阪野 貢 のすべての投稿

拠り所(その1) 休み処

尼崎で 数年住み暮らした
単身赴任 体裁のいいことばだ
私は 出稼ぎしていた

徒歩6分 裏のスーパーに よく買い物に出かけた
木造2階屋の 古い文化住宅の前を抜ける
その玄関口の 駐車スペースの脇に
ベンチが 据え置かれていた
「どうぞお休み下さい」と 立て看があった 

スーパーからの帰り道 ベンチに老女が二人 腰掛けていた
店から 200メートルほどの距離は
買い物帰りに 一休みするには ちょうどいい
荷物はかたわらにおいて しゃべり惚けている

ただベンチを置いて 庭先を開放しただけで
小さな拠り所が 生まれた
やれコミュニティづくりだ やれまちづくりだと 
大見得切って 声高に 叫ぶより
庭先で充分 その働きをしている
年寄りが 寄り添い生きるマチって
庭先に 小さな拠り所があるマチなんだと 気づかされた

おしゃべりできるところ すべてがコミュニティ
尼崎のおばちゃんは 飴玉もって
普段着のベンチ・ネットワーカーだった
 
〔2019年9月6日書き下ろし。まちのふれあいサロンの数も大事だけれど、世間のつなぎ直しは、一脚のベンチから始まるのかも知れない〕

腰痛と整骨院

腰の痛みは 1ヶ月近く続いた
あまりの痛みに ようやく整形外科の専門医の診察を受けた
レントゲン MRI 骨密度検査 最後に血液検査
MRIと骨密度検査は 任意であるが この際チェックを希望する
腰と骨のチェックから 病名が判明
1ヶ月の痛み止めが処方され 3ヶ月のリハビリが必要と診断された
初診料2,820円 検査費用13,310円 画像診断19,860円
その他併せて37,080円で 負担額3割11,120円
プラス 痛み止めの薬代 4,690円 負担額1,410円
合計41,770円の内 約3万円が医療保険からの支出となった

1週間後 電気と温湿布を10分ずつ施術された後
理学療法士から リハビリ計画作成のデータとして 20分間問診と機能チェックを受け 
20分間 簡単にできる丸棒を使った 日常的なストレッチなどを習う
4,480円(負担額1,340円)のうち 
計画作成のチェック(20分間)経費3,700円を 
1時間に換算すると なんと11,100円!
ちなみに 三大都市圏(首都圏・東海・関西)のアルバイトの平均時給は 1,044円
近くのホームセンターで 木工用材料の60㌢の丸棒を 350円で購入する
その週3日間 針で刺すような神経痛的な痛みが 襲い寝込む

次週 痛みが和らいだところで 腹にサラシを一反(いったん)巻いて 病院に行く
さっそくリハビリを受け 電気と温湿布で 5,630円 負担額1,690円
なにこれって窓口で聞いたら リハビリの計画書1枚の作成費4.850円
笑うしかなかった

病院のリハビリ室の 乾いた空気感
かったるいリハビリと称する運動も 全く性には合わなかった
会話も事務的 電極の取り付けも マニュアル通りに患部にセット 
まるで 流れ作業のような冷めた雰囲気だった
こんな調子の 週1回のリハビリの効果を 悠長に待ってはいられない
たまった仕事への焦りも 生まれていた
8年前に通った整骨院に 病院の帰り立ち寄って 予約を入れた
帰宅後 横になるしかなかった

翌日 午後から整骨院に行った
院長と 病状と治療方法について話し合った
確かに難しい病気であることは 間違えなかった
できる限りやりましょうと 心強い言葉をもらった
話をしながら 患部への施術方法について 事細かく説明し
さらには 患部の周辺まで範囲を広げ 電極をあてる
その後 軽いモミに入る
心地よさを久しぶりに味わう 40分の治療を終えた
負担額1,160円 初診料込みである
次回(680円だった)からは もっと安くなるという
その場で 2週間分の予約を入れた
だから 帰宅後すぐに 病院のリハビリ予約をキャンセルした

問題は この後である
病院で2週間も経って ただ薬を飲むだけの生活では 何の改善もなかった 
いま施術後5時間ほど経過し 座ってパソコンに向かっている 
この原稿を打つ作業が 小1時間にもなる 
突然立ち上がっても 痛みがなくスクッと立ち上がることが出来るのだ
いままで 腰を屈めて立ち上がり 痛む腰に手を当てながら伸ばしてきた
その動作が 改善されたことだけでも なんと嬉しいことか

病院で 詳しい検査結果を聞くのは 初診から1ヶ月後に予約されていた
とても流行っている 評判のいい病院だというが 
ドクターとは 1度しか会ってはいない
それも10分程度だろうか 
権威のある専門医の診断を仰いだのだから その指示に従えばよい
そう思い込むのも 人それぞれだ

なぜか 治療は 血の通った人間同士が行うもの
治癒に向けて協働するには 信頼を構築するか否かが 鍵となる
たとえ 快復まで同じ時間がかかろうが
年金暮らしには 厳しい倍の経費がかかろうが 
信じることから始めたい
緻密な検査や診断は 病院の権威に依存するとしても
その後の治療は 整骨院を選ぶことに 躊躇はない

