僭越ながら、いま暮らす “まち” で「よそ者、若者、ばか者」の役割を多少とも果たそうとしてきた(している)。しかし、地域からはいまだに、「物言わぬよそ者」としての振る舞いが要求される。地元の“名士”が主役の地域活動や “あやふや” と “うやむや” が交錯する会議では、「梯子(はしご)を外される」(梯子はかかっていなかった)、「出る杭(くい)は打たれる」(出る杭は抜かれる)ことも二度三度。さすがに「あほらしくってやってらんねーよ」。いまだに「世間」の「空気」が読めない自分がいる。
〇筆者(阪野)の手もとに、内閣府の「地域活性化伝道師」(地域おこしの専門家。2022年4月現在、394人が登録されている)を務める木下斉(きのした・ひとし)の『まちづくり幻想―地域再生はなぜこれほど失敗するのか―』(SB新書、SBクリエイティブ、2021年3月。以下[1])という本がある。「地方創生」や「地域再生」が叫ばれて久しいが、「地方」や「地域」はますます衰退し、「創生」や「再生」は混迷の度を深めている。その原因のひとつは「まちづくり幻想」にある。その幻想を振り払い、打開するためには、まちづくりや地域再生に関する意識や思考の範囲を広げ、面倒なことに果敢に取り組み、一つひとつの事業・活動を地道に積み上げていくことしかない。一人の住民の覚悟と意識変革(「思考の土台」の再建)、地域人材の発掘と育成、地域循環経済による地域経営(稼ぎ)、そして仲間と「地域の未来」について語り合う、それがまちを変える。木下が主張するところである。
〇[1]から、まちづくりの「幻想」とその「打開策」に関する木下の論点や言説のいくつかを、限定的・恣意的になることを承知のうえで、メモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。
人口さえ増加すれば地域が活性化するという幻想/人口減少と新たな経済的成長
▷地方が人口減少で衰退しており、それを解決すれば再生する考え方そのものは、大いなる「幻想」です。(40ページ)/地方の人口減少は衰退の原因ではなく、結果なのです。つまり、稼げる産業が少なくなり、国からの予算依存の経済となり、教育なども東京のヒエラルキーに組み込まれる状況を放置した結果、人口が流失したわけです。(41ページ)
▶一時的に移住定住の補助金をもらい、地域おこし協力隊などの限られた収入を3年ほど担保されただけの人口が、各自治体で数人、数十人増加しただけで構造的に変わるでしょうか。/人口論に支配された地方活性化論は、どこまだいっても無理が生じます。人口さえ増えればすべてが解決する、という幻想を捨て、先をみた思考が必要です。(43ページ)/できもしない方法に固執するのではなく、新たな付加価値の生み出し方と向き合う時代にきているのではないでしょうか。経済的成長を諦めるのではなく、今までとは異なるアプローチでの経済成長シナリオが必要なのです。(46ページ)
予算があれば地域は再生するという幻想/学び、動くヒトと組織が地域を変える
▷トップの仕事とは「人事」が9割を占めると言っても過言ではありません。「何をやるか」よりも「誰とやるか」「誰に任せるか」の方が圧倒的に重要です。/しかしながら、衰退地域のトップの多くは、「筋のよい事業に適切な予算を確保すれば成功する」という幻想に因(とら)われているのです。(62~63ページ)
▶どんなに筋のいい(見込みがある)事業で、適切な予算を確保できたとしても、どうしようもないチームでは絶対に失敗します。/内発的な力があるチームを作り出せるかどうかがすべての勝負の始まりです。だからこそトップの仕事は、事業のネタ探しでも、予算確保でもなく、よい人事なのです。(63ページ)/(意思決定層は、)組織の外で多様な接点を持ち、適切な学習時間を確保し、学び続ける必要があるのです。(64ページ)/自治体の意思決定者は、予算獲得の前に自分たちの地域がどのようなシナリオで再生するか、その戦略をつくる時間と人材を優先しなくてはなりません。そのことで適切な予算活用と事業の選択が可能になるのです。(67ページ)
