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「極点社会」と地域アイデンティティ

筆者(阪野)がはじめて「極点社会」という言葉にふれたのは、『中央公論』(平成25年12月号)の特集「壊死する地方都市」に収められた「増田寛也+人口減少問題研究会」の論稿「2040年、地方消滅。『極点社会』が到来する」です。そのなかで、「地方が消滅する時代がやってくる。人口減少の大波は、まず地方の小規模自治体を襲い、その後、地方全体に急速に広がり、 最後は凄まじい勢いで都市部をも飲み込んでいく。このままいけば30年後には、人口の『再生産力』が急激に減少し、いずれ消滅が避けられないような地域が続出する恐れがある」(19ページ)と、人口減少の末路が指摘されています。極点社会とは、「大都市圏という限られた地域に人々が凝集し、高密度の中で生活している社会」(27ページ)、すなわち都市が地方の人口を吸収し、大都市だけが残る国の姿を表したものです。
2014年5月8日、民間の有識者団体である「日本創成会議・人口減少問題検討分科会」(座長・増田寛也)が『成長を続ける21世紀のために 「ストップ少子化・地方元気戦略」』を発表しました。それによると、2040年の時点で、全国1800市区町村の49.8%に当たる896の市区町村が、20歳から39歳までの子どもを産む女性(若年女性)が2010年から2040年までの間に50%以上減少することによって人口が減少し、消滅する可能性があります(「消滅可能性都市」)。例えば、青森、岩手、秋田、山形、島根の5県では8割以上の市町村、東京23区では豊島区、筆者が住む東海地方では岐阜県が42のうち17、愛知県が54のうち7、三重県が29のうち14の市町村がそれぞれ「消滅可能性都市」になります(注1)。
こうした推計をふまえて、報告書では、「国民の『希望出生率』を実現すること」と「地方から大都市へ若者が流入する『人の流れ』を変えること」を基本目標として、次のような政策提言も行っています。(1)ストップ少子化戦略 ;若者(男女)が結婚し、子どもを産み、育てやすい環境を作る。(2)地方元気戦略 ;地方を建て直し、再興を図る。(3)女性・人材活躍戦略 ;女性や高齢者など人材の活躍を推進する、がそれです(21~49ページ)。

「限界集落」という言葉があります。この言葉は、大野晃先生(高知大学名誉教授)が1991年に提唱した概念であるといわれています。今回の「極点社会」「消滅可能性都市」は、「限界集落」以上にショッキングな言葉です。多少とも地域に関心をもち、まちづくりにかかわってきた筆者にとっては、「極点社会」下における「消滅可能性都市」に想いを巡らさざるを得ません。
筆者は、先の拙文「地域アイデンティティとまちづくり―自治基本条例と市民福祉教育(第3報)―」(2014年4月30日)で、「地域アイデンティティ」という言葉を使いました。この言葉は、未だ確定的な定義が存在するわけではありませんが、一般的には、ある個人(住民)の、「地域に対する帰属意識や愛着、誇り」という意味合いで使われます。その場合、それは、個人のライフスタイルやライフステージによって異なり、また本人や家族などの状態の変化に応じて変わる可能性があります。帰属意識や愛着、誇りをもちたくてももてない、あるいはもちたくないヒトもいます。またいうまでもなく、こうした意識は、特定の、固定的なものが他者から一方的に押し付けられ、強要されるものでもありません。
こうした個人的レベルの地域アイデンティティに併せて、その地域の自然や歴史、文化、産業などによって形成された、そこに暮らす多くの住民が共有する「地域の特性・個性や地域らしさ」という意味合いで、「地域アイデンティティ」という言葉が使われます。
いずれにしても、「地域アイデンティティ」は、個人的レベルと集団的レベルの両方について、またその連関について考える必要があります。例えば、まちづくりに際して、個人的レベルのそれを軽視・無視したり、集団的レベルのそれを強調したり、あるいは特定の地域アイデンティティによって地域住民を包摂しようとすると、どうなるか。少数者の、新たな「社会的排除」を生み出し、地域の人間関係や社会関係に溝や亀裂を生ぜしめることになりかねません (大堀研「ローカル・アイデンティティの複合性―概念の使用法に関する検討―」『社会科学研究』第61巻第5・6合併号、東京大学社会科学研究所、2010年、143~158ページ参照)。留意しておきたいところです。
筆者はいま、T市の地域福祉計画と地域福祉活動計画の策定にかかわっています。そろそろ、地域の活性化や再生に向けた、明確なビジョンを提示する作業に取りかからなければなりません。それは、地域の“夢を語る” “戦略を練る”ということですが、特定の、固定的な地域アイデンティティを住民に強要することなく、またそのヒト、その地域ならではの地域アイデンティティを形成する過程を通して、住民の個別具体的な生活課題や地域課題の解決に繋げることを意味します。
T市内にも、「限界集落」「消滅集落」、そして「消滅可能性都市」と同様の地域(地区)が存在します。中心市街地や合併地域、都市・農村・住宅地域などにかかわらず、地域(地元)に対して帰属意識や愛着、誇りをもちたくても、そのヒトや地域の社会的・経済的・政治的・文化的状況によってもてないこともあります。先ずは、こうした事態を悲観的に捉えるのではなく、正確かつ冷静に受け止め、客観的に認識することが肝要です。そして、地域の自然や歴史、特性などに基づいた、その地域ならではの豊かな、まちづくりの「夢」「目標」「テーマ」をいかに設定するか。それを実現・達成するための、まちづくりへの参加・共働システムをどう構築するか。そして何よりも、まちづくりリーダーやまちづくりに積極的・主体的・自律的に参画する住民(「成熟した市民」)をいかに確保・育成するか、などの問いに総合的かつ戦略的に取り組むことが重要になります。

注1 消滅可能性市町村(岐阜県、愛知県、三重県、富山県、石川県、福井県)
岐阜県(42中17)/多治見市、美濃市、瑞浪市、恵那市、飛騨市、郡上市、下呂市、海津市、養老町、関ケ原町、神戸町、揖斐川町、富加町、七宗町、八百津町、白川町、東白川村。愛知県(54中7)/新城市、飛島村、南知多町、美浜町、設楽町、東栄町、豊根村。三重県(29中14)/伊勢市、名張市、尾鷲市、鳥羽市、熊野市、志摩市、木曽岬町、大台町、度会町、大紀町、南伊勢町、紀北町、御浜町、紀宝町。富山県(15中5)/氷見市、小矢部市、南砺市、上市町、朝日町。石川県(19中9)/七尾市、輪島市、珠洲市、加賀市、羽咋市、志賀町、宝達志水町、穴水町、能登町。福井県(17中9)/小浜市、大野市、勝山市、あわら市、池田町、美浜町、高浜町、おおい町、若狭町。

茨城県における「子どもヘルパー」派遣事業 と 福祉教育―資料紹介―

少子化や核家族化が進展する中、高齢者と子どもが触れ合う機会が減少するとともに、地域における助け合いや連帯感が希薄化しており、高齢者の孤独化などが課題となっている。そこで、4年生以上の小学生を「子どもヘルパー」に任命し、高齢者宅などに訪問し、話し相手やお手伝いボランティア等を行い、高齢者の安否確認や子ども達のいたわりの心を育むことにより、地域全体で高齢者を支える意識を醸成する。(全国知事会「先進政策バンク」より)

茨城県では、2010(平成22)年度から2011(平成23)年度にかけて、「4年生以上の小学生を『子どもヘルパー』」に任命し、‥‥‥地域全体で高齢者を支える意識を醸成する」ことをめざして、「いばらき子どもヘルパー派遣事業」に取り組んだ。その活動内容を纏めた『いばらき子どもヘルパー派遣事業報告書』が、2013(平成25)年9月に茨城県(保健福祉部長寿福祉課)から刊行されている。
本稿は、その報告書などに基づいて、茨城県における取り組みと、県からモデル地域選定を受けたかすみがうら市による取り組みの概要を紹介するものである。
なお、同様の取り組みに、富山県高岡市の社会福祉協議会が1996(平成8)年度に創設した「ジュニア福祉活動員」育成事業や、熊本県阿蘇郡産山村の社会福祉協議会が2000(平成12)年度から継続的に実施している「子どもヘルパー」事業がある。前者は、地域の小学校6年生全員が「ジュニア福祉活動員」に任命され、地域の大人(福祉活動員、民生委員など)と一緒に一人暮らし高齢者等への友愛訪問活動を行うものである。後者は、小学校4年生以上から中学生を対象にした事業で、2014(平成26)年度2月現在、300人を超える「子どもヘルパー」が高齢者の生活支援活動を行ってきている。付記しておくことにする。

茨城県における「子どもヘルパー」派遣事業

2010(平成22)年度と2011(平成23)年度の、茨城県における当該事業の取り組みの概要は次の通りである。

1 背景
少子高齢社会を迎え、高齢者が安心し、いきいきと暮らせる地域づくりや高齢者の健康づくり ・生きがいづくりの重要性が高まっています。
また、近年、ひとり暮らし高齢者や高齢夫婦のみの世帯が増加しており、少子化や核家族化が進展する中、高齢者と子どもが触れ合う機会は減少しています。
高齢者と子どもが触れ合う機会を通して、高齢者を地域みんなで支え合う地域の絆づくりを推進することが求められています。
2 概要
モデル事業として県内の市町村社会福祉協議会を選定し、子どもヘルパーとして任命した4 年生以上の小学生が、ひとり暮らしの高齢者などの家庭を訪問し、話し相手やお手伝いボランティア等を行う事業です。
(1) 実施主体 ・期間
県内8 カ所のモデル地域を県が選定
期間/実施主体
平成22 年度~平成23 年度/石岡市社会福祉協議会、守谷市社会福祉協議会、小美玉市社会福祉協議会、利根町社会福祉協議会
平成23 年度/笠間市社会福祉協議会、かすみがうら市社会福祉協議会、城里町社会福祉協議会、河内町社会福祉協議会
(2) 活動エリア
原則小学校区~中学校区以内とし、市町村社会福祉協議会が選定
(3) 対象  
小学4年生~6年生 約30 名
(4) 子どもヘルパー活動内容
〇お手伝いボランティア
ひとり暮らし高齢者宅、昼間独居高齢者宅などを3~4 人で訪問し、話し相手や肩たたき、お掃除などのお手伝いを行います。
〇交流会 ・福祉施設訪問
初顔合わせとして、交流サロン等で交流会の開催や地域の高齢者施設等を訪問します。
〇お便り活動
年賀状や季節の絵手紙などを高齢者宅へ郵送します。
〇活動報告会の開催
(5) 実績
平成22年度
子どもヘルパー数 :113人、高齢者宅訪問 :10回、交流会等 :6回、施設訪問 :2回、お便り活動 :13回
平成23年度
子どもヘルパー数 :434人、高齢者宅訪問 :30回(284件)、交流会等 :28回、施設訪問 :8回、お便り活動 :23回
子どもヘルパーに、やる気と誇りを持って活動してもらうためにピンバッジを配布しました。
3 参考
〇平成23 年9 月、全国知事会において、先進政策バンクに登録されている2、325 件の先進的な政策の中から、本事業を含む27 件が頭脳センター専門委員会による評価 ・審査の結果、優秀政策(ベストプラクティス)に選定され、全国知事会長から表彰されたところです。本県では、初めての受賞になります。
〇平成22 年度から平成24 年度の3 年間のモデル事業として、1 団体2 年間の継続事業として開始しましたが、財源としていた安心子ども基金の終了に伴い、平成23 年度をもって茨城県の事業は終了しています。
しかし、4 団体が社会福祉協議会の独自財源や地域支援事業を活用し、平成24 年度も事業継続してくれたところであります。

かすみがうら市における「子どもヘルパー」派遣事業

茨城県の当該事業は、「安心子ども基金」(文部科学省補助金)の終了に伴い、2011(平成23)年度をもって終了した。そこで、以上の8カ所のモデル地域のうち、かすみがうら市では、2011(平成23)年度・県事業としての取り組みのあと、2012(平成24)年度・市事業、2013(平成25)年度・市社会福祉協議会事業、そして2014(平成26)年度はまた市事業として、当該事業を継続的に実施している。市の事業として実施されるに際しては、2012(平成24)年3月に「かすみがうら市子どもヘルパー派遣事業実施要項」を制定し、制度的・積極的な取り組みがなされていることが特筆される。
2011(平成23)年度から2013(平成25)年度までのかすみがうら市における当該事業の取り組みの概要と、2012(平成24)年度における「かすみがうら市子どもヘルパー派遣事業実施要項」は次の通りである。

