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1%から始まる住民主導の内発的まちづくり―主体者意識に基づく「話し合い」と「学び合い」、そして「地域経営」―

4月下旬、群馬県の伊香保温泉と竹久夢二の記念館、そして栃木県足利市のフラワーパークへの一泊旅行を楽しんだ。/記念館では、夢二の多彩な作品に流れる静寂な空気、100年以上も前のオルゴールが奏でる繊細な音、その世界に没入した。窓の向こうでは、小雨が降る木々のなかで、姿をみせないウグイスが美しくさえずっていた。気がつけば、私は一幅の絵のなかにいた。記念館は、まさに美と癒し、大正ロマンの森であった。/翌日訪れたフラワーパークの藤の花は、ただ一言、圧巻であった。しばらく私は、花と香りの世界を飛翔した。/帰宅すると、注文していた本が届いていた。3年ほど前からの日常の一コマがまた、ぎこちなく回り始めた。

〇「みんなが1%、生き方を変えれば、僕たちの社会も変わっていく。」「100%と比べればほんのわずかな1%が、実は無限大の力を持っている可能性がある。」(鎌田實『1%の力』河出書房新社、2014年9月、9ページ)
▽地域で「事を起こす」にはまず、一人の「1%」が必要である。その一人の「もう1%」、そして「みんなの1%」が積み重ねられることによって、「100%」になる。ときには「100%」を超える。そこに「事が成る」。

〇「住民はまちの主役であっても、まちづくりに関しては素人なのです。」「地域の人たちから必要とされなくなること―それが最終目標なのです。」(山崎亮『ふるさとを元気にする仕事』筑摩書房、2015年11月、171、193ページ)
▽まちづくりはその素人が、いかにしてまちづくりの主体者意識を持ち、知識や技術を習得し活用するかにかかっている。そこに、「コミュニティデザイン」(まちづくりのための手法)のあり方や「コミュニティデザイナー」(専門家)の役割が問われる(注①)。

〇「地域の自立的な総合的発展を目指すためには、各地域が、ビジョンや地域の経営戦略を持って、地域の経営に取り組んでいくことが必要である。」「地域の経営は、地域の発展のために行われる運動であり、協働、連携、マネジメントがキーワードとなる。」(海野進『地域を経営する―ガバメント、ガバナンスからマネジメントへ―』同友館、2009年4月、7、10ページ)
▽地域経営主体(市民、企業、地方自治体など)が連携・協働して「地域の経営」の活動や運動を展開することによって、地域にイノベーション(革新)を起こし、地域の持続可能な発展を促すことができる。

住民主体のまちづくりの実践例のひとつに、鳥取県智頭町と長野県飯田市の取り組みがある。智頭町は、面積の90%以上を山林が占めるという典型的な中山間過疎地域であり、キャッチフレーズは「みどりの風が吹く“疎開”のまち」である。2016年2月1日現在の人口は7,498人、世帯数は2,736世帯、高齢化率は37.6%を数える。飯田市は、人口10万人規模の典型的な地方都市であり、「りんご並木と人形劇のまち」としても知られる。2016年4月末現在の人口は103,762人、世帯数は39,740世帯、高齢化率は30.7%を数える。
智頭町の取り組みは、稀有(けう)な挑戦的実践者と評しうる寺谷篤志(元郵便局長)の「1%」から始まる。そこでは、まちづくり実践の理論化(「思考のデザイン」)の視点である「地域経営」と、地域課題を解決するための実践的な手法である「四面会議システム」(合意形成システム)が注目される。また、「自分をつくる」「まちをつくる」ための学習の場である「杉下村(さんかそん)塾」(1年一回2泊3日×10年)や「耕読(こうどく)会」(40回×10年)の開講、無から有を生み出す、住民主導による地域活性化運動としての「日本・ゼロ分のイチ村おこし運動」(注②)の展開などが特筆される。それらの概要は、寺谷篤志・平塚伸治著/鹿野和彦編著『「地方創生」から「地域経営」へ―まちづくりに求められる思考のデザイン―』(仕事と暮らしの研究所、2015年3月)に纏められている。
飯田市の取り組みは、飯田という10万人規模の地方都市の住民と行政、そして地元企業などのそれぞれの「1%」が織りなす、多様で重層的なネットワークのもとに展開されている。そこでは、まちづくりを担う地域住民や行政職員、地域組織・団体などが「当事者意識」(「主体者意識」)を持ち、対等な立場で「円卓」を囲み、地域のことを語り合い、学び合いながら一緒に「事を進める」という「円卓の地域主義」(roundtable regionalism)が注目される。それは、人口減少・少子化・高齢化・地方消滅などの右肩下がりの時代であっても持続可能な地域は実現できるという、現市長・牧野光朗の信念や市政経営の考え方である。また、牧野は、21世紀の地域づくりは想像力と創造性を巡らせて人の感性に訴えるものであるべきである、という(「デザイン思考的アプローチによる地域づくり」)。それらの理念と具体的な取り組みについては、牧野光朗編著『円卓の地域主義―共創の場づくりから生まれる善い地域とは―』(事業構想大学院大学出版部、2016年2月)に纏められている。
以下に、二冊の本のなかから、注目したい(される)論点や言説のいくつかを紹介することにする。

(1) 寺谷篤志・平塚伸治著/鹿野和彦編著『「地方創生」から「地域経営」へ―まちづくりに求められる思考のデザイン―』仕事と暮らしの研究所、2015年3月
▼地域づくりに求められる「マネジメント」「地域経営」の視点
〇地域社会の「真ん中」に立ち、主体的に地域づくりに参画していく(ためには、中略)自分の中に「よりよく生きたい」というエネルギー、あるいは「このままではだめだ」という危機感が必要になる。そして、そうしたエネルギーや危機意識を引き出すために必要な作業が「学び」であり、「考える」という行為である。それも、どのような視点で物事を見るべきなのか、鳥の眼(全体を俯瞰する)、虫の眼(現場目線)、魚の眼(過去・現在・未来を考える)を駆使して物事の本質を見る眼を養う必要があるだろう。(鹿野、22~24ページ)

〇地域は一人で成り立っているものではない。地域社会を変えるためには、他者から共感を持ってもらい、共に実践してもらうための仕掛けが必要になる。具体的には、他者と共通認識を持つためにコミュニケーション能力や、他者の意欲を喚起するためのプレゼンテーション能力が必要であり、他者と共通の場を作るための仕組みを構築する必要がある。(鹿野、24ページ)

〇地域づくりにおいても、企業が事業を推進するときと同様のマネジメント手法が必要である。(中略)企業マネジメントの基本に目標管理の手法があるが、地域づくりにおいても、目標(地域の課題)を設定(発見)し、それを達成するための計画立案(Plan)―実行(Do)―検証(Check)―改善(Action)を繰り返す仕組みを導入する必要がある。(中略)地域づくりを推進するためには(中略)、「地域マネジメント」「地域経営」の思想とシステムが必要である。(鹿野、24~25ページ)

▼地域経営=地域+ヒト+資源+新視点+技術力+起業家精神+イノベーション力
〇地域経営はヒト、文化、産業、素材、その他、地域に賦存(ふそん)するあらゆる資源の価値を発掘し、総付加価値を引き出す社会的イノベーションと捉えるべきであろう。特にヒトはイノベーションを起こす当事者にもなりえる知識・アイデアとチャレンジ精神を持った人材(財)になりえる一番大切な地域資源である。そのような人材(財)を発見し、育てる息の長い地域共育がその鍵を握っているはずだ。(寺谷、40ページ)

〇地域社会の経営の主宰者は、当然ながらその地に住む住民である。はたして地域の経営者となるべき市民(住民)は、地域の姿を決める重大な問題である地域経営をいつまでも他人事にしておくのか。詰まる所、地域経営の当事者として、お互いが相互にそこに存在する意義が問われなければならない。(中略)
地域経営を身近に引き寄せて言えば、地域における企業経営であり、組織経営であり、集落経営であり、自己経営である。それを我が事として捉え関わる当事者意識が問題となる。具体的に平たい言葉でいえば、地域経営は、その地域、ヒト、資源、新しい視点、技術力、起業家精神、それによるイノベーション力となろう。(寺谷、41ページ)

(2) 牧野光朗著『円卓の地域主義―共創の場づくりから生まれる善い地域とは―』事業構想大学院大学出版部、2016年2月
▼飯田型まちづくりのルール
〇飯田型まちづくりはシンプルなあるルールによって成り立っている(中略)。それは、円卓から始まる共創の場づくりである。(稲葉、82ページ)

