阪野 貢 のすべての投稿

孤独なる生命と魂

立花隆氏の死を悼む
「死後の世界が存在するのかどうかは、個々人の情念の世界の問題であって、
論理的に考えて正しい答えを出そうとするような世界の問題ではない」
(立花隆『知の旅は終わらない』より)

この世に ひとり生まれし生命(いのち)と魂
この世を ひとり去りし生命と魂
宇宙の時空の大いなる環のなかに 
〈わたし〉という人間存在を問う

孤独なる生命と魂
いまにとどまることなく 明日に進む時間
生命と魂は 運命づけられた有限の時間を生きる
閉じ込められ制約された空間
生命と魂は 約束された地の環境に生きる

孤独なる生命と魂
時空間に規定された存在としての〈わたし〉
意思ある生命体の存在としての〈わたし〉
生きたいと渇望し死を遠ざける〈わたし〉
つながりあう社会の存在としての〈わたし〉

孤独なる生命と魂
なぜ現世に生まれてきたのか
なぜ生きなければならないのか
なぜ人として生かされてきたのか
解を求め続ける 不可解な〈わたし〉

孤独なる生命と魂
人生の苦悩を 分かち合いたい人がいる
人生の意味を 孤独な魂に見出す人がいる
人生の価値を 愛に求める人がいる
生きる最中に 死の恐怖に抗(あらが)い闘う〈わたし〉 

ときに人は ひとりぼっちであるが
決して ひとりぼっちにはならない
生命と魂を救ってきたもの
それが愛だとすれば
そのことだけは 紛れもない真実だ

現世から解き放されるその日まで
情念の世界に執着し もがき続ける
凡なる〈わたし〉を 生きるしかない

〔2021年6月23日書き下ろし。生に執着し、孤独であるがゆえに求めてやまぬ愛なくば生きてはいけない〕

考える・書く・読む・見る

考えることに疲れたら
こだわることなく 別のことを考えよう
考えることが他にあれば
いま硬直した思考から 逃れられる

書くことに疲れたら
無理することなく 別の文章を考えよう
書くことが他にもあれば
いまどん詰まりの表現から 逃れられる

読むことに疲れたら
ためらうことなく 別の本を手にしよう
読むことが他にあれば
いまの悩みの検索から 逃げられる

見ることに疲れたなら
目薬をさして 目を閉じよう
眺めることが他にあっても
いまは心無にして作業から 逃れよう

考えること
書くこと
読むこと
見ること
新たなテーマがなければ 先には進めない

求めてやまない思索活動
表現の新たな着想と葛藤
解決の新たな発想と試行 
創造の新たな渇望と苦悩

考えること
書くこと
読むこと
見ること
新たな刺激がなければ 先には進めない

求めてやまない思索活動
連想し連動し連続する
猶予なき時間とおもいで織られるタペストリー
魅入られ心地よさに浸る いまがある

〔2021年6月22日書き下ろし。考える、書く、読む、そして見ることの当たり前がいまは嬉しい。ただそれだけのこと〕

紳士な手帳

父の日の娘からのプレゼント
「紳士な手帳」(商品名)
シルクのような滑らかな書き心地の紙質
万年筆が 紙の上をさらりと踊る
娘推薦の言葉の受け売り さらりと流した

翌夕おもむろに手帳を取り出し試し書きする
太字の万年筆の青インクが 紙に馴染むように滲みる
詩『いまを描く』(2020年5月18日自作)を 書き写す
用紙は 方眼のマス目で列は乱れない
見開きページに 縦書きする
そのうち書き慣れてくれば 
マス目を無視して 文字も躍り出すだろう
行数が多いときには 細字の万年筆を使のがいい
楽しみは明日にとっておこう

「紳士な手帳」は 似合わぬだけに照れくさい
「真摯な手帳」に 時間をかけて仕上げたい 
いつかこのノートは 娘たちの手に残こされるだろう
自作の詩を自筆で綴った「たった一つの詩集」
それもまた悪くない
それまでは 親父が詩に託したおもいを静かに記そう

父の日のいつもの酒は 「紳士な手帳」に変わった
万年筆の活躍の機会が出来て 幸いだった
自由に万年筆を踊らせて 書き続けることにしよう
創作意欲を喚起する 娘の作略に見事にはまった
これが父の日の最良のプレゼントかもしれない