かすみがうら市 ・市社会福祉協議会による取り組み
1 事業実施を希望した理由
最近の少子高齢化や核家族化の進行に伴い、家庭機能の低下や親子関係の希薄化、さらには、地域での子育て機能が低下している中、要保護児童数が増加しており、特に核家族化率の高い市街化区域の家庭教育については対処すべき課題が多くなっております。
こうした状況を踏まえ、学校と連携し地域の高齢者への理解とかかわりを深めることにより、いたわりや思いやりの心を育めればとの思いから、実施に至りました。
2 概要
1年目は、急な実施だったため、準備期間を設け、秋からスタートしました。モデル校の5学年児童から希望者を募り、主に土曜日に実施しましたが、スポーツ少年団等と重なってしまうことも多く、すべての課程に参加できない児童が出てしまい、残念だったとの感想もきかれました。
2年目は、モデル校の協力で、総合的学習の時間を利用させてもらうことができたため、5学年児童全員を対象に実施しました。1期を「第1クール」、2 ・3学期を「第2クール」と分け、それぞれ3つの内容をクラスごとにローテーションで実施しました。
〈平成23年度〉
指定校 :下稲吉東小学校5年生(希望者) 登録22名
第1回 ・10/29(土) 参加人数14名 
〇任命書公布
〇オリエンテーション 
①子どもヘルパー派遣事業について
②かすみがうら市の福祉について
〇学習会
①ヘルパー活動の目的や仕事について
②高齢者とのコミュニケーションについて
〇インスタントシニア体験
第2回 ・11/26日(土) 参加人数13名 
〇シルバーリハビリ体験について(体験)
〇交流会(ニュースポーツ《輪投げ》の実施)
第3回 ・12/5(月) 参加人数19名
〇絵手紙講習会
クリスマスカードの作成
作成したカードは前回交流会をした角来青葉会のみなさんにお配りしました。
第4回 ・2/4(土) 参加人数14名
〇ヘルパー訪問活動(中志筑地区)
高齢者のお宅を訪問し、肩たたき・掃除のお手伝い、千代紙工作をして交流しました。
第5回 ・3/3(土) 参加人数14名
〇活動感想文作成・活動報告の発表
〇修了証交付
〈平成24年度〉
指定校 :下稲吉東小学校5年生(全員:総合的な学習の時間を利用) 登録96名
第1回 ・6/14
〇任命式
※任命書交付
※あいさつ
※オリエンテーション
①子どもヘルパー派遣事業について
②かすみがうら市の福祉について
〇学習会
※講話
①ヘルパー活動の目的や仕事について
②ヘルパーということ、高齢者との接し方
第2回 ・6/22、第3回 ・7/6、第4回 ・7/13(第1クール)
テーマ :高齢者について知り、交流の手段を学ぶ
全体を3組〈クラス〉に分け、次の活動をローテーションで実施。
(1)インスタントシニア体験
年を重ねると体の動きや感覚はどうなるかを体験しました。
(2)絵手紙講習
お便り活動に役立てられる、絵手紙を習いました。
(3)調理実習
おじいちゃんおばあちゃんが子どもの頃は、どんなおやつを食べていたのかを知るため、調理実習をしました。〇すいとん、〇蒸しパン。
第5回 ・11/30、第6回 ・12/14、第7回 ・1/18(第2クール)
テーマ :高齢者との交流を図る
全体を3組(クラス)に分け、次の活動をローテーションで実施。
(4)交流会
角来青葉会老人クラブのみなさんを教室に招いて、交流会をしました。
(5)グランドゴルフ交流会
高齢者に人気のあるグランドゴルフを千代田グランドゴルフクラブの皆さんと一緒に楽しみました。
(6)訪問活動
ひとり暮らしやおじいちゃん、おばあちゃんだけで生活している方のおうちを訪問し、お手伝いやおしゃべりをしました。
〇お便り活動
お宅訪問や交流会で知り合ったおじいちゃん、おばあちゃんに絵手紙を描きました。
第8回 ・3/1
〇活動報告会
各自でこれまでの活動をふりかえり、まとめを行った後、全体会でクラスの代表者が感想を発表した。
〇修了式
※修了証授与
※あいさつ
〈平成25年度〉
指定校 :下稲吉東小学校5年生(全員 :総合的な学習の時間を利用) 登録98名
第1回 ・9/5
〇任命式
※任命書授与
※講話(お話し)
①わたしたちのまち「かすみがうら市」について
②ホームヘルパーの仕事と目的について
第2回 ・10/1、第3回 ・10/10、第4回 ・10/18(第1クール)
テーマ :高齢者 ・障がい者について理解し、交流の手段を学ぶ
全体を3組(クラス)に分け、次の活動をローテーションで実施。
(1)インスタントシニア体験
体験を通し高齢者について体験する。
(2)シルバーリハビリ体験
転倒防止の体験を学び、からだの機能について知る。
(3)手話体験
聴覚障がい者との交流の手段を学ぶ。
第5回 ・10/25、第6回 ・11/22、第7回 ・12/13(第2クール)
テーマ :高齢者との交流 ・救命入門コースを学ぶ
全体を3組(クラス)に分け、次の活動をローテーションで実施。
(4)救命入門コース
消防署員の方の協力でAED等の、いざという時に役立つ方法を学ぶ。
(5)グランド・ゴルフ交流会
高齢者に人気のグランド ・ゴルフを通してね交流を図る。
(6)訪問活動
ひとり暮らし ・おじいちゃんおばあちゃんだけで生活している方のお宅を訪問しねお掃除やお話し相手などを通して交流を図る。
第8回 ・12/20
〇活動報告会
〇修了証授与

「かすみがうら市子どもヘルパー派遣事業実施要項」
平成24年3月27日
訓令第11号
(目的)
第1条 この訓令は、小学校4年生から6年生までの児童をかすみがうら市子どもヘルパー(以下「子どもヘルパー」という。)に任命し、高齢者の家庭を訪問して、話し相手、お手伝いボランティア等をすることにより、児童と高齢者との世代間交流を通して高齢者を地域みんなで支え合うための地域のきずなづくりを推進することを目的とする。
(実施主体)
第2条 事業の実施主体は、本市とする。
2 事業は、市社会福祉協議会(以下「市社協」という。)へ委託することができるものとする。
(地域の指定)
第3条 事業の実施地域は、原則として小学校区区域を単位として指定する。
(実施期間)
第4条 事業の実施期間は、4月1日から翌年3月31日までの1年間とする。
(推進会議の設置)
第5条 事業の円滑な実施及びその成果、普及等の役割を担うため、推進会議を設置する。
2 推進会議は、次に掲げる者を構成員とする。
(1) 市内の学校関係者
(2) 福祉事業関係者
(3) 行政担当者
(4) 介護事業関係者
(5) その他事業の円滑な実施に関して必要な者
3 推進会議は、次に掲げる業務を行うものとする。
(1) 事業への助言及び評価
(2) 事業の取り組み状況等の関係機関等への情報発信
(3) その他事業の円滑な実施に関して必要な業務
(任命)
第6条 子どもヘルパーの対象者は、小学校4年生から6年生までの児童とする。
2 子どもヘルパーの任期は、1年間とする。
3 子どもヘルパーとして任命した児童には、市長が任命書(様式第1号)を交付する。
(事業の内容)
第7条 事業は、次の各号に掲げるとおりとし、その内容はそれぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 訪問活動の実施 概ね2人から4人の子供ヘルパーのチームで、必ず民生委員児童委員、市社協職員等が児童を引率して、地域の一人暮らし高齢者宅、高齢者のみの世帯、昼間独居高齢者宅等を訪問し、肩たたき、お掃除等のお手伝い、話し相手、昔遊び等を行う。
(2) お便り活動の実施 年賀状、クリスマスカード等のお便りを高齢者宅等へ送る。
(3) 任命式及び学習会の開催 子どもヘルパーの任命式を開催するとともに、子どもヘルパーの活動及び地域福祉に係る小学生向けの学習会を開催する。
(4) 交流会の開催 指定地域の高齢者等と子どもヘルパーとの初顔合わせとして、交流会を開催する。
(5) 活動報告会の開催 子どもヘルパーの1年間の活動の総括として、活動報告会を開催する。
2 前項第1号に規定する訪問活動の終了後に、当該活動の引率者は、活動実施報告書(様式第2号)を提出するものとする。
3 前項第1号に規定する訪問活動により訪問を受けた高齢者等は、謝礼金を負担しないものとする。
(委任)
第8条 この訓令に定めるもののほか、必要な事項は、市長が別に定める。
附 則
(施行期日)
1 この訓令は、平成24年4月1日から施行する。
(失効)
2 この訓令は、平成25年3月31日限り、その効力を失う。
様式第1号(第6条関係)

 以上の、茨城県とかすみがうら市における「子どもヘルパー」派遣事業に関して、若干の所見(所感)を述べることにする。
(1)当該事業のねらいは、小学校4年生から6年生までの子どもを「子どもヘルパー」に任命し、高齢者との交流活動を通して、高齢者に対する「いたわりの心」を育成することにある。その際、その底流をなす高齢者についての認識は、高齢者イコールいたわりの対象イコール弱者(社会的弱者)、というものであろうか。
いうまでもなく、高齢者の心身の状態をはじめICFの理念・モデルにいう「活動」や「参加」は多様であり、個々別々である。社会的排除に向き合い、社会的包摂に向けた福祉教育を推進するためには、高齢者は「支援や援助を必要とする弱者」であるという、ステレオタイプ化されたイメージの「老人神話」からの脱却をいかにして図るかが重要となる。福祉教育は、高齢者をはじめすべての地域住民のライフ(Life:生命、生活、生涯)の多様性と同一性、地域性と協働性について理解し認識することからはじまる。
(2)「子どもヘルパー」に「やる気と誇り」をもって活動してもらうために「ピンバッチ」(茨城県)の配付や「任命書」の公布が行われ、修了時には賞賛と激励のために「修了証」(かすみがうら市)が授与されている。子どもたちの活動への参加意欲を高め、次の活動に繋げるための工夫として評価できよう。
さらに当該事業を計画的・継続的に推進するためには、学校内や学校外の他機関との協働支援体制を整備・強化し、先ずは小学校における当該事業の定着化・伝統化を図ることが重要となる。加えて、中学校や高等学校での新たな取り組みを促すことが求められる。
(3)学校福祉教育においては、これまで、訪問・交流活動、収集・募金活動、清掃・美化活動の「3大体験活動」や、高齢や障害の疑似体験、手話や点字の学習、施設訪問(慰問)の「3大プログラム」などを中心にその実践活動が展開されてきた。しかもその際、その活動が観念的・精神的なものにとどまったり、活動そのものが目的化したりしがちであったといってよい。
「子どもヘルパー」の諸活動は、一面においては、これまでの福祉教育実践活動の枠内にとどまるものでもある。福祉教育(市民福祉教育)は福祉の(による)まちづくりの主体形成を図るための教育実践である。とすれば、地域診断 → 地域理解 → まちづくり学習 → まちづくり、というプロセスを経る活動を、「子どもヘルパー」の諸活動のなかに、あるいはその延長線上に組み込むことが肝要となる。
(4)「子どもヘルパー」の諸活動は、あくまでも子ども(小学生)を対象としたものである。それゆえに、教師や保護者、地域の一般住民への働きかけは必ずしも十分なものではない、といわざるを得ない。その結果、かすみがうら市においては2クールの一定期間の取り組みや、学校内の、しかも社会福祉協議会主導の福祉教育活動に矮小化される危険性なしとしない。
こんにち、学校を中心とした福祉教育(学校福祉教育)と地域を基盤とした福祉教育(地域福祉教育)を融合した「市民福祉教育」の推進が求められている。「子どもヘルパー」の諸活動を介して、教師や保護者をはじめ、民生委員、ボランティア、地域福祉関係者、地域組織・団体関係者、それに一般住民などがいかに連携・協働し、“ 地域ぐるみの福祉教育 ”を展開するかが問われることになる。
(5)学校における福祉教育は、福祉教育目標の達成が学校教育目標の実現に通じることから、「全教科全領域」で実施・展開すべきであるといわれてきた。また、周知のとおり、2002 (平成14)年度より、小・中学校で、「地域や学校、児童の実態等に応じて、横断的・総合的な学習や児童の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行うもの」(小学校学習指導要領)として、「総合的な学習の時間」がスタートした。それ以降、「総合的な学習の時間」を“ 活用 ”して、福祉教育実践が展開されることになる。かすみがうら市における「子どもヘルパー」の諸活動はまさにそれである。
「総合的な学習の時間」は、子どもたちが「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」などをそのねらいとする。「全教科全領域」における福祉教育、「総合的な学習の時間」における福祉教育、その本来の趣旨やねらいに即した取り組みについて再考する必要がある。
(6)評価活動のともなわない教育活動はない。教育評価は、教育活動の過程や成果を種々の観察や資料に基づいて客観的に捉え、教育目標を達成するための改善に役立たせるための活動である。さらには、新たな教育活動を生み出すための活動でもある。福祉教育実践においては、「評価」(evaluation、assessment)や「ふりかえり」(reflection)が重要であるといわれてきたものの、実際には、かすみがうら市のように「感想文」の作成や「活動報告会」の開催にとどまりがちである。
福祉教育実践においては、自己・他者・社会の生活問題との ①出会い(把握、関与) → ②向き合い(対面、相関) → ③話し合い(討議、明確化) → ④分かち合い(共感、共有化)→ ⑤支え合い(連携、共働) → ⑥ふりかえり(評価、修正)、あるいは実践活動を通して ①学び → ②気づき → ③ふりかえり → ④変わり → ⑤(新しく)動く、というプロセスと各段階における評価活動が大切になる。その際、学校福祉教育の評価は、「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」という観点別の評価を、それに適合するさまざまな評価技法を用いて適正に行うことが求められる。

付記
本稿の執筆に際しては、かすみがうら市社会福祉協議会のT女史のご高配を賜りました。記して厚くお礼を申し上げます。

地域アイデンティティとまちづくり―自治基本条例と市民福祉教育(第3報)―

1 市民主権・市民自治の実現と「学ぶ権利」
関市では、2014年3月1日から31日の期間、「関市自治基本条例(素案)」についてのパブリック・コメント(Public Comment、以下「PC」と略す。)の募集が行われた。筆者(阪野)は、既述のように関市自治基本条例策定審議会委員の末席を汚したが、いい足りないこともあり、3月3日付で次のような管見を提出した。

関市自治基本条例(素案)の策定審議に関わられた策定審議会委員と市役所市民協働課等の皆様方に、先ずもって衷心より敬意と感謝の意を表させていただきます。
自治基本条例は「まちづくり条例」「市民参加・協働条例」等の基本的性格を有するものであるという認識のもとに、次の2点について管見を述べさせていただきます。ご検討願いたく存じます。

