阪野 貢 のすべての投稿

ケア現場の虐待や暴力が問う「地域共生社会」:福祉教育のもうひとつの視点―渡邉琢を読む―

〇「相模原障害者施設殺傷事件」(2016年7月)の被告・植松聖は、「重度障害者は不幸を生む」「人生でやるべき事が見つかって、目の前が輝きだした」と嬉しそうに当時を思い出す。また、「(自分の考え方が)既に世の中に伝わっていると思う」と自信を見せる。そして、「事件を起こして良かったと思うのは、いろんな人が話を聞くために会いに来ること。ぼくもついに、ここまで来たんだ」と口元をゆがめて笑った、と報じられた(「虚栄/相模原事件面会記録(上)(下)」『岐阜新聞』2019年12月26日、27日朝刊)。
〇あの衝撃的な事件から3年半が経ったいま、障がい者や「障害(者)福祉」をめぐる社会的議論は深められず、社会の関心は薄れ、風化が確実に進んでいる。そんななかで、渡邉琢(わたなべ・たく)の『介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み』(生活書院、2011年2月、以下[1])を再読し、新刊本の『障害者の傷、介助者の痛み』(青土社、2018年12月、以下[2])を読んだ。渡邉は、日本自立生活センター(JCIL、京都市)事務局員、NPO法人日本自立生活センター自立支援事業所介助コーディネーター、ピープルファースト京都(知的障害をもつ当事者の団体)支援者である([2]帯)。
〇[1]は、「障害者の地域生活に根ざした介助という営み、その歴史と現状をつぶさに見つめつつ、『介助で食っていくこと』をめざす問題群に当事者(介助者である渡邉)が正面から向き合った」([1]帯)本である。具体的には、「障害者介助に関わる介助者たちのこと、制度のこと、障害者介護保障運動の歴史のこと、労働運動との関係のこと、そして自立生活運動のさまざまなあり方のことなどを包括的に論じ、(中略)今でも色あせることのない充実した内容」([2]15ページ)である。「関東方面では『青本』と呼ばれ、運動や制度の歴史が簡潔にまとまったものとして、厚労省の役人も参考書にしている」([2]14ページ)とも言われる。
〇[2]は、「相模原障害者殺傷事件は社会に何を問いかけたのか。あらためて、いま障害のある人とない人がともに地域で生きていくために何ができるのか。障害者と介助者が互いに傷つきながらも手に手を取り合ってきた現場の歴史をたどりながら、介助と社会の未来に向けて」([2]帯)論考する。特筆すべきは、生々しいケア現場の視点から、介助者の障がい者に対する虐待・暴力だけでなく、障がい者の介助者に対する虐待・暴力があり、介助者も障がい害も加害者と被害者のどちらの立場にもなり得ると説く。そのなかで渡邉は、介助者と障がい者の信頼関係(相互理解と相互信頼)の回復と構築・深化を図ろうとする貪欲な姿勢と強い意志を示す。その際のキーワードは、「つながり」(他者とのつながり、社会とのつながり、自分自身とのつながり)であり、その「断絶からの回復」を強調する。そこでは、皮相浅薄な「地域共生社会」論はいとも簡単に打ち負かされる。
〇[1]と[2]のなかから、「市民福祉教育」に通底する、あるいはそれを論じる際に留意すべきであろう渡邉の論点や言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

障がい者介助の運動と労働
「介助」は2000年代に入って成立した新しい職業形態である。雇用の非正規化、フリーターの増加などが社会的に認知されはじめた時期とだいたいかぶっている。介助者は、多くの非正規労働者と同様に、その将来も不確定だし、現状も不安定である。けれども、今、この障害者介助を生業として、生活を組み立てている人が少なくない規模で存在する。([1]20、25ページ)
障害者介助には、運動という側面と、労働という側面の二つがある。これまでの障害者運動においても、その両者は互いに拮抗しあっていたように思われる。それは無償で自立生活を支えていた時代からそうであったように思う。運動が盛り上がっている時期は、支援者、介護者も大勢集まってくる。けれど、いったん盛り上がりが鎮(しず)まると、あるいは時代の流れが悪くなると、支援者たちはさーっと潮のようにひいていってしまう。すると残された者たちに介護の重労働がのしかかってくる。運動というよりも、介護の重荷ばかりが強調されるようになる。(中略)運動の裏側にはそうした介護の「シンドサ」というのがコインの裏側としてあったと思う。([1]43ページ)

