「老爺心お節介情報」第55号
地域福祉研究者の皆様
社会福祉協議会関係者の皆様
「老爺心お節介情報」第55号を送ります。
必要なら、周りの方に転送してくださっても構いません。
2024年3月30日 大橋 謙策
〇皆さまお変わりなくお過ごしでしょうか。
〇本号は、ある明確な論題について論究する類のものではなく、長い間私の頭の中にもやもやしていたものを整理するために随想風に書いてみることにした。
〇昨夜というより、今朝(3月30日)方午前3時30分頃、例によってノンレム睡眠からレム睡眠に切り替わったのか眠れず、いろいろ考えていたことを体系的、理論的に説明できないものの、書き残しておいた方が後学の人のためになると考え、夜中にメモしたものを基に随想風に書くことにした。
〇この内容は、必ずしも実践者の方々には関心がないかもしれないが、少なくとも大学等の教員をしている人には読んで、考えて欲しいことである。
Ⅰ 「人を教えることは自分が育つこと」――社会福祉系大学院における研究指導論、研究方法論についての随想
〇ミルトン・メイヤロフは『ケアの本質』という本の中で、ケアすると言うことは相手の成長と同時に自分も成長する関係であると述べているが、“人を教える”という営みも同じである。
〇社会福祉系大学及び大学院は、教育研究組織が「講座制」でなく「学科目制」である。そこでは、余ほど意識しないと“教育・研究の再生産は縮小していく”と何回か書いてきた(「戦後社会福祉研究と社会福祉教育の視座」『戦後社会福祉教育の五十年』所収、ミネルヴァ書房、1998年、あるいは「社会福祉学研究方法と研究組織に関する小稿」『日本社会福祉学会ニュース第86号』所収、2021年3月)。
〇私が、日本社会事業大学大学院、東北福祉大学大学院で研究指導して博士の学位を取得した人が25名、修士の学位を取得した人が110名になる。この他、東京大学大学院、同志社大学大学院、淑徳大学大学院で、非常勤ながら研究指導した方々も多数いる。
〇それらの大学院生を指導していていくつかの類型化ができると思った。
〇第1のタイプは、大学院に来て、社会福祉の学びを深めたいし、できれば大学等の教育者・研究者になりたいのに、自分の研究テーマ、研究すべき社会福祉の理論課題が明確でなく、結果的に指導教員から与えられる課題、ヒントを基に自分の研究テーマを設定していった人々のタイプである。
〇このタイプの人の中には、ケアリングコミュニティ研究をしている大石剛史さん、イギリスの1601年慈善信託法を研究した松山毅さん、イギリスのボランタリーセクター研究をした宮城孝さんなどがいる。
〇この方々への指導は、ある意味、私自身が興味関心と研究の必要性を感じていながら、時間的にも、能力的にも一人では限界があり、その自分ができない部分を指導する院生に委ね、研究を進めてもらうというやり方である。
〇第2のタイプは、社会福祉学、社会福祉実践以外の領域を基盤に、自分の実践領域、研究領域と社会福祉学との“学際研究”を志してきた人々である。理学療法との関りを深めたいと考えた吉川和徳さん、廣島美保さん、建築学との関りでの瀬戸真弓さん、看護学との関りで野川とも江さん、本田芳香さん等がいる。
〇この方々への指導は、大学院生が有している他の領域の「土俵」に私自身が乗って、その分野の問題と社会福祉学との関係を深めていかないと指導できないので、“耳学問的”な側面も出てくるが、自分自身の視点、研究関心を拡げる機会になった。建築学の西山卯三先生の空間論と居場所問題、福祉機器の利活用とICFとの関係、保健・医療・看護・福祉のIPW、IPEなどについて見識を拡げることができ、後々それが生きてくることを実感できた。
〇第3のタイプは、大学院生自身は自らの関心、深めたいという課題、領域、事象を有しているが、それをどのように分析し、社会福祉学としての理論課題に昇化させたらいいのか悩んでいる人々である。
〇この方々には、取り上げる事象、問題をどういう風に分析し、構造化したら社会福祉学の理論課題を抽出できるかを指導した。その際に、その理論課題は一言でいえばどういう表現で表せるかを意識して取り組んだ。
〇玉木千賀子さんの「ヴァルネラビリティ」研究、崔太子さんの「ソーシャルサポートネットワーク」研究、越智あゆみさんの「福祉アクセシビリティ」研究、原田和広さんの「実存的貧困」研究などがそうである。
〇第4のタイプは、指導教員と同じフィールドに通い、関りのある自治体やその社会福祉協議会の実践・研究を「バッテリー型研究」を通して、新しいシステムを作り上げていく社会実証的研究スタイルである。
〇このタイプには、長野県茅野市での「福祉21ビーナスプラン」、「どんぐりプラン」を作り上げた原田正樹さんがいる。その際に、重要なのは、結果としてのタスクゴールだけではなく、プロセスゴールやリレーションシップゴールまでに関わることができるということが指導上大きな意味を持つ。
〇このように考えると、社会福祉学研究も、論文の最後の謝辞のところで指導教員の名前を載せて感謝するだけではなく、自然科学や大量的社会調査分野と同じように、共同研究者として、執筆者をファーストオーサーとし、アドバイザ-や指導をしてヒント等を提案した人をセカンドオーサーとして明記した方がいい時代が来たのかもしれない。
