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そこなの(その1)

ある中学校の体育館
全校生と ボランティアの学習をした

君たちの学校では 生徒会役員の選挙をしてるかな
うなずく子どもたち
クラスから立候補者を推薦して 選挙運動もするのかな
うなずく子どもたち
自分のクラスで 応援した子が当選すると嬉しい
うなずく子どもたち

とある中学校で 生徒会の選挙があったんだ
1年のクラスで推薦した子が当選して みんな喜んだ
担任が 頑張れよって励ました後に
ところでみんな このクラスから こいつに投票しなかったやつが 三人いる
怒らないから 名乗り出てこい
誰だ 投票しなかったやつは さっさと名乗り出ろ
だんだん激昂(げっこう)してきて 怒鳴り出す
三人が 名乗り出た
理由は 簡単だった
クラスで推薦した子よりも 対立候補が適任だと思ったからだと

さて質問
ここには どんな問題があるのか わかるかな
ゴソゴソと周りで 相談し始める子どもたち
おかしいなと思ったこと 何でもいいよ
正解を求められると思うと 萎縮(いしゅく)する子どもたち
なんでもいいから 気づいたこと話してみて
こんなとき 助け船を出してくれる ボランタリーな子は必ずいる
「クラスのみんなで決めたことなのに それを破るのはおかしい」
「クラスで決めたことだから それを守るのは当たり前のことです」
「クラスの和を乱したんだから ダメなものはダメ」
「仲間への裏切り行為だもん」
「だから 先生に叱られても当然だと思う」
うなずく子どもたち
そのとおりだね みんなで決めたことを守らないのは 許せないね
うなずく子どもたち

クラスの決定は みんなが守らなければならない 大事なこと
クラスの仲間の和を 決して乱してはいけない
それを破るのは 背信行為
先生が怒るのは 当たり前で 支持します

そこかい?
そこなの?
えっという顔をしだす 子どもたち
生徒会選挙だよね
そうだよという顔をする 子どもたち
これも選挙だよ
だからどうなのという顔をする 子どもたち
選挙って 自分が投票したいという人を 選ぶんでしょ
だから クラスで選んだ人に投票して 何が悪いという顔をする 子どもたち
三人の子は 自分がいいって子を 選んだだけだよね
それって 裏切りなの?
少し戸惑った顔をしだす 子どもたち

もっとおかしなことに 気がつかない?
クラスで決まったことを守ることだけに 注意がいって
みんなは大事なことに 気がついてないんだ
それどころか 担任は 重罪を冒したことすら 気づかない無知な人だったんだよ
君たちも 実は担任やそのクラスの子と同じ その無知に中にいるんだ
でも今日からは 賢い人になってほしい

質問しますよ
担任は 三人の子が 別の子に投票したって なぜわかったの?

〔2019年10月14日書き下ろし。長くなりそうなので今日はここまで。なぜわかったのか、すぐにわかりますよね。この担任のその後の子どもへの対応気にかかりませんか〕

ニッポン ガンバレ

今秋は スポーツ満載 真っ只中

陸上世界選手権ドーハ大会
主な競技だけのテレビ中継 見せてもらった
マラソンと競歩は 夜中実施のロードレース
日中の酷暑を避けた夜中でも 気温下がらず異常なレース
リタイヤ続出 記録も低迷 想定済みか
この教訓 はしゃぎすぎず もっとクールダウンして考えて
人間の最も崇高な運動能力の極限を 表現するにふさわしい
オリンピックの舞台は どこなのか
東京だけが 日本じゃない
東京オリンピックで この2種目を
IOCは 札幌開催の検討を始める
賢明なる勇断を下してほしい!
人類のために 札幌においでよ 
この経済効果は いらっしゃい
でも 冬期オリンピックは いらないよ
後の経済不況が どこでもお約束のプレゼント
冷えてる北海道 ご遠慮します

プロ野球 日本シリーズ
日本ハムファイターズが出ないから 見ません
サッカー ルヴァン杯決勝
コンサドーレ初栄冠 見るかも知れない
これって 郷土愛?

