「鳥居一頼の世語り」カテゴリーアーカイブ

ありがとう

“ありがとう”って 言うと
どうして こころが あったかくなるのかな
どうして うれしく なっちゃうのかな
どうして 笑顔に なっちゃうのかな
どうして しあわせな 気分になるのかな

“ありがとう”って 言われると
どうして こころが あったかくなるのかな
どうして うれしく なっちゃうのかな
どうして 笑顔に なっちゃうのかな
どうして しあわせな 気分になれるのかな

“ありがとう”
知らない人でも
知ってる人でも
だれもが 笑顔になれる 魔法の呪文(じゅもん)
二人の間に あっという間に しあわせの橋をかけてしまう

“ありがとう”
素直に言えたなら
ひとは 憎み合うこともない
ひとは ののしり合うこともない
ひとは 恨み合うこともない
ひとは 殴り合うことは 決してない

だれもが 小さな思い合いをする 魔法の呪文
二人の間に あっという間に いさかいのこころを消してしまう

“ありがとう”
感謝の気持ちを表すコトバ
それは
“わたし”が いまここに 生きている喜びを 表すコトバ
生まれてきて よかったと 誰かに伝える コトバ
これからも たくさんのあったかい手で たくさんの思い合いのこころで
“わたし”を支えて はげましてくれる コトバ

“ありがとう”
ただそれだけで 
ひとは こころ豊かに 生かされる
不思議な 不思議な 魔法の呪文

〔2014年1月5日。2015年国文祭秋田大会:プレ大会2014年2月北秋田市「詩と書」のイベントで朗読される〕

まっすぐな まなざし 

まっすぐな まなざしを
まごころいっぱいの 
きみのこころに 思いっきりあつく向けよ

まっすぐな まなざしを
きみを愛(いと)しむ 
かけがいのないひとたちに ただひたむきに向けよ

まっすぐな まなざしを
この世界に生きる
すべてのいのちを やさしく抱きしめるように向けよ

まっすぐな まなざしを
時に くじけそうになり あきらめかける
きみの弱さや言いわけとの 静かな語らいに向けよ

まっすぐな まなざしを
こんなひとになりたい 
こんなことをしたい
そんな憧憬(あこがれ)に しなやかに向けよ

そして
まっすぐに
まなざしを
未来のきみに 向けよ
きみが生きる 未知なる世界に 
希望(のぞみ)高く したたかに向けよ

〔2014年2月6日。20年間福祉の授業を続けている秋田県鹿角市の小学生へのエール〕

見限られた8割の民たち

参議院選挙後の空虚感(くうきょかん)は どこからきているのか
民意を得たと 党首は 満面に笑みを浮かべて テレビで国民に報告する
問題を常に先送りし ご都合主義に凝り固まった 権力者の虚勢(きょせい)
投票率48.8% 戦後2番目の低率
棄権(きけん)した民が 国民の半数以上
棄権は 「政権への同意」と読み替えられ 勝利宣言の根拠となった
取り返しのつかない 愚弄(ぐろう)を冒(おか)した民たちが
うつろな目をして 画面を垂れ流す

政敵を罵倒(ばとう)する 街頭演説の姿は 
口汚いどなたかにあやかり 勝利を確信
当選した議員の数だけ競う 中身のない政策論争
政敵が負けたのは したたかな策略を弄(ろう)しなかっただけ
「憲法改正」という 民の関心の薄いテーマを掲げ 
投票場への足を遠ざけた 見事な戦略に 感服(かんぷく)の至り
結果 承認されたと豪語する 傲慢(ごうまん)さを 甘受(かんじゅ)する民たち

民意を得たという その確信は どこからきているか
有権者全体に対する 絶対得票率は 2割を切る
権力者が 選挙に勝つ条件は ただ一つ 
善良な民が 何もしないこと
残りの8割の民意は 反映されず 切り捨てられていくだけ
政権の相手は 支持してくれた2割の国民の欲求を満たすだけ
「棄権」のリスクを 熟考(じゅっこう)することなく 
子どもらに 未来を託す社会づくりの責務を放棄した 5割強の民たち
これからの人生への覚悟が 問われるのだ

