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阪野 貢/追記 /「脱成長」:人間の生き方の転換と生活基盤の再ローカル化を図る思想―セルジュ・ラトゥーシュの「脱成長」論のワンポイントメモ―

〇本稿は、先の拙稿――<雑感>(132)「『人新世』における『変革への途』について考えるために―斎藤幸平著『人新世の「資本論」』のワンポイントメモ―」(2021年1月27日投稿)の「追記」「補遺」である。内容的には、フランスの経済哲学者セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche)の「脱成長」論の抜き書きである。そのひとつのねらいは、それによって斎藤の「脱成長コミュニズム」論についての理解や思考が促され、真に豊かな地域社会を再生・創造する視点や方向性、そのための枠組みなどを見出すことができれば、というところにある。
〇いま筆者の手もとにあるラトゥーシュの本は、次の4冊である。(1)中野佳裕訳『脱成長』(白水社、2020年11月。以下[1])、(2)同訳『経済成長なき社会発展は可能か? ―<脱成長>と<ポスト開発>の経済学―』(作品社、2010年7月。以下[2])、(3)同訳『<脱成長>は、世界を変えられるか? ―贈与・幸福・自律の新たな社会へ―』(作品社、2013年5月。以下[3])、(4)ディディエ・アルパジェス(Didier Harpagès)との共著、佐藤直樹・佐藤薫訳『脱成長(ダウンシフト)のとき―人間らしい時間をとりもどすために―』(未来社、2014年6月。以下[4])、がそれである。
〇[1]は、21世紀に入りフランスから世界へと普及した脱成長運動の歴史的背景や理論研究を整理・分析し、「簡素な生活と節度ある豊かな社会」を構築するための方策などについて解説する。ラトゥーシュの資本主義批判と脱成長論の集大成である。[2]は、「ポスト開発」の経済思想について論述する単著と、脱成長運動の骨子を整理する単著の2冊が収録されている。ラトゥーシュ思想の決定版である。[3]は、20世紀後半から世界で展開されている産業文明批判の思想を脱成長論の視点から議論し、経済成長なき社会発展の方法と実践を整理する。「脱成長の道」を描く思想書である。[4]は、生産至上主義による資本主義経済・社会の発展によって人間は、「時計」時間に隷属するようになったと、人間と時間との関係性について論じ、人間らしい時間の再征服(reconquête、レコンキスタ)を説く。若者向けの啓蒙書である。
〇ここでは[1][2][3]から、ラトゥーシュの「脱成長」(仏:décroissance、デクロワサンス。英:degrowth、デグロース)の言説について、その一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。例によって、我田引水の誹(そし)りは免れないであろうことを承知のうえで、である。

「脱成長」という言葉と「脱成長社会」
脱成長という語は、概念ではない。また、経済成長の対義語でもない。脱成長は何よりも論争的な政治スローガンである。その目的は、我々に省察を促して限度の感覚を再発見させることにある。特に留意すべきは、脱成長は景気後退やマイナス成長を意図していないという点だ。したがって、この語は文字通りの意味で受け取ってはならない。(中略)「脱成長派」(脱成長運動の賛同者)は、生活の質、空気や水の質、そして経済成長のための経済成長が破壊してきた多くの物の質を向上させることを望んでいる。(中略)脱成長という語を「経済成長を崇拝しない態度(acroissance)」を指す語として使用しなければならないだろう。まさしく、進歩・発展という信仰や宗教を捨て去ることなのだ。([1]8~9ページ)

脱成長は、別の形の経済成長を企図するものでも、(持続可能な開発、社会開発、連帯的な開発など)別の形の開発を企図するものでもない。それは、これまでとは異なる社会(「節度ある豊かな社会」「ポスト成長社会」「経済成長なき繁栄」)を構築する企てである。言い換えると、脱成長は経済学的な企てでも別の経済を構築する企てでもなく、現実としての経済および帝国主義的言説としての経済から抜け出すことを意味する社会的企てである。([1]12ページ)

