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天竜厚生会における福祉教育の取り組み―資料紹介―

1984年11月、全社協によって『福祉教育ハンドブック』が刊行された。そのことに関して、筆者(阪野)は、「それによって、福祉教育は、一定の理論的整理が行われるとともに、具体的実践のための『水先案内』を得ることになる」と評したことがある(阪野貢・ほか『福祉教育論』北大路書房、1998年、8ページ)。
そのハンドブックのなかに、福祉教育の実践事例のひとつとして、静岡県天竜市(現・浜松市)にある社会福祉法人天竜厚生会のそれが「社会福祉施設による福祉教育」と題して紹介されている。そこで、執筆者の山村睦(天竜厚生会研修センター)は、社会福祉施設と福祉教育の関係をめぐって次のように述べている。

私たちは相互交流の意味からも、また地域住民の社会福祉に対する理解を深める意味からも、施設を「ふれあいの場」として活用することが自然に行うことができないかと考えた。(中略)
昭和55年(ママ/56年:阪野)に、地元の天竜市が系統的に市民の福祉意識の高揚を図ろうというきっかけから、福祉教育事業が始まった。(182ページ)
施設で行われる福祉教育は、(中略)施設の歴史のなかで必然的にその必要性を感じるところから始まった。福祉教育のもつ意味のなかで、特にその目標が社会福祉を中心課題として始まったことは特徴的なところである。
今ひとつ福祉教育には社会福祉とかかわりはあるが、もっと幅を広めて、「人間教育」の場として、個々人の生き方を考える機会としても、とらえられている。(185ページ)

山村がいうように、天竜厚生会では、地元・天竜市から国際障害者年記念事業(1981年)としての委託を受けて、福祉教育に取り組むことになる。とはいえ、天竜厚生会はその後、他に類をみないほどに、福祉教育事業に計画的・継続的・組織的に取り組む。とともに、系統的・体系的なプログラムを開発・編成して、福祉教育実践の展開を図ることになる。何故か。それは、単に、主として1970年代から始まる「施設の社会化」論の潮流に乗ったり、1990年の社会福祉関係8法改正に基づく「施設の社会化」のあり方の問直しを先取りしただけでもあるまい。
その答えの基本部分は、山村がいう「人間教育」ということばに見いだすことができるのではないか。天竜厚生会では当初から、人間の存在そのもの(存在の根拠)と生き方を問う人間教育の一環として福祉教育の推進を企図したのであろう。それをより確かなものにするために、1984年12月に「天竜厚生会福祉教育研究会」を立ち上げる。1988年3月に『施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究』として纏めた研究成果と、その研究プロセスが注目されるところである。要するに、天竜厚生会は、“福祉教育は社会福祉施設がもつ重要な役割や機能である”という「福祉教育」に対する信念と確信、そして「教育」に対する情熱と使命感をもって取り組んできたといっても過言ではあるまい。
周知の通り、福祉教育はいま、「学校福祉教育」から「地域福祉教育」、筆者がいう「市民福祉教育」へと、その移行・進展が指摘されている。しかし、それは、学校における福祉教育や、福祉教育実践における社会福祉施設等との連携・協働を軽視するものではない。原田正樹によると、「今日の福祉教育の動向を一言で表すならば、『地域において生涯にわたる総合的統合的な福祉教育の展開』が求められているといえる。このことは、今日の福祉教育実践を『地域化』という視点で整理することができる」(『地域福祉の理論と方法』中央法規出版、2009年、68ページ)。原田の言説を敷衍すれば、そうであるが故に今日、学校福祉教育のあり方や社会福祉施設における福祉教育の取り組み、学校と社会福祉施設等との連携・協働のあり方などが厳しく問われることになる。
周知の通り、1970年代は、1971年度を初年度とする「社会福祉施設緊急整備5か年計画」が策定され、それに基づいて、社会福祉施設のいわば量的な整備充実が図られた時代である。そういうなかにあって、天竜厚生会は、研修センターを設置して社会福祉施設を利用した福祉教育の推進を図るとともに、福祉教育ハンドブックや福祉教育実施報告書の刊行などによる「地域化」(原田)に主体的、積極的に取り組み、果敢に挑戦してきた。これは厳然たる事実である。それを可能にした要因や条件は何か。また、それらが複合的・効果的にプラスの方向に作用したのであろうが、それは何故か。そしてまた、何よりも山村三郎(天竜厚生会事務局長)の存在が大きかったが、彼の福祉教育に関する思想や理念はいかなるものであったのか。
別稿で、筆者はいま、手元にある福祉教育関連資料の整理を行っていると述べた。今回は、天竜厚生会の福祉教育に関する資料(史料)を紹介することにした。上述のように、天竜厚生会では、1981年から福祉教育に取り組んでいる。30年以上も前のことである。30年の歴史から、とりわけ山村三郎から、福祉教育の実践者や研究者は何を学び、何について考えてきたのか。真摯に振り返る必要があるといえよう。ここで、唐突ではあるが、「歴史を学ぶと、我々が歴史から学んでいないことが分かる」というドイツの哲学者ヘーゲルの名言を思い出す。
以下に、天竜厚生会の福祉教育に関する資料(史料)を紹介しようとする意図は、上記のような研究課題にアプローチする必要性があると考えるからである。それはまた、次代を担う若手実践者・研究者による「市民福祉教育」の理論の構築と実践の進展を願ってのことでもある。

Ⅰ 福祉教育開催要領
(1)福祉教育の目的
望ましい福祉社会とは、明るく、健康で、支えあう気持ちのあふれた地域社会であろうかと思 います。この研修は、障害者に対する福祉をはじめ、せまりくる高齢化社会に対応して老人の福祉など、ひろく社会福祉の全般について市民一人一人の意識をたかめようとするものであります。
(2)福祉教育の対象
一般市民、学生、生徒等
広報、新聞等でアピールし、一般からの自主的参加を働きかけるほか、福祉事務所、社会福祉協議会、教育委員会等より各種団体、学校等へ働きかける。
(3)福祉教育の内容
①福祉の理解
社会福祉を生活上困難な状況におかれた人々に対する援助としてのみとらえるのではなく、社会生活の中で障害を持つ人々も含めて全ての人々がよりよい生活を作り出すための活動であることを正しく理解する。
②障害者の理解
一般に障害者といわれている人々の障害の発生、原因、障害の状態、障害者の実数等正しく理解し、障害者の援助について考える。合わせて、実際に障害を持つ人々が日常生活上どのような不自由があるかを体験してみる。
③施設見学
社会福祉実践の場の一つである施設及び施設を必要とする人々が多領域にわたることの実際を知る。
④施設実習(ふれあい)
障害者、老人等と直接ふれあうことにより、障害者、寝たきり老人への理解を深め、福祉の心をより高める。
※プログラム(概要:阪野)
日帰りコース(中学生・一般) 9:00~16:00
オリエンテーション/講義/実技/施設見学/施設実習(約90分)
1泊2日コース(中学生・高校生等) 9:00~2日目/16:00
オリエンテーション/講義/実技/施設実習(約7時間)/レクリェーション/反省会
2泊3日コース(高校生等) 9:00~3日目/16:.00
オリエンテーション/講義/実技/施設実習(約14時間)/レクリェーション/反省会

『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、1986年、60~62ページ。

Ⅱ 福祉教育のあゆみ
【昭和56年】
4月1日
天竜市より福祉教育実施委託をうける。
4月7日
天竜市福祉事務所長・天竜厚生会事務局長共に、静岡県立二俣高等学校、静岡県立天竜林業高等学校を訪問、福祉教育実施に伴い、高校生の参加を御願いする。
天竜市内校長会において中学生の参加を御願いする。
4月~6月
天竜市福祉事務所より、各種団体等への福祉教育実施に伴う参加のお願いをする。
6月10日
天竜市内校長会(中学校長)天竜厚生会を訪れ、施設見学、中学生の福祉教育の在り方について検討する。
7月6日
天竜市福祉教育開講式。
天竜市長をはじめ、静岡県西部民生事務所長等、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/天竜市婦人連盟
8月3日
中学生福祉教育開始。
8月7日
岡部町社会福祉協議会主催による岡部町中学生の福祉体験学習実施。
9月4日
福祉教育閉講式
一応の成果をおさめ福祉教育閉講式を行う。
天竜市長ほか列席。受講生/天理市自治会
9月22日
福祉教育の模様を静岡第一テレビ局が取材。
10月1日
天竜市内校長会(中学校長)中学生福祉教育反省会。
10月22日
福祉教育。受講生/天竜市心身障害児推進協議会
11月末
昭和56年度天竜市福祉教育報告書作成。
【昭和57年】
2月16日
浜北市福祉事務所、浜北市教育委員会、天竜厚生会の三者にて浜北市福祉教育実施の方法について協議、浜北市教育委員会を通して中学生の福祉教育参加を御願いする。
2月
竜山村より住民の福祉啓発を目的とした福祉教育の依頼がある。時期7月・8月
4月22日
福祉教育の具体的内容、実施方法について浜北市福祉事務所と協議する。
4月中旬
天竜市と昭和57年度福祉教育の実施について協議、日程等の調整をはかる。
5月4日
浜北市内校長会において福祉教育の概要について説明する。
5月~7月
天竜市、浜北市共に、市内各団体等への福祉教育実施に伴う参加の御願いをする。
中遠振興センターより一般を対象とした福祉教育の依頼がある。
7月2日
天竜市福祉教育開講式。
天竜市長他、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/天竜市婦人連盟
7月19日
浜北市福祉教育開講式。
浜北市長他、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/浜北市婦人会
7月21日
竜山村社会福祉協議会主催の福祉教育実施。
民生委員他各種団体を対象に7月、8月に4回に分けて実施する。
8月5日
天竜市福祉教育の模様をテレビ静岡が取材する。
8月6日
岡部町社会福祉協議会主催の岡部町中学生福祉体験学習実施。
8月9日
川根町主催の川根中学生福祉教育実施。
8月17日
浜北市福祉教育の模様を静岡新聞社が取材する。
8月18日
浜北市福祉教育閉講式。
一応の成果をおさめ、福祉教育閉講式を行う。
浜北市長ほか列席。受講生/浜北市婦人会
8月20日
天竜市福祉教育の模様をNHKテレビ及び静岡新聞社が取材する。
8月26日
天竜市福祉教育閉講式。
一応の成果をおさめ、福祉教育閉講式を行う。
天竜市収入役ほか列席。受講生/静岡県立天竜林業高等学校
9月28日
中部振興センター主催の福祉教育実施。
【昭和58年】
7月12日
静岡県ボランティア・カレッジ事業共済(ママ/催:阪野)で17市町村合同福祉教育開講式を行う。
【昭和59年】
プログラムを一部変更してビデオ「楽園をめざして」を導入。
12月~昭和63年3月
福祉教育研究会を発足し、トヨタ財団の助成を受け、予備研究「施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究~福祉教育の理論と方法―中学・高校生への期待と社会福祉施設の役割に関する実証的研究~」を行う。
●参加中学・高校生の追跡アンケート調査及び保護者のアンケート調査、事前アンケート調査と感想文の分析
●福祉教育ハンドブック全面改訂 「福祉ってなんだろう」作成
【昭和63年】
6月28日~29日
トヨタ財団の助成を受け、福祉教育研究集会を開催。
記念講演 児童文化研究家 吉岡たすく氏 「私の見た子供の世界」
9月22日~平成2年11月30日
トヨタ財団の助成を受け、研究「社会福祉施設における実践的福祉教育の研究~障害者との触れあい体験を中心とした地域における福祉教育実践の展開方法研究と方法論の開拓」を行う。
● 天竜市民福祉意識調査実施(平成元年8月25日~27日)
天竜市を市街地から山間部まで6地区に分け、18才以上69才以下の市民の中から、各地 区の人口比に基づき世帯主、妻、若年層を各200名、600名を抽出、学生の協力を得て個別面接の方法で実施した。
● 効果測定取り組み
福祉教育参加の中学・高校生を対象とした約600名に事前(実施役1ヶ月前)・事後(福祉教育実施終了後)測定を実施。
● 小学生福祉教育ハンドブック「ふくしってなんだろう」作成(平成2年3月発行)
● 福祉教育モデル事業実施
① 幼児への取り組み
ポスター、福祉教育ハンドブックを幼稚園、保育園、児童館等の関係機関に配付。
「母親が子に教える福祉教育」の実施。(平成2年9月19日)対象:北遠地区母親クラブ
② 児童への取り組み
親子体験教室・日帰りコースの実施。(平成2年7~8月)
親子体験教室・1泊2日コースの実施。(平成2年7月~8月)
③ 高校生を中心として主体的活動を促進する取り組み
高校生ワークキャンプ(天竜市社協主催)の実施。対象:天竜厚生会施設利用者・地元高校生
【平成7年】
従来中学・高校生を対象に行っていた事前アンケートの内容を見直し、事前・事後に中学生から一般までを対象に行うこととした。
施設利用者に講師を依頼し、午前中の講義の内容充実を図った。

Ⅲ 福祉教育関係資料
(1)『福祉ってなんだろう―福祉教育ハンドブック―』
昭和56年7月/初版第1刷
昭和57年7月/第2刷
昭和58年5月/第3刷
昭和59年5月/第4刷
昭和60年5月/第5刷
昭和62年5月/改訂第1版第1刷
昭和63年12月/第2刷
平成2年12月/第3刷
平成2年12月/第3刷
平成4年6月/改訂増補第1版第1刷
平成8年1月/第2刷
(2) 『ふくしってなんだろう―福祉教育ハンドブック 小学生編―』
平成2年3月/初版第1刷
平成3年2月/第2刷
平成8年1月/第3刷
(3)『福祉ってなんだろう―福祉教育実施報告書―』
天竜厚生会福祉教育実施報告書/昭和57年11月
昭和58年度福祉教育実践活動報告書/昭和59年1月
昭和59年度福祉教育実施報告書/昭和60年1月
昭和60年度福祉教育実施報告書/昭和61年3月
昭和61年度福祉教育実施報告書/昭和62年3月
昭和62年度福祉教育実施報告書/昭和63年3月
昭和63年度福祉教育実施報告書/平成 元年3月
平成元年度福祉教育実施報告書/平成 2年3月
平成 2年度福祉教育実施報告書/平成 3年3月
平成 3年度福祉教育実施報告書/平成 4年3月
平成 4年度福祉教育実施報告書/平成 5年3月
平成 5年度福祉教育実施報告書/平成 6年3月
平成 6年度福祉教育実施報告書/平成 7年3月
平成 7年度福祉教育実施報告書/平成 8年3月
(4)『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、昭和61年4月
(5)『施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究』天竜厚生会福祉教育研究会、           昭和63年3月
(6) 『天竜市民福祉意識調査報告書』平成2年10月