整骨院を 選択した理由
多くの患者の身体に触れてきた 臨床の経験値と 
痛みに対処した ベテランの確かな施術の質と量
使命感をもって挑む 仕事への熱意と適切なアドバイス
治癒に向けて 患者と協働するという強い意志
そして 患者の痛みに添う 人間くささがあること 
そこに 尽きる 

〔2019年9月10日書き下ろし。腰痛が改善しない。病気になっても病人ではいたくはない。専門医の診断と整骨院の治療の併用で乗り越えたいという切なる願い。そして少しでも医療保険の負担軽減をと、高齢者の小さなおもいやり?〕

付記
三大都市圏(首都圏・東海・関西)の平均時給は 1,044円
株式会社リクルートジョブズの調査研究機関「ジョブズリサーチセンター」が、2019年3月度の「アルバイト・パート募集時平均時給調査」をまとめた。
3月度平均時給は前年同月より26円増加の1,044円、増減率+2.5%となった。職種別では「事務系」(前年同月比増減額+40円、増減率+3.8%)、「販売・サービス系」(同+31円、+3.0%)、「製造・物流・清掃系」(同+27円、+2.6%)、「フード系」(同+21円、+2.1%)など全職種で前年同月比プラスとなった。前月比は「専門職系」(前月比増減額+4円、増減率+0.3%)、「販売・サービス系」(同+2円、+0.2%)など3職種でプラスとなった。
(株式会社リクルートジョブズHPより)

「仕事」(カイシャ)と「世間」(ムラ):日本社会のしくみと生き方に関するワンポイントメモ―小熊英二を読む―

「阪野さんはヨソから来た人だよね。何の仕事をしてるんですか?」「教員です」「いまどきの教員って大変なんだろ。小学校?、中学校?」「大学です」「どこの大学かね?」「〇〇大学です」「ああ、そうかね?」(専門・専攻を訊いてよ‥‥‥)。
「石原(仮名)さんは地元の方ですよね。お仕事は?」「△△会社をやっている」「社長さんですか?」「まあ」「社長さんってすごいですね」「世間との昔ながらの付き合いもあって大変だよ」「そうなんですか?」(「世間」と「空気」か‥‥‥)。

〇筆者(阪野)が地元での地域・福祉活動に関わった当初の、住民との会話のひとコマである。ヨソ者であり定時制市民でもあった筆者に対する地元住民の問いは、「仕事」(業種・帰属集団)であった。それに続く住民の話は必ず、「世間」(地域・関係性)に関することども(世間話)になった。その際には、その「場」の「空気」(判断基準)を読むことが求められた。それはいまも変わらない。
〇筆者の手もとに、小熊英二(慶應義塾大学教授、歴史社会学者)の新刊本が3冊ある(しかない)。(1)『日本社会のしくみ―雇用・教育・福祉の歴史社会学―』(講談社、2019年7月。以下[1])、(2)『地域をまわって考えたこと』(東京書籍、2019年6月。以下[2])、(3)『私たちの国で起きていること―朝日新聞時評集―』(朝日新聞出版、2019年4月。以下[3])がそれである。
〇[1]は、「日本型雇用」慣行(システム)がどのように形成されてきたかを軸に、日本社会で人々を規定している暗黙のルールすなわち「慣習の束」(「しくみ」)を解明(抽出)したものである。小熊にあっては、「日本社会のしくみ」を構成する原理の重要な要素は、①何を学んだかが重要でない学歴重視(学校名の重視)、②ひとつの組織での勤続年数の重視(他企業での職業経験の軽視)、である(6~7ページ)。[1]は、「日本社会の構成原理を学際的に探究した」点において、広義の「日本論」(日本型雇用慣行の形成史に基づく日本社会論)でもある(15ページ)。
〇[1]における言説の要点のひとつをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

日本社会の「三つの生き方」―「大企業型」「地元型」「残余型」―
現代日本での生き方は、「大企業型」「地元型」「残余型」の三つの類型(モデル・理念型)に分けられる。
「大企業型」とは、大学を出て大企業や官庁に雇われ、「正社員・終身雇用」の人生をすごす人たちと、その家族である。
「大企業型」は、所得は比較的に多い。しかし「労働時間が長い」「転勤が多い」「保育所が足りない」「政治から疎外されている」といった不満を持ちやすい。
「地元型」とは、地元から離れない生き方である。地元の中学や高校に行ったあと、職業に就く。その職業は、農業、自営業、地方公務員、建設業、地場産業など、その地方にあるものになる。
「地元型」は、収入はそれほど多くなかったりするが、地域の人間関係が豊かで、家族に囲まれて生きていける。政治も身近である(政治や行政が地域住民としてまず念頭に置くのは、この類型の人々である)。問題なのは、過疎化や高齢化、地域に高賃金の職が少ないことなどである。(21~22、25ページ)
「残余型」とは、所得は低く、地域につながりもなく、高齢になっても持ち家がなく、年金は少ない。いわば、「大企業型」と「地元型」のマイナス面を集めたような類型である。その象徴は都市部の非正規労働者である。現代の日本社会の問題は、「大企業型」と「地元型」の格差だけではない。より大きな問題は、「残余型」が増えてきたことである。(32ページ)
三類型の比率は、「大企業型」が26%、「地元型」が36%、「残余型」が38%と推定される。「地元型」に多い自営業の減少により非正規雇用は増えているが、正規労働者の数はさほど減少していない。大企業の雇用慣行が「企業」と「地域」という類型をつくり、日本社会の構造を規定している。(40~41、45、86ページ)

