「鳥居一頼の世語り」カテゴリーアーカイブ

お母ちゃんの笑顔が見たい

クラスの女の子に わるさする
悪口言ったり たたいたり 消しゴムぶつけたり
そしたら その子 おこった
おこって かかってきた
おれにげた 
女の子 追いかけてくる
あかんべーしたら ますますおこって スピードアップ
おれもあわせて スピードアップ
うしろから 女の子のヒステリックな大声
「先生に言いつけてやるから」
これでおっかけっこ おしまい
つまんないな もう一度 からかってやろうか
まてまて 
そこまでしたら ほんまに 先生にいいつけよる

でもなんでおれ あの子に こんなけったいなわるさばかりするんだろう
あの子が おれのこと にらんだ
そうだよ あの子がさいしょに おれのこと にらんだ
あの大きな目でにらまれたら ドキッとする
てれくさい? 
へんだな それでなんで わるさする?
べつに わるさをしたくはないけど
そうしないと かまってくれない

えっ もしかして 好き?
いやいや 
そうではなくて そうでもしないと 
おれのこと みんなあいてに してくれない
わるさして みんなに にらまれることなんて平気さ
もうなれてしまって なんでもない

だけど ほんとかな?
ときどき 自分の気持ちを どうにもできなくなっちゃうんだ
だんだん 自分にはらが立ってきて
だれかれかまわず 悪態(あくたい)つく
べつに 好きとかきらいとか そんなことじゃない
いつも おれ はんかくさい(バカ)から 同じ失敗してもこりない
みんな あきれた顔をする
それを見ると はらがたって
こんちくしょうって 気分が ついでてしまう
こらえられない がまんできない 
こんちくしょう!

おれのせいじゃない 
みんなが おれをバカにしたように 見下しているから
おれのせいじゃない
みんなが おれを無視するから

おれだって みんなの見ていないところで
年下の子が ないていたとき 
やさしくなぐさめたことだって あるんだぞ
おれだって 
役に立つこと あるんだぞ
おれだって …

たださ 
おれのお母ちゃん おこってばかり
おれが悪さするたんびに しこったま おこられる
でもさ
おれ見ちゃった お母ちゃん 泣いてるの
お母ちゃん おれが悪さしても おれを かばってくれる
あんだけ おこっていても おれを まもってくれる

だけど
お母ちゃん
もう 笑わなくなってしまった 
みんなには 先生の前だから 「ごめん」ですませるけど
お母ちゃんには もう「ごめん」は 通用しない
どうしたらいい…

お母ちゃんの笑い顔
どうしたら 見られるのだろう

今日もまた お母ちゃんに叱られる
困ったおれって 困っているおれ
困ったお母ちゃんって 困っているお母ちゃん
二人とも もう笑うことを わすれてしまった

〔2014年2月10日。クラスで問題を起こすやんちゃな子とその母親の苦悩を子どもたちに気づかせたい。今日8月9日長崎原爆記念日。ありふれた日常の親子の情愛が消し去れた日〕

きょう一番の 笑顔は だあれ?

きのう 元気のなかった たけしくん
妹のみきちゃんが 風邪を引いて 寝込んだって
でも きょうは 一緒に登校してきたよ
だからかな たけしくん 朝から いい笑顔と元気なあいさつ

けんたくんは 朝から しょうくんと けんかしたんだって
だから むっつりしていた
だれとも 口をきかない
しょうくんが 平気な顔して
みんなと遊んでいたのも 気にくわなかったらしい
だからって 一番みっともない顔 いつまでもしてるのは なんだよね
そっか けんたくんは がんこものだったっけ
でも 昼休み そんなけんたくんに しょうくんが よっていった
「ごめん」って 声かけた
けんたくんも 「おれも悪かった」って 照れ笑いした
これで けんかは おしまい

