阪野 貢 のすべての投稿

東京オリンピック開催したい

東日本大震災。の復興をアピールすると
国と都が一緒になって 誘致を決めた
どれだけ余計な財源を投資しものか
当初予算を大幅に超過した 莫大な開催経費
計算するのも 恐ろしい
明細出すのは 恨まれる
桜のホテルの明細どころの 騒ぎでない

札幌にマラソン会場を移す決定したときに
都民の税金は 一円たりとも使いませんと
都知事が 啖呵を切ったその実は 
ふんだんに税金使った 後祭り
当たり前の発言に
都民も騙されやすいのか
よく言ったと称賛したとは あきれかえって声を失う

新コロナウイルス 世界に広がり
もう おもてなしどころでなくなった
延期か中止か IOCの判断に委ねるばかり
IOCはWHOの判断仰ぐと 責任転嫁の放言吐くが
開催可能な根拠も 日々弱まるばかりで不安が募る
オリンピック商業主義のリスクを背負い込み
都民も国も 丸呑みさせられるのに 
何の対策講じずに 他人事のように
都知事も首相も 開催すると虚勢を張る

何があっても開催しますと 予告宣言繰り返す
本望 開催します しなければ投資は無駄になります
希望 開催したい しなければ経済が失速して回復が遅れます
切望 開催してほしい しなければ選挙に負けます

タイムリミットが近づく中で
まずは 新コロナウイルス対策に 命運がかかっている
いまだ 失速している経済を 立て直すには時間がかかる
だから 新年度予算の見直しをしなければ 先には進めない

経済対策も その場しのぎの無為無策を棚に上げ
「次元の異なる対策」「未来を先取りする変革」「笑顔を取り戻したい」
歯の浮くようなメッセージ だれがまともに受け止めますか
世界の救難に立ち向かうべきリーダーシップなんか だれも求めてはいません 
この程度のつまらぬ原稿書いた裏方は だれもがうらやましい
本音ではイメージづくりも信頼も地に落ちたと だれかに教えてあげなさい

国の命運を 委ねることの危うさを 
民のいのちを削る 暮らしの不安を
「一気呵成に」と 言葉に酔うリーダーたちに 
あなたは 委ねることが出来ますか

オリンピックの損得勘定は すでに終わっている
開催するも 中止も 延期も 政治そのもの
誰もが リスクは 負わねばならない
開催したところで 
外国から人は来るの?
選手派遣は大丈夫?
防疫を誰に求めるの?
そして 経済は回復するの?

政局を迎える算段を怠らぬよう 周到に準備がなされている
すでに 都知事選も 衆議院の解散も 視界に入ってきた
だから 裏では議員もその秘書も 
選挙区に走り出す タイミングを計っている
その息づかいが 聞こえてきた

いま世論調査が ネットニュースで報道された
70%は 東京オリンピック開催無理だって!

〔2020年3月16日書き下ろし。オリンピックと政治の動向、併せてご注目〕

付記
「五輪開催できない69%」
共同通信社の世論調査によると、新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、東京五輪を予定通り開催できるかどうかについて「できない」との回答は69.9%だった。「できる」は24.5%。(共同通信社2020年3月16日)

学童保育の実態は

全国の学校を休校させた
行き場のない低学年の子どもの受け皿に
放課後学童保育に丸投げされて 強制的に担わされた
青天の霹靂 
エビデンスの全くない独断
政策的な準備が 全くない 
鈴木道知事の思いつきのパフォーマンスに
遅れてはならぬと 飛びついた

あれから2週間余
学童保育の現場から 子どもが罹患したという情報はない
現場の指導員らの手によって
防疫の細かな努力がなされてきた この事実 
ただただ感謝の気持ちが わき上がる

ちょっと待ってよ
子どもの密集する 学童保育の施設の中で
なぜクラスターが 発生しないのか
それなら 広い校舎を持つ学校が
なぜ 集団罹患が発生するといえるのか
この矛盾に 誰が答えてくれるのだろうか

文科省よ
厚労省よ
専門委員の方々よ
この事態について 科学的根拠に基づいた説明を
なぜ いままでしないのか
学童保育は対象外としてきた休校処置が 
正しいと主張するなら
学童保育の現場の 罹患率ゼロのこの事態を 
納得できるよう 説明してほしい

