ナレーション
高橋のてつさんのとこのかっちゃんが東京から戻ってきて早3年、いまは村の自治会の世話役を買って出て、活気のなかったこの部落に新しい風が吹き始め、みんな乗せられたふりをしながらも、結構面白がっている。
今日も昨夜の「利き酒会」の話題から、民さんちでにぎやかにおしゃべりが始まった。
民江 「昨日は大した楽しかったって、父さんご機嫌で戻ってきたわ。」
邦子 「うちのも、えらいめかしこんで、会館さ出かけていったわ。野良着では案配悪いって、この間嫁が送ってくれた上着ば出して、頭さ調髪料ぶっかけて、いい匂いこさせてさ。」
鈴子 「利き酒会っていうから、のんべにはいっとう楽しんだわ。うちのも、今晩の酒のさかな作ってくれっていったもんだから、会館さ届けたら、そりゃ20人ばかしもう集まっていたわ。」
幸子 「なんだか、隣町から利き酒の資格を持った酒屋の嫁さんが来るっていうんで、みんな張り切って集まったんだとさ。それにしても寄り合いには仕方なく行くのに、酒こだというと、現金なもんだね。」
民江 「うちのも酒の肴さもっていったら、たいそう旨いってみんなに褒められたって、普段褒めたことのないひとが、よっぽど嬉しかったんだね。作り甲斐があるってもんだ。」
邦子 「本当に、高橋さんとこのかっちゃんが東京から戻ってこのかた、なんだか部落も少し元気が出てきたような気がするね。これもかっちゃんが言い出しっぺだってね。」
鈴子 「そうそう。今度のことも、仕事が一段落したら一杯やってた寄り合いとはちょっと違って、利き酒で誘って、ただののんべの会から少し高尚なのんべになる会になったんじゃないの。」
幸子 「利き酒師が女の人っていうのも、いいかもしれない。ほどほどに飲んでお酒の味を楽しむという会だから、ご機嫌で帰ってくるのは、健康にもいいわね。」
邦子 「それでめかし込んで、うちのは張り切っていったんだね。年甲斐もなく。」
幸子 「女房焼くほど亭主もてず。心配ないって、お宅の旦那は。」
邦子 「よく言うわ。それ当たってるだけに、なんだか辛い。(一同笑い)。
鈴ちゃんとこは、心配で様子を見に行ったんだろう、おかずを届けるふりして。」
鈴子 「なに言ってんの。お宅よりもっとひどい。なんせうちのは女がみんな避けて通るから、仕方なく嫁にきてやったんだよ。」(一同笑い)
民江 「ところで、佐藤のかずさん、うちの人が誘いに行ったらちょっと具合悪くして寝付いていたみたいでさ。敬子さん身体弱いから、かずさんが世話焼いていたのに。いまどうしてるんだか、ちょっと気になってね。」
邦子 「そういえば、父さん今日はどこに行ったの。」
民江 「かずさんち様子見てくるわって、朝から出てた。同級生だから心配なんだわ。」
鈴子 「たいしたことにならなきゃいいけど。いつなんどき私らもそうなるか、これだけはわかんないからね。」
幸子 「鈴ちゃん、あんたんとこはまだまだ大丈夫だって。元気だけが取り柄なんだから。」
鈴子 「幸子さんは、もう言いたい放題。うちの人だって風邪ぐらい引くんだよ、人並みに。」(一同笑い。そこに民江に夫から電話がかかってくる)
民江 「どうだった。うん(うなずきながら、聴いている民江、一同注目)。2~3日寝てれば大丈夫だって。よかった、よかった。敬子さんも心配してたっしょ。はい、はい。わかったよ。」
鈴子 「なんだって?」
民江 「疲れが出たんだと。病院に行くまではないって言うから、2~3日様子見ることにするって。後で、おかずでも届けるついでに、敬子さんの様子も見てくるわ。」
鈴子 「こやって、誰かが倒れだの怪我したのだって、すぐにわかるのはいいことだね。そうやってみんなで気遣って暮らすのは、ありがたいことだよ。」
邦子 「鈴ちゃんの言うとおり。誰かが困っているのを、すぐに気づいて駆けつける。そんなつきあいがあるから、ここでもう少し頑張って暮らしていこうという気持ちがおこってくるんだね。」
幸子 「旦那たちも酒っこ飲みながら、それぞれの家のこと、家族のことしゃべりながら、みんな年取った分、いつ何時何が起こるかわかんないし、みんなと仲良く暮らしていきたいって思って、出かけていくんだわ。」
民江 「そうだね。女の気くばり、男の心くばり、部落は目くばりしながら、みんなで助け合っていくことが、一番だね。」
邦子 「うまいこというね。こやって集まっておしゃべりするのも、誰かに何かあったらすぐに駆けつけて、助け合えるように、気くばりしあってるんだね。」
幸子 「わたしが一番最後に残って、みんなのお世話を焼くから安心して倒れてください。」
鈴子 「何言ってんの?」
幸子 「憎まれっ子世にはばかる。だからいつも憎まれ口を叩くのが、私の健康法!」
鈴子 「よく言うわ。」(一同笑う)
‥‥‥(幕)‥‥‥
〔2019年2月28日。秋田県北秋田市地域づくり研修会~当地の「話し言葉」で上演〕