(1)独立条文として「学ぶ権利」保障の規定を設けるべきである。
市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まで全ての市民を対象にした、関市の「まち」に関する理解・診断と「まちづくり」に関する「意識」「知識」「スキル」の醸成・育成が必要かつ重要となります。
素案には、「4 市民の権利及び役割 (1)市民の権利 ②」に「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること。」という規定がありますが、この権利保障を担保する規定は必ずしも明文化されているわけではないと考えます。
ご案内のように、大垣市では2015年度から地元の歴史や文化、産業等を学ぶ「ふるさと大垣科」(仮称)が新設され、全小中学校で授業が開始されます。その内容等については不明であり、戦前の「郷土教育」が浅薄な愛国心の育成(「愛国心教育」)に繋がった“負の遺産”を持っていることには十二分に留意する必要があります。
その点を踏まえたうえで、次のような条文の加筆が求められると考えます。

4 市民の権利及び役割
(1)市民の権利
(2)学ぶ権利
1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。
2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。

このように考えると、整合性を保持するためには、「4 市民の権利及び役割 (1)市民の権利 ②」の規定は、「まちづくりに関して意見及び要望を提案できること。」という規定になろうかと考えます。
なお、「学ぶ権利」の規定を独立条文として設けている市町村条例は少なくありませんが、「市民主権・市民自治」を掲げる関市においては必要不可欠な条文であることを重ねて申し述べます。

(2)「(5)市民活動及び市民活動センター」は「(5)市民活動センター」とすべきである。
「市民活動」は、自治基本条例の全条文に通底するものであり、この見出しには違和感を持たざるをえません。「市民活動及び」は削除すべきであると考えます。
「(4)地域委員会」「(5)市民活動センター」「(6)まちづくり市民会議」の設置・運営に関する規定は、極めて高く評価することができます。そして、この三つの機関・組織について三位一体の運営が推進されれば、「市民主権・市民自治」の実現が図られるものと考えます。
逆に言えば、そうでなければ「市民主権・市民自治」は画塀に帰すといえます。その点からも、自主的・自律的な「学ぶ権利」の独立条文規定は極めて重要なものとなります。

2014年4月21日、関市のホームページに「関市自治基本条例(素案)に対する意見の概要と市の考え方」(以下「PCの結果」と略す。)がアップされた。そこでは、筆者の愚見が次のように整理され、市の考え方が提示されている。

〈意見内容〉
独立条文として「学ぶ権利」を保障の規定を設けるべきである。市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まで全ての市民がまちづくりについて学ぶ必要があります。素案には、「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること」が規定されていますが、「学ぶ権利」を保障することが明文化されている訳ではないと考えます。「(1)市民の権利」の次に、「(2)学ぶ権利」として、「1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。」を追加することを提案します。
〈市の考え方〉
市民の権利に、まちづくりに関して学習することを規定しており、別に「学ぶ権利」を追加して規定することは考えておりません。まちづくりに関して学習することは大切であると考えますので、ご意見は今後のまちづくりの参考にさせていただきます。
〈案の修正〉
なし

〈意見内容〉
「(5)市民活動及び市民活動センター」を「(5)市民活動センター」とすべきである。「市民活動」は、自治基本条例の全条文に通底するものであり、この見出しに違和感を持たざるをみません。見出しから「市民活動及び」を削除するべきである。
〈市の考え方〉
この項目は、市民活動センターだけでなく、市民活動についても定めているため、項目名を「市民活動及び市民活動センター」にしていますが、ご意見は今後の参考にさせていただきます。
〈案の修正〉
なし

周知のとおり、PCは、住民の行政参加の促進と住民自治の拡充、行政運営の公正さの確保と透明性の向上などを図るための手続きである。「PCの結果」をみると、「意見等提出者数」8人、「意見等の総数」18件を数えるが、自治基本条例の基本的性格や制定の背景、意義などを考えたとき、意見提出が低調である。提出意見の「原文を一部要約し、また分割して掲載」されており、全文が公表されていない。そして、何よりも提出意見に対する回答がすべて「案の修正『なし』」である、ことなどが気にかかる。そこから、PC制度そのものが十分に周知・活用されず、形式的で正確・公正さに欠け、結果的には行政が住民を「説得」するための単なる手続きで終わっている、といえそうである。それ以前に、「PCの結果」に、自治基本条例の制定そのものに疑義をはさむ提出意見が散見されることから、自治基本条例に関する住民への情報提起や意識啓発が必ずしも十分なものではなかったのではないか、と思われる。唐突であるが、ここで、「無関心は地域社会を荒廃させるもっとも危険な心情のひとつである」(岩崎正弥・高野孝子『場の教育―「土地に根ざす学び」の水脈』農山漁村文化協会、2010年、18~19ページ)という一文を引いておくこしにする。住民と行政ともども留意すべき点である。

2 地域アイデンティティの再構築と地域の再生・復興
上記の岩崎正弥(愛知大学)は、その著作『場の教育』において、明治以降の近現代日本の学校教育の基調は成績重視の、「地元を捨てさせる教育」であった。一方、「明治後期の学校教育批判に端を発する新教育運動から、大正自由教育運動、農村教育運動、郷土教育運動、デンマーク型教育運動など」に共通する土台は「土地に根ざした教育」(Place‐Based Education)であった、と説いている(70ページ)。そして、こうした歴史と現在の「地元を知り、地元を愛し、地元を育てる学び」の実践を架橋し、地域と教育が手を携えて地域を再生する「地域再生学としての<場の教育>」(29ページ)の理念や可能性について論述している。その際、岩崎が「場所」ではなくあえて「場」という言葉を用いるのは、それを「<開かれ、生み出し、包み込む>という特質をもつ空間」として捉えることによるものである。
岩崎の「場の教育」の所説についてはひとまず置くとして、ここでは、前述のPCにいう「まちづくりに関して学ぶ権利」と「郷土教育」をめぐって一言述べておくことにする。
周知のように、郷土教育運動は、1930年代・昭和初期に隆盛するが、戦時体制化が進み、国民精神総動員運動がはじまる1937年を境に、当初の、郷土を正しく認識・理解し郷土の再生をめざす実践的な教育運動から、郷土愛を愛国心、「尽忠報国ノ精神」にまで涵養・高揚させることを目的とする観念的な精神運動に変質する。そして、それは、日本のファシズム体制の確立を促すことになる。
こうした歴史的認識を踏まえたうえで、岩崎の以下の言説に留意しておくことにする。地域(地元=郷土)を知り、地域を愛し、地域を育てる「教育」について考える際のひとつの視点を見出すことができよう。

郷土愛が国家愛に直結しないことは、郷土教育運動のなかでも指摘されていた。郷土を掘り下げることで、国体論が示す時空間とは別の時空間に立つことも十分ありえた。(93ページ)

郷土愛(Patriotism)というと評判が悪いけれど、本質的には郷土愛と国家愛(Nationalism)とは異なるものである。同じ土地に暮らす人びとを大切にし、その土地の歴史と文化を尊重し、その土地の自然環境を守り育てることが郷土愛であるはずだ。郷土愛は身近な具体的事象(人を含む)を対象とし、国家愛は抽象的な理念が必ず介在する。だから郷土愛は、自地域への誇りにかかわる地域アイデンティティ(Local Identity、以下「LI」とする)といいかえてもよいだろう。‥‥‥
郷土を知ることは、LIへの転化を促すのであろうか。郷土研究を通して詳細に自地域を知るとき、私たちの郷土に対する思いは変わるだろうか。私の考えでは、自分とは無関係な知識をいくら蓄積してもLIには転化しない。しかし地域事象が私たちの生活にどう影響しているのか、その中身を具体的に知ることができれば、その事象の身近さ度に応じてLIが育まれるだろう。いいかえれば、各地域事象の意味づけを行ない、私たちがその意味を理解するとき、腑に落ちるという体験とともに、事象が映し出す光景は一変するだろう。ここに至らないと知識偏重という謗りを越えることができない。(98~99ページ)
 
土地に根ざした教育とは、地域に学び、学びの主体が変えられ、今度は地域づくりの広い意味での担い手として、地域に働きかけ地域を変える。そして変わった地域から再び学び、自分の認識の更新を通して、その思いが再び地域にはねかえる。こうしたフィードバック・システムが繰り返されるところに、土地に根ざした教育の特色がある。この土地に根ざした教育のプロセスが<場の教育>である。(134~135ページ)

周知のように、2006年12月に公布・施行された新教育基本法には、「我が国の伝統と文化」「愛国心・郷土愛」「公共の精神」が強調されている。この規定は、国家による一面的な道徳観や価値観が押し付けられることによって、偏狭で閉鎖的な人間が育成される心配がある。とともに、復古的な国家主義や全体主義を基盤にした国家への奉仕が強要される恐れなしとしない。この点に十分に留意しながら、市民主権・市民自治の実現とそれによる地域の「変革」や「再生」を図るための主体(市民)を形成する教育のあり方が、 “いま” 問われている。筆者が本稿でいいたいのはこの点である。
中央・地方の財政難を背景に行政能力の強化を目的とした「平成の大合併」によって、地域アイデンティティの喪失が進んだ。東日本大震災と原子力発電所事故によって、地域生活が根こそぎ壊滅され奪われた。こうした事態に多くの人々が直面している “いま” こそ、地域の「再生」や「復興」のための、地域(地元=郷土)に根ざした新たな教育の創造と展開が求められるのである。

付記
「地域アイデンティティ」という言葉は、都市社会学や都市計画の分野などで1990年代後半以降に登場するようになったといわれている。例えば、都市社会学の観点から、松本康(1986年)は、「地域帰属意識」という用語を用いて、「ある人間が一定の地域に居住しているという客観的状態すなわち住民性に加えて、その地域社会に帰属する成員であるという主観的状態を示すもの」として捉えている。都市計画の分野では、金俊豪・藤本信義・三橋伸夫(1996年)らが、「地域アイデンティティ」(Local Identity)という用語を用いて、「心理学用語であるアイデンティティという概念を人間集団としての地域やコミュニティにまで拡大し、『個性』、『らしさ』あるいは『あるべき姿』などを指示するもの」として定義している。また、遠藤亮・中井検裕・中西正彦(2004年)らが、「地域帰属意識」(Community Consciousness)という用語を用いて、「地域帰属意識とは、ある地域に居住していると自覚するとともに、地域の目標や規範・価値観を受け入れ、その地域のために活動したいという意欲のこと」と定義している(城月雅大・園田美保・大槻知史・呉宣児「『まちづくり心理学』の創出に向けた基礎理論の構築―計画論と環境心理学の橋渡しによる地域再生のために―」『名古屋外国語大学現代国際学部紀要』第9号、2013年、31~47ページ)。

愚を繰り返す “学校”―偏見と差別―

先日、インターネット上の次のようなニュース記事が目に飛び込んできました。

ダウン症児外し入学式写真 長野の小学校、校長がおわび
長野県内の公立小学校で今月初めの入学式での新入生の集合写真をめぐり、同校にも通うことになった特別支援学校のダウン症の男児が外れた写真と、加わった写真の2種類が撮影された。校長が男児の母親に対して提案した。校長は、「配慮が不足していた」として男児の両親におわびした。

筆者(阪野)は過去に、ある特別支援学校の「学校評議員」を5年ほど務めたことがあります。上の記事をみて、学校評議員に就任した初年度の、最初の「学校評議員会」に出席した際に配付された資料のことが思い出されました。その資料は、保護者や学校関係者に配付する『学校だより』でしたが、そこには 1 か月ほど前の卒業式の集合写真が掲載されていました。その写真をみるとなんと、一人の卒業生の顔の部分がマジックで黒く塗りつぶされていました。それは親の意向に基づく、先生方の万やむを得ない “処置” であったとのことですが、怒りと悲しみ、そして虚しさがこみあげてきました。席上、その感情を抑えることができませんでしたが、上の記事をみていま、「またか……!」という思いがしてなりません。
学校評議員制度は、学校(教員)と家庭(保護者)と地域(住民)が連携・協力しながら教育活動の活性化を図り、地域に開かれた学校づくりを推進することを目的に、2000年4月に導入されたものです。学校評議員には、学校運営に関して多様な意見を幅広く開陳することが求められます。しかし、筆者が務めた5年間では、学校評議員会は各年度わずか2回の開催で、しかも短時間の授業参観と教育活動についての簡単な状況報告を受け、「学校評価アンケート」に答えるというものでした。学校評議員制度そのものと学校当局の取り組みに疑問を感じたのは、筆者だけではなかったのではないか。そんなこともいま、思い出しています。
周知のとおり、福祉教育には、①学校を中心とした福祉教育(学校福祉教育)、②地域を基盤とした福祉教育(地域福祉教育)、③社会福祉専門教育(社会福祉教育)、という3つの領域があるといわれてきました。①の領域の、児童・生徒に対する福祉教育を実施するに当たっては、先生方の障害観や障がい者観、それに福祉観などが厳しく問われることになります。しかし、これまで、学校の先生方に対する型通りの「福祉教育研修」は行われてきましたが、先生方を教育対象にした「福祉教育」については十分に言及され、系統的に実施されてきたとはいえません。また、教員免許取得希望学生たちが、一部の「介護等体験」を除いて、「福祉」にふれる機会はほとんどありません。こうしたことが上の記事や、筆者が経験したような事態を生ぜしめるひとつの要因になっている、といえるのではないでしょうか。
最近、岡本榮一先生(大阪ボランティア協会)が、雑誌『ふくしと教育』(第16号、大学図書出版、2014年2月)で、「福祉教育の展開領域」として次の4つの領域を提示しています。①成長期の学童向けの福祉教育、②一般成人向けの福祉教育、③専門職養成の福祉教育、④大学生向けの福祉教育=福祉国家論、がそれです。筆者も以前から、その内容(「福祉国家論」)については岡本先生の見解とは若干異なりますが、④の領域の必要性を痛感しています。
独立した「福祉教育」の授業科目を開設する福祉系大学が極めて少ないこともまた、大いに気になるところです。