子どもを守ると見得を切り
政治的な判断を下したその先の
感染予防物資の支給に どれだけ万全を期しているのか
学童保育の指導員の心労を どれだけ緩和しようとしているのか
子どもを守る最前線に どれだけ手厚いフォローをしているのか

実態を把握し 適時正しい情報を伝えることを 第一義にしてほしい
もうつまらぬ情報操作や隠蔽は この期に及んでやめてほしい
それが信を失った為政者の 最後の失地回復のチャンスと心得よ

[2020年3月15日書き下ろし。タイミングよく毎日新聞から記事が出た。遅きに逸する感もなきにしもあらず。そもそも子どもを学童保育に丸投げしてほっかぶり。厚労省の管轄には文科省はもの言わぬ縦組織の弊害から、教員も学童に関与せず。ここは取り組んでいる自治体をモデルにして、首長と教育委員会の自主的・自治的判断を急ごう]

付記
「学童保育学会が緊急声明 学校以上に感染リスク高い 予防物資の支給も要請」
児童福祉の研究者や学童保育関係者で作る日本学童保育学会は14日、新型コロナウイルス感染症対策の緊急声明を公表した。子ども同士が密接に関わる場所のため学校以上に感染リスクが高く、国や自治体に感染予防に必要な物資の支給などを求めている。
同学会によると、安倍晋三首相の全国一斉休校要請を受け、多くの自治体の学童保育では朝から児童を受け入れている。だが、消毒液などの物資不足で感染防止対策が十分に取れず、職員の不足や長時間労働も続いている。また、小学校教職員の支援があっても有効な連携が取れないなどの問題が生じているという。
声明では、マスクや消毒液などの物資の支給▽学校や公共施設の有効活用と学校教職員による協力体制の推進▽代替職員人件費などの増加を踏まえた国の交付金の見直し――などを国と自治体に求めた。
学童保育は共働きや一人親家庭の子どもの生活の場。国の補助事業で、自治体や自治体の委託を受けた団体などが放課後におやつを食べさせたり遊ぶ場を提供したりしている。補助事業の枠外で行う民間企業の学童保育も増えている。(毎日新聞2020年3月14日)

屋外での卒業式

3月20日の天気予報を見ていた
内地は晴れ 気温は20度前後のところが多い
子どもらの旅立ちには 良い日になりそうだ
北海道は まだ肌寒い

屋外の運動場での卒業式
放送設備は 運動会で実証済み
味気ない会場を どうするか

まずは 建設用の足場を使おう
心意気に感じる 資材屋さんや職人さんもきっといる
ステージも組んでもらって 外枠をつくる
体育館ステージのバックの幕は 取り外し自由
袖幕も 取り外せるだろう
それで足場を 囲ってしまう
卒業式の看板も 難なく飾ることができるだろう
1日足らずで 会場設営完了
撤廃も 半日あれば余裕だろう

春の日差しを 浴びながら
春の風を 受けながら
想い出の学び舎とのお別れを
こんなカタチで できるのならば
子どもたちが ほんとに大切ならば
最善のプレゼントを 贈ることができるだろう
教育者の心意気を 本気で見せることができるだろう
コロナウイルスに負けぬ強い意志を 伝えることができるだろう
社会の閉塞感を 子どもらの笑顔で打ち破ることができるだろう

既成概念を破らなければ 事は始まらない

〔2020年3月14日書き下ろし。全国一律の休校措置に違和感を強く感じるだけに、自分がもし校長ならば、きっとこうしただろう。いま首相の記者会見を聞いた。唐突に卒業式を挙行せよとのご指示承って参りますか〕

法の専門家

法の専門家と 豪語した
弁護士出身と 胸を張る
法に仕える者と 威厳を保つ

法の専門家と自認する 
森雅子法務大臣たるものが 
「東日本大震災時に 検察官が逃げた」
場当たり的な答弁で 根拠も示さず 暴言吐いた
大きな間違えが すぐに発覚した
口頭決済ではない 公文書
そこに記録された内容は まさに己にブーメラン

「質問に誠実に答弁していくように」
首相の実質おとがめなしの厳重注意
12日 恥知らずの謝罪のポース 
内に隠した 更迭回避のしたり顔
手にした権力は 離さぬものか
これが 政治家の政治家たる 己への誠実さ
神妙な演技に 如実に表われていた

13日の衆院法務委員会
首相に誠実にと その信託に応える
躊躇なく誠実に 彼を守る答弁拒否を繰り返し やり過ごす
使命感に燃えて すぐさますり寄るしたたかさ あっぱれなれ!