〔2021年6月21日書き下ろし。日記を書くのは苦手だ。それよりも好きな自作の詩を書き留める方が楽しいに違いない〕

1回目ワクチン接種終わる

15日 年齢別に時間差で配布された接種予約券が届く
夕刻郵送されてきた
これで団塊世代に行き渡った

さっそく通いの病院に問い合わせた
受付時間には30分間に合わなかった
そこで予約状況を尋ねた
30日以降になるとの返答だった

即刻諦めた
市内の集団接種会場をネットで検索した
5月24日から最初に集団接種を始めた 
中島公園の札幌パークホテルを迷わず選択した
すぐに予約番号と生年月日を入力した

さすが団塊世代
目論見は外れた
画面は すでに予約で埋まっていた
ピンポイントで 20日父の日が数席残っていた
16:00~16:30をチェックして 確認し予約を終えた

二回目の予約画面に移る
3週間後は埋まっていた
多少過ぎても大丈夫だろうと
ここも数席空いていた7月14日13:00~13:30をチェックした
どちらの日も 地下鉄が混み合うリスクが少ない時間帯だった
予約情報をプリントアウトして作業を終えた
要した時間は10分程度だった

なぜホテルを選んだのか
自宅から歩いて10分余の新札幌のホテルにも会場が設営された
19日から接種が始まっている
道が運営する会場で 市外の近郊のマチからも接種に訪れる
交通アクセスがいいので 市外の高齢者には都合がいい
たった一人分でも 遠くから来る人にはありがたいだろう
予約した中島公園パークホテルまで 歩いて10分 地下鉄で30分
このくらいなら 別に不都合はない
よく知っている大きなホテルなので 使い勝手もいい
運営の様子も見てみたかった

20日15:45 ホテルに入った
入り口で体温確認36・2 2階の待合室に誘導される
入る前に予約券の受付(4カ所)を行い 席に案内される
待合会場には 14列×16席 計224人分の席があった
会場の正面のスクリーンには 
ワクチン接種に関する情報が繰り返し流される 
ハンドスピーカーを持ったチーフスタッフが 
接種会場が混み合っているので
帰宅時間は これから1時間程度かかるとアナウンスする
小用に方は会場を出て右手にトイレがあることを告げる
年寄りが多いので大事なことだ
会場が概ね埋まり 周りを見ると6割は女性だった
車いすで介助された人も数人いた
身体の弱い高齢者に付き添う介護者も 
ネームプレートを下げて着席していた

16:00 1列ごとに地下接種会場への移動が始まった
次の列まで3分程度の間隔で 自分の列までは20分程度待つ
16:20 予想通り20分でエレベーター前に移動する
3台のエレバーターが動き ピストンで地下に下ろす
ここでもスタッフが機敏に次の指示を出し 動きは滑らかだった
接種会場は入り口が2カ所あり スタッフが左右の振り分けをする
入り口で 予約券 予診票 身分証明書の準備を指示される

16:30 接種受付 ホテルに入ってから45分かかっていた
受付で書類を挟んだ赤いバインダーを手渡される
再度検温をされて 予備問診を受ける
アクリルの遮蔽板越しに質問を受けるが スピーカーがよくない
相手の声が 音声を変えた機械音のように響く
何度も繰り返し聞く羽目になった
お薬手帳を聞かれたが 持参すべき項目にはなかった
渡されたチェックシートには
手帳を持ってこない旨のコメントが 記されていた 

予診室は9カ所
各室の青ランプが点滅すると 次の人が入室する
接種可能かどうかの診断を受けて 接種の待機スペースで待つ
16:43 入室 
16:44 ファイザー社製ワクチン接種 一瞬で痛みもない
16:59 接種後15分待機して 体調に異常なく最終受付
返却された予約券には 1回目の接種券のシールが剥がされ
予防接種済(臨時)の1回目のシールが 貼られていた 
「コミナティ筋注 製造番号EW0201 有効年月日21年9月30日」

