阪野 貢 のすべての投稿

仕事を積み上げる

今日は午後から 出版会社で打ち合わせ
1年がかりの原稿を ようやく入稿する
編集指示を出しながらの確認作業は心躍る
装丁にも凝ってみた
納品は2月初めを予定する
恩師の喜ぶ顔を想像するのが一番だ

ここ10日間 出張で忙しかった 
机の上には 送られてきた書類が山となっていた
昨夜ようやく整理が終わった
ポストイットに仕事の期限をメモする
月形町あずましプラン策定委員会で検討される資料のチェック
次に檜山管内の町社協担当者と協議する事業資料のチェック
登別の第4期きずな計画の全市計画素案のチェック
間隙をぬって授業後の学生の感想文へのコメント書き
整理ケースに まずはいったん保管した

12月10日までが 勝負となる積み上がった仕事
期日が来れば終わっていると いつも楽観する
この時期に溜まるのは 承知で動く大事な仕事
地域の暮らしに直結するだけに 気を抜くことは許されぬ 
1月の日程も これらの関連で埋まってゆく
読書三昧の生活からは 当分遠ざけられる

積み上がった仕事があるだけ嬉しい
仕事が終わったらきっと寂しくなる
積み上がった仕事は人生のお駄賃
仕事に打ち込み誠意を尽くそう
積み上がった仕事は関わる人間が魅力だ
仕事ぶりと成果を喜び合いたい

〔2021年11月25日書き下ろし。集中する時にはガッチリやるしかない。段取りがすべてだ。共に動くひとがいるのは最高の喜びだ〕

忍従を強いられる

ホームヘルパーが忍従を強いられている
町内に住む独り暮らしの老女の家事援助
老女はあたってマヒが残った
それでも自宅で暮らしたかった

そこに通うのは苦痛になった
内地に住む娘が時折りやってきては
クレームの限りを尽くす

金を出して雇っている家政婦
命じたままにしなければならない下僕
見下した横柄な態度に心が折れた

怒声を浴びせいたぶる
感謝の欠片もない
割り切れない感情労働

気力は萎み
心は凹んで
意欲は失せる

このままではヘルパーを助けられない
不当な言動に抗議し契約を破棄する
それはできるのだ
ただできないジレンマの中に立たされる

町内にヘルパーの事業所はたった一つ
支援を得られなければ老女は孤立する
頼りの在宅支援ネットはここにしかない

福祉を担う事業所とヘルパーが老女の救い手
福祉の理念を掲げる以上捨て置けない
娘の心ないクレームに老母の心も折れてゆく

大きなジレンマを抱えて在宅支援は危機に瀕する
貴重な福祉の人材が理不尽な言動で離職を迫られる
クレーマー化する消費者意識の高い者たちは
老いた親を日々介護することなく他人に預ける

聴く耳持たぬクレーマーは
今日もどこかでえげつなく吠えている

〔2021年11月24日書き下ろし。小さな町で起こっている事態に苦慮する。えげつない者たちが平然とヘルパーをいたぶる〕

阪野 貢/「弱さ」考―「弱さの強さ」と「強さの弱さ」―

「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、 それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の異なったニーズを持つ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを満たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである。」(国連総会決議「国際障害者年行動計画」1980年1月30日採択)