『福祉ってなんだろう―福祉教育実施報告書―』〔平成8年度〕天竜厚生会研修センター、1997年、20~22ページ。

Ⅳ 参加人数5年間の推移
昭和56年度
中学生430、    高校生275、      小・大学生0、         一般982、          計1,687
昭和57年度
中学生740、    高校生224、      小・大学生0、           一般619、          計1,583
昭和58年度
中学生1,186、  高校生201、      小・大学生27、       一般1,066         計2,480
昭和59年度
中学生2,023、 高校生123、       小・大学生54、      一般1,057         計3,257
昭和60年度
中学生2,185、  高校生735、       小・大学生155、    一般1,001、      計4,076

中学生6,564、  高校生1,558、    小・大学生236、    一般4,725、      計13,083

『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、1986年、17ページ。

付記
拙稿をアップするに際して、天竜厚生会理事長の山本たつ子先生にご相談させていただきました。先生からは、アップすることについてご快諾いただくとともに、次のようなコメントも頂戴しました。感謝あるのみです。先生のお許しを得て、以下にそれを紹介させていただきます。

原稿読ませて頂きました。
天竜厚生会における福祉教育は阪野先生のご指摘のとおり、施設が片手間にというよりも、社会福祉の理解を推進する役割を社会福祉施設も持つべきであるという視点から始まっております。職員とご利用者共々、使命感を持って臨んだといえます。施設の社会化、地域開放と言うレベルから一歩も二歩も深めてきたと感じております。
最近、社会福祉法人の社会貢献事業としてこの福祉教育が語られることがありますが、社会貢献といった言葉で片付けてもらいたくない、社会福祉施設あるいは社会福祉法人は、社会福祉を推進し地域理解を深める担い手であり、それは責務であろうと感じます。
学校の授業で福祉教育が進めれれておりますが、障害者体験や高齢者体験を通して理解を進めるという内容には、少し抵抗があります。きちんと人と人が向き合うことから理解は生まれると思うからです。

長野県における福祉教育の取り組み―資料紹介(2)―

1985年3月23日に、長野県社会福祉総合センター講堂で、長野県社会福祉協議会主催の「昭和59年度 福祉教育を進める懇談会」が開催された。参加者は、社会福祉協力校をはじめ、信濃教育会、県民生児童委員協議会、58年度住民会議事業実施社協、モデル公民館事業実施公民館、県教育委員会、それに県社会福祉協議会などの関係者54名を数えた。
ここでは、その際に準備・配布された資料のなかから、長野県における福祉教育の取り組みの経緯について報告している部分を紹介する。前稿の「長野県における福祉教育の取り組み―資料紹介(1)―」と重複する部分もあるが、参考に供しておきたい。
なお、以下の記述では、1978年9月に開催された県社会福祉大会において、「信濃教育会」から「福祉の心を育成する」ことの提案がなされた。その後、福祉教育の副読本や手引書の編集は信濃教育会に委託されている、ことが注目される。そこから、ひとつは、信濃教育会と、その手になる副読本や手引書を分析・評価することによって、長野県における福祉教育の背景やその内実に迫ることができよう。また、信濃教育会と学校現場、教育委員会、公民館、それに県・市町村社会福祉協議会などとの相互関係や連携・協力の実態はどうであったのか。詳細な分析が求められるところである。

福祉教育の推進について(報告)―思いやりの心を育てる教育の実践―
昭和53年9月
第27回県社会福祉大会で採択(福祉の心の育成)
信濃教育会から福祉の心を育成することの提案が行われ採択。
昭和54年1月
長野県福祉教育大綱作成委員会発足
教育、福祉関係の21機関団体長で構成する福祉教育大綱作成委員会を発足、2年間におよぶ審議成案を得る。
昭和55年9月
第29回県社会福祉大会で採択(福祉教育大綱)
別紙「長野県福祉教育大綱」が満場一致で採択される。
昭和55年11月
福祉教育に関する調査実施
県下の小学校(416校)・中学校(192校)・高等学校(104校)の教師(各学校、男1、女1)を対象に調査実施。
昭和56年4月
福祉教育手引書の編集を信濃教育会に委託
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」の編集を信濃教育会に委託。
昭和56年6月
社会福祉についての意識調査実施
県下の小学校(83校)5年以上の児童及び中学校(39校)高等学校(21校)の生徒と保護者を対象に調査を実施。
昭和56年9月
第30回県社会福祉大会で「福祉教育」の推進宣言
大会第4部会に「福祉教育と実践活動」部会を設け“教育大綱”の具体的実践について討議、並びに家庭・学校・地域社会で福祉教育を推進することを宣言。
昭和57年2月
福祉教育に関する調査報告書刊行
福祉教育に関する調査・社会福祉についての意識調査結果の報告書を作成刊行。
昭和57年4月
小学校低学年用副読本の編集を信濃教育会に委託
福祉教育が家庭で育くまれることを目的に「親と子の福祉教育読本」(小1年生)の編集を信濃教育会に委託する。
昭和57年5月
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」を刊行配布。(30,000部)
教師のための手引書刊行、県下の幼・保・小・中・高校の教師等全員に配布・子どもらに思いやりの心の定着化を目指す。
昭和57年7月
県民会議を松本市で実施(参加者1,500名)
福祉教育大綱のねらいを実践に移していくため「福祉教育を進める県民会議」を松本市で開催。
昭和57年8月
福祉教育の推進について文部大臣に陳情
家庭教育、学校教育、社会教育の関連において福祉教育が推進されるよう小川平二文部大臣に陳情する。
昭和57年10月
「ともに生きる」の活用状況調査
県下の小・中・高校(714校)を対象に福祉教育手引書「ともに生きる」の活用状況についてアンケート調査を行う。(回収率65.8%)
昭和58年4月
小学校高学年用副読本の編集を信濃教育会に委託
小学校(4年生~6年生)を対象に人格形成の基礎づくり及び福祉の心が育まれることをねらいに、その教材の編集を信濃教育会に委託する。
昭和58年4月
福祉学習モデル公民館の指定(期間2年、補助1館5万円)
地域住民が福祉の体験学習を通じて福祉意識の向上を図るための場と機会の提供を行う。公民館8館を指定。
昭和58年4月
福祉教育を進める住民会議の推進(期間1年、補助1か所5万円)
地域住民1人ひとりに福祉の心の定着化を目指し、県下8ブロックが主催者となって会議を開催。(昭和58年度)
昭和58年8月
小学校低学年用「思いやる心」を刊行配布(34,000部)
福祉教育が家庭に定着することをねらいに、親と子の福祉教育副読本「思いやる心」を県下小学校1年生全員に配布。
昭和58年8月
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」の活用状況調査
県教委は、小・中学校における教師のための福祉教育手引書の使用状況をまとめ“ 手引書の効果があらわれている”とみる報告書を文部省に提出する。
昭和59年2月
福祉教育部会を開催
福祉教育の体系化とプログラムの作成を目ざして部会活動を推進。
昭和59年4月
福祉教育を進める住民会議の推進(期間1年、補助1か所5万円)
地域住民一人ひとりに福祉の心の定着化を目指し、県下8ブロックが主体になって会議を開催。(昭和59年度)
昭和59年4月
福祉教育副読本「思いやる心(中学生用)」の編集を信濃教育会に委託
中学生(1~3年)を対象に、人格形成の基礎づくりと思いやる心が育まれることをねらいに、その教材の編集を信濃教育会に委託。
昭和59年6月
福祉教育の推進について自民党に陳情
思いやりの心を育てる福祉教育が学校現場で積極的に活用されるよう、海部俊樹自民党文教制度調査会長に陳情。
昭和59年9月
思いやる心(小 高学年用)を刊行配布(37,500部)
福祉教育副読本「思いやる心」を刊行、県下小学校4年生全員に配布。
(学校備付)積極的な活用を依頼。
昭和59年10月
福祉教育副読本(小1用)思いゆる心増刊配布。(17,000部)
福祉教育副読本思いやる心(小1用)を増刊。有償配布。
昭和60年2月
福祉教育副読本(小1、小4)の活用状況調査
昭和58年度(小1年生用)及び昭和59年度(小4年生用)に配布した福祉教育副読本の活用状況について調査を実施。
昭和60年3月
福祉教育を進める懇談会を開催
現在まで進めてきた福祉教育(家庭・学校・社会)の成果と問題点並びに今後の推進方策について話し合う。

(『昭和59年度 福祉教育を進める懇談会―思いやりの心を育てる教育の実践―』長野県
社会福祉協議会、1985年、5~8ページ)

長野県における福祉教育の取り組み―資料紹介(1)― 

いわゆる「3号雑誌」にも至らず、創刊から2号で廃刊になった、福祉教育に関する幻の雑誌に『ボランティア・福祉教育研究』がある。編集・発行は全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センターである。創刊号は1982年3月(実際は同年8月。B5判、117ページ)、第2号は翌1983年9月(159ページ)にそれぞれ発行されている。
その第2号に筆者(阪野)の拙稿「福祉教育の最近の動向―『福祉教育手引書』をめぐって―」が掲載されている。それは、神奈川県、長野県、佐賀県、それに山口県における福祉教育(事業)の取り組みの概説と、各県で発行されている福祉教育手引書の内容紹介と分析・評価を通して、福祉教育が抱える課題について言及したものである。
いま、筆者は、手元にある福祉教育関連資料の整理を行っているが、長野県の福祉教育の取り組みに関する資料(史料)が見つかった。(1)「福祉教育」取組み内容と経過(B4・1枚、2段)、(2)長野県福祉教育の推進(B4・1枚)、(3)福祉教育事業実施計画(B4・1枚)、(4)長野県福祉教育の推進(B4・1枚)、(5)長野県福祉教育の推進((案)と加筆されている)(B4・1枚)、(6)福祉教育第3次推進計画(案)について(B4・2枚)、がそれである。(1)の資料の片隅に「93年3月9日 17時27分;長野県社会福祉協議会」と記されていることから、これらの資料はファクス受信したものであろう。20年も前のことである。
ここでは、上記の拙稿のうちから長野県に関する記述部分を再掲し、それに併せて6点のうちから(1)(2)の資料を紹介する。それによって、汗顔の至りである拙稿の論述に抜け落ちていた部分をうめることにしたい。以下の2点の資料からは、1950年度から全国に先駆けて取り組まれた神奈川県における福祉教育事業とともに、長野県(社協)におけるそれが、1977年度の「学童・生徒のボランティア活動普及事業」の創設に影響を及ぼしたであろうことが分かる。併せて、長野県の福祉教育事業の取り組みの内容や成果が、その後の全国の福祉教育事業の展開に反映、具現化されたであろうことも推察するに難くない。
周知の通り、長野県には、ペスタロッチ主義教育を内実とする開発主義教育(その対極に注入主義教育がある。)を提唱、導入し、「信州教育」の礎を築いたとされる能勢栄(1852年~1895年。明治前期の教育学者)の教育実践の歴史がある。また、その信州教育の運動を支えた「信濃教育会」(教員の職能団体)がある。それらは、かつて長野県が全国でも有数の「教育県」と呼ばれた所以のひとつでもある。とはいえ、長野県の福祉教育の取り組みが、後発の1967年度の静岡県、1971年度の宮城県(社協)、1972年度の山形県(社協)をはじめとする他県のそれに比して、より積極的・計画的かつ総合的であったのは何故か。例えば、1980年9月の第29回県社会福祉大会で「長野県福祉教育大綱」が採択され、翌年9月の第30回県社会福祉大会では「福祉教育」の推進宣言がなされている。また、1982年5月に教師のための福祉教育手引書『ともに生きる』や、1983年8月に小学校低学年生、翌年9月に小学校高学年生のための福祉教育読本『思いやる心』などを発行する。さらには、1982年8月に文部大臣、1984年6月に自由民主党文教制度調査会会長に対して福祉教育の推進について陳情までしている。1983年4月に始まる福祉学習モデル公民館の指定事業(公民館8館を期間2年、補助1館5万円で指定)も特筆される。こうした長野県での取り組みは、(学校)福祉教育の嚆矢とされる神奈川県における取り組みから13年後のことであるが、それは何故か。言い換えれば、神奈川県のそれが早期に他県に波及あるいは普及しなかったのは何故か。福祉教育についての歴史研究の課題は多い。
以下にまず、「福祉教育の最近の動向―『福祉教育手引書』をめぐって―」(『ボランティア・福祉教育研究』第2号、1983年、102~110ページ)を再掲する。

