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ボランティアのいない社会づくり:全国ボラフェス(24年間、参加者延べ人数約101万人)、新たなステージへ―資料紹介―

〇2016年12月、厚生労働省に設けられた「地域における住民主体の課題解決力強化・相談支援体制の在り方に関する検討会(地域力強化検討会)」(座長・原田正樹)が「中間とりまとめ~従来の福祉の地平を超えた、次のステージへ~」を公表した。そこでは、「我が事・丸ごと」の地域づくりを推進する体制づくりを、市町村の役割として位置づけることが検討されている。そのなかで、例えば次のような一節がある。

幼少期から地域福祉に関心を促し、地域活動への参加を通して人間形成を図っていく福祉教育が必要である。就学前から義務教育、高等教育といったそれぞれの段階で地域貢献学習(サービスラーニングやボランティア活動)などに積極的に取り組み、福祉意識の涵養と理解を深めていくことが大切である。またこうした地域福祉の学びは生涯学習の視点からも取り組んでいかなけれはならない。
また、時として、地域の人だからこそ、問題を隠しSOSを発することができないこともある。問題が深刻化して初めて表面化することもある。自分の困り事を地域に伝えたり、助けを求められるようになるための福祉教育も大切である。(9ページ)

地域住民、福祉以外の分野に関わる団体や企業の幅広い活動につなげていくため、社会福祉協議会の役割は重要である。特に、ボランティアセンターは、ボランティアを通じたまちづくりのためのプラットホームとなる「まちづくりボランティアセンター」(仮称)へと機能を拡充させて、関係機関と協働していくことについて、検討する必要がある。(19ページ)

〇これらの指摘は、特に新味があるわけでもないが、住民が主体的に地域課題の解決を図るためには、住民に身近な圏域(市町村域等)で、「我が事の意識の醸成」と「地域力と公的支援の協働」を進め、「暮らしと仕事を丸ごと支える」体制づくりが重要となる。それは「地域共生社会」の実現を志向する、と言うのである。
〇今日、住民の地域・生活課題の複合化・複雑化、地域の福祉力・教育力の脆弱化、ボランティア活動の大衆化・官製化などが進んでいる。「変化」に対して不安を感じ、「保護主義」「ファースト」「極(きょく)」という言葉にも懸念がある。そういうなかで、「ボランティア活動はどこへ行くか」「ボランティア・市民活動とは何か」、という素朴な疑問を改めて持つに至る。まちづくりやボランティア活動の次のステージが、人権意識や正義感覚に基づく「主体的・自律的な住民による、下からの、社会的責務としての市民活動」であるとすれば、「ボランティアのいない社会づくり」が進むことになるのだろうか。
〇不安定で先行き不透明な「コト」や「モノ」の今後の方向性については、歴史に学ぶしかない。本稿を草することにしたのはこの点にある。

〇2016年11月5日~6日、東京(国立オリンピック記念青少年総合センター)で、「広がれボランティアの輪」連絡会議(注①)/全社協主催の「ボランティア全国フォーラム2016」が開催された。それは、1992年以来、24年間にわたって開催されてきた「全国ボランティアフェスティバル」(略称・全国ボラフェス)の歴史とその成果のうえに、ボランティア・市民活動の「理解・普及」と、とりわけ「研究協議」を図る「場」として新たに開催されたものである。
〇「全国ボランティアフェスティバル」は、1977年4月に設置された全社協・全国ボランティア活動振興センター(注②)が中心になって開催した「全国ボランティアのつどい」(第1回は1977年11月開催)と「全国ボランティア大会」(第1回は1989年6月開催)を経て、1992年度から毎年、都道府県持ち回り方式で開催されてきた。その主なねらいは、ボランティア活動についての情報交換と活動基盤の強化、活動の活性化を図ることにあった(注③)。
〇本稿のねらいは、「全国ボランティアのつどい」「全国ボランティア大会」「全国ボランティアフェスティバル」そして「ボランティア全国フォーラム2016」について時系列的に、その概要を紹介することにある。具体的な内容や成果に関する歴史的かつ政策論的な検討・評価は他日を期すことにしたい。なお、政策論的検討を行うに際しては、社会福祉事業法(第70条の2第1項)の規定に基づいて1993年4月に策定された「国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」(厚生省告示第117号)や、厚生労働省社会・援護局長の私的研究会「これからの地域福祉のあり方に関する研究会」が2008年3月に纏めた報告書「地域における『新たな支え合い』を求めて」などへの注目や認識が必要であることを付記しておく。
〇そこで先ず、「全国ボランティアのつどい」について、全社協・全国ボランティア活動振興センターによる報告を紹介する。以下の通りである(注④)。
 
〔全国ボランティアのつどい〕
『全国ボランティアのつどい』は、年一回、全国のボランティアや関係者が一堂に会して開かれています。この『つどい』は全国的な活動課題に沿って、その推進方策や展開のあり方などの協議が行われ、将来の活動の方向を探るうえで役割を果たしてきました。
これまでの『つどい』の内容を見てみると、十代のボランティア活動、福祉教育、障害者福祉、在宅福祉、青少年とボランティア、施設とボランティア、まちづくり、など多彩な内容で開催され、それぞれ福祉教育や在宅活動の強化、また青少年層の活動参加やまちづくり活動の取り組みのうえで重要な契機となりました。
その意味でもこの『つどい』は、全国的な課題提起と活動展開の“うねり”をまき起こす重要なものです。
《全国ボランティアのつどい開催状況一覧》
昭和52年度/福祉を語るボランティアのつどい/昭和52年11月27日
昭和53年度/十代のボランティア活動を考えるつどい/昭和54年3月26日
昭和54年度/学童・生徒の福祉を考えるボランティアのつどい/昭和54年8月7日~8日
昭和55年度/障害者の福祉を考えるボランティアのつどい/昭和56年2月21日
昭和56年度/在宅福祉を考えるボランティアのつどい/昭和57年2月26日~27日
昭和57年度/新たな活動の展開を考えるボランティアのつどい/昭和58年2月25日~26日
昭和58年度/青少年のボランティア活動を考えるつどい/昭和59年2月25日~26日
昭和59年度/福祉のまちづくりをすすめる施設とボランティアのつどい/昭和60年3月2日
昭和60年度/全国ボランティアのつどい―福祉のまちづくりをすすめる全国ボランティア活動推進会議/昭和61年2月26日
昭和61年度/全国ボランティアのつどい―福祉のまちづくりをすすめる全国ボランティア活動推進会議/昭和61年12月12日

〇次に、「全国ボランティア大会」について紹介する。大会のねらいは、全国のボランティアが一堂に会して日頃の活動について情報交換を行い、幅広いボランティア活動の活性化を図ることにあった。また、以前の「つどい」は数百人規模のものであったが、規模が拡大され、厚生大臣功労表彰もこの大会で行われることとなった。東京で3回開催され、参加者(延べ人数)は、第1回が1,000名、第2回と第3回がそれぞれ2,000名を数えた。開催期日、会場、プログラム、分科会テーマは以下の通りである(注⑤)。

第1回全国ボランティア大会/平成元年6月24日/東京・九段会館
プログラム/分科会(6)、全体会(オープニング、功労表彰、創設記念〔作文と詩〕入賞作品表彰、特別講演、フィナーレ)
分科会/①ふれあいのまちづくり、②自然とくらし―環境づくりを考える―、③地域文化活動とボランティア活動、④いきがいと健康づくり、⑤子どもの住みよいまちづくりを考える、⑥国際的なボランティア活動

第2回全国ボランティア大会/平成2年6月30日~7月1日/東京・日比谷公会堂、にれの木広場
プログラム/全体会(オープニング、功労表彰、ボランティア活動手づくり作品コンクール入賞、アトラクション)、ふるさとガーデン(模擬店、舞台コーナー、物産店、体験コーナー)、交流会(19)、ボランティア活動手づくり作品コンクール
交流会/①全国ボラントピア事業推進会議、②障害児(者)の自立、③食事・在宅介助ボランティア、④移送・ガイドヘルプ、⑤保健・福祉ケアボランティア、⑥点訳・拡大写本、⑦朗読、⑧手話・要約筆記、➈自然環境ボランティア、⑩災害救助ボランティア、⑪社会福祉施設・ワークキャンプでのボランティア活動、⑫動物とのふれあい、⑬国際交流(国内国外)とボランティア活動、⑭ボランティア連絡協議会、⑮シルバーボランティア、⑯児童生徒のボランティア活動、⑰青年と野外活動、⑱助け合いとボランティア活動、⑲企業・団体とボランティア活動

第3回全国ボランティア大会/平成3年6月15日~16日/東京・日比谷公会堂、にれの木広場
プログラム/全体会(オープニング、功労表彰、ボランティア活動写真パネルコンテスト入賞、アトラクション)、ふるさとガーデン(模擬店、体験コーナー、舞台コーナー)、交流会(12)、ボランティア活動写真パネルコンテスト
交流会/①食事の援助を必要な人と共に―会食・配食ボランティア―、②家庭で援助の必要な人と共に―在宅福祉ボランティア―、③外出・移動が必要な人と共に―運転・外出支援ボランティア―、④専門的ケアを必要な人と共に―保健・福祉、ケアボランティア―、⑤視覚障害の人と共に―視覚障害者ボランティア―、⑥聴覚障害の人と共に―聴覚障害者ボランティア―、⑦いきいきとした人生を歩むために―中高年とボランティア活動―、⑧自分を生かし、たすけあいの心を育てる―児童・青少年のボランティア活動―、➈企業の社会貢献活動―企業市民へのアプローチ―、⑩国境を越えた福祉の手つなぎ―国際ボランティア活動―、⑪誰もが安心してすめるまちづくり―福祉のまちづくり―、⑫ボランティア活動のネットワークを考える―ボランティア連絡協議会―

〇「全国ボランティアフェスティバル」について紹介する。以下は、開催期日、開催県、メインテーマ、分科会(会場・テーマ等の数)について、各大会の「開催要綱」や『報告書』を基本に整理したものである。なお、参加者(延べ人数)は、例えば第1回8万3,200名、第5回5万2,474名、第10回10万270名(最大値)、第15回6万176名、第20回3,847名、第24回2,305名を数えた(第1回~第15回は全体会・分科会・ふれあい広場参加者、第20回と第24回は一般参加者と関係者)。

第1回全国ボランティアフェスティバル「兵庫」/平成4年10月24日~25日/兵庫県
テーマ/こころの架け橋 ひと・ふれあい ボランティア
「こころの架け橋」には、次のことをイメージしています。
①ボランティア活動の基本である「こころ」と「こころ」が通い合うこと。
②今、本土と淡路を結ぶ「本四架橋」の工事が、我が国最大事業の一つとして、平成10年を目指し行なわれている。架け橋が完成したときの社会は、ボランティア活動もより普遍化していること。
③架け橋は、10年ほど前は夢であったが、現在ではその夢が実現しつつある。ボランティア活動も夢をもって行えば、その夢が具現化すること。
分科会/ボランティア活動交流研究会(14会場)

第2回全国ボランティアフェスティバル「福井」/平成5年9月25日~26日/福井県
テーマ/やさしさ ぬくもりのある ふるさと創造
趣旨
多くのボランティアで支えるまちは、やさしさとぬくもりのあるまちです。
いま、全国各地でみんなの住みよい福祉のまちづくりがすすめられ、ボランティア活動に対する関心が高まってきています。
このフェスティバルは、各地でくり広げられている様々なボランティア活動の経験を持ち寄り多くの人々と交流し、ボランティア活動の輪をひろげる契機とすることを目的として開催するものです。
分科会/ボランティア活動交流会(21会場)

第3回全国ボランティアフェスティバル岩手/平成6年10月15日~16日/岩手県
テーマ/幸せづくり イーハトーブ見つけた
趣旨
多くのボランティアでささえるまちは、やさしさとぬくもりのあるまちです。
いま、全国各地でみんなの住みよい福祉のまちづくりがすすめられ、ボランティア活動に対する関心が高まってきています。
このフェスティバルは、各地でくり広げられている様々なボランティア活動の経験を持ち寄り多くの人々と交流し、ボランティア活動の輪をひろげる契機とすることを目的に開催します。
分科会/交流集会(19会場)

第4回全国ボランティアフェスティバル長野/平成7年11月3日~4日/長野県
テーマ/みすずかる信濃の里から やさしさの風を
開催趣旨
多くのボランティアで支えるまちは、やさしさとぬくもりのあるまちです。
いま、全国各地でみんなの住みよい福祉のまちづくりの取り組みがすすめられる中で、「阪神・淡路大震災」を契機に、ボランティア活動に対する関心がますます広がっています。
さらに、長野県では、オリンピック、パラリンピックが開催されることから、ボランティア機運が高まりつつあります。
第4回全国ボランティアフェスティバルは、各地でくり広げられている様々なボランティア活動、「阪神・淡路大震災」に凝縮されたボランティア活動等の経験を持ち寄り、新しいボランティア活動の輪を広げる契機とすることを目的に開催します。
分科会/ボランティア研究集会(30会場)

第5回全国ボランティアフェスティバル大阪/平成8年9月21日~22日/大阪府
テーマ/新発見 ボランティアロード なにわから
開催趣旨
人とのふれあいや社会に役立ちたいという気持ちから、ボランティアは始まります。
住みやすく、あたたかな地域社会を求めて、今、各地でボランティア活動の輪が広がっています。また、ボランティア活動に参加することによって、自分自身の何かが変わります。
昨年1月の阪神・淡路大震災では、延べ140万人にのぼる人々がボランティアとして活躍し、そのなかには、初めて活動に参加するという人も数多く見られました。多くの人々がボランティアを身近に感じ、「ボランティア元年」という言葉も生まれました。そして、ボランティアはこれからの社会になくてはならないものであるという、新しい意識が国民の間に広まっています。
全国ボランティアフェスティバルは、さまざまなプログラムを通じて、ボランティア活動への理解と参加をアピールし、全国でボランティア活動が一層盛んになることをめざしています。
大阪では、昨年11月の「APEC大阪会議」をボランティアの協力で盛り上げました。来年には「なみはや国体(第52回国民体育大会)」や「ふれ愛ぴっく大阪(第33回全国身体障害者スポーツ大会)」を控え、ボランティアへの関心が高まっています。
第5回全国ボランティアフェスティバル大阪は、このようなボランティアに対する関心の広がりと高まりのなかで、「挑戦と創造」、「自由と多様性」、「であいとふれあい」を基本姿勢として、市民の方々や全国のボランティア、社会貢献活動を繰り広げる企業や労働組合などの参加を得、さらにボランティアの輪が大きく広がっていくことを願って開催されます。
文化が往き来したシルクロードになぞらえて、新しいボランティアの姿を、街と街、人と人を結ぶボランティアロードに乗せて、今、大阪から発信したいと思います。
分科会/テーマ別の集い(32会場)、5講座

第6回全国ボランティアフェスティバルやまぐち/平成9年10月18日~19日/山口県
テーマ/つたえたい ボランティアのハート みんなちがって みんないい
開催趣旨
人と人が支えあい、生き生きと息づき、だれもが安心して暮らせるぬくもりのあるまちづくりこそ、ボランティア活動のめざすものです。
一昨年の阪神・淡路大震災及び今年の重油流出事故では、ボランティアが活躍し、多くの人々がボランティア活動を身近に感じ、国民のボランティア活動への関心と理解が広がっています。
さらに、企業や行政機関等でボランティア休暇制度の創設が行われ、勤労者のボランティア活動への参加機運が高まっています。
社会福祉協議会のボランティアセンターが把握しているボランティアは、全国で6万3千グループ、505万人になっています。
全国ボランティアフェスティバルは、多様なプログラムを通して国民にボランティア活動への理解と参加をアピールし、今後ボランティア活動が全国各地で一層盛んになることをめざしています。
第6回全国ボランティアフェスティバルやまぐちでは、「つたえたい ボランティアのハート みんなちがって みんないい」をテーマに、個性を認めあいながら、互いの人格を尊重することを基調とした、ふれあい、やさしさ、学びあいのボランティア活動を呼びかけます。
ボランティア活動に関心のある人々や、日頃からさまざまな活動に参加している人々並びに参加したことがある人々が、ボランティア活動への理解をすすめ、経験や情報の交換を通して、ボランティア活動の広がりや多様性を知りあうことによって、新たなボランティア活動へ踏み出すきっかけとなること、さらにボランティアの輪、愛の輪が21世紀に向かい、大きく広がっていくことを願って開催します。
分科会/テーマ別のつどい(30会場)

第7回全国ボランティアフェスティバル山形/平成10年9月26日~27日/山形県
テーマ/人がすき 自然がすき 愛かがやいてボランティア・・・いま 豊かな流れを山形から
開催趣旨
全国ボランティアフェスティバルは、全国各地で繰り広げられている様々なボランティア活動の経験を持ち寄り、多様なプログラムを通じて多くの人たちが交流することにより、ボランティア活動の輪を広げていくための契機として開催されるものであり、今年で7回目を迎えます。
阪神・淡路大震災以降、国民のボランティア活動への関心と理解がますます高まったと言われています。その根底には、環境汚染の地球規模での広がりや、かつて経験したことのない速さで少子・高齢化が進むなかで、自分たちが暮らす社会をより良くするためには、一人ひとりが何らかの形で社会にかかわっていかなければならないとする、人間の本質的な心のはたらきがあったものと考えられます。
ボランティア活動も、社会福祉の分野だけにとどまらず、環境や教育・文化、国際協力など多岐にわたる分野で実践されており、大きな関心と期待が寄せられています。
この動きに合わせ、今春には、「特定非営利活動促進法」いわゆるNPO法が成立し、新しい社会セクターとしてのボランティア活動に対する支援策が整備され、参加型社会の実現に向けて、大きな第一歩を踏み出したといえます。
山形県においても、県民参加・交流型社会の実現に向けた取り組みに着手し、「参加」「交流」「創造」をキーワードとして、多様で自立した地域社会の創造を図るための取り組みを進めています。
山形の母なる川「最上川」は、清らかな水のひと雫に端を発し、出羽の山々から天の恵みを集め、大きな流れとなって大地を貫き、四季に彩られた実り豊かなくにをかたちづくっています。
「第7回全国ボランティアフェスティバル山形」は、この最上川のうねりのように、多様な“個”が交流し、手をつないでいくことによって、真の豊かさが実感できる社会づくりに向けた大きな力となることを願って開催します。
分科会/テーマ別のつどい(32会場)、2ワークショップ

第8回全国ボランティアフェスティバルみやざき/平成11年10月23日~24日/宮崎県
テーマ/来(こ)んね いっちゃが 仲間じゃが!! 小さな輪 大きく広げるボランティア
開催趣旨
少子高齢化や国際化、高度情報化の急速な進展に伴い、人々が支え合い安心していきいきと暮らせる社会づくりやボランティア活動への関心は年ごとに高まり、住民参加による活動や企業の社会貢献活動等がかつてないほど広がりを見せています。
一方、特定非営利活動促進法(NPO法)等の施行や、昨年の栃木県、高知県などの風水害時におけるボランティアの活躍により、ボランティアやNPO活動に対する社会的期待が大きく膨らんできています。
このような期待に応え、ボランティア活動がわが国の社会と私たちひとり一人の日常生活の中に定着していくためには、ボランティアセンターとボランティアコーディネーターの整備、豊富な情報システムなど意欲と活動を結びつける環境整備が求められています。
人々が活動を通して自己実現を図るとともにお互いを認め合い、支え合い、温もりを大事にしたみんなで参加してつくる「共生」社会は、誰もが望むところです。
「第8回全国ボランティアフェスティバルみやざき」は、九州では初めての開催で、全国からボランティア活動に関心のある人、日頃ボランティア活動を実践している人々が集い、『来(こ)んね いっちゃが 仲間じゃが!! 小さな輪 大きく広げるボランティア』をテーマに、ボランティアプラザやテーマ別のつどい等を通して情報を交換し、交流を図ります。
このフェスティバルは、『体験・交流・楽しさ・多彩・手づくり・広がり・親子孫三世代』をキーワードにして、「ボランティア相互の交流促進」と「誰もがボランティア活動に参加できる気運づくり」を通して21世紀に向けて心豊かな地域社会づくりをめざしてのボランティア活動の輪が大きく広がっていくことを願って開催します。
分科会/テーマ別のつどい(38会場)