サッカーワールドカップ2次予選 
アウエーでは ライブ中継がないから 興味半減
格下相手のゲームでは もっと大胆な采配をしてほしかった 
久保建英の起用に不満が残る いちフアン

バレーボールワールドカップ 女子5位 男子4位 
テレビ局のショー化した演出に 食傷気味
昔は少年団の子どもらと 応援に行ったのに 
いまは ちょい見で 終りました

ラグビーワールドカップ 見ています
ラガーマンの 胸に咲く桜のマーク 美しい
男の肉弾相打つ 勝負を賭けた 壮絶な80分の戦い
数万人の観客は 赤と白のラガージャージに身を包み
会場一杯に 声枯れんばかりの 熱狂の大合唱
嫌が応にも奮い立ち 宿敵粉砕 勝利をつかみ 
初のベスト8 決勝トーナメントに 進出決定
明夜開催(20日)の南アフリカとの 準々決勝
日本中が きっとまた 興奮の坩堝(るつぼ)と化して 歓喜の声がわき上がる
見ます! 応援します!
にわかフアンの ひとりとなりました

日の丸を背負い闘う ラガーマン
日の丸を振って 手に汗握り 声援の限りを尽くす応援団
みんな みんな 愛国心を発露する
みんな みんな 愛国者然として 立ち上がる
ノーサイドの笛が 吹かれるまで
みんな みんな 日本頑張れと 祈り続ける

スポーツは 一時(いっとき)の歓喜を与える 人生のカンフル剤
これこそ 愛国者もどきの感情を共有する 狂気にも似た 狂喜あるいは侠気
そこにつけいる輩が スポーツ愛好者を愛国者にすり替え 席巻する  
愛国や愛郷のこころを育み 強める狂育こそ 
厳に 警戒しなければならない

一晩限りの熱狂は 酔い覚めと共に 
愛国者然とした熱いおもいを 
現実の世界に引き戻し 祭りの後の余韻を 冷ましてゆく
日々の心の空しさを紛らわす 夢の舞台の幕が下り
冬の到来を 静かに待ちたい 

〔2019年10月16日書き下ろし。スポーツを応援する姿に愛国者の狂気がオーバーラップする。日常にある愛国者然とした狂喜に、私もまた身をさらしているのだ〕

階段

市営住宅の5階まで 階段を上る
エレベータのない 古い集合住宅

建った当初は 若い世帯で溢れていた
若者たちは ここで子育てをして 
社会に 子どもを送り出した
人生の大半を ここで過ごした
そしていま ここは老人世帯で溢れている

元気なうちは 階段も苦にはならなかった
買い物の荷物も 加齢とともに 少なくなってくる
階段が一番のバリアだ
階段が 健康のバロメーター
体力の衰えを実感する 体力診断装置

外出するのが だんだん億劫(おっくう)になってきた
出不精は いまは引きこもりって 言われる
孤独死するケースが多い イエローサイン
だから そうならないようにと 
団地の中で 安否確認する奇特(きとく)な人もいる
ありがたいことと 感謝している

最近妻の体調が悪くなって 心配している
病院に連れていっても 階段の上り下りが 一番こたえる
だから 我慢して 薬のなくなった時にしか 病院にはいけない
いまは 気遣ってやれないことが 一番辛い
子どもでも 近くにいれば助けてもらえるが 離れていては我慢するしかない
もう少し 二人で頑張るしか ない
ただこの先 どうしたものかと 思案するばかりだ

「こんにちは」
「どちらさんで?」
インターホーンごしに相手を確認
初めて見る人だ
「この地区の担当の民生委員の伊東です」
ドアを開ける
「こんにちは」
「何か御用で?」
「この団地で 65歳以上の方のお宅にお邪魔して 何かお困り事があればと 
皆さんのお宅を訪問しているのです」
「それはご苦労様です」
「いま同居されておられるのは 奥様お一人で 夫婦二人でいらっしゃるのですね」
「はい」
「何か お困りのことでもあれば お話していただければと思います」

