米穀通帳と新しい生活

家族と別れ 住み暮らした家を出る
きっともう二度と 暮らすことはない

身の回りの荷物を 車に積んで出る
独身向きのワンルームの ドアを開ける
冷蔵庫 チン ストーブ完備
ガスは 連絡がつかず諦めた
荷物をほどいて 整理を始めた
寒くて 急に空腹を覚えた
独り立ちの一日は あっけなく過ぎる

50年以上前 米穀通帳を持って家を出た
これが 世帯主になった証だった
親からの経済的な独立には ほど遠かったが
なにかしら 大人になったような気分がした
いまの若者が 独り立ちをした自覚は
アパートの鍵を握って ドアを開けた瞬間か

今春 若者たちが家を出た
家族の干渉から 自由になった
家族の保護から 解放された
家計をやりくりする 才覚が試される
家事をこなすのが 心配だった
ただ思うがままに 決められることが嬉しかった

学生ではない者たちは
コロナ禍の厳しい労働環境の中で
安い賃金に甘んじながら 自活を始める
親の臑をかじることを よしとせず
自分の稼ぎで暮らそうと 決めた

自立の先ある自律こそ 本当の独立
不安の先にある目的こそ 本来の志向
食べることの先にある未来こそ 本命の夢 

※米穀通帳(べいこくつうちょう):1939年4月「米穀配給統制法」が公布され、米穀を扱う商いは許可制となり、第二次大戦中から戦後にかけて,政府が米穀統制のために各世帯に配った通帳。1969年自主流通制度が発足し、やがて米穀通帳制度は形骸化していく。

〔2021年4月5日書き下ろし。いまの若いもんも悩みながら大人の道に踏み出す。ガンバレ!ファイト!〕