阪野 貢 のすべての投稿

退任の挨拶文

六十年余に渡って福祉の世界にいた
五十年勤めた法人をこの春退任する
機関誌に掲載する手書きの挨拶文を預かった

便箋3枚に達筆な文字が流れる
見慣れた文字を戸惑うことなくタイプする
気取らぬ平易な文章はその人柄を映す

職員への感謝の思いが溢れている
優しさと思いやりが滲み出ていた
紹介する事例は職員への賛辞だった

決しておごることなく穏やかだった
いつも口調は誰にでも柔らかかった
慈愛のまなざしは分け隔てなく向けられた

常に時代の風を読み舵を取ってきた
新しきことへの鋭い嗅覚と時代感覚は本物だった
判断力は出会った人と書物に比例した

時代に切り込むチャレンジ精神と突破力は半端ではなかった
時代を担うリーダーシップも影響力も半端じゃなかった
時代が求める胆力と寛容の器は半端じゃなかった

ひけらかすこともなく淡々と感謝を表す
気負うこともなく飄々と退任の辞を表す
継ぐ者たちへの新たな舞台に期待を表す

「和顔愛語」のこころと
「Think Future Act Now」
〈未来を考え いま為すべき事を為す〉
揺るぎない理念と心構えが次代に継承される

〔2022年1月21日書き下ろし。我が師の退任の辞をタイプした。感慨無量である〕

阪野 貢/追補/「関係人口」と「よそ者」―田中輝美の論考と大橋謙策の実践研究―

〇地域づくりに関してしばしば、「よそ者、若者、ばか者」という3者が挙げられ、その役割が指摘される。従来のシステムや活動に対して批判的で、新しい見方を醸成する「よそ者」、しがらみのない立場から、新たなエネルギーによって次の時代を切り拓く「若者」、旧来の価値観の枠組みからはみ出し、既成概念を壊す「ばか者」がそれである(真壁昭夫『若者、バカ者、よそ者―イノベーションは彼らから始まる!』PHP研究所、2021年8月参照)。そこに通底するのは、常識や固定観念にとらわれず、客観的にモノゴトを考え、前向きに行動する姿勢や態度である。彼らは地域づくりの現場で、ときに好意的・肯定的に評価され、またときには地域や組織から受け入れられず、軽視あるいは排除される。
〇私事にわたるが、筆者(阪野)がいま暮らす“まち”に定住して25年が過ぎた。そして僭越ながら、ある思いや願いのもとで、地域との関わりにおいて「よそ者、若者、ばか者」の役割を多少とも果たそうとしてきた(している)。しかし、地域からの基本的な評価は、いまだに地域外からの「よそ者」(移住者)である。コトによってはある役割を果たすことが要請・期待されるが、それとて地域に住む一般的な住民とは異質な「よそ者」「見知らぬ者」に対してである。そうしたなかで、「よそ者、若者、ばか者」に無頓着・無関心に暮らす地域住民が多い。これが、多かれ少なかれ伝統的な共同性や社会関係が残る農村部や中山間地域を抱える、地方の小都市(人口約8万6,000人)のひとつの実相である。
〇また、地元の行政やJA等の広報誌などでは最近、「関係人口」に関する記事が目につくようになった。それは、移住者や新規の就農者の増加を図りたいという考えによるのであろう。また、「農福連携」の記事も散見される。農福連携とは、「障がい者等が農業分野で活躍することを通じ、自信と生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み」である。「担い手不足や高齢化が進む農業分野において、新たな働き手の確保につながる可能性がある」(農林水産省ホームページ)という。そこでは、いわゆる「健康・生きがい就労」が強調され、劣悪な労働条件や職場環境のなかでの就労が余儀なくされている。それは、安価な労働力を補填・補充する、技能実習生として働く「低度」外国人材の非熟練労働の実態と重なる(安田峰俊『「低度」外国人材―移民焼き畑国家、日本―』KADOKAWA、2021年3月参照)。
〇さて本稿は、本ブログの<雑感>(104)「『関係人口』とまちづくり―その概念に関するメモ―」(2020年3月23日投稿。⇒本文)で説く「関係人口」の追記と、「よそ者」の補記である。
〇筆者の手もとに、田中輝美(たなか・てるみ。ローカルジャーナリスト、島根県立大学)の『関係人口の社会学―人口減少時代の地域再生―』(大阪大学出版会、2021年4月。以下[1])がある。
