阪野 貢 のすべての投稿

授業する

中学校3校 授業は4回
小学校5校 授業は7回
今年最後の 福祉の出前授業
12月 4日間で 秋田県北2市をまわる
もう二十年近くも お邪魔している

授業を参観した教員が 校長・教頭になり 
子どもたちとの 出会いを愉しむ
里帰りのように 特に嬉しい 

授業のテーマは 事前に周知
クラスや子どもの様子を 事前にリサーチ
突然変更 よくあることで 授業に向かう

福祉の授業 見たことない したことない
体験学習お任せメニューで 人任せ
子どもが乗り出す 授業の展開 
想像以上に インパクト

文字面で 福祉を教えることができるなら
道徳教育 お手の物
それしか 習ってきていない
それが 授業だと思っている
だから 見せなきゃ 変わらない

子ども以上に先生の 
福祉の授業観と
子どもを見る目を 変えること
そこが 求められる出前授業の醍醐味です 
でも とても短い授業の時間 
子どもとの一期一会の出会いが はじける 

こころが織り成す ひと模様
人として生きることを ストレートにぶつけます
飾らぬ言葉は 不用です
真剣勝負の 教室は
子どものこころの目が 研ぎ澄まされていくのです

だから いつも怖いのです
慣れることも 怖いのです
まっさらには なれないから
いまの老いた自分を 晒すのです

生きている実感を味わう準備は 終わりました
そんな機会が まだあることに
そんな機会を つくった方に
こころから感謝して
12月1日 日曜日 
機上の人と なります

〔2019年11月28日書き下ろし。秋田県との因縁はもう26年になる。地域福祉や福祉教育で大事な実践をさせていただく。今年もまたいい出会いと仕事をしたい〕

支配する

心躍り ドキドキ感がなければ 
やりがいも使命感も 情熱もわいてはこない
ほどほどの緊張感と目的意識
危機感知能力と改善能力を 意識しながら仕事する

こびる へつらう おもねる
それだけが取り柄の者たちが 
群がり 忖度を繰り返す
本来為さねばならぬ仕事は 店ざらし
無用な者たちが バッチをつけて
さも誇らしげに 闊歩(かっぽ)する

怠惰と無気力 そして消耗と消沈 さらに堕落と放棄
無能と羨望 そして保身と中傷 さらに欺瞞と悪意
繰り返される 真実の隠蔽と不遜な弁明
虚勢にまみれた者たちが この国の空気を支配する
仁徳うすき者たちが この国の空気を支配する

あなたは 果たしていつまで 呼吸できますか?

〔2019年11月28日書き下ろし。支配とは何でしょう。制御できない虚実の世界に、若者たちが行く当てもなく彷徨する。呼吸困難になる日は近い〕

長電話

最近珍しく 長電話が続く
それも 同じ相手とだ

40代の男は 全道を 駆け回っている
仕事に没頭し スケジュールに追われている
やるべき業務も多い
こなすことに 精一杯のときもある
だから 長電話は貴重な時間となった

「今日はどこ?」
「会社です」
「大丈夫かい?」
三つの意味がある
いま電話大丈夫 普通の礼儀
男の身体しんどくないか 健康チェック
次の仕事の 打ち合わせの打診

半年以上 新しい研修企画の開発に 取り組んだ
課題は 山積している
地域や関わる人たちの 活動意欲や実態の把握
アンケート調査による 具体的な問題の抽出 
それを踏まえて
活動のモチベーションの維持と継続をめざした 
新たな研修プログラムの開発

男は この世界の 全道的なエキスパート
現場主義で ネットワークの構築は ピカイチだ
人当たりの良さで 相手の懐にスッと入る 不思議な存在感を持つ男
傾聴力と共感力が 持ち味だ
だから 周りの信用度も評価も高い
社会情勢を判断するための 勉強にも余念がない
相手と問題を共有する コミュニケーション力は
その成果を 補完する
いつも現場で問われるのは コーディネーション力
的確な情報と 結びつく人との関係性を 瞬時に判断しアップさせる
まだまだ足りないと 自覚するところに 
成長する男の 謙虚さを知る
知力を刺激し続けることが 男を次のステージへと引き上げる

重要なのは 仕事への執念だ
男は 従来の方法でこなしていくことを 拒否した
既成の枠を どうは超えるのかが 課題だった
どうすればいいのか その解決策を念頭において
仕事に向きあっていた