福祉教育は “人間の尊厳” を追求する「人権教育」を基本として成り立つ意図的な教育活動である、と理解されてきました。そこには、福祉教育は “仲間をつくり、仲間を大切にし、仲間外れをつくらない” ための教育実践である、という意味も含まれています。最後に、この点を改めて確認しておきたいと思います。

問題解決学習と “はいまわる経験主義” ―資料紹介―

筆者(阪野)は先に、求めに応じて、東井義雄の「村を育てる学力」についての言説を不十分ながら紹介しました。2014年3月22日にアップした「今、改めて問われる『村を捨てる学力』と『村を育てる学力』―資料紹介―」がそれです。この拙稿に対して、あるブログ読者から、当時の時代背景と状況を考えるなかで今日的な状況と動向、そして課題を読み解く必要がある、という指摘をいただきました。同感するところです。
また、別の読者からは、無着成恭の『山びこ学校』(青銅社、1951年)などが懐かしく思い出されるとのことですが、当時の生活綴方教育と連携して展開された、初期社会科の「問題解決学習」に関する文部省の基本的な考え方等について、「資料紹介」をしてもらいたい旨の連絡を受けました。それに若干なりとも応えようと、本稿を草することにしました。
なお、「初期社会科」とは、『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年5月)をはじめ、『学習指導要領社会科編Ⅱ(試案)』(1947年6月)、『小学校学習指導要領社会科編(試案)』(1951年7月)、『中学校・高等学校学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1951年12月)、『中学校・高等学校学習指導要領社会科編Ⅱ(試案)』(1952年10月)に示された「社会科」を中心とした、昭和20年代の社会科成立期のそれを意味します。

周知のとおり、戦後の新しい教科としての「社会科」は、青少年を「民主主義社会の建設にふさわしい社会人」に育てるための、学校教育における中核的な教科として設置されました。具体的には、1947年3月に発行された『学習指導要領一般編(試案)』によって教科の名称と授業時数が示され、同年5月の学校教育法施行規則の公布によって教科として成立します。その基本的な性格を示したものが、同年5月に発行された『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年度版)です。授業が実際に開始されたのは1947年9月からですが、社会科の新設は、戦後教育改革のなかでも画期的な意義を有するものでした。
『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年5月)は先ず、第1章「序論」の第1節「社会科とは」で、社会科の任務や基本的性格について次のように示しています。

「今度新しく設けられた社会科の任務は、青少年に社会生活を理解させ、その進展に力を致す態度や能力を養成することである。そして、そのために青少年の社会的経験を、今までよりも、もっと豊かにもっと深いものに発展させて行こうとすることがたいせつなのである。
社会生活を理解するには、その社会生活の中にあるいろいろな種類の、相互依存の関係を理解することが、最もたいせつである。そして、この相互依存の関係は、‥‥‥一、人と他の人との関係、二、人間と自然環境との関係、三、個人と社会制度や施設との関係、の三つ分けることができよう。‥‥‥
社会科においては、青少年が社会生活を営んで行くのに必要な、各種の能力や態度を養成する必要がある。‥‥‥それは‥‥‥現在の青少年の社会生活を進展させるためのものであって、教師にとっても生徒にとっても、具体的なよくわかるものであり、青少年の社会的経験を発展させることによって、おのずから獲得され養成されるものなのである。‥‥‥
社会科はいわゆる学問の系統によらず、青少年の現実生活の問題を中心として、青少年の社会的経験を広め、また深めようとするものである。‥‥‥
今後の教育、特に社会科は、民主主義社会の建設にふさわしい社会人を育て上げようとするのであるから、教師はわが国の伝統や国民生活の特質をよくわきまえていると同時に、民主主義社会とはいかなるものであるかということ、すなわち民主主義社会の基底に存する原理について十分な理解を持たなければならない。」(上田薫編集代表『社会科教育史資料1』東京法令出版、1974年、218~219ページ)。

続いて、第2節「社会科の目標」と第3節「社会科に関する青少年の発達」について説明し、それを踏まえて第4節では、「社会科の学習指導法」について次のように述べています。

「社会科は青少年が社会生活を理解し、その進展に協力するようになることを目指すものであり、そのために青少年の社会的経験を豊かにし、深くしようとするのであるから、その学習は青少年の生活における具体的な問題を中心とし、その解決に向かっての諸種の自発的活動を通じて行わなければならない。
青少年は社会生活に関する真実な知識理解を与えられなければならないが、これは自分たちでなんらかの行動をなし、社会との交渉を経験することによってのみ得られるのである。なすことによって学ぶという原則は、社会科においては特に、たいせつである。
一方社会科の目指している社会的態度とか、社会多的能力とかいうもの、すなわち生活のしかたとしての民主主義は、日々の生活の実践によってのみ理解され、体得されるものであるから、青少年の生活の問題を適確にとらえて、その解決のための活動を指導して行くことが、社会科の学習指導法の眼目でなければならない。」(上田薫編集代表『同上書』221ページ)。

以上を要すると、①社会科の任務・基本的性格は、「青少年に社会生活を理解させ、その進展に力を致す態度や能力を養成すること」にある。すなわち、社会科は、「社会生活の理解という知的側面とその進展に努める態度や能力という実践的側面を統一的に育成しようとするところにそのねらいがある」(小原友行『初期社会科授業論の展開』風間書房、1998年、35ページ)。②青少年の「社会生活に関する真実な知識理解」は、自分たちの「行動」や「経験」によってのみ得られる。そこから、社会科の学習(学習指導)は、「青少年の生活における具体的な問題を中心とし、その解決に向かっての諸種の自発的活動を通じて行わなければならない」。③「なすことによって学ぶ」(learnig by doing)という、青少年の社会的「経験」に基づいた「問題解決学習」が社会科の学習指導法においては最も重要な点(「眼目」)である、ということです。
なお、青少年の「自発的活動」に関しては、1947年3月の『学習指導要領一般編(試案)』のなかで次のように述べています。ここでは、青少年の自発的な学習が重視され、教師は青少年の背後に退くことになります。その結果、教師の指導性を後退させ、ひいては放任主義的な指導を生み出す、といった批判を受けることにもなります。

「児童がほんとうに学ぶには、自分でやり方の計画をたて、それをみずから試みて、それで理解するようにならなければならない。つまり、児童や青年が自分で考え、自分で試みて、一つの知識に達し、考え方に達し、技術に達しなくてはならない。このことは、学習の進められる中心の動きとして見のがしてはならないたいせつな点である。これまでの指導は、ともすると、この点を無視して、教師だけが活動して、児童や青年が自分で考え、試みるかどうかをかえりみないで、うわすべりでもなんでも、無理にもひっぱって行こうとし、そのために、かれらがほんとうには学ばないことが少なくなかった。われわれは、これからの学習指導において、この児童や青年が、みずからの活動によって学んで行くように注意することが特にたいせつである。」(文部省『学習指導要領一般編』日本書籍、1947年、25ページ)。

また、前述のうち、社会生活の理解とその進展のための態度・能力を統一的に育成するための社会科の目標に関して、1948年9月に発行された『小学校社会科学習指導要領補説』は次のように述べています。

「社会科の主要目標を一言でいえば、できるだけりっぱな公民的資質を発展させることであります。これをもう少し具体的にいうと、児童たちが、(一)自分たちの住んでいる世界に正しく適応できるように、(二)その世界の中で望ましい人間関係を実現していけるように、(三)自分たちの属する共同社会を進歩向上させ、文化の発展に寄与することができるように、児童たちにその住んでいる世界を理解させることであります。そして、そのような理解に達することは、結局社会的に目が開かれるということであるともいえましょう。‥‥‥
しかし、りっぱな公民的資質ということは、その目が社会的に開かれているということ以上のものを含んでいます。すなわちそのほかに、人々の幸福に対して積極的な熱意をもち、本質的な関心をもっていることが肝要です。それは政治的・社会的・経済的その他あらゆる不正に対して積極的に反ぱつする心です。人間性及び民主主義を信頼する心です。人類にはいろいろな問題を賢明な協力によって解決していく能力があるのだということを確信する心です。このような信念のみが公民的資質に推進力を与えるものです。
社会的に目が開かれていることは、民主社会を建設し維持するのに欠くことのできない条件です。しかし社会的に目のあいていること、社会的な関心をもっていることは、さらに、よい共同生活をするのに不可欠なさまざまの技能や習慣や態度と結合していなければなりません。すなわちその時々の事態に応じて適切に処理すること、建設的に協力すること、他人の権利を尊重すること、疑わしい意見や正しくない意見とたたかうことなど、総じて民主的社会の有為な公民として必要な数多くの特性を身につけていなくてはなりません。」(上田薫編集代表『同上書』461ページ)。

このように、社会科の主要目標は、「公民的資質」を発展させることにある。そのためには、「児童たちにその住んでいる世界を理解させること」、すなわち「児童たちが社会的に目を開くこと」「社会的な関心」をもつことが求められる。併せて、「人々の幸福に対して積極的な熱意をもち、本質的な関心」をもつこと、「よい共同生活をするのに不可欠なさまざまな技能や習慣や態度」を身につけることが肝要となる、ということです。いい換えれば、それらを統一的に育成しようとするところに、「民主的社会の有為な公民」の育成(市民的資質の育成)をめざす社会科の基本的なねらい(「社会科の目標」)がある、ということです。

周知のとおり、「問題解決学習」(learning of problem solving)は、アメリカの教育学者であるジョン・デューイ(John Dewey、 1859年~1952年)の児童中心主義や経験主義の教育思想に支えられた学習法です。この学習法については、社会科の設立当初から様々な批判がなされました。その点について、例えば、前述の小原は次のように整理しています。「①社会機能主義と相互依存主義に基づく日本の社会科は、すでに民主主義社会ができあがっていると仮定して、社会適応的な人間の育成を目指していること。②日本の現実や社会の歴史的課題を問題として取り上げていないこと。③子どもたちの興味・関心を中心にした、はいまわる経験主義に陥っており、科学的な社会認識や系統的な知識の育成が欠落していること」、がそれです「(小原『同上書』43ページ)。
教育現場や保護者からのこうした批判を受けて、文部省は、1955年12月『小学校学習指導要領社会科編(昭和30年度改訂版)』の発行、1958年10月『小学校・中学校学習指導要領』の全面改訂(高等学校は1960年10月)を経て、問題解決学習から系統学習へと政策転換を行います。とりわけ1958年改訂によって、経験主義に偏りすぎであったそれまでの戦後の新教育の潮流を改め、各教科のもつ系統性を重視し、基礎学力の充実が図られます。しかも、その改訂は、1947年からの「試案」ではなく、法的拘束力をもつ文部省「告示」として公示されました。
さて、その後、この「問題解決学習」に関するターム(用語)は、文部省の『学習指導要領』等からほとんど姿を消すことになります。ところが、およそ40年後の1996年7月、中央教育審議会から出された「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の第1次答申のなかで、一人ひとりの個性を生かすための小・中学校における教育の改善策として、「問題解決的な学習や体験的な学習の一層の充実を図る」ことが示されます。それによって、「問題解決的な学習」という文言ですが、問題解決学習が息を吹き返すことになります。その背景は、初期社会科の時代とは大きく異なっています。すなわち、当時の学校現場では、とりわけ1980年代後半に受験戦争の過熱化や知識偏重・偏差値偏重教育の推進などに起因する「いじめ」(1980年代後半から)、「不登校」(1990年代から)、「学級崩壊」(1990年代後半から)等々の問題を抱え、学教教育は危機的状況を呈していました。
上述の中央教育審議会の第2次答申(1997年6月)などを受けて、1998年12月に、2002年度から完全実施された小・中学校の学習指導要領が改訂・告示されます(高等学校の学習指導要領は1999年3月に告示され、2003年度から学年進行で実施)。内容的には、①教育内容を7割程度に「厳選」し、「ゆとり」のある教育活動を展開するなかで基礎・基本の確実な定着を図る。②子どもに自ら学び、自ら考える「生きる力」を育成するために、「総合的な学習の時間」を創設し、各学校が創意工夫を生かした教育活動を展開する、というものでした。2002年度からの、いわゆる「ゆとり教育」の始まりであり、「ゆとり世代」の誕生です。
1998年の学習指導要領改訂の中核は「総合的な学習の時間」の新設です。そのねらいは、「(1)自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。(2)学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること」に置かれました。さらに、そのねらいを踏まえ、「国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、児童の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題」などについて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする、とされました。また、「自然体験やボランティア活動などの社会体験、観察・実験、見学や調査、発表や討論、ものづくりや生産活動など体験的な学習、問題解決的な学習を積極的に取り入れること」が求められ、「ボランティア活動」の文言が初めて学習指導要領に登場することになります。
その後、子どもたちの学力や学習意欲の低下などが叫ばれるなかで、文部科学省は、それがひとつの原因であるとされた「ゆとり」教育からの政策転換を図ります。小・中学校が2008年3月、高等学校が2009年3月にそれぞれ、「脱ゆとり」教育の学習指導要領に改訂され、小学校が2011年4月、中学校が2012年4月から完全実施、高等学校が2013年4月から学年進行で実施されています。この改訂によって、「生きる力」を育むための体験的な学習や問題解決的な学習が期待されながら、実際には「総合的な学習の時間」の授業時数が縮減され、その一方で教科学習の授業時数の増加が図られています。それは、子どもの生活経験を重視する「経験主義」の対極に位置し、系統的な知識や理解を重視する「系統主義」(教科主義)の立場に立った改訂であるといえます。
以上から解るように、学習指導要領の改訂の歴史を振り返ると、経験主義教育と系統主義教育という2つの潮流があり、これまで振り子のようにその間を揺れ動いてきたといえます。しかし、問題解決学習と系統学習は、個々の人間の成長・発達にとって、また社会の改革・発展にとって不可欠なものです。とすれば、両者の学習方法を対立的あるいは二者択一的に捉えるのではなく、その融合や止揚を図ることが具体的な教育実践において求められます。

