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“学校を核としたまちづくり”を進める「スクール・コミュニティ」―「秋津コミュニティ」に関するワンポイントメモ―

「スクール・コミュニティ」とは、「学校」を核とした、あるいは「学校」という場や関係を介在させた、人々の結びつきや関わりの状態を指し、学校やそこにおける子どもを「縁」として、地域の大人と教師の関わり、学校と地域社会の協働関係のあり方を、より良好なものにしていこうとする考え方や実践のことである。その意味では、あの種の「学びの共同体」ということにもなる。「スクール・コミュニティ」を実現させようとしている事例のひとつとして、千葉県習志野市の「秋津コミュニティ」(小学校区)がある(『生涯学習研究e事典』日本生涯教育学会、2008年9月)。

〇文部科学省によって、保護者や地域住民等が一定の権限と責任をもって学校運営に参画し、“地域とともにある学校づくり”を進める「コミュニティ・スクール」の導入・推進が図られてきた。そしていま、地域と学校が連携・協働して地域全体で子どもの成長発達を支援するために、“学校を核とした地域づくり”を進める「スクール・コミュニティ」への進展がめざされている。
〇コミュニティ・スクールは、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(「地方教育行政法」)の一部改正(2004年6月公布、同年9月施行)によって制度化された「学校運営協議会」を設置する学校をいう。学校運営協議会には、主な役割(機能)として、①校長が作成する学校運営の基本方針を承認する(必須)、②学校運営に関する意見を教育委員会又は校長に述べることができる(任意)、③教職員の任用に関して、教育委員会規則に定める事項について、教育委員会に意見を述べることができる(任意)、の3つがある。そして、先の地方教育行政法の一部改正(2017年3月公布、同年4月施行)によって、学校運営協議会の設置が努力義務化された。
〇その結果、学校運営協議会を設置する学校(コミュニティ・スクール)は、2020年7月現在、全国の公立学校3万6,015校のうち9,788校、27.2%に増加している。
〇スクール・コミュニティの創出については例えば、「放課後子供教室」(2007年4月。小学校を核にして、放課後等に子どもが安心して活動できる居場所を確保し、子どもに学習や体験・交流活動等の機会を提供する)や「学校支援地域本部事業」(2008年4月。原則として中学校区を基本的な単位として、地域全体で学校教育を支援する活動体・体制づくりを推進する)、「土曜日の教育活動」(2014年4月。学校における教育課程内・外の教育活動や地域における学習や体験活動等によって土曜日の教育活動の充実を図る)、「学習未来塾」(2015年4月。学習が遅れがちな中・高校生等を対象に、退職教員や地域住民等による学習支援を実施する)などが展開されてきた。
〇そして、「社会教育法」の一部改正(2017年3月公布、同年4月施行)によって、「地域学校協働活動」や「地域学校協働活動推進員」などが明文化された。地域学校協働活動とは、幅広い地域住民等の参画を得て地域全体で子どもの学びや成長を支援するとともに、“学校を核とした地域づくり”をめざして地域と学校が連携・協働して行う活動をいう。地域学校協働活動推進員は、その地域学校協働活動に関して地域住民と学校との情報共有や助言等を行い、地域と学校をつなぐコーディネーターとしての役割を果たす者である。教育委員会によって委嘱される。加えて、法律上の規定はないが、「地域学校協働本部」の設置・整備が重要・有効とされる。地域学校協働本部は、多くの幅広い層の地域住民、団体等が参画し、緩やかなネットワークを形成することによって地域学校協働活動の推進を図る体制をいう。その整備にあたっては、①コーディネート機能を強化し、②より多くの地域住民等の参画による多様な地域学校協働活動を実施し、③地域学校協働活動の継続的・安定的実施を図ることを必須とする。
〇2020年7月現在、全国の地域学校協働活動推進員等は2万8,822人(教育委員会によって委嘱されている者7,339人、教育委員会によって委嘱されていないが同等の役割を果している地域コーディネーター2万1,483人)、地域学校協働本部が整備されている全国の公立学校数は1万8,130校、50.3%を数えている。
〇文部科学省にあっては、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)と地域学校協働活動(スクール・コミュニティ)が相互に補完し合い、両輪となって相乗効果を発揮していくことが期待される。下の図は、「学校と地域の効果的な連携・協働と推進体制」のイメージ図である。

〇コミュニティ・スクールを導入し、スクール・コミュニティの実現を図っている先駆的な事例のひとつに、千葉県習志野市の秋津小学校の取り組みがある。コミュニティ・スクールの展開を主導したのは1996年度から1998年度にかけて校長を務めた宮崎稔(みやざき・みのる)である。スクール・コミュニティ(「秋津コミュニティ」と称する生涯学習を推進する任意団体)の創出に当初から関わった一人が岸裕司(きし・ゆうじ)である。筆者(阪野)の手もとにいま、宮崎稔著『学校も地域もひらく コミュニティ・スクール―無理せず、楽しく、かろやかに―』(農村漁村文化協会、2020年9月。以下[1])と岸裕司著『学校開放でまち育て―サスティナブルタウンをめざして―』(学芸出版社、2008年1月。以下[2])の2冊の本がある。
〇[1]は、秋津小学校での取り組みを中心に、単なる事例紹介ではなく、「学校と地域の融合(協働)」活動の実態と背景、今後の方向性などについて説述する。その際、「子どもの教育を地域の人とともに実践する」というコミュニティ・スクールと、「学校」(スクール)があるおかげで地域(コミュニティ)での生活が充実している」というスクール・コミュニティのあり方について言及する。そして宮崎は、学校と地域の協働活動を継続的に進めるためには、「できるときに」「無理なく」「たのしく」行うシステムを構築することが重要である、という(205ページ)。
〇[1]から、宮崎がいう「コミュニティ・スクール」や「学校と地域の協働活動」に関する基本理念等について、筆者が留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換)。

● 子どもの「学ぶ権利」は教師だけでなく、保護者や地域の人が協働することによってよりよく実現するものである。(23ページ)
● 学校で子どもと直接的にかかわらなくても、学校に関心を寄せて地域の子どものためにと緩(ゆる)やかに活動するという人がたくさんいることが、真の意味で地域の学校(コミュニティのスクール)というにふさわしい。(68ページ)
● 協働して教育活動をするための「ひらかれた学校」というのは、「学校対地域」というような2者の関係だけではなく、人と人の心がひらかれていること、教師と保護者や地域の人、地域の人同士が「タブーなく何でも話せる」という信頼関係、まさに「win・win」の関係がもっとも重要である。(119、122、158ページ)
● 学校が地域の人と協働して教育活動をすることは、子どもが多様な人と触れ合いながら社会性を身につけていくという子どもにとっての教育的な意義だけではない。まちづくりにもつながる大きな意義がある。学校を地域にひらいて子どもを核にした教育活動をすることは、大人にとっての生きがいやコミュニティづくりのきっかけになるという点でも大いに意義がある。(141、158、159ページ)
● 地域づくりにはネットワークよりもパッチワークが大事である。ネット(網)でつないでいく地域では、網の目から漏れてしまう人も出てくる。パッチワークは布で作成するから、網目からこぼれることはなく、地域を構成するどんな人も漏らさず仲間に入れていくことができる。また地域づくりには、点描画(てんびょうが)が重要である。点描画では、色の一点一点が存在感をもって絵を構成するための大事な要素である。地域づくりも筆で一色に塗りつぶすような画一的な手法ではなく、それぞれの色(個性)を生かしていくことによってよりよい地域になっていく。(153、154ページ)
● 学校のある日の授業でのかかわりだけがコミュニティ・スクールなのではなく、大人のいろいろな生活に対応したかかわり方があることが、コミュニティで子どもを育てることにつながるのである。また、学校という場でおこなうことだけが地域との協働というのではなく、地域のできるだけ多くの人が自分の都合に合わせてアイディアを出しながら、できるだけ多くの場で子どもにかかわるということが、本当の意味での協働である。(165ページ)
● 子どもはいずれは卒業する。教師も転勤する。しかし、地域の人はほとんどその地域に残る。地域の人がそこで知り合った人との活動で地域生活が充実してくるということは、個人としての生涯学習を越えて、地域づくりにもつながる。そして、地域が学校の「まるごと応援団」のようになってくると、学校のためだけというよりも地域のためになるといえる。子どもを核にして地域づくりがおこなわれているという関係を「スクールコミュニティ」という。(166、167ページ)
● コミュニティ・スクール事業の目的は何か。形式的に大人と子どもが同じ時間を共有しているというだけではコミュニティ・スクールの目的からは外れる。コミュニティ・スクールは住民自治のチャンスである。自分たちのまちを自分たちで創るという、そのような自治のチャンスがある場がコミュニティ・スクールである。自分の地域や地域の子どもをそして自分自身を、学校という場で自分らしさを発揮して生きているということにつながるようにすることが本来のコミュニティ・スクールの目的である。(185、186ページ)

〇[2]は、「小学校と地域が持つ3つの機能(「学ぶ」機能、「学校施設」機能、「子縁」機能)を活かしながら地域の諸課題の解決に挑みつつ、住民自治を進化・深化させている秋津の「まち育て」を紹介する。また、そんな「まちの価値」を慕ってUターン・Iターンする次世代を意図的に育てることによりニュータウンのゴースト化を防ぎ、サスティナブルタウン(持続可能なまち)をめざす『スクール・コミュニティ』づくりを展望する」(5ページ)。そして岸は、サスティナブルなまち育ての1単位コミュニティは「1住区の小学校区」が最適であるとし、「秋津コミュニティ」の理念・モットー・キーワードは「できるひとが、できるときに、無理なく、楽しく!」である、という(44、53ページ)。
〇[2]から、岸がいう「スクール・コミュニティ」や「学校と地域の協働活動」に関する基本理念等について、筆者が(改めて)留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。一部見出しは筆者)。

小学校と地域が持つ「3つの機能」
小学校を活動拠点とした生涯学習コミュニティの創生を通してまち育てを実践するためには、小学校とその住区が本来持っている「3つの機能」を活かすことが重要である。
①「学ぶ」機能の協働:小学校の「学ぶ」機能を住区民と協働して生かす手法である。教育界でいう「学社融合」(「学」は学校や学習、「社」は社会教育や地域社会)である。
②「学校施設」機能の共用・共有:「学校施設」機能を住区民との共用・共有により生かす手法である。「いつでもだれでもが利用できる、生涯学習や集い憩(いこ)う住区民の活動拠点」が必要かつ重要である。
③「子縁」の普及と共有化:「子縁」の普及と共有化によるその活かし方である。「子縁」を通してふれあう活動を小学校や住区内に意図的につくり出し、より多くの住区民が仲良くなるように普及しながら共有化する考え方と手法である。(59~62ページ)

大人も子どもを生涯学習の主体者とする「学社融合」
秋津では、子どもたちを取り巻くどんな大人でも、子どもと一緒に学ぶ主体者=ともに生涯学習の主体者ととらえ、その考え方を実践する教授法を「学社融合」と呼んでいる。この考え方は、「秋津モデル」に至った秋津の大発見であり、ほかで導入する際にはもっとも留意してほしいポイントである。(102ページ)

スクール・コミュニティがめざす「2つの目的」
「スクール・コミュニティ」(市民が自主運営する生涯学習学校)がめざす目的は次の2つである。①だれでもが、いつでもどこでも学べる、生涯学習のまち育てに寄与する学校と地域をつくること。②だれでもが、安心で安全に学び働き暮らせる、ノーマライゼーションのまち育てに寄与する学校と地域をつくること。(106、107ページ)

学校づくり・まち育て・子育ちの「三位一体」
スクール・コミュニティを推進する最大の視点は、「学校づくり・まち育て・子育ちは三位一体のこと」として取り組むことである。一般にこの三位は縦割り行政の言葉に象徴されるように、別々に推進されている。しかし、この三位は丸ごと地域に渾然一体(こんぜんいったい)となってからみあいながら存在し続け、しかも縦にも横にも切れないヒト・コト・モノである。課題は、スクール・コミュニティへの道を歩もうとする教育委員会を含む行政・学校・住区民の当事者3者が、互いにメリットが生まれるように「つなぐ」「コーディネーター」としてのものの見方をいかに身につけ、未来を明るく展望できるように実践するのかにかかっている。(109、110ページ)

〇ここで、秋津小学校と秋津コミュニティによる「まち育ち」(まちづくり)の実践を理解するために、その具体的な取り組みについて紹介しておくことにする。少し古い資料になるが、総務省が2013年2月に報告した「地域活性化の拠点として学校を活用した地域づくり事例調査」に基づくものである。なお、2020年11月現在の習志野市の人口は17万5,292人、世帯数は8万1,985世帯、2020年3月末現在の高齢化率は23.3%(2020年9月15日現在、全国28.7%)、2020年4月現在の秋津小学校の学級数は12学級、児童数は237人である。

