阪野 貢 のすべての投稿

学校で楽しく過ごす方法

自分に 正直であること
だから 自分には嘘はつきません
子どもに嘘は いいんだね 
その通りです
だから先生しています

好奇心 旺盛であること
時間を惜しんで 好きな本を読みます
教育書 決して手にはいたしません
スマホで 時間を忘れて
指を使って 好奇心を刺激しています

笑顔で接し 協調性が高いこと
作り笑いしかできません
協調性って 空気読むことでしょ
それこそ しっかり教え込まなければならない
教育課題です

忍耐力があり あきらめないこと
やるときめたら へこたれません とことんやります
ポジティブだって
いえいえ いかにさぼるか いかに遊ぶか
長期の休みの前は もうわくわくしています

授業準備を 怠らないこと
本業は授業だって 新聞にも書かれているんだから
建前は そうしておいてください
生徒指導は 雑用です

几帳面であり 気配りができること
ずぼらだと 上司にバカにされます
気配りって 自分にとって都合のいい人を どう選ぶかってことでしょ
どこかの校長 誰につくんだって 
バレなきゃ 当たりだったよね

夢を持ち 目標を高く掲げること
夢 そんな青臭いこと いまさら言えますか
大過なく無事にが 一番
これ以上望んだら お天道さまに叱られます
あっ 目標あった
校長先生になること
だって あんな人でもなれるんだから
 
どうぞ 御身お大事に 
校務は ほどほどになさって
本音を隠して 上手に取り入り 
自己愛に 生きてください

〔2019年10月27日書き下ろし。7つのことが、一つでも真剣に考えてもらえると嬉しいけれど、子どものことは二の次のご様子。そこが学校という世間に生きるってことかな〕

妻の旅支度

妻は 脳に腫瘍が見つかり 手術した
余命三年と 宣告された
三年分 千日のカレンダーを 作った

妻は 結婚以来 夫に尽くすことが 本分だった
上げ膳据え膳で 家事を一切担ってきた
だから 夫は何もできない
買い物一つ できない
コーヒーすら 入れられない
ご飯も炊けない ないないないの 出来ない夫

緑内障を患っている夫の片目は もう危ない状況だ
残された夫を 不憫(ふびん)に想い
生かされた時間のすべてを
夫がひとりになっても 困らぬよう
カレンダーに書き込まれた 家事一切の教育プログラム

まず買い物から 始まった
メモを手に スーパーに毎日出かける
これも 妻の戦略だった
健康維持のために 散歩を習慣化した
もう一つ ボランティアを薦めた
小学生相手の将棋クラブを 老人クラブで支援している話を聞いて
夫に仕向けた
そうすれば しばし寂しさを紛らわせることができるだろうと

包丁を片手に野菜を切り 味噌汁づくりを伝授した
妻は美味しいと だされた料理は 笑顔でいただく
これも 料理は人を喜ばせることを伝える 大きな戦略
焼き魚も簡単そうで 目の悪い夫には
ガスレンジの魚焼き器の様子を 判断するのは難しかった
一つひとつ確実に習得するまで 夫も妻に意を汲み 辛抱強く取り組んだ
後片付けが 一番苦手だった
まだ仕事が残っているとおもうと
食後の満喫感が損なわれ こころは重かった

一人前に 家事全般をこなせるまでに 夫は成長した
妻の余命の三年は 幸いなるかな 過ぎていた
神様がくれた お駄賃
しばらく 夫の手料理を味わう 至福のときを謳歌(おうか)した

そして 二年後突然別れが来た
一人で暮らす覚悟を学んだ 妻の最期のレッスン 
しっかりと噛みしめて いまを生きる

〔2019年10月26日書き下ろし。私の先輩のご夫婦の実話です。夫婦愛に感動し、かくありたいと想うこの頃です〕

始まり

今回の豪雨で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復興を願っています。

10月25日
いままた低気圧の影響による大雨で 
台風の被害を 散々受けた千葉を中心に 交通網は寸断された
河川の氾濫も 起こっている
東北の被害も 心配される
復旧も進まぬ中で
踏んだり蹴ったりとは このことだ
虹が出ましたと 喜んでいるときではない

世界の気候が どんどん変わってきて
数十年に一度という 天気予報のフレーズは
もう 使用不可となるだろう

これが 日本列島への自然災害多発の警告なのか
これは 令和時代の 過酷な暮らしの始まりなのか
もしかして 日本の民の過剰なエネルギー浪費を 罰しているのか

どれだけ 堤防を高くしても
どれだけ 頑丈な建物を造っても
電気が止まる
水が出ない
ガスも出ない
それだけで 暮らしが行き詰まる
タワマンの防災対策の不備からも 安全神話は崩れていく

