自治基本条例にみるまちづくり学習とその権利(Ⅰ)

「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」「福祉によるまちづくりの最大の問題は、住民の『学習権』保障とその一環としての市民福祉教育の推進である」。これは、特に目新しいものでもなく、新味に欠けることを承知しているうえでの、筆者(阪野)の管見のひとつである。なお、まちづくりの英訳については、学界や学者によってさまざまであり、確定されたものはなさそうであるが、とりあえず community planning を考えている。
まちづくりや自治に関する基本原則や、行政の基本ルールなどを明文化した条例に「自治基本条例」(総称)がある。それについては、確立された考え方やコンセンサス(合意)を得た定義が存在するわけではない。一般的には、地域の住民が抱える多様な生活課題や地域課題を解決し、安全・安心なまちづくりをめざして、住民(法人や団体を含む「市民」)と自治体職員、市区町村長、市区町村議会議員の4者の役割や責務、相互関係などを明らかにすることを目的として制定される、市区町村の最高規範ないし最高位条例であるといえる。例えば、総務省(「地方行財政検討会議」)は、2010年6月、「地方自治法抜本改正に向けての基本的な考え方」について纏めるが、そのなかで「通常の条例の上位に位置する基本条例(「自治憲章」)を考えることもでき」るとして、次のように述べている。いささか長きにわたるが引用しておくことにする。

人口減少・少子高齢化社会の到来、家族やコミュニティの機能の変容をはじめとする時代の潮流の中で、住民に身近な行政の果たすべき役割は従来に増して大きくなることが見込まれ、地方公共団体は、これまで以上に住民の負託に応えられる存在に進化を遂げなければならない。
一方、現実には、地方公共団体の行政運営に対する地域の住民の関心は都市部を中心として低いと言わざるを得ない。例えば、地方選挙の投票率は国政選挙より総じて低く、全体として見れば低下傾向にある。
このような状況を克服し、自らの暮らす地域のあり方について地域の住民一人ひとりが自ら考え、主体的に行動し、その行動と選択に責任を負うようにする改革が求められている。これは、一つには、住民に身近な行政は、地方公共団体が自主的かつ総合的に広く担うようにすることであり、もう一つには、地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにすることである。この2つの観点から地方自治法のあり方を抜本的に見直す必要がある。(2ページ)
地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにする観点からは、地方公共団体の組織及び運営や住民自治の仕組みについても、法律によって定められる基本的事項の枠組みの中で可能な限り選択肢を用意し、地域住民自身が選択できるような姿を目指すべきである。
この場合の選択の方法としては、通常の条例のほか、通常の条例の上位に位置する基本条例(「自治憲章」)を考えることもでき、また、住民投票制度の導入を構想することもできよう。 (4ページ)

自治基本条例の嚆矢は、北海道ニセコ町が2000年12月27日に制定し、翌2001年4月1日から施行した「まちづくり基本条例」であるといわれる。以来、NPО法人公共政策研究所のウェブサイトによると、2013年8月現在で288の自治体において自治基本条例が制定、施行されている。
さて、本稿のねらいは、住民(市民)主権や住民(市民)自治によるまちづくりを実質化するための「学習」や「学習権」が、自治基本条例のなかでどのように位置づけられているかを明らかにするために、若干の基礎的整理を行うことにある。そこで、とりあえずは、「学習」や「学ぶ権利」などの文言のある自治基本条例と条文を抽出することにする。ただし、紙幅の制約から、その整理作業は限られたものになる。以下では、自治基本条例を、多少煩雑な感じはするが、(1)まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして「学習」について規定しているもの、(2)「学習権」を条文の見出しに表記しているもの、(3)住民の権利や責務のひとつとして「学習権」について規定しているもの、(4)「生涯学習」を条文の見出しに表記しているもの、(5)学習機会の提供や学習支援について規定しているもの、という5つの枠組みを設けて整理する。また、条文はできる限り自治基本条例の制定順に記載することとし、それぞれに施行年月日を付す。なお、「人材育成」は「学習」を含意するが、「人材育成」の文言のある自治基本条例と条文については、今回は採りあげない。また、288の自治基本条例についてはひととおり目を通したが、見落としているものについてご指摘いただければ幸いである。

