母は 戦後大阪から 祖父に請われて海を渡り
予科練崩れの 父の元に嫁いだ
所帯を持たせば 落ち着くだろうという魂胆だった
誰一人知る人もない 室蘭の富士製鉄のベッドタウン幌別(現登別市)
八畳と四畳半の2間と台所の 狭い4軒長屋の労働者社宅
そこで 子どもを4人育てた
初めて授かった子は 流れた
慣れない環境と貧しい食事
ストレスと栄養不良だったのかもしれない
その後に 私が授かり 無事生まれた
もしも 最初の子が生まれていたなら
私は この世に存在しなかった
大人になって 存在は必然だったと考えるようになった
一枚の白黒写真が 手元にある
唯一残された 幼少の頃の写真
自宅前の 壊れかけた庭の竹の柵をバックに
真新しい三輪車 そのハンドルを小脇に抱え
坊ちゃんカットの頭に ベレー帽をかぶる
KANGOLへの愛着は ここに原点があった
右に視線を向けて ポーズを取る
その先には あやす母の姿があったに違いない
真っ白い洒落た上下の服は
上着に 縦2本のラインが入り 襟の縁取りにつながる
パンツは 半ズボン
白い靴下に 紐付きのシューズ
背丈から4歳前後の頃と 推察した
大阪で生まれ育った母は お洒落だった
行くあてがない 余所行(よそゆ)きの服
社宅の子で こんな子ども服を着た子はいなかった
戦後の貧しい暮らしの中で
父も母も 子どもらに注いだ深い慈しみに
ただただ感謝のおもいしかない
若い母が 幼子(おさなご)の目線の先で
満面の笑顔をふりまいている
そう想像するだけで 目頭が熱くなった
30日 母の7回忌を迎える
※KANGOL:カンゴールは、イギリス発祥の帽子ブランド。そのロゴマークはカンガルーの付いたデザインが有名。特にハンチング帽が根強い人気を持っていて、40年前から愛用している。
〔2020年3月30日書き下ろし。一枚の写真に込められた父母の愛と、母を偲ぶ〕