▼住民の「当事者意識」と「円卓」
〇ラウンドテーブル(円卓)には意味がある。ここが上座という意識はなく、誰が偉いということでもない。貴賤の差別なくみんなが対等に話し合いをするということだ。ときには専門家にアドバイスを求め、みんなで智恵を出し合い、折り合いをつけながらまちの価値を高めていく。このような行為を私は共創と呼んでいる。共創の場、共創の時間は、共創の志から生じるものであり、その志の源泉は自分たちのことは自分たちでという当事者意識にある。(牧野、159ページ)

〇これまで、職員を含む地域の人々に当事者意識を持って事に取り組んでもらおうと円卓の整備を進めてきた。数々の深化と実践を経て、やっとのことで円卓が自生するようになってきた。議論の場をつくり、当事者意識をもった人々が円卓を囲む。まずは何をするにも円卓の整備を第一に意識してやってきた。そうしたスタイルを人々が知らぬ間に体得し実践をするようになったのだ。
それだけではない。規範や体裁に囚われず、自らの頭で考え行動に移す人が増えてきた。円卓が深化をしてそれぞれの価値を創造するようになった。共創の場が実現したのである。周囲の変化の中でも、とりわけ職員の成長は目を見張るものがあった。(稲葉、137ページ)

〇「円卓の地域主義」は、地域が当事者意識を強く持ってボトムアップで右肩下がりの時代に対応しようとする考え方であり、(中略)自分たちの地域の将来に希望を見出し、自主自発の取り組みを行うための触媒としての機能を発揮するものである。(中略)ボトムアップの社会の構築には、相当の期間が必要である。「円卓の地域主義」とは、国からのトップダウンのやり方や指令で行われるものではない。各地域それぞれが、それぞれの方法で自ら時間をかけて獲得していくものと考えている。(牧野、163ページ)

▼「地育力」による人づくり
〇こうした市民の変化は、丁寧に円卓を整備し深化させていった結果とも言えるが、これまで飯田が行ってきた人材育成の大きな成果とも言える。(中略)飯田では、進学・就職等で一度地域を離れても、将来的に飯田に帰ってきて地域を担う人材として活躍してもらう「人材サイクル」を構築しようとしている。①帰ってきて働くことのできる「産業」をつくり、②帰ってきたいと考えるような「人」を育み、③帰ってくることのできる環境・「まち」をつくる、この3つくりが「人材サイクル」構築の大きな柱である。(稲葉、140ページ)

〇地育力とは、自然や文化、歴史や産業など豊かな飯田の資源を活かして、飯田の価値と独自性に自信と誇りを持つ人を育む力である。こうした力を、行政や教育従事者だけでなく地域一丸となって育んでいこうとしている。地育力による人づくりの実践は多岐にわたる。(中略)公民館活動もその典型であるし、(中略)飯田の市民が小学生から大学生に至るまで、場合によっては大人になっても、地育力による教育を受けることができるようになっている。それらは地域の外側にも開かれている。(中略)外からやってきた人に飯田に触れてもらい、知ってもらう。地域のブランディング(ブランド化:阪野)につながる。市民は来訪者を通して外から見た飯田に向き合い、誇りと自信を獲得していく。(稲葉、140~143ページ)

「超少子高齢・人口減少・多死社会」や「地方消滅」「地方創生」などが叫ばれ、政治の右傾化と経済・社会的課題の深刻化が続いている。そういうなかで、地域の持続可能な発展を実現するために、地域住民や地元企業、行政などの多様な地域経営主体がいかにして主体者意識(当事者意識)と主体者能力(当事者能力)を持ち、連携・協働(共働)するか。そして、自立的かつ自律的な「地域経営」(regional management)の進展を図るか、が厳しく問われている。その際の地域経営の主体化(意識と態度・行動の育成と変革)の取り組みは、地域住民の個人的レベルにとどまらず、組織・団体や地域全体のレベルでのそれが必要かつ重要となる。すなわち、単に地域経営の意識や能力を持った人材を育成・確保し、地域に配置するだけでなく、地域全体としての地域経営の仕組みを構築し、その仕組みによる地域・住民の運動を戦略的・計画的に展開することが肝要となる。そのために必要不可欠なのは、多様で多層な地域経営主体の地域内外にわたる相互交流と情報共有、「話し合い」と「学び合い」であり、それに基づく豊かな知識と確かな技術、地域に対する熱い思いである。そして、それらの根底をなす理念は、「1%」から始まる一人ひとりの住民の「満足」と「楽しさ」、すなわち「しあわせ」である。本稿で言いたいのは以上の点である。


① コミュニティデザインの活動のノウハウを仕事術というかたちで纏めたものに、山崎亮+studio-L『山崎亮とstudio-Lが作った問題解決ノート』(アスコム、2015年12月)がある。
②「日本ゼロ分のイチ村おこし運動」は、日本の典型的な中山間過疎地域である鳥取県智頭町で、1997年度から行われている住民運動である。これは、最小コミュニティ単位である「集落」ごとに、(10年後の:阪野)集落ビジョンを描きそれを実現しようとするものである。ビジョンを描き、智恵やお金を出すのは住民であり、行政は脇役としてサポートするにとどまっている。すなわち、住民主導による徹底したボトムアップの運動である。
ゼロイチ運動は、「0から1、つまり、無から有への第一歩こそ村おこしの精神」との理念から名付けられた。この運動は、「村の誇り(宝)の創造」を目的としており、地域経営(生活や地域文化の再評価を行い、村の付加価値をつける)、交流(村の誇りをつくるために、意図的に外の社会と交流を行う)、住民自治(自分たちが主役になって、自らの第一歩によって村を起こす)という3本の柱がある。(中略)そこには、保守性・閉鎖性・有力者支配という旧来からの地域体質を打破しようという意図が込められている。(杉万俊夫『鳥取県智頭町「日本ゼロ分のイチ村おこし運動」―住民自治システムの内発的創造―』総合研究開発機構、2007年6月、要約、1ページ)
「ゼロ分のイチ」とは、(中略)岡田憲夫(京都大学名誉教授)が考案した標語であり、無から最初のイチを創出すること、すなわち、無限の跳躍を意味している。(高尾知憲・杉万俊夫「住民自治を育む過疎地域活性化運動の10 年―鳥取県智頭町「日本・ゼロ分のイチ村おこし運動」―」『集団力学』第27巻、集団力学研究所、2010年7月、79ページ)
「物言わぬ住民」を好む行政も、「物言わぬ住民と行政の間で利害をとりもつ」ことを存在価値とする町会議員も、ゼロイチ運動の企画を何とか握りつぶそうと最後まで抵抗した。ゼロイチ運動は、「物言わぬ住民」を「物言う住民」に転換する運動だからだ。(高尾知憲・杉万俊夫「同上論文」80ページ)

地方消滅×東京消滅×地方移住:若者を吸い込み、高齢者を吐き出す“都市”―相川俊英著『奇跡の村』の読後メモ―

896の自治体(全体の49.8%)が消滅しかねない‥‥‥。「地方消滅」という言葉を見聞きするようになって久しい(増田寛也編著『地方消滅―東京一極集中が招く人口急減―』中央公論新社、2014年8月)。次いで、「東京消滅」である。東京圏では75歳以上の高齢者が約175万人増加し、介護施設を奪いあう事態になりかねない‥‥‥(増田寛也編著『東京消滅―介護破綻と地方移住―』中央公論新社、2015年12月)。これらの言説は、“上から”目線のそれであり、地域・住民の社会・生活不安を煽(あお)り立てている。そこに登場するのが、これまた“上から”の「地方創生」である。その目玉策のひとつが「地方移住」、そのとどのつまりは“カネ”(交付金・補助金等)である。
いま、全国各地の自治体で、移住の促進策や移住者への優遇策が推進・展開されている。かつて地方から若者を吸い込んだ都市が、国策や補助金行政によって、高齢者になった彼らを地方に吐き出すのである(都市に住む80歳代の作家の、またぞろ人間性が疑われる発言「高齢者は『適当な時に死ぬ義務』がある」を思い出す)。

