



23日参議院予算委員会
安倍首相と麻生財務大臣
再調査するかを問われ すでに適切に処理されている
再調査はしないと答弁
さらに 赤木俊夫氏の遺書に私の名前があるかと
書かれていなければ 経緯がいかなるものであっても
私に責任はないと 首相は開き直る
野党の追及 新事実が出てきても 不甲斐ない感情論
準備不足で いつもの堂々巡り 成果なし
赤木氏の妻は コメントで訴える
「すごく残念で、悲しく、また、怒りに震えています。
夫の遺志が完全にないがしろにされていることが許せません。
もし夫が生きていたら、悔しくて泣いていると思います。
…二人は調査される側で、再調査しないと発言する立場ではない」
財務省で調査し 報告されているのが全て
関係者は 規則に則り処分後
適材適所で 要職に異動したのは問題なし
功労に報いる あからさまな人事は
この強権内閣の 愚の骨頂を極める
喜んで拝命うける上級官僚 仁なくして誇りなし
続く下級官僚 出世競争の必勝法を学び続ける
近畿財務局で 共に隠蔽工作を指示され作業した者たちは
同僚を亡くすも 真実の声あげず 沈黙する
赤木氏の妻の憤怒と勇気ある行動に 声を出してほしい
安倍首相と麻生大臣の
手前味噌の調査で よしとするその口に
二人こそ 調査される側の人間であると
妻は見事に 核心を突く
だからこそ 隠し通すことに執着し
二年経っても 人を食った答弁を繰り返す
野党も 低い調査能力で 追求不発の繰り返し
オリンピックが延期されれば 政局となる
だからいまが 野党の踏ん張りどころ
バラバラの思惑がからみ カタチばかり連携は
すでに見透かされていることを 肝に銘じて覚悟を示せ
冷酷非情の政治の世界に 妻は果敢に闘いを挑む
思想的に傾倒した者や 内閣の熱烈な信奉者
そして 罵倒中傷することに快感を覚える 心歪んだ匿名者
この世の憎悪が 一人の女性に集まることが 危惧される
ただただ身辺の安全を 護ってほしい
心ない非難と暴力を阻止できぬ国家は その誹(そし)りを免れない
権力者よ そうならぬよう心してほしい
民は 騙されぬよう 耳目を属す
※耳目を嘱す:耳をそばだて目を注いで見聞する。
〔2020年3月23日書き下ろし。正義の者が身の危険を感じる祖国は、なんと浅ましい国なのだろうかと、そうならぬ事を願う〕
● 「定住」しないのならあれこれいう資格はないよ、当然でしょ!
● しょせん「よそ者」は「よそ者」ですよ、そうじゃないですか!
● 火事と葬儀には手を貸すという「村八分」(の二分)さえも残っていないんだよ!
● 「ないものねだり」ではなく「あるもの探し」って言われるんだけどね!
〇国土交通省(国土政策局総合計画課)が、2019年9月、「関係人口」の実態を把握するため、三大都市圏(首都圏、中部圏、近畿圏)に居住する18歳以上の人を対象に、インターネットによる「地域との関わりについてのアンケート」調査を実施した(有効回答数:28,466人)。その結果、調査対象地域の18歳以上の居住者(約4,678万人)のうち、約1,080万人、23.2%が「関係人口(訪問系)」として、日常生活圏、通勤圏等以外の特定の地域を訪問していることが分かった。「関係人口(訪問系)」とは、日常生活圏、通勤圏、業務上の支社・営業所訪問等以外に定期的・継続的に関わりがある地域があり、かつ訪問している人(地縁・血縁先の訪問〈帰省を含む〉を主な目的としている人を除く)をいう。
〇「関係人口(訪問系)」の結果の内訳は、地縁・血縁先以外の地域で飲食や趣味活動等を行う「趣味・消費型」が約489万人、10.5%。地域の人との交流やイベント、体験プログラム等に参加する「参加・交流型」が約272万人、5.8%。地域においてテレワークや副業を実施したり、地元企業等における労働や農林水産業に従事する「就労型」が約181万人、3.9%。地域産業の創出や地域づくりプロジェクトの企画・運営、協力、地域づくり・ボランティア活動への参加等を行う「直接寄与型」が約141万人、3.0%、となっている(以上、2020年2月18日付ブレスリリースから抜粋/国土交通省ホームページより)。
〇いま、こうした地方や地域(農山村)との多様な関わりの現状や動向をどう捉えるか、が問われている。そのまえに、まだ認知度が高い言葉ではない「関係人口」とは、そもそも何か。本稿では、この基本的な問いに答えるための資料を以下に紹介し、それぞれの言説をメモっておくことにする。