(1)まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして「学習」について規定している自治基本条例
①新潟県柏崎市/柏崎市市民参加のまちづくり基本条例/2003年10月1日
(まちづくりの目標)
第6条 市民と市は、まちづくりの基本理念に基づき、それぞれに協働し、次に掲げるまちづくりの推進に努めるものとする。
(2)すべての市民が学ぶ喜びを持ち、生涯にわたって学習できるまちづくり
②青森県五戸町/五戸町まちづくり基本条例/2004年7月1日
(まちづくりの基本理念)
第2条 まちづくりは、町民、自治会等、その他の団体(以下「町民等」という。)及び町が協働を基本とし、次に掲げる事項を重点的に守り育てることを目指して行うものとします。
(2)郷土の文化と学ぶ心
③福島県三春町/三春町町民自治基本条例/2005年10月1日
(学習と能力向上)
第7条 町民、議会及び町は、郷土の歴史、地方自治及び民主主義等について自ら学び、その能力の向上を図りながらまちづくりを進めることを原則とする。
④北海道登別市/登別市まちづくり基本条例/2005年12月21日
(まちづくりの基本理念)
第2条 まちづくりの基本理念は、次に掲げるものとし、市民及び市はこの理念に基づきまちづくりを推進しなければならない。
(1)市民は、市民自治を実現するために自ら学び、市民の権利を行使し、まちづくりに積極的に参画するよう努めること。

以上のほか、⑤広島県三次市/三次市まち・ゆめ基本条例/(まちづくりの目標)第6条(4) 歴史と伝統を継承するとともに、学ぶ喜びをもてるまちづくり/2006年4月1日、⑥北海道上富良野町/上富良野町自治基本条例/(基本理念)第3条(4) わたしたちは、学習や心身の健康づくりを惜しまず、自らを高めます。/2009年4月1日、⑦千葉県流山市/流山市自治基本条例/(目指すまちの姿)第5条(6) 生涯にわたって学ぶことができるまち/2009年4月1日、⑧岐阜県輪之内町/輪之内町まちづくり基本条例/(まちづくりの基本理念と基本施策)第三条四 生涯現役で生きがいの溢れる生涯学習を推進するまちづくり。/2010年4月1日、⑨北海道置戸町/置戸町まちづくり基本条例/(人を大切にするまちづくり)第5条 町民、議会及び町は、生涯学習などの学習活動がまちづくりにつながることを大切にして、子どもからお年寄りまで全ての町民が、互いを認め合い、健康でこころ豊かな人を育て、安心して暮らすことのできるまちづくりを行います。/2010年4月1日、がある。
以上のように、まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして学習が明文化されている。しかし、その数は9例と少ない。また、理念や目標、原則としての規定だけでは、住民の学習活動や自治体による学習機会の提供、学習活動の支援などが具体的に推進されるとは限らない。すなわち、総則的な理念規定だけではその具体的な推進は担保されない。そこで、総則的な規定の次に置かれる、条例の中心的・本体的な内容・部分をなす実体的事項に踏み込んだ規定を設ける必要がある。そもそも自治基本条例そのものがいわゆる理念条例に過ぎないが、②は全体でわずか14条と短く、文字通りの理念条例・規定にとどまっている。それに比して、⑥は40条、⑦は41条から構成されており、詳細な規定がなされている。なお、条文数の多寡によって、まちづくりやその学習、それらに関する諸権利の規定などに違いがあるであろうことは推測に難くない。

(2)「学習権」を条文の見出しに表記している自治基本条例
①滋賀県甲良町/甲良町まちづくり条例/2003年4月1日
(地域学習の原則)
第4条 町民および町は、ともに地域学習を重ねながら、まちづくりに関する情報を共有活用し、地域学習の成果に基づきまちづくりの意思決定を行う。
(学ぶ権利)
第7条 町民は、まちづくりに関し、自ら考え行動するために必要な情報や考え方を学習する機会を得る権利を有する。
②大分県九重町/九重町まちづくり基本条例/2005年2月1日
(地域学習の原則)
第4条 住民、議会及び行政は、共に地域学習を重ねながら、まちづくりに関する情報を共有、活用し、その成果でまちづくりの意思決定を行うことを基本とする。
(学ぶ権利)
第8条 住民は、まちづくりに関し、自ら考え行動するために、学習する権利を有する。
③北海道遠別町/遠別町自治基本条例/2006年4月1日
(学ぶ権利)
第11条 わたしたち町民は、生涯にわたり学習機会を選択して学ぶ権利を有する。
④福岡県うきは市/うきは市協働のまちづくり基本条例/2007年4月1日
(学習の権利)
第8条 すべての市民は、まちづくり関して自ら思考し行動するために、学習する権利を有する。

学習権を独立した条文で明確に規定するのは4例にすぎない。①と②には、学習権規定の前に「地域学習の原則」の規定があり、条文の語句や表現も類似している。まちづくりは先ず、住民の地域への関心とそれに基づく地域理解、地域診断から始まる。その点に関して、①と②の規定は条例の構成と条文の内容において評価できよう。