このお宅の困っている様子は 近所の方からお聞きした
初めて伺うお宅の情報は こうして足で回って 手に入る
少しでも 何かのお役に立てばと思いながら
今日も 団地の階段に挑む 私の体力づくり
どんなに 崇高(すうこう)な思いを 持っていても
民生委員に いま求められるのは この階段を上り下りする体力なのだ

この階段の先に 私を求めて待っている人が きっといる
その笑顔に 会いたくて 
一段目に 足をかけた
いつもここが 私の仕事のスタートライン

〔2019年10月16日書き直し。団地をまわる民生委員のご苦労を想像する。プライバシーにどこまで踏み込んでいいのか悩みながらも、支援を必要とする人の元に向かう〕

煎じ薬

処方箋を ようやくいただいた
出世欲 大さじ三杯半
これがそもそもないと 効用ゼロ できるだけ強くすること
ワル知恵 大さじ二杯
頭をフルに働かせ 敵の裏をかくスキルをアップすること
心づけ 世間並みを装って 大さじ一杯
相手の懐に入る手土産だから 欲しいものを感知すること
おべんちゃらとおべっか たんまり
もうこれは天井なし 上司をいい気分にさせる最良の薬材
そうそう 忘れちゃいけないもの コネクション
小さくてもあることが一番 なければ何としてでも作ってください
これらを 清水で煎じて 熱いうちに呑んで下さい
清水のミネラルで調和され 即効性がアップします

服用の注意書きは よく読んでください
羞恥心は ゼロにすること
自尊心は 完全に放棄すること
相手より能力が上だと 決して悟られないこと
腰巾着のように ついてまわること
常に敵を貶めることに 集中すること
なお これは必須条件です
ひとつでも怠ると 効用はゼロないしマイナスです
時には リスクを生みますので 小心者は ご遠慮下さい

期待される効果です
上司に 気に入られる 
身分不相応な役職に就く
言い訳 立ち回りが 上手になる
敵愾心を押さえて 笑顔で張り倒すことができる
できないことは みんな部下に責任転化できる
同類が 手もみして集まってくる
大物らしき気分が 高揚してくる
結果は 追って知るべし

秘密裏に 煎じ薬『Kobirun』(コビルン)販売中
あなたの個人データ 診断します
分析して あなた好みの処方箋を おつくりします
なお 健康保険の対象外です
料金は あなたの出世欲の強さが バロメーターです
後日 直接ご相談いたします

あっ ちょっと お待ち下さい
誰かが 情報を漏らしたようです
「ヤバいぞ! すぐ切れ!」

「世渡り上手は 実力よりも 媚び方です」
『Kobirun』の煎じ薬を いまも探し求めています
入手ルート 誰か知ってる人 いませんか?

〔2019年10月12日書き下ろし。実力もないのにという、羨望の的になる人の努力を称賛したい。『Kobirun』を服用しなくても、実力で媚びる力を発揮しているのです〕

故郷に帰る

東京に発つ朝
少年は 玄関口で見送る人たちに
もう二度と ここに帰ってくることはありません
ありがとうございました
そう言い残して 旅立った

少年は 東京の専門学校に入学した
青年となった 2年後
念願のホテルマンになった
なりたい仕事に就けたことは
青年には 至上の喜びだった

4ヶ月後 児童養護施設の玄関口に立っていた
出迎えた人たちは 驚いた
啖呵を切って 出ていったのに どうして?
青年は すいませんでしたと 深々と頭を下げた

養護施設で育った青年は
2年前 その思い出を封印して
キッパリケジメをつけて 
夢に向かって 新しい世界へと旅立った

夢は叶った
仕事も楽しかった
でも こころが満たされなかった
日ごとに やりきれないむなしさが わき起こってきた
何が原因なのか よくわからなかった
都会の空は 何も答えてはくれなかった