(1)高橋博之『都市と地方をかきまぜる―「食べる通信」の奇跡―』(光文社新書)光文社、2016年8月
地方自治体は、いずこも人口減少に歯止めをかけるのにやっきだが、相変わらず観光か定住促進しか言わない。しかし観光は一過性で地域の底力にはつながらないし、定住はハードルが高い。私はその間を狙えと常々言っている。観光でも定住でもなく、「逆参勤交代」で地方を定期的に訪ねるというニーズは、広がる一方だと思う。交流人口と定住人口の間に眠る「関係人口」を掘り起こすのだ。
日本人自体がどんどん減っていくのだから、定住人口を劇的に増やすのは至難の業だ。しかし関係人口なら増やすことができる。私の周辺の都市住民たちには、移住は無理だけれど、こういうライフスタイルならできるという人間がとても多い。現実的な選択肢だ。関係性が生み出す力をいかに地域に引き込むか、である。(107~108ページ)
〇高橋博之(たかはし・ひろゆき)にあっては、「関係人口」とは「交流人口と定住人口の間」であり、その具体的な関わり方は都市住民が地方を定期的に訪ねる「逆参勤交代」である。それは、「都市と地方をかきまぜる回路」「都市と地方がつながる回路」(108ページ)である。さらに、「関係人口」は、生産者と消費者を「かきまぜ」、「共感と参加」を産み、「生きる喜びや生きる実感、生きる意味といった『生』への手応えを感じる」(174ページ)ことに通じる(「生活者」)。
(2)指出一正『ぼくらは地方で幸せを見つける―ソトコト流ローカル再生論―』(ポプラ新書)ポプラ社、2016年12月
地方を元気にする方法として、これまでは移住者が増えて人口増を目指すことか、観光客がたくさん訪れることによって経済効果が上がるかのどちらかが主流でした。しかし、日本はこれからどんどん人口が減り、東京ですら2020年には人口減に転じると予測されているなか、このふたつの方法で人を集めることはどの地域でも難しくなっています。地方の課題は、人口減に歯止めをかけることではない。そこにいち早く気づいた地域が、真っ先に取り組んでいるのが「関係人口」を増やすことです。
地域経済の活性化戦略のひとつに、「定住人口」「交流人口」というキーワードがあります。その地域に住んでいる人を「定住人口」と呼ぶのに対して、地域外から旅行や短期滞在で訪れる人のことを「交流人口」といいます。これまでは、このふたつのどちらに政策の重きを置くかということが行政の視点でした。ところが最近、どちらにも当てはまらない新しい人口が生まれています。「関係人口」といわれるものです。
関係人口とは、言葉のとおり「地域に関わってくれる人口」のこと。自分のお気に入りの地域に週末ごとに通ってくれたり、頻繁に通わなくても何らかの形でその地域を応援してくれるような人たち。いくつかの地域ではそうした関係人口が目に見えて増えており、そこでは中心となる人が地域づくりを始めるようになりました。(中略)「交流人口」と違い、積極的に地域の人たちと関わり、その社会的な足跡や効果を「見える化」しているのが、「関係人口」といえるでしょう。(218~220ページ)
〇指出一正(さしで・かずまさ)にあっては、「関係人口」とは「地域に関わってくれる人口」であり、「交流人口」との違いは関与の度合いによる。まちづくりは、「この人が自分の地域に関わってくれたら、よい方向に動き出すに違いないと思える存在。そんな熱意のある人(「ローカルヒーロー」)がひとりでも増えること」(223ページ)による。関係人口の主要な担い手である若者が求めるのは「関わりしろ」、つまり「その地域に自分が関わる余白があるかどうか」(33~34ページ)である。まちづくりのゴールは「移住」者や「観光」客の増加ではない。
(3)小田切徳美「『農村関係人口』の可能性」『日本農業新聞』2017年6月
現在では移住ばかりが注目されているが、つぶさに実態を見れば、人々の農村への関わりは段階的である。例えば①地域の特産品購入 → ②地域への寄付 → ③頻繁な訪問(リピーター)→ ④地域でのボランティア活動 → ⑤準定住(年間のうち一定期間住む、二地域居住)→ ⑥移住・定住――という、いわば「関わりの階段」があることを以前指摘した。この状況をある一時点で切り取れば、人々の農村への関係は「無関心―移住」という両極端ばかりではなく、濃淡が生じることになる。