各所に配置されたスタッフの誘導や優しい対応は 高齢者には嬉しい
動線の流れは 予診後から接種までの待機に
多少改善があるかと思えるが 
スタッフの指示で 混乱もなく動いてきたことを考えれば
いまさらの変更は 野暮なことだろう
不安や不平不満を生まぬよう サービスに徹するスタッフ
長時間にわたる緊張の連続で 対応に当たるスタッフや関係者には 
頭の下がるおもいと感謝しかない
ホテルを会場にしたのもうなずける
ホテルとしても 単なる会場提供ではなく
プライドを賭けているのである

18:00 帰宅すると娘と孫の長男坊が待っていた
父の日を祝う夕食に 心を和ませた
早くこの現役世代にも 
ワクチン接種を受けさせねば 経済は回らないと 
五輪開催に狂信する政治に 失望と批判を重ねた

21日昼現在 打った箇所に痛みがあるだけで問題ない
 
〔2021年6月21日書き下ろし。1回目体験接種レポート。21日緊急事態宣言解除後まん延防止法が3週間発令された。札幌の感染者は3ヶ月ぶりに30人以下となる〕

阪野 貢/「時間」と「空間」の座標・尺度で「生きる」ということについて考えるために―建築家・内藤廣の「ちから」3部作に学ぶ―

〇稚拙で荒っぽい思考であるが、筆者(阪野)は過日、「時間」と「空間」の座標や尺度のなかに我が身が存在しない、というような体験をした。全身麻酔(一時的な昏睡)による手術である。麻酔が切れたその時、眠りから覚めた(覚醒)という感覚は一切なかった。そこに存在したのは「死」であったのであろうか。それ故に、我が身の「生」(あえて言えば「生き抜く力」)の「時間」と「空間」について考えることが求められる。本稿を草することにしたひとつのきっかけであり、思い(想い)である。
〇筆者の手もとにいま、「文章を書く建築家」のひとりである内藤廣(ないとう・ひろし)の本が3冊ある(しかない)。(1)『建築のちから』(王国社、2009年7月。以下[1])、(2)『場のちから』(王国社、2016年7月。以下[2])、(3)『空間のちから』(王国社、2021年1月。以下[3])、がそれである。編集者の思いによる3部作であるが、そこにはその時々の信条や心象を言葉にした、哲学的で、専門的知識に裏打ちされた玉稿が収められている。それ故に、洞察の深い文章は筆者にとって難解である。
〇内藤は、[1]で「建築の本懐(本意)は、その誕生にあるのではなく、その後、時代と共に生きていく時間の中にこそある」(18~19ページ)。「大衆が心から望むものと建築家が実現しようとするもの、そのベクトルが一致する時、建築は街を変え、人びとを変えていく力となる」(20ページ)、と説く。[2]で「建築の依って立つところ、それは大地だ。大地とその場所に生きる人間だ」(12ページ)。いま、建築という価値が大きく毀損(きそん)され、本質的な意味で「建築の冬の時代」(12ページ)が到来しつつある。そんななかで必要とされるのは、「場所の持っている内在的な力、人を生かしめる内発的な力」(20ページ)である「場のちから」であり、それを全身で受け止めるような体験である(12ページ)、という。 [3]で「空間の本性は、『和解の場』のことなのかもしれない」。「建築や環境が内包する空間とは、(「人と自然」、「生と死」、「過去と未来」、「復興と街造り」など)全てのものが流れ込み、もつれあい、そしてその和解を用意する場のことなのではないか」(34ページ)、と問う。そして、建物の空間や街の空間を豊かなものにするのは、可能な限り「時間が生まれ育っていくような空間」をつくることだけである(236ページ)、と言い切る。
〇3冊の本に通底する基本的な言説のひとつは、次のようなものである。すなわち、「建築」(architecture)は「人間」の「身の置き所」([3]206ページ)を「構築する意志」であり、「建物」(building)はそのための道具、具体的なモノである([3]232~233ページ)。大切なのは(守るべきは)、「空間」と「時間」によって織りなされている「建築」という名の意志である。本来の建築の価値は、「人の生きる長さを越えて何事かを伝える」([3]5ページ)ところにあり、メッセージを伝えることによって建築は生命を与えられる。その際の(本当の)価値は、「生み出すものではなく、生まれてくるものであり、なおかつきわめて個人的なもの」([3]89ページ)である。
〇そして、内藤にあっては、建築について自分の思考を磨き、建物が生み出された内実について(技術や経済や制度の側から)説明すめためには、言葉の助けが必要となる。「文章を書く」ひとつの所以でもある。内藤はいう。「建物を建てる際の現実的な体験は、建築に対する思い込みに修正を迫る。現実と思考、そのやりとりの試行錯誤が言葉になり文章になる」。「建築と文章とは切っても切れない関係にある」([1]82ページ)。
〇本稿では、[1][2][3]における論点や言説から、例によって我田引水的であるが、「まちづくりと市民福祉教育」に関して「使える」であろう・留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