(2)長野県
①社会福祉普及校事業
長野県では、昭和38年度から「社会福祉普及校事業」を実施している。神奈川県につぐ先駆的なこころみである。その「設置要綱」によると、普及校事業は「児童・生徒が体験を通じて社会福祉への理解と関心を高め、日常生活の中に相互扶助、社会連帯の思想を浸透させる」ことを目的とする。
事業の実施主体は県社協である。当初は県社協が高等学校1校を指定し、生徒の活動のひとつとして社会福祉や社会保障制度についての調査・研究がおこなわれた。昭和41年度には「社会福祉普及協力高等学校設置要綱」が定められた。普及校事業の制度的確立とともに、指定校の拡大(8校)、活動内容の充実がはかられている。ついで昭和45年度からは、その名称が「社会福祉普及協力校」と改められ、協力校の指定枠も専門学校・短期大学に拡大された(専門学校・短期大学の指定は昭和53年度で中止されている)。
さらに、昭和50年度からは中学校、54年度からは小学校の指定が開始された。翌55年度には普及校の指定方法が改められ、市町村社協との連携のうえに指定されることになった。また、社会福祉普及協力校が「社会福祉普及校」と改称された。昭和57年度においては、41市町村社協が普及校事業に取り組み、小学校29校、中学校36校、高等学校38校の計103校が1カ年の指定をうけている。
昭和55年9月、第29回長野県社会福祉大会において「長野県福祉教育大綱」が決議・採択された。大綱では、「人間がお互いに人間らしく生きるため、自分の生命や生活ばかりでなく、他人の生命や生活を尊重し、より住みよい福祉社会の実現をめざして、行動や体験を通して実践していく方向」が示された。それをうけて、県社協はさっそく、同年11月と翌56年6月、教師、児童・生徒、それに保護者を対象に福祉教育についての意識調査を実施した。その調査結果は、昭和57年2月、『学校教育、家庭・地域づくりのための意識調査』として報告されている。
②『ともに生きる』
長野県社協は、昭和57年5月、『ともに生きる―教師のための福祉教育手引書』を刊行した。これは、上述の長野県福祉教育大綱が示す「学校(含幼稚園・保育所)における福祉教育」の方向と、福祉教育についての意識調査結果をうけて作成されたものである。編集は信濃教育会、編集委員はそのほとんどが学校教育現場の教師である。
手引書は、「Ⅰ 福祉教育の必要性およびねらい」「Ⅱ 指導計画および教育課程への位置づけ」「Ⅲ 関係資料」の3部構成となっている。Ⅱの「指導計画および教育課程への位置づけ」では、福祉教育の現状と課題、福祉教育のねらい、福祉教育の内容、福祉教育の機会と方法、福祉教育の具体例などの枠組のもとに、幼稚園・保育園、小学校、中学校、高等学校における福祉教育について説いている。そのうち福祉教育のねらいについては、その重点が学校段階別に、すなわち幼稚園・保育園は「思いやりの心を育てるために」、小学校は「実践活動を通して福祉の心を」、中学校は「実践活動を通しての社会参加」、高等学校は「自主的活動としての社会参加」におかれている。児童・生徒の発達段階や学校段階に応じた福祉教育を考え、しかも学校における福祉教育を一貫性のあるものにし、その構造化をはかろうとしている点はこの手引書の大きな特色となっている。
また、手引書は、多くの実践的具体例や指導案を収録している。具体的な実践活動をとおして「福祉の心」をはぐくみ、「人間性豊かな児童・生徒の育成」をはからんとするのである。(104~105ページ)(中略)
長野県社協発行の『ともに生きる』にはつぎのような記述がある。
「福祉とは、みんなが幸せに暮らすことができるようにするための願いや事業及び活動のことであるが、人々が幸せな生活を送るには、物の豊かさだけでなく、心の豊かさが必要である。福祉の根底となるものは、人々の心の問題であり、愛と奉仕の精神に支えられた社会連帯の精神、いわゆる『思いやりの心』である。また、さらにともに生きる喜びをもつための活動である。」
ここでは、「福祉」ということばが抽象的な目的概念として規定され、その精神性が強調されている。したがって、そこから、福祉教育のねらいは、思いやりの心、助けあいの心、奉仕の精神、社会連帯の精神などのいわゆる「福祉の心」を育成し、それを実践する態度を養うことにおかれる。こういった点は、長野県社協のそれだけではない。本稿でとりあげた福祉教育手引書に共通してみられる。
福祉教育には、「福祉の心」の昂揚をはかる領域とともに、歴史的社会的形成体としての社会「福祉のしくみ」について理解・認識させる領域がある。福祉教育のカリキュラムは、大きくはこの二つの領域によって編成される。それにもとづいた福祉教育の具体的展開は、児童・生徒自らが、まず地域社会の社会福祉問題に直面することからはじまる。そのうえで、その問題について考え、理解し、問題解決のための方法を見出し、そのための活動をおこなう。そして、その活動について評価する。しかも、これらの実践過程をとおして、児童・生徒の自己変革をうながすのである。また、こういった福祉教育実践の前提には、科学的社会認識と人権視点を基調にした民主主義的社会福祉観が据えられるべきことはいうまでもない。
ところが、前述した既刊の福祉教育手引書にはいずれも、人権視点や歴史的社会的視点が欠落している。しかも、そこでは、福祉教育実践のためのいわゆる“How  to”に重点がおかれ、具体的方策についての解説がその大部分を占めている。それは、学校教育でいうところの「各科教育法」のひとつ―「(実践)福祉教育法」といったところである。
福祉教育は、学校教育のみならず家庭教育や社会教育の領域においても、すなわちすべての生涯教育のプロセスを通じて展開される必要がある。しかも、その活動は、地域社会に根ざした住民運動とつながり、地域「福祉」教育運動に成長することが期待される。福祉教育実践が単に福祉サービス活動の一環としてのみ位置づけられ展開されるならば、それは、福祉行政の肩代わり、もしくは下請けの活動にとどまることになる。そして、いわれるところの「安上がり福祉」「福祉切捨て」推進の一翼をになうことにもなりかねない。こんにち、経済不況と財政危機を背景に自助と相互扶助の強化が叫ばれるなかで、その危険性は大きいといえる。
これらの点にも目配りした福祉教育手引書が望まれる。(107~108ページ)

次に、前述した長野県の福祉教育関連資料の(1)(2)を紹介する。

(1)「福祉教育」取組み内容と経過
昭和38年12月
社会福祉普及協力事業スタート
長野高校社会科学研究班に調査研究活動を指定(毎年1校指定)
41年度 「社会福祉普及協力高等学校設置要綱」
43年度 「社会福祉普及協力高等学校設置運営要綱」
45年度 「社会福祉普及協力校設置運営要綱」
50年度 「社会福祉普及協力校設置補助要綱」
52年度 「社会福祉協力校」併設(Ⅰ~Ⅳ期指定 昭和63年度まで6校ずつ3か年指定)
昭和47年7月
県社協会長、県教委委員長、教育長と第1回会談し、「福祉教育」について初の提案
昭和47年9月
第21回県社会福祉大会処理委員会決定事項として県議会議長に「福祉教育の充実強化」について請願
昭和50年8月
黒田県社協会長 県教育長室で関係者と第2回会談
昭和53年10月
第27回県社会福祉大会で「県民に福祉の心を育てる福祉教育」が必要。との提案が信濃教育会から出され採択される
昭和54年1月
福祉教育大綱作成委員会発足
委員長・県社協会長 副委員長・信濃教育会長 21委員で構成
昭和55年9月
第29回県社会福祉大会で「長野県福祉教育大綱」採択
昭和55年11月
教師を対象に「福祉教育に対する調査」実施
小学校(436校)、中学校(198校)、高等学校(104校)の各校、男女教師各1名1,424名を対象
昭和56年1月
「福祉教育に関する調査」集計
1,265名から回収(回収率・88.8%)
その結果 現在の学校教育で「徳育が一番欠けている」55.3% 欠けている理由として、「自己中心的」70.1% 「価値観が物質的」69.2% 「思いやりが欠けている」41.9% 福祉教育を取り入れることについて は、 「取り入れる方がよい」76.5%
昭和56年5月
教師のための福祉教手引書の編集を信濃教育会に委託
昭和56年6月
小・中・高校生とその保護者を対象に「社会福祉についての意識調査」を実施
昭和56年7月
同上調査集計
抽出校143校中139校(児童生徒4,630枚 回収率・97.2%、保護者4,556名)
「思いやり」については学校・家庭共に協力して74.8%
昭和56年4月
社会福祉普及校事業 県社協から市町村社協指定に
昭和57年5月
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」発刊配布
県下の小・中・高等学校全教師,幼保育所に各2部配布 30,000部
昭和57年6月
親と子の福祉教育読本の編集を信濃教育会に委託
昭和57年7月
福祉教育を進める県民会議開催 1,200人参加
昭和57年8月
上記県民会議における宣言決議に基づき小川文部大臣に「福祉教育」を陳情
昭和57年11月
手引書「ともに生きる」活用状況アンケート調査
714校中521校(回収率73.0%) 「特活」で活用235校ついで「社会」「道徳」
学校における福祉教育について「積極的に取り組むべき」小40.9% 中47.1%
高校64.2%
昭和58年8月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」発刊(低学年用)
県下の小学校1年生全員に配布 34,000部
昭和58年8月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」(高学年用)編集を信濃教育会へ委託
昭和58年8月
福祉教育推進指導教諭研究協議会(60年 福祉教育推進研究協議会に改名)
昭和59年4月
福祉学習モデル公民館の推進 8ブロック1館指定
昭和59年4月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」発刊(高学年用)
県下の小学校4年生全員に配布 37,500部
昭和59年4月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」(中学生用)編集を信濃教育会へ委託
昭和59年4月
福祉教育読本「明るい家庭づくりのためのハンドブック」編集作業に入る 家庭部会
昭和60年11月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」発刊(中学生用)
県下の中学校1年生全員に配布 37,500部
昭和62年2月
家庭向け福祉教育読本「あたらしい家庭づくり入門」
県下の新婚家庭に配布 30,000部
昭和62年12月
福祉教育推進セミナー開催(福祉教育推進権〈ママ/研:阪野〉協議会改め)
昭和63年4月
福祉教育推進地区指定事業開始
県内8ブロック1か所2か年指定 視聴覚教材16mm映画フィルムの長期貸出し
昭和63年4月
福祉教育啓発パンフレット「みんな仲良くなるために」作成配布 2,000部
平成元年4月
社会福祉協力校32校3か年指定
平成3年4月
社会福祉協力校93校 社会福祉普及校348校
平成3年9月
福祉教育ハンドブック「福祉の心を広めるために」作成配布2,000部
平成4年4月
社会福祉普及校事業廃止
平成4年4月
社会福祉協力校80校指定
平成4年4月
「ともに生きる」教師のための福祉教育手引書全面改訂を(社)信濃教育会へ編集委託
平成5年2月
福祉教育推進セミナー開催

(2)長野県福祉教育の推進
福祉教育大綱の作成(55年)
(人間がお互いに人間らしく生きるため、自分の生命や生活ばかりでなく、他人の生命や 生活を尊重し、より住みよい福祉社会の実現をめざして、行動や体験を通して実践していく方向を示したものである。)

意識調査(56年)

第1次推進計画(57年度~61年度)
県民運動の展開
萌芽期
福祉教育推進県民会議の開催(57年度)
(児童、生徒、親に重点を置いた活動の展開)
福祉教育副読本等の作成(57年度~61年度)
社会福祉協力校・普及校事業(ボラ金(ママ/協?:阪野)事業、57年度~)

第2次推進計画(63年度~4年度)
実践活動・啓蒙活動
発展期
(地域・家庭に重点を置いた活動の支援)
教師のための福祉教育手引書の作成(4年度)
社会福祉協力校・普及校事業(ボラ金事業、57年度~)(4年度からは普及校事業廃止)
福祉教推進地区助成事業 視聴覚教材の整備 福祉教育推進小冊子の作成(63年度~4年度)

第3次推進計画(案)(5年度~8年度)
実践活動・啓蒙活動
充実期
(学校、地域、家庭での福祉教育の総合的基盤整備)
視聴覚教材の製作・配布(5年度~8年度)
社会福祉協力校・普及校事業(ボラ金事業、57年度~)(4年度からは普及校事業廃止)
視聴覚教材の整備 福祉教育推進小冊子の作成(5年度~8年度)

付記
以上に加えて、「長野県福祉教育大綱」と、文部大臣と自由民主党文教制度調査会会長に提出された「陳情書」を紹介しておくことにする。福祉教育史研究の一助にでもなれば幸いである。

資料(1)「長野県福祉教育大綱」
(長野県福祉教育大綱作成委員会が作成し、1980年9月、第29回県社会福祉大会で採択された。)

はじめに
この福祉教育大綱は、人間がお互いに人間らしく生きるため、自分の生命と生活ばかりでなく、他人の生命や生活を尊重し、より住みよい福祉社会の実現をめざして、行動や体験を通して実践していく方向を示したものである。
ところで、日本社会の現状はどうであろうか。産業経済の高度成長が今日の日本を築いてきたことは否定できないが、反面、余りにも急激な変化、発展は人間社会にひずみをもたらし、人間が人間らしく生きる根源としての人間愛、ひいては人間社会の連帯感をも失わしめ、時には豊かな自然を破壊し、さまざまな公害を生んできたことも事実である。
わが郷土信州も、こうした社会風潮のらち外ではない。物にかたよった家庭生活、青少年非行の増加、老人問題、障害者の置かれている状況、環境、公害問題等、いくたの課題が山積している。
こうした中で、この大綱のねらいは、県民ひとりひとりが、個人または集団として福祉社会の実現を自分のこととしてとらえ、その解決に向かって継続的に努力し、共に育つ豊かな郷土信州を築くにある。
したがって、この大綱はいかなる思想、信条、宗教、政治、職業等と対立するものではなく、また、居住する地域差、年齢差にかかわることなく、人間本来の善意志に根ざしたものである。
ここでは、一応、家庭、学校、社会の三分野に分けて考えるが、この三分野が相互に関連しあって目的が達せられることはいうまでもない。
なお、この大綱の実践的な活動は、各家庭や地域、各団体や機関、各施設や職場等に任せられているので、それぞれが積極的な活動を展開することを期待するものである。
1 家庭における福祉教育―思いやりの心を家庭の中に―
(1)愛情と信頼に満ちた家庭生活が営まれているか、家族みんなで見直してみよう。
親はたしかに子どもを養育し、子どもは親に孝養をつくす、相互扶助の心を育てる。
(2)人間づくりの土台である家庭教育機能の回復をはかり、いっそうの充実をめざそう。
よき人柄を育てることに家庭の重要な役割があることを認識する。
(3)隣人や地域社会とのかかわりを深め、共に育つ連帯の輪を広げよう。
自分の家庭ばかりでなく、近隣との心のふり合いのある生活を実現する。
(4)親子(わが家)でできるボランティア活動を心がけ、体験をとおして福祉の心を育てよう。
思いやりの心を身近な所から実現する。
2 学校(含幼稚園、保育所)における福祉教育―福祉の理解、実践を教育課程に―
(1)福祉教育を教育内容に位置づけよう。
現行の教育内容を福祉という角度から見直し、指導内容、方法、時間等を明確にした福祉教育計画を立案、実践する。
(2)児童・生徒等の社会参加による福祉教育をすすめよう。
社会参加による奉仕の実践活動をとおして、福祉の心を育てる。
(3)心身に障害をもつ人々との交流を深めよう。
心身に障害をもつ人々との交流をとおして、お互いの理解と心のふれ合いを深める。
3 社会における福祉教育―地域の課題をみずからの手で―
(1)学校教育、社会教育、社会福祉の関係者が話し合い、福祉の地域づくりについて
協力体制 をつくろう。
福祉社会実現への地域体制の基盤づくりをする。
(2)公民館の各種学級には、必ず福祉の意義、福祉活動のすすめなどをとり入れよう。
福祉の心とは何かを学ぶため、意図的、計画的な学習活動を展開する。
(3)自治会、公民館等が中心になり、福祉の地域づくりのための話し合いを進めよう。
住民が地域の課題を解決するため、行動や体験をとおして学ぶ。
(4)地域における各種団体(市民団体、企業、労働組合)は、地域福祉に対して何ができるかを見つめ、個性ある活動を展開しよう。
各種団体はその目的遂行とともに、福祉社会実現への積極的な活動をする。