〇以上から、次の5点について述べておくことにする。
(1)超少子高齢人口減少社会が進展するなかで、地域社会は深刻かつ複雑な教育問題を抱えている。例えば、しばしば指摘される少子化の影響による公立学校の統廃合問題をはじめ、教員の多忙化と同僚性の形骸化、学校と保護者・地域住民との関係や地域住民同士の人間関係の希薄化、そして家族問題を含めた貧困・格差問題や相変わらずのいじめ・不登校問題などはその一例にすぎない。そんななかで、学校と地域・住民が連携・協働することによって、住民の個人的な達成感や自己有用感、生きがいなどを生み出すとともに、学校を中心とした地域・住民のネットワーク化が図られることになる。「秋津小学校と秋津コミュニティ」(「秋津モデル」)はその事例のひとつである。しかしいま、「秋津コミュニティ」においては(おいても)、役員の固定化やボス化、高齢化などが指摘され、秋津モデルを支える当事者意識をもった保護者・地域住民の確保・育成が喫緊の課題になっている。秋津モデルの「持続可能性」が問われるところである。
(2)コミュニティ・スクールはその展開によって、地域の活性化をめざす。それは別言すれば、「ソーシャル・キャピタルの醸成」である。ソーシャル・キャピタルは、いろいろな人々同士が社会的に、豊かにつながり(「ネットワーク」)、それに基づいて互いに信頼しあい(「信頼」)、“お互いさま”という想いから互いに支え合うこと(「互酬性の規範」)によって地域社会の諸問題が解決され、よりよい住民自治が進み、豊かな地域社会が創り出される、という論理である(本ブログ〈まちづくりと市民福祉教育〉(10)2012年9月10日投稿、参照)。秋津モデルでは、「ネットワーク」「信頼」「互酬性の規範」を構成要素とするソーシャル・キャピタルの形成・醸成を通して、「地域とともにある学校づくり」と「学校を核とした地域づくり」が子ども・教員・保護者・地域住民らの“共働”によって進められた、といえよう。全国のコミュニティ・スクールを牽引(けんいん)した、先駆的な取り組みのひとつである。
(3)ソーシャル・キャピタルの活用は、学校と子どもが抱える多様化・複雑化した課題の解決につながるか。コミュニティ・スクールが政策的に推進され、その成果が過剰に期待・注目されている。その要因には、文部科学省や教育委員会による厳しい管理体制や、そのもとでの形式主義や前例踏襲主義、事なかれ主義などによる学校経営・学校教育の問題や弊害があった(ある)。またその背景には、教育財政の拡大を難しくしている政治的・社会的な時代状況がある。コミュニティ・スクールが制度化され、保護者や地域住民の学校経営への参加が認められたとはいえ、それは限定的なものにとどまっている。「内」に開かれていない学校(学校経営、教育活動)が、先駆的と評される一部の例外を除いて、「外」に開かれるとは考えにくい。また、ソーシャル・キャピタルの高い地域と低い地域によって、そのあり様は大きく変わる。コミュニティ・スクールの推進を図るに際して、教育行政や管理職と現場教員や保護者などの考え方の相違が顕在化し、余計な対立や混乱を招く恐れなしとしない。さらに、教員の意識の変革や専門性の向上、創造性の発揮などを期待するとしても、そのための条件整備が十全になされているとはいえない。要するに、ソーシャル・キャピタル(論)がコミュニティ・スクールやスクール・コミュニティの推進を担保するとは言い切れない。
(4)コミュニティ・スクールやスクール・コミュニティはこれまで、子どもや地域の貧困や社会的排除の問題についていかに対応してきたか。子どもの学力格差は格差社会に起因するものであるとして、(外国籍の子どもを含めた)子どもの学習権保障や、家庭や地域の教育力の向上をいかに図ってきたか。いま、その取り組みと成果が問われる。学校は相変わらず、子どもを選別し、階層を再生産し、特定の階層の代弁者としての学校であり続けている。「ものを言わない」あるいは「ものを言えない」保護者や地域住民を教育や社会の片隅に追いやっている。そこにはまた、自己責任論が見え隠れする。それらに立ち向かう“学び”を深め、“つながり”を構築することがコミュニティ・スクールやスクール・コミュニティに強く求められる。しかしそれは、対症療法なものにとどまりがちである。そこで求められるのが、地元自治体や政府に対するボトムアップ型の教育・社会運動である。しかも、それによって制度化された(画一化・平準化された)施策・事業については、個々の学校や地域がそれぞれの立場や視点で再検証することが必要かつ重要となる。ここではじめて、二つとして同じものはない、唯一無二のコミュニティ・スクールやスクール・コミュニテが成立することになる。
(5)「秋津コミュニティ」では、「自助・共助、最後に公助のまち育て」という理念に基づいてさまざまな事業・活動を推進してきた。特に「最後に公助のまち育て」「行政頼みは最後の最後」は、「秋津のまちへの税金誘導は、下品な市民がする地域エゴである」という考え方による([2]192~193ページ)。しかし、学校や地域社会の限界を超えた「自助」は、学校や地域社会を破壊する。「共助」は、ヒト・モノ・カネ・情報(+岸がいうトキ)などを持たない者同士の支えあいを強制することにもなり、「共助」の基盤そのものを破壊する。「最後に公助」は、国や自治体の役割を後退させ、学校や地域社会、保護者や地域住民の自己責任を強調することになる。十分に留意すべきところである。
〇加えて、「秋津コミュニティ」による地域づくりの可能性と課題について、ひとつの言説を紹介しておく。川崎未美(東洋英和女学院大学、2007年3月)によるものである([2]174~175、176ページ)。

補遺
文部科学省は、2013年度より、コミュニティ・スクールの導入および拡充を推進する教育委員会や学校関係者等に対して、「コミュニティ・スクール推進員(CSマイスター)」を派遣し、推進体制の構築や取り組みの充実の促進を図っている。2020年度においては、33名のCSマイスターが文部科学省によって委嘱されている。CSマイスターについて、宮崎稔は次のように述べている。「コミュニティ・スクール事業では、マイスターと呼ばれる人が文部科学省から委嘱を受けて各地に出向いて広めてくださっています。でも私は、マイスターではありません。だから、文部科学省の考え方を広めることにとらわれず、コミュニティと学校との関係づくりの意味について自由に述べることができます」([1]205~206ページ)。付記しておきたい。

付記
筆者の手もとにはいま、[2]以外に、岸裕司の本は3冊ある。
①『学校を基地に〈お父さんの〉まちづくり―元気コミュニティ! 秋津』太郎次郎社、1999年3月。
佐藤学/21世紀の学校の先どりが、ここで起こっている。寺脇研/私など、こんなに楽しい街なら秋津に引越してみたい、とついつい思ってしまいます。斎藤茂男/これからの教育を指し示している原動力である。(「帯」より)
②『「地域暮らし」宣言―学校はコミュニティ・アート!―』太郎次郎社エディタス、2003年12月。
大人がいちばん楽しんでるまち。/会社人から地域人になったお父さんたち、「病院通いより学校通い」のお年より、多様な大人のなかでゆっくり育つ「子育ち」支援。学校からはじまるまちづくり。/地域のみなさん、学校で会いましょう。(「帯」より)
③『中高年パワーが学校とまちをつくる』岩波書店、2005年10月。
子どもがのびのび、おとながいきいき、楽しくてやさしい町。そんな町を、ほとんどただでつくった男が、秘訣を明かした。あなたも、やってみませんか!/堀田力(「帯」より)

社会的処方とリンクワーカー:お医者さんが取り組む“オモロイ”はじめの一歩―西智弘編著『社会的処方』読後メモ―

〇筆者(阪野)の手もとにいま、「オモロイ」(面白い)本がある。西智弘編著『社会的処方―孤立という病を地域のつながりで治す方法―』(学芸出版社、2020年2月。以下[本書])がそれである。西知宏(にし・ともひろ)は緩和ケア内科医である、そのことが先ず驚きである。
〇本書でいう「社会的処方」(social prescribing)とは、社会的孤立という現代病を、薬と同じように、「地域とのつながり」を処方することによって治すひとつの方法である。具体的には、「地域における多様な活動や文化サークルなどとマッチングさせることにより、患者が自律的に生きていけるように支援するとともに、ケアの持続性を高める仕組み」(25ページ)をいう。それは、「医療者だけの仕組みではない。市民一人一人が、お互いに支え合い、地域で元気に暮らしていくための仕組み」(11ページ)である。すなわち、「市民活動が誰かの薬になるらしい。それなら100歳まで生きてみたい」(山崎亮:本書「帯」)と思わせる活動であり、仕組みである。本書では、社会的処方の基本的な考え方について説述し、社会的処方が制度化されているイギリスや各地に広がりつつある日本の実践事例を紹介している。本書は一言でいえば、社会的処方に向けた啓発書である。
〇社会的処方に欠かせない存在に、「リンクワーカー」(Link Worker)と呼ばれるヒトがいる。そのヒト(職種)が社会的処方の要(かなめ)となる。リンクワーカーは、「社会的処方をしたい医療者からの依頼を受けて、患者や家族に面会し、社会的処方を受ける(処方先の)地域活動とマッチングさせる(つなげる)」(51ページ)のが仕事である。イギリスでは、1980年頃から各地で取り組みが始まり、主に非医療者がその仕事を担ってきている。そして、リンクワーカーは、研修を受けてある程度の支援スキルを認定され、フォローアップを受けながらそのスキルを維持している。
〇日本ではまだ、「リンクワーカー」は馴染みのない言葉である。リンクワーカー的な存在として、地域包括支援センターや社会福祉協議会、ボランティアセンター、保健所などのソーシャルワーカーやケアマネジャー、コーディネーター、民生委員・児童委員などを想定しておきたい。なお、京都府では2015年度に「認知症リンクワーカー」制度を設け、その養成・研修に取り組んでいる。
〇本書から、社会的処方の基本理念について、筆者が留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは一部筆者)。

「マイナスをプラスにするのではなく、プラスをダブルプラスへ」というアプローチ
社会的処方は人を「健康な状態にすること」を目的にするのではない。/「健康」というものはそもそも、人が幸せに生きていくための手段であって、それが目的となるべきものではない。WHO(世界保健機関)が定義する「健康」すなわち「身体的(肉体的)、精神的及び社会的に完全に良好な状態」ではなくても、その人が幸せに生きる方法はある。社会的処方は、それぞれの身体的・精神的・社会的に不完全な部分を埋めて、完全な状態にするためのアプローチではない。むしろ、人がもつデコボコをありのままに生かし、生きがいに注目し、幸せを追求していくためのアプローチだ。マイナスをプラスにするのではなく、プラスをダブルプラスにしていく(アプローチである)。(40、41ページ)

「どんな人でも地域をよくする能力・知識・技術を持っている」という信念
(イギリスにおける社会的処方のパイオニアのひとつは、1984年に設立されたコミュニティセンターの「ブロムリ―・バイ・ボウセンター(Bromley by Bow Centre:BBBC)」である。)BBBCの基本思想としてまず押さえておきたいのは、「Asset Based Community Development:ABCD」という考え方だ。地域を「解決すべき課題の塊(かたまり)」ではなく「解決手段のための資源に溢(あふ)れたエリア」と捉え、住民が主体となって課題に取り組む参加型プログラムのこと。基盤にあるのは「どんな人でも地域をよくする能力・知識・技術を持っている」という信念。たとえば「貧しい人がいる」場合、問題なのは人ではなく「貧困があること(状況)」。それに対応し解決に向く力をつけるものはなにか? という考え方になる。/そして、地元住民とのパートナーシップを築きつつ、“right for me or other people”(私にとって正しいことなのか、他の誰かにとって正しいことなのか)を考えることが大切。どうやって住民とつながりを持つか? を考えたときに、こういった考えに基づいて多様な人が「いつでも来られる場」があることは大きい。(57、58ページ)

「自分にはできないけど、できる人は知っている」という価値
これまでも、日本では「近所のおせっかいおばさん」や「町内会長的な地域の顔役おじさん」などが、その地区の地域資源を把握し、困っている人を見つければ世話をやいたりということが普通に行われてきた。「自分にはできないけれど、できる人は知っている」というのは大きな価値だ。/日本においてリンクワーカーを養成するときに、「制度にするのか、文化にするのか」というのは悩ましい問題だ。「制度にする」というのは、イギリスのように研修システムと資格の認定を行って、その資格をもった人を中心に社会的処方を進めていくという考え。一方で、「文化にする」というのは、リンクワーカーのコンセプト(基本的な考え方)、心構えやスキルを広く共有し、できる人ができる範囲でやっていこうという考え。/「リンクワーカーらしさ」は、「人と地域に好奇心を持ち続ける」ことにある。/日本に広めていきたいのは、「文化」としてのリンクワーカーである。まちにいる誰しもが、つなげるときにつなげる範囲でつないでみる。まちのみんなが「リンクワーカー的」にはたらく社会だ。(63~64、66、70ページ)

〇岡らにあっては、社会的処方を有効なものにするためには、リンクワーカーに4つの「スキル」が求められる。①聴く(「おばちゃん力」で入り込む)、②経験を宝にする(どんな経験もだれかの「オモロ」になる)、③笑わせる(嬉しい・楽しい・ふるえる)、④つなげる(おせっかいは大切に)、である(71ページ)。それを別言すれば、温かい雰囲気のなかで相手の話に耳を傾け、いろいろな経験に何らかの面白さを見出し、それをお互いが柔軟に受け止めて楽しみ、豊かなおせっかいをしてつなげる(仲介・調整)、というスキルである。
〇そして、その社会的処方の基盤を成す「哲学」として、岡らは次の3点を指摘する。

● まちのなかで暮らしている一人一人の存在そのものが価値であり、宝であり、それは「オモロ」につながっているということ。
● 障害や病気があってもなくても、一人一人がやりたい小さなことを気軽に口に出すことができ、それを「いいね!」と応援してくれる人たちがいる環境が大切だということ。
● まちのなかで皆が、自分なりの表現に没頭、熱中して取り組んでいく中で、結果的に多世代が交流し、つながっていくのだということ。(211ページ)