法の専門家の権威を 貶(おとし)めた
法律家としての 清廉潔白な態度を変節させて
政治家としての 誠実さを立派に身にまとい
人間としての 品性を自らの手で汚す

仕えるは 法にはあらず
それだけは 誰もが知るところとなった
信なくば 立たず
それだけは 誰もが首を縦にふった

〔2020年3月13日書き下ろし。役立たずの者たちが時に専門家と称し国会を闊歩するその滑稽さに失笑。この緊急事態を誰に任せられますか?〕

沈黙の螺旋

無知なるウイルスへの不安が 恐怖心を煽る
マスクで顔を隠し 黙したまま他人を避ける
猜疑心だけが鋭く働き 時に攻撃的な同調圧力となる 
罹患者や医療者からの感染リスクを妄想し 排斥排除する
貧富の格差は広がり さらなる社会の分断を促す

いつまで続くのか 終わりの見えない感染世界
誰が罹患しても 不思議ではない感染世界
どこにも逃げようない 閉ざされた感染世界

いまはただ押し黙って 流行の去るのを耐えて待つ
いまはひたすら罹らぬよう うがい手洗いを励行する
いまはイベントもスポーツも 抗うことなく中止する
いまは空気を読んで 大勢(たいせい)に身を委ねる

世界を襲ったウイルスが 静かに世界を征服する
人の移動も 多くの国で制限された
株価が落暴し 経済活動は 破綻するかもしれない
物流も 制限されていくだろう
医療が パンデミックにより 崩壊しかねない
情報が錯綜し 暴走し始めるだろう
人間の本性が曝け出され 社会規範が自壊する
国は 独断的な統制力を強化し 不信感をさらに深めるだろう

それでも人類は 幾多の病原菌と 時に闘い時に共存してきた
そして人類は 滅亡することはなかった
だからいま人類は 自然から挑まれた危機に その叡智をかけ臨む
それは人類が 病原菌克服への歴史を刻む 共存への歩みとなる

世界中で 人間と自然の共存が またも試されていく
生存をかけた 歴史的な瞬間に 立ち会い立ち向かう

※沈黙の螺旋(らせん):多数派に圧倒された少数派が,孤立を恐れて意見を表明しなくなり,多数派が実体以上に増幅され,少数派が軽視される現象。
※パンデミック(pandemic):病気が世界の複数の地域で同時に大流行すること。感染爆発。一定の地域から周辺地域へ大きな広がりをみせるエピデミック(epidemic)に対していう。

〔2020年3月12日書き下ろし。「緊急事態宣言」を可能にする特別措置法の改定案が13日成立する。今日もまた日本でも死者が出た。哀悼の意を表したい〕

矢幅清司「高校福祉科教育に関する資料」(平成7年度~平成22年度)

第01回(1995年度)/第02回(1996年度)/第03回(1997年度)/
第04回(1998年度)/第05回(1999年度)/第06回(2000年度)/
第07回(2001年度)/第08回(2002年度)/第09回(2003年度)/
第10回(2004年度)/第11回(2005年度)/

第12回(2006年度)/第13回(2007年度)/第14回(2008年度)/
第15回(2009年度)/第16回(2010年度)/

備考
上記の文字列をクリックすると、PDFファイルに保存されているそれぞれの資料が表示されます。

参考
〈ディスカッションルーム〉
(64)高校福祉科教育の原点に立ち返る:教師の思いと願い―資料紹介―/2016年11月24日/本文

18歳 躍動せよ!

