阪野 貢 のすべての投稿

“三原色” の思考と “仲間時間” の実践―住民懇談会報告―

今日は、平日の10時から12時の時間帯にもかかわらず、自治区の区長さんや役員の方をはじめ、コミュニティ会議福祉健康部会の皆さん、民生委員やボランティアの皆さん、老人クラブの会長さん、障がい者福祉施設の施設長さん、中学校の校長先生、市議会議員の先生など、40名ほどの方々にお集まりいただきました。前回の住民懇談会にも増して、有意義な懇談会となりました。また、私自身も多くのことを学ばせていただきました。ありがとうございました。
感想めいたことになりますが、少しお話をさせていただきますと‥‥‥。
先ず、今日のグループワークはいかがだったでしょうか。赤・黄・青の付箋紙をうまく活用されてカードワークを行い、夢や希望について話し合い、意見などを出し合い、活発な議論がなされていたと思います。そして、この地区がめざすべき福祉のまちの姿・かたちや中身(内容)を、皆さんでイメージ化することができたのではないでしょうか。
社協が準備しましたワークシートも良くできており、活用しやすかったのではないでしょうか。70分ほどの短い時間ではありましたが、皆さんの議論が弾んでいたと思います。「色(色材)の三原色」といわれる色は、赤・黄・青と記憶しておりますが、信号機の色ではありませんが、「赤」(「こんな地域になったらいいな」)のところでは、しっかりと立ち止まって夢を語る。「黄」(「自分ができること」)のところでは、周りのことなどを気に留めながらも、まちづくりのために一歩踏み出す。「青」(「地域として、皆で取り組んでいくべきこと」)のところでは、まちづくりのために皆で力強く歩みを進める。社協は、こんなことを念頭に置いて、あえて赤・黄・青の三原色を使ったワークシートと付箋紙を用意したのではないか。多少深読みの感無きにしも非ずですが、社協の方、いかがですか。
赤・黄・青の三原色の心理的な作用や効果については、色彩心理学などでどのような所説があるか知りませんが、この三原色をうまく使うことによって、皆さん方の思いや考えをお互いに、豊かに引き出し合うことができたのではないでしょうか。
それぞれのグルーブでは、「光の三原色」の赤・緑・青のうちの、「緑」(「理想とする福祉の“まち”」)のところで、キャッチフレーズを考えていただきました。第1グループは「世代が継がり住民が力を発揮できる住み続けたい結(ゆい)の町」、第2グループは「ふれあいを大切に明るい声がひびくまち」、第3グループは、キーワードですが、「老若男女 ふれあい つどい やさしい 美しい 犯罪のないまち」、第4グループは「声かけと思いやりのあふれるまち」というものです。それぞれのフレーズには皆さん方の夢が、またこの地区ならではの「理想とするまち像」が表現されているのではないかと思います。
この4つのフレーズを、社協の職員(コミュニティソーシャルワーカー)が「みんなの力とみんなの声を感じながらふれあい豊かに住み続けられるまち」と、うまく纏めてくれました。先ほどの説明を伺っていて、「みんな」「力」「声」そして「住み続けられる」という文言には、誰もが腑に落ちる「確かさ」と「強さ」があると感じました。
先日、ある地区にお邪魔したときに、このキャッチフレーズについて、「こんなことを考えて何の意味があるのか。地域の問題をひとつひとつ“潰していくこと”が必要であり、そのことを考えるべきであって、抽象的な言葉遊びは無駄である」というお叱りを受けました。「問題を潰す」という言葉は気になりますが、それはひとまず置くとしても、私はキャッチフレーズの作成は不必要だとは思っておりません。それは、福祉のまちについて夢を語り、福祉のまちづくりについて思いをひとつにし、「軸」がブレない取り組みを皆で進めていくためにも必要なことだと思います。
夢は語るものですが、追い求めるものでもあり、また育むものです。夢を語った以上は、その夢の実現をめざして、皆で汗を流すことが求められます。真摯に夢と向き合い、積極的に夢を追い求める住民が増えれば、地域にとって、それぞれの地区にとってプラスになるのではないでしょうか。
皆さん方には、夢を実現するために、地域のリーダーとして主導的な役割を果たすことが求められると思います。ただし、ヒーローやヒロインのような唯一の強いリーダーとしてではなく、メンバーシップやフォロワーシップを兼ね備えた一人のリーダー、地域住民として活動することが期待されます。「この地域には強いリーダーがいないからダメだ」という嘆きの言葉を聞くことがありますが、そうでしょうか。強力なリーダーがいない地域は「ダメ」な地域ではなく、強力なリーダーを必要とする地域が実は「不幸」な地域であるかも知れません。
この地区は、高齢化率が約13%と市内で一番低く、若い人が多いまちです。子どもや若者たちと一緒になって、子どもや若者の夢を育むための活動にも頑張っていただければと思います。また、今日はお見えになっておりませんが、子どもたちや障害のある方々、外国籍住民の皆さん、さらには福祉サービスを利用されている方々、できる限り多くの方々にお声かけいただき、お出かけ願えるような懇談会を、皆さんの手で今後も計画的・継続的に開催していくことが必要であり重要であると思います。
2点目ですが、いささか蛇足めいたことになりますが‥‥‥。
今回初めて気づいたのですが、男性の皆様はそのほとんどの方が腕時計をはめておられます。しかし、ほとんどの女性の方ははめておられません。どうしてでしょうか。男性の方は、退職された方が多いと思いますが、いまはこの地元で、約1万人の地区住民のために活動されている方々だと思います。男性の方は、会社勤めのときには腕時計の時間で、会社の時間で仕事中心の生活をされていたのではないでしょうか。「時計時間」の生活が長く続きますと、そういう生活から、腕時計の時間に拘束された生活から抜け出すことが難しいのではないでしょうか。生活習慣といえばそれまでのことですが。
それに対して、女性の方々は、この地元を中心に、隣り近所の方々をはじめいろんな方々との関わり合いのなかで暮らしておられると思います。多くの友達や仲間がこの地元にいらっしゃる。そういう方々とご一緒に、明確な時間の流れというよりは自由でゆったりとした、融通の利いた時間、「仲間時間」あるいは「地元時間」といいますか、そんな時間のなかで生活をし、趣味活動や地域活動などに取り組んでおられる。だから、わざわざ腕時計をする必要もないのではないか。そんなことを思った次第です。
そして、地域活動へのはじめの一歩は、趣味や特技、あるいは経験や知識を活かした身近な活動に、できるときに、できるところで、気心の知れた仲間と一緒に取り組む。そんなことが重要であるともいわれますが、いかがでしょうか。
今回の地域福祉活動計画に基づく福祉のまちづくりは、時計時間と仲間時間(地元時間)がうまく織りなされるなかで、この地区ならではの、「私発」の、そして1万人の「住民総参加」の活動や運動として進められていかなければならないのではないか。男性の方も女性の方も、会社人間であった方も、この地元地域・社会の住民として皆で、豊かな知識と長年の経験に基づく知恵、そして「力」を出し合って、福祉のまちづくりにこれまで以上に関わり合っていくことが必要ではないか。そんな感想をもち、またそんな思いがしました。
雑駁ですが、以上です。ありがとうございました。
10時

【注】
(1)T市社協が主催したH地区における第2回住民懇談会は、(1)第1回の振り返り(20分)、(2)意見交換/グループワーク(70分)、(3)全体会/グループ報告・地区のキャッチフレーズの決定・まとめ(30分)の内容と時間で開催されました。本稿は、筆者(阪野)の役割であった最後の「まとめ」を記憶に基づいて整理したものです。
(2)T市社協が作成したワークシートでは、「赤」(「理想とするべきまち像」)、「黄」(「自分としてできること」)、「青」(「地域としておこなっていくべきこと」)、「緑」(「理想とするまち像」)となっています。当初、2回目の懇談会のテーマは「(3)私が住んでいる “まち” が、こんな “まち” になったらいいな」「(4)(3)を実現するために、私ができること、私たちがしなければならないこと」とされていました。本文中と上記のワークシートの文言は、筆者なりに加筆・修正したものであることをお断りしておきます。

自然と時間―山里の時空を“生き抜く力”を育む―

6月のある日曜日の午後、T市社協のA支所が主催する住民懇談会(「参加型住民懇談会」)に参加するため、高速道路を降りた後、渓流沿いに車を走らせた。カーナビに表示される道案内の赤い線は、だんだんと細くなっていった。沿道の看板や建物をはじめ、自転車やバイクでツーリングをする人、鮎釣りやバーベキューをする人、背中を丸めて道路の端を歩く一人の老女。そのすべてが山と緑の「自然」につつまれ、溶け込んでいた。橋を渡ると、会場の「ぬくもりの里」の看板が目に入った。「時間」通りの到着であった。
「人間も自然の一部である」「人間は自然によって生かされる」などといわれる。これらの言葉の含意を空間軸と時間軸のなかで読みとると、人間は自然にいだかれ、自然とともに生きる存在である。自然のなかの一時(いっとき)を生き、担うことによって、自分の生きていること(「いのち」)が引き継がれていく、ということではないか。人間は、自然と社会における現実(現象)と、時間の継続性のなかに生き、生かされる存在なのであろう。「自然」と「時間」に関して、こんなことを考えながらのドライブであった。
A地区は、2005年4月にT市に編入合併した地区である。人口は約3,000人、高齢化率は42.0%と市内で一番高く、今後も高齢化と人口減少が続く。T市の人口は約42万人、高齢化率は19.6%である(2014年4月現在)。
7月に入って、農業協同組合新聞の電子版に掲載された、「ともに生きる社会 再創造を」と題する哲学者・内山節(うちやまたかし)の一文が目に留まった。多少長くなるが、以下に紹介したい。

東日本大震災以降の日本を見ると、そこにはふたつの動きが存在していることがわかる。ひとつは自分たちのコミュニティを再創造しながら、ともに生きる社会をつくりだしていこうとする動きであり、もうひとつは以前の社会に早く戻そうとする動きである。後者からは原発の再稼働やアベノミクスなどの動きがでてくる。このふたつの動きはこの大震災をきっかけにして、日本の社会を新しく再創造するのか、それとも元に戻すのかをめぐる対立である。そしてこのような対立が生まれる背景には、今日の日本の現実があった。
現在の日本が失っている最大の問題点は、ともに生きる社会の喪失であるといってもよい。ともに生きる社会をつくり直そうとする今日の動きは、この現実を直視する人々のなかから生まれたものである。そして東日本大震災が、この動きを加速させた。ともに生きる社会をつくろうとするとき、その基盤は地域である。今日の日本の課題は、市場原理を強化することではない。課題はともに生きる経済や社会をつくることにあり、その基盤としての地域を活力あるものにすることの方である。そのためには、都市と農村との、生産者と購入者との新しい連帯のかたちを模索することが必要なのである。いま大事なことは、アベノミクスに虚構性と危険性をみている人たちとともに、連帯感にあふれた社会を創造することである。それは都市の人々が農民や農村を守り、農民たちが都市の人々の食文化を守っていけるような社会である(一部中略)。