仕事の創造性とは 
自己成長に向かう線上にある 
自己の深い問題意識から導き出された 変革のアイディア
それを いかに実現可能なカタチへと 昇華させるのか
そのタイミングで 出会った触媒によって誘発され 求めていたものが顕示される
それが 半年前に変革の化学反応を起こした 

新しい研修スタイルと内容を 6月と11月に試行した
評価は予想以上だった
参加者の声を 改革の仕事力に変えて
来春 道内各地で頑張る人たちの 暮らしの現場に
開発プログラムを携え 遠路を向かう
そこが男の存在価値と 総合的な組織力が問われる
次のステージへの 実践検証の場となるのだ

男を支える組織こそ 健全である
その改革の意を共有し 協働して企画し
組織の立ちゆく理念の実現のために
新たな展望を持って 挑戦的に世に問う
多くの民の意思と活動が 協働化され地域を潤す
暮らしを支え維持する「民の力」を 貪欲に見出すために 
組織も 男も 動く

男は 一言でも聞き漏らさぬよう
夢の実現のために 心を器にして
聴いていたのだった

〔2019年11月28日書き下ろし。忙中閑あり。男は超多忙の中での長電話。流されることなく現状の変革を求め続ける現場人の意気地を感じてほしい。公務員頑張っていますか?〕

いじめる教員

私 学校で中堅って 頼りにされてる
教員の世代バランス とっても悪くて
だから私 中堅どころで います

中堅 ただ歳喰っただけ
中堅 たいした社会経験していない
中堅 学習指導はお手のもの ではない
中堅 生徒指導の経験豊か なわけないじゃん

教育熱心か 宿題出せば そう見える
教育熱心か 学級通信出せば そう見える 
教育熱心か 裏覚えの教育用語 保護者に使えば そう見える
教育熱心か 子どもに好かれるように遊んでいれば そう見える
教育熱心か 職員室で不慣れな事務をしているだけで そう見える

入った新人 切れる子だった
授業も ベテランにも匹敵する指導力
子どももなついて 離さない
ケジメをつけた メリハリある 学級経営

ヤバイ 見透かされた
鋭い観察力 適切な的を射た意見
まてよ あの子は臨時教員
私は 正規の立派な中堅教員
逆らうなんて許せない
大丈夫 
非難中傷 お手のもの
やつけるしか 道はなし

いじめる教員
指導能力 ひたすら低い
でも悪知恵は ひたすら高い
いじめる教員
陰口得意で 騙すの上手い
立ち振る舞いに 自信あり
いじめる教員
善悪度外視 確信犯
正当化して 薄笑い
いじめる教員
自分の失態 棚に上げ
相手の失敗 ここぞとばかりに猛烈批判

いじめる教員
自意識過剰の屈折した劣等感の塊 ひた隠す
だから 卑劣な人になれるのです
クラスの子どもの信頼さえも 踏みにじり
教壇に立つあなたの図太さ 称賛します

いじめる教員
すでに 人間終わっています
その自覚がないだけに 
いじめは快感 続けます

〔2019年11月26日書き下ろし。教員の素行が暴かれています。希望をもって教員になった若い人の志を踏みにじる。どうしましょう?〕

付記
「非正規は“裏”」「辞めろ」<中学校臨時教員30代女性>
「報道を見て、当時の記憶がよみがえってしまった。吐き気がしました」
兵庫県内の中学校で臨時教員として働く30代女性。3年ほど前、20~40代の正規教員2、3人から嫌がらせを受けたという。赴任直後の学年会議で、先輩だった40代教員のアイデアに反対した時期から始まった。
臨時教員は「裏」と呼ばれ、「裏のくせにえらそう」「裏はさっさと辞めろ」とあからさまに言われた。生徒や保護者に「あの先生はまだ正規採用じゃない」とも言いふらされた。校内会議で「誰かさんは保護者からの評判が悪い」「仕事をさぼっている」などと、身に覚えのないことで非難されたこともある。
当時の男性校長に相談すると「正規として採用されたかったら、うまくやってよ」と取り合おうともしなかった。嫌がらせは数カ月続き、不眠や食欲不振、耳鳴りに悩まされるように。「生徒と触れ合う時間が唯一の癒やしで、職員室にいる時間が地獄だった」
土日も部活動の仕事に追われて病院へ行く時間もなく、見かねた夫が教頭や教育委員会に相談。女性は1年で学校を変わった。担当クラスには心残りもあったが「あのまま無理をすれば、心も体も壊れていたと思う」と涙を拭った。(2019/11/7 ©株式会社神戸新聞社)

