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大橋謙策/異なる国の文化・生活慣習と多文化理解―キリーロバ・ナージャ著『6ヶ国転校生・ナージャの発見』を読んで―

〇私が、国によって文化や言語が違い、その結果として「ものの見方、考え方」が違うことに関心を持つようになったのは、何歳の頃か定かでない。ただし、笠信太郎の『ものの見方・考え方』を読んで、非常に興味をそそられたことは覚えている。
〇そんなこともあり、私は1960年代に社会福祉方法論としてのケースワークを習ったが、その内容が基底になる文化、言語の違いがあるにも関わらず、アメリカの“直輸入”的で、どうにも馴染めず、学習が進まなかった。
〇当時、“社会福祉と文化”との関係を極める必要があると考え、社会人類学や民俗学、文化論等の書物を読んだが、奥が深く、幅が広くとても自分には研究できないと考え、“文化・民俗学・社会人類学の視点からの社会福祉研究”を断念した思い出がある。しかしながら、その命題は、いつも私の心に、私の思考に引っかかる命題であった。
〇1990年代半ばに「村山談話」がだされ、日本が侵略した韓国、中国への私の贖罪感、こだわりも少し解消され、韓国への調査研究に出掛けられるようになった。その折に、韓国と日本の食文化、食事作法の違いに、改めて驚かされた。1970年代から、アメリカ、ヨーロッパに出掛けていたにも関わらず、その当時は食事マナーに気がとられていたのか、あまり注目していなかったが、韓国への旅行では食文化、食事作法をはじめとして様々な文化の違い、生活習慣の違いがあるにも関わらず、日本は“侵略”し、日本語を強制し、創氏改名まで強制した蛮行になんとも心が痛んだ。この“蛮行”をすべての日本人に理解してもらわないと、真の交流にはならないと思っている。
〇朝日新聞の1月9日の「天声人語」で紹介されていたキリーロバ・ナージャ著『6ヵ国転校生・ナージャの発見』(集英社インターナショナル、2022年7月)を読んだ。学校の給食、テスト、体操での整列の仕方等、国々によってこんなにも違うのかと改めて驚いた。それは、現象、制度が違うだけでなく、そのことを通して何を獲得するのか、なにを学ぶのかまで左右する大きな違いがあることに驚かされた。国の違う学校の試験でも、「正答」を求めない試験もあるという。つまり、社会生活の中で、常に「正答」は一つではないことを考えさせる取組でもある。一つの価値基準が全てという画一的な思考法とは異なる取り組みである。
〇この本を読んで、多文化理解とは、その国の、その民族の生活様式、文化を理解するだけでなく、それらがもたらす思考方法の違いにも目を向けなければ、その理解は皮相的なものになることを教えられた。まさに“ものの見方、考え方”の違いを理解することが多文化理解なのではないかと教えられた。そこでは自分にとって“「ふつう」こそ個性だ”という記述はとても考えさせられる記述であった。
〇以前悩んだ文化、社会人類学あるいは民俗学をきちんと学ばないと“生活に関わるソーシャルワーク”の理解は深まらないのではないかと改めて考えている。研究者生活を50年間もやってきて、いまさらながら、何をしてきたのだろうかという“自虐的自戒”に囚われる。
〇私は2005年に書いた「わが国におけるソーシャルワークの理論化を求めて」(相川書房『ソーシャルワーク研究』Vol31No1、2005年所収)において、中根千枝の社会構造研究において日本をタテ社会と論じた枠組みを援用して、日本の社会福祉、ソーシャルワークの問題について論究した。そこでは、日本には実質的にソーシャルワーク実践、研究が1990年までなかったと主張している。
〇我々は、多文化理解、多様性等について、“分かっている気になっている”が、本当に分かっているのであろうか。『6ヵ国転校生・ナージャの発見』を読んで、改めて福祉教育の奥の深さ、難しさを思い知らされた。この本は、福祉教育関係者、地域福祉関係者の必読文献と言っていい本である。
 
 
付記
キリーロバ・ナージャ/「ふつう」が最大の個性だった!?
「環境が変わると、ガラッと変わるものは?」
答えは、「ふつう」だ。転校するたびに今まで「ふつう」だと思っていたことが、急に通用しなくなる。転校生なら少なからずみんな経験している気がする。
絶対的な「ふつう」がないんだとしたら、自分の「ふつう」ってなんだろう? 今まで考えたことはなかったけれど、誰かの「ふつう」を真似する限り、二番煎じにしかならないし、自分の本当のよさが生きてこない気がした。
子どものころはなかなか気づけないけれど、まわりと違う自分の「ふつう」こそが、「個性」の原料だ。そう気づいてから、今まで嫌いだった自分の「ふつう」がなんだか少しだけかわいく見えた。
そう、みんな「ふつう」でいいし、「ふつう」に対するコンプレックスをもっともっと捨てられるといいなと。
「ふつう」を磨いていくことが、「個性」を磨くことよりずっと早いという発見をしてから、ずっとそう思っている。(114~118ページ抜粋)

阪野 貢/「差別」再考―「差別はたいてい悪意のない人がする」「差別は思いやりでは解決しない」のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、「差別論」に関する本が2冊ある。キム・ジへ著/尹怡景(ユン・イキョン)訳『差別はたいてい悪意のない人がする―見えない排除に気づくための10章―』(大月書店、2021年8月。以下[1])と神谷悠一著『差別は思いやりでは解決しない―ジェンダーやLGBTQから考える―』(集英社新書、2022年8月。以下[2])がそれである。いずれも、ハッとするタイトルである。
〇[1]は、韓国で16万部超のベストセラーとなったキム・ジへ(김지혜、Kim Ji-hye)著『善良な差別主義者』(선량한 차별주의자、2019)の日本語訳版である。筆者の差別や人権についての稚拙な考えや思い・願いに変革を迫る、強烈なメッセージを発する本である。内容的には、事例を交えながら、女性や障がい者、セクシュアル・マイノリティ、移民などに対する差別や人権の諸問題が取り扱われる。
〇「本書が注目されたのは、差別に関する既存の考え方に新たな問いを投げかけたからと考えられる。一般に、差別に対する認識は、差別をする加害者と、それを受ける被害者という構造の中で議論される。本書でも指摘されているように、だれもが差別は悪いことだと思う一方、自分が持つ特権には気づかないので、みずからが加害者となる可能性は考えない傾向が強い。こうした考え方に、本書は『善良な』という表現を用いて、『私も差別に加担している』『私も加害者になりうる』という可能性に気づかせる。つまり、平凡な私たちは知らず知らず差別意識に染まっていて、いつでも意図せずに差別行為を犯しうるという、挑発的なメッセージを著者は投げかけている」(金美珍、[1]229~230ページ)。
〇[1]では「トークニズム」、「特権」、「優越理論」、「間接差別」、「差異の政治」などの理論に基づき、「多様性と普遍性」(「多様性をふくむ普遍性」)や「形式的平等と実質的平等」の観点から、また個人的レベルと構造的レベルの差別などをめぐって論究する。「差別禁止法」についての言及も注目される。それぞれの理論と差別禁止法に関する言説の一部をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

トークニズム―名ばかりの差別是正措置:お茶を濁す―
トークニズムtokenismとは、歴史的に排除された集団の構成員のうち、少数だけを受け入れる、名ばかりの差別是正措置をさす。/トークニズムは、被差別集団の構成員のごくわずかを受け入れるだけで、差別に対する怒りを和らげる効果があることが知られている。それによって、すべての人に機会が開かれているように見え、努力し能力を備えてさえいれば、だれもが成功できるという希望を与えるからである。結局、現実の状況は理想的な平等とは雲泥の差があるにもかかわらず、平等な社会がすでに達成されているかのような錯覚を引き起こす。(25ページ)

特権―「持てる者の余裕」:意識にのぼらない恩恵―
特権とは、一部の人だけが享受するものではない。特権とは、与えられた社会的条件が自分にとって有利であったために得られた、あらゆる恩恵のことをさす。/不平等と差別に関する研究が進むにつれ、学者たちは平凡な人が持つ特権を発見しはじめた。ここで「発見」という言葉を使ったのには理由がある。このように日常的に享受する特権の多くは、意識的に努力して得たものではなく、すでに備えている条件であるため、たいていの人は気づかない。特権というのは、いわば「持てる者の余裕」であり、自分が持てる側だという事実にさえ気づいていない、自然で穏やかな状態である。(30ページ)/自分には何の不便もない構造物や制度が、だれかにとっては障壁(バリア)になる瞬間、私たちは自分が享受する特権を発見する。(31ページ)/ほとんどの人は平等という大原則に共感しており、差別に反対している。(中略)しかし、相対的に特権を持った集団は、差別をあまり認識していないだけでなく、平等を実現するための措置に反対する理由や動機を持つようになる。(38ページ)

優越理論―嘲弄(あざけり、からかうこと):他人の不幸は蜜の味―
プラトンやアリストテレスなど、古代ギリシアの哲学者たちは、人は他人の弱さ、不幸、欠点、不器用さを見ると喜ぶと述べた。笑いは、かれらに対する一種の嘲弄(ちょうろう)の表現だと考えたのだ。このような観点を優越理論superiority theoryという。トマス・ホッブズは、人は他人と比べて自分のほうが優れていると思うとき、プライドが高まり、気分がよくなって笑うようになると説明する。だれかを侮蔑(ぶべつ)するユーモアがおもしろい理由は、その対象より自分が優れているという優越感を感じられるからである。/優越理論によれば、自分の立ち位置によって、同じシーンでもおもしろいときと、そうでないときがある。そのシーンから自分の優越性を感じる際にはおもしろいけれど、逆に自分がけなされたと感じればおもしろくない。(92ページ)/集団間の関係においても、同じような現象があらわれてくる。人は自分を同一視する集団に優越感を持たせる冗談、すなわち自分とは同一視しない集団をこき下ろす冗談を楽しむ。もしも相手の集団に感情移入してしまうと、その冗談はもはやおもしろくなくなる。(中略)相手の集団に対してネガティブな偏見を持っている場合はどうだろうか。決して自分とは同一視せず、むしろ距離を置こうとする集団に対する侮蔑は、みずからの属する集団の優越性を確認できる、楽しい経験になる。(93ページ)

間接差別―一見の平等と実際の差別:同じようで違う―
だれに対しても同じ基準を適用することのほうが公正だと思われるかもしれないが、実際は、結果的に差別になる。司法書士試験で、問題用紙・答案用紙と試験時間をすべての人に同一に設定すれば、視覚障害者には不利になる。製菓・製パンの実技試験において、すべての参加者に同じように手話通訳を提供しない場合、聴覚障害者に不利である。公務員試験の筆記試験で、他の受験生と同様、代筆を許可しない場合、高次脳機能障害の人に不利である。これらは、全員に同一の基準を適用することが、だれかを不利にさせる間接差別indirect discriminationの例である。(117ページ)

