シナリオ「稼いで半人前」

恩ある人に頼まれて引き受けた民生委員。何をどうしていいのかわからぬままに、不安ばかりが募ります。そんな様子を端から見ていた母親が、「どうしたのさ」と話しかけてきた。
食卓を囲んで、母と息子夫婦の3人で茶飲み話が始まったようです。

「どうしたのさ? 何だか言いたそうな顔さして」
息子 「どうもこうも、民生委員引き受けちゃって、勤(つと)まるかどうか」
「でも、引き受けてしまった以上、やるしかないっしょ」
息子 「母さんの手前、恩ある人だから、むげに断るわけにもいかず、引き受けちゃったけど」
「けど、何なのさ」
息子 「何をしていいんだか、さっぱりわからない。俺まだ40だよ。地域のことなんかより、仕事しなきゃ喰っていけないしょ」
「子どももまだ学校だしね。夫婦共稼ぎしないと、教育費もこれからかかることだしね」
「そうだね。でも引き受けた以上、やるしかないっしょ。決めたのはあんたなんだから」
息子 「それはそうなんだけど。でも時間がねえのもほんとのところで、仕事にどんだけ食い込むのか、そこが一番心配なんだ」
「だから、断れるもんならって、二人で話はしていたんだけどね」
息子 「でも、いままで頼み事なんぞしたことのないおじさんが、ああやって何度もうちさ来て、頭下げられたら、たまんないね」
「泣き言一つ言うこともなく、他人(ひと)様のために、長い間働いてきた人が、ああやってお前に頼みに来たって言うのは、ただ事じゃない気がするよ」
「私も、何か言えない事情があってのことかなって」
「元気そうに見えても、寄る年波には勝てないね。何か心配事が起こったのかも知れない。詮索(せんさく)してもしかたないけど」
息子 「そこなんだ。もしもだよ、例えば病気で動けなくなったから、助けてくれって頼みに来たら、頼まれた方は同情して“受けてやった”という気になるよね。ましてや恩義せがましく人にものを頼むのは、逆に負い目を感じて、おじさんには納得できないことだったかも知れない」
「父さんなら、そんな気持ちを察して、何も言わずに引き受けたかも知れないね。ほんとにおじさんにはお世話になって、口には出さんかったけど、お前が引き受けてくれて、実はホッとしたというのがほんとの気持ちさ」
「職場でこの話をしたら、恩を受けたらその人に返さず、世間に返して行くものだと教えてくれたわ。恩の貸し借りをその人としていたら、世間に恩は回らない。暮らしやすくする世間にするのは、そうして恩を世間に回すことが大事かも知れないって。その人は、50は過ぎているけれど、地域の消防団員で、じっちゃんたちと訓練してるって」
「さっき、仕事の話が出たけれど、父さんも仕事そっちのけでよく走り回っていたね。母さんが小言を言うと、よく言ってたわ。“仕事して半人前、他人(ひと)様のために動いて半人前。これでようやく一人前だ”って。うまい言い訳していたわ」
息子 「確かに、二人のいうとおりかもしれない。おじさんは、俺に一人前になれって、そう言いたかったのかも知れない。いままでどれだけいろんな人にお世話になってきたことか。子どもだって、学校だの少年団だの、親にはできないたくさんの恩を受けてきた。そう考えると、恩を世間に返してきたおじさんの気持ちを継ぐことが、俺たちのしなけりゃいけないことかもしれないね。子どもらがここで元気に成長していくためにも、大人の責任を果たすバトンを受け取ったのかもしれない」
「そうだね。確かに仕事もお金も大事だけれど、おじさんが、決して無理せず背伸びせず、できることからでいいんだよ、って言ってたでしょ。最初から大きな責任背負ったように思い込んでたから、気が重たくなったんじゃないの」
息子「できることから、か。そうだな。何もやってもいないのに、やれない、やらない言い訳を、考えていたのかも知れない」
「私もなんか負担だなと思っていたけど、何か手伝えることがあるかもしれないわね」
「そうだね。家族でこうして話ができるっていうのも、いいもんだね」
息子 「新しい民生委員の研修があるっていうから、まずは一から勉強します」
「そこが一番心配。なにせ物覚え悪いんだから」
「すみません。産んだ私の責任です」

親子の楽しそうな会話が続きます。
色々な事情を抱えてリタイヤする方の代わりに、新しく委員になられた方々にもそれぞれの事情があるものと思います。
それを抱えて今日この研修に参加したのは、何らかの自分なりに納得できる「引き受けた理由」を探しに来られた方も少なくありません。
これからの時間、その理由が見つかるかどうかわかりませんが、皆さんのお気持ちに添うような、あるいは生き方に添うような中身のある時間になるよう努めたいと思います。
皆さんのお力もお借りしながら、実りある時間になりますようよろしくお願いします。

〔2020年2月9日書き下ろし。昨日の「舞台を創る」で紹介したシナリオです〕