何度も何度も 国中が叩かれる
いつも どこでも 被害甚大 守る術なし
地域の防災 大丈夫と 高をくくり
災害対応未熟な役所 見事に失敗
規則遵守では 守れないから災害なのだ

被災地復旧ノウハウを まずは優先して学ぼうよ
未経験を言い訳せずに まずはわかったふりはやめようよ
役所の人事異動で 部署が変わると責任転嫁 分かりません
ではもう通用しない 異常事態
災害時に出される 非常事態宣言
ときに 非情事態宣言に聞こえてならない お役所対応
 
もっと地域の防災を 地元目線でしっかりとらえ 
机上論では 想定できませんでしたと逃げないで
想定範囲を拡大して 
民の命と暮らしを 守ってください
都道府県知事さん 都道府県庁さん
国会も 憲法論議で なんちゃらしている場合じゃない

台風19号 長野市に仕事で滞在した 娘へのメール
「食料・水は大丈夫か? 多めに用意していつでも対応できるように」
「奪い合えば足りず 分け合えば余る」
昨年9月の 北海道胆振東部地震時に
札幌市内で 周辺の高齢者のために おにぎりを炊き出した娘の 返信メール
その心がけこそ 災害時の心得として学んだ
そこに人と人をつないでいく 忘れてはならない
常日頃の 分かち合う暮らし方なのだと

さて 日本列島 
大丈夫といえるところは 残っているだろうか?
だから
暮らし方を見直す 終わりの始まりです

〔2019年10月25日書き下ろし。台風だけではない。日本列島がいかに無防備であったのかを赤裸々に晒す事態が続く。みんな頑張ってください。民の祈りが続く〕

みの字

身弱き者を 徒党を組んで いじる者たち
見破られぬよう
見くびられぬよう
見とがめられぬよう
いじめまくって 
遊んだだけだと 強弁ふるう

身構えて 身を守る者たち
見られぬよう
見下されぬよう
見返さぬよう
ターゲットにならぬには
その見苦しさに 耐えるだけ
触らぬ神に祟りなし

腹にすえかねて 声を上げても
見とがめなしで 
見返りは さらなる仕打ちの恩返し
校長の 知りませんでしたの 一言で
見殺しにされ
見切られた

見落としては いけない
これは どこでも大なり小なり起こっていること
見かけ倒しの学校は 
やってる当事者 スクハラだって同じこと 
みっともないとは おもいもしない
だから 発覚するまで いつも他人事
痛みのアンテナ 感知せず
痛みを感じる 少数派の悩みは 深くなる
その良心に 子どもの未来が約束される
だから余計に 身を切られる思いで 辛くなる
ただただ 沈黙は 罪深いと悟ってほしい

それをあざ笑うかのような
一部の教師の人間性の劣化は 確実に進む 
人間の質を 見極められない管理職も然り
教育委員会の見苦しさも 露見した
上っ面では済ませられない 事の顛末(てんまつ)

「見事!」
政令都市神戸の学校改革が そう評価されることを
身の程をわきまえて ひたすら願う 

〔2019年10月23日書き下ろし。薄っぺらな社会現象として片付けてはならない。教育委員会のあり方も問われている重要な問題提起かと考える〕

欠片(かけら)

憤った感情を 抑えることなく
思いついた 非難のことばを
手元のノートに 書き殴る

過去の自分の振る舞いに
自責の念を ことばに込めて
次のページに 書きとめる

許せないと 思いつつも
そう思う 己の傲慢さに
ノートが 犠牲となる

ふと 何ももっていない
非力な自分が なにをか言わんや
開いたページは 白紙のままに しばらく置かれた

ことばの欠片は
ひとつの絵を 描くことすら叶わず
その力を失い 表現を拒否された
ことばの欠片は
あらがうことのできない 世の中に
その力を失い 瓦解していった
ことばの欠片は
信頼という灯に 照らされなければ
その力を失い 無に帰すだけだった

教育は ことばを介してなされるもの
教育は ことばに生気を与えるもの
教育が 汚いことばの欠片に満ちてきたとき
子どもは 希望を 喪失した
教師は ただの人でなしに なった