〇ここで、社会的処方についての理解を進めるために、7つの事例についてその概要を紹介しておくことにする。

● 横浜市の「Co-Minkan」(こうみんかん)/Co-Minkanは私設公民館であり、地域の人たちが「つどう」「まなぶ」「むすぶ」「まちの茶の間」である。そこでは、専門家主導型ではなく、生活者主導型の「教育ならぬ共育」が行われている。
● 兵庫県・豊岡市の「モバイル屋台de健康カフェ」/医者が屋台を引いて街に繰り出し、コーヒーを配る。そこでは、世間話の延長戦上で健康相談にのることができ、屋台という装置が地域のつながりの場(「小規模多機能な場」)にもなっている。
● 福井県・高浜町の「愛煙家座談会」/座談会のスタンスは、「禁煙を促す」というものではなく、「禁煙を否定せず、喫煙を通じて健康を考え直すきっかけを提供する」というものである。「愛煙家登山」で、山頂で吸う一服は「この上なくおいしい」という。
● 京都市の「京都ソリデール」/高齢者と学生がひとつ屋根の下で暮らす次世代下宿・異世代ホームシェアである。そこでは、「若者が高齢者を支え」「高齢者も若者を支えている」という関係性がつくられている。「ソリデール」とはフランス語で「連帯の」を意味する。
● 川崎市・武蔵小杉の「こすぎナイトキャンパス」/「本を読んでこなくてもいい」という読書会である。「本をネタにして、自分が話したいことを話す」、「本」を媒介にして本と人、人と人、新しい出会いをつくっていくことをめざしている。
● 横浜市の地域活動支援センター「ひふみ」の「アーティストとともに過ごす時間」/センターの利用者が主体になって、地域に暮らす精神障害のある人たちとともに、ミュージカルなディスコを企画・実施する。福祉イベントだから、「このくらいでいいか」という妥協はそこにはない。
● 岐阜県・可児市の「文化創造センターala」/市民が抱える生活課題や社会的課題を解決するために、「アートを通じた体験の機会」を多様に提供している。「問題校」と呼ばれた高校で演劇表現ワークショップに取り組み、それによって生徒の自己肯定感が育ち、高校での問題行動も減少している。

〇周知のように、貧困や生活環境が健康や疾病に作用する。社会・経済格差が健康格差をもたらす。これを別の観点から言えば、以上の言説は、WHOが主導する「健康の社会的決定要因」(Social Determinants of Health:SDH)に関するそれに通じる。すなわち、SDHに対していかなる社会的処方で対応するか、が問われることになる。
〇ここで、WHOが2003年に出版した『健康の社会的決定要因 確かな事実(第2版)』(Social Determinants of Health:THE SOLID FACTS,2nd edition)が想起される。そこでは、健康の社会的決定要因として次の10項目について説明している。社会的処方についての重要な視点や枠組みを見出すとともに、その内容や方法について探究することができよう(リチャード・ウィルキンソン、マイケル・マーモット編/WHO健康都市研究協力センター・日本健康都市学会訳『健康の社会的決定要因(第2版)』特定非営利活動法人健康都市推進会議、2004年)。

1. 社会格差(the social gradient)
どの社会でもその最下層部に近いほど平均余命は短く、多くの疾病が見受けられる。健康政策は健康の社会的・経済的決定要因について取り組まなければならない。
2. ストレス(stress)
ストレスの多い環境は人々を不安に陥らせ、立向かう気力をそぎ、健康を損ない、ひいては死を早めることもある。
3. 幼少期(early life)
人生の良いスタートを切ることは、母子を支援することである。幼少期の発達や教育の健康に及ぼす影響は生涯続く。
4. 社会的排除(social exclusion)
貧困の中での人生は短いものとなる。貧困、社会的排除や差別は困窮、憤(いきどお)りなどを引き起こし、命を縮めてしまう。
5. 労働(work)
職場でのストレスは疾病のリスクを高める。仕事に対してコントロールができる人ほど、健康状態が良好である。
6. 失業(unemployment)
雇用の安定は健康、福祉、仕事の満足度を高める。失業率が高まるほど病気にかかりやすくなり、早死をもたらす。
7. 社会的支援(social support)
友情、良好な人間の社会的関係、確立された支援ネットワークにより、家庭・職場・地域社会における健康が推進される。
8. 薬物依存(addiction)
アルコール・薬物・たばこを習慣とし、健康を害してしまうのは個人の責任ではあるものの、常用に至るにはさまざまな社会的環境も影響している。
9. 食品(food)
世界の市場は食糧の供給に大きく関わっているため、健康的な食品の確保は政治的問題である。
10. 交通(transport)
健康を重視した交通システムとは、公共輸送機関の整備により自動車の利用を減らし、徒歩や自転車の利用を奨励することを指している。

〇唐突ではあるが、今次の菅政権がめざす社会像は、「自助・共助・公助、そして絆」であるという。そこでは、自助が最優先され(「自助ファースト」)、深刻な生活課題や劣悪な生活環境などを個人が引く受けることをよしとする。すなわち、格差社会や分断社会が進み、コロナ禍の真っただなかにあって、人びとにさらなる自助や共助を促している。それは、公的責任を放棄し、人びとの善意や絆にすりかえようとするものである。
〇しかも、その善意はときに、思考停止を生み、屈辱を与える。絆は包摂と排除の二面性を持ち、解放を妨げ自由を奪う。
〇社会的処方は、人びとが抱える日常生活上の現状から問題点を抉(えぐ)り出し、その原因を明らかにし、それを解決するための対策を講じる。とともに、文化や芸術などのアートと同様に、多様で柔軟な価値観や考え方を育み、人びとの生きる力を高め、地域共生や社会的包摂を創出する。それゆえに、社会的処方は、現代の政治・経済・社会が歴史的・構造的に抱える矛盾や問題点に無関心ではいられない。
〇自助や共助についての抽象的・観念的な考えをベースに、単に生活に楽しみや生きがい、潤(うるお)いをもたらすツールとして社会的処方を捉えるとすれば、そこには必然的に“限界”や“危うさ”が生じる。限界を恐れる必要はないが、事態はそれほど甘くはない。この点に留意しながら、「お医者さんが取り組む“オモロイ”はじめの一歩」の成り行きを注視したい。これが筆者(阪野)の本書についての正直な感想である。

補遺-京都のリンクワーカー制度の概要-


(1)以上は、「認知症リンクワーカー制度について」京都府健康福祉部高齢者支援課、2019年9月 より抜粋。
(2)2015年度~2018年度のリンクワーカー養成研修修了者は26市町村・府で171名、現在の配置市町村は6市町村で15名を数えている。

「ふつう」別考―深澤直人著『ふつう』と佐野洋子著『ふつうがえらい』等のワンポイントメモ―

〇「ふつう」は私とあなたの「あいだ」にある。(私は、周りのあなたとの類似性を重視し、そこに安寧や安心を感じる。私は、周りのあなたとの相異性に緊張し、そこに不安や劣等感を感じる。)/私は「ふつう」を求め、あなたを「ふつう」にさせる。(私は、人並みを求め、周りから目立つあなたを攻撃する。)/「ふつう」は私とあなたの「ふだん」にある。(私が「ふつう」を意識するのは、日常の生活場面においてである。)/そして、「ふつう」の隣に「特別」がある。(私には独自性欲求があり、それが自尊感情を高める一方で、孤独感や差別意識・偏見を生む。)
〇こんなことを思いながら、深澤直人(ふかさわなおと)の『ふつう』(D&DEPARTMENT PROJECT、2020年7月。以下[1])と佐野洋子の『ふつうがえらい』(新潮文庫、新潮社、1995年3月。以下[2])を読んだ。深澤は世界的に有名な(身の回りにあるさまざまな製品をデザインする)プロダクトデザイナーである。深澤のデザイナー活動のテーマや哲学は、「ふつう」という概念にある。それは、「ふつう」という価値が日本人の生活の根底をなすことによる。[1]は、その「ふつう」について雑誌に15年間にわたって連載したコラムを書籍化したものである。佐野(1938年~2010年)は、絵本作家、エッセイストであり、代表作に絵本『100万回生きたねこ』(講談社、1977年10月)がある。[2]には、佐野が自分を「生きる」ことの思いや行動を装飾のない「なま」の文章に乗せた73篇のエッセイ(「世間話」)が収められている。それらは単純明快で、歯に衣着せぬストレートなところが面白い。
〇[1]では、「ふつう」の良さに気づき、「ふつう」は「日常のあたりまえに通り過ぎる出来事を自覚したときに感じるもの」(26ページ)であるという思いに至る。そんななかから、筆者が留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

知識の世界とリアルな世界の「ふつう」 ―経験に基づくリアルな世界の「ふつう」が人間を幸せにする―
頭で勝手に思い込んでいるものと、目で見ているものの形は違う。人間は実際にそのものを目の前にして見ているときでさえも、思い込んだ形をしているように捉えてしまう。極端な言い方をすれば目に見えるすべてはその人の概念であって先入観が成す世界なのかもしれない。先入観を成すものは経験なしに得た情報である場合が多い。デザインをしていると二つの世界の存在が見えてくる。一つは他から得た情報とその集積の知識が成す世界。これを「常識」とか「ふつう」とか言うのかもしれない。もう一つは先入観なく見た、あるいは感じたそのままの世界。経験から得た情報とその集積としてのリアルな世界である。これも言ってみれば「ふつう」である。人間はこの二つの世界観と二つの「ふつう」を持ち合わせ、そこを頻繁に行き来している。人は後者のようなリアルな「ふつう」に出会ったとき、自己の思い込みや先入観に気付き、「あ~、な~んだ、これもふつうなんだ」などと安心したり、驚いたりしていい気持ちになる。身体は常にリアルに触れているのに、思考は与えられた情報を信じている。だから既に触れていた感触を何かによって自覚させられたとき、はっとするのだ。(中略)リアルな世界の「ふつう」に触れたとき人間は幸せになる。(52~54ページ)

「変える」ことと「変えない」デザイン ―デザインはしっくりいっていないことを正し、改善することである―
長く使われてきたものは、もう生活の分子になっているから簡単に変えようとしてはいけない。「保守的」といわれるかもしれないが、「保守」ということばには二つの意味がある。一つは、「正常な状態を保つこと」。もう一つは、「旧来の風習・伝統・考え方などを重んじて守っていこうとすること」。それは、まさしく長い年月を経て「ふつう」になってきたことを「ふつう」のままにしておこう(と)することだと思った。保守の反対は革新で、その意味は旧来の制度を改めて新しく変えることである。制度を改革するのであって、よいものを新しく作ることとは違う。変えるのではなく、しっくりいっていないことを正し、改善すること。デザインは「変える」こととか「新しく」作ることだと思い込んでいる人は少なくない。そういったデザインの一般論に反抗して「変えない」ということは易(やさ)しくない。「自分のデザイン」というような気持ちを捨てなければならない。でも、そうやっていいものを継承して現在の生活に合わせて少しずつ直していこうとすれば、いつか自然に新しいものがぽろっと生まれる時がある。新しいのに、ずっといいものと繋がっているようなものができる時がある。(201~203ページ)

「美しい」と「いい雰囲気」をつくるデザイン ―デザインは暮らしという全体の「雰囲気」をつくることである―
椅子や家具をデザインする時も、心がけるのは、もはや「形」とか「自己表現」などでは、毛頭ない。いい雰囲気を醸(かも)し出す物かどうか、を問いながら、私はデザインする。(中略)いい雰囲気とは、調和の事かもしれない。(中略)「綺麗」とか「美しい」という事は、それがよい物かどうかを決める、最も重要な事ではない。「雰囲気がいい」事のほうが上である。物が、単一で美しい、などという事など、ないのだ。雰囲気を醸し出す物でなければ、「いいデザイン」とは言えない。新しければいい、などという事はデザインの基準ではない。/「いい感じ」を醸し出す物が、「いい雰囲気」をつくる。デザイナーは、物だけをデザインしてはいられない。暮らしという全体の「雰囲気」をつくらなければいけない。結局は、空気をつくるのだ。(310~312ページ)

〇以上を要するに、①事実(本物)に触れる経験、②「ふつう」になったものを「変えない」デザイン、③空気(意識)を醸成するデザインが重要であるというのであろう。唐突ながら、これらは「まちづくりと市民福祉教育」にも通底する。誤解を恐れずにそれを別言すれば、まちづくりはそのまちの歴史や文化によって生み出された「ふつう」を磨くことである、と言えようか。
〇[2]では、「ふつう」はシンプルであり、「えらい」は生まれてから死ぬまでの、誰もが行う人間の野性的な、普段の営みにこそあるという思いに至る。ここでは、河合隼雄(1928年~2007年。臨床心理学)の「解説」文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