ひと儲け

3年目 ボランティアセンター
名ばかりになってしまった部署にいた
配置されたときに
心躍った
でも すぐに折れそうになった

ボランティアの振興
福祉教育の推進
あてがい扶持の 衰退事業
ただ 上司に言われたまま こなすだけで良かった
異を唱えても 上司は真剣に取り合ってはくれない
仕事への憧れは いつの間にか しぼんでいった
意欲も気力も しぼんでいった
こんなものかと あきらめることが 保身となった

なぜボランティアなのか
なぜ福祉教育なのか
名ばかりの推進会議も 踊っていた
肩書きで語る先生方のご意見を 
拝聴するだけで 仕事は終わった
後は上司から 指示を待てばいい

3年目 何もしてない
そろそろ 自分にあきがきた
我慢の 限界が見えてきた
ミッションとモチベーションの失せた組織
民間企業なら 遠の昔に倒産するも おかしくない
社会福祉を担う看板は ほこりまみれになっていた
青春の刻は
抗うことも出来ず 
残酷にいのちの時間を削る 

疲れた 
何も考えたくない
思考停止の赤信号
無気力感が こころを支配する   
そのまま受け入れて 楽に生きたら
怠惰への 誘惑のつぶやき
虚しく こころを支配する

福祉教育の 衰退期のいましか知らない
だから こんなもんだと思っていた
ボラセンが輝いていた時代 
真剣に取り組んだ 先駆者たちの生の声を聴いた

その時 みんな躍動していた
教育的価値と実践の豊かさを 熱く論じ合った
異業種の先駆者たちを束ねる先輩も 思う存分力を注いだ
そこには 福祉教育のミッションが 明確に示されていた
だから 福祉教育への展望と希望が 共有された
ここに 先駆者の叡智が 結集された 
そして 先駆者たちは 自ら動いた
それは 地域に 学校に 大きな影響力を及ぼした

先駆者が イニシアティブを取った 
やっかみとしみったれた抵抗感
保身に走るつまらぬ面子の感情論 
社会的使命感に乏しい建前論 
推進の目的を置き去りにして  
福祉教育の根は いつしか断たれ 
社会的な問題も 露見し批判され 
組織の信頼性は 揺らぎ失い 
有能な人材は 失望し去った
それが 伝えられた事実
いまのいままで 
衰退の一因が 組織だったと知らなかった

子どもたちの人として育ち行く道を 閉ざしてはならない
福祉教育は 学ばねばならぬ人の道
その覚悟を持って 福祉教育の振興に生きてほしい
あなたがいて ひとがあつまり ひとは育てられ育っていく
そんなあなたなら 誰かがきっと手をのばしてくるはず 
「ひと儲け」こそが 3年目のあなたのテーマです

〔2019年11月25日書き下ろし。社協や施設で福祉を学び育てられた。推進機関が衰退していくことへの悲哀を語るよりも、そこで頑張る人を応援してほしいと切望した〕

こころざし

札幌で 学会があった
会員では すでにない
ゲストで 数年ぶりに参加した

分科会での発言を終えて
途中退席する大阪の友人を送って 廊下に出ようとした
その時
女性が 声をかけてきた
先生分かりますか?
分かるはずもない
彼女が学生時代 ボランティア活動をしていたという
師弟関係ではなく ボランティアの仲間だった
もう20年以上も昔のこと
面影を追うことは 無理だった

社会福祉士 精神保健福祉士 介護福祉士
福祉のプロフェッショナルになっていた
社協に勤めた
先生のように 大事なことを伝えたいと
一念発起して 大学の教員になっていた

福祉系の女学生だった子が
ボランティアの世界で育てられ
福祉の道を歩いた先に
自分が感化された ボランティアの心と活動を
次の世代につなぎたい
その強い「こころざし」を実現した
伝えたくて 伝えたくて 会いに来た

若者たちの道に 邪魔にならずにいたことに ホッとした
若者たちの道に ボランティアを学ばせたことは 間違えではなかった
若者たちの道に 蒔かれた志の種が結実したことの 深い感動をいただいた 

もう少し世の中で そんな若者たちの成長を見てみたい
独りよがりの願望が 静かに心を満たした 

〔2019年11月24日書き下ろし。人は逢うことが出来なくても、その志の中に生きていることの喜びを深く感じた再会だった〕

地域の子育て子守

下校時 十歳前後の男の子が すれ違うタイミングで
「こんにちは」ってあいさつしてくれた
嬉しくなって
「お帰り」って返してあげた
ただそれだけで 寒さで縮こまっていた身体が
急にぬくくなって 笑い顔になっていた