〇[2]は、移住希望者向けの雑誌『TURNS』の連載記事をベースに加筆したものである。小熊にあっては、「地域」を知るための視点として、①市区町村は行政の単位であって地域の単位ではない。②市区町村は行政の範囲であって経済の範囲ではない。③地域の集合意識(有無や強弱)は地形と関連している。④集合意識の範囲の指標のひとつは神社(祭り)と小学校区である。⑤人は単なる個人ではなく社会関係の結節点である、などが重要となる(7~18ページ)。[2]は、戦後日本の地域の歴史性について考え、持続可能な地域を構築するための今後の方向性を探究する本である。
〇[2]における言説の要点のひとつをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

地域振興の目標―「他から必要とされる地域」と「持続可能で人権が守られる地域」―
地域振興を図るに際して、「かつての賑わいを取り戻す」という発想には限界があり、非現実的である。地域振興の目標は、基本的には地域住民が決めるしかないが、「他から必要とされる地域」および「持続可能で人権が守られる地域」という目標の立て方がありうる。(170、171ページ)
「他から必要とされる地域」については、改めてその地域にある資源を点検・見直し、それが外部から求められるような流れを作っていくことによって新たな賑わいを生み出すしかない。ただ、他の地域で成功したモデルを模倣しても成功しないことが多い。環境の変化に即した、その地域ならではのモデルをそれぞれ構想するしかない。(171、172ページ)
「持続可能で人権が守られる地域」については、人口減少が進むなかで、人口構成のバランスを維持するために若い世代や移住者を呼び込む。行政の仕事や(福祉)施設運営などをNPOに委託したり、農業や自営業、伝統産業の振興を図るなど、移住者が「長いスパンで働けるところを、地道に作っていく」(76ページ)。その際、「かつての賑わいを取り戻す」という目標の立て方ではなく、地域・住民の「健康で文化的な生活」(人権)を守ることを地域の維持や振興の目標とすることが重要となる。そこに求められるのは、チャレンジ精神(「やってみなければわからない」)と愛着(「それが好きだ」)である(177、182ページ)。

〇[3]は、2011年4月から2019年3月にかけて朝日新聞に連載された「論壇時評」を編集したものである。小熊にあっては、「個別の事象の向こう側にある社会の変動をみつめ、その変動の表れとしてそれぞれの事象を位置づけるように努め」る。「その変動とは、人々の個人化が進み、関係の安定性が減少していく流れである」(4ページ)。[3]では、①「社会の変動という、世界に普遍的な傾向が、日本でどう表れているか」、②「戦後の日本で形成された『国のかたち』がどのように揺らいでいるか、次の時代の新しい合意がどのように作られうるか」、という二つの関心が通奏低音(つうそうていおん。底流に流れる考え・主張)となっている(6ページ)。
〇[3]における言説の要点のひとつをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

分断社会・ニッポン―「第一の国民」と「第二の国民」―
現代日本は「二つの国民」に分断されている。「第一の国民」は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの「正社員」「正会員」とその家族である。「第二の国民」は、それらの組織に所属していない「非正規」の人々である。(218ページ)
「非正規」の人々は所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。「第二の国民」が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない。その理由は、政界もマスメディアも「第一の国民」に独占され、その内部で自己回転しているからである。(219、220ページ)
日本社会の「正社員」である「第一の国民」は、労組・町内会・業界団体などの回路で政治とつながっていた。彼らは所属する組織を通して政党に声を届け、彼らを保護する政策を実現できた。もちろん「第一の国民」の内部にも対立はあった。都市と地方、保守と革新の対立などである。55年体制時代の政党や組織は、そうした対立を代弁してきた。今も既存の政党は、組織の意向を反映して、そうした伝統的対立を演じている。報道もまた、そうした組織の動向を重視する。新聞記事の大半は政党・官庁・自治体・企業・経済団体・労組といった「組織」の動向である。一方で「どこにも所属していない人々」の姿は、犯罪や風俗の記事、コラム、官庁の統計数字などにしか現れない。(220~221ページ)
放置された「第二の国民」の声は、どのように政治につながるのか。誰が彼らを代弁するのか。この問題は、日本社会の未来を左右し、政党やメディアの存亡を左右する。(222ページ)

〇ここで、[1]との関連で、あまりにも周知のことではあるが、中根千枝(東京大学名誉教授、社会人類学者)が半世紀以上も前に上梓した『タテ社会の人間関係―単一社会の理論―』(講談社、1967年2月。以下[4])で説く「日本論」(「社会の単一性」を前提とした日本社会論)について思い起しておくことにする。[4]は、一定の社会に内在する基本原理を抽象化した「社会構造」に着目し、日本の社会構造を最も適切にはかりうるモノサシ(分析枠組み)を提出したものである(20、21ページ)。
〇[4]における言説の重要用語は、「資格と場」「ウチとヨソ」「タテとヨコ」である。その要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