資料(2)「陳情書」
(1982年8月23日、福祉教育を進める県民会議実行委員会代表/社会福祉法人長野県社会福祉協議会会長・湯本安正、社団法人信濃教育会会長・太田美明、長野県PTA連合会会長・鷲沢正一の連名で、文部大臣・小川平二に陳情した。)

昭和57年7月6日松本市において本県59団体の関係者が相寄り、「思いやりの心を育てる教育の実践」を総合テーマに「福祉教育を進める県民会議」を開催、別添報告書の通り決議しました。
つきましては、この宣言にもとづいて次の事項の推進を図られるよう陳情いたします。
1. 次代な担う児童・青少年に思いやりの心を育てることは、わが国の未来にかかわる緊急の 課題であると考える。このため家庭教育、学校教育、社会教育、の関連において福祉教育が推進されるよう、特に学校において別記「全国小・中・高の児童・生徒に「福祉教育」の確立を提言する件」について早急に配慮されたい。
1. 当面においては、地方自治体及び社会福祉協議会等が教師及び児童・生徒を対象に作成する福祉教育のための手引書、副読本について、これが学校教育現場で積極的に活用するよう配慮されたい。
〈別記〉
全国小・中・高の児童・生徒に「福祉教育」の確立を提言する件
さきに行われた国の小学校・中学校・高等学校の教育課程の第一のねらいは「児童・生徒の豊かな人間性を育てる」ことである。そのためには、「社会福祉の実践体験を得させる」教育が有力な手がかりの一つである。
また福祉教育については、小・中・高の学習指導要領の各教科および領域のなかで発達的・系統的に要求されているところである。
しかし独立した教科目をもたないため、その指導が不徹底に陥っていることも事実である。
本県の意識調査(別冊参照)によれば、学校・家庭・社会・地域住民があげて、福祉教育の実践を希求しており、これが徹底すれば、青少年の非行も減少すると考えられている。
よって速やかに全教育活動の中で、この教育がどの教師にも実践できるための、福祉カリキュラムあるいは指導書を作成することを提言します。

資料(3)「陳情書」
(1984年6月26日、社会福祉法人長野県社会福祉協議会会長・湯本安正、社団法人信濃教育会会長・太田美明の連名で、自由民主党文教制度調査会会長・海部俊樹に陳情した。)

日本国憲法に示されている社会福祉の推進につきましては、日頃格別の御高配を賜り、心から感謝申し上げます。
さて、本会におきましては、思いやりの心を育む福祉教育の重要性に鑑み、昭和55年長野県福祉教育大綱(別紙)を策定し、じ来この大綱に基づき、福祉教育を家庭、学校、地域社会に向けて進め、潤いのある地域社会づくりに努めているところであります。
つきましては、次に掲げる事項は、福祉社会実現のため極めて重要な事項でありますので、近く取り組まれる「教育臨調」においても、思いやりの心を育てる福祉教育の実現について、格別の御理解とこれが推進を賜りたく陳情いたします。

1 次代な担う児童・青少年に思いやりの心を育てることは、わが国の未来にかかわる緊急の課題であると考える。このため家庭教育、学校教育、社会教育の関連において福祉教育が推進されるよう、特に学校において別記「全国小・中・高の児童・生徒に「福祉教育」の確立を提言する件」について早急に配慮されたい。
2 地方自治体及び社会福祉協議会等が教師及び児童・生徒を対象に作成する福祉教育のための手引書、副読本について、これが学校教育現場で積極的に活用されるよう配慮されたい。

(『昭和59年度  福祉教育を進める懇談会―思いやりの心を育てる教育の実践―』長野県
社会福祉協議会、1985年、19~21、40~41、63~64ページ)

地域福祉推進の基本的視点―福祉教育実践の内容と方法を考えるために―

5月27日にアップした 雑感(5)―『社会教育の終焉』と「福祉教育の刷新」 を読まれた当研究所のブログ読者から、「地域福祉は、福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」といわれるが、先ず「地域福祉」について考える際の基本的な視点や枠組み等に関する見解を急ぎ知りたい、という旨のメールをいただいた。とりあえず、以下のように回答します。

筆者(阪野)は、福祉教育の視点から「地域福祉」について講ずる場合、大橋謙策先生の『地域福祉論』(放送大学教育振興会、1995年)を主要文献として紹介し、また使用してきた。それは、岡本栄一先生の次の言説(理論分析・評価)に依拠したものでもある。
岡本先生は、地域福祉に関する諸理論を説明するに当たって、次の4つの「志向軸」を設定している。(1)コミュニティ重視志向軸、(2)政策制度志向軸、(3)在宅福祉志向軸、(4)住民の主体形成と参加志向軸、がそれである。そして、大橋先生の理論は、(4)の志向軸(「住民の主体形成と参加志向の地域福祉論」)に該当する、としている。なお、岡本先生にあっては、「志向軸」とは「地域福祉理論構成の軸足であり、柱である。各地域福祉論からすると、そこに独自性が現れているともいえるもので、いわば、それらにとっての特徴であり、強調点を意味している」(『地域福祉論』中央法規出版、2007年、10~20ページ)。
ところで、大橋先生は、上述の著書において、地域福祉を次のように定義(「整理」)している。「地域福祉とは、自立生活が困難な個人や家族が、地域において自立生活できるようネットワークをつくり、必要なサービスを総合的に提供することであり、そのために必要な物理的、精神的環境醸成を図るため、社会資源の活用、社会福祉制度の確立、福祉教育の展開を総合的に行う活動」(28ページ)である。そして、「地域福祉展開の考え方」として、次の10点を指摘し、説明している(31~34ページ)。(1)全体性の尊重、(2)地域性の尊重、(3)身近性の尊重、(4)社会性の尊重、(5)主体性の尊重 、(6)文化性の尊重、(7)協働性の尊重、(8)交流性の尊重、(9)快適性の尊重、(10)迅速性の尊重。
また、大橋先生は、別のところで、地域福祉についてさらに詳しく次のように述べている。「地域福祉とは、属性分野にかかわらず、自立困難な、福祉サービスを必要としている個人および家族が、地域において自立生活が可能になるように在宅福祉サービスと保健・医療・その他関連サービスとを有機的に結びつけるとともに、近隣住民等によるソーシャルサポートネットワークを組織化し、活用し、必要なサービスをその個人および家族の主体的生活、主体的意欲を尊重しつつ、“求めと必要と合意”に基づき総合的に提供し支援する活動であり、その営みに必要な住宅・都市構造等の物理的環境の整備、ともに生きる精神的環境醸成とを有機化し、総合的に展開することといえる」(『地域福祉の理論と方法』中央法規出版、2009年、36ページ)。
以下に、大橋先生の地域福祉の概念規定と「地域福祉展開の考え方」(10点)をベースに、筆者なりに援用、加筆したものを「地域福祉推進の基本的視点」として提示しておくことにする。なお、15の各項目については、内容的には相互関連性があり、重複するところがあることを予め断っておきたい。

地域福祉推進の基本的視点
(1)総合性
住民の地域生活を包括的・全体的にとらえ、求められる、また必要とされる事業・活動やサービスの展開や提供を総合的に行うことが必要である。
(2)地域性
住んでいる地域の歴史や伝統、特性に基づいた、また住民の生活実態や生活意識などに見合った事業・活動が展開され、サービスが提供できるようにすることが必要である。
(3)圏域性
地域福祉を推進するためには、住民の地域福祉生活圏域(エリア)を重層的に設定し、事業・活動の展開やサービスの提供の総合性と整合性が確保される必要がある。
(4)協働性
地域福祉の推進を図るためには、行政責任を明確にした制度的なサービスと住民のボランティア・市民活動との、一定の緊張関係が存続する有機的な連携・協働(共働)が必要となる。
(5)内発性
地域福祉は、行政主導による他律的・支配的発展ではなく、地域社会と住民による主体的で自律的な内発的発展の推進を図ることが必要である。
(6)主体性
地域福祉は、住民個々人の地域自立生活支援を目的にしているが、それを達成するためには、個々人の主体的・自律的な力量を高めることが必要である。
(7)身近性
身近な地区(小地域)において必要なサービスが気軽に利用できるとともに、身近な地域福祉活動やボランティア活動がそれぞれの地元で展開できるようにすることが必要である。
(8)リーダー性
豊かな人間性や優れた感性、リーダーシップや協調性、未来への先見性や果敢な行動力などをもった住民リーダーや組織リーダーを確保、養成する必要がある。
(9)迅速性
緊急事態に迅速に対応した、事業・活動の展開やサービスの提供・利用ができるようなシステムや行政組織を構築する必要がある。
(10)社会性
高齢者や障がい者も積極的に社会活動に参加し、社会的な交流と生きる希望や夢をもち、社会に貢献できる機会と場を作ることが必要である。
(11)交流性
老いも若きも、男も女も、障がい者もそうでない人も、多様な場・機会の創出やネットワークの構築などを通して日常的に交流し、活動することが必要である。
(12)快適性
高齢者や障がい者など全ての人が安全・安心で、快適に、いきいきと暮らせる“まち”や生活環境が整備される必要がある。
(13)文化性
生命の尊厳、生活の質、人生の豊かさ、という視点から、健康で文化的に、よりよく豊かに生きる(実存)ためのサービスの提供が考えられる必要がある。
(14)教育性
住民の、福祉の(による)まちづくりへの理解と関心を促し、そのための実践や運動に主体的・能動的・自律的に参加(参集、参与、参画)するための資質や能力の育成を図るための教育・啓発事業・活動が必要である。
(15)普遍性
地域福祉の推進をより確かなものにするためには、そのあり方や方向性などについて全国・世界規模で考えながら、自分の地域(地元)で活動・展開するという視点(グローカル)が必要となる。

「ウチ」「ソト」と社会的包摂

2013年3月、『社会的包摂にむけた福祉教育~共感を軸にした地域福祉の創造~』と題する「平成24年度社会的課題の解決にむけた福祉教育のあり方研究会報告書」が、全社協/全国ボランティア・市民活動振興センターから刊行された。それは、「従来の福祉理解・啓発のための福祉教育から、地域福祉を推進するための福祉教育、まさに次の段階(ネクスト・ステージ)を推進する時期にきている」(『報告書』3ページ。以下、「報告書」)という現状認識と、「社会的排除や社会的包摂、生活困窮者支援も視野に入れた今日の社会的課題の解決にむけた福祉教育のあり方を検討していく必要がある」(2ページ)という問題意識のもとに纏められたものである。報告書は、その第Ⅰ部で理念的な整理、第Ⅱ部で3つの実践報告、そのうえで第Ⅲ部では、地域福祉を推進する福祉教育の「新潮流」や、めざすべき「地域」像、社会的包摂にむけた福祉教育の具体的な「展開」、そしてそれらを実現あるいは推進するために求められる社協や社協職員の“変革”、などについて言及・提示している。
ここでは、第Ⅰ部のうちから、筆者(阪野)なりに注目あるいは留意したい叙述の一部を取り上げ、それをめぐる若干の“想い”や“考え”などを述べることにする。

「社会的に包摂されるということは、その人にとって社会関係が育まれ、その人らしく過ごせる居場所があるということである。」(4ページ)
「社会的孤立をなくすための施策として、『居場所と出番』が必要だと言われるが、それ以前の、居場所に行きたいという意欲や、出番がほしいという動機をどう持てるようになるか、そこへの支援が必要である。(中略)そのための具体的なアプローチのひとつとして、本人と地域に働きかけていく福祉教育に期待したい。」(5ページ)

誰もが一人の人間として、そして何よりも地域社会を構成する一人の住民として、今を、いきいきと、豊かに、尊厳をもって、“よりよく”暮らすことができるためには、「居場所」のみならず、「要場所」こそが必要かつ重要である。人は、地域において多様で、豊かな社会(人間)関係をもつことによって、他者からの役割期待に気づき、それを取り入り、その期待に応えるべく役割遂行を果たそうとする。そこから、他者や社会から必要とされている自分を覚知し、自分が存在する価値や自分らしく生きる意味を見出すことが可能となる。人が“よりよく”生きる(実存する)ためには、単に“居(い)る場所”があるだけでなく、地域社会のなかで自分を活かす・活かされる“要(い)る場所”が必要なのである。報告書が指摘する「出番」が含意するところでもあろう。

「やや批判的にソーシャルインクルージョンを捉えるならば、『誰が、誰を、どんな目的で、どのように包摂しようとしているのか』ということを考えておかなければならない。包摂する側と包摂される側の緊張関係と、なにより包摂される側の権利が尊重されなければならない。同時に、包摂する側の意識が問われるのである。」(4ページ)
「私たち自身が社会的排除を生みだしてきたのではないかという疑問を持たずして、あるいは社会的排除の構造や要因に論及しないまま、社会的包摂だけを重要だと説いていても、地域は何も変わらない。むしろこれまでのように単に『同化』させることになってしまうかもしれない。」(4ページ)
「社会的包摂とは、けっしてみんなを同じ価値観や生活様式に同化させることではなく、その人らしさ、あるいはお互いの違いを認めあい、共生していく姿である。福祉教育では、一人ひとりの違いと同じを大切にしてきた。同時に、違っていても『仲間外れにしない』という非排除の原則が前提になければならない。このことは、人権を基盤に共生の文化をつくるというノーマライゼーションの考え方である。」(5ページ)
「社会的排除は制度によってすべて解決できるのではなく、究極的には排除しない地域や人間関係をどう構築するかが求められるのである。そのためには、排除しないという地域住民の意志が大切であるし、そのための社会福祉の学びが不可欠である。すなわち地域を基盤とした福祉教育が重要な役割を有する。制度と専門職だけでは、社会的排除の問題は解決しないのである。」(4ページ);