今日、日本の農民や農村は危機的状況にある。とりわけ、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加によって、モノだけでなくサービスや投資などの取引の自由化(市場原理の強化)が進み、日本経済の破綻を早め、「日本の社会の瓦解を促進する」ことが危惧されている。こうした現実を「直視」すると、今日の日本の課題は「ともに生きる経済や社会をつくることであり、その基盤としての地域を活力あるものにすること」である。これが内山の言説の要点である。
こうした経済の動向とともに、政治の世界では、右傾化とそれによる「上から」のナショナリズムの高まりが進み、憲法が提示する立憲主義と民主主義、そして平和主義が「危ない」状況にある。時間の流れ方が戦前のそれに戻っていく。内山がいう「以前の社会に戻そうとする動き」に関して、広く、深く認識することが求められるところである。なお、立憲主義とは、周知の通り、憲法は国家権力に縛りをかけるもの、国民の自由と権利を保障するために憲法によって政治権力の乱用を防止する、という考え方である。

内山といえば、「時間はどのようなものとして存在しているのか」を解こうとした、『時間についての十二章』(岩波書店、1993年)という著書を思い出す。内山は、「山里に暮らす人々は、縦軸の時間と横軸の時間という二つの時間のなかを生きている」(20ページ)という。

縦軸の時間は、過去、現在、未来が縦の線で結ばれている。それは西暦とか年号であらわすことができるような過ぎゆく時間であり、けっして戻ってくることのない不可逆的な時間である(20ページ)。
横軸の時間は、春が訪れたとき、村人は春が戻ってきたと感じながら、それを迎え入れる。春は円を描くように一度村人の前から姿を消して、一年の時間が過ぎ去ったのではなく、去年と同じ春が帰ってきた(くる:阪野)。時間は円環の回転運動をしている。このような時間存在をいう(22ページ、一部中略)。

要するに、「縦軸の時間」とは、誰にでも同じ速さで、過去→現在→未来と直線的で、客観的に流れる“時計の時間”をいう。「横軸の時間」とは、人間の営み=主体(自己)と自然や季節との関わりのなかで、回帰し、関係的に存在する時間をいう。この二つの時間のうち、商品経済が進展・浸透し、過疎化と高齢化が進んだ今日では、山村においても「縦軸の時間」が村人を強く支配している。これが、内山が説く「時間の存在論」のポイントのひとつである。また、内山は次のようにいう。

山里の世界でも、(中略)縦軸の時間と横軸の時間が矛盾しながらも全体で山里の時間を形成し、この二つの時間は使い分けられていた。自然と結びついた労働や暮らしのなかでは、あるいは自然との共時的な場を形成するなかでは、横軸の時間が支配的な時間軸になり、縦軸の時間が支配する社会との結びつきのなかでは縦軸の時間に依存していた。そして今日ではこの両者の矛盾が対立的なほどに高まったのである(32ページ)。

ところで、冒頭に記したA地区の住民懇談会では、「自然とともに存在する時間」(内山)の穏やかな流れのなかで、3回目の懇談会として議論が重ねられた。そして、それを踏まえて、住民福祉活動の理念や基本的な考え方に関するその地区ならではのキャッチフレーズが作成された。「笑顔と支え合いのまち、ぬくといA」がそれである。住民の思いは、「笑顔」は「健康」と「生きがい」、「支え合い」は「繋がり」と「集まり」を前提にし、住民相互の「支え合いなくしてこの地区は成り立たない」、というものである。都市部の他地区でのキャッチフレーズには、「豊かな自然」「自然が残る」などの文言が入る。その「自然」は二次的・人工的なものである。A地区には天然に近い自然が存在するが、「自然」という文言は住民からあまり出ない。「支え合い」への思いを強くもたざるを得ない山里(山間部)の厳しさである。それゆえに、そこには温かさ(「ぬくとい」)がある。
参加型住民懇談会は、住民にとって、この厳しさを再認識するとともに今後のまちづくりの方向性を展望し、この山里の時空を生き抜くための「共働」の場である。それはまた、“生き抜く力”を育む教育現場のひとつでもある。自主的・自律的で、計画的・継続的な開催が求められる。

平和主義と基本的人権が危ない―“ムラが子どもを育て、住民がまちを創る”を思う―

マスコミは連日のように、わが国の安全保障政策の大転換が図られようとするなかで、「集団的自衛権」について報じています。従来の憲法解釈で禁じられてきた集団的自衛権の行使に関し、その要件のひとつとして「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される恐れがある場合」が挙げられています。福祉・教育関係者はいま、このことに最大の関心を払うべきではないでしょうか。「平和と福祉は表裏一体であり、福祉は平和のシンボルである」(阿部志郎)、「社会福祉を学ぶことは世界の平和を学ぶことに通じる」(伊藤隆二)という言葉が思い出されます。また、筆者(阪野)がいまかかわっている地域のなかには、「地域の存立が脅かされ、住民の生命、自由および幸福追求の権利」が侵害されている地域が現に存在していることを強く認識し、深く理解しないと事は進まない、と思っています。
ところで、2014年7月、生活保護法改正法が全面施行されます。厚生労働省の資料によると、今回の主要な改正点は、①就労による自立の促進、②健康・生活面等に着目した支援、③不正・不適正受給対策の強化等、④医療扶助の適正化、の4点に整理されます。そのうち、例えば①については、「安定した職業に就くことにより保護からの脱却を促すための給付金(就労自立給付金)を創設する」と説明されています。ここで筆者は、古川孝順先生の次の一文を思い出します。
1990年代以来のわが国の社会福祉基礎構造改革のひとの側面に、「ウェルフェア(支援福祉)からワークフェア(就労福祉)への移行」と呼ばれる改革がある。「社会福祉における就労の位置づけについていえば、一方の極には福祉と懲罰的な就労とを結びつける救貧法的な施策があり、‥‥‥(それは:筆者)自己責任主義的な施策である」(古川孝順『社会福祉の新たな展望』ドメス出版、2012年、148~149ページ)、というのがそれです。
今回の法改正は、2013年8月の保護基準の引き下げに加えた、保護申請の厳格化、不正受給の罰則の引き上げ、親族の扶養義務の強化などの「改悪」であることはいうまでもありません。「働かざる者食うべからず」といわんばかりです。イギリス救貧法の「就労の強制」(1601年法)や「劣等処遇の原則」(1834年法)、1874(明治7)年に制定されたわが国で最初の救貧法である恤救規則の前文の書き出し「済貧恤窮ハ人民相互ノ情誼ニ因テ其方法ヲ設ヘキ筈」なども思い出されます。
さて、筆者はいま、T市社協の地域福祉活動計画の策定作業の一環として計画的・継続的に開催されている「住民懇談会」に参加し、有意義な“学び”の時間を過ごしています。身体的な疲れは感じるものの、「福祉教育こそ、社協が展開していくべき地域福祉の原点であり、社協そのものの基礎・基盤です」「福祉教育の推進こそ、社協の本業であり、『社協不要論』を払拭する必要不可欠な手段です」「学校教育のみならず、生涯学習の一環としての、しかも福祉の(で)まちづくりの主体形成としての住民(市民)福祉教育の取り組みが必要かつ重要です」というT市社協職員(コミュニティソーシャルワーカー)の言葉と熱い想いに励まされています。
先日開催された、「限界集落」を抱えるあの地区の懇談会では、前回と同様に“地元”の中学生も「総合的な学習の時間」の一環として参加していましたが、将来に向けた建設的な意見やアイディアが出されました。その議論の多くは、参加者一人ひとりの地域に対する誇りや希望が伝わるものでした。個人的な思いや考えも含めて、その一部を紹介します。

〇この地域は観光立地の“まち”であるが、「思いやり」や「おもてなし」の心をもった住民一人ひとりも大切な観光資源(人財)である。その意識啓発や人材育成が求められる。また、滞在・交流型観光の促進を図る必要がある。
〇地域が元気になる新たな観光振興が求められる。とともに、一人ひとりの住民同士の繋がりや、地域住民と地域の歴史や伝統、文化、自然環境や社会資源などとの関係性を大切にした「関係立地」(ネットワーク形成によるまちづくり)の見直しや推進を図るべきである。
〇岐阜県高山市社協では、1月から3月の期間、冬季高齢者ファミリーホーム「のくとい館」(旧教員住宅)を活用した高齢者の共同生活を支援し、高齢者の安全・安心な暮らしの確保や生きがいの創出を図っている。冬季だけでなく夏季も含めて、参考になるのではないか(注1)。
〇山村留学は、元々は子どもの教育実践活動(教育問題)であり、受け入れ地域や学校にとってはその振興・活性化策(経済問題、学校問題等)としても注目されてきた。生涯学習社会における新たなまちづくりや「都市と山間の教育交流事業」(T市)の一環として、子どものみならず高齢者なども含めた山村・都市留学(遊学)の施策・事業化を図ってはどうか(注2)。
〇T市には「空き家登録バンク制度」がある。しかし、期待されるほどにその登録は進んでいない。そこには、先祖から受け継いだ土地や家屋、墓守や仏壇の世話などについての特別の思いがある。マスコミなどが最近、「墓じまい」について報じているが、時代や時勢だとはいえ、この地域の“地元”住民の思いを十分に踏まえたまちづくりを進めることが肝要である(注3)。
〇行政の施策・事業や資源(財源、人員等)の有効活用をはじめ、行政との連携・協働強化を図るべきである。また、住民のニーズや地域課題に対応した施策・事業の共同開発と実施展開を、地域内・外との連携と相互支援のもとに進めることも考えられる(注4)。
〇「きれいごと」をいっても、また理想論だけでは“まち”は変わらない。地域の実情や創意工夫に基づいた新たな就労の支援や雇用の創出に積極的に取り組んでいくべきである。また、ヒト、モノ、カネ、情報を呼び込み、地域経済の活性化を図る必要がある。

いずれにしても、筆者はいま、地域福祉活動計画の策定に当たっては、住民(市民)主権・住民(市民)自治の理念のもとに、“地元”の子どもから高齢者までできる限り多くの住民の皆さんとじっくり話し合い、学び合って、地域の実情を踏まえた夢と実現性のある計画を策定すべきであることを改めて強く認識しています。また、その際、「グローカル」(think globally, act locally)という造語と、ヒラリー・クリントンが引用して広まったという「ひとりの子どもを育てるには村中みんなの力が必要」(「子どもを育てるにはムラが必要」)というアフリカの諺(ことわざ)にも留意したいと思っています。この場合の「村」とは、郊外にある小さな“まち”ではなく、家族・近隣社会から国家や世界も含めた地球規模の“ムラ”(コミュニティ)やネットワークをさしています(ヒラリー・クリントン 繁多進・向田久美子訳『村中みんなで』あすなろ書房、1996年、12ページ)。さらに、誤解を恐れずにいえば、私自身の、「よそ者」としての発想や視点も大切にしたいものと念じています。