ふつうの人とえらい人 ―「ふつう」は「生き物であれば、誰でも持っているもの」であり、「よくいきている」ふつうの人のほうがえらい―
「正しいというのは正義というのではない。」(192ページ)/「正義」の方は必ず理由をもっている。「かくかくしかじか」という理由によって正しいという。それは理由によって支えられており、その理由はイデオロギーとかによって支えられている。つまり、それは正しい理論、正しい認識、などというものによって支えられ、立派に見えるけれど、そこから知らぬ間に生きた人間が消え去ってしまう。それに対して、佐野洋子のいう「正しい」は、まず生きた人間が先行している。生きた人間の存在を通して、正しいという叫びがとびだしてくる。「私は野性の中にある知性こそが、本当の知性だ、そして、それは人間が生き物であれば、誰もが持っているものだと思う。」(193ページ)と書かれている。/「誰でも持っているもの」を言いかえると「ふつう」になる。その「ふつうがえらい」のだ。(中略)現代人は自分が「生き物」であることを忘れているのだ。うまくやったり、努力したりすれば何でもできる、と思いすぎている。今世紀になってテクノロジーが異常に発達したので、うまくやれば何でも可能と思いすぎているのだ。「えらい」人を見ると、自分も同じように「えらく」なろうとする。そのことによって無理をしすぎて、「生き物」である自分を見失ってしまうのだ。そのような偽物の「えらさ」ではなく、「生き物であれば、誰でも持っているもの」としての「ふつう」のところに、でんと腰をすえると、世間の評価と関係のない「えらさ」を獲得できる。しかし、そのためには、人はひとりひとり個人差があり、自分ではどうしようもない欠点が沢山あることをはっきりと認識する必要がある。(285~286ページ)

〇筆者の手もとに、精神科医である泉谷閑示(いずみやかんじ)の『「普通がいい」という病』(講談社現代新書、講談社、2006年10月。以下[3])と車椅子の「障害当事者講師」である小林亮平の『普通じゃなくなった人生』(文芸社、2014年3月。以下[4])がある。[3]にこういう一文がある。

ある親御さんが、「私は、息子に普通の子になって欲しかった。ある時、息子は『普通って何!』と言った。私は、何でもいいから普通に、みんなと足並みを揃えて欲しいって思って育ててきた。普通じゃないと他人に説明できないから、ただ分かりやすい人になって欲しいという気持ちだった」と、話されたことがありました(中略)。/しかし、どんな人も、決して最初から「普通」を求めていたはずはありません。/この親御さんの場合は、ご自身が幼い頃から周囲の視線や言葉によって傷ついてきた歴史があって、「普通」でないことはこんなにもまずいことなのかと考えるようになった。それで、どこか窮屈さを感じながらも、「普通」におびえ、「普通」に憧(あこが)れ、「普通」を演じるようになった。そして、わが子もそうやって生きるべきだと考えるようになったのです。(41、42ページ)

〇この一文から、「普通」は「考えや行動が同じ」であり、「他人に説明しなくても分かる状態」をいうのであろう。また、「普通」は、「一般的」「標準的」「多数派」といった意味をもち、自分が所属する「世間」(集団や組織)との関係性の調和を重視する日本文化(日本人)の伝統的な価値観である。「普通」の認知領域や設定基準によって、積極的・肯定的、消極的・否定的、あるいは好意的・非好意的な感情や思考・行動を生む。そして、周りの人への気配りが共有され、周りの人と調和したときのポジティブな感情や思考が、幸福感や満足感(well-being)として意味づけられる。上の一文から、こうした言説を想起する。
〇小林は、大学時代、突然「小脳出血」を発症し、重篤な後遺症が残ることになる。その治療やケア、リハビリが壮絶なものであったことは想像に難くない。小林はいう。

普通に大学を卒業して、普通に就職して普通に結婚したかったです。平凡な結婚生活で、子供もできて‥‥‥。でも、もう僕の人生は普通じゃなくなりました。あんな病気さえしなければ、その望みだって叶ったかもしれないのに。あんな病気さえしなければ、大学時代の思い出をもっと作れたかもしれないのに。あんな病気さえしなければ、大切な人の気持ちが離れていかないように何かしらできたかもしれないのに。ちくしょう‥‥‥。ちくしょう‥‥‥。/しばらくは、ただ何となく時間だけが過ぎていきました。新しい自分の人生を受け入れるのが嫌でも、時間というものは正確に流れていくもので、それはそれとして「とりあえず何か始めなければ」と漠然とですが、しだいにそう思うようになりました(56~57ページ)。

〇[4]で小林は、病状や治療、リハビリなどについて冷静に振り返り、また日々の出来事とその感情的な心の動き(心情)や偽りのない本当の気持ち(真情)を淡々と吐露(とろ)する。小林は、授業中に発症したときに保健室に連れて行ってくれた大学の友達と、自分の人生を受け入れて前向きに生きることを教えてくれた、一緒にリハビリをした女性、その二人の“死”に直面する。そんななかで、自らの“死”を考え、凄絶(せいぜつ)な苦悩を経験した小林は、「しっかりと生きる」ことを覚悟する。そこには、<自分が周りの人との関わりのなかで、自分を引き受け、ありのままの自分を考え、人生を描き、それらを伝え合う、そしてそのなかで自分を生き抜く、それが「普通」である。また、そうでなければならない>という小林の強い意志がある。そして、「自分を放(はな)ち、自分を育(はぐく)む」小林の姿を見る。筆者(阪野)にはそう思えてならない。

同調圧力の強い世間を生き抜くということ―鴻上尚史・佐藤直樹著『同調圧力』と岡檀著『生き心地の良い町』のワンポイントメモ―

社会には秩序が必要だ。人間同士が分断され競争するなかで、秩序を保ち、社会を成り立たせるためには、国家権力のもとで上から秩序を与えるしかないということになる。権力が上から与える秩序は、同調圧力と忖度によって増幅され、人々は自由と連帯を失い上位権力のもとで委縮する。
ところが、そういう世界は、自由を捨てた人間には案外住みやすい世界になるのだ。「正しい考え方」や「正しい生き方」は上から与えられるから、自分で考えずに済む。同調圧力をもはや「圧力」と感じなくなる。そこに全体主義が生まれる。(下記、前川喜平:134ページ)

〇これは、望月衣塑子・前川喜平・マーティン=ファクラー著『同調圧力』(角川新書、KADOKAWA、2019年6月)に所収の、前川の一文である。前川は続けていう。「無意識のうちに同調圧力に屈し、忖度や委縮を絶えず繰り返す。そうした人間が増えているのが今の日本だと思う。自ら考える力を育てる教育が今こそ必要だと声を大にして、あらためて訴えたい」(141ページ)。そして、前川の結語は単純明解である。心を縛られない「真に自由な人間に、同調圧力は無力である」(142ページ)。
〇筆者(阪野)の手もとに、鴻上尚史・佐藤直樹著『同調圧力―日本社会はなぜ息苦しいのか―』(講談社現代新書、講談社、2020年8月、以下[1])と、岡檀著『生き心地の良い町―この自殺率の低さには理由がある―』(講談社、2013年7月、以下[2])という本がある。
〇[1]は、作家・演出家である鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)と評論家である佐藤直樹(さとう・なおき)の対談本である。鴻上には「『空気』と『世間』」(講談社、2009年7月)、佐藤には「『世間』の現象学」(青弓社、2001年12月)という著作がある。「あなたを苦しめているものは『同調圧力』と呼ばれるもので、それは『世間』が作り出しているもの」である。新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本特有の「世間」が強化され、「同調圧力」が狂暴化・巨大化している。自粛の強制や監視、感染者に対するバッシングなどがそれである。「世間」の特徴は、「所与性」(変わらないこと・現状を肯定すること)にあり、「今の状態を続ける」「変化を嫌う」ことにある(鴻上:6、7ページ)。[1]は、新型コロナがあぶり出した「世間」のカラクリや弊害について追求する。
〇[1]で筆者が留意したい視点や言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

「同調圧力」を生む「世間」:鴻上
「同調圧力」とは、「みんな同じに」という命令である。同調する対象は、その時の一番強い集団である。多数派や主流派の集団の「空気」に従えという命令が「同調圧力」である。数人の小さなグループや集団のレベルで、職場や学校、PTAや近所の公園での人間関係にも生まれる。日本は「同調圧力」が世界で突出して高い国なのである。そして、この「同調圧力」を生む根本に「世間」と呼ばれる日本特有のシステムがある。(鴻上:5ページ)

「世間」と「社会」の違い:鴻上
「世間」というのは、現在及び将来、自分に関係がある人たちだけで形成される世界のことである。分かりやすく言えば、会社とか学校、隣近所といった、身近な人びとによってつくられた世界のことである。「社会」というのは、現在または将来においてまったく自分と関係のない人たち、例えば同じ電車に乗り合わせた人とか、すれ違っただけの人とか、知らない人たちで形成された世界である。つまり、「あなたと関係のある人たち」で成り立っているのが「世間」、「あなたと何も関係がない人たちがいる世界」が「社会」である。日本人は「世間」に住んでいるけれど、「社会」には住んでいない。(鴻上:31、32ページ)

「世間」と「社会」の二重構造:佐藤
「社会」というのは、「ばらばらの個人から成り立っていて、個人の結びつきが法律で定められているような人間関係」である。法律で定められている人間関係が「社会」である。「世間」というのは、「日本人が集団となったときに発生する力学」である。「力学」とはそこに同調圧力などの権力的な関係が生まれることを意味する。日本人は「世間」にがんじがらめに縛られてきたために、「世間」がホンネで「社会」がタテマエという二重構造ができあがっている。おそらく現在の日本の社会問題のほとんどは、この二重構造に発していると言ってもいい。「社会」と「世間」を比較すると次のようになる。(佐藤:33、34、35ページ)

「世間」を構成するルール:佐藤
「世間」を構成するルールは四つある。①お返しのルール/毎年のお中元・お歳暮に代表されるが、モノをもらったら必ず返さなければならない。②身分制のルール/年上・年下、目上・目下、格上・格下などの「身分」がその関係の力学を決めてしまう。③人間平等主義のルール/「みんな同じ時間を生きている」、すなわち「みんな同じ仲間である」と考えている。そこから、「出る杭は打たれる」ことになり、「個人がいない」ということになる。
④呪術性のルール/「友引の日には葬式をしない」といったように、俗信・迷信に逆らうことができない。こうした四つのルールからできあがったのが「世間」である。そうした人間関係のつくり方をしている国は日本しかないのではないか。(佐藤:35~50ページ)

「世間」の特徴:鴻上
「世間」には五つの特徴がある。①「贈り物は大切」、②「年上が偉い」、③「『同じ時間を生きること』が大切」、④「神秘性」(佐藤がいう「呪術性」)、佐藤の言説と同じである。加えて⑤「仲間外れをつくる」がある。それは「排他性」を意味し、仲間外れをつくることが、自分たちの「世間」を意識し、強固にすることになる。この五つの特徴(ルール)のうち、一つでも欠けた場合に表れるのが「空気」である。「世間」が流動化したものが「空気」である。「空気」に支配されるのは、それが「世間」の一種だからである。(鴻上:50~53ページ)

〇要するに、「世間」の本質は、その暗黙のルールに従うこと、みんなと同じことをすることにある。「世間」のルール(その強さ)が、「みんな同じ」すなわち「違う人にならない」という同調圧力を生み出し、個人の行動を抑制するのである。
〇「同調圧力」とは、「少数意見を持つ人、あるいは異論を唱える人に対して、暗黙のうちに周囲の多くの人と同じように行動するよう強制すること」である。すなわち、「何かを強いられること」「異論が許されない(封じられる)状況」(16ページ)をいう。こうした同調圧力や相互監視を生み出す、別言すればそれによって支えられるのが「世間」である。この「世間」と「同調圧力」が、いまの日本社会の「息苦しさ」や「生きづらさ」の正体である。それを緩和あるいは除去するためには、「世間のルール」を漸進的に変革するしかない。そのためのひとつのヒントを与えてくれるのが[2]である。
〇[2]は、大学教員である岡檀(おか・まゆみ)が、「地域の社会文化的特性が住民の精神衛生にあたえる影響、特に、コミュニティの特性と自殺率との関係」(10ページ)を明らかにしようとしたものである。徳島県南部に位置する旧・海部町(現・海陽町)は、太平洋に臨む、人口3000人前後で推移してきた小規模な町である。その町は、全国でも極めて自殺率の低い「自殺“最”稀少地域」である。[2]は、そこに暮らす町民たちの、「生きづらさを取り除く」ユニークな人生観や処世術を、2008年から4年にわたる現地調査によって解き明かす(「帯」)。
〇[2]で筆者が注目したいひとつの言説をメモっておくことにする(抜き書きと要約)。

五つの自殺予防因子
旧・海部町ではなぜ、自殺者が少ないのか。「自殺予防因子」として次の五つが考えられる。
① いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
多様性を尊重し、異質や異端なものに対する偏見が小さく、「いろんな人がいてもよい」と考えるコミュニティの特性がある。それだけではなく、「いろんな人がいたほうがよい」という考え方が町に浸透している。
② 人物本位主義をつらぬく
職業上の地位や学歴、家柄や財力などにとらわれることなく、その人の問題解決能力や人柄によって判断するという考え方が重んじられている。
③ どうせ自分なんて、と考えない
町民には、自分たちが暮らす世界を自分たちの手によって良くしようという、基本姿勢がある。「どうせ自分なんて」と考える人が少なく、主体的に社会にかかわる人が多い。
④ 「病(やまい)」は市(いち)に出せ
病気のみならず、生きていく上でのあらゆる問題をひとりで抱えるのではなく、みんなで解決しようという考え方がある。町民の、援助を求める行為への心理的抵抗が小さい。
⑤ ゆるやかにつながる
人間関係が固定していない。町民はそれぞれが、息苦しさを感じない距離感を保ちながら、「ゆるやかな絆」のもとで連携している。(29~92ページ)