武川正吾(東京大学)によると、社会的排除(social exclusion)と社会的包摂(social inclusion)という対概念は、例えばフランスでは、1970年代以降、「社会的不適応者」(薬物依存者や非行少年など)や若年長期失業者、移民労働者など、既存の福祉政策・制度・サービスの埒外に置かれてきた人びとの抱える問題が「新たな貧困」や「社会的排除」の問題として認識されるようになった。その後、フランスだけでなくEU諸国において、社会的包摂に関する社会問題が「社会政策」として展開されてきた。日本では、2000年頃から、社会福祉の新しい理念として、それまでのノーマライゼーションに代わって(あるいは加わって)、インクルージョンについて議論されるようになった、のである(武川正吾『福祉社会―包摂の社会政策』有斐閣、2001年、328~329ページ)。
周知の通り、ノーマライゼーション(normalization)は、「普通の生活」「共生」などを追求する社会福祉の根本的な理念のひとつである。それは、デンマークで、1950年代前半に知的障がい者をもつ親の会が取り組んだ「運動」に端を発している。日本では、1970年代後半頃に紹介され始め、とりわけ1981年の国際障害者年(「完全参加と平等」)と、それに続く1983年から1992年までの「国連・障害者の十年」などを契機に普及することになる。
福祉・教育関係者を中心に、こんにち、基本的な考え方や理念として支持されているソーシャルインクルージョンやノーマライゼーションは、いずれにしろ、EU諸国や北欧から移入されたものである。
ところで、日本人の人間関係には、「本音」と「建前」の二重基準(ダブルスタンダード)もその類であるが、「内(ウチ)」と「外(ソト)」の二面性をもつところにひとつの特殊性がある、といわれる。その点をめぐって、例えば、上田恵津子(京都ノートルダム女子大学)は、土居健郎の「甘え」の構造(弘文堂,1971年)や井上忠司の「世間体」の構造(日本放送出版協会、1977年)などの言説から、日本人の人間関係は、一般的に、「三層から構成されるものと想定することができる」として、3層構造論を説いている。「『内』に親しい身内や仲間の世界、『中間』に遠慮や義理や体面がからむ知人の世界、『外』に無縁の他人の世界」(上田恵津子「Self‐Focusと『他者』―日本人の自他関係の枠組みから―」『大阪大学人間科学部紀要』第22巻、大阪大学、1996年、391ページ)、というのがそれである。
社会的排除と社会的包摂は、一面では、排除=「外」部化、包摂=「内」部化を意味する。その際、「包摂」は、「共生」という美しい響きの言葉と相俟って、ひとつの理念や建前としてのそれに留まる。また、それは、マイノリティー(社会的弱者)をマジョリティー社会に「調和」あるいは「同化」(画一化、没個性化)させる。そして、その社会で生じるであろうリスクを予め回避するためのツール(道具)になる、といった危険性を孕んでもいる。
そこで先ず、基本的に求められるのは、上田がいう日本人に特有の人間関係(「内」「中間」「外」の3層構造)についての客観的で総合的な認識と理解である。誤解を恐れずにいえば、ソーシャルインクルージョンやノーマライゼーションの移入文化・翻訳文化の日本化、さらには地域化である。いまひとつ基本的に求められるのは、報告書もいう、包摂における住民の異質性や多様性の許容と共有である。そのうえで、(1) 社会的排除の主体と客体、排除の歴史と実態、排除に対する包摂の社会政策などについての理解。(2)排除されている集団・社会と包摂されている(される)集団・社会のそれぞれに内在する、偏見や差別、不平等などの反福祉的状況とそれを生み出す背景や構造、多様で複雑な要因についての個別具体的な実態把握と理解。そして(3)それらの過程を通して、排除と包摂が抱える問題を解決するために組織的・継続的な実践や運動に取り組むことができる住民(市民)の育成、などが求められる。以上の諸点は、学校における福祉教育にも十分に留意した「地域を基盤とした福祉教育」(筆者のいう「市民福祉教育」)の理念や構造、具体的な実践プログラムなどが問われるところである。
最後に、あえて次の2点をめぐって加筆しておきたい。ひとつは、包摂における住民の主体性や個性の尊重、異質性や多様性の共有に関してである。ここで、石垣りん(詩人)の詩について紹介することには多少の違和感を覚えないではないが、「仲間」と「表札」の一節である。「行きたい所のある人、/行くあてのある人、/行かなければならない所のある人。/それはしあわせです。」。「自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる。/自分の寝泊りする場所に/他人がかけてくれる表札は/いつもろくなことはない。/精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それでよい。」(『石垣りん詩集 表札など』童話屋、2000年)。心にしみる、心の奥底にまで達する一言一句である。
いまひとつは、報告書が「社協はどう変わらなければならないか」のなかで指摘する次の一文である。「社会的包摂にむけた地域福祉を推進していく際には、黒子としてではなく、ワーカーの想い、意志、考え方などのワーカーの顔をしっかりと見せていくことが大切である」(18ページ)。この点に関して、叱責を受ける覚悟であえていえば、社協や社協職員はこれまで、コミュニティワークやコミュニティソーシャルワーカーとしてではなく、「黒子」という名のもとで、結果的には、地域や住民に「丸投げ」し、それを通して「管理」「監督」し、「調和」「同化」を促す側の立場に立っていたのではないか。それでは、地域や住民は変わるはずがない。「無縁社会」では当然のことながら、逆に血縁や地縁、そして序列の人間関係(風土)を今も残している地域においてもまた、それ故に然りである。

『社会教育の終焉』と「福祉教育の刷新」

筆者(阪野)は、自治基本条例の制定に関して、松下圭一の著作を複数冊読み返す機会を持った。その際、手元にあった『社会教育の終焉』(筑摩書房、1986年)、『同書(新版)』(公人の友社、2003年)を併せて再読してみた。以下は、その読後感の一部といったようなものである。ちなみに、松下は、「シビル・ミニマム」(自治体の政策公準)や「官僚内閣制」(官僚が内閣の政策に強い影響力を及ぼしている状態)の造語でも著名な政治学者である。
松下の社会教育終焉論の問題意識は、「なぜ、日本で、〈社会教育〉の名によって、成人市民が行政による教育の対象となるのか」。「国民主権の主体である成人市民が、国民主権による『信託』をうけているにすぎない、道具としての政府ないし行政によって、なぜ『オシエ・ソダテ』られなければならないのか」(『社会教育の終焉(新版)』3ページ)というところにある。要するに、そこには、政府ないし行政の「社会教育」への介入と、それによる「上から」の思想統制(「国家統治・国民教化」)、「教育という名の『生涯管理』」(118ページ)への嫌悪感がにじみ出ている、といってよい。
松下にあっては、「教育とは教え育てる、つまり未成年への文化同化としての基礎教育」を意味する。「今日の日本ではこれは高等学校水準」(3ページ)である。教育という言葉は、「未成年への〈基礎教育〉、あるいは未成年・成年を問わず特定社会の文化水準の習熟に不可欠な〈基礎教育〉のみに、限定すべき」(86ページ)ものである。そして、農村型社会を経て都市型社会の成立をみるにいたった今日、日本の国民は、「政治主体たる市民として『成熟』しつつある」。社会教育行政やその理論は、「国民の市民としての未熟を前提としてのみ、成立しうる」が、その前提はすでに破綻している。もはや、成熟した市民は、政府や行政によって「オシエ・ソダテ」られる対象ではありえない(4ページ)。
こうした松下の主張に異論をはさむとすれば、松下は、教育を直截的に「オシエ・ソダテル」営みに限定する。そもそも、教育は、一方的に「教え育てる」だけの営みではない。環境醸成や条件整備による間接的な教育もある。また、教育は文化同化のみならず、文化批判や文化創造のための営みでもある。今日、グローバル化時代に求められる高等教育システムのあり方が厳しく問われている。都市型社会の成立は、確かに生活・文化水準の向上や都市的利便性の享受を促したが、生活や教育の私事化や人間関係の希薄化などをもたらした。都市型社会の形成という歴史的かつ外的な要因によってのみ市民の成熟化が促されるのでもなく、また現代社会における成人はそのすべてが「成熟した市民」であるとはいいがたい。しかも、「成熟」は、完成やゴールを意味するものではなく、漸進的で、多様なプロセスを経て促されるが、成熟が「衰退」を意味することもある。したがって、成熟は「再構築」の過程として捉えることもできる。このように考えるとき、松下の言説には、「都市型社会」や「市民」に対する積極的な評価や過度の信頼がある。すなわち、そこには批判的視点や分析が欠けている。それゆえに、松下が想定する「教育」は一方的・限定的であり、「都市型社会」はプラス面の強調にあり、「市民」は一面的あるいは表面的である。その結果、その言説はユートピア的かつ理念的であり、偏狭で乱暴な立論にとどまっている、といわざるを得ない。
ところで、社会教育は、「自己教育」「相互教育」を本質とし、その実践が展開される代表的施設のひとつは公民館である。この点をめぐって松下は、次のように説いている。
「社会教育行政は、市民の『自己教育』『相互教育』といいながら、歴史的には、実質的に教化手段に堕していた」(136ページ)。「成人市民の自己教育・相互教育はむしろ『教育なき学習』というべきである」。「そこには、市民の自由な『学習』があるだけ」(5ページ)である。市民の「教育なき学習」すなわち「自由な学習」とは、「市民みずからによる〈模索・たのしみ・創造〉における模索過程」である。それを「市民文化活動」と呼べばよい。その「市民文化活動とくに模索における内部契機として、学習は位置づけられる」(89ページ)。すなわち、市民の自由な「学習」は、「〈市民文化活動〉の「模索」の一契機にとどまる。学習は自己目的たりえないのである」(5ページ)。
松下は続けていう。成熟した市民を「オシエ・ソダテル」教育ないし社会教育は、今日、もはや不要である。「『教育機関』たる公民館では、市民は社会教育行政職員によって準備された学習という『給付』をうけるたんなる受益者にとどまりがちになる」(44ページ)。しかし、市民の、生活から政治までの学習をふくめた「文化活動が『多様化・高度化』し、また市民の文化水準が行政の施策水準をこえてきた」(162ページ)今日、成熟した市民の活力を、社会教育行政のいう職員による「指導・援助」や「運営・管理」の公民館にとじこめることはもはやできない(59、60ページ)。ここに、職員をおかない市民管理・市民運営の、「貸部屋」ないし「たまり場」(29ページ)としての「集会施設」「地域センター」がうかびあがってくる。「それはコミュニティ・センターとよばれるかもしれない」(60ページ)。
以上の言説に関してはまず、「社会教育の終焉」の論拠のひとつである「市民の文化水準」の上昇について、それを判断する尺度や方法をどのように考えるのか。しかも、文化水準の高い、教養ある人が、必ずしも民主主義の精神や態度が形成されており、人権意識も高いとは限らない、といいたい。
公民館不要論については、例えば、小熊里実の次の指摘(「公民館論と公民館不要論の論理的つながり―公民館研究者はなぜ公民館不要論に反論しなかったのか―」『教育学雑誌』第44号、日本大学教育学会、2009年、117~130ページ)に留意しておきたい。「公民館論」と「公民館不要論」は、どちらも住民―行政間の対立軸を前提としている。両者の違いは、地域社会の民主的発展の進捗状況をどう捉えるかという点にあり、公民館論では「未だ達成せず」、公民館不要論では「成熟した」と捉えているという違いである(127ページ)。「少なくとも権力対住民という対立図式に基づく住民・行政間の関係を前提とする論理は、時代状況を考慮すれば明らかに採用できない。むしろ、両者の緊張関係は認めながらも両者の関係をより対等(・協力:阪野)なものとしてとらえる『協働』という観点からとらえ直す必要がある」。そして、「地域社会の各構成員による協治(ガバナンス:阪野)を念頭に置き、(中略)現代的な意味での『民主主義の学校』としての役割を公民館に付与していく必要がある」(129ページ)。すなわちこれである。そして、ここで、公民館の職員と地域住民(学習者、利用者)が一体になって豊かな学習活動や地域活動を計画的・継続的に展開する公民館活動が、全国のあちこちに蓄積されていることを思い起こしておきたい。なお、松下は、「協働」について、「今日、市民主権に反して、市民と行政とのナレアイになりがちな流行の考え方による『協働』という言葉をもちいて、市民文化活動と社会教育行政との協働を論ずることはマチガイである」(「新版付記」250ページ)と断じている。「協働」という名の行政の「下請け」化や「補完」化は「マチガイ」であることはいうまでもない。
また、松下は、「市民教育」についても言及する。「市民が、社会教育行政を終らせてゆけばゆくほどそれに反比例して、市民自治による市民文化の形成となっていく」(214ページ)。「社会教育行政は今日では市民文化の形成の阻害要因といわざるをえない」。「市民文化活動をめぐっては、行政は市民自治を基体としてミニマムの条件整備をするだけでよいのである」(213ページ)。「もし、『市民教育』がなりたつとしても、この市民教育も教育であるかぎり、成人にたいしてではなく、未成年にたいしてのみである。この意味では、学校に『道徳教育』にかわる『市民教育』の導入を訴えたい」(214ページ)。未成年に対する(学校における)「市民教育の基本」は「学校ですでにおこなわれているいわゆる『課外』の自治会、サークル、行事への参加の活性化」(215ページ)である。
「成人市民には、『市民教育』ではなく、現実の『市民参加』になる。市民参加には市民文化活動そのものが基盤となるとともに、これにくわえて自治体ことに基礎自治体としての市町村を中心に、(1) 市民行政=ボランティア・コミュニティ活動の展開。(2) 市民立案=政策ないし計画への批判・参画。(3) 市民決定=選挙ないし政党の選択。という参加が不可欠である。この過程で、市民はそれこそみずから教育なき『学習』つまり模索をふまえて、たのしみながら、創造をするのである」(215ページ)。
「市民自治」「市民教育」「市民参加」をめぐる以上の主張は、かなり楽観的なものである。学校における市民教育を適切かつ十全なものにするためには、「課外」活動としてのそれだけではなく、全教科・全領域における「教育」が基本となる。成人市民の全てが主体的・自律的に市民文化活動や市民参加をすすめるとは限らない。参加の過程を通して「学習」することはあるが、活動へのひとつの参加条件として、成人市民に上記の(1) (2) (3)の「市民参加」を促す契機や営みは依然として必要である。そのためのひとつに社会教育(その一環としての市民福祉教育)があることは排除できない。高度化・複雑化した都市型社会の地域における課題の解決と魅力の伸長、すなわち「地域づくり」の推進を図るためには、いわゆる「一般市民」だけでなく、むしろ専門的な知識や技術・技能を備えた「市民エリート」(坂本治也『ソーシャル・キャピタルと活動する市民』有斐閣、2010年、136ページ)を必要とする。そこには主体形成としての「教育」は欠かせない。市民参加や市民活動が活発化したとはいえ、なかには「動員」や「下請け」といった擬似的な主体性や公共性の問題が存在する。それを回避するためには「教育」(「学習」)が必要となる。「教育」と「学習」の関係については、「教育は学習の指導である」。「学習のないところに教育はない」(勝田守一『能力と発達と学習』国土社、1990年、149~150ページ)、といえる。