『建築のちから』
「建築の力」は空間や時間と人びととの開放的な共感のなかに現れる
われわれは、建物の完成にこだわり、品質にこだわり、意図したものができ上がる作品性に神経質になり、その結果、いちばん大切なことを見失ってはいまいか。社会制度の命ずるところ、資本主義経済が望むところ、そうしたものに対する律儀さが建物の質に無意識のうちに現れているのなら、人びとは建物から距離を置くだろう。なぜなら、建物が社会や資本に顔を向けて、人びとに背を向けているからだ。
「建築の力」(建築のなかに生まれてくる価値:阪野)はそういうところには現れない。「建築の力」は人びととの共感の中に現れる。それは、発注者、建設関係者、設計者、住民、不特定多数の人びと、よりよい社会を目指すそうした人たちの運動体、そうしたものの中で初めて兆(きざ)すはずだ。そのためには建築という価値は「完結的」であってはならない。開かれていなければならない。空間的に開かれている、あるいは時間的に開かれている必要がある。いちばん望ましいのは「空間にも時間にも開かれている」ということだ。そう誰もが感じられるような状況となった時、「建築の力」は熱湯がいきなり泡立つように内側から湧き上がってくる。([1]19ページ)

建築には空間に身を置き時間のなかに生きる人間に対する洞察が不可欠である
おそらく建築の中には、「わかりやすい価値」と「わかりにくい価値」が存在する。「わかりやすい価値」はわかりやすいのだから容易に広まる。([1]233ページ)
一方、「わかりにくい価値」は伝わりにくいから、いくら声を大にしてもなかなか広まらない。建築に時代を超えていく本質的な生命力というようなものが存在するとしたら、それはこの中にしかない。多くの場合、「わかりにくい価値」は空間の中にある。空気の肌触り、陰影の深さ、音、匂い、そうした目に見えない空間の質に価値の重点が置かれた場合、そこに表現されたもの、建築家が精魂込めて託したもの、それはきわめて高度でわかりにくいものになる。その空間に身を置き、時を過ごし、体験しなければわからない。メディアも写真家もこうした価値には不親切であり続けた。
しかし、このあり方は、誰にでも開かれているわけではない。これを現実のものとするには、才能が要る。たくさんの要素を同時に想像し、それを空間の中に結び合わせなければならないからだ。経験と直観が必要なことはいうまでもないが、それが一級のものになるためには、何より、その空間に身を置く人間というものにたいする深い洞察が不可欠で、それだけのものを身につけた建築家はめったにいない。([1]233~234ページ)

『場のちから』
建築は空間の「湿り気」・人の感情の総体と向き合わなければならない
モダニティ(近代性、近代的なもの:阪野)は、わたしたちの身の回りを覆い尽くしつつある。それは、世界的な経済構造や社会構造と連動して、いまだに生活の隅々にまで浸潤し続けている。便利さ、明るさ、速さ、安さ、そしてなによりわかりやすさ、この力には抵抗し難いものがある。しかし、人という存在は、それだけでは遥(はる)かに足りない。人の感情を受け止め、人が尊厳を保持しうる空間とは、そんなものに支配された空間ではないはずだ。
モダニティがもたらす空間は何故か乾いている。現代建築も乾いている。雑誌で目にする様々な作品には、明らかに「湿り気」が欠落している。([2]123~124ページ)
空間に「湿り気」を求めたい。ここで言う「湿り気」とは、感情の襞(ひだ)や心の陰影を受け止める空間の質のことだ。([2]124ページ)
建築という価値も、本来はそうした人の感情に生起する様々な質に内包すべきである。そのためには設計は、喜び、夢、希望、愛着、悲しみ、打算、矛盾、裏切り、葛藤、追憶、といった人の感情の総体と向き合わねばならないだろう。この態度は設計者に多大の忍耐を強いるが、結果として、出来上がる空間に「湿り気」をもたらすはずだ。この困難さに耐えることは、それ自体が「建築に感情を取り戻すための戦い」なのだ。([2]124ページ)

