ドライブ中
「10キロって、何分かかるの?」
突然の質問がきた。
「時速60キロで走っていれば、10分だね」
「でもいつでも10分じゃないよね」
「その通り。坂もあればカーブもある。速くは走れないから時間がかかるし、真っ直ぐな道ならスピードアップもできるから、いつも10分かかるとはいえないね」
車には、5分毎の燃費を示すグラフが表示されている。
「例えば、この車が5分間に1リットルのガソリンでどれだけ走れるのか、その棒グラフがここに出てるね。山道を走っているからグラフが凸凹してる」
「速さも、こんなふうに場所によって変わるってことだね」
「その通り。登りだとガソリンを使うし、下りだとそんなに使わないから燃費はいいね。このグラフをならして平均を取ったのが下の数字で、1リットル当たりの燃費が23キロ。これはガソリン1リットルで23キロは走れるってこと」
「そういうことだよね、平均って」
「どういうこと?」
「平均って、凸凹していることをただならしただけのことでしょ」
「そうだね」
「人ってそれぞれ凸凹があるのに、なぜ平均を気にするんだろう。テストだって平均点を元にして、出来たの出来なかったのって評価するんでしょ」
「ただの目安が、成績を比べる目的になってるってことだね。先生にしてみれば楽だね」
「そうかな。先生が自分で教えたことの結果がテストなのに、出来ないのは生徒のせいにして、自分の評価にしてないことっておかしくない?」
「どういうこと?」
「テストって、子どもの成績を比べて終わりじゃないでしょ。なぜこの子はここが出来なくてここは出来たのだろう。この子はテスト問題のどこでつまずいたのだろう。全体でこの問題の平均点数が低いのはなぜだろう。そう考えるのが普通じゃないの? 自分の指導の仕方をチェックしないで、テストで成績付けておしまい!」
「先生は忙しいから、そんな細かいことまでやってられないだろう」
「そもそも成績を付けるために、テストをするの? ではなくて、自分の教え方や子どもの学び方をテストを通して見直すのが、先生の仕事でしょ。そこで教え方がまずかったり、子どもがつまずいたりしていたところをチェックして、教え直すことや今度の勉強で特に注意することが、教えるってことじゃないの」
おやおや、大人は少しタジタジです。
「平均ってただの数字でしょ。それで子どもを評価するっておかしくない。みんなが当たり前って思っていることって、実は誰かにとって都合のいいことってない?」
「どういうこと」
「授業で頭のいい子に意見を言わせて、先生がどうですかってさもさもらしくきいて、いいですって周りに合わせてみんな手をあげるでしょ。授業が進めやすいよね。そんなとき、反対の意見を言ってみたくなるんだ」
「どうして?」
「人ってみんな考えることも感じることも、人それぞれで違うっしょ。でも、先生が求めているものとは、違う意見を言う空気にはならない。特に勉強の出来ない子の意見なんか、軽く見られて相手にされない最悪の空気になるんだ。みんなと同じですって合わせているのが一番楽」
「きみはどうなの?」
「なぜか分からないけど、そんなクラスの空気がとっても嫌だった。みんなの意見に合わせることが出来なかった。違うことを考えるのが面白しろかった」
「そうするためには、自分の考え方を持っていないといけないよね」
「そう。ただ嫌だって思っているだけではなんにもできないよね。そのときはその理由がわからないでいたから、クラスにいることがとっても苦しかった」
「だから学校に行かなくなったのかい」
「勉強も好きじゃなかったけれど、みんなと同じことをするのが苦手だったんだ。みんな勉強もスポーツも確かに頑張っていたことも間違えではないよ。ただみんなと同じようなことを考えたりしたりすることがどうしても出来なかった。だから、学校に行けなくなってしまったんだと思う」
「それじゃ友だちはいなかったっしょ」
「いや、放課後や休みの時に一緒に遊ぶ友だちはいたよ。全然そこは心配なかった」