注
(1)「のくとい」とは、岐阜県飛騨地方の方言で「あったかい」という意味である。
「のくとい館」事業の「実績・効果」については、次の点が報告されている。①高齢者の安全・安心な暮らしの確保、②地域住民との積極的な交流(世代間交流の促進)、③雪下ろしボランティアを通じた都市住民との交流(地域間交流の促進)、④特産品づくり(高齢者の生きがいづくり)、がそれである(『「ぎふ雪国の豊かな暮らし研究会」報告書』岐阜県総合企画部地域振興課、2011年、8~9ページ)。
(2)山村留学は、1976年に長野県八坂村(現・大町市八坂)で始まった教育実践活動である。2004年に860人を超えた参加者数も、「自治体合併や里親の高齢化、地元児童生徒数の減少、学校統廃合、経済状況の悪化などの社会情勢により、受け入れ学校も減少に転じ」、2012年では510人となっている(『平成24年度版 全国の山村留学実態調査報告書』NPО法人全国山村留学協会、2013年、7ページ)。
(3)T市では、「過疎化の進行が著しい中山間地域の定住対策の一環として、空き家を地域資源として有効活用し、過疎地域における定住人口を増やし、地域活性化を図ること」を目的とした「空き家情報バンク制度」が2010年3月から運用されている。また、同年4月からは、その制度により賃貸借契約が成立した空き家に対して、改修に必要な経費の一部を補助している。
(4)T市には、地域自治システムとして、2005年度からスタートした、「『私たちの地域は、私たちの手で、もっと住みやすく、おもしろく』を合言葉に、地域資源(人、歴史、文化、自然等)を活用し、地域問題の解決や、地域の活性化に取り組む団体を支援する地域活動支援制度」である「わくわく事業」と、2009年度からスタートした、「地域と行政の共働と地域内での合意形成を前提に、地域課題の解消に向けた地域意見(事業計画書)を市の施策に的確に反映し、効果的に地域課題を解決するための仕組み」である「地域予算提案事業」の2つの施策がある。
T市には27中学校区に「地域会議」(地方自治法上の地域協議会)が設置されているが、わくわく事業では1地域会議当たり年間・総額500万円までの補助金が交付され、地域予算提案事業では1地域会議にT市に対して年間・総額2000万円までの予算案提案権(地域会議が支所長に予算案(事業計画書)を提案する権限)が認められている。

「生活綴方」と福祉教育実践―徳目主義や反知性主義を憂う―

教育の世界における徳目主義の傾向や反知性主義の台頭が気にかかります。

筆者(阪野)は、久しぶりに中内敏夫著『生活綴方成立史研究』(明治図書、1970年)を読み返しました。“読み返した”というのは、「精読」したということではなく、A5判、994頁という大著を「通読」したという意味においてです。この本は、質の面でも類書を凌駕する名高いものです。例えば、今野三郎は「この分野の史料収集上、個人が為し得る一つの限界を示している」(『教育学雑誌』第7号、日本大学教育学会、1973年、84ページ)、川合章は「『この本のおかげで生活綴方の研究にとりくむ者が減るのではないか。この本は、生活綴方史研究にマイナスの役割を果すのではないか』という冗談も、ただの冗談とは受けとれないほどの迫力をもつ、内容豊かな研究である」(『教育学研究』第39巻第1号、日本教育学会、1972年、74ページ)と評しています。
生活綴方は、周知のように、日本特有の教育方法として取り組まれてきたものですが、特定の徳目や価値観を押し付け、刷り込む徳目主義や権威主義的な教育実践ではありません。それは、子どもたちが日常の生活を書き「つづる」ことを通して、ものの見方や感じ方、考え方を育み、生活に根ざした生き方を作り出していくための指導・教育方法です。それは、広い意味では大正初めに提唱されたといわれていますが、この教育方法に「生活綴方」という呼称が使われるようになるのは1930年代に入ってからです。
この本は、生活綴方に関する一次史料をひとつひとつ丹念に掘り起こし、整理・分析した成果を纏めたものであり、第2部「綴方教師の誕生」第1章「雑誌『綴方生活』創刊の史的構造」(271~891ページ)を中心に編まれています。ただ、この本全体を通して生活綴方の教育実践の実態や子どもたちの姿が具体的に詳述され、十分な分析が加えられているかというと、必ずしもそうはいえません。とはいうものの、筆者はかねてよりこの本にある種のこだわりをもっています。それは、生活綴方の教育実践のなかに福祉教育実践の側面や要素を見出すことができ、そのヒントや仮説をこの本から得ることができるのではないかと考えているからです。
ところで、上記の今野は、その「書評」で、「従来、日本近代教育史研究者の中で『生活綴方』史研究にまともにとりくむ人はきわめて稀であったといってよい」理由のひとつについて、次のように述べています。

日本近代教育史における教育思想、教育方法研究の主流が、大部分は西欧にはっきりしたモデルをもっているものを中心として手がけられてきたということである。このことは、別の面からいえば、明確なモデルをもたない教育思想、教育方法を構造的に解明し、体系化することは、きわめて困難な作業であるという研究方法上の問題から敬遠されるという結果を招来するのである。本書は、その結果の評価はともあれ、これらの研究上の困難な問題に正面からとりくんだという点に画期的な意義をもっているといえよう。(今野、88ページ)

この言説は、福祉教育やその歴史に関する研究にも通じるのではないか。そうであれば、これまで以上に、その研究に果敢に取り組むことが求められるのではないか。「日本福祉教育・ボランティア学習学会」が設立20周年を迎えたいま、筆者はそんな思いや考えを新たにしています。

例によって唐突ですが、ここで、この本を読み終えようとしていた時にたまたま目にとまった新聞記事を紹介しておきます。田中優子先生(法政大学総長)のそれです(「大学の役割は何か」岐阜新聞「現論」2014年5月17日)。以上との関連で、また筆者にかかわるいろんな意味で深く受け止めたい一節です。

「反知性主義」という言葉がある。自ら知性へ敵意をもつことと、国家が国民から知性を奪うことを意味する。いま何も考えたくない人々は、自力で調べて知識を獲得することなく、感情を刺激する根拠のない情報に興奮し、それを自分の考えとしてツイッターで広め、時にはそれに従ってデモをし、暴言を吐き、それを映像的な「ネタ」にしてブログで公開し、自己顕示欲を満足させる。反知性的なその閉じたサイクルは、主張の内容(右翼か左翼か)にかかわらずさまざまなところで起こっている。
大学はこのことに向き合わねばならないだろう。大学とは、自ら事実の確認をする手順を学び、できるだけ正確な情報を得るリテラシーを培うところだ。また、一過性の感情を超えて論理的に語る経験を得て、議論して異なる考えと出合い、言語化して自らの無知を知ってさらに知性に磨きをかける場だ。

「反知性主義」という言葉は、最近になって目につくようになった言葉ですが、要するに「客観性や実証性を十分に問いただすことなく、自分に都合の良い思考様式や価値観の世界に閉じこもる姿勢や態度」といった意味でしょうか。また、文中の「大学」を「地域」という言葉に置き換えることによって、生涯学習やその一環としての福祉教育に関するいろいろな問題に思いを致すことができます。
福祉教育実践は、子どもや大人たちの地域における実生活から遊離した思いやりや親切、助け合い、そして郷土愛などの特定の徳目を重視したり、従って主観的・観念論的な「物語」の世界に留まったり閉じこもったりする危険性なしとしない。最近になって特にそう思うのは、筆者だけでしょうか。

「共働」と課題解決の流れ

筆者(阪野)は先日、ある社協の職員研修会(学習会)に招かれ、(1)「極点社会」と地域アイデンティティ、(2)ソーシャル・キャピタルと「活動する市民」、(3)社協と役職員の今後のあり方、等々をめぐって学ぶ機会に恵まれました。社協職員の熱意に圧倒されるばかりでしたが、それゆえに筆者にとっては有意義な時間となりました。
席上、筆者の拙文「協働と共働」(2013年9月16日投稿)について、いま少し分かりやすく説述すべきである旨の意見をいただきました。そこで、誤解を恐れずに、以下のような作図を行いました。
図1 の「共働」については、行政と市民が、問題把握から課題解決に向けた「ネットワーク」「場」(「プラットホーム」)を創設し、そこにそれぞれが参画(登壇、登場)し、対等・協力の関係のもとで事に当たること(共同、協同)、と理解しています。その際の鍵概念は「相互作用」「相互補完」「相乗効果」です(上記の拙文参照)。
図2 は、共働の「プラットホーム」における「課題解決の流れ」をまとめたものです。現状把握・分析を前提に、問題認識・理解の広さ・深さ(問題の領域・深刻さ)は異なります。さらにそれによって、課題形成・解決の内容や方法も、行政の政策や施策としての対応から、市民による個別具体的な実践活動としての対応に至るまで、多様かつ多元的になります。

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「極点社会」と地域アイデンティティ

筆者(阪野)がはじめて「極点社会」という言葉にふれたのは、『中央公論』(平成25年12月号)の特集「壊死する地方都市」に収められた「増田寛也+人口減少問題研究会」の論稿「2040年、地方消滅。『極点社会』が到来する」です。そのなかで、「地方が消滅する時代がやってくる。人口減少の大波は、まず地方の小規模自治体を襲い、その後、地方全体に急速に広がり、 最後は凄まじい勢いで都市部をも飲み込んでいく。このままいけば30年後には、人口の『再生産力』が急激に減少し、いずれ消滅が避けられないような地域が続出する恐れがある」(19ページ)と、人口減少の末路が指摘されています。極点社会とは、「大都市圏という限られた地域に人々が凝集し、高密度の中で生活している社会」(27ページ)、すなわち都市が地方の人口を吸収し、大都市だけが残る国の姿を表したものです。
2014年5月8日、民間の有識者団体である「日本創成会議・人口減少問題検討分科会」(座長・増田寛也)が『成長を続ける21世紀のために 「ストップ少子化・地方元気戦略」』を発表しました。それによると、2040年の時点で、全国1800市区町村の49.8%に当たる896の市区町村が、20歳から39歳までの子どもを産む女性(若年女性)が2010年から2040年までの間に50%以上減少することによって人口が減少し、消滅する可能性があります(「消滅可能性都市」)。例えば、青森、岩手、秋田、山形、島根の5県では8割以上の市町村、東京23区では豊島区、筆者が住む東海地方では岐阜県が42のうち17、愛知県が54のうち7、三重県が29のうち14の市町村がそれぞれ「消滅可能性都市」になります(注1)。
こうした推計をふまえて、報告書では、「国民の『希望出生率』を実現すること」と「地方から大都市へ若者が流入する『人の流れ』を変えること」を基本目標として、次のような政策提言も行っています。(1)ストップ少子化戦略 ;若者(男女)が結婚し、子どもを産み、育てやすい環境を作る。(2)地方元気戦略 ;地方を建て直し、再興を図る。(3)女性・人材活躍戦略 ;女性や高齢者など人材の活躍を推進する、がそれです(21~49ページ)。