差異の政治―多様性を含む普遍性:みんな違う、みんな同じ―
承認とは、たんに人であるという普遍性についての認定ではなく、人が多様性をもつ存在であること、すなわち、差異を受け入れることをふくむ。集団間の違いを無視する「中立」的なアプローチは、一部の集団に対する排除を持続させる。「中立」と見せかけている立場は、実は主流の集団を「正常」と想定し、他の集団を「逸脱」と規定して抑圧する、偏った基準であるからだ。アイリス・マリオン・ヤングが述べる「差異の政治politics of difference」は、このように「中立性」で隠蔽(いんぺい)された排除と抑圧のメカニズムに挑むために「差異」を強調する。(194ページ)/アイリス・ヤングは、抑圧的な意味を持つ「差異」という言葉を再定義する必要があると述べる。「主流集団を普遍的なものとみなし、非主流だけを『異なる』と表現するのではなく、違いを関係的に理解し相対化すること」である。女性が違うように、男性も違うことができ、障害者が違うように、非障害者も違うと見る、相対的な観点だ。したがって、差異とは本質的に固定されたものではなく、文脈によって流動的なものである。車いすに乗っている人が「つねに」異なるわけではなく、運動競技のような特定の文脈では差異があっても、他の脈略では差異がなくなるようなものだ。(196~197ページ)/私たちはみな同じであり、またみな異なる。私たちを本質的に分ける差異はないという点で、私たちは人間としての普遍性を共有するが、世の中に差別が存在するかぎり、差異は実在するため、私たちはその差異について話しあいつづけなければならない。(197ページ)

差別禁止法―平等を実現するための方策:文化の改善か、政治改革か―
私たちが生涯にわたって努力し磨かなければならない内容を、「差別されないための努力」から「差別しないための努力」に変えるのだ。これらすべての変化は、市民の自発的な努力によって、一種の文化的な革命としておこなうこともできる。平等な社会をつくる責任のある市民として生きる方法を、市民運動に学ぶのだ。しかし同時に、平等の価値を共同体の原則として明らかにし、新しい秩序を社会の随所に根づかせるための法律や制度も必要だ。日常における省察とともに、平等を実現するための法律や制度に関する議論が必要なのだ。(202ページ)/差別撤廃という目的には同意するが、国が介入する問題なのかという疑問を抱く人々もいる。かれらは、国が介入するかわりに、自発的な文化の改善を通じて社会の変化をつくりだせると考える。これは、たしかに理想的で望ましく、法の制定とは無関係に、根本的な社会変化のために必要なアプローチではある。しかし、すでに差別が蔓延している社会で、法律で定められた規範ないし実質的な変化を期待することは難しい。(208ページ)

〇以上に加えて、キム・ジヘの言説の理解を深めるために、文章のいくつかを抜き書きする。

●  私をとりまく社会を理解し、自己を省察しながら平等へのプロセスを歩みつづけることは、自分は差別をしていないという偽りの信仰よりも、はるかに貴重だということだけは明らかである。(プロローグ:13ページ)
●  私たちが権利や機会を要求するとき、結果として求めるのは、ただ楽な人生ではない。私たちは、施設に閉じ込められ、他人から与えられたものだけを食べて寝て、何の労働もせず生涯を送る人生を、人間らしい生き方とは思わない。(中略)不平等な立場にいる人が平等な権利と機会を求めるのは、他の人と同じように、リスクを覚悟して冒険し、自分なりの人生を生きていくための権利と機会という意味なのである。(1章:36ページ)
●  立ち位置が変われば、風景も変わる。/風景全体を眺(なが)めるためには、世の中から一歩外に出てみなければならない。(中略)私たちの社会がユートピアに到達したとは思えない。私たちはまだ、差別の存在を否定するのではなく、もっと差別を発見しなければならない時代を生きているのだ。(1章:41ページ)
● 固定観念は、自分の「頭の中にある絵」にすぎない。(中略)固定観念は、自分の価値体系をあらわす、ある種の自己告白になる。(51、52ページ)/固定観念は一種の錯覚だが、その影響力は相当強い。(中略)人々は、自分の固定観念に合致する事実にだけ注目し、そのような事実をより記憶し、結果的に、ますます固定観念を強固にしていくサイクルが作られる。一方で、固定観念に合致しない事実にはあまり注意を払わない。固定観念を覆すような事例を見かけたとしても、なかなか考えを変えようとしない。かわりに、その事例を典型的ではない特異なケースとみなし、例外として取りあつかうのである。(2章:52~53ページ)
●  差別を眺めるとき、性別や人種という軸に加えて国籍、宗教、出身国・地域、社会経済的地位などの軸を加えると、状況はさらに複雑になる。(62~63ページ)(中略)差別の経験をひとつの軸だけで説明することはできない(中略)。/さまざまな理由で幾重にも重なった差別を受ける人、差別を受ける集団の中でさらに差別を受ける人もいる。差別とは、二つの集団を比較する二分法に見えるが、その二分法を複数の次元に重ねて立体的に見てこそ、差別の現実を多少なりと理解することができるのだ。(2章:63ページ)
●  差別は私たちが思うよりも平凡で日常的なものである。固定観念を持つことも、他の集団に敵愾心(てきがいしん)を持つことも、きわめて容易なことだ。だれかを差別しない可能性なんて、実はほとんど存在しない。(2章:65ページ)
● (差別について)考察する時間を設けるようにしないかぎり、私たちは慣れ親しんだ社会秩序にただ無意識的に従い、差別に加担することになるだろう。何ごともそうであるように、平等もまた、ある日突然に実現されるわけではない。(3章:85ページ)
●  「からかってもいい」とされる特定の人々(中略)だけに同じようなこと(揶揄、蔑視)が集中してくりかえされる。私たちは、だれを踏みにじって笑っているのかと、真剣に問いかけるべきなのだ。(96ページ)/だれかを差別し嘲弄するような冗談に笑わないだけでも、「その行動は許されない」というメッセージを送れる。(中略)少なくとも無表情で、消極的な抵抗をしなければならないときがあるのだ。(4章:105~106ページ)
●   私たちはたちは教育を通じて、不公正な能力主義を学んでいるのではないだろうか。そのことによって、何ごとも不合理に区分しようとする、不平等な社会をつくっているのではないか。いまさらながら怖くなる。(5章:124ページ)
●  「差別は(中略)人種や肌の色を理由に、だれかを社会の構成員として受け入れないとするとき、その人が感じる侮蔑感、挫折感、羞恥心の問題である」。すなわち、人間の尊厳に関する問題なのである。(6章:143ページ)
●  民主主義が実現するには、基本的な前提として、社会のすべての構成員が平等な関係をもち、対等な立場で討論できなければならない。(中略)私たちは、同じ空間を共有しながら生きていくための倫理について考えなければならない。そうしてこそ、隠蔽された不平等を前提として平等を享受していた、古代ギリシアのポリスとは違う、真の民主主義をつくることができるだろう。(7章:162ページ)
●  正義とは、真に批判する相手がだれなのかを知ることである。だれが、または何が変わるべきなのかを正確に知る必要があるということだ。世界はまだ十分に正義に満ちあふれているわけではなく、社会の不正義を訴える人々の話は、依然として有効である。(8章:182ページ)
●  平等に向けた運動に参加できるのはだれだろうか。全員の賛同を期待することはできないだろう。歴史上、何の抵抗もなく達成された平等はなかったからだ。しかし同度に、一部の人々は、自分の立場や地位に関係なく、正義の側に立ち、マイノリティと連帯した。結局は、私たちだれもがマイノリティであり、「私たちはつながるほどに強くなる」という精神が世の中を変化させてきた。あなたがいる場所で、あなたはどんな選択をしたいだろうか。(9章:202~203ページ)
●   だれもが平等を望んでいるが、善良な心だけでは平等を実現することはできない。不平等な世界で「悪意なき差別主義者」にならないためには、慣れ親しんだ秩序の向こうの世界を想像しなければならない。そういう意味で、差別禁止法の制定は、私たちがどのような社会をつくりたいかを示す象徴であり宣言なのだ。(10章:219ページ)
●   閉鎖されたひとつの集団としての「私たち」ではなく、数多くの「私たち」たちが交差して出会う、連帯の関係としての「私たち」も可能ではないだろうか。だれかに近づき、「線を踏んだでしょう」「出て行け!」と叫ぶのではなく、みんなを歓迎し、一緒に生きる、開かれた共同体としての「私たち」をつくりたい。(エピローグ:224ページ)

〇[2]は、「差別」を「心の問題」として捉え、善意の「思いやり」や「優しさ」で解決しようとする「思いやり」万能主義からの脱却を説く。そして、権利保障と差別を解消・禁止するための法制度の整備や施策の推進の必要性と重要性について論究する。そこで取りあげる差別は、主に女性差別と性的少数者差別である。
〇神谷はこういう。「思いやり」はあくまでも、個人の資質や感情に基づくものである。その「思いやり」に基づかなくても人は守られる、というのが「人権」の考え方である。差別のひとつに「アンコンシャスバイアス」(無意識の偏見)があり、「思いやり」と同じ匂いがするフレーズに、現状の取り組みを是認する(新規性がない)意味の「周知を徹底する」や、他人事の象徴としての「何も気にしない」といったものがある。セクシュアルハラスメントに関して、「防止」法制(規定)はあるが「禁止」法制(規定)はない。また、男女の雇用機会の均等に関しても差別は禁止されているが、罰則の規定はない。ともに実効性が低く、「思いやり」に留まっているのが日本の現状である。
〇そこで神谷にあっては、制度や法律を整備することによって、一定の水準で権利を担保することが重要である。差別の防止・解消や禁止についての「啓発」の制度化や、差別禁止の法制度の導入が必要であり、「これが一番の近道」(93ページ)となる。
〇[2]における神谷の主張は要するに、「差別は権利の問題であり、思いやりは人権尊重の理念を持たない」、「差別は思いやりではなく、制度で解決すべきである」というものである。その言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換)。

●  人権問題、特に「ジェンダー」や「LGBTQ」の問題を考えたり語ったりする際に、突然「思いやり」が幅を利かせ始め、万能の力を持つかのように信奉されてしまう。(中略)何をするにしても「思いやり」が靄(もや)のように現れ、実際には何も進んでいないにもかかわらず、何かを「やった感」「やっている感」だけが残るというのが長年の日本の状況(である)。(4~5ページ)


