マチの銭湯物語

宿に着き 近くの銭湯に行った

下足の大きな木札を取って 入った
番台には 誰もいない
しばらくして 親父さんが出てきた
450円の湯料を払う
いつも持ち歩いている洗顔用ポーチに
入っているはずの シャンプーがなかった
親父さんは シャンプーないのかい 貸すよと
そういって 差し出した

久しぶりの銭湯の風情に つい懐かしさを感じた
湯船に 身を沈めた
痛い熱さが しばれた身体を容赦なく打った
湯船を独占する快感は なかなか味わえないいい気分

脱衣所で着替え しばし雑談した
常連さんは 新しい集合住宅に越していって
いまは 日に20人ばかりの客だという
爺さんの代に始めて 3代目 もう百年に近い
十の時に父が亡くなり 十八で母も逝き 
爺さんも 物心ついたときにはいなかった
それ以来半世紀 風呂屋を続けてきた
町からの助成金は 年20万円
油代で すぐ消える

いまでは 送迎付きの大きな風呂屋が幅を利かす
銭湯は廃れるばかりで ここ一軒となった
シャワーの取り付け金具や蛇口の部品のストックが これしかないと 
番台の後ろの棚に 置かれてあった
これをつくっていた会社が倒産し 壊れたらアウト
湯回りの設備を新調することなど 考えられない
そう言って 苦笑する 
いまじゃ 若い者も 子どもも少なくなって
銭湯に来るのは 高齢者だけ
メイン通りに面した銭湯も 世の移ろいにはあらがえず
商店街のさびれをもろに受けて 人通りも少なくなった
その中で老舗の羊羹屋が かろうじて体面を保つ
山の斜面を開いてつくった 古い歴史ある漁師町
漁が不漁で 頭を抱えるこのご時世
いまは観光客で 夏の一時賑わうが 
タバ風吹くと バタリと止まる

ところで 子どもさんは 
いらぬことを聞いてしまった
いないよと 72歳の親父さんは答えた
嫁ももらわず 一人で風呂屋を守ってきたのだ
とりとめない話をしていると 若い人が 入ってきた

丹精込められた観賞用植物が数鉢  
しばれつく玄関口に 置かれてた
緑鮮やかな葉は 客を迎える親父さんの気遣いだろうか
暖簾を分けて 雪降る街角に立った
向かえの羊羹屋に 十数年ぶりに入った
店員さんの 接待のこころに触れて またぬくまった

今年初めての どか雪を待つかのように
静かに更けてゆく

※タバ風:日本海から吹き上がってくる強い北西の風。一節に束になって吹く風とも。

〔2020年2月17日書き下ろし。大雪警報の中、翌朝街は除雪に追われていた。風呂屋の主人との語らいから、地域を守ることの厳しさを心に残した〕