「限界集落」という言葉があります。この言葉は、大野晃先生(高知大学名誉教授)が1991年に提唱した概念であるといわれています。今回の「極点社会」「消滅可能性都市」は、「限界集落」以上にショッキングな言葉です。多少とも地域に関心をもち、まちづくりにかかわってきた筆者にとっては、「極点社会」下における「消滅可能性都市」に想いを巡らさざるを得ません。
筆者は、先の拙文「地域アイデンティティとまちづくり―自治基本条例と市民福祉教育(第3報)―」(2014年4月30日)で、「地域アイデンティティ」という言葉を使いました。この言葉は、未だ確定的な定義が存在するわけではありませんが、一般的には、ある個人(住民)の、「地域に対する帰属意識や愛着、誇り」という意味合いで使われます。その場合、それは、個人のライフスタイルやライフステージによって異なり、また本人や家族などの状態の変化に応じて変わる可能性があります。帰属意識や愛着、誇りをもちたくてももてない、あるいはもちたくないヒトもいます。またいうまでもなく、こうした意識は、特定の、固定的なものが他者から一方的に押し付けられ、強要されるものでもありません。
こうした個人的レベルの地域アイデンティティに併せて、その地域の自然や歴史、文化、産業などによって形成された、そこに暮らす多くの住民が共有する「地域の特性・個性や地域らしさ」という意味合いで、「地域アイデンティティ」という言葉が使われます。
いずれにしても、「地域アイデンティティ」は、個人的レベルと集団的レベルの両方について、またその連関について考える必要があります。例えば、まちづくりに際して、個人的レベルのそれを軽視・無視したり、集団的レベルのそれを強調したり、あるいは特定の地域アイデンティティによって地域住民を包摂しようとすると、どうなるか。少数者の、新たな「社会的排除」を生み出し、地域の人間関係や社会関係に溝や亀裂を生ぜしめることになりかねません (大堀研「ローカル・アイデンティティの複合性―概念の使用法に関する検討―」『社会科学研究』第61巻第5・6合併号、東京大学社会科学研究所、2010年、143~158ページ参照)。留意しておきたいところです。
筆者はいま、T市の地域福祉計画と地域福祉活動計画の策定にかかわっています。そろそろ、地域の活性化や再生に向けた、明確なビジョンを提示する作業に取りかからなければなりません。それは、地域の“夢を語る” “戦略を練る”ということですが、特定の、固定的な地域アイデンティティを住民に強要することなく、またそのヒト、その地域ならではの地域アイデンティティを形成する過程を通して、住民の個別具体的な生活課題や地域課題の解決に繋げることを意味します。
T市内にも、「限界集落」「消滅集落」、そして「消滅可能性都市」と同様の地域(地区)が存在します。中心市街地や合併地域、都市・農村・住宅地域などにかかわらず、地域(地元)に対して帰属意識や愛着、誇りをもちたくても、そのヒトや地域の社会的・経済的・政治的・文化的状況によってもてないこともあります。先ずは、こうした事態を悲観的に捉えるのではなく、正確かつ冷静に受け止め、客観的に認識することが肝要です。そして、地域の自然や歴史、特性などに基づいた、その地域ならではの豊かな、まちづくりの「夢」「目標」「テーマ」をいかに設定するか。それを実現・達成するための、まちづくりへの参加・共働システムをどう構築するか。そして何よりも、まちづくりリーダーやまちづくりに積極的・主体的・自律的に参画する住民(「成熟した市民」)をいかに確保・育成するか、などの問いに総合的かつ戦略的に取り組むことが重要になります。

注1 消滅可能性市町村(岐阜県、愛知県、三重県、富山県、石川県、福井県)
岐阜県(42中17)/多治見市、美濃市、瑞浪市、恵那市、飛騨市、郡上市、下呂市、海津市、養老町、関ケ原町、神戸町、揖斐川町、富加町、七宗町、八百津町、白川町、東白川村。愛知県(54中7)/新城市、飛島村、南知多町、美浜町、設楽町、東栄町、豊根村。三重県(29中14)/伊勢市、名張市、尾鷲市、鳥羽市、熊野市、志摩市、木曽岬町、大台町、度会町、大紀町、南伊勢町、紀北町、御浜町、紀宝町。富山県(15中5)/氷見市、小矢部市、南砺市、上市町、朝日町。石川県(19中9)/七尾市、輪島市、珠洲市、加賀市、羽咋市、志賀町、宝達志水町、穴水町、能登町。福井県(17中9)/小浜市、大野市、勝山市、あわら市、池田町、美浜町、高浜町、おおい町、若狭町。

茨城県における「子どもヘルパー」派遣事業 と 福祉教育―資料紹介―

少子化や核家族化が進展する中、高齢者と子どもが触れ合う機会が減少するとともに、地域における助け合いや連帯感が希薄化しており、高齢者の孤独化などが課題となっている。そこで、4年生以上の小学生を「子どもヘルパー」に任命し、高齢者宅などに訪問し、話し相手やお手伝いボランティア等を行い、高齢者の安否確認や子ども達のいたわりの心を育むことにより、地域全体で高齢者を支える意識を醸成する。(全国知事会「先進政策バンク」より)

茨城県では、2010(平成22)年度から2011(平成23)年度にかけて、「4年生以上の小学生を『子どもヘルパー』」に任命し、‥‥‥地域全体で高齢者を支える意識を醸成する」ことをめざして、「いばらき子どもヘルパー派遣事業」に取り組んだ。その活動内容を纏めた『いばらき子どもヘルパー派遣事業報告書』が、2013(平成25)年9月に茨城県(保健福祉部長寿福祉課)から刊行されている。
本稿は、その報告書などに基づいて、茨城県における取り組みと、県からモデル地域選定を受けたかすみがうら市による取り組みの概要を紹介するものである。
なお、同様の取り組みに、富山県高岡市の社会福祉協議会が1996(平成8)年度に創設した「ジュニア福祉活動員」育成事業や、熊本県阿蘇郡産山村の社会福祉協議会が2000(平成12)年度から継続的に実施している「子どもヘルパー」事業がある。前者は、地域の小学校6年生全員が「ジュニア福祉活動員」に任命され、地域の大人(福祉活動員、民生委員など)と一緒に一人暮らし高齢者等への友愛訪問活動を行うものである。後者は、小学校4年生以上から中学生を対象にした事業で、2014(平成26)年度2月現在、300人を超える「子どもヘルパー」が高齢者の生活支援活動を行ってきている。付記しておくことにする。

茨城県における「子どもヘルパー」派遣事業

2010(平成22)年度と2011(平成23)年度の、茨城県における当該事業の取り組みの概要は次の通りである。

1 背景
少子高齢社会を迎え、高齢者が安心し、いきいきと暮らせる地域づくりや高齢者の健康づくり ・生きがいづくりの重要性が高まっています。
また、近年、ひとり暮らし高齢者や高齢夫婦のみの世帯が増加しており、少子化や核家族化が進展する中、高齢者と子どもが触れ合う機会は減少しています。
高齢者と子どもが触れ合う機会を通して、高齢者を地域みんなで支え合う地域の絆づくりを推進することが求められています。
2 概要
モデル事業として県内の市町村社会福祉協議会を選定し、子どもヘルパーとして任命した4 年生以上の小学生が、ひとり暮らしの高齢者などの家庭を訪問し、話し相手やお手伝いボランティア等を行う事業です。
(1) 実施主体 ・期間
県内8 カ所のモデル地域を県が選定
期間/実施主体
平成22 年度~平成23 年度/石岡市社会福祉協議会、守谷市社会福祉協議会、小美玉市社会福祉協議会、利根町社会福祉協議会
平成23 年度/笠間市社会福祉協議会、かすみがうら市社会福祉協議会、城里町社会福祉協議会、河内町社会福祉協議会
(2) 活動エリア
原則小学校区~中学校区以内とし、市町村社会福祉協議会が選定
(3) 対象  
小学4年生~6年生 約30 名
(4) 子どもヘルパー活動内容
〇お手伝いボランティア
ひとり暮らし高齢者宅、昼間独居高齢者宅などを3~4 人で訪問し、話し相手や肩たたき、お掃除などのお手伝いを行います。
〇交流会 ・福祉施設訪問
初顔合わせとして、交流サロン等で交流会の開催や地域の高齢者施設等を訪問します。
〇お便り活動
年賀状や季節の絵手紙などを高齢者宅へ郵送します。
〇活動報告会の開催
(5) 実績
平成22年度
子どもヘルパー数 :113人、高齢者宅訪問 :10回、交流会等 :6回、施設訪問 :2回、お便り活動 :13回
平成23年度
子どもヘルパー数 :434人、高齢者宅訪問 :30回(284件)、交流会等 :28回、施設訪問 :8回、お便り活動 :23回
子どもヘルパーに、やる気と誇りを持って活動してもらうためにピンバッジを配布しました。
3 参考
〇平成23 年9 月、全国知事会において、先進政策バンクに登録されている2、325 件の先進的な政策の中から、本事業を含む27 件が頭脳センター専門委員会による評価 ・審査の結果、優秀政策(ベストプラクティス)に選定され、全国知事会長から表彰されたところです。本県では、初めての受賞になります。
〇平成22 年度から平成24 年度の3 年間のモデル事業として、1 団体2 年間の継続事業として開始しましたが、財源としていた安心子ども基金の終了に伴い、平成23 年度をもって茨城県の事業は終了しています。
しかし、4 団体が社会福祉協議会の独自財源や地域支援事業を活用し、平成24 年度も事業継続してくれたところであります。

かすみがうら市における「子どもヘルパー」派遣事業

茨城県の当該事業は、「安心子ども基金」(文部科学省補助金)の終了に伴い、2011(平成23)年度をもって終了した。そこで、以上の8カ所のモデル地域のうち、かすみがうら市では、2011(平成23)年度・県事業としての取り組みのあと、2012(平成24)年度・市事業、2013(平成25)年度・市社会福祉協議会事業、そして2014(平成26)年度はまた市事業として、当該事業を継続的に実施している。市の事業として実施されるに際しては、2012(平成24)年3月に「かすみがうら市子どもヘルパー派遣事業実施要項」を制定し、制度的・積極的な取り組みがなされていることが特筆される。
2011(平成23)年度から2013(平成25)年度までのかすみがうら市における当該事業の取り組みの概要と、2012(平成24)年度における「かすみがうら市子どもヘルパー派遣事業実施要項」は次の通りである。