〇岡はいう。旧・海部町は江戸時代の初期、材木の集積地として飛躍的に隆盛し、「多くの移住者によって発展してきた、いわば地縁血縁の薄いコミュニティだった」(88ページ)。「人の出入りの多い土地柄であったことから、人間関係が膠着(こうちゃく)することなくゆるやかな絆が常態化したと想像できる」(90ページ)。こうした歴史的背景のもとで培われ維持されてきた「ゆるやかな絆」が、自殺予防を促している。「ゆるやかな絆」という住民気質に注目しておきたい。
〇ここで2点、付記しておきたい。ひとつは、麻生太郎副総理兼財務大臣が、2020年6月4日に開かれた参議院の財政金融委員会で、日本は他国に比べて新型コロナウイルスによる死亡者数が少ないのは「国民の民度のレベルが違う」「民度が高い」ことによる、と答弁したことについてである。その際、麻生は、「(日本は)島国ですから、なんとなく連帯的なものも強かったし、いろんな意味で国民が政府の要請に対して極めて協調してもらったということなんだと思いますけれども、‥‥‥国民性が結果論として良かった‥‥‥」とも答えている。この「民度」「連帯」「協調」「国民性」が意味するところは、「世間」による「同調圧力」であると言ってよい。今また、コロナ禍で「がんばろうニッポン」が叫ばれている。その言葉が浮き彫りにするのは、「あぶないニッポン」の姿である。ここで、2013年7月29日の、憲法改正に関する麻生の発言、「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね………」を思い出しておきたい。
〇いまひとつは、世論がどのようなメカニズムで形成されるかを検討したE.ノエル=ノイマン(1916年~2010年、ドイツの政治学者)の「沈黙の螺旋理論」についてである。誤解を恐れずに言えば、その概要はこうである。人間はその社会的天性として、仲間と仲たがいして孤立することを恐れる(「孤立への恐怖」)。人間には意見分布の状況(「意見(の)風土」)を認知する能力がある(「準統計的感覚(能力)」)。そこで、自分の意見が多数派であると判断したときは、自分の意見を公然と表明する。逆に自分の意見が少数派であると認識した場合は、孤立を恐れて沈黙を促す(守る)。この循環過程によって意見の表明と沈黙が螺旋状に増幅し、多数派意見への「なだれ現象」(同調)が引き起こされ、多数派意見が「世論」(「論争的な争点に関して自分自身が孤立することなく公然と表明できる意見」:68ページ)として公認されるようになる。そして、少数派はますます孤立の度を深めていく。なお、ノエル=ノイマンは、少数派でありながら、孤立の脅威をものともしないで意見表明する、「ハードコア(固い核)」と名付ける活動層についても言及する。「沈黙の螺旋研究」の詳細については、E.ノエル=ノイマン/池田謙一・安野智子訳『沈黙の螺旋理論―世論形成過程の社会心理学―』(改訂復刻版、北大路書房、2013年3月)と、例えば時野谷浩(ときのや・ひろし)の『世論と沈黙―沈黙の螺旋理論の研究―』(芦書房、2008年3月)を参照されたい。

「相模原障害者施設殺傷事件」の本質と正義:「見て見ぬふりをする私」「見ぬふりをして見る私」、その「後ろめたさ」―神奈川新聞取材班著『やまゆり園事件』読後メモ―

死刑制度そのものの問題もあった。 彼が犯した罪は命を選別し「生きる価値がない」と断定して殺したこと。その彼を僕たちが「生きる価値がない」と断定して処刑する。選別に対する選別。これほどのジレンマはない。(森達也:下記[本書]139ページ)

〇筆者(阪野)の手もとに、神奈川新聞取材班が著わした『やまゆり園事件』(幻冬舎、2020年7月。以下[本書])がある。2016年7月に神奈川県相模原市の県立知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が殺害され、職員2人を含む26人が重軽傷を負った「やまゆり事件」を追いかけたドキュメントである。本書のカバー「そで」には次のように記されている。「事件を起こしたのは、元職員の植松聖(うえまつ・さとし)。当時26歳。20年3月、死刑判決が確定した。『障害者は人の幸せを奪い、不幸をつくり出す』など障害者への差別発言をくり返した植松は、人々の意識に巣くう差別と偏見、優生思想など、社会に潜む課題をあぶり出した」。
〇筆者は「やまゆり園事件」については、25年近く相模原市に居住していたこともあって、事件の発生からある“おもい”をもってきた。そこで、本ブログの<ディスカッションルーム>(81)2020年1月1日投稿や<雑感>(99)2020年1月9日投稿の拙稿などで若干ふれてきた。その“おもい”とは、事件の風化が進み、事件の記憶や教訓の継承が危ぶまれるなかでの、次のようなものである。① どのような差別意識がいつから、どのように醸成されてきたのか。② 匿名裁判は人間の尊厳を毀損(きそん)するものではないのか。③ 刑事責任能力の有無だけを争点にした裁判は真相解明を不可能にするのではないか。④ 皮相浅薄な共生思想では根強い優生思想に太刀打ち(たちうち)できないのではないか。⑤ 加害者を断罪する正義によって「見て見ぬふりをする私」「見ぬふりをして見る私」の加害者性は免罪されるのか、などである。
〇本稿では、それらの“おもい”に関する本書の叙述のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

① どのような差別意識がいつから、どのように醸成されてきたのか―「私が殺したのは人ではありません。心失者です」―
● 「事件を起こしたことは、いまでも間違っていなかったと思います。意思疎通のできない重度障害者は人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在。絶対に安楽死させなければいけない」。さも常識であるかのような口ぶりで、彼は笑みを浮かべながらこうも言い放つ。「私が殺したのは人ではありません。心失者です」。(97ページ)
「心失者」(しんしつしゃ)――。この耳慣れない言葉は彼の造語だ。人の心を失った者という意味で、主に「意思疎通の取れない重度障害者」を指すという。この事件を象徴するキーワードと言ってもいい。(98、55ページ)
● 判決は、「施設勤務経験を基礎として動機が形成された」と認定した。彼の証言を事実認定したくだりはこうだ。
≪施設での仕事中、利用者が突然かみついて奇声を発したり、自分勝手な言動をしたりすることに接したこと、溺れた利用者を助けたのにその家族からお礼を言われなかったこと、一時的な利用者の家族は辛そうな半面、施設に入居している利用者の家族は職員の悪口を言うなど気楽に見えたこと、職員が利用者に暴力を振るい、食事を与えるというよりも流し込むような感じで利用者を人として扱っていないように感じたことなどから、重度障害者は不幸であり、その家族や周囲も不幸にする不要な存在であると考えるようになった≫
彼から見えた施設の「現実」だったのだろうが、同僚らの証言などを踏まえた徹底的な検証が公判でなされることはなかった。(352~353ページ)
● 「なぜ、あのような人物を採用したのか」。事件後、ある施設の関係者は、資質に欠けた元職員による犯行と切り捨てた。どこか人ごとのようだった。こうした反応について、県内の入所施設職員は憤りを隠せなかった。「自分たちが普段取り組んでいる支援のありようが問われた事件だったのに、あまりにも人ごとではないか」。この職員の危機感はひときわ強かった。事件によって、入所施設の構造的な問題があらためて浮き彫りになったと受け止めていた。(354ページ)
● (息子が重傷を負った)尾野剛志は語気を強め、こう指摘した。「障害者の家族は悩みながら子育てをしている。その中で感じる小さな喜びを、あなたは奪った」。(120ページ)

② 匿名裁判は人間の尊厳を毀損するものではないのか―「生きた証として実名と写真を公表してほしい」―
● 県によると、名前を出したり匿名でも遺影を掲げたりするのに理解を示す遺族がいる一方、「マスコミの取材に追われたり、他人から心ない言葉をかけられたりするのではないか」「そっとしておいてほしい」といった意見も少なくないという。県の担当者は「遺族を二次被害から守ることを一番に考えたい」とする一方、一般参列者からは式典の形骸化や事件の風化を懸念する声も上がる。(51ページ)
● (遺族の男性は、)匿名審理は姉の存在を否定することにならないか。事件以降、そんな思いをずっと抱えてきた。姉の命を奪った男の裁判を機に自分が顔をさらし、姉の代わりに法廷に立つことが、姉の尊厳を守り、供養になるのではないか。そう考えた。(114ページ)
神奈川県警は「遺族からの強い要望」を理由の一つとして、被害者を匿名で発表した。「名前を出さないのは家族も差別しているから」「匿名は人生を否定すること」。県警や遺族の対応を批判する意見が相次いだ。「匿名発表に傷ついた」と語る障害者もいた。男性は障害を理由に匿名を望んだわけではなかったが、自分が責められているように感じた。
自宅を訪ねてくる記者は「生きた証しとして実名と写真を公表してほしい」と口々に言った。自分は姉にひどいことをしているのか。心が揺らぎ、ふさぎ込んだ。それでも、姉の実名を出せば事件に巻き込まれたと知った周囲が戸惑うのではないか。そう考えると、とても公表する気持ちになれなかった。(114ページ)
● (園の家族会会長を長く務めた)尾野剛志は唯一、実名で取材に応じてきた。当事者が声を上げなければ、「障害者は不幸をつくることしかできない」と言ってはばからない植松に屈してしまうと考えるからだ。(119ページ)
● なぜ、実名を明かせないのか。「だって、いままでだって、ずっと、ひっそり生きてきたんだから」。(長男が入所する)男性は、犠牲となった入所者は生前から「隠された存在」だったと明かした。(162ページ)

③ 刑事責任能力の有無だけを争点にした裁判は真相解明を不可能にするのではないか―「被告を裁くだけの裁判に終わった」―
● 植松が重度障害者に抱いた嫌悪感が事件の引き金となったことは疑いようがない。しかし、何をきっかけに差別的感情が芽生え、殺害をいとわないほどの憎悪へと飛躍させたのか。刑事責任能力の有無のみが争われた裁判ではほとんど解明されなかった。その糸口となる植松の生い立ちや人間性にも迫りきれず、司法の限界を露呈する形となった。事件の真相解明を訴える識者からは控訴を求める声が上がった。(121ページ)
● 責任能力の有無だけを争点にした裁判には、むなしさが募った。判決後の会見で、(障害のある娘と暮らす和光大学名誉教授で社会学者の)最首悟は「被告を裁くだけの裁判に終わった。障害者本人やその家族、障害者福祉に関わる人々の願いとは程遠い内容だった」と残念がった。突飛な考え方をする人間が引き起こした特異な事件として断罪してみせるのではなく、植松の主張を「社会への告発」として受け止め、真の動機を引き出してほしいと期待していたからこその落胆だった。(128ページ)

④ 皮相浅薄な共生思想では根強い優生思想に太刀打ちできないのではないか―社会の底流にはいつ爆発してもおかしくないマグマのように優生思想がある―
● 事件の根底には、優生思想がある。植松は衆院議長に宛てた手紙で、「障害者は不幸しかつくらない」「重度障害者が安楽死できる世界を目指す」と記していた。優生思想が極端な形で現れた事件だったが、いまの社会のありようと無関係ではない。
子どもが五体満足で生まれてきてほしいと願うのは、親としての素朴な愛情だと思う。否定するつもりはない。だが、その願いは裏を返せば、障害を持って生まれてきてほしくないということでもある。新型出生前診断で染色体異常が見つかった場合、9割以上が中絶を選ぶ時代だ。
社会の底流にはいつ爆発してもおかしくないマグマのように優生思想がある。だが、多くの人たちは自らの内にある優生思想を自覚したくないのだろう。あの事件が突き付けたことに向き合わず、「極端な考えを持った男が起こした事件」としてだけ受け止められて事件が風化していく可能性が高い。(338~339ページ)

⑤ 加害者を断罪する正義によって「見て見ぬふりをする私」「見ぬふりをして見る私」の加害者性は免罪されるのか―「加害者」の一人としての後ろめたさを抱えながら取材を続けてきた―
● 「リンカーンは黒人を(奴隷制度から)解放した。自分は重度障害者を生み育てる恐怖から皆さまを守った、ということです」。恥ずかしそうに語りながらも、彼の表情は誇らしげに見えた。(101ページ)
「社会の役に立たない重度障害者を支える仕事は、誰のためにもなっていない。だから自分は社会にとって役に立たない人間だった。事件を起こして、やっと役に立てる存在になれたんです」。ぞっとした。自らをリンカーンに重ね合わせる彼の心の深淵(しんえん)をのぞき見た思いがした。ゆがんだ正義感を振りかざし、周囲からの称賛を疑わず、心の中の闇を増幅させていったように思えてならない。その闇にのみ込まれ、いつしか「心失者」になっていたのは彼自身ではなかったか。(105ページ)
● 彼の言動は本人の思惑を超えて、多くの人々が長きにわたって十分に目を向けずに放置してきたことを白日の下にさらした。
それは、私たちが暮らす地域社会が重度の知的障害者を迷惑視し、家族を孤立させ、親による介護が限界に達したら施設しか居場所がないようにしてきた、ということにほかならない。地域での無自覚な差別や排除のなれの果てが、意思疎通ができないと一方的に断じた入所者を次々と襲った彼だったのではないか。そうした社会のありようについて気に留めることもなく黙認してきた「加害者」の一人として後ろめたさを抱えながら取材を続けてきた。(351ページ)
● (姉を亡くした)男性は自ら証言台に立ち、死刑判決を求めていた。「想像通りの判決だった。若者に死刑を求めた十字架は一生背負っていく」。(121ページ)