都市計画は終わりも完成もない物語(物語ること)のプロセスである
誰であれ志のある都市計画家を思うとき、その職業の難しさと悲しさを思わずにはいられない。彼らは100年を夢想し、理想を思い描き、今日の日常的な無理難題を扱う。それでいて、都市の時間に終わりのないこともよく知っている。華々しくテープを切るようなゴールなどない。すなわち、すべてはプロセスであって、目の前の現実は過ぎ去る一側面でしかない。そのことを誰よりも熟知している。また同時に、自らが夢想する未来もまた過ぎ去る一側面でしかないことも知っている。人間のそして人間社会の性(さが)を嫌というほど見ながら、それでも社会の改良を諦めない。都市計画家とはそういう存在なのだ。難しさと悲しさが浮かぶのはそれ故だ。([2]183ページ)
終わりのない都市の物語は、たとえそれがプロセスであったにせよ、そして、それがたとえ見果てぬ夢であったとしても、空間デザインを旋律(メロディー)に、そして社会システムを通奏低音に、より美しい韻律(リズム)を奏でることが出来るはずだ。ソフトウェアとはその韻律のこと。その韻律にこそ人間社会の希望がある。([2]186ページ)

『空間のちから』
建築は「つまらなくて価値のあるもの」「生き生きと生きる」を価値の中心に据える
建築が本来担わなければならない長い時間からすれば、「面白さ」は初期に求められる付加的な要素に過ぎない。([3]83~84ページ)
建築に「面白さ」を求めることは危険だ。一発芸と同じで、「面白さ」は一時もとはやされるが、すぐに「時代遅れ」になる。「面白さ」があったにしても、それはやはり建築の原理原則に適ったものでなくてはならないはずだ。しかし、それはそうたやすく手に入る類のものではない。昨日目新しく話題になった建物が、見る間に日常風景の中に飲み込まれ、忘れ去られていく様をいくつも見てきた。だから、「面白さ」を建築という価値の中心に据えていいはずがない。
世の中の公共建築を見渡してみると、「面白くて価値のないもの」ばかりが目立つようになってきている。そこで、逆説的なようだが、あえて「面白さ」を捨てて、「価値のあるもの」を目指してはどうか、また、多くの人が「生きること」、「生き生きと生きること」を価値の中心に据えてはどうか。
「面白さ」はわかりやすく、それ故伝わりやすいから流布しやすく、それ故に容易に消費されていく。とかく人の心は飽きやすい。それに対して、建築的体験の中に留まるような「わかりにくさ」は言葉になりにくい。それ故、伝わりにくい。この矛盾を乗り越える必要がある。([3]84~85ページ)

〇ここで、評論家・加藤周一(1919年~2008年)の『日本文化における時間と空間』(岩波書店、2007年3月。以下[4])を思い出す。加藤はいう。日本文化のなかには3つの異なる「時間」が共存している。①(『古事記』にみられる時間のような)始めなく終りない直線=歴史的時間、②(四季を中心とした)始めなく終りない円周上の循環=日常的時間、③(人生の)始めがあり終りがある普遍的時間、である。そして3つの時間のどれもが、「今」に生きることを強調する([4]28~36ページ)。日本における(閉鎖的な)「空間」の特徴は3つある。①(神社の建築的空間がそうであるように)空間の秘密性と聖性が増大する(人に見せず、大事にする)「オク」(奥)の概念、②(神社には塔がないように)建築は平屋または二階建てで、地表に沿って広がり、天に向かって伸びていくことはない「水平」面の強調、③(武家屋敷や都会の地下的のように)時とともに変わる必要に応じて家屋などを増やしていく「建増し」思想、である([4]164~174ページ)。これらによって「私の居る場所」、すなわち「ここ」を重視する。要するに、日本文化に内在する時間と空間の概念は、自分がいる「今=ここ」に集約され・強調される。それは「全体から部分へ」ではなく、「部分から全体へ」という思考過程をたどるものであり、日本文化の基本的な特徴(「今=ここ」の文化)である。その時間における典型的な表象・表現が現在主義であり、空間におけるそれが共同体集団主義である([4]233~238ページ)。
〇このような加藤の言説に対して内藤は、[2]において次のように要約して持論を展開する(抜き書きと要約。見出しは筆者)。留意しておきたい。