過日、ぶらっと立ち寄った本屋で、ジャーナリストの相川俊英が書いた『奇跡の村―地方は「人」で再生する―』(集英社、2015年10月。以下、「本書」)が目に留まり、購入した。本のサブタイトルに首肯するからである。その本は、地方の小さな書店ゆえにか、「平積み」でも「面陳列」でもなく、「棚差し」であった。ひとつの現実である。
本書では、地域特性を生かした独創的な、しかも住民主体による地域活性化策の事例が紹介されている。(1)「国内指折りの高出生率を記録した」長野県下條(しもじょう)村、(2)「消滅可能性都市」ランキングワースト1位と名指しされた群馬県南牧(なんもく)村、そして(3)「アートの棲(す)むまち」と称された神奈川県の旧・藤野町(ふじのまち/現・相模原市緑区の一部)の3地域の取り組みがそれである。
(1)の最大の功労者は、「カリスマ村長」の伊藤喜平である。伊藤は、役場職員と住民の意識改革を図り、行政と住民との役割分担による協働を推し進め、「奇跡の村」をつくりあげた。(2)で奮闘するメンバーは、村の実情を熟知し、その将来に不安を抱いていた30代、40代の若手自営業者である。彼らは、地域活性化活動に特化した組織をつくり、行政と連携・協力して、移住者誘致や交流拡大などの事業・活動に取り組んだ。(3)で特筆されるのは、住民派女性議員の草分け的存在であった三宅節子と異色の役場職員であった中村賢一である。旧・藤野町は、文化芸術による地域活性化を図るが、三宅や中村のような「人と人をつなぐ人」「人と人をつなぐ人たちをさらに結び付ける人物」(217ページ)の存在が大きかった。
3地域の活性化策の具体的な内容は本書に譲るとして、ここでは、唐突ながら「天地人」と「ヒト」の重要性に留意しておきたい。「天の時」を知り、「地の利」を活かし、「人の和」を作れる「ヒト」の存在である。本書で相川が主張する(結論づける)のは次の一節である。

「地方創生」の主役は国ではなく地方である。それも地方自治体ではなく、一人一人の住民である。地域住民が動き出すことで初めて、真の地方創生が実現できると考える。いや、地域住民が動き出さない限り真の地方創生などあり得ない。地方創生を導くキーワードは「ひと」「地域」「つながり」「環境」「自給」「共存」「多様性」「楽しむ」といったところではないか。疲弊した地方の再生に今、最も必要なものは、大きな何ものかに安易に依存せず、できるだけ地域(自分たち)で自立を図ろうという意欲と覚悟、そして実際の行動である。(220ページ)

「奇跡の村」は、一人の卓越した政治家や行政職員によってつくりあげられた(られる)ものではない(本書では特定の「ヒト」に焦点をあてた叙述がなされている)。「奇跡」や「卓越」という言葉には、危うさがつきまとう。いま問われるのは、「奇跡」の村がどこにでもある「当たり前」の村になり、その村(地域・社会)を支える多様な住民をいかに育成・確保しネットワーク化を図るか、である。その取り組み(住民主体形成)は、内発的で自律的、計画的で継続的なものでなければならない。筆者(阪野)が本稿で言いたいのはこのことである。

「静」と「動」:思い出すことども

地域やそこでの暮らしは、時空のなかで「静」と「動」を行ったり来たりする。それも「内発」と「外発」によってである。

これは、筆者(阪野)が四半世紀も前に群馬県のN村で地域福祉(活動)計画の策定にかかわったときの最初の想いである。そこで出会ったのは、骨も凍るほどの孤独に生きる一人の高齢者であり、古くからの湯治場で激しく生きる一人の視覚障がい者であった。鮮烈に覚えている。
いまになってこんなことを思い出すのは、先月、富山市から帰宅後に1週間ほど病床に伏していたとき、宮嶋淳・ほか『地方都市「消滅」を乗り越える!―岐阜県山県市からの提言―』(中央法規、2016年2月)や渡辺利夫『放哉と山頭火―死を生きる―』(筑摩書房、2015年8月)などを読んだからであろうか。前者は、流行語である「消滅」を前提にし、それを「乗り越える」ための“大学人”による実践事例研究(「提言」)の本なのであろう。その読後に、N村の歴史と風土、人々の暮らしと営みを、新しい概念であった「福祉文化」の一言(ひとこと)で纏めあげようとしたこと。それは、その用語の表層を撫(な)でるばかりであったこと。そして、吉本哲郎が言う「土」と「風」の地元学についてその理解と実践が一面的で浅薄であったこと、などを思い出した。汗顔の至りである。
後者についてはたまたま、2月6日に木曽福島に蕎麦を食べに行ったとき、山頭火を思い出したことによる。周知の通り、尾崎放哉(おざきほうさい:1885年~1926年)と種田山頭火(たねださんとうか:1882年~1940年)は、自由律俳句に異才を放った俳人として著名である。「轉轉漂泊」(てんてんひょうはく)の放哉と「放浪行乞」(ほうろうぎょうこつ)の山頭火の作風は、「静」の放哉、「動」の山頭火、と対照的に評されることがある。そういうなかで、二人の生きざまに通底するのは、自己破壊による深い孤独や内界の苦悩との激しい“闘い”そのものであったろう。それは、放哉にあっては東京帝国大学(1905年9月)への入学、山頭火にあっては母親の自殺(1892年3月)で始まったのであろうか。
代表的な一句に、放哉の「咳をしても一人」。寂しい限りである。山頭火の「分け入つても分け入つても青い山」。戸惑いや孤独を想う。それ故にか、豊かな自然(この世のあらゆるモノ)との共生(共存や融和)を願う。

まちづくりに肝要なのは、「土の人」の内界に思いを致し、その思考や感情に寄り添い、「静」から「動」を引き起こすことである。この拙稿で問いたいのは、まちづくりにかかわる「風の人」の、そのための立ち位置や姿勢についてである。

「自然と人間の結び合い」としての日本的共同体:多層性と精神性―内山節著『共同体の基礎理論』を読み返す―

2月6日、筆者(阪野)は、盟友のひとりであり本ブログの熱心な読者でもあるY氏の誘いを受けて、蕎麦を食べに長野県の木曽福島に出かけた。評判通りの絶品であり、蕎麦好きの筆者にとっては大満足であった。あいにく雲がかかって御嶽山を眺望することはかなわなかったが、木曽馬の里まで車を走らせ、高山市を経由して帰宅するという、贅沢な一日を過ごすことができた。
「木曾路はすべて山の中である」(島崎藤村)ことに納得しながら、Y氏が運転する車はいくつかの峠を越え、奥深い山間(やまあい)の集落を通り抜けた。その集落(共同体)は、自然の懐に抱かれた時空の静寂と安寧のなかにあった。そう感じたのは、いまだに肩の力が抜けず、ギスギスしたいくつものコミュニティで暮らしてきた(いる)自分。命を輝かせて「自然とともに」生きることなど到底できないと思い込んでいる自分がいた(いる)からであろう。しかも、Y氏が運転する座り心地のいい車のシートに身を沈め、流れ去る景色を漫然と眺めていたからでもあろうか。(「捨てきれない荷物のおもさまへうしろ」種田山頭火)。
帰宅すると、注文していた本(ブックレット)が届いていた。哲学者内山節(うちやま・たかし)の『主権はどこにあるのか―変革の時代と「我らが世界」の共創』(農山漁村文化協会、2014年7月)がそれである。その晩のうちに、一気に読んでしまった。内山は、混沌と分裂の時代にあるこんにち、国家の運営に依存しない世界、多様性や多層性をもった結び合いの世界(「我らが世界」)をいかに創るかが問われている。その「主権」は、私や国家や地域にあるのではなく、「関係性のなかにある」、という。次の言説に留意しておきたい。

▽「国家か、地域か」を超えて「結び合い」のなかに生きる世界を創る
地方分権とか地域主権、地域づくりという言葉を使うときに、権限を国が持つのか地方が持つのかという議論がよく起きる。地方がもっと自主性を持ってやっていけるようにするのは大事だと思うが、国か地方かという発想自体がもう古いのではないか。
私は、国は信頼するに足らないものだということがこれからより明確になっていく時代だろうと思う。その国に依存していては駄目だが、国の対極にあるのは地域とか地方ではなくて、あくまで結び合いとしてのローカリズム、どういう結び合いのなかに我々の生きる世界を創るのかということである。それは地域としての結び合いもあるが、外部の人たちとの結び合いもある。結び合いがあるから地域も成り立っている。そういう形をこれからはつくっていかなければならない。国か地域かという二分法ではない。(41ページ)