〇植松は公判で、「事件後、共生社会に傾いたが、やがて破綻する」と述べたという。人々に「本気になって共生社会をつくる気があるのかどうか」(364ページ)、を問うものである。
〇本書は終章(結論と展望)で、「分ける教育」と「分ける社会」について言及する。その概要はこうである。やまゆり園事件は、教育のあり方が問われる事件である。何かが「できる、できない」という能力主義教育が、障がい者への差別意識を生み出す温床になっていないか。学校現場では、障害の有無や程度、学力に応じて学ぶ場を「分ける教育」が日常になっている。事件を機にあらためて、「共に学ぶ」インクルーシブ教育(「分けない教育」)の意義を考えるべきである(360~361ページ)。
〇「共に学ぶ」、その先に「共に生きる」がある。「分ける社会」のありようを変えていくためには、「障害者には優しく接しなければならない」といった上から目線の考えや、障がい者を「理解」や「支援」の対象として見るのではなく、対等な仲間として付き合い、「私とあなた」という二人称の関係性を紡いでいくことである。「分ける社会」を変えていくには、障がい者と出会うことからしか始まらない(363、365ページ)。
〇これらの言説は目新しいものではなく、紋切り型の、言い古されたものである。とはいえ、障がい者と仲間として付き合い、障がい者を仲間外れにしない「共生社会」が実現するまで、強調されるべき言説である。そこには、いまも続く障がい者差別や排除、抹消の実態がある。

付記
本稿を草することにしたきっかけのひとつは、次の記事(書評)にある(『岐阜新聞』2020年9月6日付)。とりわけ最後の一節を心に刻んでおきたい。本稿のサブタイトル―「見て見ぬふりをする私」「見ぬふりをして見る私」、その「後ろめたさ」―が意味するところでもある。

“取材班は地元紙記者として「社会のありようについて気に留めることもなく黙認してきた『加害者』の1人として後ろめたさを抱えながら取材を続けてきた」という。植松死刑囚の「正義」、彼を断罪する「正義」。彼を英雄とする「正義」が対立する中で、この「後ろめたさ」こそが自らを免罪せずに真理への扉を開く鍵だと思う。”

追記(2020年9月17日)
鳥居一頼先生から次のようなメールをいただいた。「後ろめたさ」を抱えながら、生きながらえようとする「私」がいる。「私」を抉(えぐ)る言葉―「声するだけ」「書くだけ」「口先だけ」、「懺悔(ざんげ)」「内省」「良心」等々を心に刻み込みたい。

後ろめたさ

報われぬ世と 嘆くとも
分断の世を 抗(あらが)いながら
差別の世に 人として生きたい

ただいつも 後ろめたさがつきまとう
声するだけの 自分の無力に
書くだけの 自分の非力に
口先だけの 自分の卑力に

だからいつも 後ろめたさが強くなる
動けぬ エネルギーの枯渇
憤るしかない 自己完結
悟ったフリする 自己欺瞞

いつまでも 後ろめたさは責め続ける
世の非道を傍観する 加害者として
世の不正を見逃す 加害者として
世の不義に目を背ける 加害者として

それでも 後ろめたさが人の道を示す
後悔とは違う 懺悔
弁解とは違う 内省
詭弁とは違う 良心

後ろめたさの功罪
忘却した罪過を 白日の下に晒(さら)す
無関心を装った罪過を 社会に問う
利己的に生きた罪過を 一人ひとりに課す

追記/社会変革とソーシャルアクション:「社会を変える」の至言―ワンポイントメモ―

保守的な人も左翼的な思想の持ち主もいる。そこで「君たちは右なのか左なのか」という質問がでました。そのとき、「われわれは右でも左でもない、前だ」と答えたという。「問題の認識」のしかた(フレーム=枠組み)を変えることが、運動にとって重要だという理論がフレーミングです。(小熊英二、下記[1]454、456ページ)

社会とは、結局のところ、人のつながりだ。社会を変えるとは、人のつながりを結びなおすことだ。(小熊英二、下記[2]「帯」)

〇筆者(阪野)は、本ブログの<雑感>(117)2020年9月1日投稿の「ライフ・セキュリティとソーシャルワーク」と題する拙稿の最後で、「ソーシャルワークとソーシャルアクション」について若干ふれた。そこでは、高良麻子の「ソーシャルアクションの実践モデル」(「闘争モデル」と「協働モデル」)の一部を紹介したに過ぎない。
〇この点に関して、山東愛美は、ソーシャルアクションをそのプロセスに基づいて次の二つに類型化している。要求や闘争による「ダイレクトアクション」と交渉や調整による「インダイレクトアクション」がそれである。山東にあっては、その特徴は次の表のようになる。

〇そして山東は、2010年頃から、「ソーシャルアクションが論じられる際には、インダイレクトアクションをイメージすることが増えつつある」。それは、従来のソーシャルアクションとして認識されてきたダイレクトアクションの「完全な変容ではなく、分化・多様化」によるものである。こうした傾向がみられるのは、「地方分権や地域包括ケアなどの制度・政策的背景や、地域を基盤としたソーシャルワークやコミュニティソーシャルワークの台頭などの理論的動向も反映されていると考えられる」、という(山東愛美「日本におけるソーシャルアクションの2類型とその背景―ソーシャルワークの統合化とエンパワメントに着目して―」『社会福祉学』第60巻第3号、日本社会福祉学会、2019年11月、44ページ)。高良のそれとともに、留意しておきたい言説である。
〇いま、筆者の手もとに、社会変革とソーシャルアクションに関する本が2冊ある(しかない)。(1)小熊英二著『社会を変えるには』(講談社現代新書、講談社、2012年8月、以下[1])と(2)木下大生・鴻巣麻里香編著『ソーシャルアクション! あなたが社会を変えよう! ―はじめの一歩を踏み出すための入門書―』(ミネルヴァ書房、2019年9月、以下[2])がそれである。[1]は、「社会を変える」ということについて歴史的、社会構造的、そして思想的に考察したものである。小熊は、「思考や討論のためのテキストブックとして本書を使ってもらえればいい」(513ページ)、という。[2]は、ソーシャルアクションの実践者とその実践者を支援することで間接的にアクションを起こした人々の物語集である。鴻巣は、「あなたのアクションは本の中にはありません。フィールドに出かけましょう」(ⅶページ)、という。
〇本を読んでいると、新たな気づきや学びとともに、“確かにその通りである”(「至言」)という一文に出合うものである。それが読書の魅力や醍醐味でもある。次に、[1][2]から、筆者にとって、「社会を変える」の至言の一文のみをメモっておくことにする(抜き書き、見出しは筆者)。

「参加して何が変わるのか」「参加できる社会、参加できる自分が生まれる」
運動とは、広い意味での、人間の表現行為です。仕事も、政治も、芸術も、言論も、研究も、家事も、恋愛も、人間の表現行為であり、社会を作る行為です。それが思ったように行なえないと、人間は枯渇します。「デモをやって何が変わるのか」という問いに、「デモができる社会が作れる」と答えた人がいました。「対話をして何が変わるのか」といえば、対話ができる社会、対話ができる関係が作れます。「参加して何が変わるのか」といえば、参加できる社会、参加できる自分が生まれます。([1]516~517ページ)

誰もが何かの「当事者」であり、誰もが何かの「非当事者」である
障がい者、引きこもり、被差別部落、貧困、在日外国人、オキナワ、フクシマ、女性、LGBT。誰もが何かの「当事者」であり、誰もが何かの「非当事者」なのだ。私たちを「当事者」と「非当事者」に分断しようとする力に常に抵抗し続け、作られた境界を共に超えていこうとすることが、社会を変えることにつながるのかもしれない。([2]52ページ)

〇日本における「ソーシャルアクション」の実践や研究、それに教育は、「乏しく」「停滞しており」「脆弱である」などと評される。その背景は何か、その問題や原因は奈辺にあるか。「ソーシャルアクション」は、当事者を含む社会福祉運動なのか、ソーシャルワーカーによる援助技術なのか。「ソーシャルアクション」とコミュニティソーシャルワークやアドボカシー(擁護・代弁)の概念との関係性や整合性をどう考えるか。「ソーシャルアクション」におけるソーシャルワーカーの役割や専門性をどこに見出すか。検討すべき残された課題は多い。[1]と[2]は、これらの課題検討のひとつのとば口(入り口)にあるとも言えよう。
〇取り急ぎ本稿を草することにしたきっかけは、本ブログの<鳥居一頼の世語り>(421)2020年9月6日投稿の「おもえ うごけ かんじよう」と題する散文詩の最後の一節にある。「思考せよ~おもえ!/行動せよ~うごけ!/感動せよ~かんじよう!」がそれである。これは、鳥居が一人のヒト(孫娘)に「贈る言葉」であり、「命」「生きる」「人生」のありようを問うものである。それは、「自分を変える」、そして「社会を変える」の至言でもある。

追記(2020年9月10日)
鳥居一頼先生から次のようなメールをいただいた。まさに「至言」である。鳥居先生とのこうしたやり取りは実に楽しく、有意義である。

〇「ソーシャルアクション」の実践と研究に、教育はどれだけ貢献しているのか。特に学校教育は、国家的に承認された文化的・道徳的価値や社会的認識の上に成り立っている公教育機関ですから、そもそも彼ら自身が動くことはありません。組合運動も日和っている現代では、子どもへの働きかけも地域活動への参加も、主体的にする人は希有でしょう。
〇北海道では、高校の教師が6月の学校再開以来、「残業が増えている」とアンケートに答えています。ダラダラとしていても、時間が過ぎれば残業です。処理能力がなくて時間のかかるのも残業です。段取りがしっかりしている者は、多少の残業でクリアできるでしょう。周りを見て残業するフリをするしかない風見鶏も混じっています。それを一色単に「残業」というくくりで、マスコミがさも「やっている」ごとく報道することに苛立ちを覚えます。時間ではなく中身です。もちろん良心的な先生もたくさんいます、きっと。
〇ただ多くの先生は「社会的活動をしてますか」との問にどう答えるでしょう。学校に籠城していては、社会がどう働きかけても、出てこられないですね。大学の教員も内部で権威闘争してるばかりでは、果たしていかがなものかと、いつも感じています。
〇教育の閉塞は、国家による管理統制が強化されたことによる、教員の市民力の低下ないし劣化でしょうか。無作為でいることが、楽なのです。指示されて動けばいいだけです。忙しいフリをしているだけで、いいのです。子どものことを建前にすれば、社会的な面倒さからは逃げられるのです。確かになすべきことが多くなって、処理しきれないところは同情の余地はありますが、「右でも左でもない。その考えすらない」と答えるかもしれません。そんな風潮の中で、子どもを粗末にしてはならないと、自分を見失わぬよう善戦する「変わり者」が、教師の良心を失うことのないようエールを贈りたいですね。
〇ソーシャルワーカー、コミュニティソーシャルワーカーについても、名刺を出されてその肩書きを尋ねると苦笑いされた社協マンがいましたが、その資格に恥じぬよう健闘をただ祈るだけです。さして地域福祉を推進しているとは思えない地域の方でした。資格の肩書き化を促している現状では、そもそも福祉における市民運動の地ならしさえ難しいでしょう。その核にならねばならぬ社協マンの地域福祉への熱い思いを、彼らと市民をつないで、一緒に考え、動き、感じる、指導者との出会いが、いまあまりにも少なすぎるのではないでしょうか。また、多くの研究者は、国や地方の行政の施策の理論的後付けに精を出して、箔を付けようと頑張っています。地域包括ケアシステムの制度化の推進も然りですが、果たしていかがなものかと、横文字の概念づくりに加担するのは、私にはとうてい無理ですし、そもそも見識すらありません。頑張る方々には、全く失礼な私です。
〇社会変革とは自らの生き方を変えることから始まるしかありませんね。そのためには「自らを振り返る力」を、私の身近なひとたちと共に付けていくことに心掛けていくことにいたします。身の程をわきまえながら、できることから、ですね。

ライフ・セキュリティとソーシャルワーク:「困っている人を助ける」から「みんなの必要を満たす」への政治思想の転換―井手英策の「新書」3点の読後メモ―

所得制限は、さまざまな政治対立を生みだす原因となっている。日本の予算は、義務教育、外交、安全保障をのぞき、ほとんどが低所得層や障がい者、ひとり親世帯などの「だれかの利益」でできている。そして大半の給付には、所得制限という自助努力、自己責任の象徴である分断線が網の目のようにこまかく引かれている。受益者を限定すれば安あがりではある。だが、こうした制度設計そのものが、政府の公正さへの強い反発を生みだし、社会の分断を加速させるのである。(下記[1]222ページ)