その子どもらも 民の背を見て 自らの選挙権を 見事に放棄する
18歳は34%、19歳は28%の投票率
3年前の参議院選に備えて 文科省は全高校生に副教材を配布した
15年度に 主権者教育を実施したのは 94%
その実態は 皆目(かいもく)わからない
ただ 選挙の説明が「あった」と答えた高校生は 半数の51%
善良な教師たちは 文科省から配布された副教材を 配るだけ
政治的中立の確保に 悩みながらも 
結果 体制におもねいた 教師たち
子どもたちの 政治への無関心を ことさら強め助長する

多数決を絶対化してゆく 議会制民主主義の終焉(しゅうえん)
墓場化してゆく 議論不毛な国会議事堂
そこに蠢(うごめ)く者たちの 陣取り劇場
飽きもせずだらだらと 攻防を繰り返すだけの 低次元のマンネリ劇場
議員特権に固執(こしゅう)する者には 世間をあざといながら生きながらえる 甘美(かんび)劇場

さて 民に選ばれし者たちよ
くれぐれも 油断めさるな
栄華(えいが)は 常に凋落(ちょうらく)の憂き目にあうのが 世の習い
民を侮(あなど)ると 痛い目にきっとあうと 
議員先生 肝に銘じておかれますように

力のある民よ 
贔屓(ひいき)の者が 間違えを起こしたり 偉そうに振る舞ったりしたら 
躊躇(ちゅうちょ)なく お灸(きゅう)をすえてください
えっ できない?
「損得勘定するから… 少し待ってんか?!」

〔2019年7月28日書き下ろし。毎日新聞社説に触発されて〕

付記
「18、19歳の投票率31% 主権者教育の立て直しを」
これもまた深刻な数字である。
先の参院選での18、19歳の投票率(選挙区、速報値)は31%にとどまり、全体の投票率(48%)より約17ポイントも低かったことが分かった。
投票年齢が18歳に引き下げられて4年目。若者の政治への関心を高めるため、高校では政治の仕組みや投票の仕方などを学ぶ主権者教育が始まっているが、早くもおざなりになっていないだろうか。
総務省によると18、19歳の今回の投票率は、18歳選挙権導入後、初の国政選挙となった2016年の参院選と比べて15ポイントも減った。18歳は34%で、19歳は28%まで落ち込んだ。
投票権を得た最初の機会に投票に行かないと、その後もずっと棄権してしまう人が少なくないという。学校で政治を学ぶのは、そんな流れを食い止める狙いがあったはずだ。
文部科学省は公立、私立全ての高校生に主権者教育用の副教材を配布している。3年前の参院選に備え15年度に主権者教育を実施した高校は94%だったと同省は発表している。ところが「明るい選挙推進協会」が、その時点で高校生だった若者にアンケート調査したところ、「授業などで選挙について説明があった」と答えた人は51%だった。模擬投票の実施など積極的に取り組む高校は確かに増えたが、副教材を配るだけといった高校も多いとみられる。
3年前の参院選では東京都などで18歳の投票率が全体の平均を上回った。学校や自治体の取り組み次第で若者の投票率は大きく変わると関係者は口をそろえる。
18歳より19歳が低い状況も変わらない。高校を卒業し、大学進学などで引っ越しても住民票を移さない若者が多いのが大きな要因だ。大学生も4年間生活する自治体に住民票を移すのが原則だということをさらに周知させるべきだろう。
授業の中で「政治的中立」をどう確保するか。依然として悩み、二の足を踏む教師も多い。安倍晋三政権は今、主権者教育より、保守的な価値観を重視するような道徳教育に力を入れているようだ。
だが何のために投票するのか、民主政治の大切さを学び、生徒一人一人が考えて意見を交わすのが主権者教育の原点だ。政府は現状を把握して早急に立て直す必要がある。
(2019年7月28日。毎日新聞/デジタル毎日/社説)