地域自立生活保障と介助者・介護者研修
介助者・介護者に何らかの研修が必要だとしたら、それは、障害者の地域自立生活の保障のための研修だろう。現在のところ介護福祉士の講師陣には地域自立生活の保障に関わっている人はほとんどいない。研修課程の中にも地域自立生活のことはほとんど含まれていない。
私たちに必要なのは、現在地域生活が難しいとされる重度の知的障害者、身体障害者、難病者、精神障害者などが、いかに地域生活を実現・継続していけるか、についての研修だろう。
あるいは、そのうち施設送りになりそうな障害者、高齢者がいかに地域で暮らし続けていけるか、それを学んでいくことが必要だろう。施設で研修して、施設でのケアを学び、そして施設を守るための研修だったら、それはいらない。([1]338ページ)

「つながり」をつくる
おそらく、自立生活運動は今分岐点に来ている。これまで自立生活、当事者主権ということで、運動が強く推進されてきたけど、現場では、むしろポスト自立の問題がテーマとなっている。施設や親元を出る、それは確かに自立である。けれど、その先に何が待っているのか、どのような人間関係、そして社会が待っているのか。現在、「無縁社会」、「孤立」が社会問題となっている時代である(さらに手のかかる患者などは病院から在宅への追い出しがはじまっている)。人とのつながりをいかにつくっていくかが新しい時代のテーマだろう。
自立は、「~出る」ということだけが至上の価値ではない。やはり「出てその先~」を求めて出るのである。その先の関係こそが自立の内実を決めていく。([1]414~415ページ)

支援とつながりの模索
入所施設にいる知的障害者たちとつながるということは、残念ながらぼくらもいまだにほとんどできていない。けれども、せめて入所施設に入らないための支援に尽力するということが、ぼくらにとっては目の前の課題である。施設関係者や施設入所者の家族は、ぜひ本人の地域生活の可能性を模索してほしい。地域が頼りないのなら、その地域を頼りあるものにする提言をしてほしい。そして地域生活支援に関わる人たちは、ぜひぎりぎりの状況にある当事者や家族が「入所施設しかない」と思うことがないよう、支援を模索していってほしい。それらはつながりを取り戻す模索であり、またつながりを断たないための模索でもある。([2]24ページ)

障がい者の被害と加害
「加害」とどう向き合い、どう対処していくかは、障害者の地域生活支援に取り組む上でとても重要なテーマだ。加害に及ぶから、あるいは加害に及びやすいから、自分たちの団体や地域から排除して、施設や精神病院にいってもらおうとするとすれば、それはあまりに安直だろう。少なくともそれは、インクルーシブ社会を目指す態度ではないと思う。そして、そういう拒絶的な態度こそが、さらにその人の攻撃性を強めることだって十分に考えられるのだ。
他者を排除しやすい社会は加害者を生みやすいし、当然同時に被害者を生みやすい。私たちがインクルーシブ社会、誰しも排除されない社会、誰しもが尊厳とつながりを奪われることのない社会というものを目指すのだとすれば、誰にも被害を被(こうむ)らせないことと、誰にも加害に及ばせないこととは同時に考えていかないといけないように思う。自分たちに危害を加えかねない人をも、インクルーシブ社会の包摂の対象と考えていく、一面で大変苦しく胆力(たんりょく。ものに恐れず臆せぬ気力)のいる作業でもある。([2]74~75ページ)

