「老爺心お節介情報」第31号
―井上英晴先生の「岡村重夫理論」の考察を読んで―
〇井上英晴先生の存在を認識したのは。先生が福岡県嘉穂郡穂波町社会福祉協議会の福祉活動指導員として、産炭地における生活課題に取り組んだ実践レポートを読んだことが最初であると記憶している。
〇その後、井上先生が大学院での論文を基に刊行された『福祉コミュニティ論』を読み、それを日本社会事業大学の大学院で教材文献として紹介し、その批判検討をした記憶がある。その本では、井上先生は、大橋謙策の福祉コミュニティ論の考え方は間違っていて、岡村重夫の福祉コミュニティ論が正しいと、大橋謙策論文を批判していながら、最後は大橋謙策の考えを何か肯定しているかのような論説の仕方をされていたことを思い出している(手元にその著書がないので確かめていない)。
〇この度、井上英晴先生が鳥取大学を退職して、高松大学発達科学部に移られてから書かれた、以下の論文を読み、久しぶりに“知的好奇心と興奮”を覚えたので、その一端を紹介したい。
①『岡村重夫の生活者原理(社会福祉の援助原理)には個別性の原理が含まれるのか』(高松大学研究紀要第51巻、P1~21、2008年投稿、
②『岡村重夫なのりこえられたかーー「地域社会関係(原理)」について』
(高松大学研究紀要第52=53巻、P1~24、P39~80、2009年投稿)
③『岡村重夫による和辻哲郎の需要と批判』
(高松大学研究紀要第56―57巻、2011年投稿)
④『死あるいは死ぬということと、岡村重夫の死の援助』
(高松大学研究紀要第58―59巻、P1~56、2012年投稿)
〇井上英晴先生は、岡村重夫先生の(岡村重夫講演「現代の社会福祉の特徴」『大阪市社会福祉研究』特別号、2002年、大阪市社会福祉協議会・大阪市社会福祉研修センター) “日本の研究者を見ていると、社会福祉の問題は一体何なんだということが研究されていない。社会福祉の本がたくさんあるが、どれを見ても全くつまらない。中身は大学の先生なんかが来ているんですけども、みんな紙屑みたいなものだと思いますね。・・・見たら全くつまらない。お金と時間のムダなんですね。それは何故かというと、社会福祉の「固有性」、社会福祉は何なのかということ、他のものとは違う、ここに特色があるんだということが研究されていない・・・福祉がなければ社会がつぶれてしまうという、そういう必然性があるんだということを証明していかなければならない”という言説を引用しつつ、岡村重夫先生の理論を多角的に、多面的に検討した論稿を書かれている。
〇上記した大学紀要の論稿はいずれも長文で、引用文献も哲学分野も含めて、多面的に引用されて、諸々の論説を丁寧に批判検討されている。先に述べた岡村重夫先生の言説の持つ意味を多くの社会福祉研究者並びに地域福祉研究者に考えて欲しいと思った。
①の論稿では、私は個別性が問われるのは“支援する側”の視点であり、“主体性”はサービスを必要とする人の側の論理であり、その両者の“合意”が重要であると考えた。訓詁学的に論議をするのではなく、“求めと必要と合意に基づく支援”の展開を心がける必要性を改めて感じた。
②の論稿では、岡本栄一先生の論説を巡っての検討であるが、そもそも岡本栄一先生の論説の立論に問題があると私は考えており、1970年代の岡村重夫先生のコミュニティケアの考え方や私の「施設の社会化論と福祉実践」(1978年)で書いた域を超えてはいないと感じた。
③の論稿は、岡村重夫理論が和辻哲郎の考え方を援用したものだということがよく分かった。ただ、主体性についての岡村重夫理論の考察はやや浅く、岡村重夫はどうしたら主体性が確立できるのかについて論説しきれていないことをもっと深めるべきではなかったかと感じた。この点は、戦前の海野幸徳等の積極的社会事業論との関係なども深めるべきではなかったかと感じた。
④の論稿は、岡村重夫の「死の援助」についての言説(岡村重夫は「死の援助」――死の相談を受けられないソーシャルワーカーは落第―と述べている)であるが、学生の「死の援助」に関わるレポートも引用しながら展開しており、福祉教育の教材、方法論の上でも考えることが多々ある論文である。ここでも、岡村重夫の社会福祉の「固有性」について論じている。
〇井上英晴先生のこれら一連の論稿は、今日の地域共生社会政策を考える上で、とても考えさせられる論点が多く含まれている。
〇老爺心お節介情報」第30号で書いた、特例貸付の方々や生活のしづらさを抱えた人日を支援する際に、その事象のみに囚われず、それらの事象を引き起こす社会構造が、ある人には強く働き、ある人は乗り越えるという“違い”を意識しつつ、それらの人々への支援のあり方を考えることこそが、対人援助としての社会福祉の「固有性」であると改めて考えた。「老爺心お節介情報」第30号共々読んで頂きたい。
〇また、私は、岡村重夫理論については、その原著は読んできたし、松本英孝著『主体性の社会福祉論――岡村社会福祉学入門―』(法政出版株式会社、1999年)や『岡村理論の継承と展開』善4巻、ミネルヴァ書房、2012年)も読んで、それなりに理解してきたつもりではあるが、こういう見方、考え方もあるのかと改めて岡村理論を見直す機会になった。
(2021年9月20日記)