故郷に帰る

東京に発つ朝
少年は 玄関口で見送る人たちに
もう二度と ここに帰ってくることはありません
ありがとうございました
そう言い残して 旅立った

少年は 東京の専門学校に入学した
青年となった 2年後
念願のホテルマンになった
なりたい仕事に就けたことは
青年には 至上の喜びだった

4ヶ月後 児童養護施設の玄関口に立っていた
出迎えた人たちは 驚いた
啖呵を切って 出ていったのに どうして?
青年は すいませんでしたと 深々と頭を下げた

養護施設で育った青年は
2年前 その思い出を封印して
キッパリケジメをつけて 
夢に向かって 新しい世界へと旅立った

夢は叶った
仕事も楽しかった
でも こころが満たされなかった
日ごとに やりきれないむなしさが わき起こってきた
何が原因なのか よくわからなかった
都会の空は 何も答えてはくれなかった

休みをもらった
羽田から 北海道に飛んだ
施設の玄関口に立った
恥ずかしく 会わす顔がなくて 緊張もしていた
園長が お帰りなさい 
と笑顔で出迎えた
青年の目から 涙がこぼれた
ここが こころを満たしてくれるところだと
こころの底から 感じた瞬間だった

人は 自分の居場所を探し求める
施設での生活を 余儀なくされた少年時代
こころの痛みを 感じながら成長した
ここから逃げ出したいと 何度思ったことだろう
だから 高校卒業は 施設との縁切りの再出発の日だった 

しかし 東京の空の下
青年は 夢が叶った喜びを
ともに喜んでくれる人が 誰もいなかった
ひとりぼっちであることを 知らされた
だから ぽっかりと こころに穴があいたように 
むなしく生きていたのだと

出迎えた職員や子どもたちこそ
彼のこころの故郷であり ぬくもりだった

〔2019年10月11日書き下ろし。校長時代道内の児童養護施設の園長から電話がかかってきた。先生聞いてと。興奮気味に話す端端から喜びが伝わってきた。施設の職員にはなによりの贈り物だった。心傷ついた子どもを護る施設職員への感謝と激励を込めて記す〕