成功事例を真似れば成功するという幻想/金太郎飴型からの脱却
▷意思決定層の傾向は、すぐに「答え」を求めがち。その定番は「成功事例を真似れば成功する」という幻想です。/毎年どこかの地域の「成功事例」を視察し、それをパクるための予算を行政に確保させ、取り組んでみる。うまくいかないと、次のネタをまた探し、行政の予算を確保させ‥‥‥という無限ループ(繰り返し)に陥っている地域は多くあります。(72ページ)
▶いつもこのように、ネタとカネを配って全国各地が一斉に真似をし、市場の崩壊を繰り返す。意思決定層は短絡的かつ適当なパクリをせず、自分たちの頭で考えるチームの養成に力をいれるべきなのです。国側も成功事例の横展開、水平展開の幻想から早く脱却することが必要です。(79ページ)
「うちの地域は大変な状況にある」という幻想/若者が地域の未来を豊かに語る
▷地方の意思決定層の抱える問題の一つは、地域の未来に対して非常に悲観的な人が多いことです。(96ページ)/(「うちの地域は大変な状況にある」という)ネガティブなプレゼンテーションは、その地域に関わろうとする人を減らしていく効果はあるでしょうが、プラスになることはありません。皆で「大変だよな」と言って、互いの傷をなめあったところで何も変わらないのです。(97ページ)
▶危機を乗り切る時に意思決定層の人たちが、20年、30年先に生きていないやつが意思決定をするべきではないと次の世代に席を譲り、それを支える立場に回ることは、まちづくりにおいて非常に重要です。(100ページ)/バトンを次世代に積極的に渡し、次なる世代を支え、未来に向けて動いていこうとする地域は、世代横断で変化を作り出しています。いつまでも長老たちが取り組んでいる地域は、どんどん若者はいなくなり、沈んでいきます。「誰がやるか=人」と向き合う必要があります。(101ページ)
すごい人に聞けば「答え」を教えてくれるという幻想/良いパートナーの発掘
▷(地域事業のチームメンバーを組織する際に)一番やってはいけないのは、単に「力ありそうだから」と目的も共有しないままえらい人や有名な人にチームに入ってもらうといったことです。(106ページ)/すごい人たちに聞けば「答え」を教えてくれるという幻想は捨てましょう。(108ページ)
▶(「答え」は、)自分たちで考え抜き、その上で共にプロと議論し、実践してこそ見えてくるものなのです。(108~109ページ)/「強烈な少人数チーム」(3~5人)を組織し、圧力をかわしながら、時に相手の力も借りながらプロジェクトを前に進めていくことが大切なのです。(105ページ)/地域事業の要は安易に思考を放棄せずに、自分たちでリスクをとって実践するチームなのです。税金で予算をつけた無料の研修では担い手なんて育ちません。そもそもそんなところで良いパートナーを「発掘」できるはずもないのです。(109ページ)
地域が衰退しているから誰がやっても失敗するという幻想/集団圧力からの解放
▷成功者は地域で妬(ねた)まれてしまう問題があります。(110ページ)/「悪くなるのも、よくなるのも全員一緒でなくてはならない」という、悪しき「横並び」幻想があります。足並みを乱すものは許さないという集団圧力こそが、成功者を潰し、次に続く挑戦者すら排除して、地域を衰退に至らしめることになるのです。(112ページ)。/「人口減少だ」とか、「経済が低迷している」とか環境要因のせいにして、「だから何をやっても失敗する」という幻想(に囚われている地元の事業者がいます)。(113ページ)