第9回全国ボランティアフェスティバルとくしま/平成12年9月23日~24日/徳島県
テーマ/藍・あい・愛 渦になれ 輪になれ ボランティア
開催趣旨
近年ボランティア活動に対する社会的な関心はますます高まりを見せ、その活動も福祉・保健、教育、まちづくり、環境保全、国際協力、災害救援などあらゆる分野に広がっています。
一方、特定非営利活動促進法(NPO法)に基づく法人格の付与や、また、2001年ボランティア国際年が一つの契機になり、各地でボランティアをはじめとする民間非営利団体の活動を促進するための環境整備が図られています。
新しい世紀の私たちの暮らしを心豊かにするために市民、企業、行政が協働し合い、社会貢献・ボランティア活動をなお一層広げ福祉コミュニティづくりと参加型社会づくりに取り組むことが課題となっています。
藍のふるさと徳島は、ボランティアセンターの前身である善意銀行の発祥の地として知られ、福祉教育の原点でもある子供民生委員制度や、もてなしの風土など先人が築かれた良き伝統を生かしながら、21世紀に向けて豊かな社会づくりの取り組みを進めています。
「第9回全国ボランティアフェスティバルとくしま」は、地域の特性をいかし県民をあげての開催とするために、県内各地での分散型で開催します。
ボランティア活動に関心のある方々や日ごろボランティア活動を実践している多くの方々が全国から集い、「出会い」、「ふれあい」、「助け合い」の心を広げるとともに、鳴門の渦のように多くの人を巻き込んで、阿波踊りのようなパワーあふれる輪になって、共生社会を創りあげる契機となるよう願って開催します。
分科会/テーの別のつどい(39会場)

第10回全国ボランティアフェスティバルかながわ/平成13年9月22日~23日/神奈川県
テーマ/いいじゃん かながわ 一人ひとりがひらく ボランティアの世紀
開催趣旨
人口の高齢化や少子化、生活と環境との調和、世界規模での人や情報の流れなど、変化する私たちの社会は、たくさんの課題に直面しています。
こうした課題に、市民自らが取り組む様々な活動が大変活発になりつつあり、身近な問題から地球規模の課題まで、解決に向けて主体的に関わり行動するボランティア活動が、「共生の社会」の新しい担い手として期待されています。
かながわは、近代日本が開かれる窓口となった歴史を持ち、世界に開かれた交流の拠点として発展してきました。この進取の気風に満ちた県民性が、かながわの多彩なボランティア活動を育み、社会福祉、国際協力、環境問題、災害救援、人権擁護、まちづくりなど様々な分野で先進的な活動が活発に展開されています。
2001年は新しい世紀のスタートの年であり、世界中がボランティア活動への理解を深め、参加を容易にし、ネットワークを強化することなどをめざす「ボランティア国際年」(IYV)です。
この記念すべき年に開催される「第10回全国ボランティアフェスティバルかながわ」は、これまでのボランティアフェスティバルで積み重ねられた成果と精神を継承し、一人ひとりの主体性からボランティア活動が始まるという原点に立ちながら、ボランティア活動が直面する今日的な課題や今後の方向性などを語り合い、理解と交流を深め、21世紀の市民社会づくりに向けた新しいとびらをボランティアの手でひらく大会として開催します。
分科会/テーマ別のつどい(51会場)

第11回全国ボランティアフェスティバルやまなし/平成14年9月21日~22日/山梨県
テーマ/よっちゃばれ 甲斐へ 生(い)き活(い)きと つなげよう ボランティアの心(おもい)
開催趣旨
21世紀幕あけの年、2001年「ボランティア国際年」の取組みが、世界で、日本で繰り広げられました。人びとが当たり前のようにボランティア・市民活動に参加できる社会、世界が平和で共生できる世紀の実現をめざし、力強い歩みが開始されました。
「人は石垣、人は城」という人と人との連帯感を重視し、ボランティア活動をすすめてきた、山紫水明の地やまなしにおいて、「第11回全国ボランティアフェスティバルやまなし」が開催されます。
ここで、全国のボランティア・市民活動に関心のある人、また活動を実践している人びとが県民と交流を深め、テーマ別のつどいなど多様なプログラムを通じて、熱いボランティアの心(おもい)を、生き活きとつなぎあわせることを願っています。
そして、山梨の「県民ボランティア運動」がすすめてきた、市民・企業・行政が各々の役割を果たし、ともに支えあい、結びあい、主体的に地域社会を築いていく活動が全国に広がることをめざします。
山梨県を訪れた人びとが、地域の伝統や文化、また地場産業との活発な交流を図り、感動が広がり友情が深まる大会として開催します。
分科会/ブロック別開催(県内6ブロック、48プログラム)

第12回全国ボランティアフェスティバルいしかわ/平成15年10月11日~12日/石川県
テーマ/来まっし石川 つなげよう心の輪 あんやとね あったかボランティア
趣旨
近年ボランティア・市民活動への関心が高まり、活動分野も福祉から教育、環境、国際、そしてまちづくりなどへと広がっています。
今やボランティア活動に参加経験のある人は、国民のほぼ3割、継続的に活動するボランティアは約740万人を数えています。また、市民活動の特徴ともいえるNPO法人も、全国で1万法人を超え、確実に増加しています。
このような活動は、個人や地域、文化の多様性を尊重し、誰もが希望をもって暮らしていくことができる共生社会を目指しているものといえます。
「第12回全国ボランティアフェスティバルいしかわ」の開催地である石川県は、美しい自然や加賀百万石の歴史の中で培われた伝統と文化を持ち、福祉分野でも昭和初期から地域の助け合い活動を推進した善隣館という地域活動の拠点が今も息づき、ボランティアやまちづくりの拠点として活動を続けています。
このフェスティバルでは、石川県が目指す「個性、交流、安心のふるさとづくり」を、全国から集うボランティア・市民活動を実践している人々や関心のある人々に伝え、情報交換や交流を深めることで、全国にボランティア活動への理解と活動の輪を広げます。
分科会/ブロック別開催(県内8ブロック、39テーマ)

第13回全国ボランティアフェスティバルびわこ/平成16年9月25日~26日/滋賀県
テーマ/湖国から 広がる笑顔 地域のきずな
趣旨
「第13回全国ボランティアフェスティバルびわこ」の開催地である滋賀県では、『人と地域が輝く「くらし安心県」の創造と実現』を基本目標に、人が大切にされる県、人間らしさ、自分らしさが尊重され、お互いの権利を認めあい、共に支えあう希望と活力ある福祉社会の実現をめざしています。
また、糸賀一雄氏を中心にして設立された近江学園は、知的障害のある人の発達保障、さらには人権と個性を尊重する県民意識の醸成にまで影響を与えてきました。
こうした歴史を背景として、県内各地域では、ノーマライゼーションの理念の実現に向けた各分野でのボランティア・市民活動の取り組みがみられます。
また、全国的なボランティア活動の広がりの中からも、NPOや各種市民活動の取り組みや協働の輪が各地で着実に広がってきています。
このフェスティバルを共生社会への「きづき」「きっかけ」「きずな」の場として捉え、人がほほえみ、地域がほほえみ、社会がほほえむ、そこに安心が生まれる、「共に生きるよろこび」を全国に発信する機会となることを期待して開催します。
分科会/テーマ別のつどい(県内3ブロック、40テーマ)

第14回全国ボランティアフェスティバル火の国くまもと/平成17年10月29日~30日/熊本県
テーマ/燃えよボランティア 火の国の集い 熱(あつ)か心わがまち
開催趣旨
私たちの社会は、世界規模の問題から日常生活の問題まで多くの課題に直面しており、その解決に向けて多くのボランティアが活躍し、今後、その活躍がますます期待されています。
ここ火の国くまもとは、阿蘇や天草に代表される美しい自然を背景に、これまでボランティアの歴史を積み重ねてきました。
これらは私たちの誇りとするところであり、その精神を継承しユニバーサルデザインを基本理念として、パートナーシップによる、より良い熊本づくりを目指して行きたいと考えます。
現在、ボランティア活動は保健、医療、福祉、教育、環境問題、災害救援、地域づくり、国際協力など多くの分野で活発に取り組まれています。
私たちは、一人ひとりの活動を豊かにして、誰もがボランティア活動を行い、誰もが必要とするサポートを受けられるような地域社会の実現を目指し、「第14回全国ボランティアフエスティバル火の国くまもと」を開催いたします。
分科会/テーマ別のつどい(県内6ブロック、41テーマ)

第15回全国ボランティアフェスティバルぐんま/平成18年11月3日~4日/群馬県
テーマ/笑顔のかけ橋
開催趣旨
現代社会は、急激に進行している少子・高齢化、国際化や高度情報化による社会経済情勢の変化等、様々な課題を抱えております。
また、人々の生活スタイルや社会的ニーズも多様化してきており、心の豊かさや生きがいのある生活、自己実現にもつながる社会貢献活動などに多くの人の関心が向けられ、多様なボランティア、市民活動が行われており、新たな地域社会の担い手として、その活躍がますます期待されております。
ここ群馬県は、上信越国境に連なる山々とそこを源とする利根川に代表される美しい自然に恵まれ、いにしえより豊かな文化を育み、早くから尾瀬を守る活動に取り組むなど、ボランティアの歴史を積み重ねてきました。
多くの人があたりまえのようにボランティア・市民活動を行い、「ひとと人、こころと心がつながり合う」地域社会を創造するため、「第15回全国ボランティアフェスティバルぐんま」を開催いたします。
分科会/テーマ別のつどい(県内5ブロック、46テーマ)

第16回全国ボランティアフェスティバルあいち・なごや/平成19年9月22日~23日/愛知県
テーマ/愛を知り 夢を育む ボランティア
開催趣旨
今日の社会では、多発する災害、児童虐待やいじめ問題等、分野を問わず様々な問題を抱え、ボランティア・市民活動への関心と期待は高まるばかりです。
また、2007年は、多くの団塊の世代の方々にとって新たなスタートの年でもあり、生きがいのある人生を送るための手段としても、ボランティア・市民活動は注目されています。
ここ愛知県では、2005年に開催された愛知万博で、延べ15万1千人ものボランティアが活躍されるなど、多くの県民にボランティア・市民活動への意識が高まったところです。
この機運を継承するためにも、安心・安全なまちづくり等、今日的な課題に応えた地域性あふれるプログラムや、新たなボランティア・市民活動のあり方を発信していくことを基本に「愛を知り 夢を育む ボランティア」をメインテーマに掲げ、「第16回全国ボランティアフェスティバルあいち・なごや」を開催いたします。
分科会/テーマ別のつどい(県内6ブロック、52テーマ)

第17回全国ボランティアフェスティバルにいがた/平成20年9月20日~21日/新潟県
テーマ/ボランティア 深まるきずなに トキめいて
大会趣旨
少子化・高齢化の進展や社会の成熟化により、社会的課題が複雑多様化する中で、地域の問題を自らの課題として主体的に取り組むボランティアの役割に対する期待が高まっており、その活動分野は、福祉、環境、教育、まちづくり、国際交流など、身近な活動から国際的な活動まで様々に広がっている。
ボランティア活動は、特定の人だけが行うものではなく、誰もが地域社会の一員であることを心に留め、一人ひとりが社会のこれからを想い行動することが求められており、そのことが、共につくる心豊かな社会の創造につながるものと考える。
たび重なる災害に見舞われた新潟県で、その経験を踏まえつつ、日常的なボランティア・市民活動のあり方を幅広く考え、議論を深める場とするため「第17回ボランティアフェスティバルにいがた」を開催する。
また、次代を担う子どもたちにボランティアの意義を理解してもらい、将来的な視点でのボランティアの掘り起こしに取り組むとともに、ボランティア活動の即戦力として、団塊の世代をはじめとしたシニア層のボランティア活動への関心や意欲を高め、行動につなげる取り組みを行う。
分科会/22テーマ

第18回全国ボランティアフェスティバルえひめ/平成21年9月26日~27日/愛媛県
テーマ/しみいるチカラ! 愛媛から
大会趣旨
これまでのボランティア・市民活動を振り返りながら、誰もが安心・安全に暮らせる社会づくりを実現させるために必要な、これからのボランティア・市民活動について理解を深め合う。そして、活動の充実・創出・持続を目指すとともに、多くの人々に活動の大切さを愛媛から発信する。
分科会/31テーマ

第19回全国ボランティアフェスティバルひろしま/平成22年9月25日~26日/広島県
テーマ/つながる民力 いかしあう民力
趣旨
これまでの活動分野の枠をこえて、新たな地域課題に対応していくための協働を探り、支え合いの新たなしくみや手法による活動を興し、さらにはその活動をどのようにつなぎ、後継者へ伝えていけばよいのかについて議論をすすめる。
また、これからのボランティア活動・市民活動がより力強く進められ、地域で暮らす、誰もがどんなときにでも気にかけ合い支え合う”新しい力”を広島から全国に発信する。
分科会/22テーマ

第20回全国ボランティアフェスティバルTOKYO(「ボランティア国際年+10」記念)/平成23年11月12日~13日/東京都
テーマ/市民(わたしたち)がつくる、強くしなやかな社会
コンセプト
・ボランタリーな活動の本質・原点とは
~ボランティアフェスティバルが始まっての20年を振り返る~
この20年にあった様々な動きのもと、変化を遂げてきた“ボランティア”の考え方。そもそもボランティアとはどういうものか。これからのボランティアの役割やあり方を考える。
・江戸から学ぶ、「東京」らしさ
時代の移り変わりの中でいま一度、「東京」らしさや特色に焦点を当てる。持続可能な都市であった「江戸」や「江戸しぐさ」、古いものと新しいものとの融合といった部分、また、地方との役割、島嶼(とうしょ)との関係、国際都市としての東京なども捉えていく。
・これからの「つながり」のあり方
地縁型のものやテーマ型のものなど、地域には様々なつながりが存在している。しかし、今、つながりが薄れ、様々な課題が生じている。愛媛、広島と続く「チカラ」。今、どのようなつながり方が求められているのか、つながりの原点とは何か、そしてつながりが生む「チカラ」について考える。
・市民の社会参加におけるあるべき姿
市民の社会参加という言葉を聴くことが多い。誰しもが地域に関わることが求められているのではないか。その様々なあり方について考える。
主旨文
3月11日、私たちはたくさんのものを失いました。
しかし、震災の痛みの中で、人と人とのつながりで動くボランティアが、この苦難を乗り越える力として大きく役立っていることも日々感じています。
そして、今までよりずっとずっとたくさんの人が、「私は今後、社会とどう関わっていけばいいのだろう」と考え、動き始めています。
これからの社会をより強く、しなやかで、暮らしやすいものに
今、ボランティア活動をしている人は、新しい仲間をみつけたり、普段疑問に思っていることが解決できるかもしれません。また、これからボランティアについて考えたい人は、自分らしい関わり方をみつけることができるかもしれません。
ひとりひとりが自分らしさを大切にして、様々なかたちでボランティアに関わっていくことが、これからの社会をより強く、しなやかで、暮らしやすいものにするんだ、全国ボランティアフェスティバルTOKYOは、そんな発見ができる2日間にしたいと考えています。
分科会/56テーマ、7フィールドワーク

第21回全国ボランティアフェスティバルみえ/平成24年9月29日~30日/三重県
テーマ/三重からみえる 未来の絆
コンセプト
・東日本大震災をうけ、再確認された地域社会のつながりの重要性
2011年3月11日に発生した東日本大震災は未曽有の大災害となった。1年以上経過した今でも、復興への道のりはまだまだほど遠いと言える。
しかし、私たちは支えあい、その逆境に打ち勝つ「絆」の大切さにも気づくことができた。
社会を支える絆を強く結び、そこから生まれる力を三重大会から発信していきたい。
・「これまで」を「これから」へ
近年の大会では、多様な社会課題を解決し、地域社会・市民社会を創造していくボランタリーな力に焦点があてられてきた。また、東京大会では第20回大会という節目で、20年を振り返り、ボランタリーな活動の本質・原点をあらためて考える機会となった。
三重大会では、そのような過去からの成果や課題をこれからの「未来」につなげていくことが重要であると考える。
三重大会を通して、一人ひとりが社会をつくる市民としての力を高め、未来へとつながる絆を創っていくことを目指したい。
分科会/30テーマ

第22回全国ボランティアフェスティバル高知/平成25年11月23日~24日/高知県
テーマ/時代を拓く 市民力(シチズンパワー)ぜよ
開催趣旨
近年、人と人とのつながりが薄れつつあるなかで、多くの人たちが改めて人のつながりの大切さに気づき始めています。私たちは、本当の意味で豊かで暮らしやすい社会を目指していくためには、ひとりひとりが様々なかたちでボランティア・市民活動に参加し、市民の力を高めていかなければならないと感じています。
近代日本の扉を開いた志士たちのふるさと、高知で開催する「全国ボランティアフェスティバル高知」では、市民力を持った参加者の皆さん同士がつながり、その市民力が新たな時代を拓く、その息吹を感じることができる大会にしたいと考えています。
分科会/23テーマ、1フィールドワーク

第23回全国ボランティアフェスティバルぎふ/平成26年9月27日~28日/岐阜県
テーマ/おいでよ志(みんな) 大地(ちいき)を潤す 清流となって
コンセプト
・私達を取り巻く現状
人口の減少・少子高齢化・世帯構成の変化、廃屋・放置農家・手が入らない山林・シャッター街の増加など、今後ますます共同体の破壊や伝統文化の衰退が進んでいく危険性がある。また、「孤立」、経済の低迷や雇用形態の変化等による「貧困」が社会的な問題になっているとともに、虐待、自殺、いじめなど「権利侵害」にかかる様々な問題も起こっている。
・わたしたちは何をめざすか
こうした、深刻化する現代社会の問題を直視し、課題を明らかにして、市民自ら実践、そして多世代・多地域・他分野との連携・協働による取り組みを行いながら、地域における問題解決能力を向上していくことが重要である。
このフェスティバルでは、各地域での実践や活動者の想いを「一粒の水滴」としてとらえ、岐阜に集い(研究協議することにより)、個々の活動を向上させるとともに、協働化(ネットワーク)することにより(大きな流れを生み)、その結果、豊かな地域社会づくりへとつながる(この実績の繰り返しを「歴史」と呼ぶ)。
こうした「清流」の力を確認し(清流となって)、「地域力」を高める方策を学び、全国に発信する。
・地域力の再構築
多世代・多地域・多分野との連携・協働
地域課題を基盤にした実践力を高める教育
歴史・文化・自然などの再発見・発掘と伝承
分科会/26テーマ、3フィールドワーク

第24回全国ボランティアフェスティバルふくしま/平成27年11月21日~22日/福島県
テーマ/“ありがとう” 未来につなごう ふくしまから
コンセプト
(1)全国のボランティアのみなさまへの感謝
東日本大震災以降、ご支援いただいている全国のボランティアの皆さまに「ありがとう」の気持ちを表すとともに、「ありがとう」の言葉が持つチカラ、ボランタリーな活動の原点を再確認する。
(2)復興に向けた取り組みのあり方を考える
東日本大震災以降、様々な復興支援の取り組みが行われているが、今、そして今後どのような取り組みが求められているのかを考える。
(3)未来へつなげる
現在の福島県の状況や東日本大震災での経験を風化させることなく未来につないでいくとともに、震災の経験を踏まえ、新しい社会づくりにつなげていく。
分科会/20テーマ、2フィールドワーク

〇「全国ボランティアフェスティバル」の主催は「全国ボランティアフェスティバル推進協議会」(第1回~第17回。第18回以降は地元実行委員会が中心)であった。その全国段階の構成団体は当初、全社協、中央共同募金会、日本赤十字社の3団体であった。また、後援団体は厚生省、文部省、社会福祉・医療事業団であった。それゆえに、「社協関係のボランティアフェスティバルという傾向があった」(注⑥)と言われる。第4回から「広がれボランティアの輪」連絡会議が後援団体に加わり、第18回からは主催者の一員になっている。それにより、第4回以降は、30以上、40から50前後の分科会(会場、テーマ)が設定されることとなる。それは、ボランティアの活動領域の拡張と多様化、課題認識の進展を意味する。その背景には、国(厚生省、文部省等)によるボランティア政策の推進があった。そういうなかで、行政や活動支援組織の「補完」「代替」そして「動員」などによる「ボランティア管理」(注⑦)が指摘されることにもなる。
〇なお、上に記した各大会の開催趣旨文からキーワード(初出時)を拾い上げると、例えば次のようになる。「やさしさ」「ぬくもり」「福祉のまちづくり」(第2回)、「ボランティア元年」「社会貢献活動」(第5回)、「ボランティア休暇制度」(第6回)、「NPO法」「参加型社会」(第7回)、「NPO活動」「共生社会」(第8回)、「ボランティア国際年」「市民社会づくり」(第10回)、「ボランティア・市民活動」(第11回)、「ノーマライゼーション」(第13回)、「ユニバーサルデザイン」(第14回)、「安心・安全なまちづくり」(第16回)、がそれである。
〇「1990年代に『ボランティア』は政策・言説・制度のレベルで、未曾有の隆盛期を迎えた」(注⑧)と言われる。2000年代に入ると、「新しい公共」「市民社会」「協働」「NPO」などの言葉が多用される。そうした時代背景や状況のなかで、「やさしさ」「ぬくもり」あるいは「自己実現」のボランティアは、それを自明の前提としながら「社会参加」「市民活動」のボランティアに移行する。とりわけ1998年12月に「特定非営利活動促進法」(NPO法)が施行されると、「ボランティア」に替わって「NPO」という言葉が大きく注目されることになる。そしていま、政策的かつ実践的に活動領域の急速な拡張が図られるなかで、改めて、新しい視点・視座からボランティア・市民活動の社会的位置づけや役割・機能が問われてきている。「ボランティア全国フォーラム2016」のテーマ「ボランティア・市民活動の未来をみすえる」が含意するところであろうか。ただ、新たな「ボランティア管理」や「ボランティア活動の統制」だけはご免(めん)こうむりたい。それは、ボランティア・市民活動の主体性や自律性、批判性や変革性などの性格を変質させたり、活動そのものを否定することになる。
〇最後に、「ボランティア全国フォーラム2016」の概要を示しておく。参加者はスタッフを含めて547名を数えた。