かすみがうら市 ・市社会福祉協議会による取り組み
1 事業実施を希望した理由
最近の少子高齢化や核家族化の進行に伴い、家庭機能の低下や親子関係の希薄化、さらには、地域での子育て機能が低下している中、要保護児童数が増加しており、特に核家族化率の高い市街化区域の家庭教育については対処すべき課題が多くなっております。
こうした状況を踏まえ、学校と連携し地域の高齢者への理解とかかわりを深めることにより、いたわりや思いやりの心を育めればとの思いから、実施に至りました。
2 概要
1年目は、急な実施だったため、準備期間を設け、秋からスタートしました。モデル校の5学年児童から希望者を募り、主に土曜日に実施しましたが、スポーツ少年団等と重なってしまうことも多く、すべての課程に参加できない児童が出てしまい、残念だったとの感想もきかれました。
2年目は、モデル校の協力で、総合的学習の時間を利用させてもらうことができたため、5学年児童全員を対象に実施しました。1期を「第1クール」、2 ・3学期を「第2クール」と分け、それぞれ3つの内容をクラスごとにローテーションで実施しました。
〈平成23年度〉
指定校 :下稲吉東小学校5年生(希望者) 登録22名
第1回 ・10/29(土) 参加人数14名 
〇任命書公布
〇オリエンテーション 
①子どもヘルパー派遣事業について
②かすみがうら市の福祉について
〇学習会
①ヘルパー活動の目的や仕事について
②高齢者とのコミュニケーションについて
〇インスタントシニア体験
第2回 ・11/26日(土) 参加人数13名 
〇シルバーリハビリ体験について(体験)
〇交流会(ニュースポーツ《輪投げ》の実施)
第3回 ・12/5(月) 参加人数19名
〇絵手紙講習会
クリスマスカードの作成
作成したカードは前回交流会をした角来青葉会のみなさんにお配りしました。
第4回 ・2/4(土) 参加人数14名
〇ヘルパー訪問活動(中志筑地区)
高齢者のお宅を訪問し、肩たたき・掃除のお手伝い、千代紙工作をして交流しました。
第5回 ・3/3(土) 参加人数14名
〇活動感想文作成・活動報告の発表
〇修了証交付
〈平成24年度〉
指定校 :下稲吉東小学校5年生(全員:総合的な学習の時間を利用) 登録96名
第1回 ・6/14
〇任命式
※任命書交付
※あいさつ
※オリエンテーション
①子どもヘルパー派遣事業について
②かすみがうら市の福祉について
〇学習会
※講話
①ヘルパー活動の目的や仕事について
②ヘルパーということ、高齢者との接し方
第2回 ・6/22、第3回 ・7/6、第4回 ・7/13(第1クール)
テーマ :高齢者について知り、交流の手段を学ぶ
全体を3組〈クラス〉に分け、次の活動をローテーションで実施。
(1)インスタントシニア体験
年を重ねると体の動きや感覚はどうなるかを体験しました。
(2)絵手紙講習
お便り活動に役立てられる、絵手紙を習いました。
(3)調理実習
おじいちゃんおばあちゃんが子どもの頃は、どんなおやつを食べていたのかを知るため、調理実習をしました。〇すいとん、〇蒸しパン。
第5回 ・11/30、第6回 ・12/14、第7回 ・1/18(第2クール)
テーマ :高齢者との交流を図る
全体を3組(クラス)に分け、次の活動をローテーションで実施。
(4)交流会
角来青葉会老人クラブのみなさんを教室に招いて、交流会をしました。
(5)グランドゴルフ交流会
高齢者に人気のあるグランドゴルフを千代田グランドゴルフクラブの皆さんと一緒に楽しみました。
(6)訪問活動
ひとり暮らしやおじいちゃん、おばあちゃんだけで生活している方のおうちを訪問し、お手伝いやおしゃべりをしました。
〇お便り活動
お宅訪問や交流会で知り合ったおじいちゃん、おばあちゃんに絵手紙を描きました。
第8回 ・3/1
〇活動報告会
各自でこれまでの活動をふりかえり、まとめを行った後、全体会でクラスの代表者が感想を発表した。
〇修了式
※修了証授与
※あいさつ
〈平成25年度〉
指定校 :下稲吉東小学校5年生(全員 :総合的な学習の時間を利用) 登録98名
第1回 ・9/5
〇任命式
※任命書授与
※講話(お話し)
①わたしたちのまち「かすみがうら市」について
②ホームヘルパーの仕事と目的について
第2回 ・10/1、第3回 ・10/10、第4回 ・10/18(第1クール)
テーマ :高齢者 ・障がい者について理解し、交流の手段を学ぶ
全体を3組(クラス)に分け、次の活動をローテーションで実施。
(1)インスタントシニア体験
体験を通し高齢者について体験する。
(2)シルバーリハビリ体験
転倒防止の体験を学び、からだの機能について知る。
(3)手話体験
聴覚障がい者との交流の手段を学ぶ。
第5回 ・10/25、第6回 ・11/22、第7回 ・12/13(第2クール)
テーマ :高齢者との交流 ・救命入門コースを学ぶ
全体を3組(クラス)に分け、次の活動をローテーションで実施。
(4)救命入門コース
消防署員の方の協力でAED等の、いざという時に役立つ方法を学ぶ。
(5)グランド・ゴルフ交流会
高齢者に人気のグランド ・ゴルフを通してね交流を図る。
(6)訪問活動
ひとり暮らし ・おじいちゃんおばあちゃんだけで生活している方のお宅を訪問しねお掃除やお話し相手などを通して交流を図る。
第8回 ・12/20
〇活動報告会
〇修了証授与

「かすみがうら市子どもヘルパー派遣事業実施要項」
平成24年3月27日
訓令第11号
(目的)
第1条 この訓令は、小学校4年生から6年生までの児童をかすみがうら市子どもヘルパー(以下「子どもヘルパー」という。)に任命し、高齢者の家庭を訪問して、話し相手、お手伝いボランティア等をすることにより、児童と高齢者との世代間交流を通して高齢者を地域みんなで支え合うための地域のきずなづくりを推進することを目的とする。
(実施主体)
第2条 事業の実施主体は、本市とする。
2 事業は、市社会福祉協議会(以下「市社協」という。)へ委託することができるものとする。
(地域の指定)
第3条 事業の実施地域は、原則として小学校区区域を単位として指定する。
(実施期間)
第4条 事業の実施期間は、4月1日から翌年3月31日までの1年間とする。
(推進会議の設置)
第5条 事業の円滑な実施及びその成果、普及等の役割を担うため、推進会議を設置する。
2 推進会議は、次に掲げる者を構成員とする。
(1) 市内の学校関係者
(2) 福祉事業関係者
(3) 行政担当者
(4) 介護事業関係者
(5) その他事業の円滑な実施に関して必要な者
3 推進会議は、次に掲げる業務を行うものとする。
(1) 事業への助言及び評価
(2) 事業の取り組み状況等の関係機関等への情報発信
(3) その他事業の円滑な実施に関して必要な業務
(任命)
第6条 子どもヘルパーの対象者は、小学校4年生から6年生までの児童とする。
2 子どもヘルパーの任期は、1年間とする。
3 子どもヘルパーとして任命した児童には、市長が任命書(様式第1号)を交付する。
(事業の内容)
第7条 事業は、次の各号に掲げるとおりとし、その内容はそれぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 訪問活動の実施 概ね2人から4人の子供ヘルパーのチームで、必ず民生委員児童委員、市社協職員等が児童を引率して、地域の一人暮らし高齢者宅、高齢者のみの世帯、昼間独居高齢者宅等を訪問し、肩たたき、お掃除等のお手伝い、話し相手、昔遊び等を行う。
(2) お便り活動の実施 年賀状、クリスマスカード等のお便りを高齢者宅等へ送る。
(3) 任命式及び学習会の開催 子どもヘルパーの任命式を開催するとともに、子どもヘルパーの活動及び地域福祉に係る小学生向けの学習会を開催する。
(4) 交流会の開催 指定地域の高齢者等と子どもヘルパーとの初顔合わせとして、交流会を開催する。
(5) 活動報告会の開催 子どもヘルパーの1年間の活動の総括として、活動報告会を開催する。
2 前項第1号に規定する訪問活動の終了後に、当該活動の引率者は、活動実施報告書(様式第2号)を提出するものとする。
3 前項第1号に規定する訪問活動により訪問を受けた高齢者等は、謝礼金を負担しないものとする。
(委任)
第8条 この訓令に定めるもののほか、必要な事項は、市長が別に定める。
附 則
(施行期日)
1 この訓令は、平成24年4月1日から施行する。
(失効)
2 この訓令は、平成25年3月31日限り、その効力を失う。
様式第1号(第6条関係)

 以上の、茨城県とかすみがうら市における「子どもヘルパー」派遣事業に関して、若干の所見(所感)を述べることにする。
(1)当該事業のねらいは、小学校4年生から6年生までの子どもを「子どもヘルパー」に任命し、高齢者との交流活動を通して、高齢者に対する「いたわりの心」を育成することにある。その際、その底流をなす高齢者についての認識は、高齢者イコールいたわりの対象イコール弱者(社会的弱者)、というものであろうか。
いうまでもなく、高齢者の心身の状態をはじめICFの理念・モデルにいう「活動」や「参加」は多様であり、個々別々である。社会的排除に向き合い、社会的包摂に向けた福祉教育を推進するためには、高齢者は「支援や援助を必要とする弱者」であるという、ステレオタイプ化されたイメージの「老人神話」からの脱却をいかにして図るかが重要となる。福祉教育は、高齢者をはじめすべての地域住民のライフ(Life:生命、生活、生涯)の多様性と同一性、地域性と協働性について理解し認識することからはじまる。
(2)「子どもヘルパー」に「やる気と誇り」をもって活動してもらうために「ピンバッチ」(茨城県)の配付や「任命書」の公布が行われ、修了時には賞賛と激励のために「修了証」(かすみがうら市)が授与されている。子どもたちの活動への参加意欲を高め、次の活動に繋げるための工夫として評価できよう。
さらに当該事業を計画的・継続的に推進するためには、学校内や学校外の他機関との協働支援体制を整備・強化し、先ずは小学校における当該事業の定着化・伝統化を図ることが重要となる。加えて、中学校や高等学校での新たな取り組みを促すことが求められる。
(3)学校福祉教育においては、これまで、訪問・交流活動、収集・募金活動、清掃・美化活動の「3大体験活動」や、高齢や障害の疑似体験、手話や点字の学習、施設訪問(慰問)の「3大プログラム」などを中心にその実践活動が展開されてきた。しかもその際、その活動が観念的・精神的なものにとどまったり、活動そのものが目的化したりしがちであったといってよい。
「子どもヘルパー」の諸活動は、一面においては、これまでの福祉教育実践活動の枠内にとどまるものでもある。福祉教育(市民福祉教育)は福祉の(による)まちづくりの主体形成を図るための教育実践である。とすれば、地域診断 → 地域理解 → まちづくり学習 → まちづくり、というプロセスを経る活動を、「子どもヘルパー」の諸活動のなかに、あるいはその延長線上に組み込むことが肝要となる。
(4)「子どもヘルパー」の諸活動は、あくまでも子ども(小学生)を対象としたものである。それゆえに、教師や保護者、地域の一般住民への働きかけは必ずしも十分なものではない、といわざるを得ない。その結果、かすみがうら市においては2クールの一定期間の取り組みや、学校内の、しかも社会福祉協議会主導の福祉教育活動に矮小化される危険性なしとしない。
こんにち、学校を中心とした福祉教育(学校福祉教育)と地域を基盤とした福祉教育(地域福祉教育)を融合した「市民福祉教育」の推進が求められている。「子どもヘルパー」の諸活動を介して、教師や保護者をはじめ、民生委員、ボランティア、地域福祉関係者、地域組織・団体関係者、それに一般住民などがいかに連携・協働し、“ 地域ぐるみの福祉教育 ”を展開するかが問われることになる。
(5)学校における福祉教育は、福祉教育目標の達成が学校教育目標の実現に通じることから、「全教科全領域」で実施・展開すべきであるといわれてきた。また、周知のとおり、2002 (平成14)年度より、小・中学校で、「地域や学校、児童の実態等に応じて、横断的・総合的な学習や児童の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行うもの」(小学校学習指導要領)として、「総合的な学習の時間」がスタートした。それ以降、「総合的な学習の時間」を“ 活用 ”して、福祉教育実践が展開されることになる。かすみがうら市における「子どもヘルパー」の諸活動はまさにそれである。
「総合的な学習の時間」は、子どもたちが「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」などをそのねらいとする。「全教科全領域」における福祉教育、「総合的な学習の時間」における福祉教育、その本来の趣旨やねらいに即した取り組みについて再考する必要がある。
(6)評価活動のともなわない教育活動はない。教育評価は、教育活動の過程や成果を種々の観察や資料に基づいて客観的に捉え、教育目標を達成するための改善に役立たせるための活動である。さらには、新たな教育活動を生み出すための活動でもある。福祉教育実践においては、「評価」(evaluation、assessment)や「ふりかえり」(reflection)が重要であるといわれてきたものの、実際には、かすみがうら市のように「感想文」の作成や「活動報告会」の開催にとどまりがちである。
福祉教育実践においては、自己・他者・社会の生活問題との ①出会い(把握、関与) → ②向き合い(対面、相関) → ③話し合い(討議、明確化) → ④分かち合い(共感、共有化)→ ⑤支え合い(連携、共働) → ⑥ふりかえり(評価、修正)、あるいは実践活動を通して ①学び → ②気づき → ③ふりかえり → ④変わり → ⑤(新しく)動く、というプロセスと各段階における評価活動が大切になる。その際、学校福祉教育の評価は、「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」という観点別の評価を、それに適合するさまざまな評価技法を用いて適正に行うことが求められる。