障がい者と介助者の痛み
街の中で、障害者が人から奇異な目で見られる、無視される、さまざまなところにアクセスできない、そういう環境に置かれて、毎日のように障害者自身が傷を負わざるをえないのがまだまだこの社会の現状だろう。その傷が、障害者の目の前にいる介助者にある程度転化していくのもある意味では受け止めざるをえない。この場合、障害者、介助者双方に傷を負わせているのは、この地域社会の責任だろう。長い目で見るならば、障害者に深い傷を負わせているこの社会の差別的なあり方こそ、改善されていかないといけないはずだ。だから、障害者としても目の前にいる介助者に都合よく痛みを転化し、留飲(りゅういん)を下げる(不平や不満を晴らして心を落ち着かせる)だけでは、決して深い傷の要因が取り除かれることはないだろうし、また介助者としても、単にキレやすいめんどくさい障害者と見るだけでも問題は解決されないだろう。([2]101ページ)

当事者同士による熟議
今もしそれぞれの生活が切り崩されており、それぞれなりのしんどさを抱えている時代状況なのだとしたら、そして、その中で相互のつながりを模索し、ともに生きていこうとするのだとしたら、「双方の関係のなかで詰めあっていく努力をして、それぞれの立場の違いを自覚した上で、双方がお互いの生活をみあっていくという関係が無いかぎり、お互いに認め合った関係」は成立しえないだろう。
当事者主体、当事者主権という主張が一方にあり、それによって自立生活運動等は進展してきた。その主張がある一定段階に達したとしたら、それぞれのニーズや立場の異なる当事者同士による相互の詰め合いの努力が今後不可欠となってくると思われる。それはおそらく「熟議デモクラシー」という言葉で指し示されている事態とも通底しているだろう。自立や自己決定は、当事者個人や当事者団体の主張に収斂(しゅうれん。一つに集約すること)されるものでもなく、次いで「熟議」を呼び起こしていくものだろう。([2]213ページ)

「共に生きる」可能性と希望
「殺すぞぉ!」「出てけぇ」は、障害のある人たちの生得的な攻撃性を示したものではなく、ある状況下におかれたら障害者、健常者関係なく、人間として普通の反応なのだ。([2]363ページ)
見えざる暴力の暴力性を認識しそれと対決しつつ、その暴力に苛(さいな)まれふりまわされている人々に手を差し伸べ、「共に生きる」姿勢を示し続けること、少なくともじっとそばに居続けること、あるいはその社会的暴力を察知しつつその暴力が発現しにくい環境をつくっていくこと、そのためにはきれいごとではすまされない人間のおぞましい側面とも向き合う忍耐や深い洞察が必要となるけれども、そうしたことが「共に生きる」社会をめざすうえで必要な態度なのであろう。
奪われた「つながり」を取り戻すことはもちろん安易なことではない。当事者、支援者双方ともに苦難の道を歩まないといけないだろう。その途上において深い断絶や絶望、激しい感情を感じることもしばしばあるだろう。(中略)私たちはひとりぼっちではない。つながりを取り戻す可能性は開かれているのだろう。([2]364ページ)

〇例によって唐突であるが、[1]と[2]から再確認・再認識したことについて、これまでとは異なる文体(文章のスタイル)で本稿を結ぶことにする。

「ふくし」の共働と共創
すべての住民が多様なかかわりのなかで/豊かに快適にそれぞれを生きる/その場が地域・社会であり/そのための労働や活動・運動が「ふくし」である。
福祉が福祉を閉じるとき/地域が福祉を拒むとき/「ふくし」は霧消する。
地域が地域を開くとき/地域が福祉を解するとき/「ふくし」を志向する。
福祉と地域が互いにつながるとき/地域と福祉が互いを包み込むとき/ひとつの土俵のうえで/相互理解に基づく相互支援と相互実現が図られ/「ふくし」が共創される。

「つながり」の熱意と誠意
障がい者に対する一方的な「思いやり」や「善意」の押し付けではなく/厳しい福祉現場で“働く”介助者の「つながり」への一途な願いや祈りに触れるとき/強い“熱意”と真の“誠意”があることを思い知らされる/そこには口当たりのよい言葉は不要である/そこに至難の「地域共生社会」への志向性を見る。

付記(1)