18歳 一人前になった?
18歳 ここが節目のスタートライン

盛んな世と人への好奇心を 廃(すた)らすことなかれ
可能性は 自らの夢の実現に向う思いの中にあることを 知るべし
愚直(ぐちょく)な男であることに 頭(こうべ)を垂(た)れることなかれ
ちぐはぐなことが起こっても 決して怯(ひる)むことなかれ
苦労は 自ら望んだがゆえに 乗り越えなければならぬ道と承知せよ
労多くして功少なしことも 覚悟せよ
向き合うは 己を信じる心と わきまえよ
善き行いを常に心がけ 人の痛みに共感する人間力を磨き続けよ
夢に向かうセンスこそ いまを生きる原動力であることを 強く知るべし
目力(めじから)を鍛えよ 見えるものだけを信じる事なかれ
大きな志(こころざし)は 小さな努力を積み重ねの先に叶うと信じよ
いまという刻(とき)を 決してつまらぬことで浪費してはならない
今日為すべき事が はっきり見えていることこそ いまを生きる証なり
世の中の 荒波に身をさらしても 決して卑屈にならず くじけずあきらめることなかれ
生まれたことの喜びと苦しみを 全身に受けとめながら 青春を躍動せよ

18歳 これからの失敗と挫折を 己の器量(うつわ)に入れて 肥(こえ)にしよう
18歳 子どもと大人の中途半端なときから 独り立ちの準備を始めよう
18歳 どうもがいても 避けられない人生の節目に おめでとう

〔2020年3月12日書き下ろし。15日18歳の誕生日を迎える少年がいる。兄弟が夢を叶えるために奮闘する。心強く心優しく生きてほしいと、欲張りなエールを贈る〕

追記/宇沢弘文と竹中平蔵という二人の経済学者:「定常状態」に関するワンポイントメモ―佐々木実を読む―

社会的共通資本(Social Common Capital)は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。社会的共通資本は、一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を支え、市民の基本的権利を最大限に維持するために、不可欠な役割を果たすものである。(宇沢弘文『社会的共通資本』〈岩波新書〉、2000年11月、4ページ)

社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー(infrastructure)、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。自然環境は、大気、水、森林、河川、湖沼(こしょう)、海洋、沿岸湿地帯、土壌などである。社会的インフラストラクチャーは、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど、ふつう社会資本とよばれているものである。(中略)制度資本は、教育、医療、金融、司法、行政などの制度をひろい意味での資本と考えようとするものである。(同上書、5ページ)

〇筆者(阪野)の手もとに、佐々木実(ジャーナリスト)が書いた本が2冊ある。(1)『資本主義と闘(たたか)った男―宇沢弘文と経済学の世界―』(講談社、2019年3月、以下[1])と(2)『市場と権力―「改革」に憑(つ)かれた経済学者の肖像―』(講談社、2013年4月、以下[2])がそれである。
〇[1]は、「人間尊重と社会正義」などの理念に基づき、社会問題を解明・解決するための経済学的枠組みとして「社会的共通資本」の概念を提唱し、水俣病の公害問題や成田空港の三里塚闘争などの社会運動(市民運動)にも関与した宇沢弘文の評伝である。それを通して、世界の経済学史や経済政策史を詳説する。[1]は、その「帯」に、「その男の人生は20世紀の経済学史そのものだった――。〈資本主義の不安定さを数理経済学で証明する〉。今から50年以上も前、優れた論文の数々で、世界を驚かせた日本人経済学者がいた。宇沢弘文――その生涯は「人々が平和に暮らせる世界」の追求に捧げられ、行き過ぎた市場原理主義を乗り越えるための「次」を考え続けた信念の人だった」と記されている。構想から10年以上を要して上梓された、四六判、約640ページの大冊(たいさつ)である。第6回城山三郎賞と第19回石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞の受賞作品である。
〇[2]は、小泉純一郎政権(2001年4月~2006年9月)の時代に、新自由主義の理念に基づき、規制緩和や郵政民営化などを内容とする「構造改革」(「官から民へ」「改革なくして成長なし」)の旗手を務めた竹中平蔵の評伝である。それを通して、「構造改革」を検証する。[2]は、その「帯」に、「経済学者、国会議員、企業経営者の顔を使い分け、“外圧”を利用して郵政民営化など「改革」路線を推し進めた竹中平蔵がつぎに狙うものは!? 8年におよぶ丹念な取材があぶり出す渾身の社会派ノンフィクション!」と記されている。アメリカの影と竹中の真の姿が浮き彫りにされた、四六判、約330ページの著作である。第45回大宅壮一ノンフィクション賞と第12回新潮ドキュメント賞を受賞している。
〇筆者はかつて、本ブログの〈雑感〉(75)に「『人間尊重と社会正義』:『人間らしく生きるための経済学』を探究し、厳しくも痛快に語り、社会問題に真摯に取り組んだ“経済思想の巨人”―いま、改めて宇沢弘文を読む―」(2019年3月5日)を投稿した。筆者にはいま、それ以上のものを草する前提は皆無である。そんななかで、[1]から、次の一文のみをメモっておくことにする(見出しは筆者)。佐々木によると、「宇沢は、社会的共通資本の蓄積過程を分析して社会の持続可能性を考察する際、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)が『経済学原理(Principles of Political Economy)』(1848年)で論じた『定常状態』(On Stationary State)を理想的な状態として想定している」(577~578ページ)。