付記
本稿の執筆に際しては、かすみがうら市社会福祉協議会のT女史のご高配を賜りました。記して厚くお礼を申し上げます。

地域アイデンティティとまちづくり―自治基本条例と市民福祉教育(第3報)―

1 市民主権・市民自治の実現と「学ぶ権利」
関市では、2014年3月1日から31日の期間、「関市自治基本条例(素案)」についてのパブリック・コメント(Public Comment、以下「PC」と略す。)の募集が行われた。筆者(阪野)は、既述のように関市自治基本条例策定審議会委員の末席を汚したが、いい足りないこともあり、3月3日付で次のような管見を提出した。

関市自治基本条例(素案)の策定審議に関わられた策定審議会委員と市役所市民協働課等の皆様方に、先ずもって衷心より敬意と感謝の意を表させていただきます。
自治基本条例は「まちづくり条例」「市民参加・協働条例」等の基本的性格を有するものであるという認識のもとに、次の2点について管見を述べさせていただきます。ご検討願いたく存じます。

(1)独立条文として「学ぶ権利」保障の規定を設けるべきである。
市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まで全ての市民を対象にした、関市の「まち」に関する理解・診断と「まちづくり」に関する「意識」「知識」「スキル」の醸成・育成が必要かつ重要となります。
素案には、「4 市民の権利及び役割 (1)市民の権利 ②」に「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること。」という規定がありますが、この権利保障を担保する規定は必ずしも明文化されているわけではないと考えます。
ご案内のように、大垣市では2015年度から地元の歴史や文化、産業等を学ぶ「ふるさと大垣科」(仮称)が新設され、全小中学校で授業が開始されます。その内容等については不明であり、戦前の「郷土教育」が浅薄な愛国心の育成(「愛国心教育」)に繋がった“負の遺産”を持っていることには十二分に留意する必要があります。
その点を踏まえたうえで、次のような条文の加筆が求められると考えます。

4 市民の権利及び役割
(1)市民の権利
(2)学ぶ権利
1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。
2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。

このように考えると、整合性を保持するためには、「4 市民の権利及び役割 (1)市民の権利 ②」の規定は、「まちづくりに関して意見及び要望を提案できること。」という規定になろうかと考えます。
なお、「学ぶ権利」の規定を独立条文として設けている市町村条例は少なくありませんが、「市民主権・市民自治」を掲げる関市においては必要不可欠な条文であることを重ねて申し述べます。

(2)「(5)市民活動及び市民活動センター」は「(5)市民活動センター」とすべきである。
「市民活動」は、自治基本条例の全条文に通底するものであり、この見出しには違和感を持たざるをえません。「市民活動及び」は削除すべきであると考えます。
「(4)地域委員会」「(5)市民活動センター」「(6)まちづくり市民会議」の設置・運営に関する規定は、極めて高く評価することができます。そして、この三つの機関・組織について三位一体の運営が推進されれば、「市民主権・市民自治」の実現が図られるものと考えます。
逆に言えば、そうでなければ「市民主権・市民自治」は画塀に帰すといえます。その点からも、自主的・自律的な「学ぶ権利」の独立条文規定は極めて重要なものとなります。

2014年4月21日、関市のホームページに「関市自治基本条例(素案)に対する意見の概要と市の考え方」(以下「PCの結果」と略す。)がアップされた。そこでは、筆者の愚見が次のように整理され、市の考え方が提示されている。

〈意見内容〉
独立条文として「学ぶ権利」を保障の規定を設けるべきである。市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まで全ての市民がまちづくりについて学ぶ必要があります。素案には、「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること」が規定されていますが、「学ぶ権利」を保障することが明文化されている訳ではないと考えます。「(1)市民の権利」の次に、「(2)学ぶ権利」として、「1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。」を追加することを提案します。
〈市の考え方〉
市民の権利に、まちづくりに関して学習することを規定しており、別に「学ぶ権利」を追加して規定することは考えておりません。まちづくりに関して学習することは大切であると考えますので、ご意見は今後のまちづくりの参考にさせていただきます。
〈案の修正〉
なし

〈意見内容〉
「(5)市民活動及び市民活動センター」を「(5)市民活動センター」とすべきである。「市民活動」は、自治基本条例の全条文に通底するものであり、この見出しに違和感を持たざるをみません。見出しから「市民活動及び」を削除するべきである。
〈市の考え方〉
この項目は、市民活動センターだけでなく、市民活動についても定めているため、項目名を「市民活動及び市民活動センター」にしていますが、ご意見は今後の参考にさせていただきます。
〈案の修正〉
なし

周知のとおり、PCは、住民の行政参加の促進と住民自治の拡充、行政運営の公正さの確保と透明性の向上などを図るための手続きである。「PCの結果」をみると、「意見等提出者数」8人、「意見等の総数」18件を数えるが、自治基本条例の基本的性格や制定の背景、意義などを考えたとき、意見提出が低調である。提出意見の「原文を一部要約し、また分割して掲載」されており、全文が公表されていない。そして、何よりも提出意見に対する回答がすべて「案の修正『なし』」である、ことなどが気にかかる。そこから、PC制度そのものが十分に周知・活用されず、形式的で正確・公正さに欠け、結果的には行政が住民を「説得」するための単なる手続きで終わっている、といえそうである。それ以前に、「PCの結果」に、自治基本条例の制定そのものに疑義をはさむ提出意見が散見されることから、自治基本条例に関する住民への情報提起や意識啓発が必ずしも十分なものではなかったのではないか、と思われる。唐突であるが、ここで、「無関心は地域社会を荒廃させるもっとも危険な心情のひとつである」(岩崎正弥・高野孝子『場の教育―「土地に根ざす学び」の水脈』農山漁村文化協会、2010年、18~19ページ)という一文を引いておくこしにする。住民と行政ともども留意すべき点である。

2 地域アイデンティティの再構築と地域の再生・復興
上記の岩崎正弥(愛知大学)は、その著作『場の教育』において、明治以降の近現代日本の学校教育の基調は成績重視の、「地元を捨てさせる教育」であった。一方、「明治後期の学校教育批判に端を発する新教育運動から、大正自由教育運動、農村教育運動、郷土教育運動、デンマーク型教育運動など」に共通する土台は「土地に根ざした教育」(Place‐Based Education)であった、と説いている(70ページ)。そして、こうした歴史と現在の「地元を知り、地元を愛し、地元を育てる学び」の実践を架橋し、地域と教育が手を携えて地域を再生する「地域再生学としての<場の教育>」(29ページ)の理念や可能性について論述している。その際、岩崎が「場所」ではなくあえて「場」という言葉を用いるのは、それを「<開かれ、生み出し、包み込む>という特質をもつ空間」として捉えることによるものである。
岩崎の「場の教育」の所説についてはひとまず置くとして、ここでは、前述のPCにいう「まちづくりに関して学ぶ権利」と「郷土教育」をめぐって一言述べておくことにする。
周知のように、郷土教育運動は、1930年代・昭和初期に隆盛するが、戦時体制化が進み、国民精神総動員運動がはじまる1937年を境に、当初の、郷土を正しく認識・理解し郷土の再生をめざす実践的な教育運動から、郷土愛を愛国心、「尽忠報国ノ精神」にまで涵養・高揚させることを目的とする観念的な精神運動に変質する。そして、それは、日本のファシズム体制の確立を促すことになる。
こうした歴史的認識を踏まえたうえで、岩崎の以下の言説に留意しておくことにする。地域(地元=郷土)を知り、地域を愛し、地域を育てる「教育」について考える際のひとつの視点を見出すことができよう。

郷土愛が国家愛に直結しないことは、郷土教育運動のなかでも指摘されていた。郷土を掘り下げることで、国体論が示す時空間とは別の時空間に立つことも十分ありえた。(93ページ)

郷土愛(Patriotism)というと評判が悪いけれど、本質的には郷土愛と国家愛(Nationalism)とは異なるものである。同じ土地に暮らす人びとを大切にし、その土地の歴史と文化を尊重し、その土地の自然環境を守り育てることが郷土愛であるはずだ。郷土愛は身近な具体的事象(人を含む)を対象とし、国家愛は抽象的な理念が必ず介在する。だから郷土愛は、自地域への誇りにかかわる地域アイデンティティ(Local Identity、以下「LI」とする)といいかえてもよいだろう。‥‥‥
郷土を知ることは、LIへの転化を促すのであろうか。郷土研究を通して詳細に自地域を知るとき、私たちの郷土に対する思いは変わるだろうか。私の考えでは、自分とは無関係な知識をいくら蓄積してもLIには転化しない。しかし地域事象が私たちの生活にどう影響しているのか、その中身を具体的に知ることができれば、その事象の身近さ度に応じてLIが育まれるだろう。いいかえれば、各地域事象の意味づけを行ない、私たちがその意味を理解するとき、腑に落ちるという体験とともに、事象が映し出す光景は一変するだろう。ここに至らないと知識偏重という謗りを越えることができない。(98~99ページ)
 
土地に根ざした教育とは、地域に学び、学びの主体が変えられ、今度は地域づくりの広い意味での担い手として、地域に働きかけ地域を変える。そして変わった地域から再び学び、自分の認識の更新を通して、その思いが再び地域にはねかえる。こうしたフィードバック・システムが繰り返されるところに、土地に根ざした教育の特色がある。この土地に根ざした教育のプロセスが<場の教育>である。(134~135ページ)

周知のように、2006年12月に公布・施行された新教育基本法には、「我が国の伝統と文化」「愛国心・郷土愛」「公共の精神」が強調されている。この規定は、国家による一面的な道徳観や価値観が押し付けられることによって、偏狭で閉鎖的な人間が育成される心配がある。とともに、復古的な国家主義や全体主義を基盤にした国家への奉仕が強要される恐れなしとしない。この点に十分に留意しながら、市民主権・市民自治の実現とそれによる地域の「変革」や「再生」を図るための主体(市民)を形成する教育のあり方が、 “いま” 問われている。筆者が本稿でいいたいのはこの点である。
中央・地方の財政難を背景に行政能力の強化を目的とした「平成の大合併」によって、地域アイデンティティの喪失が進んだ。東日本大震災と原子力発電所事故によって、地域生活が根こそぎ壊滅され奪われた。こうした事態に多くの人々が直面している “いま” こそ、地域の「再生」や「復興」のための、地域(地元=郷土)に根ざした新たな教育の創造と展開が求められるのである。