Ⅱ 第8回ホームカミングデーの際の原田正樹さんとの対談で示した先行研究及び研究スタイルを学んだ先生方――大橋謙策の研究枠組みと研究方法
〇去る2023年10月28日に行われた「第8回大橋ゼミホームカミングデー」の際に、原田正樹さんと対談を行った。その時の内容を覚え書き程度であるが、記録に留めておいた方がいいと思うので書く。
〇大橋謙策の研究枠組みと研究方法は、大きく分けて5つの柱からなっている。
〇第1の柱は、自分の理論を確立する上で、乗り越えるべき先行研究者は誰かという問題である。
〇論文を書くに当たって、いろいろ先行研究を学ぶが、自分が依拠し、乗り越える理論家、研究者は誰かということは、研究を志す者にとってとても重要な課題である。
〇私は、社会福祉学分野では岡村重夫であり、教育学、とりわけ社会教育学にあっては小川利夫であった(岡村重夫理論については「岡村理論の思想的源流と理論的発展課題」『岡村理論重夫の継承と展開 社会福祉原理論』ミネルヴァ書房、2012年、小川利夫理論については「「硯滴」に学ぶー不肖の弟子の戯言と思いー」『小川利夫社会教育論集第8巻 社会教育研究四〇年ー現代社会教育研究入門』亜紀書房、1992年を参照)。
〇研究者になる道は、自分のテーマ、研究課題に即して、誰のどの理論を乗り越えるべきかを早く掴むことが最も重要な道のりである。
〇第2の柱は、どのような研究方法を身に着けるかである。
〇我々が大学院で学んでいる時代は、研究者になるなら①その分野の原理、哲学、②その分野に関わる歴史研究、③その分野に関わる国際比較研究が出来なければ駄目だとよくいわれたものである。その教えには必死に対応しようとしてきたが、どういう研究方法を身に着けるかは、残念ながら教えてくれなかった。
〇筆者なりに開拓しようと思ったのは、社会教育学も社会福祉学も臨床的実践科学を軸にした統合科学(この用語は2000年に知ることになる)であるということを考え、現場に根差し、現場のニーズに応え、現場の実践を支援する理論仮説を提供できる研究者になろうと考えたことである。
〇結果的に、各地の自治体、社会福祉協議会、公民館をフィールドにして、そこで働く職員たちとの「バッテリー型研究」というスタイルを構築できた。この方法は、恩師の宮原誠一先生が教え子を各地の自治体に社会教育主事として送り込む実践的研究から学ぶところもあったし、次の柱で述べる恩師の小川利夫先生の実践者の組織化を行っていたことに示唆を得て、私なりに独自に作り上げたものである。
〇第3の柱は、実践者・研究者の組織化である。
〇小川利夫先生のこの点での組織化は大変素晴らしいものであった。実践家と“肝胆相照らす”関係を作り出し、様々な研究会を組織されていた。名称は定かでないが、「教育と福祉を語る集い」、「児童相談所セミナー」、「養護児童問題セミナー」等1970年代に精力的に組織し、現場で起きている問題を社会構造的に整理する研究方法には大変勉強させられた。研究会の後は必ずと言っていいほど“酒会”の場があり、そこでも談論風発の論議を行っていた。そばで見聞きし、時には“酒会”の“幹事役”や研究会の事務局を担うことで、研究者としても社会人としても大いに鍛えられた。
〇第4の柱は、大学教員としての社会活動、社会貢献活動である。
〇この分野では仲村優一先生、一番ケ瀬康子先生、三浦文夫先生、小川利夫先生などに憧れ、導かれて成長できた。
〇仲村優一先生には、日本社会事業大学の教員として日本社会福祉学会の会長、日本社会福祉教育学校連盟会長、日本社会事業大学学長、日本学術会議の会員になって、社会的に社会福祉学の社会的評価を高める活動をしなければ駄目だと言われてきた。一番ケ瀬康子先生も同様であるが、一番ケ瀬康子先生は、講演料の高いところにも行くが、時には活動を助成するために寄付金を置いてくるところにも出かけて、社会福祉の向上に努めなければならないと言われたし、小川利夫先生には、講演料を自分の生活費のために使うな、それは社会的に使えと、ことあるごとに言われてきた。三浦文夫先生には、様々な福祉財団などを紹介してもらい、その財団の助成先の選考委員、財団の評議員、理事などを勤めることの意味、意義、社会的役割について教えて頂いた。
〇このような、研究方法、研究枠組みの集大成として、私の第5の柱となる日本地域福祉研究所を1994年に設立した。
〇それは、実践と理論を循環させ、研究者の養成と組織化、実践家の組織化を図り、草の根の地域福祉実践の向上を図りたいと考えたからである。日本地域福祉研究所が毎年行った「地域福祉実践研究セミナー」もその目的の一つであった。このセミナーの分身といえる「四国地域福祉実践研究セミナー」、「房総地域福祉実践セミナー」は現在でも継続して行われている。
〇このような研究枠組みや研究方法が妥当性を持っているかどうかは他者の評価を得なければならないが、少なくとも私はこの柱を軸に60年間近く地域福祉実践・研究を行ってきたことは事実であり、後学者のためにここに記しておきたいと思った。
(2024年3月30日記)
(備考)
「老爺心お節介情報」は、阪野貢先生のブログ(「阪野貢 市民福祉教育研究所」で検索)に第1号から収録されていますので、関心のある方は検索してください。
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