筆者はかねてより、福祉教育(市民福祉教育)は、市民性(市民としての資質と能力)の育成と、まちづくりの主体形成を図るための教育活動である。福祉教育は、「総合的な学習の時間」に焦点化するのではなく、「全教科全領域」において展開すべきである。福祉教育の体験活動が「はいまわる経験主義」に陥らないためにも、社会福祉やまちづくりについての体系的・系統的な学習や、福祉教育が学習素材とする社会福祉問題についての歴史的・社会的な理解が必要かつ重要になる、などといってきました。以上に叙述した諸点との関わりで、再確認しておくことにします。

補遺
初期社会科における「問題解決学習」に大きな影響を与えたジョン・デューイの教育思想や理論のうちから、その中心的な概念である「経験」(experience)について若干ふれておきます。
先ず、『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』(1947年5月)の説明文にある「なすことによって学ぶ」は、デューイの有名な言葉です。それは、何かをただ体験するだけではなく、その行為を「反省的に思考すること」(反省的思考:reflective thinking)があって初めて「なすことによって学ぶ」ことになる、ということです。
次に、デューイは、「教育とは、経験の意味を増加させ、その後の経験の進路を方向づける能力を高めるように経験を改造ないし再組織することである」(松野安男訳『民主主義と教育』(上)岩波書店、1975年、127ページ)と定義しますが、「経験」を2つの側面から捉えています。そのひとつが「連続性の原理」、いまひとつが「相互作用の原理」です。それぞれについてデューイは次のように述べています。

「経験の連続性の原理というものは、以前の過ぎ去った経験からなんらかのものを受け取り、その後にやってくる経験の質をなんらかの仕方で修正するという両方の経験すべてを意味するものである。」(市村尚久訳『経験と教育』講談社、2004年、47ページ)。

「個人が世界のなかで生きるという言明は、具体的には、個人が状況の連続のなかに生きていることを意味する。‥‥‥(それは、:筆者)相互作用が個人と対象物あるいは他の人との間で進行していることを意味する。‥‥‥経験は、常に、個人とそのときの個人の環境を構成するものとの間に生じる取引的な業務であるがゆえに存在するのである。‥‥‥環境とは、どのような状況のもとであっても、個人がもたされる経験を創造するうえでの個人的な要求、願望、目的、そして能力との相互作用がなされるための条件なのである。」(市村尚久訳『同上書』63~64ページ)。

すなわち、前者は、経験は過去・現在・未来と繋がるものであり、後者は、経験は環境との相互作用によって成立するものである、ということを意味しています。そして、デューイは、「連続性と相互作用という二つの原理は、相互に分離しているものではない。それらは離れていても、結びつくものである。それらはいわば、経験の縦の側面と横の側面である」(市村尚久訳『同上書』64~65ページ)と述べています。そこから、デューイにあっては、学校における教師の任務は、「連続性」と「相互作用」の二つの原理をもつ「経験から学ぶ」(learning from experience)課程を編成し、子どもの自発的な学習活動を促すことにある。そして、子どもが経験から学ぶ際に必要とされるのが「反省的思考」である、ということになります。

福祉教育実践とりわけ学校における福祉教育実践においては、これまで、体験のやりっぱなしで、体験活動さえすればいいとする体験活動至上主義に陥ることがありました。しかも、その活動は観念的・精神的なものにとどまりがちでした。上述の「経験」についての言説を福祉教育に即していえば、福祉教育実践では「リフレクション」(ふりかえり)の態度を育成することが大事である。また、福祉教育の実践活動(「経験」)は、タテ(時間軸、歴史的事象)とヨコ(空間軸、社会的事象)の複合的で重層的な関係性のなかで捉え、展開することが重要である、ということになるでしょうか。
なお、「ふりかえり」に関して、次のことを付記しておきます。福祉教育の「体験活動」は、事前・事中・事後の指導と評価を通して「学び」「気づき」「ふりかえり」、そして「変わり」、新しく「動く」ことが求められ、その循環過程を経て「体験学習」へと深化・変容する、というのがそれです。

“いつか来た道”を憂う―「戦時厚生事業」の再考を求めて―

憂うべき事態が進行している。例えば、(1)2004年6月に成立し、同年9月に施行された「国民保護法」(「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」)の規定により、「有事」の際にボランティア活動等が「国民の協力等」の一環として奨励されていること。(2)2013年12月に成立、公布された「特定秘密保護法」(「特定秘密の保護に関する法律」)の規定により、「情報は民主主義の通貨である」(アメリカの社会運動家:ラルフ・ネーダー)、「情報公開がないと民主主義は成立しない」などといわれるなかで、国民の「知る権利」が著しく侵害されかねないこと。そして(3)2014年3月に文部科学大臣が直接、沖縄県の「教科用図書八重山採択地区協議会」(石垣市、竹富町、与那国町)が選定した育鵬社版の中学校公民教科書を採択していない竹富町教育委員会に対して、地方自治法(第245号の5第4項)に基づく「是正の要求」を出したこと、などがそれである。
(1)の国民保護法は、戦後初の「国民保護」と銘打った有事法制である。それは、一瞥する限り、武力攻撃や大規模テロなどの有事を前提にした「国民の保護」のための措置等について規定したものである。しかしその内実は、名称とは裏腹に、「国家の安全」の確保が優先され、また有事における国民の「協力」という名の「動員」や基本的人権の制限あるいは侵害が行われる危険性がある。「自主防災組織及びボランティア」の取り組みを前提とした「国民保護計画」が、既に全ての都道府県やほとんどの市町村で策定されていることを考えると、「国民の自発的な意思にゆだねられる」とされている「協力」が「強制」されることは火を見るより明らかである。「ボランティア」については、その官製的な活動の振興が図られることになり、ボランティアの基本的性格である自主性や主体性が無視あるいは否定されることになる。以下は、国民保護法第4条の規定である。

(国民の協力等)
第4条  国民は、この法律の規定により国民の保護のための措置の実施に関し協力を要請されたときは、必要な協力をするよう努めるものとする。
2  前項の協力は国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない。
3  国及び地方公共団体は、自主防災組織(災害対策基本法 (昭和三十六年法律第二百二十三号)第二条の二第二号 の自主防災組織をいう。以下同じ。)及びボランティアにより行われる国民の保護のための措置に資するための自発的な活動に対し、必要な支援を行うよう努めなければならない。

(2)の特定秘密保護法は、戦後初の包括的な秘密保全法制である。それは、主として次のような条項によって構成・規定されている。①行政機関の長(大臣や官僚など)は、「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」(第3条)を「特定秘密」として指定する。②行政機関の長は、「特定秘密」を扱うことが想定される行政機関の職員や行政機関との契約事業者(民間人)に対して、家族の状況や犯罪・懲戒歴、精神疾患、飲酒についての節度などについて「適正評価」(セキュリティ・クリアランス)を実施する。それは、「その者が特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価」(第12条)をいう。③「特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたとき」(第23条)は、厳しい懲役および罰金に処する、ことなどがそれである。
その内容については、日本弁護士連合会(『秘密保護法とは何か?~その危険性と問題点~』2014年3月)をはじめ多くの機関や団体などによってさまざまな問題点が指摘されている。①特定秘密の範囲が不明確で曖昧であり、過度に広範囲に及んでいる。②国民のプライバシーが侵害され、広範囲の個人情報が収集・管理されかねない。③処罰の範囲が広いために取材・報道の自由が阻害され、国民の「知る権利」が侵害される恐れがある、などがそれである。これらを要すると、特定秘密保護法は国家権力による「監視社会化」(「管理社会化」)を進めるものである、といわざるを得ない。
(3)の文部科学大臣による市町村教育委員会(竹富町教育委員会)への初の教科書是正要求は、教科用図書八重山採択地区協議会が、石垣市の(保守系)首長や教育長の主導により、不透明で、不適切かつ強引な手法によって教科書の採択を答申したことを発端とする。
この是正要求は、元をただせば、「教科書無償措置法」(「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」)と「地方教育行政法」(「地方教育行政の組織及び運営に関する法律)」の二つの関連法における規定が矛盾していることによるものである。前者はその第13条第4項で、同じ採択地区内の市町村の教育委員会は、協議して同一の教科書を採択しなければならないと定めている。その一方で、後者はその第23条第1項第6号において、市町村の教育委員会に教科書の採択権があることを認めている。こうした法律の矛盾点が是正されず、これまで放置されてきたことに問題があることはいうまでもない。
周知の通り、「是正要求」は、法的には前述の地方自治法第245条の5第4項の要件を満たすことが求められる。「市町村の事務の処理が法令の規定に違反していると認める場合、又は著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認める場合において、緊急を要するときその他特に必要があると認めるとき」がそれである。竹富町においては、これらの事態は生じていない、といわれる。また、国の関与は、同法第245条の3第1項の規定に沿うものでなければならない。すなわち、「その目的を達成するために必要な最小限度のものとするとともに、普通地方公共団体の自主性及び自立性に配慮しなければならない」ことになっている。
いわれるように、民主主義教育を推進するためには、教育行政への政治的介入の排除、教育内容の中立性や公正性の確保、教育現場の自主性や自律性の尊重、教育における地方・住民自治と住民参加の保障、などが要請される。
以上の諸点を考え合わせると、今回の是正要求は、一面的な解釈と強権的な振る舞いに基づく、説得力に欠けるものであり、政府の違法行為である。竹富町教育委員会には何ら違法性はない、といえよう。
ここで、育鵬社の中学校公民教科書から、「平和主義」と「公共の福祉」に関する記述を紹介する。

「平和主義」
第二次世界大戦に敗れた日本は、連合国軍によって武装解除され、軍事占領されました。連合国軍は日本に非武装化を強く求め、その趣旨を日本国憲法にも反映させることを要求しました。
このため、国家として国際紛争を解決する手段としての戦争(侵略戦争)を放棄し、戦力を保持しないこと、国の交戦権を認めないことなどを憲法に定め、徹底した平和主義を基本原理とすることにしました。戦後日本が第二次世界大戦によるはかりしれない被害から出発したこともあり、この平和主義は国民にむかえ入れられました。(48ページ) 

「公共の福祉による制限」
憲法は、国民にさまざまな権利や自由を保障していますが、これは私たちに好き勝手なことをするのを許したものではありません。
憲法は、権利の主張、自由の追求が他人への迷惑や、過剰な私利私欲の追求に陥らないように、また社会の秩序を混乱させたり社会全体の利益をそこなわないように戒めています。
憲法に保障された権利と自由は、「国民の不断の努力」(12条)に支えられて行使されなくてはなりません。憲法では、国民はこれらの権利を濫用してはならず、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任」があると定めています(12条)。(46~47ページ)

以上から、育鵬社版の中学校公民教科書では、「平和主義」について、連合国軍によって押し付けられたものであるといういわゆる「押し付け憲法論」に基づく記述になっているといえる。それは、国家主義的立場に立って、「一面的に過ぎる特異な見解のみを強調している」と指摘されるところでもある。また、「公共の福祉」に関しては、それによる人権の制限やルール・義務を強調した記述になっているといえる。この点に関して、例えば東京書籍版の中学校公民教科書では、次のように記述されている。「何が『公共の福祉』」にあたるのかを政府が一方的に判断して、人々の自由な人権の行使を制限することがあってはなりません。人権が『公共の福祉』によって制限されるといっても、その人権の制限が具体的にどのような公共の利益のためなのか、考えていく必要があります」(53ページ)。特定の歴史観や国家観に偏らないバランスのとれた記述であるといえよう。
このようなことから、育鵬社版の公民教科書は、教科書としての公正性や中立性、適格性に欠けるものであり、政治的手段のひとつとして作成された政治的教科書である。それはまた、教科書検定の公正性や信頼性を厳しく問うことにもなる、などといわざるを得ない(自由法曹団『法律家による「つくる会」系公民教科書(育鵬社・自由社)の検証』2011年、等参照)。
しかし、こうした内容の育鵬社版教科書の採択状況をみると、それは増加傾向にある。民間会社(株式会社学習)による「平成24年度教科書採択一覧表」(中学校:2012年度~2015年度)をみると、全国603の教科書採択地区のうち27地区(4.5%)で育鵬社版公民教科書が採択されている。占有率が最も高いのは東京書籍の323地区、53.6%である。ちなみに、その一覧表では、沖縄県八重山地区(石垣市・八重山郡)は「未決定」と表示されている。
いずれにしろ、文部科学省の竹富町教育委員会に対する教科書是正要求は、育鵬社版公民教科書の採択を強要するものである。国家権力による特定教科書の押しつけは、地域の多様性や学校現場の教師や子どもの自主性を無視したものである。とともに、戦前の国定教科書への回帰を促すものでもある。それは、戦後民主教育の形骸化と破壊に繋がる。育鵬社版公民教科書の採択率(シェア)が伸びていることに併せて、強く認識することが求められるところである。