付記(2)
「ふくし」の意味することについて、原田正樹(日本福祉大学)は次のように述べている。「共生文化を創出していくことができる力のことを『共に生きる力』という。これが福祉教育の目標である。/そしてそのことを子ども達にもわかるように、福祉教育実践の先人たちは、福祉を『ふだんのくらしのしあわせ』として、メッセージを込めた。/『ふくし』の主体は、私自身である」(逗子市社協 福祉教育チーム企画・編集『みんなが「ともに生きる」福祉教育の12年~逗子での12年の実績を踏まえて~』逗子市社協、2015年8月、101ページ)。
筆者(阪野)が平仮名の「ふくし」(ふだんの・くらしの・しあわせ)という言葉を使い始めたのは、1990年代中頃から2000年前後にかけての時期であろうか。その直接的なきっかけは、茨城県社協主催の福祉教育セミナー(1994年2月、1998年1月、2000年1月、2001年1月)に参加したことにある。そこで学んだのは、「ふくし」=「普通の・暮らしの・幸せ」(=「ノーマライゼーション」)であった。
今年も、「ふくし」と「まちづくり」「市民福祉教育」について探究する “旅“ が続く。その歩みは、確実にスローダウンしているが‥‥‥。

追記

こころに地図を描こう

きみは こころにどんな地図を描こうとしているのだろうか
きみは どんな希望や夢を持っているのだろうか
きみは どんなことをしたいと強く願っているのだろうか

おもいの叶わぬこともあるだろう
失敗することもあるだろう
受け入れられないこともあるだろう

だから やめろっていうのかい
だから あきらめろっていうのかい
だからって どうだっていうんだい 
あらがい さからい 悩み苦しむ

信じることに 生きたい
叶うために 生きたい
挑むことに 生きたい

きみが挑むのは 
己(おのれ)の夢への たゆまぬ誠意と努力
きみが挑むのは
己の 時に 逃げと虚勢の克服
きみが挑むのは
己の 青春の苦悩と挫折を越える自分史づくり

おもいの強さが きみを明日へと突き動かす
希望の大きさが きみが生きる活力を与える
行動こそが きみ自身となる

その成長を 軌跡に残す 
そこに きみのこころの地図が表われる
そこには 支え励ます人が 必ず表われる
こころの地図を 共に描く人かも知れない

あきらめず ただあきらめず 
ひたすら希望に向かって歩く
その胆力を 鍛えよ

※胆力(たんりょく):ものに恐れずおくしない気力。度胸。

〔2020年1月1日書き下ろし。学歴社会に立ち向かう若者たちへのメッセージ〕

市民福祉教育研究所/2019年のブログ/年間レポート

市民福祉教育研究所/2019年のブログ/年間レポート 

統計情報
2019年にこのブログは27,123回表示され、訪問者は14,499人を数えました。

2019年には206件の新しい投稿が追加され、「まちづくりと市民福祉教育」34件、「ディスカッションルーム」80件、「雑感」98件、「研究者報告」2件、「鳥居一頼の世語り」169件、「ブックレット」3件、合計で386件になりました。

検索キーワードと表示回数は、「不明な検索キーワード」4,576回、「大橋謙策」45回、「ボランティア拒否宣言」33回、「対話する社会へ 小論文」25回、「プレディクタプル」25回、「協働 共働 違い」21回、「対話する社会へ 要約」20回、「二項対立」17回、「鳥居一頼」15回、「市民福祉教育研究所」15回等を数えました。

2019年には、「雑感」中の「鳥居一頼のサロン(1)~(9)」(2018年10月8日~2109年8月4日)を受けて、「鳥居一頼研究室」(2019年7月17日~2019年10月21日)、「鳥居一頼の世語り」(2019年10月22日~)を新設しました。