(3)住民の権利や責務のひとつとして「学習権」について規定している自治基本条例
①埼玉県富士見市/富士見市自治基本条例/2004年4月1日
(市民の権利)
第6条 市民は、まちづくりの主体であり、市政に参加する権利及び市政に関する情報を知る権利を有する。
2 市民は、自ら考え行動するために学ぶ権利を有する。
②岐阜県岐阜市/岐阜市住民自治基本条例/2007年4月1日
(市民の権利及び役割)
第6条 市民は、市政に関して知る権利を有するとともに、広くまちづくりに参画する権利を有する。
2 市民は、自らまちづくりに関して学ぶ権利を有する。
③埼玉県熊谷市/熊谷市自治基本条例/2007年10月1日
(市民の責務)
第7条 市民は、主体的にまちづくりに参加するよう努めます。
3 市民は、自ら考え行動するためにまちづくりについて学ぶよう努めます。
④岩手県花巻市/花巻市まちづくり基本条例/2008年4月1日
(市民の権利)
第6条 市民は、まちづくりに参画する権利を有します。この場合において、参画しないことによる不利益な扱いを受けないものとします。
3 市民は、生涯にわたり学ぶ権利を有します。

以上のほか、⑤岩手県宮古市/宮古市自治基本条例/(市民の権利)第6条4 市民は、生涯にわたり学ぶ権利を有する。/2008年7月1日、⑥青森県おいらせ町/おいらせ町自治基本条例/(生活に関する権利)第4条(5) 子どもから高齢者まで誰もが、生涯にわたり自由に学ぶ権利/2009年4月1日、⑦鳥取県日吉津村/日吉津村自治基本条例/(村民の権利)第8条3 村民は、生涯にわたり学ぶ権利を有します。/2009年4月1日、⑧北海道名寄市/名寄市自治基本条例/(市民の権利及び役割)第11条 市民は、まちづくりに参加する権利、知る権利及び学ぶ権利に基づいて、自らの意思により主体的にまちづくりに参加するものとする。/2010年4月1日、⑨高知県須崎市/須崎市自治基本条例/(市民の権利)第5条(5) 生涯にわたり学ぶ権利/2011年1月1日、⑩東京都新宿区/新宿区自治基本条例/(区民の権利)第5条4 区民は、区の自治の担い手として、生涯にわたり学ぶ権利を有する。/2011年4月1日、⑪新潟県燕市/燕市まちづくり基本条例/(市民の権利)第5条3 市民は、まちづくりに関して自ら考え、行動するために、学ぶ権利を有します。/2011年4月1日、⑫滋賀県長浜市/長浜市市民自治基本条例/(市民の権利及び責務)第5条 市民は、まちづくりに参画する権利及びまちづくりに関して必要な地域学習を選択して学ぶ権利を有する。/2011年4月1日、⑬埼玉県白岡市/白岡市自治基本条例/(市民の権利)第4条3 市民は、まちづくりに関し、自ら考え主体的に行動するために必要な事項を学習する権利を有する。/2011年10月1日、⑭岩手県西和賀町/西和賀町まちづくり基本条例/(町民の権利)第6条2 町民は、等しく学ぶ権利を有します。/2012年4月1日、⑮石川県七尾市/七尾市まちづくり基本条例/(市民の権利)第6条4 市民は、まちづくりに関し、生涯にわたって学ぶ権利を有する。/2012年9月1日、⑯兵庫県西脇市/西脇市自治基本条例/(市民の権利)第16条2 市民は、自ら考え行動するため、生涯にわたって学習する権利を有します。/2013年4月1日、がある。
以上の条例は、①のように住民をまちづくりに参加する権利主体として捉え、まちづくりに関して自ら考え、行動するための学習権について規定する条例と、⑥のように住民が有する権利(「生活に関する権利」)を並列的に列挙し、そのひとつとして生涯学習の権利を位置づけている条例とに大別される。前者は①、②、③、⑧、⑪、⑫、⑬、⑮、⑯の9例、後者は残りの7例である。
いうまでもなく、学習権の保障は、①や②にみるように、まちづくりや市町村政に参加する権利(住民参加)と、まちづくりや市町村政に関する情報を知る権利(情報公開)が伴っていなければならない。自治基本条例では、住民参加と情報公開を前提に、住民がまちづくりや市町村政について主体的・積極的に学習できる条件整備にまで立ち入って規定することが望まれるところである。
また、まちづくりに参加する権利は、そこに暮らす全ての住民が有する権利である。とりわけ子どもや高齢者、障がい者、生活困窮者、外国籍住民などの社会的弱者に対する生涯学習の権利保障は、ノーマライゼーションとソーシャル・インクルージョンの実現に向けた福祉によるまちづくりを推進するに当たって、特に重視されるべきである。しかし、そうした規定は皆無である。住民(市町村民)のなかに社会的弱者も包含されているのであろうが、高齢者や障がい者などがひとりの住民として、またセルフヘルプ活動・運動としてまちづくりに参加・参画する権利と、それを保障するための生涯学習の権利について特別規定する必要性と重要性は高い。高齢者や障がい者などが置かれている社会的困難・不利・孤立・排除等の実態をみるとき、多言を要さないであろう。