憂うべき事態が進行している。それは、政府による国家主義的な政策の、強圧的な取り組みに見ることができ、日本国憲法の3大基本原理といわれる「国民主権」(民主主義)、「基本的人権の尊重」(人権保障)、「平和主義」(戦争放棄)の侵害や形骸化に繋がるものである。それについて、「国家主義の復権」や「戦前への回帰」と断ずることはひとまず置くとしても、福祉・教育関係者は大いに関心をもち、発言し、行動しなければならない事態である。

ところで、唐突ではあるが、以上の叙述は、今日的な「憂うべき事態」を「戦時厚生事業」との相関のなかで考えてみたいという筆者(阪野)の漠然としたひとつの思いに基づくものである。
筆者は、古川孝順の「研究者世代論」によると第3世代の最末期に属するのであろうが、当時の学部学生にとっての必読書の一冊は孝橋正一の『全訂・社会事業の基本問題』(ミネルヴァ書房、1962年)であった。周知の通り、孝橋は、マルクス主義(史的唯物論)に立って「社会事業」を資本主義国家による政策として捉えるいわゆる「孝橋理論」を形成し、当時の社会福祉研究を先導したひとりである。孝橋は、その著作のなかで、「世界恐慌・戦時態勢と社会事業」に関して次のように説述している。「1931年の満州事変、1937年の支那事変、そして1941年の第二次世界大戦への突入から敗戦までの過程において、‥‥‥社会事業はファッシズムの侍女として自分自身を位置づけていった。‥‥‥社会事業は厚生事業として、その活動のあらゆる領域で戦時生産力の拡充のために協力し、また戦時態勢と戦争のもたらす被害の後始末にまわった」(290~291ページ)。
社会事業は「ファッシズムの侍女」であり、「戦時態勢と戦争のもたらす被害の後始末にまわった」という孝橋の指摘は、小倉襄二の次のような叙述によって、より明確になる。「戦時厚生政策(戦時厚生事業:筆者)を解明するキイ・ワードは〈統制〉に在る。‥‥‥明治以降、マイナーで体制の日陰に位置を保持して恒に公的救助義務主義を回避しつづけた官治の権力の対極にあった救済―社会事業領域が日本ファシズム体制下の一連の〈統制〉によって天皇赤子論、国体論や大政翼賛の総動員体制のなかに編入、強制されることによって或る種の確たる地歩と、“陽の当る場所”、戦時体制にとって重要な一分肢としての機能を付与されることになった」。「戦時厚生政策はわが国のファシズムの“産物”であった。日本ファシズムは戦時厚生政策の前提である」(小倉襄二『右翼と福祉』法律文化社、2007年、7~8、82ページ)。
なお、ここで、「厚生事業」の理論的指導者であった、同志社大学の竹中勝男の一文(「社会事業に於ける厚生の原理:国民厚生事業序説」『厚生学年報』第1輯、同志社大学厚生学研究室、1942年7月)を紹介(転載)しておくことにする。「戦時厚生事業」は「客観的に外部から社会事業に要請した結果である」という、その論理が展開されている。ちなみに、同志社大学の文学部に「厚生学専攻」が設けられたのは1941年4月からであり、その後、「時代の脚光を背負った領域として厚生学科として残る」ことになる(上野直蔵『同志社百年史』(通史編二)同志社、1979年、1531ページ)。

「社会事業が『厚生』といふ問題を採り上げるやうになつたことは、決して社会事業の本来的内部機構的な発展の結果からでなく、戦時国防国家建設の目的遂行が、客観的に外部から社会事業に要請した結果であると言はねばならない。換言すれば、それは社会事業がその組織化体系化の理論的発展が要求した必然な問題であつたのでもなく、高度国防国家体制の進展に応じて、軍事的、経済的産業的充実整備がそれ自からの進行過程に於て、国民の人口資源、体位保健状態に於て、それらの基底となつている庶民生活の地盤に於て全く新らしい角度と認識目的に立つて採り上げるに至つた課題であつた。換言すれば、それは『要救護性』の戦時的認識であり、それの全体主義的理念に立つた把握であり、その歴史的特殊性を止揚してそれを国民階層一般への相対化に於て変容し、要救護性の庶民的拡がりとそれへの国家的保護対策の確立を前提として把握された『国民的要保護性』であると言ふ事が出来る」(小倉『同上書』、124ページ)。

今日的な「憂うべき事態」について、主権を有する国民の主体的・自律的な意思に基づいた、真の「是正」を図るための方策は何か。いま求められるのは、「戦争責任」や「戦争協力」についての浅薄な議論ではない。「戦時厚生事業についての研究が困難(であり:筆者)、関心をもつ研究者が少ない」(小倉『同上書』、77ページ)といわれるなかで、戦時厚生事業の政策や理論・思想について科学的・体系的に再考することではないか。その際、国家主義を主張するファシズムが忌避したのは、「民主主義」であり、「人権」や「人間の尊厳」などであったことを再認する必要がある。そして何よりも、「憂うべき事態」が強権的に作り出される時流に迎合しない、「批判と抵抗」の姿勢が求められる。本稿で筆者がいいたいのはこれらの点である。「戦時厚生事業」と同じような轍を踏まないためにも。

今、改めて問われる「村を捨てる学力」と「村を育てる学力」―資料紹介―

筆者(阪野)は先日、G市社協主催の「福祉教育講演会」に招かれ、「福祉によるまちづくりと市民福祉教育―地域福祉は福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる―」という「演題」のもとに、「市民福祉教育」の基礎的・基本的事項をめぐってレクチャーする機会に恵まれました。例によって、演題とともにレクチャーの中身も特段目新しいものではありませんでしたが、筆者にとって講演会は、学校の先生方や社協の役職員、民生委員、ボランティアなどの皆さんから新たな学びや気づきを得ることができ、有意義なものとなりました。
レクチャーの導入部分では、「雑感」(2014年3月1日)にアップした拙文――「『地元』への思い、それぞれ」の一部を紹介しました。その際、「地域福祉活動計画」「住民懇談会」「中学生」「教師」「地元」「総合的な学習」、そして「村を育てる学力」という事項(用語)に留意しながら、「まちづくり」「まちづくり学習」「市民性形成」などに関する卑見の若干を開陳しました。
レクチャー後に、参加者の一人から、「村を育てる学力」についてもう少し紹介してもらいたい旨の申し出を受けました。G市は、県内でも代表的な中山間地域で、多くの限界集落を抱えています。本格的な超少子高齢人口減少社会を迎え、G市では、それに対応する安全・安心で持続可能(サスティナブル)な地域生活の実現やそのための「まちづくり」が強く求められています。そういうなかで、その質問者は、「村を育てる学力」の対極にある「村を捨てる学力」にも関心をお持ちのようでした。
いうまでもなく、「村を捨てる学力」と「村を育てる学力」の出典は、東井義雄(1912年~1991年)の『村を育てる学力』(明治図書、1957年)です。東井は、1950年代に「村」と「学力」の問題に焦点をあて、「生活綴方教育」の実践者(「綴方教師」)として高い評価を受けた一人です。
当時の綴方教師たちの関心は、おしなべて(1)「子どもたちの貧困からの脱出」と(2)「戦後日本の新しい政治的および道徳的価値の形成、浸透、定着」にあったといわれます(奥平康照「戦後生活綴方教育全盛の時代―1950年代前半の子どもの生活と戦後教育実践―」『和光大学現代人間学部紀要』第1号、2008年、8ページ)。(1)に関しては、1954年12月に高度経済成長が始まったばかりで、子どもを取り巻く経済的状況は劣悪であり、「貧困からの脱出」は学校教育における最も重要な基本的課題でした。(2)に関しては、伝統的な村落共同体的社会組織や社会関係が残る「家」や「村」(地域)では、家父長的ないしは封建的な伝統や因習からの解放が大きな課題になっていました。
東井は、以上の点をめぐって、また「『生き方』の教育だといわれて来た」り、「生活教育と結びつけられて考えられて来た」(180ページ)「綴り方」の教育について、その著書のなかで次のように述べています。

「『村を育てる学力』を志向するにしても、単に、村の子どもの学力のおくれを打開するにしても、問題は、村の子どもの生活の狭さと、主体性の貧困をどうするかに、まとまってくるようである。
さて、村の子どもたちの生活の狭さと、主体性の貧困は、何によって救えばいいのであろうか。この問題を考える時、私は『作文的方法』に対して注目せずにはおれない。
生活を耕やすということは、……子どもの一人一人が、まず、自分の内面的な意識活動や、それに関連して行われる生活行動に対して、自分の方から注目し、その生命活動の一ひら一ひらを大じにしようという心構えになってくれることが先決問題である。ところが、このためには、作文、ないし綴り方をとり入れることが、まことに都合よく、また、効果的なのでる。」(179~180ページ)

次に、「村を育てる学力」に関する東井の言説について、注目すべきところを多少長きにわたりますが、そのまま紹介することにします。

「進学指導・就職指導によって、たしかに村の子どもの学力は伸びるだろう。農村人口の都市へ移行も必然的な動向であろう。
しかし、村の子どもが、村には見切りをつけて、都市の空に希望を描いて学ぶ、というのでは、あまりにみじめすぎる、と思うのだ。そういう学習も成り立つではあろうが、それによって育てられる学力は、出発点からして『村を捨てる学力』になってしまうではないか。」(38ページ)

「ただ私は、何とかして、学習の基盤に、この国土や社会に対する『愛』を据えつけておきたいと思うのだ。『村を捨てる学力』ではなく『村を育てる学力』が育てたいのだ。みじめな村をさえも見捨てず、愛し、育て得るような、主体性をもった学力なら、進学や就職だってのり越えるだろうし、たとえ失敗したところで、一生をだいなしにするような生き方はしないだろうし、村におれば村で、町におれば町で、その生れがいを発揮してくれるにちがいない、と思うのだ。」(38~39ページ)

「『愛』とは何か。『わたしのもの』……、『自分のこと』という意識のことだ。私はそう思う。
主体的な『愛』は、ものを、自分のものとしてかわいがり、育て、しらべていく、行動的な学習を通してのみ、育て得るものだと私は信じている。」(50~51ページ)

「……『村を捨てる』立場から育てられた『主体性』が、『村を捨てる学力』を形成していくことは必然だが、……
この行き方に欠除しているものは『土』への『愛』である。『村』は、愛することもできないほど、暗く、貧しい。しかし、それがそうであればあるほど、それは、何とかせねばならぬ。『愛』が注がれねばならぬ。このような村をも愛することができるなら、この貧しい『国土』をも愛してくれるだろう。そして、そのことの中に、『生きがい』を見つけてくれるようにもなるだろう。たとい、村を出ていくことになっても、行ったところで、生きがいを切りひらいていってくれるだろう。
そして、そのような立場からの学習が、私は可能だと思う。客観的、普遍的な学問の価値が、そのような立場から消化されたら、どんなにすばらしいことだろう。」(173~174ページ)

要するに、「作文的方法」すなわち「綴り方」の方法に基づいて「生活を耕やす」ことによって、子どもたちは、自分たちの生活に目を向け、いわゆる「我が事化」し、生活についての自分の「感じ方、思い方、考え方、行い方」(180ページ)に注目するようになる。そして、それを通して生活を改善していく力、「村の停滞性を突き破っていき、新しい生産様式をきり拓いて行くような、そういう学力」(32ページ)、すなわち「村を育てる学力」を形成していく。東井はこうように考えていたといえます。
その際、東井の教育実践は、学校内部に留まらず、「村」(地域)の歴史的社会的状況との繋がりを重視するとともに、「村」全体が育っていく必要性を説いています。改めて指摘しておきたいところです。この点に関して、東井は次のように述べています。

「『生活』には、明らかに地域性がある。村の子には村の子の『生活』があり、『生活の論理』(「感じ方・思い方・考え方・行ない方のすじ道」:東井)がある。価値がどのように普遍妥当なものであっても、それが子どもの生活に消化された時、地域のにおいを持ってくるのは当然である。」(171ページ)

(村の現実が、教育によって育てられた、農業や農村の生活に対する「批判の目」に堪えられないなら)、「批判に堪えるような村を築きあげようとする、積極的、建設的、生産的、意欲的な人間を育て、そのように身構えさせる役割を、教育は背負うべきだ。」(34ページ)

「市民福祉教育」は、福祉による“まちづくり”のための主体形成を図る教育活動です。東井の「村を育てる学力」に関する所説や言説は、市民福祉教育に通じるところがあります。いささか唐突ではありますが、付記しておきます。それにしても、戦前に教師として「あやまった時期をもつ」(3ページ:国分一太郎)とはいえ、東井の「子ども」「村」、そして「教育」に対する「熱い胸と冷たい頭」にはただ敬服するのみです。筆者もそうありたいと願いつつ……。

地域丸ごと児童館―実践報告―

地域丸ごと児童館―実践報告―/古田稔幸(柳津児童館)

柳津児童館は、老人福祉センター(A型)との複合施設ということもあり、現在、0歳から97歳までの地域住民の利用で日々賑わいを見せている。施設の不備と少ない職員のなかで、地域の学校や諸団体・サークル、隣接する商業施設などのさまざまな社会資源との連携・協働を図っている。その現状と児童館活動の実践を報告する。

◆ 柳津児童館の概要
岐阜市公式ホームページ(福祉部子ども家庭課)は、「柳津児童館の概要」について次のように紹介している。

明るく利用しやすい児童館として気軽にご利用いただいています。建物には高齢者福祉センターも併設されており、高齢者の方とのふれあい事業も実施していて、あったかい雰囲気漂う児童館づくりを目指しています。
・小学生を対象に文化的行事、体育的行事、季節的行事、ふれあい行事等、土曜日を中心に実施しています。
・就園前の幼児とその保護者を対象に幼児クラブ、わいわい広場等を実施しています。
子育て中のお母さんを対象に、育児・発達等の相談を経験豊かな職員が随時受付けています。プライバシーは、厳守します。(必要に応じて専門機関への紹介もいたします。)
・中・高校生及び保護者を対象とした相談及びボランティアの育成、移動児童館(児童館の出前)を実施しています。