北の大都会 札幌の国道12号線
歩道でのちょっとした いい話
えっ そうだよね
学校は 知らない人と話してはいけません
きっと指導してるよね
でもその子は 顔が合った瞬間に
いつものように 反射的にあいさつしたんだよ
親の躾が行き届いていたからと 思ったよ

ねえ きみ
知らない人でも 知ってる人でも
あいさつって ほんとはいのちを守ることなんだ
もしも何かあったら 
顔見知りの人が近くにいると 安心だろう
子どものいのちを守る おとながそばにいるって

地域の子育て子守です
あいさつは 互いに交わす 愛ことば
地域の子育て子守です
あいさつは 互いを信じる 愛ことば
地域の子育て子守です
あいさつは 互いが元気になれる 愛ことば

地域の子育て子守こそ
地域がなすべき 人の道
地域の子育て子守こそ
先ゆく人の 人づくり
地域の子育て子守こそ
未来につなぐ 世直しそのもの

あいさつするときの
子どもの顔って いいなぁ  

〔2019年11月20日書き下ろし。散歩していたときに見知らぬ子からかけられた挨拶に思わず感動。緊張しながら挨拶する子どもの顔、いいなぁ〕

放課後児童クラブの指導員

午後3時30分 下校の時間となりました
放課後児童クラブの 子どもたちは一目散に
児童会館に向かいます
いつのも見慣れた 下校の風景
何の問題もありません

クラブで 子どもがおいたをします
なかなか言うことは 聞きません
泣かされた子を慰めて 謝るよう諭します
でも小馬鹿にするように 逃げていきました
危ない遊びと注意しても 何度も繰り返す子もいます
周りの子らも おもしろがって はやしてあおります
手に負えない やんちゃな子らを相手に
安全には ほんと気の遣い放しです
みんな帰すと どっと疲れが出てしまいます

迎えに来た親に話しても 
荒立てないでとばかりに 聞き耳は持ちません
そんなことしたの してはダメよと 優しい口調
子どもも甘えて聞き分けのいい子に 大変身
こうしてほしいと ないものねだりの毎日です

学校に行く機会がありました 
クラブの子の様子についての情報交換
かの子どもの様子を話すと
あの子はそんな子ではありませんとピシャリ
約束は守る 素直でいい子ですよ
さも泣かされた子に 非があるような口ぶりに
まるで告げ口をたしなめられたようなブルーな気分
私って 私たちって 何なんでしょう?

クラブで問題を起こす子どもは
先生や親の前では いい子ぶる
決して 本性出しません
たまったストレス 思いっきり発散するのも仕方なし
かの子らには ここが自己開放地帯です
抑圧されてる息苦しさを 毎日感じているのです
それが エネルギッシュな負の行動を誘発します
学校の道徳の教えは いっとき忘却の彼方です
生きるためのあがきです
小さき子らも 追い込まれているのです
だから 抱きしめてあげたいのです

先生でも親でもない ただのおばさん指導員
なめてかかって 手を焼かす
やりたい放題 言いたい放題 こんな愉快なことはない
しまいに放った一言で 唖然としました私たち
「子どもと遊んで お金もらっていい仕事だね」
子どもではありません
親が そう言わせているのです

放課後児童クラブの指導員
きょうも明るく元気に 子どもたちを守ります
何の権威も 社会的地位もありません
預けるのは当たり前だと 高飛車な親もいます
でも 子どもたちをほっておけないから
仕事とは 割り切れない仕事をしています

放課後児童クラブの指導員
きょうもめげずに手抜きせず 子どもたちを守ります
子らの不満を一手に引き受け 受けとめます 
たくさんの子らの笑顔と優しさをもらい
たくさんの親から感謝され やりがい感じて続けています

放課後児童クラブの指導員
働く親の しんどさを
甘えられない子の しんどさを
分かち合いましょう 親子の情愛
微力ながらも 子育てのお手伝い
これからも 明るく元気に続けます

全国でがんばっている人たちです
心が折れぬよう
応援してください

〔2019年11月19日書き下ろし。放課後児童クラブの指導員の実態を見るに連れ、親も学校もその地域のクラブで活動する指導員とのパイプを太くすることが喫緊の課題です。23日勤労感謝の日、指導員に慰労の言葉を。感謝の念は倫理です〕

親の徳

母と二人 農業をしている
今年も 秋の刈り取りが終わりホッとしている

三年前 父が突然亡くなった 
田植えと豆の植え付けを控えた時だった
長男坊だが まだまだ親父には 跡継ぎと認められていない半人前
呆然として 葬儀を終え
仏壇の前で 母と二人路頭に迷った