日本の社会構造の特徴―「資格と場」「ウチとヨソ」「タテとヨコ」―
一定の個人からなる社会集団を構成する要因として、二つの異なる原理を設定することができる。「資格」(の共通性によるもの)と「場」(の共有によるもの)がそれである。「資格」とは、性別や年齢、学歴・地位・職業などのように、社会的個人の一定の“質”(個人的属性)をあらわすものである。「場」は、資格(個人的属性)の違いを問わず、一定の地域や所属機関(大学、会社等)などのように、一定の“枠”によって集団が構成される場合をさす。例えば、会社の経営者や技術者、大学の教授や学生というのはそれぞれ資格をあらわすが、〇〇会社の社員、△△大学の者というのは場による設定(位置づけ)である。日本社会では、「場」が社会的な集団構成や集団認識において大きな役割をもっている。(28、29、32ページ)
一体感によって養成される枠の強固さ、集団の孤立性は、同時に、枠の外にある同一資格者の間に溝をつくり、一方、枠の中にある資格の異なる者の間の距離をちぢめ、資格による同類集団の機能を麻痺させる役割をなす。すなわち、こうした社会組織にあっては、社会に安定性があればあるほど同類意識は希薄となり、一方、「ウチの者」「ヨソの者」の差別意識が正面に打ち出されてくる。日本人は仲間といっしょにグループでいるとき、他の人々に対して実に冷たい態度をとる。相手が自分たちより劣勢であると思われる場合には、特にそれが優越感に似たものとなり、「ヨソ者」に対する非礼が大っびらになるのが常である。(48、49ページ)
場の共通性によって構成された集団は、枠によって閉ざされた世界を形成し、成員のエモーショナル(感情的)な全面的参加により、一体感が醸成されて、集団として強い機能をもつようになる。これが小集団であれば、特に個々の成員を結ぶ特定の組織といったものは必要ではないが、集団が大きい場合、あるいは大きくなった場合、個々の構成員をしっかりと結びつける一定の組織が必要であり、また、力学的にも必然的に組織ができるものである。この組織は、日本のあらゆる社会集団に共通してみられ、筆者(中根)はこれを「タテ」の組織と呼ぶ。理論的に人間関係をその結びつき方の形式によって分けると、「タテ」と「ヨコ」の関係となる。親子関係や上役・部下の関係は「タテ」の関係であり、兄弟姉妹や同僚関係は「ヨコ」の関係である。日本社会に特徴的な場によって構成される集団は、資格(個人的属性)の異なる構成員を結びつける方法として、理論的にも当然「タテ」の関係となる。(70、71ページ)

〇ガタガタと揺れ動く「ポンコツ車」の現代資本主義経済に関して、改めて資本主義の「本質」を問い直し、資本主義の「倫理」を見直し、分断社会をこえる社会のあり方について考えを深めていくことが求められている(岩井克人・生源寺眞一・溝端佐登史・内田由紀子・小嶋大造著『資本主義と倫理―分断社会をこえて―』東洋経済新報社、2019年3月)。また、現代資本主義社会における都市と地方、正規雇用と非正規雇用、富裕層と貧困層、高齢者と若者、男性と女性のように、社会の「分断と格差」「対立と差別」が深刻の度を増している。
〇「分断社会・ニッポン」はどこに向かっていくのか。どのような、あるいはどうすれば分断社会への処方箋を見出せるのか。そのことを展望するために、日本社会の基底をなす構造とは何か、について考えようとしたのが本稿である。課題に対する政策的・実践的処方箋は、2011年の東日本大震災後に叫ばれた「がんばれ! ニッポン!」の一言ではすまない。しかも、その言葉は、諸刃の剣(もろはのつるぎ)になりかねない。日本には「協調性」「集団主義」というマクロ文化が存在し、「長い物には巻かれよ(ろ)」「寄らば大樹の陰」(強い権力や勢力には従う)という日本的処世術が定着している、と言われる点においてである。留意したい。

めんこいしょ

ぐずって 泣きそう 
泣き顔がはじけ 泣き声が発せられるこの一瞬
顔を崩して こぼれる涙顔
めんこいしょ

つぶらな瞳と にらめっこ
ジッと顔を見てて 泣くかなと思ったこの一瞬 
ニコッと まさかのほほえみ返し
めんこいしょ

おいでをすると ためらいがちに
ゆっくり両手を伸ばして からだを預けたこの一瞬
やわらかな 匂い立つ顔
めんこいしょ

スプーンを自分で持つと 強情(ごうじょう)はって
口のまわりに たくさん散らかすこの一瞬
してやったりと にたり顔 
めんこいしょ

ことばにならない 声を出し
指さす方に 目を向かせ
おぼしきおもちゃを 差し出すこの一瞬
いやいやと かぶりをふる不満顔
めんこいしょ

素っ裸 湯船で
お湯と戯れて おいたをするこの一瞬 
満面の笑みをうかべる 赤ら顔
めんこいしょ

めんこくて めんこくて
ただただ めんこくて
包み込まれる いのちのぬくもり
めんこくて めんこくて
ただただ ありがとう
包み込む 二人の深い慈しみ 

いのちの限り 共に歩まん
 
〔2019年9月21 日差替え版。8月29日若い友人に初めての子が生まれた。おめでとう。赤子は誰の子であっても、周りの愛情一杯のゆり籠で育ってほしい。世界を不穏な情勢にして、戦争を正当化する残忍な大人たちは、一体どんなに不幸な育て方をされたのだろうか〕