休みをもらった
羽田から 北海道に飛んだ
施設の玄関口に立った
恥ずかしく 会わす顔がなくて 緊張もしていた
園長が お帰りなさい 
と笑顔で出迎えた
青年の目から 涙がこぼれた
ここが こころを満たしてくれるところだと
こころの底から 感じた瞬間だった

人は 自分の居場所を探し求める
施設での生活を 余儀なくされた少年時代
こころの痛みを 感じながら成長した
ここから逃げ出したいと 何度思ったことだろう
だから 高校卒業は 施設との縁切りの再出発の日だった 

しかし 東京の空の下
青年は 夢が叶った喜びを
ともに喜んでくれる人が 誰もいなかった
ひとりぼっちであることを 知らされた
だから ぽっかりと こころに穴があいたように 
むなしく生きていたのだと

出迎えた職員や子どもたちこそ
彼のこころの故郷であり ぬくもりだった

〔2019年10月11日書き下ろし。校長時代道内の児童養護施設の園長から電話がかかってきた。先生聞いてと。興奮気味に話す端端から喜びが伝わってきた。施設の職員にはなによりの贈り物だった。心傷ついた子どもを護る施設職員への感謝と激励を込めて記す〕

富山の薬売り

置き薬が袋に詰められ 居間にぶら下がっていた
紅い薬箱に替わったのは 
少し暮らしが グレードアップしたからか
頭痛や歯痛止め「ノーシン」のパッケージには 
歯や頭を押さえる絵が 描かれていた
それぞれの薬には 必ず絵が描かれていたのを覚えている
それは 文字の読めない人が 誤飲しないよう 配慮したという

年に数回 各家を回る
玄関口で 大きな風呂敷に包まれた 重そうな薬箱を広げる
世間話をしながら 道内や全国各地の 面白話を披露する
使った薬の精算と補充が済むと 子どもらに紙風船を手渡した
それがほしくて ずっと大人の話を聞きながら 待っていた
富山の薬売りは 情報通 話し上手で 民間健康管理人
いまでは ドラッグストアで 薬は簡単に手に入る
でも やっぱり 置き薬の商売は 廃(すた)らない
いまでも 富山の薬は 家庭の常備薬

民生委員は きっと富山の薬売り
かかわる人の 健康や暮らし向きを気遣い 訪問する
目がかすみ 文字が読めなくなった人もいる
話をしながら 情報提供 安否確認 困りごと相談 などなど
重たい薬箱のかわりに その人のおもいの薬箱を背負う
暮らしを良くする 老化を防ぐ 特効薬は 持ってはいない
でも 少しでもこころの負担が減ってほしい
そう念じながら
元気が出る薬を 処方する

今日も 私を待ってる人のもとへ 
こころの薬箱を背負って 会いに行く

〔2019年10月11日書き下ろし。民生委員児童委員の地域での役割が、一層重視されてきた。その苦労は並大抵ではない。それを承知で地域に生きる人たちへの尊敬の念を強く抱いて〕

次の人へ

台風19号で尊い命を奪われた方々のご冥福と、ご家族の皆様の深い悲嘆に、哀悼の意を表します。
被害に遭われた被災地の皆様の生活が一日も早く回復されますよう、迅速な復旧復興を心より強く願っております。

自動ドアでは ありません
ドアを開けて入るとき 何気なく後ろを振り返りませんか
もし次の人がいたら ドアを少し押さえて 
その人が ドアに手をかけるかかけないかのタイミングで離す
互いに黙礼をして 出入りしますよね
「どうも」「いいえ」という挨拶が 交わされることもあるでしょう
この風景に こころぬくもりませんか
普段から 普通にしていること
いちいちそんなこと 考えている暇なんかないよ
習慣化している所作 日常的でごくあれふれた風景
気負いのなく エチケットとしてなされていることに
見ず知らずの他人を気遣う 心構えと態度が 備わっている