▽主権は「私」にあるのではなく「関係性」のなかにある
「地域主権」という言葉は、この間「地方分権」とともにずいぶん使われてきたが、その主権はどこに存在するのか。(中略)
人間が主権者であるという欧米近代のとらえ方それ自体に欠陥があったのではないかという気がしている。(中略)
農業の場合も私に主権があるのではなく、自然との関係のなかに主権がある。あるいはいままでの歴史を積み上げてくれた先祖である死者たちとの関係のなかに主権があるし、消費者と結ばれていれば、そういう人たちとの関係のなかに主権がある。このように主権は実は関係のなかにあるのに、「主権は私にある」という何か大きな錯覚をしてしまったのではないか。
主権は結び合いのなかにある、あるいは関係性のなかにある。そういうとらえ方をしていく必要があるのではないかと思い始めている。本当の主権は私のところにはない、関係性のなかにある。関係の積み上がったものを風土と呼ぶならば、主権は風土のなかにあると言ってもよい。
このように関係のなかにある主権を風土主権と呼んでもいいかもしれないし、ローカリズム主権という言い方をしてもいい。
かかわり合いが「我らが世界」を創っていく、そこに主権があるという展望を持ちながら、変革の時代を生きていきたい。(43~44ページ)

4日後の2月10日には、自分が運転する車で富山市に行った。日本で一番標高が高い松ノ木峠パーキングエリアでひと休みし、10キロを超える飛騨トンネルをくぐり抜け、世界遺産の白川郷を眼下に望みながらの、およそ3時間のドライブであった。高速道路から見えるいくつかの集落は、深く静かな雪のなかにあった。それは、久しぶりに見る美しい風景であったが、険しい地形や豪雪という厳しい自然と対峙しながら生き抜く集落とそこに暮らす人々について思いを巡らした。そして、「自然と共生する、穏やかで豊かな暮らし」などとは軽々にはいえないと思った。脳裏に浮かんだのは「限界」や「消滅」という言葉であり、また『農山村は消滅しない』(岩波新書、2014年12月)という小田切徳美(明治大学)の言説であった。翌11日には同じ道を帰ったが、遠目ながらあちこちのスキー場は若者であふれ、元気で賑(にぎ)やかなようであった。
帰宅後、内山の『共同体の基礎理論―自然と人間の基層から』(農山漁村文化協会、2010年3月)を読み返すことにした。周知のように、本書では、マッキーヴァー(Robert Morrison MacIver、1982年~1970年)のコミュニティ論や大塚久雄(1907年~1996年)の『共同体の基礎理論―経済史総論講義案』(岩波書店、1955年7月)などとは異なり、伝統と風土に支えられた「共同体」論が展開されている。その特色のひとつは、内山自身の群馬県上野村での生活経験から、「自然と人間が結び、人間が共有世界をもって生きていた精神」(32ページ)に共同体の本質を見出していることにある。すなわち、日本の共同体の基盤や特徴は、「コミュニティとアソシエーション」(注1)や「エリア型コミュニティとテーマ型コミュニティ」などといった、共同体の「かたち」や「機能」にあるのではない。「自然と人間」「生と死」が一体化した関係性(「つながり」)のなかで、その時代を、その地域の人々といかにして「ともに生きる」かという「精神」こそにある、と内山は説いている。以下に、内山の重要な言説のいくつかを記しておくことにする。

▽共同体は小さな共同体が積み重なる「多層的共同体」である
地域共同体とは何なのであろうか。地域というひとつのものにすべてのメンバーが統合されていると考える地域共同体論は正しいのだろうか。(中略)
私は共同体は二重概念だと考えている。小さな共同体がたくさんある状態が、また共同体だということである。ひとつひとつの小さな共同体も共同体だし、それらが積み重なった状態がまた共同体だとでもいえばよいのだろうか。このような共同体を私は多層的共同体と名づける。共同体のなかに、小さな共同体が多層的に積み重なっている、多層的共同体とは、そんな共同体のことである。(76~77ページ)

▽共同体は人々がともに生きる「小宇宙」である
日本の共同体は自然と人間の共同体として、生の世界と死の世界を統合した共同体として、さらに自然信仰、神仏信仰と一体化された共同体として形成されていた。ここには進歩よりも永遠の循環を大事にする精神があり、合理的な理解よりも非合理的な諒解に納得する精神があった。人々は共同体とともに生きる個人であり、共同体にこそ自分たちの生きる「小宇宙」があると感じていた。(16ページ)

▽共同体の基層には自然と人間が結ぶ「精神」がある
自然と人間が結び、人間が共有世界をもって生きていた精神が、共同体の古層には存在している。それが共同体の基層であり、この基層を土台にして時代に応じた、地域に応じた共同体のかたちがつくられる。ゆえに共同体が壊されていくというとき、その意味は、自然と人間が結び人間たちが共有世界を守りながら生きる精神が壊されていくことを意味するのである。(中略)共同体はその「かたち」に本質を求めるものではなく、その「精神」に本質をみいだす対象である。(32ページ)

▽共同体の「精神」の本質は「ともに生きる世界があると感じられること」である
私たちがつくれるものは小さな共同体である。その共同体のなかには強い結びつきをもっているものも、ゆるやかなものもあるだろう。明確な課題をもっているものも、結びつきを大事にしているだけのものもあっていい。その中身を問う必要はないし、生まれたり、壊れたりするものがあってもかまわない。ただしそれを共同体と呼ぶにはひとつの条件があることは確かである。それはそこに、ともに生きる世界があると感じられることだ。だから単なる利害の結びつきは共同体にはならない。群れてはいても、ともに生きようとは感じられない世界は共同体ではないだろう。
課題は、ここにともに生きる世界があると感じられる小さな共同体をいかに積み重ねていくか、なのである。それが積み上がっていけば、小さな共同体同士の連携もまた形成されていくだろう。ここに共同体があると感じられる時空も生まれていくだろう。
ひとつのものにすべてが結合されている状態という古い共同体のイメージは一掃されなければならない。それは歴史的にみても、適切な認識ではない。(168~169ページ)

筆者はこれまで、関東や東海、北陸のいくつかの自治体や社会福祉協議会において、福祉のまちづくりやそのための計画策定、その主体形成を図る福祉教育実践などに関わってきた。その際、必ずしも十分とはいえないものの、市町村レベルの共同体のみならず、そのなかの集落や地区といった地域共同体の自然をはじめ歴史や文化、伝統、慣習などにも関心を払ってきた。また、「地域福祉」の推進や「まち」の再生を図るためには、科学的根拠に基づく「制度」や「システム」の変革や創造のみならず、住民意識の醸成や改革などが必要かつ重要である、と考えてきた。この点に関して内山は、「システムを変えれば世のなかはよくなる」という発想ではなく、「生きる世界の再創造を通してシステムの変革を求める」という考え方が肝要である(166ページ)、という。すなわち、内山にあっては、共同体の基層には自然と人間が結ぶ「精神」がある。その「精神」は「ともに生きる」という意識であり、それがその共同体(地域や住民)のなかでどれだけ醸成され共有されているかが重要になる。その土壌(基盤)があってこそ、その共同体に合った、その共同体ならではのシステムの導入や変更が可能となる。そして、「生きる世界の再創造」が図られる。内山の言説から改めて再認識したことのひとつである(注2)。


(1) 内山の共同体論と欧米の古典的なそれとの違いを知るために、テンニース(ドイツ)とマッキーヴァー(アメリカ)のコミュニティ論に関する内山の説述を紹介しておくことにする。

共同体についての古典的な本としては、テンニェス(F.Tönnies)の『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887年)がある。ゲマインシャフトは一般に共同体と訳されることが多いが、地縁、血縁などで結ばれた有機体を指している。対してゲゼルシャフトは利害関係や目的意識などでつくられた人間の社会を意味しており、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行が歴史の発展としてとらえられていた。それは近代形成過程の理論だったといってもよい。
このゲマインシャフトとゲゼルシャフトの関係をコミュニティとアソシエーションの関係として考察した、これも古典的な本に、マッキーヴァー(R.M.MacIver)の『コミュニティ』(1917年)がある。ただしテンニェスとマッキーヴァーとでは内容は大きく異なっている。マッキーヴァーにとってコミュニティとは共同的な生活が営まれている場であり、社会のあり方や文化などが共有されている結合体である。そしてその内部にはさまざまなアソシエーションが内包されている。アソシエーションはある目的を実現するための組織とでも述べておけばよいのだろうか。(78ページ)
 