柳津児童館(開設当時は「柳津町児童館」)は、1966年に岐阜県で初めて開設された、歴史のある施設である。2002年には、当時の柳津町福祉会館内のコミュニティセンターであった2階部分に移設された。ちなみに1階部分は、福祉会館が開設された1987年の当時から、老人福祉センター(入浴施設付き)として現在に至っている。
その後、2006年に柳津町は岐阜市と合併し、柳津町児童館は「柳津児童館」(以下、「当施設」という。)と改称して再スタートをきった。同時に所管が岐阜市に移り、それまで柳津町社会福祉協議会(岐阜市社会福祉協議会と合併)が運営を担当していた当施設は、岐阜市から指定管理者制度に沿って社会福祉法人岐阜市社会福祉事業団に運営委託され、今日に至っている。
また、合併以前から実施していた「留守家庭児童会」は、引き続き当施設内で開設している。現在、その所管は岐阜市教育委員会であり、第2、第3教室が別の施設に増設されて定員は合併前の30人から80人に増えている。
前述のように、当施設は、その特徴のひとつとして、岐阜市で唯一、老人福祉センター(「柳津高齢者福祉センター」)との複合施設となっている。2006年の合併以前は、老人福祉センターの入口が1階に、当施設のそれは外階段を上って2階にあり、利用者の交流もさほどなかったと聞き及んでいる。合併以降は、当施設の特徴を生かした世代間交流の促進を図るために、外階段を閉鎖して入口を1階に統一した。その結果、当施設へは内階段を利用しての入館となるため、1階のロビーでくつろぐ高齢者の横を通って2階へ続く階段へ向かう子どもたちを見て微笑む高齢者の姿が見られるようになった。まさに複合施設のメリットを活用した当施設の自慢である。自然な世代間交流を生んでいるのである。
当然のことながら、機会を作って合同のふれあい交流事業も実施している。初夏の七夕飾りでは、1階玄関内に天井(「天上」)まで届く2本の竹笹を用意し、子どもと高齢者が同じ竹笹に願いごとを書いた短冊を飾る。秋の敬老の日近くでは合同の茶会を開催するなど、複合施設ならではの効果を狙った事業を展開している。
これらは、広い意味では、意図的あるいは無意図的な「福祉教育」に繋がるものでもあろう。

◆ 柳津地域の特性
当施設が立地する柳津地域は、農業、商業、軽工業、住宅地域が混在するとともに、保育所・幼稚園から小・中・高等学校、大学まで揃った文教地域でもある。
地域に居住する住民は、地域との結びつきが強く、“元気”である。例えば、秋祭りの「子ども御輿」の際には、父母が付き添って子どもたちが地域内を練り歩くが、祖父母たちが交通安全協会員として見守り役を務める。そこには、世代毎の役割(役割期待、役割遂行)があり、その結びつきは強い。とりわけ祖父母たちにとっては、居場所と出番を実感するときである。
地域全体の行事も盛んである。春の「桜まつり」、「どんと!こいこい祭り」(子ども向け)、夏の「夏祭り・花火大会」、「サイエンスフェスティバル」(子ども向け)、秋の「柳津ふれあいフェスティバル」、冬の「凧あげまつり」(2013年から実施)等々、地域・住民総出で開催される。また、文化的行事として秋に開催される「柳津美術展」「柳津芸能祭」では、地域住民の持つ多彩な趣味や特技に触れることができる。その他、地域内の各地区毎では、住民参加・住民協働による、多種多様なふれあい交流事業が実施・展開されている。
こうした地域住民の地域への思いや地域との結びつきが、当施設との関わりを広め、深め、高め合うことによって、日頃の当施設の諸事業・活動(児童館活動)にもプラスに機能していることは疑いのないところである。

◆ 児童館の広報・啓発活動
児童館は、児童の健全育成や子育て支援、地域組織化活動等の多様で高度な機能を持っている。しかし、地域や住民は、その点について十分に認識しているとはいえないのも事実である。児童館の機能を認識していなかったり、それを有効活用できていないことは、地域や住民にとって「宝の持ち腐れ」であるといわざるを得ない。
そこで、当施設では、児童館についての「広報・啓発活動」を重視し、その取り組みに力を入れている。具体的には、地域の公民館等の公共施設内に当施設専用の、職員手作りの「掲示板の設置」をお願いしたり、小学校の昼休みの放送(金曜日)で、土曜日に当施設が実施する「行事の案内」を依頼したりしている。

◆ 社会資源の活用と児童館活動の活性化
当施設では、利用者のニーズの把握を大切にし、それに基づいて事業・活動の精選と拡充を図ってきた。それに伴って、「新規企画のニーズ対応の仕方」「大きな企画を実施するに際しての人手不足」「行事に参加する幼児の弟妹の託児に係る人員不足」「駐車場不足」等々の問題が出てきた。その都度、職員自らが地域内を見回し、地域に出向いて積極的に働きかけることによって協力者や支援者を得て、活路を見出してきた。児童館内に座していては、とても協力者や支援者は得られないし、事業・活動の拡充も望めない。常日頃の積極的・主体的なコミュニケーション活動を通して、地域や住民との多様で重層的なネットワークを構築することが、児童館とその事業・活動の拡充にとっては必須となる。
例えば、当施設の利用者のための駐車場を借用する目的で始まった、隣接する商業施設との関わりが、商業施設内での「移動児童館」(児童館のアウトリーチ活動)の実施を促し、それが「児童館の周知」と「店の集客」というメリットをそれぞれにもたらした。さらに、その商業施設に出店しているベビー用品店と「マタニティー教室」を共同開催するなど、新しい分野への進出・展開が図られている。
また、地域行事で一緒になったことがきっかけで、地元の大学の学生たちとの交流も進み、今では当施設の必要かつ重要な“人財”となっている。特に彼・彼女らは、行事の際の「お手伝い」(ボランティア)だけでなく、個人的にも時間を作って当施設に足を運び、子どもたちの相手をしてくれている。教員や保育者をめざす彼・彼女らにとっては、「教育実習」という限られた学習機会よりも、自由に来館して子どもたちと真に向き合い、接することが、重要な学びの機会や場になっている。その際、当施設職員の資質や力量が厳しく問われることは多言を要さない。
さらに、当施設では、託児ボランティアをはじめ多くのボランティアを受け入れている。その一方で、地域や住民が独自に開催する子育てに関する企画については、教材の貸与や講師の派遣などをおこない、良好な関係を築いている。また、地域の高齢者の「ふれあいサロン」に職員が出向き、交流を深めている。それがまた、高齢者の孫やひ孫の当施設の利用促進に繋がっている。
これらを一例として、地域や住民との関係を広げ、深めていくうちに、当施設を中心とした複合的・重層的なネットワークが構築され、それがまた地域や住民における当施設の存在感を高めている。

こまめに地域を回って得た協力者や支援者は、児童館のみならず、子どもたちの良き理解者にもなる。それがさらに、地域・住民による、地域・住民のための子育て環境の整備を進めることになる。まさに「地域丸ごと児童館」である。それは、福祉のまちづくりに繋がる。
児童館は、“地域福祉の時代”といわれて久しい今日において、その時代の要請に応える地域福祉施設であり、(福祉の)まちづくりの拠点のひとつである。今後も、地域内を動き回って児童館を中心とした大きな仲間の輪(「絆」)を築き、地域や地域の子どもたち、そしてすべての住民の“幸せ”(福祉)のために、住民主体・住民参加・住民協働のまちづくりをめざして活動していきたいと念じている。それは、そこに児童館の今日的な重要な役割や存在意義のひとつを見出すことができる、と考えるからに他ならない。

まちづくりと市民活動を推進する組織・機関―自治基本条例と市民福祉教育(第2報)―

筆者(阪野)がその末席を汚した「関市自治基本条例策定審議会」が、去る2月4日、市長に対して「関市自治基本条例に関する答申書」を提出した。それを受けて市では、3月1日から31日の期間、「関市自治基本条例素案」(以下、「素案」と略す。)についてのパブリックコメントの募集を行っている。本稿では、素案における若干の条文内容の紹介とそれに関する一隅の管見を述べることにする。
先ず、地元新聞の2紙が報じた素案答申の記事を紹介する。

岐阜新聞/2014年2月6日(朝刊)
関市の自治基本条例/審議会が素案答申
関市の市自治基本条例策定審議会(会長・鈴木誠愛知大学地域政策学部教授)は4日、条例の素案を尾関健治市長に答申した。
市では市民主権・市民自治のまちづくりを目指そうと、条例制定を進め、2012年に審議会が発足。公募委員や団体代表ら28人が今年1月まで計13回の審議を行った。
素案は、▽子どもやお年寄り、障害者もまちづくりに参画できる権利を明記▽地域委員会、まちづくり市民会議、満足度調査、住民投票の実施を規定▽条例の進ちょく評価や見直しを市長に提言する推進委員会の設置―などを盛り込んだのが特徴。また、策定には広く市民の意見を求める―などの付帯意見も付けた。
市役所で行われた答申では、鈴木会長が尾関市長に答申書を手渡した後、尾関市長が審議会委員に「住民自治の理念を市民に理解してもらうことが大切。今後も見守ってほしい」とあいさつ。同席した委員からは、「将来地域を担う子どもたちに、まちづくりに参加してもらうための工夫が必要」などの意見が出された。
答申を受け市では3月に市民の意見を募集。また、住民説明会も開催し、市議会6月定例会への提出を目指す。

中日新聞/2014年2月8日(朝刊)
「市民が主役」前面に/関市の審議会 自治基本条例素案を答申
関市自治基本条例策定審議会は、市民自治の実現に向けた条例の素案を尾関健治市長に答申した。市民や議会、行政の役割や責務を明確にし「市のまちづくりに関して最も大切な理念」と定めた。
素案では、市民全員がまちづくりに参画できるよう子どもやお年寄り、障害者の役割を明記。議員や行政には市民の意見を反映するよう盛り込み「市民が主役のまちづくり」を前面に出した。
市長は市民が政策を提言する会議を開いたり、まちづくりの満足度調査を実施、公表したりする独自の参画案も採用。市民の意見を募るパブリックコメントや住民投票の手続きも記した。
審議会は学識経験者や公募の市民ら28人で構成。市は2012年末に諮問し、今年1月まで13回の審議を重ねた。
答申は市役所であり、審議会長で愛知大地域政策学部の鈴木誠会長尾関市長に答申書を手渡した。鈴木会長は「条例を平易な文にしたり、解説書を作成したりして市民に周知する必要がある」と強調した。
市は3月ごろにパブリックコメントを実施し、6月定例市議会に条例制定案を提出する予定。

以上からも分かるように、素案で注目されるのは、「地域委員会」「市民活動センター」「まちづくり市民会議」「まちづくりに関する満足度調査」についての条文である。この条文は、市民と行政が連携・協働してまちづくりを進めるための “仕組み” について明記した重要な規定であり、高く評価される。この仕組みについて、市のホームページにアップされている「関市自治基本条例素案の概要について」では、「関市の独自施策」であることが朱書きされている。以下がそれぞれの条文案である。

9 参画及び協働
(4)地域委員会
1 市民は、地域の課題を解決するため、小学校区を基本として、自治会、各種団体、事業者等の多様な団体及び個人で構成される地域委員会の設立に努めます。
2 市民は、誰もが参加できる地域委員会の運営に努めます。
3 市民は、地域委員会が取り組む活動方針及び事業を定める地域振興計画の策定に努めます。
4 行政は、地域委員会の設立及び活動を支援します。
5 地域委員会の支援に関し必要な事項は、別に定めます。
(5)市民活動及び市民活動センター
1 市民は、まちづくりに関する市民活動の意義を理解し、その活動の推進に努めます。
2 行政は、市民、市民活動団体等の主体性及び自律性を尊重し、協働して市民活動を推進します。
3 市長は、市民と行政との協働を推進するため、市民活動センターを設置します。
4 市民活動センターの運営に関し必要な事項は、別に定めます。
(6)まちづくり市民会議
1 市長は、市民とともにまちづくりを進めるため、市民が市政に関する施策を提言するまちづくり市民会議を開催します。
2 市民は、まちづくり市民会議に主体的に参加します。
3 行政は、まちづくり市民会議から提案のあった施策を尊重し、その実現に努めます。
(7)まちづくりに関する住民の満足度調査
1 市長は、まちづくりに関して住民の満足度調査を毎年実施します。
2 市長は、住民の満足度調査の結果を公表し、市政に反映します。