村の保健師さん

「心配してたよ。心臓の加減はどう?」
「だいぶようなった。家で少しおとなしくしているわ」
「それがいいね。だんなさんも心配してたわ」
「家が一番落ち着くね。入院はこりごり」
「そうだね。また血圧上がらないようにしないと」
「あんたがいるから、ありがたいよ」
「時々来て、悪さしてないか、チェックするからね」

「また無理したって。腰は大丈夫?」
「腰痛は持病みたいなもん。膏薬(こうやく)はって寝てりゃすぐ治るさ」
「ご飯はどうしてる?」
「隣に面倒みてもらっているよ。こんなときほどありがたい」
「ほんと。助かるわ。奥さんが世話焼きさんだったから」
「うちのやつも、あの世で喜んでいるよ」
「なんもさ。年甲斐(としがい)もなく無理してって、心配してるよ。痛みが引かないようなら、一度病院さ行って診てもらわないと」
「もう少し、様子みるさ」
「お隣にも声かけておくから、まずはお大事に」

「なに心配してるの。言葉が遅いって」
「なんだか、まわりの子と比べたら、心配で」
「子どもと、たくさんおしゃべりしてる」
「仕事と家事と育児で、もうてんやわんや」
「忙しいのはわかるけど、テレビにお守りさせてない」
「テレビはあんまり。でもこの子スマホに興味があるみたいで、ひとりで遊んでるの」
「すごいね! って、褒(ほ)めると思う。残念!」
「えっ。どうして?」
「いまの若い子は、スマホで子守させるけど、でもそれじゃ無理。たくさん生きた言葉をかけること。いまおしゃべりできなくても、脳が活性化して言葉をバリバリ吸収していくの。
スマホやテレビで代用できないのは、お母さんの“生の声と反応”。
脳と心に刺激を与えていくのは、お母さん、あなたのやさしい声や言葉のシャワー。たくさん浴びせることと、そしてハグ。このままじゃ、あなたの心配が顔と声に出て、子どもが不安になるわよ」
「そうなの。パパにも、たくさんおしゃべりさせなきゃね」
「子育ては、まわりの子と比べたがるけど、もっと楽しみなさい。親になれば心配事も増えるけど、泣いて笑って、また笑って。あなたと子どもの“あったかい物語”を、たくさんつくってください」

村の保健師さん、
みんなの“こころとからだ”のケア・アドバイザー。
家族の“しあわせづくり”の仕掛け人。
あなたの笑顔と明るくポジティブな仕事ぶりが、みんなの元気と安心の拠り所。
頼りになります、頼りにしてます。

だから、「医者の不養生(ふようじょう」」にはならぬよう、あなたの健康が一番。
くれぐれも、“からだ”をいたわって、なが~く、おつきあいくださいって、
保健師さん、
みんなの声、聞こえていますか?

〔2018年11月14日。秋田県北秋田市・美郷町各保健センター保健師さんへのメッセージ〕

融和の心

「あそこの奥さん、認知症だってほんと?」
「そうらしいわね。この間ゴミステーションで会ったんだけど、燃えないゴミの日なのに燃えるゴミを持ってきててね、今日は燃えないゴミの日よって教えてあげたら、なんだかムッとして怒った顔して、ゴミ袋を持って戻っていったわ。なんか意地悪したような気持ちになって、気分がいまいち…」
「やっぱりね。気にはかかっていたんだけど、お店で会って挨拶したら知らんぷりされて変だなって思っていたのよ。何か気に障ったことしただろうかって、考えたんだけど心当たりもないし、もしかしてと思ってね。それで合点がいったわ。でも長い間ご近所で、お付き合いもあるし、これからどうしたらいいの?」
「このご時世、プライバシーがあるからって。みんな無関心を装っているけど、本当は気にかかって仕方がないっていうのが、本音じゃない」
「ひとり暮らしでいるだけに、何かあってからでは遅いしね。子どもらも離れていて滅多(めった)に帰ってくることもないし、気がもめるだけだわ」
「そういえば、民生委員が、昨日様子を見に行ってくれたって聞いたわよ」
「それはありがたいわね。民生委員が行ってくれたんなら、ほっとしたわ」
これで二人は、気にかかっていたことから解放され、その問題は一件落着したのでした。

