔(じゃま)します」
あき 「はいはい、わたしゃなんも変わらず、相変わらず年寄りしてるよ」(笑い)
はる 「きょうはどうしたの?」
神代 「近所まで仕事で来ていて、どうしてるかなって、様子を見に寄ってみたの」
あき 「どうせ、ついでに寄って見たんだよね。ご苦労様です」
神代 「ずいぶんなお言葉で。そんなら顔も見たし嫌味(いたみ)も聞いたから失礼します」
はる 「冗談、冗談。まあお茶の一杯でも飲んでいって」
神代 「それじゃ遠慮なく、いただきます」
なつ 「あきさん、ただいま。あがるよ」
あき 「あらあら、なつさん、おかえり。ずいぶん早かったね」
はる 「どうしたの?」
なつ 「あら、はるさんも、おや神代さんも来てたんだ。ちょうどいい。はいおみやげ」

※ なつ、菓子折(かいおり)をあきに手渡す。
あき 「どうもごちそうさま。ところで、どうしたの?」
なつ 「どうもこうも、行った先から台風21号、そのあとすぐに大きな地震で怖かったよ。北海道の全部が停電になってしまって、息子のところのマンションも水は出ないし、エレベーターも動かず、外は真っ暗闇でさ。階段を上り下りするだけの体力はないから、じっとしているしかなかったよ。息子夫婦は、地下鉄も動かず会社も停電で仕事にならないというんで、買い出しに出かけたけれど、3時間も4時間も並んでもお目当てのものは買えなくて、疲れ果てて帰ってきてたわ」(2018年9月6日北海道胆振東部地震)
神代 「それはそれは、大変だったね」
なつ 「停電も断水も2日ほどですぐに回復したからよかったものの、孫の学校も始まり、共稼ぎの夫婦が朝出ていくと、昼間はひとりぼっち。余震もしばらくあって、8階の部屋は結構揺れて心細かったよ。そんなこんなで、孫のことも心配だからしばらくいたんだけど、なにせおしゃべりする相手もなく、夜は夜で共稼ぎの夫婦はいろいろ忙しくて、話す時間もろくになくてさ、部屋にこもって寝てしまうという毎日。何だか、気疲れしてきて、だんだん一緒にいることがしんどくなってきてね」
あき 「それで、おしゃべりしたくてしたくて、戻ってきたというわけだ」
はる 「おしゃべりななつさんが、よくも我慢(がまん)していたもんだね」
神代 「一人暮らしをしている人が、子どものところでお互い気を遣って暮らすのって大変だって、よく聞かされるけど。お互い生活のリズムが違うから、悪気はなくても、ついついしんどくなってくるんだって。特に日中ひとりの状態になる“日中独居”って、ほんとに辛くて、なんだか身体の調子も悪くなってくるっていう話よ」
あき 「なつさんが札幌さ行ってしまって、はるさんと二人でどうしてるんだかと、いつも話していたけど、話し好きのあんたにはしんどかったんだね。また三婆(さんばばあ)の復活だわ」
神代 「これでまたにぎやかになって、3人の心配はいらないね」
あき 「神代さん、私らの心配をして顔出してくれたの。忙しいのにすまんかったね」
はる 「包括センターの佐藤さんも、顔を出していたのは、そんなこと」
神代 「気になる人がいたら、なにか変わったことがないか様子をみるのも仕事なんです」
なつ 「札幌じゃこんなあったかい人情なんて感じなかった。やっぱり自分とこはいいね」
はる 「それじゃ、みなさんに厄介(やっかい)かけながら、3人仲良く暮らしましょう」
あき 「ありがたいね。神代さんやら佐藤さんやらにはご足労(そくろう)をかけるけど、これからもかわいい三婆、よろしく頼むね」(笑い)