●  「思いやり」は、個々人の「気に入る」「気に入らない」といった恣意性に左右されやすいものであり、不具合が起きてしまうものである。思いやりも人それぞれ、ということになると、そこで保障されることも人それぞれであろう。そんな普遍性のないものを「人権」と呼べるだろうか。(49ページ)
●  ジェンダー規範からの逸脱は、排除を引き起こし、差別やハラスメント、仲間外れや無視といった事象が、逸脱したマイノリティ(女性、性的マイノリティはもちろん、これらの人たちに限らない)自ら、自分を制約する方向に力を加える。それが差別に対する異議申し立てを封印し、「男らしさ」を優遇する。だから、性的マイノリティに対する個別の差別や暴力根絶とともに、大元の性差別撤廃(女性差別を含むが、より広い意味で)にも力を入れるべきだ、ということである。(112ページ)
●  思いやり「だけ」では、多岐にわたる複雑な問題を解決することはできない。仮に思いやる心があったとして、それを持続的に、習慣的に、社会的な背景や構造にアプローチできる何らかの方法で実行しない限り、社会はもとより、身の回りを変えることも難しいが実情である。/関心のない人も含めて、より多くの人がジェンダーの領域に一定程度の水準まで取り組みを進めるためには、オーダーメイド的な(職人的なと言ってもいいかもしれません)取り組みだけではなく、ある種の「量産型」的な、誰にでも取り組め、扱うことのできる手法(研修・講習による定期的な周知・啓発:筆者)も、同時に求められている。(133~134ページ)
●  「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」(略称「人権教育・啓発推進法」。2000年12 月 公布・施行)は、人権一般を扱うほとんど唯一の法律であるが、教育・啓発を実施するための行政の体制整備以外のことは規定がなく、実際の権利の保障には至っていないという致命的な課題がある。(52ページ)/この法制度に基づく取り組みは、「心がけとか思いやりとか、私人間の関係性のレベルにとどまっている」という指摘もある。(50ページ)
●  イギリスでは、「性別」や「障がい」など各分野の差別禁止法を統合したものを、通称「平等法」と呼び、両者はほぼ同じ内容として見られているようである。イギリスの場合、各分野の差別禁止法を統合した「平等法」のほうが、差別禁止法よりも積極的に平等を目指すために「公的機関の平等義務」などを規定しているとの指摘もある。(187ページ)

〇以上の言説を「福祉教育」に引き寄せて一言する(問う)。福祉教育(実践と研究)はこれまで、ジェンダーやLGBTQの問題について見て見ぬ振りを決め込んできたのではないか。また、福祉教育(実践と研究)はどれほどに、外国籍の子どもだけでなく外国人労働者や移民などの人権や差別について体系的に言及してきたか。厳しい差別や排除の現場に立ってその実態から気づき・学びを深める教育(体験学習)に積極的に取り組んできたか。差別の背景や構成要素(直接差別、間接差別、合理的配慮の否定など)について加害者と被害者を構造化して考えてきたか。不公正な能力主義や不合理な選別主義に対峙する批判的な福祉・教育理論の構築や実践に関心を払ってきたか。社会通念の変革とともに、差別を禁止・根絶するための政策の立案や関係法律・制度の改善・整備について思考し行動(運動)を起こしてきたか。そして何よりも、「思いやり」はこれらについての「思考停止」を促してきたのではないか。自責の念に駆られる。

老爺心お節介情報/第40号(2023年2月3日)

「老爺心お節介情報」第40号

皆さんお変わりありませんか。
「老爺心お節介情報」第40号を送ります。
今号はやや私的な事情の述懐が含まれていますがお許し下さい。

2023年2月3日   大橋 謙策

< 立 春 > 
< メジロ来て梅を励ます小坪かな >

〇この句は、季語が実質的に2つあり、俳句の関係者には受け入れられない句かも知れないが、私が好きな句の一つである。
〇毎年、我が家の小坪に、メジロが来て、庭の梅の木にとまり、蕾をくちばしで突いている情景を謳ったものである。私の書斎から見えるメジロの愛くるしい姿はまさに“絵になる”情景で何とも心が洗われる思いがする。春の到来を予感させる情景である。
〇私の大学教員50周年を記念した『地域福祉とは何か』に、この句を入れたのも、俳句の出来悪しはしょうがないとして、私の心にぴったりする句で気に入っている。

Ⅰ 異なる国の文化・生活慣習と多文化理解――『6ヶ国転校生・ナージャの発見』

〇私が、国によって文化や言語が違い、その結果として「ものの見方、考え方」が違うことに関心を持つようになったのは、何歳の頃か定かでない。ただし、笠信太郎の『ものの見方・考え方』を読んで、非常に興味をそそられたことは覚えている。
〇そんなこともあり、以前の「老爺心お節介情報」にも書いたが、私は1960年代に社会福祉方法論としてのケースワークを習ったが、その内容が基底になる文化、言語の違いがあるにも関わらず、アメリカの“直輸入”的で、どうにも馴染めず、学習が進まなかった。
〇当時、“社会福祉と文化”との関係を極める必要があると考え、社会人類学や民俗学、文化論等の書物を読んだが、奥が深く、幅が広くとても自分には研究できないと考え、“文化・民俗学・社会人類学の視点からの社会福祉研究”を断念した思い出がある。しかしながら、その命題は、いつも私の心に、私の思考に引っかかる命題であった。
〇1990年代半ばに「村山談話」がだされ、日本が侵略した韓国、中国への私の贖罪感、こだわりも少し解消され、韓国への調査研究に出掛けられるようになった。その折に、韓国と日本の食文化、食事作法の違いに、改めて驚かされた。1970年代から、アメリカ、ヨーロッパに出掛けていたにも関わらず、その当時は食事マナーに気がとられていたのか、あまり注目していなかったが、韓国への旅行では食文化、食事作法をはじめとして様々な文化の違い、生活習慣の違いがあるにも関わらず、日本は“侵略”し、日本語を強制し、創氏改名まで強制した蛮行になんとも心が痛んだ。この“蛮行”をすべての日本人に理解してもらわないと、真の交流にはならないと思っている。
〇朝日新聞の1月9日の「天声人語」で紹介されていた『6ヵ国転校生・ナージャの発見』(集英社、2022年)を読んだ。学校の給食、テスト、体操での整列の仕方等、国々によってこんなにも違うのかと改めて驚いた。それは、現象、制度が違うだけでなく、そのことを通して何を獲得するのか、なにを学ぶのかまで左右する大きな違いがあることに驚かされた。国の違う学校の試験でも、「正答」を求めない試験もあるという。つまり、社会生活の中で、常に「正答」は一つではないことを考えさせる取組でもある。一つの価値基準が全てという画一的な思考法とは異なる取り組みである。
〇この本を読んで、多文化理解とは、その国の、その民族の生活様式、文化を理解するだけでなく、それらがもたらす思考方法の違いにも目を向けなければ、その理解は皮相的なものになることを教えられた。まさに“ものの見方、考え方”の違いを理解することが多文化理解なのではないかと教えられた。そこでは自分にとって“「ふつう」こそ個性だ”という記述はとても考えさせられる記述であった。、
〇以前悩んだ文化、社会人類学あるいは民俗学をきちんと学ばないと“生活に関わるソーシャルワーク”の理解は深まらないのではないかと改めて考えている。研究者生活を50年間もやってきて、いまさらながら、何をしてきたのだろうかという“自虐的自戒”に囚われる。
〇私は2005年に書いた「わが国におけるソーシャルワークの理論化を求めて」(相川書房『ソーシャルワーク研究』Vol31No1、2005年所収)において、中根千枝の社会構造研究において、日本をタテ社会と論じた枠組みを援用して、日本の社会福祉、ソーシャルワークの問題について論究した。そこでは、日本には実質的にソーシャルワーク実践、研究が1990年までなかったと主張している。
〇我々は、多文化理解、多様性等について、“分かっている気になっている”が、本当に分かっているのであろうか。『6ヵ国転校生・ナージャの発見』を読んで、改めて福祉教育の奥の深さ、難しさを思い知らされた。
〇この『6ヵ国転校生・ナージャの発見』は、福祉教育関係者、地域福祉関係者の必読文献と言っていい本である。

Ⅱ 健康診断とがん告知――“説明同意書”へのサインと3人の身元保証人の必要性?