建築の本質は「今・ここ」を確かなものにするために「待つ」ことにある
加藤周一の「今・ここ」論を要約すると、「今・ここ」という時空の中の一点から世界の認識を広げていくという癖のようなものが(日本)文化の基層に根強くあるのではないか、という提示だ。西欧の時間と空間とは、個人という存在の外部に普遍的な尺度を設定し、自分と世界を定位しようとするが、この国の文化はそれとは違って、「今・ここ」という内部化された座標のもとに育まれてきたのだが、これがかつて戦争へと向かう精神を生み出した、というのである。([2]112~113ページ)
建築や都市に課せられた大きなテーマは、「今・ここ」の確かさではなかったか。しかし、情報化社会の出現と共にこれが急速に希薄になりつつある。今問題にすべきは、失われつつある「今・ここ」が生命を持つためにはどのようにすれば良いのかということだ。つまり、現在を起点に、時間と空間の幅を広く捉えること、それが建築や都市に課せられた大きなテーマなのではないか。([2]113ページ)
近年、建築が育んできた文化は、あまりにも一足飛びに未来を志向しすぎてはいまいか。そこには、その未来に至る持続的な時間が消去されている。どこかの時点で、建築は「待つ」ことを辞めたのである。([2]114ページ)
「待つ」という行為を通して、人は広がりのある「今・ここ」を引き出すことが出来る。([2]113ページ)
「待つ」ためには、未来を想起し、そこから現在を逆照射する逆立ちしたような意識が必要だ。「待つ」ことは建築にふたたび持続的な時間概念を導き入れることである。おそらく、「待つ」ことを想起することは、建築に新たな質をもたらすはずだ。([2]115ページ)

進軍ラッパが耳につく

国家とは軍と警察という暴力装置を
合法的に独占する主体である(マックス・ウェバー)

♪ 敵はみなみな殺せ!
♪ 敵はみなみな殺せ!

進軍ラッパが 吹き鳴らされる
殺せの命令一下 突撃開始
生死を賭けた 人海戦術
作戦が失敗しても 責任取らす
指揮官 安全地帯で生き延びる 

♪ 敵はみなみな殺せ!
♪ 敵はみなみな殺せ!

進軍ラッパが 開催を誇らしく合図する
東京五輪は コロナとの戦場に化す
東京五輪の ワクチンも竹槍もどきと化す 
東京五輪で コロナは戦線を日本中に拡大する
東京五輪を IOCは続行を無理強いする

♪ 敵は民意を無視して強行した
♪ 敵は安心安全と大嘘ついた

進軍ラッパは 
ぶん投げられ壊された
扇動のパワーを失った
抗議の怒号が渦巻いた

♪ 敵は科学を軽視して自滅する
♪ 敵はさらなる国難を招来して失脚する

コロナに打ち勝つどころか 惨敗の白旗をあげた
世界の失笑ばかりか 国威を失墜させた
戦犯は責任を互いになすりつけ合って 自壊する

コロナ戦争は まだまだ続く
五輪の感動がいまの閉塞感を打ち破り 民意は逆転する
独り合点で楽観的な言動に 振り回されるほどバカじゃない
政治家の誠実の欠片すらない言葉は 死語となり朽ち果てる 
飲食店を規制したぐらいじゃ どうにもならない
学校の休校処置も 科学的には効果なし
そもそもは
優柔不断で偏屈な指導者たちを 後生大事にした者たちの責任だった
軽率で独善的な判断が 厄をさらに大きくしただけだった

♪ 政治家たちよ 民意の下で死線を守れ
♪ 政治家たちよ 一兵卒で死線を守れ
♪ 政治家たちよ 生き残りを賭けて死線を守れ

〔2021年6月20日書き下ろし。緊急事態宣言解除後は感染拡大目に見える。五輪やるなら命懸けで国民を説得せよ。原稿読むだけの指導者たちには閉口し信用もすでにない。体たらくな野党にもうんざりだ〕