りさちゃんは きょうも 笑いぱなし
どんなことがあっても めげない へこまない 
ともかく よく笑う
みんな その笑いのうずに まきこまれる
でも だれかの失敗を あざ笑うような 
そんなひきょうなことは 決してしない
だから 心配事も りさちゃんのそばにいると 
つい忘れてしまって 一緒に笑ってしまう

わたし? 
わたしは きょうも みんなの楽しそうな様子を 見ているだけで
なんだか ほっこりしてきて にこっと 静かに笑っていた
きょうも ひとりひとりの 笑顔があった
それが 一番の幸せかも

きょうの 笑顔の一番は 
学校で みんなといて 楽しいって 笑顔になった人
明日も 明後日(あさって)も これからずっと
笑顔が このクラスの 当たり前に なりますように 

〔2014年9月4日。問題を抱えるクラスの子どもらへのエール。子どもは子どもをよく見ている。目立たぬ子ほど観察力は鋭い。知らぬは…。そして2019年8月5日AIG全英女子オープンで初優勝した渋野日向子さんにあやかって。笑顔は世界を制覇する!〕

リンゴ1個

ここに リンゴが 1個ある
いま お腹をすかせている 二人の子に あげたい
このリンゴを 二人の子に どう分けてあげる?

こう問われて ほとんどは
「半分」
「半分って 真っ二つのこと? どうして?」
「不公平にならないように しなきゃいけない」
納得顔で うなずく みんな
反対する者は 誰もいない 穏便(おんびん)な判断
それって ほんと?
「二人の置かれている状況を 判断の基準に考えてみた?」

そもそも ふたりのお腹のすき具合なんて なんにも説明していない
どっちが お腹をすかせているのか?
ひとりに 事情を話して 
「まだ我慢が出来るようなら いまお腹のすいている子に 少し多めに 食べさせてあげていい」

ボランティアって 公平平等では わりきれない 現実的な厳しい対処であること
ボランティアって 弱い立場の人への 奉仕というおもいを 捨てること
ボランティアって 相手のニーズを見きわめて 判断すること
ボランティアって 与えること以上に そもそもの問題に気づくこと
ボランティアって カッコつけずに 自分も助けてって 声に出せること 

リンゴ1個のことで ボランティアって面倒くさい?
でも リンゴを1個 ポケットに入れておくだけで 
ボランティアって 案外楽しいかもしれないよ
なぜって?
「わかちあう」ってことを 考えるからね

〔2019年8月2日書き下ろし。食糧問題に遭遇する未来への警告〕

かくれんぼ

子ども時代のかくれんぼを やめられない 高校生たち
彼らには その自覚は 全くない
それだけに 問題の根っこは 深かった

それは 二十数年前 全道規模のボランティア集会で 起こった
函館に集まった 高校生たちの分科会
参加した高校生を 後ろから見守るように 教師や一般の大人たち
正面に 進行役の高校生 その傍らに助言者の教師が控える
さも 彼ら自身の手で 運営されているかのような 舞台設定
教師の作った シナリオ通りの 進行
それは 司会役の子が 頭も上げず 原稿を読んでいたから すぐばれた

司会者が 意見を求めた
何人もの高校生は 振り返って 後ろに座る指導者を探す
教師は 発言を促すかのように 目と顎(あご)と手で 合図する
前に向き直し 自信なげに挙手して 発表する子ら
まるで 操り人形を見ているような 奇妙な風景

「私たちの学校では…」「私たちの活動は…」を 枕詞に始まる発表
学校という枠の中で 私たち“みんな”でした 活動報告
単なる 学校自慢のオンパレード
発表の練習成果が出て 子どもも教師も 嬉しそう

活動から 何を感じ 何を考え 何を学んだのか
個人レベルの意見が皆無な 分科会の流れに 誰も気づこうともしない
活動すれば ボランティアしていると 錯覚している教師や子どもたち
肝心要のところが欠落し 活動の目的化が進んでいた

ボランティア学習という世界から 逸脱(いつだつ)し乖離(かいり)した 虚構世界
教師に操られ その指示を受け ボランティアと称して活動する 似非(えせ)世界
ボランティアとは無縁な 学校への 統制を強いられる 隔離(かくり)世界
奉仕意識が蔓延(まんえん)する 学校ボランティアの 歪曲(わいきょく)世界