〇現在、がんは国民の2人に1人がり患する病気であり、生存率も格段に良くなり、完治する病気にもなってきている。しかしながら、生活習慣病とは異なり、体のどこの部位に発症するのかも予測できないし、がん予防の対策も今一つはっきりしない。
〇私は、1987年3月の島根県邑南郡瑞穂町(現邑南町)への出張中、咳が酷く、風邪だろうと思い帰宅後の3月13日(金)に稲城市民病院珉を受診した。診療に当たった医師は、私の胸部レントゲン写真の他に3葉のレントゲン写真を並べ、私に私のレントゲン写真が示された3葉のレントゲン写真のどれと似ているかを質問した。3葉のレントゲン写真は肺がんのもの、肺結核のもの、肺炎のものの3葉であった。私は、自分の肺の写真の中に白い、丸い画像があったので、同じような写真を同じだと挙げた。医師は、その写真は肺がん患者の写真だと説明し、あなたは“肺がんである”と宣告し、慶應大学病院か国立がんセンターに行って、詳しい検査を受けるようにと言って、肺がんの診断書と共に紹介状をくれた。
〇風邪と思って受診した私に取って、肺がんの宣告は“晴天の霹靂”で、当時日本社会事業大学の移転業務を担っていた関係もあり、その足で、大学へ行き、相談して国立がんセンターへ検査入院することになった。
〇国立ガンセンターでの検査でも主治医は98%、肺がんだと思うが、国立ガンセンターは病理検査の結果がでないと確定診断はしないということで、セカンドオピニオンを求められ、肺結核専門の複十字病院と北里病院を紹介された。2つの病院とも肺がんの診断であった。
〇国立がんセンターの治療方針は,肺生検を行い、病理検査で確定させてから手術を行うという。病巣が右肺の上葉にあるが、内視鏡を使えないので、肺生検で病理検査を行うという。手術は右肺の肋骨3本を切除し、右肺上葉を切除するというものであった。
〇肺生検は肺の部分の局部麻酔なので、私自身の意識はあり、検査の際にモニターのブラウン管に映し出される自分の肺に針が刺され、血が滲んでいくのが見える。咳が続く中での肺生検は辛いものであった。2回行われた肺生検では病巣から組織をとることができなかった。にも拘わらず、4月17日に手術を行うということになり、術後の呼吸法の訓練が始まった。この呼吸法の訓練は辛く、いつも涙を流していた。
〇4月17日の前日、最後の検査としてレントゲンでの確認がおこなわれた。この時、レントゲンに映っていた肺の丸い、がんと思われる病巣の画像が少し変形したことに医師が気が付いてくれ、少し様子をみるということで、17日の手術は延期になった。その後、咳も止まり、退院したが、再度12月に同じような病巣の画像があらわれ、医師は手術をさせてほしいといったが、私は拒否した。その後のレントゲンではその病巣の画像は出ず、今日に至っている。
〇当時、がんは不治の病であり、生存率も低く、私はがん告知を扱った井上靖の本を始め、多くのガンについての本を読み、どう死に対応するのか、残す子どもたちの将来はどうなるのか、煩悶する日々であった。
〇他方、この“肺がん騒ぎ”の時は、丁度1987年に成立した「社会福祉士及び介護福祉士法」の国会審議の最中で、私は日本社会事業学校連盟(現日本ソーシャルワーク学校連盟)の事務局長を仰せつかっていたこともあり、築地の国立がんセンターから永田町の自民党の本部などに駆け付け、請願活動をしたことも懐かしい思い出である。
〇このような経験もあり、私は健康診断や人間ドックにやや懐疑的になっていく。日本社会事業大学の専任教員の際は、法定の健康診断が求めれるが、私学共済事業団の人間ドックは受診しないようになっていく。“肺がん騒ぎ”の頃は、未だ子どもが小さいこともあり、人間ドックを利用していたが、子どもが成長してからは人間ドックを利用しなくなった。そんな折に読んだ近藤誠医師(昨年2022年に急逝、医学界の常識を覆すような論説をいくつもの本で提起)の影響もあったかもしれない。
〇日本社会事業大学退任後は、法定の健康診断も受けず、かつ自治体から送られてくる高齢者の健康診断も受けず、かかりつけ医で6か月に1回受ける血液検査で、自分自身の体調の変化を確認することにした。ヘモグロビン(Hb)A1c、γ―GTP、血糖値、コレステロール、クレアチニン等の検査項目をチェックしている。
〇2022年3月の定期血液検査の際、S先生の強い奨めもあり、20年ぶり位に前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAの検査項目を入れておこなった。その結果、普段の血液検査では、検査結果票を渡してくれるだけなのに、その時はかかりつけ医が診察室に私を呼び、PSAの数値が15.4なので、前立腺がんが疑われる(正常値はPSA数値が4以下)ので、紹介状を書くのですぐに受診してほしいとのことであった。稲城市立病院と日本医科大学多摩永山病院が提示され、どちらにするかという選択をせまるので、日本医科大学多摩永山病院をお願いし、紹介状を書いてもらった。
〇多摩永山病院では、ⅯRI検査、CTスキャナー、骨シンチ等の検査を行い、前立腺以外への転移がないことが確認された。前立腺への生検が1泊2日の入院でおこなわれ、グリソンスコアが8,がんのステージ(臨床病期)はT2aで、ステージ2と診断された。
〇これに基づき、医師は選択肢が4つあると提示。第1は、このまま治療せず、放置しても余命が10年間はあるので治療しない。第2は手術ロボット・ダビンチによる全摘手術、第3はホルモン療法と放射線治療を行う。この場合には、がんは完治できないかもしれない。第4は重粒子線治療とホルモン療法を行う。ただし、東京都内には重粒子線治療ができる病院がないので、神奈川県立がんセンター(自宅から小田急線、相鉄線を乗り継いで、二俣川駅で下車、片道約2時間かかる)に行かなければならない。重粒子線とは放射線よりも重い粒子で、炭素イオンを高速で回転させ、がん細胞に照射するという。この重粒子線治療ならばがん細胞を完治できるという。夫婦で呼び出されていたので、相談して、その選択は第4の重粒子線治療にすることを決めた。
〇この一連の過程で、常に医師、看護師に問われたのは本人の意思確認であり、そのための丁寧な説明であった。インフォームドコンセントが徹底しており、そのために、必ず、“了承した旨の同意書”へのサインが求められた。またセカンドオピニオンも奨められ、その際には検査結果は提供するという姿勢であった。35年前とは雲泥の差で、医療界が大きく患者目線に変わってきていることを実感した。
〇他方、これだけの丁寧な説明をし、同意書にサインをさせておきながら、本人を信頼しないのか、時には配偶者もしくはそれに代わる人の臨席を求められることには違和感を感じた。私の子どもは勤務しているわけだし、同居ではないので、配偶者だけの身元保証人でいいのではないかといっても、身元保証人は3人必要だといって譲らない。
〇今後、一人暮らし高齢者や一人暮らし障害者等その意思確認や説明を理解できない人への対応の在り方が医療界でも社会福祉界でも大きな問題になると思われた。
〇単身高齢者が増え、身元保証人(それも3人も必要?)もいない人が増えてきている状況、一人暮らしの障害者も増加してきている状況の中で、医師、看護師からの説明を理解し、同意書にサインを求められても対応できない人が多くなることがこれからは考えられる。これは、社会福祉界において重要な、かつ喫緊の課題であると、改めて自分自身の体験から痛感した。
〇このように、配偶者、身元保証人の臨席を求めるものだから、病院内は付き添いの人も含めて大混雑であった。
〇神奈川県立がんセンターは、築50年以上の日本医科大学多摩永山病院とは異なり、近代的な建物であり、空間も広く、かつ診察システムもICTを活用した近代化された病院であった。
〇神奈川がんセンターでも日本医科大学多摩永山病院と同じような診断が下され、グリソンスコアが8、がんのステージはT2aかつ2ということであった。ホルモン療法は2年間、重粒子線治療はホルモン治療開始後6か月以降に行うという治療方針が示された。
〇ホルモン治療の効果をチェックする3か月ごとの検査では、PSAの数値が10月3日には0・217になり、1月10日は0・04迄下がっている。この数値なら、重粒子治療は必要ないのではないかと尋ねると、ホルモン治療の結果、数値が下がっているが、ホルモン治療だけではいずれ効果がなくなり、また数値が上がるので、重粒子線治療が必要との回答であった。
〇重粒子線治療がいよいよ2月末から始まる。重粒子線治療が始まるとお酒が飲めないという。それだけならまだしも、治療終了後3か月間もお酒は飲めないという。6月20日まで禁酒である。
〇前立腺がんと診断されて以降も、何の自覚症状もなく、毎日お酒を楽しんできたものにとって、3か月半の禁酒は“人生最大の危機”である。
〇3回行った「四国歩きお遍路」でも、第2回目を禁酒しただけである。その時は約40日間お酒を飲まず、結願したあと、徳島での打ち上げ式にお酒を飲んだら、まずくて早々に引き上げた記憶があるが、今度は100日間の禁酒である。どのような体質になるのか、今から楽しみである。
〇1月30日の再診で、重粒子治療に向けた準備が始まった。整腸剤を始め、4種類の服薬が毎食後必要になったが、外出している時にはついつい服薬を忘れてします。4種類の薬をコミュニティ袋に分けて持ち歩いていても、昼食等外食する際にはついつい忘れてしまう。頭では分かっていたつもりでも、いざ自分がその身になってみると、一つ一つが新たな体験で、社会福祉分野での話し方、考え方をもっと実情に合わせて考えなければならないことの反省と実感の日々である。
〇現時点では、何の自覚症状もなく、自分が前立腺がんに罹患していることが全く自覚できない、不思議な状況である。治療しなくても10年間の余命というなら、その選択肢もあったのかなという思いと、他方これからどんな体験ができるのかという楽しみと不思議な感情がなり混ざった心境のこの頃である。

(2023年2月3日記)

阪野文庫

――阪野文庫――

 

【図書目録】
「福祉教育」「地域福祉」「社会福祉」等に関する 3,163冊 の図書(雑誌を含む)が所蔵されています。
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「福祉教育」に関する 113巻(冊)、834点 の第一次資料(コピーを含む)が所蔵されています(個別「点」数の表示が困難な資料は、1巻(冊)を1点としています。例えば、(3)日本福祉教育・ボランティア学習学会に関する資料/全11巻(冊)は11点となります)。
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(1)福祉教育に関する資料(論文・報告書等)〔第1巻~第26巻〕
※全26巻376点の「資料目録」があります。
(2)福祉教育副読本・指導資料・手引書等に関する資料〔第1巻~第22巻〕
※全22巻262点の「資料目録」があります。
(3)日本福祉教育・ボランティア学習学会に関する資料〔第1巻~第11巻〕
※全11巻のなかに、1995年2月~2012年11月までの、学会創設の準備活動等を含めた諸資料が収録されています。
(4)全社協・「福祉教育セミナー」に関する資料〔第1巻~第8巻〕
※全8巻のなかに、1983年3月23日~25日に開催された「(第1回)福祉教育セミナー」から、2004年2月17日~18日に開催された「平成15年度全国福祉教育セミナー」までの、各年度の福祉教育セミナーに関する諸資料が収録されています。
(5)日本社会福祉教育学校連盟に関する資料〔第1巻~第7巻〕
(6)日本青年奉仕協会に関する資料〔第1巻~第4巻〕
※全4巻81点の「資料目録」があります。
(7)神奈川県における福祉教育に関する資料〔第1巻~第3巻〕
※全3巻21点の「資料目録」があります。
(8)全社協・福祉教育研究委員会(第2次大橋委員会)に関する資料〔第1巻~第3巻〕
※全3巻のなかに、第1回(1982年9月29日)から第4回(1985年1月21日)までの委員会資料と、委員会が中心になって行った「福祉教育セミナー」「東・西日本福祉教育研究協議会」の開催や『福祉教育ハンドブック』の編集等に関する諸資料が収録されています。
(9)徳島県子供民生委員制度に関する資料〔第1巻~第3巻〕
(10)静岡県における福祉教育に関する資料〔第1巻~第3巻〕
※全3巻32点の「資料目録」があります。
(11)狛江市社協・「あいとぴあカレッジ」に関する資料〔第1巻~第2巻〕
(12)狛江市社協・「ふくしえほん あいとぴあ」に関する資料〔第1巻〕
(13)栃木県社会福祉教育センターに関する資料〔第1巻~第2巻〕
(14)機関誌『福祉教育』(木原孝久)〔第1巻〕
(15)機関誌『わかるふくし』(木原孝久)〔第1巻~第2巻〕
(16)機関誌『元気予報』(木原孝久)〔第1巻~第2巻〕
(17)福祉新聞『シリーズ 福祉教育の新展開』に関する資料〔第1巻〕
(18)長沼豊『ボランティア学習』に関する資料(論文)〔第1巻〕
※8点の「資料目録」があります。
(19)全国ボランティア学習指導者連絡協議会に関する資料〔第1巻〕
(20)鳥取県八頭郡の中学校における福祉教育に関する資料〔第1巻〕
(21)初期社会科教育実践に関する資料/大阪市民生事業に関する資料(論文・報告書等)  〔第1巻〕
(22)高岡市ジュニア福祉活動員制度に関する資料/松原市子供民生委員制度に関する資料〔第1巻〕
(23)全国福祉高等学校長・総会、研究協議会等に関する資料(平成5年度~)〔第1巻〕
(24)教科「福祉」と高等学校「福祉関連学科」基礎資料(平成17年度版~)〔第1巻〕
(25)全国高等学校長会家庭部会福祉科校長会・全国福祉科高等学校及び福祉教育実態基礎調査集計報告〔第1巻〕
(26)第19回日本福祉大学社会福祉公開夏季大學・「高等学校福祉科の教育」に関する資料  〔第1巻〕
(27)静岡県民生部『社会連帯の育成をめざして』/静岡県労働部『心情豊かな人づくりのために』〔第1巻〕
(28)東京都社会福祉協議会『社会福祉の理解を高めるために』/東京都社会福祉審議会『東京都における社会福祉専門職制度のあり方に関する中間答申及び最終答申』/国際社会福祉協議会日本国委員会『今日の社会福祉教育』〔第1巻〕
(29)中央社会事業協会・社会事業研究生インタビュー等に関する資料〔第1巻〕