看取る

86の男が この夏 老衰で逝った
死の宣告を受けて1年半 長らえた
医師は なにかの時は電話を寄こすよう 指示した
家族も 承知して 看取られた

ここは 知的障がい者の更正施設
老男は ここで 長年暮らしていた
老人施設に移すことも 考えた
環境の大きな変化は 老男の余命を縮める
医師と家族と相談し 施設で看取ると 覚悟を決めた

障がい者施設は 介護施設ではない
それでもなお かけがいのない存在として その人の尊厳性を護りたい
その人がその人らしく 暮らし 生きて 死ぬ
当たり前の人生を ここで全うすることを 優先した

地方の施設は 慢性的な人材不足に あえいでいる
ここも 職員不足は 深刻だった
さらに 50人の居住者の高齢化は 容赦ない
それでも 看取ることを決めた
予備軍は すでに二人いる
これからも 増えていくだろう
だからいま 看取りの体制とノウハウを 学ばなければならない

障がい者の 社会的自立が重視され
施設からの地域へと 国は奨励した
地域にグループホームをつくり 収容しただけのことだった
障がい者の雇用先は 地方であればあるほど 皆無なのだ
どんな自立が あるというのか
地域環境や就労保障を 未整備なままに捨て置いて 
霞ヶ関の美しい理念が 一人歩きする

仕事もなく ホームで暇を持てあます 怠惰な日々
施設にいれば 一員としてできることもあった
老いると グループホームから 追い出されるのか
特養ホームに入ることは できるのだろうか
課題は 未解決のまま 積み上げられていくだけ
障がい者の家族も ともに老いていく
最期を 誰が看取るのか 
置いていく者 置かれていく者の 心配の種は尽きない

だから 看取りを決心した
最期まで 面倒をみることで 家族も安心した
厳しい職員体制のなか 職員の合意と協力を得なければならない
勤務内容は もっとしんどくなるはずだ
高齢者施設ではない
だから 介護するための設備はない
バリアのある暮らしに慣れているとはいえ 安全への対策には 限界がある
批判を承知で 取り組んだ
職員を 福祉人として さらには人間として成長させる
教育機会とも とらえ直した
一人体制の宿直 不安を抱えての巡視
日中は 職員の接遇が 優しさを育む

知的障がい者施設が 高齢者を抱え出しても 国は何も手当しない
介護保険のサービスを 施設が提供することはできない
デイサービスは 外部に依頼するしかない
高齢者を抱えていく 知的障がい者施設の
これからのビジョンを いま打ち立てなければ
路頭に迷う当事者と 家族が生まれる
経営の視点から 介護保険事業所を立ち上げ 
高齢者介護に対応することも 想定しなければならない
だから 職員の就労意欲を喚起し 
現場発信を尊重した 取り組みが求められる
出来ること 出来ないことを ふり分けしながら
まずは出来ることから していかなければ 前には進めない
覚悟を決めた男は そうつぶやいた

看取りは 課題提起の一里塚
看取った施設の 誇りとなった
老衰した男の葬儀は 施設でしめやかに執り行われた 

〔2019年9月5日書き下ろし。久しぶりに友に電話した。その時に出た話題、許しをもらって書いた。地方の障がい者施設の深刻な問題が包含されていた。国の施策の矛盾が提起されたのだ。施設を収容場所にしないため奮闘努力する姿を、彼の覚悟に見ていた〕

笑えない

国会議員が付けてる ブルーリボンの青バッチ
北朝鮮に拉致された人たちの 無事な帰国を願う運動の象徴
その心意気は すっかりしぼんだまま アクセサリー化した 無用なバッジ
拉致被害者を返す気などさらさらない 一切無視の金正恩北朝鮮
運動への参加を表明するだけで 何の手立ても講ぜぬままに 
老いる拉致被害者家族たちの願いは 遠のくばかり いまも叶わず
青バッチが 無意味化していく 笑えない一品

いじめは 子ども同士の問題だから
いじめ防止法は はなっから先生のことには 触れてはいない
生徒指導の一貫と称して いじめに荷担(かたん)したとしても
事実関係が 明白にされない限り 罰することは できません 
生徒指導を口実に 子どもへのいじめは 止めてください
あなたのこころ 病んでいますと訴えても その自覚が全くない
いじめのアンケート調査票 ご丁寧に破棄して 知らんぷり
直接いじめても だんまり決めて おとがめ回避
黙認されてきた 学校の内実が暴露され 
隠蔽体質が 白日にさらされたその時は
当事者抜きで 教育委員会が雁首そろえて 謝罪に臨む 
世にも不思議な社会現象
該当教員 カタチばかりの懲罰受けて 年度末
ほかの町に異動して 一件落着とは 笑えない人事

初めて 市民の福祉活動のありさまを知りました
町の福祉を 市民が主体で動かしているなんて すごいと思いました
想像すら出来なかった活動が 熱心に取り組まれているなんて 驚きです
社協主催の市民シンポジウムに参加して 覚醒された役所の福祉担当さん 
いまからでも遅くはない そこがあなたのスタートラインです 
地域丸ごと支援を進める 部署の実態ならば ただただあきれるばかり
国の制度や答申の 解釈だけに時間を潰し 
しまいに 住民主体の福祉のまちづくりだと 社協に丸なげ苦笑う
笑えない仕事ぶり