ボランティア全国フォーラム2016/平成28年11月5日~6日/東京都
テーマ/ボランティア・市民活動の未来をみすえて
趣旨
現在、多発する災害における被災者支援や、介護保険制度・生活困窮者自立支援制度等の国の新しい制度改革に伴い、ボランティア・市民活動に対する関心が高まっています。
一方で、地域の生活課題や個人、家族の福祉ニーズが多様化・複雑化・深刻化してきている状況下では、ボランティア・市民活動の「理解・普及」に加え、ボランティア・市民活動を分析的に協議し、また情報共有する場が必要かつ重要です。
そこで、ボランティア・市民活動を地域で牽引していく団体や個人の方々の全国的な実践交流、情報共有・相互研鑽の場となることを目的に、「研究協議」の要素に重点をおいたボランティア全国フォーラムを今年度から新たに開催します。
本フォーラムでは、「ボランティア・市民活動の未来をみすえる」をテーマに、第1日目ではボランティア・市民活動の変遷、今、そしてこれからを全体で共有し、2日目の分科会の5つテーマにつなげます。2日目の分科会では、5つのテーマ(①協働、②福祉教育・市民教育、③財源、④グローバル、⑤ユース)を主軸として、先駆的な事例などを発信しながら、今課題になっていること、それを解決するための手法などについて各分科会で共有します。最後に分科会の登壇者によるトークセッションを行い、企画意図なども併せて見ていくことで別視点から分科会を紐解きます。
過去24年間にわたり開催してきた「全国ボランティアフェスティバル」は「ボランティア全国フォーラム2016」に引き継がれました。
分科会/①まちの元気はみんなでつくる~多様な協働が生み出す地域力~、②ボランティアへのやる気を起こす“スイッチ”を探そう~福祉教育・市民教育の視点から考える~、③非営利組織を育てる財源について考えよう~出し手と受け手の「思い」をひとつに~、④グローバル社会におけるボランティア活動~日本から世界、そして日本へ~、⑤Youth Empowerment~ユースのパワーを社会に~


①「広がれボランティアの輪」連絡会議は、あらゆる国民が「いつでも、どこでも、誰でも、楽しく」ボランティア・市民活動に参加できるような環境づくり、気運づくりを図る目的で、全国的なボランティア・市民活動推進団体や学校教育・社会教育関係団体、青少年団体、協同組合、労働団体、マスコミ系社会事業団等によって1994年6月に結成された。ボランティア・市民活動への全国的な参加よびかけ、ボランティア・市民活動のあり方に関する懇談会やシンポジウム、フォーラムの開催、提言活動等の広報・啓発活動を推進している。事務局は、全社協/全国ボランティア・市民活動振興センターが担当している(「広がれボランティアの輪」連絡会議ホームページより)。
②1975年8月に設置された中央ボランティア・センターを改組・強化して再発足した。初代所長は木谷宣弘。2010年4月に、現在の全国ボランティア・市民活動振興センターに名称変更した。
③「全国ボランティアフェスティバル」の最後の大会となった「ふくしま大会」では、開催に当たって、「全国ボランティアフェスティバルの目的」について次のように記している(福島県社協ホームページより)。それは一面では、24年にわたる開催(経緯や経過、事情や背景)を通じて収斂され、明確化されたものであり、また今後の課題でもあると言えよう。
全国ボランティアフェスティバルの目的
(1)ボランティア・市民活動に関する全国的な情報交換・研究協議の促進
・全国各地からの参加者による情報交換・研究協議を通じた全国的な活動の現状・課題の相互確認と今後の各地域における活動充実・強化への寄与
・関係者(団体間・実践者間・研究者間等)の交流を通しての全国的な実践交流・研究交流の関係強化
(2)開催都道府県のボランティア・市民活動推進基盤の強化等
・開催プロセスを通じた実行委員会構成団体や各事業企画運営者間のネットワーク強化
・運営・参加関係者の情報交換、研究協議、交流等による県内実践活動の充実強化
・幅広い県民へのボランティア・市民活動のPR効果(理解と参加の促進)、運営ボランティア参加を契機とした活動者の広がり等
・地元への経済効果(宿泊滞在、地元物産展示・販売、観光等)
④『ボランティア活動10年のあゆみ―全国ボランティア活動振興センター10年史―』全社協、1988年3月、20~21ページ。
⑤『ボランティア活動年報〔1989〕〔1990〕〔1991〕』全社協・全国ボランティア活動振興センター、1989年版/1990年3月、116~118ページ、1990年版/発行年不明(1991年3月?)、137~143ページ、1991年版/1992年3月、145~149ページ。
⑥『全国社会福祉協議会百年史』全社協、2010年10月、454ページ。
⑦岡本栄一「ボランティア活動の歴史的考察―時代の変遷からその意義を問う―」『社会福祉研究』第112号、鉄道弘済会、2011年10月、65~73ページ。
⑧仁平典宏『「ボランティア」の誕生と終焉―〈贈与のパラドックス〉の知識社会学―』名古屋大学出版会、2011年2月、419ページ。

附記
①本稿のタイトルに記している、全国ボランティアフェスティバルの24年間の参加者総数「101万人」については、〈1〉『全国社会福祉協議会百年史』全社協、2010年10月、339ページに掲載されている第1回から第17回までの参加者数(全体会・分科会・ふれあい広場参加者)、〈2〉「地域福祉・ボランティア情報ネットワーク」(全社協ホームページ)にアップされている第18回から第23回までの参加者数(第18回は全体会・分科会・ふれあい広場参加者、第19回~第23回は一般参加者・関係者)、〈3〉『第24回全国ボランティアフェスティバルふくしま 報告書』2016年3月、2ページに記されている参加者数2,305名、を合計したものである(延べ101万721名)。
②2016年12月に公表された「地域力強化検討会」の「中間とりまとめ」をめぐって、原田正樹先生(日本福祉大学)から次のようなコメントをいただいた。先生のいつもながらの心遣いに感謝し、紹介しておくことにする。

「中間とりまとめ」に対する私の見解は、『月刊福祉』2月号(※1)にまとめておきました。ご高覧いただければ幸いです。基本は、2008年の「地域福祉のあり方」報告(※2)ですので、枠組みは変わっていません。ただ「国民の社会福祉活動への参加の指針」(※3)は、そろそろ変えなければいけないと思っています。1993年から一度も見直されていないのですから。とはいえ全国ボランティアフェスティバルも、ボランティア推進7カ年計画(※4)も、この指針が背景にあったわけですから、政策との関連を見ておかないといけないと思います。全国ボランティアフェスティバルも、事務局体制の変遷を見ておくことが重要だと思います。まして皇室が参列していたボランティアフェスティバルとは何だったのか。いずれ歴史的な評価が為されると思います。この極めて「日本的なボランティア」が、どのように発展していくのか、そこが福祉教育・ボランティア学習の意義にもつながると思います。

※1 原田正樹「地域共生社会の実現に向けて」『月刊福祉』第100巻第2号、全社協、2017年2月、42~47ページ。
※2 『地域における「新たな支え合い」を求めて―住民と行政の協働による新しい福祉―』(これからの地域福祉のあり方に関する研究会報告)全社協、2008年6月。
※3 「国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」(厚生省告示第117号)1993年4月。
※4 「ボランティア活動推進7ヵ年プラン構想」全社協・全国ボランティア活動振興センター、1993年5月。
③第20回(TOKYO)から第24回(ふくしま)までの分科会のテーマについて纏めておく(『報告書』より)。一瞥すると、地域・社会づくりをめざすボランティア・市民活動の「広さ」(範囲)を痛感するが、問われるのは「強さ」(批判的思考、ソーシャルアクション等)である。
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謝辞
本稿をアップするにあたっては、全社協/全国ボランティア・市民活動振興センターと富山県社協/地域福祉・ボランティア振興課には格別のご高配を賜りました。ここに記して深く感謝の意を表します。

追記(1)
ボログ読者の要望により、全国ボランティアフェスティバルの参加者数について紹介します(附記①参照)。/2017年1月30日
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追記(2)
熱心なブログ読者(盟友)から、次のような感想をいただきました。感謝申し上げます。本人の承諾を得て紹介します。/2017年2月1日

極めて貴重な資料だと思いました。とても参考になります。貴兄のご指摘どおり、官製のボランティアの危うさを良く示しているような気がします。近年は災害が起きるたびに、多数の人が参加することが当たり前になり、さらにはその力を日常にまで求められる構造になりつつありますね。昔、「小さな親切、大きなおせっかい」という言葉がありました。また、誰かが言いましたが、「日本にはホームレスになる自由もない」ということも思い出します。

福祉教育は「批判」と「変革」を必要要件とする:「福祉教育と批判的教育研究」に関するメモ―日本福祉教育・ボランティア学習学会の新体制に寄せて―

〇日本福祉教育・ボランティア学習学会は、2016年11月、原田正樹先生(日本福祉大学)を会長とする新役員体制をスタートさせた。原田先生の会長就任の挨拶は、名実ともに「存在感のある学会」をめざす強い信念や決意そして覚悟がにじむものであった。注目されたのは、学術・研究活動や実践・ネットワーク活動については当然のこととして、学会のソーシャルアクション機能についての言及であった。その時々の福祉・教育政策や関連分野・領域の動向分析と、それに基づく問題提起や政策提言・権利擁護(アドボカシー、注①)などの活動を学会内外に向けて行っていきたい、というものであった。福祉教育の研究・実践活動や学会活動に閉塞感や憂鬱(ゆううつ)を感じている筆者(阪野)にとっては、「原点に立ち返る時である」という意味においても、原田先生の所信表明には今後に期待するところ大なるものがある。
〇ところでいま、筆者の手もとに、「批判的教育学」(Critical Pedagogy)の必読書であるマイケル・W・アップル、ジェフ・ウィッティ、長尾彰夫編著『批判的教育学と公教育の再生―格差を広げる新自由主義改革を問い直す―』(明石書店、2009年5月)がある。そこには長尾の論稿「教育改革のポリティックス分析―新たな『教師論』の構築に向けて」が収録されている。
〇本稿では、原田先生の所信表明(とりわけ福祉・教育政策の分析やソーシャルアクションの展開についての言及)を機に、長尾の言説のなかから、筆者なりにいま一度再認識しておきたい一節を抜き書きあるいは要約する(見出しは筆者)。

(1)新自由主義・新保守主義と公教育の破壊
自由経済と強い国家を追求する新自由主義と新保守主義(注②)の勢力は、一方で「民主主義」を口にしつつ、他方では民主主義の意味そのものを根底から変え、さらなる格差や不平等を作り出している。また、「伝統」を声高に叫びつつ、それに異を唱えるものは徹底的に排除する。こうした「改革」がもたらす最大の問題は、公教育の破壊である。(3ページ)
(2)批判的教育学・批判的教育学者の使命
批判的教育学は、新自由主義と新保守主義による政策と実践が子どもや教師に与える影響(問題状況)を明らかにする。究極的には、非民主的な「改革」を押し戻し、真の「民主主義と市民性」に基づく「改革」を推し進める。そのために、進歩主義的な社会運動と協力しながら行動する。それが批判的教育学や批判的教育学者の使命である。(3~4ページ)
(3)現代の教育改革の特徴
教育改革はしばしば、官邸・内閣を中心とした時の政治的権力によって推進される(中曽根内閣が1984年8月に設置した「臨時教育審議会」や安倍内閣が2006年10月に設置した「教育再生会議」等)。それは、従来型の、文部科学省の官僚的・行政的権力による教育改革とは異なる。しかも、その両者の間には、共通性(点)と異質性(点)が存在する。現代における教育改革は、こうした微妙にして深刻な矛盾と対立を含んだ権力構造の分析なしには、その実像と特徴を捉えることはできない。(151ページ)
(4)ポリティックスの意味
ポリティックス(politics、政治学)とは、政党や政治が行っているような狭い意味での「政治的な事柄」「政治活動」を意味するのではない。ある事態や事柄をめぐって、それに関わる様々な人々や集団が、それぞれの利益と被害に関わるパワー(権力)を行使していく過程、およびそれによって生み出されていく(権力的な)諸関係をいう。(152ページ)
(5)教育改革のポリティックス分析
教育改革のポリティックス分析では、教育改革に関わるさまざまな集団や組織の利害や権力(パワー)が、どのように複雑に作用しているかというその状態(権力作用の関係)を具体的・現実的に分析する。その際、何のためにポリティックス分析を行うのかという、ポリティックス分析のめざすべきところをどこに設定するのかを明らかにしておくことが重要となる。(154ページ)
(6)教育改革と教師の「批判的権力」
教師は、教師としての視点と立場に基づくパワー(権力)を行使しながら、教育改革に関わっていくことが求められる。そのパワーの根底に据えられるべきは、教師が実際的な教育現場に関わっていくという専門性であり、それを基礎に、教育政策を批判的に捉え対象化していくいわば「批判的権力」である。教育改革のポリティックス分析では、教師が「批判的権力」をいかに獲得していくか、それを可能にする「教師論」とはいかなるものかが重要な課題となる。(163~164ページ)

〇「学校における福祉教育」は、歴史的・客観的な評価・分析を行わないまま、「指定校制度」を過去のものにしつつある。それに代わって登場した「地域を基盤とした福祉教育」は、ただ時流に乗ることを優先し、曖昧な「地域指定」や「実践主体」のもとで進められている。その当然の帰結として、一部の社協(職員)や学校(教師)を除いて、社協と学校の関係が表層化・限定化し希薄化している。そしていま、福祉教育関係者は、文部科学省が進める「コミュニティ・スクール(Community School)」や「アクティブ・ラーニング(Active learning)」に何の躊躇もなく、無邪気に秋波を送っている。
〇こうした動向や実態(課題)を生み出したその時々の福祉・教育政策に対して、福祉教育の実践(実践者)や研究(研究者)は、十分な関心を持って臨んできたであろうか。それぞれの福祉・教育政策の真の狙いを抉(えぐ)り出すことなく、それらを無批判的・盲従的に是認し受容する。そのうえで福祉・教育政策に適応(適合)する福祉教育実践のあり方を探究してきたのではないか。長尾の言説から、福祉教育の実践や研究のあり方を厳しく問ういくつかの示唆を得ることができる。
〇筆者の手もとには、もう一冊、ヘンリ―・A・ジルー著、渡部竜也訳『変革的知識人としての教師―批判的教授法の学びに向けて―』(春風社、2014年1月)がある。本書は、アメリカの批判的教育学者であるジルー(Henry A. Giroux)が1970年代から80年代にかけて発表した論文を集録し刊行(1988年)したものの全訳である。
〇訳者の渡部によると、ジルーの教育論は「二部構成」から成っている。そのひとつは、「生徒(特にこの場合、被抑圧者たちの子どもたち)が日頃慣れ親しんでいる文化的経験に結びつく仕方で自分たちの社会的ポジションを力動的に捉えていけるような知の枠組みを提供していくアプローチ」即ち「批判の言説」である。いまひとつは、「必要ならばその社会的ポジションの変革に向けて文化的経験の読み替えを行い(既存の社会体制に疑問を呈するような新たな解釈可能性の発見)、同じ問題意識に立つ外部の団体などと協力して実際に変革への力をつけていくためのアプローチ」即ち「可能性の言説」である。この二つの言説を換言して要約すれば、「日常言説の自明性を疑うための批判的分析と新たな可能性の提言」となる。(383ページ)
〇ジルーの批判的教育学については原典に当たっていただくことにして、ここでは、本書のタイトルでもある「変革的知識人」(transformative intellectuals)に関する次の一節を付記するにとどめる。

(1)学校は論争的領域である
学校は実際のところ、政治や権力から隔離された客観中立の装置などではなく、権威の諸形態、知識の型、道徳的規則の諸形態、過去の見方や未来の展望などのうちのどれを正当化して子どもに伝えていくべきかという問題をめぐる闘争を具体化して表現した論争的領域である。学校は決して中立的な場ではなく、教師も同じく中立的な立場にいることなど不可能である。(237ページ)
(2)教師は教育改革の主体である
教師は教育改革の主体である。教師は学校の官僚的組織のなかで、専門職化された技術職ではない。即ち、教師は単に、前もって定められた目標を効果的に達成するために職業的に準備をするパフォーマーとして見なされるようなことはあってはならない。教師は、知への価値に対して特別に貢献し、また若者の批判的パワーを高めること(思慮のある能動的な市民を育成すること)に自由でなければならない。(230、235ページ)
(3)教員養成の変革が求められる
教師が生徒を活動的・批判的市民に育てるためには、教師が変革的な知識人となるべきである。現在の大学や教員養成ではしばしば「ハウ・ツー」が優先され、そのような仕事をどのようにこなすのか、与えられた知識体系を教授するのに最善の手法をどのようにマスターするのか、といったところに力点が置かれている。「変革的知識人」としての教員養成のあり方を問う必要がある。(232、237ページ)

〇ジルーの言説に関しては、教育は本質的に政治であり、権力である。学校は現実的にも、政治や権力の構造と機能を持っており、それゆえに子どもの批判的主体性の育成や能動的市民性の形成を図る場として存在する。学校教育は「政治的中立性を確保しなければならない」「権力と結びつくことがあってはならない」というのは、幻想である。学校教育では、学校外部の地域・社会におけるそれ(政治や権力)との関わりで、どのような理念や目的や価値観を有する政治や権力の場として学校を位置づけるかが問われることになる。これらの点を再認識しておきたい。
〇ジルーがいう「変革的知識人としての教師」については、少なくとも社会科教師にはそのあり方が問われることになるが、全ての教師にその素養や能力が求められるとは言い難い。この点を「市民福祉教育」に引き寄せて言えば、先ずは、福祉教育担当の学校教員や社協職員、そして「活動する市民」「市民エリート」(坂本治也)などが福祉・教育政策を批判し変革する知識や能力を身につける必要があろう。その際の福祉教育は、「思いやり」などの特定の価値観を押し付ける道徳主義や、「共に生きる」などの口当たりの良い言葉を唱えるスローガン主義に基づくものでないことは言うまでもない。
〇福祉教育は、人権尊重や社会正義の価値を基盤に、福祉・教育政策を批判し変革するソーシャルアクションやアドボカシーについての思考(批判的思考)と実践(変革能力)を必要要件とする。本稿で再認識したいのはこの点である。


①アドボカシー(advocacy)は、元々は「擁護」や「支持」「唱道」などを意味する言葉である。やがて、「政策提言」や「権利擁護」など、特定の政策を実現するために社会的な働きかけを行う活動を示すようになった。また、「政府や自治体に対して影響をもたらし、公共政策の形成及び変容を促すことで、社会的弱者、マイノリティー等の権利擁護、代弁の他、その運動や政策提言、特定の問題に対する様々な社会問題などへの対処を目的とした活動」とも定義される(「日本アドボカシー協会」ホームページより)。
②「新自由主義」と「新保守主義」については、取りあえず次のように理解しておくことにする。「新自由主義」は、「小さな政府」による社会保障・福祉・介護の縮小・削減を進め、大幅な規制緩和や市場原理主義を重視する経済思想。安倍内閣は、財政支出の拡大を図る「大きな政府」を志向している。「新保守主義」は、日本においては中曽根内閣(アメリカではレーガン政権、イギリスではサッチャー政権)を代表例とする政治思想で、「小さな政府」の立場を取り、日本の歴史や伝統文化を重視し、憲法改正の推進や日米関係の強化などの傾向を示す。

付記
本稿について、原田正樹先生から次のようなコメントをいただいた。いつもながらの心遣いに感謝したい。

クリティカル(critical)という概念をどう受け止めればいいのか。クリティカル・リフレクション(critical reflection、批判的省察(せいさつ))といわれる実践をみたとき、自分自身を批判的にリフレクションするか、あるいは他人事として社会を批判するだけのリフレクションになっているのが気になります。
クリティカルというのは「批判」という意味だけでなく、論理的検証にもとづく「推察」とでもいいましょうか。ひとつの思考の枠組みを疑ってみて、違う論理の組み立て方ができないか、複数の視点から検討してみる。本来はクリティカルというのはそうした思考方法だと思うのです。ところが、実際には批判に留まっているだけです。
そこで、クリティカル・リフレクションからクリエイティブ・リフレクション(creative reflection)という提案をしてみました。創造的リフレクションというのは、提言や提案をする、ということになります。つまり、アドボケイトやクリエイティブなものです。
福祉教育では、そうした点が十分でなかったために、「社会」への指向性が弱かったのではないかと考えています。(原田正樹「福祉教育・ボランティア学習における創造的リフレクションの開発」『日本福祉教育・ボランティア学習学会研究紀要』Vol.20、2012年11月、41~52ページ)