付記
本稿のタイトルをあえて「『社会教育の終焉』と「福祉教育の刷新」」としたのは、福祉と教育を取り巻く今日的状況と、福祉教育実践・研究の問題点や課題、あるいは限界などについての筆者(阪野)なりの認識のもとに、福祉教育の終焉論や不要論、あるいは代替論などが提起された場合、それに如何に対応し得るか、反論の視点や論拠をどこに見出し得るか、といった想いを表示したものでもある。「地域福祉は福祉教育ではじまり福祉教育でおわる」(全国社会福祉協議会、2012年)といわれる。また、全国社会福祉協議会は、「社協がやらねばだれがやる」(2006年)、「住民主体による地域福祉の推進のための『大人の学び』」(2010年)と訴える。社会福祉協議会は地域福祉推進の中核的な組織・団体として、十全にとはいわないまでも、本当に、福祉教育の機能を果たし、役割を担うことができるのであろうか。松下圭一は、公民館は不要であり、市民が自由に活動できる場としてのコミュニティ・センターがあればよいという。本稿のタイトルが含意するところをくみ取っていただきたい。

自治基本条例と市民福祉教育(第1報)

自由民主党の政務調査会が2011年9月に、「チョット待て!!“自治基本条例”~つくるべきかどうか、もう一度考えよう~」という政策パンフレットを出している。それは実に面白いものである。その意味は、人々を信じさせる強いメッセージ性もなく、それ以上に何の理屈もロジックもない、という点においてである。そこでは、多くの人々を信じさせたいという一念で、空虚な言葉が無意味に書き連ねられているだけ、といわざるを得ない。まるで、伝統的な暮らしや文化を過度に重んじる環境のなかで育った“やんちゃ坊主”が、周りのことも考えられずに駄々をこねているようなものである。等閑視してよい代物であるとはいえ、なぜ駄々をこねるのかを考え、その気持ち(内容)を理解することも必要であろう。
周知の通り、自治基本条例は、北海道の「ニセコ町まちづくり基本条例」(2000年12月制定、2001年4月施行、2005年12月第1次改正、2010年3月第2次改正)を嚆矢とし、2013年4月現在、273の市区町村で制定されている。2013年1月現在の全国の市区町村数は1742(東京23区を除くと1719市町村)であるから、およそ16パーセントの地方自治体で制定されていることになる。今後もその数は増えていくものと推測されるが、その背景には地方分権改革の進展がある。また、そうしたなかで、「新しい公共」の創出や「新たな支え合い」の強化が叫ばれ、行政への住民(市民)参加や行政と住民(市民)との協働によるまちづくりの推進が図られていることも、背景のひとつと考えられる。
地方分権改革に関していえば、1993年6月の衆参両議院で採択された「地方分権の推進に関する決議」などを契機として、1995年5月に地方分権推進法(1995年7月施行)が制定された。以後、1999年7月の地方分権一括法(2000年4月施行)や2006年12月の地方分権改革推進法(2007年4月施行)などによって、政府・自民党は、1990年代以降、総合的・計画的な地方分権改革を積極的に推し進めることになる。なかでも、地方分権一括法は、475本の関連法を改正または廃止するもので、この改正によって機関委任事務制度の廃止や、国の地方自治体に対する関与(統制)の見直し、地方自治体への権限の移譲などが図られた。それによって、国と地方自治体の関係は、上下・主従の関係から対等・協力の関係へと変わることになる。要するに、地方分権一括法は、地方自治体に対して、地方分権のための法的根拠・保障を与えたものである、といえる。そして、地方分権の推進に対応すべく、行財政基盤の強化や自治の効率化を目標に、1999年から政府主導で推進されたのがいわゆる「平成の大合併」である。
以上のことを、地方自治体(とくに市町村)のサイドに立って平易に要約すれば、地方自治体は、国(中央政府)から独立した地方政府として、地域のことは地域で決めるという「自己決定・自己責任」の考え方に立って、主体的・自律的な自治体運営(「団体自治」)を図る必要性と重要性が増大した、ということである。また、1993年の国会決議に始まるこれまでの地方分権改革は、地方自治体の権限の拡大、しかも形式的なそれに偏りがちであり、地方自治のもうひとつの要素である「住民自治」(地方自治は、その地方自治体の住民の意思と責任に基づいて行われるべきであるということ)をどのように実現し、その強化を図るかが、2000年代に入って問われるようになった、ということである。これは、国による縦割り・全国画一行政が破綻するとともに、国民愚民観や自治体蔑視意識の変革、いいかえれば住民(市民)や自治体職員の自治意識の拡大が求められることを意味する。さらには、社会、経済、政治、文化などのあらゆる側面でグローバル化が急速に進むなかで、世界に開かれた地域社会の創造や地方自治の展開が欠かせないことになる。こうしたところに、その地域独自の住民自治の仕組みについて定めた自治基本条例制定のひとつの根拠がある。そして、前述のように、北海道ニセコ町の条例がその最初であった、ということである。なお、「自治基本条例」という名称の条例は、東京都杉並区のそれ(2002年12月制定、2003年5月施行)が最初で、その後は「まちづくり条例」よりはむしろ「自治基本条例」の方が多数となっている。
ここで、自己決定・自己責任の考え方に関して加筆しておきたい。そのひとつは、自己決定は、その結果の影響を受ける者が決定を下すべきである。自己決定は最大限、尊重されなければならない。自己決定には自己責任が伴う。ただし、自己責任には限界がある。また、責任を強く求めたり、責任を回避あるいは転嫁することは許されない、ということである。いまひとつは、すべての住民(市民)に自己決定の要求や能力が備わっているわけではない。また、住民(市民)は、すべての問題に対して正しい認識や判断ができ、それに基づく行動がとれるわけではない、ということである。このように考えたときにまず求められるのは、実践や運動としてであれ、制度としてであれ、住民(市民)の「参加」(参集、参与、参画)と「協働」(共働)、それに「学習」(教育)である。そして、それらのための仕掛けと仕組みである。自治基本条例とその制定に関して留意すべき点である。
さて、冒頭に記した自民党のパンフレットは、「自治基本条例の制定そのものに、問題があるわけではありません」としている。それもそのはずである。地方分権改革に積極的に取り組んできたのは、ほかならぬ自民党政府だからである。しかし、パンフレットの表紙では、「注意! 自治基本条例によって、○住民生活に本当に役立つか、○住民間の対立をかえってあおることはないか、○地方行政の仕事を妨げ、議会の否定にならないか、○特定団体に地方行政をコントロールされることはないかなど、注意しなければならない点が多数あります」と記している。一見穏やかないい回しであるが、「本来のあるべき姿とは異なる偏った自治基本条例が増えてきている」として、本文では、自治基本条例の制定をめぐっていくつかの点について批判している。その主な論点は次の3点であろうか。(1) 国→都道府県→市区町村という上下方向(上意下達)に、国が地方自治体を支配・統制する国家統治の考えと、主権には憲法が規定する国民主権と国際社会における国家主権しか存在しないという考えに基づく批判、(2) 外国籍住民や子どもなども意見を表明し、まちづくりに参加する権利が認められることは、過度な権利主張を招き、とりわけ外国籍住民については地方参政権の付与に繋がるのではないかという警戒心、(3) 条例の構成や内容がパターン化しており、それは「国家の概念を否定し、個人やグループの存在と発言に重きを置く」特定の考え方(「イデオロギー」)に基づいた「組織的な動き」によるのではないかという疑心暗鬼。すなわちこれである。(1) については「分権型社会」や「シティズンシップ」、(2) については「意見表明権」や「ソーシャルインクルージョン」、(3) については「直接民主主義」や「熟議と参加のデモクラシー」等々の言葉を思い起こすだけで、反論するには十分である。要するに、パンフレットの内容は「不審」と「不信」(2つの「フシン」)に基づく何ものでもない、と断ぜざるを得ない。
なお、(3) について加筆すると、パンフレットの記述内容は、要するに松下圭一(法政大学名誉教授)の、国家統治を批判する「市民自治」の政治学に異を唱える立場からのものである。すなわち、そこでは、多くの自治基本条例は「市民」中心の「補完性の原理」と「複数(政府)信託論」が反映されており、「国家の否定が根底にある」とする。いうまでもなく、市区町村は都道府県や国の下請け機関ではなく、地方と国の関係は補完性の原理(principle of subsidiarity)に基づくものである。また、議員内閣制と二元代表制という仕組みの違いはあるものの、市民(国民)は国政への信託(the trust of citizen on the government)だけでなく、都道府県や市区町村(首長と議会)に対しても信託(選挙と納税)を行っている。さらに、阪神淡路大震災(1995年1月)を契機に、ボランティアやNPОなどの市民活動が広がりを見せ、地域の課題は住民自らが解決していこうとする意識(地域やまちづくりへの関心、自治意識)が高まっている。それは、東日本大震災(2011年3月)に際して、より顕著になっている。こうしたことだけを考えてみても、パンフレットの内容は、理論的でもまた現実的でもなく、説得力のある論拠が欠けているといわざるを得ない。自治基本条例の動向や内容に批判的見解を展開するパンフレットが発行された後も、例えば2012年4月から2013年4月までの間に、32の市町で自治基本条例が制定・施行されていることはその証左である。
ところで、筆者(阪野)は、昨年の12月から、S市の自治基本条例策定審議会の委員(公募委員)として策定のための審議に参加している。審議会は、公募委員が17名、公共的団体等の推薦による委員が10名、そして学識経験者が3名、計30名の委員で構成されている。これまで、グループ討議を中心にした審議会が5回開催され、筆者はそこから多くの気づきと学びを得ている。まさに、審議への参加の過程が学びの過程である。それらを踏まえた、現段階におけるとりあえずの条例私案の一部を、以下に記すことにする。
なお、審議会ではまだそこまで至っていないが、S市の総合計画と自治基本条例との相互関連性について十分に討議する必要がある。“車の両輪の関係”にある総合計画と自治基本条例が相俟ってはじめて、S市独自の住民自治の仕組みが創設されるのである。留意しておきたい。

1 前文
S市は、日本の○○○に位置し、豊かな自然や積み重ねられた歴史、育まれてきた文化など貴重な地域資源にあふれた、○○○のまちとして発展してきました。
わたしたちは、先人から受け継いだこのまちを次世代に引き継ぐとともに、安全・安心で、より豊かな地域生活を営むことができる持続可能な、しかも世界に開かれたまちを自らの手で創りあげます。
そのためには、年齢や性別、国籍などの違いを問わず、すべての市民一人ひとりの人権を尊 重し、人のつながりと地域の絆を大切にする必要があ ります。また、すべての市民一人ひとりが市政に関心を持ち、まちづくりについての理解を深め、関心を高めるとともに、その取り組みに主体的・積極的に参画することが求められます。それによってはじめて、市民が国際社会と直接向き合い、次世代につなげる「日本一しあわせなまちS市」づくりが可能となります。
わたしたちは、地方自治の本旨にのっとり、S市の自治の基本理念や原則、しくみなどを明らかにし、市民主権と市民自治の実現とその進展をめざすS市の最高規範として、この条例を定めます。
2 総則
(1)目的
この条例は、S市のまちづくりに関する基本的な理念並びに市民、議会及び行政の役割を明らかにすることにより、安全・安心で、豊かな地域生活を営むことができるまちを協働して創りあげ、市民主権の自治を実現することを目的とします。
(2)定義
④まちづくり 安全・安心で、豊かな地域生活を営むことができるように、市民、議会及び行政が取り組む一連の持続的な活動をいいます。
⑤協働 市民、議会及び行政が互いに尊重し、対等・平等な関係で協力及び連携することをいいます。
⑥自治 共生と協働の考え方のもとに市民自らが意思決定し、行動することをいいます。
(3)条例の位置付け
①市民、議会及び行政は、この条例は市の最高規範であることを認識し、この条例を誠実に遵守します。
②議会と行政は、他の条例、規則、計画等の制定及び改廃等にあたっては、この条例の趣旨を最大限に尊重するとともに、整合を図ります。
3 基本原則
市民、議会及び行政は、次の基本原則に従い、まちづくりを推進します。
①市民一人ひとりの基本的人権を最大限に尊重します。
②市民の価値観や生活観の違いを認め合い、対等な関係を築きます。
③相互に情報を積極的に提供し、十分な説明責任を果たし、共有します。
④主体的・自律的な意思と相互理解のもとに参画し、協働します。
⑤家庭・学校・地域の連携による教育力の向上を図ります。
⑥地域の豊かな自然や歴史、文化などの特性を活かします。
⑦平和と安全、そして福祉の新しい文化を創造します。
4 市民の権利と責務等
(1)市民の権利
①市民は、安全・安心で、豊かな地域生活を営む権利を有します。
②市民は、まちづくりに参画する権利を有します。
③市民は、議会及び行政が保有する情報を取得する権利を有します。
④市民は、生涯にわたり学習する権利を有します。
(2)市民の責務
市民は、まちづくりの担い手であることを自覚し、主体的・自律的な活動に取り組む責務を有します。ただし、市民は、活動に取り組まなかったことを理由として不利益を受けることはありません。
(3)事業者の役割
事業者は、社会的責任を自覚し、地域社会の発展に貢献します。
(4)子ども・青年の権利
①子ども・青年は、自分の意見を表明する権利を有します。
②子ども・青年は、まちづくりに参画する権利を有します。
③市民、議会及び行政は、子ども・青年を地域社会の一員として尊重し、その有する権利の実現と擁護を図ります。
○  市民活動センター
市は、市民が主体的・自律的に、協働して取り組むまちづくりを推進するために、市民活動センターの組織と機能及び活動内容等の整備充実を図ります。
市民活動センターでは、まちづくりに関係する市民や機関・組織・団体等との連携を図り、まちづくりのための、課題に応じたさまざまなプラットホームを形成します。
プラットホームでは、地域の課題についての相互学習や情報の共有、それに解決策・役割分担についての協議などを行い、課題解決を促します。