2012年6月25日にこのブログを開設して以来、2019年12月31日現在で163,295回表示されました。

注目記事
以下は、2019年に最もよく読まれた投稿です。末尾の数字は表示数です。
(1)大橋謙策「地域福祉実践の神髄―福祉教育・ニーズ対応型福祉サービスの開発・コミュニティソーシャルワーク―」/2018年4月4日/1,332回
(2)二項対立の思考:「分かりやすさ」の罠―仲正昌樹を再読する―/2017年12月25日/957回
(3)プレディクタブルな人、その協調性と独立性:もう一つの考え方―長谷川眞理子・山岸俊男著『きずなと思いやりが日本をダメにする』の読後メモ―/2017年4月12日/685回
(4)協働と共働/2013年9月16日/658回
(5))“いまどきの年寄り”が「老人クラブ」に学ぶ―機能としての、もうひとつの福祉教育―/2017年5月4日/657回
(6)「ボランティア拒否宣言」(1986年)再考:ボランティア活動は主体的・自律的で相互実現を図る活動である―資料紹介―/2018年10月6日/639回
(7)問題解決学習と“はいまわる経験主義”―資料紹介―/2014年4月11日/581回
(8)「滅私奉公」と「活私開公」―資料紹介―/2014年12月12日/557回
(9)ソーシャルキャピタルと市民福祉教育/2012月8月21日/487回
(10)地域福祉推進の基本的視点―福祉教育実践の内容と方法を考えるために―/2013年6月22日/478回

以下は、2019年に最もよく読まれた鳥居一頼の論稿です。末尾の数字は表示数です。
(1)鳥居一頼のサロン(1):ボランティアという世界を生きて―いま、災害ボランティアについて思う―/2018年10月8日/338回
(2)鳥居一頼のサロン(5):「義理を果たす」「原則論の正体」/2019年6月19日/44回
(3)鳥居一頼「ステレオタイプ化された貧しい福祉意識からの脱却~授業『めだかのめぐ』で覚醒した藤女子大の学生たち~」/2019年8月9日/39回
(4)鳥居一頼のサロン(9):「書く」/2019年8月4日/20回
(5)鳥居一頼のサロン(2):新潟県聖籠町に集いし“スマイル”の仲間たち/2019年4月20日/18回
(6)鳥居一頼のサロン(3):「助かるわ」/2019年4月20日/18回
(7)鳥居一頼のサロン(7):「The End of JAPAN」/2019年7月8日/18回
(8)鳥居一頼のサロン(6):「国道12号線」/2019年7月2日/16回
(9)鹿角レポート/2019年12月6日/14回
(10)腰痛と整骨院/2019年9月15日/14回

読者の所在地
読者の所在地は、合計35ヶ国、( )内は表示数です。
人気の国は、日本(26,588回)、アメリカ合衆国(258回)、大韓民国(136回)、香港(42回)、台湾(13回)、イギリス(12回)、カナダ(8回)、中国(6回)、スイス(6回)、ベトナム(6回)等です。

備考
このウェブサイトは、2020年1月1日以降、市民福祉教育研究所の主宰者・阪野貢(市民福祉教育、まちづくり)、共宰者・田村禎章(福祉教育、地域福祉)、鳥居一頼(地域福祉、学校教育)、三ツ石行宏(福祉教育史、地域福祉)、協力者・村上進によって運営・管理されています。

この子らに

この子らのつぶらな瞳が 曇らぬよう
世の中のあしきことを 吹き飛ばしたい
この子らのあふれる笑顔が 引きつらぬよう
世の中のあしき人を 改心させたい
この子らの育ちゆく道が 健やかなるよう
世の中のあしき心を 押しのけたい
この子らの夢ある未来が 揺らがぬよう
世の中のあしき仕組みを 変えていきたい

この子らが 生きる喜びを 豊かに感じるように
世の大人よ あしきものは 体を張って取り除こう
この子らが 生きる希望を 強く抱くように
世の大人よ 最善の努力を 惜しむことなかれ

ハグしてくれる子らの無垢なこころにうつる 世の正義が問われている
ハグしてくれる子らの澄んだ瞳にうつる 己の人生が問われている
この子らは 世の光 人類の希望 宇宙の一命
この子らこそは すべての大人が生きる存在理由