さて、これで本当に解決したのでしょうか。
個人情報保護法は、情報化社会における個人のプライバシーを護るためにつくられた法律ですが、この法律が出来たばかりに、とんでもない事態が起こっていたのです。
当初は、決して悪意があったわけではありません。
でもそれが、世間で問題のある人には関わらなくてもいい、関わらない方がいいという孤立化を正当化する「方便(ほうべん)」に使われ出したって、知っていましたか?
瞬(またた)く間に広まって、相手のプライバシーを侵害(おかす)ことになるから、気にはかかっていても、それ以上は踏み込まない、心配なことや家の事情などなど、知ってはならないことを、知ろうとしてはいけないことになったのです。
立ち話ぐらいにしておいほうが、相手から憎まれることもなく、面倒に巻き込まれることもないから、まずは御身安泰(おんみあんたい)です。

そう考える人が増えてきて、世間の人情は、急速に冷えていきました。
お節介は嫌がられ、自分や家族のことだけに、執着(しゅうちゃく)しだしたのです。
他人(ひと)とは、もめぬようもつれぬよう暮らすことが一番だと、信じ始めました。
プライバシー保護は、相手と深く関わらぬように暮らすための、「適法」となってしまったのです。
そして、世間の“人と人とのつながり”が、バラバラに断ち切られていくのでした。

こんな冷たい世間はおかしい。
公然と弱い立場の人が、どんどん世間の淵に追いやられていく、現代の村八分。
そう気がついた人たちが、少なからずいました。
このままでは、人の道を全うできない、“人でなし”の世の中になる。
自分が生きている地域(ここ)で、こんな世の中をつくってはならない。
いまそっぽを向いている人も、いずれは行く道、辿(たど)る道。
世の移(うつ)ろいで変わらぬもの、それは人の道。
それをいま自分が動かねば、世は廃(すた)ると感じたのです。
人が突き動かされるのは、大義名分よりも情感です。
このままほってはおけないという、“おもいの熱さ”です。

もちろん、はじめからそんな熱いおもいや強い憤り、そして正義感があったわけではありません。
そのきっかけとなったのが、若いときからお世話になった先輩からの誘いでした。
「いま世間の弱い立場にいる人たちから一番求められているは、誰だか知ってるかい?
俺たち一人ひとりが、どんなに世の中を憂(うれ)い、何とかしたいと思っても、大した力にはならない。俺も人並みに、そこそこ稼いではきたが、ひと様、世間様に一肌脱ぐってことはね、何ひとつしてこなかった。なんだか、空(むな)しい気持ちになっていたときに、『恩はいただいた方に返すのではなく、世間にお返しなさい』と、若い頃にお世話になった人に諭(さと)されたことを、ふっと思い出して、心が動いたんだ。そこで、まだまだ動けるうちに、俺にも何か出来ることがあればと、知り合いに相談してみたら、民生委員を勧められて引き受けることにしたわけさ」
「受けた恩は世間にお返しする、ですか」
「どこまで返せたかは、お釈迦様(しゃかさま)しかわからないだろうが、それでもこの仕事にやりがいを感じているよ。だから、君にも一緒にやってもらえないかと内心期待しているんだ」

それから3年、仲間の支えや助言をいただきながら、微力ながら活動を続けている。
プライバシー保護の壁を越えて、地域の福祉の問題を、無関心な人たちと結びつけていく。それが、地域のぬくもりを取り戻す大きな課題、“きずな”づくりだ。
時に、活動が実を結ばず徒労となることも、しばしばあった。
陰口を叩かれ、無視されると、気力、体力、知力も消え失せる。
でも、活動を続けるうちに、協力しましょうと理解してくれる人や、ご苦労様、頑張ってと励ましてくれる人も、一人二人と増えてきた。
一番の支えは、「ありがとう」という感謝の言葉。
どんなにか勇気づけられたことだろう。