新美一志/追記/書く:「論文の書き方」について―あなたへ―

〇本稿は、先の記事――<雑感>(165)新美一志/書く―あなたへ―/2022年12月12日投稿 の追記です。内容的には、「論文の書き方」についての基礎と基本(土台と中心、知識と認識)のあれこれを改めて考えようとするものです。叙述の形式(フォーム)については、他の記事との整合性を考慮して、阪野貢氏のそれに依ることにしました。

(1)清水幾太郎『論文の書き方』岩波新書、1959年3月(改版:2015年2月)
〇本書は、自身の経験に触れながら、「文章構成の基本的ルール」をエッセイ風に纏めたものである。それは、「Ⅰ 短文から始めよう」から始まり「Ⅱ 誰かの真似をしよう」がそれに続くが、いわゆる「ハウツーもの」ではない。文章を書く行為は人間にとって気高い精神の営みであることが詳述される。岩波新書のロングセラーであり、「古典的名著」と言われる所以でもある。
〇清水にあっては、文章・論文を書くというのは、「或る問題に答えることであり、或る問題を解くことである」(19ページ)、「観念や思いつきを大切にしなければいけない」(21ページ)、「言葉を使い、論理(ロゴス)を重んずるといことである」(108ページ)、「経験と抽象との間の往復交通を必要とする」(181ページ)、「思想に秩序を与えることである」(157ページ)、「思想を作ることであり、人間を作ることである」(229ページ)。
〇本書のうちから、留意したい言説のいくつかをメモっておく(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

書くことを通して本当を理解することができる
読むという働きより一段高い、書くという辛い働きを通して、読むという働きは漸(ようや)く完了するのである。即ち、書物を読むのは、これを理解するためであるけれども、これを本当に理解するのには、それを自分で書かねばならない。自分で書いて初めて書物は身につく。/読む人間から書く人間へ変るというのは、言ってみれば、受動性から能動性へ人間が身を翻(ひるがえ)すことである。書こうと身構えた時、精神の緊張は急に大きくなる。この大きな緊張の中で、人間は書物に記されている対象の奥へ深く突き進むことが出来る。しかも、同時に、自分の精神の奥へ深く入って行くことが出来る。対象と精神とがそれぞれの深いところで触れ合う。書くことを通して、私たちは本当に読むことが出来る。表現があって初めて本当の理解がある。(8~9ページ)

「が」に頼っていては文章は書けない
「‥‥‥が、‥‥‥」。相当に長い句が「が」という接続助詞で結びつけられている文章がある。(56ページ)/「が」の重要な用途を挙げてみると、第一に、「しかし」「けれども」「にも拘わらず」の意味があり、前の句と後の句との反対関係が「が」で示される。第二に、「それゆえ」「それから」の意味で用いられ、前の句と後の句との因果関係が「が」で示される。第三に、「そして」という程度の使い方があり、前の句と後の句との単なる並列乃至(ないし)無関係が「が」で示される。(57ページ、要約)/「が」は極めて便利な接続助詞なのであって、これを頻繁に使えば、誰でもあまり苦労せずに文章が書ける。(中略)眼の前の様子も自分の気持も、これを、分析したり、また、分析された諸要素間に具体的関係を設定したりせずに、ただ眼に入るもの、心に浮かぶものを便利な「が」で繋いで行けば、それなりに滑かな表現が生まれるもので、無規定的直接性の本質であるチグハグも曖昧も表面に出ずに、いかにも筋道の通っているような文章が書けるものである。(中略)それだけに、「が」の誘惑は常に私たちから離れないのである。(60~61ページ)/本当に文章を書くというのは、無規定的直接性(眼前や心中に現れているものをそのまま表現すること:阪野)を克服すること、モヤモヤの原始状態を抜け出ることである。(60ページ)

文章とは認識であり行為である。文章には個人性と社会性がある
文章とは、認識である。行為である。(60ページ)/(文章はそれを理解し認識することによって初めて意味をなすが:阪野)どうにでも受取れるような曖昧な表現は避けねばならない。主語がハッキリしていること、肯定か否定かがハッキリしていることが大切である。(81ページ)/(それは)書く本人が責任を負うということである。(46ページ)/言うまでもなく、文章を書くというのは自分を主張する行為である。与えられた現実を、自分というものを通して再構成する働きにほかならぬ。自分の、自分だけの行為である。文章には強く個人性の側面があると言わねばならない。しかし、その半面、特定の個人に宛てた手紙とは違って、文章は広く不定限の人々によって読まれるものである。それは社会生活の中へ出て行かねばならぬ。文章は社会生活の中で活動し、そこで評価を受けなければならない。(144ページ)

文章は自由であるが常に孤独である
話し言葉は協力者(話し相手)の群に囲まれていると同時に、紐つきである。これと反対に、書き言葉即ち文章は、孤軍奮闘、何処にも味方がいないと同時に、非常に自由である。しかし、自由は何も楽しいものとは限っていない。/文章においては、言葉は常に孤独である。それは全く言葉だけの世界であって、何処を眺めても、協力者はいない。会話において多くの協力者がやってくれた仕事を、一つ残らず、言葉が独力でやらなければならない。文章を勉強するには、何は措いても、このことを徹底的に頭に入れておく必要があると思う。この点で、書き言葉は話し言葉と全く条件が違うのである。文章を書く場合、具体的な人間が相手になっているのではないし、まして、相槌など打ってはくれない。具体的状況を相手と共有することもないから、これを当てにするという便宜も欠けている。言うまでもないことだが、表情や身ぶりも手伝ってはくれない。しかも、そういう協力者がいないというだけでなく、会話で協力者が果してくれた役割の一つ一つを、文字を使って自分で果して行かねばならないのである。(75~76ページ)

論文には説得力の広さと強さが求められる
論文は、誰にでも読んで貰える、誰にでも通用する、広い且つ強い説得力を持つべきものである。相手がいても、その相手に甘えたら、立派な論文は書けない。そういう広さや強さを身につけておいて、その上で特定の相手を考えるのが順序である。読む人の中には、さまざまの考え方の人がいるであろうが、文章は、考え方の相違を突破して行くだけの力を持たねばならない。しかし、力はただ烈しい形容詞などを用いても生れはしない。むしろ、大切なのは、静かな、しかし、誰でも認めずにいられぬような証明であろう。(77~78ページ)/文章を真面目に勉強している人なら、相手の著書や論文を本気で研究することから始めなければいけない。相手が言おうとしていることを、相手に代ってキチンと言えるくらいでなければいけない。(中略)著者の身代りになって表現出来るほどにマスターした書物や論文であってこそ、本当の批判を加えることが出来るのである。(中略)文章の修行は、ただ文章の修行ではなくなる。技術の勉強ではなく、内容の勉強に発展する。(中略)それから、もう一つ、批判の文章では、著者は確かに相手であるけれども、手紙でない限り、著者だけが読むのではない。著者以外の読者という相手がいること、そこから要求される説得力の広さと強さ、これを忘れてはならない。(78~79ページ)

日本語を客体として意識しなければならない
私たちは日本語に慣れ、日本語というものを意識していない。これは当り前のことである。しかし、その日本語で文章を書くという時は、この日本語への慣れを捨てなければいけない。日本語というものが意識されないのでは駄目である。話したり、聞いたりしている間はそれでよいが、文章を書くという段になると、日本語をハッキリ客体として意識しなければいけない。自分と日本語との融合関係を脱出して、日本語を自分の外の客体として意識せねば、これを道具として文章を書くことは出来ない。文章を書くというには、日本語を外国語として取扱わなければいけない。(87ページ)

文章を書くに当たって学説と現実的な問題に気を配る必要がある
当の問題について、既にいろいろな学説があるものである。主要な学説は、それを採用するか否かに関係なく、これを知っていなければいけないし、学説の間には相互に批判があるにきまっているから、それぞれの要点も知っていなければいけない。こういう方面で非常識であってはならない。仮に既存の学説をすべて拒否するにしても、その大体を知った上での拒否でなければならない。/社会には必ずアクチュアル(現実的)な問題がある。どういう時代にも、人々の関心を集めているアクチュアルな問題があって、それをめぐっていろいろの勢力や意見が戦い合っているものである。こういう状況はよく掴(つか)んでおいた方がよい。それは、世間の注目を集めている問題についてのみ発言せねばならぬという意味ではない。自分の文章がどんなにアクチュアルでなくても、結局はそこで読まれ、そこで或る役割を果すのであるから、こういう状況の構造は知っておく必要があるという意味である。(145ページ)

文章には攻める面と守る面とがある
文章には、攻める面と守る面とがある。文章を書く時、私たちは攻撃と守備という二つの活動をするのである。言うまでもなく、攻撃というのは、自分の意見や発見を主張する側面である。これは自分だけが社会に向かって行うものであり、自分だけが行うものであればこそ、文章を書くという張り合いがある。(中略)これに対して、守備というのは、自分の意見や発見が、学説の上と現実の上とで、社会的に孤立しないように、そこにしっかりと足場を固める作業である。これが不足だと、或いは、不足だと感じられると、社会に向って歩み出して行く自信が生まれてこない。攻める方が個人性の面であるとすれば、守る方は社会性の面である。(中略)文章を書く時、二つの側面があることを念頭に置かねばならぬ。自分は何処を攻めているのか。何処に自分の意見や発見があるのか。それを知っていなければいけない。というのは、うっかりすると、ただ守るばかりで、一向に攻めない文章を書いてしまうからである。(146~147ページ)