〇筆者(阪野)の手もとにいま、天畠大輔(てんばた・だいすけ)の『<弱さ>を<強み>に―突然複数の障がいをもった僕ができること』(岩波書店、2021年10月。以下[1])と、澤田智洋(さわだ・ともひろ)の『マイノリティデザイン―「弱さ」を生かせる社会をつくろう―』(ライツ社、2021年1月。[2])という本がある。天畠は、四肢マヒ、発話障害、嚥下(えんげ)障害、視覚障害などの重複障害を抱える、「世界でもっとも障害の重い研究者のひとり」である。澤田は、「息子に視覚障害があるとわかってから、『強さ』だけで戦うことをやめた」コピーライターであり、「言葉とスポーツと福祉」が専門の広告クリエイターである。ともに1981年生まれの気鋭のヒトである。
〇[1]で天畠は、生活上の困難(「弱さ」)と徹底的に向き合いながら、独自のコミュニケーション法(「あ、か、さ、た、な話法」)を創り、24時間介助による一人暮らし、大学進学、会社の設立(介護者派遣事業所)、大学院での当事者研究(博士号取得)、全国各地の重度障がい者と介助者の相談支援活動など、自身の人生の軌跡と生き様を紹介する。その際のキーワードのひとつは「当事者力」「当事者研究」である。天畠はいう。「当事者力」とは、「自身の抱える困難<弱さ>を自覚し、社会にその困難<弱さ>と解決の方法を訴えていく力」(182ページ)である。「当事者研究」は、障がい者の生活が制度によって “ 囲われた生活 ” になっている状況を打開し、「個人的なこと」を「政治的なこと・社会的なこと」に結びつける。すなわち当事者研究には、障害の「個人モデル」を「社会モデル」に転換し、社会規範を変える・社会変革を促す障がい者運動を再び活性化させる可能性がある(212ページ)。
〇いまひとつのキーワードは「合理的配慮」であろう。合理的配慮とは、「障がいのある人が、過度な負担を伴わず社会参加の機会を得られるように社会の障壁を取り除き、障がい者に配慮すること」(69ページ)をいう。2016年4月の障害者差別解消法の施行をきっかけに社会で大きく注目を集めるようになった。
〇天畠の「合理的配慮」に関する論点や言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

「弱さ」を「強み」にする「合理的配慮」
介助者の介入ありきで論文を書きあげるという、一般的に考えられている規範(かくあるべきもの)からは外れてしまう自分の「弱い」部分にあえてスポットを当て、逆にそのことの合理性の証明を(個人的なことを徹底的に深堀りする)当事者研究によって実践してきた。そしてそれを発信することで、社会の見方を変え、すでにある合理性の考え方やその境界線を変化させること、ひいては合理的配慮の範囲を広げていくことにも繋がる、という可能性を実感した。/合理的配慮は「与えられるもの」ではない。「でき上がっているもの」でもない。当事者が自分のニーズを発信して、何が合理的であるかを社会と対話しながら、つくり上げていくものなのである。/障がい者が合理的配慮を受けるのは権利であるが、配慮を受けるためには相応の「責任を負う」。(73~74ページ)/「当事者が制度の上にあぐらをかいてはいけない」(74ページ)

介助者と協働で書いた論文は「自分の論文」と言えるのだろうか‥‥‥。介助者の能力に「依存」して、僕は自分の能力を水増しさせているのではないか‥‥‥。僕は論文執筆における「能力の水増し問題」に長く苦しめられることになった。(130ページ)/僕は「介助者と協働で論文執筆する研究方法」にみずから疑問を持ちながら、介助者と協働で博士論文を書き上げた。しかし、ある意味自分の<弱さ>と徹底的に向き合っていく作業ともいえるその過程で、誰しもが自分一人の能力で生きているわけではない、ということに気がついた。ちなみに僕は<弱さ>という言葉を、社会的規範からはみ出てしまうこと、それに付随する生きづらさという意味で使っている。(131ページ)

僕は常に介助者との関係性のなかで自己決定をしている。(204ページ)/一見すると僕の自己決定のあり方はとても特殊なように思えるが、他者とかかわりながら生きていく以上、「健常者」であっても発話が可能な障がい者であっても、基本はみんな同じである。誰もが、自分以外の他者の影響を受け、ときに〝妥協〟しながら、日々自己決定をしていると言えるのではないか。(204~205ページ)/研究の結果たどり着いたのが、「<弱い>主体としてのあり方を受け入れる」という思いである。他者の意見に左右されながら、そして協働しながら、モノを生み出していくことは、障がいがあるゆえの特別なことではなく、人間誰もがそういった側面を持っている。そのことへの気づきによって、僕の持つ生きづらさは軽減された。さらに、それがいかに合理的であるかということを論理的に分析していくことで、逆に自分の<弱さ>が<強み>になることもある、という発見に至った。(205ページ)

今の社会で能力主義から自由に生きられる人はほとんどいないのではないか。(225ページ)/能力主義は、個人の努力や責任を求めるあり方である。しかし、重度障がい者の置かれている現状をみれば、個人の努力や責任ではどうにもならないことのほうが多いのである。/僕は介助なしでは何もできない。しかし、だから多くの人とかかわり、深く繋がり、ともに創りあげる関係性を築いていける。それが僕の<強み>になっている。能力がないことが<強み>なのである。自分だけで何もできないことは、無能力と同義ではない。(226ページ)