<脱成長>というスローガンは、成長を際限なく追求することを徹底的に放棄することを至上命題とする。つまり、資本移動を規制緩和しながら利潤を追求し、自然環境と人類に壊滅的な結果をもたらすその目的を破棄することである。/<脱成長>はマイナス成長ではない。(中略)ただ単に成長の速度を緩めるだけでは社会が混乱に陥ることは周知の事実である。失業は増加し、必要不可欠な最低限の生活の質を保障するところの社会、保健、教育、文化、環境の各分野におけるプログラムを破綻させることになる。(中略)雇用のない労働社会ほど最悪なものはないことと同じように、成長を約束できない成長社会ほど危険な社会はない。(中略)<脱成長>は「<脱成長>社会」においてのみ、つまり〔成長想念(思想)とは〕別の論理に基づいた体制においてのみ思考可能であるといえる。/厳密に言うならば、理論レベルでは、(中略)成長の減少・緩慢化・衰退(dé-croissance)よりも「無成長」(a-croissance)について語るべきである。何よりも重要なことは、経済・進歩および発展といった信仰ないし宗教を破棄することである。([2]140ページ)

<脱成長>は、蓄積、資本主義、搾取、略奪の縮小のほかにはない。/<脱成長>は断固として反資本主義の立場をとる。/多かれ少なかれ自由主義的な資本主義と生産主義的な社会主義は、成長社会という同一のプロジェクトの2つの類型である。/(<脱成長>における)発展、経済、成長からの脱出は、経済と関わっている社会制度のすべてを放棄するのではなく、むしろそれら諸制度を別の論理に組み込むことを意味する。<脱成長>はおそらく「エコロジカル(生態学的)な社会主義」と見なすことができるだろう。([2]245、246、248ページ)

われわれが構想し求めなければならないのは、経済的価値を中心的な価値(あるいは唯一の価値)とはしない社会、つまり経済を増大させることを前提とするようなこの狂気じみたシナリオを放棄しなければならない。このことは、地球環境の決定的な破壊を回避するためだけではなく、現代に生きる人間の心理的かつ道徳的な貧困から脱出するためにも必要である。([2]123ページ)

愛他主義はエゴイズムよりも重視されるべきである。同様に、際限なき競争よりも協力が、労働への執着よりも余暇の快楽と遊びの精神(エトス)が、制約のない消費よりも社会生活の大切さが、グローバルなものよりローカルなものが、他律性よりも自律性が、生産主義的な効率性よりも素晴らしい手作りの作品を好むことが、科学的合理性(le rationnel)よりも思慮深さ〔実践倫理〕(le raisonnable)が、そして物質的なものよりも人間関係が重視されるべきである。真実への配慮、正義の感覚、責任、民主主義の尊重、差異の称賛、連帯の形成、既知に富んだ生活。これこそが何物に代えてもわれわれが取り戻さねばならない価値である。([2]172ページ)

〇以上のようにラトゥーシュは、開発・発展による地球環境の破壊や、資本による人間の支配・搾取などをもたらす資本主義から脱出し、そのためのオルタナティブな(それに代わるもうひとつの新しい)価値体系に基づく人間の生き方や社会像について議論し構想する。その際、脱成長を「『経済成長社会から抜け出す』」という否定の側面からだけでなく、『節度ある豊かさ(abondance frugale)』という創造すべきプランの価値の側面からも」([1]153ページ)説いている。留意すべき視点・視座である。