なお、原田先生は、その論文で「リフレクションの展開」を以下のように整理している。また、「創造的省察とは、現時点から過去の行為をふりかえるだけではなく、近未来の自分や社会を創り出すという視点から、リフレクションをしていくことである。同時にリフレクションを通して、近未来を創り出していくという指向性を有している」(43~44ページ)と述べている。
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市民福祉教育研究所/2016年のブログ/年間レポート

市民福祉教育研究所/2016年のブログ/年間レポート 

統計情報
2016年にこのブログは19,588回表示され、訪問者は11,662人を数えました。
2016年には20件の新しい投稿が追加され、「まちづくりと市民福祉教育」26件、「ディスカッションルーム」64件、「雑感」42件、「研究者報告」1件、合計で133件になりました。
検索キーワードと表示回数は、「阪野貢」124回、「活私開公」102回、「はいまわる経験主義」83回、「村を育てる学力」76回、「市民福祉教育研究所」69回、「アウトリーチ福祉」61回、「互酬性の規範」59回、「東井義雄 村を育てる学力」47回、「這い回る経験主義」39回、「岡本栄一 地域福祉」33回を数えました。
2012年6月25日にこのブログを開設して以来、2016年12月31日現在で92,303回表示されました。

注目記事
以下は、2016年に最もよく読まれた投稿です。末尾の数字は表示数です。
(1)問題解決学習と“はいまわる経験主義”―資料紹介―/2014年4月11日/1,419回
(2)地域福祉推進の基本的視点―福祉教育実践の内容と方法を考えるために―/2013年6月22日/934回
(3)ソーシャル・キャピタルと市民福祉教育/2012年8月21日/903回
(4)福祉教育におけるアウトリーチ活動―福祉の(による)まちづくりの住民主体形成を推進するために―/2012年11月19日/862回
(5)「滅私奉公」と「活私開公」―資料紹介―/2014年12月12日/658回
(6)今、改めて問われる「村を捨てる学力」と「村を育てる学力」―資料紹介―/2014年3月22日/577回
(7)障害は個性ではない―障がい者差別の解消に向けて―/2013年11月14日/559回
(8)協働と共働/2013年9月16日/458回
(9)パターナリズムと市民福祉教育/2012年9月10日/335回
(10)介護等体験と福祉教育―介護等体験は“古くて狭い”福祉観や教育観を再生産する―/2012年10月24日/300回

読者の所在地
読者の所在地は、合計22ヶ国、( )内は表示数です。
人気の国は、日本(18,581回)、アメリカ合衆国(802回)、大韓民国(83回)、アイルランド(38回)、台湾(29回)、イギリス(11回)、中国(7回)、タイ(7回)、オランダ(6回)、デンマーク(4回)です。

時代の危うさのなかで意志すべきもうひとつの視座:「無自覚な自発」と「下からの動員」―読後メモ―

〇宮崎県都城市は、県の南西部、鹿児島県との県境に接し、都城盆地の中央に位置している。農林畜産業が盛んで、人口約16万4,000人、世帯数約7万世帯(2016年12月現在)、高齢化率28.8%(2014年1月現在)を数える、県内第2の都市である。
〇旧・都城市は、1989年10月に全国の自治体で初めて「ウエルネス都市」(注①)宣言を行い、「市民が主役」「ソフト先行」のまちづくりを積極的に進めてきた。1995年度には、「都城市地域福祉構想」を策定し、「長寿福祉都市」を実現するための総合的・体系的な施策を展開してきた。
〇旧・都城市社協では、1995年度に「都城市地域福祉活動計画(ふくしみらい21都城)」、1998年度に「地区社協構想」を策定し、地域福祉活動の推進や地区社協の組織化などを図ってきた。2000年度から2001年度の2年間、全社協の「地域福祉計画モデル事業・モデル地区指定」を受諾したことを契機に、以後(2006年1月以降の新・都城市においても)、地域福祉計画(2003年度)や地域福祉活動計画(第2次・2004年度、第3次・2015年度)の策定に先進的・積極的に取り組んできている(注②)。
〇筆者(阪野)の「都城」のイメージは、市民主体・市民主導の「まちづくり先進地」「福祉先進都市」である。
〇旧・都城市社協では、1980年度から「社会福祉普及協力校」事業(国庫補助事業による「学童・生徒のボランティア活動普及事業」)に取り組み、2004年度に市内全学校の指定を終了した。2003年度からは、地域ぐるみの福祉教育活動の充実をめざして、地区指定による「福祉教育推進事業(県社協地域指定事業)」の推進を図っている。また、都城市教育委員会では、まちづくりの一助として、2013年度から全小・中学校に「都城市学校運営協議会」を設置し、学校・家庭・地域社会が一体となって学校づくりに取り組んでいる。学校運営協議会を設置している学校を通称「コミュニティ・スクール」(注③)と呼ぶが、地域に開かれ地域に支えられる学校、地域のなかの学校づくりである。
〇福祉教育推進事業やコミュニティ・スクールによる「地域連携教育」に取り組む「まち」、これも筆者の「都城」のイメージである。
〇去る11月25日から27日にかけて都城市の中学校を会場に、日本福祉教育・ボランティア学習学会第22回大会が開催された。大会会場が教育現場の中学校であったことと、大会が開会される前日にその中学校で「公開授業」や「授業研究」などが行われたことは、1995年10月の学会創設以来、画期的なことであった。筆者は、都城で積極的に取り組まれている「福祉教育とコミュニティ・スクール」について議論する分科会に参加した。大会の主旨は時宜にかなった有意義なものであり、多くの研究報告(「特別課題研究(みやざき企画)」等)や大会運営などを通して、先入観のせいでもあるまいが、地域・住民の“思いと力”の豊かさと強さを痛感した。
〇都城から拙宅に戻ったあと、手もとにある中野敏男(東京外国語大学)の著書『大塚久雄と丸山眞男―動員、主体、戦争責任―』(青土社、2001年12月)に所収の論文「ボランティアとアイデンティティ―普遍主義と自発性という誘惑―」(初出は「ボランティア動員型市民社会論の陥穽」『現代思想』vol.27-5、青土社、1999年5月、72~93ページ。陥穽(かんせい)おとしあな:阪野)を読み返したい気になった。今またなぜ「中野敏男なのか」「ボランティア動員論なのか」と言われそうであるが、以下は、留意すべき重要な点として筆者が再認識した、中野のボランティアをめぐる論点や言説(「動員論」)の一部である(見出しは筆者)。

「システム危機管理型国家」の方向
今日の日本で「ポスト福祉国家」の道として提示されているのは、国家の機能上の重心を「社会福祉」から政治-軍事的、経済的な「システム危機」への対応に大きく移行させた「システム危機管理型国家」とでも言うべき方向であって、それは、一方で有事を想定した安全保障のための「新ガイドライン」の導入や金融システムの危機に対する大規模な「公的資金」の投入など顕著に権力国家的・介入国家的な性格と、他方では教育や福祉などの部門に「法人化」の促進や「介護保険制度」の設立に示されるような市場原理の導入をもってする「リベラル」国家的な性格とを兼ね備えていこうとするものなのである。そしてこの道は、この国家システムに「主体」的に参与する「国民」の自発的意志をより多く必要とし、他方では、そこから外れたアウトサイダーやマイノリティに対するレイシスト(racist、差別的思想を持つ者:阪野)的な異者排除と、「福祉」や「保護」を要求する「弱者」の存在の軽視、あるいは「二流国民」化に進まざるをえないはずだし、現にそうなってきている。「国旗・国歌」法の制定(1999年8月公布・施行:阪野)から教育基本法の改定(2006年12月公布・施行:阪野)へ、そして憲法の改定へ、この一連の制度整備の動きは、現に自覚的なものになっているその方向への政策意思の表れとして読むことができる。ここで国家は、相対化されるどころか、新たにより危険な支配的機能を強化しようとしているのである。(253ページ)

ボランティアの動員
ボランティアは、言葉の意味からすれば人々の「自発性」を示すものだけれど、現在の状況下でそれを、「人間の主体の自立」の表れなどと賛美できるのだろうか。(中略)今日、ボランティア活動の意義をひときわ声高に宣揚している者とは、誰なのか。もちろんそれは、決して市民社会の可能性をポジティヴに見ようとする論者だけではあるまい。例えば、むしろ日本の文部科学省が、市民社会が対峙するはずの当の国家システムを代表する位置から、とりわけ精力的かつ組織的にボランティア活動の推進に努めているということがある。(257ページ)
ここに浮かびあがっているのは、国家システムが主体(subject)を育成し、そのようにして育成された主体が対案まで用意して問題解決をめざしシステムに貢献するという(「アドボカシー(advocacy 政策提案)型の市民参加」)、まことに都合よく仕組まれたボランティアと国家システムの動態的な連関である。すなわちボランタリーな活動というのは、国家システムを越えるというよりは、むしろ国家システムにとって、コストも安上がりで実効性も高いまことに巧妙なひとつの動員のかたちでありうるのである。
ボランティアは、国家システムの側の要求でもある。そう考えてみると、この要求が今日ことさら大きな声でなされているわけもよく理解できる。「福祉」などの機能をボランティアがより広範に果たすようになれば、(中略)国家の機能転換すなわち「福祉国家」から「システム危機管理型国家」への転換は、より容易になるはずだ。現在流行のボランティアの称揚は、もちろん進行中の「行政改革」や「教育改革」にも、そして「安全保障」にも、きちんとリンクしていると考えなければならないのである。そうだとすれば、それだけでも、この現在の動きにそんなに簡単に乗っかっていいのかという問いは避けられない。(258~259ページ)

ボランティアの自発性
「自発的」だからといってシステムから「自立」しているなどとは言えない(中略)。自発的なボランティアは、それの社会的機能から考えればむしろ無自覚なシステム動員への参加になりかねないのだし、ボランティアの自発性をただ称揚する市民社会論は、その点を塗りつぶすことによって、進行するシステム動員の重大な隠蔽に寄与しかねないということである。(260ページ)
現状とは別様なあり方を求めて行動しようとする諸個人を、抑制するのではなく、むしろそれを「自発性」として承認した上で、その行動の方向を現状の社会システムに適合的なように水路づける(中略)。今日、「ボランティアという生き方」がさかんに強調されるようになっているのは、実は、まさにそのような方策としてそれが採用されているということなのではないだろうか。(278~279ページ)

〇中野の言説のひとつは、「ボランティアという生き方」は、諸個人が「何かをしたい」という意志(自発性)だけがあるにすぎない。その主体=自発性は、それ自体としては「目的」や「中身」を持たない抽象的なものである。それゆえに、国家の呼びかけに応え、国家を補完する無自覚的なシステム動員への参加になりかねない。「自発的」だからといってシステムから「自立」しているとは言えない。ボランティアも、人間の主体=自発性も、「下からの公共性」(258ページ)のようにみえて、国家や行政によるいわば“下からの動員”のシステムに組み込まれている、というものである。そこで、中野は「今日のボランティア活動の高まりに市民社会の復権を見る論者たちは、そのようなボランティアのあり方にしっかり注意を払っているだろうか」(281~282ページ)と問いかける(批判する)。
〇ボランティアは、現状の国家や社会のシステムから自立・自律した「市民自治」をめざすものであると言われる。そうだとすれば、市民主権やまちづくり、主体形成などを説く「福祉教育論」はこれまで、「市民自治」や「まちづくり」を厳しく問い、深く考究してきたであろうか。その点に関して、中野の論考は、阪神・淡路大震災が発生した4年後に発表されたものであるが、震災後20年が経っても古さを失っていない。2011年3月の東日本大震災や2016年4月の熊本地震などが発生するなかで、むしろその重みは増していると言ってよい(注④)。
〇ところで、筆者の手もとに、小林啓治(京都府立大学)の『総力戦体制の正体』(柏書房、2016年6月)と題する本がある。本書は、「地域社会が1930年代以降の戦争にいかに巻き込まれ、あるいはそれを支えてきたかを、主として村の行政(村役場文書:阪野)を中心に明らかに」(327ページ)したものである。「全体主義的権力の基盤となる地域社会」「行政機構を通じた住民自治の破壊」「住民の主体化と動員の裏表(うらおもて)」等が含意するところに留意しながら、小林の言説の一部を付記(紹介)しておくことにする。文脈を無視した、牽強付会(けんきょうふかい)な引用と評されることを恐れずに、である。ただ、中野と小林の論考を併読すると、1930年代以降に地域・住民の内面を染め上げた政治・経済や教育(啓蒙)の、現代の状況との類似性が浮かび上がってくる。

満州事変(1931年9月~1933年5月:阪野)を契機に総力戦体制の構築が具体化し始めると、兵事行政は軍事行政として把握されるようになり、日中戦争(1937年7月~1945年8月:阪野)を契機に軍事援護も包括した軍事行政へと完全に変貌した。軍事援護の末端を統括したのは市町村行政であり、その活動が府県の通牒によって指示される以上、取り組みに対する熱意の差はあれ、それにしたがわざるをえないことは自明であった。その意味で、行政機構を通じた総力戦体制こそが自治を窒息させたと言えよう。(329ページ)

地域から見た総力戦を考える際に、1920年代以降の地域における自治意識や自治的活動の高まりをどう評価するか。30年代の農村で中心的な課題となったのは、恐慌下で沈滞した経済の立て直しであった。(そこで政府は、1932年から経済更生運動をスタートさせた。:阪野)。経済更生運動は行政村に依拠した「村中心」意識を涵養することによって、それを目指そうとした。
経済更生運動と軍事的組織化が同時期に進行していった。軍事的組織化は経済更生運動の成果を取り込みながら展開していったと言える。経済更生運動の過程で形成されつつあった村の一体性や「村中心」意識と、運動を進めるにあたって必要とされた統制的側面が、総力戦体制の構築にとってまたとない好条件となったことは否定できない。
地域社会における総力戦体制のための組織化は複線・複合的かつ重畳的展開としてとらえるべきである。(332~335ぺージから抜き書き)

総力戦体制は国民動員の究極的な形態である。戦争を総力戦たらしめたのは、基本的には資本主義が生み出した科学技術と生産力の発達であり、国家の組織力あるいは動員力が一定の高さに到達することが必要であった。そのためには、強制力だけではなく、主体化の契機が不可欠となる。国民としての主体化と動員は表裏一体をなすと考えるべきである。(339ページ)

地域社会は決して単一構造ではない。「場所」のコミュニティも多層・多様なものとして想定されるべきだが、それらが国家行政システムにどのように向き合うのか、あるいはどのような関係を構築していくのかが意識的な問題化されなければならない。さもなければ、(中略)現実の政治・経済的権力に押し流されてしまうだけだろう。災害・治安・国防(安全保障)などの回路によって、統合・統治・総動員に回収される契機は地域社会に内包されていることに配慮が必要である。その意味でも「総動員」は決して歴史的産物となったのではない。(345ページ)

〇いま、「グローバル神話の崩壊」や「新自由主義の終焉」が指摘されている。「一億総活躍社会」(2015年10月に発足した第3次安部晋三改造内閣のキャッチフレーズ。)や「アメリカ・ファースト」(2016年4月にアメリカ大統領候補者のドナルド・トランプが表明した外交政策の原則。)が唱えられている。その先にあるのはどのような国や社会なのだろうか(注⑤)。また、どのような福祉や教育をつくるべきなのだろうか。その点について追究し探究することが、「市民自治」や「まちづくり」についての地域・住民の思いや願い(感性)、知識や能力(理性)が再び国家にのみ込まれないために、強く求められている。国や政府関係者が好んで使う言葉(セリフ)である「丁寧な説明」「国民的議論」などを字義通りのものにする取り組みにおいて、である。


①ウエルネス(wellness)とは、「プラス発想と自己責任のもと、今よりも良くなろう、より良い状態になろう」という意味で使用。一言でいうと「元気」。広義は「個人の身体的健康から精神的健康、人間性を含む概念」「健康行政から文化、アメニティ(快適性:阪野)をも含む積極的な概念」となっている(都城市「第58回市町村職員を対象とするセミナー 都城市レジュメ」厚生労働省、2006年9月)。
ウエルネス運動とは、旧都城市において、「市民が主役」と「元気な心づくり」を基本に取り組んだ、「ウエルネス都城」を都市目標像とした、市民主導のまちづくりのための運動(『都城市地域福祉計画』都城市、2010年3月、8ページ)。
②都城市における「地域福祉の流れ」は次の通りである(都城市社協報告)。
平成 8年 第1次都城市地域福祉活動計画(社協) 
平成10年 地区社協構想、同モデル事業
平成14年 都城市地域福祉計画・11地区計画(行政計画)
平成15年 第2次都城市地域福祉活動計画(社協)
平成16年 「第10回地域福祉実践研究セミナー」(日本地域福祉研究所:阪野)
平成18年 一市四町社協法人合併
平成21年 第2次都城市地域福祉計画(行政計画)
平成23年 新燃岳噴火、災害VC設置
平成27年 第3次都城市地域福祉活動計画(社協)
(『日本福祉教育・ボランティア学習学会 第22回みやざき大会in都城 報告要旨集』2016年11月、52ページ)。
③文部科学省は、すべての公立学校がコミュニティ・スクールをめざすべきであるとして、「コミュニティ・スクール推進員(CSマイスター)」(2016年4月現在、全国で33名、小・中学校長、学校運営協議会長、大学教員、教育委員会教育長など)の派遣事業などを通して、コミュニティ・スクールの推進やその普及・啓発に努めている。
④ここで、仁平典宏の次の言説を紹介しておきたい。

「全ての動員は悪い」と総称的に論じるより、その動員が何と接続しているのかを個別に精査/評価する方が、有意義(である:阪野)。文脈抜きの動員批判は、文脈抜きの協働擁護と同じぐらい認識利得が小さい。中野敏男(1999)に端を発する近年のボランティア動員批判も、政策への従属自体を問題とする民主化要件➀(国家から自律しているか:阪野)の観点からのみ受容されていった面がある。だが、ボランティア活動が政策に「従属」していたとしても、その政策が規範理論的に擁護可能なら、その「動員」への批判は限定的に解除されてよい。(仁平典宏『「ボランティア」の誕生と終焉―〈贈与のパラドックス〉の知識社会学―』名古屋大学出版会、2011年2月、424ページ)。

この言説に関して、仁平は、「活動が、国家から自律しているか(民主的要件①)、国家が行うべき社会保障を代替していないか(民主的要件②)が、民主的とされる基準である」(418ページ)。「動員論を認知すらしない言説が圧倒的多数ということの方が、むしろ問題かもしれない」(488ページ)と述べている。
なお、ボランティアは国家・行政主導によって「動員」される受動的存在であるという中野や仁平らの議論に対して、「異議を唱える」言説に、例えば竹中健(広島国際学院大学)のそれがある。「ボランティア行為」は、本質的に「自律性」や「内的必然性」、即ち能動的側面を内包しており、行為者の「活動経験の蓄積」によって導き出される、等の言説に留意しておきたい(竹中健『ボランティアへのまなざし―病院ボランティア組織の展開可能性―』晃洋書房、2013年3月)。
⑤「災害などの『有事』の際のボランティア」「日米のゆるぎない『同盟』関係」などと言われる。「有事」や「同盟」は、実質的には戦争や軍事に関する言葉である。また、国民に周知・認知されていないものに、「国民保護法」(「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」。2004年6月公布、同年9月施行)にいう有事の際の「自主防災組織及びボランティア」についての規定がある。強く認識しておきたい。「気がつけば有事になっていた」「その際には否応なしにボランティアに駆り出された」、それだけはごめんこうむりたい。

付記
「日本福祉教育・ボランティア学習学会 第22回みやざき大会in都城」で、宮崎県社協によって報告された「宮崎県の福祉教育・ボランティア学習の推移と現状」について紹介しておく。
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高校福祉科教育の原点に立ち返る:教師の思いと願い―資料紹介―

高校福祉科創設の経緯
1985年2月:理科教育及び産業教育審議会答申「高等学校における今後の職業教育の在り方について」で「福祉科」の設置が提言された。
1986年4月:静岡県三島高等学校の家庭科に「福祉コース」が設置された。
1987年4月:兵庫県立新宮高等学校と鹿児島県城西高等学校に「福祉科」が設置された。
1987年5月:「社会福祉士及び介護福祉士法」が制定され、介護福祉士国家試験の受験資格が取得できる高等学校の教育課程の条件が提示された。
1987年6月:文部省(調査研究グループの「福祉科部会」)によって「福祉科について―産業教育の改善に関する調査研究―」がまとめられた。
1999年3月:高等学校学習指導要領が改訂・告示され、専門教育に関する教科「福祉」が創設された。
2000年度:新教科「福祉」現職教員等講習会が開催された(2002年度までの3カ年、1,517名修了)。
2000年度:「福祉」の高等学校教員資格認定試験が実施された(2002年度までの3カ年、173名合格)。
2001年度:大学の新教職課程で「福祉」教員の養成が始まった(2000年度、課程認定を受けた大学は88校、114課程)。
2003年度:教科「福祉」が実施された。専門教育に関する教科7科目(社会福祉基礎、社会福祉制度、社会福祉援助技術、基礎介護、社会福祉演習、社会福祉実習、福祉情報処理)としてスタートした。

