阪野 貢/AIの外側に目を凝らす―生成AI時代の「まちづくりと市民福祉教育」への一視点―

〇生成AIの利活用は、教育・研究のさまざまな場面やプロセスにおいて急速に拡大しており、もはや課題は「使うか否か」だけでなく、「どのように組み込むか」へと移行していると言われる。具体的には、学校教育の制度設計というマクロな水準から、文献探索や論文執筆といった研究の中核をなすミクロな水準に至るまで、生成AIはさまざまな形で組み込まれつつある。この現状は、AIの利活用が一部の先進的な利用者にとどまる特殊な事象ではなく、教育・研究という営みのあり方そのものを問い直す、大きな転換点に差しかかっていることを示している。
〇今から10年ほど前、プロ棋士とAIの対決が話題となったことを思い出す。現在では、AIは棋士と対決する存在にとどまらず、棋力の向上を支える「研究パートナー」としても活用されているという。こうした変化には、まさに隔世の感がある。
〇また、仙台大学のAI教育研究チームが2025年3月に実施した全国調査によると、2025年の生成AI利用率は、学生全体で54.5%、大学生・大学院生では66.6%、教員では32.3%であった。学生は主に課題やレポートの作成、情報収集、翻訳に、教員は教材や授業資料の作成などに生成AIを利用している。こうした利用状況を踏まえ、生成AIを「学びを深める道具」として位置づけ、学習者がその出力を検証しながら活用できる環境を整備することの重要性が指摘されている。
〇筆者(阪野)自身、年齢的にも、またこれまでの教育・研究の経験からしても、生成AIにはなかなか馴染みにくいものがある。そんななかで、地元新聞の2026年9月26日朝刊の「文化」欄に掲載されていた、現象学者・村上靖彦の「AIの外側に目を凝らす」という記事が目に留まった。その内容の趣旨は、次のようなものである。

・AIは、膨大なデータをもとに、統計的に多く見られるパターンを提示する。しかし、一人ひとりの人間が生きてきた歴史や文脈には、統計的な傾向だけでは捉えきれない個別性や独自性がある。AIが示すこの限界は、逆説的に、人間の個別性を浮き彫りにする。

・出所者(刑務所を出た人)や生活困窮者など、社会から排除され、インターネットやスマートフォンの利用自体が困難な人々がいる。こうした人々の経験や思考は、そもそもデータ化され、蓄積される情報のなかに十分に反映されていない場合がある。すなわち、AIが利用するデータは、その収集や蓄積の過程において、社会的に優位な立場にある人々(「強者」)の経験や価値観を相対的に反映しやすく、社会的に排除されやすい人々の経験が十分に反映されないという問題を抱えている。

・AIは、統計的な推論によって、確度の高い選択肢や回答を提示する。その背後には、データに基づく統計的な処理やアルゴリズム(作業手順)がある。AIは強力なツールである一方、統計的な推論だけでは捉えきれない人間の個別の真実や矛盾が、その外側に残されることになる。

〇そして、村上はいう。「AIに聞けばすべてがわかるかのように思える時代だからこそ、AIの外側があるのではないかと目を凝らす」必要がある。「学ぶとはAIを活用する力であるだけでなく、そうした外側への視力を磨く訓練でもあろう。人間にはAIから排除された経験を探る力と、AIに頼らないことで見える世界がある」。この指摘は、「まちづくりと市民福祉教育」のあり方を探究するうえで、重要な視点を提示している。それは、AIの外側にある人々の経験や声を大切にするとともに、それらに真摯に向き合い、そこから学ぼうとする実践家や研究者自身の姿勢を問い直す視点である。
〇そのためには、「まちづくりと市民福祉教育」の実践・研究において、AIの活用を否定するのではなく、AIによる分析や推論には限界があり、既存のデータだけでは十分に捉えられない領域があることを自覚する必要がある。とりわけ、地域で暮らす人々の経験や声は、既存のデータだけでは十分に捉えきれないことがある。そのうえで、実際に地域に足を運び、地域住民と出会い、対話を重ね、ともに考え、行動する関係を築くことが求められる。
〇地域住民との関わりや共働は、「まちづくりと市民福祉教育」の実践・研究の基盤である。データには表れにくい生活の実相や、そこに潜む矛盾、葛藤、願いは、住民との対話や共働を重ねるなかで、少しずつ理解を深めていくことができる。また、そうした関わりを通して、実践家や研究者自身も、既存の知識や先入観を問い直し、地域の現実から学び続けることができる。
〇「AIの外側に目を凝らす」とは、まさに、「まちづくりと市民福祉教育」の実践・研究において、AIでは十分に捉えきれない人々の経験や地域の現実に目を向け、地域・住民との関わりのなかで学び続けることにほかならない。こうした学びの積み重ねが、地域・住民のあり方を問い直し、共働による「まちづくり」を構想し、実践していくことにつながるのである。