ボランティアの 自由意思を取り戻すために 呼びかけた
「おとなの後ろに かくれんぼするの もうやめよう!」
高校生自らが 企画し運営するフォーラムを 提唱した
その想いに共感した 行動力のある 各地の心ある仲間たちとともに 
「ヤングボランティアフォーラム」を 推進してきた

しかし ヤンボラの灯は いつの日か 途絶えた 
高校生たちが 学校に 連れ戻されたのだ
高校生たちは 学校に囲い込まれ 社会や人との関わりを 断たれた
高校生たちは 学校という世界を 疑うことなく楽しんだ
でもそれは
大人の背中に かくれんぼを しているだけの世界 だった

自信なげに 
「もう~いいかい~」
不安げに 
「まあ~だだよ~」
怯(おび)えながら
「もう~いいかい~」
遠ざかりながら 闇間に消えてく
「まあ~だだよ~」

〔2019年8 月6日初稿。広島原爆投下の日、子らの希望に耳を傾ける日〕

小さな希望のともしびをかかげてください

地域に住む ひとり暮らしの老婦人を 訪れた
若いときには みんなお世話になった
「何か変わったことはない?」
なにか言いかけて 飲み込まれることば
「なんかあった?」
「ううん」
息を吐くように もれた短いおと
「何か心配事?」
「何にもないよ、大丈夫!」
静かに微笑みながら きっぱり答えた
とりとめもないおしゃべりをしながら 
いつもの様子に安堵して おいとまをする
見送る気配を感じて 振り向いた
玄関口で 深くうなずきながら 手を振ってくれた

日々の暮らし向きは 決してゆるくはないはず
そのことを ひとつもこぼすさず 
微塵(みじん)にもみせず いつも毅然としていた
静かな佇(たたず)まいの中に 
ふと その人の存在の重さを感じた 

「大丈夫」
毎日 自分に言い聞かせるように
今日も地域で ひとりで暮らすことを確かめる 自問自答
きっと 
困っていること してほしいこと 不安なこと ばかりだろう
耳をそばだてても 躊躇(ちゅうちょ)して話さない
人に頼ることに 姑息(こそく)な自分を 恥じ入るのか
いま甘えたら 耐えていたものが
堰(せき)を切ったように 一斉に吹き出して
取り返しがつかなくなる
恐れているのは 依存心と無気力感
そして世間体
だから 誰にも迷惑をかけぬよう 
微笑みに 不安を閉じ込めて そこに生きる

厳しい世の中の 冷たい風が吹くたびに 
こごえぬよう ひたすら耐える
弱き者たちが いつの世でも 忍従を 強いられる
それが 長寿社会を謳(うた)ってきた 日本の末路となった
でも 屈しない 屈してはならない
気負わず したたかに 生きていく
それが 市井(ちまた)の「民の才覚力」だ

「おばちゃん 遠慮せず もう少し迷惑をかけてください」  
私のこれから行く道に 
おばちゃんが 世の中の風に翻弄(ほんろう)されながらも
かかげる小さな灯火(ともしび)が ゆるがない希望の道しるべとなるのだ
だから 明日もまた会いに行こう
「大丈夫?」 
「うん なんともないさ」
「がまんしないでね」
「あんたが 会いに来るから 大丈夫!」

〔2017年2月。北海道空知管内月形町社協『あずましプラン』に寄稿〕

おまえ、もう学校に来るな!