このことから、実は次のことが導かれる。第一に、多様な階段を想定し、準備することが政策の役割の一つとなる。先に示した6段階は一例であり、もっと段階は多く、そしてバリエーションもあろう。最近ではよく見られる「お試し移住」などは、新たにつくられた階段である。第二に、移住促進政策とは、下の段から上の段に上る一歩を支えることの積み重ねであり、それだけきめ細かい対応が必要になる。例えば、特産品を購入した人に対して、地域のためのクラウド・ファンディング(インターネットを通じて不特定多数の人から資金を調達すること)やふるさと納税の案内をするのは、有効な手段となろう。
つまり、移住の促進のためには、この関係人口の裾野を広げることが重要であると分かる。それを上のように図式化した。しかし、この図から逆に、関係人口論にはさらに一歩進んだ、新しい要素があることも分かる。それは、関係人口論はこの「関わりの階段」を登るのに必ずしもこだわっていないことである。階段の同じ位置にとどまる人も含めて、関係人口であり、それを尊重する議論といえる。
また、階段から外れている関係人口も生まれている(図中上部に記載)。それはローカルジャーナリストの田中輝美氏らが明らかにした「風の人」である(『よそ者と創る新しい農山村』)。特定の農村に強い思いを持ちながらも、あえてその地域に定住しないライフスタイルを選ぶ若者群の存在が指摘されている。地域外から交流のコーディネートをする人もいる。(「『農村関係人口』の可能性」『日本農業新聞』2017年6月4日付より一部抜粋)
〇小田切徳美(おだぎり・とくみ)にあっては、「(農村)関係人口」とは「農村に対して多様な関心を持ち、多様に関わる人々の総称」である。人々の農村との関係については、①「無関心―移住」という両極端ばかりではなく、濃淡(「階段」)がある。②「関わりの階段」を登ることに必ずしもこだわるものではない。③階段の同じ位置にとどまる人や、階段から外れている人もいる。④関わりが多様であるがゆえに、集団としてではなく、個人的な対応が求められる。
(4)田中輝美『関係人口をつくる―定住でも交流でもないローカルイノベーション―』木楽舎、2017年10月
関係人口こそが、本格的な人口減少時代を迎えた日本社会=縮小ニッポンを救う新しい考え方であり、地方の新しい戦略になりうる。(中略)関係人口という考え方が広まることで、社会がより良くなる。
これまでは、地域を元気にするためには、その地域に住む「定住人口」を増やすか、短期的に訪れる「交流人口」を増やすか、ということが大事だとされてきました。最近は特に、定住人口を増やす競争が盛んになっています。
しかし、日本全体の人口が減る中で、地域間で定住人口の奪い合いをしていても、疲弊するだけだと思いませんか? どこかが増えれば、どこかが減るのです。(6~7ページ)
たとえ住んでいなくても、地域を元気にしたいと思って実際に地域を応援し、関わる仲間が増えれば、地域は元気になる。(7ページ)
〇田中輝美(たなか・てるみ)にあっては、「関係人口」とは「地域に多様に関わる人々=仲間」(8ページ)のことである。「関係人口」の最終的なゴールは、「離れていても、関係を持ち、役に立ってもらえばそれでいい。仲間でいること」である。そこに「移住」や「定住」の価値を持ち込むことは、「関係人口自体を否定する」(242ページ)ことにもなりかねない。「関係人口であり続けた結果、関わりのグラデーション(段階的な変化)が深くなり、移住という次の段階に進むということは当然あり得る。それでも、あくまでも移住、定住は、ゴールではなく、結果の一つ」(243ページ)なのである。
〇「関係人口」というこの新しいあり方は、「交流や定住というこれまでの考え方をバージョンアップさせた、よそ者と農山村の『共創』と名付けてもよい」。「多様なよそ者と関わりながら、ともに地域課題の解決へのチャレンジを続ける。これこそが、人口減少という新しい時代を迎えた中での目指すべき農山村の姿であり、その先に再生という結果が見えてくる」(田中輝美著・小田切徳美監修『よそ者と創る新しい農山村』〈JC総研ブックレット〉筑波書房、2017年3月、55、56ページ)。
