老爺心お節介情報/第42号(2023年4月12日)

「老爺心お節介情報」第42号

皆さんお変わりなくお過ごしでしょうか。
新年度になり、気持ちも新たに地域福祉研究に、実践に取り組み始められたことと思います。
筆者が、約40年間に関わり、「バッテリー型研究・実践」を展開してきた富山県氷見市社会福祉協議会の地域福祉実践が『福来の挑戦――氷見市地域福祉実践40年のあゆみ』として、中央法規出版から2023年4月に刊行されました。
氷見市の地域福祉実践をけん引してきてくれた元氷見市社会福祉協議会事務局長の中尾晶美さんが昨年来闘病生活を送られていましたが、薬石効なく、この3月に逝去されました。本の出版を待たずに逝去されたことはとても残念ですが、本の校正ゲラには目を通して頂いていたことがせめてもの慰めです。中尾晶美さんのご冥福を心より祈念しています。
他方、教え子である原田正樹先生が、この4月より日本福祉大学の学長に就任されました。筆者の教え子で、大学教員になった人は約45名いますが、その中で学長になった人は初めてでうれしい限りです。“人との出会いの素晴らしさ”を改めて感じています。

2023年4月12日   大橋 謙策

Ⅰ 新型コロナウイルス感染症の新たなステージにおける新しい社会システム

〇2020年1月に新型コロナウイルス感染症が国内で確認され、4月には緊急事態宣言が出されて丸3年が経ちました。
〇新型コロナウイルス感染症が社会福祉分野に与えた影響は測りしれないのですが、私なりに2022年11月1日に整理したら以下のような問題、課題が明らかになりました。

(1)不安定就業層の露見化と経済的困難さーー生活福祉資金特例給付問題から見える新らたなニーズ
① 安定していると思われた自営業者、フリーランサー、飲食店と委託契約・直販している栽培農業者、鯛等の特定魚類の要職をしている漁業者等の生活困窮
② 不安定就業層(契約社員、派遣社員、アルバイト等)の方々の生活困窮
③ 技能実習生の外国人の方々の生活困窮
④ アルバイトで生計と学業を両立させていた大学生、高校生の生活困窮
(2)核家族の絆、家族機能の脆弱化の顕在化とその社会化支援の必要性
① 自粛生活の長期化で「孤立・孤独」に陥っている方々の生活不安、生活のしづらさ問題
➁ 通院が制限されることによるストレスと家族での対応の困難さ
③ 狭隘な住宅環境においてリモートワークを求められた家族のストレス、DVの増加
④ 一人親家庭、核家族等での新型コロナウイルス感染による入院・療養の際の養育の代替、介護の代替等家事機能に関わる生活の困難さ
⑤ 自宅待機の学童・児童のリモート学習対応、学習支援に困難さを抱えた家族
(3)社会関係の希薄化と孤立化の一層の促進
① 福祉サービス(通所、訪問)の制限による障害者及び高齢者のストレス、要介護度の悪化と家族対応の困難さ
➁ 民生・児童委員の訪問活動の制限
③ 子ども食堂の閉鎖、認知症高齢者のオレンジカフェ等ボランティア活動の制限
(4)人間としての成長の「節」に必要な社会体験機会の喪失――親密圏から公共圏への人格の再構築におけるイニシエーション機会の喪失
① 修学旅行等の学校外での社会体験の未体験、
➁ 大学のキャンパスにおける交流の禁止とサークル活動等の興隆機会の喪失
(5)社会福祉施設のリスクマネジメントとBCP(業務継続計画)の必要性
① 家族等との面会の制限による認知機能の低下
➁ エッセンシャルワーカーとしての介護・保育の現場のクラスターと代替機能の確保
③ 感染症対策に関わる物品の確保と経費の捻出の困難さ
④ 利用者の感染に伴う隔離、療養と空間的制約
⑤ 感染症対策上の利用者の減少に伴う経営問題
⑥ 社会福祉法人としてのリスクマネジメントとBCP問題

〇このような問題がマイナス面としてあるものの、一方ではプラスの面もあったと感じています。
〇それは、会社に毎日通勤し、同じ職場で、対面でしか仕事ができないと“思い込んでいた”ことが、インターネットの急速な普及で自宅でリモートで仕事が可能だということが分りました。このことは、日本的組織の中で、我々の行動、見方、考え方を“呪縛”していた価値規範が大きく崩れ、価値観の多様性を認める“一歩”になったともいえます。
〇この「老爺心お節介情報」(ろうやしんおせっかいじょうほう)も、実は新型コロナウイルス感染症による外出自粛、自宅待機が求められる中、“やることもない”ので、暇にあかせて書き始めたもので、新型コロナウイルス感染症がなく、従来のように動き回っていたら発想も出てこなかったでしょうし、書いている時間もなかったことでしょう。
〇新型コロナウイルス感染症は、従来の価値規範や組織の在り方、行動規範などのもろもろの見直しを迫り、新しい社会システムを惹起させる契機になるというプラスの面があったこともきちんと見ておかなければなりません。
〇日本の社会は、この新型コロナウイルス感染症に伴う“社会実験”で急速に変化していくことになると思います。それに人口減少、労働力不足などの要因を加味していくと、社会福祉の分野といえども避けて通れない課題です。