笑えない 小さな不満と憤りが 少しずつこころを冒(おか)す
かわりに 希望が 少しずつこころから追われる
あきらめと妥協が 少しずつこころを満たす
空気のように 人を介して 静かに感染し 
社会のあらゆる世界に 確実に広がる
抗(あらが)うことも できないままに 目を背(そむ)け
歪んだ笑みを 力なく浮かべるだけ
子どもも いつしか笑うことすら 忘れてしまった

そうなる 兆(きざ)しは すでにある
無力は 言い訳にはならない 
非力は 行動を起こさない自己逃避
笑顔なき社会を 未来に手渡してはならない
だから 踏みとどまって 何が出来るのかを考えよう
ひとりで 決して悩むことなかれ
きみは 決してひとりではない

〔2019年9月3日書き下ろし。政治も教育も福祉も大きな課題を抱えながらも、現場で汗する人たちがいる。その思いを打ち消す輩が笑顔を奪う。笑顔なき社会に子どもを委ねられますか?〕

付記
いじめ防止対策推進法(平成25年6月28日法律第71号)
(学校及び学校の教職員の責務)
第八条 学校及び学校の教職員は、基本理念にのっとり、当該学校に在籍する児童等の保護者、地域住民、児童相談所その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。

三つのケア

1995年2月5日 建築家のH女史と 
常呂町(現在北見市~カーリングの日本のメッカ)で
まちづくりに関わる仕事を ご一緒した

台湾生まれの彼女は 雪の北海道は初めてだった
防寒衣に身を包み
娘さんのスノトレ(雪道でも滑らぬように工夫された冬用シューズ)を借用
さらに アイゼンのような仕様の滑り止めを 千歳空港で購入して 靴に装着してきた
その夜 常呂のまちの雪祭りを 案内した
歩行に多少の難儀を感じる 彼女をエスコートして
仲間と祭りを 楽しんだ

翌朝 ホテルで朝食を ともにした
そこで 初めての雪祭りは 
とてもファンタスティックだったと 嬉しそうに語る
そこに 3つのケアがあったと 教えてくれた

ひとつは 雪祭りを楽しむための 万全の準備をしたこと
ふたつは エスコートしてくれたので 安心して歩けたこと
みっつに 自分を指さし “わたし”といって にこっと笑った

わたしが 冬の北海道を楽しもうと思わない限り
外に出るための 準備や人は不用だと

ケアの基本は 自立 
その人の そうしたいという意思を 尊重すること
多少の不便さを ひとがケアすることで 
まちはもっと やさしくなれる

外に出たいというおもいを 叶えるための “ひと環境”を 
24年後の今 どれだけ整えてきたのだろうか
まちづくりの基本も ここにあったことを
いま 思い返していた

〔2019年8月22日書き下ろし。不便さもまた、やさしさを広げる要素となる〕

香港の若者たち

9月4日 香港政府は 2月に出した「逃亡犯条例」を撤回した
「社会が前に進む出発点」という 行政長官林鄭月娥の言葉は 無力だった 
遅きに失したと 反論するも 社会が 何処に向かって進もうとするのか
そこに 高度な自治と民主化を求めた 市民との深い乖離があった 
だから 若者たちは立ち上がり 市民とともに抗議行動を起こしたのだ
事態は 政府と警察への さらなる不信感を募らせ 沈静化の目処は立たない
 
3月 1万2千人から始まった
6月 103万人 そして200万人と 市民が中心街をびっしり埋め尽くした
林鄭は 中国政府の意向をおもねるばかりで 廃案を表明しただけ
抗議デモは収まるどころか 撤回を要求し続ける
7月 香港議会に強行突入 中国政府の出先機関にも抗議した
8月 ゼネストに35万人が参加 香港国際空港を占拠 見事な戦略だった
一方広東州深圳では 武装警察官の制圧訓練が 開始されていた
18日170万人デモは平和理に終始したが 林鄭の曖昧な回答で 再びデモが激化 
香港政府本部庁舎前で衝突 警察は強制排除を強行した 
一部暴徒化したデモの取締を強化して 地下鉄の車中まで 若者を追い回し痛めつける 
不法地帯と化した映像は 世界中に配信され 震撼させた

混乱を引き起こした林鄭は 警察の武力介入を黙認し
多くの市民や社会 そして経済に 大きなダメージを与え続け
ひたすら本国の指示を待ち そして突き放された
「我々が主導したのではない 香港当局が自発的に動いた」
責任は林鄭にあると 共産党関係者がコメントしたという
傀儡(かいらい)ならではの 板挟み
バックを信じて 権力を誇示したばかりに
こじれて こじれて 収拾不能の事態を 自ら招いた
要求はさらに 政治改革の主柱 普通選挙実現へと拡大した

党政権の目的は 批判的な国民を 自由都市香港から 犯罪者として一掃することなのか
党政権の意向の反映とは 残酷な仕打ちと愚陋(ぐろう)を繰り返すことなのか
党支配とは 武器と暴力で市民の声を叩きつぶし 恐怖で服従を強いることなのか
党体制の維持とは 普通選挙権もなく 国民を隷従化(れいじゅうか)することなのか
一国二制度の下では 人としての尊厳を主張することは 許しがたきことなのか
若者たちが 香港市民が 世界に向けて 切実に訴えている声を聴こう!