(5)総務省『これからの移住・交流施策のあり方に関する検討会報告書―「関係人口」の創出に向けて―』2018年1月
都市部には、特定の地域を「ふるさと」として想いを寄せ、地域外から「ふるさと」を支える主体となりうる人材が相当数存在している。
こうした地域外の人材を「ふるさと」との関わりで分類すると、まず、その地域にルーツがある者として、近隣の市町村に居住する「近居の者」と遠隔の市町村に居住する「遠居の者」が存在する。また、ルーツがない者としては、過去にその地域での勤務や居住、滞在の経験等を持つ「何らかの関わりがある者」のほか、ビジネスや余暇活動、地域ボランティア等をきっかけにその地域と行き来するいわば「風の人」が存在する。
これらの地域外の人材と「ふるさと」との多様な関わりを踏まえると、必ずしも移住・定住のみを目標とするのではなく、地域内外の人材が「ふるさと」との複層的なネットワークを形成することにより、地域づくりに継続的に貢献できるような環境を整えることも重要となっている。(10ページ)

〇総務省は、2016年11月に「これからの移住・交流施策のあり方に関する検討会」(座長:小田切徳美)を設置し、2018年1月、議論の成果を『報告書』として公表した。『報告書』では、「関係人口」とは「長期的な『定住人口』でも短期的な『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者」(1ページ)をいう。そして、「地域外の人材による資金や知恵、労力の提供は、地域内の内発的エネルギーと結びつきやすく、ここに地域再生の糸口がある。移住・交流、「ふるさと」との関わりの深化を推進し、地域内外の連携によって自立的で継続的な地域づくりを実現することが重要である」(19ページ)、とする。ここでのキーワードのひとつが、「ふるさと」である。そのうえで、今後の方向性(政策化)について、次の3点を指摘する。①段階的な移住・交流を支援する(移住・定住希望者の段階的なニーズに対応した施策の検討)、②「ふるさと」への想いを受け止める(人々と「ふるさと」とのより深い関わりを継続的に築く新たな仕組みの検討)、③地域における環境を整える(移住・交流、「ふるさと」との関わりの深化を図る取り組みをコーディネート・プロデュースする中間支援機能の育成と、その役割を担う人材育成の支援の検討)、がそれである。
〇「関係人口」という言葉を最初に使ったのは、前述の高橋博之であるとされる。そして、「関係人口」を国レベルで初めて位置づけたのは、前述の総務省の『報告書』である。しかも最近では、「関係人口」の創出・拡大が「地方創生」の主要な柱のひとつに位置づけられている。直近では、政府(内閣府)は、2019年12月、第2期(2020年度~2024年度)の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、「関係人口」の創出・拡大を図るために、個人や企業と地方との関係を深める取り組みを関係省庁が連携して推進することを求めている。留意しておきたい。
〇周知のように、2014年12月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」「まち・ひと・しごと創生総合戦略」によって、「地方創生」政策・事業が具体的に始まった。そのねらいは、「人口減少の克服」と「地域経済の活性化」にあり、それが政府主導で、すなわち中央集権的・上意下達的に推し進められてきた。しかも、その政策・事業内容は、人口政策に比して、経済・産業政策が重視されている(偏向してきている)。その結果、予定調和的に、「雇用の創出」や「人口の獲得」の地方・地域間競争が激化し、人口の東京一極集中や地方の人口減少を阻止することはできないでいる。
〇「関係人口」は、経済・産業の振興だけを促すためのものではない。単に「数・量」を追求したり、特定の「地域・地区」を評価するものでもない。際立った「ローカルヒーロー」(指出)はいずれいなくなり、必要とされなくなる。ヒーローの地元住民化、地元住民のヒーロー化とでも言えようか。