〔2019年10月23日書き下ろす。神戸の小学校の実態があからさまになるにつれ、ことばの欠片が散乱し、子どもは信じる大人を失った〕

地域と学校のパイプ役になる

学校の教員を退職して 児童委員になった
問題のある家庭で 育った子どもたちの行く末が 
気にかかってしょうがなかった

クラスを持っていたときに とても心配な子がいた
家庭訪問をした
家の中は 掃除もままならない様子で 段ボールが 雑然と積まれていた
食べ残しのカップが 干からびて 部屋の隅にあった
ネズミがいてもおかしくない 家だった
母親は 少し知的な障がいがあるように 思えた
子どもらは 明るく元気ではあったが 学校に着てくる服は 汚れていた

下の女の子は 歯磨きもしていない
学校では 昼食後歯磨きを励行していたが  
何度用意してといっても 叶わなかった
歯ブラシを用意して 子どもの歯磨き指導を 校長にお願いした
まわりの子の目もあり 相談したら 二つ返事で引き受けてくれた
父親は 稼ぎがあるのか 経済的には貧しくはない
しかし 家庭環境を考えると 心配の種は尽きない
かといって 特別何かをしなければならないという 状況でもなかった
問題が起きない限り 家庭に入っていくことは なかなか難しい
様子を 見守るほかなかった

児童委員という仕事を 知ったのは
児童委員が 学校によく出入りしていたからだ
校長室に来ては 校長と雑談していた
校長が 子どもの問題を話しながら 
もしもの時の 支援の体制を 地域にお願いしていたことを 後で知った
校長室は 地域のサロンのように 地域の人たちが 千客万来やってきた
だから 家庭環境も含めて 地域に子どもの見守りを 頼んでいたという
学校の目の届かないところで 地域の力を借りていたのだ

児童委員は ことのほか気にかけてくれて 
特に学校でのいじめを 心配していた
だから 校長も含めて 教員たちは 
子どもたちのサインを 見逃さぬよう
校内で いつも情報をやりとりして 事に備えた
問題の芽を 早めに摘むよう 生徒指導にも 力を注いだ
そして 少しでも兆候があると 迅速に対応した

その学校から異動し いつしか退職を迎えた
そのとき 自分がやり残してきたことを 思い返していた
支援の対象にはならない ボーダーの子らを 支えてやれることはないだろうか
一人の教師として 本当に個々の子どもや その家庭と向き合ってきたのだろうか
自分に問いながら 
あの校長のように 地域とのパイプを太くすることで
問題を 事前に防ぐことも 
そして 起こったときには 地域とともに解決に動くことも 
できるのではないか

はたと気づいた
学校と地域をつなぐ パイプ役が必要だと
だから 家庭と子どもを支える 児童委員を 引き受けた
これから 一つひとつ 学ぶことが 子どもを支える力になると 信じたい
児童委員
きっと それが やり残した 最後の仕事になるだろう 

〔2019年8月4日書き下ろし。11月民生委員児童委員の研修会で使う資料の一つで未公開。先生の問題が取りざたされる中、こんな先生もいてほしい。いやきっといる〕

暁に舞う―妹琴代を追悼して―

昭和44年11月20日、妹鳥居琴代は、交通事故により18歳の生涯を閉じた。
今年五十回忌を迎えるにあたり追悼の意を込めて、彼女の詩を披露することをお許し願いたい。公開することが、せめてもの供養であり、生きた証であると…。
 
暁に舞う

ある日 少女は目を閉じて
心の唄を きいてみた
それは淋しく 静かにひびき
安らかな 祈りを灯して
咲く花の 命を唄う

あの日 少女は愛を知り
嬉しいはずのほほえみが なぜか悲しく
空を仰いでいながら
暁の目覚める夜半の音に 包まれながら
咲く花の命は 尽きた

暁の舞う夜に 少女は身をとじた
暁の恋に破れて 少女は身をとじた
暁と化して 少女は身をとじた

〔1967年10月1日に書かれた作品。両親と共に眠る墓の横に建てた歌碑に、その一節を刻んだ詩である。彼女が残した数編の詩を、この世に生きた証として、これからも紹介していくことをご容赦ください〕

本をつくる

本をつくる なんとこころ躍る 楽しきことか
本をつくる なんとこころ動く 嬉しいことか
本をつくる なんとこころ弾む 愉快なことか
本をつくる なんとこころ昂(たか)まる 熱きことか

本をかく こころを澄まし 声を聴く
本をかく 目を凝らし 丹念に行間を読む
本をかく 頭をフルに働かし イメージを膨らませる
本をかく 手渡すときの喜ぶ顔が 創作のエネルギー源

