青春の挫折

昭和2年 樺太敷香(現在ロシア領サハリン中部)に生まれた
太平洋戦争の末期
少年は敷香中学校で ソ連の南下侵攻に危機感をつのらせていた

親の反対を押し切り 意を決して中退し
海軍飛行予科練習生(予科練)に志願し入隊した
16歳のことだった
樺太から土浦航空隊までの長い旅路の果てに
ひたすら訓練に明け暮れて
飛行士は夢のまた夢だった
そして20年8月敗戦を迎えた

命がけで樺太から引き上げてきた両親とは
北海道登別で再会した
皇国の18歳の少年にとって
やり場のない怒りを抑えるには 若すぎた
忠誠心の崩壊が 恨めしかった
混乱した時代に生きるには 希望をなくしていた
酒を覚えたのは 己の弱さの発露だった  

アイヌの知人を頼って鵡川に行った
太平洋の海原で漁をするときだけは 素面になった
老父は 身を固めたら落ち着くだろうと
男を21歳で結婚させた
2男2女を授かった
男は子どもに予科練の話は 一切しなかった
やるせなさを 酒で紛らわせた
飲んでは戦地に行ったと 大法螺を吹いた
妻には行ったことのないくせにと たしなめられた

「若鷲の歌」
捨てられた皇国の幼き兵士たちの覚悟
奥底にしまい込んだ慚愧(ざんき)
戦争で負った青春の挫折

「若鷲の歌」
男の青春の残滓
男の青春の光と影
男が封印した熱情

男は誰も殺してはいなかった
ただ己の青春を葬っただけだった

〔2020年10月7日書き下ろし。今日放映のNHK朝ドラ「エール」から、若き父の姿をオーバーラップさせた〕