〇「関係人口」は、地域と住民の「個性の尊重」「多様性の共生」を基本理念とする、「仲間づくり」「関係性(つながり)づくり」を進める。しかも、主体的・自律的な地方・地域・住民主導(ボトムアップ型)の、内発的な「まちづくり」に取り組む。従ってそれは、じっくりと時間をかけて、みんなで学びあい・支えあい・楽しみあいながら、地域の、豊かで快適な未来(あす)を拓くのである。
〇「まちづくり」の担い手は、内発的な動きが期待されるその地域に定住する住民だけではなく、その地域や住民などと継続的に多様な関わりを持つ「関係人口」もその担い手として捉えることが肝要である。そこに求められるのは、都市と地方や新・旧住民がつながる、あるいは混住する多様な住民の・住民による・住民のための「リーダーシップ」と「共働」、そして「社会変革」である。
補遺
小田切徳美「『農村関係人口』の可能性」『日本農業新聞』2017年6月4日付




森友学園を巡る公文書改ざんに
関与させられて追い詰められ心を病み
2018年3月7日 自ら命を絶った
赤木俊夫氏の「手記」が明らかになった
疾病に基づく 発作的・衝動的な自死ではない
冷静な意識を 最期まで保ったままの覚悟の死
「憤死」と呼ぶしかない 凄まじい最期だった
そう論じる者もいる
麻生財務大臣の反応は
手記を見ることもなく 平然と再調査を拒否する
関係した閣僚たちは さしたる処罰も受けず出世する
隠しおおせたと思った一件が 暴露され
訴訟という手段で 法的に解明の道筋をつけた
不起訴と無罪放免した 忖度の疑惑の晴れぬ検察は
暴き出される事実を 誠実に検証できるのか
職務遂行が 正しく求められてこそ 法の番人となる
国民の奉仕者という上級公務員にこそ 求められる真摯さは
顧(かえり)みられることもなく 内閣の奉仕者にとその身を落とし
財務省とトップ官僚自らが 民主主義を欺き 黒い歴史を刻んだ
内実の知る議員たちは 関係者は処分したから
この事案 力で押し切るしかない
臭いものにはすぐフタをして やり過ごしたいと
かかる火の粉を振り払い 選挙に向けた本音をもらす
政治は 力のバランス
一方に忖度して 偏った官僚政治は
いつの世も 元に戻ろうとする揺り戻しの反動に
抗(あらが)うことは許されず 自壊する
真実は 一方にだけ語られるものではない
法の前に 明らかにされてはじめて真実となる
国民の奉仕者を 二度殺めてはならない
〔2020年3月22日書き下ろし。赤木俊夫氏の奥様の英断に感謝したい。悪政が続く限り、誠実に生きた公務員の声を押し殺すことは、二度殺めることになることを肝に銘じたい〕
付記
学校法人森友学園(大阪市)への国有地売却と財務省の公文書改ざん問題で、自殺した財務省近畿財務局の赤木俊夫さん(当時54)の手記全文の一部を引用します。
「4. 決裁文書の修正(差し替え)」
本年3月2日の朝日新聞の報道、その後本日(3月7日現在)国会を空転させている決裁文書の調書の差し替えは事実です。元は、すべて、佐川理財局長の指示です。
局長の指示の内容は、野党に資料を示した際、学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するよう指示があったと聞きました。
佐川理財局長の指示を受けた、財務本省理財局幹部、補佐が過剰に修正箇所を決め、補佐の修正した文書を近畿局で差し替えしました。
第一回目は昨年2月26日(日)のことです。当日15時30分頃、出勤していた統括官から本省の指示の作業が多いので、手伝って欲しいとの連絡を受け、役所に出勤(16時30分頃登庁)するよう指示がありました。その後の3月7日頃にも、修正作業の指示が複数回あり現場として私はこれに相当抵抗しました。
管財部長に報告し、当初は応じるなとの指示でしたが、本省理財局中村総務課長をはじめ田村国有財産審理室長などから管財部長に直接電話があり、応じることはやむを得ないとし、美並近畿財務局長に報告したと承知しています。美並局長は、本件に関して全責任を負うとの発言があったと管財部長から聞きました。管財部長以外にも、●●管財部次長、●●次長の管財部幹部はこの事実をすべて知っています。
本省からの出向組の●●次長は、「元の調書が書き過ぎているんだよ。」と調書の修正を悪いこととも思わず、本省の補佐の指示に従い、あっけらかんと修正作業を行い、差し替えを行ったのです。(大阪地検特捜部はこの事実関係をすべて知っています)