以上の私案で強調したい点のひとつは、住民(市民)の生涯にわたる学習権を主軸に据え、それを保障するための条件整備に関する内容をも含んだ条例にすべきである、ということである。それは、「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」という考えに基づいている。そして、まちづくりの主体形成とそれに基づく課題解決のための重要な拠点のひとつに、「市民活動センター」を位置づけるべきである、ということである。
ところで、これまでに制定された自治基本条例で、住民自治の理念を実質化するための「学習」(市民 (性) 教育、市民福祉教育)について明確に規定したものは、決して多くはない。そういうなかで、例えが次のような規定がある。

伊丹市まちづくり基本条例(2003年10月施行)
(情報の共有)
第6条 市は、市民の知る権利を尊重しなければならない。
(学習の機会の提供その他の支援)
第11条 市は、市民がまちづくりに関し理解を深めるために必要な学習の機会を設けるよう努めるものとする。
岐阜市住民自治基本条例(2007年4月施行)
(市民の権利及び役割)
第6条 市民は、市政に関して知る権利を有するとともに、広くまちづくりに参画する権利を有する。
2 市民は、自らまちづくりに関して学ぶ権利を有する。
新宿区自治基本条例(2011年4月施行)
(区民の権利)
第5条 区民は、区政に関する情報を知る権利を有する。
4 区民は、区の自治の担い手として、生涯にわたり学ぶ権利を有する。
丹波市自治基本条例(2012年4月施行)
(市民の権利)
第5条 市民は、年齢、性別、国籍、障がいのあるなし等にかかわらず一人ひとりが人間として尊重され、また、自治体における主権者として平等に市の施策や地域の自治活動、まちづくりに参加・参画する権利を持っています。
3 市民は、市政に関する情報を知り、これを得る権利を持っています。
4 市民は、自ら主体性を保ち豊かな生活と地域社会へ寄与するために、生涯にわたり学ぶ権利を持っています。

これらの規定からいえることは、学習権の保障には情報の提供と共有が必要である。市民主権・市民自治のまちづくりは、それに参加することのできる条件整備が図られ、参加の機会と手段が豊かであることによってのみ可能である、ということである。
自治基本条例の制定は、市民主権・市民自治を実現するための始めの一歩であり、条例の制定がその終わりではない。すべての住民(市民)が、条例により一層の理解と関心を深め、その必要に応じて改正し、より確かで豊かな条例にしていく。そのためには主体的・自律的な学習(市民 (性) 教育、市民福祉教育)が不可欠となる。いずれにしろ、自治基本条例を活かし、より内実の濃い住民自治の実現を図ることができるか否かは、一に住民(市民)のそれに対する理解と関心、そして参加にかかっているのである。ここで、この点を強調しておきたい。
最後に、「市民主権」について規定する、2、3の自治基本条例を紹介しておくことにする。「市政の主権者」「まちづくりの主体」など、その表現(用語)はまちまちである。

善通寺市自治基本条例(2005年10月施行)
前文
……地方分権時代を迎えた今こそ、市民主権という地方自治の原点に立ち返り、平等に情報を持ち合い、市政に参画することができる仕組みを設けることが必要です。市民、市、市議会はともに力を合わせて明日の善通寺を創造し、この仕組みを次世代に引き継いでいくこととします。……
平塚市自治基本条例(2006年10月施行)
(自治の基本理念)
第4条 市民は、まちづくりの主体です。
2 市政は、主権を有する市民の信託によるもので、議会及び市長はその信託にこたえます。
3 市は、国及び他の自治体と対等な立場で連携し、協力して共通する課題及び広域的な課題の解決を図ります。
多治見市市政基本条例(2007年2月施行)
(市民主権)
第2条 より良い地域社会の形成の主体は、市民です。
2 市民は、市政の主権者であり、より良い地域社会の形成の一部を市に信託します。
3 市民は、市政の主権者として、市の政策を定める権利があり、その利益は、市民が享受します。

参考文献
(1) 松下圭一『市民自治の憲法理論』(岩波新書)岩波書店、1975年。
(2) 松下圭一『日本の自治・分権』(岩波新書)岩波書店、1996年。
(3) 岡崎晴輝「市民自治と自己決定の理念」『政治研究』第52号、九州大学、2005年、1~23ページ。
(4) 中北浩爾「松下圭一と市民主義の成立」『立教法学』第86号、立教大学、2012年、94~108ページ。

付記
本拙稿は当初、「自治基本条例と市民福祉教育―駄々をこねる、やんちゃ坊主の2つの“フシン”―」というタイトルで「雑感」にアッフしようと書き始めましたが、引用の関係でやや長文になったことから、このカテゴリーにアップしました。

幼児福祉教育―狛江市社協のふくしえほん「あいとぴあ」20年のあゆみ―

東京の狛江市社会福祉協議会が編集した『就学前の子どもたちに贈る狛江の福祉教育―ふくしえほん「あいとぴあ」20年のあゆみ―』が、2013年3月に大学図書出版から刊行されました。その「はじめに」は、「市内の保育園、幼稚園に通う全5歳児に向けた『ふくしえほん“幼児のあいとぴあ”』の福祉教育実践が20年を迎えました。最初にこのえほんを手にした5歳児は、今年で25歳の成人です。……」と記されています。
『幼児のあいとぴあ』(福祉教育シート)の作成に当初かかわりをもたせていただいた筆者(阪野)にとっては、長きにわたるこの取り組みにはただただ頭が下がるのみです。以下に、『幼児のあいとぴあ』について筆者が最初に草した拙稿(「“福祉の心”育てたい―『幼児のあいとぴあ』(福祉教育シート)作成・配布の活動―」『現代保育』第41巻第10号、チャイルド本社、1993年、46~48ページ)を再掲し、作成の背景や経緯、当時の想いなどを紹介させていただきます。

幼児の福祉教育の必要性
幼児に対する福祉教育の必要性や重要性が指摘されて久しい。
例えば、長野県の社会福祉協議会(以下「社協」と略す)が昭和57年5月に発行した『ともに生きる―教師のための福祉教育手引書―』では、「“思いやり”というような精神性にかかわることの教育は、可塑性の大きい幼児期においてとくに重要である」という認識のもとに、「幼稚園・保育園における福祉教育」について触れている。また、神奈川県福祉部が昭和61年1月、主に保育所保母を対象に発行した『暖かい心ありがとう―幼児に福祉教育を―』では、「福祉の心」(「生命をいつくしむ心」と「思いやりの心」)は、人とのふれあいを通して幼児期に身につけさせるべきであり、「就学してからでは遅すぎる」として、「幼児福祉教育」の必要性を強調している。
しかし、幼児に対する福祉教育の取り組みは、これまで、盲・ろう・養護学校生徒と同様に、小学生や中・高校生に対するそれに比して、消極的なものにとどまっていたと言わざるをえない。
それが最近、幼児の福祉教育に関する具体的な取り組みやそのためのある種の条件整備が図られてきている。
例えば、厚生省は、平成元年度から、特別保育対策の一つである「保育所地域活動事業」、そのうちの「特別保育科目設定実施事業」の一つとして「老人福祉施設訪問等世代間交流事業」「地域における異年齢児交流事業」などの推進を図っている。
文部省は、平成元年3月『幼稚園教育要領』を改訂し、次いで厚生省が、平成2年3月『保育所保育指針』を改定・通達した。そのうち、『保育所保育指針』の「5歳児の保育の内容」においては、「人間関係」について、「(9)地域のお年寄りなど身近な人に感謝の気持ちを持つ。(10)外国の人など自分とは異なる文化を持った様々な人に関心を持つようになる」などと記されている。
また、富山県では、県と県社協が平成2年3月、幼児(5歳児)を対象に『みんな なかま』と題する福祉絵本を編集、発行している。
幼児の福祉教育は、今、緒についたばかりである。今後、人間性豊かな幼児の育成をめざして、全人格的教育としての福祉教育の積極的な展開が望まれる。
福祉のまちづくりの夢へ
東京都狛江市社協は、平成2年3月、地域福祉活動計画としての「あいとぴあ推進計画」を策定した。その計画は、ボランティア活動・福祉教育計画と在宅福祉計画の二つから内容構成されている。前者の計画では、重点事業の一つとして、市民・住民に対する福祉教育事業としての「“あいとぴあカレッジ”の開講」が構想されるとともに、児童に対して「市民参加による福祉絵本や福祉読本の作成・配布」が計画された。
なお、“あいとぴあ”とは、市民・住民の“であい”“ふれあい”“ささえあい”の三つの“あい”とユートピアを合成した言葉である。そこには、市民・住民の、福祉のまちづくりの「夢」が込められている。
平成2年8月、狛江市社協内に、ボランティア活動・福祉教育事業の企画・立案を任務とする「ボランティア活動推進委員会」(以下「推進委員会」と略す)が設置された。そして、まず、“あいとぴあカレッジ”開講のための準備が進められ、平成3年5月から8月にかけて、その基礎課程・第Ⅰ期が開講された。
次いで、平成4年7月、推進委員会のなかに「福祉えほん推進委員会」(以下「編集委員会」と略す)が設置された。編集委員会は、小学校教員1名、幼稚園長1名、保育所保母2名、それに推進委員会委員2名(福祉関係者、学識経験者)の計6名の委員によって構成されるものである。およそ月1回開催の編集会議では活発な議論が展開され、また編集会議へのイラストレーターの参加・協力、それに社協事務局スタッフの積極的・精力的な作業などを経て、平成5年3月、『幼児のあいとぴあ』(福祉教育シート、B5判、両面カラー印刷、12枚)が作成、発行された。
平成5年4月、狛江市内のすべての5歳児に対し、幼稚園や保育所などを通して『幼児のあいとぴあ』(4月号)の第1回配布が行われた。その際、資料1のような「ご家族の皆様へ」という趣意書が配布された。配布に先立ち、幼稚園・保育所関係者に対して、趣旨説明と配布の協力依頼も行われている。
以後、毎月1回、シートと、それに併せて資料2の「保護者のみなさまへ~『幼児のあいとぴあ』ご案内~」、それに50名を対象に「幼児のあいとぴあアンケート」(葉書)を計画的・継続的に配布している。
シートの編集は幼児の生活体験を通して
幼児に対する福祉教育は、様ざまな日常的な生活体験を通して、またその一環として展開されることが肝要である。しかも、その際、幼児の年齢や発達段階をはじめ、興味や関心の方向、生活の連続性や関連性、それに親・きょうだい・友達・保育者などとの人間関係などを考慮することが必要かつ重要となる。こういった考え方をベースにして、そして次のようなねらいと方針のもとに、シートの編集が行われた。
〈ねらい〉
人とのかかわりの基本となる自立と連帯の心や力の育成を図る。
〈方針〉
①子供が好奇心や興味・関心をもち、楽しく遊べるよう工夫する。
②子供の日常的な遊びや生活にかかわる身近な素材を取り上げる。
③子供の生活(家庭生活、園生活、地域生活)の連続性や相互補完性に留意する。
④子供個々人の特性や発達段階に応じた活用ができるよう配慮する。
⑤各シートからいろいろな話題を引き出し、豊かな発展的な活用が促されるよう工夫する。
⑥親、きょうだい、仲間・友達、それに保育者などとの活用が図られるよう配慮する。
⑦福祉的な心情のみならず、福祉的な判断力や実践意欲、態度などが育成されるよう工夫する。
なお、『幼児のあいとぴあ』(シート)の4月号から3月号の内容〈テーマ〉は次の通りである。4月・ともだちいっぱい、5月・たんけんごっこ、6月・いろんなことば、7月・わたしのかぞく、8月・いなかのおばあちゃん、9月・わたしもできるよ、10月・あかいはね なあに?、11月・こまえだいすき、12月・だいじなおもちゃ、1月・せかいのともだち、2月・きれいなまち、3月・もうすぐ いちねんせい。

狛江市社協の『幼児のあいとぴあ』に関する論稿には次のようなものがあります。参考にしていただければ幸いです。本文中から、「当面(今後)の課題」についての叙述部分の一部を付記しておきます。
(1) 阪野貢「幼児の福祉教育に関する研究」『日本保育学会第46回大会研究論文集』福岡教育大学、1993年、594~595ページ。
(2) 阪野貢・小楠寿和「福祉絵本づくりの活動―幼児に対する福祉教育―」『福祉文化研究』第3号、福祉文化学会、1994年、80~87ページ。
「編集委員会では、『幼児のあいとぴあ』の内容の充実と有効活用のあり方などをめぐる当面 の課題として、およそ次のような点が挙げられている。
①シートの内容の充実を図るために、子どもの反応や保護者の評価に関するアンケート(「幼児  のあいとぴあアンケート」)の内容や実施時期・回数などについて再検討する必要がある。
②子どもの反応や保護者の評価に加えて、シートに関する幼稚園教員・保育所保母自身の理解や認識、参加や協力などについて意識・実態調査を実施する必要がある。
③シートの配布がひとつのきっかけとなってもつようになった、子どもや保護者、教員や保母などの福祉問題への興味や関心をさらに深化・拡大させるためには、福祉的な実体験活動を展開する必要がある。
④狛江市や関係機関・団体などの協力を得て、シート発行の趣旨の理解の徹底を図るとともに、幼稚園や小学校の教員、保育所保母などに対する福祉教育研修や保護者への福祉教育・啓発活動を実施する必要がある。
⑤子どもや保護者、教員や保母などに対する福祉教育・啓発活動を推進するためには、家庭や学校、地域の関係諸機関・施設・団体などの横断的・有機的な連携・協働を図る必要がある。」(87ページ)
(3) 小楠寿和「福祉えほん“幼児のあいとぴあ”の発行と配布」大橋謙策編著『地域福祉計画策定の視点と実践~狛江市・あいとぴあへの挑戦~』第一法規出版、1996年、222~231ページ。
「幼児に対しての福祉教育事業の展開も、単に福祉えほんの活用を中心に考えるのではなく、幼児の日常生活の中での体験をより重視するとともに、生活環境自体を整備していく方向での展開が考えられる。(中略)
いずれにせよ、福祉えほん“幼児のあいとぴあ”の作成は、親子の会話を通して家庭における福祉教育の展開を目的に始まった取り組みであったが、現在、幼児に福祉媒体を提供する段階から、子供の生活全般へと視点を広げ事業を展開する必要が生まれてきている。」〈231ページ〉
(4) 中島修「就学前の子どもと地域における福祉教育」村上尚三郎・阪野貢・原田正樹編著『福祉教育論』北大路書房、1998年、74~81ページ。
「狛江市社協の取り組みの今後への課題としては、
①福祉えほんの活用を幼稚園・保育園から小学校につなげ、幼児から高齢者までの体系的な福祉教育展開のなかに福祉えほんを位置づける。
②福祉えほん活用マニュアルを作成し、そのマニュアルに基づきつつ各園での日常保育と結びついた柔軟な活用ができるような研修会の充実。
③福祉えほんの活用をさらに進めるために、子ども自身の反応(学習成果)を客観的に判断できる評価方法の検討。
④保護者にも社会福祉問題に関心と理解をもってもらえるように、福祉えほん活用についての研修・講演会の企画。
⑤福祉えほんの活用によって園外保育などが促進され、園と地域住民が連携できるようなしくみを検討し、園と家庭だけではない子どもと地域住民との接点を模索し、体験プログラムの充実を図る。」(80ページ)