〇[2]で澤田はいう。だれもが持つマイノリティ性である「苦手」や「できないこと」、「障害」、「コンプレックス」は、克服しなければならないものではなく、生かせるものである。だれかの弱さは、だれかの強さを引き出す力である(12ページ)。人はみな、なにかの弱者・マイノリティであり(42ページ)、人はみな、クリエイターである。(324ページ)。そこに「マイノリティデザイン」という新して言葉と考え方を見出す。
〇澤田は「運動音痴」すなわち「スポーツ弱者」である。そこで、「スポーツ弱者を、世界からなくす」ことをミッションに、90競技以上の「ゆるスポーツ」を発案する。粘り気のあるハンドソープを手につける「ハンドソープボール」、イモムシをモチーフにした衣装を着てコート内を這う「イモムシラグビー」、穴の開いたラケットを使う「ブラックホール卓球」等々である。勝利至上主義や強者にハンデをつけるスポーツではなく、「勝ったらうれしい、負けても楽しい」「健常者と障がい者の垣根をなくした」スポーツである。その競技場には、「弱さを強さに変える」仕事をする、「(目の見えない息子の)弱さを生かせる社会」を(息子に)残したいという澤田の姿がある。
〇澤田の「マイノリティデザイン」に関する論点や言説をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

マイノリティデザインは「弱さを生かせる社会」を創る
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」。トルストイの言葉である。/「弱さ」のなかにこそ多様性がある。(51ページ)/だからこそ、強さだけではなく、その人らしい「弱さ」を交換し合ったり、磨き合ったり、補完し合ったりできたら、社会はより豊かになっていく。/息子が目に見えないという「弱さ」と、自分のコピーを書けるという「強さ」をかけ合わせる。自分がスポーツが苦手という「弱さ」と、いろいろな人の「強さ」をかけ合わせる。/今、僕は「強さ」も「弱さ」も、自分や大切な人のすべてをフル活用して仕事をしている。弱さは無理に克服しなくていい。あなたの弱さは、だれかの強さを引き出す力だから。/弱さを受け入れ、社会に投じ、だれかの強さと組み合わせる――これがマイノリティデザインの考え方である。そして、ここからしか生まれない未来がある。(52ページ)/マイノリティとは、「社会的弱者」ではなく、「今はまだ社会のメインストリームには乗っていない、次なる未来の主役」である。(42ページ)

すべての「弱さ」は社会の「伸びしろ」
「迷惑かけて、ありがとう」。昭和のプロボクサーでありコメディアンのたこ八郎さんの言葉である。(326ページ)/迷惑とは、あるいは弱さとは、周りにいる人の本気や強さを引き出す、大切なもの。/だからこそ、お互い迷惑をかけあって、それでも「ありがとう」と言い合える関係をつくれたなら、これ以上の幸せはない。/すべての弱さは、社会の伸びしろ。(327ページ)

〇筆者(阪野)の手もとにいま、上記の2冊のほかに、「弱さ」をテーマにした本が2冊ある。高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)・辻信一(つじ・しんいち)の『弱さの思想―たそがれを抱きしめる―』(大月書店、2014年2月。以下[3])と、鷲田清一(わしだ・きよかず)の『<弱さ>のちから―ホスピタブルな光景―』(講談社、2014年11月。以下[4])がそれである。
〇[3]は、2010年から2013年にかけて行われた「弱さの研究」(共同研究)に基づく、高橋(作家、社会批評家)と辻(文化人類学者、環境運動家)の対談本である。その研究の「目的と意義」は次の通りである。