そしていま、痛みや喜びをわかちあう“融和の心”を、地域(ここ)に根付かせることが、大きな目標となった。
先輩らの頑張っている姿を見ながら、身の丈に見合った応分の仕事を続けよう。
そして、いつか「人生の恩返し」という民生委員・児童委員のおもいのバトンを、“あついまなざし”をもつ次の世代に、力強く手渡したい。

※個人情報保護法:氏名、生年月日、性別、住所など個人を特定し得る情報を扱う企業・団体、自治体などに対して、適正な取り扱い方法などを定めた法律。2005年4月に全面施行された。相次ぐ個人情報の不正利用や情報漏えいに対する社会的不安を軽減し、個人の権利と利益を保護するのが狙い。個人情報の適正な管理、利用目的の明確化、不正取得の禁止などが定められているほか、本人による情報の開示、訂正、削除等の権利行使も認めている。違反した場合は行政命令の対象となり、これに従わない場合には罰則規定(6カ月以下の懲役か、30万円以下の罰金)がある。

〔2019年5月6日書き下ろし。2019年度北海道民生児童委員専門研修会講義発表〕

15歳、いまここに立つ~旅立ちの青春賛歌~

時は満ちた
真っ正面から 自らの持てる力で
困難に ぶつかっていくしかない
真っ直ぐな道が ここに開かれた
いま ここでたじろいでしまったら
後悔することは 自明の理

海を見よう あの広い海原の
遠くに続く 見果てぬ未来に 希望の旗を翻(ひるがえ)し
後ろを 決してふり向かず 勇気の帆を張ろう
しっかりと 心意気高く 風をつかまえよう
容赦(ようしゃ)なく 照りつける太陽に 身を焼きながらも じっと耐え
うねる大波には 逆らわずに 慌てず静かに 身を委ねる
偽言(ぎごん)や 悪口(あっこう)には 惑わされず ぶれない自分を見出すために
世の中という大海に 君の小舟を 漕ぎ出すしかないのだ

有為無常(ういむじょう)の この世であるからこそ
我を制し 世情の疎(うと)ましさを 笑顔いっぱいに引き受けながら
痛快に 人生の航海に挑む決意を示そう
昂然(こうぜん)として 勇気の帆を張ろう 
生まれた証しを この世に記すための 旅が いまここに始まる

※昂然(こうぜん):自負があって意気が上がるさま。昂然たる態度。

〔2014年8月20日。小・中学校で疎外され、いじめられてきた15歳の高校生への青春賛歌〕

ほころびを繕う

人は人によって 傷つく
ちょっとした 言葉のあやでも 
簡単に 傷つく

傷つきやすいのでは ない
人は 誰でも 傷つくのだ
傷つかないように 傷つけないように
絶えず 相手との距離をはかって 暮らす

小さなほころびは すぐに広がり 傷となる
だから ほころぶと 
すぐ繕(つくろ)わなければ 仕合わせは 続かない

気配り 心配り 目配り
その気配を察して 未然にほころびを防ぐ

なんという 気苦労か
なんという 徒労の連続か 
それが 世間に生きると いうことなのか
疲れ果て うとましく感じたそのとき はたと気づく

わたしもまた 鬱陶(うっとう)しく 煩(わずら)わしいという
世間の しがらみの中で
こころある人の
気配り 心配り 目配り によって
生かされていることを

逃げ出すことのできない 時空間に囚(とら)われた時代を
生きるしかないのなら
せめて こころのほころびを
慰藉(いしゃ)の手を持つ
あなたと
繕いながら 生きてみたい 

※慰藉(いしゃ): 悩み、苦しみ、不安などを慰めいたわること。

〔2018年10月17日。秋田県仙北市地域包括ケアシステム推進事業で披露〕

寄り合うということ

ナレーション
高橋のてつさんのとこのかっちゃんが東京から戻ってきて早3年、いまは村の自治会の世話役を買って出て、活気のなかったこの部落に新しい風が吹き始め、みんな乗せられたふりをしながらも、結構面白がっている。
今日も昨夜の「利き酒会」の話題から、民さんちでにぎやかにおしゃべりが始まった。