マッキーヴァーのコミュニティのとらえ方は、コミュニティの内部に共同の関心を追求する組織体=アソシエーションが多様に存在しているというものである。テンニェスのようなゲマインシャフト(コミュニティ)からゲゼルシャフト(アソシエーション)へ、というような位置づけではない。とすると今日の日本でしばしば語られている「コミュニティが必要だ」という議論のなかで用いられている「コミュニティ」とは、むしろマッキーヴァーのいう「アソシエーション」の方であろう。なぜなら現在の日本で語られている「コミュニティ」は、人間たちの協力関係をつりくだすという関心にもとづいて進めようとしている活動であり、社会組織の模索だからである。(80ページ)

前述したように、内山にあっては、「共同体」とは「共有された世界をもっている結合であり、存在のあり方」をいう。共同体は、そのなかに小さな共同体を内包する「多層的共同体」である。「アソシエーション」を積み上げても、共同体は生まれない。理由のある組織を積み上げても、理由のある社会がつくられるだけである。内山はそれを共同体とは呼ばないのである(82~83ページ)。重ねて指摘しておきたい。
(2) 本稿に関連する文献として、内山節『内山節のローカリズム原論―新しい共同体をデザインする』(農山漁村文化協会、2012年2月)も興味深い。
そこにおいて内山は、「ローカリズム」とは、「自分たちの生きている地域の関係を大事にし、つまり、そこに生きる人間たちとの関係を大事にし、そこの自然との関係を大事にしながら、グローバル化する市場経済に振り回されない生き方をするということ」(106ページ)である、と規定する。そして、内山は、「関係の網によって結ばれた世界」が「ローカルな世界」であり、そこにこそ人間たちの生きる基盤をつくらなければならない。このローカルな世界を「共同体」といってもよいし、「コミュニティ」として捉えてもかまわない、という(109ページ)。

「市民学習」と福祉教育―日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回大会に参加して―

11月14日と15日の両日、日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回大会が山口県立大学(山口市)で開催されました。年1回の大会は、貴重な“学び”の場であることは勿論ですが、全国から集まる会員(実践者、研究者)が情報交換を行い、親交を深める機会でもあり、意義深いものです。
筆者(阪野)は、東京ボランティア・市民活動センターが昨年に引き続き「自由研究発表」した「小・中・高等学校を対象とした市民学習の展開に対する支援方法の検討」というテーマ、とりわけ「市民学習」という用語(ターム)に関心をもち、その分科会に参加しました。その理由のひとつは、筆者自身が「まちづくりと市民福祉教育」「まちづくりの福祉教育学」について追究していることにあります。発表と質疑応答の時間は限られたものであり、十分に深めることはかないませんでしたが、今後も注視していきたい取り組みであることは確かです。
今回の発表を聞いて、さしあたっては次のような諸点が気になります。(1)「福祉教育」や「ボランティア学習」に加えて、いま、なぜ「市民学習」なのか。「市民学習」を説く背景と必要性は何か。(2)「市民」「市民学習」の概念をどのように規定するか。必ずしも緻密な概念規定がなされているとはいえず、未だ定見を持つには至っていないのではないか。(3)「市民学習」と「福祉教育」「ボランティア学習」「シティズンシップ・エデュケーション」「サービスラーニング」等々の類似概念との関係性をどのように捉えるか(同一性と異質性、重複的関係か相互補完的関係か、等)。(4)子どもの市民性育成についは、子どもの発達段階や発達課題に対応した学習プログラムが開発・展開されなければならないが、その内容や方法についてどのように考えるか。(5) (4)に加えて、一般住民を対象にした市民性形成の場をどこに求め、地域に根ざした、地域ぐるみの「市民学習」をどのように推進するか。また、その内容や方法をどのように考えるか。(6)「福祉教育」では十分に検討されていないといえるが、「市民学習」に取り組む学校や地域組織・団体・NPOなどのキャパシティ・ビルディング(組織の能力強化)をどのように図るか。(7)「市民学習」を促進・支援するためにはどのような組織や仕組みが必要となるか。またその人材(推進者、支援者、協力者)をどのように育成・確保するか、等々がそれです。

東京ボランティア・市民活動センターが2013年度から取り組む「児童・生徒の市民学習共同研究事業」の現状(内容)と課題は、次の通りです。

東京ボランティア・市民活動センターでは、小・中・高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の児童・生徒と地域の人々が、地域や国際社会の一員として世の中で起こっているさまざまな事柄を自ら学び、自ら考える力を養い、さまざまな人や組織・団体との連携を図り、市民学習(市民となる学び)のあり方と方法を確立・推進する方策を検討するための委員会(「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」)を2013年7月に設置し、検討を進めています。その一環として、2014年度から、公立小学校、中学校、都立高校、私立高校の4校を「共同研究校」として選定・指定し、パートナーシップを組んで学習プログラムを展開しています。
【取組み内容】
(1) 2013年7月:「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」(委員長・池田幸也)の設置
(2)2013年9月:「地域における福祉教育・ボランティア学習・市民学習の取組み状況について」アンケート調査の実施
(3)2014年2月:「児童・生徒の市民学習共同研究事業実施要項」の制定・施行
(4)2014年2月~3月:「学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習の取組み状況について」アンケート調査の実施
(5) 2014年4月:「共同研究校」(4校)の指定
(6) 2014年6月:「学校等における市民学習推進方策検討委員会」の開催
(7) 2015年3月:「子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~」の開催
(8) 2015年5月:「学校等における市民学習推進方策検討委員会」の開催
(9) 2015年7月~8月:ハンドブック及び事例集作成のためのヒアリングの実施
【課題】
(1) 学習指導要領の改訂等による「総合的な学習の時間」の時間の確保が難しくなってきた。
(2) 都立高校での教科「奉仕」が廃止され、2016年度より新教科となる。
(3) 東京ボランティア・市民活動センターが考える市民学習の要素をそれぞれの学校にどう取り込みつつ学習プログラムを展開していくかが課題となる。
(4) 多忙な学校教諭と効果的に連携を図るにはどのような方策が考えられるかが課題となる。
(「生きる力(生きていく力)を高める福祉教育(市民学習)の実践」『東社協3か年計画』東京都社会福祉協議会ホームページより)

以下に、「児童・生徒の市民学習共同研究事業」に関する資料の一部を紹介することにします。

資料1 児童・生徒の市民学習共同研究事業実施要項
平成26年2月1日 東京ボランティア・市民活動センター
1 目的
小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の児童・生徒と地域の人々が、地域や国際社会の一員として世の中の中(ママ)で起こっている様々な事柄を自ら学び、自ら考える力を養い、さまざまな人や組織・団体との連携を図り、市民学習(市民となる学び)のあり方と方法を確立・推進することを目的とする。
2 事業の内容
東京ボランティア・市民活動センター(以下「本センター」という)は、関係機関、団体と連携をとり次の事業を行うものとする。
(1) 児童・生徒の市民学習共同研究校の選定
ア 本センターが設置した「学校における市民学習推進方策検討委員会」で小学校、中学校及び高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の中から児童・生徒の市民学習共同研究校(以下「共同研究校」)を選定する。
イ 共同研究校の指定期間は2か年以内とし、初年度は、指定日の属する年の4月1日から翌年の3月31日までとする。
(2) 共同研究校に対する継続的支援及び協働事業
本センターは、「総合的な学習の時間」「道徳」「特別活動」やクラブ活動その他(都立高校の奉仕)などの他、市民学習のねらいをもって実施される「教科」または「課外活動等」において、その目標の達成のため、区市町村のボランティア・市民活動推進機関と連携し次の事業を行う。
ア 学習テーマの選定や学習プログラムの計画に必要な資料の作成、情報の提供
イ 学習プログラムの実施及び体験学習の推進に必要な連絡調整
ウ 児童・生徒及び教職員の振り返り・事業評価及び分析の方法及び指標に関する情報の提供
エ 学習プログラムの推進における地域の関係機関、団体との交流の促進
オ 学習プログラムの推進に必要な費用の助成
カ その他上記の目的を達成するために必要な連携・協働事業
3 事業の実施
地域に根差した市民学習の推進のために、本事業は、共同研究校及び当該区市町村ボランティア・市民活動推進機関、地域の関係機関、市民活動団体の協力を得て実施し、一体となって学習プログラムの実施体制づくりを進める。
4 共同研究校における活動
共同研究校においては、学習指導要領による「生きる力の育成」を踏まえつつ、本センター等関係機関の協力を得て、各校、各地域の実情に合わせた学習プログラムを実施する。
(『子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~報告書』東京ボランティア・市民活動センター、2015年3月、50ページ)