〇「関係人口」という用語は、高橋博之(たかはし・ひろゆき)と指出一正(さしで・かずまさ)の二人のメディア関係者が2016年に初めて言及したものである。「関係人口」とは、高橋にあっては「交流人口と定住人口の間に眠るもの」、指出にあっては「地域に関わってくれる人口」をいう。その後、田中輝美は「地域に多様に関わる人々=仲間」(2017年)、総務省は「長期的な『定住人口』でも短期的な『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者」(2018年)、農業経済学者である小田切徳美(おだぎり・とくみ。明治大学)は「地方部に関心を持ち、関与する都市部に住む人々」(2018年)、河井孝仁(かわい・たかよし。東海大学)は「地域に関わろうとする、ある一定以上の意欲を持ち、地域に生きる人々の持続的な幸せに資する存在」(2020年)としてそれぞれ、「関係人口論」を展開する(73~75ページ)。
〇田中は[1]で、こうした抽象的・多義的で、農村論や過疎地域論に偏りがちな(都市部における関係人口を切り捨ててしまう)関係人口論に問題を投げかけ、関係人口について社会学的な視点から学術的な概念規定を試みる。関係人口とは「特定の地域に継続的に関心を持ち、関わるよそ者」(77ページ)である、というのがその定義である。この定義づけで田中は、関係人口を、移住した「定住人口」でも観光に来た「交流人口」でもなく、新たな地域外の主体、別言すれば「一方通行ではなく、自身の関心と地域課題の解決が両立する関係を目指す『新しいよそ者』」(69ページ)として捉える。その際、地域とどのように関わるかについて、関係人口の空間(「よそ者」)とともに、時間(「継続的」)と態度(「関心」)に注目する。
〇こうした定義づけを踏まえて田中は、関係人口が地域再生に関わった事例の分析を行い、関係人口が(1)どのように地域再生の主体として形成されていくのか、(2)地域再生にどのような役割を果たすのか(14ページ)、という2点を明らかにする。そのなかで、現代の人口減少社会における地域再生の方向性と具体的な方法論を示す。これが[1]における「関係人口」研究の目的である。なお、田中が調査対象としたのは、関係人口が島根県海士(あま)町で廃校寸前の高校の魅力化という教育課題に関わった事例、島根県江津(ごうつ)市でシャッター通り商店街の活性化という経済課題に関わった事例、そして香川県まんのう町で過疎地域の高齢者の生活支援という福祉課題に関わった事例、この3つである。
〇上記(1)の「地域再生主体の形成」について田中は、パットナム(Robert D.Putnam,アメリカの政治学者)の「社会関係資本論」をよりどころにアプローチする。社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)論とは、地域・社会における人々の相互関係や結びつきは、ネットワークや互酬性、信頼性などによって規定されるという考え方である。田中は、地域再生主体の形成過程について次のようにいう。先ず、①地域課題に関心や問題意識をもつ関係人口は、その課題解決に向けて主体的に動き出し、その際に関わった地域住民と社会関係資本を構築する過程で地域再生の当事者・主体として形成される。続いて、②その関係人口が社会関係資本を構築する過程で、最初につながった地域住民とは別の新たな地域住民が地域再生主体として形成され、両者(地域再生主体としての関係人口と同じく地域再生主体として形成された地域住民)の「協働」という相互作用によって地域課題に立ち向かう。そして、③その地域住民が自ら社会関係資本を構築する力をつけたことで地域内にまた、新たな地域住民や新たな関係人口との間に多層的な社会関係資本が構築され、連続的に地域課題の解決を図る(250、273、308ページ)。
〇この3つのステップ――①関係人口が地域課題の解決に動き出す。/関係人口が地域住民との間に社会関係資本を構築する。→②関係人口と地域住民との間に信頼関係ができる。/社会関係資本が別の住民に転移する。→③地域住民が地域課題の解決に動き出す。/地域住民が別の地域住民や関係人口との間に社会関係資本を構築する、これが「地域再生サイクル」(279ページ)である。ここでの要点は、地域再生主体とは「主体的に地域課題を解決する人」であり、「地域再生の主役はその地域に暮らす住民」である。田中はいう。「人口減少が前提となる現代社会の地域再生においては、『心の過疎化』に起因する主体性の欠如が報告され続けてきた地域住民が主体性を獲得し、地域再生の主体として形成されることが欠かせない。