〇2016年8月、中央教育審議会(第8期:2015年2月~2017年2月)の初等中等教育分科会/教育課程部会/教育課程企画特別部会/産業教育ワーキンググループが、次期学習指導要領の改訂に向けた審議を取りまとめ、公表した。そこでは、高校福祉科に関して次のように整理されている。
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〇この「まとめ」は、①医療的ケアなどの福祉ニーズの高度化と多様化、②福祉実践における倫理観やマネジメント能力・多職種協働能力などの育成、③ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)・介護ロボットなどの福祉機器の活用といった高校福祉科の現状と課題に対応せんとするものである。
〇いま、福祉・介護ニーズの多様化・高度化が進むなかで、専門的な福祉・介護人材を量・質ともに安定的に育成・確保し、その資質の向上を図ることが求められている。しかし、福祉・介護現場の労働環境・処遇は依然として厳しい。また、福祉・介護に関する専門的職業人を養成する高校福祉科(「福祉系高校」「特例高校」等、注①)を取り巻く環境は決して楽観を許さない。
〇こうした時に求められるのは、高校福祉科の存在意義について再確認したり、高校福祉教育の原点に立ち返ることである。本稿では、そのための資料紹介を行うことにする。
〇高校福祉科の存在意義については、例えば、前述の「産業教育ワーキンググループにおけるヒアリング」(2016年1月実施)で、保住芳美先生(川崎医療福祉大学)が以下のような意見の開陳を行っている。そこでは、職業学科としての高校福祉科の「擁護」の視点から、15歳で将来のキャリアの方向性を決定し、自己啓発・学習に励む生徒の意欲や姿勢が重視されている。高校福祉科の存在意義や存在価値は、高校福祉教育と市民福祉教育(サービス・ラーニング)、教養教育とキャリア教育・職業教育、ソーシャルワーク教育とケアワーク教育、高校福祉科と福祉系等大学、等々の有機的関連性や連携・統合のあり方などについて追究するなかで問われるべきである。またその際には、歴史的かつ批判的な視点や思考が肝要となる。
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〇周知の通り、高校福祉教育は、国民的教養としての福祉教育と専門教育としての福祉教育、そして福祉系大学等への進学などが意図あるいは想定されてその推進が図られてきた。
〇2016年8月、「平成28年度全国福祉高等学校長会第22回総会・研究協議会並びに福祉担当教員等研究協議会」が新潟県南魚沼市(主管・八海高校)で開催された。「研究主題」は、「『福祉教育』の原点をもう一度考える―高校福祉教育が目指すもの―」であった。この全国福祉高等学校長会は、1993年11月25日、埼玉県春日部市(ホテルのレストラン)で開催された「第1回全国福祉系高等学校連絡協議会(仮称)」に遡る。
〇以下では、多くの紙幅を費やすが、「第1回全国福祉系高等学校連絡協議会」と「第2回全国福祉系高等学校連絡協議会並びに平成6年度全国福祉科高等学校長会・学科主任会」(1994年7月31日~8月1日、日本出版クラブ会館)の「記録報告」、第1回(1995年10月、主管・三島高校)から第5回(1999年11月、主管・ベル学園高校)までの「全国高等学校長協会家庭部会福祉科高等学校長会総会・研究協議会並びに学科主任等研究協議会」の「大会報告」を紹介する(注②)。高校福祉科教師の熱い思いと強い願いがひしひしと伝わってくる。高校福祉教育の原点に立ち返り、総合的かつ客観的な現状分析・評価に基づいて、将来を展望するきっかけになれば幸いである。
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①福祉系高校/介護福祉士養成課程の基準を満たす高等学校および中等教育学校として、文部科学大臣および厚生労働大臣の指定した学校。修了時に介護福祉士試験の受験資格を得ることができる。
特例高校/介護福祉士養成課程の基準を満たす高等学校および中等教育学校として、文部科学大臣および厚生労働大臣の指定した学校。修了後、9月以上介護等の業務に従事した場合に、介護福祉士試験の受験資格を得ることができる。
2015年度現在、福祉系高校は102校・102課程、特例高校は28校・28課程を数えている。
②下の表は、「第2回全国福祉系高等学校連絡協議会並びに平成6年度全国福祉科高等学校長会・学科主任会」と第1回から第10回までの「全国高等学校長協会家庭部会福祉科高等学校長会総会・研究協議会並びに学科主任等研究協議会」の開催期日、主管校、研究主題、そして各年度の加盟校数を一覧にしたものである。第1回大会(1995年)から第6回大会(2000年)まで研究主題が同一であることに注目しておきたい。
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付記
参考までに、日本社会福祉教育学校連盟が作成する「日本における社会福祉・ソーシャルワーク教育・研究の鳥瞰図」(2016年6月版)を付記しておく(学校連盟ホームページより)。
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備考
〈ディスカッションルーム〉
(88)矢幅清司「高校福祉科教育に関する資料」(平成7年度~平成22年度)/2020年3月12日/本文

「事例紹介」の罠:「失敗事例」から学ぶことの重要性―畑村洋太郎著『失敗学のすすめ』再読メモ―

〇「アクティブ・ラーニング」(Active learning)の推進が国の教育政策の重要課題となっています。それはいま、批判的な論及がほとんどないまま、流行(はや)りや大騒ぎ(空騒ぎ)になっている感すらあります。
〇アクティブ・ラーニングは、「課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び」「能動的学修」などと言われる学習形態(学習・指導方法)です。大学教育ではその質的転換に向けた方策として既に導入され推進が図られていますが、小・中・高等学校でも学習指導要領の改訂を経て、2020年度から順次取り入れられます。そういうなかで、福祉教育に関わる実践者や研究者にあっては、その是非の評価は別にして、関心事のひとつになっています。そして今後、福祉教育におけるアクティブ・ラーニングの「事例紹介」や、教材やプログラムなどの研究・開発が進められることになると思われます。
〇小・中・高等学校へのアクティブ・ラーニングの導入については、(1)能動的な学習への参加をはじめ体験活動や「言語活動の充実」(現行学習指導要領)などの「教育内容の改善」に新規性がない、(2)「教科等の目標や大まかな教育内容」(教育課程の基準)の規定を超えて、国家権力による「教育方法」への関与の拡大・強化が図られる、などと評することができます。また、(3)「生きる力」「ゆとり教育」の焼き直しであり、同じ轍を踏まないという保証はない、(4)体系的な知識の学習が軽視されるいわゆる「はいまわる経験主義」に陥らないとも限らない、(5)能動的学修についての教師や生徒の認識や姿勢・能力、学校や地域の支援体制に問題(不備、不足)があり、形骸化する恐れなしとしない。さらに、(6)生徒(学習者)の「能動性」(activity)や「能動的であること」(activeness)、学習を促進する「主体性」や「当事者意識」(責任意識に通じる)などの重要概念の定義や説明が未だ不十分である、(7)生徒の能動性や協働性などを客観的に評価することは難しく、「学修成果」を多元的・多角的に評価するための項目や基準、方法(「パフォーマンス評価」〈注①〉等)などについての研究・開発が進んでいない、などを指摘することもできます。
〇これらについての検討は別の機会に譲るとして、本稿では、「事例紹介」特に「失敗事例」の紹介に関してひとつの言説をメモることにします。そのねらいは、福祉教育におけるアクティブ・ラーニングの実践事例の紹介やプログラムの提案のあり方について考える際の視点や留意点などを理解することにあります。
〇周知の通り、福祉教育に関してはこれまで、多くの実践事例が収集・紹介され、その分析・検討を通して経験の知識化や実践の理論化が進められてきました。その際、その事例の多くはいわゆる「成功事例」であり、その裏(陰)に存在する多様な「失敗事例」については無関心だったり軽視したりする傾向がありました。
〇確かに成功事例の分析・検討は、成功の要因や条件、法則などの抽出を通して、成功の再現を促します。ただ、過去の成功事例を単になぞるだけでは、いわゆる先行事例の後追いに過ぎず、実践のマニュアル化や定型化を進めることになります。それはまた、実践者や研究者の思考停止を招きかねません。失敗事例の分析・検討については、失敗の防止や回避を図るためだけではなく、新たな成功を生み出すための積極性や探求性が求められます。「成功の鍵」は成功事例のなかにあります。また、「失敗は成功のもと」という格言があります。成功事例とともに、失敗事例も重要視する必要があります。
〇筆者(阪野)の手もとに、「失敗学」の提唱者である畑村洋太郎の本が4冊あります。
(1)畑村洋太郎『失敗学のすすめ』講談社、2000年11月(以下、[1]と略す)。
(2)畑村洋太郎『図解雑学 失敗学』ナツメ社、2006年8月(以下、[2]と略す)。
(3)畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則』文藝春秋、2002年5月。
(4)畑村洋太郎『「想定外」を想定せよ!―失敗学からの提言―』NHK出版、2011年8月、
がそれです。以下に、15年以上も前に書かれた本ですが、「強烈なメッセージを日本社会に与えた歴史的書物である点において、本書は名著である」(educate.co.jp|失敗学のすすめ)と評される[1]と、それをわかりやすく解説した[2]から畑村の言説の要点を引用・抜き書きすることにします。

◆「失敗学」における「失敗」
失敗学では、「人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」を失敗と呼ぶことにします。別の表現を使えば、「人間が関わってひとつの行為を行ったとき、望ましくない、予期せぬ結果が生じること」とすることもできます。「人間が関わっている」と「望ましくない結果」のふたつがキーワードです。([1]21~22ページ)

◆「失敗学」における基本的姿勢
「失敗学」における基本的姿勢は、私たちの身近で繰り返される失敗を否定的にとらえるのではなく、むしろプラス面に着目してこれを有効利用しようという点にあります。
つまり、失敗の特性を理解し、不必要な失敗を繰り返さないとともに、失敗からその人を成長させる新たな知識を学ぼうというのが「失敗学」の趣旨なのです。別のいい方をすれば、マイナスイメージがつきまとう失敗を忌み嫌わずに直視することで、失敗を新たな創造というプラス方向に転じさせて活用しようというのが「失敗学」の目指すべき姿です。([1]23~24ページ)

◆失敗体験による応用力の育成
吸収した知識を本当に身につけるためには、体感・実感がともなった体験学習が必要で、失敗することを厭(いと)わず、失敗体験を積極的に活用する必要があります。
これは、子どもの教育全般などにもそのままいえます。「こうすれば失敗しない、こうすれば成功する」「これはダメ、あれはダメ」という教育方法では、やはり知識の表面的な理解しかできません。そこに欠落している深い理解なしには応用力は身につかないのです。無駄を省いた合理的学習法は好んで使われているものの、その弱点についてあらためて考え直す必要があります。([1]26~27ページ)

◆失敗の現れ方と原因の階層性
まわりに与える影響の大小などを考慮すると、ひとつの失敗の原因はいくつもの要因が重なっており、それらの要因には階層性があります。図1は、失敗の現われ方の階層性と同時に、失敗原因にも同じような階層性があることを表しています。
ピラミッドの一番底辺にあるのは、日常的に繰り返されているごく小さな失敗の原因です。無知、不注意、不順守、誤判断、検討不足という言葉が並んでいますが、要するに手順ミスや思いちがいなど、失敗者個人に責任があるケースです。
実際の失敗は、ひとつの要因だけで起こることはほとんどなく、いくつかの要因が複雑に絡んで人々にとって好ましくない形で現れるのです。
図1の中間から上に向かって存在する失敗原因には、組織運営不良、企業経営不良、行政・政治の怠慢、社会システム不適合、未知への遭遇などがあります。ピラミッドの底辺は個人の責任に帰すべきものですが、上へいけばいくほど失敗原因は社会性を帯びてきます。また同時に失敗の規模、与える影響も大きくなります。([1]52~53ページ、[2]18~19ページ)
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◆「よい失敗」と「悪い失敗」
失敗には、「許される失敗」と、「許されない失敗」があります。それは、「よい失敗」と「悪い失敗」という言葉に置き換えることができます。
失敗の階層図の中で、ピラミッドの頂点にある未知への遭遇という部分だけが下から切り離されています。「よい失敗」は、この未知への遭遇の中に含まれるもので、細心の注意を払って対処しようにも防ぎようのない失敗を指します。([1]55ページ)
もうひとつの「よい失敗」は、「個人にとっての未知」への遭遇です。個人が成長する過程で必ず通らなければならない、あるいは体験しておいたほうが後々のためになるという失敗です。([2]20ページ)
人間の成長は、失敗なしに語ることはできません。成長の陰には必ず小さな失敗経験があり、これを繰り返しながらひとつひとつの経験を知識として自分のものにしていきます。さらに小さな失敗から得た知識が次の大きな失敗を起こさないための軌道修正の働きをし、さらには次の成功へと転化していきます。([1]56ページ)
「悪い失敗」は、いわゆる不注意や誤判断などの単純ミスが原因で何度も繰り返される失敗です。無意味に被害を大きくして自分やまわりに多大な迷惑をかけるのが常です。そのようなことを繰り返しているうちに、いたずらに失敗を重ねる悪癖を身につけることにもなりかねません。([2]20ページ)
また失敗の階層図でいえば、中層以上の組織不良から社会システムの不適合までのものは、いずれも「悪い失敗」といえます。([1]58ページ)

◆失敗原因の分類
失敗の原因を分類すると、次の10の項目に大別することができます。
(1)無知―失敗の予防策や解決法が世の中にすでに知られているにもかかわらず、本人の不勉強によって起こす失敗です。
(2)不注意―十分注意していれば問題がないのに、これを怠ったがために起こってしまう失敗です。
(3)手順の不順守―決められた約束事を守らなかったために起こる失敗です。
(4)誤判断―状況を正しくとらえなかったり、状況は正しくとらえたものの判断のまちがいをおかしたりすることから起こる失敗です。
(5)調査・検討の不足―判断する人が、当然知っていなければならない知識や情報を持っていないために起きる失敗や、十分な検討を行わないために生じる失敗です。
(6)制約条件の変化―なにかをつくり出したり、あるいは企画するとき、必ずあらかじめある種の制約条件を想定してことを始めます。そのとき、はじめに想定した制約条件が時間の経過とともに変わり、そのために思ってもみなかった形で起こる失敗です。
(7)企画不良―企画ないし、計画そのものに問題がある失敗です。
(8)価値観不良―自分ないし自分の組織の価値観が、まわりと食いちがっているときに起きる失敗です。
(9)組織運営不良―組織自体が、きちんと物事を進めるだけの能力を有していないために起きる失敗です。
(10)未知―世の中の誰もが、その現象とそれにいたる原因を知らないために起こる失敗です。([1]59~64ページ、[2]26~31ページ)

◆失敗情報の性質
ある失敗を次の失敗の防止や成功の種(たね)に結びつけるには、失敗が起きるにいたった原因や経過などを正しく分析した上で知識化して、誰もが使える知識として第三者に情報伝達することが重要なポイントになります。他人の失敗のみならず、自分の失敗体験から何かを学ぶときにもそのままいえることで、失敗情報を知識化することは、いわば「失敗学」の大きな柱のひとつです。
ところが、困ったことに、失敗情報には知識化を阻害する様々な性質があります。([1]78ページ)
(1)失敗情報は伝わりにくく、時間が経つと減衰する
失敗はマイナスのイメージの側面が強いため、失敗情報は時間の経過につれ、または関係部署などいくつかの経路を通って伝達するごとに、急激に減衰する。([2]46ページ)
(2)失敗情報は隠れたがる
人間の心理として、失敗はつい隠したくなるもので、失敗情報は人に知られたり表に出たりすることを極端に嫌う。
(3)失敗情報は単純化したがる
失敗情報が伝達経路をたどっていくとき、その経過や原因がひとつやふたつのフレーズに集約され、極めて単純な形でしか伝わらない。
(4)失敗原因は変わりたがる
失敗が構造的・組織的なものであっても、個人のミスとして問題を収めようとしたり、それに関わる人たちの利害によって失敗情報が意図的に歪曲化されることがある。
(5)失敗は神話化しやすい
悲劇的な物語性のある失敗情報は、一面的な見方に偏ってしまい、神話化して多くの人に伝わる傾向にある。
(6)失敗情報はローカル化しやすい
ひとつの場所で起こった失敗は、ほかの場所へは容易に伝わらない。それとほぼ同じ原理で、失敗情報は組織内の横方向にも縦(上下)方向にも伝わりにくい。([1]79~93ページ、[2]46~53ページ)

◆主観的失敗情報と客観的失敗情報
他人の失敗に学び、そこから新しいなにかを生み出そうと考えたときに、まず人が知りたいのは、誰に責任があったかということより、失敗したその人がどんなことを考え、どんな気持ちでいたかという、第一人称で語られる生々しい話です。ときとして、この中には外部の人からはうかがい知ることのできない真の失敗原因が隠されていることもあります。だから当事者に自由な気持ちで失敗を語らせることは、失敗情報を伝える上でたいへん重要なポイントになります。([1]94~95ページ)
客観的な情報は、一見すると優れたものに見えますが、経験者と同じ立場の人が見ても、残念ながらそこから新しい何かを生み出すまでにはいたりません。 
いわゆる事件や事故の報告書は、多くの場合、客観的な立場で全体を見ることができる第三者によって作成されます。そのせいか、どこか批判めいた論調であったり、糾弾するような調子になりがちです。ときには、当事者にその記述が委ねられるケースがあるものの、その際は「客観性」という名のもとで無味乾燥なものになりがちです。([1]97ページ)

◆失敗情報の伝達
ひとつの失敗から教訓を学び、これを未来の失敗防止に生かしたり創造の種(たね)にしたりするには、ひとつには失敗を事象から総括まで脈絡をつけて記述すること、もうひとつは失敗を「知識化」する作業が必要です。知識化とは、起こってしまった失敗を自分および他人が将来使える知識にまとめることで、失敗情報の正しい伝達には不可欠なことがらです。([1]98ページ)
失敗を知識化するための出発点となる「記述」は、文字どおり失敗経験を記述するという意味です。そのとき、「事象」「経過」「原因(推定原因)」「対処」「総括」などの項目ごとに書き表すと、問題が整理されて失敗の中身もクリアになります。([1]100ページ)
「事象」は、どんな失敗が起こったか、それがどのように表に現れたかを記述する。「経過」は、どのように失敗が時間の経過とともに進行したのか、ポイントになる部分をできるだけ詳しく記述する。「原因」は、失敗を起こしたその時点で考えついた推定原因を記述する。後で真の原因が明らかになった場合は追記する。「対処」は、失敗に際してどんなことをしたかという対処(応急措置)について記述する。失敗が発生する以前に行った対処(措置)もあれば記述する。「総括」は、その失敗がどんな内容のものだったかを記述する。失敗の直接の原因だけでなく、その失敗を誘発する組織としての問題点、あるいは精神的問題など、全体を総括しなければわからないものをあぶり出し、記述する。
そして、「知識化」は、失敗を分析・検討した結果、その失敗からなにを学ぶのかを抽出し、今後に繰り返さないための知識や教訓について記述する。
なお、失敗から何かを学ぼうとする人、いいかえればこの記述を読む人にとってみれば、以上の6項目のほかに、その事象が起こった全体の「背景」(失敗発生の間接的な要因となった各種背景について記述する)が知りたくなることが多々起こります。([1]101~112ページ、[2]56~61ページ)

〇畑村の言説でとりわけ注目したいのは、「失敗の階層性」と失敗「経験の知識化」です。これは「成功」にも通底する考え方です。また、「事例」は、実施時の事象や状況をイメージ化することができますが、成功の実践事例といえどもそれが紹介された分だけ鮮度は落ちてしまいます。実践のマニュアル化や形骸化を生まない“真の成功”のためには、失敗事例を積極的に取り上げ、失敗と真正面から向き合い、失敗に学び失敗を活かすことが肝要となります。「失敗は成功の母」(エディソン)「失敗こそが創造を生む」(畑村)。福祉教育の「事例紹介」に関して、本稿で強調したいのはこの点です。


①「パフォーマンス評価」とは、一般的には、習得した知識や技能(スキル)を使いこなす(活用・応用・総合する)能力を評価することであり、学習成果をレポートの作成や口頭発表、身体表現などによって「見える化」し、その「作品(パフォーマンス)」に基づいて思考力・判断力・表現力などについて評価する方法である、と言えます。
パフォーマンス評価については、現行の『小・中・高等学校学習指導要領解説 総合的な学習の時間編』(文部科学省、2008年6月、2008年7月、2009年7月)でもふれられています。また、中央教育審議会教育課程部会が「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」(2010 年3 月24 日)において、「評価規準や評価方法については,近年諸外国においても様々な研究や取組が行われて(いる)」として、次のように言及(脚注)しています。
「思考力・判断力・表現力等を評価するに当たって,『パフォーマンス評価』に取り組んでいる例も見られる。パフォーマンス評価とは,様々な学習活動の部分的な評価や実技の評価をするという単純なものから,レポートの作成や口頭発表等により評価するという複雑なものまでを意味している。または,それら筆記と実演を組み合わせたプロジェクトを通じて評価を行うことを指す場合もある。」