憤怒の傘を広げ
自らの未来を賭けて
国家権力に 果敢に立ち向かう 統制された平和デモ
ほんの一部が暴徒化し 非難され 罵倒(ばとう)されても ひるむことなく 
高度な自治と民主化 そして自由を求め 信じる道を 突き進む 
逞(たくま)しき 若者たち
政府との対話への道程は これからが 胸突き八丁にさしかかる
いまこそ 明確なビジョンと戦略を示して 変革のエネルギーに変えて 
香港市民とともに 自由と共生への苦難の道を 切り拓いてほしい

若者らの行動に 
形骸化した 日本の民主主義の残滓(ざんし)が 
オーバーラップした  

〔2019年9月6日書き下ろし。混迷続く香港。自治と民主化を求めて果敢に立ち向かう若者たちに強く惹かれるのはなぜか。民主主義を多数決に置換した日本のいまに危機感を覚えるからか。自由とはなにか、民主主義とは何かを提起する、香港の市民運動に注視〕

付記
香港の条例改正案撤回 事態収拾にはまだ足らぬ
香港の林鄭月娥行政長官が中国への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回を正式に表明した。民主派は「遅すぎる」と批判し、事態収拾の行方は不透明だ。
長引く混乱は国際金融都市の経済にも打撃を与えている。林鄭氏はさらなる譲歩も考慮すべきだ。林鄭氏は6月に大規模デモが続いた後、改正案の事実上の廃案を表明したが、正式な撤回表明には応じなかった。その後も週末ごとにデモが行われ、8月には香港国際空港が占拠されてマヒする事態も起きた。
警察は催涙ガスやゴム弾を使って取り締まりを強化し、1000人以上が拘束された。デモ隊の一部は火炎瓶などで対抗し、警察とデモ隊の双方に負傷者が出ている。
撤回表明は約3カ月に及ぶ混乱を収束させる狙いだろうが、民主派の要求とは隔たりが大きい。民主派は警察の取り締まりの是非を検証する独立調査委員会の設置や拘束されたデモ参加者の釈放、民主的選挙の実現などを求めている。特に警察の過剰警備への批判は市民の間にも根強い。独立調査委の設置がなければ、穏健派も納得できまい。
林鄭氏は非公開の場で「行政長官は中央政府と香港市民という二人の主人に仕えなければならない」と板挟みの苦しさを吐露した。市民の多くは返還後も民主化が進まず、政治、経済両面で中国の影響力が強まったことで香港の将来に危機感を持っている。
林鄭氏が香港市民の側に軸足を置かなければ香港に「高度な自治」を認めたはずの「1国2制度」の信頼を回復するのは難しい。
中国政府は香港に隣接した広東省深圳で武装警察の訓練を公開するなどの圧力を強めているが、威嚇は反発を生むだけだ。むしろ香港の意思を尊重し、「高度な自治」に任せる度量を示すべきだ。そうでなければ、香港の将来を握る若者たちの離反が続くだろう。
10月1日には中国が建国70周年を迎える。混乱収拾には林鄭氏が民主派や学生らの声に耳を傾け、妥協点を探る努力を示す必要がある。デモ隊の側も「平和的、理性的、非暴力」という方針を堅持してほしい。中国政府に介入の口実を与えるべきではない。(毎日新聞社説2019年9月6日)

「うさぎとかめ」の真実

なぜかめは うさぎを起こさなかったのか
先週の宿題 出来ました?
(忙しくて そんな愚問を考える暇はない) 
(そうですとも たわいない幼児の“はてな”ですから)
でも どう言いふくめますか
(大人のずるさが 問われるところですが)

かめは うさぎが寝ていることには 全く気づかずに 通り過ぎた
(これが一番無難な回答 だから起こさなかったの)
かめは 相手のことなど考える余裕もなく 脇目も振らず歩いた
(そもそも うさぎが寝てるなんて 想像もしないですよね)
かめは 負けるとわかっていたけど ギブアップするのはいやだった
(うさぎはすでにゴール寸前と思いこみ 意地を通して歩き通しただけ)
かめは 勝たねばならぬ一心で 千載一遇の勝つチャンスを逃すわけにはいかなかった
(寝ているものは起こしてならぬ 賢明な判断 納得です)
かめが うさぎを起こしたら 負けるっしょ
(勝負は勝ってなんぼのもの 決して起こしちゃいけない これ鉄則)

幼児(おさなご)は またも首をかしげた
(どうも説得させるのは難しそう)
かけっこってさ 寝てるうさぎをあいてにして かけっこになるの
(相手は走ってはいない だからこの時点でかけっこは不成立ではないか)
そのまんまにして 勝ってもつまんないよ
(いやいや 競争だからこそ 相手に弱みを見せたら負けるんだよとはいうものの)
かけっこって おもいっきり 走ることだよね
(そうだね そこで相手とどっちが早いか決めるだよね)
かけっこって 早ければいいの?
(そうだよ それが競争ってもんだ わかってるね)
勝つの わかっているかけっこって へんなの  
(おっと鋭い突っ込み その通りだね でもそれじゃお話が…)
そんなの かけっこじゃない! 
(寝たうさぎが油断したばかりに負けたんだから うさぎがおバカだっただけなんだ)
それって 弱いものいじめと おんなじ
(どうして そこにいっちゃうのかな)
うまいことだまして かけっこで勝って えばるって つまんなくない
(自分の力を鼓舞しただけの競争は すでに競争にあらず)
かけっこって 早い子も遅い子も一緒に 思いっきり走るから 楽しい! 
(そのとおり かけっこが楽しいのは 勝ち負けだけじゃない ほんとはそこだよね)
かめさんに起こす勇気があれば きっと楽しくかけっこできたよね
(起こす勇気 現状を変える勇気 卑怯な性根を見透かされた一言です)