その形成を促すカギとなる存在が、関係人口である」(308~309ページ)。ここで重要なのは、地域住民が地域外の関係人口をどれだけ呼び込んで活用したかという量ではない。問われるのは、新たな地域住民が「地域再生の主体性」をどのように獲得したかという、地域住民と関係人口との間の関係性の「質」である(309ページ)。すなわち、地域住民が関係人口を資源として客体化するのではなく、地域住民と関係人口が対等な主体として「協働」していくなかで互いが、どのように地域再生主体として形成されていくかが重要になる(312ページ)。
〇上記(2)の「地域再生における関係人口の役割」について田中は、敷田麻美(しきだ・あさみ。北陸先端科学技術大学院大学)の「よそ者論」をよりどころにアプローチする。敷田の言説を引いて、田中はいう。「よそ者」とは「異質な存在」であり、地域住民との関係によってその異質性が左右される。そして、よそ者と地域住民がどのように関わるかによっていろいろな変化(「よそ者効果」)が起きる(116ページ)。その「効果」についての敷田の言説を、田中は次のように紹介・説述する。①地域の再発見効果(よそ者は地域に不慣れなことが幸いして、地域資源の価値や地域のすばらしさを見出すことができる)、②誇りの涵養効果(地域住民は地域外の視点を持つよそ者を意識することで、自らの地域のすばらしさを認識する)、③知識移転効果(地域住民がよそ者と接することで、地域にない知識や技能を補う効果が期待できる)、④地域の変容を促進する効果(地域がもともと持っている資源や知識を、よそ者の刺激を利用して変化させることができる)、⑤「地域とのしがらみのない立場からの解決案」の提案(よそ者は地域のしがらみにとらわれない立場だからこそ、優れた解決策を提案できる)、この5つがそれである(116~118ページ。各項目の表記は敷田による)。
〇田中にあっては、関係人口と地域住民との「協働」によって、このような「よそ者効果」が発現し、創発的な課題解決が可能になる。この点と上述の「地域再生サイクル」の知見から田中は、地域再生における関係人口の役割は、①地域再生主体の形成と②創発的な課題解決の促進の2つであることを明らかにする。以上が田中の議論である。その内容については、地域福祉論の領域から言えば必ずしも特段の新味があるものでもないが、社会学的な視点・視座から3地域の事例の質的研究を地域再生活動の発展段階に沿って丹念に行う。そして、「社会関係資本論」や(以下に記すような)「よそ者論」に依拠して「関係人口」についての整理がなされている。注目されるところであろう。
〇ここで、上述の敷田の「よそ者と地域づくり」に関する論考について若干ふれておきたい。そのひとつは、「よそ者と地域づくりにおけるその役割にかんする研究」(『国際広報メディア・観光学ジャーナル』No.9、北海道大学、2009年9月、79~100ページ。以下[2])である。なお、[2]の決定版として、敷田の「よそ者と協働する地域づくりの可能性に関する研究」(『江淳の久爾(えぬのくに)』第50号、江沼地方史研究会(石川県加賀市立中央図書館内)、2005年4月、74~85ページ)がある。
〇[2]で敷田は、意図的に起こる効果と意図せずとも起こる効果の両方を含めて、「よそ者の地域づくりへのかかわりが起こす変化」を「よそ者効果」とする。そして、田中が紹介・説述した5項目を次のように換言し、それらの効果は複合的に同時に起きているが、それがどのように発現するかが重要となる、という。項目の換言は、①技術や知識の地域への移入、②地域の持つ創造性の惹起や励起、③地域の持つ知識の表出支援、④地域(や組織)の変容の促進、⑤しがらみのない立場からの問題解決(89ページ)、である。
〇敷田はさらに、「よそ者効果の活用」についていう。地域づくりの本来の姿は、地域がよそ者に依存するのではなく、よそ者をひとつの「資源」として適切に活用することにあり、「よそ者活用戦略」「よそ者活用モデル」が必要となる。その際、よそ者はあくまで「有限責任」を持つ存在であり、また地域づくりには「最適解」はないことから、地域の多様な選択肢を提示することが求められる存在である。その点に留意し、地域がその主体性を発揮しながらよそ者とどのような相互関係を形成するか、そのプロセスが地域づくりでは重要となる。それによって、一方だけではなく、「よそ者と協働しながら地域もよそ者も相互変容し、それが結果的に地域を持続可能にすることにつながる」のである。敷田にあっては、その「相互変容」のプロセスこそが地域づくりである(97ページ)。この点の「協働」は、筆者(阪野)がかねてから主張してきた「共働」に通底するものであろう。