「弱さの研究」の目的と意義
社会的弱者と呼ばれる存在がある。たとえば、「精神障害者」、「身体障害者」、介護を必要とする老人、難病にかかっている人、等々である。あるいは、財産や身寄りのない老人、寡婦、母子家庭の親子も、多くは、その範疇(はんちゅう)に入るかもしれない。自立して生きることができない、という点なら、子どもはすべてそうであるし、「老い」てゆく人びともすべて「弱者」にカウントされるだろう。さまざまな「差別」に悩む人びと、国籍の問題で悩まなければならない人びと、移民や海外からの出稼ぎ、といった社会の構造によって作りだされた「弱者」も存在する。それら、あらゆる「弱者」に共通するのは、社会が、その「弱者」という存在を、厄介なものであると考えていることだ。そして、社会は、彼を「弱者」を目障りであって、できるならば、消してしまいたいなあ、そうでなければ、隠蔽(いんぺい)するべきだと考えるのである。/だが、ほんとうに、そうだろうか。「弱者」は、社会にとって、不必要な、害毒なのだろうか。彼らの「弱さ」は、実は、この社会にとって、なくてはならないものなのではないだろうか(かつて、老人たちは、豊かな「智慧」の持ち主として、所属する共同体から敬愛されていた。それは、決して遠い過去の話ではない)。/効率的な社会、均質な社会、「弱さ」を排除し、「強さ」と「競争」を至上原理とする社会は、本質的な脆(もろ)さを抱えている。精密な機械には、実際には必要のない「可動部分」、いわゆる「遊び」がある。「遊び」の部分があるからこそ、機械は、突発的な、予想もしえない変化に対処しうるのだ。社会的「弱者」、彼らの持つ「弱さ」の中に、効率至上主義ではない、新しい社会の可能性を探ってみたい。(高橋:11~12ページ)

〇[3]では、“ 大きいこと ” や “速いこと ” などを良しとする「強さ」の思想と “ 小さいこと ” や “ 遅いこと ” などに価値を見出す「弱さ」の思想を対比するなかで、「弱さの再発見」を説き、「弱さの思想」の必要性が打ち出される。
〇要するにこうである。人間は、身体をもつ存在(身体的存在)であり、必ず死を迎える有限性がある、本質的に「弱い」存在である(有限性=弱さ)。それゆえに人間は、家族やコミュニティを形成し、支え合い・分かち合い・補い合うという「内なる力(パワー:Power)」によって生きている。そしてそこに、やさしさや思いやり、明るさや楽しさなどの人間的な価値や意味が見出されることになる。政府や法律などによる強制力をもつ「外なる力(フォース:Force)」ではなく、この「内なる力」こそが真の強さである(7ページ)。すなわち人間には、「弱さ」のなかに多様な可能性があり、「強さ」が潜んでいる。「弱さの強さ」である(71ページ)。
〇現代社会は、経済成長をひとつのゴールとする競争社会である。競争は、多様性を犠牲にし、均質性や効率性を重視する。そこでは「強さ」が追求され、「弱さ」が排除される。その意味で、現代社会は強者に向けて設計されている社会である(74ページ)。現実世界では、社会的・経済的・(自然)環境的な破綻が露わになり、「強さ」と信じられてきたものの「弱さ」が明らかになっている。「強さの弱さ」である。そしていま、「強さ」をめぐる競争ではなく、多様な者たち同士がお互いの「弱さ」を補い合いながら如何に豊かに生きるか、すなわち多様性を如何にとりもどすか、人間に根源的に備わっていた「弱さの思想」を如何に育てるかが問われている。それは、「弱さ」を中心とした共同体を形成すること、弱者に向けて社会を設計し直すことを意味する(95ページ)。そこでは、「弱さの思想」の入口として、競争の「勝ち」「負け」や、人間の「弱さ」や「強さ」という二元論から自由になることが求められる(203ページ)。
〇次の一節をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

「弱さの思想」と社会改革
この社会は、弱いとか強いとかというふうに二元論的にできていて、強さを上に、弱さを下にした固定的なヒエラルキーでオーガナイズされている。弱さの思想とは、その「強さ・弱さ」の二元論そのものを超えていくことである。この二項対立を溶かしていく、あるいは無効化していく。それが、社会を支配・被支配のない、よりよい場所へと変えていくのに役立つことになる。社会について言えることはそのまま自分にも言えるわけで、まずは内なる二元論やヒエラルキーからいかに自らを解き放つか、である。(辻:203~204ページ)