付記
アクティブ・ラーニングの失敗事例に関して、中部地域大学グループ・東海Aチーム編『アクティブラーニング失敗事例ハンドブック~産業界ニーズ事業・成果報告~』一粒書房、2014年11月、があります。付記しておきます。
下の図は、アクティブ・ラーニングの失敗事例調査に基づく「アクティブ・ラーニング失敗原因マンダラ」(『同報告』5~6ページ)です。
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社会参加とサービス・ラーニング―唐木清志著『子どもの社会参加と社会科教育』再読―

あらゆるものは相関連していて しかもそのひとつひとつは独自性を失わないで、各々その位置にある

〇筆者(阪野)は先月、愛知県知多郡美浜町にある杉本美術館を訪ね、杉本健吉画伯(1905年~2004年)の芸術の世界を楽しんだ。そこで出会ったのが、上記の、ウォルト・ホイットマン(1819年~1892年、アメリカの詩人)の「奇蹟」の一節である(注①)。そこには、あらゆる「ヒト」や「モノ」の存在や共生について思いを致す時空があった。“深奥”である。
〇先日、あるブログ読者から、「社会参加とサービス・ラーニング」について考える際の基礎的・基本的な資料を紹介してもらいたい旨の依頼が寄せられた。そのテーマに関する資料で筆者がまず思い出すのは、唐木清志先生(筑波大学)の次の文献である。唐木先生は、「社会科教育の理論と方法」を専門とするが、アメリカの「サービス・ラーニング(Service Learning」(以下、「SL」と略す。)の概念や理論を日本に広めたことでも知られる、SL研究の第一人者である。

(1)唐木清志著『子どもの社会参加と社会科教育―日本型サービス・ラーニングの構想―』東洋館出版社、2008年11月
(2)唐木清志著『アメリカ公民教育におけるサービス・ラーニング』東信堂、2010年2月
(3)小島弘道監修/唐木清志・西村公孝・藤原孝章著『社会参画と社会科教育の創造』学文社、2010年10月
(4)唐木清志・岡田泰孝・杉浦真理・川中大輔監修/日本シティズンシップ教育フォーラム編『シティズンシップ教育で創る学校の未来』東洋館出版社、2015年3月

〇ここでは、必読書である文献(1)から、唐木先生の「社会参加」と「SL」についての論点や言説の一部を紹介(引用、抜き書き)することにする。その詳細は原典にあたっていただきたい。

◆社会科の本質としての社会参加
これからの教育改革の進むべき方向性は、社会の形成に参画できる市民を育成するために、子どもの学びの場を教室から社会へと広げ、さまざまな意思決定の場に参加できる機会を子どもに保障していくことが必要である。(25ページ)

社会科教育とは市民の教育を意味し、協力して社会の共同福祉を実現できる人間の育成こそを目指すべきである。それを見失った社会科は、もはや社会科とは言えない。
社会科の教師として、公民的資質(注②)の中核に社会参加を位置付けておくことは重要である。そのような理解に基づくことで、教師は、自らが計画・実践した社会科授業が子どもたちの「よりよい社会の形成に参画する資質や能力」の育成に有効であったかどうかを点検することができる。(32~33ページ)

「社会参加」を社会科の方法として利用することは重要である。社会参加を社会科の方法として捉えることの意義は二つある。
一つ目は、社会参加することによって得られる社会的有用感は、社会の一員としての自覚を深めるのに必要不可欠であるということである。ここでは社会的有用感を「個人の社会参加活動が社会のさまざまな意思決定に影響を及ぼすことができるという感覚」と捉えておきたい。
二つ目は、社会認識の質は社会参加という具体的な経験を通してさらに高められるということである。社会認識とは、何よりも社会的事象を知ることを意味する。社会的事象を正確に知ることが社会認識の第一歩であるということに異論を挟みこむ余地はない。(33~34ページ)

◆日本型サービス・ラーニングとその必要条件
SLを「地域社会の課題解決を目指した社会的活動(サービス活動)に子どもを積極的に関与させ、子どもの市民性(シティズンシップ)を発達させることをねらいとした一つの教育方法」と捉えることにする。(51ページ)

カーネとウェストハイマー(Josepf kahne & Joel Westheimer)は、数多く存在するSL実践には、「慈善(Charity)」を志向したものと「変革(Change)」を志向したものの二つがあることを主張する。
慈善を志向するSL実践では、子どものサービス活動を慈善活動と捉え、子どもの態度形成に力点が置かれている。一方、変革を志向するSLでは、子どものサービス活動を変革活動と捉え、子どもの批判的思考力の育成と変革活動に必要な諸技能の習得に力点が置かれている。どちらも価値のある実践であるが、本書では後者の「変革を志向するSL」こそが、市民性(シティズンシップ)の育成を目指す教育として、SLでは特に大切にされるべきだと考える。(60~61ページ)

SLは政治教育的な性格を有する教育方法でもある。この背景には、アメリカではSLを市民育成のための教育として理解していることがある。このことは、日本にSLを導入する際には、SLの可能性として考慮すべき視点でもある。SLを慈善活動(ボランティア活動)を中心とした「心の教育」の道具として用い、福祉施設への訪問や清掃活動だけで終わらせるのは非常に残念な話である。SLを通じて、子どもたちをどのような市民に育て上げることができるのか。社会科教育では、そのことを中心的に論じていく必要がある。(62ページ)

(アメリカのSLをそのままのかたちで日本の社会科教育や学校教育に導入することはできない。)「日本型サービス・ラーニング」を誕生(成立)させるには、アメリカのSLの性格を生かし、日本の社会的・教育的文脈を考慮しながら、次の五つの必要条件が必要である。
(1)地域社会の課題を教材化すること
SLでは、地域社会の課題を「地域社会のニーズ」という言葉で表現する。そこには、SLで取り上げる地域社会の課題は地域社会の住民の多くが早急な解決を強く望んでいる課題でなければならない、という意思が働いている。
社会科で取り上げる課題は、教科書の中ではなく、地域社会の中に存在する。その認識なくして、SLはスタートできないだろう。また、そのような認識を深めるためには、まずは教員自らが地域社会へ足を運び、地域社会を知り、地域社会の課題を追究していく必要がある。
なお、地域社会の課題は「教育」「犯罪と安全」「健康と福祉」「環境」「まちづくり」に分類される。
(2)プロジェクト型の学習を組織すること
地域社会の課題が見つかったら、その教材研究を進めながらも、次の段階として単元開発をしなければならない。
日本型SLの単元は、子どもの学習活動がプロジェクト型となるように開発される必要がある。
日本型SLにおいては、「Ⅰ.問題把握」→「Ⅱ.問題分析」→「Ⅲ.意思決定」→「Ⅳ.提案・参加」の四段階を子どもが辿(たど)ることができるよう、教師は授業を組織していかなければならない。Ⅰの段階では、事態の深刻さの理解と課題解決意欲の喚起、Ⅱの段階では、問題の状況・実態の理解と原因の追究、Ⅲの段階では、課題解決方法の有効性や実施されている公共政策の有効性の検討、Ⅳの段階では、解決方法や公共政策の提案や、課題解決活動への参加・関与、などをすることになる。
プロジェクト型の学習の諸段階は、大人社会でも通用するものである。
(3)振り返りを重視すること
SLでは振り返りの時間を十分に確保することを強調する。
SLでは「読む」「書く」「為す」「話す」の四つの振り返りの手法を効果的に利用することが必要である。
振り返りの場面が体験の後に設定されるとは限らない。それは体験の前でも、体験中でも組織することができる。
(4)学問的な知識・技能を習得、活用する場面を設定すること
地域社会の課題を分析するためには、さまざまな学問的な知識が必要となる。「学問的」とは、地域社会の課題を多面的・多角的に理解するための理論的枠組みを意味する。
SLでは「サービス」という体験だけでなく、「ラーニング」という学び(認識)も大切にする。子どもが地域社会の課題に関心を持ち、その課題の解決に向けて提案・参加をしていく過程で、学問的な知識が必ず必要とされる。子どもは習得した学問的な知識を実際に活用することによって初めて、「生きて働く知識」を身に付けることになるのである。
(5)地域住民との協働を重視すること
SLがSLであるゆえんは、日本型SLの学習段階の「Ⅳ.提案・参加」の存在にある。この学習段階を充実したものとしていくためには、必ず地域住民との協働が必要となる。
子どもに重要な役割を担わせることで、地域社会も発展することができる。小学生も中学生もすでに「子ども市民」であり、大人と同じあるいはそれ以上の役割を担わせても、立派に地域社会を支えていくことができる。
SLの授業では、地域住民と子どもたちが同じテーブルで活発に意見交換する学習場面を設定したい。それが「協働」という発想である。(62~71ページ)

〇周知の通り、アメリカのSLの基礎(原型)は、ジョン・デューイ(John Dewey、1859年~1952年)の「経験主義教育」(注③)に見出される。アメリカでは、1970年代に「参加学習」、1990年代に「コミュニティサービス」の教育方法が注目される。そして、1990年に制定された「国家及びコミュニティ・サービス法(National and Community Service Act)」によって、SLが広く実践されることになる。類似の教育活動は、イギリスやフランスでは「シティズンシップ教育」、韓国では「自願奉仕」として1990年代後半以降に導入されている。
〇日本では、2000年以降、全国各地の学校・地域で社会参加学習を導入し、子どもの「市民性」や「公共性」を育成する先進的な教育実践が展開されることになる。お茶の水女子大学附属小学校の「市民」(2002年度設置)をはじめ、東京都杉並区立和田中学校の「よのなか科」(2003年度設置、2008年度「よのなか科NEXT」改編)、大阪教育大学附属池田中学校の「市民科」(2003・2004年度実施)、東京都品川区立小・中学校の「市民科」(2006年度設置。小中一貫教育)、東京都立高等学校の「奉仕」(2007年度設置。2015年度「人間と社会」改編)、京都府八幡市立小・中学校の「やわた市民の時間」(2008年度設置)等の学校設定教科・科目の開設などがそれである。その取り組みは、学校や教員、教育行政などのかかわり方によって多様である。また、社会科をベースにするか、道徳・特別活動・総合的な学習の時間として位置づけるか、地域社会や住民との協働をどのような形態で推進するか、などによって特色のある、地域性を生かした教育が展開されている。
〇また、2008年3月に改訂され、2012年4月から全面実施された中学校学習指導要領の「社会」「地理的分野」中の「身近な地域の調査」に、「身近な地域における諸事象を取り上げ,観察や調査などの活動を行い,生徒が生活している土地に対する理解と関心を深めて地域の課題を見いだし,地域社会の形成に参画しその発展に努力しようとする態度を養う」ということが記述された。続いて、2009年3月に改訂され、2013年4月から学年進行で実施された高等学校学習指導要領の「特別活動」において、「ボランティア活動などの社会奉仕の精神を養う体験的な活動や就業体験などの勤労にかかわる体験的な活動の機会をできるだけ取り入れること」が明示された。それらを受けて、さまざまな社会参加型の授業(体験的学習)が開発されるに至っている。
〇さて、唐木先生が文献(1)で提案するのは、「社会参加教育」といった新しい教育ではない。あらゆる教育を貫く「串」として「社会参加」を機能させることである(注④)。社会科教育に求められるのは「社会の変化に対応する教育」ではなく、「社会の変化を創造する教育」である。新・教育基本法(2006年12月公布・施行)が第1条(教育の目的)でいう「平和で民主的な国家及び社会の形成者」は、社会の変化を「創造する」教育においてこそ育てられる(154ページ)。これが唐木先生の主張である。
〇また、唐木先生は、「日本型」という概念を用いて、日本の社会的・文化的背景や学校教育(社会科教育)の現状に即したSLを提案する。しかも、「社会参加」と「SL」はいわゆる体験学習の一種であり、「教育方法」のひとつであるとして、授業づくりや学習活動について例示的・具体的に説く。そこにある唐木先生のテーマ(あるいは思想)は、「地域社会を意識した市民(community-minded citizen)」(166ページ)の育成である。それは、地域性に基礎を置きながら普遍性に通じるものである(注⑤)。
〇先行研究の少ないテーマや分野の研究では、「アメリカでは~」「イギリスでは~」といういわゆる「出羽の守(でわのかみ)」のパターンに陥りがちである。文献(1)はそうではない。「日本型」の提言の書であり、その具体化を志向する。また、唐木先生は、日本の「未来を創る子どもたち」や学校教育・社会科教育における「社会参加」について「熱い胸」を抱き、「冷たい頭」で探究する。初版から10年近くが経った今日でも、その問題意識や研究の姿勢は変わらない。文献(1)が「必読書」の所以でもある。僭越ながら敢えて付記しておきたい。


① 「すべてのものは相関連し、しかも、おのおの独自のものをもって、その定めの位置にいる。」(「奇蹟」ウォルト・ホイットマン著/長沼重隆訳『世界の詩集10 ホイットマン詩集』角川書店、1967年12月、189ページ)
② 「社会科の目標は、取りも直さず『公民的資質の育成』である。社会科の目標で公民的資質という言葉が初めて使われたのは1968(昭和43)年度版『小学校学習指導要領』である。『公民=市民+国民』と理解する枠組みは、今日まで継承されていると考えられる。公民という言葉の解釈次第では、社会科の使命が国家や社会に都合のよい人間を育てることだと曲解される可能性もある。社会科の教師であるなら、そのことは知っておいた方が良い。」(唐木 文献(1):30~31ページから抜き書き)
③ 「教育とは、経験の意味を増加させ、その後の経験の進路を方向づける能力を高めるように経験を改造ないし再組織することである」(デューイ著/松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波書店、1975年6月、127ページ)
④ 図1は、「〇〇教育と社会参加の関係性」を示したものである(唐木 文献(1):155ページ)。図2(「市民福祉教育と社会参加と共働の関係性」)は、図1をベースに、筆者の「市民福祉教育」に関する管見の一部を図示したものである。図中の「市民福祉教育」の横断部分は、国際理解教育や情報教育など、さまざまな教育(「〇〇教育」)と共通の基盤をもつことを意味する。「共働」は、共通の目標に向かって対等な立場で相互に協力・補完し合い、相乗効果をあげる活動を意味する。そこでは、横断的で緩やかなネットワーク(プラットホーム)の形成が重要となる。「市民」は、民主主義(自由・平等・人権)や公共性の感覚・意識を体得し、地域・社会全体の利益や福祉向上のために行動することのできる住民を意味する。
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⑤ この言説は、筆者の「市民福祉教育」にも通底する。SLは、市民福祉教育を充実・発展させるためのひとつの考え方であり、教育方法(educational method)である。

補遺
中央教育審議会は、2012年8月の「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて―生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ―」という答申のなかで、大学教育におけるSLの必要性を強調している。その際、SLの用語について次のように説明している。

教育活動の一環として、一定の期間、地域のニーズ等を踏まえた社会奉仕活動を体験することによって、それまで知識として学んできたことを実際のサービス体験に活かし、また実際のサービス体験から自分の学問的取組や進路について新たな視野を得る教育プログラム。
サービス・ラーニングの導入は、①専門教育を通して獲得した専門的な知識・技能の現実社会で実際に活用できる知識・技能への変化、②将来の職業について考える機会の付与、③自らの社会的役割を意識することによる、市民として必要な資質・能力の向上、などの効果が期待できる。(「用語集」『同答申』38ページ)

なお、SLの考え方や実践について論じるときに、「コミュニティサービス(community service)」という用語(概念)が使われる。それは、「地域貢献活動」をはじめ「社会的活動」「サービス活動」「社会奉仕活動」などと訳される。コミュニティサービスは、意図的・計画的に展開される地域貢献活動(サービス=貢献活動)であり、SLにおいて利用される教育活動である。従ってそれは、一定の枠組みやノルマ(単位や卒業要件など)のなかで取り組まれ、「振り返り」や「評価」の作業が組み込まれる。周知のように、「ボランティア」は、活動の動機として個人の自発性や主体性が重要視される。

コミュニティ・スクールと地域づくり―仙台市立七北田小学校「地域共生科」の実践紹介―

〇学校教育に関して、国や教育委員会の主導のもとに、「地域に開かれた学校」から「地域とともにある学校」(づくり)への転換が図られている。それは、学校・家庭・地域・行政(教育委員会)の四者が一体となって、四輪駆動で進められている。その有効なツールのひとつに学校運営協議会制度と学校支援地域本部事業がある。

〇学校運営協議会制度は、一定の法令上の権限や責任を持ちながら、保護者や地域住民が学校運営に参加するための制度(仕組み)である。2004年9月に導入された。学校運営協議会は教育委員会の下部組織として各学校に設置され、その指定は教育委員会が行う。学校運営協議会の委員は、教育委員会が任命し、その身分は非常勤特別職の地方公務員である。学校運営協議会の主な役割は、①校長の作成する学校運営の基本方針の承認(必須)、②学校運営に関する教育委員会または校長に対する意見(任意)、③教職員の任用に関する教育委員会に対する意見(任意)、である。これらの承認や意見は委員の合議による。学校運営協議会を設置している学校は通称「コミュニティ・スクール」と呼ばれる。
〇国や教育委員会はいま、コミュニティ・スクールの普及啓発や導入促進に積極的に取り組んでいる。その一環として、2011年2月に、コミュニティ・スクールを指定する教育委員会の教育長を中心に「全国コミュニティ・スクール連絡協議会」が創設された。また、2012年3月には、文部科学省によって「コミュニティ・スクール企画委員会」と「コミュニティ・スクール推進員」(CSマイスター)が設置されている。さらに、2015年12月には、中央教育審議会によって、「全ての公立学校においてコミュニティ・スクールを目指すべきであり、現在任意設置となっている学校運営協議会の制度的位置付けの見直しも含めた方策が必要」である旨が提言された(「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について~学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて~(答申)」)。
〇2016年4月現在、コミュニティ・スクールの指定校数は2,806校を数える。学校種別の内訳(括弧内は全公立学校に占める割合)は、幼稚園109園(2.6%)、小学校1,819校(9.3%)、中学校835校(8.9%)、義務教育学校(小中一貫校)7校(31.8%)、高等学校25校(0.7%)、特別支援学校11校(1.0%)、である。294市区町村および9道県の教育委員会がコミュニティ・スクールの指定を行っている。そのうち114市区町村が域内全ての小・中・義務教育学校をコミュニティ・スクールに指定している。
〇学校運営協議会制度を導入した学校では、その成果として、①学校と地域が情報を共有するようになった、②地域が学校に協力的になった、③地域と連携した取り組みが組織的に行えるようになった、④特色ある学校づくりが進んだ、などが挙げられている。その反面、①制度に対する一般の教職員や地域住民の認知度や関心が低い、②制度を導入する地域や学校種別に偏りがある、③学校運営協議会では学校側からの説明や報告が多くなりがちで、協議が形骸化している、④学校運営協議会の取り組みを計画的・継続的に進めるための人材育成や財政的な措置が不十分である、などが指摘されている。

〇学校支援地域本部事業は、地域住民等の参加により、学校の教育活動を支援する仕組み(本部)をつくり、さまざまな学校支援活動を実施する。とともに、その活動を通じて地域住民の生涯学習や自己実現を促し、地域の連携を強化し、地域の教育力の向上を図るものである。2008年度に国の委託事業(都道府県・指定都市に委託、都道府県は市区町村に再委託)としてスタートし、2011年度からは国・都道府県・市町村が3分の1ずつ負担する補助事業として継続されている。学校支援地域本部は、原則として中学校区に設置され(標準は1中学校、2小学校。1学校毎の設置や複数校区をまたぐ設置も可能)、基本的には「地域教育協議会」「地域コーディネーター」「学校支援ボランティア」によって構成される任意団体である。地域教育協議会は、学校支援の方向性について議論し、情報共有、共通理解を図る。地域コーディネーターは、学校側とボランティアの連絡調整を行い、学校のニーズに応じてボランティアを派遣する。学校支援ボランティアは、学校管理下における学習支援、部活動指導、環境整備、登下校安全確保、学校行事支援などの活動に参加する、ものである。
〇2015年8月現在、学校支援地域本部事業を実施する市町村は642を数える。学校支援地域本部の設置数は4,146本部、本部事業を実施する学校数(括弧内は全公立学校に占める割合)は小学校6,568校(32.4%)、中学校3,039校(31.5%)、高等学校35校(1.0%)、特別支援学校70校(6.6%)、である。
〇学校支援地域本部事業の推進を図るためには、①本事業に対する学校・教職員や保護者、地域住民等の理解の促進、②学校支援地域本部の設置状況の地域格差の改善、③地域コーディネーターや学校支援ボランティアの資質・能力の向上と養成・確保、④生涯学習関係機関・団体との連携・協働による地域の教育力の向上と地域の活性化、などの方策を講じる必要があるとされる。

