風呂敷包み

認知症を患い 95歳の老女は 特養ホームに居た
娘が内地から 見舞いにやってきた
居室に飾られた「一枚の写真」に釘付けになった
一筋の涙が とめどなく流れた
親不孝を咎(とが)めた 涙でもあった
娘は 母が風呂敷包みを 
なぜたすき掛けにしていたのかを 知っていた

大正生まれの母 子どもの頃から覚えたであろう風呂敷の扱い
戦前戦後の石炭全盛時代 子育てをしながら夕張の鉱員として働いた
世は移ろい 流れるままに身を任せ
衣食住の苦労は 白髪と顔のしわに刻まれた
石炭は 石油の波に押され 炭鉱は閉山
安住の地も追われ 路頭に迷う昭和の後半
夕張市が破綻していく 前兆の時代だった
十八年間毎秋春 風呂敷包みとバックを持って 
内地にいる 子どもたちの所を巡り歩いた
高齢と認知症で 施設に入った
写真の風呂敷包みの中身は たぶん下着とオシメ
感情を高ぶらせて 包んだに違いない
車いすに乗り 部屋から出た
行き先を 介護士と話して安堵している笑顔の一枚
笑えない認知症だ

娘は さらに綴った
次から次へと推測できる写真に出会い とめどなく涙が流れます
母は この後安らかに就寝したものと思います
入居者に こんな優しい気持ちで 接しておられる
職員の皆様のご努力が 目に映ります
言葉に尽くせない 熱いものがこみ上げてきました
ありがとうございます

男は この手紙を職員に 担当の名を伏しながら紹介した
担当のおもいが 家族に伝わった情景を思い浮かべながら
この手紙の重さを 語った

男は 大事な施設の宝を ここに見つけた
お年寄りの こころ模様に寄りそう 人そのもの
「和顔愛語」のこころが 日々のケアに託されて
職場が 笑顔と思いやりあふれる言葉に満ちてこそ
介護の仕事は 一つにまとまり 豊かとなる
そこに 一人ひとりが 人として輝き 育ちゆく
仕事への自信と誇りが 培われていくのだと

男が 五十年間 自ら求めてきた「和顔愛語」は 
老若男女の介護士たちの 
日々淡々と 繰り返されるケアで 示される
いのちと暮らしを護る 福祉の最前線は 
今日も 無事なり   

※和顔愛語(わげんあいご):「大無量寿経」の一節、「うそ、いつわり、こび、へつらいの心を持つことなく、いつも和やかな笑顔、愛情のある言葉をもって人に接し、相手の意志を先んじて知り、その望みを満たすこと」にある。法人の介護理念の源泉となった言葉。

〔2019年11月9日書き下ろし。人生の師である社会福祉法人の理事長が大切に持っていた利用者の娘からの手紙を見せてもらった。職場環境と介護福祉士を育てる励ましと評価。それが仕事への誇りとなり、人育ちそのものとなる〕