新しい年は この子らのためにあってほしい
新しい年に まだ生きながらえる者たちよ
いのちを張って 子どもらを護ろう
その気概を 今の世に満たさねば あの世には容易に旅立てぬ
いのちを張って 子どもらを慈しもう
その気概を 今の世に満たしてこそ 人生の価値が決まると心得よ

〔2019年12月29日書き下ろし。この子らにまとわりつきたいくらい可愛いとおもう、老いる自分にハッとします。この子らにこそよい年になることを切に願っています〕

民よ 世に恥じることなく誇り高く生きよう

たび重なる国家の不祥事 戦争へとつながる道は 今年も続く
身も心も寒々させる つまらぬ者たちが 偉そうにひしめきうごめく
世の中は 官も企業も私利私欲の悪しき塊表出し とどまることを知らない
世も末路 思うがままに掟を変える政(まつりごと) 取り巻きたちが支え預かる
にべもなく 強い者にまかれし民は ひたすら堪え忍ぶ
恥ずかしさを とうの昔に忘れし者たちは 今年も厚顔無恥をさらけだす
次代を生きる子らを 「身の丈 端境期」と残酷に貶(おとし)め 平気で裏切る
涙痕(るいこん)の乾かぬうちの災害も 人災にして民は何度も泣かされる
この国のかたちのデザイン定まらぬ その場しのぎの風見鶏
唱えし言葉は いつもの乾いた口調 仁政の一欠片(ひとかけら)も感じない
ならば民よ 仁愛をいまこそ広げよう
悔いるべきは この国を無能な輩に任せた大罪
誇るべきは 痛みを分かち合う情愛を いまだ民は失っていないこと
超えるべきは この国に蔓延する若者たちの政への無関心と無気力
理不尽な目に遭うのは若者世代 若者よ いまを明日を直視せよ
躊躇(ためら)わず なすべきことに気づき考えよう そしてトライしてみよう
覚醒せよ 民よ いまのままで本当にいいのか 次代の子らを考えよう
苦渋を味わい尽くした民の 世直しの底力を 次代の子らに見せていこう
いま道を間違い 次代に遺恨を抱かす愚かなことだけは 決してしてはならない
気概ある生き方を次代に見せてこそ 我が人生を生きることにならないか
世に生を受け 倖せを手にするためには 一人ひとり果たすべきことがある
憂(うれ)えし世の暗雲を裂いて 誇り高き民として世直しの光を浴びよ 

〔2019年12月29日書き下ろし。かくありたいとおもう民のひとりです〕

指切りげんまん

♪ 指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます
約束を守る誓いの おまじない
いまも 子どもたちは楽しそうにしています
約束を守らず 嘘をついたら
指を切ります
げんまんは拳万だから 拳(こぶし)で1万回殴ります
さらに裁縫針を千本飲ませます
約束をたがえれば これだけの罰を与えます
だから 守ってください
決して嘘ついちゃなりません
そう唱えて 約束を確かめ合う 
かなり 厳しいおまじない

♪ 指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます
指を切るのは
室町幕府が 永正9(1512)年に定めた
『撰銭令(えりぜにれい)』の条例に違反した者は
「男は頸(くび)をきり女は指をきらるべし」との
刑罰から始まったという
それが 男女が愛情の不変を誓い合う証にかわり
遊女が客に 小指を切って渡したという
ヤクザが 不義理で指詰めするのは この風習を真似たのだろう
約束や信義をないがしろにする者は
こんなにひどい罰が当たるのですよ
だから 決して破ってはなりません

♪ 指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます
子どものたわいないおまじない
こんなに深い意味がありました
子どもの世界のことではなかった 指切りげんまん
大人は平気で嘘ついて 
指を切られて
1万回殴られて
針千本のまされる
そんな覚悟のないままに
平気で 約束破ります

♪ 指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます
はじめからできぬ約束 
壮言大語(そうげんだいご)で はぐらかす
バレたら 誤魔化すつまらぬ言い訳
誰とも指切りしてません
バレたら 得意の証拠隠滅 早技披露
誰とも指切りしてません
バレたら 丁寧に説明しますのお約束 
一体誰と指切りしたのか わからない
だから ずっとオウム返しのままで許された