台風は 大きな停電災害を起こして 去って行きます
停電すると スーパーやコンビニで ものを買うことが難しくなります
レジがストップするので 会計を手書きで 処理しなければならない
釣り銭も 銀行が業務停止すれば 在庫に頼るが 決して多くはない
お客がみんな おつりがないよう会計すれば 問題ない

若い子に 小銭を貯めてると 聞いて見た
十円以下の小銭なら 貯めています
そこが大事
災害時 コンビニ行くときには その貯金箱を持って行ってね
おつりをもらわぬ人が 一人でもいれば
次の人に おつりが出たとき 助からない
お店もお客も ちょっとした心遣いで 気持ちがぬくまることって きっとある
それに 備えておくことも 災害時の心得かもしれない

スーパーで 財布から小銭を出すのは 決まって年寄り
後ろに並ぶ次の人のイライラ感は 取り出す手間の分だけあるかもしれない
だから急ぎの時は すっと列を変える
決して差別ではなく 臨機応変に ただ動くだけ
でも 年寄りが 財布の小銭を取り出すのは 次の人への配慮だと
思う心のゆとりが 世間をあたためる

かく言う 年寄りの私も
五十円玉 百円玉 五百円玉 計?万円を
災害避難バッグに 入れている
これは 決してへそくりでは ない
だから 使えないで ときどき困っている

次の人が その次の人にバトンタッチしていく 小さな思いやり
その次の人が見えるつながり方が 災害からも いのちと暮らしを護る

〔2019年10月13日書き直し。台風19号の甚大な被害の報告を受けて、自民党の二階俊博幹事長は党の緊急役員会のあいさつで、「予測されて色々言われていたことから比べると、まずまずで収まったという感じだ」と語ったという。死者が20人を超え、行方不明者の捜索も続く中での、心ない発言。初動が遅いと指摘され、居直った偉いお方たちも問答無用です〕

道徳と教科書

道徳の時間に 教科書が できた
先生方は その教科書で 教える

それまでは 文科省が定めた指導要領にそって
道徳の価値項目を 教えなければならなかった
どんな教材を選び どのように教えるかは
学校や担任の 裁量の範囲だった
だから なぜその教材を選んだかを つねに自問自答した
でも 道徳の授業を真剣に考えていた ほんの一握りに過ぎなかった
多くは おざなりの授業で ごまかした
教師の 道徳性や倫理観を問われることを よしとはしなかったのだ

学生に よく道徳の授業の記憶を尋ねた
多くは 印象に残ってはいなかった
ただ道徳の時間 別なことに時間を潰したと
それが 黙認されてきた
そこに 道徳の時間への 小さな反抗心が ないこともなかった
もうひとつ 教科書がないので 教えることが出来なかった

だから 文科省は 道徳教育の強化を図った
検定をパスした 国公認の教科書ができた
教師自身の 道徳性や倫理観を 問われることがなくなった
ようやく長年のストレスから 開放されホッとした
教科書通りに教えることで 
上からも 保護者からも 誰にも文句は言われない
批判も干渉も受けることなく 教科書通り教える
余計なことを考えずに 指導できる 
指導書のマニュアルどおり 津々浦々で教えられていく
教科書は 免罪符となった

道徳教育の 機会均等の原則とその質は
教科書によって 保障された
教師は どんな価値項目も 抵抗なくこなすことができた
誰が教えても 同様の教育効果が期待できた
それが 教科書の教科書たるゆえんだった
常に教科書は 正しいことを教えることを旨とし
国民は 学校教育の中で 正しいことを教えられてきたのだ
正当な価値を持った教科書に だれも異論は唱えない
ぶれない公教育政策の 勝利である

だから 逸脱することなしに 丁寧に教え始める
小学校6年間 中学校3年間 計9年間
繰り返し 道徳的価値が 色々な教師によって教えられていく
この子らの 道徳的な資質が どのように育っていったのかは
これから10年後 20年後に きっと効果が可視化されるだろう