これが財務官僚機構の実態なのです。パワハラで有名な佐川局長の指示には誰も背けないのです。佐川局長は、修正する箇所を事細かく指示したのかどうかはわかりませんが、補佐などが過剰反応して、修正範囲をどんどん拡大し、修正した回数は3回ないし4回程度と認識しています。役所の中の役所と言われる財務省でこんなことがぬけぬけと行われる。
森友事案はすべて本省の指示、本省が処理方針を決め、国会対応、検査院対応すべて本省の指示(無責任体質の組織)と本省による対応が社会問題を引き起こし、嘘に嘘を塗り重ねるという、通常ではあり得ない対応を本省(佐川)は引き起こしたのです。
この事案は当初から筋の悪い事案として、本省が当初から鴻池議員などの陳情を受け止めることから端を発し、本省主導の事案で、課長クラスの幹部レベルで議員等からの要望に応じたことが問題の発端です。いずれにしても、本省がすべて責任を負うべき事案ですが、最後は逃げて、近畿財務局の責任とするのでしょう。怖い無責任な組織です。
○刑事罰、懲戒処分を受けるべき者
佐川理財局長、当時の理財局次長、中村総務課長、企画課長、田村国有財産審理室長ほか幹部担当窓口の補佐(悪い事をぬけぬけとやることができる役人失格の職員)
この事実を知り、抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました。事実を、公的な場所でしっかりと説明することができません。
今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした。(55才の春を迎えることができない儚さと怖さ)家族(もっとも大切な家内)を泣かせ、彼女の人生を破壊させたのは、本省理財局です。私の大好きな義母さん、謝っても、気が狂うほどの怖さと、辛さこんな人生って何? 兄、甥っ子、そして実父、みんなに迷惑をおかけしました。
さようなら。(朝日新聞2020年3月18日)
人は 不思議な音のセンサーをもつ
人は 必要な音だけを感知する
人は 何かに集中すると 音は消される
耳から入る情報を 瞬時に分析し
要不要を選別し 不要なものは捨てる
その判断は 自己完結する
誤ったときには 生命の危険にも晒される
誤らないという保証は 何もない
まずは 聞き取る
聞き逃してはならぬかどうか 耳を傾ける
聞き間違うことのないよう 時には聞き返す
肝心なことは 聞き漏らさぬようにする
どうでもいいことは 聞き流す
誹(そし)りや卑(いや)しめには 聞く耳を持たない
男は 聞き心地がいい話だけに 耳をそばだてた
男は 耳障りの悪い不快な事には 耳を塞いだ
男は 都合の悪いことには 耳に栓をした
男は 時に聞く耳をもたず 独断した
東京オリンピックの開催に
延期を求める 世界のアスリートたちの訴えは
一時停止の赤信号を 点滅させる
聞けば聞き腹となるが
男は 確信もなく ただできると吹聴する
頼みにしていた友人は 自国で経済が自爆寸前
オリンピックどころではない
二人に共通しているのは
嘘で固めた言動が 信じられぬだけのことだった
もりかけも桜の話も オリンピックも 真実を話さぬ限り
ウイルスで逃げおおせるとは ゆめゆめ思うことなかれ
民は 聞き耳を立てて 虚実を聞き分ける
民の聴力を 軽んじ侮(あなど)ることなかれ
※聞けば聞き腹:聞いたが為に腹立たしくなる。
〔2020年3月22日書き下ろし。頼りの友人も窮地に陥る。ついこの間の完全実施は夢幻となるのだろうか。希望的観測ではない、正しい情報を丁寧に発信することこそ、国民を護る。それが一番苦手なことは誰もが承知しているが、やるしかない〕
盲養護老人ホームでのワークキャンプ学習
高校生にアイマスクで 食事をさせた
体験後 味気なかったと 多くが語った
高校生の味気なかったそのわけは
味覚ではなかった
視覚だった
見て味わう
小さな頃からの繰り返しが 味覚を鈍らせていった
盛り付けられた料理を
まず視覚で うまそうまずそうと認知する
すでにそこで 舌の出番は半減する
うまければ 自分の視覚に自信がつき
まずければ 自分の視覚に納得する
見た目よりおいしいときは 裏切られたことを喜ぶ