(2)小熊英二『基礎からわかる 論文の書き方』講談社現代新書、2022月5月
〇本書は、自身が担当する慶応義塾大学藤沢キャンパスでの「アカデミック・ライティング」の講義をもとに、学問分野を超えた共通の科学的な「論文の書き方」の「基礎」として、「論文とは何か」「科学とは何か」を提示する。そのうえで、「研究の進め方」「文章の書き方」などについて説述する。しかし、それは、「論文の書き方マニュアル」ではなく、また「文章指導」でもない。「論文の書き方」の「基礎」の「教養」(451ページ)である。
〇小熊にあっては、「基礎からわかる」とは、初歩ではなく、根本から理解することを意味する。そして、人間が論文を書くのは人間の不完全さに気づき、不完全な人間が進歩するためである(446ページ)。論文(アメリカ式の論文の型式)は、「自分の考えを根拠と論理をもって説明し、他人を説得する」(4ページ)型式であり、「必ずしも真実の探究の技法ではない」。すなわち、主題(問い)を提起し、論証し、再確認する(問いに答える)という型式(構成)で、たとえば「戦争をやろう」とも「戦争をやめよう」とも主張でき、「善用も悪用もできる技法」でもある(56ページ)。そして小熊はいう。学問は、意見・考えに対する批判と追検証による協同作業を通して発展し、みんなの共有財産(共有知識)になる(68ページ)。論文は、その「協同作業の一部」である(94ページ)。科学は、目や耳で経験的に観測できる対象を調査し、追検証できるような研究を求める(118ページ)。その実践(現実・事実の説明と因果関係の論証など)が論文の作成である。ここに、論文の社会的意義が見出され、著者の責任が問われることになる。
〇本書のうちから、留意したい言説のいくつかをメモっておく(抜き書きと要約。見出しは筆者。語尾変換)。

「論文の書き方」の基礎
「科学は進歩する」というのなら、科学は不完全だということ、もっといえば人間は不完全だということを、前提にしていることになる。(445ページ)/人間は不完全だから進歩するし、努力する。そして、人間が一人でやれることには限界がある。だから書いて、公表し、他人と対話する。それが「論文の書き方」の、いちばんの基礎にあたるものである。表面的な型式がいくらか変わったとしても、そこは変わらない。(446ページ)

「論文」の型式と「良い文章」の基準
「論文」は基本的には、①主題となる問いを提起し(序論introduction)、②証拠を挙げて論証して(本論body)、③問いに対する答えを述べる(結論conclusion)、という流れを構成する。(29ページ)/論文とは、論理で説得する技法である。/そのためには、意味が明快で、つながりが論理的であることが求められる。/それを実現するには、一つ一つの文がどういう内容を持っているのか、どういう論理的なつながりをもってその位置にあるのか、を意識することが必要である。一つの文が一つの内容を持ち、全体の主題を支えるように配置される。そのように意識するのが、論文の文章を書く一つのやり方である/。またもう一つ、学術的な論文に要求されるのは、典拠(てんきょ)が示されていることである。これがないと、読者が追検証できない。/これらから考えると、論文における「よい文章」の基準は、①意味が明確であること、②論理が追いやすいこと、③典拠が示されていること、の三つである。(376~377ページ)

「科学」の考え方と論文を書くことの意義
近代の「科学」は、論文を公表して、相互批判や追検証を行いながら発展してきた。(63ページ)/「科学」というのは、お互いに前提を共有して、論拠を確認しながら、論理的に対話していくことである。「これは科学的に証明されていることだ。反論は許さない」とかいったら、それは「科学に名を借りた権威主義」といっていい。(64ページ)/科学が権威になったら、それはもう科学ではない。不完全さに気づき続けることが科学である。/そして、それを実践するのが、論文を書くということである。(459ページ)/学んだ知識や理論を使って、自分の問いを立て、先人の不完全さを指摘し、自分で対象を選び、自分で設計した方法論methodology(調査設計:個別の方法methodを組み合わせて、調査の全体を設計していくこと。方法の体系・システム:阪野)で調べてみる。それによって、自分が立てた問いや、自分が設計した方法論が不完全であったことを、対象と向かいあうことによって知る。あるいは、先人の知恵と試行錯誤に畏敬(いけい)の念をもつ。そうした経験をすることが、論文を書くことの意義である。(460ページ)

(3)戸田山和久『最新版 論文の教室―レポートから卒論まで―』NHKブックス、2022年1月
〇本書は、「ロングセラーの論文指南書」などと評される『論文の教室―レポートから卒論まで―』の第3版にあたる(『初版』2002年11月、『新版』2012年8月)。そこでの基本的な主張は、論文は「問いと主張と論証」のある文章であり、「型にはまった」文章である。「論文はアウトラインを膨らませて書くもの」であり、「論文の命は論証にある」(15ページ)、ということである。
〇戸田山は本書で、「論文とは何か」に始まって、論文を書くときの心構えや気をつけるべきこと、論理的な文章を書くためのノウハウ(しきたり、作法)などをめぐって、36の[鉄則](必ず守らなければならない規則)を提示する。そして、具体例をあげたり練習問題を示しながら分かりやすく、ときにはユーモアを交えながら解説する。
〇「鉄則」は次の通りである。そこから、「論文とは何か」(論文の定義)については、[鉄則05]から、「明確な問いを立て、その問いに対する一つの明確な答えを主張し、その主張を論理的に裏づけるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する文章」となる。その際の「論証」とは、ある主張の説得力を論理的に高めるためになされる言語行為のことをいう(162ページ)そして、その論証を説得力の高いものにするためには、そこで使われている根拠が十分な裏付けをもち、併せて論証の仕方・形式が妥当なものでなければならない。とりわけ留意しておきたいところである。


(4)澤田昭夫『論文の書き方』講談社学術文庫、1977年6月
〇本書は、「いかに研究するか、それをいかに論文としてまとめあげるか」についての具体的な手引であり、上述の清水の理論書に対して、「実用中心のハウ・トゥーもの」である。その重点は、論文にまとめあげるまでの研究過程に置かれ、それに関する戦略知識を提示する(15、16ページ)。その点において「名著」と評され、ロングセラーとなっている。
〇澤田にあっては、論文はおよそ次のようなプロセスを経て作成される。①論文書きの時間の約三分の二は、資料集め(トピックの選択、文献・資料探し、資料研究)で占める。②資料探しは体系的・合理的に行い、大ざっぱに資料に目を通す(仮読みする)。③参考図書に目を通し、参照した文献・資料はすべて記録する(文献カードを作成する)。④資料の必要部分を熟読し、テーマごとに分類・整理する(研究カードを作成する)。⑤手に入れた資料の真正性や信頼性をテスト(資料批判)し、正確なデータを作る。⑥集まったデータを構造的に組み立て、論理的なアウトラインを作り、それを文章化し、肉づけする(「書く」の型式的操作)。⑦データの内容について時間的・論理的アプローチや5W1Hなどの方法を用いて説明・解釈する(「書く」の内容的操作)。⑧下書き、書き直し、総点検(論文全体が明瞭で、正確で、無駄なく整理され、淀みなく流れるようにでき上っているかをチェック)し、論理的で説得力のある論文に仕上げる。
〇澤田は、「書く」ことと「読む」ことについてこういう。「書くというのは何よりも構造を作ることで、論文書きにはそれが最も大切なこと」である(103ページ)。「『書く』というのは、内容的には、資料に即して確立された正確なデータを、データに即して構成した一般概念によって説明、解釈すること」である(140ページ)。「『読む』のは、感受性、想像性、思想を豊かにするために『読む』こと」を指す(166ページ)。「広く深く『読む』ことは、よく『書く』ことの大前提で、優れた論文や著作は、『読む』ことによって豊かにされた精神からのみ生まれて」くる(167ページ)。付記しておきたい。

(5)小笠原喜康『最新版 大学生のためのレポート・論文術』講談社現代新書、2018年10月
〇本書は、レポート・論文術のベストセラーである『大学生のためのレポート・論文術』の第3版にあたる(『初版』2002年4月、『新版』2009年11月)。「1.レポート・論文のあたりまえの基本」から始まり、「2.レポート・論文の基本ルール」「3.文献・資料の集め方(テーマを絞る)」「4.レポート作成の基本」という順に詳述される。「1」と「2」は「論文の書き方事典」(16ページ)である。
〇小笠原は本書で、論文を書くテクニックではなく、クリティカル(鋭敏)な論文につながる「あたりまえの基本ルール」を微細にわたって説明する。小笠原はいう。「論文を書くには、必要な情報を検索して、問題点を絞りこみ、筋道をたてて表現しなくてはならない。こうした、探求力、構想力、論理力、表現力を総合的に身につけられるのが論文を書く作業である」(5ページ)。「現実の論文作成は、もっと泥臭く、もっと逡巡(しゅんじゅん)し、もっと後悔的である。簡単ではない。自分との闘いである」。「その苦しさの中で、自分があらわれてくる。(中略)結果ではなく、過程である」(6ページ)。「論文は、自分物語を書き、自分の世界をつくるためにある。他の誰でもない自分が、自分をみすえて自分の世界を変えていく。それが自分になる」(231ページ)。論文指導や論文論(論文に関する論)の第一人者と評される小笠原の思想・哲学である。

―あなたへ―
〇「論文の書き方」に関する本や資料は山ほどあります。今回は、論文指導や論文論に関する本のなかから、叙述の抽象度の高・低と射程範囲の広・狭を軸に、さらには論文の書き方のノウハウ(技術、コツ)の詳細度を考慮して、とりあえず以上の5冊を取り上げました。それぞれの特徴や視角・視座について誤解を恐れずあえて一言でいえば、清水のそれは「理論、」小熊は「学問」、戸田山は「鉄則」、澤田は「過程」、小笠原は「指導」という言葉になるでしょうか。また、それぞれにあっては論文を書くことは、「人間が進歩するため」(小熊)であり、「思想を作り、人間を作る」(清水)、「自分をみつける」(小笠原)、「自分を高める」(戸田山)、「自分の思想をまとめて表現する」(澤田)ことであるとしています。そして、その点への言及には哲学的・理論的な考察が含まれています。そこには濃淡(濃い味、薄い味、隠し味)がありますが、それぞれの本が版を重ねている理由のひとつを見出すことができると思います。それは、単なる「ハウツーもの」「手引書」「実用書」ではない、ということです。
〇詳細は原典にあたっていただくとして、内容の一部でも「あなた」に伝わることを願っています。

老爺心お節介情報/第39号(2023年1月9日)

「老爺心お節介情報」第39号

「老爺心お節介情報」第39号を送ります。
関係する方々への配信は自由ですので、大いにご活用下さい。
なお、阪野貢先生が主宰する「市民福祉教育研究所」のブログには第1号からすべて掲載されていますので、必要な方はアクセスしてください。
ご自愛の上、ご活躍下さい。