〇2014年度において、コミュニティ・スクールの指定を受けている小・中学校のうち、学校支援地域本部事業にも取り組んでいる学校は約4割を数える。今後、「地域とともにある学校」づくりや「学校とともにある地域」づくりを学校ぐるみ・地域ぐるみで推進するためには、コミュニティ・スクール(地域住民等の学校運営への参加。意思決定機関)と学校支援地域本部(地域住民等による教育活動等への支援。実施機関)の連携・協働を進め、その機能の統合化・一体化を図ることが求められている。

〇以上が、学校運営協議会制度と学校支援地域本部事業についての概要と動向である(図1、図2参照)。

コミュニティ・スクールと地域づくり/9月1日

〇個性的で魅力的な学校づくりや地域づくりには、各学校や地域の特性や実態に応じた柔軟性と多様性が確保されることが必要かつ重要となる。柔軟性と多様性が学校や地域の豊かさを創るのである。
〇国や教育委員会による学校運営協議会制度と学校支援地域本部事業の取り組みは、保護者や地域住民の学校経営への参加を促す。とともに、具体的な内容とマニュアル化された方法を「上から」示すものでもある。その徹底の仕方によっては、画一的で硬直的な学校づくりや地域づくりが進められ、学校や地域がコントロールされる契機となる恐れなしとしない。すなわち、学校運営協議会制度と学校支援地域本部事業は、この両義的性格を持ち合わせているのである。校長が取り仕切る学校の運営基本方針の承認や学校管理下における学校支援ボランティアの取り組みは、住民の参加・協力と住民に対する管理・統制の両義性が想起される。唐突な言い方であるが、政治的・経済的・社会的分野における「地方分権」(権限移譲)や「規制緩和」の“光”に照らされて大きく伸びる“影”に留意したい。
〇住民は地域の主役である。しかし、学校づくりや地域づくりに関しては「素人」である。そこで先ずは、住民が学校運営協議会制度や学校支援地域本部事業について関心を持ち、理解を深めるための取り組みが必要かつ重要となる。加えて、学校運営協議会委員や学校支援ボランティアなどがその役割や責任を果たすために、如何にして意識・態度の育成と資質・能力の向上を図るかが問われることになる。そこに求められるのは、主体的・自律的な「人づくり」とそれを推進する「教育づくり」である。それは、上意下達の管理主義システムではなく、ボトムアップの民主的なシステムや体制に基づくものでなければならない。それ故にまた、活力ある学校づくりや地域づくりには、「協調」「協働」する住民に加えて、監視や批判、要求をリードする「自律した」「闘う」住民の存在が必要かつ重要となる。
〇学校経営や学校支援においては、学校や地域の現状や実態を踏まえ、教職員や保護者・地域住民等の思いや願いが適切に反映されることが肝要である。そのためには、例えば、如何にして教職員と保護者・地域住民の対等な信頼関係と共働体制を構築するか、教職員の専門性を重視するとともに保護者・地域住民のエンパワメントを形成・支援するか、PTAや青少年団体等の社会教育関係団体をはじめボランティア団体や自治会といった住民組織などのネットワーク化を図るか、なども問われることになる。そこに通底する視点や考え方のひとつは、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)のそれである。教職員と保護者・地域住民等が社会的に豊かにつながり(「ネットワーク」)、それに基づいて互いに信頼しあい(「信頼」)、お互いさまの支え合い(「互酬性の規範」)によって学校や地域の諸問題が解決され、より良いガバナンス(共治)が進み、学校や地域の活性化が図られるのである。
〇また、加えて、特別支援学校におけるコミュニティ・スクールの導入が少ない現状を考えるとき、如何にして学校と地域が共働し、基本的人権(教育を受ける権利、教育を受けさせる義務等)の尊重や、ノーマライゼーションやソーシャルインクルージョンの思想に基づいた共生の学校づくりや地域づくりの推進を図るかが厳しく問われる。
〇いずれにしろ、学校の教職員や保護者、地域住民などによる内発的で自律的な学校づくり(学校経営)や地域づくり(地域経営)を進めるためには、いま改めて学校運営協議会制度と学校支援地域本部事業の意義やあり方などについて厳しく検証する必要がある。

〇ところで、学校と地域の連携・協働をめぐってはこれまで、学校と地域を並列的あるいは領域的に捉える傾向があったといってよい。例えば、福祉教育に関して言えば、「学校における福祉教育」と「地域を基盤とした福祉教育」という思考がそれである。学校や地域における豊かな学びと快適な暮らしを創造するためには、地域ぐるみの学校経営支援と学校ぐるみの地域経営支援の「共働」を必要不可欠とする。筆者がかねてより主張してきている「市民福祉教育」が含意するところである。
〇ここで、学校と地域の連携・協働(相互支援)のもとで、全学年に「地域共生科」という新たな教科を設定し、「社会の中で、よりよく生きる力」を育むためのカリキュラムの研究開発を行った仙台市立七北田(ななきた)小学校の取り組みの概要を紹介することにする。それは、市民福祉教育のあり方や、「地域とともにある学校」づくりや「学校とともにある地域」づくりの方向性などを追究するためである。
〇地域共生科についての研究開発は、2009年度から2011年度の3年間、文部科学省の「研究開発学校制度」による学校指定を受けて行われたものである。2009年9月には、「七北田小学校支援地域本部」(通称:にこにこ本部)が設置されている。2010年度からは、「生活科」(第1学年~第2学年)の授業時数の約半分と「総合的な学習の時間」(第3学年~第6学年)の全授業時数が地域共生科の授業時数に充てられている。なお、七北田小学校は、1873(明治6)年に創立された古い歴史を持つ学校であり、2016年5月現在の児童数は648名、学級数は23学級(特別支援学級を含む)を数えている。

◆地域共生科の目標
地域社会の具体的な事象や課題に対する学習と地域社会づくりの体験活動を通して、地域社会に対する愛情を深め、地域社会の課題に対して主体的に取り組み、さまざまな価値観や考えをもつ人々と共生するために必要な基礎的・基本的な知識及び技能を身に付けさせるとともに、他者の考えや社会的価値観と照らし合わせながら、自ら考え判断する能力や、社会貢献活動のための基礎的な能力を育成する。
◆地域共生科で育みたい力
地域共生科で育みたい力は「社会貢献力」「思考力」「知識・技能」である。社会貢献力は、地域社会を構成する人々や事象に関心をもち、その一員として地域社会の課題に主体的に取り組み貢献する能力である。思考力は、地域社会の課題を他者の考えや社会的価値観と照らし合わせて自ら考え、話し合い、判断する能力である。知識・技能は、地域社会に貢献し、共生するための基礎的・基本的な知識・技能である。
◆地域共生科の学習ステップ及びサイクル
地域共生科は5つの学習ステップ及びサイクルをもつ。すなわち、地域を知る→地域を調べる→地域を考える→地域に発信する→地域で行動する……→地域を知る、である。実際の地域社会づくりに参画する活動を「地域で行動する」として、特に重視する。
◆地域社会と学校の学びの循環
児童に地域社会づくりの活動を体験させ、自分たちの活動が地域貢献につながっているという意識をもたせる。これにより児童の自己肯定感を高め学習の社会的意義を実感させる。また、このような児童の活動の積み重ねが、地域社会の活性化や地域社会のよりよい地域社会づくりにつながるものと考えている。さらに、児童の活動は地域の人たちの地域貢献への意欲を喚起し、学校に対して、地域の教育力を積極的に提供していただけるようになると考えている。これを「地域社会と学校の学びの循環」と呼び、地域共生科の授業を進める原動力とする。
◆各学年の学習プログラムの概要(学年/授業時数/単元名/活動の概要)
1年/50時間/まつりだ わっしょい!! inななきた~子どもの力で 地域を元気に~/地域の人々とともに、“まつり”をつくる。地域の人々を明るく元気にするには、どうしたらよいか考え、自分たちで作ったおみこしを担いで地域に飛び出す。
2年/50時間/見せるぞ! おにいさん・おねえさんパワー~つくろう えがおの町~/幼稚園や保育園(所)に行き、小さい子どもとのかかわり方を学ぶ。園児を楽しませる遊びを考え、園児や園のために自分たちでできることに挑戦する。
3年/70時間/おじいちゃん おばあちゃん わたしたち~いっしょに笑おう いっしょに学ぼう~/地域のお年寄りと交流したり、アンケート調査を行ったりして、お年寄りを理解する。お年寄りと共に学び合い、高め合えるような教室をつくる。
4年/70時間/すぎだっちゃ! 七北田~見つけよう 伝えよう 私たちのふるさと~/地域の昔のくらしを調べたり、歴史の跡を辿ったりして、ふるさとのよさを理解する。創作劇などの表現活動をとおして地域の人々にふるさとの魅力を伝える。
5年/70時間/よりよい未来を思い描こう~つくろう! 素敵な自分 素敵な地域~/地域を支える人々の生き方や願いにふれ、理解したことをコミュニティFM局の番組から発信する。そして、よりよい地域社会づくりのために自分たちができることを考え、実行する。
6年/70時間/私たちでつくろう 住みよい七北田~“つながろう! みんなの街”プロジェクト~/地域社会の課題を調べ、関係機関などと連携しながら、地域社会の活性化に貢献する。活動をとおして地域社会における共生の意義を理解する。
特別支援/70時間/わたしたちの町~地域の人となかよくなろう~/地域で活動する人々とふれあい、地域とのつながりを深める活動に取り組む。
◆学習・指導の形態と指導方法
グループ編成
地域共生科では地域社会づくりに参画する体験活動を学校内外で多く実践していくことから、友達や顔見知りの方々に限定されない学習が日常的に展開されていく。学校内においても、より多くの他者とかかわり、他者の考え方を吸収したり受け入れたりする経験を積ませるために、意図的に学級枠を外したグループ編成を行う。
「パートナー」の導入
地域共生科では、パートナーと共に学習する時間を設けている。パートナーとは、児童と共に一つの目標に向かって話し合い、共に創り上げていく大人のことである。パートナーは、話合いの中で児童の考えが一般的な常識から外れることのないように導く役割も果たす。パートナーには児童が気付くことのできない視点から意見を述べてもらい、より現実味のある話合いにしていくようにする。また、児童の自己満足で終わる学びではなく、社会でよりよく生きるための資質と能力を養うことを目指していることから、パートナーを活用することで児童は思考を深めると共に、より現実に生きる考え方を学ぶことができるのではないかと考える。
パートナーを交えた話合いにおいては、折り合いながらよりよい考え方に変えていく合意形成の場や、友達やパートナーの考えを聞きながら自分の考え方を批判思考する場が生まれていくことをめざしている。大人ならではの支援や巧みな切り返し等を期待すると共に、児童に意図的・計画的に深みのある思考の場を与えたいと考えている。
オリエンテーション、振り返りの確実な実施
児童に地域共生科の学習の意義を理解させ、一年間の学習の見通しをもたせるために、学習の始めに「地域共生科 学習の手引き」を活用しながらオリエンテーションを行う。
最終的に自己の生き方についての考えを深め、自己を生かす能力を養うことをめざすことから、学びの各段階に児童が自分自身を振り返る場を設ける(自己評価・他者評価)。パートナーから賞賛してもらったり、児童が互いに認め合ったりする場を意図的に位置付け、有用感を得ること、またその積み重ねによって児童自身の自己肯定感が高められていくことを意識した指導を行っていく。
◆評価方法の基本的な考え方と具体的な評価の方法
評価方法の基本的な考え方
指導と評価の一体化を図ることを念頭に置き、地域共生科における児童の学習や体験活動の様子を適切に評価する方法を確立し、児童の変容や成長を評価し、自己の課題の把握や自己肯定感の高揚につなげる。
具体的な評価の方法
信頼される評価にするために、評価の観点、方法を教師間で確認する。学習段階の中で、重点を置いて指導することを中心に評価する。
児童の発表や話合いの様子、学習や活動の状況などの観察による評価。児童のレポート、ワークシート、ノート、作文、絵などの制作物による評価。児童の学習活動の過程や成果などの記録や作品を計画的に集積したポートフォリオ。評価カードなどによる児童の自己評価や相互評価。教師やパートナー等の記録による他者評価、などの評価方法を適切に組み合わせる。

〇七北田小学校の取り組みについて先ず注目されるのは、新たな教科「地域共生科」を設定し、「社会の中で、よりよく生きる力」を確実に育むためのカリキュラムや学習内容、指導方法、評価方法などについての研究開発である。「社会の中でよりよく生き、よりよい社会をつくる能力」の育成を図るためには、全教科・全領域における取り組みを総合的・有機的に進めることが必要かつ重要となる。地域共生科の設定は、学校と地域の連携・協働体制を継続的なものにするであろうが、運営の仕方によっては教育の画一主義や硬直化をもたらす可能性もある。それは、子どもや保護者、地域住民などの日常の生活現実に根ざしたカリキュラム形成などに、保護者や地域住民が如何に関わるかを問うことでもある。保護者や地域住民がそのカリキュラム形成に関わる際には、文部科学省が進める道徳の「特別の教科」化をめぐる動きについても思い起こしたい(小学校は2018年度、中学校は2019年度から完全実施)。一定の価値観や規範意識の押し付けについてである。
〇いまひとつ注目されるのは、「体験活動と学習の重視」「地域社会と学校の学びの循環」「パートナー(ゲストティーチャーとは異なる)の導入」である。これは、学校内での授業や学びのあり方に再考を促すものであり、教職員や保護者、地域住民などの関係を問い直すものでもある。ただ、その際、子どもの体験活動が一面的で抽象的な社会貢献や地域づくりを促すだけのものでは意味がない。また、保護者や地域住民の学校支援活動が同じく一面的で限定的な学校経営や学校づくりを期待(依頼)するだけのものでも意味がない。そこには、学校と地域の豊かな「共働」関係は生まれない。学校や地域住民が抱える多様で厳しい生活課題と向き合い、その歴史的・本質的な要因を考究し、その解決策について追究するなかでこそ、地域コミュニティを構成する様々な個人(子ども、高齢者、障がい者、外国籍住民等)や組織・団体などとの真の「共働」関係が構築されるのである。


(1)コミュニティ・スクールと学校支援地域本部事業については、文部科学省のホームページと次の文献を参照。
①金子郁容・鈴木寛・渋谷恭子『コミュニティ・スクール構想―学校を変革するために―』岩波書店、2000年12月
②文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室『コミュニティ・スクール事例集』2008年3月
③佐藤晴雄編著『コミュニティ・スクールの研究―学校運営協議会の成果と課題―』風間書房、2010年3月
④コミュニティ・スクールの推進等に関する調査研究協力者会議『コミュニティ・スクールを核とした地域とともにある学校づくりの一層の推進に向けて~全ての学校が地域とともにある学校へと発展し、子供を中心に据えて人々が参画・協働する社会を目指して~』文部科学省初等中等教育局参事官付、2015年3月
⑤文部科学省初等中等教育局参事官付『コミュニティ・スクール 2016―地域とともにある学校づくりのために―』(コミュニティ・スクールパンフレット)2016年
⑥文部科学省初等中等教育局参事官付『コミュニティ・スクールって何?!~魅力からつくり方まで、お教えします~(「学校運営協議会」設置の手引き)』2016年7月
⑦佐藤晴雄『コミュニティ・スクール―「地域とともにある学校づくり」の実現のために―』エイデル研究所、2016年8月
(2)仙台市立七北田小学校の「地域共生科」については、文部科学省の「仙台市立七北田小学校報告書(要約)」(『平成23年度研究開発実施報告書(平成21~23年度指定)』所収)を参照。

荒木優太著『これからのエリック・ホッファーのために』を読む―在野研究の魅力と危険性―

〇大学の現状として、入学者数の減少とそれに伴う財政基盤の悪化、国による基盤的経費の削減などが進んでいる。大学全入時代における学生の学力低下が指摘されて久しい。いわゆる「2018年問題」(18歳人口の再減少)も間近に迫ってきている。そういうなかで、大学とそこでの研究と教育は危機的状況にある。大学「教員」に関して言えば、任期制(不安定雇用)の普及・拡大などが図られ、学内行政に忙殺されて研究も教育もままならない。任期制の導入は、教員の流動性を高めて人材交流を促進することになり、それによって教員自身の能力の向上や大学における研究と教育の活性化が図られるはずであった。
〇大学は、研究と教育が一体的・体系的に展開される高等教育機関である。それが近年では、「世界的な学術研究の拠点としての大学」と「実践的な職業教育を担う大学」などの機能別分化が,競争的資金の獲得によって進展しつつある。
〇そういうなかで、大学や研究者の地域志向(地域貢献、地域協働、産学官連携など)も進んでいる。「相互の発展と地域振興のために、幅広い分野で連携する包括的連携協定が大学と地元の〇〇との間で締結された」という情報に接する。それ自体は評価されるところであるが、なかにはその立ち位置や姿勢、思惑などによって名ばかりの協定であったり、地域の住民や関係機関・団体にとっては迷惑なこともある。
〇ところで、筆者(阪野)は以前より、僭越至極ではあるが、「本籍」は福祉教育、「現住所」はその時の勤務先、研究と実践の「フィールド」は地域や地元(吉本哲郎)、と考えてきた。そして、研究のテーマを、福祉教育の「歴史」と「実践」(実践を通しての研究、実践に関する研究)に絞ってきた。それは、研究はその分野やテーマに関する歴史を学ぶことから始まる、という認識に基づいている。また、実践については、実践を通しての研究では「仮説の探索」、実践に関する研究では「仮説の検証」に留意してきた。これら(研究のテーマやアプローチ)を決定づけたのは、大橋謙策の『地域福祉の展開と福祉教育』(全国社会福祉協議会、1986年9月)である。30年も前のことである。そしていま、大橋の愛弟子である原田正樹の『共に生きること 共に学びあうこと―福祉教育が大切にしてきたメッセージ―』(大学図書出版、2009年11月)や『地域福祉の基盤づくり―推進主体の形成―』(中央法規、2014年10月)などから多くを学ぶことができる。筆者にとってこれらは、「幸運な偶然」(山崎亮)の積み重ねである。
〇筆者の手もとには、「研究」の志向やメソドロジー(方法論)に関する本が3冊ある(しかない)。次がそれである。

(1)岩田正美・小林良二・中谷陽明・稲葉昭英編『社会福祉研究法―現実世界に迫る14レッスン―』有斐閣、2006年11月。(以下、「1」と略す。)
(2)岩崎晋也・岩間伸之・原田正樹編『社会福祉研究のフロンティア』有斐閣、2014年10月。(以下、「2」と略す。)
(3)荒木優太『これからのエリック・ホッファーのために―在野研究者の生と心得―』東京書籍、2016年3月。(以下、「3」と略す。)

内容的には、「1」は社会福祉の研究方法、「2」は社会福祉の研究テーマ、「3」は在野研究の列伝、などについて叙述(解説、論評)している。いまの筆者には「3」が興味深い。エリック・ホッファー(Eric Hoffer、1902年~1983年)は、「沖仲仕の哲学者」とも呼ばれた、アメリカの独学の社会哲学者である。
〇「3」は、「大学や研究室や学会の外にもガクモンはある」(3ページ)という問題意識の下で、16人の「在野研究者」の評伝を通して、「在野研究」の意味と心得について説いている。その詳細は原典に譲ることにして、ここでは、とりあえず首肯できる荒木の言説と、40項目におよぶ「在野研究の心得」の項目を紹介しておくことにする。なお、当然のことながら、筆者にとっては首肯しかねる言説や心得もある。荒木が取り上げる「在野研究者」(一般的には「在野の研究者」)とは、大学に所属せず、そこから経済的に自立している者。論文的形式性のある文章を執筆している者。そして故人、である。また、その学問分野は、考古学や民俗学、哲学などの人文・社会科学系を中心に、動物学や植物学にも及ぶ。留意しておきたい

首肯できる言説
〈試行錯誤(トライ&エラー)〉こそが在野という場所で獲得できるもっとも力強い武器であり、〈なりたい〉よりも〈やりたい〉が先行するのが在野研究者第一の資質である。(8ページ)

大学でないから良い、という価値判断は、大学であるから良いという判断の反転にすぎず、所詮同じ土俵に立っている。本物の在野人として独立するには、コンプレックスを克服し、真の意味で大学から自由にならねばならないのではないか。(75ページ)

在野研究者は学術機関に属さない。それ故、専門家のチェックなしに成果を公開していく。お墨付きを拒否し、独自のスタイルで学問をつづけようとするその態度に在野の大きな可能性があることは確かだ。けれども、反面、監視の眼が入らないその空間は、勝手な捏造や放言に支配されてしまう危険性と常に隣り合わせで成立している。(105ページ)