三日前 外堀を埋めた
印刷業者との 綿密な打ち合わせ
表紙・裏表紙のデザインの提案 プロの手直しに期待大 
中表紙の色紙は 師直筆の書
カラー写真の特別ページ 紙質が光沢紙になり 値段も上がる 
装丁の仕様 ちょっとお洒落に ハードカバーはパス 
紙質 反射の少ない紙色 
そして印刷部数
大枠決まり 原稿持ち込みでの印刷製本
提示価格は 予想より安価だ
個人負担の非売品だけに 価格は重要ポイント
安堵する

納品期日を決めた
そこから遡(さかのぼ)って 印刷作業 二校 初校 原稿締め切り
スケジュールが 決まった
だから 二人は逃げられなくなった
もう書くしかないと追い詰めて 腹をくくってやるしかない

恩師の自分史を インタビューをしながらしたためる
福祉に一生を奉じた 八十年の人生を 
大切な人との出会いを「ひと物語」で紡ぐ 二人旅
旅の終着駅にたどり着くまで 楽しい豊穣の時を過ごしたい
いまようやく 二十八歳の新婚時代を書き終えた

書名『邂逅』(かいこう)
師のおもいを書き残したいという 強い衝動から
最初に 思い浮かんだことば
わたしもまた 師に生かされていると 知らしめることば
師の寛容なこころに 抱かれて
その恩情への せめてもの感謝を 拙(つたな)いことばでしるす
それがいま 私に託された 至福の喜び

本をつくる このワクワク感が 二人にはたまらない 

〔2019年10月19日書き下ろし。無条件に人を信じる。ただそれだけ。その人たちとの『邂逅』こそ、私の人生の至宝である〕

そこなの(その2)

民主主義の何なのかも知らずして 横柄な態度で指導する担任教師
その言動を正しいものと 正直に受けとめる素直な子どもたち

民主主義とボランティアを教えるには 最適な教材だった
だから 全国の多くの中学校で 授業した
参観した教員の中には 苦々しい顔を露骨に見せた者もいた
授業の後始末を しなければならない 
真実に抗(あらが)う面倒な言い訳を 考えていたのかもしれない
授業は 子どもよりも教員への 問いに他ならなかった
授業は 現状の学校教育への挑戦である
批判を承知で 子どもの前に立つ

なぜ担任は 三人の子が 別の子に投票したってわかったの?
子どもたちは 考えた
しかし 思いつかない
子どもたちの 行き詰まった頃合いを見計らって
みんなそう わからないということが 普通なんだ
それだけみんな 当たり前だと 思い込んでしまっているんだ

選挙って 自由投票だよね
誰に投票したかわかるって そもそもおかしくない?
このクラスで 三人投票しなかったってわかったのは
クラスごとに 開票したからでしょ
なんだ そんなことか 
あまりに簡単なトリックに 引っかかったとばかりに
半ば あきれた顔の子どもたち 
このとき 事の重大さに気づかせて
子どもたちの心に 真実を刻んでいくのが 
この授業の 醍醐味です

選挙の投票は 個々の自由意志よる自己決定にある 
誰に投票したのか 誰にも知られないという原則があってはじめて
選挙権は 権利として保障される
そこが 全く分かっていない 教師と子どもたちだった
民主主義を 形骸化させていることすら 気づくはずはない
生徒会役員選挙という機会を 見事にはき違え 集団統制にすり替えて 
集団決定に 従わない子を糾弾・排除する システムであることに
なんの疑問も感ぜず さも正しいことと正当化し
学級の多数決の決定こそ遵守せよと 正義をぶって 平気で強要する
民主主義の基本すら身についていない 無能な教師たちが 
大上段にかぶって 子どもを断罪するのだ
この欺瞞(ぎまん)に満ちた言動こそ 断罪されなければならない
民主主義の精神は 自由意志を お互いに尊重しあうことから 育つのです
選挙は 民主主義を学ぶ 具体的な制度です
悪用されることで その精神は愚陋(ぐろう)され 制度は朽ちていきます

処世術 事なかれ主義に徹すること
根回しかけて みんなで決めれば 文句も出ないし 責められない
会議は 論争するのではなく 適当に空気を読んで 妥協点を見つけること
そう割り切れば 世間は生きやすい
ラインやSNSで 仲間はずれや陰口を 叩かれることもない
みんな 世間を生きている