〇敷田のいまひとつの論考は、「地域づくりにおける専門家にかんする研究:『ゆるやかな専門性』と『有限責任の専門家』の提案」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』No.11、北海道大学、2010年11月、35~60ページ。以下[3])である。
〇[3]で敷田は、地域づくりの背景と変遷を分析したうえで、地域づくりにおける専門性のあり方や専門家と地域の関係性について考察する。そして、「ゆるやかな専門性」と「有限責任の専門家」について提案する。その際のスタンスは、地域づくりには専門家が必要であるというものである。なお、「専門家」とは、「ある特定の分野において卓越した知識と技術・技能を持ち(場合によってはそれらを総合化・体系化している)、それを表現することができる人」を指し、そこに研究者を含める。「地域」とは、「一定の地理的広がりを持つ土地や空間と、そこに居住・滞在する地域住民間の関係性」(37ページ)を表わし、社会学で用いられる「地域社会」や「地域コミュニティ」と同義とする(37ページ)。そして、「地域づくり」とは、「地域社会の課題を解決し、よりよい状態を目指すために地域社会にはたらきかけて仕組みを構築してゆくプロセスとその内容」(40ページ)をいう。
〇敷田にあっては、地域づくりはこれまで、①地域の経済の活性化やインフラの整備をめざした「地域振興型」から、②地域の特定課題の解決をめざした「テーマ型」を経て、③総合的な地域づくりのために地域社会全体のデザインをめざす「統合デザイン型」へと質的に移行してきた。それに伴って、地域づくりの専門家に求められ能力や状態も、①知識の提供や特定事業・業務の遂行・アドバイス、②対象テーマ・分野についての調査研究や実践、③地域関係者による地域づくりの課題発見や解決策の創出と課題解決、へと変化した。したがってまた、地域づくりの専門家の関与や責任も、①業務や委託の範囲内での限定責任、②自主的な活動範囲における条件つき責任、③地域との関わりの範囲と内容の拡大による無限責任、へと変化してきた(45ページ)。そのうえで敷田は、地域づくりに関わる専門家の専門性について、「ゆるやかな専門性」と「有限責任の専門家」について言及する。
〇「ゆるやかな専門性」とは、「専門家が自らの専門性の範疇だけで地域づくりに関与するのではなく、専門性を主体的に拡張や拡大することである。また自らの専門性を背景に地域内外の関係者と地域(資源)を関係づけることで、地域づくりを支援する『ゆるやかさ』を維持することである」(51、56ページ)。「有限責任の専門家」とは、総合化した地域づくりのなかで、専門家が地域づくりへの関与を主体的にコントロールして一定の期間と範囲内で地域づくりに関わり、一定の範囲に限定して責任を負うことをいう(54~55、56ページ)。住民が直接の当事者となる最近の地域づくりにおいて、この「ゆるやかな専門性」と「有限責任の専門家」の考え方は、地域の利益と専門家の役割やキャリア形成にとって重要であり、地域にも専門家にも「相利的」(55ページ)である。 [3]における敷田の主張である。
〇ここで筆者(阪野)は、「福祉でまちづくり」の「スーパースター」(田中輝美の言葉)的な「関係人口」や地域づくりの専門家(「実践的研究者」)といえる大橋謙策(おおはし・けんさく。日本地域福祉研究所)の「バッテリー型研究方法」を思い出す。大橋のそれについては、本ブログの<まちづくりと市民福祉教育>(27)大橋謙策「地域福祉実践の神髄―福祉教育・ニーズ対応型福祉サービスの開発・コミュニティソーシャルワーク―」(2018年4月4日投稿。⇒本文)を参照されたい。
〇大橋は、全国各地の地域福祉(活動)計画の策定や地域福祉の研修会・セミナーなどに関わるが、その際の視点や姿勢はおよそ次のようなものである。それは、本ブログに転載されている上記論文から筆者(阪野)なりに抽出・整理したものである。以下でいう「地域」は福祉等の関係者や関係機関・組織、地域住民などを意味し、「関係人口」は大橋を指す。