早く研究を始めたとしても、同じく早期に挫折してしまえば、チャンスをものにすることはできないだろう。いつ始めたか、ではなく、いつまでやるか。持続が長ければ長いほど、(様々な人との:阪野)「出会い」を有意義なものにできる確率は高まる。「出会い」のチャンスを、単なるすれ違いに終わらせてはいけない。(117~118ページ)

どんなメディア(発表媒体)で自分の研究を発表していくのかという問題は在野研究者にとって決して看過できない重要なポイントだ。/わざわざ煩雑な既存の媒体に頼らずとも、自分自身で新しいメディアをつくり、そこから研究の成果を発信してしまえばいいではないか。(121、122ページ)

教育とは明らかに、社会と学問をつなぐもっともポピュラーな回路である。ただし、多くの在野研究者がしばしば学校嫌いであったことも急いで付け加えておかねばならない。学校は嫌い、だけど勉強は好き、というタイプだ。/学校から距離のある在野研究者は、その学びの姿勢を通じて、学校的制度化のプロセスに対して批評的になることが期待できる。在野研究者の多くは、学校(学者)が認めてくれるから研究するのではない。やりたい(やるべきだ)から、勝手に勉強し勝手に発表する。(195、196ページ)

在野研究の心得
(1)在野仲間を探そう。(2)資料はできるだけ事前に内容を確かめてから購入すべし。(3)就職先はなるべく研究テーマと近い分野を探すべし。(4)資料へのアクセス経路を自分用に確保しておく。(5)地位を過剰に意識するな(社会的評価を気にするな)。(6)学者の世界の政治を覚悟せよ(政治的な闘争に巻き込まれるな)。(7)家族の理解を得るべし。(8)自分の指針となるオリジナル師匠を持て。(9)コンプレックスを克服せよ(大学から自由になれ)。(10)成果はきちんと形に残せ。(11)周囲に頭がおかしいと思わせる(周囲との余計な関係性を切る)。(12)研究の手助けをしてくれる配偶者を探そう。(13)様々な人とのコネをつくっておくべし。(14)助成金制度を活用しよう。(15)在野では独断が先行しやすい(チェックやアドバイスが必要)。(16)聴講生制度を活用しよう。(17)未開拓の研究テーマを率先してやるべし。(18)論文博士を目指そう。(19)研究は細く長くつづけること。(20)発表に困ったときは自分でメディアをつくってみる。(21)在野に向き不向きの学問がある(理系の学問の在野研究は難しい)。(22)仕事場で研究の話をするのは厳禁。(23)金銭の取り扱いには慎重を期すべし、(24)資料の情報は積極的に他の研究者と共有すべし。(25)メディアと並行してコミュニティもつくろう。(26)平易な表現や文体に努めるべし。(27)複数の職歴も武器になる(研究に役立たない職業経験はない)。(28)自前メディアは類似のメディアと協力体制を調(ととの)えておく。(29)自由に開かれた勉強会を調べて積極的に参加すべし。(30)コミュニティをつくったら定期的に飲み会も開くべし。(31)専門家とコンタクトをとってみよう。(32)地方に留まるからこそできる研究もある。(33)羞恥心は研究者の天敵である(研究者にはフットワークの軽さが求められる)。(34)専門領域に囚(とら)われるな(専門知は同時に視野狭窄につながる)。(35)簡単に自分で自分の限界を設けないこと。(36)日本の外に出ることを検討する。(37)知の翻訳を心がける(外国語への翻訳と専門用語の言い換えに努める)。(38)卑屈になるくらいだったら「文士」(物書き)になれ(自信をもって研究に取り組め。大切なのは研究の中身である)。(39)先行する研究者たちの歴史に学べ。(40)この世界には、いくつもの〈あがき〉方があるじゃないか(在野研究には様々な研究のスタイルや方法がある)。(括弧内は筆者)

〇本稿を草することにしたきっかけは二つある。ひとつは、大学に所属しながら地域福祉の「実践」的研究に取り組むО氏との会話である。いまひとつは、福祉や看護の現場で働きながら「研究」を志している院生との議論である。
〇前者に関しては、大学教員などが地域にかかわった祭に時として、(1)上から目線で政府や行政などの取り組みを批判したり、(2)地域や住民の一部あるいは当面の要求や期待にのみ応えようとしたり、(3)まちづくりの正義のヒーローや救世主になったり、逆に(4)自分の労苦が報われないことで落ち込んだり、(5)住民の誰かを悪者にしたり(あるいは自分が悪者にされたり)することがあるという。一方で、「地域のみんなでまちづくり/こんな面白いことは他にない」(山崎亮)と言われる。それは、住民が主役の共働のまちづくりに関する知的で、創造的な「面白さ」である。こうしたО氏との会話を通して、まちづくりとその実践的「研究」の難しさと面白さ(醍醐味)を改めて再認識することになった。
〇後者に関しては、院生の多くは、組織的な実践活動や個人的な体験活動が展開される「現場」に身を置いている。彼らはまず、その現実や実態にひとつの疑いを差し挟む(「疑念」)。そのうえで、「観察」、「考察」し、「合理的な説明や批判」を試みる。この一連の作業が「研究」である(「1」6ページ)。院生との議論は、「研究とは何か」「研究の問題意識は奈辺にあるか」「現場からの研究をどう進めるか」などから始まる。
〇「3」において荒木は、先達の在野研究者の生涯と業績から、「在野研究の心得」を抽出する。その際、荒木は、「在野研究とは、アカデミズムに対するカウンター(対抗)ではなく、オルタナティブ(選択肢)として存在している」(「3」7ページ)という。そして、「研究」という営為の奥深さを伝えようとする。「3」の意義と面白さはここにある。最後に付記しておきたい。

「強力な単独リーダー」から「共働の複数リーダー」へ―「まちづくりと地域リーダー」のありようを考える―

〇7月から小地域ネットワーク活動に関わり始めたブログ読者のK氏から、「地域リーダー」のありようについて考えるための基礎的な視点やヒントなどを示してほしい、という連絡をいただいた。本稿は、いささかでもそれに応えようとするものである。
〇そこでまず、10年以上も前のものではあるが、今日の地域リーダー論のひとつの方向性を示した論文とコラム、しかも肩肘張らずに読めるものを紹介することにする。必読文献である。
(1)論文/鈴木輝隆「2つのタイプの地域リーダーの相互作用と自生的秩序の生成」『地域研究交流』第19巻第1号(通巻59号)、地方シンクタンク協議会、2003年7月、4~5ページ。
(2)コラム/ 小田切徳美「地域リーダーは発掘するもの」『町村週報』第2563号、全国町村会、2006年6月、1ページ。
〇周知の通り、1995年1月に阪神・淡路大震災が発生した。1998年12月にNPO法、2000年4月に地方分権一括法が施行された。それらを契機に、行政主導のハード中心の画一的なまちづくりに変わって、地域主導のソフト重視の個性的なまちづくりの推進が図られることになる。そこで注目されるのが「地域リーダー」である。そして、今日では、国や地方公共団体、民間団体、企業そして大学などにおいて地域リーダーに関する調査・研究の推進や施策・事業の展開が図られ、人材の育成・輩出などが積極的に行われている。
〇では、地域リーダーとは何か。地域リーダーに求められる資質や能力(要件)とは何か。その点をめぐっては、例えば、経済産業省の外郭団体である「中小企業基盤整備機構」(略称:中小機構)の経営支援情報センターが、「地域振興」の視点から次のように整理している(注①)。

地域リーダーの定義
地域の自主的な地域振興に向けた取り組みをビジョンとして描き、地域振興事業のメンバー及び地域内外の専門家人材や支援機関、民間企業等の人々を結集して、そのビジョンを実現するために中心となって活動することのできる人材。
地域振興事業における地域リーダーに必要な要件
(1)自らの地域をこよなく愛し、地域づくりに情熱を持っている人材
(2)地域の特性を把握して個性を活かすと共に、地域資源を活用しながら他地域との差別化を図り得る、卓越した創造力や豊かなアイディアを持って企画できる人材
(3)旺盛な行動力と実践力に秀でた人材
(4)ビジネス感覚とマネジメント能力に秀でた人材
(5)信頼性が厚くコーディネート能力に秀でた人材
(6)ネットワークが広い人材
(7)協調性があり、忍耐力が強く、私利私欲に依ることがない人材

〇また、本ブログの「ディスカッションルーム(62)」(2016年7月3日投稿)でふれた「日本・地域経営実践士協会」は、「地域経営」(まちづくり)の視点から、「地域経営実践士」(「まちづくりの匠」)には次のような資質・能力が求められるとしている(注②)。

地域経営実践士の定義
地域経営実践士とは、2011.3.11の東日本大震災の教訓を胸に刻み、日々の生活の中で小さな事起こしを自ら行うとともに、より安全、安心で住みよい新しい社会を築くために、身の丈に応じた変革の輪を周りの人とともに広げていく先導役や触媒役を実践する技量と人間力をたゆまず高める使命を担った「事起こしまちづくり」の実践士である。
地域経営実践士の要件
(1)まず、自らの一歩、「最初の当事者となるリスク」から逃げない。
(2)住んでいる地域、家庭、職場等身の回りのことを自分の事として捉える。
(3)命に関わることは気付いた者の義務、気付いた時に当事者として事起こしを始める。
(4)3.11“釜石の奇跡”(釜石市内の小・中学生のほぼ全員が津波の難を逃れたこと:阪野)に象徴される教訓を”我が地域の必然”に変える気構えを持つ。
(5)地域社会の問題と解決法をまるごとで捉える。
(6)日常生活に防災・減災を組み込んで暮らす。
(7)地域社会をまるごとで捉えるための”視点・観点・気点”を養う。
(8)地域社会の安全、安心もふくめたまるごとの豊かさへの想像力を養う。
(9)地域社会を虫の眼とアリの眼だけではなく、鳥の眼として捉える知識と経験の学習を積む。
(10)自前で回す(経営する)地域社会の”よみ・かき・そろばん”を磨く。
(11)以上の総合力を磨く方法として、自発的でみんなが合点する合意形成のための四面会議システムを習得する。

〇いまひとつ付け加えれば、全国初の地域系学部として、1996年4月に高崎経済大学に「地域政策学部地域政策学科」、1996年10月に岐阜大学に「地域科学部」が設置されている。そのねらいは、地方分権社会を担う地域リーダーの育成と、地方の国公立大学の社会的責任の実現(社会貢献)にある。その後、高崎経済大学では2003年4月に「地域づくり学科」、2006年4月に「観光政策学科」が新設されている。
〇岐阜大学では、2006年4月に「地域政策学科」と「地域文化学科」の2学科制に学部が改組されている。そして、2015年4月からは、全学共通の地域志向教育のプログラムが展開され、「次世代地域リーダー」の育成が図られている。次世代地域リーダーとは、「地域を知り」「地域の課題を見つけ」「地域の課題解決に向けて行動する」能力、すなわち「地域リテラシー」(地域を創る能力:阪野)を備え、地域で実践的に活躍し、地域のなかでリーダーシップを発揮できる人材ならびにリーダーを支援する人材を言う。そして、次世代地域リーダーには、「進める力(自立的行動力)」として計画力、実行力、管理力、「伝える力(コミュニケーション能力)」として傾聴力、発信力、状況把握力、「考える力(総合的判断力)」として課題発見力、創造的思考力、論理的思考力などの能力を有することが求められている(注③)。

〇地域に対する住民意識・関心の低下や、地域のつながりの希薄化が指摘されて久しい。そういうなかで、以上からは、例えば、豊かなまちづくりの推進を図るに際して、こうした万能型の地域リーダーを発掘したり、育成したりすることは可能か。そもそもこうした資質や能力を総合的に持つ「強力な」地域リーダーを発想すること自体に、無理があるのではないか。まちづくりの具体的かつ現実的な実践プロセスを通して、その活動や運動を担い得るリーダーは育つのではないか。しかもそれは、長いスパンで考え、総合的かつ計画的に取り組む必要があるのではないか。また、地域リーダーは、地域内外に存在する多様な組織や集団との協調・葛藤関係のなかで、リーダーシップ、フォロワーシップ、メンバーシップという3つの「シップ」(姿勢)や「エンパワーメント」(潜在能力を引き出すこと)をいかに向上させるか。そのためには、何を基本にして育成内容や方法を考えるべきか。より具体的には、ワークショップ形式の研修(学習)にとどまらず、実際のまちづくりの現場や場面にいかに関わるか等々、いろいろな論点を指摘するができる。
〇ところで、鈴木輝隆(江戸川大学)の言説によると、地域リーダーに望まれる要件は、「地域への愛情」「豊かな人間性」「未来への先見性」「果敢な行動力」「ネットワークと情報」「優れた感性」「仲間と助け合う協調性」などである。そして、地域リーダーには、その地域の風土や歴史、文化などによって地域住民のなかから生まれるいわゆる「住民リーダー」と、行政や公的機関・組織などに属するいわゆる「組織リーダー」の2つのタイプが存在する。鈴木は次のように説述している(注④)。

「住民リーダー」は息が長く、言葉より生き方や行動によって気持ちを伝えていく。情報発信力のある事業家や人間関係づくりが得意な人、行動的な世話役である人が多い。役割は、先端情報の提供、日常のしがらみから創造的な日々への解放、あるいは地域の課題へ住民意識を集中させるなどである。住民リーダーは、地域の中から自然に生まれ、仲間によって成長していく。土地柄と人柄、地域の風土が生みだす。ただし、年功序列社会による若手資質者の出番のなさや、女性リーダーへの認知度の低さ、新住民と旧住民のすれ違いなど、単に資質問題に帰結しない「地域の懐の深さ」が課題であることも事実だ。
「組織リーダー」はスパンが短く、強い言葉で住民に情報を伝える役割を持つ。オピニオンリーダーと言われる人や行政、商工会、農協など公的機関に属している人が多い。彼らに求められるものは、方向性の決定やビジョンの策定、明快な目標・戦略・手法などで、内的関係の調整から外的関係の調整までのプロデュース能力である。資質として、人間的な魅力と包容力、理念と目的意識、率先行動力、人情と誠実さ、情報収集力に加え、公平性を保つための第三者的視点を持ち合わせていることが要求される。
組織リーダーは、地域の状況で、その時、ふさわしい人が発見され、選び出され、現場で学ぶことによって育っていく。しかし、人事や短いローテーションが弱点となり、専門的な力を身につけることができない場合もあり、必要に応じて外部登用もする気概も必要だ。地域内における組織リーダーの力は大きく、地域づくりの本質が理解できない場合やセンスのない人が間違って選ばれることもあり、前例やしがらみに囚われ住民リーダーを押さえつけることもある。組織リーダーは、肌理の細かい確かな情報や迅速な行動をもっている住民リーダーの存在をなくして、魅力的な地域づくりができない。混迷の時代の地域リーダー像は、2つのリーダーの組み合わせにヒントがある。

〇要するに、「住民リーダー」と「組織リーダー」は、地域・住民が抱える生活課題が多様化・複雑化・深刻化している今日、相互連携・協力の関係に置かれ、「共働」することが求められている。そういうなかで、いかにしてまちづくりへの情熱と未来を見通す力(先見力)を持つ地域リーダーを発掘し育成・確保するか。併せて、多様で多層な住民や関係機関・組織などを結びつけ、多様で多彩な個性や能力が発揮される場や機会を創出する地域リーダー(プロデューサー)を育成・確保するか、などが問われている。
〇筆者はかつて、本ブログの「雑感(19)」(2014年7月28日投稿)で、T市社協が主催した地域福祉活動計画策定のための住民懇談会におけるレクチャーについて、次のように記している。

皆さんは、ヒーローやヒロインのような唯一の強いリーダーとしてではなく、メンバーシップやフォロワーシップを兼ね備えた一人のリーダー、地域住民として活動することが期待されます。「この地域には強いリーダーがいないからダメだ」という嘆きの言葉を聞くことがありますが、そうでしょうか。強力なリーダーがいない地域は「ダメ」な地域ではなく、強力なリーダーを必要とする地域が実は「不幸」な地域であるかも知れません。

〇この点に関して、小田切徳美(明治大学)は、地域リーダー像について次のように述べている。かつての地域リーダーは、「圧倒的なパワーを持って、孤軍奮闘もできるタイプが多かった。しかし、最近では、複数の者が、いわば『リーダー群』として地域を支えている姿が一般的である」。「リーダーは普通の人々の中にいる。だから、『リーダーは(養成するものでなく:阪野)発掘するもの』なのである」。また、小田切は、地域リーダーの役割について、「合意形成型リーダー」「カリスマ型リーダー」「会計型リーダー」「なんでも屋リーダー」そして「知恵袋型リーダー」の「リーダー5人衆」として説明している。そして、「地域リーダーの機能は、このように複数の人間で分担することが可能である」と説いている。以下がその全文である(注⑤)。

地域を訪ねた際に最も多く問われるのは、「地域のリーダーはどうしたら育てられるのか」という質問である。私は、それに対しては、「リーダーは養成するものでなく発掘するもの。皆さんの中や皆さんの身近に必ずリーダーはいる」と答えている。
それには少し説明が必要であろう。かつてのリーダー像は、圧倒的なパワーを持って、孤軍奮闘もできるタイプが多かった。しかし、最近では、複数の者が、いわば「リーダー群」として地域を支えている姿が一般的である。
そして、その複数のリーダーの役割であるが、しばしば「リーダー5人衆」として、次のように説明されている。まず、「合意形成型リーダー」である。議論の落とし所を見つけることに長けた者は地域に欠かせない。第2に、「カリスマ型リーダー」であり、普段の寄合や会議では多くは発言しないが、重要な意識決定の時に、まさに決定的な発言をする住民である。また第3に、「会計型リーダー」も必要である。「会計係」を担うということだけでなく、活動の現実を冷静に見極め、時には過熱ぎみの活動を抑制することができる者である。第4のタイプは、「なんでも屋型リーダー」である。機動力に優れており、「昨晩決まったことを今朝には実行している」というタイプである。そして、第5には「知恵袋型リーダー」も求められている。地域の歴史から行政の仕組みまでの多くの知識を持っており、それを基にして新たな活動のアイデアを出すことができる者である。
地域リーダーの機能は、このように複数の人間で分担することが可能である。しかし、これはある意味では当然のことでもある。たとえば企業であれば、これらの役割は、順に社長、会長、経理課長、総務課長、企画課長が当たり前に分担している。
このように考えると、複数の機能をたったひとりの人に期待し、そうしたタイプの人を「養成しよう」という発想自体に無理がある。それは、スーパーマン・リーダーだけができることであろう。そうではなく、「5人衆が、それぞれの得意分野で活躍するのがリーダーだ」と考えた時に、リーダーの要件は、スーパーマンから普通の人々で担えるもの変わっていく。ひとりの役割を得意とする者は、多様化した地域社会の構成員の中には、かならず存在すると言っても過言ではない。
リーダーは普通の人々の中にいる。だから、「リーダーは発掘するもの」なのである。

〇まちづくりには「若者・よそ者・ばか者」が必要であると言われる。魅力的なまちづくりを進めている地域には、必ずと言っていいほどに、「ばか者」(地域・地元 に根を張って、内発的な地域活動や住民運動に熱心に取り組む人)がいる。その意味では、地域リーダーは発掘するものである。しかし、各地で行われている地域リーダーの養成講座などに参加した人が、まちづくりの地域活動や運動に取り組んでいることも事実である。
〇都市部と農山村部の地域特性や、その地域が抱える生活課題やまちづくりの理念や方向性などは多様である。そこから、地域リーダーに求められる資質や能力、従ってその育成・確保のありようも多様となる。しかも、地域リーダーの育成・確保は、漠然とした必要性によるものではなく、具体的な地域課題に基づき、その課題解決を図るためのものである。従ってそれは、組織的・継続的・計画的に行うことが求められる。また、地域リーダーの育成・確保は、まちづくりの基盤をなすものであり、横断的・総合的な枠組みのなかて取り組むことが肝要となる。さらには、持続可能なより豊かなまちづくりを推進するためには、地域内外の多様な地域リーダーのネットワーク化を図ることも必要かつ重要となる。
〇以上の諸点について留意しておきたい(注⑥)。


① 「地域リーダーにみる『戦略性』と『信頼性』―地域振興とリーダーの役割に関する調査研究―」『中小機構調査研究報告書』第5巻第3号(通号22号)、中小企業基盤整備機構経営支援情報センター、2013年3月、8ページ。
② 「日本・地域経営実践士協会」ホームページより。
③ 「岐阜大学」ホームページより。
④ 鈴木輝隆、4ページ。
⑤ 小田切徳美、1ページ。
⑥ 下図は「単独リーダー」と「複数リーダー」の概念図である。(赤)はリーダー、(緑)はフォロワー(リーダーの補佐)、(青)はメンバーを表示する。
単独リーダーと複数リーダー(7月20日最終版)

謝辞
本稿をアップするにあたって、「日本・地域経営実践士協会」と「地方シンクタンク協議会」にはいろいろとお世話になりました。ここに記して感謝の意を表します。