視覚に頼る者たちは
食材を味わう舌の感覚を 鈍化させ喪失させる
見た目の心地よさに 気を惹かれた者たちは
ことの本質を見抜けず
状況の判断力を 鈍化させ劣化させる
目の前の 見えることに執着し
目の先の 見えることだけの対応で
生命維持の感覚を だましマヒさせる
時には目をつぶり ことの成りゆきを
心静かに 味わい考える
新コロナウイルスに立ち向かい
暮らしを取り戻す闘いは
いまそのときを迎えた
※ワークキャンプ学習:福祉施設での宿泊を伴うボランティア体験学習。
〔2020年3月21日書き下ろし。道の経済回復の手立ては国の指示待ち。中央志向の知事なら仕方ない。さてここまできたら腹をくくって、まずは腹ごしらえ〕
相模原市の障がい施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件
16日 横浜地裁は 元職員の植松聖(さとし)被告に 死刑を言い渡す
翌朝の4社の社説 日経は「不正入試」を取り上げた
[朝日新聞]
「子どもの存在は、私を含め周囲の人を人間的に成長させてくれる」
誰にもかけがえのない生があり、家族との幸せがある。
頭で理解していても、障がい者を差別し、過酷な境遇に置いてきた歴史が厳として存在し、その延長線上に事件が位置づけられると感じた人は少なくないはずだ
障がい者と健常者とを隔てる線をなくし、誰もが個人として尊重される社会をどうつくるか。ボールは、いまに生きる一人ひとりの手の内にある。
学校教育では 頭の理解しか求めなかった
歴然と障がい児を区別することで 暗黙の内に差別を助長してきた
センセーショナルな事件だから 世間の関心を呼んだ
手の中のボールは 一瞬留まり そしてポトリと落ちた
きっと コロナウイルス対策の陰で 忘れ去れていくだけのことか
[毎日新聞]
「意思疎通の取れない人は社会の迷惑」と繰り返した。
しかし、これほどの凶行に至り、人の命に格差があると言い続ける原因や背景は何だったのか、裁判で解明されたとは言い難い。
何の非もないのに名前を明らかにすることを避ける被害者や家族がほとんどだった。
その事実自体が偏見の根深さを示している
事件が起きた意味を社会で考え続けていく必要がある。
社会で考ようと いつもまとめられる一般論
社会とは 虚実に満ちた 何と使い勝手のいい便利な言葉なのだろうか
殺意を抱いて実行するのは 偏見だけなのか
弱き者への優越感から生まれる
蔑視と差別 そして社会的排除
いじめの本質と変わらぬ 冷酷性と残酷性
事件の原因や背景が解明されず 闇に葬られ
死刑という社会的制裁に加担して ジエンドとする人間の冷淡さ
繰り返される凶行に 社会は何をもって防御できるのだろうか
[北海道新聞]
「障がい者は生きている意味がない」
差別的言動の背景に何があったのか。障がい者への差別や偏見が社会に根深くあることの表れなのか。それを解き明かさなければ事件は終わらない。
匿名を望んだ家族には、障がい者への差別や偏見に対する懸念があったようだ。
事件を、被告一人の特異さによるものと片付けてはならない。
多様な存在を認め合う共生社会を担う私たち一人一人が、社会に潜む差別意識をいかに取り除くかが問われている。
生きる意味を 自分のスケールで計ることは
決して許されることではない
その傲慢さが殺意を生み 自己正当化を果たす
非情で凄惨な口撃を繰り返す 歪んだ心の匿名者たちは絶えぬ
しかし 殺意を抱いても 実行することは躊躇(ためら)うだろう
その境界線は 一体どこに引かれているのかわからない
その狂気は 社会が生んだと納得して
多くの人間は 平然と暮らし続ける
[東京新聞]
「意思疎通のできない障がい者は不幸を生む」「重度障がい者を育てるのは間違い」「事件は社会に役立つ」「人権で守られるべきではない」
今も社会にはびこる差別や偏見とどう関係するのか。
障がい者も人間であり、その権利を尊重するのは、社会の共通した価値観ではなかったか。
あるいは格差が進む日本社会では「人間は平等」「人権」という価値観も揺らぐのか。
事件はいまだ不可解である。
障がい者も人間である
この表現すら 受け止めがたい
そう押しつけてきた教育に 重大な誤りはなかったのか
北欧でノーマライゼーション運動が起こった 凄惨な福祉の現場