市民主権・市民自治と市民福祉教育

1995〈平成7〉年7月施行の地方分権推進法や2000〈平成12〉年4月施行の地方分権一括法などによって、地方分権改革が推進されている。それは、明治維新、戦後改革に次ぐ「第3の改革」ともいわれる。2011〈平成23〉年5月と8月、2013〈平成25〉年6月には、「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」(第1次一括法、第2次一括法、第3次一括法)が公布・施行された。こうした地方分権改革は、国から独立した地方公共団体が自らの権限と責任において、自主的・自発的な地方行政を行う「団体自治」の強化を求める。とともに、地域主権や住民(市民)主権の確立のもとで、住民(市民)主導・優位のまちづくりをめざす「住民自治」(「市民自治」)の推進を必要不可欠とする。
本論に先立ちここで、上述のうちから、ひとまず次の文言をめぐって若干のコメントを付しておきたい。「主権」とは、他に譲ることのできない、また他から侵されることのない最高の自己決定権。「住民」(residents)とは、県民や市・町・村民など、一定の行政区域に住んでいる人。「市民」(citizen)とは、市民社会や公共性などについての理解と関心のもとに、まちづくりへの主体的参加と協働を進めることができる人。「住民」は、生涯にわたる教育・学習によって、また相互交流や実践活動などを通して「市民」へと自己変革、自己変容する。「市民主権」「市民自治」は、単なる理想概念ではなく、未だ不完全であるが、未来に向かって実現せんとする規範概念。すなわちこれである。
さて、こんにち、国家統治から住民自治へ、ローカル・ガバメント(local government)からコミュニティ・ガバナンス(community governance)、ネイバーフッド・ガバナンス(neighborhood governance)への転換の必要性が指摘され、そのあり方が問われている。国家と国民、自治体(地方政府)と住民の関係は、これまでもっぱら、「支配者」対「被支配者」、「統治者」対「被統治者」という支配的・権力的関係、すなわち「上下の関係」にあった。1990年代以降、地方分権や地域主権が叫ばれ、その改革が推進されるなかで、時代状況は支配からの解放、権力かの自由、すなわち「対等・協力の関係」を求めている。まちづくりの主役である住民が地方政府や行政の運営に参加(参集、参与、参画)する、住民主導・住民優位の自治関係を形成する必要がある。自治体のあり方を決めるのは主権者としての住民一人ひとりであるという住民主権に基づいて、住民自治を充実、発展させていかなければならない。そして、地域社会の持続可能性を確保し、すべての住民にとって安全・安心で、豊かな地域社会の維持・再生を図らなければならない。いま、そうした状況と時期にある。
主権者としての「住民」を名実ともに住民自治の主体として位置づけ、「市民」へと形成、変容させるためには、自治体と住民との支配的・権力的関係を解放する。とともに、住民自らが、単なる行政サービスの顧客や、政治や行政の観客(「観客民主主義」)としてしか関与してこなかったという、これまでの意識の変革や状況からの脱却を図る必要がある。換言すれば、主権者としての住民が、その権利を能動的・積極的に行使することができる仕掛けと仕組みを創造、構築するとともに、一人ひとりの住民が、まちづくりへの参加について自発的・内発的に、主体的・能動的・自律的に意思決定し、行動することが肝要となる。
住民自治とは、平易にいいかえれば、「住民自らが考え、意思決定し、行動すること」である。その際、ある一定の地域を自分(自分たち)の「こと」や「もの」としてのみ考えることは、異質者や外部者を排除する排他主義を生み出す。共生や協働のない自治は、個人主義や利己主義を加速させ、社会的孤立を生む。留意すべき点である。
自治体(地方政府)の意思決定の主体は住民である。住民は、地域のありようを決定する主権者であり、主役である。また、自治体の政策立案・決定・実施は、自治体の首長や議員、行政職員などにその全てが委ねられがちであるが、それらには信託されている限りにおいてその役割や機能を果たすことが求められる。とりわけ、その地域なかでも近隣地域における個別具体的な諸問題や矛盾については、その解決や克服に向けて住民自らが主体的・積極的に、単独であるいは協働して政策を立案・決定し、実施することが必要かつ重要となる。そして、住民には、その自らの決定や行動を自由に実行することができるとともに、その結果については自己責任を負うことが求められる。自己責任の伴わない自治は、身勝手な利己主義や自己中心主義に陥る。これが「住民主権」や「住民自治」(「近隣自治」)の本義である。
ところで、地域の諸問題や矛盾について主体的・能動的・自律的に議論し、決定することができる住民(「市民」)は、果たしてどれほどいるのか。いわれるように、政治や行政、地域が抱える諸問題や矛盾、まちづくりなどに無知、無関心の住民は決して少なくない。その無知、無関心が、権利意識や役割(責務)意識の自覚を妨げている。とはいえ、そうした無知、無関心は必ずしも固定的・不変的なものではない。一人ひとりの住民は、生涯にわたる教育・学習によって意識変革や態度・行動の変容、自治意識や公共心の覚醒や醸成を期待することができる存在である。それも地域(近隣地域)における集団的実践としての参加と討議を通じて可能となる。参加デモクラシーと討議デモクラシーが要請され、その実質化が求められるところである。具体的には、民主的な参加と討議の“場づくり”からはじまり、住民自治のための住民の“意識づくり”、住民自治の推進に取り組むリーダー等の育成に向けた“人づくり”、そしてそれらを実現するための “仕掛けづくり”と“仕組みづくり”などが必要となる。
いうまでもなく、住民自治や近隣自治は、それ自体が目的ではない。それは、すべての住民にとって安全・安心で、豊かな地域社会の維持・再生を図るための手段である。住民自治や近隣自治の推進を図るに際して、手段の自己目的化に陥ることのないよう留意する必要がある。また、住民自治や近隣自治を実現するためには、希薄化した住民間の関係性を再生し、低下した住民間の連帯感や協働意識の醸成・向上を図る。とともに、近隣住民が抱える日常的な地域生活上の諸問題や矛盾に対する理解と関心、それらを解決するための具体的な実践活動や社会運動(市民運動)への主体的・能動的・自律的な参加を通して、地域社会の一員としての当事者(場合によっては、私事として受けとめる当事者性)意識や自治意識の醸成・向上を促す。これらが必要かつ重要となる。
なお、自治意識とは、地方自治や住民自治・近隣自治に関する知識や、自治運営についての関心や意見などをいう。それは、住民の地域・近隣に対する自覚と意識、日常的な地域生活上の必要と要求に支えられるものである。したがって、単なる知的理解だけでなく、具体的な実践や運動(「体験学習」)によって、その醸成・向上が図られることになる。その際、行政の透明性の確保と説明責任の遂行、行政からの住民に対する積極的な情報提供と住民との共有などが必要不可欠となる。
以上の諸点を福祉教育に関していうとすれば、「市民福祉教育」のあり方が問われるとともに、市民福祉教育を具体的に実践・展開する「場」や「機関」「組織」が求められることになる。そのひとつは、従来からの学校や社協、福祉施設、それに公民館などであるが、ここでは「市民活動センター」に注目しておきたい。その際の市民活動センターは、行政主導の市民活動「支援」センターではなく、行政や社協、NPO等の民間組織・団体などによって共同設置され、行政、社協、NPО、住民(市民)などによって共同運営されることが望ましい。そして、そこに、ひとつのプラットホームとして、「市民自治」「まちづくり」「福祉教育」などをキーワードにした「市民福祉教育推進プラットホーム」を形成し、福祉の(による)まちづくりのための市民活動・運動や協働活動の推進を図ることが期待される。そのプラットホーム(「横割りのゆるやかなネットワーク」)を開設・管理・運営するのは、行政、社協、学校、PTA、福祉施設、公民館、自治会・町内会、民生委員・児童委員、NPО・ボランティア団体、保健所、医師会、商工会議所・商工会などになろう。
最後に、イギリスの政治学者であるジェームズ・ブライス(James Bryce)が、その著『近代民主政治』(Modern Democracies,1921年)のなかでいった「地方自治は民主主義の学校である」ということばを思い起こしておきたい。地域の諸問題や矛盾に向き合い、地方自治の実践を展開するなかで民主主義を学ぶことができ、民主主義が育まれる、といった意味である。同様に、「福祉の(による)まちづくりは民主主義の学校である」ともいえようか。その点において、市民福祉教育は、真の自治と民主主義を確立するための教育活動である。
(小滝敏之『住民自治の視点と道程』公人社、2006年。小滝敏之『市民社会と近隣自治』公人社、2007年、等参照)

「くえびこ」に想う

「障害者ら団結 缶バッジ販売」という二段抜き主見出しと、「介護者不足、事業所閉鎖に立ち向かう」「福島21団体が事業化」という2本の袖見出しの、地元新聞の記事(3月6日)に目が留まった。そこには白石清春氏の写真が大きく掲載されていた。彼はいま、福島県郡山市で「被災地障がい者支援センターふくしま」の代表として、障がい者の支援活動や運動を展開しているという。
彼は脳性まひのために車椅子生活をするが、その強く、激しく、そして誇りある生きざまから多くを学んだのは、筆者(阪野)だけではあるまい。青い芝の会の運動、とりわけ川崎駅前でのバスジャック闘争(1977年)や養護学校義務化阻止の運動(1979年)の顛末については、地域作業所やときには居酒屋などで彼から聞いている。
筆者が彼のことを知るのは、彼が1980年6月に相模原市で「脳性マヒ者が地域で生きる会」を結成した頃である。その後、彼は、地域作業所「くえびこ」(1982年4月)やケア付き住宅「シャローム」(1986年6月)の開設などを通して、障がい者の自立生活運動に取り組む。そして、1989年に郡山市に戻る。彼との直接的なかかわりは、5、6年のわずかな期間に過ぎない。
「脳性マヒ者が地域で生きる会」は、脳性マヒ者など障がい者の基本的人権の確立をめざし、具体的には、障がい者の自立と社会参加を促す「制度改革」と、障がい者や地域住民が「地域」で「生きる」ことの理解と認識を深める「意識改革」に取り組むための組織であった。「くえびこ」は、企業などの下請け作業は行わず、脳性マヒ者などが地域で生きるための運動の拠点、また個々の障がい者が自立生活能力を身につけていくための地域・生活学習の場として位置づけられていた。ちなみに、「くえびこ」(久延毘古)とは、日本神話に登場する神(「崩え彦」)で、田畑に立って農作物を鳥獣から守る案山子(かかし)を意味する。
かつて筆者は、彼とのかかわりを通して、「障害者の自立と福祉教育」と題する拙稿を草したことがある。以下に、そのうちから、彼の取り組みに関するコメントと管見の一部を掲載する。

彼らの取り組みは、時には力強く、時にはしなやかに、そしてなによりもしたたかである。彼らは、主体的な自己学習・相互学習をとおして、障害者がおかれている歴史的・社会的状況を科学的・客観的に認識する。そして、さまざまな危険(リスク)に挑み、多くの失敗を経験しながら、自立生活を求めて、自己実現をめざして主体的に行動するのである。その際、地域住民との社会的連帯を形成し、社会的諸施策の決定過程に参加することを自立の要件の一つとしてとらえていることが注目される。(中略)
自立とは、日常生活における自己選択、自己決定、自己管理、そして自己実現の行為とその過程をいう。換言すれば、自立とは、日常生活のなかで、生きがいをもってその人らしく自主的・主体的に生きぬくこと、そのための努力をすることを意味する。したがって、それが必要な時には、積極的に他者に依存し、他者から援助や協力を受けることも自立といえるのである。
こういった障害者の自立は、人格の完成と自己創造、自己実現をめざす障害者自身の自己教育活動によって初めて可能となる。また、それは、地域住民の障害者に対する偏見や差別が解消され、地域生活主体としての障害者と一般住民の間に相互支援的な関係――社会的「連帯」が構築されることによって成り立つ。
自立なくして連帯はなく、連帯なくして自立はない。ここに、福祉教育の本質的で実践的な課題がある(『福祉教育の創造』相川書房、1989年、144~146ページ)。

筆者は、市民福祉教育について言及する際に、福祉サービスの「利用主体」に対する福祉教育や、福祉の(による)まちづくりの「運動主体」形成を図るための福祉教育にこだわってきた。そのこだわりは、このコメントからも読み取れるように、彼の、障がい者自身による自立生活運動に対する思いや取り組みからの“学び”にあるのは確かである。

付記
およそ25年ぶりに彼と電話で話すことができました。お互いに、相模原市でのことを思い出すのに時間を要することはありませんでした。
白石清春氏のますますのご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。