〇なお、高橋と辻は、「勝ち」「負け」や「弱さ」「強さ」の二元論から自由になるための方策、すなわち「弱さの思想」(「勝たないし、負けない」、「勝ち負け」そのものを超えるという考え方(161ページ) ) に基づく社会を実現するための具体的方策については言及しない。ここでは、そのひとつとして、社会的に弱い立場に置かれている人々の「内なる力」を育成・強化し、社会改革に向けた下からの草の根運動としてその力を臨機応変に発揮する、そのための教育的営為が必要かつ重要となる、と言っておきたい。
〇[4]で鷲田(哲学者)は、僧侶をはじめ教師、建築家、ゲイバーのマスター、性感マッサージ嬢、精神科医、医療シーシャルワーカーなど、人を「温かくもてなす」(hospitable) 仕事をする13人へのフィールドワーク(聞き書き)を通して、ケア(世話)する人がケアを必要としている人に逆にケアされるという反転(「ケアの反転」)の意味を追い、ケア関係の本質に迫る。そこでは、自分と他者の弱さを受け入れ、その存在を認め合い、信頼して他者に身をあずける関係(「存在を贈りあう関係」)が必要かつ重要となる。鷲田はいう。「『弱さ』は『強さ』の欠如ではない(松岡正剛)」(226ページ)。「弱い者には強い者を揺さぶるような力(弱さの力)がある」(210ページ)。「〈弱さ〉はそれを前にしたひとの関心を引きだす。弱さが、あるいは脆(もろ)さが、他者の力を吸い込むブラックホールのようものとしてある」(212ページ)。「ケアを、『支える』という視点からだけではなく、『力をもらう』という視点からも考える必要がある」(221ページ)。
〇鷲田による  “  まとめ  ”  のエッセイ(「めいわくかけて、ありがとう」:たこ八郎)から、次の一節をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

「存在を贈りあう関係」と生きる力
じぶんがここにいることがだれかある他人にとってなんらかの意味をもっていること、そのことを感じることができれば、ひとはなんとかじぶんを支えることができる。(231ページ)/じぶんの存在が、「ふつうのひと」としてではなく、看護され、介護されるべきひとという規定を受けることが、病院や施設のなかでひとをいかに生きづらくしているかは、しばしば語られてきたことである。ひとは世話をしてもらう、聴いてもらうばかりでなく、じぶんだってひとの世話ができる、じぶんだって聴いてあげられる、じふんだってここにいる意味があるのだ、という想いが閑(しず)かに湧いてくるとき、ちょっとばかり元気になるものだ。/じぶんのしていることが、あるいはじぶんの存在が、だれか別のひとのなかである意味をもっていると確認できること、そのことが生きる意味をもはやじぶんのなかに見いだせなくなっているひとがなおもかろうじて生きつづけるその力をあたえるということとともに、その逆のこと、つまり他者に関心をもたれている、身守られているのではなく他者への関心をもちえているということもまた、ひとに生きる力というものをあたえてきたのではないだろうか。(232ページ)

手紙

鳥居先生へ

研修後、なぜか心がほっこり。
帰りの車の運転、イライラすることもなくゆったり。
なんだか分からないけど、優しい気持ちの自分。
我が家に帰り、妻に「詩」を数編紹介。
夕食後、今日は自分から食器洗い。
妻から「ありがとう、助かるわ」「なんもさ」
これから、我が家の「愛ことば」

心に響き、心を癒やし、心を鼓舞する「詩」の数々
アナウンサーのような心地よい声と語り
そしてグリークラブのような美声
こんな研修、何度でもいいなあ。
ありがとうございました。

〔2021年11月23日書き下ろし。今秋の民生委員児童委員研修のアンケートにあったわたし宛の手紙。詩との出逢いに感謝〕

二つ返事

頼まれたら断れない
頼ってきたら力を貸したい
出来ることなら即答する

信じられたら断れない
信じるのなら力を注ぎたい
出来なそうでも無理をする

面白いなら断らない
一緒にやるなら力を出そう
出来ることなら山ほどある

苦しくとも断らない
一緒に汗をかくなら力を試そう
出来るよう知恵を絞る

仕事なら断らない断れない
仕事なら選ばない選べない
出来るだろうと二つ返事で引き受ける

求められるのは相手のおもいの代弁者
求めるのは相手のおもいの熱さと明瞭さ
出来なければ挑むだけ

求められ求めるつながりに
いまの自分の生き様を重ねる
二つ返事で動けることが唯一か

〔2021年11月22日書き下ろし。この10日間、今年一番の強行日程だった。老体はよく持った。自重という言葉が真実味を増してくる〕

月形町福祉でまちづくり町民フォーラム終える

4月から縁あって月形で仕事する参観者がいみじくも語った
3000人規模の町で地域福祉を語りあう場があることを初めて知った
かくも熱心に討議する姿に心動かされたと

社協の第2期計画5カ年の事業報告
推進委員長から第3期計画策定の進捗状況報告
町保健福祉課からは「介護予防・日常生活状況調査」結果報告
3つの報告により参加者の問題意識は醸成されていく