2023年1月9日   大橋 謙策

寒中お見舞い申し上げます!
〇皆様お変わりありませんでしょうか。暦の上では小寒になり、これから寒さ本番の大寒を迎えます。
〇新型コロナウイルス感染症と共に、インフルエンザも流行してきているようです。くれぐれもご自愛の上、ご活躍下さい。
〇今回の「老爺心お節介情報」では2つの事項の情報提供と提案です。
〇今年も、これから研修等忙しくなります。次回の「老爺心お節介情報」を発信できるのは、多分3月になってからではないでしょうか。第36号から37号までの期間が約6か月も空き、多くの方に“大橋は生きているのか、病気したのではないか”とご心配を頂きましたが、今回は斯様なご心配はご放念下さい。

Ⅰ 地域共生社会政策における必読書

『差別はたいてい悪意のない人がする――見えない排除に気づくための10章』キム・ジヘ著、尹怡景訳、大月書店、2021年7月初版、1600円

〇本書は、韓国で2019年に『善良な差別主義者』というタイトルで出版され、1年もしないで10万部を超えるベストセラーになった本の日本語訳版である。
〇日本でも、2021年に翻訳刊行されてから今まで7刷りされている。
〇私はこの本を読んで、自分の従来の差別論や人権感覚を多面的に問い直す必要性を感じた。本書で述べられている論理を全て首肯できてはいないが、少なくとも何気なく使ってきた差別、特権、平等、多文化、共生という用語、言葉を、改めて自らが置かれている“立ち位置”を意識して使わなければならないということを意識させられた。
〇“発せられた言葉”は同じものでも、それを発した人の“立ち位置”によって“意味”が大きく異なり、時にはその“言葉”が差別にもなることも意識させられた。
〇本書で改題をしている大東文化大学の金美珍准教授が、「本書が注目されたのは、差別に関する既存の考え方に新たな問を投げかけたからと考えられる。一般に、差別に対する認識は、差別する加害者とそれをうける被害者という構造の中で議論される。本書でも指摘されているように、だれもが差別は悪いことだと思う一方、自分が持つ特権には気づかないので、みずからが加害者となる可能性は考えない傾向が強い。本書は『善良な』という表現を用いて、「私も差別に加担している」、「私も加害者になりうる」という可能性に気づかせる。つまり、平凡な私たちは知らず知らず差別意識に染まっていて、いつでも意図せずに差別行為を犯しうるという、挑発的なメッセージを著者は投げかけている。」と述べているが、私が気づかされた点もまさにその通りである。
〇本書を読みながら、多くのページに蛍光ペンでマークをし、かつ付箋も付けた。その一つ一つに関わる私のコメントを書きたい思いがあるが、それはある意味一冊の本を書くようなものである。皆さんは、是非この本を読んで欲しい。とりわけ、地域共生社会政策に関わる人、福祉教育に携わる人、差別、人権に興味関心を寄せ、差別を無くし、平等の社会を創ろうと思っている人には是非読んで欲しい本である。
〇本書は、アメリカの事例、判例、韓国の社会状況をふんだんに取り上げながら論述されていると同時に、政治学、民主主義に関わる歴史的論者の考えも引用しており、その文献の渉猟の広さ、凄さ、博学さにも圧倒される本である。

Ⅱ 市町村に「ソーシャルケア連絡協議会」を創ろう

〇国は今、地域共生社会政策を推進しています。その中で、市町村の第2層レベルでの専門多機関、専門多職種の連携を求めています。
〇筆者は、2000年5月に、日本学術会議の幹事を仰せつかっている時に、当時の日本学術会議会員であった仲村優一先生と、私と同じ幹事であった田端光美先生に相談し「ソーシャルケアサービス従事者研究協議会」を設立しました。
〇それは、ソーシャルワークとケアワークとを統合的に考え、両者の社会的評価、社会的発言力を高める試みとして設立しました。その協議会には、社会福祉士会、精神保健福祉士会などのソーシャルワーク専門職団体、介護福祉士会のケアワーク専門職団体、それらの養成を担う大学、養成校の団体並びにそれらの研究を行う日本社会福祉学会などの17団体に参加してもらい結成されました。
〇このソーシャルワークとケアワークとを連動させる考え方は、1987年の「社会福祉士及び介護福祉士法」制定の際にも、その必要性を説きましたが却下され、社会福祉士及び介護福祉士は別々の国家資格として法制化され、各々が専門職団体を設立し、成長してきました。
〇しかしながら、1980年代の入所型社会福祉施設中心の時代ならいざ知らず、1990年代に入り、在宅福祉サービスが法定化され、住民の在宅福祉サービス利用が増えてきている状況では、1980年代までの施設福祉サービス提供とは大きく異なり、ソーシャルワークとケアワークとを統合的に捉えるケアマネジメントが必要とされてきます。
〇この状況はイギリスでも同じで、イギリスは1998年にソーシャルワークとケアワークとを連動させた教育研修体系に切り替えるために、「ソーシャルケア統合協議会」を設立しました。
〇この点については、拙著『地域福祉とは何かーー哲学・理念・システムとコミュニティソーシャルワーク』第2部第1章(P73)に書いていますので参照してください。
〇私は全国的な「ソーシャルケアサービス従事者研究協議会」を創ると同時に、各都道府県レベルでも「ソーシャルケアサービス従事者研究協議会」を創り、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士の地位向上、社会的発信を強めるべきであると考え、関係者にお願いしてきました。そのためにも、毎年7月の「海の日」をソーシャルワーカーデーに定め、各都道府県レベルでの活動の強化をお願いしてきました。私の知る限り、最も典型的な組織を創ってくれたのは栃木県です。大友崇義先生を中心の「栃木県ソーシャルケアサービス研究協議会」が設立され、2022年に20周年大会が行われました。
〇と同時に、私は「ソーシャルケアサービス従事者研究協議会」の市町村版を創るべきだと考え、いろいろ働き掛けをしてきました。その一環として、市町村で設置される審議会や地域福祉計画策定委員会に社会福祉士や介護福祉士等の専門職団体の支部長を参加させるべく行政に働き掛けてきました。
〇一例をあげると山形県鶴岡市の地域福祉計画策定委員会に、社会福祉士会の支部長に入ってもらいました。また、東京都豊島区の地域保健福祉審議会の委員に豊島区社会福祉士会支部長に入ってもらいました。
〇行政は、当初、そのような支部があるかどうかも分からない等という理由で拒否反応を示しましたが、支部はあるはずであると説得して委員に入れてもらうことにしました。
〇鶴岡市の社会福祉士は地域福祉計画策定委員会の副委員長として、現場の状況を踏まえた適切な情報提供、発言をしてくれました。豊島区の場合は、支部長は社会福祉士養成の専門学校の先生でしたが、全く“現場感覚”がなく、発言もできず、私は社会福祉士の代表を入れて欲しいと行政に頼み込んだ経緯もあり、行政の関係者に幾度か謝りました。
〇市町村レベルでは、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士の国家資格を有している人がいると言っても数は多くないでしょうし、その力量、資質も“千差万別”であり、その時点(2000年代)ではやむを得ないと思っています。医師のレベルは100年以上かけて、そのレベルが確立してきていますが、社会福祉士等の資格は国家資格になってから高々20年にも満たない状況での取り組みだったので、その旨行政に話し、育てて欲しいと行政にお願いしました。
〇しかしながら、現在推進されている地域共生社会政策における包括的・重層的支援体制における第2層の専門多機関、専門多職種連携が求められている状況の中では、“待ったなし”の状況で、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士の力量が問われます。
〇この機会に、市町村レベルにおいて「ソーシャルケア連絡協議会」を創り、切磋琢磨してお互いの力量を高めると同時に、社会福祉士等のソーシャルワーク、ケアワークの国家資格の認知度を高め、社会的評価と信頼を高める活動を展開する必要があるのではないでしょうか。
〇市町村レベルの状況を考えると、この「ソーシャルケア連絡協議会」には、介護支援専門員、障害者相談支援員、あるいは保育士の方々にも参加して欲しいものです。
〇是非、市町村社会福祉協議会の方はこの取り組みを進めて欲しいですし、県レベルの方々にはその支援をお願いしたいと思います。

(2023年1月9日記)

老爺心お節介情報/第38号(2023年1月2日)

「老爺心お節介情報」第38号

新年明けましておめでとうございます。
本年もなにとぞよろしくお願い致します。
お互いに体に気を付けて、素晴らしい地域福祉実践を創造しましょう。
「老爺心お節介情報」第38号をお届けします。
どうぞ、ご自由にお使い下さい。
2023年1月2日   大橋 謙策

新年明けましておめでとうございます
〇皆さんにはお変わりなく新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。私も元気に新年を迎えることができました。
〇今年も、草の根からの地域福祉実践を豊かにし、地域共生社会を実現するためにお互いに頑張りましょう。
〇ところで、私の場合昔からそうなのですが、睡眠がノンレム睡眠からレム睡眠に変わる時に目覚め、トイレに行ったり、考え事をします。その考え事を明日の朝まで忘れないようにしようとすると眠れなくなるので、その考え事、思いついたことは枕元にいつも置いてあるメモ用紙に書いて、眠ることにしています。
〇12月31日の夜の睡眠時の夢は初夢とは言わず、1月1日の夜の睡眠時の夢が初夢ということのようですが、私は12月31日の深夜の2時30分(実際は1月1日の午前2時30分)に目覚め、トイレに行き、その後考え事をしたことが2023年の最初の「老爺心お節介情報」の内容です。
〇それは、この間気になっていたNPO法人と社会福祉協議会との関わりです。

Ⅰ “地域を基盤としている社会福祉法人”としての社会福祉協議会のプラットホーム機能とテーマ型支援をしているNPO法人との関りーー社会福祉協議会は“自己満足”、“唯我独尊”、“視野狭窄”で生き残れるのであろうか?