(1) 地域による実践の理論化・体系化と関係人口としての理論仮説の提起と検証(バッテリー型研究方法)を行う。
(2) 地域と長期間にわたって関わり、特定あるいは総合的・統合的な事業・活動への支援を継続的に行う。
(3) 地域による実践活動の活性化と、地域と行政や関係機関との協働を成立させるコミュニティソーシャルワーク機能(触媒・媒介機能)の展開、そのためのシステムの整備を支援する。
(4) 多種多様な、あるいは潜在的な地域課題の解決に向けた専門多職種によるチームアプローチの必要性や重要性を提唱し、その実現を図る。
(5) 地域との相互作用や相互学習の過程を通して、地域内外との交流や福祉等関係者(実践者)の組織化を促す。
(6) 地域による実践のプロセスとその結果の客観化・一般化や実践仮説の検証を図るために、著作物の刊行や地域によるそれを支援する。
(7) 地域による問題発見・問題解決型の共同学習(福祉教育)を徹底的に行い、地域(地域住民や専門家等)の社会福祉意識の変容・向上を図る。
(8) 地域との共同実践を通して地元自治体における福祉サービスの整備や、全国の地方自治体や国への政策提言を行い、その具現化の制度化・政策化を促す、

などがそれである。これらを総じていえば、地域による「草の根の地域福祉実践」を豊かなものにするために「継続は力なり」の意志を体して、理論と実践を往還・融合する探究的な「実践的研究」に取り組み、「福祉教育・ニーズ対応型福祉サービスの開発・コミュニティソーシャルワーク」を追究する、ここに大橋の「関係人口」としての具体的・実践的な視点や姿勢を見出すことができる。しかもそれらは、地域づくりや地域再生に「関係人口」が果たすべき役割や機能のひとつのモデルとして整理されよう。
〇なお、上記の(6)に関する文献に例えば次のようなものがある。紹介しておきたい。表記した地名は大橋が関わった地域である(それはそのほんの一部に過ぎない)。

・東京都狛江市/大橋謙策編著『地域福祉計画策定の視点と実践―狛江市・あいとぴあへの挑戦―』第一法規出版、1996年9月。
・富山県氷見市/大橋謙策監修、日本地域福祉研究所編『地域福祉実践の課題と展開』東洋堂企画出版社、1997年9月。
・岩手県湯田町(現・西和賀町)/菊池多美子著/『福祉の鐘を鳴らすまち―「うんだなーヘルパー」奮戦記―』東洋堂企画出版社、1998年9月。
・富山県富山市/大橋謙策・林渓子共著『福祉のこころが輝く日―学校教育の変革と21世紀を担う子どもの発達―』東洋堂企画出版社、1999年1月。
・山口県宇部市/宇部市教育委員会編『いきがい発見のまち―宇部市の生涯学習推進構想―』東洋堂企画出版、1999年6月。
・島根県瑞穂町(現・邑南町)/大橋謙策監修、澤田隆之・日高政恵共著『安らぎの田舎(さと)への道標(みちしるべ)―島根県瑞穂町 未来家族ネットワークの創造―』万葉舎、2000年8月。
・岩手県遠野市/日本地域福祉研究所監修、大橋謙策・ほか編『21世紀型トータルケアシステムの創造 ―遠野ハートフルプランの展開―』万葉舎、 2002年9月。
・長野県茅野市/土橋善蔵・鎌田實・大橋謙策編集代表『福祉21ビーナスプランの挑戦―パートナーシップのまちづくりと茅野市地域福祉計画―』中央法規出版、2003年2月。
・香川県琴平町/越智和子著『地域で「最期」まで支える―琴平社協の覚悟―』全国社会福祉協議会、2019年7月。