教師が 教科書を教えるという 当たり前の仕事
日本の公教育を担う教育公務員として その責務を果たしているだけ
道徳教育への思惑を感じつつも 無関心を装い批判せず 授業する
その態度こそ 自覚されない 愛国者なのかもしれない
自省することなく 愛国心を育てることに 加担する
子どもたちは 正しいこととして 心に刻み続け
期待通りに 情感的な愛国心を 自然と育んでいく
究極は 「国にその命を殉ずる人となれ」と 
露骨に牙をむいて のしてくる時がくるまで 続く

いまは そうなることを 前提にしてはいない
だから 不安は ない
教科書にそって ただ教えていただけ
教える教師には 責任は何もない
一人で教えてきたわけでは 決してない
みんな義務教育でつながって 仕事としてやっていること 
批判される覚えは 全くない
批判するお前こそ 何様なのだと激昂し 飲み込むことば
「非国民!」

戦前の教師たちも 同様だった
お国のために 敵を殺せと
戦地に 子どもを送った
それが 真の愛国者のあるべき姿だと
果たして 戦前に回帰しないと
誰が 断定できようか

轍を決して踏まぬよう
子どもたちに 
世界中の人と 平和を築く 
まことの人間愛を
教えてください
あなたの 人生に禍根を残さぬよう
人間教師として 良心の中に生きてください

〔2019年10月10日書き下ろし。道徳を教える教師の無防備さそのものが愛国者ではないかと。教科書をバイブル化することの恐怖心がわき上がる〕

ぼくらの先生じゃない(その2)

しんちゃんの母親は 子どもの言葉をそのまま伝えた
「先生は ぼくらの先生じゃない」
一瞬 聞き間違えたかと思った
そうではなかった
確かに ぼくらの先生じゃない と言ったのだ
いつもニコニコして口数の少ない子が 
こんなことを言うとは 思いもしなかった
下げた頭は混乱し なかなか持ち上げることができなかった

ようやく決心がついて 面を上げた
正面に座っていた母親から 笑顔がもれていた
なんで? 
狐につままれたような気持ちだった
「先生 しんいちはね」と 切り出した
「先生は ぼくらの先生じゃなくて 北海道の先生なんだ」
震えが 止まらなかった
自慢げにこう話したと 母親は笑いながら話を続けた
子どもからいただいた 最上の評価だった

もう一つの 仕事があった
早朝 自宅のワープロから叩き出された原稿は 
福祉教育の推進資料として 道内の社協に配られた
学級をあけて 他の町で講演や 公開授業をした
福祉教育の普及啓発が もう一つの仕事になっていた
だから 交通アクセスのいい町の学校に 異動したのだ
札幌には 千歳まで車で30分 JRで40分
東京には 千歳空港から1時間半で 飛んで行けた
休みは 内地での仕事をこなした
それだけでは済まなくなって 平日も 道内や内地に飛んだ

だから 子どもたちには 自習を強いた
留守の間の授業の計画も 1ヶ月前からしておかないと
子どもたちに 迷惑がかかる
留守の間は 他の教員が補欠に入る
だから余計に 準備周到しなければ ならない
さらに 子どもたちの学習態度や 教科の進捗状況も つぶさに点検される
まさに 開かれた教室そのものなのだ

子どもたちは わきまえていた
留守番をするには どうしたらいいのか
見事に その期待に応えてくれた
一つも 事故がなかった
喧嘩もなかった
一致団結して クラスを守った
その心意気に甘えて 出歩く機会が多くなった
それでも 子どもたちは 応援してくれた
もちろん お土産も楽しみにしていた

その思いが しんちゃんのことばに 凝縮されていたのだった
「先生は北海道の先生だ」
そう誇らしげに語った息子に 母親は嬉しそうに頷(うなず)いた
「いい先生でよかったね」

これ以上 子どもたちに負担をかけることは できなくなっていた
そんな 自省の中にある私の背中を しんちゃんが押してくれた
だから 辞める決心をした
支えてくれたクラスのみんなの 信託に応えるために
北海道の先生になることを 決めた
いま動かなければ 北海道の福祉教育は頓挫する
思い上がった自負心
でもそこに 子どもたちの希望を見つけた