♪ 指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます
大人の醜(みにく)い不正義を
誰か咎(とが)めてくれるまで
唱え続けます このおまじない
大人の許しがたい理不尽を
誰か諭(さと)してくれるまで
唱え続けます このおまじない
大人のさもしい根性を
誰か鍛え直してくれるまで
唱え続けます このおまじない

♪ 指切りげんまん 嘘ついたら針千本の~ます

〔2019年12月28日書き下ろし。シュプレヒコールにしてみると不気味ですね〕

食い物

食べ物は 生き物がそのいのちを維持するに
必要な他のいのちをいただくこと
食べ物は 生き物が生きるために
必要な最小限の他のいのちを奪うこと
いま食べ物は 冷凍庫で何ヶ月も保存された
だから いのちを維持することに汲々としなくなった
食べ物が 満ち足りて食べ飽きた
だから 他のいのちを捨てることに罪の意識はなくなった
もったいないというおもいの行動は 時には罪に問われた

食い物は 食べ物ではない
欲望を満たす 別物である
食い物は 食い物にするための
欲望の塊が なければならない
食い物は そうとは気づかれぬように
薄笑いを浮かべながら 喰らわねばならない
地位 金 情報 人脈 
そして 権力

食い物には 不思議な匂いがする
喰らう者たちは 匂いをかぎ分け集(たか)ってくる
食い物には 魅惑的な毒がある 
喰らう者たちは 中毒症状を自覚できない
食い物には 食物連鎖ができる
喰らう者たちは 争奪戦で生き残りを賭ける

水面下で 分け前を奪い合い
判断を誤らぬよう 果敢に戦う 
露見すると 適時応分に処理される
運悪く世間が許さねば
喰らった者への 社会的制裁が待っている

誰が暴いたのか
なぜ暴いたのか
最後に食い物にされたのは誰なのか
喰らった者が 正直に事の真相を吐かない限り
いつもの醜聞で済まされる

だから 
生き残った者たちは 笑いながら 
この世と人心を食い物にして いまを生きる

〔2019年12月27日書き下ろし。ただただ、おぞましい世の中です〕

20349

1999年 約2000
2008年 7878
2019年 20349
たった20年で 10倍強
何の数字か知って びっくり

地元産業の衰退などで 現役世代の流出が続き
過疎化がより進んで 人口の半数以上が高齢者
地域の衰退 歯止めがかからず
やがて消え去る限界集落
4月の総務・国交両省の調査から分かった
20349の限界集落

手の施しようのない事態です
手をこまねいてばかりではいられない
手の内 見抜かれないように その場しのぎの 施策を立てた
手のかからぬように 手抜きして
手を尽くしたように 見せかけて
最後は手のひら返して 地元の責任と突き放す

いまもまだ 
その地に 民は暮らし続けているのです
その地で 民は生きる覚悟をしたのです   
だから その地は 民の終の住処となりました

地域が 縮んでいます
地域が 荒廃していくのです
地域が 静かに山野と化していきます

〔2019年12月26日書き下ろし。ビックリしました。日本全国津々浦々でいま起こっている事態です。限界集落化は加速していくでしょう〕

闇夜に走れ

潔白です
身に覚えはありません
嘘でしょ
なんで? わかんない
してません
関係ありません
見たことありません
会ったことありません
行ったことありません
言ったこともありません
使ったことありません
何ももらっていません
ただ呼ばれて話しただけです
ただ一緒に飯を食っただけです
合意の上です 問題ありません
誤解があれば撤回します
誰かにおとしめられました
誰かにはめられました
誰かにちくられました
ふざけんじゃないよ!
最後はぶち切れます

身の潔白を主張した者たちよ
みんな ぶつからぬよう
闇夜に走れ!

身の安全をはかる者たちよ
みんな 転ばぬように
闇夜に走れ!

身の丈を超えた者たちよ
みんな バレぬように
闇夜に走れ!

〔2019年12月26日書き下ろし。何事もこのまんま闇に葬られていくのですか?〕