孤独酒

馴染みの店(居酒屋)の指定席
酒を飲むなら 
孤独酒(ひとりざけ)がいい

冷えたビールを一気に飲み干す
心を無にする
孤独酒がいい

酒の肴に干物の氷下魚(カンカイ)
すえた味に舌鼓する
孤独酒がいい

賑わう店の片隅で
酔客の愚痴を聞き流す
孤独酒がいい

薄暗い照明(あかり)の下で
店の雰囲気にただひたる
孤独酒がいい

升酒に塩を添えて
心の傷を静かになめる
いまは孤独酒がいい

「時代おくれ」をふと口ずさむ
男の悲哀を想い出させる
孤独酒がいい

〆の酒をゆっくり飲み干す
未練残して夜風にあたる
明日も孤独酒がいい

〔2021年6月19日書き下ろし。明日20日緊急事態宣言解除。規制の続く酒場。その賑わいはまだ先にある。2019年12月17日アップの『酒を呑む』も併せてお読みください〕

札幌で羆撃たれ哀れなり

おれは どこにいるんだ
山の中から出たのは 日の出の頃だった
えさを探して 迷ってしまった
周りの景色は 見慣れなかった 
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは ここで何してるんだ
脅かすつもりは なかった
襲うつもりも なかった
何かされるかと 逃げ回った
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは 山さ戻りたかった
山の匂いは なにもしなかった
動くもんがぶつかりそうで 面食らった
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは ともかく逃げ出したかった
やつらが 邪魔するから仕方なかった
やつらが 襲ってくるようで怖かった
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは 思いっきり走った
来た道がわからず 迷いに迷った
パニクって 探せなかった
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは 追いかけられた
空には 化け物が爆音をたて浮いていた
怯えを我慢して 草藪に隠れた
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは 一か八か賭けた
飛び出して走りだすと バンーと2回音がした
体が急に重くなり倒れると またバーンと音がした
ずいぶん遠くさ 来ちまった

おれは かすかに山の匂いをかいだ気がした
あそこまで 戻っていればよかった
こんなに 怖い目に合わなくともよかった
どんどん遠くに 山並みが離れていった
ずいぶん遠くさ 行くんだな

おれたちの山では もう住めない  
おれたちは 山を追い出される
おれたちの山で もうなくなる
おれたちが 里に出たらすぐ殺される
おれたちは いつからか厄介者になっていた

〔2021年6月18日書き下ろし。野生動物との共生は難しい。午前中札幌の街中に羆(ひぐま)が現れ4人が襲われて怪我をした。無事を祈りたい。その後射殺された。街に出た羆になぜか哀れを感じる〕

老爺心お節介情報/第26号(2021年6月17日)

「老爺心お節介情報」第26号

〇皆さんお変わりなくお過ごしでしょうか。私の方は、関係する団体の理事会、評議員会も無事終わり、ちょっと一息ついています。
〇それにしても、新型コロナウイルスの件に伴い、関係する団体の研修が軒並み中止、延期、規模縮小で赤字決算になり、頭を痛めています。内閣府が定める公益法人の財務規律では、このような時には対応ができないことを改めて実感しています。
〇社会福祉分野は、“どこかお金は降ってくる”といった認識があり、財源確保や財務関係へのアプローチや研究が弱いと思っていましたが、これからは財源確保や財務関係もきちんと分析でき、その対策も考えられる力量が実践的にも、研究的にも必要だということを再認識しています。その意味でも、前回取り上げた『チャリティの帝国』は必読書で、如何に日本の戦後の社会福祉研究が歪んでいたかが分かる文献です。
〇「老爺心お節介情報」第26号では、日本社会福祉士会のニュースの200号記念に寄稿した拙稿「これからの社会福祉士―地域共生社会政策と社会福祉士の役割」と4月に行った「四国歩きお遍路」の紀行文(後編)を添付しました。お暇な折にご笑覧下さい。関心のある関係者にもご回覧下さい。

Ⅰ 日本社会福祉士会ニュース第200号記念号:拙稿「これからの社会福祉士―地域共生社会政策と社会福祉士の役割」

Ⅱ 大橋謙策「第3回四国歩きお遍路喜寿紀行(後篇)」

 添付資料Ⅰ

添付資料Ⅱ
本ブログ/大橋謙策の福祉教育論:アーカイブ(4)四国遍路紀行文/本文

(2021年6月17日記)