美帆という名

相模原やまゆり園で 45人が死傷した裁判が始まった
横浜地裁は 一人を除いて被害者を匿名で審理する
母は「甲1」と呼ばれることに 納得できなかった
「美帆」と呼ばれることを希望した
でも フルネームでなければ認められなかった

この国の人権侵害は ハンセン病問題と同根
ハンセン病家族訴訟も 家族は実名公表を避けた  
参議院議員選挙がなければ 国は上告し
勝訴を勝ち取るまで 家族の苦痛は続いたはず
国家ぐるみの人権侵害 
厚労省 文科省 法務省 そして国会議員
不作為を放置した責任は いまも何も果たされてはいない
裁判に勝訴したからとて 差別と偏見はなくなるはずはない
被害者に その壁を破るだけの余力は ない
実名がわかればすぐに 心ない歪んだ輩が拡散し
非難 中傷 差別 蔑視 嘲(あざけ)り尽くし
社会的制裁を 卑劣に繰り返す
だから 被害者は沈黙を強要され続けるのだ

老人施設が措置の時代であった頃
「劣等処遇の原則」がまかり通った
生活保護者もシングルマザーも
一般社会の生活レベルよりも 常に低く
社会に哀れみをかけられて 
養われていることを 肝に銘じ
黙って従い 物言うな
強迫じみた 沈黙の劣等処遇
いまも 社会の根底に脈々と流れている
払拭できない不当な差別と強い蔑視感

障がい者も 病者も 年寄りも
社会ののけ者 忌み嫌われ者
生きたくば 名前は入らぬ
甲乙番号だけで充分だ
地域社会に それ以上求めるなかれ
隔絶された世界で 
生きながらえる 衣食住があるならば
甲乙番号だけで充分だ
地域社会に それ以上求めるなかれ
人権を侵されようと なにされようと
生かされたくば 沈黙こそ処世術
地域社会は それ以上何も求めない

歪んだ鏡に映る 自分の姿を見て思う
みんなと同じ 五体満足ってなんて素敵なんだろう
歪んだ鏡に映る 自分の心を見て思う
みんなと同じ なんて思いやりに溢れているんだろう
歪んだ鏡に映る 世の仕組みを見て思う
みんな平等 なんて使い勝手がいいのだろう
歪んだ鏡にしか映らない 世の正義を見て思う
みんなと一緒に 異質な者を排除するのは快感です
それが 暗黙の了解 世の習い
社会の歪みは放置され さらに歪みを増して
沈黙の劣等処遇を強化する

いま美帆という名で その沈黙を破る闘いが始まった
 
〔2020年1月10日書き下ろし。相模原事件に注目してください。関心を強く持ってください〕