〇筆者(阪野)が「井手英策」(いで・えいさく、慶応義塾大学、財政社会学)についてまず思い出す言葉を五つ挙げるとすれば、「分断社会」「All for All(みんながみんなのために)」「ベーシック・サービス」「ライフ・セキュリティ」そして「財政改革(消費税増税)」である。
〇井手の新刊書に、『欲望の経済を終わらせる』(インターナショナル新書、集英社インターナショナル、2020年6月。以下[1])がある。そして、筆者の手もとには、単著である『幸福の増税論―財政はだれのために』(岩波新書、岩波書店、2018年11月。以下[2])と、柏木一惠・加藤忠相・中島康晴との共著である『ソーシャルワーカー―「身近」を革命する人たち』ちくま新書、筑摩書房、2019年9月。以下「3」)がある。
〇[1]では、「新自由主義がなぜ日本で必要とされ、影響力を持つことができたのか、歴史をつぶさに振り返り、スリリングに解き明かす。グローバル化もあって貧困層がふえるなか、個人の貯蓄に教育も老後も委ねられる日本。本来お金儲けではなく、共同体の『秩序』と深く結びついていた経済に立ち返り、経済成長がなくても、個人や社会に何か起きても、安心して暮らせる財政改革を提言」する(カバー「そで」)。
〇[2]では、「なぜ日本では、『連帯のしくみ』であるはずの税がこれほどまでに嫌われるのか。すべての人たちの命とくらしが保障される温もりある社会を取り戻すために、あえて『増税』の必要性に切り込み、財政改革、社会改革の構想(自己責任社会から、頼りあえる社会へ)を大胆に提言する」(カバー「そで」)。
〇そして[3]では、「多くの人が将来不安におびえ、貧しさすらも努力不足と切り捨てられる現代日本。人を雑に扱うことに慣れきったこの社会を、身近なところから少しずつ変革していくのがソーシャルワーカーだ。暮らしの『困りごと』と向き合い、人びとの権利を守る上で、何が問題となっているのか。そもそもソーシャルカークとは何か。未来へ向けてどうすればいいのか。ソーシャルワークの第一人者たち(柏木・加藤・中島)と研究者(井手)が結集し、『不安解消への処方箋』を提示」する(カバー「そで」)。
〇本稿では、[1][2][3]を併読(再読)して、留意しておきたい井手(一部は中島)の言説(提唱、提案)のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

「勤労国家」と「弱者救済」
(勤労、倹約、貯蓄という自助努力と自己責任を前提として作られた「勤労国家」にあって、)生活水準の低下、将来への不安、国際的な地位の劣化などのきびしい状況が進んでいる。この状況を乗りこえる方法は、端的にいえば、ふたつにしぼられる。ひとつは、もう一度かつてのような成長を取りもどし、自己責任で将来不安にそなえられる状況を作る、勤労国家再生アプローチである。もうひとつは、低所得層や生活支援の必要な人たちを救済し、彼らを社会のなかに包摂していく格差是正アプローチである。([2]32、34ページ)
(ところが、現在の日本は、人口の急減や超高齢化などによる経済規模の縮小が進むなかで、)「成長なくして未来なし」という、成長に依存する社会モデル(「成長依存型社会」)はもう限界に達している。また、日本社会は、共在感(「ともにある」という感覚:井上達夫)や仲間意識をもてない、利己的で孤立した「人間の群れ」と化しつつあり、格差是正や社会的包摂についての関心も低い。「弱者救済」を正義として語る時代はおわりつつある。([2]46、47、49、52、96ページ)

「頼りあえる社会」と「ライフ・セキュリティ」
消費を手びかえ、勤労、倹約、貯蓄の自助努力にはげみ、将来不安におびえて生きる自己責任社会をつづけていくのか、税による満たしあいをつうじて、だれもが安心して生きていける、経済活動も刺激する「頼りあえる社会」をめざすのか。痛みと喜びを(税で)分かちあう「頼りあえる社会」をつくりあげ、「私たち」という連帯の土台を再生しなければ、多くの人びとが感じている生きづらさはつづく。([1]174、175ページ)
そこで、消費税を軸に全員が痛みを分かちあいつつ、一定以上の収入や資産を持つ富裕層や大企業への課税でこれを補完すること、以上を財源として、すべての人びとに医療や介護、子育て、教育、障がい者福祉などの「ベーシック・サービス」(現物給付)を提供することが重要となる。そのサービスは、人びとが安心してくらしていける水準をみたす必要がある。これは、「ベーシック・インカム」(現金給付)ではなく、「社会保障」(Social Security)を超える、「生活」と「生命」の保障すなわち「ライフ・セキュリティ」(Life Security/生の保障)という考え方である。([1]222ページ、[2]84、135ページ)

「尊厳ある生活保障」と「品位ある命の保障」
「ライフ・セキュリティ」は、「均等な人びと」というときに、「人間らしい生」という共通点に着目し、すべての人たちを受益者として等しくあつかう。人間ならばだれもが必要とする/必要としうる(可能性がある)ベーシック・サービスを、すべての人びとに均等に配分することをめざす。「尊厳ある生活保障」である。([1]223ページ)
「ソーシャル・セキュリティ」をさらに推しすすめ、すべての「命と暮らし(=life)」を保障する「ライフ・セキュリティ」に編み変えていくことは、「救済の政治」を「必要の政治」へと転換することにほかならない。つまり「困っている人を助ける」から、「みんなの必要を満たす」への政治思想の転換である。([3]23ページ)
他方、社会的、経済的条件によって、他者と均等になれない人びとにたいしては、富裕な人より少ない税負担を、富裕な人より相対的に手厚い保障を提供することをめざす。消費税とともに富裕層や大企業への課税を強化し、生活扶助、住宅手当、職業教育・職業訓練も充実させる。「品位ある命の保障」である。([1]223ページ)

「公・共・私のベストミックス」と「ソーシャルワーク」
きわめて多様になっている個別のニーズを政府によるサービス給付だけで満たすことはむつかしい。したがって、「公」が共通のニーズを満たしていくのと同時に、「共」や「私」の領域とつながりを強め、個別のニーズ、別言すれば一人ひとりの「こまりごと」をどのように解消するかもあわせて検討されなければならない。「公・共・私のベストミックス」である。([1]225ページ)
「公」の領域は、自治会やボランティア団体などのさまざまなアクター(人や組織)が交錯する場である。そこでは、さまざまな地域ニーズを満たそうとするアクターを接続する、接着剤のような機能が必ず求められる。([3]221、222ページ)
そこで注目されるのが、ソーシャルワーク/ソーシャルワーカーである。ソーシャルワーカーにもとめられているのは、たんなる福祉やサービスの提供者としての役割ではない。接着剤のような役割が求められ、その資質がハッキリと問われることとなる。([1]225ページ、[3]222ページ)
ソーシャルワークの核心は、個別の「こまりごと」にたいして、それを発生させている「環境」それ自身を変革していくことにある。またその「こまりごと」は、かならずしも低所得層の生活困難にかぎられるものではなく、介護や子育て、教育など、所得の多寡とは関係なく生じうる個別の案件と向きあうのがソーシャルワーカーの第一の任務である。([1]226ページ)

「地域変革」と「組織変革」
ソーシャルワークは、「社会の変化と開発、つながり」を促進する実践である。その際の「社会」とはどこかにあるものではない。人びとのより身近で影響をおよぼせる「地域」や「組織」のなかに埋もれた資源を発掘し、ときには開発・創出(社会資源の発掘・開発・創出)しながら、他者との対話と関係構築を積み重ねるなかで形づくられる、総体としての環境、それがソーシャルワーカーにとっての「社会」である。([3]38、43ページ)
ソーシャルワークの実践では、人びとのニーズを中心に、人びとと地域社会環境との関係を調整することが重要となる。地域で暮らす多様な人びと相互の接点(対話やかかわり)を創り出すことこそが、地域社会に、お互いさまを共感し合える互酬性と多様性、人びとの信頼関係を創出し、すべての地域住民が決して排除されることのない地域変革を推進する原動力となる。([3]74、75ページ)
ソーシャルワークの中核に据えられているのは「社会環境の改善」であり、「社会変革」(social reform)である。その社会変革を個人(ミクロ)と国家(マクロ)の関係でとらえてしまうと、その実現可能性は遠のいていく。社会変革を個人と地域(メゾ)の関係でとらえれば、その実現可能性は格段に高まる。([3]65、77、78ページ)
ソーシャルワーカーの手の届かないところにある「社会変革」を取り戻すためには、まず、地域を変えていく道筋を示す必要がある。と同時に、ソーシャルワーカーが所属する組織を変革する方途も検討していかなければならない。ソーシャルワーカーの大部分は組織人である。それゆえ、経営の方針や組織内の上下関係の論理によって、彼らが状況に対して柔軟かつ迅速に対応することが難しい場合がどうしても存在する。(そこで、ソーシャルワークについて根本的に問い、共通理解を深め、)ソーシャルワーカーは連帯しなければならない。総合的な生き物である人間尊厳を守るために。([3]78、216ページ)

「社会変革」と「個人のアイデンティティ変容」
「地域を変える」には、地域社会で暮らす一人ひとりのアイデンティティの変容が重要な契機となる。個人のアイデンティティの変容は、人びとの関係構造の変容による。つまり、人びとのかかわりの密度や質、そのリアリティが、関係構造を変容させ、一人ひとりのアイデンティティをも変化させていく。([3]80、82ページ)
個人のアイデンティティの変容、すなわち人びとの関係構造の変容を求めるためには、黙殺・無理解・不安や恐怖・排除に支配された関係性を、対話・理解・信頼・包摂にもとづく関係性へと変容させていくことが肝要である。([3]82ページ)
日本のソーシャルワークには、法や制度への行き過ぎた順応がしばしば見られる。また、法や制度だけでなく、社会環境それじたいを主体的に創造・変革していくという発想が希薄である。これらが相まって、ソーシャルワークとは何か、ソーシャルワークにおける正義とは何か、という共通理解もまた深められずにいる。これらの課題を乗り越えるためには、「社会変革」と「ソーシャルアクション」(社会的活動)の考えかたが必要となる。([3]83、84ページ)

「プラットホームの世紀」と「ソーシャルワーカー」
国や地方がさまざまな施策に細かく介入し、複雑化するニーズを一つひとつ満たしていくことには限界がある。したがって、国と地方、そして地域のそれぞれに「新たなプラットホーム」を作り直していかなければならない。([3]221ページ)
ベーシック・サーズを土台とするライフ・セキュリティによって誰もが安心して生き、暮らすという基本権が保障される。この「パブリック・プラットホーム」のうえにソーシャルワーカーの社会変革をつうじた地域の人的・制度的ネットワークという「コミュニティ・プラットホーム」が重層的に重なり合う。そうすれば、人びとの生存権も幸福追求権の双方が射程に収められることとなる。([3]221ページ)
「市場の世紀」ともいうべき20世紀は、「プラットホームの世紀」である21世紀へと大きな変貌を遂げる。その変貌の中心にソーシャルワーク/ソーシャルワーカーが存在する。([3]222ページ)