役所の地域包括支援センターや保健センター、社会福祉協議会の職員、民生委員・児童委員や自治会の人たちが、地域で暮らす高齢者や障がい者の安否を確かめることは、これからも大事な活動になります。近隣の方とのつながりをもって元気に過ごされるよう、心配りや気配りする「お互い様の関係づくり」が、地域の支え合いや助け合いの力を強めていくことでしょう。
そして、一人でやせ我慢することなく、「助けて」と伝えることのできる地域づくりが、いま求められているのです。それを担うのは、「他人事にしない」というおもいを持って地域で暮らす一人ひとりに他なりません。
人が寄り添いあい、ぬくもりあるマチになっていくには、一人ひとりがどのように考え動いていくのか、確かめあってみませんか。

〔2018年10月1日。秋田県小坂町・鹿角市「地域づくり研修会」での問題提起の寸劇。地元の言葉遣いに直して上演した〕

いい子ぶる

「ごめん」って ちゃんとあやまろう
わるいことしたんでしょう
「ごめん」って そんなあやまりかたなら
この子は 許してくれないよ
「ごめん」って そんなあやまりかたってあるの
ちゃんと頭さげて 
「ごめん」って そんななげやりな言い方あるの
ちっとも悪かったっていう気持ち伝わってこないよ
ねえ 「ごめん」って ちゃんとあやまっているから
許してあげてね
この子に もうしないって「やくそく」させるから
いつも“この子 助けてあげて”と 先生は目で訴える

おれさ 本当ははずかしいんだ
いつもさ わるさして あやまってばっかり
いいかげん じぶんでも はらが立つけど
それでも 「やっちゃった!」って
でもさ、いつもこんなふうにあやまって
許してもらうと かんたんに悪いことが 帳消しになってしまう
たまには 自分からあやまりを入れて
先生の点数稼ぎもしておかなくちゃいけないんだ
あやまるって たいしたことないんだよ
そのときだけ すこしだけがまんする
なにをって はずかしいって気持ちをさ がまんする
おれだって 笑われたらはずかしいし 
こんちくしょうって ときどき切れる

あやまって ゆるしてもらえば こっちのもんだ
またやっちゃうね
これぐらいじゃ ちっともこりないよ
おちょくるって けっこうおもしろい
あいつをおこらせて 
顔を真っ赤にしたり 泣いたり わめいたりさせるのって
ゆかいだね
だから なんどでも やってしまう
おれの楽しみのひとつを なくするわけにはいかない

おれ こんどのことだって 悪いことしたなんて これぽっちも感じていない
だから しぶしぶ あやまる 「ごめん」
それでも いままでみんな許してくれた
だから こんども大丈夫!
このくらいなら 親には告げ口されない
しんどいのは 親が知ってしまう前に
“いいわけ”を考えなきゃいけないこと
なんぼおれだって 親には“いい顔”していたいから

あんたのうそっぱっちの「ごめん」なんて もういらない
「またやる」って顔に書いてある
その目を見るのも もういや
先生も あやまればおしまいって顔しているから たよりにならない
だから さっさと済ませてしまいたい
ただそれだけ
「同じクラスの 友だちでしょう」っていわれても
ちっとも ピンとこない
きらいな人と 友だちになんかなれない
いじわるな人が 友だちっておかしいよね
大人は そんな人とは つきあわないでしょう
どうして 無理して“友だちごっこ”しなきゃいけないの

好きで同じ学年やクラスになったわけじゃない
わたしがあいつに 悪さをしたわけでもない
でも どうしてあいつの勝手気ままなわがままを がまんしなきゃいけないの
痛い目にあっても 「ごめん」の一言で どうして許さなければならないの
いつも「芝居」をさせられている気分
そこでは ものわかりのいい“いい子”になっているだけ
“いい子”にならないと わたしが“いけずな子”って思われる
おとなは 子どもの気持ちが知りたいっていうけど「無理!」
きょうもまたいやな思いをさせられても “いい子”ぶらなきゃいけない
だって そうしないと あいつと同じに見られてしまう