民江 「昨日は大した楽しかったって、父さんご機嫌で戻ってきたわ。」
邦子 「うちのも、えらいめかしこんで、会館さ出かけていったわ。野良着では案配悪いって、この間嫁が送ってくれた上着ば出して、頭さ調髪料ぶっかけて、いい匂いこさせてさ。」
鈴子 「利き酒会っていうから、のんべにはいっとう楽しんだわ。うちのも、今晩の酒のさかな作ってくれっていったもんだから、会館さ届けたら、そりゃ20人ばかしもう集まっていたわ。」
幸子 「なんだか、隣町から利き酒の資格を持った酒屋の嫁さんが来るっていうんで、みんな張り切って集まったんだとさ。それにしても寄り合いには仕方なく行くのに、酒こだというと、現金なもんだね。」
民江 「うちのも酒の肴さもっていったら、たいそう旨いってみんなに褒められたって、普段褒めたことのないひとが、よっぽど嬉しかったんだね。作り甲斐があるってもんだ。」
邦子 「本当に、高橋さんとこのかっちゃんが東京から戻ってこのかた、なんだか部落も少し元気が出てきたような気がするね。これもかっちゃんが言い出しっぺだってね。」
鈴子 「そうそう。今度のことも、仕事が一段落したら一杯やってた寄り合いとはちょっと違って、利き酒で誘って、ただののんべの会から少し高尚なのんべになる会になったんじゃないの。」
幸子 「利き酒師が女の人っていうのも、いいかもしれない。ほどほどに飲んでお酒の味を楽しむという会だから、ご機嫌で帰ってくるのは、健康にもいいわね。」
邦子 「それでめかし込んで、うちのは張り切っていったんだね。年甲斐もなく。」
幸子 「女房焼くほど亭主もてず。心配ないって、お宅の旦那は。」
邦子 「よく言うわ。それ当たってるだけに、なんだか辛い。(一同笑い)。
鈴ちゃんとこは、心配で様子を見に行ったんだろう、おかずを届けるふりして。」
鈴子 「なに言ってんの。お宅よりもっとひどい。なんせうちのは女がみんな避けて通るから、仕方なく嫁にきてやったんだよ。」(一同笑い)
民江 「ところで、佐藤のかずさん、うちの人が誘いに行ったらちょっと具合悪くして寝付いていたみたいでさ。敬子さん身体弱いから、かずさんが世話焼いていたのに。いまどうしてるんだか、ちょっと気になってね。」
邦子 「そういえば、父さん今日はどこに行ったの。」
民江 「かずさんち様子見てくるわって、朝から出てた。同級生だから心配なんだわ。」
鈴子 「たいしたことにならなきゃいいけど。いつなんどき私らもそうなるか、これだけはわかんないからね。」
幸子 「鈴ちゃん、あんたんとこはまだまだ大丈夫だって。元気だけが取り柄なんだから。」
鈴子 「幸子さんは、もう言いたい放題。うちの人だって風邪ぐらい引くんだよ、人並みに。」(一同笑い。そこに民江に夫から電話がかかってくる)
民江 「どうだった。うん(うなずきながら、聴いている民江、一同注目)。2~3日寝てれば大丈夫だって。よかった、よかった。敬子さんも心配してたっしょ。はい、はい。わかったよ。」
鈴子 「なんだって?」
民江 「疲れが出たんだと。病院に行くまではないって言うから、2~3日様子見ることにするって。後で、おかずでも届けるついでに、敬子さんの様子も見てくるわ。」
鈴子 「こやって、誰かが倒れだの怪我したのだって、すぐにわかるのはいいことだね。そうやってみんなで気遣って暮らすのは、ありがたいことだよ。」
邦子 「鈴ちゃんの言うとおり。誰かが困っているのを、すぐに気づいて駆けつける。そんなつきあいがあるから、ここでもう少し頑張って暮らしていこうという気持ちがおこってくるんだね。」
幸子 「旦那たちも酒っこ飲みながら、それぞれの家のこと、家族のことしゃべりながら、みんな年取った分、いつ何時何が起こるかわかんないし、みんなと仲良く暮らしていきたいって思って、出かけていくんだわ。」
民江 「そうだね。女の気くばり、男の心くばり、部落は目くばりしながら、みんなで助け合っていくことが、一番だね。」
邦子 「うまいこというね。こやって集まっておしゃべりするのも、誰かに何かあったらすぐに駆けつけて、助け合えるように、気くばりしあってるんだね。」
幸子 「わたしが一番最後に残って、みんなのお世話を焼くから安心して倒れてください。」
鈴子 「何言ってんの?」
幸子 「憎まれっ子世にはばかる。だからいつも憎まれ口を叩くのが、私の健康法!」
鈴子 「よく言うわ。」(一同笑う)