Ⅱ 地域福祉研究における「研究方法」に関する研究の必要性

〇かつて、筆者は東北福祉大学の学会において、赤坂憲雄が提唱している「東北学」を援用し、東北地方の地域福祉実践、地域福祉研究の独自性に関する研究の必要性を提起したことがあります。
〇また、1990年ごろの日本地域福祉学会の研究の一環として「蓮如上人の布教と地域福祉方法論」についてエッセイ風に小論を書いたことがあります(この文献が私の手元にない。持っている方はコピーして私に下さい)。
〇「老爺心お節介情報」で、今まで何回か、地域福祉史研究の重要性を指摘してきたが、ぜひ若手の地域福祉研究者は時間をとって、この研究をしてほしい(歴史研究には時間が掛かり、かつ研究成果を出し辛い)。
〇かつて、筆者は日本社会福祉学会の求めで「若手研究者に期待すること」というエッセイを書きました。その中で、研究者の素養には①社会福祉に関する歴史研究、②社会福祉の哲学に関する研究、③社会福祉に関する国際比較研究が不可欠であることを述べたことがあります。
〇地域福祉研究者も、国の政策に“一喜一憂”するのではなく、かつ“政策の解説をする”のではなく、本質的な研究方法を身に着けて、地に足を付けた研究をしてほしい。自分が市町村との間で、しっかりした「関係人口」にも位置づいていないのにもかかわらず、その市町村の地域福祉実践を解説風に論評する研究“方法”は、ある意味地域福祉研究の倫理に悖ると考えなければなりません。
〇日本地域福祉学会は、地域福祉研究における研究方法について、もっと論議を深める必要性があります。
〇かくいう筆者自身も、東大大学院時代に、当時の助手から“お前は「道聴塗説」をしている。もっと、しっかり研究をするように”と叱られた記憶がある。
〇ぜひ、その面からも地域福祉史研究をしっかりやってほしい。

Ⅲ 『福来の挑戦――氷見市地域福祉実践の40年のあゆみ』を上梓

〇富山県氷見市の「関係人口」の一翼を担い、氷見市社会福祉協議会の実践のアドバイザー的役割を担ってきた原田正樹先生と筆者の二人が監修した上記『福来の挑戦――氷見市地域福祉実践の40年のあゆみ』(中央法規出版)が2023年4月に刊行されました。
〇筆者は、かつて生物学の授業で“個体発生は系統発生を繰り返す”ということを習ったことがありますが、地域福祉を推進する社会福祉協議会の発展の要件というものが、この本には凝集されていると自負しています。
〇全国各地の社会福祉協議会関係者が自ら関わる社会福祉協議会の地域福祉実践力を高めようとしたら、氷見市社会福祉協議会の各ステージごとの要件をキチンと学び、それを遂行していくことに尽きるのではないかと思っています。
〇上記の本で、十分触れられなかった点を補足しておきますと、①1990年代当初から「保健・医療・福祉の集い」を行っていたこと、②介護保険前夜に、国光登志子先生が、社会福祉協議会職員のみならず、市内の関係者向けに、「関係人口」の一人として精力的にケアマネジメントに関する研修をおこなったこと、③「寄付の文化」を醸成することを意識してきたことがあります。
〇多くの人に上記の本を読んで、学んで欲しいという思いから、全国の社会福祉協議会関係者に献本した際の添え状、メッセージを下記に転載しておきます。

(参考)
社会福祉協議会関係者の皆様
地域福祉研究者の皆様

〇皆様にはお変わりなく、地域福祉の推進・向上にご尽力されていることとお慶び申し上げます。
〇本年は、市町村社会福祉協議会が1983年に社会福祉事業法(当時)に法定化されてから40周年の節目の年です。かつ、厚生労働省が2016年以降推進している地域共生社会政策において、文字通り地域福祉が社会福祉のメインストリーム(主流)になりました。
〇しかしながら、地域福祉推進において、市町村社会福祉協議会は“中核”的役割を担えているのでしょうか。
〇地域共生社会政策において、改めて市町村社会福祉協議会はどうあるべきなのか、どう経営されるべきなのか、住民と行政に信頼される市町村社会福祉協議会の在り方が問われています。
〇富山県氷見市社会福祉協議会は1966年に社会福祉法人化されました。しかしながら、その活動は長らく氷見市福祉事務所の片隅に机二つおいて各種社会福祉関係団体のお世話を行うにとどまっていましたが、1981年に第1次社協基盤強化計画を策定することにより、実質的に地域福祉推進組織としての歩みを始めます。本書は、それからの約40年間の実践を取りまとめたものです。
〇氷見市の名物である寒ブリ(鰤)は成長魚で、成長に伴い名称を変えていき、最終的に体重約10キロになると鰤と呼ばれるようになります。本書のタイトルの「福来」(ふくらぎ)は、鰤の幼魚の名称です。
〇氷見市社会福祉協議会の活動も「福来」(ふくらぎ)だったものが、今や全国的に評価される「鰤」になりました。
〇本書は、「福来」が如何に「鰤」になったかの挑戦の記録を綴ったものです。住民の社会福祉への理解を促進させて作られた地区社会福祉協議会活動、地域福祉推進における行政との協働の歴史、住民のニーズに対応した新たな福祉サービスの開発等、今求められている重層的支援体制整備事業に関わる課題が歴史的に整理されており、社会福祉協議会関係者必読の文献になったのではないかと自負しています。
〇本書は、氷見市行政、氷見市社会福祉協議会のアドバイザー的役割を担いつつ、氷見市の地域福祉推進・向上を約40年間見守ってきた大橋謙策と原田正樹が監修させて頂きました。
〇全国の社会福祉協議会関係者並びに地域福祉研究者に本書を是非読んで頂き、本書を参考にして各々の市町村社会福祉協議会の実践力の向上と経営の安定を図り、現在求められている地域福祉推進・向上の“中核的組織”として社会的に評価される組織に飛躍されることを祈念して、本書を謹呈致します。

2023年3月
大橋謙策
原田正樹