阪野 貢/「ケアリングコミュニティ」基礎考 ―ケアリングコミュニティと福祉教育に関する大橋謙策と原田正樹の言説を中心に―

ケアリングは「世話をする」「面倒を見る」「思いやる」といった行動を指し、人々の相 互関係の中に広く見られるものである。人々が共存するために不可欠のものであり、看護の中核となる重要な概念でもある。「ケアリング」と「ケア」(さまざまな人によって行われる世話、配慮、介護、子育てなど)は、いずれも人に対する気遣いや配慮、関心といった極めて近い意味を 持つが、「ケアリング」はケアを受ける人と提供する人が相互に支え合い、成長する点に言 及しているところに特徴がある。/ケアリングにおいて、ケアを提供する人は、その相手を大切に思い、成長や自己実現に 向けて、専心する。そしてそのプロセスを通じて、ケアを提供する人自らも成長を遂げる。 ケアリングは社会が人間らしさを保持していく上でなくてはならないものであり、看護の道徳的理念といわれるゆえんでもある。(日本看護協会『改訂版 看護にかかわる主要な用語の解説』2023年11月、12ページ)

〇超少子高齢・人口減少・多死社会が進展するなかで、家族機能の低下や社会的紐帯の希薄化、社会的孤立の深刻化などがすすみ、複合化・複雑化した地域・社会生活上の諸問題が顕在化している。そんななかで、 従来の地域の “支え合い”ではなく、意識的に活動する住民による新しい地域づくりが求められている(下記[1]18~19ページ)。本稿で取り上げる「ケアリングコミュニティ」(caring community)とは、看護の領域で用いられてきたケアリングの考え方をコミュニティにまで広げて展開しようという考え方である(下記[3]16ページ)。
〇筆者(阪野)の手もとに、大橋謙策編著『ケアとコミュニティ―福祉・地域・まちづくり―』(講座ケア 新たな人間-社会像に向けて 第2巻)(ミネルヴァ書房、2014年4月)という本がある。その「カバー・そで」は、その内容を次のように紹介する。「本書は、地域福祉の視点からケアを再検討するとともに、ケアリングコミュニティ構築のための実践方法を提起することを目的として企画されたものである。ケアリングコミュニティとは、福祉サービスを必要とする人を社会的に排除するのではなく、地域社会を構成する一人として包摂し、日常生活圏域の中で支えていく機能を有しているコミュニティのことである」。
〇以下では、この本に収録されている19本の論文のうちから、ケアリングコミュニティについての基礎的論考と、そこから福祉教育の必要性について言及する次の2本の論文について、その論点や言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

(1) 大橋謙策「はしがき」「社会福祉におけるケアの思想とケアリングコミュニティの形成」『同書』ⅴ~ⅶ、1~21ページ(以下[1])。
(2) 原田正樹「ケアリングコミュニティの構築に向けた地域福祉-地域福祉計画の可能性と展開―」『同書』87~103ページ(以下[2])。
併せて、原田正樹の次の論文にも注目する。
(3) 原田正樹「ケアリングコミュニティの構築をめざして」『月刊自治研』第59巻696号、自治労サービス、2017年9月、16~22ページ(以下[3])。

 

Ⅰ. 大橋謙策のケアリングコミュニティ論

人間存在の本質に「ケアする」「ケアされる」関係性がある
一般的な人間の生涯を通して考えてみると、われわれ人間は誕生期と終末期において“ケアされる”時期なくして生きることができない。まして、心身に障害を有したり、一時的に病気になった時には他者のケアなくして生きていくことができない。/それにもかかわらず、なぜ今ケアが問われているのであろうか。/逆に、ケアが必要な生涯を誰しもが送るにもかかわらず、なぜ他者へのケア、“ケアする”ことが問題になるのであろうか。/そもそも人間は1人では生きて行くことが困難な動物であり、集団の中でこそ生きるすべを獲得し、言語や文字を発達させてきたのではないか。だとすれば、“ケアする”、“ケアされる”関係性というものは人間にもともと求められていた機能だったのではないか。([1]2ページ。以下[1]省略)

「ケア」は自己実現を図ることに関わる営みである
ケアとは、子育ての時期のケアを考えても、終末期のケアを考えても、要は人間としての尊厳を護り、自己実現を図ることに関わる営みである。/とすれば、それは自己実現や人間としての尊厳をどう考えるかに関わっている命題である。ケアの目的は、人間が自立生活を送る上で必要な要件が何らかの要因で停滞、欠損、不足している時に支援を受けて、自己実現を図ることであろう。(8ページ)