付記
著名な「関係人口」のひとりに、住民主体のまちづくりをワークショップを中心とした手法でサポートする「コミュニティデザイナー」の山崎亮(やまざき・りょう)がいる。山崎については、本ブログの<雑感>(26)「住民主体の内発的なまちづくりとコミュニティデザイン―持続可能な地域再生と住民の主体形成―」(2015年4月1日投稿。⇒本文)と<ディスカッションルーム>(66)「『縮減社会』(小滝敏之)と『縮充社会』(山崎亮):参加・つながり・自治―資料紹介―」(2017年3月1日投稿。⇒本文)を参照されたい。

会えたらいいですね

初めてお目にかかりました
旧知の友のように迎えていただきました
なんと笑顔のステキな人でしょうか
すぐに心が和んで打ち解けました

節度ある仕草にぎこちなさを忘れました
話題が豊富で心置きなくお話ししました
なんと所作のステキなひとでしょうか
すぐに心が惹かれて虜(とりこ)になりました

物言いが柔らかくて引き込まれました
世辞も不要で本題に入っていきました
なんと明晰でステキなひとでしょうか
すぐに心に響いて素直になりました

何を話しても聞き止めてくれました
批(う)たれることもなく共感を覚えました
なんと寛容なステキなひとでしょうか
すぐに心はリスペクトに動きました

構えることなくそのまま向き合いました
警戒心はいつしかゆるみ解かれました
なんとおおらかなひとでしょうか
すぐに心は丸ごと包み込みました

人間が好きだ
その一言がすべてです
一期一会の出会いかも知れません
だからまた会いたい
そんな人たちに会えたらいいですね

〔2022年1月20日書き下ろし。一期一会ならどんな人に会いたいですか?〕

次代へと福祉をつなぐ人となる

一人ひとりの生き方と暮らし方を
決して粗末にしてはいけない

新しい福祉実践計画 「きずな」が動き出す
市民の目線で 福祉の今日と明日を考える
市民のおもいを束ねて 
いまできることを考え 動く

子どもも大人もお年寄りも 幸せづくりのパートナー
人を信じることで 生きる根っこが太くなる
人と手をつなぐことで 生きる歓びが湧いてくる
 
笑顔と感謝であふれる「きずな」をみんなで紡ぐまち
我が事のように福祉でまちづくりするまち
自信と誇りを抱きしめ生かされるまち
わたしのまち のぼりべつ
あなたのまち のぼりべつ
 
わたしも あなたも
次代へと 福祉をつなぐ人となる

〔2022年1月20日書き下ろし。昨日登別で講演した際エピローグで紹介した詩。ふる里の人へおもいを託した〕

食と募金

国道36号線沿で50年も前から営業してきた
エビ天丼の美味い店が閉店するという
甘エビをふんだんにのっけた丼は空きっ腹を満たした
母によくおごってもらった店だった
天ぷらを上げた時に残った天かすは無料だった
その横に募金箱が置かれてあった
店主は年に数回社協を訪れて集まった浄財を渡した
ポケットマネーから出されたお札がいつも混じっていた
累計300万円を超えていると初めて聞かされた

登別温泉街の調理師が集う会がある
去年イベントをして3万円の益金が上がった
これをどこに寄付しようかと相談した結果
NPO法人ゆめみ~るが運営する子ども食堂に決めた
会は益金に7万円上乗せして贈った
調理師会とNPO法人とのつながりが生まれた
第六波のコロナ禍が道内各地に急激に拡大する中
着々と子どもたちへの食事会の計画は進む
調理師会が子どもたちにプロの味を披露する

ゆめみ~るは市内でも43%と高齢化率の最も高い地域のある
ゆめみ~るは食で地域支援しようと15年前に有志で立ち上げた
元コンビニをコミュニティ食堂に改装して始まった
多くのボランティアが参加して出来ることから活動を広げていった
校区に放課後学童保育がなかった時分には場所と人を提供した
その活動が功を奏してようやく校区内に設置された
食堂に来られない高齢者のために配食サービスも始めた
子ども食堂で子どもたちに何か美味しいものを食べさせてと
配食に伺ったボランティアが高齢者から1万円を手渡された

登別を観光だけじゃなくて福祉のまちにしたい
強く願ってきた熱いおもいは一人ひとりの心に届く
食を通して福祉への参加の機会をつくってきた老店主
料理のプロとして子どもらに技と心意気を伝える調理師
慎ましい暮らしの中から子どもへのまなざしを向ける高齢者

