妻が自死した。
妻が寝る前に、睡眠薬を2粒とコップの水を枕元に置いて、眠たくなったらそれを飲むというのが、いつもしていることだった。
ただ昨日は夕食の後、友だちから久しぶりに誘われて、外に出てこいというので、妻に話したら大丈夫だから行っておいでと言うし、枕元に睡眠薬の瓶を置いて出かけた。
夜帰ってきて、寝室を見たら、電気も消えて寝ていたようなので、自分のベッドで横になった。
翌朝起こしに行くと、動かなかった。
すぐに救急車を呼んだが、間に合うはずもなかった。
睡眠薬の過剰摂取(かじょうせっしゅ)による死亡だと診断され、警察も、自死の判断をした。
葬儀は無事終了した。骨箱に収まった妻を前に、男はつぶやき始めた。
ただただ可哀想(かわいそう)で、苦労ばかりかけて、こうして死んでいくなんて…。
母さん、辛かったろう。本当になんにもしてあげられず、申し訳なかった。
母さんが寝ついてからというもの、あんたがしてほしいと思うことができない歯がゆさで、辛く当たったことが何度もあったね。
どんなにか悲しかったろう、しんどかったろう。
わたしのせいで、好きなことも出来なくなって、ごめんねって言われたときには、たまらんかった。
おれよりも、もっと我慢しているあんたの言葉は、余計にこころにしみてきた。
すまなかった…。
元気なときには、おれの親の世話や自分勝手なおれの世話で、どれだけ苦労させたことか。一緒に美味しいものを食べに行こうというのも、空約束ばかりだった。
そんな、辛抱強くやさしい母さんが、病気になって、おれより早く逝ってしまうなんて。
感謝の言葉さえ、かけることができなかった…ほんとにすまなかった…。
嗚咽(おえつ)を抑えられず、涙の流れるままに、語り続ける。
ごめん、母さん、死んだのは、きっとおれのせいだ。
いつものように、薬を2粒置いて出かけていれば、死なずにすんだんだ。
これ以上迷惑をかけたくない、自分に見切りをつけようと思っていた矢先に、瓶ごと置かれて決心したんだと、おれは思っている。
もしかして、そんな母さんの思いを感じ取って、おれも楽になりたいっていう思いがどっかにあって、瓶ごと枕元に置いたかも知れない。
そう考えたら、無性にやりきれなくて、どうしょうもなくなった。
母さん、ごめん。あんたが先を急いだのは、おれの心を見透かしていたんだろう。
母さん、ごめん。本当にバカなおれを、許してくれ。
〔2019年8月6日。筆者が中二のませたガキの時代衝撃を受けた舞台と森鴎外『高瀬舟』をモチーフに自死を考える〕