ハンセン病と分かり、子どもに明日から学校に来るなと宣告する教師と石を投げる級友。
そして、なぜ? という疑問を抱えながら、途方に暮れる患者である私。
子どもは学校から追放され、その子の学び生きる権利を剥奪された。
東京多磨全生園で出逢った当事者から直接話を伺い、「ハンセン病問題を授業するテキスト」をつくるきっかけとなったエピソードである。
テキスト『おまえ、もう学校に来るな!』(2013年10月1日発行/ボランティア北海道はまなすの会刊/「ハンセン病問題を核にした人権教育啓発テキスト作成委員会」編集委員長手嶋和之)の編集に、委員として参画して、第2部「エピソードを教材化する」の執筆を担った、その一編「学校を追われる」を、広く問う。
・ この事実を知って、どのようなことを感じ考え疑問に、思いましたか?
・ 子どもを守るべき教師が、子どもを教室から、なぜ追放したのですか?
・ そこでは、子どものどんな権利が、侵害されたのでしょうか? 
・ 学校を追い出された、子どものこころの痛み、その後の人生について、想像しましょう。

ロールプレーイング : 「学校を追われる」

教師「お前は、明日から学校に来なくてもいい!」
子ども「(いぶかるように)えっつ、どうして?」
教師「(突き放して)ともかくもう家に帰れ! 親がその理由を教えてくれる」
子ども「(語気を強めて拒絶する)いやだ! 俺、何にも悪いことはしていないよ」
教師「(追い払うように)うるさい! さっさとカバンを持って教室から出て行け」
ナレーション(子どもの心の声): 級友も鳩が豆てっぽうを食らったように、きょとんとしている。私は教師に、強制的に教室の外に追い出された。
子ども「(悲しげに)先生、どうして…」
ナレーション: 放課後私は、校庭に立っていた。何人かの級友が遠巻きに見ていた。        
その一人が、突然私に向かって石を投げた。周りの子は、それに続いた。
級友①「学校に来るな、帰れ!」
級友②「帰れ! 帰れ!」(他の子も連呼する)
ナレーション: 校舎の職員室の窓から、数人の先生がその様子を見ていた。誰も石を投げる子に注意することもなく、いつの間にかその姿は消えていた。翌日、それでも学校に行った。自分の席に机と椅子はなかった。心が凍り付く。
級友①「(とがめるように)なんで、のこのこ学校にきたんだよ、帰れ!」
ナレーション: 級友の糾弾(きゅうだん)は情け容赦なく、こころを突き刺す。だが、絞り出すような声で、弱々しく尋ねる。
子ども「俺の机、どうしたんだ?」
級友②「(冷ややかに)先生が昨日、お前の机も椅子も燃やしていたよ」
子ども「なんで? なんでそんなこと…」
級友②「だってお前、学校に来るなって言われたんだろう。何で来るんだよ。また先生に叱られるぞ!」
級友①「帰れ! 帰れ!」
ナレーション: クラスにいる子が連呼の輪に加わり、「帰れ」コールが教室に充満する。嘲(あざけ)るように、早く出て行けとばかり級友の非難を全身に浴びる子ども。先生が騒然とした空気の教室に来る。私を見つけて、突然怒り出す。
教師「(怒鳴るように)どうして学校に来た! 早く学校から出て行け。二度と来るな!」
ナレーション: こうして私は、学校から追い出された。小学校6年生の2月のことだった。

〔2019年8月4日。『おまえ、もう学校に来るな!』24~25ページ加除訂正〕

ほめる

園児が二人 砂場で遊んでいた

保母が 通りかかった
目ざとく見つけた 一人の園児
「先生 これ見て」
手のひらのものを 差し出す
「あら 上手に出来たわね」
その子は その後 同じものを たくさん作った

別の保母が 通りかかった
もう一人の園児が 遠慮深そうに 手のひらのものを 差し出した
保母は 匂いをかぐように 鼻を寄せ
「おいしそうな匂い なんの果物かな?」
その子は その後 これはリンゴ これはモモ これはメロンと
様々な 果物を 作っていった
カタチは よく似た果物だった

