11月8日と9日に、日本福祉教育・ボランティア学習学会の第20回大会が日本社会事業大学(東京都清瀬市)で開催されました。
筆者(阪野)は、8日午前中の「特別課題研究(とうきょう企画)」の③「福祉教育・ボランティア学習の原理を探る」という分科会で、「福祉教育の歴史研究」に関して三ツ石行宏先生(神戸親和女子大学)と “対談” する機会を得ました。50名近くの参加者とともに、多くの「気づき」と「学び」のある、有意義なひと時を過ごすことができました。
三ツ石先生は、福祉教育の歴史研究に精力的に取り組まれており、既に複数の論稿を発表されています。今回は、三ツ石先生の玉稿「福祉教育史研究の現状と課題」(『日本福祉教育・ボランティア学習学会研究紀要』第22号、2013年11月、68~76ページ)と筆者の拙稿「地方改良運動にみる福祉教育実践―福祉教育の遡及的原点を求めて―」(『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』第13号、2008年11月、120~129ページ)をベースに、互いにその考えや思いを語るものでした。
三ツ石先生からの質問や参加者との議論のうちから、先生が最初に提示された次の質問に対する筆者の回答の概要を以下に記すことにします。「福祉教育史の研究上の課題はどこにあると思うか?」、というのがそれです。
〇福祉教育研究が科学的な研究を志向し、福祉教育の理論化と体系化を図るに際しては、福祉教育の歴史研究はその基本的部分に据えられなければならない。しかし、『学会年報』(第13号)に、「福祉教育研究は、これまで、福祉教育の歴史に無関心であった」(120ページ)と書いたが、その状況は今日においても変わっていない。それは何故か?
〇福祉教育は、その実践が先行してきたが故に、その理論的な整理や研究が “後追い” しがちであった。そういうなかで、福祉教育の歴史研究は、取り残されてきたのではないか。それは、研究者の問題意識が希薄だったのか。研究者が怠慢だったのか。あるいはまた、日本福祉教育・ボランティア学習学会における研究活動の姿勢に問題や限界があったのか、等々いろいろと考えられる。
〇福祉教育研究における歴史研究の課題については、先ずは福祉教育史研究についての問題意識を高め、研究の振興を図ることが強く求められる。その際に、 “歴史研究は理論研究を無視しては成立しない” ということに十分留意することが肝要となる。それは、「実践は歴史によって創られ、理論は歴史によって試される。実践のない理論は空虚であり、理論のない実践は盲目である」(120ページ)という言葉をもちだすまでもない。
〇一般に、「歴史に関心が集まるのは歴史の転換期においてである」といわれる。福祉教育はこれまで、子ども・青年の発達の歪みや、高齢者や障がい者が抱える生活問題や偏見・差別の実態などに焦点をあてて実践を積み上げ、また理論化の作業を進めてきたといってもよい。
〇その子どもは、6人に1人が貧困であり、3200万人の65歳以上の高齢者は10人に1人が老後破産をしている、といわれる。障がい者に関しては、ICFの視点や社会的包摂の理念が語られてはいるが、その内実化や実現を図るにはまだ多くの時間と努力を要する。
〇高齢者や障がい者、子ども、外国籍住民など多くの人々の人権が侵害され、平和と民主主義が危機的な状況にある。政治の世界では右傾化が進み、教育の世界では例えば「道徳の教科化」が推し進められている。こうした今日的状況は、いままさに「歴史の危機的転換期」にあるといわざるを得ない。歴史が “逆方向” に進もうとしているいまこそ、歴史研究が重視されなければならない。
〇福祉教育史研究の研究方法論上の課題についていえば、福祉教育に関する歴史的事象をどういう視点や視座で捉え、分析するか。その際の枠組みをどのように設定するか。また分析の手続きや手順をどのように踏むか、等々についての議論がこれまで十分に行われてこなかった。これは福祉教育史研究の “遅れ” の何ものでもないが、喫緊の重要課題として認識することが強く求められる。
〇「福祉教育史研究の意義と課題」については、筆者は、『学会年報』(第13号)で次のように書いている。
「福祉教育研究における歴史研究は、福祉教育の歴史的事実を実証的に解明することからはじまる。すなわち、それは、たんに福祉教育の変遷を押さえるだけでなく、その変遷の意味を明らかにすることである。その際、その史実を社会的・経済的・政治的・文化的諸条件との相互関連のなかで捉えることが肝要となる。それを通じて科学的・客観的に今日の福祉教育の到達点を押さえ、それが抱える問題点や課題を発見し、その本質を把握する。そして、それを解決し克服するための適切な方向を見定め、具体的な解決策を見出す。
ここに、福祉教育史研究の意義と課題があり、研究の重要性を指摘することができる。要するに、現在を読み解き、未来を拓くための有効な方法の一つに歴史があり、歴史研究があるのである。」(120ページ)
〇福祉教育研究における歴史研究について、研究者の “問題意識の希薄” や “怠慢” などといったが、その点をめぐって実践者に関して一言付け加えておきたい。
〇社会的事象は、常にその歴史的背景や状況のもとで生じるものである。当然のことながら、福祉教育実践も、歴史性をもって存在し、展開されてきた。今後も、展開されなければならない。つまり、福祉教育実践に取り組む際には、実践者はその歴史性について常に、また強く認識することが求められる。そうでないと、確かで、豊かな福祉教育実践の展開を期待することはできない。実践者も福祉教育実践の歴史性を強く認識すべきである。
参考文献
20周年記念リーディングス編集委員会編『福祉教育・ボランティア学習の新機軸―学際性と変革性―』大学図書出版、2014年10月。