資料2 「市民学習」とは何か
市民学習とは、地域課題や社会問題への関心や意識を醸成し、社会参加の態度を実践的に育む学習で、例えば地域に暮らす人や歴史・文化にふれたり、福祉、医療、環境、平和、安全、国際交流・支援等のテーマを取り上げたりする中で、主体的かつ段階的に学習活動に取り組むことによって、児童生徒の中に、自己の成長と市民社会とのかかわりの中に認識・体験―社会参加―社会認識―自己理解という循環構造が形成されることを通して、自己の発達と市民社会の成熟を同時的に実現できる人生観と社会観の確立を促し、もって真の市民福祉社会を実現することを期すものである。
(『日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回やまぐち大会報告要旨集』2015年11月、61ページ)

市民学習は、以下のような学習を展開する取り組みです。
① 地域や社会の課題を把握し、課題解決のために取組み・体験する
② ①の取組み・体験を通して児童・生徒がどう成長するか学習目標を設定する
③ 児童・生徒が取組み・体験を企画し運営する機会をつくる
④ 児童・生徒が課題や取組んでいる団体について理解し、体験に必要な方法を学ぶ
⑤ 意義のある体験となるよう活動中の支援や事故の防止などを考える
⑥ 体験から何を学んだか、どのような改善が必要かを振り返る
⑦ どのように取組んだか、どのような成果があったかを評価する
⑧ 児童・生徒の取組みと社会貢献の成果を祝い(労(ねぎら:阪野)い)、その成果を関係者と共に讃え合う

◇ ①~⑧の展開は、以下の過程が想定されます。(「市民学習の学習サイクル」)
<課題発見>児童・生徒が地域や社会の課題を選択的に見出し、課題の現(ママ。うつつ、現実:阪野)の把握に取り組む→<目標設定>その取り組みから児童・生徒が自分の目標及びチームの目標を設定する→<課題の理解>さまざまな当事者や活動団体、関係者と交流し、多様な意見を収集し課題についての理解を深める→<改善への取り組み>活動を通じて課題を解決または改善するために必要な今後の方策を検討し、これに取り組む→<成果の評価>児童・生徒・教師および活動に関わった人々が相互に取り組みの成果を評価し、次の取り組みへの視座を探索する→<課題発見>
(『子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~報告書』51ページ)

こうした活動は、従来から「福祉教育(学習)」「ボランティア学習(体験)」「市民学習」「シティズンシップ教育」「サービスラーニング」などの名称によって実施されてきた。その形態も教科学習、特別活動(学級活動、児童会・生徒会活動、クラブ活動、学校行事)、道徳、総合的な学習の時間、その他の課外活動(課外クラブその他)など多様に展開されてきている。これまで、社会福祉の意識啓発の一環としての福祉に関する学習活動や体験学習は、「福祉教育」「ボランティア学習」「ボランティア体験学習」といった概念で整理されてきた。検討委員会(「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」:阪野)では、(中略)福祉教育やボランティア学習は自立した市民を育成する実践として「市民学習」の概念に包摂されると考えた。

福祉教育・・・将来の地域福祉の担い手を育てるという観点から社会福祉への関心を高める教育活動
ボランティア学習・・・ボランティア活動や環境問題、国際理解・協力などの広範な体験学習
市民学習・・・地域課題や社会問題への関心や意識を醸成し、社会参加の態度を実践的に育む学習
(『学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査 報告書』東京ボランティア・市民活動センター、2014年3月、5、61ページ)

資料3 学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査
本調査は、平成26年2月1日から3月7日の期間に、東京都内の公立小学校、公立中学校、都立高等学校、私立中・高等学校2,181校を対象として、記名式質問紙郵送調査によって実施した。発送は東京都内の各区市町村教育委員会または直接学校に送付する形式で行った。調査票の回収はFAXまたはメール添付によって行った。
郵送および委託配布された調査票全2,181票のうち、回収された票は285校であり、回収率は、13.1%であった。回収票の内訳は、公立小学校146校、公立中学校87校、都立高等学校24校、私立中・高等学校28校であった。

調査結果(「まとめ」)
(1) 市民学習等の教育活動の実施率に関しては、80%を越える実施率であり、特に調査回答をえた都立高等学校では「奉仕」の導入によって100%に達している。一方、私立中・高等学校に関しては各校の独自の教育理念、教育計画によることから実施率は5割強にとどまっており、今後、私立中高の活動把握、活動推進が課題であることが明らかになった。
(2) 実施にあたっての協力関係の中では社会福祉協議会、ボランティア・センターとの関連が最も高いが、その比率はなお4割に達していない。今後さらに連携を強化する必要が示唆されている。
(3) 児童生徒の変化の様子の把握については感想文や活動振り返りの発表など回想型の検証が主流である。
(4) 活動に関与後の教員の変化はおおむね積極的な変化が多く、特に高齢者や障害者への理解や社会福祉関係者との連携の形成などに変化が目立っている。一方で、社会福祉やNGO、NPO、市民活動への理解の深化はそれらに比べて低い比率であり、今後市民活動への理解形成への働きかけが重要であることが示唆されている。
(5) 今後の取り組みについては、積極的姿勢を示している学校が全体で約8割に達しており、全体での関心は高い。ただし、校種別では公立小学校と都立高等学校では高く、公立中学校と私立中・高等学校ではやや低い。この点は受験体制や教育課程の問題が考えられるが、中学校段階での活動プロクラムの開発が課題といえる。
(6) 社会福祉協議会、ボランティア・センターの認知度は、認知自体は約9割に達しているが、関与度は約6割にとどまっている。特に公立中学校と私立中・高等学校は他の校種と比較して相対的に関与度が低くなっている。今後、中学校と私立中高に対する積極的な働きかけが課題となる。
(7) 社会福祉協議会、ボランティア・センターに期待する関わりは、講師派遣や物品等の貸出が多く、活動内容の相談・提案やハンドブック等啓発資料等の需要については相対的に低い比率にとどまっている。教育が本務の場である学校においては必ずしもそうした需要は多くないと思われるが、多様な活動プログラムの効果や成果を示しながら活動内容面での連携の意義を伝達していくことが相互の連携強化には急務といえる。
(『学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査 報告書』6~7、20ページ)

ここで、大雑把なものにとどまりますが、「福祉教育」「ボランティア学習」「市民学習」等の関係性について図示しておくことにします。
図1は、上記の、「『福祉教育』や『ボランティア学習』は自立した市民を育成する実践として『市民学習』の概念に包摂される」という「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」の言説を概念図化したものです。図2は、「学校を中心とした福祉教育」(「学校福祉教育」)と「地域を基盤とした福祉教育」(「地域福祉教育」「住民福祉教育」)、そして「市民福祉教育」の関係性を図示したものです。
23時
図3は、「福祉教育」「ボランティア学習」「市民福祉教育」等の関係性についての管見を概念図に描いたものです。それぞれの教育活動の特質を、いくつかあるうちのひとつに限定して簡潔に表すとすれば、次のようになるでしょうか。「福祉教育」は「住民・市民の社会福祉への関心と参加の促進」。「ボランティア学習」は「自主性に基づくボランティアの活動体験」。「シティズンシップ・エデュケーション」は「市民性(市民的資質・能力)の育成・形成」。「サービスラーニング」は「義務化されたコミュニティサービス(地域貢献活動)の展開」。そして「市民福祉教育」は「市民主権・市民自治に基づく福祉によるまちづくり」、です。
25時

付記
本稿をアップする数日前に、皇學館大学現代日本社会学部教授・鵜沼憲春先生から、博士論文を基にしたご高著『社会福祉事業の生成・変容・展望』(法律文化社、2015年11月)をご恵贈賜りました。社会福祉法制史研究に新しい地平を開く、有意義な労作であると高く評価することができます。「ある事由により立ち上がることができないほどのショックを受けた」(「あとがき」)先生の人となりを知る筆者(阪野)にとっては、この度の刊行はわがことのように嬉しい限りです。
本ブログ読者に、鵜沼先生のご高著の一読をお勧めします。

『1984年』と『茶色の朝』、そして “いま”―読後メモ―

タイトルは文章の顔である。タイトルを効果的なものにするためには、文章の内容を正確かつ簡潔に表現するとともに、現実性や普遍性、そして訴求性の高い用語を使うことが重要となる。『1984年』と『茶色の朝』は、今回再読した本のタイトルである。