ほめるということ
子どもの 感応力を刺激し そばに寄り添い 一緒に楽しむこと
ほめるということ
子どもの 想像力と創作意欲 根気強く取り組む力を 引き出すこと
ほめるということ
子どもが 取り組む姿と その意欲や態度を 認め励ましてあげること
ほめるということ
子どもの 上手い下手とか 誰かと比べるとか そんな不安をとっぱらって 自由に表現する 手助けをしてあげること
ほめるということ
子どもが 自分を誇らしく思うよう“育つ”ために おとなは真剣に自分と向き合うこと

できない できていない
それは
おとなが “ほめる”ということを ほんとは知らないだけなんだ 
おとなが 子どもの感応力を もう感じられなくなっただけなんだ

そんな御託を並べることより 結果をほめれば 子どもは育つんだよ
その思い違いが 子どもの感応力を 見事に台無しにしていく  

〔2019年8月1日書き下ろし。ほめ方を知らない大人たちへのメッセージ〕
 
付記
「THE SENSE OF WONDER(驚くセンス)」
…感性(sensibility )感応力は、もろもろの人や生きもの、それに事物に対して敏感に対応する、ものに驚く、あるいは不思議がる、神秘的なものに驚異を感じる、そういう複雑な感性を、The Sense of Wonder (驚くセンス)と名付ける。
子どもたちは、生まれ出ると、実に敏感に外的世界に対する豊かで新鮮でデリケートな感性=感応力を働きはじめる。これが、実は後に発達する「わきまえる力」の泉です。
…「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない。
…自然の子どもにとってかけがいのない良さは、沈黙の中で感性を刺激し、子どもの内面に豊かな感情を育んでくれます。
「それは何かを教えるためではなく、一緒に楽しむためなのです。」
人間の感性を耕すには相棒が必要です。すべて人間性は人間関係の中で定着するということです。だから、誰かと一緒に自然にふれるということがとても大事なのです。
「知性」とは、ただ孤独に自分の頭のなかに知識を蓄積しておけばよい、ないし”持って(having)” いればよいのではなく、違いを前提として他人と分かり合う知識が、生きてここにある” 身についたものとしてある(being)”ということが大事であり、感応力に支えられた知識を知性というのでしょう。
(『沈黙の春』で1962年の段階から地球汚染の警告を世界に投げかけた「レイチェル・カーソン」の遺稿『驚くセンス』から)

あいつとおれ

あいつが いるから 大丈夫!
あいつが いうから 大丈夫!
あいつが やるから 大丈夫!

だって あいつはおれの と・も・だ・ち
いつだって おれのいうとおりに してくれる
どこにだって いっしょについてくる
いつも 笑いながら おれのそばにいる
そうさ あいつとおれは なかのいい と・も・だ・ち

きょうも あいつと ふたりっきり
だれも おれたちを あいてになんかしてくれない
ときどき むしょうに はらが立つ
だから あいつといっしょに わるさする
ドキドキハラハラが たまんない
おれが こうしたいと思うところを あいつはよく知ってる
みつかって しかられても どうってことはない
やらなきゃよかったなんて おもったこともない
まわりのやつらに なんて言われても へこたれない
だって おれには あいつがいる
あいつを 信じている 
そうさ だれよりも 信じているんだ

ただ おれだって たまには あいつとけんかする
そんなときには だれかと遊びたい
でも あいつを ひとりにできない
だって あいつは みんなのきらわれもの
だれも 遊んではくれない
だから と・も・だ・ち になってやった

人間ひとりぼっちじゃ つまんない
もし おれがあいつなら きっとよろこんでいる
だれだって と・も・だ・ち って大事だよ
おれが と・も・だ・ち でいるかぎり
あいつは さびしくなんかない
まわりのみんなに ひどくきらわれていても
だれにも あいてにされなくても
だれか ひとりくらい そばにいてあげなきゃ
だから と・も・だ・ち の おれがいる 
おれも あいつがいないと…
ひとりぼっちだ

〔2013年12月23日。学級崩壊したあるクラスの子どもたちへのメッセージ加除訂正〕

子どもの遊び心とこっちょ

突然 男の子が 校長室の窓ガラスをノックする
「こっちょ 入っていい?」
「どうぞ!」
窓を開けると 這い上ってきて 窓枠に外靴を脱ぎ
そこから床に ドーンと飛び降りる
それが ことの始まりだった