「ケア」の考え方の構成要素として「6つの自立」がある
自立生活に必要な要件(条件)には次の6つがある(8~11、17ページ)。(そのような自立・自己実現の支援がケアの内容や方法を生み出し、そのための地域住民による意図的・意識的、主体的・能動的な助け合い(ケアリング)のコミュニティが「ケアリングコミュニティ」の形成と、住民と行政の協働による「地域共生社会」の創出につながる。:阪野)
① 労働的自立・経済的自立:労働をとおして社会とつながり、労働をとおしてものを創造する喜びを得ることは人間の成長に重要な要件である。労働の結果が経済的自立につながる。
② 精神的・文化的自立:人間として自らの快・不快の感性をもとにして、自ら感じたことを自己表出させる文化的自立の問題が大切である。思うところを多様な方法で感情表出するのは人間そのものの権利であり、人間だけに許される営みである。
③ 身体的・健康的自立:生活のリズムを保ち、生きる気力、生きる意欲、喜怒哀楽を豊かにもてることである。24時間の生活リズムをもち、社会関係・人間関係を築き、社会的に生きていくことは身体的・健康的自立のもっとも基本である。
④ 生活技術的・家政管理的自立:自らが生きていく上で生活を整える、日常生活を維持していく上での技術・知恵がなければ生きていけない。自立した生活を送る上では家政管理能力や生活技術能力がなければ生きていけない。
⑤ 社会関係的・人間関係的自立:地域にある社会関係・人間関係はすべて助け合いの精神に満ちた“麗(うるわ)しい”ものではない。プライバシーもなければ、生活共同体での役割を果たせなければ厳しい対応が求められる。そのような日本の文化のもとでは、意図的・意識的に社会生活上、良好な社会関係・人間関係を構築する必要がある。
⑥ 自律的意見表出的・契約的自立:日本の文化は、自分の意見を表出し、お互いがそれを認め合い契約する文化とはなっていない。日本の稲作農耕構造は、「世間体」を気にし、“長い物には巻かれろ”、“出る釘は打たれる”、“物言わぬ農民”などの文化をつくり出してきた。そのような文化的背景のなかで、1人の人間として自律的に意見表出し、社会的に契約する能力(自立)が求められる。

「ケアリングコミュニティ」をつくる考え方を「コミュニティソーシャルワーク」という
「コミュニティ」とは一般的に、そこに帰属している人のアイデンティティ(同一性の感情)が豊かにあり、そこに帰属している人が安心できる空間・組織であり、その生き方を支える社会システム、生活環境である。/「コミュニティ」は、「ケア」と本来密接不可分の関係にあり、生活の基盤を成している実質的な基礎である。(3ページ)/ケアリングコミュニティとは、福祉サービスを必要とする人を社会的に排除するのではなく、地域社会を構成する1人として包摂することであり、要支援者を日常生活圏域の中で支えていく機能を有している地域社会をいう。(ⅴページ)/日常生活圏を基盤として行政の制度的サービスと近隣住民のインフォーマルサービスとを結びつけて、地域住民の自立生活を支援する新しいケアリングコミュニティをつくる考え方はコミュニティソーシャルワークと言われる。(19ページ)

ケアリングコミュニティの実現には「地域福祉の4つの主体形成」が重要になる
(ケアリングコミュニティの実現を図るためには4つの地域福祉の主体形成を図ることが重要になる。:阪野)第1は、地方自治体においてどういう福祉サービスを整備するべきかという地域福祉計画策定主体の形成であり、第2には制度化された福祉サービスをどう有効に、合理的に、過不足なく利用するかという地域福祉サービス利用主体の形成であり、第3は地域から差別・偏見をなくし、福祉サービスを必要としている人を支える福祉コミュニティをどうつくるかという地域福祉実践主体の形成であり、第4は対人サービスとしての社会福祉を支える社会保険制度をどうつくるかという社会保険制度の契約主体の形成である。(15ページ)

地域福祉の“主体形成に向けての学習”が必要である
このような主体形成や市民活動は自然発生的にはつくれない。そこには“主体形成に向けての学習”が必要である。フランス市民革命が、「博愛」という哲学、あるいは社会契約という理念を具現化させていく上で、成人の“理性”が重要で、その“理性”を身につけるための成人の社会教育を公費で行うべきであるとした点は注目に値する。/住民か生活者としてエゴイスティックなままでなく、地方自治体のあり方に参画できる「市民」としての力量、あるいは国のあり方も含めて「博愛」と「社会契約主体」を身につけて行動できる「公民」としての主体形成が今求められている。(15~16ページ)

 

