「福祉」と “ふくし” 、そして幸福学

昨年8月にH県社協で行った講演後に、受講者のお一人(民生委員)から「福祉」と「ふくし」のことに関していま一度確認したい旨のご連絡をいただいておりました。そのことが、2013年12月末にその年の手帳を読み返していた折に分かりました。遅ればせながら、次のように回答させていただきます。

「福祉」・・・「だんの らしの あわせ」「ふくし」
「しあわせ」・・・「満足していて、楽しいこと」
「福祉」・・・自分の、そしてみんなの「ふだんの くらしの しあわせ」(「ふくし」」)について、「いま」「ここで」、自分で、そしてみんなで「考え、汗を流すこと」

「しあわせ」(「幸福」)に関して、付け加えておきます。
ご案内のように、「幸福」(happiness、well-being)についての科学的な研究(「幸福学」)は、20世紀後半以降、心理学をはじめ経済学や社会学、医療や福祉の分野などで進められてきています。その用語や概念については、多義性をはじめ多様性や重層性、そして曖昧性をも多分に含んでいるといわざるを得ません。
一般的には、「幸福」は、「主観的幸福」(subjective well-being)と「客観的幸福」(objective well-being)に分けられますが、前者は「ネットワーク」「思いやりの心」「帰属意識」、後者は「健康」「所得」「地位」などをそれぞれ内実・要素として構造化されると考えられます。また、それらの関係をあえて図示するとすれば、図1のようになるのではないかと思います。
なお、蛇足ながら、「満足していて、楽しいこと」に関して、happiness(幸福)には「楽しさ」という意味もあります。また、19世紀のスイスの哲学者であるH.F.アミエルは「幸福の真の名前は満足である」といっています。さらに、生活満足度(life satisfaction level)は、生活の豊かさやゆとり、その質などに関する生活者本人による主観的な査定に基づくものであり、幸福度(happiness level)は「満足」をベースにした、生活者本人の健康状態や社会的境遇などによる心情的な評価に基づくものである、と考えられます。

「幸福」についての研究には、そのひとつとして、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本:Social Capital、以下「SC」と略す。)についての研究枠組みやそれに関連する知見が「使える」のではないかと思料します。そこで、以下に、かつて筆者(阪野)がSCと市民福祉教育(Citizens Socio-education)に関して記した拙文を、多少長くなりますが、再掲します。なお、「教育」は、それによって環境やその変化への適応を可能にするという意味において、間接的に幸福に寄与することもある。しかし、教育自体としては主観的幸福(感)との関連性はほとんどない、という言説もあることを付記しておきます。

〇SCとは、人々の協調行動を活発にする「ネットワーク」(network:社会的つながり)と、そこから生まれる互酬性の「規範」(norm:「~べきである」と表現することのできる行動や判断の基準・手本。法律や道徳・倫理・ルール・慣習など)、それに一般的な人々に対する「信頼」(trust)の3つの内実・構成要素からなる状態をいう。3つの関係については、「ネットワーク」は「信頼」や「互酬性の規範」(norms of reciprocity:お互いさまの支えあい)を生み、「互酬性の規範」や「ネットワーク」から社会的な「信頼」が生まれるというように、互いに他者を増加・強化させる関係にある、といわれる。それは、SCが多く蓄積されている地域・社会では、豊かなネットワークのもとに人々の協調行動が起こりやすく、人々は互いに信頼しあい、互いに支えあって、地域・社会の発展を促す、という論理である(R.D.バットナム)。
〇SC論の中心には、人々の「個人的つながり」あるいは「社会的ネットワーク」は価値のある財産(「公共財」)である、という前提が据えられている。これは、イギリスのことわざである「(大切なのは)何を知っているかでなく、誰を知っているかだ」(It is not what you know but who you know )に通ずるものでもある。
〇SCと市民福祉教育の関係について論じる場合、先ずは、SCの形成にとって市民福祉教育はどのような役割を果たすのか、市民福祉教育の展開にとってSCはどのような意味をもつのか、ということが問われよう。
〇SCの醸成・蓄積・向上によって人々のつながりや社会的ネットワークが豊かに構築されるところでは、人々の、福祉の(による)まちづくりやそのための市民福祉教育への関心や理解、参加はその度合いを高める。また、福祉の(による)まちづくりや市民福祉教育への関わりが高い人々は、パーソナルネットワーク(個人を中心とした他者とのネットワーク)や社会的ネットワークとの親和性や価値を高め、SCの蓄積・向上を促すことになる。
〇地域に根ざした、地域ぐるみの豊かな市民福祉教育の実践はSCを形成する。豊かなSCの蓄積は、より豊かな市民福祉教育の推進につながる。換言すれば、SCは市民福祉教育を推進するためのひとつの資源であり、またSCを醸成するプロセスは市民福祉教育の推進のプロセスの一部でもある、といえよう。その点において、市民福祉教育の進展の度合いは、SCのひとつの指標になり得るといってよい。
〇SCと市民福祉教育の関係は相乗的に互いを促進しあう関係(好循環関係)になり得るが、場合によっては、その関係性がマイナスに機能することもある。例えば、前近代的な小地域において、人々の旧来のつながりが強いところでは、福祉の(による)まちづくりやそのための市民福祉教育の関心や理解、参加は抑制される。情報提供や意見交換、社会参加活動が普段のインフォーマルな関係のなかで事象的にはスムーズに行われるがゆえに、それがかえって計画的な福祉の(による)まちづくり施策の推進や系統的な市民福祉教育の展開などについての認識や理解を鈍らせることになるのである。
〇SCは、それ自体の醸成・蓄積を図るための取り組みのなかから形成されるものではない。それは、人々が抱える生活問題やその重要な一部分である福祉問題の解決を図り、福祉の(による)まちづくりを進める取り組みを通して、統治パフォーマンス(遂行能力)を高め、より良き統治を実現する、その過程のなかから生まれるものである。
〇SCと市民福祉教育の関係については、図2のように示すことができよう。
(『Lecture Notes 地域福祉・まちづくり・市民福祉教育』2012年、57~59ページ)

1月6日17時