▶このような集団的な妬みによる状況を打破するためには、本当は意思決定者が地元の成功者を巻き込んだプロジェクトを立ち上げることが必要なのですが、なかなか難しいものです。/このような集団圧力が発生する中では、まず着実に投資して、事業を積み上げていくということに徹するのが大切です。(114~115ページ)/自らの事業を通じてまちを変えようと経営を続けられている方たちこそ、地元でより様々なシーンでの活躍が必要です。ただしその時には従来の民間と行政の関係ではなく、民間が投資、事業を開発する立場を貫くこと、そして行政もよからぬ組織心理で動かぬ、新たな公民連携のカタチが必須です。(118ページ)
集団が持つ無責任、他力本願、現状維持を正当化するための幻想/「挑戦者」「成功者」を活かす
▷集団が持つ幻想は無責任と他力本願と現状維持を正当化するために共有されているものが多くあります。(137ページ)/日本人は「みんなでやることは素晴らしい」という幻想が刷り込まれていて、それを美徳にしすぎています。/地域活性化でもよくいわれる「みんなで頑張ろう」とは、私は責任はとらないよ、という意味です。(126ページ)/地域で現状を打開し、変化させたいと思っている方であれば、それらの圧力をかわしながら、自らの動きを続けていく必要があるわけです。(137ページ)
▶(誰かの成功を)「ねたむ」「ねたまれ、疲弊する」ことによって地域は「新たな負の連鎖」に陥ります。(137ページ)/この問題の解決には2つの軸に分けて考える必要があります。地元の人々が「挑戦者・成功者を目の前にしたときにとるべき行動」と、「挑戦者・成功者側が意識すべきこと」の2軸です。(138ページ)/(前者については、)様子見などせず、最初の不安な時期にしっかりと具体的に応援すること。(後者については、)7~8人から反対されるうちに「仕事」を始め、地域での挑戦者を潰して回るのではなく、育て、投資すること、が重要です。(138~145ページ)/成功者を潰すのではなく、成功者を讃(たた)え、教えを乞い、そして褒められた成功者もオープンな姿勢で対応する。このような連携が発揮されたとき、地域に競争力のある大きな産業が生まれます。(146ページ)
「外の人」に手伝ってもらえば地域が豊かになるという幻想/「関係人口」との健全な関係
▷地域においては「よそ者」が地元を荒らす悪者の幻想を抱かれていることもあれば、有名なシンクタンクやコンサルタントを過剰に持ち上げる「よそ者」幻想に支配されているところもあるのです。(148ページ)/(関係人口については)「地元のファンが増加すれば地域がよくなる」という幻想を持ったものも多くあります。(161ページ)
▶地方に必要なのは単にゆるい関係をもつ人口(居住人口でもない、交流人口でもない、第三の人口としての関係人口)ではなく、明瞭に消費もしくは労働力となる人口を移住定住せずとも確保していくところに価値があるはずです。(162ページ)/関係人口という「外の人」に期待されるべき経済的役割としては2つがあります。(166ページ)/一つは、地元に住んだり訪れたりするだけではない「新たな消費」に貢献してくれるということです。/もう一つは、地元に不足する「付加価値の高い労働力」となってくれるという視点です。(166~167ページ)/漠然とした中で関係人口を募集するのではなく、「消費力」「労働力」という2軸をもとに地域に必要な関係人口をターゲティングし、そのような方々と意味のある関係を適切に築いていくことが重要です。(167ページ)
「わからないことは専門家に任せるもの」という幻想/外注依存の「毒抜き」
▷「わからないことは専門家に任せるもの」という幻想が、いまだはびこっています。/ハイエナのようなコンサルタントなども多くいるのも確かです。(171ページ)/地方のさまざまな業務の問題点は、計画するのも外注、開発するのも外注も、運営も外注、となんでもかんでも外注してしまうことにあります。(173ページ)