登別社協が市民と協働して実践してきたきずな計画
17年の時を経てだれもが参加する福祉文化を育んできた
ひとりの小さな幸せを希望に紡ぐきずなでまちづくり
「ど真ん中に子どもの笑顔が見える」が福祉でまちづくりの原動力
市民の浄財と心ある行動が子どもの未来を約束する

〔2022年1月19日書き下ろし。子どもに真正面から向き合える人でありたい。それが福祉と教育に生きるということではないか〕

文章をいじる

若者が書いたレポートを熟読する
右手に赤ペンをもって臨む
最初の3ページは徐々に真っ赤に彩られてゆく

若者の考察のあら探しを愉しむ
ゆうに2時間の時間を要した
集中力が徐々に落ちて何度か中断する

若者の伝えたいことを深読みする
一つの言葉にひっかかり前に読み進めない
違和感を覚えたままでは引き下がれない

若者の言い回しに困惑する
主語はどこだろうかと探し始める
長文はどこで切ったらいいのだろう

仕事へのおもいは溢れんばかりだ
言葉も率直なおもいを飾って損をする
意地悪ではないと思いつつ直しが入る

要は事実と意見を明確に分けなければならない
要は根拠と推察を明確に示さなければならない
要は読み手が正しく理解し納得しなければならない

ただのレポートではない
読み手に行動を喚起する文章だ
個人のレポートではない
書き手により組織が動く文章だ
熱いおもいを込めたレポートだ
添削の手を緩めてはならない文章だ

だから真剣に臨む
それが若者への礼儀である
そこで若者が育ちゆくと信じる

〔2022年1月17日書き下ろし。まだまだ終わらぬ添削作業。その途中の様子を書き残す〕 

役立たずの人材論

人手不足がいつも話題になった
若者の定着率の悪さが話題になった
どこもかしこも喉から手が出るほどほしがった

コロナ禍の不況と労働環境のデジテル化は
人手が余って早期退職を募集する
大手の体のいい首切りだ

ここは頭数は揃っていた
正職は半分にも満たなかった
あとは派遣か臨職だった

代わり映えのしない事務をこなせばよかった
与えられた仕事をそつなくするだけだった
競合する相手がいない分上司からのノルマはなかった

頭数が揃っていても役に立つ人材は何人いるのか
役に立たなくても組織のバックがあればよかった
役に立とうと無理しても見返りはたいしてなかった
役に立つフリだけの処世術を身につければ事足りた

社会的使命感など持ち合わせてはいなかった
社会的責務すら求められてもいなかった
社会的評価が低くなってもさほど問題なかった

こんな働き方をしてませんか?
心当たりのある方はまだ良心が残っています
心当たりのない方はどっぷり浸かっています
心当たりがあっても御身大事が優先します

人に関わる仕事ならどうしましょう?
心当たりがあれば相手は近寄ってはこないでしょう
心当たりがなければ相手にされていないでしょう
心当たりがあっても組織が責任をとってくれます

〔2022年1月14日書き下ろし。行政や福祉そして教育に関わる人材って? 役立たずが役立たずのままに居座っていることの社会的損失はいかばかりかと〕

トンガ沖で海底火山大噴火

「1783年に起きたアイスランドのラキ火山などの大噴火では、火山灰が北半球に広がり、世界中が低温状態に陥った。欧州大陸では穀物の不作が続き、89年のフランス革命の遠因になった、との研究がある。影響は日本にも及び、天明の大飢饉(ききん)(82~88年)の被害に拍車をかけたといわれる」(朝日新聞2022年1月16日「地球冷却化」を懸念する人々)

「1991年のフィリピン・ピナトゥボ火山の噴火と似ている。噴火規模を0~8で示す火山爆発指数(VEI)も同じ6程度の可能性がある」と指摘した。ピナトゥボ火山の噴火では、噴出物が成層圏に大量に放出され、太陽の光が遮られて世界的に気温が下がった。2年後には記録的な冷夏となり、日本では米が大凶作となってタイ米を緊急輸入する事態になった」(朝日新聞2022年1月16日)