                      ‥‥‥(幕)‥‥‥

〔2019年2月28日。秋田県北秋田市地域づくり研修会~当地の「話し言葉」で上演〕

8月6日、子どもたちへ

8月6日、アメリカが広島に原爆を落として、たった1発で約14万人の命とまちを一瞬のうちに消し去った日。9日には長崎に原爆を落として、約7万4千人の命を奪ったんだ。アメリカが、どんなに自分たちのしたことは正しいと言っても、決して許されることではない。けがれのない子どもたちの夢と希望、そして未来を奪ったのは、事実なんだ。
でも、日本はもう二度と戦争はしないって決めたんだ。この日は、日本中の大人たちがこの国の平和と君たちの未来について真剣に考える、大切な日でもあるんだよ。
君は今朝、命を奪われる不安や食べる物の心配もなく目覚めたことだろう。楽しく友だちと遊んだり学んだりすることができるのも、二度と子どもたちに悲しくつらい思いをさせたくないって、大人たちががんばってきたからなんだ。
中には、みんなに迷惑をかける自分勝手な大人、お金もうけのためなら平気で人をだます大人、自分の子どもをひどくいじめる大人、そして苦しんでいる人をあざ笑う大人、そんなさもしい大人もいるけれど、子どもの幸せを真剣に考える大人がたくさんいることを信じたいよね、信じようよ。
君もみんなと仲良く幸せに生きていきたいと思う気持ちを強くもとう。
それが「平和をつくる心」なんだ。
犠牲(ぎせい)になった子どもたちと心をひとつにする日、それが8月6日、覚えておこうね。

〔2019年7月23日。2011年8月6日の道新「朝の食卓」掲載コラムを加筆訂正〕

民のために

いまどきのこと。ジパングという国に、民の声を聞き流すことに長けた男がいたそうな。黄金の固まりなんて怪しいものには目もくれず、周りに忖度(そんたく)されても、妻と二人清廉潔白(せいれんけっぱく)であると動じることもない。ただひたすらこの国と民のために尽くすのが大義であると、壮言大語(そうげんたいご)していたそうな。
男が長くその地位に留まったのは、幸いなるかな妄信的な取り巻きたちが、大勢いたそうな。自分の首がつながることしか考えない無能な輩(やから)は、選挙のたびに男に忠誠を誓う。その見返りに、自分らで決めた約束を反故(ほご)にして、男をその地位に居座りさせた。計算高い男は、したり顔をしたそうな。
あるとき、年金では老後は暮らせないと、役人が発表したら、男は「大バカ者が」と烈火の如く怒り、傍輩(ほうばい)がそんなものはないものとして葬ったそうな。
さてさて、民主主義という名の下に多数決を乱用し、好き勝手に法律を作っては得意顔の男の魂胆(こんたん)を見抜いた民は、すっかり愛想を尽かしてしまって、「またか」と慣れきってしまった。民はしらけて、選挙の投票にさえ行かず、自らの首を絞めた。
よって、世界の至宝「憲法第九条」を、戦争可能な条文に変えようと企む政(まつりごと)に、男とその同類たちがぞろぞろ集まり生きるジパングは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界となる。
権力に取り憑(つ)かれた者たちが、「民のために」と唱えるたびに、身の毛もよだつ国となったそうな。

〔2019年7月22日。参議院議員選挙開票後の朝〕