「脱成長社会」へ移行するための具体的なプログラム
経済成長社会との断絶、すなわち脱生産力至上主義社会の構想は、簡素な生活の「好循環」の形をとる。以下の8つの目標(「8つの再生プログラム」)は、生産力至上主義および消費主義の論理と対照を成す重要な点に触れており、相互に依存している。8つの目標は、穏やかで、自立共生的で、持続可能な簡素さから成る「自律社会」(脱成長社会)へ向かう推進力となる。([1]61~68ページ。[2]170~185ページ)
(1)再評価する(réévaluer)
経済成長社会におけるそれとは異なる価値観を再評価することである。例えば、エゴイズムよりも愛他主義が、競争よりも協力が、労働への執着よりも余暇の快楽と遊びの精神が、制約のない消費よりも社会生活の大切さが、グローバルなものよりもローカルなものが、物質的なものよりも人間関係が重視されるべきである。また、自然に対しては侵略者のような態度を改め、庭師(にわし)のような態度をとり、自然と人間との調和を図らなければならない。
(2)概念を再構築する(reconceputualiser)
諸価値を問い直すこと(価値観の変革)は、われわれの世界と実在を理解する諸概念を問い直すことにつながる。特に考慮しなければならないのは、豊かさはお金だけに還元されないということである。本当の豊かさは、何よりもまず、よく機能する社会関係の組織のなかから生まれる。豊かさを問い直すことは、貧しさについて考え直すことも意味する。貧しさもまた、経済的次元や物質的な極貧状態の次元にのみ還元されてはならない。
(3)社会構造を組立て直す〔再構造化〕(restructurer)
変革された価値観に応じて、生産の仕方が変わる。つまり、われわれが生産するものや生産関係(生産に関わる法的・制度的・慣習的な構造)が変わり、社会関係の調整が行われる。ここで重要なことは、<脱成長>社会へ向かうことである。こうすることで、資本主義から脱出するための具体的な問題提起が行われる。
(4)再分配を行う(redistribuer)
生産関係や社会関係の構造が変われば、再分配の仕組みも必然的に変わる。再分配は、階級間、世代間、諸個人の間といった各社会の内部にとどまらず、北側諸国と南側諸国との間における富および自然資産へのアクセス(利用する権利)の分配も含む。再分配は、直接的には「グローバルな消費階級」の権力と手段を削減する。間接的には、誇大妄想的な消費への勧誘を消滅する。
(5)再ローカリゼーションを行う(relocaliser)
地域のニーズ充足のために地域レベルでなされるあらゆる生産活動は、地元企業を通じて、地域単位で実現されなければならない。商品と資本の移動は必要不可欠な範囲に制限されなければならない。地域レベルで実行可能なあらゆる経済的、政治的、文化的な決断が、地域規模でなされなければならない。
(6)削減する(réduire)
われわれの生産様式と消費様式が生物圏に与える影響を縮小しなければならない。われわれの生活習慣となっている過剰消費を制限することをはじめ、ゴミの廃棄や保健衛生上のリスク、ツーリズム(観光旅行)などを削減する必要がある。とりわけ、仕事をしたいと望むすべての人々が雇用されるようにワークシェアリング(仕事の分かち合い)を実施したり、余暇、芸術・製作活動、遊び、会話、生の喜びなどのために、労働時間の削減は肝要である。「仕事」中毒を解毒することである。
(7)再利用する(réutiliser)/(8)リサイクルを行う(recycler)
抑制の効かない美食を制限し、設備の周期的な廃棄を止め、直接には再利用不可能なゴミをリサイクルすることが必要である。物や機械を廃棄せず再利用することは、資源浪費を削減するために必要なだけでなく、物の本当の価値を学び直し、寛大な自然が与える贈与に愛着をもつためにも必要である。最後に、再利用できないものはリサイクルするように努めるべきである。

「8つの再生プログラム」と「贈与」の精神
贈与の精神は脱成長社会構築の要石(かなめいし)である。贈与の精神は、自律社会(脱成長社会)という具体的なユートピアの建設のために提案された好循環を形成する8つの再生プログラム(8つの「R」)のそれぞれの中に顕在している。わけても最初の再生プログラムである「再評価」が特徴的だ。なぜなら市場社会の諸価値―悪化する経済競争、我利我利(がりがり。自分の利益だけを営むこと)の精神、富の際限なき蓄積―と自然に対する略奪的思考に代わり、利他主義、互酬性、コンヴィヴィアリテ(convivialité、楽しい生活を創造し分かち合う倫理)、自然環境の尊重などの諸価値を導入することが大切である。(中略)つましさの中でも分かち合いを行えば万人が満足し、さらには生きる楽しみも生まれるが、我利我利の精神と結びついて豊かさは不幸を生む。そこで2番目の再生プログラム「概念の再構築」は豊かさと貧しさを再考する必要性を重視す。「本当の」豊かさは人間関係からなる様々な財によってつくられる。例えば相互扶助、分かち合い、知識、愛情、友情に基づく財のことである。反対に不幸は何をおいても心理的なものであり、近代社会が連帯的共同体の代わりにもたらした「孤独な群衆」の中の孤独感からもたらされる。([3]88~89ページ)