卒業 別れの時が来た
「先生は先生を辞めます 北海道の先生になります」
感謝を込めて 学担として最後の挨拶を終えた
たった18年間の 教職生活だった
未練はなかったが 授業ができなくなることが 寂しかった

〔2019年10月9日書き下ろし。なぜ私が小学校の教師を辞めたのか〕

ぼくらの先生じゃない(その1)

毎日が仕事に 忙殺されていた
朝4時から7時までの たった3時間が 自由な時間だった
授業研究や 授業実践のふりかえりも 地道に続けた

朝 玄関口に 子どもたちが待っていた
鍵を開けて 職員室に入る 
プリントの印刷が 朝一番の仕事
子どもらは 元気よく飛び出して 朝のランニング
おはようと声をかけ その大きな輪に加わる

子どもとのたわいないおしゃべり 家庭学習ノートの点検とコメント書き
学級通信は 毎日書いた
6時間の授業を終え 明日の授業の準備をする
休む間もなく 放課後は女子ジュニアバレーボール少年団の練習
シーズンの週末は 全道大会の予選や地域の大会が 目白押しだった
胆振管内でも 胆振東部地区でも トップクラスのチームだった
コーチの一般の人も わかりやすく優しく指導した
保護者のサポートも 協力的で熱心だった
バレーの基本技術と基礎体力の育成
スポーツすることの楽しさを学ばすことは
指導の基本中の基本であった
成長期の子どもには 一生を支える身体づくりこそ 
少年団活動のあり方だと 常に肝に銘じていた 
指導は 時に厳しかったが
子どもたちは 週3回の練習に集中した
だから 決して 弱くはなかった
 
活動を終え 学校の施錠をして 19時過ぎ帰宅の途につく
残った仕事があれば 教室に戻る
職員室には めったに立ち入らない
同僚に いつ足下をすくわれるかわからない
緊張を自らに強いた 組合員の多い学校だった
非組合員は ひとりだけ
やることすべてが 注視され
失敗すれば蔑まれ つけ込まれ つぶされる
 
校内の研究授業のふりかえりは 
個々の授業力を アップする意欲に欠け いたずらに褒め合うだけ
ダレた 馴れ合いの空気を吸うことは 拒否した
辛辣な授業分析をすることで 自らに対峙した
自己との闘いのステージは そこにもあった
教育実践の質を 自ら貶めるような 恥ずべき実践をしてはならない
「教師でもない」と罵倒された時から 常に戒めとしてきた
妥協を許さない 厳しい生き方を 自己に課し続けた

もちろん 管理職にカバーされなければ きっとへばっていた
いまもシステム手帳に 大事にしまわれている一枚のハガキ
前任校で出会った 当時教頭の水島享一が 
開校記念式典に参列し 校長に宛てた礼状を 後日いただいた

「 “小さい力で地球を持ち上げる” 強力な力となって、参列者の胸に熱くしっかりと受け止められていたのではないだろうか…。私はこのとき鳥居さんを想い、偉大な彼に胸をあつくし、その感動は今も持続しています。もちろん歴代の校長、教職員の貢献は高く評価したとしても、彼はまさにその中を一本貫く鋼鉄の支柱的存在だったと、思っています」

まだ教職十年にも満たない 若い教師が取り組んだ 
つたないボランティア学習への 最大の賛辞だった
このハガキが 最期のメッセージともなった
教職を退いてもなお 鼓舞し続ける“魂の矜持”である

異動が決まったときに 周りは なぜといぶかった 
東京と札幌が近くなる 交通アクセスだけが理由だった
そこには もう一つの仕事があった

4月 学級は持ち上がり 二年目をスタートさせた
家庭訪問週間が始まり 6年生になったしんちゃんの家にお邪魔した
開口一番 母親が告げた
「先生は ぼくらの先生じゃない」

〔2019年10月8日書き下ろし。重く深い意味を噛みしめた子どもからの一言だった。次回その真相を明らかにしたい〕