事実は 小説よりも奇なり
世間の 一番醜いところを 見事に教わり
そこで 疑問も待たずに 平気で仲間を 
担任と一丸になって 意地悪し シカトするクラスメート
クラスの合意を乱した奴への 集団制裁は正義です
主犯とされた子は 卒業までの2年半
ずっと いじめられ続けた
毎朝「なんでお前 席に座っているんだ」とまで言われ続けた
クラスの決定に逆らった子への 執拗(しつよう)な かつ非情なバッシング
征服欲 支配欲 自己顕示欲 粘着性に暴力性 プラス出世欲に満ちた 
半端ない傲慢(ごうまん)な反面教師も いまは校長先生しています
自惚鏡(うぬぼれかがみ)に映る自分に いまも酔いしれていることでしょう
いじめられた子 心に深い傷を負いながらも 逆境にひるまず 
強く優しい思いやりあふれる大人に 成長したよ

授業のまとめです
ボランティアは 決して人を傷つけることはしません
ボランティアは 一人ひとりの意思を尊重にします
ボランティアは 自分で決めて生きることを優先にします
ボランティアは ことの善悪をわきまえた行動を本意とします
そこで 対等な関係をつくるということが《ボランティアする》ということです 
そこに 人として この世に生きる価値が生まれてくるのです

※自惚鏡(うぬぼれかがみ):容貌を実際よりもよく見せる鏡。またうぬぼれて絶えず見る鏡。

〔2019年10月18日書き下ろし。スクハラは教師として断罪すべき最低の行為。そのことに気づけない者たちが闊歩する。ボランティア学習は大事な問題提起です〕

「あなた自身があなたのまちです」―「シビックプライド」に関するワンポイントメモ―

「You Are Your City(あなた自身があなたのまちです)」(下記[1]164ページ)

〇10年ほど前から、地方自治体の営業活動(「売り込み」:牧瀬稔)を意味するシティプロモーション(和製英語)の劇的な進展が図られ、それとの関連や、公共空間デザインやまちづくりの現場などにおいて「シビックプライド(Civic Pride)」(株式会社読売広告社の登録商標)という言葉や概念が注目されている。
〇その背景には、少子高齢化や人口減少、経済の低成長などによって特徴づけられる「縮小社会」の到来、とりわけ地域経済の低迷と地方財政の逼迫化、地域コミュニティの担い手不足がある。とともに、地方分権化の推進による都市間競争の発生、より具体的には持続可能なまちづくりを進めるために必要な経営資源(ヒト・モノ・カネ)の確保・調達をめぐる地域間の競争の激化(「伊賀市シティプロモーション指針」)がある。そしてまた、社会事象として地域コミュニティの衰退や地方崩壊が進む反面、地域や地方に新たな生き方や働き方を求め、自らの存在価値を見出そうとする人々の価値観の転換、などがある。
〇筆者(阪野)の手もとに、「シビックブライト」に関する本が3冊ある。(1)伊藤香織(いとう かおり)・柴牟田伸子(しむた のぶこ)監修、シビックプライド研究会編『シビックプライド―都市のコミュニケーションをデザインする』(宣伝会議、2008年11月。以下[1])、(2)伊藤香織・柴牟田伸子監修、シビックプライド研究会編『シビックプライド2【国内編】―都市と市民のかかわりをデザインする』(宣伝会議、2015年9月。以下[2])、(3)牧瀬稔(まきせ みのる)・読売広告社 ひとまちみらい研究センター編著『シティプロモーションとシビックプライド事業の実践』(東京法令出版、2019年3月。以下[3])がそれである。
〇シビックプライドとは、「市民」(主体的・能動的で自律的な活動主体)が都市(地域)に対してもつ誇りや愛着のことである。それは、単なる「まち自慢」ではなく、また地域(地元)への親近感や情感的な郷土愛とも多少ニュアンスを異にする。つまり、シビックプライドは、自分自身が関わっている「この場所」(まち)をより良くしていこうとする、ある種の当事者意識に基づく自負心を意味する([1]164、[2]126、[3]50ページ)。その点において、例えば小学校社会科中学年の「地域学習」の推進や、行政や社協などによる「市民協働のまちづくり」「市民主体のまちづくり」への住民参加(参集、参与、参画)は、シビックプライドを醸成する重要な要因になる。ソーシャル・キャピタル論や共生社会論、そして「まちづくりと市民福祉教育」に通底するところでもある。
〇シビックプライドは、「この場所」を「知る」ことによって、「誇り」に気づき、「愛着」がわくことから始まる。その気づき(情報や気持ち)を対話型のコミュニケーションを通じて他者に伝え、「自分ごと」(「自分ごと化」)を「自分たちごと」(「みんなごと化」)にする。人と人がつながり、まちの多様なヒト・モノ・カネ・コト・情報などとの関係性をつくりだす。それは、時間や空間を超えて広がり深まる。そして、より良いまちづくりのアクション(行動)を起こす。さらに、その活動を評価、改善し、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)のPDCAサイクルを効率的に回しながら継続的に取り組む。
〇すなわち、シビックプライドは、「誇りの種を探す」「魅力を掘り起こす」ことから始まる。シビックプライドは、一人ひとりが抱くまちへの思いであり、それに基づくアクションである。そして、それらの連鎖や関係性を広め、共働化・継続化することによって、その思いやアクションは次代のシビックプライド(誇りや愛着の醸成・向上)になる。シビックプライドでまちは変わるのである。([2]136~139ページ)。
〇シティプロモーションとシビックプライド事業について、そのひとつの事例として「伊賀市シティプロモーショ指針」(2017年3月策定)の一部を紹介する。伊賀市は三重県の北西部に位置し、伊賀流忍者の里や松尾芭蕉の生誕地として知られる、人口約9万1,000人(2019年9月現在)のまちである。