▶本来は、地元の人たちで計画を組み立て、事業を立ち上げ、産業を形成して動くのが基本です。(171ページ)/外注ばかりを続けると外注しかできなくなります。(173ページ)/地域の外注主義と、そこに群がるコンサルの構図が生み出す悪循環は、地域から3つの能力を奪います。➀執行能力がなくなり、自分たちで何もできなくなる、②判断能力がなくなる、③経済的自立能力が削がれ、カネの切れ目が縁の切れ目となる。(174~176ページ)/外注依存の「毒抜き」のためには、自前事業を一定割合で残し、外注よりも人材へ投資をする、です。当事者たる地元の人たちの知識や経験を積み上げて、独自の動きをとるのがなんといっても大切です。(176ページ)
「お金があるから事業が成功する」という幻想/事業を起こす際の4原則
▷地域で事業を起こすときに、「先立つものがない」という声が多く聞かれます。つまり「お金があるから事業が成功する」という幻想をもっていて、お金がないからできないというわけです。それは全くもって幻想、勘違いです。(189ページ)
▶(地域における初めての事業では、次の4つのポイントを意識して事業に取り組むことが大切です。)➀負債を伴う設備投資がないこと:借金したり投資家から資金を調達してまで、いきなり大規模な設備投資を伴う事業からスタートするのはリスクが高すぎます。②在庫がないこと:在庫を持つような特産品開発も、はっきり言ってナンセンです。③粗利(あらり、売上総利益)率が高いこと(8割程度):商売には、「最初は安く始め、後から高くしていく」という選択肢はありえません。製造工程から、自分にしかないスキルを提供することで付加価値を高め、粗利率が高い商売にしなければなりません。(190~192ページ)
〇木下は、以上のような「幻想」を打開する「プレイヤー」として、行政の意思決定者、行政の組織集団・自治体職員、民間の意思決定層、民間の集団・企業人、そして「外の人」を設定し、そのアクションについて言及する。その要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。一部見出しは筆者)。
行政の意思決定者/「役所」ですべきこと、「地域」ですべきこと
アクション1 外注よりも職員育成
有名な外の人に任せればよいという幻想に囚われている限りは、成果が生まれないのです。/幻想に組織が侵されないために、可能な限り、行政は「自前主義」を取り戻し、委託事業などの予算を管理した上で、人材投資に切り替える必要があります。(207ページ)
アクション2 地域に向けても教育投資が必要
何より健全な意思決定を地域全体で民主的に行うためには、最低限の教育レベルが担保されることは不可欠です。行政のみならず、議会などがまともに機能するためには、地元有権者も含めて教育ラインを引き上げていかなければ、地域の問題を自分たちで考えることは困難になってしまいます。自治体こそ国任せにしない、独自の教育投資が求められる時代になっていると思います。(209~210ページ)
アクション3 役所ももらうだけでなく、稼ぐ仕掛けと新たな目的を作る
「役所が稼ぐのはよいことではない」というのも幻想です。/意思決定者たちこそ、経営者として目を覚ます時です。必要な資金を稼ぎ、公共として投資を続けていかなくてはなりません。/稼ぐのはあくまで手段なのです。(210ページ)/自治体の意思決定層こそ、経費のかかるものを購入する「貧乏父さん」の思想から、稼ぐ資産に投資していく「金持ち父さん」の思想に転換する必要があります。(211ページ)
行政の組織集団・自治体職員/「自分の顔を持ち、組織の仕事につなげる」
アクション4 役所の外に出て、自分の顔を持とう
組織内での信頼、行政組織としての制度などに対する知識が備わっていることは基本としつつも、やはりそこから先、何かを具現化する上では地域における様々な方々に協力してもらわなければ、予算があったとしても形になりません。/同時に予算も限られる昨今、自分が言えば協力してくれる地元内外仲間をしっかり持っていないと、大きな動きは作れません。(213~214ページ)/仕事は役所内で完結するという幻想を振り払うため、アクションを起こすことが大切です。//役所内完結幻想を振り払い、まちに出ていきましょう。(216ページ)