近所の人が 忙しい中集まって
田植えと豆の植え付けの 段取りを決めた
田植え機4台 軽トラ10台が 一斉に動いた
その年の田植えと豆の植え付けは 無事終わった
じい様の代からの稲作農家だった
ご近所の お互い様という言葉に甘え
じい様と親父の徳に 感謝した

母は 地域のために何か出来ることはないかと
思っていた矢先に
体調を壊した人に 民生委員を頼まれた
冬を迎えて 一息ついたところで 
1年生の母は 地域周りに忙しい

オレは まだ28歳
助けられた感謝の気持ちを忘れぬよう
地域で 学ばにゃいけんことが たくさんある
おじさんたちが倒れたときに 助けなきゃいかんから
そのための力も たんとつけときゃならん
母にも そう励まされている

地域の温情は 
代々の親の徳の賜わりもの
だから 恥じぬよう心して
母子二人 ここで生きる

〔2019年11月16日書き下ろし。民生委員の研修会で出会った、他人様のために何か出来るように生きたいという元気なお母さん、無理せずに。この気持ち新任の方々にも伝えます〕

恋詩(こいうた)

恋詩(こいうた)

今 ひとりです
あの子はつかれて
この子は淋しぃ
雨の街を あなたを求めて歩きます
声をかけてくれたあなたの影を 求めて歩きます
あなたの恋する人が 別にいても 
あなたを求めて歩きます
ただ あなたからの一声をきくために
濡れた髪を 肩に垂らしたまま歩きます
今 ひとりです
《昭和43年5月19日17歳》

東京の雨空の下 あなたは何を見ていたのだろうか
中学を出てすぐ 東京の美容専門学校に通った
母の親戚の店で仕事しながら 学校に通った
あなたの心の空虚さを知らず 
ただただ あなたは雨の街角を彷徨する
ひとりぼっちの孤独感を知らず
ただただ 父はひとり寡黙に無事を祈っていた

二人して ふり返ってみよう
後ろに咲いていた 赤い花房を
雨の滴を口に含んだ 幼い昨日を
あの頃の二人
仲の良い かわいいちいさなキューピット
今も変わらず 赤い花房は
二人で探した道に あるかしら
幼い昨日
幼い昨日に
手を取り合って 二人で駆ける
なつかしい 幼い昨日
《「幼い昨日」昭和44年7月24日18歳》

幼い妹の可愛い笑顔が 彷彿します 
手を取り合ったのは 誰でしょう
ふるさとの街 その風景に溶け込む幼児二人
末の妹だったのかも しれません
仲の良かった弟かも しれません
チャーミングな優しいお姉ちゃんでした
世界が光り輝き やさしいぬくもりに包まれています
涙が モニターの画面をぼかします

暗い部屋でばかり過ごしてきたから
私は明るいのでしょうか
太陽を忘れて歩いてきたから
あなたに逢ったときの 私の驚きは
言葉では言えません
私の心の中に入って
私の心を隅から隅まで調べてください
あなたのことでいっぱいです
あなたという太陽で
私の心の中で
あなたは 何と明るいことでしょう
暗い部屋の中で過ごして歩くのは もう疲れました
私の手をとって 肩を抱いてください
早く昔の私に帰りたいから 
何も知らない私に帰りたいから
もう 疲れました
《「疲れてしまった私」昭和44年11月1日18歳、遺稿の一つ前の詩》

肉親だからと 言われても
肉親だからこそ 悲しみの淵は深いのです
十八歳の身空で 夢も恋も突然 なくした妹に
その悲しき残酷さを 恨みながら
ただただ悲嘆の思いを 閉じ込めて
五十年 生きてきました

父母との永久の別れは 覚悟の上での
看取り尽くした後の やりきれなさでした
でも 妹よ
あなたという存在が 
忘れてはならない存在として
いまも生きているのです

妹よ
言葉にならない言葉を越えて
意気地なさを 素直に表出できる存在として
いまも生きているのです

妹よ
浄土で あなたを最も愛しんだ 父や母と出会ったでしょうか
あなたは 五十年の刻を経て 輪廻転生します 
兄は もう二度とお会いできないのです
だから 父と母からあなたのことを尋ねましょう

妹 琴代よ
別れの刻が きたようです
あなたを忘れることは 決してありません
涙で言葉が かすれます

さようなら 妹よ
さようなら 琴代

〔2019年11月17日書き下ろし。11月21日五十回忌の命日、最期の別れとなりました〕