「国道12号線」
札幌と旭川を結ぶ幹線道路 国道12号線。
老いた男が 無謀にも横断を始めた。
信号のある横断歩道は 遠回り。
背中に小さなリュックを 背負い
左手に 12ロールのトイレットペーパーのワンパック
右手に 5箱のテッシュのワンパックと重そうなポリ袋をさげて
痩(や)せて背を丸めた 貧相な風体の男は
数台の車をやり過ごし よたよたしながら 渡りきった。
目が合うと 一瞬苦笑いを浮かべる。
歩道を 川沿に左に折れて 家路につく。
その背を見送りながら はたと気づく。
男の向かった先には ドラックストアがあり
そこでも 手にしていた品物は 買えるのに
男は 少しでも安い 遠方の店に来たのだろうと。
老いた男の 危険な行動は
老いの暗澹(あんたん)たる行く末を現す いまの世相そのもの。
安全な「横断歩道」を渡る余力は 民に残されることなく
渡れるのは 一部の恵まれた者たちでしかない。
勝者の 傲慢(ごうまん)と蔑視(べっし)。
余録も途絶え 余力も萎(な)えて 年金に頼る多くの老いた民たちは
命がけの横断を 強いられる。
敗者の 羨望(せんぼう)と屈辱(くつじょく)。
判断力が鈍(にぶ)り 身体能力が落ちたと 嘲笑(ちょうしょう)され
事故にあえば 自己責任が問われるだけの
不条理な 人の世の非情。
数十円安い物を 買い求めて
よろよろと 歩くしかない民たちが 彷徨(ほうこう)する
孤独な 人の世の無常。
権力に取り憑(つ)かれた者たちの 百年安心の 虚言に
幻想を抱かされた 老いた民たちは
リスクにさらされながら 最短のルートを 今日も歩く。
暮らし向きの 厳しい民たちの
生死の分岐道 虚実が入り交じる 国道12号線。
付記
老後に2千万円 正面から年金の議論を
90歳を超えて生きるには、夫婦の老後資金として年金とは別に2千万円の蓄えが必要だから、「人生100年時代」に備え、現役時代から資産形成を促す―。
こんな内容の金融庁金融審議会の報告書が波紋を広げている。
政府が、公的年金だけでは老後の資金は賄いきれないことを認めたのだから当然だ。
これを受け、安倍晋三首相は「不正確で、誤解を与えるものだった」と釈明した。麻生太郎金融担当相は報告書の受け取りを拒否し、実質的な撤回に追い込んだ。異例の事態と言えよう。
少子高齢化で年金財政が厳しいのは誰の目にも明らかである。
参院選をにらみ、政府・与党が火消しに躍起になればなるほど、国民の疑念は膨らむだろう。
年金の将来に不安を感じる人は多い。報告書は、これが現実のものであることを示したからだ。
政府は報告書を撤回して幕引きを図るのではなく、まず国民に丁寧に説明しなければならない。
与野党とも国会で年金制度を立て直す議論を始めるべきだ。
報告書は、平均的な無職の夫婦世帯(夫65歳以上、妻60歳以上)の場合、毎月の赤字は約5万円と試算した。20年生きると1300万円、30年だと2千万円不足することになる。
退職金が減少し、少子高齢化で年金給付水準の調整も予想され、不足額は今後拡大するという。
こうした見通しには一定の説得力があるものの、その対策として、政府が投資による資産形成を推奨するのは筋違いである。
そもそも、年金だけでは暮らせず、働かざるを得ない高齢者もいる。非正規雇用の人には、貯蓄する余裕のない人が少なくない。投資には縁遠いのが現実だ。
2004年の年金改革で、与党は「100年安心」を強調した。
多くの国民は、老後の安心の保証と受け止めたが、現実には、その趣旨は、給付の抑制を通じた年金制度の安定だったらしい。
制度の持続可能性を巡っても、公的年金の給付水準や財政見通しを試算した「財政検証」のたびに、信頼が揺らいでいる。
今年は5年に1度の財政検証の年で、既に内容が公表されていい時期である。
参院選への影響を懸念して、遅らせているとしたら、あまりに不誠実と言わざるを得ない。現実を直視して問題を正面から論じなければ、若い世代が年金保険料を支払う意欲を失うだろう。
(北海道新聞/どうしん電子版/社説/2019年6月12日)
〔鳥居一頼/2019年7月1日〕