〇ラトゥーシュにあっては、以上の「8つの再生プログラム」はどれも、ある種のユートピア(希望と夢の源泉)である。そして、その実現は、地域社会という具体的な場所において生起し、地域社会の基本的なニーズの充足をめざすことに収斂される。その点で、「再ローカリゼーション」は、「具体的なユートピアにおいて中心的な位置を占める」([2]186ページ)ものであり、「脱成長」の要諦(ようてい)である。
〇ラトゥーシュは、日本社会について、次のように評している。「日本は新興工業国が台頭する以前に西洋型経済成長を遂げた最後の偉大な社会である」([1]24ページ)。「日本は独自の<脱成長>社会を創造するに相応しい位置にいるように思われる。なぜなら日本には、古(いにしえ)から続く東洋の文化が凶暴な西洋化によって完全に根絶されることなく残っており、そのような伝統文化が現在の経済危機を契機に復活する可能性があるからである」([2]17ページ)。
〇自然環境の破壊や資源の枯渇が進行し、人間(人類)社会は存続の脅威にさらされている。貧困や格差・分断が深刻化し、民主主義が機能不全に陥り、しかもコロナ禍で社会全体が未曽有の危機的状況にある。そんななかで日本社会はいまだ、「経済成長」信仰の呪縛(じゅばく)から逃れられないでいる。オルタナティブな「脱成長」社会の創造は、人間と自然との関係性の再構築とともに、地域社会の政治・経済の自立性や歴史・文化の独自性を模索し再発見・再生することから始まる。それは、グローバルな経済成長や物質的な充足に価値をおく社会とは異なる論理の構築と展開を必要とし、住民自身の主体的・自律的で、連帯的・共働的な地道な実践(「生活基盤の再ローカル化」)に基づく。しかもその活動や運動は、日本の経済や社会に回収されてしまうのではなく、「節度ある豊かな地域社会」の創造に集約されなければならない。
〇本稿で取り上げたラトゥーシュの3冊の本の訳者である中野佳裕は、次のように述べている。「訳者として最も望むことは、ラトゥーシュ思想を通じてわれわれが戦後日本の社会発展の歴史を国際的な文脈で再検討し、その結果として、日本の(玉野井芳郎らの)地域主義や(宮本憲一らの)地方自治論等のオルタナティブな日本を求める思想潮流がより統合された形で急進化され、地域社会の自律自治を再生する実践が活性化されることである」([2]332ページ)。付記しておきたい。

暇つぶし

退屈しのぎに 何かしようかと
思った矢先に 声がかかりました
あんたしかおらん 引き受けて欲しい
暇つぶしに 顔を出しました

退屈しのぎが 面白くなりました
腹にためずに すぐ態度にでます
会議でリップサービス 調子に乗りました
誰も反論することなく 笑っていました
失言は すぐに上手にみんなかばってくれます
暇つぶしで なくなりました

退屈してる場合じゃ ありません
世界中で反感買って やり合います
尊敬と平等に 文句がおありの様子
ちゃんと撤回して謝罪しました
IOCの太鼓判もいただきました
タイバーシティ(多様性)と調和をめざします
暇のない中 五輪憲章もちゃんと読みました

退屈まぎれの鬱憤晴らしに 騒いでいます
五輪委員会は トップのリザーブなし
適材適所の優れた人材 ここまで来て交代できぬ
五輪誘致と運営は 権威・権力のなせる結果です 
言いたい放題 やりたい放題 災いし 
暇どころでない 騒ぎになりました

退屈させず 政界やスポーツ界も忙しくなりました
スポーツ界の体罰 ハラスメント ジェンダー問題
棚上げされたガバナンスの問題が くっきりハッキリ見えました
親分子分の 人間相関図も見えてきました
与党の議員は 面従腹背(めんじゅうふくはい)しか道はありません
五輪ボランティアへの失言も 特別深い意味はないと平気で言い訳します
若いのは逆らいきれず ずっと同調圧力に屈しています
暇つぶしには 格好の話題となりました

退屈の虫は コロナごもりで静かでした
女性蔑視の失言騒ぎで 緊急事態が起こりました
国益を損するとまで言われても 慰留するのです
メダリストからも協賛企業からも レッドカードが出ています
国会には 東京五輪のあだ花の蕾が膨らんできました
暇つぶしには もってこいの観賞機会になっています

〔2021年2月8日書き下ろし。五輪の目的や価値を今一度学び直すいい機会となった。世界の社会規範や人権運動と乖離したことも露わになった。暇つぶしにしては重たい課題を、当の本人や取り巻きたちは自覚しているのか。IOCに牛耳られた金権五輪の片鱗を見た〕