うさぎを起こそうというかめは 存在しなかった
うさぎも ただかめをからかってやろうというだけで
ともに かけっこを楽しもうという 思いすらなかった
うさぎが勝ったとしても ゴールインしたかめを ハグしながら 
ともに称(たた)え合う気高さは 思いもつかなかったろう
(9月1日、USOpenテニスで大坂なおみが15歳のココをハグする姿に世界中が感動!)

幼児の “はてな” に 競争社会の本質を突かれた
寝ているやつは 決して起こしてはならない
そいつに勝つためには 卑劣な手段を使ってでも 叩きつぶせ
そうできなければ 一生敗者のまま 終わってしまう
それでいいのか
相手を奈落の底に突き落とし 勝つことだけが求められる 辛辣(しんらつ)な競争社会
お互いにおもいあう 福祉の心を削ぎ落とした 非情な競争社会
自分よりも劣っている者を 容赦なく攻撃する 凄惨(せいさん)な競争社会

勝者は 強者であり正義であると 世間は 賞賛し追従した
敗者は 弱者であり無用であると 世間は 屈辱を与え排斥した
競争社会を 蔓延(まんえん)させた弊害は
健全な福祉社会の形成を 阻害した
福祉の精神的な貧困は 見落とされ
歪(いびつ)な福祉観が 世間で共有された  

熾烈(しれつ)な競争社会に 福祉社会を創造するには
違いを認め 乗り越えて 
ともに 人生というかけっこを 楽しむことにあると
幼子から 共生のありようを 教えられたのだった

 
〔2019年8月30日書き下ろし。日本の福祉の精神的貧困性を幼子の疑問によって解かれた。1990年11月20日「十代のボランティアを育てる指導者セミナー京都」にて、京都一灯園石川洋氏より紹介された幼稚園児のエピソードに学ぶ〕

トウモロコシ

アメリカの農民が トウモロコシをたくさん作った
それを中国に売って 暮らしていたんだ
でもあるとき けんかしちゃってね
トウモロコシが 売れなくなって困ってしまったんだ

そこで けんかを売った張本人が ヒーロー気取りで登場
日本のお友だちに 強引に売りつけたんだ
アメリカの農民が困っているのは 捨て置けないと
外面(そとづら)ばかりに気を遣い 買うことを約束したんだって

どうして275万トンもの飼料用トウモロコシが必要なのか わけわかんない
聞いたら いま日本のトウモロコシが 害虫にやられているから
急いで それを買っておかなきゃいけないって 説明したんだよ
ところが 調べてみたら そんなことはなかったんだって
子どもでもわかるようなうそを 平気でつくこの国の偉い人って
ますます 信用ならないね

一番困ったのは 日本の農家と飼料メーカー
価格が暴落すると 農家や飼料メーカーが 
壊滅的(かいめつてき)な打撃を 受けるんだって心配してた
特に北海道は 全国の半分もつくっているから 余計心配だ
尻ぬぐいは みんな農家や飼料メーカーが することになるんだよ
日本の農業のことを 真剣に考えているのなら 
お友だちに頼まれたからって こんな薄情な仕打ちって できる?

断れない弱みを いつも見せているから 
ここぞとばかりに 無理難題を 平気で押しつけてくる
安保条約で お前の国を守ってやってるんだから 
もっと金を出せって 脅しながらね
だから 高い戦闘機を 6機846億円で買うはめにもなったんだ
それだけじゃない 攻撃性の高い兵器の新規契約5013億円だって
だれが もうけると思う
人殺しの兵器を たくさん作って売っている アメリカの会社
それが お金をたくさん出して 応援しているから 
この人 すっかりテンション上がって トップセールスしてるんだ
でも アメリカの人たちは いつ銃で撃たれるか 心配もしてるんだよ
自分の国の人たちを 銃から守ることもできずに
世界中を不安にさらして 兵器を売り込む 凄腕(すごうで)の死の商人
おぞましいくらい怖い人を お友だちに持つって ほんと勇気がいるね

無理を押しつけるようなつきあい方って そんなの友だちじゃない
相手の弱みにつけ込んで 損得勘定で友だち関係を続けるの 無理無理
普通はそう考えるけれど 似たもの同士なのかな
結構いい感じで 二人並ぶと いつもニコニコしているよ
でもほんとは怖いから 言いたいことも言えないで 我慢してるのかな

どんなふうに言いくるめても 
子どもには おかしいことはおかしいって わかるんだ
だから 日本の国は “アメリカの自治州もどき”って教えた方が 
わかりやすいかも 知れないね

危険な友だちごっこは まだまだ続く
夏が過ぎても 怪談話は エンドレス

〔2019年9月3日書き下ろし。日米の関係は主従関係なのか。主権国家として主張していることとの非整合と、専守防衛という嘘がまかり通る不気味さをいつまで味わうのか〕