付記
「地域アイデンティティ」という言葉は、都市社会学や都市計画の分野などで1990年代後半以降に登場するようになったといわれている。例えば、都市社会学の観点から、松本康(1986年)は、「地域帰属意識」という用語を用いて、「ある人間が一定の地域に居住しているという客観的状態すなわち住民性に加えて、その地域社会に帰属する成員であるという主観的状態を示すもの」として捉えている。都市計画の分野では、金俊豪・藤本信義・三橋伸夫(1996年)らが、「地域アイデンティティ」(Local Identity)という用語を用いて、「心理学用語であるアイデンティティという概念を人間集団としての地域やコミュニティにまで拡大し、『個性』、『らしさ』あるいは『あるべき姿』などを指示するもの」として定義している。また、遠藤亮・中井検裕・中西正彦(2004年)らが、「地域帰属意識」(Community Consciousness)という用語を用いて、「地域帰属意識とは、ある地域に居住していると自覚するとともに、地域の目標や規範・価値観を受け入れ、その地域のために活動したいという意欲のこと」と定義している(城月雅大・園田美保・大槻知史・呉宣児「『まちづくり心理学』の創出に向けた基礎理論の構築―計画論と環境心理学の橋渡しによる地域再生のために―」『名古屋外国語大学現代国際学部紀要』第9号、2013年、31~47ページ)。

愚を繰り返す “学校”―偏見と差別―

先日、インターネット上の次のようなニュース記事が目に飛び込んできました。

ダウン症児外し入学式写真 長野の小学校、校長がおわび
長野県内の公立小学校で今月初めの入学式での新入生の集合写真をめぐり、同校にも通うことになった特別支援学校のダウン症の男児が外れた写真と、加わった写真の2種類が撮影された。校長が男児の母親に対して提案した。校長は、「配慮が不足していた」として男児の両親におわびした。

筆者(阪野)は過去に、ある特別支援学校の「学校評議員」を5年ほど務めたことがあります。上の記事をみて、学校評議員に就任した初年度の、最初の「学校評議員会」に出席した際に配付された資料のことが思い出されました。その資料は、保護者や学校関係者に配付する『学校だより』でしたが、そこには 1 か月ほど前の卒業式の集合写真が掲載されていました。その写真をみるとなんと、一人の卒業生の顔の部分がマジックで黒く塗りつぶされていました。それは親の意向に基づく、先生方の万やむを得ない “処置” であったとのことですが、怒りと悲しみ、そして虚しさがこみあげてきました。席上、その感情を抑えることができませんでしたが、上の記事をみていま、「またか……!」という思いがしてなりません。
学校評議員制度は、学校(教員)と家庭(保護者)と地域(住民)が連携・協力しながら教育活動の活性化を図り、地域に開かれた学校づくりを推進することを目的に、2000年4月に導入されたものです。学校評議員には、学校運営に関して多様な意見を幅広く開陳することが求められます。しかし、筆者が務めた5年間では、学校評議員会は各年度わずか2回の開催で、しかも短時間の授業参観と教育活動についての簡単な状況報告を受け、「学校評価アンケート」に答えるというものでした。学校評議員制度そのものと学校当局の取り組みに疑問を感じたのは、筆者だけではなかったのではないか。そんなこともいま、思い出しています。
周知のとおり、福祉教育には、①学校を中心とした福祉教育(学校福祉教育)、②地域を基盤とした福祉教育(地域福祉教育)、③社会福祉専門教育(社会福祉教育)、という3つの領域があるといわれてきました。①の領域の、児童・生徒に対する福祉教育を実施するに当たっては、先生方の障害観や障がい者観、それに福祉観などが厳しく問われることになります。しかし、これまで、学校の先生方に対する型通りの「福祉教育研修」は行われてきましたが、先生方を教育対象にした「福祉教育」については十分に言及され、系統的に実施されてきたとはいえません。また、教員免許取得希望学生たちが、一部の「介護等体験」を除いて、「福祉」にふれる機会はほとんどありません。こうしたことが上の記事や、筆者が経験したような事態を生ぜしめるひとつの要因になっている、といえるのではないでしょうか。
最近、岡本榮一先生(大阪ボランティア協会)が、雑誌『ふくしと教育』(第16号、大学図書出版、2014年2月)で、「福祉教育の展開領域」として次の4つの領域を提示しています。①成長期の学童向けの福祉教育、②一般成人向けの福祉教育、③専門職養成の福祉教育、④大学生向けの福祉教育=福祉国家論、がそれです。筆者も以前から、その内容(「福祉国家論」)については岡本先生の見解とは若干異なりますが、④の領域の必要性を痛感しています。
独立した「福祉教育」の授業科目を開設する福祉系大学が極めて少ないこともまた、大いに気になるところです。

福祉教育は “人間の尊厳” を追求する「人権教育」を基本として成り立つ意図的な教育活動である、と理解されてきました。そこには、福祉教育は “仲間をつくり、仲間を大切にし、仲間外れをつくらない” ための教育実践である、という意味も含まれています。最後に、この点を改めて確認しておきたいと思います。

問題解決学習と “はいまわる経験主義” ―資料紹介―

筆者(阪野)は先に、求めに応じて、東井義雄の「村を育てる学力」についての言説を不十分ながら紹介しました。2014年3月22日にアップした「今、改めて問われる『村を捨てる学力』と『村を育てる学力』―資料紹介―」がそれです。この拙稿に対して、あるブログ読者から、当時の時代背景と状況を考えるなかで今日的な状況と動向、そして課題を読み解く必要がある、という指摘をいただきました。同感するところです。
また、別の読者からは、無着成恭の『山びこ学校』(青銅社、1951年)などが懐かしく思い出されるとのことですが、当時の生活綴方教育と連携して展開された、初期社会科の「問題解決学習」に関する文部省の基本的な考え方等について、「資料紹介」をしてもらいたい旨の連絡を受けました。それに若干なりとも応えようと、本稿を草することにしました。
なお、「初期社会科」とは、『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年5月)をはじめ、『学習指導要領社会科編Ⅱ(試案)』(1947年6月)、『小学校学習指導要領社会科編(試案)』(1951年7月)、『中学校・高等学校学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1951年12月)、『中学校・高等学校学習指導要領社会科編Ⅱ(試案)』(1952年10月)に示された「社会科」を中心とした、昭和20年代の社会科成立期のそれを意味します。

周知のとおり、戦後の新しい教科としての「社会科」は、青少年を「民主主義社会の建設にふさわしい社会人」に育てるための、学校教育における中核的な教科として設置されました。具体的には、1947年3月に発行された『学習指導要領一般編(試案)』によって教科の名称と授業時数が示され、同年5月の学校教育法施行規則の公布によって教科として成立します。その基本的な性格を示したものが、同年5月に発行された『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年度版)です。授業が実際に開始されたのは1947年9月からですが、社会科の新設は、戦後教育改革のなかでも画期的な意義を有するものでした。
『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年5月)は先ず、第1章「序論」の第1節「社会科とは」で、社会科の任務や基本的性格について次のように示しています。

「今度新しく設けられた社会科の任務は、青少年に社会生活を理解させ、その進展に力を致す態度や能力を養成することである。そして、そのために青少年の社会的経験を、今までよりも、もっと豊かにもっと深いものに発展させて行こうとすることがたいせつなのである。
社会生活を理解するには、その社会生活の中にあるいろいろな種類の、相互依存の関係を理解することが、最もたいせつである。そして、この相互依存の関係は、‥‥‥一、人と他の人との関係、二、人間と自然環境との関係、三、個人と社会制度や施設との関係、の三つ分けることができよう。‥‥‥
社会科においては、青少年が社会生活を営んで行くのに必要な、各種の能力や態度を養成する必要がある。‥‥‥それは‥‥‥現在の青少年の社会生活を進展させるためのものであって、教師にとっても生徒にとっても、具体的なよくわかるものであり、青少年の社会的経験を発展させることによって、おのずから獲得され養成されるものなのである。‥‥‥
社会科はいわゆる学問の系統によらず、青少年の現実生活の問題を中心として、青少年の社会的経験を広め、また深めようとするものである。‥‥‥
今後の教育、特に社会科は、民主主義社会の建設にふさわしい社会人を育て上げようとするのであるから、教師はわが国の伝統や国民生活の特質をよくわきまえていると同時に、民主主義社会とはいかなるものであるかということ、すなわち民主主義社会の基底に存する原理について十分な理解を持たなければならない。」(上田薫編集代表『社会科教育史資料1』東京法令出版、1974年、218~219ページ)。

続いて、第2節「社会科の目標」と第3節「社会科に関する青少年の発達」について説明し、それを踏まえて第4節では、「社会科の学習指導法」について次のように述べています。

「社会科は青少年が社会生活を理解し、その進展に協力するようになることを目指すものであり、そのために青少年の社会的経験を豊かにし、深くしようとするのであるから、その学習は青少年の生活における具体的な問題を中心とし、その解決に向かっての諸種の自発的活動を通じて行わなければならない。
青少年は社会生活に関する真実な知識理解を与えられなければならないが、これは自分たちでなんらかの行動をなし、社会との交渉を経験することによってのみ得られるのである。なすことによって学ぶという原則は、社会科においては特に、たいせつである。
一方社会科の目指している社会的態度とか、社会多的能力とかいうもの、すなわち生活のしかたとしての民主主義は、日々の生活の実践によってのみ理解され、体得されるものであるから、青少年の生活の問題を適確にとらえて、その解決のための活動を指導して行くことが、社会科の学習指導法の眼目でなければならない。」(上田薫編集代表『同上書』221ページ)。

以上を要すると、①社会科の任務・基本的性格は、「青少年に社会生活を理解させ、その進展に力を致す態度や能力を養成すること」にある。すなわち、社会科は、「社会生活の理解という知的側面とその進展に努める態度や能力という実践的側面を統一的に育成しようとするところにそのねらいがある」(小原友行『初期社会科授業論の展開』風間書房、1998年、35ページ)。②青少年の「社会生活に関する真実な知識理解」は、自分たちの「行動」や「経験」によってのみ得られる。そこから、社会科の学習(学習指導)は、「青少年の生活における具体的な問題を中心とし、その解決に向かっての諸種の自発的活動を通じて行わなければならない」。③「なすことによって学ぶ」(learnig by doing)という、青少年の社会的「経験」に基づいた「問題解決学習」が社会科の学習指導法においては最も重要な点(「眼目」)である、ということです。
なお、青少年の「自発的活動」に関しては、1947年3月の『学習指導要領一般編(試案)』のなかで次のように述べています。ここでは、青少年の自発的な学習が重視され、教師は青少年の背後に退くことになります。その結果、教師の指導性を後退させ、ひいては放任主義的な指導を生み出す、といった批判を受けることにもなります。

「児童がほんとうに学ぶには、自分でやり方の計画をたて、それをみずから試みて、それで理解するようにならなければならない。つまり、児童や青年が自分で考え、自分で試みて、一つの知識に達し、考え方に達し、技術に達しなくてはならない。このことは、学習の進められる中心の動きとして見のがしてはならないたいせつな点である。これまでの指導は、ともすると、この点を無視して、教師だけが活動して、児童や青年が自分で考え、試みるかどうかをかえりみないで、うわすべりでもなんでも、無理にもひっぱって行こうとし、そのために、かれらがほんとうには学ばないことが少なくなかった。われわれは、これからの学習指導において、この児童や青年が、みずからの活動によって学んで行くように注意することが特にたいせつである。」(文部省『学習指導要領一般編』日本書籍、1947年、25ページ)。