あいつはへらへら笑いながら こりずに同じことをしてくる
そんなの わかっていながら このくりかえし
やられたあとに あやまったって なにが変わるっていうの
いやな気持ちが その一言でふっきれて なくなってしまうとでもいうの
魔法の呪文(じゅもん)「ごめん」
もうなんの効力もない まっぴらごめん
自分の気持ちに うそつけない
もうあいつの「ごめん」なんか
こっちから「ごめん」だ

こんどやったら もう許さない
私だけじゃない あいつにやられて泣いてる子
たくさんいるんだから
ただ心配かけたくないって 
やられてもみんな口をつぐんでいるだけ
「そのくらいのこと なんでもない」
「あなたが がまんしなさい」
「いつか あの子もよくなるから」
おとなは 子どもに言い聞かせる
だけど いつになったら 正直に自分の気持ちをぶつけられるの
一度なら 「なんともない」ってふっきれるけど
何度もされたら がまんなんかできやしない
それでも おとなは さも私の痛みをわかったようなふりをしながら
「許してあげて」と やさしい声でせまってくる
その声に さからえない
でも わたしは こんなになやんで苦しんでいるんだよ
いい子だって 思われたいから
「いいよ」って 自分にうそをつく
こんなの もういやだ うんざりだ
これって わたしの悪いこころなの 
そうやって自分を責めて またいい子ぶる 
それをぬけぬけと
「あやまったから許される」なんて 単純に思い込んでいる
あいつもおとなも 許せない
そんな言葉や態度で すますことなんてできない
「いいよ」っていったけど
そうしないと なかなか帰してくれないから しかたなかった
こころの中は 怒りでいっぱい

こんどやったら もう許さない 許せない
わたしを 甘くみないで
平気な顔をしていたけれど 
おこれば あいつと同じになるからがまんした
いつまで このがまんが続くのだろう 
いやだ いやだ もういやだ
あいつの顔なんか 二度ともう見たくもない
わたしは悪くはないのに なんで“なみだ”が出てくるの
くやしい!
“なみだ”なんか見せたくない
わたし 弱虫じゃないもん

でも みんなにそう思われているあいつって 
たいへんだな
いっつも だれかに刃向かっていくエネルギー 
疲れることを知らない とほうもない反抗のエネルギー
わたしにはない 
そこはすごいと へんに感心する

でも なんであんなに こころがねじきれてしまっているのかな
ひとりぼっちに またなっちゃった
だあれも あいつのこころは わからない
だあれも あいつの苦しさは わからない
あいつが 一番自分のことが わからない 
だから よけいに苦しいのかも しれない
あいつは ああやって悪さを続けることしか
みんなの注目を集めることが できなくなった
こころもあたまも 悪さにしかまわらなくなった 

あいつを こころのかよった子にしたいという
みんなの思いは いつか むなしくしぼんでいく
いつも うらぎられるから
だから だあれも もう信じない
そして ひとりぼっちで 悲しい子になった
叫んでも だあれも こたえてくれない
だあれも もうあいつのそばにはいないから ひとりぼっち
暗闇に ぽつんと ただいるだけ
いつか みんなの記憶からも うすれていく
「あんな子 いたっけな」

そうならぬよう
あんた
すなおに 
こころから「ごめん」って
いってみて
そしたら すこしだけ 信じてあげてもいい

〔2019年8月20日改訂版。心がすさんでいく子への反発と一抹の良心への期待がにじむ〕

粗末にしない

君は 何を粗末にしてはいけないと 思うかな? 
いのち こころ 時間 お金
親 友だち 食べ物 勉強  
陽ざし 空気 水 自然
まだまだありそうだね
どれひとつとっても 君が生きていくうえで 
決して粗末にしては ならないものばかり