〇筆者の手もとには[1][2][3]のほかに、木下大生(きのした だいせい)・鴻巣麻里香(こうのす まりか)編著『ソーシャルアクション! あなたが社会を変えよう!―はじめの一歩を踏み出すための入門書―』(ミネルヴァ書房、2019年9月。以下[4])がある。[4]には、「このままではいけない」(危機感をもつ、問題提起する)を「なら、こうしよう」(社会を変える行動、ソーシャルアクションを起こす)に変えた人々のリアルなストーリ(実践事例)が収録されている。[4]の編著者である鴻巣にあっては、ソーシャルアクションとは、「誰にとっても住みよい社会をつくるための行動」である。また、[4]のキーワードである「当事者」とは、「ある問題、あるいは困難が生じた時、その問題から直接影響を受ける関係者」である。「当事者力」とは、「『私は』で始まる語り(Narrative,ナラティブ。ライフストーリー)から生まれる力」、換言すれば、何かの困難の当事者である・あった経験によって芽生え、揺り動かされた感情や行動力、を言う。そして[4]は、「あなたのアクションは本の中にはありません。フィールドに出かけましょう」と、読者に訴える(「ちょっと長めのはじめに」ⅰ~ⅶページ)。
〇[4]のもうひとりの編著者である木下は、「ちょっと長めのおわりに」のなかで「『社会を変える』ことについての試論的総論」を論じている。木下の言説のひとつの要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

社会を動かすのは最終的には「当事者力」である
「社会を変える」きっかけを作るのは必ずしも当事者とは限らないが、その後の行動・活動には必ず当事者が介入するべきである。
当事者不在のソーシャルアクションは、活動・行動している人の自己満足に終始してしまう可能性を孕(はら)み、場合によっては当事者をより窮地に追い込む状況を作り出さないとも限らない。変えられるべき社会的課題の被害を最も被っている当事者の意見を聞かなかったり、蔑(ないがし)ろにするべきではなく必ず何かしらの形で当事者の関わりを担保することが求められる。(220ページ)

社会を変えるには「変換力」を持つ人が必要である
「社会を変える」とは、①法律を作る・変える、②状況(状態)を変える、③慣習を変える、④人々の意識を変える、ことである。そのためには、①変えたいことの明確化・具体化(問題をカタチにする)、②状況についての具体的な語り(自分の状況を具体的に語れるようになる)、③目的の設定(何をめざすのかを明らかにする)、④仲間を作る(同じ仲間意識がある人とつながる)、⑤理解者を増やす(社会の人々に知ってもらう)ことが求められる。これらは、社会を変えようとする際に最低限必要とされる要素であり、「社会を変える」具体的なやり方・方法である。(211~212、223ページ)
社会を変えようとする場合に必要なのは、自分の何かしらの体験を、権利が侵害・抑圧され、生活に困難を来たしている当事者の経験や感情に「変換する力」を持つ人である。別言すれば、当事者(他者)の生きづらさや社会課題を緩和・解決するためにその問題状況を自分に引き付け、当事者に寄り添い、直接的あるいは間接的な行動・支援を起こす・行う人である。この「変換力」は「共感力」あるいは「権利意識」と言ってもよい。(219、230ページ)

「社会を変える」とは人のつながりを結びなおすことである。([4]帯)