アクション5 役所内の「仕事」に外の力を使おう
行政に所属している一人として重要なのは「役所にしかできないこと」を通じた地域への貢献です。/小さな取り組みは大切ですし、個人として顔を持つことも重要ですが、これらはあくまで手段です。それらを役所内の仕事にどれだけつなげていけるか、が大切。(217ページ)
民間の意思決定層/「自分が柵(さく)を断ち切る勇気」と「多様寛容な仕事作り」
アクション6 既存組織で無理ならば、新たな組織を作るべし
集団意思決定は、時に大きな間違いを犯す集団浅慮(しゅうだんせんりょ)に陥ったり、異なる人を排除する側面を強くするものでもあります。(219ページ)/これを打開する方法は、異分子をいかに意識的に取り込むか、にあります。/地域の取り組みにおいても、地元のいつも同じのえらい人だけでなく、外の人を効果的に取り込む仕掛けを作れるかどうかが問われています。(220ページ)
アクション7 地域企業のトップが逃げずに地域の未来を作ろう
人口減少になったらもう地方経済は終わり、というのは幻想です。/地域意思決定者の中には、極端に悲観的な予測と、まちのことは民間ではなく行政の仕事だという幻想に支配されている人がいます。(222ページ)/一方で、地元に積極的に投資を続ける経営者もいます。/地方における基盤の一つは、民間企業の存在です。地域における民間企業経営者だからこそできる地域活性化は、事業を通じた貢献なのです。(223ページ)
民間の集団・企業人/「地元消費と投資、小さな一歩がまちを変える」
アクション8 バイローカルとインベストローカルを徹底しよう
民間側の様々な組織、企業に属する人たちは、実は地元で最も大きな構成員であり、この層がどう動くか、はとても重要なことです。(225ページ)/地域内消費を、近隣の地元資本のお店にいって普通に買い物する(バイローカル)だけでも、地域内に流れるお金は違います。/地域内では地元資本を持つ人たちがお金を出し合い、地元事業に投融資すること(インベストローカル)はとても大切な動きです。(226ページ)
アクション9 一住民が主体的にアクションを起こすと地域は変わる
まちが変化するのは、大きな開発が行われる時だけでなく、小さな拠点が一つできることから始まったりします。(227~228ページ)/消費にしても、投資にしても、自ら始める企画にしても、大きな事業である必要はないのです。小さな取り組みを積み重ねれば、大きな地域の変化につながる。積小為大(せきしょういだい)、小さな一歩をないがしろにしなければ、一人の住民がまちに影響を与えることは大いにあるのです。(228~229ページ)
外の人/地元ではない強みとスキルを生かし、リスクを共有しよう
アクション10 リスクを共有し、地元ではないからこそのポジションを持つ
まず外の人として、(プロジェクトは失敗することもありますので、)地域プロジェクトに対して一定のリスクを共有することです。(230ページ)/その上で、地元ではないからこそのポジション、つまり、時に憎まれ役になるようなことも必要です。(231ページ)
アクション11 場所を問わない手に職をつけよう
地域おこし協力隊のみならず、外の人は一定のプロフェッショナルとしての役割を持つことが大切です。地域に関わる時に何ができるのか。具体的なスキルを持ち、一定の提案ができる動き方ができないと、すでに地域にある仕事をそのまま引き受けるだけになってしまいます。/「手に職」というのは高度な技術だけではなく、地域に関わる「フック」(地域・住民の興味関心を引くもの)です。(232ページ)
アクション12 先駆者のいる地域にまずは関わろう
どんな地域に関わったらいいかについては、地域との相性や地域の受け入れ態勢や準備などから、外の人としては、2つの原則があります。一つはいきなり移住しないこと、もう一つは先行者がいるところをまずは選ぶこと、です。(233ページ)