9つのグループ(G)で討議された
1Gで10のテーマから2つ選び60分かけて論議する
テーマとG数と意見
しゃべり場づくりは 1Gで18意見
有償性は 5G66意見
地域コミュニティのつながりは 5G69意見
助けられ上手は 3G44意見
介護保険の活用は 1G16意見
新しい拠点作りは 3G53意見

身近に集まるしゃべり場づくりは その必要性を感じていた
驚いたのは有償性の問題に高い関心を示し 切り込んでいたことだった
さらに地域コミュニティでのつながり方に 危機感を抱く
助けられ上手お互い様の関係づくりは 防災の視点も見逃さなかった
介護保険について 介護サービスの現状を認識する機会ともなった
新しい拠点づくりも含め あずまし食堂の運営に期待する声も挙がった

社協の事業では 参加者の多くは高齢者が占める
このフォーラムでは 現役の世代が多くいたことが印象的だった
月形高校の3名の高校生が 場を和ました
行政関係者・教育関係者・議会議員・民生委員・施設関係・農協・商工会
NPO法人・ボランティア・老人クラブや行政区(町内会)など
町の福祉を支える人が60人も集まり 熱気を帯びた討議がなされた
ここでは推進委員メンバーの活躍も特筆される
多くの意見を引き出し記録するというグループワークの経験は
これからもさらに磨かれ 個々のスキルアップが地域の力となる
そう確信できたことが 大きな収穫ともなった
参観者にも 町民の福祉への問題意識の高さと
望ましい住民参加のあり方を 焼き付けたに違いない
福祉でまちづくりへのエネルギーに満ちたフォーラムは終わった

翌日社協事務局は総数266に及ぶ意見を入力してテーマ別に分けた
さらにあずましプランの「4つの基本計画」の中に示された
4つの具体的な行動目標別(16)に分類して 意見の分析を進める
既存の事業の継続・統合・廃棄の作業の中で
町民の意向を反映しつつ リニュアールされた計画策定が急がれる
第4回の推進会議の資料づくりが 着々と進められる

〔2021年11月21日書き下ろし。コロナ禍で対面での集まりが規制された鬱憤を晴らしたフォーラムともなった。貴重な意見がどのように今後計画に反映していくのか。これを機に町民の地域福祉への関心を高めていかなければならない〕

月形町福祉でまちづくり町民フォーラム

20日 2年ぶりの町民フォーラムが開催される
第3期地域福祉実践計画あずましプランづくりの一環だ
町民の意見を聴く唯一の機会となる

60人近い町民が一堂に会する
人数制限をしたこともあり例年より少ない
40人を想定したが希望する町民で膨らんだ

9つのグループをつくって協議する
こんなまちで暮らしたい
こんなまちになってほしい
願いや希望に向けて建設的な意見がほしい

こうしたい
こうするともっとよくなる
そんな熱いおもいを束ねていこうよ

わたしにできること
わたしがしたいこと
わたしがしなきゃいけないこと
まずは自分に問いかけてみよう

わたしたちができること
わたしたちがしたいこと
わたしたちがしなきゃいけないこと
サークルやグループ 近隣や町内会
福祉施設や事業所
農協や商工会 NPO団体
関わる団体や福祉法人に問いかけてみよう

社協にしてほしいこと
社協を支援できること
民生委員にしてほしいこと
民生委員を支援できること
何かしてもらうことを過度に期待してはならない
社協や民生委員を支える心意気がほしい

行政にしてほしいこと
行政を支援できること
行政への批判や苦情を取りまとめる場ではない
ここは注意を喚起しておこう
行政も町民も一緒になって協議する
町民フォーラムには役場職員も参加する
構えず共に語り合う場だから面白い

集めよう暮らしの知恵を
ズバリひとりをみんなで守るまち
まていをモットーにつながる笑顔
幸せづくりの町民フォーラム

委員の皆さん準備はいいですか!
開演します!