夢のくず

青春は 儚(はかな)さ
夢が壊れて くずとなる

青春は カオス
夢は幻となり くずになる

青春は 純朴
夢は叶わず くずとなる

青春は 挫折
夢を奪われ くずになる

青春は 恋
夢は散り くずとなる

夢のくずで描いた心象風景 
夢の断片は くずにあらず
青春のあらがいの 心の葛藤

夢のくずが教えるジグソーパズル
夢のピースは くずにあらず
青春のあやまちの 心の痕跡

夢のくずを集めたタペストリー
夢の織り糸は くずにあらず
青春のときめきの 心の模様

〔2021年2月7日書き下ろし。青春の夢と挫折。蹉跌を踏みながら心を強く育てる〕

北海道の集中対策期間の延長

集中対策期間の2度目の延長は 避けられそうにない
去年の2月末全国に先駆けて 政治的判断だと大見得切って
若い知事が 全道の学校を休校にした
大したもんだと評価を受けて 人気はうなぎ登り
去年の11月から 感染もうなぎ登り
後手に回って 札幌と道内の移動を止めて
ススキノや飲食店での 営業規制を強化した

10月に 首都圏からの観光客や帰省客が往来し
感染広げたGOTOと それで緩んだ道民意識
11月 それでもGOTOは強行された
年末年始の稼ぎ時 期待した成果は上がらなかった
1月15日までには数値下がらず 経済活動瀕死の状態
集中対策期間の宣言を 余儀なくされて
2月15日まで延長かけた
さらに2度目の延長を 判断する日が迫ってきた
 
札幌を含めて 道内各地でクラスターのオンパレード
病院 福祉施設 学校 なかなか歯止めはかからない
学校は いまさら全学休校できず 卒業までは引っ張るしかない
子どもらは 自粛の限界超えて 緩む場所はどこにでもある
学校の管理規制の方法は 頓挫しているかもしれない
高校生には納得できる対策を 彼らと共に考える
そこに感染症拡大を ストップさせる鍵がある

札幌市議会と道議会のお偉い議員さん 姿カタチは全く見えず
リーダだけが パフォーマンスを繰り返す
国の動きが鈍い分だけ 地方自治が大きく問われる
ならば 苦しい暮らしを強いられる家庭や事業者に
どんな支援ができるのか 地方の目線で明確に示すしかない
その認識と覚悟なくしては ただの木偶の坊に過ぎぬ

いま問われているのは 
地方自治のあり方と 自治体の危機管理対策そのもの
法を笠に罰則事項を掲げただけでは 政治不信は拭えない
柔軟に対処できる方策を 住民サイドと協働して創意工夫する
それが 地方行政を担う者たちの 公僕としての責務であろう
先に弁解を用意して臨む愚策は やめていただこうか
国からの地方創生臨時交付金の有効活用が問われている

〔2021年2月6日書き下ろし。道内江別市では福祉施設の職員等への唾液検体PCR検査を、市が9割負担し約3600人を対象に実施する計画という。市内の福祉施設でクラスターが発生したことも要因するが、高齢者福祉施設が昨年6月「ネットワーク」を結成して感染施設への職員の派遣や市と共に感染予防に取り組んできた成果でもある〕

付記
1月だけで7校…”学校でのクラスター”に警戒感 知事 集中対策期間「判断慎重に」
集中対策期間の判断は来週1週間にかかっていると言えそうです。2月15日までの集中対策期間について、鈴木直道北海道知事は5日、道内の感染状況の推移を慎重に見極めて判断するとしました。
一方で若年層を中心に広がる集団感染については、対策を強化する方針を示しました。
5日の会見で鈴木知事は北海道内の感染状況について、1日の感染者数が依然として高い水準で、引き続き予断を許さないとし、15日までの集中対策期間延長の可否を慎重に判断するとしました。その感染者数を押し上げている要因について「1月の集団感染のうち、学校での感染も7件と多くなっている。学校が始まって友人と交流が増えることも要因ではないか」(UHB北海道文化放送2021年2月5日)

平穏でありたい

誰しも望むこと
いまだからこそ
心穏やかに暮らしたい

誰しも願うこと
いまだからこそ
家族ともども無事でありますように

誰しも為すべき事
いまだからこそ
エチケットを守るしかない

誰しも考えること
いまだからこそ
これ以上悪い事が起こらぬように

誰しも思うこと
いまだからこそ
ひとのつながりを大事にしたい

誰しも憤ること
いまのいまをわきまえない
やらかす者たちは 許しがたし

〔2021年2月6日書き下ろし。謝罪すれば許されるのですか? 思想信条は隠しようがない。「#Don’t be Silent」「#Gender Equality」「#Mori Resign」、世界中で間違えを正す。当人と取り巻きたちは、東京五輪を汚した事実にどう向き合うのか。代え難い人材って他には恥さらしはいないのなら代えてください〕