それすら 学ぶことなく 学ぶ機会さえなく 無知のままに暮らす
薬害エイズやハンセン病問題は 国の犯した甚大な人権問題である
それすら 一時のニュース報道でわかったふりをして 忘れる
優性保護法による 障がい者の断種や堕胎の人権問題も ようやくの日の目を見た
しかし 医学は妊娠初期の出生前診断を可能とし 障がい児の出生の是非が
生きにくい社会の問題として提起されることと 裏腹の関係にあるのだ
授かりし子に 母が父が語りかけることから 共育をスタートさせたい
関心を持ち続けることが 関心を呼び起こすことが
一人ひとりにできる 小さな一歩である
聖被告の父も母も きっとそう育ててきたに違いない
狂気に走った子を持つ親として いまも社会的制裁を受け続ける
ごくありふれた家庭で育てられた子どもであったことを 覚えておこう
社会規範を逸脱し その狂気を暴走させた生き様は
ごくありふれた子どもでも起こりうることを 覚えておこう
刑務所に収監され 刑が執行されるまで
きっと生きることに 執着することだろう
そこで初めて生きるという意味を 見出すかも知れない
懺悔よりも 自己愛として生きることの無意味さを 噛みしめるかもしれない
人を殺めたことの罪と罰を 噛みしめてほしい
この判決の意味は 社会啓発として
まさに 市民福祉教育のなすべき課題として提起された
大人は 福祉課題と真摯に向き合い 暮らしの中で解決する力を
教える者は いのちと福祉の授業を構築する力を
共生共育の実現に向けて 社会に満たし培っていかなければならない
そこに 障がい児者への差別や偏見を
社会的に撤廃する芽があるのではないか
犠牲になった人や家族の 生きることへの渇望が
心ある者たちに 強く刻まれていくことを信じてやまない
その実践こそが 尊い犠牲者への哀悼にしなければならない
人間として 一人ひとりに課せられている社会的責務そのもの
津久井やまゆり園事件を 決して風化させてはならない
〔2020年3月19日書き下ろし。市民福祉教育の為すべき課題が鮮明に浮かび上がっている。この判決を教材にして、授業に組み込む人はいるのだろうか? いてほしい〕
意図的に 大胆な経済政策と
先にメディアに流し リークさせ
世論の反応探るため
久々にメディアに登場 某議員
いつもと変わらぬ金のばらまきだけのこと
これで 民のご機嫌伺いしながら 黙らせる
支持層の維持と開拓の票読み お見通し
スポークスマンの如く 小賢しく
さもやってる感を アピールする
得意げに語る表情に 不気味さがつきまとう
この非常事態に及んで
この程度の政策しか 立てられないのか
これで大胆にとは 笑止千万
やるなら
消費税10% 景気回復まで撤廃!
これくらいの度量を 見せてごらんよ
それなら 歴史に名を残す
〔2020年3月18日書き下ろし。正式発表する前に必ずマスコミにリークさせる手法はいつものこと。民よ、惑わされる事なかれ〕
一本は 折れる寸前の経済成長だった
株価市場の世界的な暴落で 年金ファンドは危機に陥る
その場しのぎの税金ばらまき 火に油を注ぐ
残りの二本は 意地でも折られたくなかった
一本は オリンピックの開催
もう一本は 憲法改正
最後のあがきの 国会劇場
オリンピック中止も カウントダウンが始まった
憲法改正 どこの世界の話だと一笑にふされ
成果なき時代の終焉告げる ラストステージ
弄する詭弁も 同じフレーズ 聞き飽きた
晋の解字は かくの如し(「漢字源」から)
二本の矢が並んで 目標向かって突き進むさま
ずんずん伸びすすむこと
二本の矢を射る力は すでに残っていない
いままでやりたい放題 言いたい放題
我が世の春を謳歌した そのツケが
見事に 己に突き刺さる
自分のおもいは叶わず 新コロナに負ける
長い間政権執って 何の実績も人も残せなかった
歴史の評価に耐えぬ 公文書しか残せなかった
この情報化時代 関心は薄れ すぐに過去の人となる
晋の一字に刻まれし 己の目標(欲望)果たし得ず
退場の舞台は すでに忖度せし者たちが準備する
最後の教え 準備を怠れば政治にあらず
心のこもらぬスローガン 薄っぺらなキャッチコピー
歴史には 最も言葉の軽い宰相と名を刻む
〔2020年3月16日書き下ろし。近未来を描いてみた。彼の大きな成果は、政治家の言葉の劣化だけだった〕