〇新年に頂いた年賀状の中に、東京都の福祉局の職員として勤め、定年後に地区社会福祉協議会に関わり、草の根の地域福祉実践をしている方から、“社会福祉協議会は旧態依然で、改革する意欲がない”という嘆きの言葉が書かれた年賀状を頂きました。
〇私は厚生労働省が進めている地域共生社会政策の具現化には、社会福祉協議会が改革され、住民のニーズに対応する活動を展開できなければ、その具現化は難しいと思っていますし、かつ社会福祉協議会は生き残れないと思っています。
〇地域共生社会政策における重層的支援体制整備事業は、包括的相談と福祉サービスを必要としている人の社会参加支援とそれを可能ならしめる地域づくりの3つの事業を三位一体として展開して欲しいとしています。
〇これを行うためには、市町村における第2層の専門多機関、専門多職種の連携と第3層の小学校区レベルでの住民参加、住民のボランティア活動の活性化が不可欠ですし、とりわけ第2層の機能と第3層の機能をつなげ、コーディネートする力が必要です。この第2層と第3層との有機化ができないと、また“新たな縦割り”を産みかねません。
〇これらの事業・活動を展開する組織として、最もふさわしい組織は市町村社会福祉協議会ではないかと私は思っています。
〇私の地域福祉実践、研究、教育は全国の社会福祉協議会とバッテリーを組むことにより展開され、体系化できました。言わば、私は社会福祉協議会によって“地域福祉研究者”に育てられたと思っていますので、身びいきすぎるかも知れませんが、上記の機能を考えたたら社会福祉協議会しかないと思っています。
〇1980年代から社会福祉協議会は小学校区レベルで地区社会福祉協議会づくりを推進してきました。その過程で、自治会組織や民生委員・児童委員とも深い関係を築いてきました。
〇1990年代には、住民に信頼される組織になるためには、住民のニーズに応える具体的サービスを展開し、そのサービス提供過程において、新たな住民のニーズを把握しようという「事業型社協」の考え方を打ち出しました。
〇また、1991年からは潜在化しているニーズを発見し、専門多機関でのチームアプローチによる支援を行う「ふれあいのまちづくり事業」を展開してきました。
〇このような経緯を考えれば、地域共生社会政策の具現化、重層的支援体制整備事業は社会福祉協議会がその中軸になって活動して“当たり前”だと私は思うのです。
〇しかしながら、冒頭に述べたように、社会福祉協議会は未だ1980年代までの“旧態依然”の活動、組織になっています。これで、社会福祉協議会はいつまでも行政からの補助金を貰えるのでしょうか。
〇全国各地の地方自治体では、9月の決算議会で社会福祉協議会への補助金の費用対効果が問われ、補助金の見直しの論議が各地の自治体で論議されています。あるいは、行政の監査委員会から社会福祉協議会への補助金の見直しの勧告もされています。行政の保健福祉部局が社会福祉協議会への理解を示してくれても、財政部局が理解せず、補助金カットの厳しい査定が続いています。社会福祉協議会が有している「基金」を全て遣い切ってから、改めて補助金の支出の論議を余儀なくされているところもあります。地方自治体の「指定管理制度」に伴う入札において、従来使用していた事務所がある社会福祉センターの管理運営に関わる指定管理で、社会福祉協議会が落札できず、他の業者に事務所代の賃料を払って入居している社会福祉協議会もあります。その場合の事務所賃貸料の補助金は行政から出ません。
〇このような状況下で、社会福祉協議会の経営のあり方は現在とても厳しい状況にあり、早く“眼を覚ます”必要があると思っています。
〇私自身、昨年だけでも岩手県、秋田県、福島県、香川県等の社会福祉協議会の経営問題に関する会議・研修に招聘され、上記のような状況と課題を提起し、コンサルテーションを行ってきました。
〇社会福祉協議会を取り巻くこのような状況を改革するためには、地域共生社会政策における重層的支援体制整備事業を受託し、第2層の地域包括支援センターの運営を軸にした専門多機関協働と第3層の小学校区の地区社協における住民参加、ボランティア活動とを有機化させる活動に取り組むしか“生き残る道はない”と考えています。
〇そのためには、従来の社会福祉協議会の事務局体制を改編し、地区社会福祉協議会ごとの「地区担当制」を導入し、その地区において福祉サービスを必要としている人の“発見”と個別支援に関する包括的総合相談を行い、かつその福祉サービスを必要としている人の社会参加に関する問題解決プログラムを開発・提供すること、更にはそれらの活動を住民が支え、ボランティア活動として協力するとともに、福祉サービスを必要とする人々を地域から排除することなく、蔑視をすることなく、共に生きていける地域づくり、福祉教育の推進を統合的に展開できる事務局体制に再編するしか“生き残れる道はない”と思っています。
〇そのためには、社会福祉協議会職員、総務部門の職員も、生活福祉資金や権利擁護部門の職員も、施設・団体支援部門の職員も含めてコミュニティソーシャルワーク機能の研修を受講し、その資質向上を図るしかありません。
〇厚生労働省の2015年の「新たな福祉提供ビジョン」(この報告書が地域共生社会政策の起点になる)の中で述べているように、“個別支援を通じて地域を変えていく”過程が重要なのです。
〇その点、テーマ型NPO法人は、福祉サービスを必要としている人の個別課題分野ごとに特化した活動を展開していますので、“個別問題”に強い“印象”を創り出していますし、事実、個別課題分野ごとに大きな成果を挙げて評価されています。
〇また、それらのNPO法人は今日のインターネット社会の機能をよく活用し、全国的に組織化を図り、個別課題分野における“発言力”(政治的にも、行政の信頼度においても、行政からの補助金獲得においても、クラウドファンディングにおいても)を高めています。
〇正直なところ、この間の内閣府等の政府の福祉サービスを必要としている人の個別課題分野ごとに取り組むNPO法人への評価は高く、政府の審議会での発言力や報告書における位置づけも高いものがあります。
〇それに比して、社会福祉協議会への評価、位置づけは“相対的に地盤沈下”していると思います。福祉サービスを必要としている人の個別分野の取り組みが全体的に増加しているので、その個別課題に取り組む団体・組織が増えることはいいことであり、その結果、社会福祉協議会が“相対的に地盤沈下”するのも当然でやむを得ないと考えるべきなのでしょうか。
〇私は、社会福祉協議会の位置は“相対的に地盤沈下”しているのではなく、“絶対的に地盤沈下”していると考えています。つまり、住民のニーズに対応しないで、相変わらず“旧態依然”の活動に終始し、“自己満足”、“唯我独尊”、“視野狭窄”に陥っているのではないでしょうか。
〇これらの課題は一朝一夕には解決できないと思いますが、せめてNPO法人と社会福祉協議会との“彼我の位置関係”を確認するためにも、各都道府県、各市町村で取り組み始めて貰っている「社会福祉関係資料集」の中に、これら「福祉サービスを必要としている人の個別支援をしているNPO法人」と「福祉サービスを必要としている当事者組織・団体」の把握を行い、収録することが必要ではないかと思っています。
〇私は、富山県社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーク研修において、「社会福祉関係資料集」の作成の必要性を説き、富山県福祉カレッジと協働して立派な「富山県社会福祉関係資料集」を作成してもらいました。この実践の取り組みは、現在では千葉県、岩手県、香川県、佐賀県の社会福祉協議会に普及しています。
〇地域共生社会政策では、社会福祉法の改正で地域福祉計画等を作成する際に、「地域生活課題」を明確に把握することを求めています。私は、この改正が行われる前から、住民のニーズに関わる「地域福祉・地域包括ケアに関わる基本情報」を市町村ごとに、かつ地域包括支援センター圏域毎に作ることの必要性と重要性を指摘してきました。
〇上記の「社会福祉関係資料集」は、これらの国の動向を踏まえても必要な取り組みです。富山県では、コミュニティソーシャルワークの研修の時のみならず、いろいろな研修の機会に「社会福祉関係資料集」を活用しています。
〇せめて、これらの「社会福祉関係資料集」の中で、全国の、各都道府県の、各市町村で活動している「福祉サービスを必要としている人への個別支援をしているNPO法人」と「福祉サービスを必要としている人々の当事者団体・組織」の一覧を収録することにより、“彼我の位置関係”を認識し、社会福祉協議会が陥っている“自己満足”、“唯我独尊”、“視野狭窄”に気付き、改革する契機になればと思っています。
〇そして、社会福祉協議会がそれらの組織、団体の参加の基にプラットホームを創り、その“中核的組織”として社会福祉協議会が活動を行い、社会的評価を高められればと祈念しています。
〇これが12月夜の睡眠時に考えたことです。2023年も、これらの課題を解決すべく、全国各地を飛び回り、美味しい肴と美味しいお酒を飲みながら、社会福祉協議会職員と談論風発の論議をしたいものだと夢見ています。

(2023年1月2日記)

市民福祉教育ブログラム 2:地域学習/地域探究学習

市民福祉教育プログラム 2-➀/地域学習


市民福祉教育プログラム 2-➁/地域探究学習

福祉教育プログラム 2-➂/疑似体験(以前は  こんなことを!‥‥‥)

 

市民福祉教育プログラム 1:交通安全ボランティア/インクルーシブ教育

市民福祉教育プログラム 1-➀/交通安全ボランティア

市民福祉教育プログラム 1-➁/インクルーシブ教育

福祉教育プログラム 1-➂/慰問活動(以前は  こんなことを!‥‥‥)

 

市民福祉教育研究所/2022年のブログ/年間レポート

市民福祉教育研究所/2022年のブログ/年間レポート 

統計情報
〇2022年における記事の表示数は28,095回、訪問者は16,004人を数えました。
全期間(2012年6月25日~2022年12月31日)における記事の表示数は280,020回、訪問者は137,045人を数えました。
〇2022年における記事の投稿数は119本を数えました。
全期間(2012年6月25日~2022年12月31日)における記事の投稿数は1,411本を数えました。

注目記事
〇2022年において最もよく読まれた記事は次の通りです。末尾の数字は表示数です。
(1)ホームページ/ アーカイブ/2012年6月28日/2,653回
(2)市民福祉教育の実践と研究/2012年6月28日/1,957回
(3)二項対立の思考:「分かりやすさ」の罠―仲正昌樹を再読する―/2017年12月25日/843回
(4)「ボランティア拒否宣言」(1986年)再考:ボランティア活動は主体的・自律的で相互実現を図る活動である―資料紹介―2018年10月6日/665回
(5)「滅私奉公」と「活私開公」―資料紹介―/2014年12月12日/547回
(6)図1 リザルトパラダイムとプロセスパラダイムの違い/2017年6月1日/542回
(7)大橋謙策「地域福祉実践の神髄―福祉教育・ニーズ対応型福祉サービスの開発・コミュニティソーシャルワーク―」/2018年4月4日/505回
(8)福祉教育の歴史と理念/阪野 貢/2019年9月29日/481回
(9)社会的処方とリンクワーカー:お医者さんが取り組む“オモロイ”はじめの一歩―西智弘編著『社会的処方』読後メモ―/2020年11月27日/481回
(10)「共生」と「共に生きる」:寺田貴美代「社会福祉と共生」再考―資料紹介―/2016年3月22日/459回

読者の所在地
〇2022年における読者の所在地は33ヶ国です。括弧内の数字は表示数です。
人気の国は、日本(25,623回)のほか、アメリカ合衆国(1,699回)、大韓民国(641回)、イギリス(18回)、イタリア(11回)、台湾(11回)、オーストラリア(8回)、カナダ(8回)、中華人民共和国香港特別行政区(7回)、フランス(7回)、等です。

備考
〇 このウェブサイトは、2022年1月1日より、顧問/阪野貢、主宰/田村禎章・三ツ石行宏、サイト運営協力者/村上進によって運営・管理されています。