いのちは 時間
君が 今生きている その瞬間瞬間の 途絶えることのない連続の中にある
こころは 君が周りの人たちと 仲良く幸せに生きるための 根っこ
もちろん お金も必要だ
生きるためには 他の生き物たちのいのちを いただかなくてはならない

その中でも 一番粗末にしてはならないのが
君を 大事に育てている人 
その人のあったかいやさしさを 
どれだけしっかりと受け止めて 生きていくかで
人としての “ねうち”が 決まるんだ。

その人を 心配させ困らせては 時に厳しく叱られることもあるだろう
なぜ叱られたのかが よく分かっていない子は
友だちと トラブルを起こしても 自分に非があるとは 思いもしない
すると 身勝手で自分のことにしか関心の持てない 大人になるんだ
そんな大人であふれたら どんな世の中になるのだろうか? 

えっ もうそうなってるって!

〔2019年8月18日改訂。2011年11月10日道新コラム「朝の食卓」掲載文を加除訂正。過激な人間が人類が築いてきた叡智を粗末に扱い無残に破壊する。批判する者たちを罵倒する、憎悪に満ちた加担者たちの残された良心へのささやかな訴え〕

心のやじろべえ

子ども同士のいさかいで 悩んでいたあるクラス
友だちにはなりたくない子って どんな子って 聞いた
 
約束を守らない
うそをつく
自分のことしか考えない
いじわるする
悪口を言う
人のせいにする
暴力をふるう 
仲間はずれにする
無視する

そんな子は だれでもいやだろう。
でも 悲しいかな
やっちゃいけないって 知りながら 
平気で 相手を傷つけてしまうことって よくあるんだ
君にも 覚えがあるだろう。

それは 心の中の「やじろべえ」が 
時々 わがままで自分勝手な心の方に 傾いてしまって
相手のことなんか 気にもかけなくなる
自分さえよければいいと 思っているうちに
ひとりぼっちに なってしまう
すると 少し心配になってくる

もし 自分が同じことをされたら どんな気分だろう
相手の心の痛みに 気づいたときに
「やじろべえ」が 思いやりの方に傾いて 
心のバランスを とろうとするんだ
その瞬間 友だちと仲良くしたい方に 傾くんだ

「心のやじろべえ」
そのバランスがいいと とっても気持ちがいい
その時の気持ちを 君は しっかりと覚えておこう
そして 笑顔で友だちと 新学期を迎えようね!

〔2019年8月18日改訂。2012年3月18日。道新コラム「朝の食卓」掲載文を加除訂正。2学期登校に悩んでいる君へ。はからずも、日本の外交問題への警鐘ともなった〕

自分にありがとう

「いい子」でいなければならない わたし
毎日が プレッシャーの連続。
ストレスは たまるばかりで ちっともへらない

こころが いまにも 折れそうになる
こころが いまにも 壊れてしまいそうになる
落ち着いて 勉強したい
楽しくおしゃべりしながら 給食を食べたい
友だちや先生の 笑顔いっぱいの 一日であってほしい

怒鳴り声が 教室の空気を 凍らせる
いつものこと 
だから がまんするの?

いつも いやな「気」を使わされている
いまは なんとか 踏み止まっているけど
たくさんの気遣いをしてきて 気疲れしてきた

でも 爆発したら かれらと同じだって 
そう思うと 「いい子」にしてなきゃって 自分に言い聞かせる

先生から彼らを 「許してあげて」と 目で促される
その理不尽さを いつも引き受けてきた
だけど 
慣れっこになったのは わたしではなく かれら
「ごめん」が“うそ”だと知っていても 許してきたこと
ときどき 
なんのために そうしてきたのか 分からなくなってしまった

しんどかった いやだった 逃げ出したかった 耐え切れず泣いてしまった
でも 先生や友だちの 苦労を知っているから
わたしは 大丈夫!