「平均の話を出したのは、みんな学校というところで平均的な子どもにされているって話なの?」
「そう。だって平均的な人間なんかいないのに、平均とか標準とかって、そこを元に何かを教えたり計ろうとする学校に、とっても息苦しさを感じていたんだ」
「確かに人は一人ひとり違うのに、一人ひとりの良さや欠点があってその子なのに、なんだかみんなと同じように感じたり考えたりするように仕向けられているのが学校かも知れない。そこから外れると学校に行けなかったり、行ってものけ者にされたりするのかな」
「みんなと違う子は、クラスには馴染まないから、問題児にしておいて構わないようにする。邪魔されないようにしたほうが、みんなにはありがたいよね」
「事なかれ主義、傍観、無視、いじめ、いろんな言い方あるけど、結局は学校に来るなってサインだね」
登校拒否を起こしている子の、学校への違和感はなかなか理解されない。
「みんなも人それぞれ違うんだって思っていても、クラスの空気を乱してしまう〈違う子〉になりたくない。そう思っているうちに〈普通の子〉に慣れてしまうと自分の意見は持たなくても誰かの意見に合わせるだけでいいって思えたら、学校生活は楽勝かも知れない」
「そうはしなかった」
「できなかった。そんなの自分らしくないから。ただそのときは幼かったから漠然と嫌だなって思っていて学校に行くのをやめたけど、いま考えたらみんなと同じようにすることや同じ考えをもつことが苦手だったんだね。そうしている子たちをダメな子だって言ってわけじゃないよ。そもそも人それぞれなんだから、その人の考え方や生き方をおかしいって言えるわけないよ。自分のこともよくわかっていないのに」
「でも学校の先生は、きみをダメな子にしちゃったね」
「先生ってそんなもんかも。普通と違うってだけで何か悪いことしてるような気にさせられるよね。いまじゃどうでもいいことだけど。なんかな、みんなとは違う子でいたいっておもいが強くなったのかな。学校や先生への反発も、自分ではどうしたいのか、どうしたらいいのかわからないことがよくあったと思うよ。どんなふうにすることが違うということなのか、悩んでいたんだね。いまもあまり変わらないけど」
「まだ悩んでいるの?」
「悩みっぱなし。何をやりたいのか、誰も教えてはくれない。でも一緒に夢を見ながら悩む友だちがいることは一番だね。世の中が学校、いつもテストは厳しい。平均点じゃ夢は叶わない。でもそこには平均点はない。だって比べるものがそもそもないから、自分で決めて自分を試す。失敗したら、そのときにまた考える」
「平均って、普通の子には人と比べるのに必要だけど、違う子には無用ってこと?」
「グラフの凸凹をそのままの自分だと考えて、自分らしく生きるってどんなことなのか、そのためには、自分のことをもっとよく知らなきゃいけないって、いまわかった気がする」
「いまの子は、周りの空気を読むことを学校で教わっている。そこに空気の読めない、いや読まない〈違う子〉がいると、空気が乱れるからって、その子に同じ空気を吸うようにみんなで迫るけど、きみはそうはならなかった」
「みんなと同じようにすることが、ただできなかったことだけかも」
「そのときそのときに、自分で決めて生きることを、きみはずいぶん早くからはじめてしまったんだね」
「これからどうなるかはわからないけど、普通の子も一緒でしょ。だってみんな違う子なんだから。学校で〈みんな同じ〉と教えられることに嫌だなって思っている子は、我慢しているかも知れない。きっと苦しんでいるよ」
「そうだね。大人にも言えるね。周りの空気に流されず、素直に思ったことを言ったり出来たりしたら、きっと楽しいね。そもそも平均ってなあに? ってことかな」
「平均な人ってどこにいるの? いるのは、いろんな個性を持った人でしょ」
〔2020年10月6日書き下ろし。人は平均で表してはならない。父は男を演じた、きっと。父の生き方はいまだ越えられない。愛情深かった父の命日に記す〕