〇「地域変革」と「社会変革」の推進を図るソーシャルワーク/ソーシャルワーカーの重要なアプローチ・実践方法のひとつに、「ソーシャルアクション」がある。本稿の理解を深めるためにここで、ソーシャルアクションに関する調査報告と言説の一部を紹介しておくことにする。
〇ひとつは、日本社会福祉士養成校協会(2017年4月より日本ソーシャルワーク教育学校連盟)が2016年10月から翌年1月にかけて実施した「地域における包括的な相談支援体制を担う社会福祉士養成のあり方及び人材活用のあり方に関する調査研究事業」の<実施報告(暫定版)>(2017年3月)である。そこでは、地域包括支援センター(全数:4,729ヶ所、6,575票)と市区町村社協(全数:1,846ヶ所、2,961票)の職員を対象にした調査で、例えば「地域への働きかけ」について次のような報告がなされている。
〇「制度・施策の課題等の解決に向けて、地域住民が行政に対して働きかけを行うことを支援する」か、という質問に対して、「全く実施していない」「あまり実施していない」と答えた地域包括支援センターの職員が79.7%、市区町村社協の職員が76.2%を占めている。また、そうした支援に「対応する力量」を有しているか、という質問に対して、「全く有していない」「あまり有していない」と答えた地域包括支援センターの職員が76.4%、市区町村社協の職員が69.9%を占めている。ソーシャルワーカーによるソーシャルアクションの実践は乏しく、力量や意識は低いと言わざるを得ない。
〇また、「所属する組織の管理運営」について次のような報告がなされている。「必要な場合、組織のミッションやルールを超えた対応を行うよう、上司や同僚に働きかける」か、という質問に対して、「全く実施していない」「あまり実施していない」と答えた地域包括支援センターの職員が54.0%、市区町村社協の職員が58.0%を占めている。また、そうした働きかけに「対応する力量」を有しているか、という質問に対して、「全く有していない」「あまり有していない」と答えた地域包括支援センターの職員が55.7%、市区町村社協の職員が56.3%を占めている。前述した、ソーシャルワーカーによる「組織変革」に関して、留意しておきたい。
〇いまひとつは、高良麻子(こうら・あさこ、法政大学、社会福祉学)の『日本におけるソーシャルアクションの実践モデル―「制度からの排除」への対処―』(中央法規、2017年2月、以下[4])における言説である。高良にあっては、日本における「ソーシャルワークの方法としてのソーシャルアクションは、研究と実践ともに停滞して」おり、「ソーシャルアクションの実践方法を、日本の現状をふまえた形で示す必要がある」。そこで、社会福祉士によるソーシャルアクションの調査・分析を通して、「日本における社会変動およびニーズの多様化等をふまえたソーシャルアクションの実践モデルを構築する」([4]3ページ)ことを[4]の目的とする。
〇高良によると、ソーシャルワークにおけるソーシャルアクションとは、「生活問題やニーズの未充足の原因が社会福祉関連法制度等の社会構造の課題にあるとの認識のもと、社会的に不利な立場に置かれている人びとのニーズの充足と権利の実現を目的に、それらを可能にする法制度の創設や改廃等の社会構造の変革を目指し、国や地方自治体等の権限・権力保有者に直接働きかける一連の組織的かつ計画的活動およびその方法・技術である」([4]183ページ)。その主なモデルには「闘争モデル」と「協働モデル」の二つがある。
〇「闘争モデル」とは、「『支配と被支配』や『搾取と被搾取』といった対立構造に注目し、それによる不利益や被害等を署名、デモ、陳情、請願、訴訟などで訴え、世論を喚起しながら、集団圧力によって立法的および行政的措置等をとらせる」モデルである。約言すれば、「デモ、署名、陳情、請願、訴訟等で世論を喚起しながら集団圧力によって立法的・行政的措置を要求する」モデルである。「協働モデル」とは、「制度から排除されている人びとのニーズを充足する非営利部門サービスや既存制度が機能するしくみを開発し、そのサービスを当事者のアクション・システムへの参加を促進するしかけとしながら、これらの実績等によって、法制度の創設や関係構造の変革等を多様な主体と協働しながら進めていく」モデルである。約言すれば、「多様な主体の協働による非営利部門サービス等の開発とその制度化に向けた活動によって法制度の創造(創設)や関係等の構造の変革を目指す」モデルである。([4]184、183ページ)。
〇そして高良は言う。従来のソーシャルアクションは、「集団圧力によって社会福祉の制度やサービスの拡充・創設・改善を集中的に要求していく(闘争モデル)が主であった」。本研究の事例研究で明らかになったソーシャルアクションは、「集団の力でニーズを充足する非営利部門サービスやしくみを開発してその実績を示し、主に地方自治体の行政職員、議員、サービス提供事業主体等と協働しながら、新たな政府部門サービスやしくみを創っていく(協働モデル)が主であった」([4]139ページ)。
〇高良によってソーシャルアクションの「協働モデル」が提示されたことは、ソーシャルアクションの実践・研究において意義深い。ただ、高良は、「闘争モデルのソーシャルアクションを、社会福祉関連法に規定される組織に属するソーシャルワーカーが被雇用者として実践することは現実的ではない」([4]189ページ)と言う。そうであれば、「組織に属する被雇用者」という点で、「地域変革」と「社会変革」の実現可能性は低くなる。そのような状況を打開するためには、「協働モデル」と「闘争モデル」をいかに活用するか、両モデルをいかに併用するか。あるいは、社会的弱者主体の社会福祉運動におけるソーシャルアクションにいかに取り組むか、社会的弱者の利益や権利を擁護・代弁(アドボカシー)するソーシャルアクションにいかに取り組むか、などが問われることになる。
〇いずれにしろ、社会福祉関連法制度の「縦割り」や「制度のはざま」が解消されず、「制度からの排除」が引き起こされている今日、「闘争モデル」のソーシャルアクションを展開することはソーシャルワーカーの社会的責務である。そして、今日においてもその役割は失われていない。それは、「すべてのソーシャルワーカーが避けては通れない実践課題であり、(『地域変革』と)『社会変革』の要諦」(中島[3]79ページ)である。留意したい。
〇最後に、社会福祉士養成におけるソーシャルアクションに関して一言触れておく。これまで、社会福祉士養成課程における教育内容について、ソーシャルアクションに関する記載はなかった。2021年4月から、社会福祉士養成カリキュラムにおいて、地域共生社会に関する科目(「地域福祉と包括的支援体制」)が創設されるとともに、ソーシャルワーク機能を学ぶ科目が再構築される。すなわち、従来の「相談援助」という科目が「ソーシャルワーク」に変更される。そして、「ソーシャルワークの理論と方法(専門)」という科目で、「想定される教育内容の例」として「ソーシャルアクション」が記載されている。次の資料を参照されたい。

あなたが開き、広げる万華鏡の世界:心が躍る一冊―今中博之著『壁はいらない(心のバリアフリー)、って言われても』のワンポイントメモ―

あなたは、/壁をゼロにすることを/本当に願っていますか?/他者の喜びを/自分の喜びとしたいなら、/他者の苦しみも/自分の苦しみとしなければ/道理が合いません。/共に生きることは、/生半可なことではないのです。(16ページ)

私たちは、/他者から何かを伝えられ、/それに呼応する/言葉がなくてもいいし、/自分だけの言葉を/他者に語る必要もありません。/大きな壁の中では、私たちは、/秘密をたくさん持っていて/構わないのです。(44ページ)

誰かに「勇気をあたえたい」と思うあなたは、強者で賢者です。/だから、あなたに「ワタシを守る壁」なんて必要ありません。/私は、ワタシを守るために「仏教的なるもの」が必要でした。(188ページ)

〇筆者(阪野)は今中博之(ソーシャルデザイナー。敬称略)から、「名刺代わり」のご高著『壁はいらない(心のバリアフリー)、って言われても』(河出書房新社、2020年7月。以下[本書])のご恵贈を賜った。今中がいう「名刺代わり」とは、自らの人生を綴った自分史であり、怒りや安らぎを、その時々の心情を吐露した本でもある、という意味であろうか。また、今中は、本書は「少し毒気(どくけ)のある生き方エッセイ」であるという。誰をやり込め、傷つける「毒気」なのか。その対象は、「あなた」(「壁の中に籠りがちなあなた」「壁を壊して外に出たがるあなた」、「マジョリティのあなた」「マイノリティのあなた」、「中・高生のあなた」「大人のあなた」、しかも「見て見ぬふりをするあなた」「見ぬふりをして見るあなた」)なのか、「既成の知や制度化された知」(208ページ)なのか、あるいはもしかして今中、あなた自身なのか。
〇そんなことよりも、今中がそのような「気負い」をなくすきっかけは何だったのか。筆者は、その答えのひとつを次の一節に見出したい。「壁をコントロールできるなら、すべきだと書いてきました。無理やりにでも、意図的にそうすべきだとも書きました。でも、こうも思うのです。私は何さまだ‥‥‥自惚(うぬぼ)れるんじゃない、と。/仏教は、私に『無常』を教えてくれました。『無常』の『常』とは、『ずっとそのまま』ということです。それに『無』がつくと、『ずっとそのままは無いよ』となります。つまり『うつりかわる』ということです。うつりかわるものは、『すべてのもの』です」(183、184ページ)。「ずっとそのままは無いよ」は、「あなた」へのメッセージであり、愛娘(まなむすめ)へのそれでもある。
〇筆者は、本書を読み始めて早々に、何故か(本当に何故か)、子どものころに遊んだ摩訶不思議な世界である「万華鏡」を思い出した。3枚の鏡を組み合わせたもので、その内部に封入された対象物(オブジェクト)は次の三つである。「デザイン学・仏教学(仏教的なるもの)・社会福祉学」「デザイン(企て)・人生(生き方)・自分史(内省)」「哲学(生き方)・価値(選択基準)・思想(考え方)」。これらが、「一人ひとりで、共に」という理念・原理に基づいて「ソーシャル・イノベーション」(社会変革)をもたらす。そして、今中のほどほどでない“憤り”や“怒り”と、「仏教的なるもの」による“優しさ”や“安らぎ”を映し出す(図1参照)。今中の憤りや怒りは数知れないであろうが、筆者自身も優しさや安らぎを覚えるのは次の一節である。「愛する人を守るためには、私はワタシを守らなければならない。そのために壁の中に籠ることを肯定したい。けっして心のバリアフリーだけが幸せになる行為ではない」(217ページ)。
〇以下で、筆者が注目したい今中の言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

「壊すべき壁」と「自分を守ってくれる壁」―「障壁」と「防壁」―
そもそも壁は二つあります。それは、「壊すべき壁」と「自分を守ってくれる壁」です。壁をゼロにしたからといって共生(きょうせい)が叶うわけではありません。大きな壁に囲まれているから孤独になる? そうとも限りません。壁は壊すものばかりではなく、自分の手で積まなけれはならないものもあるのです。/大きな心の壁は、豊潤(ほうじゅん)な孤独をあたえてくれるし、沈黙の中で生きる意味、死する意味を学ぶことができます。小さな心の壁は、他者と適度な距離感をあたえ共生には欠かせない存在です。一方で、壊すべき壁を完全にフラットにするなんて不可能です、きっと。(1、2ページ)

「弱さ」の分だけ「強さ」がある―「イーブンの法則」―
私たちは、なにかしら生活に困りごとをもっています。完璧に健康な人間などいません。永遠に続く富者(ふしゃ)がいないのと同じです。つまり、弱さのない人間などいません。逆に、私たちには、強さが必ずあるということです。ただ、強さが弱さを消すわけではありません。弱さを抱えて生きるから強さが発見できるのです。/弱い自分なんて嫌いだと言わないでください。弱さがなくなれば、あなたの強さもなくなります。それが、イーブンの法則というものです。/アトリエ インカーブ(知的に障がいのあるアーティストとデザイナーであるスタッフが協働する公的なデザイン事務所)のアーティストたちと20年近く暮らしてきて、この法則、案外当たります。(3、26ページ)

共に寄り添う前に、一人でいることを肯定する―「一人ひとりで、共に」―
当事者研究のスローガンの中に「一人ひとりで、共に」という言葉あるんです。「一人ひとり」は「壁を作りましょう」という意味で、「共に」という言葉はそれと矛盾するようですけど、「壁に籠っている人同士でやりとりをしましょう」という、そういう両価的なメッセージです。(熊谷晋一郎)/異なる価値観をもつ人々が共に生きるには、個々に壁を立てながらもつながっていく態度が必要ですね。壁に籠りながらも、つながりをもつ。/誰一人同じ価値観をもつ人はいません。それでも共に生きる。「一人ひとりで、共に」は、これからの共生社会の原理ではないでしょうか。(135、136、157~158ページ)

〇今中がいう重要な言葉や言説のひとつに、「観点変更」がある。「ヒトもモノもコトも、見る角度によって、美しくも、醜くも、優しくも、冷たくもなることを知った。少なくともアトリエ インカーブのアーティストに出会うまでは、私の見る角度は既成概念という鎖で固定されていた。/鎖がからだから溶け出してからは、ヒトもモノもコトも、見る角度や高さを少しずつコントロールすることができるようになってきた。私はそれを『観点変更』と呼ぶ」(今中博之『観点変更―なぜ、アトリエ インカーブは生まれたか―』創元社、2009年9月、273ページ)。これがそれである。本書を読んで「観点変更」について改めて認識したとき(28ページ)、何故か(本当に何故か)、秋竜山の「福祉マンガ」の次の4コマ漫画を思い出した(秋竜山『福祉マンガNo.2 みんないいひと みんないいこと』相模原市社協、1985年3月、48~49ページ。図2参照)。多言を要しないであろう(含蓄のある作品である)。
〇いまひとつ留意すべき今中の言葉(作法)に、「閉じながら開く」がある。今中はこう説明する。困っている人の存在やその人の悩みを「知って欲しい」と思う人が、多すぎる。その人たちは「いいひと」であり、悪意のない善意の持ち主である(89ページ)。しかし、「開きっぱなしだと害虫が侵入し(疲弊する)、閉じっぱなしだとカビ臭くなる(脆弱になる)」。そこで、「壁の中に籠りながら、時が来たら壁の上から顔を出す」(91ページ)。それが「閉じながら開く」である、という。前述の万華鏡は、そのオブジェクト(今中の思考の枠組み)によって、固定概念を覆(くつがえ)す新しい世界(壁のなかで繰り広げられる世界)をそのウチに開く。そして、ひと工夫加えることによって、万華鏡は外の景色を取り込み、ソトの世界を無限に広げるのである(本稿のタイトルの意味はここにある)。
〇例によって我田引水のそしりを免(まぬが)れないが、今中の言説から、「市民福祉教育」にかかわるであろう一節を抜き出すと、例えば次のようなものがある。「マジョリティ(多数派)には、(きっと)悪意はありません。ただ、悪意のない善意ほどややこしいものはない」(21ページ)。「多様性はややこしいのです。/初めて見る規格外は恐怖です。でも、それが多様性です。/もし、あなたが、つまずくことを躊躇するなら、多様性のある社会を実現したいなんて言ってはダメです。つまづくことを覚悟するしか、多様性のある社会は実現できないのですから」(108ページ)。「私たちは、見えない障壁に囲まれて生活しているようなものです。一見、自由が保障されているようで、その実、コントロールされています。/障壁は強く強靭(きょうじん)です。抵抗しても、歯が立ちそうにない」(165ページ)。
〇これらの「ややこしさ」について、文部科学省が2020年度からその充実を図るという「心のバリアフリー」教育は、どのように認識しているのか。市民福祉教育はどのように向き合い、どのような事業・活動や運動を展開しようとしているのか。(敗戦後の混迷期のように)政治・経済・社会のすべてが「劣化」した日本のいまの在り様は、それらの教育実践の拠り所である(新しい)「哲学・価値・思想」の必要性について強く迫っている。今中の本書は、それに応えてくれる一冊でもある。

付記
「アトリエ インカーブ」と今中博之、神谷梢の言説については、<雑感>(73)/2019年1月28日/本文、(95)/2019年9月19日/本文、(112)/2020年7月8日/本文、を参照されたい。