『1984年』(高橋和久訳、早川書房、2009年7月)は、イギリスの作家ジョージ・オーウェルの小説である。「情熱と暴力と絶望」(トマス・ピンチョン「解説」507ページ)に満ちた小説であり、読み進めると“緊張と憂鬱と恐怖”が襲う。
この小説の舞台は、主人公のウィンストン・スミスが住む「3強国」のひとつ、オセアニアである。その「党」は、3つのスローガン「戦争は平和なり/自由は隷従なり/無知は力なり」を掲げている。
「戦争は平和なり」(war is peace)は、戦争はその継続化によって存在しなくなる(見せかけの平和)。「真の恒久平和とは、永遠の戦争状態と同じ」(307ページ)である、という意味である。「自由は隷属なり」(freedom is slavery)は、権力に隷属(屈従)すれば、思想・良心に従って行動する真の自由ではなく、監視下の自由(錯覚の自由)が保障される。「隷属は自由なり」(409ページ)、という意味である。「無知は力なり」(ignorance is strength)は、知識のない思考は空虚であり、思考のない知識は盲目である。従属(服従)は思考停止と洗脳によって実行される。「階級社会は、貧困と無知を基盤にしない限り、成立しえない」(293ページ)、という意味である。
いまひとつ注目しておきたい党のスローガンに、「過去をコントロールするものは未来をコントロールし、現在をコントロールするものは過去をコントロールする」(56ページ)というのがある。過去は記録と記憶のなかに存在するが、権力者は歴史を書き換え捏造(ねつぞう)する、という意味である。

『茶色の朝』(藤本一勇訳、大月書店、2003年12月)は、フランスとブルガリアの二重国籍をもつ心理学者フランク・パヴロフによって書かれた寓話である。これは、ファシズムや全体主義を批判した小さな物語であり、「私たちのだれもがもっている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描きだして」(高橋哲哉「メッセージ」41ページ)いる。
この寓話に登場する俺と友人のシャルリーが住む国では、犬や猫をはじめすべてのもの、朝までもが「茶色」でなければその存在が許されなくなっていく。「茶色」はナチスや極右の人びとを連想させる色である(高橋「同上」35ページ)。俺は言う。
それから俺たちはテレビをつけた。/そのあいだ、/茶色の動物たちは横目でおたがいの様子をうかがっていた。/どちらのチームが勝ったかもう覚えていないが、/すごく快適な時間だったし、すっかり安心していた。/まるで、街の流れに逆らわないでいさえすれば/安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、/生活も簡単になるかのようだった。/茶色に守られた安心、それも悪くない。(14ページ)
ひと晩じゅう眠れなかった。/茶色党のやつらが/最初のペット特別措置法を課してきやがったときから、/警戒すべきだったんだ。/けっきょく、俺の猫は俺のものだったんだ。/シャルリーの犬がシャルリーのものだったように。/いやだと言うべきだったんだ。/抵抗すべきだったんだ。/でも、どうやって?(28ページ)

そして“いま”、日本は確実に、オセアニアの「党」のスローガンや「茶色党」の政治とは無縁ではない状況、すなわちファシズムや全体主義国家への道を歩んでいる。例えば、国旗掲揚と国歌斉唱の強制(国旗国歌法:1999年8月施行)、有事体制づくりと国民への戦争協力の強要(国民保護法:2004年9月施行)、道徳教育と愛国心教育の推進(新教育基本法:2006年12月施行)、情報公開の抑制と国民の知る権利の侵害(特定秘密保護法:2014年12月施行)、個人情報の一元管理と国民監視の強化(マイナンバー法:2015年10月施行)、そして平和主義の空洞化と「戦争ができる国」への転換(安全保障関連法案:2015年7月衆議院本会議可決)、などがそれである。とりわけ最近では、立憲主義(憲法によって国家権力を制限し、国民の人権を保障する思想)が否定され、議会制民主主義や熟議民主主義が危機に瀕している。日本の政治の劣化であり、国家の疲弊である。

『1984年』と『茶色の朝』は、ウィンストンと俺の“いま”の心情を表した次の一節で終わる。悲しみと恐怖、そして怒りが込みあげてくる。
万事これでいいのだ。闘いは終わった。彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、<ビッグ・ブラザー>を愛していた。(463ページ)
だれかかドアをたたいている。/こんな朝早くなんて初めてだ。/‥‥‥/陽はまだ昇っていない。/外は茶色。/そんなに強くたたくのはやめてくれ。/いま行くから。(29ページ)

上記の高橋が『茶色の朝』に寄せるメッセージは、「やり過ごさないこと、考えつづけること」である。唐突ながらそれは、“まちづくり”についても言える。それは、それぞれの地域や住民に求められる、主体的で自律的な姿勢や態度、行動である。言い換えれば、地域・社会における歴史的・社会的事象の存在に気づかないふりをせず、それを常に意識し、自分たちの知識と思考で対応することである。そこでは、地域主権や住民(市民)主権の観点が重要となり、「上から目線」で“地方創生”を図ろうとする権力者は不要となる。深く心に刻みたい。

わら縄―「戦争はむごいものです」―

母が白寿の祝いを前に逝きました。父は国によって殺されました。

父は、3度目の出征を控えて、手足の爪を切って残すことにしました。幼い私には、その意味を理解することはできなかったはずです。

でも、いよいよ父が家を後にするとき、私は、“わら縄“ を張って庭先の門をとざし、「父ちゃん、行かないで!」と泣き叫んだそうです。

戦争に負ける前の冬、軍の司令部に出かけた母が、白い布に包まれた小さな木箱を首から下げて帰ってきました。その木箱にはほんのわずかな爪が入っていました。

母は、がむしゃらに働きました。私も、学校を卒業する前から、母と一緒に泥田に入りました。父が残していった田んぼを守るためにです。

母は、私たちを厳しく育てました。世間の偏見に堪えました。あんなにも強く生きる母の姿をみることは、息子として悲しく、辛いことでした。

母の最期のことばは、「ありがとう。ありがとう。やっとお父さんに会える!」でした。死の間際、頬に一筋の涙が伝わりました。母の顔は穏やかで、嬉しそうでした。

父と母の結婚生活はわずかな年月でしたが、そこには確かな「絆」と深い「愛」がありました。

戦争はむごいものです。

※これは、筆者(阪野)の従兄の話です。安全保障関連法案が衆議院本会議で可決された2015年7月16日の今日、訥々(とつとつ)と語ったあの時の従兄の一言(ひとこと)が思い出され、またも胸に突き刺さります。「戦争はむごいものです」。
※2016年5月2日の今日、久しぶりに従兄と電話で話すことができました。80歳を超えた従兄の話に、以前と変わらない穏やかで強い心を感じることができました。記憶と記録の不確かさや、真に伝えたいことを述べる難しさなどを改めて痛感しながら、「わら縄」の拙文を若干、加筆訂正させていただきました。伝えたいことは変わりません。「戦争はむごいものです」。そして、「愛はつよいものです」。

戦争を知らない世代、新たな「戦前」を思う―福祉と教育―

既に周知のことであるが‥‥‥

戦争は人間が行う低劣で醜悪な行為であり、国家権力による最大の人権侵害である。

国民の生命、自由及び幸福追求の権利は、真の平和の実現によってのみ保障される。

福祉と教育は、一人ひとりの人間が世界の平和をつくるための実践であり運動である。

そして、いま言うべきことは‥‥‥

福祉と教育は、ファシズムや軍国主義に加担した痛恨の過去を繰り返してはならない、

ということである。

市民自治とまちづくり―その立ち位置とプロセスを考える―

周知のように、1998(平成10)年12月に特定非営利活動促進法(NPО法)が施行された。2009(平成21)年9月には政権交代が実現し、民主党政権によって「新しい公共」政策の推進が図られた。これらを契機に、地方自治を取り巻く大きな潮流として「ガバメント(統治)からガバナンス(共治)へ」の転換が図られ、市民運動も「抵抗・告発型から参加・自治型へ」と変質する。それは、市民は統治客体意識から脱却し、政治や行政に主体的かつ自律的に参加することが要請されるようになったことを意味する。言い換えれば、市民は、市民自治によるまちづくりを実現するために、政治や行政と前向きな議論や納得できる調整を重ねて真の合意形成を図り、また相応の責任を引き受けることが求められることになる。
以上の点に関して、湯浅誠(社会活動家)がその論考「社会運動の立ち位置―議会制民主主義の危機において―」『世界』第828号、岩波書店、2012年3月、41~51ページで、次のように述べている。参考に供しておきたい。