以上のうち、「地域委員会」は、住民自らが地域の課題を検討・解決し、地域の特性を生かした住民主体のまちづくりを進める組織である。概ね小学校区単位での設置が促進されている。市は、地域委員会の設立をはじめ、活動のための交付金の支給や職員の派遣などを行っている。既に、2013年度に1地区で「上之保ふれあいのまちづくり推進委員会」が設置され、武儀と田原の2地区で「地域委員会準備会」が立ち上がっている。
「市民活動センター」は、公益的な市民活動に関する総合相談・支援の窓口・拠点となる機関である。市では、2005年3月に「地域福祉計画」を策定し、「ボランティア・市民活動センター」(仮称)の創設や「ボランティア・市民活動センター設置検討委員会」(仮称)の設置が計画化されていた。それを受けて、2010年1月、市民による主体的・自律的なまちづくりを推進するために、相談・助言・コーディネート等の支援やNPO法人の設立支援などを行う「中間支援組織」として、市民活動センターが設置されている。その管理運営業務は、「まちづくりの推進を図る活動」(特定非営利活動促進法第2条第1項の別表)を行う市内のNPO法人に委託されている。そこでは、次の「運営方針の4つの柱」のもとに、市民活動(ボランティア、NPO法人、自治会等の地域の活動など)に対する「支援」が行われている。「(1)市民活動・ボランティアに対する、関市民へのすそ野を広げる。(2)NPO法人だけではなく、自治会町内会等、地域活動もサポートし、地域型コミュニティ、テーマ型コミュニティが協働して地域社会の活性化を目指す。(3)既存のボランティア活動支援との協働、行政との協働支援。(4)地域課題に対し、周りを巻き込みながら直接アプローチする」、がそれである。
「まちづくり市民会議」は、市政全般に関する問題点や課題を市民の視点から洗い出し、行政へ政策提言ができる、市民で構成する「会議体」である。類似の先行例のひとつに、愛知県新城市の自治基本条例(2013年4月施行)に規定されている「市民まちづくり集会」がある。「(市民まちづくり集会)第15条 市長又は議会は、まちづくりの担い手である市民、議会及び行政が、ともに力を合わせてより良い地域を創造していくことを目指して、意見を交換し情報及び意識の共有を図るため、3者が一堂に会する市民まちづくり集会を開催します。」というのがそれである。市長は特別な事情がない限り、年1回以上、「市民まちづくり集会」を開催しなければならないことになっている。ちなみに、2013年8月に「第1回市民まちづくり集会」が開催され、約400人 (総人口約50,000人の0.8%) の市民が参加している。関市にとって参考になろうか。
「まちづくりに関する満足度調査」は、市長が毎年、まちづくりに関する市民の意識調査を実施し、施策の改善や充実を図るためのものである。2013年1月に、18歳以上の市民3,000人を対象に実施された「平成24年度アンケート調査(まちづくり通信簿)」の結果が、同年3月に報告されている。
ところで、市長がマニフェストに掲げる「日本一しあわせなまち」をめざして、「市民主権・市民自治」によるまちづくりを確かで豊かなものにするためには、「地域委員会」「市民活動センター」「まちづくり市民会議」のそれぞれの機能が有機的・総合的に発揮され、三位一体の運営がなされることが必要不可欠となる。策定審議会や素案においては、この3つの組織・機関の連携・協働・相互補完に関して言及も規定もされていない。「関市自治基本条例の答申に関する附帯意見」として、次のような一文が付されているだけである。「5 協働施策の周知と推進/地域委員会、まちづくり市民会議などの協働施策について、広く市民に知られていないので、積極的な施策の周知に努めてください。また、市民活動センターは、自治会、福祉団体など多様な団体の参画のもとに運営されるよう望みます。」というのがそれである。
「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」といわれる。この考えに立って、以下に、「地域委員会」「市民活動センター」「まちづくり市民会議」と「日本一しあわせなまち」づくりのための主体形成を図る教育(「市民福祉教育」)の相互関係を図示することにする。
素案では、「住民」を「関市内に住む人」、「市民」を「住民、市内で働く人、市内で学ぶ人、事業者等」と定義づけている。筆者が作成した図 1では、「市民」(citizen)を、素案が規定する「市民」とは異にし、市民社会における主権者としての意識を自覚的に持ち、まちづくりに主体的・自律的に参画する、独立したひとりの理性的な人間として捉えている。また、「市民性形成」は、市民性(市民としての資質と能力)を育成するための教育(シティズンシップ教育)を意味する。「まちづくり学習」は、すべての住民の生命(生きる力)と生活、そして人生の質的向上の実現をめざし、多様な主体が連携・協働して、住民が抱える個別具体的な生活問題や地域の社会問題を解決するために主体的・自律的に行動する実践的な態度や資質、能力を育成する教育・学習活動をいう。図中の「市民」「市民性形成」「まちづくり学習」の用語について筆者は、とりあえずこのように考えている。
10月26日17時
図 2は、「市民活動センター」に関する管見を示したものである。それは、次のようなメモ書きとともに、2013年1月に開催された第13回策定審議会に個人的見解として提示したものである。
(1)市民活動センターは行政が設置し、その運営は行政、社会福祉協議会、自治会連合会、民生委員児童委員協議会、NPО・ボランティア団体、まちづくり協議会等による「協働運営方式」を採る。
(2)市民活動センターには、行政(福祉政策課、市民協働課、生涯学習課)と社会福祉協議会等の職員(コミュニティソーシャルワーカー、ボランティアコーディネーターなど)を配置する。
(3)市民活動センターに、自治会連合会や民生委員児童委員協議会等の事務局を置く。
(4)市民活動センターは、業務のひとつとして「地域委員会の設立と支援」「まちづくり市民会議の開催と運営」を所掌する。
(5)市民活動センターを、市民や行政等から具体的な生活課題や地域課題を持ち寄り、課題解決のための「プラットホーム」を設立し、市民や行政が連携・協働して課題解決にあたる、文字通りの、市民の・市民による・市民のためのセンター(市民活動の拠点)とする。
(6)およそ以上のような市民活動センターを構想・設置するとすれば、その場所は、例えば「わかくさ・プラザ」(学習情報館、総合福祉会館、総合体育館の3つの施設で構成される複合施設で、人々が行き交う「出会い」「ふれあい」の場、そして「生涯学習のまちづくり」の拠点となっている。)内に置くことが望まれる。
10月26日 図2
最後に、筆者が策定審議会で提案したもののうち、明確には素案に規定されなかった「学ぶ権利」について一言述べておきたい。
市長がマニフェストに掲げる「市民主権・市民自治」を実現するためには、子どもから大人まですべての市民を対象にした、関市の「まち」に関する理解・診断と「まちづくり」に関する「意識」「知識」「スキル」の醸成・育成が必要かつ重要となる。素案には、「市民の権利」のひとつとして、「まちづくりに関して学習し、意見及び要望を提案できること。」という規定がある。それについては、「市民は、まちづくりに関することを学び、意見や要望を自由に提案できます。これは、誰にも阻害されることはありません。」と「解説」されている。この解説をみるかぎり、「学ぶ権利」についての規定は必ずしも十分ではなく、曖昧なものにとどまっているといわざるを得ない。また、この権利保障を担保する規定も明文化(条文化)されているわけではない。そこで、「市民主権・市民自治」を画塀に帰させないためにも、主体的・自律的に「学ぶ権利」を独立条文として規定することが極めて重要となる。例えば、次のような規定が考えられよう。

(学ぶ権利)
1 市民は、まちづくりに関して、自ら考え行動するために学習することができます。
2 行政は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保するとともに、自主的な学習活動を支援します。

なお、同じ岐阜県内の大垣市では、2015年度から地元の歴史や文化、産業等を学ぶ「ふるさと大垣科」(仮称)が新設され、すべての小・中学校で授業が開始される。その内容等については不明であるが、ここで、戦前の「郷土教育」が浅薄な愛国心の育成(「愛国心教育」)に繋がった “負の遺産” を持っていることには十二分に留意する必要があることを付記しておく。筆者がいう「学ぶ権利」は、ユネスコの「学習権宣言」(1985年3月)に基づくものであり、すべての市民が主体的・自律的に学習する権利である。強調しておきたい。

付記
2月20日付けで、関市長から筆者(策定審議会委員)に「関市自治基本条例素案の答申のお礼について」と題する文書が届いた。そのなかで、「今後は、条例素案のパブリック・コメントを実施し、より多くの市民から意見を求めるとともに、市民や議会に素案の内容を丁寧に説明し、条例を制定する上で最も大切である普及啓発に努めてまいります。」と記されている。「市長、議会及び行政」による今後の取り組みを見守りたい。

「地元」への思い、それぞれ

T市は、人口約42万人、高齢化率約19%を数える、全国有数の企業城下町である。地域の自治組織や社会資源が整備され、住民の連帯意識や自治意識の高い地区も多い都市(中核市)でもある。そして、「平成の大合併」を経て、以前にも増して豊かな自然や歴史・伝統・文化など多くの地域資源に恵まれた “まち” になっている。
そのT市では、昨年7月から2か年の予定で、行政の「地域福祉計画」と社会福祉協議会(以下、「社協」と略す。)の「地域福祉活動計画」の策定に取り組んでいる。そこでは、二つの計画を一体的、戦略的に策定することとし、同時並行的にその作業が進められている。そして、地域福祉を推進するための基本的理念や目標の同一化を図り、二つの計画が相互に補完し合う関係になることをめざしている。
筆者(阪野)は昨年来、策定委員の末席を汚しながら、策定委員会やワークショップ、住民懇談会などに積極的・主体的に参加し、多くを学んでいる。
行政の地域福祉計画の策定に関しては、これまで、「地域福祉に関する市民アンケート調査」と「地域福祉計画策定に係るワークショップ」が行われた。社協の地域福祉活動計画の策定に関しては、本年の2月を中心に、「第1回/みんなが参加する『地域福祉活動計画』策定のための住民懇談会」が市内の27中学校区ごとに実施されている。
こうした取り組みは、策定のプロセスを重視し、住民参加を促すことを特徴とする地域福祉(活動)計画にあっては、とくに目新しいものではない。そういうなかで、社協では、丁寧に住民懇談会を開催し、それを福祉教育実践のひとつとして位置づけ、今後も計画的・継続的に取り組むことを予定している。それは、地域福祉活動計画の内容の主軸には福祉教育(「市民福祉教育」)を位置づけるべきである、という社協の思いや考えに基づくものである。
筆者は、先日、同じ日に開催されたA地区とO地区の住民懇談会に参加した。人口は、A地区が約8,700人、O地区が約4,000人、高齢化率はともに約34%を数える中山間地である。
住民懇談会は、往々にして行政に対する不平・不満を放談したり、要求・要望を突きつけたりする場になりがちである。それを避けるために、今回の懇談会では、先ず、懇談会開催の「趣旨説明」と地域福祉やまちづくりについての「講話」に40分ほどの時間が割かれている。それを受けて、参加者は、「(1)私が住んでいる “まち” の安全・安心なところ、自慢できるところ」と「(2)普段の暮らしのなかで、私にとっての“心配ごと” “悩みごと” “困りごと”」という二つのテーマをめぐって、それぞれがひとりの住民として、対等・平等な関係や立場で自由に話し合い(対話)を行う。具体的には、社協職員がファシリテーター(推進役)を務め、参加者個々人はKJ法を用いて地域理解・診断を行い、地域の生活問題や福祉課題についてその認識や理解を深めていくことになる。なお、今回の懇談会は、初回であるということから、地元における地域福祉リーダーの育成と彼・彼女らの福祉意識の醸成・高揚を意図して、地域組織・団体の役職者(キー・パーソン)を対象としている。
2時間の懇談会を通じて、(1)のテーマに関しては取り敢えず、A地区では「自然と歴史と文化が豊かで、人と人とのつながりが強く、郷土愛に満ちているまち、A」、O地区では「自然が豊かで、伝統があり、人の気持ちが広く、住民同士が知り合い、触れ合いのあるまち、O」というフレーズが作成された。(2)のテーマに関しては、一面では(1)の裏返しでもあり、A地区・O地区ともに、中山間地ならではの地域の生活問題や福祉課題が抽出・提示された。今後は、(1)(2)に関する住民の “生の声” を、A地区・O地区の地域特性を生かした地域福祉を推進するための基本的理念や目標に昇華・止揚していくことが求められる。とともに、課題解決のための具体的な諸事業・活動が計画化されることになる。そこで、本年の6、7月以降に予定されている2回目の懇談会では、「(3)私が住んでいる “まち” が、こんな “まち” になったらいいな」「(4)(3)を実現するために、私ができること、私たちがしなければならないこと」がテーマとなる。
ところで、A地区の懇談会には、「総合的な学習」の一環として、地元の中学校1年生を代表して5人の生徒が教師に引率されて参加した。当初は1年生全員の参加を計画したが、会場の都合で代表者に限定したということであった。生徒たちは、地元の大人たちに交じって、子どもならではの目線から(1)(2)のテーマをめぐって積極的に意見や考えを述べ、終了時には丁寧な挨拶をして学校に戻っていった。生徒を引率してきた教師もまた話し合いの輪に加わった。席上で筆者は、何故か “すがすがしさ” と “力強さ” を感じたが、それは筆者だけのことではないと思われた。
その日の夜に開催されたO地区の懇談会には、40人余の地元住民が参加した。開催するにあたって、社協支所の職員は、地元の小・中学校に赴き、懇談会への参加を依頼した。その時、教師から返ってきた言葉は、「私の『地元』ではありませんから‥‥‥」というものであった。しかも、全ての学校の教師の回答がそれであったという。O地区の小・中学校に通う生徒は地元の子どもたちである。教育は、一面において、地元の地域生活に学び、地域生活に生かすための営みである。また、教育は、今日においても、「村を捨てる学力」ではなく、「村を育てる学力」(東井義雄、1957年)を身につけるための営みであることが求められる。福祉教育もまた然りである。こう考えたとき、教師の言葉と回答に、虚しさと寂しさを感じ、失望感を禁じえないのは筆者だけであろうか。教師の「地元」はどこにあるのだろうか。まさか20坪の「教室」ではあるまい。そしてまた、学校や教師の回答から、社協支所やその職員の、「地元」に根ざした福祉教育(「市民福祉教育」)に関する考えや姿勢、これまでの取り組みがうかがい知れる。本稿でいいたいのはこの点である。