また、前述のうち、社会生活の理解とその進展のための態度・能力を統一的に育成するための社会科の目標に関して、1948年9月に発行された『小学校社会科学習指導要領補説』は次のように述べています。

「社会科の主要目標を一言でいえば、できるだけりっぱな公民的資質を発展させることであります。これをもう少し具体的にいうと、児童たちが、(一)自分たちの住んでいる世界に正しく適応できるように、(二)その世界の中で望ましい人間関係を実現していけるように、(三)自分たちの属する共同社会を進歩向上させ、文化の発展に寄与することができるように、児童たちにその住んでいる世界を理解させることであります。そして、そのような理解に達することは、結局社会的に目が開かれるということであるともいえましょう。‥‥‥
しかし、りっぱな公民的資質ということは、その目が社会的に開かれているということ以上のものを含んでいます。すなわちそのほかに、人々の幸福に対して積極的な熱意をもち、本質的な関心をもっていることが肝要です。それは政治的・社会的・経済的その他あらゆる不正に対して積極的に反ぱつする心です。人間性及び民主主義を信頼する心です。人類にはいろいろな問題を賢明な協力によって解決していく能力があるのだということを確信する心です。このような信念のみが公民的資質に推進力を与えるものです。
社会的に目が開かれていることは、民主社会を建設し維持するのに欠くことのできない条件です。しかし社会的に目のあいていること、社会的な関心をもっていることは、さらに、よい共同生活をするのに不可欠なさまざまの技能や習慣や態度と結合していなければなりません。すなわちその時々の事態に応じて適切に処理すること、建設的に協力すること、他人の権利を尊重すること、疑わしい意見や正しくない意見とたたかうことなど、総じて民主的社会の有為な公民として必要な数多くの特性を身につけていなくてはなりません。」(上田薫編集代表『同上書』461ページ)。

このように、社会科の主要目標は、「公民的資質」を発展させることにある。そのためには、「児童たちにその住んでいる世界を理解させること」、すなわち「児童たちが社会的に目を開くこと」「社会的な関心」をもつことが求められる。併せて、「人々の幸福に対して積極的な熱意をもち、本質的な関心」をもつこと、「よい共同生活をするのに不可欠なさまざまな技能や習慣や態度」を身につけることが肝要となる、ということです。いい換えれば、それらを統一的に育成しようとするところに、「民主的社会の有為な公民」の育成(市民的資質の育成)をめざす社会科の基本的なねらい(「社会科の目標」)がある、ということです。

周知のとおり、「問題解決学習」(learning of problem solving)は、アメリカの教育学者であるジョン・デューイ(John Dewey、 1859年~1952年)の児童中心主義や経験主義の教育思想に支えられた学習法です。この学習法については、社会科の設立当初から様々な批判がなされました。その点について、例えば、前述の小原は次のように整理しています。「①社会機能主義と相互依存主義に基づく日本の社会科は、すでに民主主義社会ができあがっていると仮定して、社会適応的な人間の育成を目指していること。②日本の現実や社会の歴史的課題を問題として取り上げていないこと。③子どもたちの興味・関心を中心にした、はいまわる経験主義に陥っており、科学的な社会認識や系統的な知識の育成が欠落していること」、がそれです「(小原『同上書』43ページ)。
教育現場や保護者からのこうした批判を受けて、文部省は、1955年12月『小学校学習指導要領社会科編(昭和30年度改訂版)』の発行、1958年10月『小学校・中学校学習指導要領』の全面改訂(高等学校は1960年10月)を経て、問題解決学習から系統学習へと政策転換を行います。とりわけ1958年改訂によって、経験主義に偏りすぎであったそれまでの戦後の新教育の潮流を改め、各教科のもつ系統性を重視し、基礎学力の充実が図られます。しかも、その改訂は、1947年からの「試案」ではなく、法的拘束力をもつ文部省「告示」として公示されました。
さて、その後、この「問題解決学習」に関するターム(用語)は、文部省の『学習指導要領』等からほとんど姿を消すことになります。ところが、およそ40年後の1996年7月、中央教育審議会から出された「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の第1次答申のなかで、一人ひとりの個性を生かすための小・中学校における教育の改善策として、「問題解決的な学習や体験的な学習の一層の充実を図る」ことが示されます。それによって、「問題解決的な学習」という文言ですが、問題解決学習が息を吹き返すことになります。その背景は、初期社会科の時代とは大きく異なっています。すなわち、当時の学校現場では、とりわけ1980年代後半に受験戦争の過熱化や知識偏重・偏差値偏重教育の推進などに起因する「いじめ」(1980年代後半から)、「不登校」(1990年代から)、「学級崩壊」(1990年代後半から)等々の問題を抱え、学教教育は危機的状況を呈していました。
上述の中央教育審議会の第2次答申(1997年6月)などを受けて、1998年12月に、2002年度から完全実施された小・中学校の学習指導要領が改訂・告示されます(高等学校の学習指導要領は1999年3月に告示され、2003年度から学年進行で実施)。内容的には、①教育内容を7割程度に「厳選」し、「ゆとり」のある教育活動を展開するなかで基礎・基本の確実な定着を図る。②子どもに自ら学び、自ら考える「生きる力」を育成するために、「総合的な学習の時間」を創設し、各学校が創意工夫を生かした教育活動を展開する、というものでした。2002年度からの、いわゆる「ゆとり教育」の始まりであり、「ゆとり世代」の誕生です。
1998年の学習指導要領改訂の中核は「総合的な学習の時間」の新設です。そのねらいは、「(1)自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。(2)学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること」に置かれました。さらに、そのねらいを踏まえ、「国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、児童の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題」などについて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする、とされました。また、「自然体験やボランティア活動などの社会体験、観察・実験、見学や調査、発表や討論、ものづくりや生産活動など体験的な学習、問題解決的な学習を積極的に取り入れること」が求められ、「ボランティア活動」の文言が初めて学習指導要領に登場することになります。
その後、子どもたちの学力や学習意欲の低下などが叫ばれるなかで、文部科学省は、それがひとつの原因であるとされた「ゆとり」教育からの政策転換を図ります。小・中学校が2008年3月、高等学校が2009年3月にそれぞれ、「脱ゆとり」教育の学習指導要領に改訂され、小学校が2011年4月、中学校が2012年4月から完全実施、高等学校が2013年4月から学年進行で実施されています。この改訂によって、「生きる力」を育むための体験的な学習や問題解決的な学習が期待されながら、実際には「総合的な学習の時間」の授業時数が縮減され、その一方で教科学習の授業時数の増加が図られています。それは、子どもの生活経験を重視する「経験主義」の対極に位置し、系統的な知識や理解を重視する「系統主義」(教科主義)の立場に立った改訂であるといえます。
以上から解るように、学習指導要領の改訂の歴史を振り返ると、経験主義教育と系統主義教育という2つの潮流があり、これまで振り子のようにその間を揺れ動いてきたといえます。しかし、問題解決学習と系統学習は、個々の人間の成長・発達にとって、また社会の改革・発展にとって不可欠なものです。とすれば、両者の学習方法を対立的あるいは二者択一的に捉えるのではなく、その融合や止揚を図ることが具体的な教育実践において求められます。

筆者はかねてより、福祉教育(市民福祉教育)は、市民性(市民としての資質と能力)の育成と、まちづくりの主体形成を図るための教育活動である。福祉教育は、「総合的な学習の時間」に焦点化するのではなく、「全教科全領域」において展開すべきである。福祉教育の体験活動が「はいまわる経験主義」に陥らないためにも、社会福祉やまちづくりについての体系的・系統的な学習や、福祉教育が学習素材とする社会福祉問題についての歴史的・社会的な理解が必要かつ重要になる、などといってきました。以上に叙述した諸点との関わりで、再確認しておくことにします。

補遺
初期社会科における「問題解決学習」に大きな影響を与えたジョン・デューイの教育思想や理論のうちから、その中心的な概念である「経験」(experience)について若干ふれておきます。
先ず、『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年5月)の説明文にある「なすことによって学ぶ」は、デューイの有名な言葉です。それは、何かをただ体験するだけではなく、その行為を「反省的に思考すること」(反省的思考:reflective thinking)があって初めて「なすことによって学ぶ」ことになる、ということです。
次に、デューイは、「教育とは、経験の意味を増加させ、その後の経験の進路を方向づける能力を高めるように経験を改造ないし再組織することである」(松野安男訳『民主主義と教育』(上)岩波書店、1975年、127ページ)と定義しますが、「経験」を2つの側面から捉えています。そのひとつが「連続性の原理」、いまひとつが「相互作用の原理」です。それぞれについてデューイは次のように述べています。

「経験の連続性の原理というものは、以前の過ぎ去った経験からなんらかのものを受け取り、その後にやってくる経験の質をなんらかの仕方で修正するという両方の経験すべてを意味するものである。」(市村尚久訳『経験と教育』講談社、2004年、47ページ)。

「個人が世界のなかで生きるという言明は、具体的には、個人が状況の連続のなかに生きていることを意味する。‥‥‥(それは、:筆者)相互作用が個人と対象物あるいは他の人との間で進行していることを意味する。‥‥‥経験は、常に、個人とそのときの個人の環境を構成するものとの間に生じる取引的な業務であるがゆえに存在するのである。‥‥‥環境とは、どのような状況のもとであっても、個人がもたされる経験を創造するうえでの個人的な要求、願望、目的、そして能力との相互作用がなされるための条件なのである。」(市村尚久訳『同上書』63~64ページ)。

すなわち、前者は、経験は過去・現在・未来と繋がるものであり、後者は、経験は環境との相互作用によって成立するものである、ということを意味しています。そして、デューイは、「連続性と相互作用という二つの原理は、相互に分離しているものではない。それらは離れていても、結びつくものである。それらはいわば、経験の縦の側面と横の側面である」(市村尚久訳『同上書』64~65ページ)と述べています。そこから、デューイにあっては、学校における教師の任務は、「連続性」と「相互作用」の二つの原理をもつ「経験から学ぶ」(learning from experience)課程を編成し、子どもの自発的な学習活動を促すことにある。そして、子どもが経験から学ぶ際に必要とされるのが「反省的思考」である、ということになります。

福祉教育実践とりわけ学校における福祉教育実践においては、これまで、体験のやりっぱなしで、体験活動さえすればいいとする体験活動至上主義に陥ることがありました。しかも、その活動は観念的・精神的なものにとどまりがちでした。上述の「経験」についての言説を福祉教育に即していえば、福祉教育実践では「リフレクション」(ふりかえり)の態度を育成することが大事である。また、福祉教育の実践活動(「経験」)は、タテ(時間軸、歴史的事象)とヨコ(空間軸、社会的事象)の複合的で重層的な関係性のなかで捉え、展開することが重要である、ということになるでしょうか。
なお、「ふりかえり」に関して、次のことを付記しておきます。福祉教育の「体験活動」は、事前・事中・事後の指導と評価を通して「学び」「気づき」「ふりかえり」、そして「変わり」、新しく「動く」ことが求められ、その循環過程を経て「体験学習」へと深化・変容する、というのがそれです。