「こっち側」(社会運動:阪野)の役割は課題を投込むまで、そこから先は「あっち側」(政治、行政:阪野)の仕事という役割区分を過度に固定化する思考は、自分は言いたいことを言うだけ、調整と妥協という汚れ仕事のコストは回避するという形で、「あっち側」への調整コストの押しつけ・丸投げに帰結する。当然ながら満足のいく結論は出てこず、それが結論への批判と「あっち側」への責任追及をもたらし、同度に「あっち側」の世界には関わらないほうがマシという調整の忌避に至る。(47ページ)

「主体的市民による社会運動」(中略)の内実および議会制民主主義との建設的緊張関係の中身については、永遠の課題として、これまでの研究および実践の蓄積に、これからも学び続けるしかない。少なくともそれは、「こっち側」と「あっち側」の役割区分を固定的に捉えるのではなく、政治的・社会的力関係の総体を視野に入れながら、社会的領域および政治的領域における調整過程に積極的に介入し、主権者として結果に対する責任を自覚し、何かを全否定したくなる衝動を抑えながら、地道に調整を積み重ねて相反する利害関係者との合意形成を図る市民だろう。(51ページ)

次の図は、「市民自治とまちづくり」の流れをまとめたものである。そこから、市民による「現状把握・分析」から政策・制度(「あっち側」)や実践・運動(「こっち側」)による「合意形成」、「課題解決」、そして「評価・見直し」に至る過程に積極的に介入し、市民自治によるまちづくりに主体的かつ自律的に取り組む市民をいかに育成・確保するかが当面の大きな課題となるといえよう。市民自治の実践は、それへの参加そのものが教育・訓練・啓発の要素や側面をもつのである。

見直し

以上のうち、「合意形成」(consensus building)とは、それぞれの“立場”や“利害”を超えて、多様な意見や考え方をまとめ、「納得」することをいう。そのためには、(1)信頼に基づく良好な人間関係を築く。(2)異質で多様な価値観の存在を認める。(3)公正で透明性の高い情報開示(共有)を行う。(4)社会科学的・批判的な思考力や論理的・合理的な判断力を養う。(5)適正な手続き(プロセス)を踏まえた協調的な「交渉」(negotiation)を重視する、ことなどが求められよう。また、対話や交渉を支援する方法としてファシリテーション(facilitation)やメディエーション(mediation:調停)の導入も必要となる。
いまひとつ、「責任の引き受け」(take responsibility)に関していえば、政治や行政において、選挙や議会に基づく権威主義的傾向や前例主義による保守的傾向があることは否定できない。それは、市民の、政治や行政への「依存」(無関心、無理解、非協力)を反映したものでもある。「まかせておけばいい」という依存は、「責任」を伴う対等・協働(共働)の関係ではない。市民自治の主体である市民には、そうであるがゆえに政治や行政に対して積極的かつ自律的に関わり、場合によって責任を追及することが求められる。併せて市民は、当然のことながら、相応の責任を引き受けることになる。「ガバナンス」のひとつの姿である。
付記しておきたい。


熱心なブログ読者から、「最近の政治状況に抗する“能力や覚悟”は十分に持ち合わせていないが、確かな市民自治と平和で安心なまちづくりを推進するためには、その主体である市民一人ひとりがコツコツと実践や運動を積み重ねていくことしかないのではないか」というメールをいただいた。本稿はそのご意見に対するものでもある。

「現実」と「生活綴方教育」の “いま” を問う―ある若い知人へのメモランダム―

第一次世界大戦後、社会的・経済的混乱や国民生活の疲弊が深刻化するなかで、1930年代に生活綴方教育実践や教育運動が興隆しました。その実践や運動のなかに、福祉教育実践のひとつの側面や要素を見出すことができるのではないか。そんな考え(仮説の設定)のもとに、「生活綴方教育」に少なからぬ関心をもっています。
先日、佐竹直子さんの『獄中メモは問う―作文教育が罪にされた時代―』を読み、北海道綴方教育連盟事件や「治安維持法と綴方教育」への関心を高め、理解を深めることの重大さを再認識しました。
特定秘密保護法の施行をはじめ集団的自衛権の拡大解釈と行使容認、地方自治の精神や原則を無視した国政の専断、そしてメディアへの強圧的な対応や報道への介入等々が進められるなかで、佐竹さんは、「国を挙げて戦争へと突き進み治安維持法に国民が弾圧された時代を、まるで現代が追いかけて再現しているように思えてならない」と述べています。強く同感するところです。北海道綴方教育連盟事件は、「遠い過去の出来事」といい切れず、「歴史は繰り返される」ようです。“不安”を超えて“恐怖”すら覚えます。
生活綴方は、子どもが「現実」の生活と向き合い、その生活について、またその生活を通して感じたり、思ったり、考えたりしたことをありのままに書くことから始まります。それは、子どもを概念的な見方や考え方から解放し、子どもが自分自身と自分を取り巻く地域・社会を見つめ、子どもの豊かな人間性や社会性を育むための教育営為です。そこでは、教師の専門性とそれを裏付ける人間性や価値観が厳しく問われることになります。
そう考えたとき、子どもが向き合う“ナマ”の生活の「現実」をどのように捉えるかが重要な問題として浮上します。
「現実」は、形成され与えられたものであると同時に、常に新しく作り出されていくものです。既成事実として認識されているからといって、その現実を無批判的・盲目的(盲従的)に是認し、受け入れることは避けるべきです。
「現実」は、多様な要因によって構成されており、その要因は複雑に絡み合っています。現実は多様性と多次元性(多層性)を有しており、現実のひとつの側面だけが強調されることがあってはなりません。
「現実」は、その時々の支配権力が選択する方向に沿って形成されます。それに対して、反対派が選択する方向は「観念的」「非現実的」と考えられがちですが、現実を変えるためには、科学的で批判的、自由で民主的な思考や態度・行動が不可欠です。
「現実」についてのこうした考えは、60年以上も前に政治学者の丸山眞男が説いたところによるものです(引用と援用)。詳細は原典に譲ります。いずれにしろ、こんにちの政治的・社会的状況は、極めて憂慮すべき“危機”事態にあるといわざるを得ません。そういうなかで生活綴方教育(作文教育)のあり方を問うとき、「現実」の概念やその特徴について十分に留意したいものです。それはまた、日常的で具体的な地域・社会生活の「現実」と“向かい合い”、地域づくりのための主体形成(成熟した市民の育成)を図る福祉教育(市民福祉教育)にも通じることです。
今回、書きとめたいことは、いま、地域・社会生活の「現実」と向かい合う生活綴方教育(すなわち市民福祉教育)のあり方を厳しく問い、「作文教育が罪にされた時代」を二度とつくらない決意をする必要がある、ということです。


(1) 「叩く。ける。座らせる。おどかす。そのうちに自分も妙な気持になり、『赤く』なっていた」/戦時下に、作文指導に励んだ北海道の教員が次々と治安維持法違反容疑で逮捕された「北海道綴方教育連盟事件」。2013年に見つかった元教員の「獄中メモ」を手がかりに、事件の実像に迫ったルポ。70年余りの時を経て現代に問いかけるものとは―。(佐竹直子『獄中メモは問う―作文教育が罪にされた時代―』北海道新聞社(道新選書47)、2014年12月、帯より)
(2) 北海道綴方教育連盟事件:1940年(昭和15年)11月~翌年4月に、日常生活をありのまま書く綴方教育に取り組んでいた道内の教員らが、「貧困などの課題を与えて児童に資本主義社会の矛盾を自覚させ、階級意識を醸成した」などとして逮捕された弾圧事件。逮捕者は旧内務省「特高月報」によると56人、旧文部省「思想情報」では75人。12人が起訴され、11人が起訴猶予付き懲役刑が確定(1人は公判前に死亡)。後に初代の民選札幌市長となる故高田冨与弁護士が弁護人を務めた。旭川市出身の作家、故三浦綾子さんの長編小説「銃口」の題材になった。/治安維持法:「国体」の変革、私有財産制度の否認を目的とする結社や行動を処罰するため1925年(大正14年)に制定。当初は共産党や革命的労働・農民運動の取り締まりを目的としたが、適用範囲は拡大され、思想・信条や言論の自由を弾圧し、国民生活の監視に猛威を振るった。45年10月に廃止。旧司法省のまとめでは逮捕者は計約7万5千人だが、実際にはこの数倍から数十倍に上ると指摘されている。(「北海道新聞」2013年11月17日朝刊)
(3) 丸山眞男「『現実』主義の陥穽―或る編輯者への手紙―」『世界』第77号、岩波書店、1952年5月、122~130ページ。(陥穽<かんせい>⇒落とし穴、策略。)