手をつなぐ

つれない素振り したけれど
なかよしになりたいくせに 意地張った
いつも天の邪鬼(あまのじゃく)が 邪魔をする
だから涙目を 袖で拭(ぬぐ)うしかないのです
手をつなぎたくても 素直になれないへそ曲がりです

離れたくないのに 邪険な態度が邪魔になります
なぜか分からず 背を向けてしまうのです
さすってくれた手のひらの ぬくもりが嬉しいのです
ずっと一人ぼっちでいたことで
握ることさえ無理だった手に 感じていたのです

あきらめていた いろんなことも
泣くまいと こらえてきたことも
ただ手をつなぐだけで 心がとけていきます
戸惑いもためらいも 静かに消えていきます

いつか 手をつなげるといいな
きっと いつもどこかで願っていたのです 
ただ 手をつないでもらうだけのことでした 
いま この手を離さぬよう強く握りしめました

〔2021年2月4日書き下ろし。手をつなぐだけで、困難を抱えている子に安心をもたらす。その子の痛みを引き受けて、その手をいつも握ってあげられる教師であってほしいと〕

極楽とんぼになりたい

2月末から ワクチン接種が始まります
だから 東京五輪間に合います
やるとかやらないとか 言ってる場合じゃありません
いまは どうやるかを考えましょう
またまた失言 女性蔑視の発言が世界中で非難を浴びてます
わきまえない人にわきまえてと言われて どうしましょう
謝罪して撤回し辞任の考えなしと言われて どうしましょう 
尊大な態度にアスリートも五輪ボランティアも 
辞退せざるを得ない空気を作ります
そんな威圧的な会見聞きながら 極楽とんぼになりたい

いつからか 順次一般の人への接種が始まります
まずは聖火リレーをスタートさせて 盛り上げます
都民1400万人への接種は 間に合いますか
札幌200万人すら 夏までは無理そうです
そんなニュース読みながら 極楽とんぼになりたい

コロナ対策 改正特別措置法や改正感染症法
たった4日間のスピード審議で 成立させました
罰則が科される要件や 事業者への財政支援は不明瞭
失業して病院にも行けずに 罰則受けるのは道理に合わない
先に 医療体制と生きていける体制を整備して
そんなおもい感じながら 極楽とんぼになりたい

緊急事態宣言の前段階から 
私権制限を可能にする「まん延防止等重点措置」
ハンセン病患者への 悪しき人権侵害を繰り返す懸念がわく
誰がどんなふうに取り締まるのか
保健所 病院 警察 罰金取り立ては裁判所?
いえいえそれは建前で 世間の監視や密告が頼りです
そんな相互不信の空気吸いながら 極楽とんぼになりたい

営業時間の短縮命令に反した際に罰則適用
「客が居座ったら対象にならず」と答える内閣官房の審議官
「正当な理由がなければ罰則を受ける可能性がある」
西村康稔経済再生担当相は 個別の事情で判断するという
誰がどのように個別の事情を判断するのか 皆目不明
ざる法の抜け道は かなりありそうです
そんな攻略法想像しながら 極楽とんぼになりたい

※極楽とんぼ:のんびりと思い悩まずに暮らしている者をからかっていう語。のんき者。気楽者。

〔2021年2月4日書き下ろし。最近の社会事情に嫌気がさしてきた。極楽とんぼになれたらどんなにかいいだろう〕

付記
札幌のワクチン接種完了は越年か 国の想定週12万回、60会場で毎日 
新型コロナウイルスのワクチン接種について、札幌市が年内に全市民約200万人分を完了できるかどうか不透明な情勢だ。政府は札幌市の規模の自治体に対して1週間当たり12万回の接種を求めており、11月ごろまでに完了できると想定する。だが、国からの情報が少ない中、大規模な接種会場の確保などは見通せず、実現は難航が必至。市は会場となるホテルや医療機関に協力を求める考えだ。
「仮に1日2万人に接種できたとしても200日かかる。ワクチンの提供方法など課題が多い」。秋元克広市長は2日の労組関係者との懇談で、市民へのワクチン接種方法に悩む胸の内を明かした。国から市にワクチンの提供時期や数量などの情報はほとんど提供されず、接種計画づくりは遅れているのが実情だ。
全市民に2回ずつ接種するという初の取り組みに向け、市は国民の半数が接種するインフルエンザ予防接種を参考に試算を進める。希望者のみを対象に、市内の全医療機関の約半数の約800カ所で接種しているが、週5万回のペースにとどまる。この回数を新型コロナに当てはめると20カ月かかる計算になり、4月から市民に接種を始めても完了は来年12月になる。
接種会場の確保も難航が予想される。政府は、1会場の1日当たりの接種回数を280回と想定。週12万回接種するには、60会場が毎日稼働する必要がある。ホテルや公共施設などの活用を想定するが、利用予約などで長期使用できない施設も多い。(北海道新聞2021年2月4日)

