86の男が この夏 老衰で逝った
死の宣告を受けて1年半 長らえた
医師は なにかの時は電話を寄こすよう 指示した
家族も 承知して 看取られた
ここは 知的障がい者の更正施設
老男は ここで 長年暮らしていた
老人施設に移すことも 考えた
環境の大きな変化は 老男の余命を縮める
医師と家族と相談し 施設で看取ると 覚悟を決めた
障がい者施設は 介護施設ではない
それでもなお かけがいのない存在として その人の尊厳性を護りたい
その人がその人らしく 暮らし 生きて 死ぬ
当たり前の人生を ここで全うすることを 優先した
地方の施設は 慢性的な人材不足に あえいでいる
ここも 職員不足は 深刻だった
さらに 50人の居住者の高齢化は 容赦ない
それでも 看取ることを決めた
予備軍は すでに二人いる
これからも 増えていくだろう
だからいま 看取りの体制とノウハウを 学ばなければならない
障がい者の 社会的自立が重視され
施設からの地域へと 国は奨励した
地域にグループホームをつくり 収容しただけのことだった
障がい者の雇用先は 地方であればあるほど 皆無なのだ
どんな自立が あるというのか
地域環境や就労保障を 未整備なままに捨て置いて
霞ヶ関の美しい理念が 一人歩きする
仕事もなく ホームで暇を持てあます 怠惰な日々
施設にいれば 一員としてできることもあった
老いると グループホームから 追い出されるのか
特養ホームに入ることは できるのだろうか
課題は 未解決のまま 積み上げられていくだけ
障がい者の家族も ともに老いていく
最期を 誰が看取るのか
置いていく者 置かれていく者の 心配の種は尽きない
だから 看取りを決心した
最期まで 面倒をみることで 家族も安心した
厳しい職員体制のなか 職員の合意と協力を得なければならない
勤務内容は もっとしんどくなるはずだ
高齢者施設ではない
だから 介護するための設備はない
バリアのある暮らしに慣れているとはいえ 安全への対策には 限界がある
批判を承知で 取り組んだ
職員を 福祉人として さらには人間として成長させる
教育機会とも とらえ直した
一人体制の宿直 不安を抱えての巡視
日中は 職員の接遇が 優しさを育む
知的障がい者施設が 高齢者を抱え出しても 国は何も手当しない
介護保険のサービスを 施設が提供することはできない
デイサービスは 外部に依頼するしかない
高齢者を抱えていく 知的障がい者施設の
これからのビジョンを いま打ち立てなければ
路頭に迷う当事者と 家族が生まれる
経営の視点から 介護保険事業所を立ち上げ
高齢者介護に対応することも 想定しなければならない
だから 職員の就労意欲を喚起し
現場発信を尊重した 取り組みが求められる
出来ること 出来ないことを ふり分けしながら
まずは出来ることから していかなければ 前には進めない
覚悟を決めた男は そうつぶやいた
看取りは 課題提起の一里塚
看取った施設の 誇りとなった
老衰した男の葬儀は 施設でしめやかに執り行われた
〔2019年9月5日書き下ろし。久しぶりに友に電話した。その時に出た話題、許しをもらって書いた。地方の障がい者施設の深刻な問題が包含されていた。国の施策の矛盾が提起されたのだ。施設を収容場所にしないため奮闘努力する姿を、彼の覚悟に見ていた〕