〔2021年11月19日書き下ろし。担当者はドキドキとワクワクで今夜は寝付けないだろう。町民が主役のフォーラムは、運営するあずましプラン推進委員にも結束力が生まれる〕

フィルターはどう外すのか

当たり前だと思っていたこと
常識だと思ってきたこと
何の疑問もわかなかった

そうするのがいいと思っていた
そうしなければいけないと考えていた
何の疑問も起こらなかった

支える方がいいと思っていた
支えられる方のおもいに至らなかった
何も疑問に感じなかった

衝撃を受けた
当たり前だと思っていた無恥を知った
常識だと思っていた非常識を知った
無知が相手を貶(おとし)める差別と知った
フィルターをかけて見ていたことを知らされた

どうしたらフィルターを外せるのか?
思い込みから発する当たり前を疑おう!
思い込みが判断を狂わす
思い込みで相手を見下す
思い込みは互いの理解を阻害する

フィルターを外す世界を想像しよう
相手と正しく向き合う
相手への尊厳が生まれる
相手との対等な関係が築かれる

フィルターを外した自分を想像しよう
無知からの偏見と差別を手放す
傲慢なおもいと手を切る
常識に縛られた判断をその手に戻す
共に暮らすための学びの世界を手に入れる

フィルターを外さなければ不幸の連鎖は続く

〔2021年11月19日書き下ろし。網走での研修会で質問された。フィルター(色眼鏡)をかける方もかけられる方も不幸である。学校教育での無能な福祉教育のあり方にも言及した〕

冬将軍やっと来る

ピップエレキバンのCMで一時名前をはせた
旭川の隣町 比布町
高速道のパーキングを出てトンネルを抜けた
風景は白一色に変貌した
道北の平野部を雪が覆う

都市間バスの札幌発網走行き
フロントガラスに大粒の雪が打つ
路面は濡れ前ゆく車は速度を緩める

愛別で追い抜き車線に出た
シャーベット状の路面を
じれた後続車が恐る恐る抜きにかかる
初冬の走りは慎重となり
抜いた車も縦列になって走り続ける
どんよりとした鉛色の空から一筋の光が漏れた

ようやく北の大地にも
冬将軍が陣地を構えて春まで居座る季節となった
灯油代もバカならないご時世に
しばれはどんだけ厳しくなるのか
貧しき者たちの暮らしを容赦なく攻めていく

上川町で高速道を下りた
層雲峡に向かう
道路はシャーベットと積雪の混合だった
このままだと今夜は凍てついしまうだろう
初冬に多いブラックアイスバーン事故が怖い

枯れ葉を落とした木々はその枝に雪をまとう
谷を流れる河の岸辺も真っ白く覆われ
流れの中で頭を出している大きな石は綿帽子を被る
取り囲む山々は雲にかすみ下界を威圧する

層雲峡温泉が見えてきた
河を挟んでホテルが建ち並ぶ
コロナで経営破綻したホテルの廃墟が痛々しい
廃棄された建物は冬将軍に攻められ朽ちていく
層雲峡の流星銀河の滝を見ることもなく
バスは長い長いトンネルに入った

〔2021年11月18日かき書き下ろし。網走まで6時間車中からの冬景色をスケッチした〕

仕事で育てる

未経験の若者を育てる
仕事のノウハウから始まる
指示をしてやらせる
最初はこんなもんだろう

仕事にも慣れてきた
仕事を少しずつ任せてみる
だんだん能力が見えてきた
仕上がるどころではなかった

書類の書き直しは常態化した
他に連絡すべきことも怠った
連絡も書類の提出も遅れ滞った
叱責をしても態度は変わらなかった

馬耳東風 我田引水
いい根性をしていた
できるという自負が邪魔をした
周りは指導に手を焼いた

迷惑をかけている自覚はなかった
能力を疑うこともなかった
めげることなく机に向かう
周りは根気比べに疲弊する

仕事へのモチベーションが低い
仕事への責任感も低い
仕事の段取りもつけられない
こんな仕事ぶりでも給料は出る

どこかで見た風景だと合点がいった
いい加減な仕事をしても済まされる
いい加減な仕事でも食っていける
いい加減にしろとサジを投げられジエンド
民間ならば食ってはいけぬ

一部の代議士らも大差なしか

〔2021年11月17日書き下ろし。仕事のできない自信家はどこの世界でもいる。育てることに頭を抱える〕