17歳の塊を磨こう

いま トマムの雪中キャンプで
厳寒の自然の圧倒的な強さを 感じているだろうか
北の大地に 生身で生きることの意味を
しばれた大地に立つ 肌を刺す感覚を
闇を裂く光の中に 春を感じる気配を

17歳のきょうの日に
透きとおった心で生きることを 約束しよう
17歳のきょうの日は
大自然の偉大さと人間の非力さを 心に刻もう
17歳のきょうの日も
青春の真っ只中に存在(い)ることを 楽しもう

人生 悩みの塊17歳
悔いることは きっとある
嫌な目にも きっと合う
毅然として動ぜず 臆することなく歩もう
悩みは 考える力を育てる魔法の薬

人生 夢の塊17歳
世の中のちまちました人は 一切気にかけず
夢に向かって 失敗を恐れずトライしよう
世の中のつまらぬことに 一切関わらず
運命を切り拓いて 夢の道一直線

人生 ぶっ飛びの塊17歳
決して楽な道を選ばず
中途半端な妥協もせず
知力と体力を貪欲につけて 挑戦しよう
いま思い描く夢の舞台に 躍動しよう

人生 出会いの塊17歳
多くの人たちとの ふれあいを深めよう
一人ではないことの喜びを 共に味わおう
君を信じてくれる人を もっと好きになろう
そして 自分を決して裏切ってはならない

人生 感謝の塊17歳
明日からのドラマの展開に わくわくする
裸一貫で頑張る頼もしさが 嬉しい
生まれてきた素晴らしい奇跡に 感謝しよう
大事な人たちとの出会いの奇跡に 感謝しよう

17歳 青春を謳歌せよ!
17歳 誕生日おめでとう!

〔2021年2月4日書き下ろし。今日は一番下のめんこい孫の誕生日。青春を謳歌し成長して欲しいと爺さまのおもいを伝える〕

言語道断の宴

男気が 庇(かば)うことだった
侠気心は 仇になった
隠しきれないと すぐに諦めた
雁首並べて 離党勧告を飲む

離党すれば 党は責任をかぶらない
出処進退は個々の裁量 党は関知せず
繰り返される いつもの茶番劇
安っぽい男気が まかり通り
嘘つきが さらに男気を汚す

潔(いさぎよ)くない男気なんか くそ食らえ
庇いきれないくせに 格好つけて墓穴を掘る
潔くない言動なんか くそ食らえ
バッジがものいう仲良しごっこも 地に落ちた

頭を10秒下げて 終わらせる
恥も外聞もなく バカッ面をさらす
頭を10秒下げれば 終わりとなる
慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度は 見透かれる
頭を10秒きっちり下げて 謝罪終わります
お咎めなしと 世間を舐(な)めてかかる

禁じられた会合は 甘い誘惑蜜の味
隠れ酒の旨さは 呑兵衛には格別の味
咎める者がいない店は 取って置きの隠れ家  
人に酔い酒に酔うのは 芳醇な美酒と美女のお陰
浮かれた後の不始末は みんなコロナのせいにする

酒で身を滅ぼすのは 男の才覚
辞職をすれば ただ酒飲めぬタダの人
独酌しながら 凌ぎを肴にするといい

※凌ぎ(しのぎ):その時の障害や困難に耐え,またそれを克服すること。また,その手段。

〔2021年2月2日書き下ろし。子どもの頃見たTVドラマに「三バカ大将」があった。たわいないバカ話だった気がするが、議員の三バカの失態を陳謝する菅首相が哀れだ。それを横目に見ながら、桜の大嘘つきが涼しい顔して鎮座する〕

封印された絶対

故半藤一利氏は「絶対」という言葉を封印した
しかし「絶対に戦争を起こさない」とだけ言い添えて

1月7日緊急事態宣言を発出した記者会見の席上
「1カ月後には必ず改善させる」と言い切る
患者数は多少なりとも軽減傾向にあるが 医療の逼迫は止められず
GOTOキャンペーンの補正予算は盛って 医療対策予算は批判を浴びる
必ずという言葉の重さや 勝負するという言葉の強さに
見事に反比例した敗北宣言
「3月7日まで延期します」