Ⅱ. 原田正樹のケアリングコミュニティ論

ケアリングコミュニティは「5つの構成要素」によって成立する
ケアリングコミュニティとは、「共に生き、相互に支え合うことができる地域」のことである。それは、地域福祉の基盤づくりである。/そのためには、共に生きるという価値を大切にし、実際に地域で相互に支え合うという行為が営まれ、必要なシステムが構築されていかなければならない。こうしたケアリングコミュニティは、①ケアの当事者性(エンパワメント)、②地域自立生活支援(トータルケアシステム)、③参加・協働(ローカルガバナンス)、④共生社会のケア制度・政策(ソーシャルインクルージョン)、⑤地域経営(ローカルマネジメント)といった5つの構成要素により成立している。([2]100~102ページ)
① ケアの当事者性:地域福祉の当事者とは、そこに暮らしを営む住民自身である。とはいえ、すべての地域住民が「当事者意識」をもっていないのも事実である。そこで、福祉を学びあう場(福祉教育)が必要になる。
② 地域自立生活支援:地域包括ケアシステムが強調されている。コミュニティケアをどう地域で総合的に展開していくか、その際に専門職や機関だけではなく地域の福祉力を活用していく視点が必要である。
③ 参加・協働:ケアリングコミュニティの特徴は、相互に支え合う互酬性に基づくコミュニティである。そのためには完全な「参加」と新しい公共を創り出す「協働」のしくみ(統治)が必要である。
④ 共生社会のケア制度・政策:ケアに関する制度・政策介護保険だけのことではない。社会的排除と社会的包摂のあり方を政策としてとらえ、共生社会をめざした必要な政策、制度を推進していかなければならない。
⑤ 地域経営:ケアリングコミュニティを推進していくためには、必要な財源や人材が不可欠である。社会資源の開発や新たなビジネスモデルを創り出す必要(民間活力の活用:阪野)もある。

ケアリングコミュニティには「相互実現的自立」の自立観が据えられる
ケアリングコミュニティでは「相互に支え合う地域」を大切にする。その根底には相互実現的自立(interdependent)という新しい自立観を据えなければならない。20世紀、自立という考え方を拡大し多面的にとらえ、自立した近代的な市民像を描いてきた。自立プログラムでは依存(dependent)から自立(independent)へ、すなわち援助を受けなくてすむようになることを目標にしてきた。しかし人間は弱い存在である。その存在の弱さを認めあい、自己実現ではなく相互実現をしていく生き方が問われるようになった。/注目されているinterdependentとは、心理学の分野では依存的自立などと訳されている。codependent(共依存)とは異なり、相互によりよく生きていこうというベクトルを有する。地域福祉の分野では「相互実現」という概念が使われてきた。/個人が他からの援助を受けずにすむように自立させるのではない。お互いが支え合いながらより良く生きていけるような自立観の転換が求められているのである。ケアリングコミュティニで求める自立観はこの視点が基本である。([3]18~19ページ)

【備考】
ケアリングコミュニティと「相互実現的自立」

2021年4月から始まる重層的体制整備事業(社会福祉法第106条4)で必須とされる「相談支援」「参加支援」「地域づくり」を一体的に実施するということは、換言すればコミュニティソーシャルワークの展開である。それが可能になるシステム構築が求められる。申請主義からどう脱却し、アウトリーチや伴走型支援を重視し、参加によって役割や出番を創出することで社会関係を育み、生きる意欲(エンパワメント)を喚起する。そうした個人の存在が承認されるような地域、あるいは持続可能な地域社会にしていくために、新たな住民自治(多様性と多機能性)による地域づくりをめざす。こうしたテーマは、地域福祉における地域福祉ガバナンスや地域福祉マネジメントの研究課題でもある。/地域共生社会でいうところの「支え手側と受け手側に分かれるのではなく、地域のあらゆる住民が役割を持ち、支え合いながら、自分らしく活躍できる地域コミュニティ」とは、まさにケアリングコミュニティのことである。「支える、支えられる」という一方的な関係ではなく、「相互に支え合う」地域を構築する。そのときに基軸になるのは、従来のような個人のなかで自立を捉えるだけではなく、関係性のなかで自立を考えるという、相互実現的自立(interdependence)という考え方である。相互実現とは、お互いによりよく生きるという関係性を基盤にした自立観であり、伴走型支援といった方法につながる。これらは地域福祉の原理研究につながる(原田正樹「地域共生社会政策と地域福祉研究」『日本の地域福祉』第34巻、日本地域福祉学会、2021年3月、2ページ)。