持続可能な社会は「定常状態」を理想的な状態として想定している/佐々木実
宇沢は、持続可能な社会をミルの「定常状態」に範(はん)をとって想定している。つまり、経済全体のマクロ的な経済指標は定常値をとるようになるけれども、そのような社会のなかでは、人びとの経済活動や文化活動は活発に営まれ、活気ある社会が保たれている。マクロ的経済変数が定常値をとることは、決して人びとの活動が停滞することを意味しないということである。
社会的共通資本を概念化して経済分析の対象にしたそもそもの狙いは、市場システムの影響が社会にあまねく浸透していく資本主義のもとで、持続可能な社会のあり方、その条件を探究することにあった。したがって、ミルが唱えた「定常状態」(On Stationary State)を鍵となる概念としたことには重要なメッセージが込められている。(578~579ページ)

〇周知のように、J.S.ミルは『経済学原理』で、社会の「定常状態」(「停止状態」:末永茂喜訳)について、「経済的進歩」と「人間的進歩」にわけて考える。「経済的進歩」は「資本の増大、人口の増加および生産的技術の進歩」であり、「人間的進歩」は「精神的文化や道徳的社会的進歩」を意味する。そのうえでミルは、「富および人口の停止状態は、しかしそれ自身としては忌(い)むべきものではない」。本来、経済的進歩は人間的進歩を達成するためのひとつの手段にすぎない、とする。(J.S.ミル、末永茂喜訳『経済学原理』(四)岩波文庫、1951年2月、101、104、109ページ)。次の一文を再確認しておきたい(見出しは筆者)。

資本および人口の「定常状態」は恐れ嫌うべきものではない/J.S.ミル
資本および人口の停止状態なるものが、必ずしも人間的進歩の停止状態を意味するものでないことは、ほとんど改めて言う必要がないであろう。停止状態においても、あらゆる種類の精神的文化や道徳的社会的進歩のための余地があることは従来と変わることがなく、また『人間的技術』を改善する余地も従来と変わることがないであろう。そして技術が改善される可能性は、人間の心が立身栄達の術のために奪われることをやめるために、はるかに大きくなるであろう。産業上の技術でさえも、従来と同じように熱心に、かつ成功的に研究され、その場合における唯一の相違といえば、産業上の改良がひとり富の増大という目的のみに奉仕するということをやめて、労働を節約させるという、その本来の効果を生むようになる、ということだけとなるであろう。今日までは、従来行なわれたすべての機械的発明が果たしてどの人間かの日々の労苦を軽減したかどうか、はなはだ疑わしい。それは、たしかに従来よりもより大きな人口が従来と同じ苦しい作業と幽因(ゆうしゅう)の生活を送ることを可能ならしめ、またより多数の工業家やその他の人たちが財産をつくることを可能ならしめた。それは中産諸階級の生活上の余裕を増大した。けれども、それは、人間の運命がその本性上、またその将来においてなし遂げるべきもろもろの偉大な変革については、まだそれを実現しはじめてもいないのである。ただ公正な制度に加えて、人類の増加が賢明な先見の思慮ある指導のもとに行なわれるようになったとき――ただこのようなときにのみ、科学的発見者たちの知力とエネルギーとによって自然諸力から獲得した戦利品は、人類の共有財産となり、万人の分け前を改善増加させる手段となることを得るのである。(J.S.ミル・末永茂喜訳、同上書、109~110ページ)