北国の校舎は 雪が積もるので
地面から窓まで 結構高い
その高さに挑んで 子どもたちは よじ登ってくる
小さな子が這い上がってくるときは 下で高学年の子が持ち上げる

入りたくても 介添えなしでは よじ登れない子が
悔しそうに 下から窓を見上げる
校長室の窓の下に 白い五段の階段を つくってもらった
だれもが 自由に出入りできるようになった
放課後 こっちょの部屋は いつも子どもたちで溢れた

大雨の朝 六年生のモモが 傘をさして 窓の外に立っていた
開けると ビシャビシャに濡れた体で 勢いよく飛び降りてきた
傘からのしずくと体からのしずくが 辺り一面に散った
「おはよう」という言葉を残し モモは長靴を持って教室に向かった
後始末の雑巾は ビショビショに 重くなった

中休み モモがやってきた
「どうして 土砂降りの中 入ってきたんだ?」
「だって 突然そうしたかったから」
子どもは 理由(わけ)もなく したいと思った瞬間 行動する
おとなは 理由(わけ)を知りたがる
頭脳明晰(ずのうめいせき) 自由奔放(じゆうほんぽう)なモモを前にして
知的好奇心を放棄した
そのままを受けとめる 受け入れることを 学んだ
『子どもは 行動した瞬間 個性化する』

こっちょの部屋は 千客万来(せんきゃくばんらい)
突然子どもが窓から現れ 驚くゲスト
気心知れた新聞記者には 絶対記事にしないよう口止めする
おとなのつまらない干渉で 子どもの楽しみを奪われてはかなわない
おとなは 理由(わけ)を知りたがる
「窓は その下に階段を設けたことで “ベランダ”に なっただけ」

こっちゃは去り ただの校長に 替わった
階段は 取り払われ
旧(もと)の木阿弥(もくあみ)となった

〔2019年8月1日。『子どもと学ぶボランティア』鳥居一頼著/2008年5月5日発行/大阪ボランティア協会刊/p13~17参照〕

出発点

昭和48年春、新米教師は、仲洞爺小学校(昭和52年3月統廃合のため閉校)に赴任。
大横綱北の湖の出身地、北海道胆振管内壮瞥町、その洞爺湖畔にあった。
そこで十人にも満たない子どもたちと一緒に、湖畔の清掃活動をした。
夏、洞爺湖温泉街の方から南風に乗って、空き缶やゴミが、対岸の仲洞爺の湖畔に流れ着く。
そこは、学校のプールでもあった。

毎週月曜日の放課後、5つの段ボールに集める。
それが、子どもたちの小さなボランティア活動となった。
その子どもたちを、「地球の掃除行動隊」と名付けた。
だれもこの地球からは、決して逃れられない。
君がどこに住もうとも、そこは地球の一部。
そこを、住みやすく生きやすくすることができるかどうかは、一人ひとりの心の問題。
だから、たくさんのいのちを育む地球を守るために、君が今できることを身のまわりから始めよう、と。

『Thinking Globally Acting Locally(思考は地球レベルで、活動は地域レベルで)』
ちっぽけなグループでも、物事を考える想像力やスケールだけは、大きく育ってほしいと願った。
そのおもいは、ボランティア学習に関わる原点となり指針ともなった。
そして、その後の人生を決めた。

当時、小学校で子どもたちが、社会福祉やボランティアを学ぶことは、稀だった。
その学びの価値を見出す実践研究へと導かれ、いつしかライフワークとなった。
「地球の掃除行動隊」。
この小さな実践が深くこころに刻まれ、いまも生気をもらい、福祉と教育の世界で生きながらえている“わたし”がいる。

〔2019年7月31日。『ちょうどよい目の高さでの福祉教育』鳥居一頼著/1992年5月1日発行/大坂ボランティア協会刊/p10~11要約・加筆する〕