〇大橋が指摘するように、「主体形成」や市民活動は自然発生的なものではなく、それに向けての目的意識的な「学習」が必要になる。地域福祉の主体形成は、①地域住民が地域の社会福祉問題を発見する・気づくことから始まり、②その問題や課題を“ひとごと”ではなく“自分ごと”と認識し、③それを“みんなごと”として共有・共通認識し、④その問題や課題の本質をみんなで理解・認識し、⑤組織的かつ変革的・創造的に課題解決を図ることのできる“力”を獲得し、⑥それを具体的・現実的に行使することによって初めて可能となる。⑦そしてその過程を振り返り(リフレクション)、⑧そこから得た知見をもとに次の新たなアプローチを試みる(「主体形成のサイクル」)。その主体形成ができなければ、福祉を学ぶことやボランティ活動は単なる“善行”にとどまり、無批判的で体制適応(順応)的な住民主体を形成することにもなる。また、主体形成の強調は、その一方で国や行政の責任や役割の矮小化、地域住民への“丸投げ”を招くことになる。福祉教育は“両刃の剣”になりかねない、といわれるところである。
〇主体「形成」について別言すればこうである。「形成」は、人間が社会的生活そのものによって “形づくられる” 過程である。それは、第一次的には社会的・自然的環境によって行われる。とすれば、「形成」は「学習」なしには成り立たず、「学習」は「形成」に不可欠なものとして位置づけられる。また、「学習」と「教育」は、「学習のないところに教育はない」「教育は学習の指導である」(勝田守一)という関係にある。そこから、地域福祉の「主体形成」にはその前提に福祉「学習」・福祉「教育」があり、それを必要とするのである。
〇原田が指摘するように、ケアリングコミュニティの形成主体である地域住民には、「当事者意識」を持つことが求められる。その際、「当事者」(concerned parties)という言葉には、「当事者」と「非当事者」を区分する、「当事者」の内在化と外在化を促す危険性がある。とりわけ「援助者」と「非援助者」、「教育者」と「学習者」という関係性のそれにあっては、見下したり偉ぶったりする言動をとる「上から目線」の関わりになることがある。その点において、その使用については慎重でありたい。また、当事者そのものではない「当事者性」という概念や言説(原田正樹、松岡廣路)があるが、それは、周囲の人が「当事者」をどのように理解・認識し、その関係性がどれだけ深まったかを示すものである。従ってそれは、「当事者」と「非当事者」という二項対立的な考え方を解消するものではない。
〇ケアリングコミュニティの形成主体としての地域住民は、その地域に暮らす生活主体である。その生活主体は、生活者として多様な境遇・立場や程度の異なる生活技術能力などをもつ存在である。その点において、社会的排除や包摂の対象とされる高齢者や障がい者、外国籍住民(などの要支援者)も同一である。また、その生活は社会関係・人間関係のなかで営まれるが、それゆえに「当事者」は、生活の多様な場面・局面において固定的あるいは個別的に生成・変容する。すなわち、「当事者」(生活者)は、その生活や人生において、ある問題の「当事者」であっても、別の問題では「非当事者」である(になる))存在でもある。要するに、「当事者」は、その人を取り巻く周囲との関係性や社会的状況によって一様ではなく、変容する存在である。しかもそれは、すべての地域住民の生活や人生に設定されるものである。そこから、地域に住む「すべての人が当事者である」という意識を持ち、「当事者問題」を地域・社会全体で引き受けることが必要かつ重要となる。その際の理念が、ノーマライゼーション(normalization)やインテグレーション(integration)、ソーシャルインクルージョン(social inclusion)である。
〇これらは、筆者がかねてより、とりわけ福祉教育の場面において、“ふくし”とは、“一人ひとりの しあわせ をめざすものであり、すべての人にかかわるものである”。“ふくし”とは、“ふだんの くらしの しあわせ”について、“みんなで考え みんなで汗をながすこと”である、と言ってきた所以である。またここで、高島巌の言葉を思い起こす。“ボランティアのはたらきは ともに考え ともに学び ともに生活しあうことなのだ”。“人間はみな ボランティアする権利をもっているのだ その権利は人間にだけあたえられた 楽しき権利なのである”。(「まちづくりと市民福祉教育」について論究する際、「ボランティア」を「ボランティア・地域活動」や「まちづくり」「市民活動」などに置き換えることも可能であろう。それは、「福祉の心は地域のなかで育つ」ことを唱えた高島の思想や実践に通じようか)高島は、児童養護施設「双葉園」園長であり、児童憲章草案起草者の一人であった。「わが国ボランティアの先駆者」「ボランティアの旗手」と評される(『ボランティア』第28巻第2号、富士福祉事業団、1993年6月)。例によって唐突であるが、付記しておく。

 

補遺
―ケアリングコミュニティ構築のためのコミュニティソーシャルワークの機能―

“無縁化社会”、“限界集落”になった地域を「福祉コミュニティ」や「ケアリングコミュニティ」に再構築していくためには、行政と住民の協働を媒介するか触媒機能であるコミュニティソーシャルワーク機能がもとめられている。([1]20~21ページ)