真夜中携帯のアラームで眠りが妨げられた
津波警報が太平洋沿岸に発令された
15日13時トンガ沖で海底火山が爆発したニュースが流れた
気象庁は津波などの影響は低いと判断していた
瞬時に1960年のチリ沖地震を想い出した
幌別(登別)の浜まで友だちと見に行った
二階の家屋を越し破壊する津波の凄さを間近に見て恐怖を感じた
近所の一つ上の小学六年生の男の子が巻き込まれて死んだ
南半球の地震が北半球まで影響するとは驚愕だった

朝ネットで気象衛星ひまわりからの写真に見入った
高く上がった噴煙は大規模な噴火を物語っていた
吹き上げられた火山灰は成層圏に達していた
数年後地球を冷やし穀物の不作を招くだろう

不作で飢饉を誘発する事態を想像すると空恐ろしい
世界は2年経ってもコロナウイルスに痛めつけられる
日本は正月明けから第六波が襲い急速に列島を席巻する
トンガの海底火山の噴火が追い打ちをかけるかも知れない

地球は何の前ぶれもなく突然牙をむく
防ぎようのない自然の気まぐれに翻弄される
畏敬の念を失った人間の傲慢さへの裁きなのか

いまも津波警報は解除されることなく
1メートル越の津波が東北沿岸に押し寄せる
NHKは実況報道を続け注意を喚起する
明日は1995年に発生した阪神淡路大震災の日
自然の戒めを強く心にとめていきたい

〔2022年1月16日書き下ろし。不穏な空気を感じた。地球は一つである〕

ボランティアコーディネーターの現在地

かけ声ばかりの地域包括ケアシステム
課題は在宅福祉を支えるボランティア
目論見は大きく外れて取らぬ狸の皮算用

地域で戦力になる人がそもそも少なくなった
高齢化が進みボランティアされる側になる
おもいはあっても身体がついていけなくなった
年金支給まで現役を続けなければならなくなった
若い世代や中年世代も時間にお金に余裕はなくなった
家計の足しにとパートで頑張る人も少なくない
他人の事より我が暮らしが優先される

世間体など気にしてられない
体裁などつくろうのもバカらしい
見栄を張ってもすぐに剥がれる
気苦労ばかりで見返りもない
世間体など一銭にもならない

ありのまんまで暮らすのが一番
他人と関わらなければ妬まれることもない
他人の面倒に巻き込まれることもない
他人に口出しされてもほっとくしかない

ボランティアコーディネーターは
打開策もなくボランティアを募集する
仕事だから仕方なくボランティアを募集する
イベントは福祉団体と老人クラブに動員かける

ボランティアコーディネーターは
現状を嘆くだけで動くことはない
福祉へのビジョンもなくおもいもない
地域の人を惹きつける魅力もない
コーディネートする力量がそもそも欠けている

ボランティアコーディネーターは
ボランティア研修会を企画した
講師の講話を退屈そうに見ていた

〔2022年1月15日書き下ろし。ボランティアコーディネーターの現在地、心当たりは?〕

ボランティアの勘違い

ボランティアが好きだった
ボランティアは喜びだった
ボランティアに期待された

忘れることができなかったあの日
失態だったと自分を責めた
大丈夫と背中に触れた手があたたかかった

あなたにとってよきことと思って動いた
思い違いから始まった
あなたが遠慮しているものと思って動いた  
はやる気持ちが空回りした
あなたの困った顔も気にかからなかった
ひとり合点と気づいたときは遅かった

思いやりを行動に移すのがボランティア
あなたをわかったつもりで動いた
困っている人に手を差し伸べるのがボランティア
あなたが受け入れたと思って動いた
できることをしてあげることがボランティア
あなたに確かめもせず走ってしまった

あなたに学んだ
一方的に助けられるのは辛いことだと
あなたに教わった
一方的に求められるのは哀しいことだと
あなたに支えられた
一方的に事を進めるのはボランティアではないと

気落ちした背中に添えられた手のぬくもり
あなたの優しさに助けられた
あなたの寛容な心に慰められた
あなたはわたしと痛みを分かち合った

〔2022年1月13日書き下ろし。過去の自分の失態を想い出す。ボランティアするからこそ相手から学ぶことの大切さを知らされた。共生とは何かを〕