〇筆者はこれまで、1990年前後から2015年頃にかけて複数の地域で、福祉によるまちづくりの代表的な実践である地域福祉(活動)計画の策定に関わってきた。そのいずれにおいても、基本的には住民の主体形成としての「まちづくりと市民福祉教育」に焦点を当ててきた。それは、まちづくりは一人の住民の意識変革と小さな一歩(行動)から始まる、と考えているからである。また筆者は、計画の策定は、地域・住民が自分たちの「未来(あす)の夢」を語ることである。「夢」は追い求めるものであり、育むものでもある、と言ってきた。その際には、計画(夢)が画餅に帰すことのないよう細心の注意を払ってきた。それは、計画に基づく事業・活動の実現可能性を担保するためである。そしてまた、計画策定後も何らかの形でそれぞれの地域に関わってきた。それは、「関係人口」としての自分自身のあり方を問うものでもある。
〇例えば、東京都狛江市社協の地域福祉活動計画『あいとぴあ推進計画』(1990年3月)に基づいて取り組んだ一般市民を対象にした「あいとぴあカレッジ」の開講や保育園・幼稚園児を対象にした福祉絵本(「幼児のあいとぴあ」)の作成・配布、岐阜県関市社協の地域福祉活動計画『みんなで創る福祉のまちプラン21』(2000年5月)に基づく「地域ふくし懇談会」の開催などは、とりわけ思い出深いものがある。
〇狛江市社協の取り組みでは、計画策定に関わったT氏の怒りに満ちた言葉を思い出す。「私は、タバコ販売でほそぼそと暮らしていて、普段もほとんど外出はしない。こんな会議に参加している暇なんかないんだ」。その後、彼は、カレッジで自分の障害や暮らしについて語り、福祉のまちづくりの必要性を訴える「物言う当事者(市民)」に変貌する。関市社協の取り組みでは計画策定後、16の支部(地区)社協主催の基幹事業(福祉教育事業)となる「ふくし」懇談会で、さまざまな人との出会いがあった。Y氏が、「この地域にはこんなに多くの障がい者がいる。この地域の恥だ。こんな資料を懇談会に出してもらいたくない」と強い口調で不満をぶちまけた。翌年に開催された懇談会には、地元に所在する福祉施設で暮らす知的障害の若者数人が、地元住民として参加した。「自己紹介をお願いします」「‥‥‥」「‥‥‥」。彼らを温かく見守る参加者のなかにY氏もいた。
〇こんな話は枚挙にいとまがないが、地域に住む一人の住民が変わり、一人の住民が仲間と共に地域を変える。「まちづくりと市民福祉教育」の醍醐味がここにある。まちづくり幻想を振り払いまちを変えるのは常に、「百人の合意より一人の覚悟」(235ページ)であり、地域を変えるには「夢」(97ページ)が必要である、という木下の言葉を思い起こしたい。
〇絶対的に地盤沈下しているその今日的状況のなかで、社協は地区社協(小・中学校区の圏域)を基盤に、専門多機関や多職種、そして何よりも一人ひとりの高齢者や障がい者、子どもから大人までの地域住民などが、「まちづくりと市民福祉教育」を通していかに連携し共働・共創するかが問われている。それは、社協の唯一の生き残り策であるとも言える。「地域福祉(社協活動)は福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」という言葉を改めて強く認識したい。
よくある話ですが、うちは閉鎖的だとか、出る杭は打たれるだとか、結局、言い訳なわけです。閉鎖的だろうと、出る杭は打たれるだろうと、やる人はやるわけです。/「自分の保身で怖いからやりたくないんです。絶対に損したくないし」といってくれればよいのですが、なぜか土地のせいにします。そもそもよそ者でなくても、若くなくても、バカなんて言われなくても、やればいいだけなのです。(129ページ)
付記
「関係人口」については、阪野 貢/「まちづくりと市民福祉教育」論の体系化に向けて―その本質に迫るいくつかの鍵概念に関する研究メモ― 7 関係人口/地域再生主体としての「新しいよそ者」/2022年10月30日投稿 を参照されたい。