そんな自分に 「ありがとう」といえる ひとになりたい
そこまで わたしを強くしてくれたひとたちに 「ありがとう」って
そうなる自分を信じて、いまの自分を ほめてあげよう
大丈夫 きっとそうなる
かれらも 変わる

〔2019年8月22日改訂版。問題行動を起こす子に我慢を強いられる子の心優しき信念〕

大丈夫だよ~こころを痛めた子どもたちへのメッセージ~

もうふりかえらない
ふりかえって そこに何があるというの
過ぎた時間の断片のかけらに
一体きみは 何を見つけ出そうというの

苦痛と悔しさ、そして悲しみのいっぱいつまった こころのアルバムに
顔を埋めているのは 自ら悲劇のヒロインを 演じているだけ
そこから 心躍る何かが 生まれるというの

いつまでも 過去を抱え込んでいるだけでは
この先に続く 長い未来を 捨てることになるんじゃないの
きみは 過去に固執(こだわる)ことで 
未来に 不安を引きずって生きるっていうの
でも 考えてみてよ 
たかだか 15年の人生
その ごくごく短い時間にこだわり続けることに 
どんな価値があるっていうの

今日 きっぱりと「さよなら」して
きみの明日に向かって しっかり顔を上げてみないかい
きみの そのこころと身体を支える足を 一歩前に踏み出してみようよ

大丈夫!
きみはひとりではない ひとりぼっちではない
ここには きみと同じように 辛い過去を背負った仲間もいる
その子らを 支え励まし続け 寄り添ってきた先生(おとな)もいる

大丈夫!
きみを慈しむ 家族がいる
きみが幸せになることを あったかく見守り願う家族がいる 

大丈夫!
きみの未来は きみの手の中にある
あきらめない めげない へこたれない
心の痛みのわかるきみだからこそ 本物のやさしさを 強さに変えられる
それが 未来を切り拓く 戦う力となる

大丈夫!
ひとりで悩むことはない
この学校は きみのとっておきの居場所 
きみが望めば きみ自身を自ら変えられる そう信じよう
今日からの新たな世界と時間は いまきみのものになる
だから“笑顔”で 仲間と一緒に前に進んでみないかい

きみなら きっとできる 
大丈夫 自分を信じて…
大丈夫 きみなら きっとできる

〔2019年8年20日改訂版。こころに傷を負い悩む子と支える教師へのメッセージ〕

小さな幸せを希望に紡ぐわたしのまち登別

豊かさは 本物だったのか?
長生きすることは 幸せだったのか?
人の世話になりたくないといっていたのは 本音だったのか?

そんなわたしが わずらわしいと 思っていた
たくさんの手を借りて 
いま このまちで生きている
この家で このまちで 
いのちの種火が 静かに燃え尽きる日まで
生きていくことが 
わたしの たった一つの希望となった

他には もうなにもいらない ほしくない
それは 欲だったと 知ったから
本当の幸せは 
自分が 生きていることの喜びを
人と分かち合うときに わきあがってくるものだと 知ったから
豊かさとは もので囲まれた暮らしではなく
信じることのできる人が 私のそばにいることだと 知ったから

ひとりではない ひとりぼっちではない
「大丈夫だよ」
まごころを 感じた瞬間(とき)から 
わたしは ここで 生きる希望を 見つけた
「ありがとう」
そう こころから伝えられる人が わたしのまちにいる

わたしの小さな幸せを わたしたちの希望に紡ぐまち
「きずな」を 実感できるまち
それが 福祉でまちづくりをめざし 
市民が 躍動するまち
時代を拓く 新しい福祉の実践計画「きずな」を 
市民が創り 市民とともに 社協が進める 
わたしたちのまち 登別