〇日本の経済・社会(「少子・高齢・人口減少・多死社会」)はすでに「定常状態」に入っている。いま求められるのは、「定常経済」「定常型社会」「ゼロ成長社会」のあり様を構想し、新たな社会モデルを構築することである。しかし、企業人や政治家の思考様式は引き続き、「成長モデル」に執着している。この点をここで、再認識しておきたい。ミルの言説(経済思想)によれば、「経済的進歩」よりも「人間的進歩」が求められているのである。
〇それに関連して、ミルがいう社会の「最善の状態」とは、「たれも(だれも)貧しいものはおらず、そのため何びとももっと富裕になりたいと思わず、また他の人たちの抜け駆けしようとする努力によって押し返されることを恐れる理由もない状態」(同上書、105~106ページ)である。そこでは、「人生の美点美質を自由に探究」(同上書、107ページ)できる人が現在よりもはるかに多くなる。平易に別言すれば、ミルがいう理想社会は、「あくせくしないで、ゆったりと人生を楽しむことができる社会」であろう。
〇ここで、恣意(しい)的になったり誤解を招いたりすることを恐れずに、宇沢の生き様や人間性などに関する佐々木の記述の一部を抜き書きする。
● 「アメリカ在住の気鋭の数理経済学者として、世界中どこの大学を訪ねても研究者たちに囲まれ羨望のまなざしでみつめられていた」(11ページ)。
●「アイデアがひらめくと、夜中でも飛び起きてメモをとったり、灯りをつけて読書を始めたりする(宇沢の)クセ(奇行ともとられかねないような行動)は、結婚してからも抜けなかった」(139ページ)。
● 「浩子夫人に『帰国してから宇沢先生は変わりましたか』とだすねると、『宇沢は、ひとりぼっちでした』という簡潔なこたえがかえってきた」(631ページ)。
● 「『水俣病を見てしまった者の責任』という言葉を原田(正純)はしばしば口にした。/宇沢は原田に、『水俣病の患者を見て、わたしの学問体系が崩(くず)れた』と告発したことがある」(488、491ページ)。
●「いったん(成田闘争の政府側と反対派側の)仲裁役を引き受けると、宇沢は成田問題にかかりきりになっていった。まったくめずらしいことに、個人的信条とは相容れない政治的ふるまいも躊躇しなかった」(518ページ)。
● 「農業を社会的共通資本としてとらえるための農業コモンズ(組織集団)である三里塚農社構想の実現に向けた努力/ひとりきりの『新しき村』づくり運動が水泡に帰したのは大きな挫折だった」(546、565ページ)。
●「本格派の理論経済学者を描くなどということは土台無謀だったのかもしれませんが、『ほんとうのバカにならないと、おおきな仕事なんてできないからね』。なぜかよくおぼえていたウザワ先生の言葉です」(632ページ)。
● 「『君! 君は、経済、経済というけど、人間の心が大事だと言いたいのだね』/文化功労者の顕彰式が終わり、宮中のお茶会に招かれた場面での昭和天皇のこのお言葉は、私にとってまさに青天霹靂(せいてんのへきれき)の驚きであった」(493、494ページ)。
● 「妻の宇沢浩子も、宇沢が教え子たちに『徒党を組むな』と繰り返し語っていたと証言している。わたしが宇沢にインタビューした際、『師匠』『弟子』などという言葉を使うと、『研究者はそれぞれ独立しているから、師匠とか弟子とかではないんだよ』とやんわり否定されたものである」(596ページ)。
●「2011年3月の東日本大震災から10日後、宇沢は脳塞栓(のうそくせん)で倒れた。/宇沢の娘で医師でもある占部まりは、『大震災と原発事故による強いストレスが、父に影響をあたえたのだとおもいます』と話している」(612、613ページ)。
〇宇沢は、「孤高の経済学者」「孤独な思想家」「孤立した社会活動家」であった。それが「宇沢弘文」の「世界」であり、「時代」でもあった。そこには常に、厚顔無恥(こうがんむち)な経済学者の対極(正反対)に身をおき、「人間らしく生きるための経済学」を真摯(しんし)に探究する宇沢の姿があった。それに比して、政治家としてアメリカ追従の経済政策(日本の植民地化・属国化)を進め、格差の拡大と分断の深化をもたらした竹中平蔵は、「権謀術数」(けんぼうじゅっすう)に長(た)けていた、と言えば言い過ぎであろうか。
〇いずれにしろ本稿は、「定常状態」に関するワンポイントメモであり、〈雑感〉(75)の「追記」である。