昨年10月臨時国会の所信表明演説
「絶対に感染爆発を防ぐ」
結果は その後感染拡大一直線
国民の「待望感」は 一気に「不信感」へと冷めていく
いまでは 内閣支持率30%台と 惨めな数字を負わされる
「絶対」という覚悟なくして安易に使い 軽挙さを身に纏う
「人間は歴史から何も学ばない。それが最大の歴史の教訓」(ヘーゲル)

商業優先 東京五輪を開催したいと 願望だけの独りよがり
海外からの受け入れ体制すら 未確定要素がありすぎて
確信もなく出来ると豪語する無責任さ 後は神頼みしかない
糊口を凌(しの)げぬ者たちは ただただ腹を空かすだけ
東京五輪まで 暮らしが立ちゆくのか途方に暮れる 

頼みのワクチンも 契約通りに履行されるか不確定
担当河野太郎では パフォーマンスがありすぎて調整不能
最大の国家プロジェクトを担うには 人気だけでは荷が勝ちすぎる
絶対大丈夫なんて 聞きたくはない世迷い言

ワクチンの安全性の是非を オープンにして
ワクチンの入手時期と量も 隠すことなく知らしめて
ワクチン接種の優先順位とその時期を 確実に周知する
ワクチンの接種場所 医療者の確保を 迅速に整備する
その確証がなければ いつまでもコロナの不安から解放されず
不信感はさらに増幅され 五輪はぶっ飛び 政局に陥る

野党も大して信望なく 政権奪還など夢のまた夢 
政局を切り拓くだけの 覇気を感じず
体力と財力と政策力を 賭ける気概すらない
選挙になれば自分の首が一番大事 戦々恐々とした姿が目に浮かぶ

与党の老害目にしながらも 旧態依然のリーダーでは 
与党の老獪さには ただ手を焼くばかり
野党内部で主導権争いをしてる分だけ 与党は形勢不利を利用する
組織強化を図って選挙態勢を強化して 臨んでくるのは自明の理

そんな与野党の小粒な政治家たちが 椅子取りゲームをおっぱじめる
それを強制的に見せられては 悲嘆の声が上がるのも道理
いつまでも 聞き分けのいい人ではいられない
「絶対痛い目に合う」という事態だけは 絶対に避けたい

※軽挙(けいきょ):深く考えずに軽々しく物事を行うこと。「軽挙して以て計を行はば則ち人主危ふからん=韓非子」。

〔2021年2月1日書き下ろし。緊急事態宣言が延期される。我慢を強いられ、たまった鬱憤をどのように晴らすのか。選挙がその一つになるだろう〕 

付記
緊急事態、10都府県で延長3月7日まで 栃木は解除 あす2日に決定
政府が新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言について、栃木県を除く10都府県で7日までの期限を3月7日まで1カ月間延長する方針を固めた。今月2日の基本的対処方針等諮問委員会で専門家の意見を聴取し、政府対策本部で決定する。複数の政府関係者が明らかにした。
延長の対象となるのは、東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、岐阜、大阪、京都、兵庫、福岡の10都府県。3月7日までに感染状況や医療提供体制が改善すれば期限を待たずに解除する。栃木県は新規感染者数が減少傾向にあることや、その他の対象地域と生活圏が異なることなどから解除することとした。
政府はこれまで、宣言解除の基準として、新型コロナ感染症対策分科会が示す基準で最も深刻な「ステージ4」から「ステージ3」への移行することを目安としていた。ただ、ステージ3に移行しても病床の逼迫(ひっぱく)度などが改善されていなければ解除は難しいと判断した。(産経新聞2021年2月1日)

商業化五輪の転機=山田孝男
「オリンピックはアメリカ次第。大統領が開催に前向きな発言をしてくれれば勢いがつく」。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の高橋治之理事(76)が米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューでそう言った(27日、電子版)。
高橋はこう続けた。
「(米国で放映権を独占する)NBCも含め、アメリカに参加してもらうことが何より大事。言いにくいが、IOC(国際オリンピック委員会)とバッハ(会長)に決められることじゃない。彼らにそんなリーダーシップはない」この毒舌は、商業化が極まった現代五輪のゆがみを言い当てている。(毎日新聞2021年2月1日)