だから わたしも 行動(うご)く 
地域で生きる 地域に生きる 地域が生きる 
そんなまち 登別にするために 

〔2016年2月。地域福祉実践計画「きずな」寄稿・ふるさと登別のきずな大使拝命中〕

特権

教えてほしい
なぜ 肌の色が違うというだけで
ある者たちは 人間とすら見ないのか

教えてほしい
なぜ 信じる宗教が違うというだけで
ある者たちは 殺し合うことを容認するのか

教えてほしい
なぜ 人種や貧富の違いということだけで
その者たちは 撃ち殺されなければ ならないのか

教えてほしい 
なぜ 憎しみの感情を 増幅させるのか
なぜ 破壊する歓喜を 共有し合うのか
なぜ 殺戮(さつりく)の欲望を 銃に託すのか

子どもらは 
悪意の満ちたこの世界に 生き延びねばならない
特権のある者たちは 嘯(うそぶ)く
選ばれた民だけが 生き延びる時代なのだ と

聞かれよ ダーウィン(進化論)のことばを
最も強き者 最も賢き者が 生き残るわけではない
唯一生き残る者 それは変化できる者である

特権があると 自称する者たちよ
歴史の審判が 下される日まで
せいぜい その境遇を楽しむがいい
墓には持って行けぬ 金と権力を 
後生大事に抱いて 微笑(ほほえ)がいい

平和を希求する 虐(しいた)げられた者たちの 
したたかな変化は
静かに 歪んだ世界を 席巻(せっけん)する 

〔2019年8月17日書き下ろし。アメリカの銃乱射事件の犠牲者を悼む。その死を無駄にしてはならない。戦争への道をつけたい覇権者への諫めでもある〕

冬春夏秋~漁村編

初老の男は 今日も焼酎を飲んでいた
素面(しらふ)になったのは いつだったのか もう忘れた
まともに 飯も 食べてはいなかった

師走の寒風が吹くなか
民生委員は 男の家を 初めて訪ねた
このままでは のたれ死にすると 近所の人からの相談だった
玄関口で 誰の世話にもならないと 追い返された
それでも めげずに足繁(あししげ)く 通った

港の氷も融けて 海開きの季節がやってきた
男は 漁師仲間に声かけられて 網の手入れに精を出した
訪ねて行くと 家にあげてくれた
一枚の写真を 見せてくれた
家族四人で 新造船をバックにした写真だった
男は 若くして その春 船主になった
栄華は 一瞬だった
不漁で 思うように稼げず 
翌々年の春 ついに借金のかたに取られた
男は酒におぼれ 妻と子は夜逃げ同然で 村を離れた
雪の舞う頃 離婚届が送られてきた
立ち直ることも出来ず
漁師仲間の温情で いのち長らえた
春は 男には 苦い思い出の季節であった

短い夏 海水温が高いと 漁も芳(かんば)しくはない
それでも 出面(でめん~日雇いの労賃)を 稼ぐことはできた
男の元を訪ねると 焼酎の瓶が 思いの外少なかった
体調が悪いと言って 飲む量が減っていた
俺ももう年だと言いながら 寂しげに笑った

鮭の季節になり 漁村はわいていた
男の元を 訪ねた
煎餅布団(せんべいぶとん)にくるまって 伏せていた
顔色が 尋常(じんじょう)じゃない
すぐに 救急車を呼んだ
男は 膵臓(すいぞう)ガンの末期だった

初冬 病院で 静かに息を引き取った
家族に会うことも 叶わなかった
男の自宅で 遺品の整理に立ち会った
押し入れに 木箱に入った大漁旗があった
新造船に飾った 大漁旗
男の夢の 旗印(はたじるし)
家族写真と大漁旗を 墓に入れた 
男の 仕合わせな思い出は それしかなかった

もっと気遣ってあげられたらと 悔いが残った
せめて その人なりに いのち尽きるまで
小さな仕合わせを 感じてほしいと
北風の吹く 漁師の村を 今日も訪ね歩く

〔2019年8月11日書き下ろし。失意の中で人生を終えようとする人にも救われる瞬間があってもいいのではないか。その人に添う存在の重さを感じた〕