付記
本稿を草することにしたきっかけのひとつは、次の記事にある(『日本農業新聞』2019年12月23日)。

自治会は地域の自治組織(自治会役員と民生委員 その2)

自治会は 法律で拘束された組織ではありません
自分たちで自主的に組織し 自治的に運営する地域団体です
地域の活動は 自治会で自由に決めることができるのです 
役員の報酬も 必要とするなら自分たちで決めることができます

民生委員は 法律で決められた全国的な公的な組織です
助けを求める人のそばに寄り添い 百年の歴史を刻んできたのです
その活動も 法律の定めるところで 動きます
福祉六法や売春防止法などによる 援助を必要とする人たちを対象とします

民生委員は 厚生労働大臣から委嘱され
非常勤特別職の地方公務員として 身分を保障されています 
だから 行政が民生委員に対して監理指導することができるのです
職務も明確にされ 行政では手の行き届かない暮らしの場でカバーするのが役目です
公的な活動だからこそ 実費弁償としての少額の手当を受けているのです
給与は支給されないと 法律で明記されています
ただ怪我や事故があれば 公的に保障されます

自治会役員の場合はどうでしょう
あくまでも 自治的に運営することを旨として
その役員も 地域に在する人が互選されます
行政に協力することがあっても
行政の監督指示は 受けることはありません
あってはなりません
戦時中組織化され 大政翼賛会に集約されて 戦争協力したことが
戦後GHQから 自治会が解散させられた 悪しき歴史があるのです
地域に必要な自治組織として再生する条件が
行政の配下にはあってはならないと GHQから釘を刺されました
だから 役員の報酬の是非も 自分たちで決めることができるのです

民生委員は 報酬をもらえて
自治会役員は 報酬をもらえない
納得できないと啖呵を切る方も いないことはありません
地域や活動の共通性から 報酬の問題を取り上げるのは
そもそも その組織の目的や活動の内容からして違うのです
本質的に全く違うことを その人にわかってもらうのは 難しいかもしれません
ただ お金がもらえないことを憤っているだけですから
それを民生委員に当てつけて 文句をいっているだけのことです

民生委員の活動は 自治会の役員や住民と協力して
困っている人が 地域で一日でも長く暮らすことをサポートすることです
目的を同じくして 共働することこそ
地域を元気にしていくことにほかなりません
悩みや不安になることもあるでしょう
自治会の役員の力を借りると 楽になることもきっとあります
一人でも多くの方に 民生委員の活動を知っていただくことも
活動の負担を軽減していくことになるでしょう
それは 地域で支えていただく人を増やしていくことでもあります
それは 災害時にも強い 地域の支え合いを育むことでもあります

※「福祉六法」とは、生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法の六法です。

〔2020年3月11日書き下ろし。東日本大震災10年目のこの日、被災地では職責を果たそうと多くの民生委員も犠牲となった。復興の地でも民生委員は志を継いで活動を続ける。震災で犠牲となった多くの御霊に合掌〕
 

無報酬です(自治会役員と民生委員 その1)

自治会役員です
無償奉仕しています
町内の困りごとの相談にも のっています
町内のにぎわいをつくる行事にも 参加しています
自分の仕事をほっといて いろいろ活動しています
無償奉仕しています

自治会役員です
民生委員よりも 地域のために活動しています
民生委員と 同じような活動していても
民生委員は なぜか報酬もらっています
なぜ報酬を もらうのですか?
なにか 不公平を感じています

民生委員です
そう問われて 困惑しました
報酬をもらうことに 抵抗を感じています
どうしましょう?

民生委員です
そう問われて 萎縮しました
なんだか嫌な気分です
言い返すのも 苦痛です

民生委員です
報酬のことを言われると
何だか偽善者ぶっているような
不快な気分が わいてきます
活動意欲も しぼんでいきます

民生委員です
でも 自治会役員している人に
長い歴史のある 大事な民生委員の活動を
わかってほしい 支えてほしい 
ともに 地域で
困ったこと 困った人の支えになりたい
ただそう思っているだけです

お金のこと?
報償は 給料ではありません
無償のボランティア活動では 
実費弁償は 有償とは見なされません
私たちも ボランティアです

〔2020年3月10日書き下ろし。地域にはこんな見方をする人もいます。民生委員と自治会が共に地域づくりに励むためにも整理しておきたい問題です〕